ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. interview with Shuya Okino & Joe Armon-Jones ジャズはいまも私たちを魅了する──沖野修也とジョー・アーモン・ジョーンズ、大いに語り合う
  2. Doechii - Alligator Bites Never Heal | ドゥーチー
  3. Columns Talking about Mark Fisher’s K-Punk いまマーク・フィッシャーを読むことの重要性 | ──日本語版『K-PUNK』完結記念座談会
  4. Kafka’s Ibiki ──ジム・オルーク、石橋英子、山本達久から成るカフカ鼾、新作リリース記念ライヴが開催
  5. キング・タビー――ダブの創始者、そしてレゲエの中心にいた男
  6. Masaya Nakahara ——中原昌也の新刊『偉大な作家生活には病院生活が必要だ』
  7. Fennesz - Mosaic | フェネス
  8. The Cure - Songs of a Lost World | ザ・キュアー
  9. Tashi Wada - What Is Not Strange? | タシ・ワダ
  10. cumgirl8 - the 8th cumming | カムガール8
  11. 別冊ele-king 日本の大衆文化はなぜ「終末」を描くのか――漫画、アニメ、音楽に観る「世界の終わり」
  12. みんなのきもち ――アンビエントに特化したデイタイム・レイヴ〈Sommer Edition Vol.3〉が年始に開催
  13. Albino Sound & Mars89 ──東京某所で培養された実験の成果、注目の共作が〈Nocturnal Technology〉からリリース
  14. ele-king vol.34 特集:テリー・ライリーの“In C”、そしてミニマリズムの冒険
  15. 音と心と体のカルテ
  16. Wool & The Pants - Not Fun In The Summertime | ウール&ザ・パンツ
  17. FRUE presents Fred Frith Live 2025 ——巨匠フレッド・フリス、8年ぶりの来日
  18. 工藤冬里『何故肉は肉を産むのか』 - 11月4日@アザレア音楽室(静岡市)
  19. Columns 12月のジャズ Jazz in December 2024
  20. aus - Fluctor | アウス

Home >  Reviews >  Album Reviews > bar italia- bedhead

bar italia

ExperimentalIndie Rock

bar italia

bedhead

World Music

Casanova.S   Aug 23,2021 UP

 謎が音楽を面白くする。わからないから知りたくなる。たとえばそれはベリアル(その謎はだいぶ薄まってはいるが)だったり、SAULT(『Nine』と呼ばれる素晴らしいニュー・アルバムはアクセス可能な世界から99日で姿を消す)だったりするわけで、共通しているのは音楽の向こうに誰がいるのかわからないということだ。耳に入る音が情報のほとんど全てで、そこから僕らはどんな人間がこの音楽をやっているのかと想像する。ヒントは音にちりばめられている、このスタイルは、この音色は、このメロディは。あるいは視覚からわかることもあるかもしれない。ジャケットの感じはあれに似ている、タイトルのセンスにだって個性は出る、そうやって姿を見せない誰かの形を作り上げていく。

 音楽だけがあればいい? そうなのかもしれないけれど、でも音楽の魅力はそれだけじゃない。極端な話、AIが曲を作る時代になったとしても僕らはきっとそのAIの姿を想像しているはずだ。おおよそ全ての創作物に作者の意図を感じとり、時代の空気をそこに見つけて、なんでいまこれをやったのかと考えて、こんなことをするのはどんな人間だろうと思いを巡らせる。言ってしまえば情報を伏せるということ自体がひとつの情報でもある。そうやって音楽に振りかけられた謎が好奇心を刺激する。

 ディーン・ブラントが主宰する〈Wold Music〉がリリースするバー・イタリアはまさにそのような好奇心を刺激するユニットだ(ユニットなのか?)。全てが秘匿されているというよりかはヒントをそこらかしこに散らばして攪乱させるタイプ。数多くあるような気がする手がかりは、どこかに繋がっているようでいてそうではなく、それっぽく見えるものはフェイクで、本物を演じる偽物だったり、あるいはその逆で偽物を演じる本物だったりして全ては煙にまかれている。ここまでEP 1枚とアルバム2枚がリリースされているがまったくもってつかみ所がない。聞こえてくるのはまとわりつくようなギターの音とのっぺりとした男女の声。フィルムに収められた映画のように1分台、2分台の短い曲がつなぎ合わされ、その隙間からイメージが浮かび上がり、そしてそれらがあわさり意味になっていく。2nd アルバム『bedhead』でも 1st アルバムで見せたそのスタイルは継続されていて、それはうらぶれた海辺のリゾート地を舞台にしたサイコホラー映画のような趣で、大仰で美しく、まとまりがなく強烈なイメージを浮かばせる。悪夢の始まりのような “Bechelorette” のギターの音から “angels” の壮大な覚悟への唐突な場面転換、ホテルのテレビに映るノイズまみれの映像が浮かぶ “itv2”、頭の中の旅というには駆け足すぎて、手のひらからこぼれ落ちるように、気がつけばもう次のシーンに移っている。それらの断片はまさに夢のようにイメージを残して消えていく(残るのは過ぎ去った余韻がもたらす感情だけだ。書き留めておかなければ忘れてしまう)。

 13曲、22分という短い時間は何かを考える隙を与えない。考えるのはだからその余韻に浸っている最中だ。僕は謎のユニット、バー・イタリアに思いをはせる。8曲目の “Letting Go Makes It Stay” にはミカ・レヴィがフィーチャーされている。考えてみるとミカ・レヴィがいまやっているバンド、グッド・サッド・ハッピー・バッド(Good Sad Happy Bad)の『Shades』と同じようなスタイルのアルバムなのかもしれない。だがそれよりももっと下世話でまとまりがない。何に似ているのかと言ったらそれはやはりディーン・ブラントで、ディーン・ブラントの『The Redeermer』(あるいは『Stone Island』)とハイプ・ウィリアムスから改名しリリースされたインガ・コープランド・アンド・ディーン・ブラントの『Black is Beautiful』を混ぜたような印象を受ける。

 ここでのインガ・コープランド役はイタリア人女性のニナ・クリスタンテという人が担っている(イタリア人だからバー・イタリアなのか? パルプの? ソーホーにある店の名前とかけて? このふざけた感じのセンスもいかにもディーン・ブラント的だ)。ニナ・クリスタンテという名前でググってみると1988年ローマ生まれのアーティストの個展の情報がヒットする。彼女は栄養士でありパーソナル・トレーナーでもあって、ベッドルームでのワークアウトのビデオが作品に添えられて展示されていた模様。もう少し調べてみると2016年にコペンハーゲンの YEARS というアート・ギャラリーでディーン・ブラントとおこなったという hot16 という名の展示会の情報が出てくる(そう言えばコペンハーゲンのシーンが盛り上がっていた頃、コペンハーゲンにディーン・ブラントが住んでいるらしいという話を聞いたことがあった。確か Lower とも関係があったはず。思い出して調べてみたら “At The Endless Party” のビデオを撮っていた。Lower も素晴らしいバンドだ)。バー・イタリアの最初のリリースは2020年だが、彼女とディーン・ブラントはどうやらそれ以前から一緒に活動していたようだ。

 だがインガ・コープランド・アンド・ディーン・ブラントのディーン・ブラントにあたる部分、バー・イタリアでのその役はディーン・ブラントではない。ディーン・ブラントの音らしきものは聞こえてくるがその声は聞こえてこない。響き渡るのは別の声だ。ディーン・ブラントのそれよりももっと感情的で、役者みたいな色気がある、白黒の昔の映画から流れてくるみたいな、そんな雰囲気を持った声がする。バー・イタリアについて表に出ている名前はニナ・クリスタンテの名前だけでこの声の男性の名前はどこにも記されていない。この男はいったい誰なんだろう?(Reddit で見かけた名前、ダブル・ヴァルゴ? この人が? 本当にそうなのか?)

 ニナ・クリスタンテの YouTube のページには先に挙げたワークアウトの映像と共に “prod. dean blunt” と書かれている曲がいくつかアップされていて、コペンハーゲンの展示会のことを考えてもディーン・ブラントが深く関わっているのは間違いなさそうに思えるのだけど、それも本当のところはわからない。考えれば考えるほど深みにはまっていく。

 それをあざ笑うかのような “not dean blunt” の文字、現在は削除されているがリリース当初の Bandcamp の作品紹介の欄にはただ一言この言葉だけがあった。しかしそれすら本当かどうかはわからない。自ら違うと言うあたりがいかにもディーン・ブラントっぽい。

 ますますわからなくなってきた。深みにはまりヒントを求め、再び再生ボタンを押す。本物を演じる偽物に偽物が示す本物、とっちらかった美しい悪夢のようなアルバムには謎が振りかけられていて、頭に浮かぶイメージはその時々で変わっていく。もしかしたら何かを理解しようとするその過程にこそ意味は生まれるのかもしれない。わからないから知りたくなる、謎が音楽を面白くするのだとしたら、きっとバー・イタリアの音楽は最高のエンターテインメントに違いない。ふざけたユーモアの美しい悪夢、イメージのパラノイア、深みにはまって抜け出せない。

Casanova.S