「!K7」と一致するもの

Terry Riley - ele-king

 満90才になった現在も日本で暮らしながら精力的に作曲活動を続けているテリー・ライリー(1935年6月24日、米カリフォルニア州コルファックス生まれ)。その卒寿を一緒に祝いたいと、去る6月には盟友デイヴィッド・ハリントンがクロノス・クァルテットを率いて自腹で来日し、共演コンサートもおこなわれたが、この豪華ボックス・セットもソニーからの卒寿祝いということだろうか。箱に収められたのは、米CBSの「コロンビア・マスターワークス」レーベルからリリースされたライリーの初期4作品——『In C』(68年)、『A Rainbow in Curved Air』(69年)、ジョン・ケイルとのコラボ作『Church of Anthrax』(71年)、『Shri Camel』(80年)で、日本盤にはデイヴィッド・バーマンなど当時の制作プロデューサーたちによる詳細な回想録の完全和訳及び独自の解説文を収めたブックレットも追加されている。テリー・ライリーという音楽家が何者で、どういうことをやってきたのかが入門者にもよくわかるはず。
 作曲家/演奏家としての60年以上にわたるキャリアにおいて、ライリーの表現スタイルや手法は時代と共に変化してきたわけだが、根幹となる部分、具体的に言えばミニマリズム、サイケデリア、ニュー・テクノロジーの活用、一種のガイア思想、即興、インド音楽、純正律といった特質はこの「コロンビア・マスターワークス」の作品群においてほとんど確立されていた。その後今日に至るまでの膨大な作品も、これらを土台として展開、深化してきたと言っていい。そういう意味でもこのボックスは、マニアにとってもライリー初心者にとってもありがたい。

ハ長調で書かれた53の短いパターン(フレーズ)の譜面を演奏者たち(人数も使用楽器も自由)が任意に繰り返す“In C”こそは、20世紀現代音楽の新しい扉を開いたアメリカン・ミニマリズムの金字塔である。64年に作られたこの曲はジャケット裏面に楽譜が印刷されたオリジナルLPではAB面に分断して収録されていたが、CDではもちろん途切れなしの全1曲。お披露目ライヴ時にエレキ・ピアノで参加したスティーヴ・ライヒはこの作品の革命的構造にインスパイアされ、以後、彼なりのミニマリズム道を開拓していくことになる。
 アルバム『In C』の68年の録音に参加したニューヨーク州立大学バッファロー校演奏芸術センターのメンバーには、デイヴィッド・ローゼンブーム(ヴィオラ)やジョン・ハッセル(トランペット)、スチュアート・デンプスター(トロンボーン)など、その後前衛音楽シーンで活躍する作曲家/演奏家たちが名を連ねた。オープニングでピアノの高音パルスを叩き、最後までアンサンブル全体をリードしたマーガレット・ハッセル(当時のジョン・ハッセルの妻)とは、86年にカンのスプーン・レーベルからもソロ・アルバムを出すカトリーナ・クリムスキーその人である。
 ちなみに、本作が録音された68年4月末といえば、カンもいよいよバンドとして始動した頃だが、そもそもイルミン・シュミットが欧州最先端の現代音楽を捨ててポップ・ミュージックに転向するきっかけも、66年の渡米時にテリー・ライリーやラ・モンテ・ヤング等による新潮流に触れたことだった。ライリーの自宅セッションにもしばしば参加したシュミットは、特別な演奏技術を持たない者でも参加できる新しい音楽に激しいショックを受けたという。リーダーを決めず、参加者ひとりひとりの自由意志でアメーバのように形が変わってゆくスポンテイニアスな本曲について、ライリーは後年こう語っている。「この曲では、良いアイデアを持っている音楽家どうしが演奏しながらお互いのアイデアをひとつにして音楽を作りあげていくことを学ぶ。それは今の世の中ではとても必要なことだと思う」。その表現の根底を貫く自律性とデモクラシー、あるいは一種のアナキズムこそは、カンの基本信条でもあった。
 2024年暮れには、京都・清水寺の大舞台で日本人音楽家たちとライリーによるライヴ(ライリー自身が参加する実演はこれが人生最後と本人が明言)がおこなわれて大きな話題になったが、この曲ほどジャンルを問わず世界中の様々な音楽家たちから演奏/録音されてきたライリー作品は他にない。
 厳格な理論に支えられた無調音楽が幅を利かせていた現代音楽シーンに向けてひとつの明澄なトーン(しかもハ長調)だけで切り込んだこのレコードは、ライリーが12音技法などを学んだカリフォルニア大学バークリー校の教授たちにショックを与え、音楽学部からは追放されたというが、批評家たちからは「20世紀の決定的な傑作のひとつ。新たな美学を定義する最重要作品だ」などと絶賛された。当時学生だった作曲家ジョン・アダムズは「驚くほど挑発的で、学術至上主義モダニズムの狭量で形式ばった世界に対してロバート・クラム(60年代アンダーグラウンド・コミックス運動の創始者)の中指を突き立てているようなアルバムだった」と回想している。

 ライリーの音楽哲学あるいは生き方の基本理念が打ち出された『In C』に続き、翌69年に出たのが東洋/インドの香り濃厚な完全ソロ・ワーク『A Rainbow in Curved Air』だ。ロック/ジャズ・シーンにも強い影響を与えたこの名作は、私が初めて聴いた(高2の1975年)ライリー作品ということもあり、個人的にもとりわけ思い入れの強いアルバムだ。過去何度も書いてきた紹介文の中から2本だけ再掲しよう。
 「これぞ聖典。新しい手法とスタイルで現代音楽のニュー・フェイズを提示し、更に70年代以降のロック/ジャズから今現在のエレクトロニク・ミュージックまで絶大な影響を及ぼし続けているという意味で、20世紀音楽史上最重要作品のひとつである。電子オルガン&パーカッションによる即興ソロ演奏を多重録音したアルバム・タイトル曲(LPのA面)では、左手がシーケンサーのように規則的に刻む奇数拍子の低音パターン上で、右手が東洋風のモーダル・パッセージを高速で展開してゆく。もう1曲(LPのB面)の〈Poppy Nogood and the Phantom Band〉は、タイムラグ・アキュムレイター(時間差集積機)なる独自開発のテープ・ディレイ・システム(言うまでもなく元祖フリッパートロニクス)を駆使した電子オルガン&ソプラノ・サックスの複雑な多重録音。ジョン・コルトレインのモード・ジャズやビル・エヴァンスの多重録音作品『Conversations With Myself』等とも絡めて語られるべきか」    
 「60年代、ひたすらドローンの強度と反西洋的/反近代的音響を追求し続けた頑固者のラ・モンテ・ヤングに対し、同じくミニマリストながら、テリー・ライリーはテープ・ループ・システムなどの新技術を用いての巧みな即興とか、モーダルでミステリアスなメロディ展開といった点でロックやジャズのリスナーに対する訴求力が強く、いわば“ポップな幻覚性”をもってロック・シーン(サイケ~プログレ)にも絶大な影響を及ぼした。その代表的アルバムが68年の『In C』と69年の本作だろう。電子オルガンが奏でる類型化した細かい音のモデュールが、テープ・ループ・システムによって次々と再生されてゆき、その微妙なズレの堆積の中、天空から光のシャワーが降り注いでくるようなマジカルな感覚が生み出されるアルバム・タイトル曲は、まさにサイケデリックそのもの」
 あるいは、レッド・ツェッペリン『フィジカル・グラフィティ』の解析論考文中で「イン・ザ・ライト」に触れた箇所には「インド風味たっぷりのイントロ部分、キーボードのモーダルなうねりと弓弾きギターのドローン音が醸し出すヒプノティックなムードは、『A Rainbow in Curved Air』や『Persian Surgery Dervishes』といったテリー・ライリーの初期作品そのままである」なんてくだりもあったり。
 ライリーがテープ・ループ・システムという新技法に取り組みだしたのはまだカリフォルニア大学バークリー校で学んでいた60年代初頭のことで、その技法を62~63年のパリ遊学時代に究めた彼は60年代後半にはソロ・ライヴで実践するようになった。また、パンディット・プラン・ナートの下で70年から本格的に学びだすインド音楽も、既に60年代から熱心に聴いていた。あるインタヴューで彼は、60年代前半にサンフランシスコでラヴィ・シャンカール&アラ・ラカのコンサートを聴いた時の感動と覚醒についてをこう語っている。
 「アメリカでは彼らはまだ無名で、観客はその音楽に戸惑っていたけど、私にとってはまったく奇妙に聞こえなかった。ステージ上の2人は楽しそうで、素晴らしいジャズのやり取りを思い出させた。私は本当にそんなものに出会ったことがなかった。そして、それが自分の音楽が進むべき方向だと気づいたんだ」
 当時の若者たちに対して本作が強い訴求力を持ったのは、これが反戦とラヴ&ピースの時代の空気にぴったり合致していたからでもあった。LPのジャケット裏に書かれた「そしてすべての戦争は終わった。あらゆる種類の武器は禁じられ、人々は嬉々としてそれらを巨大な鋳造所に持ち込み、武器は溶かされ……(略)すべての境界が消滅した……」という詩的文言が表明する一種のユートピア思想は、60年代から現在まで一貫してライリーの背骨になってきたものであり、それはたとえば宇宙探索をモティーフにしたクロノス・クァルテットとの共作『Sun Rings』(2019年)でもはっきりと謳われている。

 『A Rainbow in Curved Air』の発売(69年10月28日)からわずか3ヵ月後に録音されたのが、ジョン・ケイルとのコラボ作『Church of Anthrax』だ。これは「前衛音楽とロックは接近してひとつになりつつある」と考えたジョン・マクルーアの提案で実現したもので、『A Rainbow in Curved Air』とほぼ同時期に録音されたケイルの初ソロ・アルバム『Vintage Violence』(70年3月発売)の翌71年にリリースされた。マクルーアはライリー、そしてヴェルヴェット・アンダーグラウンドを抜けたケイルと同時期にアーティスト契約を結んだCBSコロンビアの統括ディレクターだ。ラ・モンテ・ヤング率いるドローン・コレクティヴ「シアター・オブ・エターナル・ミュージック」のメンバーとして60年代半ばからの友人だったライリーとケイルはマクルーアの提案を喜んで受け入れたが、具体的に案を練ったり意見をすり合わせる時間がなかったため、ほとんどスタジオ即興セッション風の録音になった。
 準備不足だったことは、完成した作品からも伝わってくる。ケイルの生ピアノによるミニマルなコード・プレイにライリーのソプラノ・サックス多重録音が蔦のように絡みつく「ヴェルサイユ宮殿の鏡の回廊(The Hall of Mirrors in the Palace of Versailles)」はまさにこの2人ならではの世界だが、残りの4曲ではケイルの腕力の強引さ(英ウェールズの炭鉱町育ち!)がしばしばライリーの魅力をかき消してしまっており、全体的に中途半端な印象は否めない。ライリーは、録音セッション自体は楽しんだものの、完成した作品にはかなり不満があったようで、後年こんな発言をしている。
 「最終的なミックス作業の際、既に録音済みのトラックにジョンが大量のエレキ・ギターを重ねだしたため、私が大切にしていたキーボードの演奏が聴こえにくくなってしまった。このことで意見が衝突し、私はミックス作業の途中で退席した。結局アルバムは、私抜きでジョンとマクルーアによって完成させられた。そのことで精神的に疲弊した私は、ニューヨークの部屋を引き払い、カリフォルニアに戻ることにしたんだ」
 と言いつつも、ライリーはケイルの音楽家としての才能は十分認めていたし、時の流れと共に、ロック的な彼らのやり方にも一理あったと思うようになり、90年頃には『Church of Anthrax II』を作ろうとケイルに提案したという。しかしケイルはコラボ作ではなく、自分がライリーのソロ・アルバムをプロデュースしたいと主張したため、結局企画はご破算になった。ケイルがプロデュースしたライリーのソロ・アルバムってのも聴いてみたかったが。
 ちなみに、ケイルが書いたヴェルヴェッツ風のヴォーカル入り曲“The Soul of Patrick Lee”で歌っているアダム・ミラーは、当時ケイルと親しかったシンガー・ソングライターで、ケイルがプロデュースしたニコの『Desertshore』(70年12月発売)にもコーラスとハルモニウムでゲスト参加している。また、2人のドラマー、ボビー・コロンビーとボビー・グレッグは、前者がブラッド・スウェット&ティアーズのリーダーで、後者はボブ・ディランやサイモン&ガーファンクル他の作品でも活躍した敏腕セッションマンだ。

 『Church of Anthrax』からなんと9年。「マスターワークス」からの最終作として80年にリリースされたのが『Shri Camel』だ。70年1月に『Church of Anthrax』を録音して間もなくライリーは、北インド古典音楽キラナ派の声楽家パンディット・プラン・ナートの正式な弟子となり、インド音楽に没入していった。60年代後半、ライリーと親友ラ・モンテ・ヤングは一緒に、プラン・ナートのラーガ歌唱を収めたテープを熱心に聴き、心酔していたという。当初、多少のためらいもあったライリーの弟子入りは、先に入門していたヤング&マリアン・ザズィーラ夫妻から背中を押されてのことでもあったようだ。プラン・ナート自身はヒンドゥー教徒だが、生まれ育ちはパキスタンのラホールで、音楽の師もイスラム教徒だったせいか、両方の教義を守り、その歌唱にもスーフィズム(イスラム神秘主義)の色が濃い。プラン・ナートはまた、ラーガ(インド音楽の旋法)の伝統を重視しつつも、ラーガを通して自由に表現することを心掛けており、その開かれた姿勢にライリーは強く惹かれたという。弟子入り後のライリーは毎年のようにインドに赴いてラーガの習得に励んだ。「特に70年代の前半は、だいたい1年の半分はインドで修業し、半分はヨーロッパやアメリカで演奏したりプラン・ナートのライヴを企画・運営したりしていた」という。
 彼は既に60年代後半から譜面を書かずオルガン+テープ・ディレイ・システムで自由に即興演奏するようになっていたが、70年代の厳しい修業に伴いその表現はインド音楽とスーフィズムのニュアンスをどんどん強めていった。そうしたスタイルの総決算とも言うべき1枚が、このアルバムである。西ドイツのラジオ・ブレーメンからの委嘱で75年からプロジェクトがスタートし、76年に最初のヴァージョンを上演。改良を重ねて77年にサンフランシスコで録音され、80年にリリースされた。
 リボンコントローラーやタッチヴィブラートなどシンセサイザー的機能も備えたライリーの愛機「ヤマハ YC-45D コンボオルガン」(マイルズ・デイヴィスも使っていた)を純正律にチューニングしているのはいつもどおりだが、ここでは2台のテレコによるタイムラグ・アキュムレイターの代わりにデジタル・ディレイ・システムを使い、16チャンネル・テレコで録音している。結果、サウンドの質感は以前とはちょっと変わっている(クリア化)が、格段に細分化された純正律音が揺らめきながら複雑に絡み合い、多層化し、全体の構造が迷宮性を深めている。旋律のつらなり方からは、ライリーがいかにラーガを習得してきたか、そしてジャズをどれほど深く愛しているかがはっきりと窺えよう。また、最後に収められたスペイシーな大曲「氷の砂漠(Desert of Ice)」などは、本作が作られていた頃に出たアシュラ/マニュエル・ゲッチング『New Age of Earth』(76年)との共振も感じさせる。
 ライリーは本作の録音後まもなく、クロノス・クァルテットとの出会いをきっかけに譜面での作曲を再開し、クラシック(現代音楽)の世界にも純正律を取り込んでゆくわけだが、純正律の魅力については、ラ・モンテ・ヤングの金字塔的作品「The Well-Tuned Piano」(64年から作曲し始め、87年に5枚組LPとしてリリース)を引き合いにだしながら、こう語っている。
 「『The Well-Tuned Piano』は、純正律のピアノ音楽における真の偉業であり、私自身もこの方法で音楽制作に取り組みたいという気持ちにさせてくれた。純正律にチューニングし直すと、ヨーロッパのピアノとは全く異なる、より純粋で豊かな音色になり、様々な表情が生まれてくる。倍音成分が互いに共鳴し合い、独特の響きになるんだ。ピッチ自体がひとつの作品と言えるだろう」
 この作品によって60~70年代のライリーの表現は集大成された感があるが、そこに至る流れを詳細に把握し、ライリーの本質により深く触れたい人には、70年代に様々なレーベルからリリースされたヒプノティックな作品群を聴くことをお勧めする。たとえば、71年ロサンジェルス&72年パリのライヴ音源集『Persian Surgery Dervishes』(72年)、75年ベルリンでのライヴの記録『Descending Moonshine Dervishes』(82年)、『Happy Ending』(72年)や『Le Secret De La Vie』(75年)といったサントラ盤、あるいは82年にミュンヘンで録音された『Songs for the Ten Voices of the Two Prophets』(83年)等々。「ミニマル・ミュージックの作曲家というよりはサイケデリック・ミュージシャン」を自認するヒップな修行僧の姿をはっきりと確認できるはずだ。

 イギリスの即興集団AMMの活動でも知られるドラマー/パーカッショニスト、エディ・プレヴォが9月末から10月頭にかけて15年ぶりの来日公演を行った。これが最後の来日公演になる可能性が高いという。プレヴォといえば半世紀以上前にフリー・インプロヴィゼーションの新しい領域を切り拓いた、まさに歴史上の人物であり、「生ける伝説」である──半ばそうした思いも抱きつつライヴへと足を運んだところ、伝説と呼んでしまうのはとんでもない、ただただ現役のミュージシャンとして非常に素晴らしかった。終演後には短い時間だったが取材ができ、ライヴの所感や音との向き合い方など、エディ・プレヴォ本人から貴重かつ示唆に富む証言──彼は自らを「旧石器時代の洞窟人」に喩える──を得ることもできたので、ここにライヴ・レポートを兼ねて記すことにした。なぜ彼があのように独創的な表現へ至ったのか、その核心が垣間見える証言になったのではないかと思う。

 まずは駆け足で来歴を紹介する。エディ・プレヴォは1942年生まれ、御年83歳。1965年にキース・ロウ、ルー・ゲアとともにAMMを設立し、1967年には名盤『AMMMusic』(1966年録音)を世に送り出す。当時プレヴォはまだ20代半ばだった。AMMの歩みについては拙稿*を参照いただきたいが、プレヴォによれば、もともとモダン・ジャズのドラマーとして活動していたものの、「(……)流れが重なってルーとキースと私が集まり、当時の正統派から離れていくようになった。アルバート・アイラーやオーネット・コールマンといった人たちに触発されて、彼らが『不従順でいていい』と許可を与えてくれたようなものだった。そこから発展していった」という**。しかし他方、アメリカにおいて公民権運動と連動して発生していたフリー・ジャズのムーヴメントという文脈はイギリスにはない。つまりアイラーやオーネットの「不従順さ」をそのまま踏襲することはできないとも考えていたようで、「私たちは、1965年のロンドンに暮らす若い三人の男として、シカゴやニューヨークに暮らす黒人の若者たちと同じ人生経験や文化的背景を持っていないことを、早い段階で理解したと思う。彼らの音楽をそのまま演奏するのは馬鹿げているように思えた。だから私たちは、自分たち自身の音楽を発明しなければならないと決めた」ともプレヴォは話す。「自分たち自身の音楽(our music)」を追求することから、アメリカのフリー・ジャズとは異なる、イギリスならではのフリー・ジャズ/フリー・ミュージックを開拓したのである。

 ドラマー/パーカッショニストとして活動するかたわら、エディ・プレヴォは1979年にレーベル〈Matchless Recordings〉を設立。さらに執筆活動も行なっており、1995年に最初の著書『No Sound is Innocent』を刊行している。プレヴォは1960年代のイギリスにおけるフリー・ミュージックの開拓者の一人であるが、同時に、とりわけ1990年代以降、即物的な響きにフォーカスしたいわゆる音響的即興の領域において新たなサウンドを開拓した人物でもある。ドラムセットを四肢を駆使して巧みに演奏するだけでなく、シンバルや金属類を弓で擦り、物と物を接触させ、振動現象を引き起こし、その響きの生成と変化を見つめる──そうしたアプローチはAMM(メンバー変遷を経てエディ・プレヴォ、キース・ロウ、ジョン・ティルバリーのトリオに落ち着いた)でも聴かせていたが、ソロ・アルバムとしては、フリーフォームのドラミングと音響的アプローチの両面を捉えた1996年リリースの『Loci Of Change (Sound And Sensibility)』に最初の成果が結実している。とはいえ、フリー・ジャズにせよ音響的即興にせよ、プレヴォからしてみればそれぞれの異なる領域を開拓したわけではなく、1960年代から一貫して音の探求を続けてきた足跡が、振り返るとそれぞれの領域の開拓者に見えるというに過ぎないのだろう。その意味でドラムセットの演奏も打楽器から振動現象を引き起こす試みも地続きであるのではないだろうか。

 この度の来日公演は、もともとプライベートで日本を訪れる予定だったものの、AMMがSachiko Mと共演した2004年録音の発掘盤『Testing』が今年リリースされたことがきっかけとなり、ライヴの企画へと発展していったという。エディ・プレヴォは2000年にAMMで来日ツアーを行なっており、その10年後の2010年にはサックス奏者のジョン・ブッチャーとのデュオでやはり来日ツアーを敢行。それから15年が経った2025年、単独での来日が実現することとなり、9月26日から28日にかけて渋谷公園通りクラシックスで3Days公演が開催された。このうちわたしは27日と28日の公演に立ち会うことができた。なお10月1日には神保町試聴室で、10月3日には両国門天ホールで、それぞれ異なるゲストを迎えてライヴが行われた***。

 渋谷公園通りクラシックスにおける3Days公演の二日目は、Sachiko M(サイン波)と大友良英(ギター)とのデュオをそれぞれ1セットずつ行った。ステージには向かって左側にドラムセットが設置され、右側には大太鼓や打楽器類が置かれていた。1stセットのSachiko Mとのデュオでは、エディ・プレヴォは右側の打楽器類がセッティングされた場所に座り、シンバルの弓奏や大太鼓を擦ったり叩いたりすることで音響現象を発生させていくアプローチの演奏を行った。静謐な空間に微かなサイン波の持続音とシンバルを擦る響きが広がっていく。かつて弱音系即興とも呼ばれた、静けさ、沈黙、間、音のテクスチュア、空間性、余韻などが辺りを満たしていくような緊迫した空気。途中、客席から椅子の軋みや足音、ドアの開閉音も闖入したが、そうした音が気にかかるほどには繊細な演奏だ。面白かったのは、エディ・プレヴォの演奏はまるで電子音響のようにアンフォルメルで抽象的だったのだが、他方にSachiko Mのサイン波が鳴り続けているために、むしろプレヴォが演奏する音の身体的な揺らぎ、楽器的なノイズなどの微細な差異が際立っていた点だった。約40分ほどの演奏を終えると、休憩を挟んで2ndセット、大友良英とのデュオへ。こんどはプレヴォはステージ左側のドラムセットに着席する。互いに様子を窺いながら、探り合うようにセッションが始まった。大友がヴォリュームペダルを駆使したノンイディオマティックなギターで仕掛けると、プレヴォはブラシワークを皮切りにジャズ・ミュージシャン時代を彷彿させるような流麗かつ激しい演奏を展開していった。シンバルを弓奏することで繊細な音響を紡ぎ出すイメージが強かっただけにこうした目紛しいスティック捌きには驚いてしまった。手数の多いフリーフォームなドラミングに、大友もギアが入ったのか、徐々に大友良英らしいノイジーなギター・サウンドも織り交ぜていく。静謐な緊迫感に満ちた1stセットとは一転、火花を散らすような濃密なやり取りを約30分にわたって繰り広げた。

 3Days公演の三日目は、ゲストにサックス奏者の松丸契、パーカッショニストの松本一哉を迎え、エディ・プレヴォがそれぞれとのデュオ・セッションを行った。プレヴォの希望もあってこの日は比較的若い世代のミュージシャンとの共演となったそうだが、結果として、まさにグッド・チョイスと言いたくなる組み合わせだった。1stセットは松丸とのデュオ。前日と同じくドラムセットと打楽器類、それぞれ二箇所の演奏場所が設けられ、松丸とのデュオではプレヴォはドラムセットを使用した。乱れ打つパルス・ビートに加え、時にシャッフル・ビートさえ取り入れたジャズ要素のあるプレヴォのドラミングに対し、松丸はサックスとは思えぬ音響の万華鏡的な広がり、高速フレーズ、さらには軋るような咆哮も放ちながら応じていく。触れたら切れてしまいそうなほどの緊張感だ。冒頭はリラックスしているように見えたプレヴォも、松丸の演奏に接して並々ならぬものを感じたからか、途中、二回ほどスティックを落下させてしまっていた。いや、現実には単に手が滑っただけなのだろうけれど、それほど興が乗ってきたと思えるほどの真剣さと愉しさに溢れたやり取りに聴こえた。同時にプレヴォはさすがは百戦錬磨のインプロヴァイザーでもあり、松丸の演奏を上手く引き立たせる術を心得ていたようにも感じた。中盤ではプレヴォがフレーズをリズミカルに反復させ、松丸のサックスの叫びと合わさって祝祭的な空気さえ醸し出していた。演奏時間は約30分。続いて休憩後、2ndセットで松本一哉とのデュオが始まった。松本はステージ中央に巨大な銅鑼を置き、その前に波紋音などの打楽器類を設置。プレヴォはドラムセットではなく打楽器類がセッティングされた場所に座った。パフォーマンスが始まると、松本は何かを探索するようにステージ周囲を歩き回る。無音状態が続き、プレヴォが先にシンバルの弓奏を始めた。だがその後、松本がタイミングを見計らって銅鑼に近づき、ゴム製のマレットで擦ると、まるで人の声のような、あるいは電子音のような、摩訶不思議なサウンドが鳴り響いた。巨大な銅鑼を見て力強い打撃音を想像していた向きには驚きが走ったことだろう。実際、銅鑼の響きを聴いた瞬間、プレヴォは「Wow!」といったふうに目を見開き、自らも銅鑼のような打楽器を用いた演奏へとシフトしていった。楽器から物質へと還元された素材が生み出す、音楽と名前がつく手前にあるような音響現象の交感。後半では松本は波紋音などを叩き音階を出していき、プレヴォもシンバルや金属類、弓などを組み合わせて応じていった。セッションは最後、両ミュージシャンが演奏を止めた後もしばし無音が続き、プレヴォがタオルを手に取ると、万雷の拍手によって約30分のパフォーマンスが締め括られた。

 83歳という年齢を全く感じさせないパフォーマンスだった、というのが、エディ・プレヴォの演奏を観た率直な感想である。むろん若い頃に比べて肉体的な変化は否応なくあることだろう。とりわけドラムセットや打楽器は身体の動きが演奏に直結する楽器でもある。しかしそれらのことを踏まえた上で、プレヴォは彼自身が積み重ねてきた音に対する向き合い方を、むしろ今現在でなければ表現できないような、探究と経験に裏打ちされた最良の形でパフォーマンスとして披露していたように思う。それと共に思ったのは、現役のミュージシャンとはいえ、やはり、エディ・プレヴォはフリー・インプロヴィゼーションの領域を切り拓いたパイオニアの一人なのであって、彼が開拓した世界のその先に、Sachiko Mや大友良英がおり、そして松丸契や松本一哉がいる、ということだった。それは必ずしも直接的な影響関係を意味するわけではない。だが、日本勢のゲスト・ミュージシャンたちの表現の節々に、プレヴォの音楽的実践の残響のようなものが谺しているとも感じたのである。もしもプレヴォがいなければ、即興を主体とする自由な音楽の現在のありようは、少なからず異なるものとなっていたのではないだろうか。パイオニアの一人と、彼が切り拓いた地平のさらに彼方で新たな試みに挑む最先端のミュージシャンが、邂逅する——もしも歴史上に刻まれる「伝説」なるものがあるとしたら、まさにこの来日公演がそうだったと言えるのかもしれない。****

 3Days公演最終日の終演後、エディ・プレヴォに少しだけ取材をすることができた。親子どころか孫ほども世代が離れたミュージシャンとの共演について、彼がどう感じたのか、素朴に気になったことを投げかけてみた。すると彼は優しげな微笑みを浮かべながらこう話してくれた。

「若い音楽家たちがこの音楽を演奏していることを、私は喜ばしく思う。世界中にコミュニティが広がり、成長しているようだ。彼らは自分たちが何をしているのか完全には意識していないかもしれないが、安易な商用音楽や、息苦しいアカデミックな音楽とは違う何かを作ろうとしている。彼らは自分たちのアイデンティティを築きつつあり、志を同じくする人々と共に活動している。私はそのことをとても嬉しく思う。彼らは本当に刺激的だった。競争的ではなく、しかし同時にサウンドやその源を自在に操る力を持っていた。私は彼らがそれをさらに発展させるだろうと思うし、それこそがまさに正しい心構えだ。私たちはその姿勢を育み、励まし、応援していく必要があると思う」(エディ・プレヴォ)

 さらに共演について掘り下げて話を訊いていくと、エディ・プレヴォは自らを「旧石器時代の洞窟人」に喩えて、音とどのように向き合っているのかを語ってくれた。彼は「突飛に聞こえるだろうか?」と冗談めかした笑いを浮かべたが、その話を聞いたわたしの頭に過ぎったのは、誰あろうデレク・ベイリーのことだった。年齢的にはプレヴォよりも一回り年上(1930年生)であるものの、そしてプレヴォとは当初別のシーンに属しながらも、しかし同じように1960年代のイギリスでフリー・インプロヴィゼーションの新しい領域を切り拓いたベイリーもまた、人類最初の音楽演奏は自由な即興以外あり得なかったはずだと、かつて主張したことがあったのだった。その意味でプレヴォの比喩は突飛に聞こえるどころか、むしろ、音楽の普遍的かつ根源的な思想および実践に触れている話だと思ったのである。

「(今回の共演は)どちらもチャレンジングだったが、それぞれ違った形での難しさがあった。私はまだ、自分がAMMで演奏するときに使っているのと同じアプローチを適用していた。音を探す、素材が何をできるのかを見極める。私はそれを見ている。その物質の織り目を、そして『これをやったら何が起きるのか?』ということを。私がそうやったときに何が起こるのかを観察し、どうすればそこから一番いい音を引き出せるかを考えている。私は自分を──これは複雑だが──旧石器時代の洞窟人のように見ている。5万年前に生きていた人間のことだ。彼らは全く違う文化を持っていたが、同じような願望を抱いていた。同じ身体的な機能を持ち、同じように考えていた。進化生物学者たちは、5万年前のホモ・サピエンスは今の私たちとほとんど変わらなかった、と言っている。だから私たちの反応もそれほど違わないはずだ。文化は違うがね。私は彼らが音楽をつくっていたときのことにインスパイアされる。彼らはどのようにして、何を考えながらそれをしていたのか? 彼らは現代のような理論を扱っていたわけではない。トニック・ソルファやメトロノームのことを考えていたわけではない。そんなものは持っていなかった。だから彼らは素材を探り、音を探求していた。そしてしばしば、私が『創造の洞窟』と呼ぶ場所──つまり壁画が残っている洞窟の中でそれを行っていたのだ。私はある程度の確信をもってそう言える。というのも、考古学者たちはそうした場所の発掘で骨笛を見つけているからだ。つまり絵が描かれた場所は、同時に音を生み出す場所でもあった可能性が高い。では彼らはどうやっていたのか? なぜそうしていたのか? それこそが私を魅了するところであり、私は自分をその洞窟の中に想像しようとするのだ。『ここが洞窟だ』と思い、音を探している。自分の持っている素材から、面白い音を引き出そうとしている。それは狂気じみているだろうか? 馬鹿げすぎているだろうか? とんでもなく突飛に聞こえるだろうか?——まあ、老人の戯言はこのくらいにしておこう」(エディ・プレヴォ)

* 細田成嗣「大胆不敵な音楽の熟達者たち――AMM論」(ele-king ウェブ版、2018年8月22日公開)https://www.ele-king.net/columns/006473/

** エディ・プレヴォの発言は全て当日の取材で本人から聞いた内容を引用している。

*** 10月1日の神保町試聴室では佐藤允彦、八木美知依と共演。10月3日の両国門天ホールは池田謙との「間に在るもの」と題したコンサートで、ゲストで遠藤ふみが出演した。

**** なお、渋谷公園通りクラシックスでの3Days公演に関しては、ライヴ録音が行われていることもアナウンスされており、いずれ録音作品としてリリースされる予定があるようだ。さらに公演当日は撮影も行われていた。撮影を担当した映像作家でドキュメンタリー映画『東京オリンピック2017 都営霞ヶ丘アパート』の監督でもある青山真也によれば、映像もいずれなんらかの形で世に出すことを予定しているとのことである。

mark william lewis - ele-king

 霧の街のソングライター、マーク・ウィリアム・ルイスには様々なアクセス・ポイントが存在する。映画制作・配給会社A24が始めた音楽レーベル〈A24 Music〉が契約した最初アーティストであり、バー・イタリアの3人やダブル・ヴァーゴのふたりの後ろでドラムを叩いていた男、のとりわけ『The Redeemer』の陰鬱な空気を身にまとい、ジェフ・バックリィやエリオット・スミスなどのシンガーソングライターの方向からでも辿り着くことができ、さらにはニューヨークのラッパーMIKEのアルバム『Burning Desire』やtiny deskにも姿を見つけることができる。ゴールドスミス大学でアートを学び、音を手にした詩人でもある彼は作家の父親のもとで育ち、アレン・ギンズバーグ、ジェイムズ・ジョイス、T・S・エリオットに影響を受けたようだ。そうして21年にEP「Pleasure Is Everything」22年に自主制作の1stアルバム『Living』を作り上げロンドンのアンダーグラウンド・シーンでその名をささやかれ続けてきた。

 そして今年2025年に〈A24〉からリリースされたこの2ndアルバムが素晴らしいのだ。ボブ・ディランやニール・ヤングというようなアコースティック・ギターにハーモニカを携える伝統的なシンガー・ソングライターのスタイルの土台の上にそっと色を重ねるように彼は音色のテクスチャーを置く。それはエレクトリック・ギターの柔らかく歪んだ響きであり夜の街に溶けていくようなハーモニカの音であり、控えめに添えられるシンセサイザーの粒である。
 たとえば “Spit” のような曲ではダウナーなバー・イタリア・マナーで薄く重ねるシンセと他の曲と比べて高く明瞭なヴォーカルメロディをのせる。“Petals” ではヴィニ・ライリーを強く意識したであろう浮遊感のあるギターのフレーズを中心に組み立て左右の空間に色を置いていくかのごとく音を重ねる。悪夢のように歪んだギターの音から始まる “Brain” はディーン・ブラントの要素が色濃く残り、彼がドラムを叩いていた〈World music〉のバンドたちに通じるような曲に仕上げている。
 そして彼の低く柔らかに伸びる声がこの音楽をより一層魅力的にしている。“Recent Future” や “Ugly” での寄り添うように静かに思索を重ねるバリトン・ヴォイスはもちろんのこと “Senventeen” ではエリオット・スミスを彷彿させるようなコーラスワークを披露し伸びやかな声を重ね世界を形作る。ハーモニカの音の後に続けられるそれは清涼感と同時にわずかな喪失感を与えてくる。あたかも過ぎ去った年月を見つめているかのように。「誰もそのことを話さない/何が起こったのか本当のことを誰も知らない」固有名詞を使わずにはっきりと何かを指し示すことのない彼の曖昧のささやきは音と合わさり宙にイメージを浮かばせる。距離があるからこそ俯瞰して見ることが出来る、極端ではない小さな感情のざわめきがそこにはあるのだ。

 夜の街を一人歩くときのサウンドトラック、街の明かりの粒に足音のリズム、かすかに香る人の気配、それらは夜の闇で思索する意識の中へと消えていく。マーク・ウィリアム・ルイスの音楽は徹底的に滑らかだ。付け加えられる全ての要素はアクセント、隠し味のスパイスとして機能して、決してやりすぎず中心にはなりはしない(中心におかれるのはいつだってギターとその声だ)。勢いまかせに投げ込むのではない70%の意図を弾くストレート。彼はまるで夜の風景をスケッチするかごとく音像を描いていく。シンプルにしかし謎めいて。頭の中に浮かぶそれはまるでいつか見ようと胸に抱えた映画のように反芻される。

 実のところ22年当時、バー・イタリア虫ジャケット『bedhead』のいびつな美しさにやられていた僕はマーク・ウィリアム・ルイスの整えられた映像的な美にいまいちピンと来ていなかった。だが間をおき様々な音楽を経由することで(ヴィニ・ライリーというのが自分にとってのポイントだったのかもしれない)その魅力にアクセスすることができた。そうやって改めて最初のEPから聞き直し彼の魅力に気がついたのだ。

 そう、マーク・ウィリアム・ルイスには様々なアクセスポイントが存在する。沼のようにはズブズブと沈まない、雨というには軽やかで、ひんやりと濡れるような気配がし、つかみどころがない。やはりマーク・ウィリアム・ルイスの音楽は霧なのだ。そうしてこの霧はきっと何年経っても同じように夜の孤独を優しく迎え入れてくれるだろう。冷たい空気に寄り添い幻想的に街の灯りを歪ませる、小さな空白がここにはあるのだ。

CYK - ele-king

 日本のハウス・ミュージック・コレクティヴ、CYKが結成9周年を記念し、パーティ・シリーズ〈CYK 9th Anniversary Series -Side β-〉を渋谷・WWWβにて3ヶ月連続開催。10月24日(金)、11月29日(土)、12月26日(金)の3日程でそれぞれ異なるカラーを表現する。

 9年の歩みを象徴するかのように幅広い出演者を募っており、国産名門レーベル〈NC4K〉よりStones TaroとLomaxを、DJコレクティヴ・チーム〈FULLHOUSE〉よりkengotakiとr1kuを招聘。ポスト・ハードコアを音楽性の軸としつつもダンスフロアへの理解度も高いバンド・the hatchによるDJセットも披露されるなど、その内容は多岐にわたる。たんなるお祝い事では終わらせない、実験精神あふれるアニヴァーサリー・イヴェント。

CYK 9th Anniversary Series -Side β-

DATE: 10/24(Fri) / 11/29(Sat) / 12/26(Fri)
VENUE: WWWβ
OPEN: 23:59
DOOR: ¥2,500 / ADV: ¥2,000 / U23: ¥1,500
More Info: https://www-shibuya.jp/

Side β - 1 / 10/24(Fri)
FLOOR: Stones Taro / Lomax / CYK
LOUNGE: akii / K8 / Nari
ADV. https://t.livepocket.jp/e/20251024wwwb

Side β - 2 / 11/29(Sat)
FLOOR: Kuniyuki / DNG / Kotsu / Nari
LOUNGE: the hatch (DJ) / Kotsu / michika
ADV. https://t.livepocket.jp/e/20251129wwwb

Side β - 3 / 12/26(Fri)
FLOOR: Gonno(WC / International Feel / Ostgut Ton) / Kotsu B2B kengotaki / Nari B2B r1ku
LOUNGE: DNG B2B HannaH / MIZUKI OGISU / lostbaggage
ADV. https://t.livepocket.jp/e/20251226wwwb

東京拠点のハウス・ミュージック・コレクティヴ、CYKの9周年を祝するパーティー・シリーズが、WWWβにて敢行される。本シリーズは10月から12月にかけて3ヶ月連続で開催。渋谷文化圏の物理的/文化的最深層に位置し、CYKにとってはキャリア初期の古巣の一つであるWWWβのダークなフロア。そこでハウスと共に高揚に向かう様を"Side β"と称し、10年目に向かうCYKの今後と、彼らなりのハウス・ミュージックの在り方を探っていく。

各月において同行するのは、京都拠点のレーベルNC4Kを主導しベース・ミュージックとハウスの垣根に真摯に向き合い軽やかに越えていく良き友人たちStones TaroとLomax。札幌の至宝として世代と国境を越えリスペクトを集め、2022年にCONTACTにて開催されたCYKではディープ・ハウスの果てない正史を伝導してくれたKuniyuki。近年は自身のレーベルSankaを立ち上げると共に、情熱的なストーリーを描くDJプレイをもって隆盛極まるアジア圏のクラブ・シーンでも躍動するGonno。各回においてCYKの面々と共に、フロアをどこまで連れて行ってくれるだろうか。

加えて12月には、CYKのKostu、NariとB2Bを披露してくれるkengotakiとr1ku(from FULLHOUSE)といった戦友とも呼べる両名が、パーティーへの助力を引き受けてくれた。また、パーティーの入口となるラウンジには、9年間の活動を通してCYKのメンバーそれぞれと関わりを持ってきた友人たちが登場する。それぞれの音楽への偏愛や培われた文脈/関係性を武器に、フロアとの対比や補完を繰り広げる、フレッシュでいて濃厚な社交の場となるだろう。

ここまで本文を読んでくれた熱心なクラバーであるあなたが、もしレコードを手に取ったことがあるならば。添えられるように収録されたB面の良さに時を経てから気づき、高揚する、そんな経験はないだろうか。今回のサブタイトル"Side β"は、そういった出来事とWWWβに因んでいる。今回のパーティー・シリーズが、9年という時を重ねたCYKのアニバーサリーに際して、あるいは東京クラブシーンのオルタナティブ・スペースWWWβに触れる中で、改めて純粋なハウス・ミュージックの高揚と感動に触れる機会となることを、切に願っている。

(Text by DNG)

Lawrence Watson - ele-king

 写真家ローレンス・ワトソンによる展示会「Lawrence Watson Britpop UK Rock Exhibition」が開催される。水道橋のGALLERY 2511にて、会期は10月22日(水)から10月27日(月)まで。
 ワトソンはポール・ウェラーやペット・ショップ・ボーイズ、オアシスなどのジャケット写真、ライヴ写真ん、スタジオ写真を多く手がけてきたフォトグラファー。今回の展示では、ギャラガー兄弟、ポール・ウェラー&ノエル・ギャラガー&プライマル・スクリームのコラボ・ショット、ザ・スミスのオリジナル・メンバーによる最後のフォトセッション、ペット・ショップ・ボーイズのアートワークに使用された成田空港での一枚、パルプ、そしてニーキャップなどが展示されるようだ。ぜひ足を運んでみよう。

[10月14日追記]
 ローレンス・ワトソン本人と彼の友人のドラマー、スティーヴ・シデルニク(Steve Sidelnyk、マドンナ、マッドネスなどのライヴで活躍)の来日が決定、在廊するとの情報が飛び込んできました。入場予約はこちら(https://select-type.com/rsv/?id=GQE3Z4KXcfc)から、最新情報はSNSでご確認ください(公式サイト:https://britpop.jp/、X:https://x.com/britpop_jp、Instagram:https://www.instagram.com/britpop.jp/)

会場:GALLERY 2511 / 千代田区西神田2-5-11 3F
最寄り駅等:水道橋駅徒歩6分・神保町駅徒歩8分・東京ドーム徒歩10分
期間:10/22(水)~10/27(月) 13:00- 21:00(土日10:00 - 17:30最終日10/27(月)は10:00 - 15:00)
入場無料(混雑時整理券配布) / 抽選で「リアム・ギャラガー」ポスタープレゼント!
https://britpop.jp/
https://britpop.jp/,https://britpop.jp/

Duval Timothy - ele-king

 2018年から剋目すべきアンビエント作品をリリースしてきたDuval Timothy(デュヴァル・ティモシー)は、ケンドリック・ラマーの『Mr.Molare&The Big Steppers』でピアノを弾いたことで一躍知名度を高めた才人である。だが、筆者は彼をミュージシャンと呼ぶのにいささかのためらいを覚えてしまう。それは、彼が絵画や写真やデザインなどの制作も行っている、という理由からだけではない。音響を設計する手さばきに卓越した技能をもつ彼は、むしろサウンド・デザイナーと呼ぶのが相応しいと思うからだ。
 もっと言えば、彼は音楽を使って建築や彫刻に近いものを切り出しているように感じられる。空間構成のダイナミズムに長けた人なのだろう。どこにどの音を配置したらどのような効果をリスナーにもたらすかを、徹底的に知り尽くしているのではないだろうか。そうした鋭敏な感受性が新作『wishful thinking』の隅々には息づいている。

 南ロンドンとシオラレオネを拠点にしている彼は、シエラレオネの首都フリータウンに自宅兼スタジオを所有しており、そこで創作に励んでいるという。本作の作業も基本的にここで行われている。主軸となるのはギター、ベース、ピアノ、ハープシコード、エレクトロニクス、フィールド・レコーディングによる具体音である。
 そのサウンドは、流動的で浮遊感に溢れながら、いびつで整然としていない。どこか割り切れない過剰さを孕み、アンビエントと括るのを躊躇してしまう異形のものとしてある。例えば2曲目“big flex”では、端正なピアノの調べが突如ピッチベンドにより極端に歪曲/変形させられる。これには時空が歪むような効果があり、先述した過剰さのひとつの表れとみることができるだろう。

 ビートは意図的にクォンタイズされていない箇所も多く、何かが足りなかったり多すぎたりするような印象を与えるのも特徴だ。“long life”では唐突にキックが挿まれるのだが、それが続いて定則的なビートを刻むわけでもない。フィールド・レコーディングによるモーター音や話し声や車のクラクションも楽器の音と噛み合っているのかいないのか分からない。サブウーハーから発せられたような地鳴りの如きベース音が突如響くこともある。
 だが、そうした意想外の心地の悪さがクセになるのだ。次にどんな音が鳴るのか、鳴らないのか、変調されるのか、まったく予想できない。反復からの急なズラしには予定調和の欠片もなく、しばしば度胆を抜かれる。決して油断できない。

 本作でもうひとつ重要な要素はダブの発想だ。デュヴァルにとってはリー・ペリーやキング・タビーがそうだったように、レコーディング・スタジオも楽器のひとつなのだと思う。“sleep”の冒頭ではエリック・サティを想わせるピアノのフレーズが反復されるが、極端なディレイとピッチベンドのかかった音が混じり合い、もはやまったく原型を留めていない。その旋律は優美極まりないが、醸し出される空気は不穏そのものである。『ワールド・オブ・エコー』(=反響の世界)という、アーサー・ラッセルのアルバム・タイトルを連想する、という人もいるだろう。

 冒頭で建築にも触れたように、本作は左右非対称で流線形の建築物のような様相を呈している。「住宅は住む機械」と言い放った近代建築の巨匠ル・コルビジェ(1887‒1965) は活動の後期に、建築の指揮のもとで絵画や彫刻をつなぐ試みを「諸芸術の綜合」と言い表した。やや大げさに言うならば、デュヴァル・ティモシーこそは音楽の領域でそのような「綜合」を行っているように思えてならない。

Sai Sei Sei 2025 - ele-king

 アンビエントないし環境音楽の波がつづいている。11月1日(土)から2日(日)にかけ、京王多摩センターにあるグリーン・ワイズにて、アンビエントや環境音楽にフォーカスしたフェスティヴァルが開催される。ふだんは緑化事業を手掛け、近年はサウンド分野にもとりくんでいる企業のGREEN WISEと、レコード店のKankyō Records、そしてスピーカー・ブランドのADAM Audioの3者による企画で、ヴィジブル・クロークスのスペンサー・ドーランによる新プロジェクト、コンポニウム・アンサンブルをはじめ、尾島由郎+柴野さつき、SUGAI KEN畠山地平伊達伯欣、カール・ストーン、INOYAMA LANDなど強力な面々が集合する。都市型環境音楽フェスということで、ほかにはないロケーションで音楽を体験できそうだ。詳細は下記より。

Sai Sei Sei 2025 – GREEN WISE × Kankyō Records × ADAM Audio。
都市と自然の関係を問い直し、未来へとつながる “リジェネラティブ=再生成” な環境と文化を考える都市型フェスティバル 〈Sai Sei Sei 2025〉 を開催します。

〈Sai Sei Sei 2025〉 は、会場となるGREEN WISEの植物温室を舞台に、音楽、アート、トーク、そして食を通じて、 “リジェネラティブ=再生成” な体験を楽しむ、総合的な都市型フェスティバルです。様々な環境共生事業を展開する〈GREEN WISE〉と、住環境での音楽体験を追求する〈Kankyō Records〉のコラボレーションによって誕生しました。

出演アーティストは、Visible CloaksのSpencer Doranが新たに始動したプロジェクト〈コンポニウム・アンサンブル〉や、Yoshio Ojima + Satsuki Shibano、Carl Stone、INOYAMA LAND、Sonic Mind(Yumiko Morioka & James Greer)、Sugai Ken、Chihei Hatakeyama、Tomoyoshi Dateなど、国内外のアンビエント・エクスペリメンタルミュージックの重要アーティストたちです。

そして、このフェスティバルを象徴するような新しい音楽体験の試みとして、人間と自然の環境共生をコンセプトに数人のアーティストたちが即興演奏で空間を作る、回遊型特別ライブセッション〈Sai Sei Sei Live Installation〉が両日行われます。会場全体の音響はベルリンのスピーカーブランド〈ADAM Audio〉によるサウンドシステムを導入し、超高解像度な音楽体験を提供。

そのほか、〈GREEN WISE〉によるアートインスタレーションや、自然、生きもの、地域がつながる循環型レストラン〈Maruta〉プロデュースによるフード&ドリンク、高品質な輸入カーペットを取り扱う〈Oshima Pros〉による手触りの良いカーペットなど、人間の様々な感覚が呼び起こされるような、まったく新しいタイプのフェスティバル体験をどうぞお楽しみください。

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Sai Sei Sei 2025

開催日時:
●2025年11月1日(土)
OPEN 15:00 / CLOSE 21:00
●2025年11月2日(日)
OPEN 15:00 / CLOSE 21:00

出演アーティスト:
●11/1
・Componium Ensemble(Spencer Doran)
・Yoshio Ojima + Satsuki Shibano
・Sugai Ken
・Chihei Hatakeyama
・Tomoyoshi Date
and more...
●11/2
・Carl Stone
・INOYAMA LAND
・Sonic Mind(Yumiko Morioka & James Greer)
・Jesus Weekend
・Tatsuro Murakami
・grrrden
and more...

Art Exhibition: GREEN WISE
Sound: ADAM Audio
PA: Nekomachi
Lighting: Yasushi Harada
Carpet: Oshima Pros
Food & Drink: Maruta
Graphic Design: Yudai Osawa

開催場所:
株式会社グリーン・ワイズ(〒206-0042 東京都多摩市山王下2-2-2)
※駐車場はご利用できません。ご了承ください。
Google Map: https://maps.app.goo.gl/QDLw6eSNL9oGQGyN8

チケット(完全予約制):
●通常チケット(各日90枚限定):¥9,000
●早割チケット(各日10枚限定):¥8,000
●2daysチケット:¥16,000
↓予約はKankyō RecordsのECサイトから
URL: https://kankyorecords.com/?pid=188559316
※未就学児無料
※実物チケットはありません。当日エントランスにて、予約時に記載のお名前をお伝えください。

企画・制作:
GREEN WISE
Kankyō Records
ADAM Audio

協賛:
Maruta
Oshima Pros

イベント公式INSTAGRAMアカウント:
https://www.instagram.com/saiseisei/

Kara-Lis Coverdale - ele-king

 エストニア系カナダ人の作曲家/サウンドアーティスト、カラ=リス・カヴァーデイル。彼女はその新作『A Series of Actions in a Sphere of Forever』で「沈黙の向こう側にある音楽」を提示している。いわば21世紀における新しいノクターン(夜想曲)を提示するこのアルバムは、深夜の静けさを思わせる旋律がゆるやかに漂い、聴き手の感覚に揺さぶりをかけてくれる。「音」と「沈黙」の境界にある感覚を呼び覚ますのだ。

 その独自の音楽観を理解するために、まずカヴァーデイルの歩みを振り返ってみたい。芸術家の家系に生まれたカヴァーデイルは幼少期から音楽に親しみ、5歳でピアノを始めた。早くから作曲や即興の才能を開花させ、何と13〜14歳にはカナダの複数の教会でオルガニスト兼音楽監督を務めていたという。
 その後、オンタリオ州のウェスタン・オンタリオ大学でピアノ、作曲、音楽学を学んでいる。2010年にモントリオールへ拠点を移すと、エレクトロニック音楽制作に本格的に取り組む。あのティム・ヘッカーらとも交流・共演を重ねた。
 2014年に〈Constellation Tatsu〉からカセット作品『A 480』を発表する。翌2015年には〈Sacred Phrases〉から『Aftertouches』を、〈Umor Rex〉からはLXV(デイヴィッド・サットン)との共作『Sirens』をリリースした。2017年の『Grafts』では神話的なサウンドスケープを提示し、『Aftertouches』、『Sirens』、『Grafts』の3作は、2010年代のアンビエント/実験音楽シーンで大きな注目を集め、同時代を代表する作品のひとつとなった。私見ではワン・オートリックス・ポイント・ネヴァーと並ぶ10年代的な電子音楽/アンビエントを象徴するアーティストと思っている。
 だが、アルバムリリースは2017年以降、途切れた。確かに、その後も演奏やインスタレーションなど多彩な活動を展開していたが、アルバムや音源のリリースはほとんどされなかったのだ。私は一ファンとしてリリースをずっと待ち望んでいた。
 そして2025年5月。前作『Grafts』以来、なんと8年ぶりとなる新作『From Where You Came』をノルウェー・オスロのレーベル〈Smalltown Supersound〉から発表されたのだ。しかしこのアルバムは私を少なからず困惑させた。不穏なアートワークと宗教的なアンビエント・シューゲイザーとでも形容したい音がどうしようもない齟齬を生み、どう評価すべきかすぐには分からなかったのだ。
 そのリリースから、わずか4か月後の9月、彼女はピアノ・ソロによる『A Series of Actions in a Sphere of Forever』をリリースした。アンビエントや電子音響を探求してきたカヴァーデイルが、自らの原点である「ピアノ」を通して、改めて「音とは何か」を問い直した作品であった。
 私は『A Series of Actions in a Sphere of Forever』を聴き、初めて『From Where You Came』を理解できたと思った。天国的・神話的な世界からこの苦難に満ちた現実に彼女は「帰還」したのだと思う。
 それゆえ、まず新作を語る前に、前作『From Where You Came』に触れておく必要がある。『From Where You Came』は、パリのGRMやストックホルムEMSで録音され、最終的にオンタリオの田園地帯で完成した本作には、チェリストのアン・ボーンやトロンボーン奏者カリア・ヴァンディーヴァーが参加。弦、管、鍵盤、モジュラー・シンセが交錯し、アニミズムと動物性を往還する全11曲のアンビエント・アルバムとなった。冒頭曲“Eternity”で彼女自身の声が響く。
 「すべては現実、人生は美しい」。それは生の肯定を宣言する言葉であり、喪失や孤独を幻想的な音響叙事詩へと変換していた。その二面性が、不穏なアルバムのアートワークにも刻まれている。
 一方、新作『A Series of Actions in a Sphere of Forever』は大きな転換を示す。収録されたのは9曲のソロ・ピアノ作品のみ。これまで『Aftertouches』『Grafts』『From Where You Came』で電子音響とミニマル・ミュージックの交差を探究してきたカヴァーデイルは、今回はアコースティックの純度に耳を澄まし、ピアノの共鳴そのものに集中する。
 沈黙と静謐への傾斜は一層深まり、その音楽はブラームスのピアノ・ソナタを思わせる後期ロマン派的な気配を帯びる。ここでは「音」と「沈黙」の境界が溶け合い、聴き手は音の生成と消滅の双方に向き合う。
 まさに「沈黙の向こう側」である。天国的な宗教音楽/アンビエト・シューゲイザーからこの世界(現実)にある「沈黙」に耳を澄まし、そこにある「音」を見出すこと。受難と苦難を引き受け、「音楽」そのものを見出すこと。

 オンタリオの冬のスタジオで録音された『A Series of Actions in a Sphere of Forever』の9曲は、一見すると伝統的なノクターンの系譜に連なる。しかしそれはショパンやドビュッシーが描いた夢想的な夜ではなく、さらに深い夜更けに属する抽象的で観念的な「夜」だ。旋律は蜘蛛の糸のように繊細でありながら、濃密な流体を進むような確かな手応えをもつ。「夜を聴く」とは、空気の影に触れる行為なのかもしれない。
 1曲目 “Kõne, Vastu” は沈黙の森を歩くようにゆっくり進み、音と音の間の静寂そのものを響かせる。2曲目 “In Charge of the Hour” では、ショパンが21世紀に甦ったかのような優美な楽曲が展開される。3曲目 “Vortex” は不安定に崩れ落ちる響きが不協和に至る直前で踏みとどまり、ロマンティックな光を放つ。
 4曲目 “Circularism” では翳りの中にわずかな明るさが差し込み、遠くからピアノの高音が滲むように聴こえてくる。ここまでの流れだけでも、カヴァーデイルの作曲家としての力量は明らかだ。通俗的な旋律や単純なミニマリズムに頼らず、モダン・クラシカルの豊かな音楽性を展開している。
 5曲目 “Lowlands” ではプリペアド・ピアノを思わせる響きが現れ、6曲目 “Cumulative Resolution”、7曲目 “Turning Multitudes”、8曲目 “Soft Fold 3/4” と進むにつれ旋律は次第に明確化し、まるで朝霧の森を歩くような音楽が展開される。そして9曲目 “Suspension of Swallowed Earth” で音楽はふいに途切れ、残響だけが静謐に響きながら幕を閉じる。夜の終わり、そして夜明けの光が訪れる瞬間である。
 本作を貫くのはピアノの自然な共鳴だ。電子的処理は最小限に抑えられ、旋律をかすかに滲ませ、倍音を柔らかく重ねる程度にとどまる。演奏者の呼吸音すら取り込み、身体のリズムと楽器の響きが重なり合う。
 演奏は抽象的な音の配置ではなく、生身の呼吸を伴う出来事として立ち上がる。テンポは一貫して遅く、旋律の生成と同じくらい、その消滅の過程に重きが置かれている。減速と抑制の中から立ち上がる情感は、ルネサンス後期の旋法や戦後ミニマリズムの技法、そしてカヴァーデイル独自の音楽体系に支えられている。
 『A Series of Actions in a Sphere of Forever』は、過剰な音響を排し、ピアノという最小の装置を通じて世界を再構築する試みだ。呼吸と残響、発生と消滅。そのすべてが有機的な循環を描き、聴き手を夜の深淵へと導く。このアルバムは「空間におけるハーモニーの探究」であり「沈黙へのアンチテーゼ」なのだ。ロマン派的な響きを宿しながらも同時に現代的であるのは、この音響を姿勢ゆえだろう。

 外界と身体の遭遇による不安と共鳴を描いた『From Where You Came』から、内奥の静謐を追求する『A Series of Actions in a Sphere of Forever』へ。二作を並べて聴けば、カヴァーデイルがいかに「沈黙」に挑み、その向こうにある「音楽」を切り拓いてきたのか、そのさまが鮮やかに浮かび上がるはずだ。

9月30日 レツゴー正司(レツゴー三匹) - ele-king

※安田謙一(略歴担当)による序文はこちらから

レツゴー正司(レツゴー三匹)

1940年8月10日生まれ。漫才師。兄はルーキー新一。キューピー人形のように愛くるしいボケのレツゴーじゅん、ソウル歌手の如き風貌を持ちとぼけた顔で美声をきかせるレツゴー長作とのトリオ、レツゴー三匹を結成。身体を張った舞台で人気を博す。じゅんでーす、長作でーす。三波春夫でございます。

1917.8.4-2006.9.30
●レツゴーじゅん1945.7.2―2014.5.8
●レツゴー長作1943.9.29―2018.2.1

佐藤忠志(予備校教師)

1951年5月4日生まれ。予備校講師。代々木ゼミナール講師として高級スーツに高級時計を身にまとい教壇にあがる。入試に特化した英語授業と派手なファッションとのギャップとともに、「金ピカ先生」の異名で人気者に。「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」などタレント活動、教育評論もこなす。

1951.5.4-2019.9.24

淡谷のり子(歌手)

1907年8月12日生まれ。歌手。東洋音楽学校の声楽科でクラシックを学び、ソプラノ歌手に。流行歌歌手に転向、シャンソン、タンゴなど洋楽の日本語カヴァーなどを歌う中で、服部良一作曲の「別れのブルース」が大ヒット。ブルースの女王と称される。晩年も「ものまね王座決定戦」の審査員で人気者に。

1907.8.12-1999.9.22

林家三平(落語家)

1925年11月30日生まれ。落語家。父は7代目柳家小三治(後の7代目林家正蔵)。テレビ「新人落語会」の司会を機にお茶の間の人気者に。「よし子さん」、「どうもすいません」などのギャグを大流行させる。死の間際、医者からの「あなたは誰ですか」という問いに「加山雄三です」と答えた。

1925.11.30-1980.9.20

今東光(作家)

1898年3月26日生まれ。作家。「悪名」、「こつまなんきん」、「河内カルメン」など河内地方が舞台の小説(映画)で人気を博す。週刊プレイボーイ連載の人生相談「極道辻説法」では無頼漢の魅力を発揮。僧侶として谷崎潤一郎、川端康成に戒名を、瀬戸内「寂聴」に法名を与える。参議院議員も務めた。

1898.3.26-1977.9.19

2パック(ラッパー)

1971年6月16日生まれ。ラッパー。ブロンクス出身。ブラックパンサー党員の両親を持つ。元デジタル・アンダーグラウンド。ソロで「カリフォルニア・ラヴ」、アルバム『オール・アイズ・オン・ミー』などヒット作を放つ。ヒップホップ界の東海岸と西海岸の抗争に巻き込まれ、96年、凶弾に倒れる。

1971.6.16-1996.9.13

毛沢東(政治家)

1893年12月26日生まれ。政治家。中国共産党の指導者として、第二次大戦後、中国国民党との内戦に勝利、49年に中華人民共和国を成立、国家主席に。近代中国の英雄としての評価と共に、強制的な粛清や大量の犠牲者を出した大躍進政策など失策も多く、権力を行使した文化大革命も強い非難も受けた。

1893.12.26-1976.9.9

黒澤明(映画監督)

1910年3月23日生まれ。映画監督。「姿三四郎」でデビュー。「羅生門」でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を受賞。世界のクロサワに。「野良犬」、「生きる」、「七人の侍」、「用心棒」、「天国と地獄」など多くの名作を残す。見切れていた家を「あの家消して」と指示するなど、完璧主義者の伝説も数多い。

1910.3.23-1998.9.6

 今日、それがジャズであれブルースであれロックであれハウスであれラップであれ、「ポップ・ミュージック」と英語で括られてきた音楽とは、アメリカで生まれ(そしてイギリスとのキャッチボールのなかで)発展してきた音楽のことを指す。しかしながらアメリカとは、今日のトランプ政権を見れば一目瞭然だが、世界中に害悪をまき散らしてもいる。そう、そんなことはわかっている。ここで問題にしたいのは、そんな単純なことではない。

 単なる暴君に見えるトランプと彼のチームだが、じつのところ、かつて極右に抗したカウンター・カルチャーの論法を極右のなかに取り込んでいるのである。そう、かつて反抗のシンボルだったビートニク的なドレスダウン、ヒッピー的なオーガニック志向、ポップ・アート的なキャッチーなセンス、ファッション的なトレンドをテック産業の起業家たちが取り入れているように。
 悔しいけれどそうなのだ。で、彼らが解放した政治思想においては、もはや左派エリートの批判からもみずからを解放させている。彼らは民主主義を否定し、とにかく彼らの「自由」を手にしようとしている——これを専門用語で、「新反動(ネオ・リアクション)」と呼ぶ。カルトに思えるこんな考え方が、しかしホワイトハウスの頭脳を動かしている——事態は思っている以上にやっかいだ。なぜなら、自己批判能力を欠いた意識高い系が、ただただ彼らを批判し続けているあいだ、オルタ右翼は力をつけ、ヘタしたら私たちはガラス越しに彼らの革命を見ていただけだったのかもしれないのだから。

 いまアメリカで起きていることが何なんか、そもそもアメリカとはいったいどんな国なのか、なんでアメリカからかくも世界中を魅了するブラック・ミュージックが生まれたのか、そして日本人にとってそれはどんな意味があるのか、TVやネットからは見えないアメリカがここにある。
 これは文化戦争だ。「さよならアメリカ、さよならニッポン」……ではなく、これはあらためて「こんにちわアメリカ」なのだ。ふだんアメリカの音楽に親しんでいる読者のみなさん、より深く現在のアメリカを知っておこう、文化のなかの迷子にならないためにも。そんなわけで『アメリカ──すでに革命は起こっていたのか』、ためになるのでどうぞよろしくお願い申し上げます。

『別冊ele-king アメリカ──すでに革命は起こっていたのか 新反動主義の時代におけるカルチャーの可能性』

インタヴュー:
・基本をおさらい、アメリカのはじまりから現在トランプがしていることの意味まで ▶渡辺靖
・アメリカを知るために、まずは二つの大きな矛盾に気づこう ▶大澤真幸
・ブラック・カルチャーが超重要な理由 ▶酒井隆史
・直近、ここ半年ほどのアメリカの状況を押さえておこう ▶三牧聖子
・話題の「新反動主義」ってなに? ▶岡本裕一朗
・いま「カウンターエリート」と呼ばれる人たちが出てきている ▶石田健

コラム:
・試しにアメリカから生まれた音楽がいっさいなかった世界を想像してみると…… ▶イアン・F・マーティン
・歴代大統領が掲げたキャッチフレーズからヴォネガットを連想してみる ▶水越真紀
・ケンドリック・ラマーを単純に支持できない理由 ▶緊那羅:Desi La
・数々の映画からアメリカの深層心理を探ってみる ▶三田格
・アメリカでは自分たちが世界の中心だと教えられる ▶ジリアン・マーシャル
・ヒップホップとトランプの親和性はつねにあった、でもそれだけじゃなくて…… ▶二木信
・トランプ的なもののルーツは、じつはヨーロッパにあり? ▶土田修
・アメリカへの複雑な思い、ウィルコの音楽を聴きながら ▶木津毅

編者:ele-king編集部
菊判/192ページ
ISBN:978-4-910511-97-9
本体1,800円+税
2025年9月22日発売

https://www.ele-king.net/books/011912/

目次

序文──もしくは21世紀の文化戦争から(野田努)

■インタヴュー
渡辺靖 アメリカは再び求心力を取り戻すことができるのか──破壊者にして救世主、トランプがもたらした「分断」のゆくえ
石田健 リベラルを敵視する「カウンターエリート」たちが夢見る未来──トランプ政権に影響を与えたピーター・ティールとカーティス・ヤーヴィンの思想
大澤真幸 アメリカという国の特殊性──過剰な宗教性、根強い黒人差別、そして異様なまでの冷戦への情熱
三牧聖子 いまこそ本当のポピュリストが求められている──2025年、アメリカ合衆国の現在地
岡本裕一朗 新反動主義が共感を集めることができた理由──ピーター・ティールやカーティス・ヤーヴィンが登場してきた背景
酒井隆史 カウンター・カルチャーを再構築すること──ブラック・カルチャーからネオリベラリズムをとらえるとアメリカが見えてくる

■コラム
さよならアメリカ、さよなら日本(イアン・F・マーティン/江口理恵訳)
多様性の夢と包摂のパラドックス(水越真紀)
我が魂を引き裂くもの(緊那羅:デジ・ラ/野田努訳)
アメリカは「世界の終わり」を夢見ている(三田格)
国のない女──アメリカでアメリカ人として生まれ育つということは?(ジリアン・マーシャル/江口理恵訳)
ヒップホップの「抵抗」について考える──彼らはただ韻を踏んでいるだけではないのだ(二木信)
「米国第一主義」の源流はヨーロッパにあった?──欧州「極右」勢力の台頭とトランピズム(土田修)
アメリカを巡る曖昧な愛情(木津毅)

アメリカを知るためのブック・ガイド
(野田努、水越真紀、三田格、土田修、木津毅、二木信、小林拓音)

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