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ファースト『ライヴ・イン・パリス』の収録曲の一例……“マスかき最後の日々”、“私はあなたのアンビエント妻”、“怒り”、“EUの時間”……、そしてセカンド『ザ・スモーク』……“フェイクな街、リアルな街”、“スタイルと罰”、“失われたエヴィデンス”、“ハッパと花の小道”、“殺人”、“裏切り”……ほか。
インガ・コープランドを名乗る女性(exハイプ・ウィリアムス)による、ロリーナ名義の2作目、いまのところBandcampで配信のみのリリース。日本円にして約1200円。
ロリータ、いや、ロリーナ。希望はない。フェイクな世界を生きる。
コープランド名義ではシンセ・ポップのスタイルで意味深そうな歌を歌った彼女は、ロリーナ名義ではより自由形式による表現を展開している。ピアノによるライト・クラシック調にはじまりヒップホップへと転じる“ルーレット”、気怠いラップが入る“フェイクな街、リアルな街”、インダストリアル調の“スタイルと罰”、プリミティヴなビートの“川”、R&B調の“失われたエヴィデンス”、シンセ・ポップ調の“ハッパと花の小道”、催眠的なウェイトレスと反復の“殺人”、アカペラではじまる“裏切り”。
すべての曲が最小限の音数で展開される(歌+αにもう1音ぐらいの感覚)。それは収まりの悪いムード音楽や古めかしい舞台音楽、無邪気さを欠いたフレンチ・ポップスのようでもあるが、すべての歌唱には抑揚がなく、晴れやかさというものがない。商業的なポップ・ミュージックにおけるカタルシスが欠如しているし、曲名からも察することができるように、何か良からぬものの気配がある。まるでクラフトワークがヤング・マーブル・ジャイアンツをカヴァーしたようなスカスカの短音階の楽曲であり、暗がりのなかのつぶやきの音楽だ。“フェイクな街、リアルな街”や“川”といった曲で彼女が見せるM.I.A.調のラップにしても、じつに気が抜けている。
しかし、そう、これが彼女なのだ。さんざん裏切られてきた者であるが故に期待を裏切り、正直であるが故にときに絶望的であること。彼女がかつて在籍していたハイプ・ウィリアムスとは、21世紀のTGである。
アリーナ・アストロヴァというのが彼女の名前らしいが、いまだにぼくたちは彼女がどんな人なのか、そもそも音楽に対する彼女の考えがどういうものなのかを知らない。虚偽であるなら過去のわずかなインタヴューで語っているが、いまだ彼女は公の場で自分を語らないし、自分を巧妙に隠し続けている。5年以上インターナショナルに活動していながら、いまもなおその実体を知られていないということそれ自体が現代社会を思えばすごいことだ。
が、他方でぼくはコープランド名義のソロ・アルバム『Because I'm Worth It』に彼女の本心を見た気がしている。それは、世界の裏側に拡がる圧倒的な空しさと関係しているのだろう。しかし彼女は、そうした負の感覚を感情で水浸しにすることはない。むしろドライなジョークに包んでいるように見える。つまりこの悪夢をジョークにすることで、彼女はそれを遠ざけている(相対化している)のだ。だからたとえば“私はあなたのアンビエント妻”も、彼女らしいユーモアのある皮肉だ。アイロニーは、彼女の作品における重要なキーワードである。
『ザ・スモーク』に関して言ってしまえば、“フェイクな街、リアルな街”がベスト・トラックだろう。次点が1曲目の“ルーレット”、MVが上がっている“川”もたしかに面白い。ちなみに、その映像に情緒のひとかけらもないことは言うまでもないのだが……。
このフェイクな世界を生きるうえで、人はシニカルになることを強いられている。ロリーナを聴いていると、それはそれでいいじゃないかと思えてくる。彼女のアイロニーとシニシズムは、ぼくのような感傷的なリスナーをしっかり捉えているんだし。
※文中の曲名は筆者が勝手に和訳しました。原題はdiscogsなどで見て下さい。
野田努