「IR」と一致するもの

Gotch - ele-king

 「ミュージシャンは黙って音楽だけやっていろ」。こんな批判を受けながら、アジアン・カンフー・ジェネレーションのゴッチこと後藤正文がツイッター上でリスナー(?)にネチネチと絡まれているのを見たのは一度や二度ではなかったと思う。「世界が見たい」ではなく、現実をいかに都合よく忘れさせてくれるか。おそらくは「夏フェスに参戦」を習慣としているのであろうタイプのリスナーたちが、音楽に対して何を欲望しているのかがあまりにも露骨に顕在化しているようで、僕は何とも言えない気持ちになった。
 と同時に、あの手のリスナーを育てたのは他ならぬアジアン・カンフー・ジェネレーションや銀杏BOYZ、バンプ・オブ・チキンといった世代のバンドなのだと思うと、僕はさらに何とも言えない気持ちになる。そう、おそろいのタオルやリストバンドが舞うフェスで順当に出世する若手のロック・バンドが揃ってノンポリティカルで、それぞれに閉塞し完結した世界観でファンを囲い込んでいる現象は、彼らが連帯保証的に責任を負うべきものだろうし、銀杏BOYZ×花沢健吾のペアもそうだが、アジアン・カンフー・ジェネレーションが浅野いにおとの親和性を前景化したのも功罪相半ばだった。
 そうした状況に落とし前をつけるべく、などと言ったらミスリードになるかもしれない。しかし、周知のように後藤は震災以降、原発、風営法、都知事選といったイシューで明確な態度表明を行ってきたわけだが、リスナーになじられながらも現在のポジションを選んだ背景にはそのような責任感もあったのでは、と想像する(本作のタイトルは『いつまでも若くはいられない』だ)。バンド名義で発表された“ひかり”や“夜を越えて”といった楽曲には、彼(ら)がどのような葛藤のなかにいたかが刻まれている。そして、ザ・タイマーズの歴史への表敬訪問。それは、ここ数年で加川良の“教訓I”や高田渡の“自衛隊に入ろう”あたりの楽曲がプロ/アマ問わずに全国で召喚されていった現象と見事にシンクロしていた。

 しかし、後藤のソロ・デビュー作となった本作『Can’t Be Forever Young』は──おそらくは大方の予想を裏切るかたちで──いわゆるプロテスト・ソングのコレクションになっているわけではない。むしろ雰囲気はリラックスしている。と言うか、この人の愚直なまでの誠実さと不器用さを見てきた人間としての願いはたったひとつ、「自分の趣味だけでアルバムを作ってみて欲しい」ということに尽きたわけだが、本作ではそれが試験的にだが実践されている。ここ数年来、常にある種の緊張関係を強いてきたリスナーとの和解を試みるかのように。
 フォークやカントリーといったルーツ・ミュージックを軽やかに取り入れた“Stray Cats in the Rain”から、ブロークン・ソーシャル・シーンあたりのUSインディを思わせる手触りの“Humanoid Girl”や、どこかウィルコ風の“A Girl in Love”のような曲、あるいは風営法問題に取り組む人たちに捧ぐかのようなエレクトロニック・ビートが打ちこまれる“Great Escape from Reality”のような曲もあれば、ベックやオアシスといった自身のルーツである90年代の洋楽ロックがブレンドされたような曲(“Wonderland”や“Sequel to the Story”)もある。ここには、自身にまとわりついた音楽的なイメージをまず払拭しようとする意志が、メッセージよりも先にある。このあたりはゲスト・ミュージシャンの人選に拠るところも大きい。

 一方で、政治的な主張を直接取り込んだような曲が一曲でもあれば、(いわゆる「炎上」としての話題性も含めて)より面白かったかもしれない、とは思う。しかし、ひとりのリスナーとしてまず安心できたのは、彼の一連の行動が「欺瞞からの突然の覚醒」といったある種の危なさを伴うものではなかった、ということが示された点だ。あるいは、例えば後藤が編集長を務める『THE FUTURE TIMES』の最新06号、「たくさんの人が乗り遅れてしまうような速度で、僕たちの社会は走っているのではないか」と綴られる巻頭言に象徴されるように、この3年間の活動で彼が得たある種の「分断」の実感がそうさせたのかもしれない。そう、彼が探しているのはラディカルな政治の言葉ではなく、膨大な論点ごとに細かく分断された震災以降の「僕たち」を共振させられるような言葉なのだと思う。
 そうした視点に立つと、本作に通底するテーマは「死」だろうか。乱暴な仮説だが、2011年にあのようなことが起こることが分かっていたら、アジアン・カンフー・ジェネレーションはこの10年でまったく違った活動を選んでいたかもしれない。しかし、人生を最初からやり直すことはできないし、そんなことを考えているうちにも人生は絶え間なく前へ前へと押し流されてしまう。最後に待っているのは平等に死だ。いまこの瞬間、歴史の進行に自分が少しでもかかわっていて、それを強く意識したとしても、結局は人間のほうが滅びざるを得ない、その生の不可逆性と一回性を受け止めることから、何かをスタートさせようという――ベタと言えばあまりにもベタな、しかし――普遍的な思いがリリカルに綴られている。

 ところであれは、どれくらい前の話になるのだろうか。「この曲のアウトロがね、本当にたまらないんですよ」――筆者にとっての主たる音楽情報メディアがまだラジオだったころ、後藤正文はそう言ってウィーザーの“Only In Dreams”を嬉しそうにかけていた。「でも夢から醒めると/すべては消えてしまうんだ」――夜の音楽番組で、リヴァース・クオモは消え入りそうな声で歌っていた。分厚いギターの壁も、彼とともに泣いているようだった。あれから何年経ったのだろうか、後藤が中心となって発足したレーベルには<only in dreams>という名が付けられた。
 「夢から醒めると/すべては消えてしまう」――しかしいま、この言葉はあまりにも多義的に響く。そう、すべては夢のなかだ。掴みかけたかに思えた理想や、あるいは2004年のダブル・プラチナ・アルバム『ソルファ』の頃の成功でさえも。しかし、ある種の分断や挫折を経験することによって、いまの後藤やアジアン・カンフー・ジェネレーションは、「他者」という存在に絶え間なく晒され続けている。それこそがロック・ミュージックの「現場」だろう。バンドとしても、どこかふっ切れた感がある“ローリングストーン”を発表するなど、これからどうやって歳を取っていくのか、俄然楽しみになってきた。「現実を忘れて都合のいい夢をもう一度見る」でもなく、「政治の季節をアツく過ごす」のでもなく、彼(ら)は第三の道を見つけられるだろうか。

まだまだGW圏内!
いま公開中、もしくはもうすぐ公開の注目映画をいくつかご紹介いたします。


© Final Cut for Real Aps, Piraya Film AS and Novaya Zemlya LTD, 2012
アクト・オブ・キリング
監督/ジョシュア・オッペンハイマー
配給/トランスフォーマー
シアター・イメージフォーラム 他にて、全国公開中。

 ドキュメンタリー映画としては……いや、ミニシアター系のなかでも、異例の動員となっているらしい。本作については水越真紀さんと紙エレキングで対談したのでそちらをご参照いただきたいが、そこに改めて付け加えるとすれば、やはりこれだけ世界的にも評価された上に多くの映画好きの心を掴んだのは、これが非常に含みのある、映画についての映画となっているからだろう。すなわち、映画はどういうところで生まれるのか、どうしてわたしたちは映画を観ることを欲望するのか? 幸運なことに僕は監督にインタヴューする機会に恵まれたのだが、そこで尋ねるとこんな風に答えてくれた。「映画というのは、現代でもっともストーリーテリングに長けたメディアです。この映画では、人間が自分を説得するためにどのように“物語るか”ということに関心がありました。インドネシア政権も、嘘の歴史を“物語って”いるわけですから」。『アクト・オブ・キリング』は、虐殺の加害者たちが自分たちの過去を自慢げに“物語る”様をわたしたちが「観たい、知りたい」と思う欲望を言い当てているのである。つまり、それが映画の罪深さであり、同時に可能性であるのだと。わたしたちはその欲望を入り口としながらも、思わぬ領域までこの「映画」で連れて行かれる。
 この映画で何かが具体的に解決するわけではないが、政治的であると同時に優れてアート的で示唆的だという点で、歴史に残る一本となるだろう。ヒットを受けて、都心部以外の上映も次々と決まっている。ぜひ目撃してほしい。

予告編


©2013 AKSON STUDIO SP. Z O.O., CANAL+CYFROWY SP. Z O.O., NARODOWE CENTRUM KULTURY, TELEKOMUNIKACJA POLSKA S.A., TELEWIZJA POLSKA S.A. ALL RIGHTS RESERVED
ワレサ 連帯の男
監督/アンジェイ・ワイダ
出演/ロベルト・ヴィェンツキェヴィチ、アグニェシュカ・グロホフスカ 他
配給/アルバトロス・フィルム
岩波ホール 他にて、全国公開中。

 もし10代、20代に「いま上映している映画で何を観ればいいか」と問われれば、僕はこれを推薦したい。ポーランドの超大御所、アンジェイ・ワイダによる〈連帯〉のレフ・ワレサ(正しい発音はヴァウェンサ)の伝記映画……というと、堅苦しいものが想像されるかもしれないが、これが非常に熱い一本となっているのは嬉しい驚きだ。政治的にはワレサと袂を分かったらしいワイダ監督だが、ここでは彼の歴史的な功績を描くことに集中しており、彼の傲慢さも含めてエネルギッシュな人物像が魅力的に立ち上がっている。本作ではイタリア人女性ジャーナリストによるワレサへの有名なインタヴューが軸になっているのだが、そこでふたりがタバコをスパスパ吸いながら遠慮なくやり合う様など、どうにも痛快だ。高揚感のある政治映画はある意味では危険だが、そこはワイダ監督なので労働者……民衆を中心に置くことに迷いはない。そして80年代のポーランド語のロックとパンクがかかり、ワレサのダブルピースが掲げられる。かつての理想主義、そして政治参加という意味で、スピルバーグの『リンカーン』と併せて観たいところ。 



© 2013 UNIVERSAL STUDIOS
ワールズ・エンド
酔っぱらいが世界を救う!

監督/エドガー・ライト
出演/サイモン・ペッグ、ニック・フロスト 他 
配給/シンカ、パルコ
渋谷シネクイント 他にて、全国公開中。

 サブカル好きにもファンが多い、『ショーン・オブ・ザ・デッド』、『ホット・ファズ』チームによる新作。高校時代は輝いていたが中年になって落ちぶれた主人公が幼なじみを地元に集め、かつて達成できなかった12軒のパブのハシゴ酒に挑戦するが、町はエイリアンに支配されていて……というB級コメディ・アクション、そしてどこまでも野郎ノリなのはこれまで同様。そこに無条件に盛り上がるひとも多いみたいだけれど、僕はこの「(男は)いつまでもガキ」な感じに完全に乗ることはできないし、プライマル・スクリームの“ローデッド”ではじめるオープニングもちょっとベタすぎると思う。が、書けないけどラストである反転が用意されていて、それは本当に感心した。マイノリティというのはべつに、「人数が少ない」ことではないし、また「虐げられた同情すべきひとたち」でもない。それは選び取る立場なのだ……という決意。その1点において、僕はこの映画を支持する。イギリスの音楽もいろいろかかります。

予告編


© 2013- WILD BUNCH - QUAT’S SOUS FILMS – FRANCE 2 CINEMA – SCOPE PICTURES – RTBF (Télévision belge) - VERTIGO FILMS
アデル、ブルーは熱い色
監督/アブデラティフ・ケシシュ
出演/アデル・エグザルコプロス、レア・セドゥ 他
配給/コムストック・グループ
ヒューマントラストシネマ有楽町 他にて、全国公開中。

 90年代のサブカル系少女マンガと近い感覚を指摘するひともいてたしかにそうなんだけど、フランス映画らしくバックグラウンドにはっきりと社会が描かれていることは見落としてはならないだろう。あるふたりの女同士のカップル(「レズビアン」であることを強調はしない)の蜜月と別れを3時間に渡って辛抱強く描くのだが、それぞれが属する異なる社会的階層がその土台にある。美学生のエマはアーティストである種のエリートだが、主人公のアデルは一種の社会奉仕的な立場としての教師という職業に身を捧げていく。ある苛烈な愛を描きながらも、そこからむしろ離れたところで使命を見出していくひとりの若い女性の感動的な歩みを映している。それぞれの立場を無効にするのが激しいラヴ・シーンなんだろうけど、それが過度にスキャンダラスなまでに絵画的に美しく描かれているかどうかは、正直判断しがたい。が、それ以上にラスト・カットのアデルの歩き去る姿、それこそがこの映画の芯だと僕は感じた。その瞬間のための3時間だと。

予告編


Photograph by Jessica Miglio © 2013 Gravier Productions, Inc.
ブルージャスミン
監督/ウディ・アレン
出演/ケイト・ブランシェット、サリー・ホーキンス、アレック・ボールドウィン 他
配給/ロングライド
5月10日(土)より、新宿ピカデリー、Bunkamuraル・シネマ 他にて全国公開。

 ここのところヨーロッパで軽妙なラヴコメを撮っていた印象のウディ・アレンだが、これもまた彼のシニカルさの純度を研ぎ澄ましたという意味で、あまりに「らしい」一本。いや、『それでも恋するバルセロナ』(08)辺りと比べても、あの最後のカットの虚しさを引き伸ばしたものだとも言えるだろう。セレブ暮らしだった女がその虚栄心ゆえに落ちぶれていく様を、ただただ「まあ人間こんなもんだよ」という認識であっさり描いているのだが、それでもケイト・ブランシェットのエレガントな壊れ方はパフォーマンスとして優れている(相変わらず発話が素晴らしい)。それを肯定も否定もせず、そこに「在るもの」として簡潔に見せてしまうために彼女の力が必要だったのだろう。80歳目前のアレンのこの冷めた見解にはある意味呆然とするが、しかしある種の救いを今後の彼の作品に期待するのも見当違いなのかもしれない。

予告編

第6回:女の子が好きな女の子 - ele-king


V.A.
アナと雪の女王 オリジナル・サウンドトラック

Tower HMV Amazon

 ここ1ヶ月半ほど、「ありの~ままの~すがた見せるのよぉ~」と我が家の6歳児がかしましい。もちろん彼女が歌うのは、大ヒット公開中のディズニー・プリンセス映画『アナと雪の女王』の主題歌“レット・イット・ゴー”日本語版です。アンタそれ以上ありのままになってどうするんだ……と突っ込んだところで、「何も怖くない。風よ吹け(I don't care. what they're going to say.Let the storm rage on.)」と、こちらがフローズンされそうな勢い。「友だちの話聞いてたらもう一度見に行きたくなった!」と、彼女の『アナ雪』愛は深まるばかりです。彼女の通う小学校ではサビのフレーズをどれだけ大声で歌うか、もしくはヘン声が歌うかを競うのが女の子の間で大流行。ブランコに乗りながら「アロハ~バイバ~イ」とオラフ(雪だるま)のモノマネをしたり(そんなセリフありましたっけ? 母はうろ覚え……)、オラフのギャグ「てかハンスって誰~?」を繰り返したりするのも流行っているそう。

 ジブリ、ディズニー、ピクサー……これまで数々の子ども向け映画を我が子といっしょに観てきましたが、「クラス中の女子が一つの映画の話題で持ちきり」というほどに子ども界を席巻した映画はなかったように思います。日経ビジネスONLINEによれば、すでにアニメ映画として『トイ・ストーリー3』を抜く全世界歴代1位の興行収入を記録し、実写映画を含むランキングでも歴代6位なのだとか。我が子たちのフィーバーぶりに、この記録的な大ヒットをしみじみ実感しています。
 大ヒットの理由については識者がすでにさまざまな論考を重ねていることでしょうが、少なくとも女児にウケた理由は識者ではない私にもわかります。まず、〈M-1グランプリ〉の決勝大会なみにギャグの手数が多いこと。オラフの体を張ったギャグの数々のおかげで、映画館では子どもたちの笑い声がひっきりなしに鳴り響いていました(女の子は小さい頃からお笑いが大好き!)。そして何より重要なのが、女の子同士の連帯を描いていることでしょう。

 4~7歳のプリンセス期にある女の子は、とにかく女の子が大好き。これは女児を持つ親の多くが実感することではないでしょうか。女の子同士で「○○ちゃんだいすきだよ」「LOVE」などとカラフルなシールやハートマークをちりばめた手紙を毎日のようにやりとりし、遊ぶのももっぱら女の子。テレビを観ていても、少年アイドルやイケメン俳優より少女アイドルやヒロイン女優に夢中です。彼女たちがピンクやドレス、ティアラ、妖精といったキラキラデコデコひらひらしたものを好むのは、それが「女の子」を象徴しているからなのです。
 女の子のプリンセス願望というと、王子様待ちの他力本願、受動的な生き方の象徴としてとかくやり玉に挙げられがちですが、幼い女の子は王子様など眼中にありません。21世紀以降着実に売り上げを伸ばし、現在では2万6千点以上のグッズを抱える「ディズニープリンセス」ブランドも、プリンセス映画から王子様を排除してプリンセスだけで世界観を固めたからこそ、女児のハートをつかんだのです。
 日本でも現代女児の心をとらえてはなさないTVアニメは、『プリキュア』シリーズに『アイカツ!』など、女の子同士の連帯の描写に重きを置いたものばかり。白雪姫とシンデレラはグッズの中で並んでいても、手に手を取って戦ったりはしませんでしたから、プリキュアのほうが進んでいるともいえます。見方を変えれば、『アナと雪の女王』の女児人気は、「ディズニープリンセス」がプリキュア要素を取り入れた結果とも言えるのではないでしょうか。


『アナと雪の女王』
監督:ジェニファー・リー、クリス・バック
製作年 / 国:2013年 / アメリカ合衆国
配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
ハンス・クリスチャン・アンデルセンの童話『雪の女王』を原案とした長編アニメ映画。王家の姉妹が試練を乗り越え、凍った国を救い、自身らの愛を取り戻す顛末をスペクタクルに描くディズニー最新作。日本国内でも大ヒットを記録し、公開7週めにして累計動員970万人、興行収入121億円を突破して社会現象化しつつある。映画本体に加えてサントラ盤も好調にセールスを伸ばし、とくにMay J.が歌う主題歌“レット・イット・ゴー”は、国民的なヒット・ナンバーとして連日街頭やテレビなどを華やがせている。


 なぜ女児はこれほどまでに「女の子」の世界に執着するのか。一説によれば、アイデンティティを確立する上で必要なプロセスだからだと言われています。自分が何者かであるかを意識せずに生きていくことは難しい。たいていの大人にとって性別は自明ですし、職業や周囲に認知された人格、あるいは「ボン・ジョヴィのモノマネをさせたら三国一」などの特殊技能でアイデンティティを保つこともできます。しかし通常の子どもは、そこまで確立されたアイデンティティを持ち合わせていませんし、生物学的性差への理解もあやふやです。そこで「性別を象徴するすてきな何か」に自らを同化させ、同じ性別を有する者同士で愛情を育むことで、アイデンティティ確立への第一歩を踏み出すのでしょう。男児がスーパーヒーローに自己同一化するのも同じことです(もちろん男女が逆転する場合もあるでしょう)。

 ところで、女児が同性を好むのが自然な発達過程なのだとしたら、そこを当て込んだ女児向けの女の子連帯モノが昔からあってもよさそうなものです。しかし私の子ども時代の女児アニメといえば『キャンディ・キャンディ』『小公女セーラ』に代表されるように、けなげで無垢なヒロインが意地悪な同性にいじめられても耐え、お金持ちの男性に救われるというシンデレラ・ストーリーが王道でした(いじめ描写が苦手な私は女児アニメを避け、『機動戦士ガンダム』に入れ込んだものです)。富や権力が男性に握られている世界では、結婚で富を得るにしても仕事で成功するにしても、権力のある男性にすくい上げてもらうしかありません。つまりかつての女の子にとってのサクセスとは、自ら目標を立て努力し、他人と協力しながら何かを成し遂げることではなく、自分一人にスポットが当たること。そして男性に愛されるには、自意識や自我を隠し、無垢やけなげを装わなくてはいけない。女の自意識や自我は恥ずべきものであると教え込まれた女性たちは、他の同性の自意識や自我の攻撃に走ることもしばしばです。幼い頃に刷り込まれたこうした価値観は、女性たちの生きづらさの一因になっているようにも感じられます。

Be the good girl you always have to be  良い子でいなさい、いつもそうしてきたように
Conceal, don't feel,  隠しなさい、感情を抑えて
don't let them know  誰にも知られてはいけない

 “レット・イット・ゴー”の歌詞の原文を読んだとき、真っ先に思い出したのは、フェイスブックの女性COOによって書かれた全米ベストセラー『リーン・イン』(シェリル・サンドバーグ)でした。同書がクローズアップしたのは、上昇志向や能力、自己主張を隠し、控えめにふるまうのが愛される「良い子」であると刷り込まれているばかりに、女性たちがチャンスを逃がしてしまうという問題です。上記の歌詞は氷を操る能力を隠すように言い聞かされて育った姉・エルサの孤独を描写するものですが、女性全般が感じがちな抑圧にも通じるのではないでしょうか。同書で紹介されている「ハイディ・ハワード実験」は、こうした抑圧の源となるバイアスを明らかにしています。実験内容は、実在する野心的な女性起業家が成功した過程を、ある学生グループに対しては男性名「ハワード」で、もう一つの学生グループには女性名「ハイディ」で、それぞれ読み上げるというもの。すると性別以外の情報はそっくり同じだったにも関わらず、ハワードは好ましい同僚と見なされ、ハイディは自己主張が激しく自分勝手で一緒に働きたくない人物と見なされたのです。単純に言ってしまえば、男性の場合は成功と好感度が正比例し、女性の場合はその逆ということなのでしょう。


『リーン・イン 女性、仕事、リーダーへの意欲』(日本経済新聞出版)
シェリル・サンドバーグ著、村井章子訳
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 著者のシェリル・サンドバーグ自身も、フェイスブックに転職した際、ライフルを構えたコラージュ写真がネットに掲載されるなど激しいバッシングにさらされたといいます(3章「できる女は嫌われる」)。「そして結局、いちばんいいのは無視することだとわかった。無視する。そして自分の仕事をするしかないのだ、と」。まさに「I don't care what they're going to say.Let the storm rage on.(もう皆に何を言われようとも気にしない。嵐よ吹き荒れるがいい)」という“レット・イット・ゴー”の歌詞のとおりです。
 とはいえ、著者は「みんなに嫌われても全然オッケー!」とは言いません。「本音を言えば、チームの和を乱す女だとみなされるのではないか。文句ばかり言ういやな女だと思われるのではないか」とおびえ、意見を言うテーブルにつこうとしない女性たちに、本音でありながら怒りを招かない言い方はスキルとして習得できるとアドヴァイスしています(6章「本音のコミュニケーション」)。また、女性の能力を認めてくれる有力者が目をかけたくなるような実力を身につけ、信頼関係を築き、味方につけなさい、とも(5章「メンターになってくれませんか?」)。『アナと雪の女王』について、「エルサほどの能力があれば世界征服をすればよかったじゃないか。あの結末は日和ってる」「国民を楽しませるだけでは偉大な力の無駄遣いだ」という(主に男性の)感想をちらほら見かけます。たしかにエルサが男性であれば、「世界征服かっけー!」と力に憧れる男性たちが貢ぎ物を持ち寄り、その権力を目当てに女性たちが群がって、強者である自分に満足しながらつつがなく暮らしてゆくことができたかもしれません。しかし、エルサはあのままでは国民とともに飢え死にするほかなかったでしょう。強者ゆえの孤独は男性にもあるかもしれませんが、女性のそれは死に直結しかねません。エルサの物語は、能力を隠しきれなかったことで孤独に陥りながらも、わかってくれる者と信頼関係を築き、その能力を隠すのではなく他者の利になるようにコントロールすることで居場所を獲得したシェリルの人生に似ています。女性が健全なアイデンティティを育むには、まずは抑圧をはねのけて自我のありようを肯定し、その上で信頼できる他者に受け入れられる術を探るという2段階のプロセスをたどる必要があるのです。そう考えれば、プリンセス映画でありながら女児モノの枠を超えて大人の女性を虜にし、世界的に大ヒットした理由も想像できます。
 もちろん、一般女性はエルサやシェリルのような特別な能力を有していないかもしれません。しかし「権利を主張したり賢しらにふるまったりしたら“ブス”“フェミ”として社会から排除するぞ。そうすれば生きていけないぞ」という恐怖にコントロールされ、理不尽をニコニコやり過ごしてきた女性たちも、SNSの発達で自己表現したり、同性と連帯する楽しさを知りつつあります。劇場で声を揃えて「レリゴ~」と歌う女性たちは、ひととき小さな女の子になって「女の子大好き! 自分大好き!」という自己肯定感を育み直すことで、嵐吹き荒れる社会に立ち向かう活力を得ているのかもしれません。

DJ WADA (Sublime, Dirreta) - ele-king

今年セルフレーベルDirretaを始動させました!
1枚目のEPからCloudy Spaceです。
よろしくお願いします!
https://www.youtube.com/watch?v=gbta_1GYz5g
https://www.facebook.com/beetbeat

DJ WADA chart


1
Jah Wobble, PJ Higgins - Watch How You Walk (Red Rack'em Remix) - Sonar Kollektiv

2
DJ Koze- Nices Wolkchen (Robag's Bronky Frumu Rehand) - Pampa Records

3
Pharaohs - If It Ever Feels Right (Tornado Wallace Remix) - ESP Institute

4
Santos - Garlic (Original Mix) - Dissonant

5
Jacob Husley, August Jakobsen - Blue (Minilogue Remix) - WetYourSelf Recordings

6
Kenny Larkin - You Are (C2 Remix) - Planet E Communications

7
Petar Dundov - Rise (Original Mix) - Music Man Records

8
DJ Kaos - Swoop (Club Edit) - Jolly Jams

9
DJ WADA - Cloudy Space - Dirreta

10
Richter - Natura Contro (Dj Wada Remix) - The Zone Records

interview with JAPONICA SONG SUN BUNCH - ele-king


JAPONICA SONG SUN BUNCH
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 BREEZEが心の中を通り抜ける。というよりは、血沸き肉踊るような熱く飛び跳ねる色とりどりの多彩なリズムが、いちど聴いたらすぐに忘れさせてはくれないグッド・メロディが、ひとときに身体を絡めとって離さない。色気たっぷりの歌ときらめくスティールパンが舞い踊る。ファンキーでラテン・ミュージック・オリエンテッド、トロピカルにカラッと乾いていてスムースでジャジー、クールだけれどとってもホット――それにエロティック。

 月にいちど新宿歌舞伎町の地下、〈新宿LOFT〉で催される、1000円で2時間飲み放題という狂騒の〈ロフト飲み会〉において熱気が地上に噴き出してしまいそうなパワフルな演奏を「余興」として繰り広げてきたジャポニカソングサンバンチ。藤原亮(フジロッ久(仮))の脱退、という残念なニュースはあったものの、“クライマックス cw/恋のから騒ぎ”の7インチ・シングルの発表を経てとうとう彼/彼女らのデビュー・アルバムが完成した! 分厚いホーン・セクションを塗り重ね、老若男女が歌って踊れる歌謡ダンス・ミュージックが鳴らされる現場の模様を見事な鮮度で音盤化した快作である。

 ここには先の2曲はもちろんのこと“かわいいベイビー”や“踊り明かすよ”などなど、笑っちゃうほどポップで開放的な楽曲も収められている。2014年の『泰安洋行』、なんて呼ぶにはこの『Japonica Song Sun Bunch』は軽やかにすぎるし色気がありすぎる。

 バンドのソングライターにしてセクシーなヴォーカリストである千秋藤田(でぶコーネリアスのフロント・マンでもある)を中心に、トロピカル・ダンディーことスガナミユウと鍵盤奏者しいねはるか(もちろん両者ともGORO GOLOのメンバー)を交えて話をきいた。あなたのハートかっさらう歌謡舞踏音楽一味、ジャポニカソングサンバンチのインタヴューを、どうぞ!

■ジャポニカソングサンバンチ
メンバーは千秋藤田(Vocal & Sax)、きむらかずみ(Steel Pan)、 キムラヨシヒロ(Bass)、 しいねはるか(Piano & Keyboard)、太田忠志(Drum)、スガナミユウ(Direction & Guitar)。でぶコーネリアスのフロント・マンとしても輝かしい作品を発表しているジャマイカ生まれのアーティスト、千秋藤田を中心に、〈音楽前夜社〉の面々がバック・バンドを務める話題の音楽プロジェクト。毎月1 回、〈新宿ロフト〉のバー・スペースにて、夜20 時から2 時間1000 円ポッキリで飲み放題の「ロフト飲み会」をショウパブ・スタイルで開催。


『ビートマニア』世代なので。あれをやっているとジャンルが切り取られて、ジャンルがゲームのなかで確立されるんですよ。あれはイケないツールですね。人間が逆にシーケンスされてるっていうか(笑)。 (千秋)

まず、ジャポニカソングサンバンチ(以下「ジャポニカ」)がどういうふうにはじまったのかを教えてください。

スガナミ:ジャポニカをはじめたのは2011年の夏です。

千秋:その前に別のバンドでジャポニカの曲をすでに演奏していたんですが、あまり形になっていなくて。〈音楽前夜社〉という凄腕たちと出会って、彼らが「千秋の歌、やってみようか」と言ってくれたので、〈音楽前夜社〉といっしょにジャポニカをはじめました。

スガナミさんないし〈音楽前夜社〉と千秋くんの出会いはどういうきっかけだったの?

千秋:俺はGORO GOLOのファンだったんです。GORO GOLOは一度解散をしたんですけど、2010年頃に復活したときによくライヴを観に行っていました。そしたらGORO GOLOのメンバーの方たちに俺を紹介してくれて。それから(スガナミ)ユウくんが俺の曲を聴いてくれて、「千秋の曲を理想の形に近づけたい。千秋の曲をやりたい」と言ってくれたので、俺も「〈音楽前夜社〉とやりたい」と相思相愛の形でジャポニカソングサンバンチとしての活動をはじめました。

千秋くんのやりたかった音楽というのはジャポニカでかなり形になっている?

千秋:うん。

たとえば、ファンクとかラテンのリズムがジャポニカの音楽にはすごく入っていると思うんだよね。千秋くんはでぶコーネリアスというパンク・バンドでデビューしているわけだけど、そういう音楽は昔から好きだったの?

千秋:それは昔から好きでした。そこはでぶコーネリアスよりはやりやすくなった。バランスなんですよ。(ジャポニカはファンクやラテンのリズムを)もっと前に出せるようなメンバーでもあるから、すごくやりやすくなったんです。

でぶコーネリアスの『SUPER PLAY』(2009年)っていうアルバムではファンキーなこともやっていたよね。だからそこからジャポニカへつながっているのかな、と思っていた。

千秋:それもありますね。比重というかバランスなんですけど、そこ(でぶコーネリアス)で遊びでやっていた部分を、こっち(ジャポニカ)で思いっきしやるというのはあるのかもしれないです。

スガナミ:ハードコア・マナーでやっていた部分をもっとラテンとかに寄せた。

千秋:(ジャポニカは)歌もあるので別次元でやりたいな、と思って。

千秋くんはジャマイカ生まれだけど、レゲエはやらないの?

千秋:レゲエはやらないっす(笑)。レゲエできるのかなあ?

アルバムを聴いて意外だなって思ったんですよね。1曲はレゲエが入ってくるんじゃないかと思って。サルサとかカリプソっぽい曲はあるけど。

千秋:レゲエ、難しいんですよね。でも最近、レゲエっぽいことをスタジオでやっています。でもレゲエにはしないと思う(笑)。ソカとかそういう音楽のほうへいこうかなって思っています。

そういう中南米系の音楽はいつ頃から聴いているの?

千秋:『ビートマニア』(コナミ、1997年)世代なので(笑)。あれをやっているとジャンルが切り取られて、ジャンルがゲームのなかで確立されるんですよ。

それはすごい話だね(笑)。

千秋:あれはかなり影響力があります。ゲームに合わせて(パッドを)指で叩くじゃないですか。それが小学4年生ぐらいのときかな、めっちゃ流行ったんすよ。ゲーセンでずーっとやってて。

『ビートマニア』でいろいろなリズムが叩きこまれたんだね(笑)。

千秋:そうそう。ボサノヴァとかジャングル・ビートとか。ハウスもあったしレゲエもあったしヒップホップもあったし。あれはイケないツールですね(笑)。人間が逆にシーケンスされてるっていうか(笑)。

機械から人間がシーケンスされている(笑)。

千秋:それはゲームとしてやっていたから、意識的なことではないんですけど。

でもそれが原体験として血肉化されている。

千秋:あと『ダンスダンスレボリューション』(コナミ、1998年)もあったし!

はははは! 『ダンレボ』だ。

千秋:「ワン・トゥー」が入ってるんすよねー。

スガナミ:スペシャルズの“リトル・ビッチ”?

僕、やったことないんだよね。

千秋:おもしろいですよ。小学生の頃、(『ダンスダンスレボリューション』)専用のコントローラーが買えなくて、段ボールで作って……。

(一同爆笑)

千秋:授業中、それを叩いたりこすったりして、真似事をしてたんですよね。

しいね:DIYの歴史があるんだね(笑)。

千秋:1プレイ100円って、小学生にとってはけっこう高いので。

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「バンチ」っていうのは、「グループ」「一味」っていう意味で。「sun bunch」と「三番地」でダブル・ミーニングになるのかな(笑)。  (千秋)


JAPONICA SONG SUN BUNCH
Pヴァイン

Tower HMV Amazon

ジャポニカソングサンバンチっていうバンド名はすごくいいなと思う。

千秋:ありがとうございます。

「バンチ」っていうのは英語の「bunch」なわけじゃん?

千秋:そうですね。

日本語の「番地」ともかかってる。「bunch」って「集団」とか「仲間」とかいろいろと訳があって、いちばんおもしろかったのが「一味」っていう訳。

(一同笑)

スガナミ:「一味」いいね。

「一味」っぽさがジャポニカにはあるのかなって。

千秋:手分けしてものを盗んでそうっすね(笑)。

ワイルド・バンチって実在の窃盗団がアメリカにいて、サム・ペキンパー監督の『ワイルドバンチ』っていう映画もあるんですけど。あと、マッシヴ・アタックの前身のグループがワイルド・バンチ。

一同:へー!

そういう不良っぽさがジャポニカにはある。というか、千秋くんにあるなあと(笑)。バンド名はどうやって決めたの?

千秋:(バンド名を)どうしようかな、みんなで決めようってなってて。最初は「デラベッピン」とかすごくいなたい名前になりそうになって、これはマズいと思って(笑)。

スガナミ:「ジャポニカリズム○○」みたいなのもあったよね?

千秋:そうですね。友だちと富士サファリパークへ行った帰りに、「ジャポニカソングサンバンチ」にしよう、と思いついて。

「バンチ」っていうのはもちろんそういう意味で使ってるんだよね?

千秋:うん。「グループ」「一味」っていう意味で。「sun bunch」と「三番地」でダブル・ミーニングになるのかな(笑)。

千秋くんのスター感、アイドル感がジャポニカの魅力になっているかなって、ライヴを観ていて思うんだよね。昔、でぶコーネリアスのライヴを観たとき、千秋くんが光GENJIみたいな格好をしていて……頭に長いピンクの鉢巻を巻いていた。

千秋:ふふふ(笑)。

あれはいまもやってるの?

千秋:いまはもうやっていないですね。いまはTOKIOになりつつあるので(笑)。

そうなんだ(笑)。その千秋くんのパフォーマンスっていうのはそういう昔のアイドルとかにロールモデルがあるのかなと思って。

千秋:パフォーマンスは自分で飽きないように、毎回ちがうことをしておもしろくしよう、というのがつねにあるので。でぶコーネリアスと主軸は変わっていないと思うんですけど。毎回ステージに出てきて同じことをして帰るんじゃなくて、自分でもびっくりするようなことがしたい。

ハプニング?

千秋:ハプニングっすね。それが毎回、起きちゃうっていうか。なんかあるんすよね。自分では意識してないんですけど。〈(CLUB)QUATTRO〉の上、登ったらめっちゃ怒られましたね。

(一同笑)

ジャポニカとでぶコーネリアスで意識的に変えていることはある?

千秋:まず「歌を歌う」っていうのがあるから、そこかなあと思います。でぶコーネリアスは「べつに歌なんて歌わなくてもいいかなあ」っていう感じなので(笑)。

千秋くんの歌はすごく色気があるよね。節回しを工夫しているのを感じる。そこがジャポニカの歌謡曲感につながっていると思う。一聴してラテン歌謡の感じがジャポニカにはあって。アイドル・ソングや、フォーク、歌謡曲のすべてに共通するようなグルーヴや雰囲気があった頃の時代が、ジャポニカのグルーヴからは香ってくるというか。千秋くんはもともとどういうところを目指して曲を書いていたの?

千秋:もともと遊びで歌を作っていたんですよ。ライヴでやらなくてもいいから、作ったものを音源にしてただひとりで楽しむみたいな、それぐらいのレベルだったんです。そういう感じだったんですけど、これは外でやろうということになって。そこからやっていくうちにこうしていこうというのは見えてきたんですけど。もっとキッズたちに聴かせたいとか(笑)。

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ジャポニカにバラードがなくて。俺は“上を向いて歩こう”がすごく好きなんだよね。それの現代版というか、自分なりの落とし込みかたとして“愛を夢を”を作った。 (スガナミ)


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スガナミ:アルバムの曲でいちばん最初に作った曲ってなんだっけ?

千秋:“天晴れいど”じゃないですか? BGM的なノリですけどね。

スガナミ:イージー・リスニング的な。

千秋:ゲームのセレクト画面でずっと鳴ってる、みたいな(笑)。それはけっこう「パレード」に近いものがあって。延々と繰り返すメロディはどういうものなのか、って考えていたんですけど。最初に作ったのは“天晴れいど”じゃなくて“クライマックス”かな? 他の曲とはちょっと毛色がちがうと思うんですけど、“クライマックス”は完全にふざけて作っていたんですよ。もともとは「アイドルっぽいやつを作ろう」と言っていて。たとえばトシちゃんが歌うような、そういう感じのノリで作ったんです。ジャポニカでやったらぜんぜんちがう形になったんですけど。

やっぱりそういう、80年代のアイドル・ポップスがすごく好きなのかなあって感じる。

千秋:好きですね。

それはどうして聴いてたの? トシちゃんとか、光GENJIとか。

千秋:中学生のときに昭和歌謡の復刻がたくさんあって。

スガナミ:コンピレーションが出てたよね。

しいね:出てたね。「青春○○年鑑」みたいな。

千秋:べつに懐古主義ではないですけど、中学生にはすごく新鮮に聴こえるじゃないですか。あと『ルパン三世』が好きだった、ってのもあるんですけど。サントラやリミックスが出てたりして。

ああ、小西康陽さんの(『PUNCH THE MONKEY!』、1998年)。

千秋:あのシリーズが完結したぐらいの年だったんですよ。それはたぶん、意識していない刷り込みっていうか。

昭和歌謡という点でスガナミさんにお訊きしたいんですけど、“愛を夢を”は唯一スガナミさんが書いた曲ですよね。これはどういう歌なんですか? すごく昭和感が出てる(笑)。

スガナミ:ジャポニカにバラードがなくて。俺は“上を向いて歩こう”がすごく好きなんだよね。それの現代版というか、自分なりの落とし込みかたとして“愛を夢を”を作った。だから、出だしの歌詞で「滲んだ星を数えてみた」とあるのはそれを意識してみたんだよね。テンポをどうしようか悩んでいたんですけど、千秋が「“上を向いて歩こう”と同じぐらいのテンポでやってみたらどうですか」とアイディアをくれて、やれたっていう感じかな。

そうなんですね。

千秋:中村八大です。

スガナミ:そう、中村八大(笑)。

千秋:中村八大は俺の地元の市歌を作っている人なんです。だからゴミ収集車が中村八大のメロディを流しながらゴミ収集するんですよ。

(一同笑)

スガナミ:当時、中村八大の話はよくしてたよね。

そっか。中村八大がジャポニカのアルバムに影を落としているわけですね。

千秋:(“愛を夢を”は)詩もまたいいんすよね。俺、そういう気持ちにさせちゃったかなあ、と思って(笑)。

スガナミ:やっぱり千秋の歌詞があって、どういうのを書くかっていうのを考えながら書いたところはある。

スガナミさん自身ではなく千秋くんが歌うから、というのもある?

スガナミ:それもあるね。

その前に入っている“想い影”っていう曲の歌詞がすごくおもしろい。歌詞の「鳴き虫通り」って、「なき」っていう漢字が最後は「亡き」になっているんだけど。

千秋:それは字のとおりですね。もちろん裏に「泣き」があるんですが。

この曲の歌詞はどうやって思いついたの?

千秋:もともと作曲のキム(ラヨシヒロ)が以前やっていたclassic fiveっていうグループのインストの曲だったんですよ。これにメロディを乗っけて、歌詞をつけて、ジャポニカでやってみようってなって。ぜんぶ同じコードなんですよね。

スガナミ:そうだね。ずーっと4つのコードで。

千秋:それにAメロ、Bメロ、サビをつけて、間奏をつけました。実験的な、自分でも挑戦的な感じになったんですけど。

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俺はラップができないから、そこで5・7・5という言葉の配列、リズム、テンポの川柳をいきなりかましてみようと(笑)。  (千秋)


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他の曲とぜんぜんちがう作り方?

千秋:そうですね。

スガナミ:千秋のメロディですごくいい抑揚のついた曲になったよね。

しいね:ずっと繰り返しなのにね。〈(音楽)前夜社〉でやるともう少し単調になるよね。豊かだよね。

スガナミ:川柳パートがすごく斬新なんだよね。間奏の部分の歌詞はぜんぶ5・7・5になっていて。

しいね:いきなり決めてきたんだよね(笑)。

千秋:あはは!

スガナミ:こういうユーモアの投げ方って新鮮。

千秋:俺はラップができないから、そこで5・7・5という言葉の配列、リズム、テンポの川柳をいきなりかましてみようと(笑)。

スガナミ:原始な言葉遊びを(笑)。

しいね:でもさ、25歳でラップができないから川柳ってなかなかないよね(笑)。

(一同笑)

スガナミ:ヒップなスムース・ジャズみたいな曲だからラップは合うんだけどね。

千秋:もしかしたらラップっぽく聞こえるかもしれないんですけど。

5と7の言葉のリズムだと、やっぱりすごく日本っぽくなって、歌謡感がすごく出ると思う。秋元康の歌詞って、けっこう5と7のリズムだったりするんですよ。だからちょっと歌謡曲っぽさがある。ジャポニカの歌詞って、言葉をさらっと流さないというか。言葉をはっきりと区切っていて、歌詞がそのまま歌として伝わってくる、スッと入ってくるよね。もちろん言葉の選択もすごく工夫しているからだと思うんだけど。ジャポニカの歌詞はどういうふうに書くの?

千秋:素の気持ちで、音、リズムといっしょに(書く)。

曲が先にあるんだよね?

千秋:曲が先なんですけど。「こういうテーマで書いてみよう」っていうのはあります。このテーマだからこういうリズムで、こういう言葉で、こういうフックで、みたいなものをざっくり決めてやっていますね。

初期にできた“クライマックス”は歌詞がすごくいいよね。こういう言い方は千秋くんは嫌かもしれないけれど、コピーライター的なひっかかり方がある言葉の選択になっていると思う。「レモンの刺激」と韻を踏んでいるのが「胸に霹靂」とか。直接的な言葉なんだけど、もっと膨らみがあるというか。言葉がスッと入ってきつつも、もっといろいろな意味が喚起される。「眩しい 街中 色彩 パニック」という単語を4つ並べているところもすごくいいと思う。フレーズ、フレーズで勝負している感じがある。

千秋:ありますね。そこはグッと寄って……グッと抱きしめて(笑)。

スガナミ:パンチ力?

千秋:そうですね。どの部分を切り取ってもパンチ力が(あってほしい)、っていう性格なんですよね。BメロでもしっかりBメロとして立つようにしようとか、そういう感じですね。

好きな作詞家っている?

千秋:安井かずみ先生。

あー。僕もすごく好きだな。僕は加藤和彦がすごく好きなんだ。

千秋:いいですね。あの(加藤和彦と安井かずみの)タッグがすごく好きで。松山猛さんも好きなんですけど。松山猛さんはもっとおしゃれっていうか、雑誌感、ファッション感があるんですけど。安井かずみ先生は、テーマが小さくて、かつ広いな、と思うんです。あとは……松本(隆)先生かな。松本先生は偉大すぎる。あの人はカッコよすぎる。キザすぎる感じがあるかもしれない(笑)。

でもジャポニカの歌詞もキザだよね。

千秋:マジっすか?

そんなことない? ロマンティックだと思う。

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1000円で2時間飲み放題というのは新宿歌舞伎町ではありえない設定だと思うんですけど。ジャポニカをやるときに「酒の場でやりたいですね」と。キャバレーじゃないですけど。 (千秋)


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千秋くんが書いてきた曲をジャポニカでどういうふうに形にしていくの?

千秋:このメロディをいれたいとか、こういうリズムをやりたい、ドラムはこのパターン、というざっくりしたアレンジの「骨」をメンバーに渡すんですよ。そこでパッとやって、そこから自分たちの味つけをしてもらう、っていう感じかな。メンバーにとっては(曲は)「お題」ですよね。かつ「このフレーズをいれてくれ」という指示があるなかで、この演奏をしている人に対してこの演奏をして反応を示そう、という積み重ねがあって(曲が)できると思います。完璧に「これがこれで」と1個ずつやってはいられないので、そんなに細かい指示出しはしてないです。

でもそれだけ千秋くんに主導権があるというか、千秋くんのバンドだなあ、っていうのはすごく感じる。〈音楽前夜社〉だからスガナミさんがやたら存在感あるけれど。スガナミさんはこのバンドではどういう立ち位置なの?

千秋:えーっと、スタジオ予約係です。

あはははは!

千秋:嘘です(笑)。マネージャーじゃないですけど、つねに横にいる存在です。ギターも弾いてますけど。俺と〈音楽前夜社〉のメンバーとの間にも入ってくれてます。「千秋どう?」「こんな感じですけど、どうっすか? いいっすか?」みたいにお互い聞き合う感じですね。

ご意見番みたいな感じで。

千秋:あんまアテになんないっすよね。ははは!

そうなんだ(笑)。

千秋:俺がいいようにしてくれます。「これはこうしたほうがいい」みたいなアドヴァイスは、時たまあります。ちゃんと意見を言ってくれます。サウンド面にはあんまり口出ししないようにしてると思う。

千秋くんの意見や考えを優先してくれるんだね。そうなんだ。どういうふうな関係性でジャポニカが成り立っているのかなあってすごく不思議だったので。

千秋:不思議ですよねー。(アルバムでは)1曲しかギター弾いてないのにすごい存在感がある。

ジャポニカは〈ロフト飲み会〉で毎回演奏しているよね。ジャポニカは〈ロフト飲み会〉っていう特定の場所、特定の時間と密接に結びついている。その「箱バン」的なあり方や場所性がジャポニカが普通のバンドとちがうところだと思っていて。〈ロフト飲み会〉が最初にはじまったのはいつ?

千秋:2年前の4月頃ですね。最初はGORO GOLOとかが出ていて、そこからゲストを呼んでいった。「1000円で飲み放題」っていうルールは崩さないように。かれこれ2年ですかね。1000円で2時間飲み放題というのは新宿歌舞伎町ではありえない設定だと思うんですけど。ジャポニカをやるときに「酒の場でやりたいですね」と。キャバレーじゃないですけど。

ナイトクラブ。

千秋:うん。お客さんには、会議しているバンドマンもいれば、若い子が来て踊ったりしてるし、ナンパして口説いてるやつもいると。そういう遊び場を作れたらなあと思っていたんです。幹事はユウくんなんですけど、裏で「この人がいいなあ」って言うのが俺の役目です。

ジャポニカの曲とそういう場とは合っていると思う?

千秋:うん。合ってるかな。聞きやすいというか。DJに負けたくないな、っていうのがありますね。ライヴでもつねにDJのような勢いでやらないと。ちゃんとインプットされる曲ってなんなんだろうって考えるようになって。

DJがかける超有名な曲と渡り合う、みたいな?

千秋:そうっすね。そういう曲がどういう原理でできているのかな、と思ったら、意外と単純で原始的であるってことがわかって。これは今後の自分の課題でもあるんですけど。どれだけ原始的にできるかな、と。言葉もそうだし。飲みの席でもあるし、難しいことなんかいらないと思うんで。

シンプルだからこそすごく普遍的というか、大衆的な響きがある。難しいことはぜんぜん言ってないんだよね。

千秋:俺はあんまり難しいことは考えられないので(笑)。横文字はわかんない、みたいな(笑)。正直な気持ちで(曲を)書けているのかな。

ジャポニカってこれまでCDを出してないよね。リリースしているのはマッチ(『火の元EP』)や勿忘草の種(『WASURENAGUSA EP』)にダウンロード・コードをつけたものと、“クライマックス”の7インチ。このフィジカルのアイディアは千秋くん?

千秋:そうですね。レコードを出したかったんですけど、レコードを出すために資金をどうやって作るか、と。

レコードが目標としてあって。

千秋:もともと出すならレコードがいいなあ、っていうのがあったんです。シングルを3枚切ってアルバムを録ろう、みたいな。でも、いきなりそれは無理だっていうことになって(笑)。まだバンドをはじめたばかりで名刺代わりになるものをどうしましょう、という話になりました。レコードは作れないし、CD-Rだとお粗末でダメかなあと思って。そのときダウンロード・コードが流行っていたので、これをどうにかしようと思って。ダウンロード・コードがいまメインで主流の新技術だとしたら、いちばん古い技術をくっつけて売っちゃおう、と。「火を点ける」っていう意味もあって、人間が発明した新しいものと古いものをくっつけた。

なるほどね。

千秋:ジャポニカのコンセプトにもそういうところがあるのかなあとも思ったりするので。新しいものと古いものと。それを出した半年か1年後ぐらいに、〈less than TV〉が骨(ThePOPS『BONE EP』)を出すんですよね(笑)。骨にダウンロード・コードをつける。これはヤバいなと。パッケージングとして極まってるもんな、と思って(笑)。

だって最近、ビニール袋にCDを入れてたよね(FOLK SHOCK FUCKERSの『FOLK SHOCK FUCKERS ③』)。

千秋:ダウンロード・コードとのつきあいかたがおもしろいですよね。〈less than TV〉の骨を受けて、そのあと種を出したんです。あっちはハードコア・パンクならではの「死」だけど、こっちは「リヴィング」「生きていくぞ」と対比になるものを。

ジャポニカはそういうふうに方向性がはっきりとしていて、フィジカル・リリースに対してちゃんと裏付けがあって、その一貫性がすごくいいと思う。

千秋:レコードの代わりというか、天秤にかけてレコードと同じくらいの重さのものを作ろうって考えてできたのがマッチと種ですね。本当はレコードが出したかったけど、それがダメならどうするか、と。そういう感じですね。

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言葉や音選びで「なにを持って出かけよう?」と。なるべく手ぶらがいいと思うんですけど。なにを持って出かけるかをすごく慎重に選んでいるかもしれないですね。 (千秋)


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千秋くんはアートワークも手がけていてすごいな、と思う。

千秋:アルバム・ジャケットは中東っぽいところが売りですね。

細野晴臣さんの『泰安洋行』とか『トロピカル・ダンディー』っぽいよね。音楽的にも、2014年の『泰安洋行』。

千秋:あっ、いいっすね。

『トロピカル・ダンディー』感あるよね、スガナミさんが(笑)。

千秋:「クロコダイル・ダンディー」かもしれないですよ(笑)。

絵は昔から描いているの?

千秋:そうですね。落描き程度にひそかに描いていました。

デザインは勉強してない?

千秋:勉強はしてないですね。ぜんぜん学校も行かなかった。

自己流なんだ。

千秋:1年ぐらい、女性のヌードとファッションのデッサンはしました。お絵かき教室みたいなところは行っていました。

千秋くんってJ-POPについてどう思う? 聴く?

千秋:ここ最近のですか? 聞きますよ。(中田)ヤスタカ先生はすごいな、と思います。Perfumeはすごい。最近のPerfumeときゃりー(ぱみゅぱみゅ)は歌詞もおもしろいと思います。ああいう音楽が平然とメインのシーンというか、お茶の間に出ているのがすごい。

いちばんメジャーなところで実験をやっているようなものだからね。先鋭的だもんね。

千秋:あとはブルーノ・マーズが好きっすね(笑)。

ブルーノ・マーズ!?

千秋:ダフト・パンクも相当すごいですよね。ダフト・パンクってシブい大人からナンパなヤングまで聴けるじゃないですか。あんなにシブいアルバムを出したのに、『EDM 2013』みたいなコンピにも入ってる。その幅の広さが恐ろしいと思って。ダフト・パンクさすがだわー、と。J-POPじゃないですね。

なんでJ-POPについて訊いたのかというと――ジャポニカってJ-POPというよりは歌謡曲に近いと思うんだよね。いまのJ-POPって歌謡曲的なものはすごく少ない。歌謡性をジャポニカは表現していると僕は勝手に思っているんだけど、ジャポニカが歌謡性を持ったポップスをやるっていうのは、アンダーグラウンドからのJ-POPへの揺さぶりかけのように思う。

千秋:あるかもしれないですね……。自分たちはいちおうJ-POPとしてやっているつもりなので。最近のJ-POPはその人が歌っているのかコンピュータが歌っているのかわからないようなものが多いじゃないですか。(ジャポニカは)そういうものとは真逆のやりかたでやっているのかな、と思う。もちろんジャポニカでチャートを狙う勢いで今後やっていきたいと思うんです。

それは絶対に狙えると思うんだよね。

千秋:目に入ってくるし、耳に入ってくるし、そこ(J-POP)を無視しているわけではないので。「ああ、こういうのが売れるんだ」と(笑)。疎外感はちょっとありますけどね。そういうアプローチのバンドは……。

あまり周囲にはいない?

千秋:そうですね。シンプルで原始的な形で残すってどんな感じなんだろう? と。いまはまだ勉強中なんですけど。いまは飛び道具的だったりとか、消費的だったりとか、そういうものがメインじゃないですか。まだそこには到達していないんですけど、いずれはゴリゴリのEDMサウンドがジャポニカソングサンバンチでできたらいいんじゃないですかね(笑)。やらないと思うけど(笑)。

ジャポニカの曲のメロディ・センスはオーヴァー・グラウンドに行けるようなものだと思う。でも、千秋くんが歌謡曲をリアルタイムで聴いていたわけではないということが関係していると思うんだけど、ジャポニカの歌謡性はぜんぜん懐古的じゃなくて、もっと未来に向いているよいうな、推進力になっていると思う。

千秋:「なにを持って出かけよう?」という感じはあるのかもしれないですね。

どういうこと?

千秋:たとえば、言葉や音選びで「なにを持って出かけよう?」と。なるべく手ぶらがいいと思うんですけど。なにを持って出かけるかをすごく慎重に選んでいるかもしれないですね。それが表現のひとつになっているのかもしれないです。

interview with Swans - ele-king


スワンズ - To Be Kind
[解説・歌詞対訳 / 2CD / 国内盤]
MUTE / TRAFFIC

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 4月8日に保坂さんと湯浅さんとディランのライヴ──モニターがトラブったあの日である──にいった翌週、季節はずれのインフルエンザにかかりタミフルでもうろうとしながらこのインタヴューの質問を考えていたら、ボブとジラが二重写しになったのは、テンガロン・ハットをかぶったいかめしい男を真ん中にした男臭い集団のもつムードに似たものをおぼえたからだろうが、それはアメリカの国土に根づく、というより、いまも澱のようにこびりつくアメリカン・ゴシックの、無数の歴史的諸条件によりかたちづくられた感覚を、一方は60年代のフォーク・ロックとして、他方は80年代のインダストリアルと00年代のフリーフォークがないまぜになった感覚で表出するからではないか。音楽の貌つきはまったくちがう。映し出す時代も、住処も地表と地下ほどにちがうかもしれない。ところがともにフォークロアではある。それはポピュラリティさえもふくむ複層的な場所からくる何かである。

 私は前回のインタヴューで再活動をはじめてからのスワンズの宗教的ともいえる主題について訊ねたところジラはそれを言下に否定した。それもあえていうまでもなくそれはディランが70年代末から80年代初頭キリスト教ににじりよったように彼らの一部でありいうまでもなかったのかもしれないと思ったのだった。

 『To Be Kind』は前作『The Seer』を引き継ぎ、長大な曲が占める。セイント・ヴィンセント、コールド・スペックスを招き、ジョン・コングルトンが録音で参加した布陣も今回も冴えている。朗唱のようなジラのヴォーカルと豪壮な器楽音の壁が長い時間をかけ徐々に徐々に変化する作風は前作以上に有機的で、1年前の日本公演をふくむワールド・ツアーの成果を反映した現在のスワンズの音楽を指してジラは「音の雲」と呼ぶのだが、刻刻と変化するのにそれは同時に豪壮な構築物でもある。矛盾するような得心するような、こんな音を出せるバンドは彼らをおいてやはり他にいない。

ハウリン・ウルフは私のヒーロー、アイコンなんだ。彼の自伝も数年前読んだ。すごい人生を歩んだ人だ。1900年代初頭のミシシッピの貧しい小作人の子どもでね、13歳になるまで靴もはいたことがないほどだった。8、9歳くらいから畑を耕しはじめ、もちろん教育など受けたこともなかったが缶を叩きながら畑の中で歌った。

2013年2月の来日公演からすでに1年経ち記憶も定かでないかもしれませんが、とはいえ、その前の来日公演となると20年以上前だったわけですが、なにか印象に残っていることがあれば教えてください。

MG:その来日ではライヴは1回こっきりだったんだけど、日本のファンはとても熱狂的だったのを憶えているよ。あと、これはいつも思うことなんだけど、日本人の礼儀正しさにはほんとうに関心するね。

資料によれば『To Be Kind』の素材となった部分はこのときのツアーで練り込んでいったとあります。じっさい2013年2月の東京公演では“To Be Kind”ではじまり、“Oxygen”などは“The Seer”とメドレーで演奏していました。そのときすでに『To Be Kind』のコンセプトはできあがっていたのでしょうか?

MG:いや、一部の(と強調)要素はライヴを通じて、インプロヴァイズしながら練り込み、そこから私がリフやグルーブを足して、一年をかけてひとつの大きな作品として形を変えていった。たとえば、はじめの段階では歌詞はまだなかったのがその当時読んでいた本を元にライヴで徐々に歌詞をつけたしたりした。それがこのアルバムの半分くらいの曲で、残りの曲のグルーブやサウンドに関しては、アコギでつくりあげたんだ。“A Little God in My Hands” “Some Things We Do” “Kirsten Supine”“Natalie Neil”、それと“To Be Kind”もコアの部分はすべてアコギでつくった。『To Be Kind』の多くはそういった手法でメンバーと集まってつくりこんだ。スタジオでは他のミュージシャンも参加して私がアレンジを加え、練り込み、映画のサウンドトラックのような感じにつくりあげた。

『The Seer』と『To Be Kind』は長尺曲を中心としたCD2枚+DVD1枚にわたる作品という両者の構成もよく似ています。このような構成にこだわった理由を教えてください。あるいては楽曲の要請としてこれは必然だったのでしょうか。

MG:ライヴ音源は長時間に渡っていたからね、34分っていう曲もあったし。そういう曲のことをどういえばいいのか、音の雲とでも呼ぼうか。曲の長さを気にすることなく、流れに任せて演奏して、その曲の存在価値を見い出そうと決めたんだ。素材が集まった段階でどういうフォーマットに落とし込んでリリースするかを決めた。それで今回はCD2枚、ヴァイナル3枚という構成になったんだ。DVDはボーナス・ディスクだ。ほら、われわれは心優しいからね(笑)。

とはいえ、前作と本作では音の表情はかなりちがっています。よりブルージーになったといいますか。要因のひとつにレコーディングを担当したジョン・コングルトンの存在があったのではと思うのですが、彼とは事前にどのような音づくりを目指しましたか。またレコーディング中で印象に残ったトピックがあれば教えてください。

MG:メンバーは私が集めてきた要素よりも、ライヴでやったものを意識していた。どういうサウンドのアルバムにしたいかということはすでに頭にあったし、曲ごとにどの楽器を使うか、どういう構成にするかなどのリストもつくっていた。他のミュージシャンが参加して、別のものをもってくると私のアイデアよりもいいと思うものが出てきたりもした。ブルージーになったかどうかはわからないな。ブルースの雰囲気くらいはとりいれていたかもしれないがコード進行までは意識してはいない。どちらかというと、グルーブとか深い音という面でだろうね。ジョンとはそれぞれの曲がどのような相互作用を持つかを重点に考えていた。スタジオで録音されたものをきっちり演奏するというよりも、ライヴで演奏を重ねることによってより大きな建造物をつくりあげていきたいと思ったんだ。

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Jennifer Chruch

ルーヴェルチュールは奴隷の反乱の扇動者で、ナポレオンの失脚の一因ともなった人物だ。1700年代後半から1800年代前半のハイチで初めて奴隷の反乱が成功したのはルーヴェルチュールのおかげだった。その後にナポレオンの部隊に捕まり、フランス国内で投獄されそこで人生を終えた。

音楽の形式としてゴスペルに対する憧憬をあなたは前回のインタヴューで述べておられました。『To Be Kind』ではそれがより直裁に表現されたと考えられないでしょうか。

MG:実際ゴスペルは詳しくないんだけど、永遠に続くクレセントがゴスペルに通じるものがある、という意味でその当時そういったんじゃないかな。ゴスペルの熱気のようなものはスワンズとの共通項だね。

ジョン・コングルトン氏はセイント・ヴィンセント氏からの紹介ですか?

MG:いや、その反対だ。ジョン・コングルトンが以前からスワンズといっしょにやりたいといっていたんだ。もともと、スワンズのパーカッションのソー・ハリスがジョンとかかわりがあり、いちどShearwaterというジョンがプロデュースしたバンドとライヴをしたんだ。ソーはあと、スモッグの……えーっと誰だっけ? そう、ビル・キャラハンともいっしょにやって、それもジョンがプロデュースした。そういうわけでソーがジョンのことを薦めていっしょにやるようになった。ジョンは長年のスワンズ・ファンなんだけど、3年程前にスワンズの曲をセイント・ヴィンセントに聴かせたら、えらく気に入ってくれてわれわれのライヴに来るほどのファンになったんだ。今回のアルバムでは構想段階で女声ヴォーカルがほしかったから、セイント・ヴィンセントに連絡をしたというわけだ。レコーディングではダラスまできてくれて、すばらしいヴォーカルを録ることができたよ。

彼女以外に『To Be Kind』でも前作と同じく多彩なゲスト・ミュージシャンを起用されています。準メンバーのビル・リーフリン氏以外に、上述のセイント・ヴィンセント氏、コールド・スペックス氏のふたりの女声ヴォーカルが特徴的ですが、彼女たちに声をかけたのはそのような理由だけですか。

MG:コールド・スペックスはソウルフルでゴスペルなすばらしい声のもち主だ。“Bring the Sun”にぴったりだった。彼女を起用したのは、すばらしいシンガーだから。この一言に尽きる。彼女は以前、スワンズのカヴァーをやったこともあるんだ。いままで聴いてきたスワンズのカヴァーで唯一いいと思えたのが彼女がやったものだった。『My Father Will guide Me Up A Rope To The Sky』に収録した“Reeling The Liars In”という曲で、いうことなしのできだった。そこから繋がったんだ。

「Chester Burnett(ハウリン・ウルフ)」「トゥーサン・ルーヴェルチュール」といった歴史上の人物を本作ではとりあげたのはどのような理由からでしょうか? またこれら歴史上の人物からあなたはどのようなインスピレーションを得たのでしょうか。

MG:ハウリン・ウルフは私のヒーロー、アイコンなんだ。彼の自伝も数年前読んだ。すごい人生を歩んだ人だ。1900年代初頭のミシシッピの貧しい小作人の子どもでね、13歳になるまで靴もはいたことがないほどだった。8、9歳くらいから畑を耕しはじめ、もちろん教育など受けたこともなかったが缶を叩きながら畑の中で歌った。ほどなくギターも習った。苦境に立たされているからそこから逃避したい気持ちがあったんのだろうね。後に南部を中心に酒場のドサまわりをはじめ、知名度もあがってきたところで、シカゴに移り、マディー・ウォーターズらとともにエレクトリック・ブルース、つまりシカゴ・ブルースだ、それを確立した。それがのちに多くのひとに多大な影響を与えることになった。その意味では魔法使いという呼び名がふさわしい。苦境から這いあがり世の中に多大な影響を与えるすばらしい人生であると同時にすばらしい声のもち主でもありひと息で低いバリトンから高いヨーデル調の声まで幅広く出る。彼の曲には楽しくてダーティで性的な要素がすべて詰まっている。
 ルーヴェルチュールはまったく別のところから引っ張ってきた。“Bring the Sun”はインプロヴァイズを重ねてつくった曲で歌詞はなかった。その頃私はルーヴェルチュールの伝記を読んでいて、それで彼の名を歌詞の中で連呼することを決めた。そこから歴史的瞬間を捉えるような音的な言葉をつけ加えて曲を構築したんだよ。ルーヴェルチュールは奴隷の反乱の扇動者で、ナポレオンの失脚の一因ともなった人物だ。1700年代後半から1800年代前半のハイチで初めて奴隷の反乱が成功したのはルーヴェルチュールのおかげだった。その後にナポレオンの部隊に捕まり、フランス国内で投獄されそこで人生を終えた。
 彼もハウリン・ウルフと同じく、奴隷としての人生から自由の身となり、働いていた農園のオーナーからは努力を認められ、オーナーや修道士から読み書きを教えてもらったそうだ。そこから、ルソーなんかのフランス啓蒙思想家やマキャヴェッリについて読み、軍事戦略について学んだ。彼も奴隷からはじまり歴史を変えた人物だった。ルーヴェルチュールによるナポレオンの失脚がなければ、ナポレオンはアメリカへルイジアナを譲渡することなどなかったにちがいない。ルーヴェルチュールの軍に勝つには、軍事強化のための資金が必要だったかね。だから彼も世界の歴史を変えた人物の一人だよ。私が読んだのは、マディソン・スマート・ベルの著書(マディソン・ベルはルーヴェルチュールとハイチ革命について『All Souls' Rising』『Master of the Crossroads』『The Stone That the Builder Refused』の三部作を著し、『Toussaint Louverture : A Biography』なる評伝もある)。フランスの歴史上重要な時代だからおさえておいた方がいい。

『To Be Kind』はなぜ〈Young Gods〉ではなく〈Mute〉からのリリースなのですか?

MG:〈Mute〉のダニエル・ミラーがスワンズのことを再結成後からずっとフォローしてくれていたんだ。私は1990年から〈Young Gods〉をやっていてスワンズをはじめ、他のアーティストのリリースもしてきているから、あえて他のレーベルと契約するのは頭になかったのだけどアメリカ国外のディストリビューションには弱かったから、ダニエルがミュートとの契約の話をもちかけてくれてよかったよ。どちらかというとパートナーシップだね。われわれは若いバンドでもないし、懐の広い叔父さんのレーベルと契約をしたわけではない(笑)。音楽を心から愛して、サポートの厚いダニエル・ミラーのことは私自身とても尊敬しているし、ミュート・レコードからのリリースはとても名誉なことだ。だからこういう流れになってうれしいよ。

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Sibastian Sighell

音楽を心から愛して、サポートの厚いダニエル・ミラーのことは私自身とても尊敬しているし、ミュート・レコードからのリリースはとても名誉なことだ。だからこういう流れになってうれしいよ。

『To Be Kind』は繊細かつ実験的な音づくりだと思いました。あなたは前回のインタヴューでベーシック・トラックを録った後、どのような音が必要か考え、音を追加するとおっしゃっていました。今回はそれが非常に緻密におこなわれていると思いましたが、そこにもジョン・コングルトン氏のアイデアが活かされているのでしょうか。

MG:うん。彼は今作ではプロデューサーではなくエンジニアだ。だいたいにおいて、私がアイデアを出して練り込むんだけど、彼に「これも試してみなよ」ってな感じでいわれたり。プロデューサーではないんだけど、アイデアを提供してくれたりはしたよ。どんなエンジニアにもそうあってほしいと思うよ。たとえば、エンジニアにはピッチがおかしかったりしたら、それをすぐに察知して教えてほしい。私はそれ以外のことで頭が一杯だからね。ジョンはその役割も果たしてくれている。私のアイデアをうまくまとめて、さらに広げてくれもした。そういった意味ではジョンのアイデアはかなり活かされているよ。

逆にいえば音盤をライヴで再現するのは難しいと思いました。その点についてはどう思われますか。ライヴはスタジオワークとはまったく別ものでしょうか? スワンズとってレコードとライヴをそれぞれ定義してください。

MG:まず、音源をライヴで忠実に再現することには一切興味はない。ライヴでプレイするのであれば、まったく別のものにしたいと思っている。アルバムをプロモートするためにライヴをしたいんじゃない。ライヴの「いま」を体験してほしいんだ。ツアーをすれば、要素はつねに変化するし、1週間後2週間後のライヴではセットもまったく異なってくる、たとえ同じ曲を演奏していても。だからライヴとスタジオワークはまったくもって異なったものだ。アルバムは録音された曲の集合体。曲を組み立てて、アルバムを構築して、ひとつのアート作品をつくるという行為は私は好きだ。そのプロセスが終わっても音楽はコンセプトとして生き続けるのだがそれをライヴで演奏するとなるとつねに自由自在に変化できるようにしていかなければいけない。
 ニーナ・シモンの“Sinner Man”を考えてごらん。ライヴごとに変化していっているよね。いいアーティストはそれができるのだと思うよ。いわゆるポップ・ソングじゃないかぎりね、われわれはまるっきりのアヴァンギャルドではないけれどもつねにフレッシュで予測できない音楽をつくっていきたい。自分のためにもオーディエンスのためにも。

『To Be Kind』では器楽音意外の具体音(馬の歩み、いななきなど)も使われており、それもあって音による(言葉ではありません)大河ドラマを聴くような気がしました。たとえば『To Be Kind』をサウンドトラックにするとしたら、どのような映画がよいと思いますか。古今東西誰のどんな映画でもかまわないのであげてください。

MG:黒澤明の『蜘蛛巣城』(1957年)とラース・フォン・トリアーの『メランコリア』(2011年)だね。あと、ギャスパー・ノエの『アレックス』(2002年)かな。勇気があったら観てごらん(笑)。ところでギャスパー・ノエの『エンター・ザ・ボイド』(2009年)は映画館で観たかい? 私は家のスクリーンで観たんだが映画館で観たらまた違った体験ができたんじゃないかと思った。家だとトイレに行ったり、スナックを取りに行ったりできるけど映画館じゃできないだろ。だからあの映画の間映画館の椅子に縛りつけられていたらどんな気分だろうと思ったんだ。ストーリーも映像もすごく美しい。当初ストーリーはなかなか入り込めなかったが終わってから作品について読んでもういちど観たらようやくどういうことかわかってきた。よくできた作品だと思うよ。キャラクターの視点からの録り方がよかったね。あと、体内に入りこむところも。

アートワークにはボブ・ビッグスの作品を使っていますが、1981年に彼の目にした彼の作品をなぜ本作でまた使いたいと思ったのでしょう。資料によれば、この作品はボブ・ビッグス氏の家の壁に描かれた水彩画だということですが、ビッグス氏とあなたは旧知の間柄なんですか。

MG:その当時からボブとは面識はあったが親しい仲ではなかった。例の作品は壁の水彩画じゃなくて、黒い用紙上のパステル画だ。その作品がとても気に入ったんだ、ジャスパー・ジョーンズの旗や標的の作品のようにアイコン的でね。表現方法が不思議で興味をそそられた。神秘的なシンボルのようでね。意味が込められているかそうでないのかもわからない。面白いのは、ずっとみていると、意味と無意味が交互に共鳴しはじめるんだ。実際に自分が何をみているのかもわからなくなってくるようでね。30年の時を経て、使用許可をもらったんだけど、黒のバックグラウンドから頭だけを切り取ったんだ。今みてもらっているベージュの部分は実際は段ボール用紙で、その上に作品がエンボス加工でプリントされている。ツヤ加工もしてあるから、段ボール用紙からまるではがせるような風合いだよ。当初の予定では、実は赤ちゃんの代わりに女性の乳首を使おうと思っていたんだ(爆笑)。でも実際画像を集めはじめたら、乳首に焦点を当てると美しくも何ともないことがわかった。これは使えないとなった。そこでなぜかボブのことが思い浮かんだんだ。ほら、赤ん坊と乳首は同じような感情を呼び起こすだろ(笑)? それでボブに例の赤ちゃんの作品について訊ねたわけだ。

上記質問と同じ意味で、あなたが長年あたためながらまだ実現していないことのひとつをこっそり教えてください。

MG:もしかしたら知っているかもしれないけど、私は以前に本を書いたことがある。時間があればぜひまた執筆活動をはじめたいね。いまは本を読む時間もなかなかとれないから、時間ができたらまずは読むことからはじめたい。読むときに使う脳の部分をまずは活性化させないとね。だからそれができる時間がとれれば、また書きはじめられる。それが死ぬ前にやりたいことだね。

スワンズは現在のシーンでは孤高の存在だと思われます。ジラさんにとって現在のシーンで共感できるバンドないしミュージシャンはいますか? もしくは他者の存在はさほど気にすることはないですか。

MG:最近の音楽にはさほど興味がないんだけど、ベン・フロストやシューシューはいいと思うね。サヴェジーズやリチャード・ビショップの音楽もいい。いわゆるメジャーなポップ・ミュージックには興味はないね。

次回の来日公演はいつになりますか? まさかまた20年後ということはないと思いたいですが再々来日を待ちわびる日本のファンにコメントをお願いします。

MG:I love you very much(笑)!

Love Cult Take Druss - ele-king

 昨年の私的ベスト・レコードの一枚であるグノド・プレゼンツ・ドウェリングス&ドラス(GNOD presents Dwellings & Druss)の衝撃も冷めやらぬ〈トレンスマット(Trensmat)〉からのダメ押しの一枚。

 マンチェスターにて2006年に結成された大所帯サイケ・ヘヴィ・クラウト集団グノド(GNOD)は、現在まで音源/ライヴともに非常に積極的な活動をおこなってきた。残念ながら僕は一度も彼らのライヴを見られていないが、対バンしたことのある友人はみな口を揃えて当時の彼らを賞賛している(それはたとえばヨーロッパ・ツアーに出掛けたサン・アローやポカホーンテッド、または自身の初ツアーでバッグ演奏をグノドに無理矢理頼みこんだ迷惑極まるハイ・ウルフなどなど)。
 ホワイト・ヒルズ(White Hills)やボング(Bong)など、これまでグノドと親交を深めたバンドからもおおいにうかがい知れるように、当初彼らのサウンドはクラウト・ロックのストイックな反復と、ドゥームを通過したドローンによるヘヴィなサイケデリアとまさしくゼロ年代の推移を押さえるものであった。

 2011年に〈ロケット・レコーディングス(Rocket Recordings)〉から発表された『イングノドウィートラスト(Ingnodwetrust)』あたりから明らかにゴッドフレッシュ感全開のインダストリアル・メタルな音作りとダブ処理によるサイケデリアを融合させる試みをはじめた。この頃から前述の〈NNF〉周辺のバンドとはある種真逆な方向性を目指したと言っていいだろう。
 2013年に発表された『グノド・プレゼンツ・ドウェリングス&ドラス(GNOD presents Dwellings & Druss)』はバンドのベース隊であるドウェリングスことクリス・ハスラム、ドラスことパディー・シャインによる打ち込みを全面的にフィーチャーした大胆なアルバムとなった。これまでのグノドの持ち味であった疾走感溢れるトライバルなパーカッションを充分に感じさせる見事なコンポジションが、彼等をポスト・インダストリアル/ミニマル・テクノの領域まで昇華させた素晴らしい出来栄えだ。

 〈パブリック・インフォメーション(Public Information)〉からのデビュー・LP『フィンガー・クロスド(Finger Crossed)』で、短波レディオとロシアン・フォークをマッシュアップしたようなサウンドを展開した、ロシアはペドロザヴォーツクを拠点にする男女デュオ、ラヴ・カルト(Love Cult)とドラスによるコラボレーション4曲と、各アーティスト2曲ずつによるこのレコード。ヴォイス・サンプリングとテープワープ・サウンドに見事なドラム・シーケンスが乗るコラボ曲は秀逸だ。アルバム全体としてストーリーが明瞭であり、また極端すぎる感情的なクライマックスもなく、近年のベースミュージック・リスナー全体に受け入れられても不思議ではない。
 ちなみにラヴ・カルトはDIYレーベル〈フル・オブ・ナッシング(Full Of Nothing)〉を主催、ドラスは身内テープ・レーベル〈テスラ・テープス(Tesla Tapes)〉を主宰する。お互いのアンダー・グラウンド・ネットワークが今回のコラボレーションに発展したのは必然とも言えよう。

 そういえばドウェリングスの〈テスラ・テープス〉からのテープ音源の再発として昨年末にリリースされたドント・セイ・ナッシングは即完売となったようだ。バッキバキに打ちつけるノイズ・ビートからドローンに洗い流されてゆく見事な展開や、キックの濫用を避けつつ長尺で聴かせるものなど、凡百のトレンドとは一線を画す作品だ。

 ちなみにドウェリングスとドラスはかなりのガジェット系ミュージシャンである。その手の連中のライヴにさんざんウンザリさせられている近年、彼等のような存在にはとても勇気づけられる。そういった意味では〈オパール・テープス(Opal Tapes)〉からのゲド・ゲングラスのテクノ名義、パーソナブル(Personable)とドウェリングス&ドラスによるコンピレーション、『Mirror & Gate Vol. III』もガジェット野郎はチェックすべきかも。

BAUS Theatre - ele-king

 バウスシアターが閉じるウワサはしばらく前からあったがそれがウワサでないと知ったのは灰野さんのミックスCDをいただくかわりに自分のバンドのCDを灰野さんにさしあげることになったのだが手元になかったのでボイドの樋口さんにもらいにいったらバウスの西村さんがおられた。
 西村さんに聞いた細かい理由は書かないし書いても詮ないが街の風景の一角ともいえる場所がなくなるのは、言葉でいう以前にそれがじっさいそうなり視覚から喪われてはじめて言葉にならない欠落とも感じない違和感をおぼえる。バウスシアターに足繁く通った映画ファンだけでない。食材を買いこむお母さん、学校に通う学生、レコードを買いに来たひとライヴハウスに訪れたひと、古着や古書を物色する方々、井の頭公園は反対側だがそこにデートに行くカップルでさえ喪失感を抱かないはずはなく、せっかく水をいれかえた池でボートに乗ったらかならずや別れることになるだろう。しかしそのまえに2014年6月にバウスシアターと私たちにも長いお別れは訪れる。私は吉祥寺が住みたい街ランキングの1位から陥落するのは時間の問題だと思うが、私はすくなくともこのイベントが終わるまではバウスシアターに住みたいくらいだ。
 爆音映画祭はいまから6年前当地で産声をあげた。映画館の音響ではなくライヴハウス仕様で映画を観るとともに「聴く」体験はサウンドトラックだけでなく人声と物音までふくむ音を視覚表現と対等に、映画という時間のなかにしかうまれない世界を感覚のすべてに訴えるものだった。私はこれを機に映画は過去のものであっても回顧の軛から逃れ、ちょうどDJカルチャーにおいて音楽の再生にプレイとリバースが二重写しになったような映画の観方を提示した。その意義はゼロ年代以降のシステムに地殻変動を起こした映画のシーンでけっして小さいものではなくバウスシアターはその主戦場であった。爆音映画際はこれからもつづけていくにちがいないがバウスシアターでの爆音はこれで見おさめである。
 期間は4月26日から5月いっぱい。プログラムは公式ホームページのご覧になるなりしてたしかめていただきたいが90本を数える上演作品にはバウスシアターや吉祥寺になじみぶかい「バウスを巡る映画たち」と題したもの、よりすぐりの爆音上映には当ページ読者にもぴったりの音楽映画も多数ふくむ。まだご覧になっていない方はぜひとも、何度か来られた方にもまたちがった映画体験が待ち受けているはずである。私なぞクストリッツァの『アンダーグラウンド』を前回の爆音で観たとき、冒頭のジプシーが高らかとラッパを吹き鳴らすシーンでイスがビリビリ震え、さすが爆音だと唸ったがそれは地震(震度3)のせいだとのちに知ったほど、予期せぬできごとが起こるのが爆音上映の醍醐味なのである。
 また爆音映画際の期間中は上映だけでなく、ライヴイベントとも予定しているという。大友良英による大編成ノイズ・プロジェクト「コア・アノード」、気鋭の映像作家、牧野貴による『Phantom Nebula』生演奏付き上映、このイベントのためにだけにニューヨークからやって来るマーク・リボーが『紐育の波止場』と『キッド』(当初『街の灯』の予定だったのを変更)に音をつけ、井上誠率いるゴジラ伝説LIVE 2014も襲来するのである。5月17日には、僭越ながら湯浅湾祭と題してヘア・スタイリスティックスの無声映画への劇伴ライヴ、カーネーションの直枝政広のソロ・ライヴにもちろん私ども湯浅湾のライヴもございます。一所懸命練習します、明日から。6月に入ってからの10日間は「ラスト・バウス/ラスト・ライヴ」と題し、かつて映画だけでなくコンサートや演劇も催すハコだったのをしのばせる充実のラインナップでのライヴ週間も待っている。かえすがえす閉じるまでバウスに住みたいくらいだ。閉じてもスクウォットしてもいいくらいだ。


The Correspondents - ele-king

 エレクトロ・スウィングというUKでちょっとした盛り上がりを見せているシーンがある。スウィング・ジャズとハウス、ヒップホップ、エレクトロ・ダンスの交合によって生まれたこのジャンルは、90年代に出現してなんとなく消えたスウィング・ハウスの流れを汲むと言われているが、数年前から復活の兆しを見せており、わが街ブライトンはロンドンと並ぶその聖地に数えられている。
 2009年にこのジャンル専門の初めてのパーティ、ESC(エレクトロ・スウィング・クラブ)がロンドンに登場すると、それに呼応してブライトンにもホワイト・ミンク・クラブが現れ、ロンドンのESCとブライトンのホワイト・ミンクはUKエレクトロ・スウィング界の2トップになった。ブライトンに同性愛者やアナキストが多いということはこれまでも書いてきたが、ブライトンについて言われているもうひとつの要素としてクラブが多いということがあり、骨董の街ということもある。なのでエレクトロ・スウィングのメッカとなる地盤はあった。UKのイビサとも呼ばれるブライトンのクラブ文化と、骨董品屋や古着屋が立ち並ぶザ・レインをうろつくレトロな若者の文化が交合すれば、それはそのままエレクトロ・スウィングというジャンルそのものになる。
 んなわけで、ブライトンのホワイト・ミンクとロンドンのESCは、このジャンルのアーティストやDJをキュレートして様々なダンス・イヴェントを主催しており、The Correspondentsもその周辺から出てきたアーティストである。ロンドン在住のDJ Chucksとフロントマンのイアン・ブルース(この人は将来を期待される画家でもあり、Courvoisier社の「英国の未来を担う全業界混合500人」のひとりにも選ばれた)のデュオであるThe Correspondentsは、イヴニング・スタンダード紙に「キング・オブ・ヒップホップ・スウィング」と称された。その形容がぴったりだったEP「What's Happened to Soho?」を聴いたときには、わたしは少なからず動揺したのであり、“Washington Square”のPVを見たときには、「オスカー・ワイルドがラップしてる」と思ったものだった。

 同曲や“Jive Man”など6曲が収録された2011年リリースのEP「What's Happened to Soho?」は「これがエレクトロ・スウィングだ!」とジャンルを丸ごとぶち投げて来た点で、本当はあれこそが彼らのデビュー・アルバムになるべきだったと思う。というのも、待ちに待っていた彼らのファースト『Puppet Loosely Strung』は、彼らを以前から知っている(とくにステージ)人間からすると、「へっ?」な違和感があるからだ。
 これはおそらく、彼らがエレクトロ・スウィングという狭いサークルから卒業し、ポップ界への進出を宣言したアルバムなのだろう。だからこそスウィングのエレメントは希薄になり、代わりに80年代エレクトロ・ポップのフレイヴァーが色濃く加味されている。リスナー層を広げたいという野心が本来の持ち味を薄めたと思うと悲しいが、それでも『Puppet Loosely Strung』はここ数カ月間わたしが一番聴いているアルバムである。全くそこにある必要性を感じない冒頭曲をすっ飛ばして2曲目の“Fear & Delight”から聴けば、これはこれでやはり新しいムーヴメントの息吹を感じさせるし、昨年のMelt Yourself Down同様、理屈や薀蓄抜きでまず踊れるのがいい。『華麗なるギャツビー』のリメイク映画のサントラでブライアン・フェリー・オーケストラやウィル・アイ・アムもそれっぽいことをやっていたが、アンダーグラウンドなエレクトロ・スウィング・シーンの熱さを伝えるのはやはり彼らのような人々のサウンドだ。

 それと呼応するのかどうかはわからないが、日本では、菊地成孔がホットハウスというダンスパーティを主催していると聞いた。紙版エレキングで、ペペの新アルバムが『戦前と戦後』というタイトルであることを知り、そう言えば、スウィング・ジャズが流行したのも第二次世界大戦の直前だったのだよなあ。なんてことを考えていた。

          *******

 話は唐突に変わるが、4月前半は日本にいた。
 今回の帰省でこれまでにない衝撃を受けたのは、「(戦争は)100%ないとは言い切れない」と言った人がいたことである。
 スウィング・ジャズが流行したのは……。とまた眉間に皺を寄せて考えそうになったが、ふと、ケン・ローチの『The Spirit Of 45』のBGMにもスウィングが使われていたことを思い出した。終戦直後の英国人たちが、戦争に勝った名相チャーチルではなく、地べたの庶民のための政治を選んだピープルズ・パワーの時代にも、あの音が鳴り響いていたのである。
 そして今。
 21世紀のブロークン・ブリテンのアンダーグラウンドでエレクトロ・スウィングが鳴っている。
 と書くと過剰に浪漫的かも知れないが、そのサウンドをヒットチャートに入れる可能性を持ったアーティストがいるとすればThe Correspondentsだ。というのはしごく現実的なファクトである。

interview with Teebs - ele-king


Teebs
Estara

Brainfeeder/ビート

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 いったい何故にどうして、いつからなのか……。自分がどうしてこの地上に存在しているのかを考えたときに、倉本諒なら迷わず、ぶっ飛ぶためだと言うだろう。ティーブスにしろマシューデイヴィッドにしろ、そしてフライング・ロータスにしろ、LAビート・シーンの音は、どうにもこうにも、フリークアウトしている。それらは、「ビート」という言葉で語られてはいるが、サイケデリック・ミュージックとしての表情を隠さない。日本で言えば、ブラックスモーカー、オリーヴ・オイル、ブン、ダイスケ・タナベ、ブッシュマインドなどなど……。彼らはストリートと「あちら側」を往復する。
 ティーブスは、そのなかでもとくに内省的で、ひたすら夢幻的だ。僕は恵比寿のリキッドルームにあるKATAで開催中のTeebs展に行った。12インチのレコード・ジャケをキャンパスにした彼の色とりどりの作品がきちんと飾られている。幸いなことに平日の昼下がりでは、客は僕ひとりしかいなかったので、ゆっくり見ることができた。鮮やかな色彩で塗られらコラージュは、どう考えても、ピーター・ブレイクがデザインした『サージェント・ペパーズ〜』のアップデート版で、また、彼の音楽世界をそのままペインティングに変換しているかのようだ。ヒップホップのビートに液状の幻覚剤が注がれているのだ。
 ティーブスの新作『Estara』には、プレフューズ73、ラーシュ・ホーントヴェット(Jaga Jazzist)、ジョンティ(Stones Throw)、そして、シゲトも参加している。僕がKATAに展示された彼のアートでトリップしていると、Teebsはふらっと姿をあらわした。感じの良い、物静かな青年だ。

マッドリブの初期のものとか、カジモトとか。僕は当時12歳で、そんな変な音楽を聴いている12歳は僕だけだったと思う。かなり主流からは離れている音楽だけど、僕はそういうのが大好きだった。

生まれはブロンクスだそうですが、いつまでそこに住んでいたのですか?

Teebs:良く覚えていないんだけど、2歳くらいだったかな。

通訳:かなり小さいときだったんですね。

Teebs:そう、でも10歳くらいの時まで毎年NYには帰ってたんだ。親戚がいるからね。

どんなご両親でしたか? 

Teebs:母親は、クールで寛容な人だった。彼女は物書きで、ブラジルやバルバドスで起こっていたことなどを小さな出版社の雑誌に書いて世界を救おうとしていた。母親は、ジミヘンやカリブ音楽なんかを聴いてた、クールな女性だった。父親は数学者で、とても厳しい人だった。僕はあまり彼のことを知らなかった。でも、仕事熱心で家庭をしっかり支えていたからクールな人だったよ。

あなたにどんな影響を与えましたか?

Teebs:父親には勤勉さを教わったよ。僕が内向的なのも父親譲りだと思う。でもそのおかげで、自分の面倒がちゃんと見れるようになった。母親は「あなたのやりたいことをやりなさい」みたいな感じだったから、父親と母親両方からの影響で一生懸命に好きなことをやる、というバランスが上手く取れるようになったんだと思う。

日本盤の解説を読むと、ご両親が音楽好きで、レゲエやアフロ・ミュージック、ジミヘンなどを聴いていたそうですが、子供の頃のあなたもそうした音楽を好みましたか?

Teebs:母親がかけていた音楽で、アメリカの音楽は馴染みもあったし好きだったね。カリブ音楽は、まあまあ好きだった(笑)。当時、僕は幼すぎたからね。家では、夜中の3時までそういう音楽をかけてダンス・パーティをしていた。

通訳:それは子供にとっては刺激が強すぎますよね。

Teebs:その通り。「もう寝たいんだよ……」って思ってた。だから当時はまったく理解できなかった。大人になるまではね。いまではそういうリズムがどこからか聴こえてくると笑みがこぼれるよ。誰がかけてるんだろう? って気になっちゃう。

当時ラジオでかかっているヒット曲や最新のヒップホップ/R&Bのほうが好きでしたか?

Teebs:僕は87年生まれだから90年代だよね。ヒップホップが僕のすべてだった。変わったものが好きだった。僕には兄がいて、彼から色々教わったんだ。僕の年齢じゃ本当はまだ知るべきじゃなかったことなんかもね(笑)。兄の影響で、とても変わったヒップホップが好きになった。

通訳:例えばどんなのですか?

Teebs:変わっているというか、ポップ・ミュージックにはないような感じのもの。MADLIBの初期のものとか、QUASIMOTOとか。僕は当時12歳で、そんな変な音楽を聴いている12歳は僕だけだったと思う。マッシュルームを食って音楽を作っているやつの作品を聴いてる12歳なんて僕だけだったと思うよ(笑)。

通訳:12歳でQUASIMOTOとは、たしかに変わってますよね。

Teebs:うん、かなり主流からは離れている音楽だけど、僕はそういうのが大好きだった。当時そういった変わったヒップホップや、アンダーグラウンドなヒップホップは、あまり良い出来ではなかったのかもしれなけど、誰にも知られてなかったていうことが、僕にとってはクールだった。その世界にどっぷりのめり込んだね。

通訳:それはやはりお兄さんの影響?

Teebs:そう。だから、当時起こっていたクールなものは全て見逃した。Q-Tipが全盛期のときも、僕は「いや、でもSwollen Membersってのもいてさ……」なんて言ってた。

通訳:カナダのグループですよね。

Teebs:そうそう(爆笑)。そういう奴らにすごくはまってて……。

通訳:アンダーグラウンドな。

Teebs:うん。本当にそれがクールだと思ってた。だから、主流な音楽は全然聴いてなかった。Living Legendsがはじまった時期は、Circusなどの複雑なラッパーが好きで、それからラップをやっていたころのAnticonも好きだった。そしてDef Jux。Def Juxには僕の人生をしばらくのあいだ、占領されたね。あと、バスタ・ライムス。彼は一番好きだったかもしれない。初めて買ったアルバムはバスタ・ライムスのだったなぁ。

通訳:彼はポピュラーな人ですよね。

Teebs:そうだね。僕が聴いていたときも既に人気があった。でもファンキーですごく奇抜だった。

ずいぶんと引っ越しをされたという話ですが、どんな子供時代を過ごしたのか話してください。

Teebs:引っ越しが多かったから、兄と遊ぶことが多かった。僕の親戚はみんな東海岸なんだけど、東海岸に住んでいるとき、アトランタにいたときは従兄たちと遊んでいた。従兄たちがやんちゃだったから、一緒にバカなこともやってた。デカいTシャツを着てね(笑)。

通訳:まさに90年代ですね。

Teebs:うん。90年代、ヒップホップ、アトランタ。で、Wu-Tangをずっと聴いてた(笑)。そんな感じで適当に遊んでたよ。それからカリフォルニアに引っ越してチノに来た。そしたら、いままでの(東海岸の)感じとまったく違った。スケボーがすべてで、僕もスケボーにはまっていった。そのきっかけが、変な話で、ビギーの曲をラップしている奴がいて、僕もそのリリックを知ってたからそいつの隣に行っていきなり一緒にラップしたんだ。そいつは「え、お前だれ?」みたいな感じだったけど、一緒にラップしたんだ(笑)。ラップが終わって握手したら、そいつが「俺はこの町でスケボーやってて友だちもたくさんいる。お前も俺らのところに遊びに来いよ」って言ってくれた。

通訳:それでスケボーをやり始めたんですね。

Teebs:うん、スケボーをはじめて、スケボーのおかげで聴く音楽もさらに幅広くなった。単なる変わったラップ、アングラなものだけじゃなくて、変わったプロダクションの音楽なんかも聴くようになった。Mr. Oizoを初めてきいたのもそのとき。
 それからエレクトロニックなヒップホップを聴くようになり、その流れでエレクトロニック音楽を聴くようになった。友だちはロックにはまってるやつらもいて、AC/DCのカヴァー・バンドをやっていて、僕も一緒になってやってみたんだけど、上手くいかなかったな。見てのとおり、その方面では芽が出なかったよ(笑)。僕はあまり上手じゃなかったからバンドにも入れてもらえなかったくらいだ。

通訳:バンドでは何をやっていたの?

Teebs:ギターを弾こうとしてた。友だちはスケボーのロック/パンクな感じが好きだったみたい。だからその方面で音楽をやってみたけど、まあ、そんなにうまくいかなかった。とにかく、スケボーが全てを変えた。たくさんの音楽を知るきっかけになったよ。音楽がどんなにクールなものか、ってね。

通訳:私もスケーターカルチャーは大好きです。スケーターはみんなカッコイイですよね。

Teebs:スケボーをやる人はいろんなことがわかってる。普通の人が持つ人間関係の悩みなんかを、早々に乗り越えて、経験や開放性を第一にして生きている。

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90年代、ヒップホップ、アトランタ。で、僕はウータンをずっと聴いてた(笑)。そんな感じで適当に遊んでたよ。それからカリフォルニアに引っ越してチノに来た。そしたら、そこはがすべてで、僕もスケボーにはまった。


Teebs
Estara

Brainfeeder/ビート

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子供時代のいちばんの思い出は何でしょう?

Teebs:たくさんあるよ。バカなこともたくさんやった。僕が通っていた高校は新しくて、まだ建設中だったときがあった。僕たちが第一期生だった。最初は全校で30人しかいなかった。新設校だったんだ。まだ工事中だったとき、夜中に学校に行って鍵を盗んで建設用のゴーカートを乗ったりしてた。ゴーカートは家まで乗って帰るんじゃなくて、ただ乗りまわして遊んでた。それから、建設用の大型機械とかも乗ってたな。

通訳:ええ!?

Teebs:ああ、死にそうになったときもあったよ。そういうバカ騒ぎをやってた。

通訳:悪ガキだったんですね(笑)。

Teebs:いや、バカなだけだよ。小さな町で退屈して、何か面白いことをしたかっただけさ。そこに、機械の鍵があったから……
 そういう、バカなことをした思い出はたくさんあるよ。アキレス腱を切ったときもよく覚えている。血がものすごく出たんだ。スケボーをしていてガラスの上に転んだんだ。急いで病院に運ばれたよ。あれはクレイジーだった。

旅はよくしましたか?

Teebs:家族とは時々した。他の州に行く程度だけど。あと、ロンドンにも一度、家族で行った。それから母国のバルバドスとマラウイにも一回ずつ行った。とても美しい所だった。それはとても貴重な体験だったから、家計をやりくりして実現させてくれた両親は心から尊敬している。

画家を志そうと思ったきっかけについて教えて下さい。

Teebs:とにかく絵を描くことが好きだった。それから正直、兄の影響が大きい。兄はマンガが大好きで、アニメの絵を描くのが大好きだった。最初はグラフィティだったんだけど、次第にアニメにすごくはまっていっていた。僕たちはLAのMonterey Parkというエリアに住んでいたんだけど、そこに住んでいる黒人は僕たちだけだった。他はみんなアジア人。アジアって言ってもいろいろなアジア人がいて、中華系が一番多かったけど、日本のアニメやゲーム・カルチャーの影響はその町にも強く表れていた。僕と兄は、そういったアニメやゲームの世界に囲まれていた。ゲーセンに行ってバーチャルな乗り物に乗ったりして遊んでた。
 兄は当時からクールなキャラクターの絵を描いていた。兄を見て、アートを通してアイデアを絵にして置き換えることができるのは、クールだと思った。素晴らしいことだな、と思った。自分でもやってみようと思った。僕たちは引っ越しが多かったから、友だちを作るのが結構大変だった。だから兄にいつもくっついていたんだけど、彼には「あっちいけ!」なんて言われてたから、ひとりで遊ぶようになった。アイデアを考えてストーリーを生み出し、それを絵にすることができるんだ、と思ってペンを使って自分のヴィジョンを見つけることにしたのさ。

ちなみに何歳から画家としての活動が本格化したのでしょう?

Teebs:2005年。高校の終わりの頃。スケボーショップでバイトしていて、僕は店でもいつも落書きしてた。そしたらショップのオーナーが、店で展示会をやらないかと言ってくれた。それがきっかけで、画家としての活動をすることになった。小さな町で展示会をやった。そしたら人からの反応があった。「すごいよ、これ!」なんて言ってくれた。びっくりしたけど、そこからもっと絵を描きたくなって、それをコミュニティのみんなと共有したかった。

あなたのペインティングは、抽象的で、ときには具象的なコラージュを使います。色彩にも特徴があります。あなたのペインティング表現に関しての影響について話してもらえますか?

Teebs:中世の作品、宗教画などがすごく好き。ヨーロッパの大昔の絵。昔のキリスト教のアート。そういったものの影響はとても大きい。色彩が鮮やかなところがすごいと思う。
 宗教画を見ると、「教会に毎日来ないと神から罰せられるぞ!」というメッセージが強烈に伝わってくる。その信仰心というのはすさまじくて、狂信的なほどの信仰心から生み出される作品というのは、本当にクレイジーだ。その作品に注がれる感情も強烈だ。その真剣な姿勢がとても好きだった。構成も好きだった。初期の大きな影響は宗教画。それからスケボーがアートに影響を与えた。いまは、なんだろう、人生という大きなかたまりかな。

あなたにとって重要な主題はなんでしょう?

Teebs:人とコミュニケーションが取れるポイントを、なるべくストレートな物体を使わずに、見つけて行くこと。なるべく意味のわからないものを使って。線や記号だけを使って、人に語りかけたい。そのアプローチが気に入っている。「より少ないことは、より豊かなこと」みたいな。自分自身を作品に登場させるのも好きだし、観察者を作品の中に描写するのも好き。その概念でいろいろ遊んでみる。例えば、今回のレコード・ジャケットの展示で、4本線は人を表している。作品の中に4本線があるときがある。それは僕にとって大切で、自分や家族を表している。「U」の記号は、他の人を表す。それも頻繁に使われている。作品を見てまわると、結構見えてくるよ。そういうシンプルな形やマークを使うのが好きなんだ。

ファースト・アルバムのアートワークにも、今回のジャケにも使われていますが、青、赤、緑のリボンのようなペイントは何を意味しているのでしょう?

Teebs:円の中にそれがたくさんあったら、自由形式というか体を自由に動かしている、ということ。あれは僕のしるしのようなもの。僕が頭のなかをスッキリさせているとき、リラックスしているとき、パレットを白紙に戻すというとき、その絵が出来る。それを描くことによって、自分の中にあった緊張やストレスが緩和されていく。心身のバランスが取れて、安心した気分になる。

あなたが花のモチーフを好むこととあなたの音楽には何か関連性があるように思いますが、いかがですか?

Teebs:関連性はあるかもしれない。花をアートのモチーフに使う理由と、自分が音楽をつくる理由とでは結構違いがあるけど、花が生れて形を変化させながら成長して枯れる、というのは音楽と共通するところがあるかもしれない。音楽も一時的に開花して、その後は徐々に消えて行くものだから。そのパターンは似ているかもしれない。

LAにはいつから住んでいるのですか?

Teebs:LA中心部に移ったのは2009年。チノには2001年からいたけど、LAの中心部に引っ越したのは2009年。

では、音楽活動をするきっかけについて教えてください。

Teebs:最初は兄のためにヒップホップのビートを作ろうとしたのがきっかけ。クールだと思ったんだ。兄はラップができたんだけど、僕はできなかった。だから僕はビートを作ろうと思った。

通訳:ではお二人でデュオをやっていたとか?

Teebs:いいや。兄は、兄の友だち同士で音楽活動をしていた。彼の友だちと一緒に制作をしていた。兄は多方面に活動している人だった。僕は、音楽を制作するということに興味を持ち始めていた。でもひとりでビートを作っていただけ。ビートを兄と兄の友だちに提供していた。それが音楽活動のきっかけだね。

通訳:いまではエレクトロニックな音楽を作っていますが、ヒップホップからエレクトロニックへと進化していったのは、やはりクラブへ行きはじめたからでしょうか?

Teebs:そうだよ。最初は、音楽の表現方法を深めるために、いろいろな音楽を聴いた。それから、クラブにも行きはじめた。その両方をしているうちに、サウンドでも自分のアイデンティティを確立していきたいと思うようになったんだ。ヴィジュアルな要素で、自分のアイデンティティを確立していくのと同じようにね。

どのようにしてLAのシーンと関わりを持つようになったのでしょうか?

Teebs:最初はDublabを通じてだね。〈Brainfeeder〉にも所属しているMatthewdavidがMySpaceで「君はクールだね、俺たちと一緒に音楽をやろうぜ」と言ってくれた。当時、LAシーンは既に盛り上がっていたけど、僕はまだチノにいたから、シーンのみんなとはMySpaceを通じて知り合った。

通訳:MySpaceに音楽をアップしていたんですね。

Teebs:うん。で、「君はクールだね」と言われた。僕もDublabはクールだと思ってたから嬉しかった。そこから、お互い、音楽をメールで送るようになった。それからDJ Kutma。彼のおかげでLAシーンと繋がり、LAの皆に僕のことを知ってもらうことができた。

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高校の終わりの頃。スケボーショップでバイトしていて、僕は店でもいつも落書きしてた。そしたらショップのオーナーが、店で展示会をやらないかと言ってくれた。それがきっかけで、画家としての活動をすることになった。小さな町で展示会をやった。


Teebs
Estara

Brainfeeder/ビート

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Teebsという名前の由来は?

Teebs:たくさんのニックネームを経てTeebsになった。僕の本名はMtendere(ムテンデレ)というんだけど、その名前を見るとMがtの前にあるから、発音がむずかしいと思われてしまう。マラウイの言葉で「Peace(平和)」と言う意味なんだ。チェチェワ語というんだけど、チェチェワ語の名前にしてくれてよかったよ。だって英語で「Peace」なんて名前だったら恥ずかしいだろ? 「Peace、お前、世界を救ってくれるのか?」なんて言われそうだ。とにかく僕の本名はそういう語源なんだけど、Mがtの前にあるから、みんな覚えにくいし言いにくい。だからニックネームになった。で、いつかTeebsになって、それがいまでもニックネームになってる。

通訳:Teebsは気に入っていますか?

Teebs:もちろんだよ。でも本名も好きだ。発音するのが難しくなければいいのにと思う。でもTeebsは楽しいし、人が発音しても楽しいし、僕の名前で遊んでもらっても楽しい。いまでも使っているのは気に入っているからだよ。本当はTeebsになった裏にはストーリーがあって、グロいから、いつか、オフレコで話すよ(笑)。

初期の頃にデイデラスとスプリット盤を出したのは、やはり彼の音楽にシンパシーを感じたからでしょうか?

Teebs:デイデラスは本当に大好きで、エレクトロニック音楽のプロダクションに興味を持ちはじめたのは、彼の音楽を聴いたからなんだ。普通のヒップホップのビートとは全く違うものだった。デイデラスのライヴを見て、すごく興奮した。そして、ダンスっぽいビートを作って彼に送ったんだ。友だちも、彼ならとくに気に入ってくれるかもしれないと思ったほどだから。何ヵ月も彼からの反応はなかった。だから、もしかしたらすごく嫌だったのかも、と心配した。ようやく彼から連絡があって、「最高だよ、毎日かけてる。一緒に音楽を作ってみようぜ」と言ってくれた。それから〈All City〉が声をかけてくれて「デイダラスと一緒に音楽制作をしないか」と言われた。すでに、デイダラスと音楽を作っていたところだったから、本当に良いタイミングだったよ。

通訳:デイデラスとは既に友だちだったんですね。

Teebs:ああ、かなりよく知っている方だった。でも、彼は西に住んでいて、僕は東というかチノに住んでいたから実際に会う機会は少なかったけどね。

Teebsの音楽にはビートがありますが、非常にドリーミーで、日本でもボーズ・オブ・カナダを聴いているようなリスナーから支持されています。ヒップホップ以外からの影響について話してもらえますか? とくに今回のアルバムには、ジャガ・ジャジストのラース、イタリアのポピュラス、シゲトなど、さまざまなスタイルのアーティストが参加していますよね。

Teebs:エレクトロニック音楽の影響は大きかった。ボーズ・オブ・カナダは、僕が音楽をはじめてからずいぶん後に知ったんだ。ボーズ・オブ・カナダを聴いたときは、「クールな音楽をやっている人がいるんだな!」ってびっくりしたよ。Dabryeの初期の作品はクールだった。ヒップホップ色が最近のものより少なかった。あとは、Vincent Galloの古い作品とかも良いね。他は、ギターだけで作られた、Bibioの初期の作品。きれいな音楽をたくさん聴いていた。ヒップホップとバランスをとるためだったのかもしれない。

通訳:ではヒップホップとエレクトロニカは同時期に聴いていたのですね。ヒップホップからエレクトロニカへと移行したのではなく。

Teebs:ヒップホップが先だったけど、それにエレクトロニカを追加した。ヒップホップは大好きだった。それから西海岸ではインディ・ロックも人気だった。IncubusとかNirvanaとか、そういのにもはまってたね。

エレクトロニカ/IDMスタイルの音楽でとくに好きなモノは何でしょう?

Teebs:いまはとくにいない。誰かを聴いて、ものすごく興奮するというのは最近ないな。

通訳:では過去においてはどうでしょう?

Teebs:ドイツの二人組がいて、Herrmann & Kleineというんだけど、かなり変態。Guilty pleasure(やましい快楽)って言うの?

通訳:ドイツのエレクトロニカですか?

Teebs:そう。ストレートなエレクトロニカで、しかもかなりハッピーなサウンド。自分の彼女にも、それが好きなんて言わない(笑)。Herrmann & Kleineは密かに好き。それからコーネリアスもすごく好き。彼の音楽を聴いたときはぶったまげた。すごくクリエイティヴで遊び心に溢れてる。でも音楽的にも、とてもスマート。彼は天才だよ、大好き。

プレフューズ73との出会いについて話してもらえますか?

Teebs:インターネットなんだ。それから、プレフューズ73がLAに来たときに、友人に紹介してもらった。Gaslamp Killerとプレフューズ73が一緒にショーをやって、その時に友人が僕たちお互いを紹介してくれた。それ以来、彼とは連絡を取り合って、彼のアルバムのアートを僕が描いたんだけど、そのアルバムは結局リリースされなかった。すごく楽しみにしていたのに残念だったなぁ。プレフューズ73も「あのアルバムについては悪かった。最後で意向が変わったんだ。その代わりと言ってはなんだが、次のアルバムは音楽の面で一緒に作業できたらと思う」と言ってくれた。なのでギアをアートから音楽に切り替えて、一緒に音楽を作った。

テクノのDJ/プロデューサーでお気に入りはいますか?

Teebs:テクノの人の名前は全然知らない。でも最近はテクノやハウスについてたくさん学んでいるところ。僕にとってテクノは、家で聴く音楽でもないし、誰が好きと言ってその人の音楽をフォローする感じでもないし、自分でコレクションを持ちたいというわけでもない。だけど、クラブで誰かが、かっこいいテクノをかけていると、メロメロになっちゃって、クラブで酔っぱらいながらそのDJに「あんた、すげえカッコイイなあ〜!!」なんて言っちゃう。ブースのそばでめちゃくちゃ興奮してるやつ、よくいるだろ? 僕はそうなっちゃうタイプでね(笑)。

通訳:好きではあるんですね。

Teebs:大好きだよ。自分がその音のなかにいるのが好き。次の展開が読めずに音をそのまま楽しむのがすごく楽しい。

ドリーミーと形容されるとのとサイケデリックと形容されるのでは、どちらが嬉しいですか?

Teebs:言葉としては、サイケデリックという言葉はとにかく最高だよね。でも僕の作る音楽はどちらかというと、サイケデリックというより、ドリーミーだと思う。でも、僕も、もともとはサイケデリックな音楽を聴いていたから、サイケデリックのほうが嬉しいかな。でもどっちでもいいや(笑)。

新作の『エスターラ』というアルバム・タイトルの意味を教えて下さい。

Teebs:Estaraは、僕がアルバムを作っていたときに住んでいた通りの名前。言葉として、とても美しと思った。言葉の意味を調べていくうちに、スペイン語の「〜である(Esta=To be)」だとわかった。「〜である」というのは、物理的にそこにいる、という意味と、その時の精神状態という意味がある。僕のファーストアルバムを振り返って、今回のアルバムを合わせると、円を一周して、元の位置・状態に戻る、ということになる。以前の状態を経て今回の状態へとなる、という意味なんだ。

曲が、“Piano Days”〜“Piano Months”と続きますが、今作におけるピアノの意味について教えて下さい。

Teebs:ピアノの美しさや簡潔さを表現したかった。本当に素敵な楽器だ。

通訳:ピアノは弾けるんですか?

Teebs:ああ、遊び感覚ではよく弾くよ。君をうっとりさせるほど、ちゃんと弾けるわけではないんだけど(笑)、僕とピアノとしばらくの時間があれば、何らかのものは生れてくる。“Piano Days”〜“Piano Months”と一緒にしたのは、理由があって、このアルバムはリスナーにとって、口直しのようなものであってほしいと思っている。このアルバムを聴いて、頭がスッキリして、心身ともに白紙な状態に戻ってもらえたらいいと思う。“Piano Days”を聴いたあとに、リスナーにもう少し、そのアイデアの余韻に浸ってもらっていたかったから“Piano Months”を次に持ってきた。

“Hi Hat”、“NY Pt. 1”、“NY Pt. 2”など、シンプルな曲名が良いのは何故でしょう? 

Teebs:直接的だから。なるべく直接的であるようにしている。物事もなるべくシンプルであるのが良いと思うから。

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デイデラスは本当に大好きで、エレクトロニック音楽のプロダクションに興味を持ちはじめたのは、彼の音楽を聴いたからなんだ。普通のヒップホップのビートとは全く違うものだった。デイデラスのライヴを見て、すごく興奮した。


Teebs
Estara

Brainfeeder/ビート

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同じアメリカですが、カニエ・ウェストやファレル・ウィリアムスのような文化と、あなたがたの文化との大きな違いはどこにあるのでしょう?

Teebs:カニエの文化は、オーディエンスが大勢いるからそれに対応してアイデアやサウンドを表現していかなければいけない。そして、もっとポップの要素がたくさん入っている。それに比べて、僕たちの文化はもっと実験的で、ゆるくて、独特だ。僕たちの文化から生み出される良いアイデアが、フィルターを通して彼らの文化に表れている。そういう仕組みだと思う。みんな、僕たちの世界をのぞいて良いアイデアがないかと探す。それを彼らのプロダクションに活かすというわけさ。

通訳:それに対して否定的な感情はありますか?

Teebs:いや、ないよ。僕の作品から何かを取ったと聞いたら、それは一種の称賛として受け止める。僕がやっていることが評価されて取られているわけだから称賛だと思うね。本当にそっくりそのまま盗まれていたら否定的になるけど、それ以外だったら自分が正しいことをしているという意味だから、いいや。金のことはあんまり気にしない(笑)。

今後の予定を教えて下さい。

Teebs:Obeyの服のラインから洋服をリリースする。それは夏には出ると思う。とても楽しみにしている。プレフューズ73とは今後も、さらに一緒に制作をする予定。アメリカでアートの展示会をやる予定で、海外でも、もう何カ所かでやろうかと考えてる。去年、あまり活動的じゃなかったから、今年はいろいろな分野で活動していきたいと思っているよ。

※朗報! 5月23日、フライング・ロータス率いる《ブレインフィーダー》のレーベル・パーティーが史上最大スケールで日本上陸!

FLYING LOTUS
THUNDERCAT
TEEBS,
CAPTAIN MURPHY
TAYLOR MCFERRIN
MONO/POLY
AND MORE …

2014.05.23(FRI) 新木場ageHa
OPEN/START 22:00 前売TICKET¥5,500
※20歳未満入場不可。必ず写真付き身分証をご持参ください。
YOU MUST BE 20 AND OVER WITH PHOTO ID.
企画制作:BEATINK 主催:SHIBUYA TELEVISION 協賛:BACK CHANNEL

www.beatink.com

Flying Lotus (フライング・ロータス)
エレグラ2012、昨年のフジロックと急速に進化を続ける衝撃的オーディオ・ヴィジュアルLIVE『レイヤー3』、次はどこまで進化しているのか?その眼で確かめよ!

Thundercat (サンダーキャット)
昨年の来日公演でも大絶賛された天才ベーシストのバンドによる超絶LIVE!強力なグルーブとメロディアスな唄を併せ持つ極上のコズミック・ワールドへ!

Teebs (ティーブス)
1台のサンプラーから創り出される、超絶妙なグルーブ感と限りなく美しいアンサンブル。真のアーティストの神業に酔いしれろ!

Taylor McFerrin (テイラー・マクファーリン)
ロバート・グラスパーやホセ・ジェイムズと共演するなど、その実力でデビュー前から大注目を集めるブレイク必至の逸材が、遂にアルバムと共に来日!

Mono/Poly (モノ/ポリー)
超ヘビーなベースに、コズミックなサウンドスケープとグリッチなHIP-HOPビーツで注目を集める彼が遂に来日!

and more...

WATER(POOL):BRAINFEEDER DJs ステージ
● ブレインフィーダー所属のアーティスト達などによるDJ!

BOX(TENT):JAPANESE DJs ステージ curated by BRAINFEEDER
● ブレインフィーダーがキュレーションし選んだ日本人DJ達によるステージ!

ISLAND [メイン・バー&ラウンジ]:
BRAINFEEDER ON FILM& BRAINFEEDER POP-UP SHOP

● Brainfeeder On Film:映像作品上映エリア:ブレインフィーダーにゆかりの深い映像作品を一挙上映
● Pop-Up Shop:CDやアナログはもちろん、レーベルや関連アーティストのレアグッズを販売!
  この日しか買えないプレミアム・グッズも!
● Back Channel:人気ブランドBack ChannelとBrainfeederの限定コラボTシャツを販売!

ART:[LIVE PAINTING]&[EXHIBITION]
● ブレインフィーダー関連アート作品などの展示やライブ・ペインティングを展開!

※各ステージの更なる詳細は後日発表予定!

TICKET INFORMATION
前売チケット:¥5,500
●イープラス [https://eplus.jp]
●チケットぴあ 0570-02-9999 [https://t.pia.jp] (Pコード: 225-408)
●ローソンチケット 0570-084-003 [https://l-tike.com] (Lコード:72290)
●tixee(スマートフォン用eチケット) [https://tixee.tv/event/detail/eventId/4450]
●disk union (渋谷クラブミュージックショップ 03-3476-2627 /
新宿クラブミュージックショップ 03-5919-2422 /
下北沢クラブミュージックショップ 03-5738-2971 / 吉祥寺店 0422-20-8062)
●BACKWOODS BOROUGH (03-3479-0420)
●TIME 2 SHOCK (047-167-3010)
●FAN (046-822-7237) ●RAUGH of life by Real jam (048-649-6866)
●LOW BROW (042-644-5272) ●BUMBRICH (03-5834-8077)
●NEW PORT (054-273-5322) ●O.2.6 (026-264-5947)

【ビートインクWEB販売】>>> beatkart (shop.beatink.com)
[BEATKART限定!BRAINFEEDER4特製アート・チケットをお届け!!]

※20歳未満入場不可。必ず写真付き身分証をご持参ください。You must be 20 and over with photo ID.

[ INFORMATION ]
BEATINK : 03-5768-1277 / info@beatink.com
https://www.brainfeedersite.com/
企画/制作:BEATINK 主催:SHIBUYA TELEVISION 協賛:BACK CHANNEL
www.beatink.com

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