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MIKE

Hip Hop

MIKE

Showbiz!

10K

Bandcamp

二木信 Mar 26,2025 UP
E王

 僕がマイクをはっきり意識し出したのはつい数年前のことだ。NYを拠点に活動するこのラッパーが、あのシスター・ナンシーを“Stop Worry!”というレゲエ調の曲で大々的にフィーチャーしたときだった。『Beware of the Monkey』(2022)というミックステープに入っているこの曲の、80年代のダンスホールのデジタルなビートのパンチ力をいまの感覚で強調したような洒落た音響、マイクのねっとりとしたフロウ、それと好対照をなすシスター・ナンシーの「WAKE UP!」という力強い煽りとMCの組み合わせが素晴らしかった。ビートは、マイクがDJブラックパワーという名義で作っている。

 シスター・ナンシーとはジャマイカの女性ディージェーの先駆者で、言わずと知れた代表曲“BAM BAM”が数多くのヒップホップの楽曲にもサンプリングされてきた偉大な人物だが、残念ながらご多分に漏れずというか、男性支配の強いヒップホップ/レゲエのシーンでその存在が正当に評価されてきたとは言い難い。マイクとの共作が、2023年にジャネール・モネイが“The French 75”(『The Age of Pleasure』収録)にシスター・ナンシーを招くきっかけになったかもしれない、というのは深読みだとしても、ともあれ僕は最初、そういうわけでマイクに興味を持った。

 それともうひとつ、プロデューサーのトニー・セルツァーとの2024年の共作『Pinball』に収録された“R&B”も大きかった。曲名からして遊んでいるし、事実、90年代のスロウジャムをスクリューしたり、早回ししたりしている。MVの字体やアートワークは00年前後のUKのクラブ・ジャズ系のデザインへのオマージュのよう。こうした、雑多で洒落たサウンドやセンス、いかつさよりもしなやかさを感じさせるラップが、僕の彼への関心を高めた。いまどき風変わりなラッパーがいるんだなと。

 とはいえ、マイクは2015年からbandcampで作品を発表しはじめ、2017年のアルバム『May God Bless Your Hustle』でその名を広く知られるようになったから、本格的なキャリアは10年ほどになる。同じくNY拠点のラッパー、ウィキと、先日エリカ・バドゥとの新作を準備中であるとの情報が流れ、われわれをまたもや驚かせてくれたビートメイカー、アルケミストとの『Faith Is a Rock』(2023年)という共作もある。2024年には来日も果たし、国内でも近年、より注目が集まっている。そのときのライヴの熱気を、『ele-king presents HIP HOP 2024-25』掲載の対談で、PoLoGod. と$hirutaroが報告してくれている。マイクの声量はすさまじく、KRS・ワンの“Return of the Boom Bap”を彷彿とさせるヴァイブスだったという。それは意外な証言で、嬉しい驚きだった。

 そんな1998年生まれのマイクが最初にラップしたのがマッドヴィラン(マッドリブ×MFドゥーム)の“ALL CAPS”のビートだったというのは、彼の音楽性を象徴するエピソードだ。13、4歳のころだ。その曲には、MFドゥームをすべて大文字のアルファベットで書くのを忘れるな、というようなリリックがあるのだが、マイクが、「MIKE」とすべて大文字で表記するのはその影響でもある。ちなみに“ALL CAPS”が収録された名盤『Madvillainy』のデモ・ヴァージョンが最近リリースされて話題を呼んでいる。

 マイクの最新アルバム『Showbiz!』から、その『Madvillainy』や、J・ディラ『DONUTS』、アール・スウェットシャート『Some Rap Songs』を連想するのは難しくない。じっさい“Burning House”という曲では『DONUTS』の“Workinonit”と同様のサイレン音が用いられている。『ピッチフォーク』のレヴュワーが指摘するように、1分半から3分以内の全24曲は、たしかに『DONUTS』のサイケデリアの系譜にあると言えるだろう。シャカタクのような流麗なフュージョンからソウルフルなダンス・クラシックまで、さまざまな楽曲のツボを押さえたサンプリングと、その絶え間ないループが本作の大きな魅力のひとつだ。

 そんなアルバムのなかで、僕は、20曲めのビートレスの“Showbiz! (Intro)”から最後の“Diamond Dancing (Broke)”までの展開を特に興味深く聴いている。ニューエイジ・リヴァイヴァルやアンビエントと共鳴していると説明すればよいだろうか。そのクライマックスは、ギャングスタ・ラップの始祖のひとりであるジャスト・アイスの一節をアイロニー込みで引用し、愛にあふれた父親の留守電を挿入する冒頭曲“Bear Trap”につながっていく。

 最後にひとつ。ビリー・ウッズ(政治的にラディカルなNYのラッパー)が、アメリカの左派メディア「Jacobin」から最近受けたインタヴューで、「もっと知られるべき政治意識の高いヒップホップ・アーティスト」の推薦を求められ、エルーシッドやノーネームとともに、「個人的ななかに政治的な側面を見出す、質が高く、興味深いアンダーグラウンド・ミュージック」としてマイクを称賛していた。僕はそれを知って膝を打った。マイクは2024年のシカゴにおけるライヴの最後にパレスチナの国旗を体に巻き付けてパフォーマンスしたという。

二木信