「ele-king」と一致するもの

interview with Jehnny(SAVAGES) - ele-king


Savage
Adore Life

Matador/ホステス

RockPost-Punk

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 勇敢なるサヴェージズのセカンド・アルバム『アドーア・ライフ』が出る。4人の女性によるこのバンドは、全員見た目も黒でビシッと決まって格好良く、グラマラスで、いまでもロックが娯楽以上の大きな意味を持つ音楽だと思っている、という点において説得力を持っているバンドのひとつだ。彼女たちはときに好戦的で、ストイックで、そして音楽には強く訴えるものがある。何を?
 ロックの歌詞というのは、通常、言ってる内容と、見ている視点のあり方との関係によって評価される。そう、こいつはどの位置から物事を見ているのか(ブレイディみかこなら、地ベタ)。スリーフォード・モッズのみすぼらしさは、彼らの見ている場所、視点のありかを表している。つまり、パブで飲んだくれているうだつの上がらない老若男女を受け入れているし、彼らはきっとわずか1行で社会を描写できる。あるいは、ディアハンターは、社会のアウトサイダーの気持ちをいまでもすくい上げる役割を果たしている。ブラッドフォード・コックスが芸能界入りすることもなければ、社会に馴染めないはぐれ者たちとの親近感を失うことはないだろう。それはかつてロックと呼ばれた音楽の大前提だ。
 そこへいくとサヴェージズはどうだろう。彼女たちの音楽は本当にシンプルだ。難しいことをやっているわけではないし、ある意味、基本に戻っているとも言える。いわゆる大衆音楽と呼ばれるものとは一線を画していた頃の、ロックが耳障りの良い“ソフト”に転向する前の、あるいはパンクの時代の、攻撃的でやかましくハードだった頃のロック。ぼくが思い出したのは、ひとつ挙げると、パティ・スミスのセカンド・アルバムだった。
 だが、サヴェージズの歌詞に物語や文学性はない。ただ実直に言いたいことを簡潔に言っているように思えるし、今回のアルバムで、曲調がパティ・スミスっぽいと感じてしまった“ADORE”という曲も言葉は直球で、意訳すれば、いくら人生で暗いことがおきても、なんだかんだと「私は人生が愛おしい、人生を敬愛している」と繰り返される。
 新作は“愛”のアルバムである。
 それでは以下、ジェニー・べス(Vo)への電話取材の模様をどうぞ。

サヴェージズは決して政治的なことを取り扱うバンドじゃない。よく、人間は環境の……社会や政治的環境の産物だ、みたいな言われ方をするけれど、私は案外、人間性が先にあって環境や社会や政治が生まれていくんじゃないか、って思ったり。私が自然体で歌っていることが私を取り巻く環境や、ひいてはもっと大きな社会的な環境になっていく……ってことになるんじゃないかしら

まずはインタヴュアーからの感想ですが、「重たくて美しいアルバム」とのこと。重たい、というのは、聴き応えがある、という意味で、つまりはすぐには理解しきれないかもしれないし、もしかしたらカジュアルには楽しめないタイプのアルバムなのかもしれない……。

ジェニー:わぉ。まず、美しい、というのは、ありがとう。そして、ただ美しいんじゃなくて重たい、というのも嬉しい。悪い意味の重たさじゃなくて、前向きにいろいろと考えたことが詰まっているという意味での重たさは、たしかにあるかも。でも、すごく自由に楽しんで作れたアルバムなのよ。別に思いつめて重たくなっちゃったわけじゃない(笑)。今回、レコーディング中もそれぞれのパートをバラバラに取り組んでいたから、みんな、やりたいことをとことん追求できたのよね。それは私の歌や歌詞にも言えることなんで、うん、思い切りやれたアルバムなのはたしかよ。

その結果、愛が題材になったんですか。

ジェニー:結果的に、ね。

それがいまのあなたの書きたいことだった?

ジェニー:そういうことになるわね。うん、そうだと思う。というか、前から自分の中にはあった題材だけど、最初のアルバムでは書くのをあえて避けていたんで。あの時はバンドとして他に表明しておくべきことがいっぱいある気がしていたから、ラヴ・ソングを書くよりは、自分たちがこういうバンドなんだ! ってことを訴えるような、こういうバンドがいまもここに存在しているんだ! って叫ぶような曲に専念していたの。それを経て、今回はまた違った面を見せたいと思った、っていうのはあるかも。意識してラヴ・ソングをフィーチャーしたつもりはないんだけど。

それは、あなた個人の変化でもあり、バンドの変化でもあり……

ジェニー:うん、そういうこと。愛って普遍的なテーマだから、常にそこにあるわ。何も、このアルバムに向けて急に書き始めたわけじゃない。ただ、自信とか経験とか、制作中の自由な雰囲気とかに後押しされて解放されたテーマってことだと思う。

最近のヨーロッパの社会的・政治的な空気を見ていると、もしかすると「愛」といっても個人的なものではなく、もっと大きな「愛」なのかなとも思えるのですが。

ジェニー:パーソナルでもあり、ソーシャルでもあり、でもポリティカルではないわね。サヴェージズは決して政治的なことを取り扱うバンドじゃない。ただ、思うんだけど、人間と社会や政治の関係って、どっちが先なのかな。よく、人間は環境の……社会や政治的環境の産物だ、みたいな言われ方をするけれど、私は案外、人間性が先にあって環境や社会や政治が生まれていくんじゃないか、って思ったり。それでいくと、私は決して社会や政治で起こっていることを歌にはしないけど、逆に私が自然体で歌っていることが私を取り巻く環境や、ひいてはもっと大きな社会的な環境になっていく……ってことになるんじゃないかしら。わかる? 人間……っていうか、アーティストはとくにそうだと思うんだけど、まわりから影響される部分は当然あるにしろ、あくまで発信は自分、なのよね。少なくとも私が、自分の感覚や感情よりも周囲の状況のことを優先して書くことはあり得ない。アーティストとしての私は自分が環境なんだと思う。

あぁ、なんか素敵な表現。

ジェニー:あはは。

すごく内側を見つめる作業。

ジェニー:そう。

前作に比べると、怒りはおさまっているような印象も受けます。

ジェニー:あぁ、たしかに剥きだしには怒っていないかも。でも、まったく怒っていないわけじゃないわ。腹の立つことが無くなったわけじゃないから(笑)。でも、なんかこう、怒りも咀嚼できるようになった、ってことなのかな。

世の中には、1st アルバムの頃以上に怒りが満ちているようにも感じますが。

ジェニー:たしかに。でも、それをそのまんま映し出すのが私たちではない、というのがさっきの話なわけ。ね?

世の中に愛が足りないから愛の歌を、というわけではない(笑)。

ジェニー:違う、違う(笑)。

例えば“Adore”という曲も愛を歌っていて、いままでのサヴェージズとはちょっと路線の違うエモーションを感じるという声もあります。ジャンルでいったらソウル・ミュージックのような。

ジェニー:わぉ。それ、私は褒め言葉として受け取っておくわ。

バラードでこそないけれど。

ジェニー:うん。わかる。セクシー、かも(笑)。ソウル・ミュージックって、私にはそういうイメージ。私はヒップホップ的な音の作り方が大好きだから、そういう音楽もよく聴いてはいるわ。サヴェージズがそうやって音を作ることはないけど、ドラマーのフェイが音楽性豊かなドラマーだっていうのが私達の強みになってると思う。リズムを刻むだけじゃなくて、曲の感情を伝えてくれるのよね、彼女のドラミングは。

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スリーフォード・モッズは大好きよ。共演もしたし。ディスマランドで共演したの。えぇと、あれは……バンクシーか! バンクシーのディスマランドで一緒にやったわ。


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Adore Life

Matador/ホステス

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このアルバムの雰囲気を「スピリチュアル」と表現したら当たってますか?

ジェニー:あぁ……うん、そうね、ラヴというよりはソウルだし、それよりもスピリットかもね。あとセクシャリティ。これは前から言っていることだけど、セクシャリティは私にとって最大のテーマでもある。セックスって本当の自分でいられる、一番安心できる場所なのよ、私にとっては。それをすごく感じさせてくれる展示会が去年、パリであって…えぇと……あ~、名前を忘れちゃった(苦笑)、フランス人の女性アーティストの作品群だったんだけど、あんなふうに自分のセクシャリティを表現できるというのは素敵だなぁと思って。なんなんだろう、表立って語ることをタブー視されるエリアだけど…、いや、だから、なのかな、私が取り組んでみたいと思うのは。つまり、そこまで解放されて初めて真に自由になれると思っている、というか。セックスは安心できる場所。Sex is safe!……って、なんか力説しちゃったけど(笑)。

(笑)、スピリットと同義語なのかどうか、私にはよくわからないけど。

ジェニー:スピリチュアルであることが高尚でセクシャリティが低俗、みたいな分け方は絶対に違う。

うん……。

ジェニー:解放、という点では同義語なんじゃないかな。

つまり、愛を歌うようになったことも含めて、このアルバムには解放されたサヴェージズがいる、と。

ジェニー:そういう言い方はできるわね。別に、前のアルバムで私たちが制約されていた、というわけではないけど、気持ちの上でもミュージシャンシップ的にも色んなことができる余裕ができたんだと思う。

歌詞の上でも?

ジェニー:うん、さっきも言ったように、今回はパート毎に作業だったから、早くやらなくちゃ、とか、メンバーを待たせてるから、とかいう心配をすることもなく、自分のやることにじっくり専念することができたの。私の出番は最後だから、みんなが作ってきたものを聴いてかなり驚かされたわ。わぁ、こんなことができるんだ、みんな! って。刺激されて私の歌もより思い切った表現になった、というのはありそう。詞はいつも書き溜めているものの中から曲に相応しいのを選んで仕上げていったんだけど、ファーストの頃よりもお互いのことがよくわかって、遠慮のない仲になっているから気持ち良く歌えた歌詞もあると思う。

バンド内からの刺激。

ジェニー:そういうこと。

外からの刺激、ということでは、その展示会や、他に何かありましたか。

ジェニー:本はよく読むわ。とくにギタリストのジェマ・トンプソンとは、面白い本を読むと郵便で送って交換したりしてる。この前はふたりでゲーテの『ファウスト』にはまって……というか、その前に映画版にはまったんだけど(笑)、原作は16世紀……だっけ?(編注:ファウストが実在したのは16世紀で、ゲーテが書いたのは19世紀) 映画はロシア制作で、ちょっと前のやつ。知ってる? あれを観ちゃったの(笑)。すごく美しい映像だけど、うわぁ、勘弁して……っていう場面もいくつかあって、観て良かったような、観たくなかったような……

それこそ美しくて重たい、という感じでしょうか。

ジェニー:そう、そう! それで思い出したけど、あの映画のラストシーンを観ながら思ったのよ、これは自分たちのアルバムで表現してみたい世界観だ、って。いままで忘れてたくらいだから、そのまま実践したとはとても言えないけど(笑)、でも、どこか深層心理に残っていたのかも。

ゲーテの『ファウスト』ですよね。

ジェニー:そう、ドイツのヒーロー(笑)。

アルバムを締めくくる“This is What You Get”、“Mechanics”あたりの曲は痛みを伴いますね。こういう終わり方にしたかった理由があるんでしょうか?

ジェニー:“Mechanics”は、ある意味、未来に目を向けている曲よ。少なくとも私はそう思ってる。愛というものを……そうね、愛の可能性、というか……、この愛を本当に自由にしてあげた場合、将来的にどういうものになるか、という可能性を歌っているつもり。恋に落ちるにしても、恋から落ちこぼれるにしても、何の縛りもなく自由に、心のままに身を任せていたらどうなるか……という、うん、だから、いまはまだここにないもの、存在していないものを歌っている。わかる(笑)? 想像の世界、ってことね。だからこそ、あの曲でレコードの幕を下ろすことが重要だったの。未来に向けて開かれた扉、という意味で。

あぁ、なるほど。そこまで読み取れるか、は英語力も関わってくるかな……。

ジェニー:あはは、でも、それはフランス人が相手でも同じよ。ただ。サヴェージズの曲は言葉を理解しなくても伝わるものがあると私は思ってる。音楽そのものやサウンドが、何かしら意味を伝えてるはずだから。あるいは意味の感覚、というか…、だから、歌詞で私が言おうとしている意味そのものじゃなくてもいいの。どの曲も……必ずしも歌詞に書かれている意味で捉えてくれなくてもかまわないし、その人の感覚で楽しんでもらえるのがいちばんいい。それが可能な曲であることがだいじだと思ってる。

時間が迫ってきたので、最後にシンプルな質問をいくつか。まず、あなたはブラッドフォード・コックスが好きですよね。

ジェニー:うん! 大好き!

では、スリーフォード・モッズは?

ジェニー:あははっ! 大好きよ。共演もしたし。ディスマランドで共演したの。えぇと、あれは……バンクシーか! バンクシーのディスマランドで一緒にやったわ。

次に、あなたが思わず口ずさみたくなるようなポップ・ソング、メロディのある曲、というと何でしょうか。

ジェニー:う~ん……新しいので?

新しくても古くても、どこの国のものでも。

ジェニー:わあ……いっくらでもあるんだけど、ちょっと待ってね、コレっていうのを考えてみるから……

OK。

ジェニー:そうだなぁ、ポップ・アーティストってことでいうとマイケル・ジャクソンが私の子供の頃の一番好きなアーティストで、10代の頃は本当にマイケル・ジャクソンに入れ込んでたから、彼の曲が思い浮かぶんだけど……、あ、そういえば、実はビヨンセのこの前のレコードがけっこう気に入ってるのよね、私。

へえ……。

ジェニー:かなり衝撃だったわ、自分がビヨンセのレコードを気に入るなんて(笑)。

(笑)

ジェニー:あはは。でも、たぶんプロダクションなのよね、私が惹かれたのは。曲そのものっていうよりも、一部の曲の音の作り方とか響きとか……、あと、けっこうアンダーグラウンドまで掘って音を作ってる感じはすごくいいと思った。あ! 新しいところでは FKAツイッグスはすごく好き。彼女は存在がポップ・アーティスト! って感じがする。ヘンだけど、そこがいいのよね。ポップなのに極端にヘン。そういうの、私は大好きなの。メインストリームだと、そんなところかなあ……って、全然ポップ・ソングじゃないし、歌えないわね(笑)。

interview with Courtney Barnett - ele-king


Courtney Barnett
Sometimes I Sit and Think, and Sometimes I Just Sit

Marathon Artists/トラフィック

Indie Rock

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 いや、すいません、申し訳ないっす、web ele-kingのレヴュー原稿もたまにしか書けないほど、昨年ぼくは本作りに時間を費やしていまして、このコートニー・バーネットの取材なんか10月31日ですよ。前日にリキッドルームでライヴがあって、その翌日土曜日の朝11時、と手帳に書いてある。
 周知のように、彼女のデビュー・アルバム『サムタイムス・アイ・シット・アンド・シンク、サムタイムス・アイ・ジャスト・シット(ときに座って考えて、そしてまさに座る』は、時代のトレンドとはまるっきり離れているのに関わらず、たくさんのメディアが2015年の年間ベスト・アルバムの1枚に選んでいる(もちろん紙エレキングでも選んだ)。最近ではグラミー賞の新最優秀新人賞にもノミネートされて、アルバムの評価の高さをあらためて印象づけている。

 ロックはスーパースターとともに終わるのではない。簡潔にまとめてみよう。彼女の音楽にはふたつの点において素晴らしい。ギター・ロック音楽としてのソングライティングのうまさ、もうひとつは言葉の素晴らしさだ。
 彼女の歌には、昔ならボブ・ディランやヴェルヴェッツの曲で歌われるような魅惑的な人物が登場し、わずか1行の言葉でしょーもない人生の切ないものを言い表す。だいたい、どの曲のどの歌詞のどの部分でもそうなのだ。アルバムのなかに、なにか特別なトピックがあるわけではない。だが、彼女の曲で描かれる日常のすべての瞬間は,とても大事なものになる。物語があり、わずか言葉の密度は濃く、具象的でありながら、多数の人間の思いを集めてしまう。

 ロック/ショー・ビジネスの世界の最悪なところは、成功すると一般社会ではありえないほど過保護な扱いをうけることにある。まあ、売れもしないのに過保護にされているロック・ミュージシャンも少なくはないよな。で、さて、彼女への取材だが、初来日で大盛り上がりだったライヴの翌日、しかも午前中だし、場所は観光客で賑わう渋谷だし、ああ、眠たいだろうなぁ、機嫌が悪かったら嫌だなぁ……などと案じていたのだけれど、これがまた、ステージで見た彼女と同じように虚勢をはることもなく、コートニー・バーネットは実にさっぱりとした顔で、渋谷の喫茶店にぼくらよりも先に着いていたのです。
 ライヴも良かったし、取材に駆けつけたぼくと小原がますます彼女のファンになったことは言うまでもない。

昔から男女関係とか車について歌ってるようなポップ・ミュージックには全然興味なかった。自分が好きなミュージシャンはもっと深いところに響くものを歌っているように思えたし、私はそういう歌に考えさせられてきた。それが正しい理解であるかどうかは抜きにしてね。

さっぱりとした表情で安心しました。あなたはツアー中で、ライヴの翌日で、しかもこんな早くの取材だから疲れているかなと思ってちょっと心配していたんです。

コートニー・バネット(Courtney Barnett、以下CB):ははは(笑)。ちょっと早かったけど全然大丈夫。

ライヴをやって、3時くらいまで飲んで、そして朝早くに取材を受ける方もいるので(笑)。

CB:前だったら飲んできてたかもね(笑)。

体は強い方なんですか?

CB:この2年間はずっとツアーをしてたから、体力と精神的な面の自分の限界がわかったというか。必要なときはゆっくり休むようにしてるかな。

昨日のライヴもすごくよかったんですけど、このアルバム(『Sometimes I Sit and Think, and Sometimes I just Sit』)は2015年聴いたなかでも大好きなアルバムなんです。まず、このタイトルとジャケットがすごくいいですよね。あなたの音楽はグルーヴィーで踊れる音楽でもあると思うんですが、それとは対照的に「座って考えて」というタイトルで、ジャケットには椅子の絵が描かれています。

CB:このアルバムの多く毎日つけている日記にインスピレーションも受けてるんだけど、そういうのを書いてるときって日常についてじっくり考えることができる。だから私の日常を反映した内容になっていると思うな。それから、なんていうかなぁ。自分と向き合って作ったから、瞑想的な感じ(笑)? そういうフィーリングが強いかも。曲を書くときは集中するために都会を出て、田舎へ行ったりすることもあるな。私のライヴはエネルギッシュだけど、それとは反対に歌ってること内省的だったりする。こんな感じで、私はそういう対象的なものが混在しているのが好き。

あなたが音楽に夢中になった理由を教えてもらえますか?

CB:音楽にハマったのは10歳のときで、そのときから私はギターをはじめた。そういうピュアなときって、取り憑かれたように練習するでしょ? だから弾き方もどんどん上手くなっていって、曲を覚えるのが単純に楽しかった。それから曲を書くようになるんだけど、それが自分のコミュニケーション手段になると気づけたのは大きかったと思う。普段は言葉で言えない気持ちとか考えを音楽なら伝えられるわけだもん。時間が経つにつれて、自分の歌から何かを感じ取ってくれるひとも増えてきて、これって超ポジティヴなことだなって気づいた。えと、ちゃんと説明できてるかわからないけど(笑)。

10歳のとき、最初はアコースティック・ギター?

CB:うん。はじめは家族の知り合いがアコギを貸してくれたんだけど、ボロくてチューニングがすぐズレちゃうやつだった(笑)。でも私は本気で練習したかったから、親に頼んで新しいのを誕生日に買ってもらったのよ。

いまのポップ・ミュージックって、シンセであったりとか、エレクトロニクスが入っているのがほとんどです。しかし、昨日のライヴやアルバムも、あなたは昔ながらのギター・サウンドに拘っています。それはなぜですか?

CB:昔、実家で親がクラシックとかジャズを聴いていて、私はニール・ヤングとかを聴いてた。だから、あんまりエレクトロ系とかメジャーなポップ・ソングにハマったことがないのよね。だからそれは関係あるんじゃないかな。あと楽器が少ない生な音とライヴ感があるものが大好き。そういう音楽には曲を作ったひとのエネルギーが込められているような感じがしない? そこにはスタジオを歩く足音が聞こえてきそうな臨場感があるからすっごくワクワクする。

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ポップ・ミュージックが人気である時間ってほんの一瞬だし、そこにはお金と広告がすごく絡んでる。それとは反対に、自分にいまでも響く音楽は年代を問わずにつねに新しく聴こえる。だから、ロックや本物の音楽はいまでも時間を超越することができるんじゃないのかな。


Courtney Barnett
Sometimes I Sit and Think, and Sometimes I Just Sit

Marathon Artists/トラフィック

Indie Rock

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目標にしていたミュージシャンは誰ですか?

CB:うーん、自分が小さかったときにお兄ちゃんがジミ・ヘンドリクス(注:本来ならロックの最初のスーパースターになるべく男だったが、人種的偏見がそれを阻んだとも言われる)とかニルヴァーナとか聴かせてくれたな。私、左利きでギターも左なんだけど、彼らもそうだからインスパイアされたのかも(笑)。PJハーヴェイやパティ・スミス、トーキング・ヘッズ、テレヴィジョン……、絞りきれないけどそういう人たちがお気に入りよ。

小原(カメラマン)はニルヴァーナだと言って、僕はヴェルヴェット・アンダーグラウンドの『ローデッド』みたいなアルバムだと思ったんですけど、どっちの感想が言われて嬉しいですか?

CB:へー、そうなんだ(笑)。うーん、両方かな。私はいろんなタイプの音楽に影響を受けてきたから、ヴェルヴェッツもグランジも好き。自分の音楽にはそのふたつの要素が入っているんじゃないかな。そうやって聴いてくれるひとによって、違う要素を見つけてくれるのは楽しいし、すごく嬉しい。

言葉を喋るような歌い方はどこから来ているんですか?

CB:自分で曲を作りはじめたとき、ギターを弾きながら自分の日記を読み上げてメロディをつけてたんだけど、そのときに自分のスタイルができたと思う。それに私は自分のことをいいシンガーだと思ってなかったから、歌と喋りの中間っていう歌い方はすごく心地よかった(笑)。そうすれば緊張もしないし、自分の言いいたいこともはっきりと言えたのは大きかったな。

おしゃべり好きだったから、ああいう歌い方になったのか、あるいは喋れないんだけどギターを持つと喋れるようになるのか、どっちなんでしょうか?

CB:うーん……。私はそんなに喋る方じゃないかなぁ。すくなくとも普段はね(笑)。子どものときに私があまりにも喋らないものだから、親がすごく心配してたのを覚えてる(笑)。でも自分の内側に思いはあったから、それをアウトプットする方法として音楽が私にはあるって感じかな。

ちなみに理想とする歌詞は誰のものですか?

CB:うーん、答えられないかも。それぞれにいいものがあるからな……。

じゃあもしカヴァーをやるとしたら誰を選びますか?

CB:レモンヘッズとかはカヴァーしたことある。うーん、その質問の答えもすぐには思い浮かばないな(笑)。

ギタリストとしてインスパイアーされたアーティストはいるんですか?

CB:さっきも出てきたけど、ジミ・ヘンドリクスだと思う。サウンド的にはニール・ヤング&クレイジー・ホースが好き。最近だとスティーヴン・マルクマスとか。

ピックを使わずに指でずっと弾いてきたんですか?

CB:うん、ずっとそうやって弾いてきた。弾き語りをはじめたときから、あんまりピックの音が好きじゃなくってね。あとピックよりも指で弾いた方がリズムにもノりやすかった。

子どもの頃になりたかったものって、ほかに何かありましたか?

CB:いろいろあったな(笑)。当時から音楽に興味があったけど、漫画家になりたかったし、動物が好きだから動物園でも働いてみたかった。あとプロのテニス選手(笑)。

えー。では、あなたの生まれ育った場所を比喩的な言葉を使って説明してもらえますか?

CB:生まれたのはタスマニアで、育ったのはシドニー。具体的でもいい? ビーチやサーフィンが有名で、私が子どもだったときは、水辺や茂みをみんなで走り回ってた。

なんか、すごくのびのびとした少女時代を過ごしてるじゃないですか! さっきあなたが挙げたロック・ミュージシャンたちは、心のどこかに屈折感があるでしょ?

CB:そういえばそうかもね。でも私の家はすごくハッピーだった(笑)。

ではあなたは、あなたの好きな音楽のどういうところに共感を覚えるんですか? あるいは彼らの何があなたに突き刺さったんでしょうか?

CB:小さいときに歌詞の内容を完ぺきに理解していたわけじゃなくて、音楽から伝わってくるエネルギーに惹かれたというかな……。自分が歌詞を書くようになってから聴き方も変わってきたから、どう影響を受けてきたのかは断定できない。でもたしかなのは、昔から男女関係とか車について歌ってるようなポップ・ミュージックには全然興味なかった。自分が好きなミュージシャンはもっと深いところに響くものを歌っているように思えたし、私はそういう歌に考えさせられてきた。それが正しい理解であるかどうかは抜きにしてね。

その影響がこのジャケットに描かれている椅子に象徴されるようなことなんでしょうかね。

CB:タイトルとジャケットにそれが反映されているのは間違いないよね。それから、時間をかけて物事を別の角度から観察してみることのメタファーに、そのふたつはなっているつもり。

では最後の質問です。ロックにはそれなりの歴史があって、いろいろな偉大なミュージシャンや多くの傑作が生まれてきました。いまこの時代でもしロックという音楽が機能するとしたら、どのような機能があると思いますか? いまでも往年のクラシック・ロックは人気がありますが、あなたのような新しい世代のロックは過去の名盤よりも軽視されがちなところがあるように思ういますので。

CB:そうだなぁ……。機能というか、音楽のよさっていうものは、それがどう良いのかによって判断されるべきでしょう? クラシック・アルバムには人気のものもあるし、忘れ去られるものがあるし、出てから10年後に人気になるものもある。そういう音楽、つまり本物の音楽って、いまのポップ・ミュージックと比べることはできないものだと思う。だっていまのポップ・ミュージックが人気である時間ってほんの一瞬だし、そこにはお金と広告がすごく絡んでる。それとは反対に、自分にいまでも響く音楽は年代を問わずにつねに新しく聴こえる。だから、軽くてつまんないポップと違って、ロックや本物の音楽はいまでも時間を超越することができるんじゃないのかな。

Millie & Andrea - ele-king

  現代のエレクトリック・ミュージックを代表するレーベルのひとつ、UKの〈モダン・ラヴ〉に所属するアンディ・ストットとデムダイク・ステアのマイルズ・ウィテカーによるプロジェクト、ミリー&アンドレアの来日公演が決定した。
2014年のアルバム『ドロップ・ザ・ヴァウェルズ』はインダストリアルかつ、ふたりのジャングルのバックグラウンドもかいま見える傑作。そのリリース後にアンディとデムダイクは来日ツアーも行ったものの、ミリー&アンドレアとしてステージに上がることはなかった。
この約2年の間にも数々のリリースでシーンを沸かせてきたふたりが、今回の来日でどのようなライヴ・セットを披露するのかに期待しよう。東京公演にはヤジとハルカによるツイン・ピークスや、国内でのライヴは久しぶりのエナ、独自のテクノ/ノイズ観を探求するコバらが出演。

root & branch presents UBIK
Millie & Andrea

日程:2016年2月26日金曜日
会場:東京 代官山 UNIT
時間:Open/ Start 23:30
出演:
Millie & Andrea (Modern Love, UK) Live
Twin Peaks (Future Terror, Black Smoker) 3 Hours Set
ENA (7even, Samurai Horo) Live
Koba (form.)
料金:¥3,500 (Advance) 1.23 sat on SALE!!
Information: 03-5459-8630 (UNIT)
https://www.unit-tokyo.com/
Ticket Outlets:
PIA (287-002), LAWSON (70967), e+ (eplus.jp), diskunion CLUB MUSIC SHOP (渋谷, 新宿, 下北沢), diskunion 吉祥寺, TECHNIQUE, JET SET TOKYO, DISC SHOP ZERO, clubberia, RA Japan, UNIT

【Millie & Andrea 大阪公演】
日程:2016年2月27日土曜日
会場:大阪 心斎橋 CIRCUS
出演:Millie & Andrea (Modren Love, UK)
more acts to be announced!!
時間:Open/ Start 23:00
料金:¥2,500 (Advance), ¥3,000 (Door)
Information: 06-6241-3822 (CIRCUS)
Ticket: https://peatix.com/event/141308


Millie & Andrea (Modern Love, UK)


2008年に結成されたMILLIE & ANDREAは、MODERN LOVE傘下のヴァイナル・レーベルDAPHNEからハンドメイド仕様ヴァイナルを2008年から2010年の間にゲリラ的に限定リリースして、カルトな話題を集めた。作品をリリースする度にその評価を拡大させ続けているANDY STOTTは、2014年11月にリリースした『Faith In Strangers』でポスト・インダストリアル・ブームを凌駕する充実度と多面性を以て圧倒的存在感を示した。MILES WHITTAKERは、DEMDIKE STAREで幽玄的なインダストリアル・サウンドの美学を追究、多くのリスナー層に訴求するその普遍性を兼ね備えた作品は世界中で賞賛されている。2014年初頭、500枚限定ヴァイナルでリリースされ即日完売となった最新ベースサウンド~トラップに挑んだ作品「Stage 2」で更なる注目を集めた。同年4月には満を持してアルバム『Drop The Vowels』をリリースした。制作に2年の歳月を掛けたこのアルバムは、彼等の飽くなきビートの追求が結実した傑作として、ダブ~ミニマル~ベースミュージック~インダストリアルを通過した孤高のストリート・ベース・サウンドの金字塔として大きな話題となった。多忙な個々の活動の為、中々実現しなかったMILLIE & ANDREAとしての超レアなライヴ・セット、お見逃しのない様に!

ENA (7even, Samurai Horo)

Drum & Bassから派生した独自な音楽の評価が高く、ジャンルを問わないTop DJからのサポートを受け、Resident AdvisorのPodcastに自身の曲を中心としたMixを提供。多数のレーベルからリリースを重ねると同時に、楽曲のクオリティの高さからミキシング/マスタリングの評価も高く、様々な作品にエンジニアリングでも参加。7even Recordings, Samurai Horoなどヨーロッパを中心に多数の作品をリリース。
https://ena-1.flavors.me/

Twin Peaks (Future Terror, Black Smoker)

Black Smoker RecordsのYaziとFuture TerrorのHarukaの友情に基づいたコンビ。様々な手法、機材を導入したそのセットはDJとライブのハイブリッド。それぞれの音楽的な背景を活かしてはいるが、どちらのDJともかけ離れた世界観を提示。

Koba (form.)

線の細いキック、マシンノイズが混じったハードウェア産ベースライン、硬質なハイハット、ダブルアクションのスネア。徹底したマテリアルの配置と、その裏側から大きくうねり次第に厚みを増していくグルーヴに抱き合わせた「緊張感」と「高揚感」を投げ込むDJ / Producer。「温度」に固執した楽曲の選定は、ミニマルミュージックの根底に在る「変化に伴うリズムの層と層の浮き沈み」を簡潔に提示し、そこにオリジナルの素材を組み込む事で確立するサウンドTechno / Dubの解釈を広義に着地させる。2010年より、音楽行為において「演奏」に到達するまでの着想を様々な媒体でコミュニケートする極建設的DJレーベル「form. (フォーム)」を展開。翌2011年には、レーベル初のリリースとなるMIX CD「Thought to Describe」を発表。自身のダブプロダクトを再認識する為のライブレコーディングをコンポジットした。現在は「form.」の企画・運営と、「SOLISTA」にてレジデントDJを勤める。
www.soundcloud.com/koba-form

A Guide For The Catastrophist - ele-king

『カタストロフィスト』のかたわらに - ele-king

 10年、いや15年前まではマニアックな音盤を手に入れるなら、幸運を祈るか大枚をはたくしかなかった。発掘音源であれ再発であれ、純粋な新作であっても、極端にリスナーのすくない音盤はリリースされた瞬間から残部僅少で、しかるべき筋にあたるか足で稼ぐしかない。電子音楽や実験音楽、アングラなジャズ、ロック、異形のポップ、カルトスターたちの奇盤、珍盤、廃盤、海賊盤はよくないけども、売り切れは彼らとの永遠の別れを意味し、買おうにも刷り部数が3桁以内なら、プレス工場から好事家の棚に直行するようなものであり、あとはディーラーとコレクターの独壇場、ビギナーにとっては焼け野原である。音楽が骨董あつかいされることへの呪いにちかい批判は本稿後半でおこなうとして、そのまえに、私は本媒体がたちあがって日もあさいころだから、4、5数年前になるが、コラムでフルクサスについて連続して書いたとき、次はヘンリー・フリントかワルテル・マルケッティにしよと思った。思ったまま、放置してしまったのはひとえに私の不徳のいたすところだが、そもそもそう考えたのは、彼らはこの手のひとにしては比較的まとまった数の作品があったからである。

「2004年2月26日、63歳のヴァイオリニストで、作曲家、哲学者、作家のヘンリー・フリントが珍しくラジオ番組に出演した。それは、ラジオ番組の司会者で、詩人、そしてオンライン・アーカイヴのサイトUbuWebの創設者のケニー・G(スムースジャズのスターではない方の)——本名ケネス・ゴールドスミス——のゲスト出演者としてだった」

 デイヴィッド・グラブスは著書『レコードは風景をだいなしにする ジョン・ケージと録音物たち』の「はじめに」「序章」につづく第1章「ラジオから流れるヘンリー・フリント」をこのように書きおこす。本文はつづけて、この放送を聞き逃したとしても、ご心配にはおよびません。というのも、番組の音源はそこで流した曲のリストとともにUbuWebに3時間におよぶMP3ファイルとしてアップしてあるからだ、とつづく。グラブスにしたがってUbuWebのフリントのページを開くと、いちばん下に番組の音源がのこっており、クリックすると老境にさしかかったフリントの声がいまも聴ける、いつでも聴ける。来年でも再来年も、再来年のつぎをどういうかは知らないが、そこでも、UbuWebが存在し、全面的なコンテンツの見直しでもないかぎり未来永劫聴くことができる。

 つくづくいい時代になった。私だけでなくだれもがそう思うにちがいない。喫茶店や会議室で、ウィットに富んだ会話を交わしながら知らない名称やトピックをPCやスマホで検索する輩にはなおのことそうだろう。もっとも、ひとがしゃべっているときに画面を見るのはおよしなさい。
 ところがこれには注意が必要だ。あなたのいま聴いているフリントのインタヴュー音源はすでに十年前の出来事イベントなのである。
 グラブスは録音物が宿命的に帯びる反復聴取とそこに積もる時間の経過、交換可能な商品としての録音物、それと録音の差異、ひいては音を録る行為そのもの、フィジカルからデジタルにいたるメディア(媒体)の変遷史およびそれが録音物にあたえた(る)影響を、彼のはじめての本で丹念にたどっていく。伴奏者はジョン・ケージ。ケージをめぐる本は地球上に無数にあるが、彼の音楽が内在的に必然的にはらむ問題の系を更新するともにあらたに提起する野心的なとりくみで本書はとりわけ重要である。

 まず、レコードからデジタルへメディアがきりかわり、よりハイファイに音楽を聴く環境が整ったことをグラブスは評価する、これには目をみはった。というのも、私たちはアナログとデジタルではアナログに軍配をあげるのが粋な通人と考えがちだからである。むろん私もその一派で、長年レコードの音のまろやかさと芯の太さこそ音楽を聴く悦びと思い生きていた。グラブスの問題提起を要約するとこうなる。モートン・フェルドマンのような「まばらで抑制的な」しかも長時間およぶ楽曲を再生するには、収録時間が長く原理的にノイズのない再生環境が適している。そのほうが作曲者の意図──を汲んだ演奏者の意図──によりちかい。私たちはフェルドマンをメタリカなみの音量で聴くこともできるし逆もまたしかり。リスナー主導型の聴取スタイルはレコードを歴史と作者の思惑から切り離し、個々人の用途に奉仕する方向へうながしたが、音楽の誕生当時の狙いを精確に再現するには分解能やSN比も視野に入れるべきではないか。「Play Loud」の但し書きのあるレコードはいっぱいあっても「Play Quiet」と書き添えたものはほとんどみない。これはつまり、レコードを聴くとはいうまでもなく「集中的聴取」であるからか、あるいは、音楽は音のおりなす美学であるため、無音ないし微音、雑音は音楽にあたらない。どうも後者である気がしてならない。でなければ、代々木オフサイト、ヴァンデルヴァイサー楽派が21世紀に存在感を示した理由がない。グラブスは本書でおもに20世紀音楽を論じているが、音響以後の2000年代の傾向は1950年代(「4分33秒」の初演は1952年、チュードアの手になる)に端を発し、60年代を通じてテクノロジーとの相関で避けて通れないものになったと言外ににじませている。
 音楽と音はおなじなのかちがうのか、ちがうならどうちがうのか。
 ケージのたてた沈黙の問いを二項対立で解こうとするからおかしなことになる。おなじく音楽と音を峻別し、それぞれに個別にあたるのも無効である。前者を社会学者的(な広く浅い)知見、後者を専門家的(狭く深い)それとするなら、結局どちらも無難にならざるをえない。『別冊ele-king』第4号での岸野雄一の「ケージの理論はケージにしか使えない(中略)ケージの理論を援用して実現された音楽も、ケージの理論を援用して他の音楽を繙こうとした批評も、面白いと思ったものはひとつもない」という発言の行間にはおそらくそのような問題意識が横たわっている。ケージでもベンヤミンでもマクルーハンでもリオタールでもいい、彼らのことばのキャッチーなところだけとりだして見出しでわかった気にならないことだ。そもそもわかるとはなにがわかるのか。わかるとは思考停止のいいかえにすぎないのではないか。私たちは引用を相田みつをめいた手ごろな箴言ととらえるのではなく、自身の文脈にムリに沿わせるのではなく、そこにできた外部の嵌入する裂け目ととらえなければ断片はたやすく情報に堕す。音楽と音も似た関係にあり、両者の截然と区別できず、不断に嵌入し合う状態をケージは作曲であらためて耳に聞こえるものにしたかったのではないか。たとえ沈黙の側についたにしても、沈黙の底から躁がしさが沸きあがってくる、と古井由吉が書きそうな耳のありかた。ケージは鈴木大拙からそれをうけとり、おそらく折衷的なやりかたで彼の作曲の方法の一部とした。

 そんなある日、私はレコード屋でアルバイトしていると午前中で人気のない店内にひとりの女性客があらわれた。レジに立ち慣れると、お客さんがなにを求めやってきたか、年恰好、立ち居ふるまいでわかるようになるのは不思議である。私はああこの妙齢の女性は購入された商品に不備があったんだな、と直感した。眉間のシワがけわしい。案の定、妙齢の女性は陳列棚のCDに目もくれず一直線に私のほうへ歩み寄ってこういった。
「不良品なので交換してください」といって妙齢の女性はCDをさしだした。もうしおくれたが、これは90年代なかごろの話です。Jポップの呼称が定着し猫の杓子もCDを買った音楽業界の方々の夢の時代のことだ。
 わかりました、と私はいった。確認します。といっても、ご覧にとおり、店内にはバイトの私以外、だれもいない。社員と先輩バイトは客がいないのをいいことにウラで一服しているのだろう。音楽に携わる人間はスロースターターなのだ。レジを空けるわけにもいかない。仕方なく私は店内放送用のプレイヤーにCDをいれた。どういった不備でしょうか、と私は訊いた。ノイズが聞こえるんです、と妙齢の女性は答えた。何曲めですか。1曲めです。
 わかりました。かけてみると、ヒップホップに影響を受けたミドルテンポのファンキーなトラックがかっこいいディーヴァもののJポップ(どうしてもだれのCDだったか思い出せない)、90年代はこういった音楽がハシカのごとくはやったが、私と妙齢の女性はそのグルーヴに身じろぎもしない。ありましたでしょ、と妙齢の女性はいう。私はまったくわからない。もう一度頭からかける。30秒も経たず、妙齢の女性はやっぱりありましたね、という。Aメロから先にいけない。何度かけても聞こえるんですよ、と妙齢の女性がぷりぷりするぶん、私はへどもどする。ハードコアやノイズの聴きすぎで耳がバカになったのだろうか、と焦った。もうしわけありませんが、ノイズが聞こえた時点で教えていただけますか、と私はお願いした。3度めにかけるやいなや妙齢の女性は天上のスピーカーを指さした。ここです! その仕草に、私は仏陀が生まれてすぐ天を指して「天上天下唯我独尊」といった姿をかさねてひれふしそうになった。
 ──いわれてみればたしかにそうだ。ノイズである。レコードの針音のサンプリングが数秒間。CDなのにあたかもターンテーブルでかけているような錯覚、というより記号が喚起するものを狙ったプロデュース・ワークであるが、彼女はそれをノイズととらえた。私は彼女に、これはこれこれこういった意図の音楽上の演出なのでほかの商品にもかならずはいっています、と説明しおひきとり願ったが、内心おどろいた。そしてそのおどろきの意味するところは『レコードは風景をだいなしにする』を読むと前と後ではちがったものになった。彼女はCDというノイズのない媒体の特性を前景化し、私は音楽をいわゆる文脈で聴いた。テクノロジーと音楽の歴史がそこで交錯する。どちらが上か下ではない。

 ケージの著書『サイレンス』所収の「無についてのレクチャー」の最後にこうある。「テキサス出身の/女性は言った/テキサスには/音楽がない/テキサスに音楽が/ない理由は/テキサスにレコードがあるから/テキサスにレコードをなくそう/そうすればみんな歌いだす」これは『レコードは風景をだいなしにする』の第5章「テキサスからレコードをなくせ」冒頭に引用されている(引用は同書より)。以上の文の前にケージは以下の文を置いた。

 「中国の青銅製品/なんていいんだろう/だがこの美しい品々は/他人が/作ったものであり/所有欲を/かき立てがちだが/私は自分が何も/所有していないのを/知っている/レコード収集/それは音楽ではない/蓄音機/は楽器ではなく/ひとつの/ものである/ものは別のものにつながるが/楽器は/無に/つながっている(中略)それに/LPレコード/ですら/ものなのだ」(ジョン・ケージ『サイレンス』水声社/p222〜22 引用にあたり約物を省き、アキと改行を「/」であらわした)

 のちにケージみずから「Indeterminacy(不確定性)」にももちいたこの一文がこの本の通奏低音になっていることは火をみるよりあきらかである。くりかえしになるが、グラブスはレコードによる音楽の反復聴取、所有と共有、さらに音楽を録ることそのものに彼の思考は遡行する。レコードと磁気テープ(ハードディスクといいかえてもいい)の差異、プリントと写真機のちがい、あるいはバルトいうところの「プンクトゥム」、映像とそこに映るもの──他分野との類比にはさらにつっこんだ考察も必要だろう(とくにラカンを掠めるのは感心しない)が、リュク・フェラーリ、ベイリーとAMMとコーネリアス・カーデューなどなど、すでに半世紀とはいわないまでもそれほど前の先達の作品から今日的な問題を剔出する語り口は闊達で鋭く、ユーモアも忘れない(荘子の無用の用のくだりなど、わが身につまされました)。グラブスが研究者であるとともに類い稀な音楽家であることの裏書きではあるが、となると、彼が音楽家として身を立てた90年代、とくにポスロック〜音響の季節以後にこれらの問題はさらにどのような変遷を経て現在にいたるのか、彼の考えを読んでみたくなるのは人情というものだろう。それまで、私たちは本書を読み、そこに登場する作品を聴き考える猶予ができる。さいわいなことに専門店で清水の舞台から飛び降りなくともそれらの音楽にふれるためのトバ口に立てるのが21世紀だと、グラブスもいっている。それほどこの本は現在的であり、くりかえすが、きわめて野心的なこころみである。

追記:
と書いたところで、デイヴィッド・グラブスさんが来日されると知りました。やったね! 彼のCDと本を片手にかけつけましょう!


Jesse Ruins - ele-king

 インディ・シーン、ひいてはクラブ・シーンでも世界的にその存在感を強く示しているバンドJesse Ruins。彼ら新曲とリミックスの合計6曲をコンパイルした『EVE』が3月11日に発売される予定だ。フォーマットは12インチ(枚数限定)とバンドキャンプでのデータ配信になる模様。
 ダイナミックでときに抑制されたリズムと、緻密にコントロールされた数多の音から最後まで目が離せない。目隠しの状態で聴けば、この音楽がベルリンで、またはNYアンダーグラウンドで生まれたと思うリスナーもいるだろう。どんなシーンにもコネクトできる可能性を内包しつつも、実態が掴めないサウンド。実にJesse Ruinsらしい1枚だ。
 リミキサー陣には〈1080P〉などのカセットテープ・レーベルからリリースしているTlaotlon、東京若手テクノ・コミュニティIN HAにも所属するRafto、謎のルーキー・デュオSuburban Musikらが参加。幽玄でロウなテクノ・サウンドから、ときにダビーな側面も噴出する個性溢れたリミックスに仕上がっている。できることならターンテーブルを使い、心して向き合いたい6曲だ。

Jesse Ruins - EVE – Teaser

Jesse Ruins
“EVE”

税込定価 2500円
<収録曲>
A side
1, Eve Liquid
2, Wet King
3, Mineral

B side
1, Mineral (Tlaotlon Remix)
2, Mineral (Rafto Remix)
3, Eat A Holy Monitor (Suburban Musik -Suburban Boys RMX)

予約受付はこちらで受付中
Jesse Ruins Bandcamp
MAGNIPH store

Jesse Ruins
https://jesseruins.com/

 擬装チェンバー・ポップの傑作『Ansiktet』(Inpartmaint)以後、ピアノ・カルテットを結成し、このところ弦楽曲に注力してきた渡邊琢磨(akaコンボピアノ)が、本媒体でも何度かとりあげた気鋭の映像作家、牧野貴とタッグを組み、「Origin Of The Dream(夢の起源)」と題した音と映像によるステージを渋谷WWWで初演する。具体的なイメージを重層化し、縦横無尽に運動させる牧野の映像と、古今東西の弦楽曲の批評的乗り越えを目する渡邊琢磨のスコアにもとづく13台の弦楽器の52本のストリングスが織りなすドラマの交錯は、逃れることのできないほど官能的な、夢の起源(Origin Of The Dreams)を思わせる舞台になることうけあいです!


写真:Yasuhiro Koyama


写真:Ryo MItamura

渡邊琢磨 × 牧野貴 Live Concert
'Origin Of The Dreams'

2016年3月17日(木) 
渋谷WWW
開場20:00/開演20:30
 
映像:牧野貴
音楽:渡邊琢磨

Piano,Conduct : 渡邊琢磨
1st Violin : 梶谷裕子、大嶋世菜、高橋暁
2nd Violin : 須原杏、帆足彩、波多野敦子
Viola : 中島久美、中山綾、河村泉
Cello : 徳澤青弦、橋本歩
Double Bass : 鈴木正人、千葉広樹
 
料金:3,300円(全席自由/ドリンク代別)
会場:渋谷WWW
住所:東京都渋谷区宇田川町13-17 ライズビル地下
アクセス:https://www-shibuya.jp/access/
お問い合わせ:WWW 03-5458-7685
チケット購入ページURL(パソコン/スマートフォン/携帯共通)
https://sort.eplus.jp/sys/T1U14P0010843P006001P002179310P0030001

牧野貴(映画作家)
2001年日大芸術学部映画学科撮影・現像コース卒業後、単独で渡英、ブラザーズ・クエイに師事する。2002年よりテレシネ・カラーリストとして多くの劇映画、ミュージックビデオ、CF、アーカイブの色彩調整を担当する傍ら、2004年より単独上映会を開始する。フィルム、ヴィデオを駆使した、実験的要素の極めて高い、濃密な抽象性を持ちながらも、鑑賞者に物語を感じさせる有機的な映画を制作している。また、ジム・オルーク、ローレンス・イングリッシュ、コリーン、マシネファブリーク、大友良英、山本精一、渡邊琢磨、カール・ストーン、タラ・ジェイン・オニール、イ・オッキョン等の前衛音楽家と共同作業においても、世界的に高い評価を獲得している。2009年には上映組織「+」プラスを立ち上げ、今まで日本に紹介される事の無かった映画作品を多数上映している。2011年よりエクスパンデッドシネマプロジェクトを開始、ヨーロッパ、北米、南米、オーストラリア、アジア等数多くの国際映画祭で受賞、上映多数。作品の発表は主に映画祭、映像芸術祭、音楽祭などの他、映画館、美術館やギャラリー、ライブハウスでも行い、その活躍の場は増幅を続けている。現代日本実験映像界を率先する作家である。https://makinotakashi.net/

渡邊琢磨(作曲、ピアノ)
97年、米バークリー音楽大学で作曲を学ぶ。帰国後、「COMBOPIANO」名義で活動を開始。2000年、NYに渡り鬼才プロデューサー、キップ・ハンラハンとの共同制作でアルバムを次々とリリースし注目を集める(英、音楽専門誌「WIRE」などに取上げられる)以降、国内外のアーティストと多岐に渡り音楽制作活動を行う。2004年、内田也哉子、鈴木正人(little Creatures)と、「sighboat」を結成(サマーソニック'10出演ほか)。2007年、デヴィッド・シルヴィアンのワールドツアー18カ国30公演にピアニストとして参加。2008年、内橋和久(gt)、千住宗臣(ds)とCOMBOPIANOをバンドとして再編(フジロックフェスティバル'09出演ほか)2014年、本人名義としては6年ぶりとなるアルバム『Ansiktet』をリリース。同年、本人主宰による室内楽アンサンブル「Piano Quintet」を結成(アラバキロックフェスティバル'15出演ほか)映画音楽、CM、舞台等、多岐に渡り楽曲制作・提供する。https://www.takumawatanabe.com/


 

都築響一×平井玄 - ele-king

 正直、東京(ま、西側っすね)に30年以上住んでいても、いまだに東京人というアインディティティを持てないんですよね。まったくピンと来ない。で、ぼく(=野田)のように、たまたま仕方なくここに住んでいる人が、ぼくのまわりには多い。家賃は高いし、次から次へと再開発されるし、味気ない街ばかりだし、クラブも中心地ばっかだし、歩くの早いし、自動車うるさいし、恐いし、世界のいくつかに都市を見てきたけれど、これほどコミュニティが形成しづらい都市もなかなかないと思う。大声で「東京」っていうのが、いまだに違和感があるっす。
 御大、都築響一と平井玄が「東京」をめぐって対談する。果たして「リアルな東京」とはどこか?

1月22日(金)19時開場/19時30分開始
第3回「街から」トークライヴ
TOKYO 右なのか? 左なのか?
都築響一と平井玄が首都の臍の下、新宿二丁目でガチンコ対決する!

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入場無料(但しワンドリンクオーダー)投げ銭制
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「マスコミが垂れ流す美しき日本空間のイメージで、なにも知らない外国人を騙すのはもうやめにしましょう」(『TOKYO STYLE』)と言ってデビューした都築響一。麴町育ちの彼は20年を経て『東京右半分』をものした。隅田川西岸しか知らない平井玄は、去年『ぐにゃり東京』で「神は街の底に宿る」とのたまわった。垂れ流しの怪しいオリンピックが迫る
東京の「リアル」は右か、左か。はたまた・・・・・どこに?
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主催:街からトークライブ実行委員会 03-6638-6685
「街から」誌:https://www.machikara.net/

https://cafelavanderia.blogspot.jp


LUSH - ele-king

 ジーザス&メリー・チェインから始まり、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、チャプターハウス、スワーヴドライヴァー、スロウダイヴ、ライドら、甘いメロディと壁のような轟音ギターの波とともに80年代末〜90年代頭を駆け抜けたUKバンドの再結成が相次ぐなか(ele-king的に言うところの「UKオヤジロックの逆襲」ですね)、かつてのシューゲイザー界隈(ハッピー・ヴァレーでもテムズ・ヴァレーでもいいけれど、いまや誰もそんなふうに呼ばない……)においてもっとも華々しい輝きを放っていたバンド、ラッシュがついに再始動した。

 当時「あなたミキ派? それともエマ派?」なんて浮かれた議論が飛び交うほどにスペシャルなスター性を備えていたフロントの女性ふたり、赤髪のミキ・ベレーニ(ギター&ヴォーカル)と黒髪のエマ・アンダーソン(ギター&ヴォーカル)。音楽性云々よりも彼女たちの立ち振る舞いに異様なまでの注目が集まっていたのは懐かしくもうなずける話だが、そんな輝きとは対照的に、97年に起きたクリス・アクランド(ドラム)の自殺という何とも悲劇的で後味の悪い事件を後にシーンから静かに去っていったラッシュ。その後、フィル・キング(ベース)はメリー・チェインに加入。エマはリサ・オニールをヴォーカルに迎えたユニット=シング・シング(筆者は運良くエマと連絡を取り、数少ない彼女たちのライヴをロンドンで目撃しているがもちろん最高だった!)を結成し、フレッシュなギター&エレポップを聞かせる2枚のアルバムを残すもすでに解散。そして、ミキはいくつかの作品にゲスト参加していたものの、その後、雑誌の編集者として働くなどしてほぼ音楽シーンから離れてしまっていた。そんなこともあり、ラッシュだけは再結成とは縁のない存在だと思ってある意味ほっとしていたのだが……世のなか何がどうなるかわからない。

 そんな折に古巣〈4AD〉からリリースされたのが、彼女たちの歩みを完全網羅したこの5CDボックス・セットだ。デビュー・ミニ・アルバム『スカー』のアートワークをあしらった豪華ブック仕様のゴージャスな装丁から香る、美しい歪みとデカダンスな危うさを秘めたオリジナル〈4AD〉臭に、往年のファンは鼻をかぐわし目頭を熱くするにちがいない。ヴィジュアル面において初期〈4AD〉のカラーを決定づけたデザイン・ユニット〈23エンヴェロップ〉のデザイン集としても楽しめるこの感じ。いまのスタイリッシュでイケてる〈4AD〉とはどこか様子が違うこの感じ──そうなんだよ。つまり耽美なんだよ! 耽美!!

 そんなことはともかく内容の話をしよう。まずディスク1は、コクトー・ツインズやディス・モータル・コイルとの仕事でもお馴染みのジョン・フライヤーがプロデュースした前述の『スカー』(1989)と、コクトー・ツインズのロビン・ガスリーがプロデュースしたEP『スウィートネス・アンド・ライト』(1990)、そしてEP『マッド・ラヴ』(1990)を寄せて集めたプレデヴュー・アルバム『ガラ』(1990)である。いまだに後のアルバムよりこの作品を好むファンが多いことからもわかるように、コクトー・ツインズ直系の透明感とニューウェイヴの洗礼(ミキとエマは14歳の頃からの知り合いで、学生時代にいっしょにニューウェイヴのファンジンを作っている!)がぷんぷんと香り立つ。コーラス成分多めの空間的なアルペジオに、美しくもときにエッジーなコード・ストロークが織りなすツイン・ギターの響き。艶やかに重なる自由でナチュラルなミキとエマの声とハーモニー。それらを屋台骨として支える男ふたりの安定感抜群のリズムのコンビネーションがこの時点で見事に完成している。ラッシュを語る上で欠かせないインディ・ダンスな名曲“スウィートネス・アンド・ライト”ほか、“ブリーズ”“デラックス”“ソートフォームス”“エスリール”はこのアルバムに収録。さらにボーナス・トラックとして、熱心なファンにもうれしいさまざまなBBCセッション音源が収録されている。

 続くディスク2には待ちに待たれたデヴュー・アルバム『スプリット』(1992)を収録。切ないメロディに乗る「可愛い女の子が輝いてるわ 若さに笑みがこぼれる」なんて可憐な歌い出しが印象的な“フォー・ラブ”ほか、“ナッシング・ナチュラル”“スーパーブラスト!”などの代表曲。さらに、“タイニー・スマイルズ”“オーシャン”“ローラ”などの隠れた名曲にも清らかに湧き出る泉のようなアイデアを聴くことができる。ロビン・ガスリーによるプロデュースということで『ガラ』の延長線上にありながらも、アルバムとしての統一感がはっきりと表れた内容だ。ボーナス・トラックには、EP『フォー・ラブ』のカップリング曲“スターラスト”(後に『スプーキー』に収録されるヴァージョンよりも断然カッコいい!)や彼女たちが敬愛するワイヤーの名曲“アウトドア・マイナー”のカヴァーほか、ケヴィン・シールズとDJスプーキーによるリミックス曲なんかもばっちり入っている。

 ディスク3にはセカンド『スプリット』(1994)を収録。冒頭の“ライト・フロム・ア・デッド・スター”からストリングスを導入するなど、堂々とした貫禄も感じさせる内容。“ブラックアウト”“ヒポクライト”“ラヴライフ”と続く華麗でダンサブルな疾走も素晴らしいが、“デザイアー・ラインズ”“ネヴァー・ネヴァー”など、ゆるやかにたゆたう長尺曲におけるアレンジ力に、バンドの成長過程を楽しむ要素が多かったこれまでのおもしろさに加え、バンドの洗練もそこここに感じとることができる。ボーナス・トラックにはEPのカップリング曲ザ・ジストのカヴァー“ラヴ・アット・ファースト・サイト”のほか、レアなアコースティック・セッションも収録。

 続くディスク4はサードにしてラスト・アルバム『ラヴ・ライフ』(1996)を収録。冒頭の“レディキラーズ”からストレートでグランジーなギターに、ファルセットではない迫力あるミキの素のヴォーカルが飛び出したりして驚く。また、ストリングスのほかに管楽器も導入されたり、パルプのジャーヴィス・コッカーが参加したり、“500”“シングル・ガールズ”などの60Sテイスト溢れるとびきりのバブルガム・ポップが弾けたりと、ラッシュの大きな転換期をとらえた内容だ。コーラス、リヴァーブ、ディレイなどの深いエフェクト空間に包まれていた靄が晴れ渡り、当時隆盛していたブリットポップに接近したとかなんとか言われたりして、かつての物憂げなラッシュを期待したファンからは賛否両論な作品。だが、いま聴くと何てことはない……時流に乗るどころか、この先何年経っても色あせることのない王道ポップが並べられた(でも、どこかにそれに対するわだかまりもある)挑戦的なアルバムだったことがわかるはずだ。

 そして、最後のディスク5は日本来日記念盤として発売されていたコンピレーション作品『トポリーノ』(1996)。『ラヴ・ライフ』に収録されていたシングル“レディ・キラーズ”と“500”のカップリング曲をまとめた1枚で、とくにマグネティック・フィールズ、ザ・ルビナーズ、ヴァシュティ・バニヤンの秀逸すぎるカヴァーに心踊らされる。その後、グー・グー・ドールズとのアメリカ・ツアーを余儀なくされたりして、本人たちがまったく望んでなかった「メインストリームでの成功」というプレッシャーは相当なものだったのだろう。そんな居心地の悪さからの解放感がサウンドに表れた楽しい内容となっている。クリスが手掛けた唯一の曲“パイルドライヴァー”ほか、ボーナス・トラックに、ミドル・オブ・ザ・ロードの“チピチピ天国”、エルヴィス・コステロの“オール・ディス・ユースレス・ビューティー”、ワイヤーの“マネキン”、さらにイギリスの子供番組「ルパート・ザ・ベアー」のテーマ曲など、彼女たちの目からウロコすぎる選曲眼とカヴァー・センスをこれでもかと味わうことができる。

 ミキのお母さんが日本人で、いとこがハナレグミで、またいとこがコーネリアスで……なんていまさらそんな情報を語るのも野暮だけれど、日本にゆかりがあるラッシュの作品がこぞって廃盤状態にあるいま、この6時間半にもおよぶボックス・セットは、彼女たちが後のシーンに与えた影響をどうのこうの考えるよりも、彼女たちが残したきららかな魅力を変わらぬ鮮度で伝えてくれて素直に楽しむことができる(ちなみにクレジットにはないが、音も丁寧にリマスタリングされていて心地よさもアップしている)。また、その反面、恐いもの知らずの夢見るニューウェイヴ少女があれよあれよという間に注目を浴びてシーンからはみ出るほどの人気者になり、それゆえに与えられた苦悩と大親友の自死の末にバンド解散という影のストーリーも抱えていただけに、今回の再結成はじつに感慨深く晴れやかで頼もしいかぎりである。なんとも……歳月が薬なんていうけれど、彼女たちは20年もかかったってわけだ。

 ちなみに、ドラムに元エラスティカのジャスティン・ウェルチを迎えたラッシュの再結成ライヴは、いまのところ今年4月のマンチェスターを皮切りに、5月にロンドン、9月にNYでの開催が決定している。さらにこれから新作EPのリリースも予定されているというから本格的だ。もうこうなったら、ブラーもダイナソーJr.もマイブラもメリー・チェインも現役バリバリでいることなんで、そこにラッシュも加えて92年の再来〈ローラーコースター・ツアー2016〉なんか仕掛けて日本に来てくれい! お願い!!

vol.80:今年は中古レコード店が熱い - ele-king

 ここ数年ヴァイナル・レコード市場が熱いと言われている。とくに2016年、自分をハッピーにしてくれる何かがあると言うことを覚えておいて欲しい。毎日の生活に忙しいのはわかるが、週に1回でも、レコード店に足を伸ばしてみるのはどうだろう。人間らしい喜びと、価値ある消費者経験が待っているかもしれない。
 ラフ・トレードアーバン・アウト・フィッターズも、新譜から定番まで、新しいレコードを扱っている。カフェやバーにレコードが置いてあるのはもちろん、人気ホテルのエースホテルには客室に1台ずつレコードプレイヤーが置いてあり、スタッフが選択したレコードがプレイできるようになっている。レコードは、人びとの生活のアクセサリーとなった。

 中古レコード市場はどうだろう。マンハッタンにはたくさんの中古レコード屋があったが、一部を除き、いつの間にか消えた。レコードはどこに行ったのだろう……。2016年、中古レコード・ビジネスを世界的に考える男がいる。マイク・スニパー、キャプチャード・トラックスのオーナー、無類のレコード好き。
 以前、キャプチャード・トラックスの5周年フェスをレポートしたが/、あれからすでに3年経ったいまも、キャプチャード・トラックスの挑戦は拡大している。
 2008年に、アカデミー・レコードで働いていたスニパーが、地下で始めたレコード・レーベル、キャプチャード・トラックス。何度かオフィスを移動し、2013年にグリーンポイントにレコード・ストアを構えている。やがてオフィスはブシュウィックに移動。そこでは、キャプチャード・トラックスの傘下に生まれた新しいレーベルの集合体、オムニアン・ミュージック・グループ(OMG)が運営されている。目的は、OMGの様な大規模な構造から利益が受けられる革新的レーベルや、新しい別個のレーベルを探すと同時に、既存レコード(ボディダブル、ファンタジーメモリー)やキャプチャード・トラックスのパートナーシップ(フライング・ナン)を発展させることである。
 OMGファミリーには、シアトルのカップル・スケート、ニューヨークのスクオール・シング他、OMG傘下にできた新レーベルのシンダーリン、再発レーベルのマニファクチャード・レコーディングス、イタリアンズ・ドウ・イット・ベター、トラブルマン・アンリミテッドのマイク・シモネッティが運営するダンス・ミュージック・レコードレーベルの2MRレコーズ、パーフェクト・プッシーのメガデスが運営するブルックリンのレコード・レーベル、出版社のホナー・プレスがある。
 そのすべてを統括するのがスニパーだ。彼は仕事をしている以外は、レコード・ハントしている、というくらい中古レコード好きだ。田舎のガレージセール、誰かの地下コレクション、バケーションの間にレコード・ハントなど、「中毒みたいなものだよ」とスニパーは言うが、元アカデミー・レコーズの店員である彼の個人コレクションは、驚くほどの量と質を誇る。
 その中毒をフィードするために、と言うわけでもないが、キャプチャード・トラックス・ストアでも中古レコードの売り買いはやっているが、彼が考える新しい中古レコード・ビジネスは世界規模。フォート・グリーンのサイドマン・レコーズを共同経営。それはヒップな床屋内にある。「サイドマン・レコーズは、会社のアウトポストとして考えて、僕らの店だけでなく、アメリカ中、世界中のお店のライフ・スタイルのストックとしてレコードの売り買いが出来るように、会社を発展させようと思っている」

 サウス・ポートランド・アベニューにあるサイドマン・レコーズは小さい。スタイリッシュな男子のためのパーソンズ・オブ・インタレストという床屋内にオープンし、10,000個ぐらいのアルバムをストックする。パーソンズ・オブ・インタレストのウィリアムバーグ店はパーラーコーヒーと提携、フォート・グリーン店ではすでにカフェ・グランピーと提携していたが、サイドマン・レコーズのオープンの話を聞いてレコード店と床屋の組み合わせも悪くない、と思ったらしい。
 スニパーとサイドマン・レコーズのダミアン・グレイフとロブ・ゲディスは古くからの友だちで、18年前にはニュージャージーにある伝説のプリンセトン・レコード・エクスチェンジで一緒に働いていたこともある。いわゆる中古レコード・オタク仲間だ。
 共同経営にしたのは、単純にスニパーひとりではすべてできないからだ。お店はレコード好きな、スタッフに任せ、ふたりはレコード・ハントに出かける。彼らが見つけた価値ある珍しいレコードは、サイドマンやキャプチャード・トラックスだけでなく、世界中のお店に並ぶことになる。
 「ロブとダミアンは中古レコードのことになると熱いんだ。1日中あらゆるところでオタクなことを話し、コレクションを集めたりできる。ぼくにはそんな時間がないから」とスニパー。ロブが、主に大きなヴァンを運転して、今日収穫したものを、ドンドン、フェイスブックに載せていく。
 スニパーが世界の中古レコードのアイディアを思いついたのは、アメリカの中古レコードをお店にストックするのは難しいと、ニュージーランドのレコード・ストアと話しているときだった。
 「通り過ぎるには、難しすぎるし、ヴァイナルの復活もひとつの決め手だった」
 中古レコードのビジネスは別のゲーム。エキサイティングだが、ストックするのが難しい。
「新しいレコードを求めてお店に入ったときは、何があるかは予想ができる。レコードXが欲しくて、そこにあるとお店に入ったときにわかる。でも中古レコードは、インターネット前の不思議なポータル買い物経験が出来る。宇宙規模のね」
 ひとつのコンピュータ・スクリーンが、この惑星にある、購入可能な物体の詳細をリストしてくれる。ほとんどがバルク状態で入手可能である。中古レコード屋に行くことは、燃料を蓄えた宝探しの心を保有し続ける、数少ない消費者経験のひとつである。「中古レコード店に入ったら、壁にかかっているレコードは何だ? 新しく入ったコーナーはどこだ、カウンターの向こうで誰かがプレイしているのは何だ? いままで聞いたことないといくらでも訊けるし、すべてがクールだ」


Sideman record's sound track


@ Sideman records


@ Sideman records


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photo:Via bk mag

 オーナーとして、中古レコードの方が利益率が良いことも魅力だ。新品は返品できない。中古なら、小売店は30パーセントしか利益はないが、リスクは少ない。
 「例えばミッドウエストの田舎の屋根裏部屋にある、誰かの見捨てられたレコード・コレクションが、ペニーに値するかもしれない。誰かのゴミは誰かの宝でもある。経済的にも環境にもいいし、面白いショッピング経験ができるし、やり遂げる感が良いんだよね」
 サイドマンはまだ初期段階で、ただいま、スニパー・チームはニューヨーク近辺から他の土地でもレコードを集めるのに大忙し。ヴァイナルも売って、新しいヴァラエティに富んだ物も売りたいと、例えばストランドのようなお店を例えに使う。
 スニパーのもうひとつの大きなヴィジョンは、中古レコード店をクリントン・ヒル、フォート・グリーン地域に持ってくること。3年ほど前、この地域に住んでいたスニパーは、グリーンポイントと違って、中古レコード店がないことにがっかりしていた。
 「ニューヨーカーにとって、週末に中古レコード屋に行く事は、ファーマーズマーケットやコーヒーを買ったりするのと同じ事。一種の儀式だよ。例え、カジュアルなレコード・バイヤーでもね。」

 数ヶ月前、ブシュウィックのバーに行ったときに、DJブースの隣にレコードの箱がいくつか置いてあり、そこにたくさんの若者がフラッシュライトを片手に、群がっているのを見た。聞くと、毎週水曜はサイドマン・レコーズ・ナイトがあり、レコードを販売しているのだった。ほとんどのレコードが1ドル。「これが好きだったら、これ聞いてみなよ」とダミアンと話しながら、レコード箱を漁るのは楽しいし、お酒も入り、勢いでまとめ買いする人もいる。そのときお店はまだオープン前だったが、このときも目を輝かせ、「もうすぐレコード店をオープンするんだ。絶対気にいるから遊びに来てね」と言った。

 そして、ついにオープンしたサイドマン・レコーズ。中古レコード市場が新たな展開をするかもしれない2016年。自分のニーズを考えるとビジネスに行き着くという例。好きなことをやり続けるとこうなったと、彼らの冒険はまだ続く。

Captured tracks
195 Calyer St
Brooklyn, NY 11222
12 pm-8 pm

Sideman records
88 s Portland Ave
Brooklyn, NY 11217
11 am-8 pm

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