ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Columns ♯10:いや、だからそもそも「インディ・ロック」というものは
  2. Spiral Deluxe ──ジェフ・ミルズ率いるエレクトロニック・ジャズ・カルテットが7年ぶりにアルバムを発表
  3. Soundwalk Collective & Patti Smith ──「MODE 2025」はパティ・スミスとサウンドウォーク・コレクティヴのコラボレーション
  4. lots of hands - into a pretty room | ロッツ・オブ・ハンズ
  5. Mark Pritchard & Thom Yorke ──マーク・プリチャードとトム・ヨークによるコラボ・プロジェクトが始動
  6. Ethel Cain - Perverts | エセル・ケイン
  7. DREAMING IN THE NIGHTMARE 第1回 悪夢のような世界で夢を見つづけること、あるいはデイヴィッド・リンチの思い出
  8. Bon Iver ──ボン・イヴェール、6年ぶりのアルバムがリリース
  9. Kendrick Lamar - GNX | ケンドリック・ラマー
  10. つくって食べる日々の話
  11. ジャック・デリダ──その哲学と人生、出来事、ひょっとすると
  12. Various - Tempat Angker: Horror Movie OSTs & Sound FX From Indonesia (1971–2015) | Luigi Monteanni(ルイジ・モンテアンニ)
  13. Lambrini Girls - Who Let the Dogs Out | ランブリーニ・ガールズ
  14. Columns 夢で逢えたら:デイヴィッド・リンチへの思い  | David Lynch
  15. FKA twigs - Eusexua | FKAツゥイッグス
  16. Columns ♯9:いろんなメディアのいろんな年間ベストから見えるもの
  17. ele-king presents HIP HOP 2024-25
  18. DJ Python ──NYと東京をつなぐ〈PACIFIC MODE〉が、ライヴにフォーカスしたシリーズ第2弾を開催
  19. eat-girls - Area Silenzio | イート・ガールズ
  20. Columns 1月のジャズ Jazz in January 2025

Home >  Reviews >  Album Reviews > Shigeto- No Better Time Than Now

Shigeto

AmbientDowntempoFusion

Shigeto

No Better Time Than Now

Ghostly International/アートユニオン

Amazon iTunes

野田 努 Sep 10,2013 UP
E王

 日本人の名前を使ったザック・サギーノは、日系アメリカ人である。デトロイト在住というが、生まれと育ちはアナーバーで、アナーバーとデトロイトとは距離は近いが文化や環境は別モノ。デトロイトは、10万ちょいも出せば体育館ぐらいの部屋を借りられるような、地価があってないような都市だから、かつてのリクルーズのように敢えてそこを拠点に選ぶ若者もいると言えばいる。そして、かつてのリクルーズのように、シゲトの音楽からも彼がデトロイトにいることの影響がうかがえる。
 『No Better Time Than Now(いまよりマシな時代はない)』なる意味深なタイトルの今作は、シゲトにとって3枚目。2枚目では、彼の日本人の祖父の広島の実家の戦前の写真をアートワークに使っている。そのタイトルは『lineage(血統)』、彼の血筋へのロマンティックな思いが込められた詩的なアルバムだ。

 エレクトロニック・ミュージックは、ベース・ミュージック・シーンではなくとも、あらかじめハイブリッド音楽として展開している。デトロイト・テクノ自体が黒い土壌で白い文化(あるいはYMO)を受け止めながら醸成されているし、また、ヒップホップの方法論があらかじめ何でもアリと言えば何でもアリなのところがあるので、文化的に開かれていることの快感がある。シゲトが文化的空想に耽ることが許される音楽と言えるわけで、そして彼は自身の甘い空想力を音に変換することに長けている。
 
 『No Better Time Than Now』は、フライング・ロータス『アンティル・ザ・クワイエット・カムズ』以降のもっとも美しい作品ではないだろうか。ジャズ/アンビエントへとアプローチしたLAビーツを、言わばロニー・リストン・スミスの方向にハンドルを回している。マシーンドラムの新作のように、今日のビート・シーン/クラブ・ミュージックのいち部が「洗練」へと向かっていることにも同期しているのだろうけれど、シゲトのコレは、あまりにもロマンティックなのである。アルバムを通してやけに滑らかで、一時期のビビオや昔のボーズ・オブ・カナダにあったものがここにあるというか。
 だが、しかし彼はこの甘ったるい音楽で、昔は良かったなどとは言わせない。ドラム・プログラミングの多彩さ、フワフワの音響とエレピの甘いメロディとの掛け合いは、たった1回聴いただけで持っていかれる。ゴールド・パンダとオリーヴ・オイルとの溝を、いや、デトロイト・テクノとフライング・ロータスとの溝を埋める音楽を探している人にはこれを推薦したい。本当、いいっすよ。

野田 努