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1970年代風のジャケットのアートワークや『フィーリングス』というタイトルを含め、ブリジャンはドリーミーでロマンティックなスタイルを追求するアーティストだ。カリフォルニアのオークランドを拠点に活動する彼らは、ダグ・スチュアートとブリジャン・マーフィーという男女ふたりからなるユニット。
ベーシストのダグ・スチュアートは、エンジョイアーというジャズ・ロック・バンドに参加するほか、昨年は『ファミリア・フューチャー』というソロ・アルバムをリリースしている。セッション・ミュージシャンとしてもベルズ・アトラス、ルーク・テンプル、ジェイ・ストーン、メーナーなどの作品に関わってきた。
パーカッション奏者兼ドラマーのブリジャン・マーフィーは、カリフォルニア大バークレー校の仲間で結成したジャム・ロック・バンドのウォータースライダーを経て、セッション・ミュージシャンとして活動してきた。エレクトロ・ポップ~ディスコ・ユニットのプールサイドはじめ、トロ・イ・モワやU.S.ガールズのレコーディングやツアーなどをサポートしている。
ブリジャン・マーフィーがいろいろなミュージシャンと仕事をしていくなか、ダグ・スチュアートと出会って意気投合し、2018年にふたりのコラボレーションとしてブリジャンがはじまった。ユニット名が表わすようにシンガーでもあるブリジャン・マーフィーをフロントに立て、それをベースからキーボード、プログラミング機材などをマルチに扱うダグ・スチュアートがプロデュースして支えるという格好だ。そして、2019年初夏にファースト・アルバムの『ウォーキー・トーキー』を地元オークランドの〈ネイティヴ・キャット・レコーディングス〉からリリース。プールサイドにも共通するトロピカルなテイストが特徴的で、ブリジャン・マーフィーのパーカッションがラテン的な哀愁を加えていく。
一方、彼女のコケティッシュな歌声にはヨーロッパ的なアンニュイさがあり、そうしたUS西海岸ともラテンともヨーロッパともつかない無国籍感、キッチュさやいかがわしさがブリジャンの魅力だと言えよう。ハウスやディスコなどのエレクトリック・ビートを用いながらも、パーカッション使いに見られるようにオーガニックな質感を湛えており、サンセット・ビーチが似合うバレアリック・サウンドの一種と言えるものだった。
それから約1年半ぶりのニュー・アルバムが『フィーリングス』である。今回は〈ゴーストリー・インターナショナル〉からのリリースで、2020年夏に先行シングルとして “ムーディー” が発表された。“デイ・ドリーミング” や “パラダイス” などのタイトルはまるでフェデリコ・フェリーニやミケランジェロ・アントニオーニなど昔のヨーロッパ映画的なネーミングで、ミュージック・ビデオもソフト・サイケな作りとなっている。こうした白日夢のような甘美な佇まいは、トロ・イ・モワのチルウェイヴ期の傑作アルバム『コウザーズ・オブ・ディス』(2010年)や『アンダーニース・ザ・パイン』(2011年)の世界を思い起こさせる。これらのアルバムにはビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』(1966年)にはじまって、モリコーネなどイタリア映画のサントラの影響も詰まっていたので、ブリジャンについてもその影響下にあると言えるかもしれない。
トロピカル・ムードに包まれた “オーシャン”、スロー・テンポのボサノヴァ曲 “ラサード・イン・ゴールド” などはまさにサントラやライブラリー・ミュージックの世界。“デイ・ドリーミング” はカテゴライズすればハウスになるが、キーボードの音色は1970年代のムード音楽とかジャズ・ファンクのようで、アンドレア・トゥルー・コネクションのディスコ・クラシック “モア・モア・モア” (1975年)あたりが下敷きになっているのではと思わせる。
ジャズ・ファンク調の “ワイファイ・ビーチ” に見られるように、演奏がしっかりしている点もブリジャンの特徴だ。スローモー・ディスコの “パラダイス” ではストリングスも交えた秀逸なアレンジを見せる。そして、“フィーリングス” に象徴されるように、ブリジャン・マーフィーの歌声はとことんフワフワとして掴みどころがない。歌声を楽器の一部として用いていて、ムード音楽やサントラなどにおけるスキャットと同じ効果をもたらしている。ロマンティクでドリーミーな “ヘイ・ボーイ”、ジャジーな夜の雰囲気に包まれた “ムーディー” などダンサブルなディスコとラウンジをうまく結びつけるところは、かつてのフレンチ・タッチのなかでもお洒落でサントラ的な音作りに長けていたディミトリ・フロム・パリスの『サクレ・ブリュ』(1996年)を思い起こさせる。
小川充