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Dean Blunt

Dean Blunt

The Narcissist II

Hippos In Tanks

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野田 努   Jan 09,2013 UP
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 戦争中から戦後にかけて、センチメンタリズムは氾濫した。それは、いまだに続いている。しかし、わたしには、その種のセンチメンタリズムは、イデオロギーぬきの生粋のセンチメンタリストに特別にめぐまれているやさしさを、いささかも助長するようなシロモノではなかったような気がしてならない。
──花田清輝

 DLカードが入っていたのでアドレスを打ち込んでみたが、何の応答もない。彼ららしい虚偽なのかもしれない。だいたい世相が荒れてくると、人はわかりやすいもの、真実をさもわかった風に言うもの、あるいは勇ましい人、あるいは涙に支配された言葉になびきがちだ。未来はわれらのもの......この言葉は誰の言葉か、ロックンローラーでもラッパーでもない。ヒトラー率いるナチスが歌った歌に出てくるフレーズである。
 こんなご時世にロンドンのディーン・ブラントとインガ・コープランドという嘘の名前を懲りずに使用する、ハイプ・ウィリアムスというさらにまた嘘の名前で活動しているふたりの男女は、相も変わらず、反時代的なまでに、嘘しか言わない。希望のひと言ふた言でも言ってあげればなびく人は少なからずいるだろうに、しかし彼らはそんな嘘はつけないとばかりに嘘をつき続けている。

 DLカードが虚偽かどうかはともかく、『ザ・ナルシストII』は、ディーン・ブラントを名乗る男が、もともとは昨年冬に(『ブラック・イズ・ビューティフル』とほぼ同時期に)フリーで配信した30分強の曲で、金も取らずに自分の曲を配信するなんて、まあ、そんなことはナルシスティックな行為に他ならないと、間違っても、なるべく多くの不特定多数に聴いて欲しいからなどというつまらない名分を口にしない彼らしい発表のした方を選んだ曲(というかメドレー)だった。それから半年後になって、〈ヒッポス・イン・タンクス〉からヴァイナルのリリースとなったというだけの話だ。

 映画のダイアローグのコラージュにはじまり、ダーク・アンビエント~R&Bの切り貼りにパイプオルガン~ヴェイパーウェイヴ風のループ~ギター・ポップ~ノイズ、ダウンテンポ、R&B、アシッド・ハウス......ディーン・ブラントは一貫して、腰が引けた情けな~い声で歌っている......インガ・コープランドと名乗る女性が歌で参加する"ザ・ナルシスト"は、最後に彼女の「ナルシストでした~」という言葉と拍手で終わる......そのとたん、ライターで火を付けて煙を吸って、吐く、音楽がはじまる......。『ザ・ナルシストII』は、時期的にも音的にも『ブラック・イズ・ビューティフル』と双子のような作品だが、こちらのほうが芝居めいている。催眠的で、ドープで、ヒプナゴジックだが、彼らには喜劇的な要素があり、そこが強調されている。
 正月の暇をもてあましていたとき、エレキングからネットで散見できる言葉という言葉を読んで、この世界が勝ち気な人たちで溢れていることを知った。勝ち気と自己肯定の雨あられの世界にあって、怠惰と敗北感と自己嘲笑に満ちた『ザ・ナルシストII』は、微笑ましいどころか清々する思いだ。
 しかも、正月も明け、ゆとり世代の最終兵器と呼ばれるパブリック娘。が僕と同じようにこの作品を面白がっていたことを知って嬉しかった。音楽を鼓膜の振動や周波数ないしは字面のみで経験するのではなく、それらが脳を通して感知されるものとして捉えるなら、真っ青なジャケにイタリア語で「禁止」と描かれたこの作品の向こうに広がっているのは......苦境を生き抜けるなどという啓蒙すなわち大衆大衆と言いながら媚態を呈する誰かとは正反対の、たんなるふたりのふとどきものの恋愛の延長かもしれない。

■以下に掲載するのは、1月9日午後2時に到着した斎藤辰也からのレヴュー

Dean Blunt - The Narcissist II - Hippos In Tanks

斎藤辰也

 いま夜の帳がおりていく
 あなたは去った
 悲しい夢が闇の木々を吹き抜ける
 愛は誤ってしまった
 悲しみの雲が一晩じゅう雨を降らせている
 愛は去った
 私たちの歌のおわり  『ツイン・ピークス』にも出演していた歌手=ジュリー・クルーズの  "アイ・フロート・アローン"より-----

 別れてしまったの? なんて思った人は少なくないであろう。キュートなインガ・コープランドとのタッグ=ハイプ・ウィリアムスによって(偽)名を馳せた褐色の青年=ディーン・ブラントのソロアルバムの発表は、2012年初頭にミックステープとしてストリーミングされたものがあらためてリリースされたかたちとなる。
 ディーンとインガのふたりが恋人としてのカップルなのかはわからない。インフォメーションの飽和を「世界の終り」と語り、ソーシャルネットワーキングを拒否するブラントからすれば、そんな詮索は下世話もいいところだろうし、野暮というものだろう。しかし、そもそもハイプ・ウィリアムスというプロジェクト自体がデンナという女性からふたりが引き継いだもので、ポルトガル(→ディーンが在住)とエストニア(→インガが在住)の距離を越えて活動が続いているというのだから、そこにはもうある種の愛があるのではないかと言ってしまいたい。いずれにせよディーンとインガは、あらゆるアーティストが絶賛オンライン中の現代において、インターネットを利用しながら図らずもオフラインの態度を強くとっていることになる象徴的な男女デュオ(≒カップル?)である。
 これまでの作品同様、今作のアートワーク(=装丁)でも彼(ら)はインフォメーションを語らない。「PROIBITO」とは「禁断の」を意味するイタリア語だが、今作のタイトルではない。彼(ら)の場合、嘘をつくというよりは、絶対的な真実を付与しようとする態度をとりたくないというように見受けられる。それはレッド・ツェッペリンが4作目のアートワークにおいて、音楽への意識の集中を促そうと、制作背景についてのクレジット(=インフォメーション)を極力排除したこととは意味が違う。いずれにせよ、真相が漠然とぼやけているという事について、彼(ら)は熱い信頼を得ることができている。

 下世話な詮索からはじまったレヴューだが、このアルバムは下世話なソープ・オペラ的な進行を執っており、平静を失った男が叫びながらドアを叩きまくるなどして、コミュニケーションを拒絶する女を追いかけ回す(ドメスティック・ヴァイオレンスの様相を呈した)メロドラマの会話音声が楽曲の合間に挟まれる。(ヴァイナルのレーベルにはマトリックス番号しか表記されていないのでわかりづらいが)A面に針をおろすと、男女が言い合いの喧嘩をしている場面が始まる。男が「俺の話を聴け!」と叫びつづけ、やがて雷とともに銃声がとどろく。弾丸のゆくえは分からない。なにかの液体が零れたのち止めどなく流れていく音を、シンセサイザーのドローンが長く重々しく高まりながら支配し、ドラマの演者と客の心臓を緊張の壁面へ限界まで追い込むBGMとして機能する。やがて、雷鳴と雨の降る音だけが辺りの静寂を告げる――このアルバムのなかでもっとも美しい場面のひとつだ。そして銃はリロードされる。

 この印象的なイントロダクションから、ドローンのなかにダブがうっすら溶けたシンセポップ風のトラックのうえで相変わらず気の抜けたディーンのヴォーカルが聴こえてくるわけだが、今作での彼は一貫してガール(=恋人)への愛を歌っているのがおかしくてたまらない。ときにはボサノヴァかあるいはフォークのようなクラシックギター、ときにはヴェンチャーズやスプートニクスのようないわゆる「エレキ」・ギターとバック・コーラスの奇妙なループ、ときには80年代ヒップホップのビートと煽りのなかで、そしてときにはメロウなヒップホップのビートのうえで、おどけながら「愛している」などと下手くそに歌い、メロドラマのなかの男が女へ向けている(と思っている)想い(=愛)とそれに付随する行動にディーンは諧謔性を付与し、メロドラマをコメディー化する。愛をとりまく事象におけるナルシズムの潜在を、作中の男を指さすように笑いつつ演じることで投げかけている。全編にわたり、まるで古びたフィルム映像を投影しているかのごとく、身を切る冷たさのシンセ・ドローンとノイズが吹き抜け続ける。

 「戻って来い」と叫ぶものの、女に振り切られてしまい、怒りを抑えようとするように「終わりだ」と嘆く男。エンドロールのようにタイトル曲が始まる瞬間は、ためいきがもれるほど情けなく+美しく=諧謔的だ。本稿の冒頭に挙げた"アイ・フロート・アローン"を改変したトラックにのせ、ディーンにとっての片割れである女性=インガが登壇し、自らの意のままにならない女を認めたがらない男(≒今作でのディーン)の姿を見つめ、そこにナルシズムの潜在を静かに見出し、えぐり出す。
 彼(ら)自身による本楽曲のMVでは、街を俯瞰することで歌詞に普遍性をあたえようとしているように見受けられる。

 そんなメロドラマと解釈はありふれてるって? そうかもしれない。それに、これまでディーンとインガが発揮していた諧謔性に、小芝居における意味が付与されてしまったら、彼らがとってきた意味放棄の態度のクールさが台無しになったと見ることもできるだろう。しかし今作は、ストーリーが付与されていることにより、彼らの諧謔性をよりポップなものとして伝えることに成功している。もとより、フィクションの世界でありふれたドラマに、意味などないかもしれない。



 あなたは勇気を振り絞って来る
 正面に向かってきて 逃げ出す 
 そうね知ってる あなたは私を試している
 あなたは目的を果たすために嘘を重ねる
 横にそれるか わたしの道に来るか
 だって知ってる あなたは私を試している

 僕を認めるのかい? ガール
 毎晩きみに電話するよ ガール
 僕を認めないでくれ ガール
 きみを包みこみたい
 僕の道に近づかないでくれ
 きみを包みこみたい
 だから近くに来ておくれ ガール
 そうだよ、ああ
 さあ来るんだ!

 "ザ・ナルシシスト"でした。
 (拍手喝采)
ディーン・ブラント"ザ・ナルシシスト(feat. インガ・コープランド)"

 終演後、日本のオールドなアイドル歌謡/あるいはアニメのオープニング曲のイントロのようなループが流れだし、大のラップ嫌いであるディーンが笑いながらラップを披露する。この曲のタイトルの意味は「検死官」。結局、馬鹿げた曲で今作は余韻を残しながら終わる。

 さて、インガもソロ作品『ドント・ルック・バック、ダッツ・ノット・ウェア・ユア・ゴーイング』をリリースする予定らしく、新曲"a&e"のプレヴューをユーチューブにアップしている。マーティン(Martyn)なる人物との共作とクレジットされており、『ダミー』誌はレーベル〈3024〉を主宰するマーティンだと報じているが、
そんな真相など知ったこっちゃない.........いや、ちゃんと知りたい。

余談:インガの好みの男性のタイプは? どうせ嘘だろうが、サウンドクラウドのプロフィールを見てみよう。

ニック・グリフィン

--参考インタヴュー記事--

・『ガーディアン』誌掲載「ハイプ・ウィリアムス:彼らは真相を語るのか?」
http://www.guardian.co.uk/music/2012/apr/05/hype-williams-speak-the-truth

・『ジ・アーツ・デスク』誌掲載「ジ・アーツ・デスク Q&A:電子音楽家ハイプ・ウィリアムス」
http://www.theartsdesk.com/new-music/theartsdesk-qa-electronic-musicians-hype-williams

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