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エストニア系カナダ人の作曲家/サウンドアーティスト、カラ=リス・カヴァーデイル。彼女はその新作『A Series of Actions in a Sphere of Forever』で「沈黙の向こう側にある音楽」を提示している。いわば21世紀における新しいノクターン(夜想曲)を提示するこのアルバムは、深夜の静けさを思わせる旋律がゆるやかに漂い、聴き手の感覚に揺さぶりをかけてくれる。「音」と「沈黙」の境界にある感覚を呼び覚ますのだ。
その独自の音楽観を理解するために、まずカヴァーデイルの歩みを振り返ってみたい。芸術家の家系に生まれたカヴァーデイルは幼少期から音楽に親しみ、5歳でピアノを始めた。早くから作曲や即興の才能を開花させ、何と13〜14歳にはカナダの複数の教会でオルガニスト兼音楽監督を務めていたという。
その後、オンタリオ州のウェスタン・オンタリオ大学でピアノ、作曲、音楽学を学んでいる。2010年にモントリオールへ拠点を移すと、エレクトロニック音楽制作に本格的に取り組む。あのティム・ヘッカーらとも交流・共演を重ねた。
2014年に〈Constellation Tatsu〉からカセット作品『A 480』を発表する。翌2015年には〈Sacred Phrases〉から『Aftertouches』を、〈Umor Rex〉からはLXV(デイヴィッド・サットン)との共作『Sirens』をリリースした。2017年の『Grafts』では神話的なサウンドスケープを提示し、『Aftertouches』、『Sirens』、『Grafts』の3作は、2010年代のアンビエント/実験音楽シーンで大きな注目を集め、同時代を代表する作品のひとつとなった。私見ではワン・オートリックス・ポイント・ネヴァーと並ぶ10年代的な電子音楽/アンビエントを象徴するアーティストと思っている。
だが、アルバムリリースは2017年以降、途切れた。確かに、その後も演奏やインスタレーションなど多彩な活動を展開していたが、アルバムや音源のリリースはほとんどされなかったのだ。私は一ファンとしてリリースをずっと待ち望んでいた。
そして2025年5月。前作『Grafts』以来、なんと8年ぶりとなる新作『From Where You Came』をノルウェー・オスロのレーベル〈Smalltown Supersound〉から発表されたのだ。しかしこのアルバムは私を少なからず困惑させた。不穏なアートワークと宗教的なアンビエント・シューゲイザーとでも形容したい音がどうしようもない齟齬を生み、どう評価すべきかすぐには分からなかったのだ。
そのリリースから、わずか4か月後の9月、彼女はピアノ・ソロによる『A Series of Actions in a Sphere of Forever』をリリースした。アンビエントや電子音響を探求してきたカヴァーデイルが、自らの原点である「ピアノ」を通して、改めて「音とは何か」を問い直した作品であった。
私は『A Series of Actions in a Sphere of Forever』を聴き、初めて『From Where You Came』を理解できたと思った。天国的・神話的な世界からこの苦難に満ちた現実に彼女は「帰還」したのだと思う。
それゆえ、まず新作を語る前に、前作『From Where You Came』に触れておく必要がある。『From Where You Came』は、パリのGRMやストックホルムEMSで録音され、最終的にオンタリオの田園地帯で完成した本作には、チェリストのアン・ボーンやトロンボーン奏者カリア・ヴァンディーヴァーが参加。弦、管、鍵盤、モジュラー・シンセが交錯し、アニミズムと動物性を往還する全11曲のアンビエント・アルバムとなった。冒頭曲“Eternity”で彼女自身の声が響く。
「すべては現実、人生は美しい」。それは生の肯定を宣言する言葉であり、喪失や孤独を幻想的な音響叙事詩へと変換していた。その二面性が、不穏なアルバムのアートワークにも刻まれている。
一方、新作『A Series of Actions in a Sphere of Forever』は大きな転換を示す。収録されたのは9曲のソロ・ピアノ作品のみ。これまで『Aftertouches』『Grafts』『From Where You Came』で電子音響とミニマル・ミュージックの交差を探究してきたカヴァーデイルは、今回はアコースティックの純度に耳を澄まし、ピアノの共鳴そのものに集中する。
沈黙と静謐への傾斜は一層深まり、その音楽はブラームスのピアノ・ソナタを思わせる後期ロマン派的な気配を帯びる。ここでは「音」と「沈黙」の境界が溶け合い、聴き手は音の生成と消滅の双方に向き合う。
まさに「沈黙の向こう側」である。天国的な宗教音楽/アンビエト・シューゲイザーからこの世界(現実)にある「沈黙」に耳を澄まし、そこにある「音」を見出すこと。受難と苦難を引き受け、「音楽」そのものを見出すこと。
オンタリオの冬のスタジオで録音された『A Series of Actions in a Sphere of Forever』の9曲は、一見すると伝統的なノクターンの系譜に連なる。しかしそれはショパンやドビュッシーが描いた夢想的な夜ではなく、さらに深い夜更けに属する抽象的で観念的な「夜」だ。旋律は蜘蛛の糸のように繊細でありながら、濃密な流体を進むような確かな手応えをもつ。「夜を聴く」とは、空気の影に触れる行為なのかもしれない。
1曲目 “Kõne, Vastu” は沈黙の森を歩くようにゆっくり進み、音と音の間の静寂そのものを響かせる。2曲目 “In Charge of the Hour” では、ショパンが21世紀に甦ったかのような優美な楽曲が展開される。3曲目 “Vortex” は不安定に崩れ落ちる響きが不協和に至る直前で踏みとどまり、ロマンティックな光を放つ。
4曲目 “Circularism” では翳りの中にわずかな明るさが差し込み、遠くからピアノの高音が滲むように聴こえてくる。ここまでの流れだけでも、カヴァーデイルの作曲家としての力量は明らかだ。通俗的な旋律や単純なミニマリズムに頼らず、モダン・クラシカルの豊かな音楽性を展開している。
5曲目 “Lowlands” ではプリペアド・ピアノを思わせる響きが現れ、6曲目 “Cumulative Resolution”、7曲目 “Turning Multitudes”、8曲目 “Soft Fold 3/4” と進むにつれ旋律は次第に明確化し、まるで朝霧の森を歩くような音楽が展開される。そして9曲目 “Suspension of Swallowed Earth” で音楽はふいに途切れ、残響だけが静謐に響きながら幕を閉じる。夜の終わり、そして夜明けの光が訪れる瞬間である。
本作を貫くのはピアノの自然な共鳴だ。電子的処理は最小限に抑えられ、旋律をかすかに滲ませ、倍音を柔らかく重ねる程度にとどまる。演奏者の呼吸音すら取り込み、身体のリズムと楽器の響きが重なり合う。
演奏は抽象的な音の配置ではなく、生身の呼吸を伴う出来事として立ち上がる。テンポは一貫して遅く、旋律の生成と同じくらい、その消滅の過程に重きが置かれている。減速と抑制の中から立ち上がる情感は、ルネサンス後期の旋法や戦後ミニマリズムの技法、そしてカヴァーデイル独自の音楽体系に支えられている。
『A Series of Actions in a Sphere of Forever』は、過剰な音響を排し、ピアノという最小の装置を通じて世界を再構築する試みだ。呼吸と残響、発生と消滅。そのすべてが有機的な循環を描き、聴き手を夜の深淵へと導く。このアルバムは「空間におけるハーモニーの探究」であり「沈黙へのアンチテーゼ」なのだ。ロマン派的な響きを宿しながらも同時に現代的であるのは、この音響を姿勢ゆえだろう。
外界と身体の遭遇による不安と共鳴を描いた『From Where You Came』から、内奥の静謐を追求する『A Series of Actions in a Sphere of Forever』へ。二作を並べて聴けば、カヴァーデイルがいかに「沈黙」に挑み、その向こうにある「音楽」を切り拓いてきたのか、そのさまが鮮やかに浮かび上がるはずだ。
デンシノオト