「IR」と一致するもの

Arcade Fire - ele-king

 「アメリカには住みたくない」……ウィン・バトラーは歌っていた。2007年のことだ。そしておそらく、この頃アーケイド・ファイアははじめのピークにいた。LCDサウンドシステムが「オレたち北米のクズ」と歌っていた2007年、ポール・トーマス・アンダーソンがアプトン・シンクレアの社会主義小説『石油!』を映画『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』においてアメリカの大地に眠る血の物語として翻案し、フランク・ダラボンが『ミスト』でスティーヴン・キングの小説の結末を改変してまで反米を表明し、コーエン兄弟がコーマック・マッカーシーの小説を映画化した『ノーカントリー』でアメリカの倫理の崩壊を描いていた2007年、ブルックリンは実験とトライバルと非アメリカを目指し、M.I.A.を筆頭に非西欧のビートが鳴り響いていた2007年……。そのアルバム、『ネオン・バイブル』はあまりにも時代と合致していた。戦時下において「爆弾がどこに落ちるか教えてくれ」と言うのはそれ以上ないほど政治的な振る舞いだったが、しかしながら、アルバムのエモーションの出口は「アメリカには住みたくない」の続きにこそあった。「わたしたちは、飛行機が行かない場所を知っている/わたしたちは、船が行かない場所を知っている/わたしたちは、車が行かない場所を知っている」……疾走するビートとともにそう告げる“ノー・カーズ・ゴー”はまさに、アンセムだった。そこは「光がまたたき、夢が始まる場所」で、そして彼らは、「おんなこども」に向けて、「行こう!」と叫んだのだった。

 その脱出宣言があまりにも鮮烈だったため、政権交代を挟んだ2010年作『ザ・サバーバス』で彼らが――とりわけウィン・バトラーが――生まれ育った郊外へと幾分メランコリックに立ち返ったことは、なんだか後ろ向きな所作に思えたのが正直なところだった。テキサスで生まれ育ち、そして本当にアメリカを「脱出した」バトラーが、アメリカの変化を国外から眺めてノスタルジックな気分になったのだろうかと疑ったし、何より、郊外というテーマそのものがいかにもアメリカ的で、それこそインディペンデント映画では2000年前後にすでに一斉に取り組まれた題材でもあった。自分が子どものころに育った地区の住所を入力するとその辺りの風景が映し出される「インタラクティヴな」ヴィデオもアイデアとしては面白かったが、アメリカン・ロックにかなりの部分で取り組んだサウンドとも相まって、ぐるぐると自分の家の近所の景色が回るその映像を見ながら何とももどかしい気持ちになったのだった。そのアメリカとの愛憎の深さこそが、アーケイド・ファイアの業であり、生々しさだったとしても。

 LCDサウンドシステム、そして〈DFA〉のプロデューサーであるジェームズ・マーフィを新作でプロデューサーに迎えると聞いたときも、期待半分、不安半分といったところだった。サウンド面でのチャレンジとしての起用は間違いなかったが、彼とて一時代を築いて自ら表舞台を降りた人間である。それ以上に、新たなインディ・スターとなったヴァンパイア・ウィークエンドの今年の新作が決定的だった。なんて軽快なんだろう……そう思った。自分たちがいる場所に宗教対立や格差や政治的な問題があるとして、それをじゅうぶん踏まえた上で、軽やかに楽しんでしまおうとするその態度こそ、現代的でスマートな知性に思えたのだ。アーケイド・ファイアのある種の悲壮さというものはつまり、暗い時代(それはある意味、わかりやすく暗い時代、ということだが……いまとなっては)に召喚される宿命だったのではないか……と。イラク戦争がはじまって間もない2004年の『フューネラル(葬式)』での登場がそもそも、出来すぎていたのだ。

 しかしそれでも、アーケイド・ファイアは世界中の期待を背に還ってきた。2013年、アーケイド・ファイアはどこにいるのだろう。アメリカではスティーヴン・スピルバーグが『リンカーン』においてそれでもオバマ政権支持を匂わせ、ニール・ブロムカンプが『エリジウム』で格差社会とその世界での「国民皆保険」を夢想し、世論がシリアと戦争をさせなかった2013年に……。
 驚くべきことに、アーケイド・ファイアは中米ハイチのカーニヴァルにいる。あるいは、70年代のディスコに。かと思えば80年代のニューウェーヴが煌く英国に、70年代後半のボウイがいたヨーロッパに……。バロック・ポップと呼ばれる彼らの徴となったスタイルも、あるいは大陸的なアメリカン・ロックの要素もかなり後退している。ダブル・アルバムとなった『リフレクター』はアーケイド・ファイアがリズムにおいて、そしてその音楽性において、大胆な変身に成功したアルバムだ。そして何より、雑多なジャンルをまたぐこの無国籍な佇まいは、彼らをついにアメリカを巡る物語の呪縛から開放しているように聞こえる。
 リード・トラック“リフレクター”がまず、ジェームズ・マーフィとのタッグの成功を高らかに宣言する。バウンシーなハウス・ビートと重くならないベースのグルーヴ、指先のタッチでジャンプする鍵盤と、息がたっぷり吹き込まれるブラス。そのディスコ・トラックはバンド史上もっともセクシーに響く。“ウィー・イグジスト”はR&Bとニューウェーヴが合体したかのようで、“ノーマル・パーソン”にはトーキング・ヘッズもウェルヴェット・アンダーグラウンドもいる。ビートがモータウン調に跳ねる“ユー・オールレディ・ノウ”にしても、シンセが反復する“アフターライフ”にしても、聴きどころの中心はリズムにある。2枚目はとくに内省的なムードがあるものの、全体としてはダンス・アルバムと言っていいだろう。
 なかでも象徴的なのは、ハイチをはじめとする中南米のカーニヴァルからインスピレーションを受けているだろう“ヒア・カムズ・ザ・ナイト・タイム”だ。このトラックは猥雑な街のざわめきからはじまり、スチール・パンとパーカッションとシンセがゆったりとしたグルーヴを演出するが、4分30秒を過ぎた辺りで打楽器が連打されて怒涛のダンス・タイムに突入する。「気をつけろ、夜がやって来る」……しかしその警告は、同時に祝祭の宣言だ。本作のイメージには映画『黒いオルフェ』が繰り返し引用されているが、そのカーニヴァル・シーンを思い出しもする(舞台はブラジルだ)。

 アーケイド・ファイアは何を祝っているのだろう? 歌詞に目を通せば、相変わらず死について触れるモチーフが散見されるし、あるリレーションシップにおけるすれ違いや誤解が歌われているようだ。けれども、自分たちを無視しようとする者たちに対して「でも僕たちは存在している」と実存を主張する“ウィ・イグジスト”や、「普通のひと」の不気味さを抽象的に描写する“ノーマル・パーソン”が印象に残る。それは彼らが、「おんなこども」に向けて呼びかけていたことを僕に思い出させる。
 『リフレクター』は、世界中に散らばったダンス・サウンドの断片をかき集めることによってある種の「祭」を出現させるアルバムだ。それはあの日、あのエクソダスを信じた人間たちを集めて繰り広げられるカーニヴァルに違いない。アーケイド・ファイアは現れたときからすでに死とともにあったが、しかし葬式を祭典と解釈したのは他ならぬ彼らだった。死からはじまるダンス。黒いオルフェは悲恋の末に無残な死を迎える。だが、映画の終わり、子どもたちは新たなオルフェの再来を確信している。そしてまた、季節はカーニヴァルのはじまりを告げるだろう。

 ショー尽くしの夏、野外フェスも一通り終り、と油断していると、もうこの季節。10月といえばカレッジ・ミュージック・マラソン(CMJ)、今年で33回目を迎える。1ヶ月前あたりから来るメディアからのメールはほとんどCMJショーケースへのお誘い。オープンバー、フリーショー、フリーなんとか、とにかく人に来てもらおうと、エージェンシー、メディアの攻撃は後を絶たない。バンドは朝から晩まで1日数回プレイするのが当たり前。サヴァイヴァル・ガイドまで出る始末

 オフィシャル・ショーだけでも1400ものパフォーマンスがあるのに、それに乗っかるアンオフィシャル・ショーも多い、それだけをピックアップした記事まである

 2013のハイライトはディスメンバメント・プラン、コートニー・バーネット、ジョアンナ・グルサム、ホワイト・デニムあたり。

著者のハイライトは
1. ファーザー・ジョン・ミスティ(ex.フリート・フォクシーズ)
2. リアル・エステイト
3. エレノア・フレイドバーガー
4. ヤマンタカ//ソニック・タイタン
5. パルベアー
6. ヤック

■10/15(火)
1日目、バッジをピックアップにジャドソン・メモリアル・チャーチへ。朝一(10時頃)に行ったが、アーティスト、レーベル、プレス、一般客が途切れなく来る。大きなスポンサーはチャンピオンで、会場に何体かマネキンがディスプレイされていた。ソニックビッズ(sonicbids.com)、サウンド・エクスチェンジ(soundexchange.com)、メール・チンプ(mailchimp.com)他、アヴェニューライヴ(avenuelive.com/claim)、ミュージック・グルー(musicglue.com)、カオティカアイボール(kaoticaeyeball.com)、インディゴーゴー(indiegogo.com)などのスポンサーのブースがある。フルバッジは$549、学生は$325。

 夕方に、リヴィングトン・ホテルのペントハウスでのパーティにお邪魔した後は、近場のマーキュリー・ラウンジへ。前日チャイナ・タウンのバーで見たノーノーノー(スウェーデンの女の子)を偶然キャッチ。ドアガイまでがノーノーノーのニット・キャップを被っている。ブルックリンに戻り、ミュージックホール・オブ・ウィリアムスバーグへ、トゥルー・パンサー・ショーケースを見に行く。着いたらちょうどエンプレス・オフが始まったばかり。2(男/女)シンセに1(男)ドラム、女の子がグライムス/チャーチスみたく、シンセをプレイしながら歌う80年代ドリーミー・シンセ・ポップ。
 次は、ロスアンジェルスR&Bシンガー、ケレラが登場。最近リリースしたミックス・テープ『カット4ミー』がピッチフォークで良いレヴューを得ていたので、興味はあったが、90年代のポップをより現代的に、よりミニマルにした、DJと彼女(歌)のみのシンプルなセットは、この会場では小さすぎるかな。
 今日のハイライト、グラッサーの登場。メンバーは、グラッサーことキャメロンとアジア人の女の子がドラム、鉄琴などシルバー系の音を出す。プロジェクターが左にひとつとバックにひとつ(ふたつとも違う映像を映す)。青い空、シルバーのうねりなど曲ごとに映像が変わり、ドラムが和太鼓な感じとビョークを思わせるヴォーカルが重なり、日本昔話(!)のテーマ曲のようなエキゾチックさを醸し出す。
 この日のショーケースで、3バンドみたが、偶然か全て女の子が中心だった。カメオに戻り、ハンターズを見る。『ヴィレッジ・ボイス』の表紙を飾るなど話題になっていたが、ブロンディとヤーヤーヤーズを足した感じで曲の印象は特になし。

■10/16 (wed)
 2日目、ブルックリン・ボウルへラヴ・ライフを見に行く。セレブレーションのカトリーナ・フォードの昔のバンドか、と思ったら、全く違うUKのバンドで、あまりピンと来なかった。人はかなり入って、他の都市でもソールドアウトが続出らしい。うーむ。
 ニッティング・ファクトリーに移動し、コラムでも紹介した、ミシェル率いるパナシェ・ショーケースへ(panacherock.com)。目当ては、ヤマンタカ//ソニック・タイタン。カナダのバンドだが、Cポップ、Jポップ、プログレ、ヘヴィ・メタル、インダストリアルなどがミックスされ、鬼+歌舞伎のメイクアップで羽織姿のメンバーもいる。かなりミステリアスだが、ライヴではメンバー6人、シアトリカルで、シューゲイズで、白の羽織を着たメンバーを見て、ヘヴィメタルな能を見ている気分になった。

■10/17(thu)
 3日目は、ピーツ・キャンディズ・ストアからはじめる。ライオット・アクト・メディア(riotactmedia.com)のハッピーアワー・パーティへ行くが、バンドを見逃す。トレスが終わったところだった。そのまましばらくハングアウト。285ケントに移動しパナシェ・ショーケースを見に行く。スピーディ・オーティスを見たかったが、CMJパスはソールドアウト。
 隣のグラスランズで、ゴリラvsベアのパーティ(gorillavsbear.net)がおこなわれていたので、そっちをチェック。欲張ってまた隣のディス・バイ・オーディオへビーツを見に行くと「CMJじゃないけど」と言われる。DIY会場はCMJは関係なく大体通常営業なのだ。
 マンハッタンに戻り、バワリーボールルームへリアル・エステイトを見に行く。いつ見ても、隣のお兄さんな感じが全く嫌味がないが、それでいて演奏も歌もタイト。もうすぐリリースされる新作からの曲が多かったが、昔の曲になるとみんなでシンガ・ロング。
 ベースプレイヤーが終始喋り「みんな乾杯!」とウイスキーをボトル飲みする。メンバーもビールを何度もお代わりする(ステージで)。

■10/18(fri)
 4日目、そろそろマラソンも疲れてきた。人でいっぱいのローワーイーストサイドを抜け、ダムダム・ガールズのドラマー、サンドラのバンド、シスを見にディランシーへ。ニューウェイヴィーなグラム・ロック。
 バワリーボールルームへ、2013CMJのスポンサーであるチャンピオンのショーケース、エレノア・フレイドバーガーを見る。観客は30歳後半~の男性多し。「今日は3回目の曲もあるわよ」、「私の3つの好きなもの、チャンピオン、ハイロード・ツアリング、CMJ」などCMJを意識したMC。サイケデリックなベルべットのブルージャケットに、柄シャツ、ジーンズ、カウボーイブーツがハマるのは彼女ぐらい。ベースの女の子とのハーモニーも美しく、相変わらずパティ・スミスのような圧倒的存在感を醸し出していた。
 マーキュリー・ラウンジにヤックを見に来る。ギタープレイヤーはラテン系、ギター・ヴォーカルは、短髪の白人、ドラマーはフワフワ・ヘアの白人、ベースは日本人女子。メインのヴォーカルが抜けたらしいが、それを感じさせないほど演奏もタイトで、イーノンっぽく男女が交互にヴォーカルをとる。ドライヴィンで90年代なジャングリー・ギターポップ。

■10/19(sat)
 5日目、最終日である。ブルックリン・ヴィーガンのショーケースは行かない訳にはいかない。CMJで見たかったバンドがほとんど揃ってるし、オープンバー(セイラー・ジェリーラム)に、エナジーバーやチップスも無料。前日にオープンした新しい会場のベイビーズ・オール・ライトへ。広い! 
 今日の目当ては、この日に発表されたスペシャルゲストのポールベア。アーカンソー出身のヘヴィ・メタル・バンド。ロングヘアーと髭な硬派な4人組で、どこから集まったのか、前の方は男しかいない。昼からみんなきまってる。このショーケースの客は、2タイプに分かれる。バンドを見に来る客、ハングアウトしたい客、後者は多分一日中いる。
 その後、スーパーチャンクのマック・マクコーガン、メアリー・ティモニー(ワイルド・フラッグ)のニューバンドのエックス・へックス、そして今回のCMJでバズなジョアンナ・グルーサムなどなど続くが、次へ進む。

 CMJの最後に最高のショーを見た。元フリート・フォクシーズのドラマーの、ジョシュア・ティルマンのソロ、ジョン・ファーザー・ミスティ。たったひとり、アコースティック・ギターと声だけで、最初から最後まで、全く飽きなかった。セットには、コート・ラック、マイク、テーブルにワインボトルとグラス、ラウンジーなライトアップ。ジャケットをきたティルマンが、巨大なバニーの頭を被った女子を連れて登場。彼女を椅子に座らせ、脇に置いていたギターをかかえる。彼女は、セットの間ずっと座っている。彼は、香水とタキシードが似合うダンディさで、声はニュートラル・ミルク・ホテルとRケリーを足し、カントリー、ブルーグラス、ロックな曲調。ショーはWebキャストされていたのだが、曲の途中で、アイフォンの等身大が彼の前にセットされる。「ウェブキャストを見ている人に、これをアイフォンで写真に撮って送り、受けた人がまた写真に撮って送って!」と煽り、テーブルのワインをグラスに注ぎ、そのままワインを垂れ流したり、コートを脱いで、コートラックにかけたり、何かと芸がある。
 観客からヤジが飛んでも、「今日はスパイシーな観客だな」と飄々とし、「CMJ期間にプレイするのははじめて。ヘヴィ・メタル・バンドと会場をシェアできるのを光栄に感じるよ」「CMJ? 長い間知らなかったよ。コーポレートの宣伝だろ?」とブラック・ユーモアも飛ばす。チューニングしているあいだも「おっとWebキャストされてるからな」とエンターテインメントにこと欠かない。音楽ショーというかコメディーショーのようで、日本人にも分かりやすいクリアな発音にも助けられた。
 ちなみに前座が、ケイト・バーランドというコメディアンだったのだが、彼女もアコースティク・ギターをいれたセットで、コメディ&ミュージック・ショーは新しいトレンドになるかも。まわりはいままでの観客と違い、ゴージャス系の女子が多い。さすが香水(イノセンス・バイ・ミスティ)をプロデュースするだけある。
 この後、ブルックリン・ヴィーガンにジョアンナ・グルーサムを見に行く予定は切り上げ、ミスティの余韻に浸ったCMJ最終日だった。長いマラソン終了。
 いろいろ言われるCMJだが、NYにいると避けて通れないのが事実。PR関係なく良い物をピックアップし、できるだけ生の情報を提供するには、何を信じるか。多すぎる情報に飲まれないように、実際足を運び、自分の目で確かめていきたい。

ジャパニーズ・ハウス・ライジング - ele-king

大衆音楽の世界において、外国人にとって日本といえば、YMOやテクノの印象が強い。しかし、この10年で、日本の90年代ハウスが再評価されているということをあなたは知っているか。在日フランス人DJがジャパニーズ・ハウスの魅力をいま語る!

 僕はもともとはヒップホップを聴いていたので、白人ゲイが好むハウスやテクノとは絶対一緒されたくなかった。若い頃は自分のアイデンティティを作る時期なので、余計にオープンマインドじゃないんですよね。
 もっともそれは少年時代の話で、もうちょっと年とったときには、ハウスやテクノは僕が持っていたイメージと全然違うことを知るようになる。とくにヒップホップとハウスのルーツが実はそれほど離れてないってことを知ったときは衝撃だったな。じょじょに興味を持って、そして自分のなかのハウスやテクノのイメージが変わっても、日本にハウス・シーンがあることをまったく知らなかった。僕にとってハウス=アメリカ(80%)とヨーロッパ(20%)だった。それ以外の場所にハウスやテクノは存在していなかったんです。

 ジャパニーズ・ハウスの存在を知ったのは、2005年~2006年、初めて日本に来たときだった。渋谷のディスクユニオンに通って、ジャパニーズ・ハウスのレコードを偶然手にした。でも……それは正確な言い方ではないね。正確に言えば、僕が初めてジャパニーズ・ハウスと出会ったのは子供の頃だったんだと思います。当時はまったく意識はしていませんでしたが、日本のビデオ・ゲームが大好きで、ゲームでよく遊んでいた僕は、自然にゲーム音楽を聴いていたんですね。それがいま思えば、ジャパニーズ・ハウスの原型だったように思う。SEGAの「Sonic 2」, 「Bare Knuckles 2」などのBGM音楽はまさにジャパニーズ・プロト・ハウスです。
 みなさん、是非「Sonic 2」の“Sky Chase Zone”という曲を聴いてみてください! ChordsがシカゴのLarry Heardを彷彿させる、気持ちいい曲なんです。そして「Bare Knuckles 2」の“The park”, “The Bar”,“The opening streets”といった曲も。ゲームのBGMなので音のクオリティはよくないんですが、言いたいことが伝わると思います。つまり、僕はその頃から、ジャパニーズ・ハウスのVibeに染められていたのです。

 ディスクユニオンに戻りましょう。僕は、ちょうどその頃、90年代NYハウスにハマっていたんです。とくにBLAZEが好きだったな。ある日ディスクユニオンで見つけた小泉今日子の「Koizumix Production Vol. 1 - N.Y. Remix Of Bambinater」という12インチ・レコードに、“BLAZE remix”と書いてあったんです。早速、試聴した。それがジャパニーズ・ハウスとの最初の出会いです。
 BLAZEだからジャパニーズ・ハウスじゃないじゃん! って思う人も当然いるだろうけど、僕にとってヴォーカルが日本語だったので、それだけでも充分面白くて、ジャパニーズ・ハウスだったんです。日本語のヴォーカルがハウスにMixされている、これだけでとても衝撃的だったんです! 格好いい! って思ったんですね。ヨーロッパでプレイしたら、絶対にクラバーやDJたちは「なにこれ? なにこれ??!!」ってなると思ったんですね。もう、聴いた瞬間、とてもわくわくしました。
 そして、このレコードの“Sexy Heaven (King Street Sound Club Mix)”という曲で、初めてジャパニーズ・ハウスのことを意識した。
 同じ頃、Masters at Workの曲を必死探していたおかげで、MONDO GROSSOのことも知った。“Souffles H (King St.Club Mix)”という曲に出会ったことも嬉しかったな。まあ、MAWのプロダクションだから日本Vibeがあんまりないんだけど、一応バンドが日本人なので(笑)。BIRDがヴォーカルをやっている“Life (Main)”というMONDO GROSSOの曲もよかった。
 こうして僕は、じょじょにジャパニーズ・ハウスのこと知っていった。しかし、実を言うと、不満も感じていたんです。これ全部アメリカ人のプロデュースだったり、アメリカのレーベルの出版だったりしていたからです。
 でも、正直、見つけたばかりの頃は、そんなことよりも「日本でも国内のシーンがあったんだ!」という驚きと興奮が強く、「アメリカとのコラボいろいろあったんですね!」という感じでした。シーンとしてのジャパニーズ・ハウスのことはまだ意識していなかったです。本格的にジャパニーズ・ハウスを意識するのは、2008年、日本に戻ったときでした。

 当時渋谷にはYELLOW POPという中古レコード店がありました。僕がよく通っていたお店のひとつです。最初はハウス・セクションしか見ていなかったのですが、たまに時間つぶしでJ-POPセクションも見ていました。そこで見つけたのがPizzicato Fiveの『Pizzicato Free Soul 2001』です。
 Pizzicato Fiveのことは当時すでに知っていたけれど、僕は渋谷系のバンドとしてしか認識してませんでした。ただし、その盤は「Remixes」という言葉をアピールしています。で、クレジットを見たら、富家哲さん、Tei Towaさんなどの名前があります。リリース日付を見たら93年。90年代ハウスの大ファンである僕にとって必須な1枚です。
 そして、A2の“Catchy (Voltage Unlimited Catchy)”でものすごい刺激をうけたんですね。鳥肌が立ったんです。曲がやばいから鳥肌が立ったのではない。「日本でも僕が大好きな90年代ディープ・ハウスを作っていたプロデューサーがいた! アメリカみたいに、当時の人気POPバンドのハウス・リミックスを作っていた! そんなシーンが存在していたんだ! だったら絶対Digしてやる!」と思ったからです。探してもいなかった宝物が見つかったという感じです。当然、その“Catchy”という曲がすごい曲だからっていうのもありました。ディープなガレージ・ハウスにPizzicato Fiveのリード・ヴォーカルの甘い声が最高の組み合わせでしたからね。

 こうして僕はジャパニーズ・ハウス・シーンから離れられなくなっていました。日本に来る前にはジャパニーズ・ハウスなんてまったく知らなかったくせに、もうそれ以来、ジャパニーズ・ハウスの80年代~90年代のプロダクションを探すに必死になっています!
 そして、僕のなかで、日本でのハウス・シーンのイメージがアバウトに出来上がっていきました。大きく分けるとふたつのグループ頭のなかにあります。
 ひとつ、100%国内プロダクション(日本人のハウス・プロデューサーが単独で曲を作ったり、国内の人気ポップ・アーティストのリミックスなど)。
 もうひとつ、海外DJが日本のポップ・アーティストをリミックスした曲(主にアメリカのNYCのハウス・プロデューサー。MAW, Kerri Chandler, Blaze, Pal Joey, Mood II Swingなどなど)。
 不思議なことに海外ポップ・アーティストをリミックスしたジャパニーズ・ハウス・プロデューサーほとんどいない(富家さんはDef Mixに入っていたから、例外です)。このふたつの大きいグループを合わせて、日本のハウス・シーンが成立していました。後者はもちろんですが、前者も音的にアメリカに影響を受けていました。91~93年の福富幸宏さん、寺田創一さんなどのプロダクションを聴くとわかりやすい。

[[SplitPage]]

 僕は日本の音楽のさまざまなジャンルが好きです。そして、どんなジャンルにおいても、アメリカからの影響を感じます。90年代のジャパニーズ・ハウスも例外ではないですね。70年代、80年代、90年代でDJ活動をはじめた日本人の多くがアメリカに滞在しています。長い旅をしたことがあります。たとえば福富さん、寺田さん、Tei Towaさんたちはその道を歩いて、日本に戻ったときに、アメリカのディープ・ハウスに影響された音を生み出している。有名な〈KING STREET〉を作ったのも日本人石岡ヒサさんです。
 ちなみに何故〈KING STREET〉という名前を選んだか、知っていますよね? 伝説のクラブ〈PARADISE GARAGE〉の住所が「KING STREET 84」だったからです。クラブ・ミュージックのはじまり、伝説のスタートポイントです。Larry Levanがレジデントだったクラブです。
 40代~50代の日本人のクラブ関係者/DJと話していて気がつくのは、Larryを神様みたいな存在として思っていることです。さて、この先は僕の個人的な仮説です。多くの日本人が70年代~90年代初頭にLarryにあこがれて、聖地巡礼に出るようにアメリカに行った。その現象がおそらく日本のクラブ・シーンに大きいな影響を与え、シーンの展開を可能にさせたのではないかと。
 90年代初頭、日本リリース限定(場合によって日本限定ではなかったが)のアメリカ人DJによるJ-POPアーティストのハウス・リミックス版がたくさんあります。しかし、それらが日本限定のリリースだったので、長いあいだ世界はそれらレコードの存在を知らなかった。そのひとつの例が、先述した「Koizumix Production Vol.1」収録のBLAZEミックスですね。


 他にも、僕が見つけた曲にはこんなものがある。山咲千里の「SENRIMIX」に入っているKERRI CHANDLERのミックスとか、露崎春女の「Feel you」のMood II Swingリミックスとか、SNK ゲーム「The King Of Fighters」のLIL LOUISによるハウス・リミックス……。リストにきりがないですね。実はいま現在、こうしたレコードは欧米でも知られるようになっているんですね。みんな必死に探していて、「SENRIMIX」や「KOIZUMIX」みたいなレコードは、海外ではかなり高値で取引されていますよ!

 これも先述しましたが、音的にはアメリカに大きく影響されています。当時のNYガレージ・ハウス・サウンドからの影響はとくに大きかったと思います。福富さんの“It’s about time”という曲を試聴しましょう。福富さんは自分のVibeも注いでいるから、結果としてはクオリティの高い新鮮な出来になっています。ただの真似ものではないんですね。
 少しマイナーな例ですが、関西のプロデューサー、TAKECHA(Takeshi Fukushima)が90年代にたくさんのディープ・ハウスな曲を作っています。そのなかに“Respect To Pal Joey”という曲がある。インスピレーションの元をはっきりさせているわけです。
 TAKECHAのレコードはとてもレアで、僕も3枚しかもっていないんだけど、曲を聴くと、たしかに Pal Joeyからの影響を感じます。しかも、しっかり自分のVIBEを仕込んでいる。TAKECHAっぽい音になっているんです。
 最後にもうひとつ例をあげましょう。東京出身のTORU.Sというプロデューサーです。90年代のTORU.SのプロダクションはNYよりのディープ・ハウス・サウンドです。TAKECHAのようにインスピレーションの元もはっきりしています。97年の「Final story the night」というEPに“Message 1 Thank You Joe”という曲があります。当然、Joe Clausselへのメッセージです。
 Toru Sの当時プロダクションを聴くと影響がはっきりわかるけれど、とくにその曲はJoe Clausselが作ったかのように聴こえます。本人Danny Tenagliaも好きなようで、そのEPの裏面には「Danny Tenaglia...Thanks thanks thanks...I wanna say this hundreds times. Oh Danny! I’m here for you」などと書いてある。ラヴレターみたいですね。TORU Sさんの場合はアメリカにも住んでいるから、また特別なパターンかもしれない。アメリカで作っているので、ほかの国内プロデューサーとはまた環境が違っているんですが。

 他に似たような例がいくつかあるけれど、全部載せられないので、今回はここまで。とにかく、ジャパニーズ・ハウス・シーンが世界ではまだまだよく知られていないのに(実は国内も含めて)、世界中で大人気だったアメリカのシーンと強くつながっていること。アーティストのコラボレーションもそうだし、プロダクションへの影響もそう。アメリカと日本の200年前からの歴史をみると、つねに不思議な関係にあることがわかる。力を使って喧嘩したこともたくさんありました。1854年、アメリカの海軍軍人ペリーは江艦隊を率いて鎖国していた日本にやって来た。その出来事は文化的に大きな影響となった。そして、第二次世界大戦で日本がアメリカに負けた後、アメリカ文化の影響はさらに広がった。アメリカに対して強い抵抗があったはずなのに、ポピュラー・カルチャーに関して日本はアメリカに憧れ、影響されることを拒まず、影響を主張している。それはハウス限定の話ではない。他のジャンルでも同じ現象が確認できる。いずれにしても、アメリカと日本の文化関係は外国人の視点からみると、とても面白いのです。

 歴史の話はそこまでにしましょう。ジャパニーズ・ハウスにおけるアメリカからの影響は誰も否定できない。Vibe的に、NYCディープ・ハウス・サウンドにとても近いものがある。しかし日本Vibeも混入されている。
 え、その日本Vibe、ジャパニーズVibeというのはなんですか? と訊かれても答えづらいんですけど、たとえばChordsは日本の雰囲気を表現していると思います。バブルやポスト・バブルの日本の雰囲気が音に出ているように思います。ハウスではないのですが、Jazzやヒップホップをプロデュースしている宇山寛人さんの“Summer81”や“Oneday(Prayer For Love And Peace)”といった曲を聴きましょう。日本の伝統な心が含まれているように感じます。独特の雰囲気があります。これは外国人である僕にとって、日本の心の一部がそのトラックに練りこまれているように感じるのです。

 それこそが私にとってとても魅力的に思えたところです。そここそがジャパニーズ・ディープ・ハウス・シーンの面白いところなのです。アメリカの音を真似てはいるけれど、真似るだけではない、ちゃんと自分のVibeも練り込まれている。やっぱ違うんです。ジャパニーズ・ハウスになっているんです。
 もうひとつ面白いところを挙げます。どういう理由からか、そうした多くのプロダクションが日本の外に出なかったという事実です。ジャパニーズ・ハウスは、長いあいだ国内にとどまっていたんです。
 ヨーロッパでもアメリカの音からインスパイアされて、曲を作っている人は当然少なくないですよね。Laurent Garnier、Grant Nelson、Bob Sinclar……、イタリのUMMとか。ただしヨーロッパの場合、そのアーティストが世界中に普及していった。
 日本のプロダクションの出来がよくない? いや、全然そんなことはないです。実は、逆にレベルが高かったんです! しかし、誰も注意を払わなかっただけ、というのが僕の結論なのであります。
 さらに僕がびっくりしたのは、ジャパニーズ・ハウスに注意していなかったのは外国だけではなくて、国内のクラブ音楽が好きな人たちからも無視されていたというか、気づかれていなかったということ。みんな当時の人気アメリカDJに夢中で、自分の国でもクオリティの高いディープ・ハウスがあるということに気づいていなかったのかもしれませんね。
 本当に、本当にみなさんにもっと自分の国のハウス・シーンの素晴らしさを知って欲しい! 誇りを持って欲しい! 僕がこの原稿を書いた理由はそれだけです。


FORGOTTEN JAPANESE HOUSE TOP 10

1 Flipper’s Guitar - Big Bad Bingo (Big bad Disco)
1990 (Yukihiro Fukutomi)
激レアプロモ版に乗っている14分のマスターピース

2 Pizzicato Five - Catchy (Voltage Unlimited Catchy)
1993 (Tei Towa)
ディープやダークの最強の組み合わせ。

3 Soichi Terada & Shinichiro Yokota - Shake yours
1991
なぜか聞くと懐かしくなる、ディープな1曲

4 Manabu Nagayama & Soichi Terada - Low Tension
1991
強いベースがあるのに、非常にディープ。寺田さんの音を定義する1曲。

5 Yukihiro Fukutomi - It's about time
1994
完璧なクラブ向けジャパニーズ・ハウス。ディープなキーズで旅をさせてくれる。

6 Wono & GWM - Breezin' part 1
1996 (Satoru Wono & Takecha)
ゲームBGMっぽいとても陽気、すっごく気持ちのいいハウス曲です!

7 Kyoko Koizumi - Process (Dub’s Dub)
1991 (Dub Master X)
シカゴ・ハウスっぽいとてもBouncyな小泉さんのハウスリミックス。

8 Pizzicato Five - 東京は夜の七時 The night is still young; One year after
1994 (Yukihiro Fukutomi)
原曲とても好きだったが、この福富さんによるミックスは最高です。最後の3分間はディープな旅に出る。

9 Toshihiko Mori - I got Fun
1991
Jazzadelicの半分であった森さんによる最強のNYディープ・ハウスっぽい曲。もうちょっとランキングあげればよかったこれ……

10 Katsumi Hidano - Thank you Larry
1993
Larry Levanへの感謝の言葉ですが、音的にLarryっぽくなくてNU GROOVEに近いNYディープ・ハウス系の気持ちいい曲。

vol.10 『The Last of Us』 - ele-king

 

みなさんこんにちは。NaBaBaです。いまさらですが今年はゲーマーにとっては凄い年です。何といってもPlayStation 4とXbox Oneの二大次世代ゲーム機の発売が迫り、いよいよ次の時代がはじまろうとしています。

しかし今世代機も負けておらず、これまでの集大成的大作が相次いで発売されています。前々回のレヴューで取り上げた『BioShock: Infinite』や、つい先日発売された『Grand Theft Auto V』がその筆頭でしょう。そして今回取り上げる『The Last of Us』もまた、今世代を締めくくる大作のひとつと言えます。

さて、近年の大作ゲームはほとんどすべてが何らかの形で映画を意識して作られています。例えばアクション映画のようなスペクタクルをゲームとして体験出できるようにしたい。『Half-Life 2』をはじめ、この連載で取り上げてきた多くのゲームがそうした目標を持っていたでしょうし、今世代は言わばゲームが映画的表現力を獲得していった時代とも言えます。

しかし映画はなにもアクション・スペクタクルなものばかりではないのですが、ゲームが目指す映画的な表現というものは、どうもこうした要素に偏重しがちなのも事実です。

そんななか『The Last of Us』は今世代が培った技術力を最大限に駆使しながらも、上述したステレオタイプとは別の意味で映画的な表現を目指したゲームです。そしてその成果はひとつの時代の締めくくりにふさわしいと同時に、次世代への期待も膨らませる見事なものでした。

■テーマは父と子の人間関係

『The Last of Us』を開発した〈Naughty Dog〉は歴史ある名門スタジオ。かつては初代PlayStation時代に、日本でも有名なクラッシュバンディクーを開発したことで知られています。また今世代に入ってからは『Uncherted』シリーズで再び一斉を風靡したことも記憶に新しい。インディ・ジョーンズもかくやと言わんばかりの冒険活劇で、まさに今世代のアクション映画的ゲームの代表作であります。

そんなスタジオの最新作である本作は、『Uncherted』シリーズからさらにテイストを変え、徹底してトーンが抑制された、渋い作風のアクション・ゲームです。ジャンルとしてはポストアポカリプス、ゾンビ物に属しますが、いまだに派手さを競ってばかりの現代の映画的ゲームのなかでは一見すると地味。

しかし抑制されたトーンであっても、それを裏打ちしているのはいままでの映画的ゲームが蓄積してきた技術的ノウハウに他なりません。フォトリアルなグラフィックスやゲームプレイとインゲーム・シネマティックの自然な融合、リアルなフェイシャル・アニメーション等、〈Naughty Dog〉は今回も最高級の技術を見せてくれています。

 
フォトリアル路線のグラフィックスは間違いなく今世代最高クラス。

本作がいままでの映画的ゲームと比較してもっとも特徴的なのは、その研ぎ澄まされた技術で『Uncherted』シリーズのようなスペクタクルを表現するかわりに、主人公JoelとヒロインEllieの人間関係を描き出すことに一貫して注力した点です。

世界の崩壊と同時に娘を失って以来心を閉ざしていたJoelが、訳あってEllieとともに旅をし彼女を守っていくなかで、第二の親子とも言える関係を育んでいく。本作のコンセプトはこの一点であり、崩壊した世界やふたりを襲う困難の数々、極端な話ゲームプレイさえもが、あくまでもこれを引き立てるためのディテールに過ぎないのです。

 
仕事として旅をはじめた二人だが、やがて掛け替えのない関係を築いていく。

その意味で、本作の質を決定づけているのは技術に加えて脚本と言えます。『ザ・ロード』や『28日後…』等と比較するのはおこがましいかもしれませんが、このジャンルにおける一流映画と肩を並べられる力強い物語であると個人的には感じました。

技術力と違い、脚本に関しては、ゲームは映画と比べて全体的にまだまだ劣っていますが、本作の成功は今後映画的ゲームに求められる脚本の水準を一段と引き上げたに違いありません。

[[SplitPage]]

■プレイヤーにとっての他者としての主人公

ゲームで映画的な物語や体験を描くことが困難なのは、何よりも物語にプレイヤーを参加させなければいけないという、ゲームが本来持つ特性に起因しています。

とくにプレイヤーとゲームの主人公との関係性は、ゲームにどのような立場で参加させるかを決める重要な要素です。例えば映画的ゲームのはしりである『Half-Life』シリーズでは、主人公のパーソナリティは極力排除されていて、主人公=ありのままのプレイヤー自身という構図が明快でした。

しかし描こうとする物語の高度化に伴い、プレイヤーと主人公の関係もかつてのシンプルさはほとんど見られなくなりました。FPSなのに主人公が喋ったり、しかもそれが酷く独善的であったりする。果たして主人公はプレイヤーなのか他人なのか、混乱させられることもしばしばです。

この点『The Last of Us』では、主人公のJoelはまったく完全な他者として描かれており、『Half-Life』とは逆の意味で単純明快です。何よりも三人称視点であるし、Joelの人生観はプレイヤーと同一化できるものでもありません。またJoelが下す物語上重要な決断にもプレイヤーは関与することができないのです。

 
Joelは時に迷い、弱さも見せる、等身大の人格を持ったキャラクターだ。

なので、本作の遊び心地は映画や小説を鑑賞している感覚により近く、プレイヤー自らが主体的に物語を動かすという意味でのゲームらしさは希薄です。むしろ本作のゲームとしてのインタラクティヴ性は、主人公を赤の他人とした上で、彼の感情や意思をプレイヤーに拡張して伝える装置として機能していると感じました。

つまり主人公が負った傷に苦しみながら歩いたり、敵を倒すために試行錯誤したりする過程を操作させることで、その瞬間の主人公の悲喜交々を、より拡張して共感させてくれるということです。そしてこれこそが優れた映画的表現と、他者なりに共感できる優れた脚本の賜物なのです。

とくに敵と戦闘する場面でもこの機能が果たされているのが素晴らしい。まず本作はアクション・ゲームとしては大変システマチックで、達成すべき目標や、攻撃があたった外れた、敵を倒した倒されたの判定が常に明快です。高難易度でいながら、理不尽さがなく、とても攻略のし甲斐がある。この時点ですでに他の競合作より遥かに出来がいい。

ですがJoelとEllie、また敵となる感染者や人間兵の生々しい挙動の数々は、単に出来のいいゲームを攻略する以上の感情移入をプレイヤーに促してきます。シチュエーションの設定も常に秀逸で、戦闘を単なるゲームとしての遊びではなく、Joelたちの必死のサヴァイバル、つまり物語の一部として描けているのです。

 
敵も味方もとにかく必死。この上なく泥臭い戦いが展開される。

これは前々回の連載で取り上げた『BioShock: Infinite』が、戦闘を映画におけるミュージカル・シーンのようなものとして努めてお約束化したこととは極めて対照的です。体験の統一感や感情移入度という点で本作の方に分があるのは言うまでもありません。

[[SplitPage]]

■複数視点で描かれる物語

本作のゲームとしてのインタラクティヴ性は、主人公の感情や意思を拡張して伝える装置であると、前項で述べました。この点についてもうひとつ象徴的な事例をご紹介したいと思います。

それは最初のプロローグ。 ここではほとんど歩くか走るかの操作をするに過ぎないのですが、この行為のなかだけでも キャラクターが怯えたり必死になったりといった感情が、操作するときの感触としてフィードバックされてきます。
しかもここでは若きJoelと娘のSarahの両者を操作することになるのがより重要な点です。守り守られるふたりを操作させお互いの立場を共感させた上で、最終的にSarahとの死別のシーンに繋がっていく。

たとえ一瞬でも体験を共有したキャラクターが死ぬのは、映像として一方的に見せられるより遥かにショックだし、もうひとりの操作したキャラクターの悲しみも同様に共感できてしまう。わずか20分にも満たないシーンでありますが、凡百のゲームや映画を越える感動を表現できていると感じました。

 
物語の導入としても完璧。Joelというキャラクターの本質を瞬く間に理解できる。

物語後半でもEllieを操作するという形で再び味わうことになる、この操作キャラクターのザッピングは、主人公を他者としてプレイヤーから突き放すという構図の延長線にある表現でしょう。とは言え操作キャラクターのザッピング自体は過去に例が無かったわけではありません。海外では『Heavy Rain』という作品が正に複数主人公による群像劇だったし、国内では『Bio Hazard 6』や『龍が如く』シリーズ、『SIREN』シリーズといった例がある。

しかしそれらより本作の方が感動的だと感じたのは、隣にいるパートナーが自分のことをどれだけ大事に思ってくれているのかという、誰もが気になる普遍的な関心ごとを、JoelとEllie、あるいはSarahという関係に置き換えて覗き見させてくれるからでしょう。

プロローグの場合で言えば、JoelもSarahもお互い軽口をたたく時もあるが、内心はとても大事に思っている。しかしそれを伝えきれないまま、または知らないまま死別してしまう。プレイヤーだけが特別にその事実を知ることができますが、主人公たちに伝える術がない。しかしこうしたもどかしさが寧ろ胸を打ち感情移入させてくれるのです。

 
Sarahが渡し忘れた父への誕生日カード。Joelが受け取ることは遂に無かった。

ゲームにおける物語は、未だにプレイヤーが主人公になりきったり、またプレイヤー自身が主人公に成るものが大半を占め、複数視点で描くことに関してはまだまだ未成熟です。しかし他のメディアの場合ではひとりの視点に縛る物語の方がむしろ特殊な部類であり、より複雑で高度な物語を描こうと思ったら、今後ますます複数視点の重要性は増してくるでしょう。

折りしもつい先日発売された今年最大級の大作『Grand Theft Auto V』は、まさに複数主人公のザッピングを大々的なフィーチャーとしていますが、本作はそれに先んじてこの物語手法の可能性を感じさせてくれました。

■まとめ

冒頭でも触れましたが、この時期のゲームは集大成とか総決算と言った印象を受けるものが多いです。『The Last of Us』に関してもそれは一部同様で、本作が駆使しているテクニックの数々は今までの積み上げを大変実感させられるものです。

しかし将来の可能性を感じる点で本作は集大成以上のもの。パーソナルな人間関係を描いた物語や複数の操作キャラクターのザッピングは、単体で見ても完成度が高かった上に、大いに伸び代を感じさせてくれるものでした。

満足感がとても高く、かつ今後のゲームの進化も楽しみにさせてくれる大変にお薦めできる作品です。



Sound Patrol - ele-king

Paisley Parks - Cold Act Ill EP
Shinkaron


Bandcamp

 ペイズリー・パークスとはプリンスのレーベルではない。日本で生まれたジャパニーズ・ジュークのプロジェクトで、TMTも大絶賛、海外ではすでに人気に火がついている。ところで、つい先日、筆者はKESが〈ダブソニック〉やWOODMANのレーベルから作品を出していたことを知って衝撃を受けた。その初期作品(カセットテープ・リリース)を聴くと、たしかにジュークの青写真とも言えるゲットー・サウンドなのだ。つまり、10年前からやってきたことが、いま、たまたまシカゴと共振したということか。
 ドミューンでのライヴも格好良かった。「F」ワードが乱発される音楽が特別好きなわけではないけれど、この3人組からあふれ出るパンキッシュなエネルギーに降伏したので、早速CD-Rを買った。ブレイクコアのときと似ているのかもしれない。ペイズリー・パークスにしろフードマンにしろ、ジュークは日本との親和性が高いことを証明している。

Juke Footwork

Tiny Hearts - Stay EP
Dirty Tech Records


Amazon iTunes

 〈ダーティ・テック〉は、デトロイト・ヒップホップのキーパーソン、ワジード(スラム・ヴィレッジのオリジナル・メンバーおよびPPPで知られる)が昨年立ち上げたレーベルで、〈サブマージ〉もどこまで関わっているのか定かではないけれど、それなりにサポートしているんじゃないかと思わせるレーベルだ。それほどのポテンシャルはある。昨年1枚、今年1枚出ている2枚のepは、彼のエレクトリック・ストリート・オーケストラ名義の作品だったが、マイク・バンクス、セオ・パリッシュ、アンドレスなどテクノ/ハウスの大物も参加している。
 その2枚も、まあ悪くはなかったのだが、この〈ダーティ・テック〉の第3弾には痺れた。ワジードのR&Bプロジェクトのデビュー作で、初期のスラム・ヴィレッジを彷彿させるメロウなヴォーカルとタイトなビート、そして分厚いシンセのリフが素晴らしい。実験的だがポップで、まさにフューチャーR&Bと言いたくなるような……。これは注目しよう。

R&B Pop

Hilaru Yamada And The Librarians - The Rough Guide To Samplin' Pop
CD-R


https://ekytropics.blogspot.jp/

 カットアップ/サンプリング・ミュージックで、インナーにはネタが表記されているわけだが、そのネタの選び方が面白い(そのセンスはコーネリアス的だ)。洒落が効いていて、カラフルで、チャーミングなドリーム・ポップとして成立している。大昔、ちょうどこれと同じ方法論で、砂原良徳がブートを作ったことがある。推薦です!

Musique Concrete Cut Up Mash Up Dream Pop

Duppy Gun - What Would You Say About Me?
Stones Throw


STONES THROW

 サン・アロウとロブドア、そしてマシューデイヴィッド、LAの3人のジャマイカ旅行、第3弾。迫力ゼロのビートにふにゃふにゃのエフェクト。ジャマイカのディージェイ、Fyah FlamesとI Jahbarが勇ましい声を上げている。ディプロのへなちょこヴァージョンとでも言えばいいのか。格好いいポスターが付いているので、見つけたら買うことをオススメする。

Dancehall Experimental Dub

Jay Daniel - Scorpio Rising EP
Sound Signature


Detroit Report

 待っていた人も多かったでしょう。沈没していく街とは裏腹に、デトロイトらしい上昇する感覚を兼ね備えたジェイ・ダニエルのデビュー・シングル。デリック・メイ的とも言えるタフなリズムとシンセリフの“No Love Lost”も良いが、母であるナオミ・ダニエルの歌う“スターズ”のインロ(大本はラリー・ハードの“スターズ”だが)を微かに使った“I Have No Name”が最高。ついに未来のクラシックが登場したね。

Deep House

Audio Tech - Dark Side
Metroplex


iTunes

 これも聴くのをずっと楽しみにしていたんですよね。ホアン・アトキンスとマーク・エルネストゥスというふたりの先達のコラボ作。モーリッツ・フォン・オズワルドとの共作のミニマリズムとは打って変わって、こちらはエレクトロ。ホアン・アトキンスは歌っている。B面ではマックス・ローダーバウアとリカルド・ヴィラロボスのコンビが12分にもおよぶ幻覚性の高いリミックスをしているが、オリジナルとの関連性は見られない。

Electro Techno

Archie Pelago - Hall Of Human Origins
Styles Upon Styles


Amazon iTunes

 太陽のスタンプでお馴染みの、NYのアンソニー・ネイプスと〈Mister Saturday Night Records〉は今日の90年代ハウス・ブームの主役のひとりだが、昨年末に同レーベルからリリースされたアーチー・ペラゴ(ブルックリンの3人組)のシングル「The Archie Pelago EP」は、ジャズ・ハウスとしては実に幅広い層にアピールしたヒット作となった。その後の「Subway Gothic / Ladymarkers」では、実験的なアプローチも見せて、最近出た「Hall Of Human Origins」でも、IDMの領域にも手を出しているし、下手したらジュークさえも自分たちの養分にしようとしているのかもしれない。ラテンのリズムも冴えを見せ、サン・ラーの雄大なブラスをも引用しているのでは……。いつアルバムが出るのでしょう。

Electronica Jazz Broken Beat

MAJOR FORCE 25th ANNIVERSARY - ele-king

 日本のクラブ・カルチャーの草分けのレーベルと言えば〈メジャー・フォース〉で、歴史にあるように、ECDやスチャダラパーを世に送り出すという日本のヒップホップの開拓者でもあったレーベルだが、今年はタイニー・パンクス(高木完+藤原ヒロシ)の「Last Orgy」から25周年なのだった。このパイオニアたちに敬意を表する、25周年のイヴェントが代官山AIRで開かれる。
 〈メジャー・フォース〉レーベルの第二弾では、当時ブリストルのワイルド・バンチ(後のマッシヴ・アタック)に所属していたDJ Miloがフィーチャーされているが、彼も駆けつけて、今回の「25周年」を高木完 & K.U.D.Oとともに盛り上げてくれる。なんでも「ワイルド・バンチのクラシック・セット」をお披露目するのだそうで、レアグルーヴが好きなひとも見逃せない。なにせMUROも出演するし、そしてアフターアワーズではDJノリ(日本のハウス・シーンの大先輩)がプレイする。

■Sound City feat. DJ Milo[The Wild Bunch] meets MAJOR FORCE 25th ANNIVERSARY

11月9日(土)@代官山AIR

DJ Milo [The Wild Bunch]
- Exclusive Wild Bunch Classics Set -
MAJOR FORCE DJ SET
[高木完 & K.U.D.O]
MURO
and more

AFTERHOURS
DJ NORI

Earl Sweatshirt - ele-king

 不穏なシンセサイザーの響きと陰鬱でダウンテンポなビートに導かれてアール・スウェットシャツのデビュー・アルバムの幕をゆっくりと引き上げるのは、アールその人ではない、SK・ラフレア(フランク・オーシャンの従兄弟)のねちっこいライムだ。セカンド・ヴァースになってアールはやっとその重い口を開く。「I'm a problem to niggas......」

 開口一番に彼がそうラップしている通り、アール・スウェットシャツは問題児だ。そうであるがゆえに、アールの物語は平坦なものではなくなった。『ロード・トゥ・ドリス』というアンオフィシャルなミックステープもあったが、『ドリス』へと至る道程は長く曲がりくねったものだった。
 アールの複雑な物語については、ピッチフォークの記事日本語訳がLomophyにある)などが詳しい。ここでは簡単に紹介するに留めよう。
 2010年、当時16歳のアールは、ミックステープ『EARL』の高評価やオッド・フューチャーの成功にも関わらず、表舞台から姿を消した。1年後、素行不良を心配した母親(市民権法の専門家で、UCLAの法学教授)によって、アールはLAから遠く海を隔てたサモアにある非行少年のための更生学校に入れらていたことをコンプレックスがスクープ。ドモ・ジェネシスやホッジー・ビーツらオッド・フューチャーのメンバー自らが煽り立てる「フリー・アール(アールを開放せよ)」というキャンペーンもあったものの、アールは沈黙。2012年、新曲"ホーム"とともに、アールは突如音楽活動を再開させた。

 何はともあれ、リハビリのようないくつかの客演によってアールは復活する。そして、満を持してリリースされた彼のファースト・シングル"チャム"は、それまでの猟奇的で暴力的な表現を捨て去り、パーソナルな告白を淡々とラップした傑作となった。
 2010年よりも幾分か低くなった声でもって、アールは壁を築きあげるかのように隙間なく言葉を積み上げていく。「父が去り、俺をファザーレスにしてたぶん12年になる/俺は父を憎んでいると、本心じゃなく冗談でよく言っていた/本心では父が恋しかった、俺が6歳のときみたいに/それを言うチャンスにはいつもそれをぐっと飲み込んでいた」。
 アールの父である南アフリカ出身の著名な詩人、ケラペトセ・クゴシトシルは、60、70年代にはアフリカ民族会議の主要メンバーで、後にアメリカに渡り、ラスト・ポエッツのメンバーに影響を与えたとも言われている(ちなみに、アールの本名はシーベ・ネルーダ・クゴシトシルというが、彼は本名で呼ばれることを好まない。ミドル・ネームはパブロ・ネルーダに因む)。彼は、6歳のアールと妻を残して南アフリカへと戻っている。
 父への愛憎、父の不在による喪失感と渇望感というのは『ドリス』において重要なファクターである。祖母の死について語った"バーガンディ"(プロデュースはネプチューンズ)では、父が詩人であることによって周囲の期待値が高いことへの不安を吐露している。父の不在、父に対する複雑な感情はドモ・ジェネシスとも共通しており、"ナイト(Knight)"において彼は「この成功を見ろよ、俺は父親なんて必要ないって事実がわかったんだ」とラップしている。そして、小林雅明が指摘している通り、それは親友にして兄貴分であるタイラー・ザ・クリエイターとも同じくするものである(『ウルフ』の"アンサー"という曲を聴いてほしい)。

 とはいえ、アールはサモアで去勢されて帰ってきたわけでも、『ドリス』が『EARL』を葬り去ったというわけでもない。"ホア(Whoa)"は2010年の薄汚れたシットでファックなファンタジーを蘇らせているし、"ハイヴ"では「約束するよ(ギル・スコット・)ヘロン、俺は拳を突き上げる(ブラックパワー・サリュートのことを指している)、俺のを咥えてもらってからな」とラップしている。

 『ドリス』はダーティで揺れるビートとベース、浮遊するシンセサイザーによって禁欲的に仄暗く彩られている。アルバムを通してメロディアスなフックもほとんどなく、ポップな部分は皆無だ。緻密に隙間なく組み上げられたリリックと、ポエトリー・リーディングにも似たモノトーンで平坦だがスキルフルなアールのラップは、時折息苦しくも感じられる。アルバム・ジャケットで、磔にされたキリストと同じように目を閉じて俯くアールの物憂い相貌が『ドリス』の雰囲気を確かに伝えている。
 それでも『ドリス』は2013年のラップ・アルバムの中でも最も輝かしい1枚だと、少なくとも僕にとっては感じられる。それはこのアルバムにアール・スウェットシャツの成熟や煩悶、苦悩、自己卑下や自尊心が、あるいはファースト・フードやエナジー・ドリンク、スターバックス、インスタント・ラーメン、タコス(そしてコークにウィード)にまみれた生活が、深く深く刻み込まれているからだ(私的なことを付け加えれば、僕もファザーレスだからこそ彼に感じ入り、肩入れしている部分もある)。
 陳腐な言葉で言えば、それはリアルである、ということになる。"チャム"のフックでアールはラップしている。「何かが不吉だ/振り子がゆっくりと揺れる、頽廃的な動きで/罪人の街を抜けて、こっそりと、敵の芝地へようこそ/移民の働きよりもハードに、俺のシャツには『GOLF』の刺繍/舗道を外れ、俺の魂のゴミを払いのけるんだ」。アールは自分のことを「awkward」だなんて語っている。ライミングは淡々と起伏なく滑らかだが、アールの感情のゆらめきがどこかぎこちなく無様だからこそリアリティを持って伝わってくるのだろう。どこまでもリアルで憂鬱な、だからこそエヴァー・グリーンなアルバムである。

CHICANO BATMAN JAPAN TOUR - ele-king

 "ラ・サモアーナ"という曲がたまらない。「この間、アパートで彼女を見かけた。この間、見かけた彼女にボーッとなっちまった。熱いハートでアイロンかけて、熱いハートでスープを作っていた。褐色の肌が愛しくてたまらない......(省略)......きれいなサモアの彼女にハートが熱くなってるから、きれいなサモアの彼女がソンを歌っていたから」(アルバム『チカーノ・バットマン』から。歌詞対訳:霜村由美子)
 チカーノ・バットマンは4人の移民の2世らが中心になってロサンゼルスで結成されたロック・バンドだ。バリオと呼ばれるラティーノたちのコミュニティのなかで活動を開始。コンボ・オルガンを多用した昔のガレージ・ロック風サウンドと、スペイン語で歌われる耽美的な歌詞の組み合わせは、民族・文化に対して高い意識をもつイースト・ロサンゼルスの住人たちのハートにじわじわと浸透していった。ここ数カ月は、そんな噂がバリオの外にも溢れだして、有名なカルチャー系メディアにもしばしば登場するようになってきた。あの『WAX POETICS』電子版でのロング・インタヴュー掲載、またロサンゼルス最大の独立TV局、KCETでも映像が流れた。ロサンゼルス中のヴェニューやイベントからも引っ張りだこで、去る10月5日には、あのパンク・ロック界の伝説、マイク・ワッツのバンドとの共演イベントまで実現させてしまった。いまやロサンゼルスでバットマンと言えば、彼らのことなのだ。
 しかし、そんなことに驚いていては、ロサンゼルスで現実に起きていることへの無知を曝け出すようなことになる。なぜなら、彼の地の人口の半分は、いまやメキシコ系を多数とするラティーノたち。中南米系というエスニシティは、もはやマジョリティを意味しているのである。英語世代のラティーノ系バンドのプレゼンスは、いまや爆発寸前なのだ。しかし、その出自は余りに複雑で、エスニシティのなかに、さらに多様なエスニシティが創成されている。メキシコ系なのか、他の中米出身なのか。アメリカ生まれなのか、移住してきたのか。バイリンガルなのか、英語だけなのか......などなど。80年代までは、ロサンゼルスの郊外に小さく散らばっていたバリオは一気に増殖、いつの間にか街全体がラティーノたちの住宅地になったような地域も沢山出現している。21年前にLA暴動で破壊されたサウス・セントラルも、いまやスペイン語が溢れるラテン・ゲットーだ。

 そんなカオスのような状況のなかで、敢えてチカーノという言葉を持ち出してきた彼らは相当の確信犯でもある。チカーノとは、メキシコ系アメリカ人を自己肯定的に捉えた言葉であるが、もとともと60~70年代の公民権運動の体験のなかで、民族の誇りとともに使われはじめた政治的な意味合いを強くもつ。しかし、時代の経過のなかで、チカーノという言葉に対するコミュニティ全体の感覚も随分と薄弱になってしまった。そんな言葉を持ち出さなくても、いまのロサンゼルスでは普通に暮らしていけるようになったのだ。
 彼らのアイコンも見て欲しい。逆三角形のマークは、チカーノ公民権運動の旗手でもあるセッサル・チャベス率いた農業労働者組合であるUFWのマークを模倣したもの。バリオで長年暮らしてきた年配者には熱き時代を喚起させる政治的なアイコンでもある。バットマンのイメージとシリアスな政治アイコンを融合させた毒とユーモアは、彼らのレイドバックしたレトロ風のサウンドにも当然通底している。
 長尺のスロー・テンポで展開される前述の"ラ・サモアーナ"は、メンバーの父親が経験した実話を題材にしているという。メキシコから移民して来た男が、同じアパートで暮らすサモア人の女の子に惚れるというストーリーだ。舞台は、ロサンゼルス郊外にある安アパート。遂にデートへと出掛けたふたりはバーでダンスに興じようとする。歌詞がそこまでを綴ると、歌は引っ込んで、古いワルツのようなリズムとファジーなエレキ・ギターの哀愁を帯びたメロディが流れ出す。ふたりが踊るシーンをファンタジーに描く美しい間奏。聴く度にグッとくる。
 彼らの音に夢中になる新世代の若者たちは、そんな世界をどこかおぼろげに憶えているに違いない。移民が急増し始めた70~80年代のロサンゼルスの郊外に広がるバリオの日常風景。ガレージ・ロック風と書いたコンボ・オルガンが鳴るサウンドも、実は当時の移民者たちを夢中にさせていたグルペーラと呼ばれるメキシコ~南米のグループ・サウンズを忠実に現代に甦らせたものだ。ロス・ブッキス、ロス・アンヘロス・ネグロス、ロス・ヨニックス......こうしたバンドは、決してメインストリームには出てこなかったが、バリオで必死にアメリカン・ドリームを追う移民者たちのバックグラウンド・ミュージックだった。しかし、英語世代の若いチカーノたちからは殊更に評判が悪かった。それは国境の南側から移民者たちが持ち込んできたメキシコそのものだったのだ。
 あれから30年近くの時が過ぎ、ロサンゼルスに現れたチカーノ・バットマンは、オールド・スクールのタキシード・シャツと古のサウンドを持ち出して、もう一度チカーノたちの体験を音楽で語りはじめた。メンバーは全員80年代生まれ。インターネットと南米への旅の経験のなかで、ブラジルのカエターノ・ベローゾなどトロピカリーア運動の音や、自らのルーツのひとつであるコロンビアの土臭いクンビアなどと衝撃的な出会いを続けながら、バリオの中と外でのロサンゼルスの経験をエディットした上で、グルペーラという音楽の世界観に、ひとつの魅力を見出したのだ。実は、そんな体験そのものが、今のチカーノということなのだ。
 パンク、ファンク、ブラジル、グルペーラ、クンビア......複雑怪奇な音楽体験とバリオの日常を重ねるギミック溢れる音像の向こうに、未来のロサンゼルスが見えてくる。チカーノ・バットマンの来日(https://www.m-camp.net/chicanobatman.html )は間もなくだ。(宮田 信)

「ラ・サモアーナ」


「ホベン・ナビガンテ」


CHICANO BATMAN JAPAN TOUR 2013 SCHEDULE

Nov.8 (Fri) モーション・ブルー・ヨコハマ(横浜)
open 6:00pm / showtime 8:00pm
CHICANO BATMAN
DJ PaCo[TEARDROP ENT.]、DJ 七福[サケフェスプロジェクト、NEKIRIKI PRODUCTION]
TALK BOX:MK THE CiGAR[TEARDROP ENT.]DJ Shin Miyata[Barrio Gold Records]
自由席:4,000 BOX席:16,000+シートチャージ ¥6,000(4名様までご利用可能)
予約受付中
TEL: 045-226-1919
https://www.motionblue.co.jp/artists/chicano_batman/

Nov.9 (Sat) LIVE SALOON WANNABE'S(千葉)
start 7:30pm
LIVE : CHICANO BATMAN, YAWATA TRECE, SOLDIER
DJ : DADDY, HAMMER, SHIN MIYATA[Barrio Gold Records]
前売:3,500 当日:4,000 (1drink付)
予約受付中
TEL:043-248-7770 e-mail:info@wbsswapmeet.com
https://livesaloon.com/

Nov.11 (Mon) 月見ル君想フ(青山)
open 6:00pm / showtime 8:00pm
CHICANO BATMAN
Dance: Nourah, HAYATI / DJ: ヤマベケイジ[LOS APSON?]、ケペル木村
前売:3500 当日:4000 (1drink付)
予約受付中
TEL: 03-5474-8115
https://www.moonromantic.com/?p=16557
※こちらの公演のチケットは下記でも販売しております。
LOS APSON? TEL:03-6276-2508 https://www.losapson.net/
nifunifa TEL:03-6407-9920 https://nifunifa.jp/
大麻堂 TEL:03-5454-5880 https://www.taimado.com/
TRASMUNDO TEL:03-3324-1216

Nov.12 (Tue) LIVE SPACE CONPASS(大阪)
open 7:00pm / start 8:00pm
LIVE : CHICANO BATMAN、デグルチーニ
DJ: N.O.B.[Q-VO! RECORDS]、NAMBAMAN[TOMBOLA]
FOOD : CANTINA RIMA
前売:3000 当日:3500  (drink別) 
予約受付中
TEL: 06-6243-1666
https://conpass.jp/4658.html

Nov.13 (Wed) Boogie Man's Cafe POLEPOLE(福山)
open 6:30pm / start 7:30pm
前売:4500 当日:5000 (drink別)
予約受付中
チケット予約: TEL: 084-925-5004  e-mail: cafe_polepole@ybb.ne.jp
https://www.cafe-polepole.com/

チケット予約は各会場へお問い合わせください。
TOUR INFORMATION: https://www.m-camp.net/chicanobatman.html
ツアーに関するお問い合わせ:MUSIC CAMP, Inc.
TEL: 042-498-7531  e-mail: info@m-camp.net (担当:宮田)


CHICANO BATMAN DISCOGRAPHY

1st Album
"CHICANO BATMAN"(2009)
BG-5115
詳細→https://www.m-camp.net/

EP
"JOVEN NAVEGANTE" (2012)
BG-5129
詳細→https://www.m-camp.net/

Distributed by MUSIC CAMP, Inc. www.m-camp


interview with SEINO EIICHI - ele-king


清野-栄一
ブラック・ダラー

双葉社

Amazon

 ハイボールと向精神薬を飲みながら、レゲエが聞こえるガーナの海岸に佇む日本人医師を想像しよう。アメリカでは金融危機が起きて、投機マネーがサハラ砂漠を渡る。Eメールは傍受され、情報は無限に拡散する。20年前に東南アジアの海辺のレイヴや欧州のフェスを巡ったバックパッカーは、いまウィキリークスよろしく国際金融資本の闇について話しはじめる。清野栄一は、有閑マダムと早熟な高校生が溜まっている世田谷区の昼下がりのファミレスで、大きな声で口を休めることなく、投機マネーやマネー・ロンダリングの説明を続ける。利益と金とコカイン。それは誰もが勝ち目のないゲームに駆り出された世界の寓話のようだ。
 彼の処女作である『レイヴ・トラヴェラー』は、ちょうど日本でトランスや野外レイヴが加速的に拡大した時期に刊行されたこともあって、多くの読者にレイヴの3文字を叩き込み、多くの読者をバックパッカーに変えている。いまだに夏になると売れているというが、考えてみれば、初版からすでに16年の歳月が流れているのだ。レイヴに人生を変えられた人たちも等しく16年経っている。
 清野栄一の新作『ブラック・ダラー』は、アフリカのガーナを舞台としながら、その海辺とサウンドシステムを描写しつつ、しかし、訪れたひとりの日本人青年が不条理な運命に巻き込まれる恐怖を描いている。新自由主義とネットの普及以降の、複数のレイヤーに渡って変わりゆくこの世界で、ボブ・マーリーやストゥージズの音楽はいまもリアルに響くのだろうか。福島出身の小説家は、昼間からハイボールを手にして彼の経済への興味やアフリカ体験について、『レイヴ・トラヴェラー』と対をなすかのような『ブラック・ダラー』について語ってくれた。

震災後の反原発運動には、どこか違和感があって。福島でデモなんて見たことないもの。この先数百年ぐらいはたぶんどうしようもない。でも、うちの親父なんか逃げるつもりなどハナからないし、自営業の友だちもたくさんいる。それは、不条理極まりない日常を生きてくということだから。

よく練られたプロットで、びっくりしたよ(笑)。

清野:でも、わりとするっと読めるでしょ?

いやいや、これは俺の教養の問題として、国際金融とか陰謀論とかアンダーグラウンド・ビジネスに関する知識があまりに欠如しているので、前半は読むのに苦労したんだけど、後半はいっきに読めたかな。

清野:後半は物語のスピードも上がるから。

面白かったし、いろいろと思うところがあったんだけど、清野栄一がこれを書いたことが、まずは興味深いよね。

清野:けっこうそう言われますね。

クライム・ノベルと謳ってはいるものの......、小説読む前にさ、清野さんと会うと、「アフリカ行って来たぞ」ってうるさかったからさ(笑)。「レイヴ・トラヴェラーがアフリカに行く」みたいなね、そんな簡単なイメージで考えていたんだけど。

清野:たしかに、そういう面もありますよ。

でも、実際はもっと多層的だよね。いろんなトピックがあって。

清野:『レイヴ・トラヴェラー』も『ブラック・ダラー』も、大きい枠で言えば、いまの世の中がどうなのかってことだから。

いくつかトピックがあって、アフリカ、国際金融、ファンド、闇社会、インターネット、それからドラッグ(笑)......そうそう、とくに面白かったことのひとつというか、今回の重要なトリックとして、パスポートとドラッグのトリップを重ねているところあがあるじゃん。あれ、良かったね。日本を離れて海外居住者となったときのアイデンティティの問題があってさ、あれは見事だった。

清野:それで最後に主人公が下手打つんですけどね(笑)。

はははは。

清野:日本は二重国籍を認めていない国なんですよ。でも、実際にはたくさんいて、持っててもバレなければいい。日本国籍は難易度高いんで、捨てずに持ってる人が多いみたい。

で、偽装パスポートというのが面白いメタファーになってるんだけど、いろいろありながら、『ブラック・ダラー』が描いているのは恐怖じゃない。あのくそロマンティックな『レイヴ・トラヴェラー』の対極だよね(笑)。

清野:言われてみればたしかに、陰と陽みたいな感じかな。

その恐怖にリアリティがあるっていうところがね。

清野:トラヴェラーにとっていちばん大事な持ち物って、パスポートでしょ(笑)。クレジットカードはどうとでもなるけど、パスポートがない! 再発行も偽造も無理だ! となったら、自分のアイデンティティや居場所を失うぐらいの大問題ですよ。

そもそも、なんで、ガーナを舞台にした、こんなバッド・トリップ小説を描きたいと思ったの? 『レイヴ・トラヴェラー』がグッド・トリップだとしたらこちらはバッドでしょ。装丁のこの黒さが仄めかしているよね。やっぱ、清野さんの読者の多くはさ、あのくそロマンティックな『レイヴ・トラヴェラー』から入ってるじゃない? ものすごくそこが知りたいところだと思うよ。ヒッピーな島生活じゃなく、このえげつないマネー・ロンダリングがおこなわれているハードなアフリカを選んだ理由をさ。

清野:国際金融資本の問題とか、ウィキリークス的なこととか?

ウィキリークス的な内容だよね。

清野:四年前に『テクノフォビア』っていう小説を書いたんですが、カネと情報の問題って、アベノミクスの日本でもアメリカでもアフリカでも同じですよね。いま送ったメールが傍受されているかもしれないとか、三沢基地がアメリカのエシュロン(全世界盗聴システム)の拠点だったとか......パスポートの話もそうだけど、自分たちが常に晒されている問題だから。

レイヴからそこまで飛躍したっていうのがね。

清野:パーティも、フライヤーやネットという情報と、カネがないと無理じゃないですか。北京でガルニエのパーティに行ったら、エントランスの料金とか同じだったな。DJツアーも、金曜日が日本で、土曜日が中国や東南アジアとかあるらしいし。中国の経済もシャドウ・バンキング問題で崩壊寸前か、みたいに言われてるけど、ここはディズニーランドか! みたいなすごいところでガルニエがまわしてて(笑)。

おそらく『レイヴ・トラヴェラー』に感化された人は自分探しのほうに行ってしまうと思うよ。

清野:『ブラック・ダラー』の主人公も、最初は自分探しのためにガーナへ行くんですけが。

しかし、内省に惑溺することを許さない現実を叩きつけているじゃない。

清野:そうですね。自分を探そうとするほど、いかんともし難い現実に引きずり込まれていく。

[[SplitPage]]

ブラックホール的な、ケオティックなアフリカ。ビジネスで荒稼ぎしてるのは外国人が多いみたいだしね。「パイナップルで一発あてた」とか(笑)。そこに金とダイヤモンドがあって、石油まで出たとなったら、詐欺師もマフィアも集まってくるでしょう。ODAの受け皿は日本のゼネコンだし。


清野-栄一
ブラック・ダラー

双葉社

Amazon

レイヴ・トラヴェラーを名乗った男が、いかんともしがたい現実を書きたいと思った所以は?

清野:四年前に交通事故に遭ったのも大きいかな。月に2回も(笑)。示談も進まないし、仕事もできないし、加害者には何も言えないし。そんなことしてる間に、実家の福島で原発どっか~んでしょ。小説って、他者について書くんだけど、現実には他者どころか自分でさえ思いのままにならないわけで。まして、世のなかをコントロールするなんて無理だと思うから。震災後の反原発運動には、どこか違和感があって。イラク戦争のときはトラック乗ってデモやってたけど(笑)。「じゃあ、実際、福島に行ってこいよ」というか。福島でデモなんて見たことないもの。この先数百年ぐらいはたぶんどうしようもない。でも、うちの親父なんか逃げるつもりなどハナからないし、自営業の友だちもたくさんいる。それは、不条理極まりない日常を生きてくということだから。震災後何度も福島と東京を往復してるけど、未来感メチャありますよ。

ちなみに主人公の岡崎は福島出身の医者ですからね。

清野:そもそもは、ブラック・ダラーの話を聞いて、これはただの詐欺話じゃないな、と思ったんです。そして調べていったら、マネー・ロンダリングに行き着いた。野口英世の死にまつわる謎や、ODAやAIDSウイルスの話も興味深かった。アメリカの市場に出回っている額と同じ額のドルが、アングラマネーとして流通してるとFRBは推測してて。毎年数えてるらしいんです。IMFによると、世界のGDPの2~5%にあたるカネがマネーロンダリングされてて。一国のGDP並みの規模ですよ。

IMFといえば、80年代は中南米にアプローチにしているし。ドラッグ戦争も起きているしね。

清野:ガーナにもIMFや日本のODAが投入さてますね。それで、面白そうだからとりあえず行ってみようと(笑)。たまたま日本人の友だちがいたっていうのもあるんですが。実際に行ってみたら、こら大変なところだなと(笑)。空港に着いたら真っ暗だし。

そこは小説と同じなんだね。

清野:そうそう。日本人の友だちから「夜なんで空港から絶対に出ないで待っててください」と言われて。彼はビーチハウスやってて、そういう知り合いがいたから良かったけど、まず泊まるところが、数百ドルの高級ホテルか、数ドルの売春宿みたいなところしかない。中間がほとんどないんですよ。普通の旅行っていうか、バックパッカーは無理ですね。

なるほどね。命知らずか金持ちしか行けないよね。

清野:そこまでじゃないけど(笑)。それで、ビーチに行ったら、どっかんどっかんサウンドシステムが鳴ってるわけ(笑)。友だちに聞いたら、ボブ・マーリーの妻のリタ・マーリーが近くに住んでて、地元の名士ですね。

アフリカン・ヘッドチャージも住んでいるって書いているね。

清野:行くまでまったく知らなくて。繁華街はクラックだらけだし。

コカインは小説で重要だけど、ガンジャに関する記述はないじゃない。

清野:「ヤーマン!」って挨拶で通じるかなと(笑)

ハハハハ。でも、『レイヴ・トラヴェラー』にとってのMDMAが『ブラック・ダラー』ではコカインとヘロインになっているじゃない。そこも時代を感じるよね。

清野:主人公が医者だし(笑)。後で調べたら、ヨーロッパで流通してるコカインの60~70%がガーナ経由らしく、コロンビア革命軍とイスラム系武装組織が手を結んだと報道されてて。

音楽的には繋がっているよね。アフリカで、キューバなどのラテン音楽って人気あるから。

清野:逆輸入みたいな感じですよね。ボブ・マーレーがなんでガーナに来たかというと、最初エチオピアに行って、そのあとアフリカ公演をして、ガーナにスタジオを作ったんですよ。政情や経済が安定してたってのもあるのかな。いちばん最初に独立した国だし、経済もそこそこしっかりしているし。

ナイジェリアは?

清野:行ったことないけど、ヤバイそうでしょ(笑)。モロッコとか北アフリカは何回かあるけど、あの辺は地中海諸国だから。サブサハラっていう、サハラ砂漠より南のアフリカに行くのはじめてで。この本書いてなかったら、行く機会もなかったと思う。

カルチャー・ショックだった?

清野:社会の構造がね、二重構造、三重構造というか。西アフリカでは数少ない議会制民主主義の国なのはたしかだけど、伝統的な部族社会も根強くて、土地はチーフが管理してたりする。いまだに大統領が決まると、チーフに会いに行くらしいし。そういうところにいると、ガーナに限らないけど、物事の基準がよくわからなくなってくるんですよ。詐欺にしろ音楽にしろ、日本でも起きていることが、もっと肥大化されて展開しているわけです。

アフリカはあくまで舞台として描かれているんだよね。アフリカへの甘いファンタジーのようなものは抑制されているでしょ。

清野:舞台というか、そこはあえて突き放して書きたかったので。実際には、ゲットーとか、面白かったですけどね(笑)。

「ヤーマン」なわけでしょ?

清野:もう、そこらじゅう(笑)。

レゲエの曲名を見出しに使っているけど、あれ、必要だった?

清野:実際に、それが日常だから。繁華街だけじゃなくて、ゲットーの小さなバーでも必ずスピーカーがあって、通りまでがんがんにレゲエとかダブ鳴をらしてる。

じゃあ、恐怖じゃなくて「ヤーマン」の話でも書けたわけだ(笑)。

清野:何十回かは出てくるんじゃないかな。ヤーマン(笑)。恐怖っていうより、チョイスかな。旅って、どこで食って寝てどこへ移動するかっていう、常にチョイスの連続じゃないですか。でも、チョイスがない状況っていうのが現実には多々あるわけで。昔、テルアビブの空港で、ヨルダンから陸路で入国したのがばれて、イスタンブール行きの飛行機に乗せてもらえなかったことがあって。「一回EUを経由しろ」と。まあ、いま考えるとそれなりの理由はあるんだけどね。カメラのレンズの中まで調べられるわ、大使館にも連絡できないわで、最終的には「カネがない」と開き直ったら、スイス・エアーのチケットくれたけど(笑)。いままで自分が書いてきた小説はチョイスがあるかないかってところが大きかったんだけど、今回は、チョイスなんてものがなくなった、その先の話を書きたかったんですよ。それは、恐怖だし、それでも生きてるってことだから。

[[SplitPage]]

『レイヴ・トラヴェラー』からはじまった、ロード・ノベルって名付けたんですが、旅する小説ってヤツはこれで打ち止めかな。『ブラック・ダラー』には20世紀のダメなところが全部出ていると思うんだけど(笑)、石油、資源、金融、情報システム......。


清野-栄一
ブラック・ダラー

双葉社

Amazon

野口英世はなんで出したの?

清野:出てこないほうがへんでしょ(笑)。当時ノーベル賞候補だった野口は「黄熱秒は病原体でウイルスではない」という自説を証明するためにガーナへ行くんです。そして600頭もサルを解剖して、帰国する船の予約まで済ませた後に、黄熱病で亡くなった。「わたしにはわからない」という言葉を残して。黄熱病を患ったことがある野口は、病原体ならば黄熱病にかからないはずだと思っていたのか、自分の説を身をもって証明しようとしたのか、いろんな説があるけど、かなり追い詰められていたのは間違いない。その生き様の幻影として、主人公の父親像が浮かんできた。実際に、60年代末には福島医大がガーナに研究所を作って、ODA資金で野口研究所が設立さたんです。80年代にはアフリカで新種のHIVウィルスを発見して世界の注目を集めるんですが、「HIVの起源はアフリカだ」という通説に反するのは、いまでもタブーらしいんです。エイズには人種問題や同性愛問題が絡んでいるから。一方で、先進国の製薬会社が「医療援助」といいながらアフリカで新薬の治験をやってきたのは明かで、映画にもなってる。

そういうアフリカだよね、カオスというか。

清野:ですね。ブラックホール的な、ケオティックなアフリカ。でも、ガーナ人は保守的というか、ビジネスで荒稼ぎしてる外国人も多いしね。「パイナップルで一発あてた」とか(笑)。そこに金とダイヤモンドがあって、石油まで出たとなったら、詐欺師もマフィアも集まってくるでしょう。バブル時代のODAの受け皿は日本のゼネコンだったし。ガーナに限らず、ODA資金の1割から2割ぐらいは日本に環流されてるっていう報道もあるけど、どうなんだろう? でもまあ、ガーナは安定してるほうじゃないのかな。インフレが年間2億%とか、選挙の度にジェノサイドが起きるとか、とんでもない国もあるから。ガーナは二大政党制で、選挙は毎回接戦なんだけど、8年おきに大統領が入れ替わるところが、逆に不自然だけどね(笑)。

そのあたりは小説のなかにも出てくるよね。

清野:怪しい銀行とか(笑)。日本には投資銀行って法律上ないらしいんだけど、金融危機で破綻したリーマン・ブラザーズも、いわゆる普通の貯蓄銀行じゃなくて投資銀行ですよね。ヘッジファンドとかオフショアっていうと、海に囲まれた小さな島、みたいなイメージしかなかったけど、キャッシュフローでみたら、世界最大のオフショアはアメリカとロンドンのシティだという人もいて。アメリカの金融危機は、投資銀行が普通の貯蓄銀行を脅かすほど巨大になったのが原因だとも言われてるけど、ギリシャの財政破綻も、アベノミクスも、それは同じでしょう。

それで世界経済もダメージ受けるという。

清野:一国の経済を潰すほど巨額のカネが、複雑怪奇な金融システムを通じて、国境なしに世界を動きまわっている。それがいまの市場経済じゃないのかな。こんなに不安定な市場経済のシステムがこれほど長続きしてるのは、人間自身がそもそも、好んで損をするような不安定な生き物だからだと思って。だからって、それを否定できないどころか、自分もそのひとりだから。

やっぱ世界経済は今回のテーマのひとつなんだね。

清野:だって、そのまま毎日の生活に関わってくる話じゃないですか。こないだLA行ったら、スーパーでビール買ったりガソリン入れたりしながら、1ドル120円の頃は旅行も楽だったな、とか思いうわけですよ(笑)。

ハハハハ。ウォール街のデモとも通底する話ってことだよね。

清野:全然そういう意味で書いてるんですけど。ウォール街や反グロが表の経済だとしたら、裏の経済も当然巨大化や国際化してるわけで。マネー・ロンダリングっていうのはそもそも、現金、つまり足のついてないカネを、企業や個人の資産にするってことですよね。その第一段階が、金融システムへの「組入れ」で、今時銀行にいきなり大金預けたりしたらすぐにばれるから、辺鄙な国の銀行が使われるようになった。二段階目は二段階目は「分散」で、海外送金やトレードを繰り返す。三段階目が「回収」で、分散していたカネをまとまった資産としてベンチャー・キャピタルやヘッジファンドが投資する。これが最近の典型的なマネー・ロンダリングの手法らしいです。

ホント、今日は勉強になるよ。

清野:というか、普通の企業に似てるというか。ギリシャなんかは、国家ぐるみでヘッジファンドに注ぎ込んでたわけで(笑)。そういえば、ケニアのショッピングモールが襲われた事件があったけど、あそこも外国人がよく行くショッピングモールなわけじゃないですか。そうした、世のなかの基本になってる経済の歪みがいちばん出ているのがアフリカで、しかも最後の市場とまで言われているから。

えー、そうなの?

清野:それはそうでしょ。世界の企業にとっては、中国の急成長も終わったから、次はアフリカっだって。ガーナにも去年か一昨年にトヨタの工場ができたし。これから中間所得層ががっと増えると見込んでる。さっき、中間がないって言ったけど、セキュリティを確保して、普通に生活しようと思ったら、メチャカネがかかるんですよ。2週間以上いたけど、バックパッカーとは一度も会わなかったな。いるんだろうけど。

格差というか、ふたつの別の世界があるような。

清野:子供が日本の大学に行ってるガーナ人の親に、「卒業したらどっちの国で就職させるの」って訊いたら、「ガーナに決まっているでしょう。だって給料が全然高いから」って。でも、それはほんの一握りで、ゲットー暮らしは月百ドルぐらいだから。

なるほどねー。ところで、岡崎や大道にはモデルがいるの?

清野:岡崎はどちらかと言えば、僕に近いかも。大道はね......、たとえアンダーグラウンドの住人だろうが、そこにはアンダーグラウンドなりの一線というものがあって、表の社会でもマトモに生きていたりする。そういう意味では、悪人じゃない。極悪人のように描かれてるけど、言ってることは案外マトモだし、最終的には盗みも強請りもしていない。岡崎はロシアンルーレットの最後のひとりだから、これはもうノー・ウェイ・アウト(笑)。

はははは。どつぼはめられているよね(笑)。大道はいわゆる筋を通す人だけど、古いタイプの日本人をここで出したのは?

清野:それはたぶん、こういう人がいないからかな。アウトサイダーだけど、言ってることは正しいなっていうか。勝手に生きてるようだけど、筋を通すことを重んじるとか。ガキの頃にはそういう大人が近所に誰かいたと思うんですよね。ところが、民主党なんかはまさにそれが足りなかったというか、言ってることがブレまくって自爆したわけだから。

そういうところこにも清野栄一の批評があるんだね。では、コカインに関しては? これも現代を象徴するドラッグだよね。ドラッグを今回はすごくドライに描いているでしょ。冒頭にウィリアム・バロウズの引用があるけど、バロウズもドラッグを反ロマンティックに描いているわけだけど、『ブラック・ダラー』におけるドラッグの描き方も、そういう突き放した感じをだしているよね。それは何故?

清野:バロウズの引用は別な意味なんだけど......それで人生をダメにする人もいっぱいいるからね。

それを清野栄一が言うことは重要だよ。

清野:死ぬ人までいる。

だから、80年代から続いてきた快楽主義......、僕や清野さんの世代はもろにそれを受けてきているんだけど、そこにある意味では釘を刺しているところが良いなと思ったんだよね。

清野:釘を刺すというか......アイロニーですかね。アングラ・マネーと武装組織がうごめくブラックホールから流通してきたもので、舞い上がってパラダイスになってるという。

それから、岡崎が心療内科の医者っていうのも面白いよね。

清野:そうじゃないと、物語が進まないし(笑)。ある読者から、「心療内科の医者は執刀しないと思いますけど」と指摘されたけど。

たしかに(笑)。でも、そこは、向精神薬とうつ病というのも、今回の物語では要素のひとつだからね。

清野:それも今時身近なものじゃないのかな。タッピング療法とかもやってるから。

ああ、物語で重要な役目を果たしている。

清野:あれは本当にある心理療法を真似てるんですよ。

とにかく『ブラック・ダラー』は、アムスとアフリカを舞台にしながら、ストイックだよね。

清野:苛酷だけど、面白いところですよ。ビーチで爆音だし(笑)。ピースでフレンドリーな感じだし。ただし、その対極にあるものもすごいんですが。

ジェイムズ・エルロイの影響?

清野:いや、そこまでじゃないかな。ソリッドな文章にはしたかったですね。

見事な三部構成じゃないですか。

清野:連載当時はもっと長かったんですよ。単行本にするにあたって、かなり削除したんです。ただ、アフリカのビート感、まったりしてるけど抜け目ないような、独特のビート感は出てると思う。ボブ・マーレーのガーナというのは、まあ、みんな入りやすいというか、道を歩けばレゲエがなってるわけで(笑)。その裏で何かがうごめいている感じ。雑誌のほうのエレキングには、ハイライフからはじまるガーナ音楽のことを書いたけど、イギリス的なヒップホップの流れの音楽がけっこう熱いですね。

南アフリカはアメリカのギャングスタ・ラップが人気なんだけど、ひとつ問題なのは、アメリカではある種のギャグとして言っている銃や女の歌詞が、南アフリカでは言葉はわかっても言葉の背景までわからないから、それをギャグではなく本気で受けてしまっている、なんていう記事を昔『ガーディアン』で読んだんだけど。

清野:ガーナのヒップライフとかアゾントは、ギャングスタなノリじゃないですね。イギリスが旧宗主国だったってのもあるのかな。斧とか槍は飛んでも、ガンは出てこないかも(笑)。

『ブラック・ダラー』はゲットーのギャングじゃなくて、そこを植民地化しようとしているギャングを描いているとも言えるからね。

清野:石油が出てから銀行とホテルが乱立して、「怪しい人がめちゃ増えた」と友だちが言ってたけど、採掘はじまったのはつい最近だから。まあ、夜中にひとりでタクシー乗ったら、それは危ないけど、昼間は普通な感じですよ。

今日、話を聞いてあらため思ったのは、たしかに『レイヴ・トラヴェラー』とは裏表の関係なのかなというか、『レイヴ・トラヴェラー』世代がそのまま大人になった内容になっているんじゃないかと。

清野:対になってるところはありますね。

物語の最初は、ボブ・マーレーやレゲエの曲名ではじまっているのに、最後のほう......

清野:最後は"サーチ&デストロイ"! パンクになって終わっているという(笑)。そういや、『レイブ・トラヴェラー』のはじまりも、ロンドンのフィンズベリーパークにセックス・ピストルズの再結成ライヴだったわ。

はははは。そこは自分の趣味でしょ!

清野:そんな夢はいつまでも続かないんだ。どんなあざやかな記憶でも、薄れてしまうかもしれないなんて......っていうことでリアルな世界に入っていくんだけど。出てくる人物は、誰一人純真無垢じゃない。しかも、全員ちぐはぐなことをやっている。気づいた時にはロシアンルーレットの一人になって......。

ネタバレになっちゃうから、このへんにして。次に書きたいことは何?

清野:『レイヴ・トラヴェラー』からはじまった、ロード・ノベルって名付けたんですが、一連の旅する物語ってヤツはこれでいったん打ち止めかな。『ブラック・ダラー』には20世紀のダメなところが全部出ていると思うんだけど(笑)。石油、医療、金融、情報システム......人類が劇的に増えて技術が進歩したというけど、目の前に空間が存在することすらまだ証明できてない。人間はまったく進化してないどころか、むしろ退化しても生き残ってきた。そんな生きものって、他にいないんじゃないのかな。扱いきれないとわかってる原発作ってみたり、およそろくなもんじゃない。でも、過去のこと考えてみたり、未来にどんな世界があるのかって想像するのも、たぶん人間ぐらいだと思うんです。それがどんな世界だろうが、あがったりさがったりしてるほうが面白いに決まってるでしょ(笑)。そんな意味でも、『レイヴ・トラヴェラー』を読んだことがある読者にこそ、『ブラック・ダラー』を読んで欲しいなと思っています。

清野栄一:1966年福島生まれ。出版社勤務後、20代前半から世界各地を旅し、写真家を経て文筆業へ。小説、旅行記、ルポルタージュなどを執筆。『RAVE TRAVELLER 踊る旅人』(1997年)、『デッドエンド・スカイ』(2001年)、『テクノフォビア』(2005年)など。

DJ Yogurt (Upset Recordings) - ele-king

DJ Schedule
10/5(Sat.)@新宿・風林会館
10/6(Sun.)@山梨・野外・@地球大使館
10/12(Sat.)@大阪・Circus
10/14(Mon.)@代官山・AIR
10/14(Mon.)@渋谷・After The Camp@渋谷・J-Pop-Cafe
10/18(Fri.)@新宿・音
10/19(Sat.)@米子・Hasta Latina
10/20(Sun.)@渋谷・O-NEST
10/25(Fri.)@博多・ブラックアウト
10/26(Sat.)@小倉・ロックアロウズ
11/2(Sat.)@新潟
11/3(Sun.)@恵比寿・Liquid Room
11/9(Sat.)@名古屋・Vio

HP : https://www.djyogurt.com/
Twitter : https://twitter.com/YOGURTFROMUPSET
Facebook : https://www.facebook.com/djyogurtofficial

2012年から2013年にかけて自分が小箱でDJする時に頻繁にDJプレイした10曲で、大箱や野外PartyではほとんどDJプレイする機会の無い曲揃いでもあるという今回のTop10 Chart。Downbeatとか、Lowbeatとか、BarealicとかCosmidとか......なんて呼んだらイイのかわからない、ジャンル分けが難しい「遅くて、気持ちイイ曲」ばかり。全て12inch(10曲目のみ10inch)。


1
Tornado Wallace - Thinking Allowed - ESP Institute
12inchで収録曲全曲がロービートでイイ感じの出来の事は珍しいけど、この12inchは珍しくイイ感じのロービートが3曲。生音と電子音の組み合わせ方がNice。
その中でもCloud Country (Original Mix)は特に好き。
https://youtu.be/S2xR2xxRH2o

2
Rocco Raimundo - Love Grow - House Of Discorecords
A-2"Love Glow"というタイトルのThe Pendletons"Waiting On You"のEditが最高過ぎ。オリジナル以上の高揚感をもたらす仕上がりで、こういうEditを聴くとまだまだ新作Editもののチェックは止められないと思う。
https://mox.tv/video/rocco-raimundo-love-glow

3
Philipp Matalla - Lack Of Loss - Kann Records
A-1"Lack Of Loss"のみをDJプレイ。これこそ「何のジャンルかわからないけど、やたら心に残る曲」な気も。いちおうJazz Abstruct Ethnic Low beatとかなんとか形容してみたり。
https://soundcloud.com/kann/philipp-matalla-lack-of-loss

4
Donald Trumpet - Down For The Fourth Time - Better Days Records Inc
こういうEditに自分はホントにヨワイ。2012年末に12inchで出たけど、よくDJプレイしたのは冬ではなくて2013年夏。小箱でDJする時に特によくかけてた。Joey NegroのEditは音質も良くて、DJの時に使いやすいのも好み。
https://soundcloud.com/joeynegro/donald-trumpet-down-for-the

5
Detroit Urban Gardening Ensemble - Take Root - OHA
どこかPatrick Palsingerがやっていたイカしたユニット"Sluts'n'Strings & 909"を思い起こさせる、Funkyかつ少しだけJazzyでもある、Electric Low Beat。Groove感がお約束なノリではなくヒネりが効いている上に、使っている音が刺激的。それにしてもこのレーベルは次にどんな曲をリリースしてくるか、全く読めない......。
https://soundcloud.com/daverendle/the-detroit-urban-gardening-ensemble-take-root

6
Mermaids - Run With The Night - Foto Records
U.K.のGlasgowのLabelから出たコンピ12inchの中のB-1。じわ~っといい塩梅に仕上がっている、フィルター使いが目立つDisco声ネタを散りばめつつ進行していき、歌が始まるのは5分以後......そこまでLong Mixで引っ張りたいところ。
https://www.youtube.com/watch?v=gp7bksr1qS8

7
Suonho - Bara Limpa - Suonho In Brazil Vol.1
2012年にリリースされた12inchながら、2013年もDJプレイし続けている、Barra Limpa (suonho Natural Latinjazz Touch)をB-1に収録。イタリアのSuonhoによるEditで、他のEditはベタ過ぎるキライもあって全然DJプレイしていないけど、このB-1は別格。原曲の良さを引き出している傑作Edit。
https://soundcloud.com/suonho/barra-limpa-suonho-natural

8
Frank Booker - Synchro System - KAT
ナイジェリアの大スターだったKing Sunny Adeが1983年にIslandからReleaseしたヒットシングルのEdit。原曲の出来がイイだけに、あれ以上の出来に仕上げるのは難しいけれど、Dubbyなエフェクトを加え、リズムの低音を強化することで、原曲よりもDJがクラブ等でかけやすい仕上がりになっていて、2013年に自分がよくかけたEditの一つに。

9
Sad City - What I Talk About - Phonica Records
U.K.で長年Record Shopとして営業しているPhonicaのLabelから。Washed outをさらにDubbyに、Trippyに仕上げた感じもあるような、DJプレイしやすい曲ではないけど、たまにかけたくなる曲。
https://soundcloud.com/phonicarecords/sad-city-what-i-talk-about

10
Todd Terje - Snooze 4 Love version - Running Back
この曲は厳密にはLowbeatじゃなくて、BPMは120あるけど、キック等の低音がほとんど無いAmbient仕様。70年代後半のAsh Ra Templeの曲のような気持ちイイ浮遊感が味わえる、電子音がMinimalに柔らかく鳴り続ける曲。あまりDJプレイする機会が無いけど好きな曲で、今年は恵比寿のTime Out Cafeで真夜中にAmbient度の高い選曲でDJした時にプレイ。
https://www.youtube.com/watch?v=m9MLMt0f3XE
  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369