ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Lucy Railton - Blue Veil | ルーシー・レイルトン
  2. interview with Rafael Toral いま、美しさを取り戻すとき | ラファエル・トラル、来日直前インタヴュー
  3. Nazar - Demilitarize | ナザール
  4. Columns 高橋康浩著『忌野清志郎さん』発刊に寄せて
  5. Autechre ──オウテカの来日公演が決定、2026年2月に東京と大阪にて
  6. R.I.P. Brian Wilson 追悼:ブライアン・ウィルソン
  7. GoGo Penguin - Necessary Fictions | ゴーゴー・ペンギン
  8. 忌野清志郎さん
  9. Columns 対抗文化の本
  10. Rafael Toral - Spectral Evolution | ラファエル・トラル
  11. R.I.P.:Sly Stone 追悼:スライ・ストーン
  12. interview with caroline いま、これほどロマンティックに聞こえる音楽はほかにない | キャロライン、インタヴュー
  13. PHYGITAL VINYL ──プレス工場の見学ができるイベントが開催、スマホで再生可能なレコードの製造体験プログラム
  14. Dean Blunt - The Redeemer  | ディーン・ブラント
  15. These New Puritans - Crooked Wing | ジーズ・ニュー・ピューリタンズ
  16. Columns The Beach Boys いまあらたにビーチ・ボーイズを聴くこと
  17. Swans - Birthing | スワンズ
  18. world’s end girlfriend ──無料でダウンロード可能の新曲をリリース、ただしあるルールを守らないと……
  19. Ches Smith - Clone Row | チェス・スミス
  20. interview with Autechre 音楽とともにオーディエンスも進化する  | オウテカ、独占インタヴュー

Home >  Reviews >  Album Reviews > Shigeto- No Better Time Than Now

Shigeto

AmbientDowntempoFusion

Shigeto

No Better Time Than Now

Ghostly International/アートユニオン

Amazon iTunes

野田 努 Sep 10,2013 UP
E王

 日本人の名前を使ったザック・サギーノは、日系アメリカ人である。デトロイト在住というが、生まれと育ちはアナーバーで、アナーバーとデトロイトとは距離は近いが文化や環境は別モノ。デトロイトは、10万ちょいも出せば体育館ぐらいの部屋を借りられるような、地価があってないような都市だから、かつてのリクルーズのように敢えてそこを拠点に選ぶ若者もいると言えばいる。そして、かつてのリクルーズのように、シゲトの音楽からも彼がデトロイトにいることの影響がうかがえる。
 『No Better Time Than Now(いまよりマシな時代はない)』なる意味深なタイトルの今作は、シゲトにとって3枚目。2枚目では、彼の日本人の祖父の広島の実家の戦前の写真をアートワークに使っている。そのタイトルは『lineage(血統)』、彼の血筋へのロマンティックな思いが込められた詩的なアルバムだ。

 エレクトロニック・ミュージックは、ベース・ミュージック・シーンではなくとも、あらかじめハイブリッド音楽として展開している。デトロイト・テクノ自体が黒い土壌で白い文化(あるいはYMO)を受け止めながら醸成されているし、また、ヒップホップの方法論があらかじめ何でもアリと言えば何でもアリなのところがあるので、文化的に開かれていることの快感がある。シゲトが文化的空想に耽ることが許される音楽と言えるわけで、そして彼は自身の甘い空想力を音に変換することに長けている。
 
 『No Better Time Than Now』は、フライング・ロータス『アンティル・ザ・クワイエット・カムズ』以降のもっとも美しい作品ではないだろうか。ジャズ/アンビエントへとアプローチしたLAビーツを、言わばロニー・リストン・スミスの方向にハンドルを回している。マシーンドラムの新作のように、今日のビート・シーン/クラブ・ミュージックのいち部が「洗練」へと向かっていることにも同期しているのだろうけれど、シゲトのコレは、あまりにもロマンティックなのである。アルバムを通してやけに滑らかで、一時期のビビオや昔のボーズ・オブ・カナダにあったものがここにあるというか。
 だが、しかし彼はこの甘ったるい音楽で、昔は良かったなどとは言わせない。ドラム・プログラミングの多彩さ、フワフワの音響とエレピの甘いメロディとの掛け合いは、たった1回聴いただけで持っていかれる。ゴールド・パンダとオリーヴ・オイルとの溝を、いや、デトロイト・テクノとフライング・ロータスとの溝を埋める音楽を探している人にはこれを推薦したい。本当、いいっすよ。

野田 努