「IR」と一致するもの

vol. 67:私的USインディの年間ベスト10 - ele-king

1. St. Vincent “St. Vincent” Loma Vista

今年、一番よく聴いたアルバム。アニー嬢の最新作は、まさに階段を駆け上がる素晴らしさ。ジャジーなプログレロックなギターは革新的で、デジタル社会を嘲笑うかのような風刺。アートワークの良さはもちろん、脚を大きく開いてギターを弾く、近未来のカルトリーダーを象徴したセルフタイトル。2014年は女性の活躍が目立ったが、彼女はその代表。
https://ilovestvincent.com

2. Dum Dum Girls “Too True” Sub Pop

Dee Deeの作品はどれも、定番ポップがどうあるべきかを理解している。歌詞から彼女の世界観を想像し、どのような思いを乗せているか考えてしまう。一山越えた感がある3枚目は、痛さ的には落ち着いたが、ライブでは、トリプルギターになり、更に音の厚さを増している。もっとこだわり続けそうな予感。
https://www.subpop.com/releases/dum_dum_girls/too_true

3.Mac Demarco “Salad Days” Captured Tracks

前作の“2”や “Rock and Roll Night Club”に続く、2枚目アルバムもレイドバックな細っこいマック節のギターチューン全開。4/1リリースのアルバムだけあって、ラブソング&ジョークが、成熟した感がある。アルバム・プレビューも然り、ヴィデオも然り、ワクワクさせられっぱなし。
https://www.capturedtracks.com/shop/_ct-release/ct-193-mac-demarco-salad-days-lpcd/

4. Unknown Mortal Orchestra  “ⅱ” Jagjaguwar

'Swim and Sleep (like a shark)'
'So Good at Being in Trouble'

この2曲をアイスランド・エアウエイヴスで聞いたときは鳥肌立った。丁寧にクラフトされた、スムースなローファイ・ソウル・サイケ・チューン。メインガイ、ルーベンのグルーヴィーなナチュラルさと、ドラマーのジンジャー・ベイカー(クリーム)のごとしのパフォーマンスに圧巻される。今更ながら良盤太鼓判。
https://unknownmortalorchestra.com

5. TV on the Radio "Seed" Harvest Records

2014年は、ストロークス、ライアーズ、ヤーヤーヤーズなどの00年代NYロッカーの名前を聞くことが多かった。その中の一つ、TVOTRの6枚目のアルバムは、LAに引っ越した事もあるのか、ボーカルTundeの声が軽やかに若返り、全体的にドライヴィンで軽快な曲が続く。「Young Liars」が与えたインパクトのように、このアルバムには何か希望、新しい時代の始まりのようにも感じる。ウィリアムスバーグを諦めた同志としては目が離せない。
https://www.tvontheradioband.com

6. Real Estate “Atlas Domino

既にベテラン行きに達した感のあるニュージャージーバンド。おかえり、と手を差し伸べるような、ノスタルジックなサバービアンロックな3枚目。マック・デマルコをもっと大人にして洗練させたような、空、地平線、サイドウォーク、ランドスケープなどの言葉を繰り返し、永遠の少年、ビタースウィートな物語が繰り返される。一息つきたい時に、最高の一枚。
https://realestateus.dominorecordco.com/realestateus/albums/13-01-14/atlas/

7. Cibo Matto “Hotel Valentine” Chrimera

10年以上の沈黙を経てリリースされたNY在住日本人女子デュオのニューアルバム。再結成が大ブームで、大抵はがっかりさせられる中、この作品は最高傑作だと思う。ゴーストのいるホテルをテーマに作られた10曲は、「チェックイン」から始まり「チェックアウト」で終わる。ロック、ヒップホップ、ラップ、ブラジリアンなどから影響を受けたサウンドを、彼女達の色に変換し、何でもできるゴーストという主人公の中に、2014年の世の中に対するアンチテーゼを見ることが出来る。
https://www.amazon.com/Hotel-Valentine-Cibo-Matto/dp/B00H7NN19U

8. Sonny and the Sunset “Antenna to the Afterworld” Polyvinyl

‘Dark Corners’(名曲!)は今年の初めぐらいに良く聴いていた。来年新しいアルバムも出るが、こちらをリストに加えたい。のっぽさんような雰囲気で、話すように歌うソニー・スミス。仲の良い友達が殺された事をきっかけに、死後の世界をテーマにに作ったアルバム。カントリー、A&Mなどの影響を感じさせつつ、科学の実験のような不思議な音を加える。歌っているより断然話している方が長い、そんな彼のキャラクターが突出したアルバム。
https://www.pastemagazine.com/articles/2013/06/sonny-and-the-sunsets-antenna-to-the-afterworld.html

9. Death Vessel “Island Intervals” Sub Pop

プロヴィデンス出身(現NYと行ったり来たり)のシンガーソングライター (元ストリング・ビルダー)、ジョエル・シボドーによるニューアルバムは、アイスランドで、シガーロスのヨンシーのパートナーであるアレックス・ソマーズがプロデュース。彼の独特のハイトーンヴォイスとフォーキーで澄み切ったサウンドは、穏やかで、忙しい現代社会をほど遠く感じさせるユートピア。
https://www.subpop.com/releases/death_vessel/island_intervals

10. Music Blues “Things Haven't Gone Well” Thrill Jockey

‘Hopelessness and Worthlessness’、‘Trying and Giving up’、‘Great Depression’、‘Death March’などなどタイトルだけでも、何処まで落ちるねーん! と突っ込みたくなるが、その通り!基本全曲ヘビーノイズで、聞けば聞くほど落ちる。今年、物事が嫌になった時よく聞いた。ハーヴェイミルクのベーシストの初ソロ。ライブは、楽しそうにやっていてホッとした。因みに彼も、ウィリアムスバーグ在住。
https://www.thrilljockey.com/thrill/Music-Blues/Things-Havent-Gone-Well

番外編でうちらのバンドもEPを出したので記述しておきます。
Hard Nips “Uncommon Animal” Self Release

NY女子バンドの最新作はモンスターをテーマにした4曲。この世の生き物でないものが、森の中をさまよい、メンバーを追いかけている感じ。前作までの男性プロデューサーから、女性に変わり全てメイドバイ女子。CDリリースはなくMP3リリースにスリーブが付く。
https://hardnipsbrooklyn.com

mus.hiba - ele-king

Mus.hibaのサウンドスケープ
──ヴァーチャルシンガーの「息」遣い佐々木渉

 当初、シンセサイザーの開発目的の中には、「この世にあるすべての音を写実的に表現することを目指して発展すること」があった。アナログ方式・FM方式とデジタル化される最中にあっても、もちろん、ヴァイオリンなどの生楽器も再現しようとしてきたのだが、その後、録音した音そのものを切り刻んで自由につなぎ合わせるサンプラーが発達すると、生楽器の再現にはほぼ完全にサンプリング音源に取って代わられる。昨今では、『ファイナルファンタジー』などの高級感が売りのゲーム音楽を初めとし、オーケストラ・アンサンブルの表現には高級サンプリング音源が使われているのが定番になっているのが象徴的だ。

 そんな、オーケストラをほぼフル再現したサンプリング技術が、いちばん手を焼いたのが「歌」である。

 声のデータを大量にサンプリングしてきたとして、それを歌のレベルに構成するには、膨大な数の子音/母音区間をタグ付けし、整合性をチューニングし、さまざまなパターンでピッチや倍音の流れを再構築するなど独特の難しい作業があり、リアルに鳴らそうとすればするほど、おびただしいシミュレーションが必要となり、それらをコントロールするためのたくさんの演算処理もハードウェアでは到底できなかったため、PCの進化をジッ……と待つこととなった。

 本作、ムシバ(mus.hiba)氏のアルバム『White Girl』のヴォーカルを務める、「雪歌ユフ」はそんな歌声「サンプリング」合成の歴史の中で、サンプル・ベースの歌声合成エンジンの一般化から産まれた「個人が制作した個性派音源の先駆け」であり、女の子のキャラクターを伴ったヴァーチャルシンガー(※)である。

※ヴァーチャルシンガー自体は、たくさんの種類と制作者が存在し、いま、この瞬間にも世界のあちらこちらで作られている。

 この「雪歌ユフ」はウィスパーヴォイスが特徴で独特の質感がある。“Darkness”や“Yuki”で聴かれるような、水面に写った歌のような揺らぎのある声質とイントネーションは、声の合成の不安定さを魅力的に昇華し、美しくまとまっている。さらに特筆すべきは、生身のシンガーから、感情的に歌いかけられているような「声の向こう側のプレッシャー」を感じないのが、鮮烈で、そもそも「歌が苦手」「日本語が苦手」というリスナーにも体験としてオススメできる。

 mus.hiba氏の楽曲構成も秀逸で、「雪歌ユフ」を音源として取り込んだ上で、サウンドバランスが整えられており、前半3曲の“Slow Snow”から“Ring”までの流れで「ユフ」の声の、歌唱の雰囲気をリスナーの耳に溶け込ませ(馴染ませ)、徐々に、歌を後退させながらダビーな音響で声そのものを浮き上がらせる“Magical Fizzy Drink”を仕込み、声をメタリックにシンセサイズした“まぼろし”などで「ユフ」の声の聞こえ方を多様化させながら作品は進んでいく、こういった中でリスナーの耳が開かれ、ほぼ歌詞のないインスト曲でも、リスナーは彼女の息遣いを耳で探したり、追ったりしてしまうのだからおもしろい。

 後半の“Moonlight”“ひとり”は、声をサウンドスケープとして扱い、リスナーの耳の中に声を溶かして、息を潜めていこうとする流れ……これは稀代のヴォイス・パフォーマー、ジュリアナ・バーウィックの諸作とも被るが、ここには自然な律動やオーガニックさは微塵もないのが対照的。

 アルバムの前半では「比較的楽しげに」歌っていた「ユフ」の声の印象が、後半では声の上澄みである「息」として、残像化され、デフォルメされて流れてくる。リスナーとして、さっきまで耳で捉えられていた女性像そのものが輪郭を失っていくおもしろさがありました。

 聴き終えた後、最初は歌だった気がしたが、その半分は「息そのもの」が奏でていた音楽だったのだなー、と感じた次第です。

PS.
このmus.hiba氏のアルバムを聴いて、「雪歌ユフ」やインディペンデントなヴァーチャルシンガーの歌声が気になった方は、エレクトロニカ寄りであれば「ナカノは4番」さん、インディ・ロック/ポストロックであれば「藍乃」さんあたりから聴きはじめるのが良いと思います。

※上記リンクで試聴するにはニコニコ動画のアカウントが必要です。

佐々木渉

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『ファンタズマ』『ポイント』、その後日談 三田格

 20年ぶりに歯医者に通っている。かつて泯比沙子は、♪歯医者のない街へ~と歌って歯医者嫌いに勇気を与えてくれ、ザ・スミスによる“世界万引き同盟(Shoplifters Of The World Unite)”のメンタリティに肉薄したけれど(してないか)、要はいい歯医者に当たるかどうかだったみたいで、結果、30年ぶりに右側でもモノが噛めるようになり、何か食べるたびに右肩の僧帽筋が筋肉痛になっている。そして、僧帽筋が徐々に鍛えられることによって中学生の頃からはじまった偏頭痛が少し和らいだような気もしている。ダンス・カルチャーで劇的に変化した身体性がここへ来て、また、大きく変わろうとしている。すべては歯だったのかもしれない……。


 ムシバのデビュー・アルバム。ムシバ(む太し陽ば)と名乗っている時点ですでに親近感を覚えてしまったけれど、フリーの歌声合成ソフト「UTAU」の音声ライブラリーから「雪歌ユフ」という「ボーカロイドのようなもの」を使用しているのだそうで、なるほど雪のように透き通ったウィスパー・ヴォイスの背景ではワールズ・エンド・ガールフレンドがゴッドスピード・ユー・ブラック・エンペラー!に染まらず、IDMからそのままチル・ウェイヴに大きく舵を切っていたらこうなるかなというサウンドが展開されている。橋元優歩の頭の中を何倍にも増幅させたようにドリーミングな仕上がりはハッパの吸い過ぎかと思うほどどこを取ってもシュワンシュワンで、最近だとマカオのイーヴェイド(Evade)やM・セージに近いものも。初音ミクにもミクゲイザーというジャンルはあったけれど、あのようなひと昔前の洋楽のトレースやJ・ポップの範囲にとどまっているものではまったくなく、レーベルの資料によればパンク・スピリットが高く評価されているヴェイパー系の〈ズーム・レンズ〉に所属しているというから立ち位置もおのずと明らかだろう(https://www.zoom-lens.org/)。

 いくつかの曲ではビートがあまり打たれず、場合によっては10cc“アイム・ノット・イン・ラヴ”の長いインタールードのようにドローン状のテクスチャーで聴かせているものの、リズム感は非常にしっかりとしていて、ヴェイパーウェイヴにありがちな勢いで聴かせる面も皆無。シカゴ・ハウスとJ・ポップがここまできれいに混ざり合うかと思った“まぼろし”やドビュッシーを坂本龍一が適度に俗っぽくしたような“Moonlight”など、だら~んとハンモックに揺られているような聴き心地が最後まで持続する。派手に開陳はしてないけれど、けっこう音楽の素養もあるのかもしれない。少なくとも以前、サウンドクラウドに挙げられていた音源よりは多彩になっている。



 かつてコーネリアスが『ファンタズマ』(1997)をリリースした頃、当時の情報環境が目まぐるしく詰め込まれたものだと評され、そこから差し引ける要素をあらかた取り去ったものが、続く『ポイント』(2001)だとされた。『ホワイト・ガール』に感じるのはその中間のような佇まいで、当然のことながら当時とはまったく異なった情報環境が彼(彼女?)を取り巻いていることがここからは窺い知れる(「1_WALL」のグランプリを取った寺本愛のアートワークにも)。コーネリアスの整理能力にはもちろんセンスがあり、そこに日本でしか生まれないものがあると考えられたことを思い出すと、『ホワイト・ガール』が意味しているものは「その後日談」だというのは言い過ぎだろうか。オウガ・ユー・アスホールのサウンドを構成する要素のひとつに「歌謡曲」があるとしたら、ここには確実に「J・ポップ」があるし、どちらも「新しいサウンド」だと感じられるとしたら、その対比も興味深い。とはいえ、その情報環境を探るべく、ツイートを見てみたら、こんなものがツイートされていた。つい、見ましたけどね……。

https://twitter.com/mus_hiba/status/525584831216766977

三田格

DRUNKEN STEIN (Some Song Teachers @ OATH) - ele-king

合法ダンス元年を迎えるにあたり抑えておきたい10のダンス 2014/11/25

丘ダンサーのドランケンです。
青山のOATHでSome Song Teachersってパーティーやってます。隔月第4土曜日です。
https://somesong.jp

ザ・ドラムス来日! - ele-king

 9月に発売されたサード・アルバム『ジ・エンサイクロペディア』を引っさげて、ドラムスが来週の頭にブルックリンから日本にやってきます! メンバーの脱退を乗り越え、レーベルもあらたに、アルバムはより洗練されたサウンドに仕上がりました。新曲“マジック・マウンテン”のMVもいつも以上にスタイリッシュ! これをライヴでどうやって表現するのか非常に楽しみです。果たして、ジョニーが腕を振り回してマイクの前で踊る姿はそのままなのか!? 最近ではめったに披露しなくなってしまった名曲“レッツ・ゴー・サーフィン”を聴くことができるのか!?

 さらに、東京公演のオープニング・アクトには日本のブライト・ホープであるワイキキ・ビートが出演決定! どんなバンドか気になるはこの“フォーエヴァー”のMVをチェック。週明けからレトロに身体を揺らしましょう! 

The Drums 来日ツアー
■東京公演
日程:2014年12月8日(月)
会場:東京・恵比寿LIQUIDROOM
時間:開場18:00 / 開演19:00
料金:6,000円(税込/All Standing/1Drink別)
出演:The Drums、オープニングアクト: Ykiki Beat


■大阪公演
日程12月9日(火)
会場:心斎橋SOMA
時間:開始 18:30 / 開演 19:30
料金:6,000円 (税込/All Standing/1Drink別)
出演:The Drums

企画・制作・招聘:クリエイティブマン 
https://www.creativeman.co.jp/artist/2014/12drums/
協力:Tugboat Records

■The Drums

子供の頃にサマー・キャンプで知り合ったジョナサン(Vo),ジェイコブ(Gt)を中心に、2008年に結成されたアメ リカ・ ニューヨークはブルックリン出身のバンドThe Drums。デビュー・EP「サマータイム」を2009年リリース。収録曲「レッツ・ゴー・サーフィン」は、どこか切なくも懐かしいサウンド、そして思わず口ずさみたくなる様なサウンドで日本を含め世界各国で軒並みパワープレイを獲得!NME,Pitchfork,BBCなど数多くのメディアが大絶賛!!デビュー・アルバム『ザ・ドラムス』の発売(2010年6月) に先駆け、初来日公演を果たす。公演はソールド・アウト。 

同年サマーソニックで再度来日を果たし、ここ日本でも人気を決定づける。デビュー・アルバムより、僅か15ヶ月のスパンでセカンド・アルバム『ポルタメント』をリリース。前作同様高い評価を獲得。2011年東日本大震災を受けてチャリティー・シングルを発表、その後、ライヴ活動、暫くの長期休暇を経て、今年7月突如サード・アルバム『エンサイクロペディア』のリリースを発表!アーティストとして円熟期を迎えるThe Drumsが再び世界中でセンセーションを巻き起こす!! また彼らは音楽面のみならずファッションセンスに置いても定評があり、元 Dior Homme、現在は、イヴ・サンローランのクリエイティブ・ディレクターを務めるエディ・スリマンまでもが溺愛し自らアーティスト写真を撮ったほど。

■Ykiki Beat

現行の欧米インディ・シーンに同期する音楽を世界へ発信する要注目新人バンドYkiki Beat。Foster The People やTwo Door Cinema Club を彷彿とさせるアッパーな楽曲から、ビーチポップ~チルウェイブまで、彼らの豊潤な音楽性が詰まったEP『Tired of Dreams』が昨年12 月にBandcamp にてリリースされ、SNS など口コミで高評価を得る。今年2 月にはサマーキャンプの初来日ライヴの前座としてミツメと共に出演、過去にはLast Dinosaurs、Metronomy のOlugbenga 等と共演している。今年4月にはフランス・パリの超有名セレクトショップCollette とBonjour Records によるコンピレーションアルバムにも参加し、ファッション方面からも支持を受けている。
Ykiki Beat オフィシャル HP https://ykikibeat.tumblr.com/profile


Tofubeats × Para One - ele-king


Tofubeats - First Album
ワーナーミュージック・ジャパン

Tower Amazon iTunes


Tofubeats - lost decade
tofubeats

Tower Amazon iTunes

 初のメジャー・デビュー・アルバム『First Album』をリリースし、12月にはツアーファイナルを迎えるtofubeats。あまりにも語ることの多いこのアルバムだが、そのなかで2枚組での限界価格という「お得感」にもこだわりを見せた彼に倣って、ele-kingでは新譜発売時に掲載したロング・インタヴューの「ボーナス・トラック」をお届けしよう。2013年9月に発売された弊誌『ele-king vol.13』(通称「tofubeats表紙号」)に収録された、tofubeats×パラ・ワン(Para One)対談をウェブでも公開! メジャー契約直前、環境が大きく変わろうとしているなかでtofubeatsが考えていたこと、そしてヒップホップとエレクトロニック・ミュージックとの接合点でラディカルな活動を見せ、90年代半ばのフランスのシーンをリードしたTTCのプロデュースでも知られるマルチ・クリエイター、パラ・ワンとの対話から見えてくる、彼の若きリスナー遍歴。


■tofubeats / トーフビーツ
1990年生まれ。神戸で活動するトラックメイカー/DJ。〈Maltine Records〉などのインターネット・レーベルの盛り上がりや、その周辺に浮上してきたシーンをはやくから象徴し、インディでありながら「水星 feat.オノマトペ大臣」というスマッシュ・ヒットを生んだ。
くるりをはじめとしたさまざまなアーティストのリミックスや、アイドル、CM等への楽曲提供などプロデューサーとして活躍の場を広げる他方、数多くのフェスやイヴェントにも出演、2013年にはアルバム『lost decade』をリリースする。同年〈ワーナーミュージック・ジャパン〉とサインし、森高千里らをゲストに迎えたEP「Don't Stop The Music」、藤井隆を迎えた「ディスコの神様 feat.藤井隆」といった話題盤を経て、2014年10月、メジャー・ファースト・フルとなる『First Album』を発表。先のふたりの他、新井ひとみ(東京女子流)、okadada、の子(神聖かまってちゃん)、PES(RIP SLYME)、BONNIE PINK、LIZ(MAD DECENT)、lyrical schoolら豪華なゲスト・アーティストを招いている。


他の人が用いる方法については、イミテーションじゃなくてちゃんとアンダースタンドしなければやらない。(tofubeats)

トーフくんは浜崎あゆみのリミックスではじめてパラ・ワンを知ったといっていましたね。

tofubeats(以下T):TTC(テテセ)のセカンドのほうが先だったんですが、その後myspaceであのリミックスを聴いて、「この曲をこうすればクラブ・ミュージックになるのか」っていう手法的な発見がありました。こんなふうにすれば、いまの自分をブレさせずにヒップホップから違うところへ行けるんじゃないかって。高校2年くらいのときのことですかね。

浜崎あゆみは日本のポップ・シンガーですけれども、そうしたアーティストのリミックスをパラ・ワンがやるというのは、TTCから聴いていたリスナーからすれば意外なものでもありました。ですがその結びつきによって、ヒップホップのシーンで窮屈な思いをしていたトーフくんはジャンルの檻から自由になったと。これについて何か思うところはありますか?

パラ・ワン(以下P):正直に言ってあのときはとても緊張していたんだ。ただ音楽家としては、TTCもそうだけれども、全然違う文脈のものの間にコネクションを作っていくという仕事をしているつもりだから、トーフビーツくんが違和感なくインスパイアされたと言ってくれるのはすごくうれしく思うよ。

「違う文脈のものの間に……」というのはトーフくんの活動と重なるところがあるよね。

T:そこからの影響が大きいんですよ。毎回自分のスタイルをリセットして変えていっていいんだって。

逆に、スタイルを変化させることにこだわりがあったりはしますか? ダンス・ミュージックにとってはモードに対応していくのもすごく大切なものだと思いますが。

P:つねに変わっていくべきだというスタンスでやっているわけではないけれど、ダンス・ミュージック自体は若者の音楽だと思っているから、ある一面においてはそれはサヴァイヴァル精神でもあるよ。柔軟でいなければダメだし、新しくて良いものは自分なりに消化しなきゃいけない。ただ、刺激的なアーティストに会ったりしてみても、その影響を自分の音として出力するには時間がかかるんだけどね。

気に入ったアーティストに話をきいてみたりするんですか?

P:曲作り自体が呼吸のようなもので、息を出しきったら吸わなきゃいけない。スタジオにこもりきりだとエゴを吐き出すばっかりで吸収がないよね。だからツアーをしたり人に会ったりインタヴューを読んだりするのは吸収と消化のチャンスだととらえているよ。

トーフくんのアルバムも曲によってアプローチが違うわけだけど、リスナーとして新しい音を聴いて、それをいかに自分流に消化するかということを繰り返しているように見えるんですよね。そこにはこだわりがありますか?

T:他の人が用いる方法については、イミテーションじゃなくてちゃんとアンダースタンドしなければやらない、ってふうに自分では決めています。新しいジャンルに取り組むにても「それっぽいもの」に終始してしまいたくはないですね。いまベッドのスプリング音がすごい流行っているみたいなんですよ。でもそういうものをいま日本でやることにどんな意味があるのかっていうところから、僕はきっちり考えますよ。今回パラ・ワンのリミックスにあたって、僕は炭酸飲料を開ける音を多用しているんですが、それも同様です。自分のなかでちゃんとボーダーを引いて、他人にわかってもらえなくてもいいけど他人に説明できるくらいにそれをやる意味を理解してなければ、やらない。

10年くらい前にTTCにインタヴューしたとき、テキは、サウスのラップがすごくおもしろいんだけど、それをいかに自分のスタイルとして消化するのかが大切だと言っていたんです。彼らには表面的なイミテートを良しとしないスタイルが一貫してあったことを思い出しました。

P:セカンド・アルバムを作っているときには魔法のような瞬間があった。みんなの関わり方やジャケットのアートワーク、いろいろなことを含めて、そのときその場所に魔法のように重なって、あるべきものであるべきものを作ることができたという感覚を持っています。原点になっているのはあのセカンドの頃だね。

T:当時とても未来っぽく感じました。アートワークにしてもほんとにブローされたものだと思った。高校生が聴くにはヤバすぎましたね(笑)。

P:ははは。

トーフくんの表現がヒップホップからダンス・ミュージックに広がっていったというのも、まさにTTCと同じですね。

T:そうそう! 「こんなことやれたらいいな」が全部ある、みたいな。日本だと、そういうことを迂闊にやると「ジャズをサンプリングしろ」みたいに言われる時代だったんですよ。まだまだヒップホップ後進国で、シーンのなかにいまのカニエの新譜みたいなアプローチを良しと言えるような人がほとんどいなかった。

P:僕自身ももともとはジャズやソウルなんかをサンプリングしたヒップホップをやっていて、DJプレミアとかピート・ロックとかを目指していたんだよね。DJメディに憧れたりもしたけど、TTCに出会って「お前は未来がわかってない」と言われてね(笑)。いまじゃなくてこれから最高と呼ばれるものをやれって。それで考え直したんだ。

トーフくんも、ジャズをサンプリングしろって言ってくるような人よりは、よっぽど自分のほうがフューチャリスティックだしオーセンティックだしって思ってるんじゃないですか?

T:ほんとそう思ってますよ! ただ、言ったら角が立つと思って黙っているだけです(笑)。いまのお話で勇気づけられました。これで間違ってないんだって。

P:TTCも最初は嫌われていて、僕自身も友だちから「これとにかくひどいから聴いてみて」って言われて彼らを聴かされたんだ。だけど僕はこれヤバいじゃんって思って。フランスのすごくコンサバな家庭に育ったものだから、ああいう音を聴いて前向きに進んでいく気持ちが湧いてきたんだ。だからヒップホップかそうじゃないかということは気にせずに前進していくのがいいんじゃないかな。斬新さしかないんじゃないかと思うよ。名盤はつねに新しいものだったからね。

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TTCのころから思っていることでもあるけど、ルールを壊すか、ルールを持たないのがルールなのかもね。(パラ・ワン)

パラ・ワンさんはTTCの1枚めから2枚めにいたるまでに、彼らとのディスカッションを通して築いたものが下地になっているということでしたが、トーフくんはどうですか? 仲間とのディスカッションから何かを得ることは?

T:それはもちろんあります。シーパンク論争とかね。僕がシーパンク的なものをあんまり用いなかったのは、みんなとのディスカッションのなかで「アンダースタンド」までいかなかったからです。でも教わったり教えたりっていうコミュニケーションはすごく普通にとっているし、とりたいですね。

では、DJやトラックメイカーとして自分のスタイルに取り入れるまでではないにしても、いま興味を持っている音楽やジャンルがあれば教えてください。

P:イギリスのシーンはいまおもしろいんじゃないかな。レーベルに注目して聴いているよ。〈ナンバーズ〉っていうレーベルのソフィってアーティストがパリでやったときは、イタロ・ディスコとR&Bとテクノと、ちょっと未来的なポップの要素が混ざっていて、すごくおもしろいことをやってるなって思った。あとは〈ラッキーミー〉。UKのシーンにはいま、ベースから流れてきたちょっとドロドロしたモードがあるんだけど、それに対してもうちょっとクリアな感じの音の要素がある。あと〈ナイト・スラッグス〉は近すぎて客観的に見れない部分はあるけれども、オーナーがダンス・フロアにヘンなシチュエーションを作ろうとがんばっているようなところがいいよね。

T:〈ナンバーズ〉は知らなかったけど、他はもちろん僕も気にしているレーベルばっかりですね。〈ラッキーミー〉なんかは、日本のビートメーカーはみんなチェックしていますよ。あとは、もともとディスコも好きなんですが、ちょっとレトロなものがUSから出てきてますね。ただ、みんなすぐディプロに見つかっちゃう!

なるほど。ところで、“リーン・オン・ミー”のMVですが、あのセンチメンタルなイメージも、まさにトーフくんと近いセンスを感じました。いかがですか?

T:あれはなんか、やったーって思いましたよ。そのあとに“エヴリィ・リトル・シング”のピッチフォーク・ヴァージョンが出て、個人的にはあのアルバムが“リーン~”のヴィジュアルで固まっちゃっていたので、すごく違和感を覚えました。

P:だからアンオフィシャルなんだけどね。

T:そう、そうなんだと思いました。だけど、逆に日本人の俺から見てあれがすごくしっくりきちゃったことに悔しさも感じましたけどね。行間の表現がすごく日本的だし。

男の子と女の子の距離感とかね。なぜああいうMVを? なぜ日本が舞台だったんです?

P:“エヴリィ・リトル・シング”のほうは、知り合いが勝手にやっちゃったもので、まあ、見て見ぬふりです(笑)。“リーン・オン・ミー”はすごくまよった。音楽は音楽、映画は映画、気持ちを伝えるものとしては分けて考えているんだ。ドローンを聴きながら3日間くらい悩んだんだよ。そしたら東京のイメージが頭に浮かんできた。2012年だったかな。ネットでも何でもシニカルな表現が多いような気がしていたから、絶対にそうじゃないもので、かつ冗談ぽいものでもないことをやらなくちゃっていう思いはあったんだ。そしてシンプルに気持ちが伝わるもの。ちょうど桜の季節だったから、自然のなかで起きている新しいこととともに新しい気持ちが生まれる瞬間を見ることができるんじゃないかと考えてね。

この機会にお互いに訊いてみたいことはありますか?

T:さっき学校っておっしゃってましたけど、レーベルをやるにあたって心がけていることはありますか?

P:TTCのころから思っていることでもあるけど、ルールを壊すか、ルールを持たないのがルールなのかもね。レーベルがダメになるのって大抵の場合は齢をとって若い人間を受け入れられなくなっていくことに原因がある。それに、子どもらしく興味を持っていろんなものを楽しめたらいいなと思うから、オープンマインドということも心がけているかな。あなたはどう? あなたはどこを目指していて、どんなものを消化しようとしているところなの?

T:僕はついこの間メジャーと契約して、セールスを出さなきゃいけないアーティストになったわけです。ポップスとして、クラブ・リスナーとかではない人にも届けられないと契約が切れてしまう。自分のもともとの個性とそうした事情の間で悩んでいる時期ですね。それから、その傍らで日本のアイドルに曲を書いたりしていくことにもなると思いますが、そこに〈マーブル〉とかから受けている影響をどういうふうに落とし込んでいくか。海外の人たちにも「日本のポップがなんかヤバいぞ」って思われるようなところまでどうもっていくか。それが課題ですね。

補足すると、日本ではダンス・ミュージックがポピュラーではないんですよ。

T:それから、森高千里とか松田聖子のよさって海外の人に伝えるのは難しいかもしれないけど、ちゃんとしたハイブリッドなものを作れば、Jポップの良さを世界に説明することができると思う。まずは自分がちゃんとセールスを作って、なおかつ海外のレーベルに対しても納得させられるようなある程度のラインを作る、そういうコンテクストを作っていくことができるかどうかという挑戦ですね。そのためには〈マルチネ〉のような存在も必要だと思っています。

P:エキサイティングな話だね。でも、冗談抜きでできると思うよ。

T:あなたにまた会えるように、がんばりますよ。やるしかない!


Tofubeats - ele-king

 はたして自分はオリジナルなのか、それともコピーなのか、という程度の自意識くらいは持っていてほしいな、と、良くも悪くも若くて純粋なロック・バンドを見ていると思う。筆者がtofubeatsや大森靖子の生み出す音楽に惹かれるのは、結局のところ、彼ら・彼女らが自らのことを「オリジナルを持たない曖昧なコピー」として認識することから出発しているアーティストだからである。より正確に言うなら、「自分が曖昧なコピーであることにわざわざ自己言及せずにはいられないアーティストだから」だ。世代で括っていいのなら、そこには世代的なレベルでの共感がある。
 一方、こちらは「中の人」の素顔を知らないので世代の話は保留するが、〈粗悪興業〉による一連のリリースが、ポップ・アートの古典「一体何が今日の家庭をこれほどに変え、魅力あるものにしているのか」(1956)のオマージュになっているのも象徴的である。同作をもって「もし室内の床の上にあるテープレコーダーをパソコンにおきかえてよければ、今日のわれわれの日常そのものであろう」と評したのは美術史学者の前田富士男だが、まさにそれを具現化したようなアートワークを持つsoakubeatsのアルバムにはなんと、『Never Pay 4 Music』というタイトルが付いていたのだった!

 ここに通底するのは、いわゆる「貧しい芸術」の表現態度、つまり「あるもので間に合わせる」感性である。いや、正確には「あるもので間に合わせざるを得ない」環境だろうか。彼らはその行為を徹底的に突き詰めることによって、逆説的に、では彼ら・彼女らの手の中にはいったい「何ならあるのか」「何しかないのか」をレペゼンした。彼ら・彼女らにとってはそれがたまたまパソコンであり、インターネットであり、ハードオフであり、TSUTAYAさんであり、コピーされる音楽であり、それを焼くための安っぽいCD-Rだったのだろう。もちろん、こうした感性がVaporwaveとも完全にシンクロしていたのは言うまでもないし、本作にの子がヴォーカルとして参加している神聖かまってちゃんも同様だ。
 90年代以降の芸術を変革させたシミュレーショニズムの手法を、単なる「コピペ」という身体性で学んだ彼ら・彼女らが、表現者という、建前としては「オリジナル」の供給を迫られる立場に立ったときのプレッシャーを筆者はよく想像する。「学校に先生はいなかったでしょ」「オリジナルなんてどこにもないでしょ」と、大森靖子が炎上を覚悟して綴った言葉を実際に歌にするときの、微かな声の震え。あるいは、もろに弾き直しなフレーズをトレードマークにした“水星”でブレイクスルーしてしまったtofubeatsが、メジャーからのデビュー・アルバムをリリースするときにアップする全曲試聴とインスト盤。結局のところ、僕を感動させたのは彼ら・彼女らのそうした小さな戦争である。

 これは自戒だが、そうであるからこそ、作品そのものではなく、彼ら・彼女らの周囲で起きる事件/出来事に関心のウェイトを移してしまうのはリスナーが注意すべき落とし穴かもしれない。ちょうどそんなことを考えていたとき、Zeebraのこんなツイートが話題になっていた。「世の中には『人の知らないモノ好き』が沢山居る。彼らはその鋭い感性と情報収集能力で新しいモノを探す。ただ、あくまでも『人の知らないモノ』が好きなので、それが流行ると嫌になる…。こういうタイプのファンが多いアーティストは細々とやっていくしかなくなる。」(2014年11月27日投稿)
 もちろん、メジャーに進出したtofubeatsを含む上記のアーティストたちは、こうしたことがあり得る時代に音楽をやっていることをむしろ誰よりも理解しているだろうし、だからこそ、彼ら・彼女らは半ば実験と位置づけるような格好でメジャー・シーンへと参入していったのではないか。そして、その複雑な実験系の中で己を見失わないために、「芸術とは何か」という問いそれ自体を芸術とするのだと思う。あるいは、「音楽とは何か」という問いそれ自体を音楽とする。それは自意識の泥沼だが、そこを避ける道はないのだ。そして、tofubeatsの『First Album』はまさに、「ファースト・アルバムとは何か」という問いそれ自体をアルバムにしたようなファースト・アルバムとなった。

 まずおもしろいのは、このアルバムが「オリジナル・アルバムなのにリミックス・アルバムでもある」という性格を持っていることだ。“poolside”のようなお馴染みのラップ・チューンもRIP SLYMEのPESを招いてよりポップでアーバンに、先行シングル“Don’t Stop The Music”もより使いやすくすべく(?)、長めのイントロを用意してリアレンジされている。「本当は全部アルバム・ヴァージョンにしたかったんです」という発言にはさすがにちょっと気前が良すぎるのでは、という気がしないでもないが、オリジナル・ミックスという概念を曖昧に放棄してしまう彼の大胆さは、ハウス・ミュージックの伝統やサウンドクラウドのスピード感を意識してのことだろうか。
 中でも、“朝が来るまで終わる事の無いダンスを”という“水星”と双璧を張るキラー・トラックは、《2012mix》という一つの完成形があるにも関わらず、“Don’t Stop The Music”と呼応させるべく、さらに積極的な改変が行われている(ちなみにこの曲の歌詞の具体的な内容については、筆者もインタヴュアーとして参加した磯部涼編『新しい音楽とことば』に詳しいので参照されたい)。こうなると、“おしえて検索”のアルバム・ヴァージョンも聴いてみたかったと言いたいところだが、他方、アブストラクトなジャージー・クラブである“Populuxe”や、さながらD/P/Iのジャージー・クラブ・リミックスのような“content ID”が耳をクールに楽しませてくれる。

 そういえば、目下大躍進中のプロデューサー、デビュー作『ゼン』も素晴らしかったアルカへの取材が紙版『ele-king vol.15』に掲載される予定なのだが、彼はそこであるJ-POPの女性シンガーの名前をお気に入りとして挙げている。というのは、まあ、ここでは余談だが、筆者は不躾にも「以前よりもミュージシャンが音楽から金銭的な利益を生むことが難しくなったと思いますか?」などという質問をぶつけたのだった。彼の回答はドライといえばドライだったが、そのくらいの危機意識と現状認識はtofubeatsや、彼と同世代のミュージシャンはニュートラルに持っているだろう、とも思った。だからこそ、ゴージャスなゲストに囲まれつつも、tofubeatsは無邪気に浮かれてはいない。
 たとえば、人気曲“No.1”系統のメロウな新作“衣替え”は本当にいい曲だ。とくに、頭12秒付近にあえて録音されているMPCのスイッチを弾く音(?)を合図に、リスナーがこのイントロにうっすらとしたノイズが被っていることに気付く仕掛けには思わず微笑を漏らした。これはおそらく、dj newtownの作曲工程を再現するかのようなメタ・レコーディングとして準備されたものなのだろう。そのノイズが次第に晴れ、音がクリアに立ちあがり、dj newtownはメジャー契約アーティストたるtofubeatsとなり、プロデューサーとしてあのBONNIE PINKをヴォーカルに迎える。『First Album』でもっとも感動的な瞬間といえば、夢が現実となっていく、この瞬間だ。

 「お金がないなりに数を聴こうとしたら必然的にハードオフに並ぶJ-POPになった」という主旨の、tofubeatsの発言が好きだ。筆者も同じような理由で、ロックのクラシックスを山ほどレンタルし、ヒップホップのミクステを山ほど落とし、現行のエクスペリメンタルを0~5ドルくらいで買い漁っている。そして、そういうリスナーがたくさんいることを知っている。『First Album』は、つまり、ただ単に「あるもので間に合わせる」というdj newtownの適応能力が、いや、この国の豊かな貧しさが生んだ、どこかで聴いたことがあるのに絶対に聴いたことがない、J-POPの最適解という幻の対岸(=プールサイド)を探すためのサウンドトラックだ。

Blacksmoker - ele-king

 KILLER-BONGの久しぶりの都市dubシリーズ、『Brooklyn Dub』が話題の〈ブラックスモーカー〉がこの12月大暴れする。
 12月4日(木)から7日(日)までの4日間は、リキッドルーム2Fの〈KATA〉にて、毎年恒例となっている「BLACKGALLERY」。耳(音楽)と視覚(アート)の両方から、レーベルの魅力が展開される。
 入場無料(ただし、7時からのライヴ時には、ドリンク代1000円)。ライヴ・ペインティング、KILLER-BONGの作品をはじめとする、13人のアーティストの作品を展示。展示アーティスト×BSRとのコラボレーションTシャツも販売している。早い者勝ちのKILLER-BONGのアート本、超希少限定3冊もあり!
 ほか、KILLER-BONGとJUBEを交えたトークショーもあり、DJもかなり良いメンツが揃っています。今年、完成度の高いアルバムをリリースしたINNER SCIENCEとか、Fumitake Tamura(BUN)とか、金曜にはLAからDADDY KEVとか、間違いないメンツでしょう!

 さらに、12月22日(休日前)には、クラブ・エイジアにて、二木が力んで「急進的なラップ×ジャズ」だと紹介している「JAZZNINO」もあります! こちらもすごいメンツが揃っている。フライング・ロータスとか言っている人は、ぜひ、遊びに行きましょう。

■BLACK SMOKER RECORDS PRESENTS 「BLACKGALLERY」

2014. 12. 4. thu ~ 12. 7. sun
at KATA (LIQUIDROOM 2F)
OPEN : 15:00 SHOW TIME : 19:00
ENTRANCE FREE!
SHOW TIME ist DRINk charge 1000 yen(includ music charge)

12.4 thursday『THINK TALK pt.20』
LIVE PAINT:KLEPTOMANIAC
DJ:DJ BAKU, INNER SCIENCE, Q a.k.a Insideman, VIZZA
TALK:KILLER-BONG, JUBE, 神長(WENOD)
Talk guest:DJ BAKU & INNER SCIENCE and mo...

12.5 friday『BLACK AMBIENT』
ART PERFORMANCE:メチクロ, 河村康輔
SOUND COLLAGE:shhhhh
VJ:ROKAPENIS
GUEST DJ:DADDY KEV*
DJ:KILLER-BONG, Fumitake Tamura(BUN)

12.6 saturday『THINK TALK pt.21』
LIVE PAINT:BAKIBAKI, STONE63
DJ:OMSB, 田我流, KILLER-BONG, YAZI
TALK:KILLER-BONG, JUBE, 二木信
Talk guest 田我流 and mo...

12.7 sunday『BLACK OIL』
LIVE PAINT:POPYOIL
DJ:L?K?O, RUMI, LIL' MOFO, BLUE BERRY

BLACK WORKS:ALL DAYS 16:00-20:00
https://www.kata-gallery.net/events/black_gallery_2014/
https://www.blacksmoker.net/blackgallery/



■BLACK SMOKER RECORDS PRESENTS 「JAZZNINO」
2014.12.22.mon.
at club asia
https://asia.iflyer.jp/venue/flyer/215771

ずらりと並んだ強者の出演者を見れば予測がつくだろう。ラップ×ジャズ、ELNINOじゃなくJAZZNINO。ここで言うラップとジャズは音楽的形式を意味しない。楽理やイディオムではない。詩と4ビートの出会いではない。ましてやジャンルではない。それは、自由を意味する。BLACKOPERAという総合芸術の経験が、舞台演出にも活かされるにちがいない。ジャズが現在のクラブ・ミュージックやヒップホップ、R&Bにおける重要なキーワードとして浮上する時代に、出演者たちは2014年の急進的なラップ×ジャズを体現するだろう。恐ろしくフリーキーで、クレイジーな態度で……(二木信)

open 23:00
DOOR:3000yen
ADV:2000yen
with flyer 500yen off

main floor
LIVE:
鈴木勲×タブゾンビ×KILLER-BONG
菊地成孔×大谷能生 ×OMSB
伊東篤宏×BABA×FORTUNE D
山川冬樹×JUBE
DANCE:東野祥子
DJ:
OLIVEOIL
YAZI
MASA aka Conomark
VISUAL:ROKAPENIS
ART:R領域

2F lounge
TANISHQ presents
"HABIBI TWIST♪...and tigers twist in the BLACK SMOKER
DJ:
MASAAKI HARA
INSIDEMAN a.k.a. Q
L?K?O
サラーム海上
BELLYDANCE:
TANiSHQ
SQUARE CUTZ(AYANO, MASAYO, SAKI) feat. MEGUMI& TANiSHQ
aai×EMI×NATSUMI
VJ:IROHA
SHOP:
HE?XION!
Tribal Antique

1F lounge
DJ:
ヤマベケイジ
K.E.I
JOMO
VIZZA


第一回:音楽と呼吸 その1 - ele-king

 どういうご縁なのか、僕の音楽作品のいくつかはアンビエント・ミュージックというジャンルにカテゴライズされ、一時期はアンビエントという括りに違和感を持っていた僕自身も、最近はそのこと自体にはあまり抵抗を感じなくなって来た。それというのも、僕がいまのようなリズムトラックや明確な旋律のない音楽を作りはじめた90年代は、70年代後半にブライアン・イーノが提唱したアンビエント・ミュージックがヒーリング・ミュージックと混同されていた部分が多くあったからだと思う。今でもそういう風潮はあるかもしれないけど、「アンビエントをやっています」というと「あぁ~、あのぼんやりとした何の主張もない感じのBGMね」という、声にならない声があった。

 ヒーリングもアンビエントも、それ以外の多くの音楽に求められるアッパーな高揚感とは全く逆の「音があることによって静寂が訪れる音楽」というダウナーなものを求められている点では同じものだ。けれどそこには明確な差がある。と、アンビエントを聴いている人は感じていると思う。僕の記憶が確かならばイーノはその差を「アク」があるかないか。という言い方をしていたが、僕の言葉で言えば、アンビエント・ミュージックには「呼吸」がある。それは音そのものにも内包されているのだが、そもそも、その「在り方」そのものが親密な関係を持っている。呼吸とアンビエント・ミュージックの関係はとても深い。

 「呼吸」というのは人間の生命活動の中でも極めて特殊で、重要なものだ。救急医療の世界では、意識を消失して倒れている人に対してまず確認することのABCは、Airway(気道確保)、Breathing(呼吸)という呼吸に関わることを何よりも先に確認して、その後にCirculation(血液循環動態)といった心拍に関わる確認をする。心拍がどんなに正常に動いていても呼吸がされていなければ人間の生命は維持できない。東洋医学においても呼気・吸気は様々な「気」が出入りする場として重要視されていて、「気」にまつわる精神と身体との東洋医学的な関わりを実際の臨床の場で実感することのできる生命活動でもある。

 例えば西洋医学で「過換気症候群」と呼ばれる症状は、不安や疲労によって呼吸回数の制御が難しくなり、1分間に20回以内という正常の呼吸回数を超えた頻呼吸が持続すると、体内の二酸化炭素が過剰に放出され、血液のpHがアルカリ性になり、手足にしびれを生じさせるという症状が起こり、救急車で運ばれてくる頻度の高い症状である。西洋医学では深呼吸をさせて呼吸回数を減らし、時には抗不安薬を用いたり、ペーパーバック法と言って吐き出した二酸化炭素をもう一度吸い込む(最近では一般的には勧められていない)という対症療法を用いるが、根本的な治療はない。これに対して東洋医学ではこの状態は「気逆」と呼ばれ、呼吸はしていて酸素も正常に取り込まれているのに、「気」が逆流しているために、空気が入って行かないような不安にかられる(そもそも不安自体が気逆や気滞によるもの)と考えられており、実際に気逆を治療する半夏厚朴湯(ハンゲコウボクトウ)のような漢方薬が数分程度で効果的に作用する。過換気症候群を繰り返す人の最初の治療は主にこの薬を用いつつ食生活の改善などを指導することで再発を防ぐことができるようになる。

 当たり前のことなのだが、「呼吸」は古今東西を問わず、人間の生命活動の中では最も大切なものであるとされてきた。しかし、その重要性について、特に精神と身体の関係が必要以上に分離されて考えられている唯物論的な科学の場ではあまり語られることがない。それは僕らの呼吸に対する認識が、その日常性ゆえに鈍化してしまっていることと、「酸素供給でしかない」という西洋医学的な側面の情報に感化されすぎてしまったせいでもある。古来より特に東洋において、呼吸は身体と精神の双方の局面からその制御が重要視されてきた。

 呼吸という活動の最たる特異性は、自分自身がそこに意識を向けることで、その活動に関与出来るという点にある。全ての人間が絶え間なく行っている幾多の不随意運動の中で、随意的にその活動を変化させられる最たる生命活動なのだ。そしてその活動は人間の肉体と精神の接点として大きな意味合いを持っている。先に挙げたように精神から呼吸が影響を受けることもあれば、呼吸から精神に影響を与えることが出来ることは科学的にも証明されている。端的に言うと、人間の自律神経には、戦闘体勢用の交感神経と休息体勢用の副交感神経があるが、西洋医学では上室性頻拍を抑制する方法として副交感神経を活性化し心拍数を下げる頸動脈マッサージが一昔前までは用いられていたが、これと同じ理屈で深呼吸は副交感神経を活性化し、心拍を抑え、気持ちを和らげるとされている。交感神経が優位になりがちな現代生活の中では、呼吸を用いて心を落ち着かせることに用いることが多いが、そういった目的としては胸式呼吸よりも睡眠時に行われている腹式呼吸の方が副交感神経を活性化させるので効果的である。

 話は少し逸れたが、この「日常的には意識されず、意識を向ければその活動に関与できる。」という随意と不随意の合間で行われている呼吸という生命活動の「在り方」が、環境としての音楽というアンビエント・ミュージックの「在り方」に通じる。アンビエント・ミュージックは本来そうした在り方を求めて生まれた音楽だ。

 アンビエントの祖と呼ばれるエリック・サティがパーティで演奏をしているときに「頼むから僕の音楽を聴かないでくれ」と言った逸話はよく語られる。サティは何故そんなことを思い立ったのか。それは表現するという行為自体が内包する自己肯定という過失への懸念と、表現者としての対話への欲求の間に生じるジレンマから生じたことだろうと思っている。音楽や音、特に生活環境の背後にある音と人間との関係を考える上では、この「音楽を聴かないでくれ」という願いは非常に大きな意味を持っている。

 そもそも表現というものはそれを不特定の他者へと向けた時点で、「自己肯定」という要素を少なからず含んでいる。特に形式や権威に抵抗し、神秘主義や東洋思想に強い影響を受けたサティは、そういった表現行為そのものに伴う違和感に対して誠実に接した結果、家具のように「環境」の一要素としてある音楽、つまり自我のない音楽という概念に辿り着いたのではないかと思う。仏教において完全なる廃絶を求められる「怒り」の背景には必ず自己肯定が存在している。サティをはじめ、ジョン・ケージやイーノと言った、アンビエント・ミュージックの祖と呼ばれる人たちが東洋思想に傾倒していることは極めて自然なことのように僕には思える。ところが、一方で人間には交換という営みが不可欠であり、表現は他者との対話がなければ成立しえない。それに加えて音楽という表現は他の芸術に比べてその場にいる他者への不可抗力的な侵襲性が高いという特殊な問題も関与してくる。

 サティが「僕の音楽を聴かないでくれ」と言ったのは、自分の表現と、そこにいる聴衆ではない人間、つまり音楽を聴いていない人たちがいる空間との対話、音楽と空間との相互浸透を実現したかった。「聴かないでくれ」というのもひとつの強要ではあるが、現在のように記録媒体による「音源」再生という文化や技術がまだ普及していない時代には、音楽が流れたとき、つまり音楽家が演奏を始めた時には耳を傾けて「音楽を聴く」という既成概念が今以上に強くあって、そこから聴衆を一度解放することも必要だったのだろう。実際に休憩時間に演奏された「家具の音楽」は、「休憩時に演奏される音楽をどうぞ聴いてくれませんように……くれぐれも」とプログラムに記してあった上に、演奏の開始と共に「おしゃべりを続けて!」とサティが叫んでも、みんな黙って座って音楽を聴いたらしい。そういった慣習からの解放というのも東洋思想的な試みと呼んでも良いのではないだろうか。

 そういった起源を持つアンビエント・ミュージックは、背後に流れていても「日常的には意識されず、意識を向けるとその存在に気付く」という呼吸的な在り方を求めている音楽と言っても良いだろう。この考え方はジョン・ケージが強く影響を受けた鈴木大拙の「妨害なき相互浸透」という言葉によって、より明確な方向性を持つに至った。妨害(自己主張・自己肯定)のない相互浸透(作品によって生じる対話・不確定性)という在り方がサティから現在に至るアンビエント・ミュージックの系譜における重要な要素であると僕は思っている。だからそもそも、アンビエント・ミュージックのライヴの在り方や、作品の在り方という話にもなってくるのだが、そういう話はまた次回以降に。

interview with Untold - ele-king


Untold
Black Light Spiral

Hemlock Recordings / Beat Records

TechnoIndustrialBass

Tower HMV Amazon iTunes

 目にしたのはもう何年も前なのだが、スガシカオが起用された転職サービスの広告がなぜかいまも記憶に残っている。彼はもともとサラリーマンで、上司に職場に残るように強く望まれたらしいが、ミュージシャンの道を選んだ。同じようにサラリーマンからダブステッパーへと転職したアントールドの話を聴いているとき、どういうわけかこの広告のことが頭に浮かんだ。
 アントールドことジャック・ダニングは2009年に〈ヘッスル・オーディオ〉発表された衝撃的なトラック“アナコンダ”で知られようになる。ベースの上でキックが連打され、鳥の鳴き声のようなウワモノが宙を舞う。彼の楽曲とレーベル〈へムロック〉は、当時のダブステップ・シーンのなかではまさに「奇想天外」な存在で、その後のポスト・ダブステップの到来を予感させた。
 そもそもダニングは〈ブルー・ノート〉での〈メタルヘッズ〉のパーティに郊外から通っていたドラムンベースのヘッズ少年だった。ラッキーなことに、今回の取材時に彼といっしょに東京のレコード屋さんを巡る機会を得たのだが、昔買い逃した〈ジャングル・ウォーフェア〉のコンピを見つけてとても喜んでいたのが印象的だった。

 今年、デビューからじつに7年越しで発表されたデビュー・アルバム『ブラック・ライト・スパイラル』を聴いて面をくらったリスナーは多いのかもしれない。なぜならノイジーでクレイジーなテクノ・アルバムだったからだ。冒頭“5・ウィールズ”のサイレン音に度肝を抜かれ、陰鬱なリフレインがビートを形成していく“シング・ア・ラヴ・ソング”が終わるころには、レコードのあちら側にいるアントールドがこれからどこへ向かうのか想像できなくなる。
 いったい彼はどんな思いでミュージシャンになり、時間をかけてこの作品までたどり着いたのだろうか。またジェイムズ・ブレイクの発掘でも大きな評価を得たレーベル・オーナーとして何を考えてきたのか。アントールドは時間をかけて詳細に答えてくれた。

■Untold / アントールド
レーベル〈へムロック・レコーディングス〉を主宰し、〈ヘッスル・オーディオ〉や〈ホット・フラッシュ〉といった先鋭的なレーベルからも作品をリリースするプロデューサー。実験的なダブステップやテクノの楽曲で、リスナーと制作者の両方から圧倒的な支持を得る。2014年には〈へムロック〉より自身初のアルバム『ブラック・ライト・スパイラル』と『エコー・イン・ザ・ヴァリー』を立てつづけにリリースした。


ロンドンに出てきた最初のころもドラムンベースが好きだったんだけど、ちょうどそのときに〈dmz〉のパーティに行って、マーラのダブステップ・サウンドにジャングルとドラムンベースの哲学を発見したんだ。

アジア・ツアーの真っ最中で、おととい上海から到着してそのまま〈リキッドルーム〉でプレイしたばかりですが調子はどうですか?

アントールド(Untold 以下、U):1日休みを取ったからだいぶ元気だよ。

今回の来日は3年ぶりですが、日本の印象は変わりましたか?

U:じつは違いがわからないんだ。というのも、2011年に来日したときは48時間くらいしか滞在できなくてね。だから今回は初来日みたいなものだ(笑)。今回はとても日本を楽しんでいるよ!

今回のあなたのセットを見たんですが、ちなみに前回はどのようなDJを披露しましたか?

U:現在僕がプレイしているようなテクノやハウスと、ダブステップの中間に位置するようなセットを当時はプレイしていた。2011年にはダブステップは多くの地域に派生して、音楽的にも文化的にも大きな広がりを見せていたよね。だから、僕自身の音楽もちょうど次へ移行している時期だったんだ。その頃に比べたら、現在の僕のセットはもっとストーリー的で一貫性があるかな。

あなたのキャリアのスタートでもあったダブステップに関して質問したいと思います。ダブステップが脚光を浴びはじめたのは2000年代中期で、あなたが〈へムロック〉をはじめてリリースを開始したのは2008年です。現在あなたは37歳ですが、どのようにしてダブステップのシーンと関わっていくようになったんですか?

U:いちばん最初に音楽をはじめたのは14歳のときだね。そのころは自分の曲をリリースしたりはしていなかったけれど、曲を書いて友だちとのバンドで演奏していたよ。それが90年代初期くらいだったんだけど、ちょうどそのときにハードコア・ジャングルやドラムンベースのムーヴメントが起きて、ものすごくハマった。僕のレコード・コレクションのほとんどがその時代のものなんだ。かなり偏狭的な音楽の聴き方だった。
 それからロンドンへ引っ越して、仕事三昧の日々を送っていたからあまりクラブに行けなくなるんだよね。大学では電子音楽を専攻していたんだけど、学校がはじまったのが1997年でインターネットが爆発的に普及していくときだった。だから自分の関心も自然とそっちへ向かっていった。だから自分の学位を取得するときまでには進路は決定していたよ。「よし、自分はロンドンでウェブ・デザイナーになる!」ってね(笑)。当時はまだ熟練したデザイナーがいなかったから、自分でもできるって思っていた。最初のリリース前の2007年までその仕事を続けていたな。ウェブ・デザインもやったし、広告代理店でも仕事をやっていたよ。

ウェブ・デザインもやったし、
広告代理店でも仕事をやっていたよ。

 ロンドンに出てきた最初のころもドラムンベースが好きだったんだけど、ちょうどそのときに〈dmz〉のパーティに行って、マーラのダブステップ・サウンドにジャングルとドラムンベースの哲学を発見したんだ。感情的にもサウンド的にも音楽に対する情熱が呼び覚まされたな。それでダブステップへと方向転換したんだ(笑)。

あなたの音楽を初期のものから聴いていると、もちろんジャングルからの影響も感じられるんですが、昔はテクノばっかりを聴いていたのかなという印象があります。

U:それはうれしいな。でもじつはクラシックとされているものを別として、僕はテクノについてほとんど知らないんだ。ジャングルのレコードを聴きながら初期のエイフェックス・ツインとかを聴いていたけど、それもテクノというよりはIDMと呼ばれるものだしね。デトロイトやシカゴのものも少しは知っていたけどのめり込むことはなかったな。2007年くらいからユーチューブが流行りだしたけど、その頃からネットでいろいろ勉強するようになったよ(笑)。

〈dmz〉や〈FWD〉周辺のオリジネーターたちの活躍以降、ダブステップには2回大きな転換があったと思います。1回めは2006年に〈ハイパーダブ〉からリリースされたブリアルのファースト・アルバム。そして2回めは〈ヘッスル・オーディオ〉からリリースされたあなたのシングル“アナコンダ”です。あの曲は本当に衝撃でした。それまでのダブステップで使われていたハーフ・ステップもなければ、ガラージに影響を受けたリズム・パターンからも解き放たれて、キックの数も増えていきました。でもそれでいて、シリアスになり過ぎるわけではなく少しチャラい感じがするのもおもしろかったです。なぜあなたはこの曲を作ろうと思ったんですか?

U:さっきの回答にも通じると思うんだけど、僕のドラムンベースに対する情熱が薄れてしまったのは、曲の自由度や創造性といったものが形式化されてしまったからなんだ。僕が耳にした初期のダブステップも特定の形式ができる前で、ガラージの影響が強い曲だって多くあった。他のジャンルが交ざり合っていたからね。これはダブステップに限ったことではないけど、ダンス・ミュージックの魅力って多くの要素が混在していることだと思う。アーティストをひとり選んで、その曲の要素を紙に書き出してみると影響源の多彩さに驚くはずだよ。

“アナコンダ”はジャンルのテンプレート化に対する僕なりのプロテスト・ソングだね。

 “アナコンダ”はジャンルのテンプレート化に対する僕なりのプロテスト・ソングだね。僕はハーフ・ステップやウォブル・ベースが使われるいわゆるダブステップの曲も作っていたけれど、シーンの持つクリエイティヴさを失わせたくなかった。多くのひとがひとつのシーンに注目すると、いい意味でも悪い意味でもシーンはピークを迎えて、そこで流れる音楽形式化されて世界的に広まる。
 そのシーンに関わっていたひとりとして、僕は何かひと言もの申したかったね。“アナコンダ”が出る2年前に僕は仕事を辞めて、いきなりDJになった。当時はベン・UFOやピアソン・サウンドとUK全体をツアーしていて、毎週末新しい出会いがあった。ヨーロッパも回ったりしていて、東欧のポーランドやリトアニアにも行ったんだけど、あそこはドラムンベースがしっかりと根づいていたんだ。この時期に多くのジャンルに触れられたことも大きかったね。“アナコンダ”の設計図には確実にこの時期の経験が反映されている。

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年齢は僕にとって大きな問題じゃなかったな。重要なのは音楽に対して常に貪欲で情熱を傾けられることだよ。


Untold
Black Light Spiral

Hemlock Recordings / Beat Records

TechnoIndustrialBass

Tower HMV Amazon iTunes

ちなみに〈ヘッスル・オーディオ〉のクルーとはどうやって知り合ったんですか? 最初のシングルはこのレーベルから出た“キングダム”ですよね?

U:ロンドンのクラブ〈プラスティック・ピープル〉でのウィークリー・イヴェント〈FWD〉でだね。踊りにくるひとももちろん多かったけど、プロデューサーや音を聴きにくるひとたちも同じくらいその場にはいた。〈ブルー・ノート〉で開かれていた〈メタルヘッズ〉のパーティもまったく同じだったね。ラッキーなことに僕はドラムンベースに間に合ったんだ(笑)。ジャングル・ハードコアのシーンで僕はいちばん若かったな。さっきも話したけれど、ダブステップが出てきたときに僕は仕事に熱中していてあまり音楽を聴いていなかった。グライムを聴き逃したくらいだからね(笑)。
 〈FWD〉は本当にみんなフレンドリーだった。僕はベン・UFOのDJセットをサブFMなどで聴いていてかなり好きだったから、クラブで見かけたらよく話しかけていたんだ。出会ってからしばらくしてデモを2曲渡した。それは“キングダム”ではなかったんだけど、彼はそれをラジオで流してくれたね。たぶんラジオのアーカイヴに残っていると思う。それはまだTRGの“プット・ユー・ダウン”のリリースによって〈ヘッスル・オーディオ〉が本格的に始動する前の段階だったけれど、僕のリリースついてもベンとは話し合っていたよ。

どういった経緯で自身のレーベル〈へムロック〉をはじめたんでしょうか? 〈ヘッスル〉では満足できなかったんですか?

U:そんなことないよ(笑)。初めてレコードを出したとき、僕は29歳だったけど、〈ヘッスル〉のみんなは20歳前後だった。彼らからしたら僕は確実にオジサンだよね(笑)。でも歳の差なんか関係なくて、とてもインスパイアされた。
 単純にレーベルもやってみたかったんだ。〈へムロック〉をはじめたときから2011までアンディ・スペンサーという相方がいたんだけど、彼は重要人物だよ。現在、直接レーベルに関わっているわけではないけどね。広告代理店関係の仕事をしているときにアンディとは出会った。彼はロンドンの交通機関のデザインなんかの仕事をしている。アンディは音楽をやらないんだけど、レーベルのヴィジュアルや方向性は彼と話し合って決めたよ。だから彼の存在は大きいよ。最初のころは、僕とアンディのふたりがOKを出さない曲のリリースはしないってきめていたくらいだからね。

29歳で本格的に活動を開始したことを遅いと思って不安を感じたりすることはなかったんですか?

U:年齢は僕にとって大きな問題じゃなかったな。〈FWD〉に行っていたときに自分が30歳手前って言うと驚くひともいたけれど、クラブには40歳のおっさんも遊びにきていたしね。これはよく言われることだけど、70歳だろうが80歳だろうがダンスするうえで関係ない。それにいまは年齢が比較的高いアーティストに変な偏見もないしね。たとえば、マーク・プリッチャードは20年以上プロデューサーとして活動しているけどいまだに表現に対して貪欲だ。彼が体現しているように、歳をとるほど表現する音が保守的になっていくというのは偏見なんじゃないかな? 彼のようなミュージシャンの現在と過去には大きな差はない。なぜなら、彼らの姿勢は若いときと何ら変わっていないんだからね。それにカリブーみたいなミュージシャンだっている。彼は一般的なクラバーよりも年上で、しかも数学者だ。重要なのは音楽に対して常に貪欲で情熱を傾けられることだよ。

あのパターンはトイレの壁紙のデザインなんだ(笑)。

ちょうどいま座っているソファーの柄が〈へムロック〉のデザインに似ていると話していました。

U:たしかにそうだね。じつはあのパターンはトイレの壁紙のデザインなんだ(笑)。

19世紀のゴシックなイメージのアンダーグラウンドなデザインだと思っていました(笑)。

U:最初のリリースのときにディストリビューターはいたんだけど、マニュファクチャラーがいなかったから、出来上がってきたスリーヴ、シール、そしてレコードをキッチンのテーブルの上で自分たちでパッキングした。当時、3歳だった僕の娘に邪魔されながら作業を進めたよ(笑)。最初と現在でスリーヴ・デザインも少しちがうんだよ。〈へムロック〉の1番から4番までのスリーヴはちょっと暗めのデザインになっている。なぜなら、灰色の台紙の上にパターンをプリントして、さらにその上に黒を被せているから。乾くのにかなり時間がかかったけど、クオリティはかなりよかった。

〈へムロック〉のレコードは、開けるときにシールを切らないといけないから苦戦するんですよね(笑)。

U:よくそうやって言われたな。レター・オープナーを使えば綺麗に開けられるよ(笑)。でも作品を楽しむために、まず最初に破壊があるというコンセプトっていいと思わない(笑)? 2枚買って、1枚を保存用にするひとだっていたんだよ(笑)。

そもそも、なぜ「アントールド」という名前にしたんですか?

U:これにはちょっとしたストーリーがある。代理店関係の仕事もしていて、そこで自分のフィアンセにも出会った(笑)。彼女はブランド代理店のネーミング部門で働いていた。僕はその近くでロゴ・デザインみたいなことをしていたから、デザイン関係をやりつつも、ネーミングの仕事もやっているようなものだった。彼女が持っている名前思いつくスキルってすごいんだよ。
 さっきも言ったように、僕のバックグラウンドはドラムンベースで、プロデューサーはアーティスト・ネームを持っていなくちゃいけない。それで僕が自分のためを考えようと思ったときに、シンプルで覚えやすいものがいいと思った。それでフィアンセの力を借りて、この名前を選んだ。とくに深い意味はないけれど、抽象的なニュアンスを含んでいるのが好きだね。

ある雑誌に掲載するジェイムズ(・ブレイク)の写真が翌日までに必要だったことがあったんだけど、彼はプレス用の写真すら持ってなくてさ(笑)。

ジェイムズ・ブレイクの2009年のデビュー・シングル「エアー&ラック・ゼアオブ」は〈へムロック〉からリリースされました。どのような経緯で彼をリリースすることになったんですか? また、現在の彼をどう思っていますか?

U:ジェイムズは〈へムロック〉からアプローチをした最初期のアーティストだね。コンタクトを取るまで僕は彼の素性すらも知らなかった。DJディスタンスが“エアー&ラック・ゼアオブ”をリンスFMでプレイしたのを聴いたのが、彼を知ったきっかけだね。それはディスタンスがデモ音源を流すコーナーだった。彼は「この曲を作ったプロデューサーに関してはぜんぜん知らないんだけど、名前はジェイムズ・ブレイクっていうらしい」とコメントしていてね。その放送を聴いたのはレーベルをいっしょに運営していた相方のアンディのほうだったんだけど、この謎のプロデューサーをいますぐ見つけるべきだという結論に至った。たしかマイスペース経由でジェイムズに連絡を取ってみたら、彼はアンディの家の近くに住んでいることがわかったんだよ。それで、当時ジェイムズが通っていたコールドスミス・カレッジまで彼のショーをアンディとふたりで観に行った。当日はマウント・キンビーも出ていたな。彼らもジェイムズと事前にマイスペースで連絡を取っていたらしい。
 ジェイムズと話してわかったんだけど、彼は僕が経験したドラムンベースのシーンをほとんど知らなかったんだよ。そのかわりにスティーヴィー・ワンダーとかエド・ルシェみたいなアーティストに詳しかった(笑)。だから「キミはすごいユニークだから、いまハマっていることを続けたほうがいい」って伝えたよ。そんな流れであのシングルをリリースすることになって、2~300枚は売れたし、多くのDJがプレイしてくれたんだ。さらに『ミックス・マグ』の月間ベスト・シングルに選ばれたんだよ。ジェイムズのシングルは〈へムロック〉の4番めのリリースで、レーベルはスタートしたばかりだったから僕たちにとってはかなりよい結果になったね。よく覚えているのが、ある雑誌に掲載するジェイムズの写真が翌日までに必要だったことがあったんだけど、彼はプレス用の写真すら持ってなくてさ(笑)。だからタクシーに飛び乗って、大急ぎで彼の写真をとったんだよ。当時、彼は『ミックス・マグ』さえも知らなかった。ある意味すごいよね。

「キミはすごいユニークだから、いまハマっていることを続けたほうがいい」って伝えたよ。

 その出来事のすぐあとに、ジェイムズは彼のファースト・アルバムの曲“リミット・トゥ・ユア・ラヴ”を僕に送ってくれた。僕はオリジナルのファイストの曲を知らなかったから、「この曲はすごくいいけど、リリースするにはヴォーカルのサンプリングが長過ぎるよ」って言ったんだ(笑)。そしたら「それ僕が歌っているんだよ!」って彼が答えるから驚いた。そのときに、自分は大きな決断をしなきゃいけないなって気づいたよ。僕のレーベルはまだはじまったばかりだったけど、メジャー・レーベルと手を組んだりはしたくなかった。全部のリリースを自分でコントロールできる範囲でやりたかったからね。ジェイムズの音楽と可能性は、〈へムロック〉でマネージメントできる領域よりもあきらかに大きかった。だから、いまもジェイムズといっしょに働いているマネージャーを彼に紹介してあげた。それで彼は〈R&S〉とも契約したけど、最終的には〈ユニヴァーサル〉が彼に大きな投資をしているわけだよね。

たまにジェイムズを〈へムロック〉だけのアーティストにしておかなかったことに後悔はあるかって訊かれるんだけど、僕の答えは「ノー」だね。

 たまにジェイムズを〈へムロック〉だけのアーティストにしておかなかったことに後悔はあるかって訊かれるんだけど、僕の答えは「ノー」だね。もしそうしていたとしても、彼は現在のような成功はきっと得られなかった。彼は本当に素晴らしい才能の持ち主だし、デビューする時期もあのときでよかったと思う。最後に僕がジェイムズに会ったのは去年の〈ソナー・フェスティヴァル〉だったんだけど、唯一の後悔といえば彼は現在スタジアムを回るようなツアーをやっているからなかなか会えないことだね。
 幸い彼は現在のレコード会社との契約で、他のレーベルからのリリースを、制限はあるけれども許可されている。これはかなりレアなケースなんだけど、そのおかげで〈へムロック〉の9番めのリリースとしてジェイムズのシングル“オーダー/パン”を発表できた。オフィシャルにリリースする上での手続きがかなり大変だったな(笑)。ジェイムズ・はまだ〈へムロック〉のアーティストだと思っているし、音楽の歴史に名を残すであろうアーティストのキャリアの一歩を手伝えたことを誇りに感じるよ。

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過去の作品よりもっとピュアな作品になるといいな。僕のバックグラウンドを知らないリスナーに、「“アナコンダ”を作ったやつがこれを作ったのか!」って思われたい。


Untold
Black Light Spiral

Hemlock Recordings / Beat Records

TechnoIndustrialBass

Tower HMV Amazon iTunes

あなたが表れたとき、すごくミステリアスな人物だと思いましたし、同時に強いアティチュードも感じました。“アナコンダ”についての回答でも触れていましたが、当時のシーンがつまらないとか何かを変えたいとか思っていましたか?

U:そうすることへの責任感を感じるときもあるし、そうでないときもある。アーティストとコラボレーションするとき、僕はかなり自由に相手に物事をまかせるんだけど、同時にもっとクリエイティヴに相手を前に押すこともあって、それが一種のゲームだと感じている。2007年から現在に至るまで、僕は多くのサウンドに挑戦してきた。でもこれからは、過去に自分がしてきたことを振り返って掘り下げようと思うんだ。こうすることによって、次の10年間で自分はもっと前進できると思う。過去の作品よりもっとピュアな作品になるといいな。僕のバックグラウンドを知らないリスナーに、「“アナコンダ”を作ったやつがこれを作ったのか!」って思われたい。
 いままで出してきた僕のシングルはその時々での自分の挑戦が反映されているから、リリースごとに違ったスタイルの曲も多い。だけど、いまはひとつのスタイルと向き合ったもっと長いアルバムのリリースしたいんだ。『エコー・イン・ザ・ヴァリー』のようにUSBのデジタル形式で、時間制限がないものを考えているよ。去年の段階で僕はサウンドの探索に見切りをつけた。いままで作った曲のキーポイントを見直して、それらを新しい方法で鳴らしていくつもりだ。

先ほどコラボレーションについても触れていましたが、あなたは2010年代の最初、リミックスをたくさんしていました。クラブ・ミュージックだけではなく、ジ・XXやレディオヘッドのようなバンドの曲まで手がけていました。そこにはどのような意図が音楽があったのでしょうか? エイフェックス・ツインは「クソみたいな曲を一曲でも減らしたいからリミックスをする」と言っていましたが。

U:エイフェックス・ツインより素晴らしい回答は思いつかないな(笑)。レディオヘッドのリミックスはいろいろあってリリースはしなかったんだけどね。2012年の4月にやったのが最後のリミックスだったんだけど、何だったかな。レディオヘッドのリミックスをやっていたときに、僕は同時に4つのリミックスを手がけていた。メジャーの仕事もいくつかやっていて、ケシャの“ティック・トック”のリミックスもやったね。それが僕のベスト・リミックスだね。僕の友人のトム・ネヴィルはテック・ハウスのプロデューサーだけど、彼とは大学で知り合った。彼はケシャのアルバムを出掛けていて、彼にリミックスをしないかと誘われたんだ。僕はまだまだアンダーグラウンドな存在だと思うけど、そんなメジャーなアーティストのリミックスをやるなんてね。だけど思う存分、自分のサウンドを入れまくったよ。

ケシャの“ティック・トック”のリミックスもやったね。それが僕のベスト・リミックス。

 小さなレーベルはそうでもないんだけど、メジャーなレーベルからのリミックスに関するリクエストにはうんざりすることもある。自分風のサウンドを少し押さえろとか、ヴォーカルの量を増やせとか、もっとわかりやすくしろとか……。ビートポートみたいなデジタル領域が盛り上がってきたときに、オリジナルの曲だけでは儲からないからレコード会社はリミックスにも手を出すようになったと思う。そのころから発表されるリミックスがとてもチープに感じるようになったな。ジェイムズが言っていたんだけど、スティーヴィー・ワンダーの曲はリミックスする必要がないらしい。リミックスをするときって、もともと曲の象徴的な部分を残すものだけど、スティーヴィー・ワンダーの曲でそれをやってもオリジナルの完成度が高いからうまくいかないらしい。この例が示すように、僕はオリジナルの精度を上げていきたかったから、リミックスにはそれほど魅かれなくなった。ジェイムズ・ブレイクやパンジェアが手がけた僕のリミックスは素晴らしいと思うけどね。

もっと早くアルバムを作ってほしかったというのが本音なんですが、リリースまでに時間がかかったのは、情報化社会で音楽の変化が激しく、多くの曲が消費されていくような現在と間合いを取ろうとした意図もあったんですか?

U:どんなアーティストもそのことからプレッシャーを受けていると思う。アルバムを出すまでに時間がかかったけど、その間に僕はヴォーカリストといっしょにレコードを作って、さまざまなミュージシャンとコラボした。媚を売ることなく、自由に制作して音楽的に優れたアルバム目指したんだけど、それが逆に重荷になったりもした。『ブラック・ライト・スパラル』の収録曲を2、3曲作るまではそんな感じだったな。そんなある日、奇妙的なことが起きたんだ。その数曲のデモをクラブで流したら、会場のサウンド・システムが壊れてしまってね。サブ・ベースが低過ぎたらしい。エンジニアはDJミキサーのインジケーターが真っ赤に振り切れていたと思ったらしい。だけどそんなことはなくて、僕はいつも通りに曲を流しているだけだった。サブ・ベースが低すぎると、サウンドが跳ね上がって、クラウドのひとたちはエネルギーを感じると思うんだけど、そのときはただただ会場がパニックになっていた。これは自分にとっては新しい発見だった。

そのとき、会場には〈メタルヘッズ〉のパーティを思い出させるようなダイナミズムがあった。プレッシャやフォーテックが新しいダブプレートをかけるとき、聴いたこともない音で会場はパニックになっていた。

 そのとき、会場には〈メタルヘッズ〉のパーティを思い出させるようなダイナミズムがあった。プレッシャやフォーテックが新しいダブプレートをかけるとき、聴いたこともない音で会場はパニックになっていた。
 そこで感じたエネルギーこそが『ブラック・ライト・スパイラル』には必要だと確信したね。その出来事を境にプロダクションはとても早く進んでいったよ。最長でも1曲に2週間しかかからなかったからね。2年はこのデビュー・アルバムに関して悩んでいた。でもやっと自分を奮い立たせるような作品ができたよ。待たせてしまってごめん(笑)。

クレイジーで素晴らしいアルバムだと思います。

U:ありがとう。ただ、曲はもうちゃんと調整してあるから、安心してクラブでかけられると思うよ(笑)。

ジャケットの豚は何かのメタファーなんですか?

U:リー・モードスリーが写真家だね。広告デザイン業界で働いているひとだよ。このカヴァーは“アナコンダ”のようなトラックと同じようなユーモアを持っている。この豚をよく見てほしい。豚は破壊されている真っ最中なんだけど、これはただの豚の貯金箱としては目には映らないと思う。だって、壊されているのにも関わらず、豚自身は笑っているんだからね。この写真からは破壊を楽しむようなイメージが伝わってくると思わない?

なるほど。いまおっしゃったようにあなたの曲でユーモアはとても大事な役割を果たしていると思います。今作に収録された“シング・ア・ラヴ・ソング”はタイトルとは裏腹に、かなりカオティックに曲が進行していきますもんね。

U:たしかにユーモアは重要な要素だ。かなり危険な綱渡りでもあるけれどね。ユーモアがあってもコメディとして見られるのはまずい。IDMが出てきたときから、世間をからかっているような作品がリリースされるようになった。今回はそのようなテイストを出したくはなかったんだ。だけどマジメ過ぎることも避けたかった。ユーモアがあってシリアスなサウンドのバランスを取ることに注意を払ったね。サウンド的に今回はあまりユーモアがないかもしれないけれど、ジャケットにはしっかりと表れている。もし豚が笑っていなかったら、カヴァーの見られ方は大きく文脈を変えてしまうだろうね。

サウンド的に今回はあまりユーモアがないかもしれないけれど、ジャケットにはしっかりと表れている。もし豚が笑っていなかったら、カヴァーの見られ方は大きく文脈を変えてしまうだろうね。

歌詞の音楽に興味があるとしたら、好きなリリシストを教えてください。

U:もちろんあるよ! ボブ・ディランとトム・ウェイツだね。

UKでは?

U:うーん、レディオヘッドとニック・ドレイクかなぁ。

なんでモリッシーじゃないんですか?

U:40歳になったらモリッシーを開拓すると思う(笑)。まだちょっと早いかな。いろんな音楽を何年かにわけて開拓しているんだけど、このぶんだとジャズにとどりつくのは70代に入ってからだね(笑)。

UKには多くのリリシストがいると思うんですが。

U:そうだよね。僕もヴォーカル・アルバムを出せたらいいなと思うこともある。歌詞を書こうとしたこともあるんだけど、トラックをつくることに力を入れたほうがうまくいくからね(笑)。

『ブラック・ライト・スパイラル』のあとに、あなたはUSBフォーマットで『エコー・イン・ザ・ヴァリー』というアンビエント作品をリリースしました。どのような意図があったのでしょうか? 前作の続編のようなものなんですか?

U:『ブラック・ライト・スパイラル』を作っていたら、作品に二重性みたいなものが見えてきた。“シング・ア・ラヴ・ソング”や“ウェット・ウール”のような曲のノイズには発展の余地があると思って作業を進めたんだよ。そしたらアイディアがけっこう形になって、マネージャーもリリースに前向きになっていた。ちょうどそのときにモジュラー・シンセを購入したことも影響しているね。『ブラック・ライト・スパイラル』はコンピュータで作った作品だけど、『エコー・イン・ザ・ヴァリー』は新しい引越先の田舎でシンセサイザーを実験しながら完成させた。『ブラック・ライト・スパイラル』のインスピレーションからあとふたつはアルバムが作れるだろうな。それがつまらないものにならないといいけどね。

数に100個の限りがあったのは作品がハンドメイドで作るのに一か月近くかかったから。このアナログ感が好きだからまたやると思うよ。この作業は一種の瞑想みたいな感じもするんだ。

 ここ数年はデジタルの力が強いけれども、それに対抗するようにレコードのような非デジタルの勢いもある。僕自身もデジタルだけで楽曲制作をしたくないと思っているよ。DJをするときにUSBも使うけれど、自分の曲は全部ヴァイナルで持っているしね。デジタルがどんなに発達してもアナログとの関係は捨てたくはないね。『エコー・イン・ザ・ヴァリー』でも自分の手で作ったものをリリースで使いたかったから、USBメモリーのケースは自分で作った。材料の木や石やスタンプは全部自分でオーダーしたんだよ。インターネットで作り方を勉強しながら家族で作ったね(笑)。ネット上で注文を募る段階も全部僕がやったから、かなりの達成感を感じたよ。数に100個の限りがあったのは作品がハンドメイドで作るのに一か月近くかかったから。このアナログ感が好きだからまたやると思うよ。この作業は一種の瞑想みたいな感じもするんだ。

OPNの一連の作品から、ハウス・レーベルの〈ミスター・サタデー・ナイト〉まで、現在多くのシーンでアンビエント作品が作られています。あなたがアンビエント作品を出したことはそういった時代性と同調している部分があると思いますか?

U:音楽にはサイクルのようなものがあって、ちょうど20年前にエイフェックス・ツインは『アンビエント・ワークス・ヴォリューム・2』をリリースした。もし現在ロンドンにアンビエントだけを流すクラブがあればぜひとも行ってみたいね。
 いま挙げたようなアーティストたちのように、興味深いことはいつも多くのシーンで起こっている。だけど世界のシーンを見ていて思うのが、それがあまりにもローカルで短期的なスパンで起こっているということ。ゴミみたいな音楽が溢れているからこそ、いい音楽同士がもっともっと繋がっていくべきだと思うな。

最後の質問です。僕のまわりには仕事をしながらもDJをして曲を作りつづけているひとが多くいます。彼らにとっては、仕事をしながらもミュージシャンの道を選んだあなたの言葉はためになると思うんですが、何かアドバイスはありますか?

U:仕事を辞めて夢を追え。

仕事を辞めて夢を追え。

(笑)。それだけですか!?

U:冗談だよ(笑)。僕はデザインの仕事をしていたときフォット・ショットを使ったり、ジョブスクリプトを書いたりしていた。東京と同じように、一日の労働時間がかなり長かった。朝8時に働きはじめて、ラッキーならば夜の8時に上がれる。僕はいつも締切に追われていた。もうウンザリだったよ。家に帰ってデザインの続きや音楽を作るためにはかなり無理をして起きていなければいけなかった。でもそこまでしないといいものはできなかったんだよ。具体的なアドヴァイスがあるよ。多くのひとはレーベルに自分のデモを送るのが早すぎるんだよ。アマチュアな曲を送ってもなんの意味もない。たしかジェフ・ミルズは、くだらない99曲じゃなくて本気の500曲のデモを送ってこいって言っていたな(笑)。これは僕が言いたいこととまったく同じだよ。まず時間を確保して、お金を貯める。そして自分の曲やスキルがこれで充分だと思えるときがきたら、自信を持ってジャンプすればいい。

vol.66 Death of Williamsburg──RIP Death by Audio - ele-king

 「ウイリアムズバーグは死んだ」と言われて数年経つ。2014年のはじめもこの話題のレポートをした

 2013年に、モンスター・アイランド、ゼブロン、285 ケントがクローズしたときに「もう終わり」と言われ、スターバックス、アーバン・アウト・フィッターズ、Jクルーなどのコーポレート会社が現れて、2014年末にとうとうというか、最愛のDIY会場、デス・バイ・オーディオ、そしてグラスランズが追い打ちをかけるようにクローズする。
 11月22日にクローズするデス・バイ・オーディオは、2週間前あたりから毎回スペシャル・ゲストが出演している。レ・サヴィ・ファヴ、ディア・フーフ、ウッズ、スクリーミング・フィメールズ、テッド・レオ、スピーディ・オーティズ、ダーティ・オン・パーパス、パーケット・コーツ、ジェフ・ザ・ブラッドフッド、タイ・シーガル、ダン・ディーコン、ア・プレイス・トゥ・バリー・ストレンジャーズなど。11月18日から11月22日までは、 あっと驚くシークレット・ラインナップになっているので、毎日のように「昨日のゲスト誰だった?」が合い言葉になっている。これも、ミュージシャンのデス・バイ・オーディオに対する愛。ちなみに昨日18日のゲストはフューチャー・アイランド。1週間前はアイスランド・エアウエイブスに出演していたな。

 デス・バイ・オーディオは、DIYバンドを平等に扱い、良い音楽を評価し、ツアーバンドを受け入れ、安いアルコールを売り、7年間生き延びてきた会場である。会場の壁中、アーティストによるペインティングが定期的に変わり、会場の別部屋ではギターペダルを売る店があり(ア・プレイス・トゥ・バリー・ストレンジャーズのメンバーによる)、来るといつも何かがある、ミーティングの場所だった。この一角には、グラスランズ、285ケントがあり、よくこの3会場を行き来したものだった。

 その他にもデス・バイ・オーディオに関してたくさんの記事が出回っている。
https://www.imposemagazine.com/features/death-by-audio-tribute
https://landladyband.tumblr.com/post/102964618834/death-by-audio-is-closing-and-what-happened-next-may

 これはグラスランズでのお葬式パーティ。
https://freewilliamsburg.com/dance-party-funeral-for-williamsburg-coming-to-glasslands/

 噂によると、この一角はVICEのビルが入ることになっているらしいが、詳細は定かではない。ウイリアムスバーグが終わったなら、次はどこか……だが、ブシュウィックは既にハイプがピークに達しているし、ベッドスタイも地価がどんどん上がっている。NYを諦め違う都市に引っ越す人もいれば、ブルッリンとクイーンズとの境目のリッジウッドに移動する人もいる。ギャラリーの場所を探していた知り合いによると、いまではマンハッタンのローワーサイドの方がウィリアムスバーグより安かった、とのこと。

 著者も、使っていたスタジオが立ち退きになったり、家を追い出されそうになったりで、ウィリアムスバーグから遠のきそうな勢いだ。とは言っても、これに対して諦めや文句を言う気にはなれない。困難が立ちはだかってこそ強くなっていくものもあるから。
 イーストビレッジがだめならウィリアムスバーグなど、いままでもアーティストはそうした危機を乗り越えるように、場所を変えて、面白い文化を形成してきた。事実、ウイリアムスバーグの住人も文句を言いつつも、次のアイデアを考えはじめている。ここNYには、何かを表現したい人、何かを変えたい人、何かをしたい人、熱意のある人たちが集まっている。いろんな悪巧みが、ビジネスになったり、イベントになったり、いまだからこそ出来る何かがあるのだろう。
 事実、グリーンポイントには新しい会場、AvivとGood Roomがオープン(11/19情報)、ブシュウィックには、多くのDIY会場が散らばっている。こういった会場は1~2年サイクルで変わるので、頻繁にチェックしなくてはならないが、リースの問題もあり、DBAのように長く続かせるにはかなりの根気が必要だろう。ミュージシャン/オーディエンスからのサポートが重要なのは言うまでもない。

 スターバックスが隣に位置するウイリアムスバーグのカフェでこれを書いているのだが、人が次から次へと入っている。黙々とコンピュータに向かう人、ミーティングをしている人、リラックスして本を読んでいる人、がっつりご飯を食べている人、外の庭で煙草を吸っている人、水曜日の朝がこんな感じなのである。お客さんは男率70%、30~50代。ここ1年でまわりにはおしゃれな床屋やカフェ、本格的な日本定食屋、オーガニック・スーパーマーケットがオープンして、風景はがらりと変わった。外に出てスターバックスの前を通ると店内は混んでいる。あらためてウィリアムスバーグの散策をはじめてみる。さよなら、そしてまた新しい時代のウイリアムスバーグへ。

https://www.entertainment4every1.net/shows/

https://www.theglasslands.com

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