「Nothing」と一致するもの

Courtney Barnett - ele-king


 コートニー・バーネットは左利き。ジミ・ヘンドリックスも左利き、カート・コバーンもそう。
 コートニー・バーネットはミニマリズムの短編作家のような歌詞をあたたかいメロディとグルーヴィーな8ビートに乗せる。
 彼女は空想して、曲を書いて歌う。
 傑作『サムタイムス・アイ・シット・アンド・シンク、サムタイムス・アイ・ジャスト・シット』から3年、待望のセカンド・アルバムがリリースされる。
 『テル・ミー・ハウ・ユー・リアリー・フィール』。
 君は本当にどのように感じているんだい?



Courtney Barnett - Nameless, Faceless


コートニー・バーネット (COURTNEY BARNETT)
『テル・ミー・ハウ・ユー・リアリー・フィール (TELL ME HOW YOU REALLY FEEL)』

発売日:2018年5月18日(金)

Amazon: https://amzn.asia/19I5TnP
iTunes/ Apple Music: https://apple.co/2EsIthe
Spotify: https://spoti.fi/2Hgdoem

■COURTNEY BARNETT プロフィール
1988年、豪生まれ。2012年、自身のレーベルMilK! Recordsを設立し、デビューEP『I’ve got a friend called Emily Ferris』(2012)をリリース。続くセカンドEP『How To Carve A Carrot Into A Rose』(2013)は、ピッチフォークでベスト・ニュー・トラックを獲得するなど彼女の音楽が一躍世界中に広まった。デビュー・アルバム『サムタイムス・アイ・シット・アンド・シンク、サムタイムス・アイ・ジャスト・シット』(Sometimes I Sit and Think, Sometimes I Just Sit)を2015年3月にリリース。グラミー賞「最優秀新人賞」にノミネート、ブリット・アウォードにて「最優秀インターナショナル女性ソロ・アーティスト賞」を受賞する等、世界的大ブレイクを果たし、名実元にその年を代表する作品となった。2018年5月、全世界待望のセカンド・アルバム『テル・ミー・ハウ・ユー・リアリー・フィール』をリリース。
https://courtneybarnett.com.au/

資本主義リアリズム - ele-king

内面は疲れ果て、いまぼくたちは永遠に魂を失う。 ──ジョイ・ディヴィジョン“ディケイド”

資本主義リアリズムがこうも網羅的で、現在の抵抗の形がこうも絶望的かつ無力であるなら、実のある異議申し立てはどこから来るのだろう? 資本主義がいかに苦しみをもたらすかを力説するモラル的な批判は、資本主義リアリズムを増長させるだけだ。貧困、飢餓、戦争は、現実の避けられない一面として描かれ得るが、こうした苦しみを無くせるかもしれないという希望となれば、しばしばナイーブなユートピア主義のレッテルを貼られれてしまう。資本主義リアリズムを揺るがすことができる唯一の方法は、それを一種の矛盾を孕む擁護不可能なものとして示すこと、つまり、資本主義における見せかけの「現実主義(リアリズム)」が実はそれほど現実的ではないことを明らかにすることだ。  ──マーク・フィッシャー『資本主義リアリズム』


 待望の翻訳だ。妥協のない厳しいメッセージではあるが、率直で勇敢な本だ。ある意味気が滅入るかもしれないが、世界を変えようと真剣に考えている。なんにせよ、昨年1月に自害したイギリスの批評家、マーク・フィッシャーが2009年に発表した『資本主義リアリズム』、彼の代表作がついに日本語で読める。
 ジャンル的に言えば、現代思想に精通している人が評すべき本だと思うが、サイモン・レイノルズが嘆くように、音楽についての文章がただ音楽のためだけの文章になってしまった今日、同調主義的かつナルシスティックなFacebookやインスタのようなネット文化ではないそのオルタナティヴにおいて、フィッシャーはただ音楽のためだけではなく音楽についても書き続けた人でもある。読みやすい本だし、音楽好きにも読んでもらいたいと思うがゆえに自分で書くことにした。
 だいたいフィッシャーは、いまのところ公式では最後にURを取材した人である。2007年の『WIRE』誌に掲載されたそのインタヴューの一部分は、拙著『ブラック・マシン・ミュージック』の新装版のあとがきに引用させてもらった。もうひとつ、彼こそはBurialないしはダブステップをを論じた第一人者であり、現代においてジョイ・ディヴィジョンを論じ直した人だ(あるいはリアーナのようなポップスターについてとか)。レディオヘッドについて書いている文章は読んだことはないが、いずれにせよ、この本を避けて通ることはできない。

 が、おそらくぼくたちはそれをいつの間にかずいぶんと避けてきているかもしれない。避けているとういよりは、慣らされてしまったというか、ほぼ盲従しているというか。たとえばの話、ぼくたちはなんとなくハリウッドがろくでもないバビロンかもしれないと思っている。そのハリウッドではいまどきのトピックの社会派の映画が優秀な人材を配して作られる。そして言う。いや、ハリウッドだろうとないよりはマシだと。この「マシ」にはかなりの説得力がある。
 数年前『パレード』という映画があった。80年代の炭坑夫とゲイが共同してデモをするという、言うなれば集団的オルタナティヴの形成に関する美しい実話をもとにしたイギリス映画で、いまでもぼくは人に薦めたいと思っている。が、その物語は、サッチャーから炭坑廃止をめぐって「それしか道はない」と強制/提言されたことで生じた労働者階級の「亀裂」については突っ込んでいない。資本主義リアリズムはその「亀裂」に深く関わっている。それはジェイムス・エルロイの「ノワール」とも、ギャングスタ・ラップにおける「リアル」とも連なる。
 
 ギャングスタ・ラップとは、その支持者がしばしば主張するように、既存の社会状況を単に反映したものでもなければ、その批判者が主張するように、そうした状況をただ引き起こすものでもない。ヒップホップと後期資本主義の社会的フィールドが互いに浸透し合う回路はむしろ、資本主義リアリズムがアンチ・神話的な神話と化すところと通底している。(本書より)

 本書の特徴は、まずは「ポストモダニズム」よりも「資本主義リアリズム」という用語を優先して使っている点にある。フィッシャーは、サラヴォイ・ジジェクのようにいくつかの映画を解読しながら、複数のアングルから「資本主義リアリズム」なるものを暴いてみせる。そのひとつに、ポスト・フォーディズムの問題がある。いま企業で働いている人たちには身近な話で、これから働く人たちにとってもじつにシリアスな問題だ。

 というのも、ごくまっとうな理由からではあるが、四十年間も同じ工場で働き続けるのはごめんだと思ったのは彼らだから、左派はいろいろな意味で、フォーディズム的バランスを崩し、そしてそのことから未だに立ち直れていないままでいる。特に英国では、労働者階級の伝統的な代弁者、つまり労働組合と労働党の幹部らによって、フォーディズムはむしろ都合が良すぎた。安定した階級対立によって彼らの役割は保証されていたというわけだ。しかしその結果、ポスト・フォーディズム的資本主義を唱える者として容易に自己アピールすることができた。(本書より)

 新自由主義が基本的に人の弱みや満たされない欲望につけ込んで入ってくることは、我が国の政治家たちを見れば一目瞭然であり、歴史の分水嶺ともなったサッチャーの言葉=「これしか道はない」は、訳者もあとがきで指摘しているように安倍内閣が執拗に使っているフレーズでもある。フィッシャーが言うように「反国家主義的なレトリックを明示しているにもかかわらず、新自由主義は実際のところ、国家そのものに反対しているのではなく、むしろ公的資金の特定の運用に反対しているのだ」。そして、こうした新自由主義(非道徳的な合理性)と新保守主義(道徳的で規制的な合理性)は、たがいに矛盾しながらも「資本主義リアリズム」のなかで融合する。
 その結果、現在ぼくたちは自由にお買い物を楽しみ、そして自由に転職して失業するという不安定さのなかで生きる/死ぬことを甘受している。ラップのMCバトルは、あらかじめ敗残者に溢れた世界を生きることを前提とする社会、それが当たり前(リアル)だと思わせるという点で「資本主義リアリズム」を補完する。それは起業家ファンタジーとの親和性を高めるはするものの、みんなが勝利する世界をますます想像しづらくする。
 ラップだけのことではない。それはありとあらゆるものに接続可能だ。社会貢献が好きなボノのような人がつい口にしてしまった「パンクやヒップホップは硬派な商業主義」という言葉から漏れている「資本主義しか道はない」という合意にも通じる。
 インディーズやオルタナティヴも他人事ではない。インディーズやオルタナティヴがメインストリームの外部にあるのではなく、「メインストリームに従属しているどころかそのなかでもっとも支配的なスタイルにさえなっている」ことは、Jポップやファッションを見ていてもわかる。それはテクノやレイヴ・カルチャーがEDMや企業イベントに吸収されたことや、リヴァイヴァルと冷笑主義ばかりが繰り返され、新しいモノが生み出せなくなってきている文化的膠着状態ともリンクしている。いや、「新しいモノ」は出てきてはいるかもしれない。が、「経済的効果」を生み出せないがゆえにメディアで紹介されない、されなくて当然となっている、日本ではいまにはじまったことではないが。
 「資本主義リアリズム」におけるこうした文化の衰退、そして誰もが幸せな未来を描けなくなっていることへの無力感、あるいは、健康や禁煙を奨励するいっぽうで、統計的にもその疾患者の増加が目覚ましいのに関わらず、政治経済からは放置され続けるうつ病/情動障害……これら「資本主義リアリズム」の異常さをフィシャーはとことん見逃さない。

 早とちりしないで欲しいのは、本書は「またかよ」の新自由主義批判ではないということだ。最近問題視されている奨学金制度もそうだが、金利の値下げによりまずは人びとを債務者にする新自由主義にもほころびが起きている。フィッシャーが「新自由主義は必然として資本主義リアリズムであったが、資本主義リアリズムは必ずしも新自由主義である必要はない」というように、実際いまぼくたちはトランプ政権やイングランドのEU離脱という出来事を目の当たりにしている。そしてディスピアを量産することはできても(ディストピアを描くことは現状認識という点において重要だと思うが)、ユートピアを想像できないままでいる。
 「Is there no alternative?」、オルタナティヴはないのか?(選択肢はないのか?)が本書の副題となっているが、フィッシャーは彼なりに未来への手がかり(実験的かつ実践的なオルタナティヴ)をある程度まで具体的に書いている。興味深いことに、毛利嘉孝のようにUKのポスト・レイヴ・カルチャーをバックボーンに持つ彼は、東浩紀のようにポストモダニズムの「大きな物語」批判を超克するための、左派の新しい目標として一般意志という概念の再興を説いている。(そして、原書で読んでいる高橋勇人がぼくにしつこく言ってくるのは、ポストモダニズムの限界とうつ病というテーマにおいて、國分功一郎的でもあるということ)

 フィッシャーが48歳で自ら命を絶ったということもあってか、いまUKの大学生のあいだでは、およそ10年前に著されたこの本がさらにまた読まれているという。学生はカスタマー(顧客)ではないし、公的サーヴィスはビジネスであってはならないのにビジネスにすらなっていないという現実。人口減少にも関わらずマンションが新築され続けるように、多国籍企業の店舗を破壊したところで破壊されることのない「資本主義リアリズム」。フィッシャーの意見をすべて肯定する必要はないだろうけれど、手遅れにならないためにも、その実体を確認することは急務だろう。

 ニュートラル・ミルク・ホテルの『イン・ジ・エアロプレイン・オーバー・ザ・シー』。私が、アメリカに来るきっかけを作った、エレファント6の代表作が20周年を迎えました。
 このアルバムが〈マージ〉より発売されたのは、1998年2月10日。20年前の先週の土曜日で、このアルバムは2000年になるまでに伝説になりました。ニュートラル・ミルク・ホテルことジェフ・マンガムは、『イン・ジ・エアロプレイン・オーバー・ザ・シー』をリリースした後、シーンから姿を消したのです。

 ジェフは、ルイジアナ州のラストンの3人の友だちで作った音楽集団、エレファント6(E6)の創設者の一人で、「音楽で世界を変えよう」というコンセプトでE6ははじまりました。ジョージア州アセンスに拠点を置き、アップルズ・イン・ステレオ、オリヴィア・トレマー・コントロール、エルフ・パワー、オブ・モントリオール、ミュージック・テープスなど、60年代のサイケ・ポップから枝分かれした、現代的方向を持ったバンドとのネットワークを広げていきました。
 デンバーのアップルズ・イン・ステレオのペット・サウンズ・スタジオでレコーディングされた『イン・ジ・エアロプレイン・オーバー・ザ・シー』は、90年代に愛されたインディ・レコードというだけでなく、時代を超えてもっとも愛された1枚になりました。
 当時のE6は、インディ・ロックのブームの中心でもありました。90年代のジェフは、96年に1枚目の『オン・アヴェリー・アイランド」をリリースし、カウチ・サーフィンをしながらツアーを続け、たくさんのE6プロジェクトに参加しました。ステレオがあるところに行くと彼がいる、とまで言われるほど精力的に活動していました。そしてセカンド・アルバムにあたる『イン・ジ・エアロプレイン・オーバー・ザ・シー』を1998年に発表、その年に北アメリカ、ヨーロッパをツアーした後、シーンから唐突に姿を消しました。


 私は1996年頃、アセンスに居て、毎日、E6の仲間と過ごしていました。当時、インディ・バンドを見るためにアメリカ中を旅をしていた私は、LAでアップルズ・イン・ステレオ、オリヴィア・トレマー・コントロール、ミュージック・テープスのショーを見て以来、彼らのファンになりました。彼らのコミュニティ、彼らの音楽に引き込まれ、誘われるままにアセンスに来たのです。
 そこにいる人たちはみんなミュージシャンでした。オリヴィア・トレマー・コントロールの家に居候していると、いろんな人がやって来ました。狭いアセンスのコミュニティでは、すぐに他のバンドとも仲良くなり、彼らの音楽に没頭していきました。ユニークな音楽人に囲まれ、居心地もよく、こうして私はアメリカに住もうと決心します(結局NYに引っ越すのですが、NYにいると、彼らに定期的に会えるのです)。
 ミュージック・テープス/ニュートラル・ミルク・ホテルのジュリアンの家を毎日のように訪ね、彼の夢(サーカス/遊園地のようなショー)を聞くようになった頃、ハウスメイトのジェフにもよく会いました。彼は少し挨拶した後、直ぐに奥に引っ込み、ベッドルームでレコーディングしていました。ジェレミー(NMHのドラマー)と一緒に家に行っても、2人はベッドルームからなかなか出て来ませんでした。
 ジェフはほとんどど引きこもっていて、町を歩く、必ず顔見知りに会うアセンスでも、彼の姿を見かけることはほぼありませんでした。レコーディングに没頭していたのでしょう。そういう意味では、近くにいるのにニュートラル・ミルク・ホテルはいつも遠く感じました。
 それでもしかし、『イン・ジ・エアロプレイン・オーバー・ザ・シー』は、他のどのE6アルバムよりたくさん聴きました。子供の頃の幻想的な夢と機能しない家族について、アンネ・フランクの日記に影響され、ナチスに人質になった彼女を助けたいと夢見るファンタジー、セクシャルな描写を暗喩に含んだ歌詞、倒れそうな無限の勢いのギターと涙を誘うシンギング・ソウやブラス楽器の音が、よりドラマティックにサイケデリックに1曲1曲を磨いています。まるでホーンのように力強く響く彼の声からは悲しみが漂います。そして何度聴いてもアルバムの神秘的な部分には触ることはできません。
 2002年のピッチフォークのインタヴューで、ジェフは、「音楽は癒されるためにある」と語っています。しかしこれは癒しではなく、もっと切迫詰まっている気がします。

 1998年のツアー後、ジェフはオバマ政権の夜明け(2009年頃)まで世間に姿を見せませんでした。「ウォール・ストリートを占領せよ」でソロ・ショーをした後、2013年には突然バンドを再結成し、世界中をツアーしました。BAMでのショーを見ましたが、歳をとり、髭を蓄えたジェフの声はまったく衰えを感じさせず、人びとは彼を救世主のように見ていました。

 1998年はプレ・インターネット期で、レコード屋に通い、1枚のCDを何度も聴いて、フライヤーを見ながらショーに通った時代です。足で探して辿り着いた彼の言葉だから特別に響いたのかはわかりませんが、「何か正直な物のために開いている窓は、長くは続かない」という“エアロプレインの窓”は、たしかにその後直ぐ閉じられました。
 『イン・ジ・エアロプレイン・オーバー・ザ・シー』は、90年代のインディ・ロック黄金時代に存在しましたが、10年後の2008年にその年もっとも売れたレコードになりました。後から発見した人が語り継ぎ、どんどん伝説化していったのでしょう。20年経ったいまでも強烈な力を放つ、E6の、インディ・ロックの代表作なのです。


Neutral Milk Hotel
In The Aeroplane Over The Sea

Merge Records(1998)

Lea Bertucci - ele-king

 ここに物語はない。アルトサックスの音が静かに重なり、描かれるのは真っ白いカンバスだ。何も描かれていない真っ白いノート……いや、何も描かれていないはずがないノート。ぼくたちはもう何十年も生きてきた。何回も描き続け、何重にも塗り続けてきた。迷い、疲れ果て、なんども魂を失いそうになった。買ったばかりの画用紙のように、真っ白であるはずがない。

 昔ニューヨークには、路上で暮らす目の不自由な、そして耳が豊かなミュージシャンがいた。自らをムーンドッグと名乗ったその男は、ミニマリストたちから尊敬された真の“オルタナティヴ”、境界線上のアーティストだった。フィリップ・グラスはスティーヴ・ライヒとともにムーンドッグから影響を受けたひとりだが、1970年代にグラスの楽団でサックスを吹いていたリチャード・ランドリーという男がいる。のちにローリー・アンダーソンやトーキング・ヘッズの作品にも参加しているランドリーだが、当時は配管工をやりながら活動を続けていたそうで、ソロ作品はわずか数枚しか制作していない。そのレアな彼の代表作『Fifteen Saxophones』が数年前にNYの〈Unseen Worlds〉というレーベルから再発されている。

 NYの女性サックス奏者、リーア・バートゥチのアルバム『Metal Aether(メタル・エーテル)』はランドリーのソロ作品を継承している。サックスによるドローン(持続音)という点において。
 あらゆるものが並列に出揃っている今日では、自由を求めたフリー・インプロヴィゼーションなるジャンルも、「自由を求める」というクリシェから逃れられないのかもしれないが、『メタル・エーテル』はタイトルが暗示するように、軽い。この軽さこそ、グラスやランドリーが憧れたムーンドッグの身軽さとも似ているように思える。それは何かを背負っているかのような音楽ではないし、専制的にもなり得ない、社会の垢にもまみれない。なによりも彼女の音楽は描くのではなく、描いたものを消しゴムのように消していく。
 反抗的な音楽が信じられなくなるときは誰にでもあるだろう。あるいは過剰さから遠ざかりたいとき、そして過剰さへの反動としての静けさからも遠ざかりたいとき、未来のことも過去のことも考えたくないとき、ロバート・ラウシェンバーグの「ホワイトペインティング」のような音楽=『メタル・エーテル』は必需品だ。これは、いまぼくがもっとも気に入っているアルバムである。

※それにしても、アメリカ合衆国のバーモント州バーリントンの〈NNA Tapes〉もつかみどころのないレーベルで、有名になる前の初期OPNのコラボ作品を出していたり、コ・ラやネイト・ヤングなどの作品を出していたり。ブームになるずっと前からアナログ盤/カセットテープのリリース形態にこだっていたレーベルだが、音楽的にどんな信念/コンセプトがあるのかはわからない。ポップや流行というもののいっさいに関与しないことぐらいしか。

スリー・ビルボード - ele-king

 年頭からH&Mの広告と日本テレビの番組に人種差別があったとして騒ぎになり、2社はかなり異なる対応を示した。南アで起きた店舗の打ち壊しやコラボレーターからの契約解除などH&Mに選択の余地はなく、即座に謝罪した上で「多様性と包括性のためのグローバル・リーダー」を新たに雇い入れたと発表、つまりは落ち度があり、そのマイナスは改善されることになるとアナウンスが行われたのに対し、一方の日本テレビは「差別意識はなかった」という声明を出したのみで、新たな世界観を企業が取り入れていくという姿勢は見せなかった。H&Mと同じ対応でもいいし、世界的にポリティカル・コレクトネス(PC)の行き過ぎで表現がいま非常に窮屈な思いをしているから日本テレビはあえてPC表現に挑戦していきますと宣言するとか、何かしら主体性を見せるいい機会だったと思うのに、それをせず、実質的に旧態依然としてやっていくとしか言っていない。「差別意識がなかった」ということは単に勉強不足だったということを自白しているだけで、それをいったらH&Mにも差別意識はなかっただろうし、世界の動向をトレンドとして学習した上でさらに面白い番組をつくっている例はいくらでもあるんだから、日本テレビだけでなく今後のTV業界のためにももう少し何かステートメントや企業としての方向性を出すべきだったのではないだろうか(韓流に駆逐されるまで日本のTV業界が東アジア全体に番組を売っていた時代もあったんだし~)。たとえばマーティン・マクドナー監督『セヴン・サイコパス』はコリン・ファレル演じる主人公が映画の脚本を書きながら、ああでもない、こうでもないとストーリーを考えるたびにPCが立ちふさがり、PCとの格闘自体がひとつの見せ場となっていた。あれがすでに6年前。日本テレビも自分たちが置かれている現状をそのままドラマ化してしまうとか、やり方はいくらでもあるだろうに。

 PCと格闘しながらいかにしてB級アクションを成立させるかという課題に取り組んだ『セヴン・サイコパス』に「目には目をではマイナスにしかならない」とかなんとかいうセリフがあった。それは全体を貫くテーマではなく、話の勢いに押し流されて出てきた思想のようにも思えたけれど、マクドナー監督にとってはそれが堂々とした新作のメイン・テーマとなった。『セヴン・サイコパス』から一転、非常にシリアスな演出とブラック・ユーモアが混ざり合った『スリー・ビルボード』は「目には鼻を、鼻には口を、口には顎を」とすべてのボタンがかけ違う復讐の連鎖が核となっている。娘をレイプで殺された母親ミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)は町の入り口に立つ3枚の広告看板をすべて買い取り、警察に早く犯人を逮捕しろという広告文をデカデカと載せる。『セヴン・サイコパス』でマフィアの親分を演じたウッディ・ハレルソンが引き続き、今度は警察署長のウィロビーとして登場し、警察はサボっているわけではなく、手掛かりが何もないことをミルドレッドに説明する。ウィロビーは町の人気者で、彼が末期ガンに犯されていることは町の誰もが知っている。同じく『セヴン・サイコパス』でとびきりのサイコパスを演じたサム・ロックウェルはウィロビーの部下ディクソンとしてタッグを組み、ここでもかなり乱暴な役回りを演じている。黒人と見れば叩きのめし、広告会社に乗り込んで社長を窓から放り出す。町はだんだん騒然となっていき、誰もがミルドレッドさえ広告を出さなければこんなことにはならなかったと思い始めた頃、ウィロビーはガンを苦にして自殺してしまう。

 この作品に描かれているのはあからさまなリベラルの理想である。ミルドレッドが娘を殺したレイプ犯を何が何でも捕まえようとする理由は追って明らかになっていくにせよ「正義を行え」という主張に間違いがあるわけではない。彼女は方法論に過剰な逸脱があり、問題があるとしたら「性急さ」ということに尽きるだろう。彼女の行動はウィロビーの死を早めたように受け取られ、そのことで多くの軋轢を生み出すけれど、実際には彼女の行動とウィロビーの死には関係がない。自殺を選んだウィロビーにはそれがわかっている。(以下ネタばれ)ウィロビーは自殺するにあたってミルドレッドやディクソンに手紙を残しておく。この手紙が人種差別主義者であり、とんでもない暴力警官だったディクソンを変えることになる。サム・ロックウェルの演技は誰もが感嘆するところで、大いなる説得力を持っていた。僕もまったく文句はない。しかし、冷静に考えてみると、オルタ右翼やネトウヨは「愛されることがなかった」からヘイトに走っているだけで、そうでなければもっといい人間だったはずだという考え方がディクスソンの変化を裏打ちしていることにも思い当たる。スティーヴン・キングは映画『エクソシスト』を評して、ヒッピーは子どもたちに悪魔が取り憑いた状態で、悪魔を取り除けば子どもたちはまたいい子に戻るというメッセージを読み取っていた。それと同じで、ヘイトや人種差別をする人たちも元はいい人で、一時的に悪魔が取り憑いているような状態だとリベラルは考えていると、そのように『スリー・ビルボード』は設定しているとしか思えなくなってくる。教育程度の差もこの作品では丁寧に表現されているので一筋縄ではいかないけれど、共和党主義者からしてみればリベラルこそ悪魔憑きなのである(さらにご丁寧なことにアメリカ南部が舞台であるにもかかわらず宗教は無力だとして否定される場面もきちんと挿入されている。そういう部分も抜かりがないというのか、甘く見ているというのか)。ヒッピーも思想であり、オルタ右翼も思想であって、どちらも一時的な気の迷いではすまないライフ・スタイル以上のものがある。「愛されたか」「愛されなかったか」ではこの溝を飛び越えることは不可能だろう。だけど、それを観せようとして、実際に最後まで観せてしまうのが『スリー・ビルボード』なのである。

 この作品が上手いなと思うのはマイノリティの配置の仕方である。実にさりげなく、目立たない場所にメキシコ移民や黒人たちが置かれている(『ゲーム・オブ・スローンズ』のピーター・ディンクレイジもキャスティングされている)。話がクライマックスに入ってくると、その人たちがあっと思うようなところにいたことに気づかされる。デル・トロ『シェイプ・オブ・ウォーター』のようなわざとらしさがない。ミルドレッドは彼らのおかげで決定的な孤立には追い込まれない。マイノリティがすべからく「いい人」であることもリベラルの価値観に裏打ちされている側面だし、主要な役回りを与えられていないだけだろうとも言えるけれど、誰ひとり悪い人がいるわけではないのに悲劇は起き、それがどんどん深まっているというのがこの作品の背景をなしている現実認識なのである。物語の終盤、ミルドレッドとディクソンは仮想の「敵」を共有するまでとなり、この映画のブラック・ユーモア性は最骨頂に達していく。誰もがやるべきことをやっている。それは間違いない。

『スリー・ビルボード』予告映像

Shame - ele-king

 ストリーミング・サービスが浸透する一方で、アナログ・レコードやカセットテープが復活の兆しを見せているという2018年のはじめに、よりによって現在もっとも古くさいものとして扱われているコンパクトディスクなんかを手に入れるために大型レコードショップに出向いた。仰々しいPOPが立ち並ぶ閑散とした店内を無駄にうろうろと彷徨うのは癖でもあるし、意地でもある。その音楽についてもっと知りたいと思うのは時代遅れなのだろうか。検索すれば出てくるような情報だけでは飽き足らず、作品の形や色や質感やデザインや歌詞やクレジットなどを見て確かめたい。貯まったポイントで千円分のお支払いができますよ、とレジで優しく言われて喜ぶ程度の庶民。カウンターに差し出すCDに記されたバンド名はシェイム(恥)。笑えない。

 青空の下ではにかみながら豚を抱いている1stアルバム『Songs Of Praise』のジャケットの写真、これが実はトリックで、油断しているとのっけから重たいビートが醸し出すただならぬ雰囲気に頭をはたかれるので要注意。映画『シング・ストリート』の脇役に出てきそうなほっぺたの赤い初々しい5人は、アイルランドではなくサウス・ロンドンのブリクストン出身で、まだ平均年齢20歳だという。叫び声に近いしゃがれた歌声、ひりひりとダーティーに鳴りまくる2本のギター、硬派なベースと暴力的なドラムが重なった、疾走感あふれる分厚いリズム。冒頭2曲の得体の知れないエネルギーが、ポストパンクの類にめっぽう弱い人びとの心を掴んで離さない。続くアルバムの中で一番キャッチーな“One Rizla”は一番古い曲で、なんと16歳の時に作ったというのだから、はじめからもう既に出来上がっている。アルバム全体を通して鬱屈とした怒りに満ちていて、今作には収録されていないが、2017年に発表された“Visa Vulture"という曲のアートワークなどには英国首相のテリーザ・メイが吸血鬼と化したイラストを使用していたり、EU離脱問題を抱えたイギリスの正しき若者といった感じ。

そして一番知りたかったデビュー・シングル“The Lick”のクセの強いポエトリー・リーディング部分の訳はこう記されている。

「それじゃ部屋の片隅に座ったらどうだい/自分の部屋の片隅に座ってMP3プレイヤーに次の名曲をダウンロードするんだ/NME誌が君に心からオススメしてくれるから」

「そいつを大音量で誇らしげにかけるんだ/輪になって座り、一気にサビの部分まで1分30秒まで飛ばす」

「それが俺達に必要なものなんだ/共感できるが、議論を呼んだりしないもの」

 攻撃的な音にシニカルな言葉。NME誌が喜んで満点をつけたというのも痛快な話。ポスト・パンクはいったい何度リヴァイヴァルすれば気が済むのか、と言いたくなる時もあるけれど、相変わらず音楽は世の中を教えてくれて、イギリスには行き場のない熱が渦を巻いているように見える。『Songs Of Praise』はアメリカのレーベル、〈デッド・オーシャンズ〉からリリースされ、プロデューサーにはMule Electronicよりフォート&ボディ名義や、〈R&S〉よりザ・チェイン名義で仲良くエレクトロニックな作品をリリースしているダン・フォート(〈R&S〉の元スタッフでジェイムス・ブレイクのマネージャー)とネイサン・ボディの2人を迎えて制作されていて、その雑多な繋がりは型にはまらず、何だか今風だなと感じる。元クラッシュのミック・ジョーンズが手掛けた1stアルバムをラフ・トレードからリリースしたザ・リバティーンズが出てきた頃とは確実に時代が変わっているようだ。最後に1曲だけスケールの違うメロディアスな曲で締めているあたり、もしかするとオアシスになれるんじゃないか? という未来も考えられたり。

 日本盤に収録された観客の歌声も混じった5曲のライヴ音源もいい。しかし便利なもので、文明を利用すれば家にいてもシェイムのライブ映像を簡単に見ることができてしまい、アグレッシヴに動き回るバンド演奏はもちろん、ヴォーカルのチャーリー・スティーンのパフォーマンスにすっかり釘付けになってしまった。上半身裸になってマイクのコードを首に巻きつけたり、ダイブをしたり、観客の顔面を舌でゆっくりと舐めたり(!)など怖いものなしのやりたい放題。感情をむき出しにした挑発的な態度にユーモアもちゃんと兼ね添えているところは間違いなく大物だと思う。デビュー前からグラストンベリー・フェスティヴァルに出演していたというのも納得の話。

 私は生まれたばかりの音楽の勢いにやられると、どうしてか受け取った熱をなるべく言葉にしたくなるのだけれど、手軽に音楽を聴き漁ることが可能ないま、ディスク・レヴューなどは無駄な行為なのかもしれないと戸惑うこともある。だけどこのシェイムの音楽が「最高」だとか「いいね」だとかいう簡素な感想でしか話されず、次の季節には新しい音楽に押されて消えていくのは納得できない。刺激的な音楽が変えていくのはUKのシーン以上に世界中の様々な人間のほんの少しの意識や行動や佇まいで、そうでなければパンク・ロックもストリーミングも何の意味もない。それともまさか「共感できるが、議論を呼んだりしないもの」に埋もれて死ぬつもりだろうか。

JASSS - ele-king

 〈Modern Love〉のアンディ・ストットやデムダイク・ステアらが(結果的にだが)牽引していた2010年代のインダストリアル/テクノの潮流は、2016年あたりを境界線に、ある種の洗練、もしくはある種の優雅な停滞とでもいうべき状況・事態になっている。それはそれで悪くない。インダストリアル/テクノはロマン主義的なテクノという側面もあるのだから退廃こそ美だ。
 しかし、その一方でサウンドは、ボトムを支えていたビートはレイヤーから分解/融解し、複雑なサウンドの層の中に溶け込むようなテクスチャーを形成する新しいフォームも表面化してきた。分かりやすい例でいえばアクトレスローレル・ヘイローの2017年新作を思い出してみれば良い。ビートとサウンドの音響彫刻化である。
 つまり洗練と革新が同時に巻き起こっている状況なのだ。すべてが多層化し、同時に生成していく。時間の流れが直線から複雑な線の往復と交錯と層になっている。いささか大袈裟にいえば2020年以降の文化・芸術とはそのような状況になるのではないか。

 今回取り上げるスペインのサウンド・アーティストJASSSは、そのような状況を経由した上での「新しさ=モード」を提示する。彼女にとって「新しさ」とはフォームではなくモードに思えた。スタイルや形式は、その音楽の中で並列化しているのだ。
 JASSSは、2017年に、ミカ・ヴァイニオと共作経験のある(『Monstrance』)、カルト・ノイズ・アーティスト、ヨアヒム・ノードウォール(Joachim Nordwall)が主宰する〈iDEAL Recordings〉からファースト・アルバム『Weightless』をリリースした。私はこの作品こそ現代のエクスペリメンタル・テクノを考えていくうえで重要なアルバムではないかと考えている。
 2010年代以降のインダスリアル、ドローン、テクノなどの潮流が大きな円環の中で合流し、2017年「以降」のモードが生まれているからだ。どのトラックも形式に囚われてはいないが大雑把に真似ているわけでもない。個性の檻に囚われてもいないが猿真似の遠吠えにもなっていない。ときにインダスリアル(の応用)、ときにアフリカン(の希求)、ときにタブ(の援用)、ときにアシッド(の記憶)、ときに硬質なドローン(の生成)、ときにEBM(の現代的解像度アップ)、ときにジャズ(の解体)など、1980年代以降の音楽要素を厳選しつつも自身の音楽へと自在にトランスフォームさせているのだ。それゆえどのトラックにも「形式」を超える「新しさ」が蠢いている。「個」があるからだ。

 JASSSは『Weightless』以前もベルリンのレーベル〈Mannequin〉からEP「Mother」(2016)、EP「Es Complicado」、〈Anunnaki Cartel〉からEP「Caja Negra EP」をリリースしていたが、『Weightless』で明らかにネクスト・レベルに至った。そのトラックメイクはしなやかにして、柔軟、そして大胆。そのうえ未聴感がある。
 何はともあれ1曲め“Every Single Fish In The Pond”を聴いてほしい。メタリック・アフリカン・パーカッシヴな音とインダストリアルなキックに、硬質で柔らかいノイズや微かなヴォイスがレイヤーされる。そして中盤を過ぎたあたりからアシッドなベースが唐突に反復する。どこか「インダストリアルなバレエ音楽」とでも形容したいほどのコンポジションによって、重力から逃れるような浮遊感を獲得している。続くA2“Oral Couture”も同様だ。ミニマル・アシッドなサウンドを基調にさまざまな細かいノイズが蠢くトラックメイクは優雅ですらある(スネアの入り方が人間の通常の身体性から少しずれたところをせめてくる気持ちよさ)。そしてB1“Danza”もアフリカン・インダストリアル・ミニマルとでも形容したいほどに独創的。さらに電子音のカットアップによる解体ジャズとでもいいたいB2“Cotton For Lunch”は、フランスのミュジーク・コンクレート作家ジーン・シュワルツを思わせもした。C1“Weightless”以降はインダスリアル・ミニマルなサウンドにダブ効果を導入したEBM的なトラックを大胆に展開する。
 全8曲、テクノ、インダスリアル、電子音響、ダブなど、さまざまなエレクトロニック・ミュージックのモードを自在に操りながらJASSSはわれわれの使われていない感覚を拡張する。どのトラックも、ビートはあっても重力から自由、硬質であっても物質的ですらない。ちなみに本作の印象的なアートワークを手掛けたのは、2017年に〈PAN〉からアルバムをリリースしたPan DaijingでJASSSのサウンドが持っている独特の浮遊感をうまく表現しているように思えた。

 『Weightless』を聴くとJASSSが特別な才能を持ったサウンド・アーティストであると理解できる。そしてその音からは壊れそうなほどに鋭敏な感受性も感じてもしまう。例えばミカ・レヴィ=ミカチューのように映画音楽にまで進出してもおかしくないほどのポテンシャルを内包した音楽家ではないか、とも。いや、もしかするとポスト・アルカと呼べる存在は彼女だけかもしれない(言い過ぎか?)。
 なぜなら、JASSSは技法やスタイルの向こうにある「音楽」を構築しているからである。ポスト・インダストリアルからアフター・エクスペリメンタル。コンセプトよりも分裂。もしくは物語よりもテクスチャー。 新しい音、モード。 その果てにある「個」の存在。
 20世紀以降、大きな物語が終焉したわけだが、それは21世紀において小さな物語が無数に生産されたことも意味する。それを個々のムーヴメントと言いかえることもできるが、JASSSはそのような個々の潮流ですらも手法(モード)として取り込み、単純な物語化に依存していない。テクノもエクスペリメンタルも包括した「音楽」の実験と創作に留まり続けている。それは停滞ではない。自分の音楽を希求するという意味では深化である。

Mark Pritchard - ele-king

 ベース・ミュージックへの傾倒から一転し、穏やかで叙情性に満ちた美しいアルバム『Under The Sun』を作り上げたUKテクノのベテラン、マーク・プリチャード。その新たな作品『The Four Worlds』が3月23日にリリースされる。先行公開された“Come Let Us”のドローンとヴォイスを聴く限り、前作の路線を引き継ぎつつもまた新たな試みをおこなっているようである。はたして「4つの世界」とは何を意味するのか? 待て、しかして希望せよ。

MARK PRITCHARD

新作『THE FOUR WORLDS』3月23日リリース決定
新曲“WATCH COME LET US FEAT. GREGORY WHITEHEAD”公開
MVを手がけたのは気鋭アーティスト、ジョナサン・ザワダ

マーク・プリチャードが、トム・ヨークやビビオが参加した2016年のアルバム『Under The Sun』のサウンドをさらに追求した8曲入りの新たな作品集『The Four Worlds』を3月23日にリリース決定。アートワークを手がけた気鋭アーティスト、ジョナサン・ザワダによるミュージック・ビデオとともに、新曲“Come Let Us feat. Gregory Whitehead”が公開された。

Mark Pritchard - Come Let Us (feat. Gregory Whitehead)
https://youtu.be/Eq8uo6dv4Y4

label: Warp Records
artist: Mark Pritchard
title: The Four Worlds

iTunes: https://apple.co/2nPwaAg
Apple: https://apple.co/2nLw8do

Taylor Deupree - ele-king

 20年にわたり良質な電子音楽を上梓し続けてきたニューヨークのレーベル、〈12k〉。その主宰者にして自身も卓越したサウンド・アーティストであるテイラー・デュプリーが、ニュー・アルバム『Fallen』を2月25日に発売する。リリース元は、これまでも彼の作品を送り出してきた東京の〈SPEKK〉。来るべきその新作は、なんとピアノをメインに据えた作品になっているという(自身初の試みだそう)。これは楽しみ。

坂本龍一やデヴィッド・シルヴィアンとのコラボなど、これまで20年以上にわたり電子音響シーンをリードしてきた〈12k〉主宰テイラー・デュプリーによる最新作〈SPEKK〉よりリリース!!

坂本龍一やデヴィッド・シルヴィアンとのコラボなど、これまで20年以上にわたり電子音響シーンをリードしてきたテイラー・デュプリーによる最新作は、自身も初の試みというピアノを中心に添えた作品! タッチを抑えた鍵盤の音がうす暗い霧の中に消えていっては、新たな音が生成される輪廻転生のような世界観。永遠と鳴り響く、夢の果てのサウンド。

◆Taylor Deupree による作品概要

腰を落ち着けてアルバムを制作する際には、通常技術的なコンセプトと楽曲的なコンセプトを先に決め集中するための手助けとします。例えば楽器の音色を制限することだったり、何か特定の作曲方法を決めたりと。それは様々なプロセスの探求につながり、またアルバムの焦点がぶれないようにもしてくれます。私の前作『Somi』はそのように焦点をあてた、とても意図的な作品でした。ただ時にはもっとリラックスして、思い浮かぶことを形にしたい時もあります。本作『Fallen』はそのような作品で、今回唯一の自分に課したルールは、初めてピアノを中心の楽器として捉えるアルバムを作ることでした。時には『Fallen』をソロピアノ作にしたかったのですが、探求を押し進むにつれピアノにモデュラーやMOOGシ ンセ、テープマシーンやちょっとしたギターを添えたくなったのです。『Fallen』は軽い感じで作り上げるリラックスしたアルバムにしたかったのですが、結局は制作に1年半以上費やし、これまでの中でも一番時間がかかった作品のひとつとなりました。また、私のプライベートのとても暗くしんどい時期と重なりました。アルバムの進行が進むにつれ、ソロピアノは瞬く間に消えゆき崩壊やノイズが前に出てきたのですが、半分壊れたテープマシーンや無数のゴーストエコーが正直なピアノを隠し、抽象性が自己やその音楽をも隠してくれるようでした。ある意味、『Fallen』は私の以前のアルバム『Northern』に似ており、自由な精神に溢れる作品を目指したものの、最終的には場所と時の作品となったのです。

CATALOG NO: KK037
ARTIST: Taylor Deupree (テイラー・デュプリー)
TITLE: Fallen (フォレン)
LABEL: SPEKK
RELEASE DATE: 2018/02/25 (sun)
PRICE: オープンプライス
MEDIA: CD
BARCODE: 4560267290379

[トラックリスト]
1. The Lost See
2. Paper Dawn
3. Unearth
4. Small Collisions
5. The Ephemerality of Chalk
6. Sill
7. For These In Winter
8. Duskt

◆Taylor Deupree プロフィール

テイラー・デュプリー(1971年生)は米NY在住のサウンド・アーティスト、デザイナー、写真家。世界中のレーベルからコンスタントに作品を発表する傍ら1997年にはデジタルミニマリズムに焦点をあてた音楽レーベル〈12K〉を設立し、マイクロスコピックサウンドと呼ばれる電子音響シーンを築く。自身の音楽以外にも、他者とのコラボレーションも大切にしており、坂本龍一やデヴィッド・シルヴィアン、ステファン・マシューなど数々のアーティストと作品を制作。また、YCAMやICCなどの場所でサウンド・インスタレーションや数々の写真展も行っている。アコースティックな音源や最先端の技術を用いながらも、その作品の根底にあるものは自然の不完全さや、エラー、空間性の美学である。

◆Taylor Deupree サイト
https://www.taylordeupree.com/
◆SPEKK サイト
https://www.spekk.net/
◆レーベルショップ ※先行予約中!!
https://naturebliss.bandcamp.com/

Four Tet - ele-king

 これはビッグ・ニュースです。ブリアルとの凍えるように美しい共作曲、スティーヴ・リードとの“ストリングス・オブ・ライフ”のカヴァー、ジ・エックスエックスのサポートやオマール・スレイマンとのコラボOPNのリミックスなどなど、現代UKのエレクトロニック・ミュージックを更新し続けてきたキイマンであり、昨秋リリースしたアルバム『New Energy』も好評のフォー・テットが、この4月下旬、なんと4年半ぶりに来日します。単独公演としてはじつに7年半ぶりです。東京と大阪を回ります。ソールドアウトは必至と思われますので、チケットはお早めに。

特報!

Aphex Twin、Radiohead、The xx など錚々たるアーティストを魅了して止まないエレクトロニック・ミュージック・シーン唯一無二の存在 Four Tet、新たなマスターピース『New Energy』を引っ提げて約4年半振り(単独公演としては約7年半振り!)の来日公演が決定!

本公演ではオーディエンス・フロアの中央にステージを設営、スピーカーを四方に配したサラウンド・システムで挑むスペシャルな最新フルセット・ライヴとなります! エレクトロニック・ミュージックの可能性を無限に拡張させながら、そのモードを刷新し続けるシーンの至宝 Four Tet の待望のライヴ公演、お見逃しのないように!

東京公演
4.27 fri @東京 恵比寿 LIQUIDROOM
Open 19:00 / Start 20:30
¥6,000 (Advance) plus 1 Drink Charged @Door
Information: 03-5464-0800 (LIOQUIDROOM)
企画制作:LIQUIDROOM, root & branch
協力:Hostess Entertainment
[チケット発売詳細]
先行 e+ プレオーダー受付:2.9 (金) 12:00 ~ 2.12 (月) 18:00 —> https://sort.eplus.jp/sys/T1U14P0010843P006001P002251431P0030001
プレイガイド一般発売 (2.24 (土) 10:00より):ぴあ (Pコード: 108-744 ), LAWSON (Lコード: 72746 ), e+ (https://sort.eplus.jp/sys/T1U14P0010843P006001P002251431P0030001)

大阪公演
4.26 thu @大阪 梅田 CLUB QUATTRO
時間・料金未定(近日発表)
Information: 06-6535-5569 (SMASH WEST)
企画制作:SMASH WEST, root & branch
協力:Hostess Entertainment

■FOUR TET(フォー・テット)
97年、ポストロック・バンド、フリッジのギタリストとしてデビュー。フォー・テット名義では〈Domino〉〈Text〉などから現在までに通算7枚のスタジオ・アルバムを発表。フォークトロニカは彼がいなければ 存在しなかったとまで言われた。また本名のキエラン・ヘブデンとしては伝説のジャズ・ドラマー、故スティーヴ・リードとのコラボ・アルバムを3枚発表。レディオヘッドのリミックスを手掛けたり、中東ではお馴染みの民族舞踏 “ダブケ”をダンス・ミュージックに昇華させたシリアのスーパースター、オマール・スレイマンのプロデュースを手掛けるなど多岐にわたり精力的に活動をしている。
最新アルバム情報:https://hostess.co.jp/releases/2017/09/HSE-6526.html

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