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野田 努   Jun 12,2013 UP
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 昨年のディーン・ブラントとインガ・コープランドのライヴを見ていなかったら、本作を買ったかどうか......。あのときのライヴには本当に衝撃を覚えた。あれほどぶっ飛んだことは、記憶を探ってもなかなか見あたらない。彼らは限界まで連れて行ったし、電子ノイズとサブベースの彼方から聞こえるポップ・ソングの倒錯の具合もハンパなかった。退屈で意味がないと思っていた彼らの音楽の奥底に隠されている強い感情を、僕はまざまざと感じ取った。

 ディーン・ブラントの『ナルシスト』に次ぐ新作は、『ザ・リディーマー(救世主)』。アートワークは合掌。こうしたヒネりはハイプ・ウィリアムス名義の最後のアルバムとなった『ワン・ネイション』から続いている。
 反核マークがレーベル面にデザインされただけの真っ白な『ワン・ネイション』、「エボニー」と記されただけの真っ赤な『ブラック・イズ・ビューティフル』。意味ありげなスローガンとそのパラドクックスを面白がり、あらかじめ混乱を与える仕掛けを擁した二作の後には、イタリア語で「禁止」とだけ記され、無料配信してから半年後に有料リリースした「ナルシストll」......で、今回の『救世主』。
 言葉遊びも、そろそろマンネリズムに入ってきているのではないかと思ったが、彼らがこの先腐敗しようと、華麗な大変身を遂げようと、本気でポップに転じようと、前衛という名のゴミを量産しようと、僕は「虚偽」というコンセプトを持って現れたふたりを追跡するつもりだった。あんなライヴをできる人が、いたずらにポストモダンを面白がっているようには思えない。嘘だとは言え、ディーン・ブラントは、元の職業が八百長賭博ボクシングの殴られ役だったと言った男だ。それが暗喩的だと受け取れなくもない。彼らからは何か「匂う」のである。

 『ザ・リディーマー』は、悲しみという点においてディーン・ブラントとインガ・コープランドの過去のどの作品とも違っている。
 憂いを帯びた弦楽器が鳴って、次から次へとバラードが歌われる。ハープ、チェロ、ヴァイオリン、アコースティック・ギター、あるいはピアノ......クラシカルな音色がなかばロマンティックに響いている。サンプリングをサンプリングらしく使っていないところは相変わらずだが、しかし、『ザ・リディーマー』を覆っているのは、悲しみと泣きと嘆きと寂しさなのだ。収録された19曲は、寒々しい記憶をたどっていくように、落ち着かず、彷徨い続け、メランコリーと孤独を極めている。ほとんどの曲でブラントは歌っているが、くたびれて力がなく、打ちひしがれている。ザ・ドゥルッティ・コラムのようだ。

 この作品での彼らの「虚偽」は、なかば破綻しているのではないという気がする。リスナーを煙に巻きながら、自分たちも煙を吐き続け、さも意味ありげなパラドックスを繰り広げてきたふたりの、区切りとなりうる挑戦のように思える。音楽は平坦だが、退屈ではなく、はっきりとダウナーを志向している。そして、聴いているうちにこの悲嘆は虚偽ではなくリアルに感じてくるのだ。インガ・コープランドのソロがこの後に続く、と予想しておこう。

野田 努