エル・Pとキラー・マイクの出会いは、ボム・スクワッドとアイス・キューブが出会って作り上げた『AmeriKKKa's Most Wanted』にたとえられたりもしますね。 (二木)
ふたりは、人種、出身地、スタイルの違いを越えて、ラップ・ナードであるという共通点によって奇跡的にベスト・パートナーになったと。 (吉田)
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吉田:今回のビートもクラブ・ミュージックの文脈が色濃いですが、エル・Pがソロで2012年にリリースした『Cancer 4 Cure』ってアルバムからスタイルや音像が変わっていて。最初はずっとサンプラーを使っていたじゃないですか。で、『Fantastic Damage』からシンセとか使い出すんですよね。だけどその頃はまだローファイなサンプル・ベースの音像で、それにシンセの音を合わせていく感じ。で、その後ソロがもう1枚あって、そこまではまだ全体のトーンとしてはローファイな印象です。それで2012年のソロ・アルバムからラン・ザ・ジュエルズの3枚にかけて、このローファイとハイファイの融合を図っているというか。もちろん全体的にはハイファイ側に寄ってきているんだけど、初期のエル・Pの特徴はやっぱりローファイなので、持ち味を崩さずどのようにこの二層のレイヤーを重ねるかを考えたのかもしれません。それから近年はリトル・シャリマーとワイルダー・ゾビーという楽器ができる兄弟ふたりとビートを共作しているんですよね。
二木:あー、そうなんですね。『I'll Sleep When You're Dead』から楽器演奏者が参加するようになってその路線を推し進めて到達したのが『Cancer 4 Cure』ですよね。
吉田:今回のアルバムは特にそうかもしれないですけど、音楽的じゃないですか。ビートが効いていてグルーヴが楽曲を引っ張るんだけれど、フックになると楽器の音が入ってきて、カマシ・ワシントンがサックスを吹いている曲もそうですけど、フックがコード感や旋律のある展開になっているんですよね。見方によっては楽器の生演奏をサンプリング・コラージュしているとも取れると思いますが。しかし特徴的なのは、その音楽的というのがR&Bやソウル的なものではないじゃないですか。曲によってはもろにナイン・インチ・ネイルズっぽいと思うけど(笑)。
二木:まさにインダストリアル。
吉田:だからそこも逆に日本の従来のラップ・ファンにはいまいち受けづらいのかもしれないですね。音数も多いし、たとえばいまトラップが好きという人にこれを勧めようとすると……。というかこれは磯部涼氏も言っていたんだけど、音数多そうだし、言葉も多いし、言っていることも密度がありそうだし、いまはそういう雰囲気じゃないんだよねぇ、いまはミーゴスで踊っていたいんだよ、みたいな(笑)?
二木:例えば、『Run The Jewels 3』の“Call Ticketron”ではリン・コリンズの“Think”をサンプリングしているけれど、その声ネタによるリズムのアクセントの付け方はまさにロブ・ベース&DJ E-Zロック“It Takes Two”ですよね。で、ブーストしたプリミティヴなベースとキックがぐいぐい引っ張ってその上でスピットしまくる。だから、オールドスクール/ミドルスクール・マナーを継承しながらいまのダンス・ミュージックをやっていますよね。さらに音楽的という点では、本人たちが意識していたというのもありますし、エル・Pとキラー・マイクの出会いは、ボム・スクワッドとアイス・キューブが出会って作り上げた『AmeriKKKa's Most Wanted』にたとえられたりもしますね。サンプリングやスクラッチや演奏が騒々しく、しかも緻密にアレンジされているという。それと彼らのもうひとつの大きな特徴はなんと言ってもバトル・ライムじゃないですか。まずはセルフ・ボースティングありきなんですよね。バトル・ライムがポリティカルなメッセージと下品なジョークやFワードを共存させていると言えますよね。最終的にバトル・ライムによるセルフ・ボースティングに昇華していきますよね。あるアメリカ人の友人が『I'll Sleep When You're Dead』ってタイトルも洒落が効いていて面白いと言うんですよ。どういうことかと言うと、一般的には「I'll Sleep When I’m Dead」と表現して「俺は死んでから、寝る」みたいな意味になるけど、それを「I'll Sleep When You're Dead」とすると、「お前が死ぬまで、俺は眠らねえから」という攻撃的な意味合いになると。あと、『Cancer 4 Cure』も「Cure For Cancer」つまり「ガンの治療」という意味を逆転させているところとかどこか皮肉っぽい(笑)。
吉田:たしかに、最初のソロの『Fantastic Damage』というタイトルもそういう意味で皮肉めいてるし、やはり滅茶苦茶ヒップホップ思考ですよね(笑)。
二木:滅茶苦茶Bボーイ・スタンスを感じますね(笑)。
吉田:だからこそこれだけ評価され続けているんだと思うんですけど、その基本が揺るがないんですよね。要するにビートはローファイとハイファイの融合、サンプラーとシンセの融合、ブレイクビーツとTR-808のダンス・ビートの融合に成功して、進化したと。じゃあ従来の「ロー」なバトル・ライムをどんな「ハイ」コンテクストなボキャブラリーとデリバリーで進化させられるんだろう、みたいなことをヒップホップ・メンタリティでずっと考え続けているみたいな(笑)。
二木:そうそう。
吉田:ヒップホップの外側から考えたんじゃなくて、内から考えているんだと思うんですよね。
二木:まさにそうですね。日本に置き換えて考えてみると、エル・Pのラップに関していえば、例えばの話ですけど、降神の志人が攻撃的なBボーイ・スタンスに軸足を置きながらスピリチュアルなタームやヒッピー的な思想、寓話的なストーリーテリングをバトル・ライムでスピットするような感覚に近い気もしますね。スピリチュアリズムやヒッピー・カルチャーに軸足を置きながらラップするんじゃなくて、ヒップホップに軸足を置きながらそういった文化や思想をシェイクしてラップするような感じですかね。それか、SHING02が“星の王子様”をセルフ・ボースティングとしてラップする、みたいな(笑)。いずれにせよ、エル・Pがヘッズを唸らせ続けることができるのは、そのアグレッシヴなBボーイ・スタンスゆえですね。
吉田:SFというのも具体的にはアーサー・C・クラークとか、ディストピア繋がりでジョージ・オーウェルとかも引用していたりするんですけど、やっぱりフィリップ・K・ディックはデカいと思うんですよね。ディックの小説に特徴的なパターンとしてあるのが、いま目の前の現実に見えている世界は、実は何らかの装置や権力が見せている偽の現実、幻影みたいなもので、その現実だと思っていた世界が崩れていくみたいな話じゃないですか。例えばこのアルバム(『Run The Jewels 3』)も前半は直接的に現実の近さで歌っていて、だんだん寓話とともに世界のほころびが入ってきて、最後にすべてを裏で牛耳っている権力が目の前に現れて「支配者を殺せ!」と叫びながら世界が崩壊するというような流れになっている。そういう構造を取り出すと、ディックの小説をなぞっているようにも見えて、やはりエル・Pにとってディックの影響力は大きいと思うんですよね。ディストピアと言っても描き方が色々あると思うんですけどね、例えばカンパニー・フロウの“Tragedy Of War (In III Parts) ”や“Population Control”なんかは戦争をトピックにしていますが、SFの歴史改変モノのように見ることもできる。
二木:あと、僕はそれこそGen(ocide)AKtionさんの『探求HIP HOP』の記事で曲の意味をより深く知ることができたんですけど、エル・Pの“Stepfather Factory”の資本主義批判もSFモノですよね。
吉田:そうそう。あとはこのようなエル・Pのやり方が後世に与えた影響力も大きいと思うんです。まず直接的には〈デフ・ジャックス〉のアーティストであるキャニバル・オックスとかエイソップ・ロックに出たじゃないですか。キャニバル・オックスはジャケットからしてわかりますがSF的な世界観にストリートを歌うラップを乗っけたらどうなるかっていう、ある意味実験ですよね(笑)。で、エイソップ・ロックはエル・P以上に難解で詩的なライムで、SFと言うよりは寓話的なところがありますが、シニカルな視線も持ち合わせていて、それはそれこそ西海岸のアンチコン以降の流れにもつながるという。実際にエル・Pとアンチコンのソールのビーフも有名ですが。しかしともかく絶対エル・Pがいなかったら「ここまで自由にやっていいんだ」ってことになっていなかったと思うんですよね。その辺は当時の日本ではリリックの翻訳があまりなかったこともあって共有されていなかった印象ですが。
二木:さっきも少し話しましたけど、エル・Pや〈デフ・ジャックス〉、〈ローカス〉の日本での受容のされ方は、パフ・ダディを象徴とするようなメインストリームのヒップホップへのアンダーグラウンドからのアンチテーゼとしてまずあったと思います。彼らこそが“ヒップホップの良心”だと。1999年のDJ KRUSHとMUROが表紙の『ele-king』で「パフ・ダディは表現者? ビジネスマン?」というテーマでDJヴァディムとアンチ・ポップ・コンソーティアムのメンバーが激論を交わすという記事があって、当時はそういうメインストリームとアンダーグラウンドの対立構造が産業的にも表現的にもいまよりも明確にあった気がしますね。そういう90年代後半に、モス・デフとタリブ・クウェリのブラック・スターもいたし、DJスピナのジグマスタズ、ショーン・J・ピリオドとかもいたじゃないですか。そういう中でカンパニー・フロウも聴かれていましたよね。
吉田:当時は、〈ニンジャ・チューン〉なんかを中心にアブストラクト系も盛り上がっていましたからね。
二木:そう、アブストラクト系みたいな括りの中で聴かれていましたね。僕の知るかぎりエル・Pの言葉や思想を深く掘り下げた当時の記事とかはあまり思いつかないです。
吉田:ですよね。だから当時DJ KEN-BOが……(笑)。
二木:KEN-BOさん!
吉田:KEN-BOさんが『FRONT』誌で10枚の12インチを紹介するコーナーで「Eight Steps To Perfection」を紹介していて、俺もそれをシスコで買ったんですよね。KEN-BOさんはRZAの変則的な感じが表れているとコメントしています。たしかにそのときはとにかくちょっと変わっているって感じで、ビートがダークでぜんぜんキャッチーじゃないし、ネタも怪しげなノイズみたいなのが入っているしで。
彼らのもうひとつの大きな特徴はなんと言ってもバトル・ライムじゃないですか。まずはセルフ・ボースティングありきなんですよね。バトル・ライムがポリティカルなメッセージと下品なジョークやFワードを共存させていると言えますよね。 (二木)
従来の「ロー」なバトル・ライムをどんな「ハイ」コンテクストなボキャブラリーとデリバリーで進化させられるんだろう、みたいなことをヒップホップ・メンタリティでずっと考え続けているみたいな(笑)。 (吉田)
二木:さきほど吉田さんが『Run The Jewels 3』が、「最後にすべてを裏で牛耳っている権力が目の前に現れて『支配者を殺せ!』と叫びながら世界が崩壊するというような流れになっている」という話をされていたじゃないですか。そこで今日話そうとしていたことを思い出したんですけど、最近炎上したペプシのCMのことなんです。ペプシが近年のいわゆる「ブラック・ライヴズ・マター」のデモを連想させるようなCMを作って公開したんですよね。そのCMでモデルのケンダル・ジェンナーという女性が群衆の前に立ちはだかる警官にペプシを渡してそれを警官が飲むと、群衆と警官隊が歓喜の渦に包まれてみんなが仲良くハッピーになるというようなものなんです(笑)。それに対して、キング牧師の娘をはじめ、いろんな人から批判の声が上がったんです。キング牧師の娘は「父もペプシの力を知っていればよかったのにね」みたいな皮肉めいたツイートをしたんです。このCMに対する批判のポイントはおそらくいくつかあって、「デモや政治活動を商業利用するな」という批判から「デモ隊と警官隊がペプシを飲んだくらいで和解するわけがないだろ」という批判まであると思う(笑)。
吉田:それはベタなツッコミですよね(笑)。
二木:結局ペプシはCMを取り下げることになったんですけど、実はこのCMのパロディ映像があって、ジョン・カーペンターの『ゼイリブ』風に仕立てられているんです。ある特殊な眼鏡をかけると、権力者や支配者の座につき地球を支配するエイリアンの姿が見えるというあの有名なSF映画です。要は警官隊がエイリアンだったという10秒ぐらいのパロディ映像があるんです。で、その映像にエル・Pのラップが使われているんですよ。
吉田:へえ、それはハマってますね。
二木:その映像がエル・Pの知るところになったんですよ。そこで、あるアカウントが「これはあなたの許可取ってんの?」みたいなメンションをエル・Pに飛ばしたら、「許可は取っていない。でもこのケースはOKだ」みたいなことをツイートしていて。
吉田:「俺のことよくわかってるな」みたいな(笑)。
二木:そうそう。で、そのリリックは『ラブル・キングス』っていう1960年代後半から1970年代初頭のニューヨークのギャングを描いた日本未公開のドキュメンタリー映画にRTJが提供した“Rubble Kings Theme”っていう曲のエル・Pのあるラインなんです。で、吉田さんだったら正確に訳せるんじゃないかなと思って、そのリリックを持ってきたんですけど(笑)。
吉田:(リリックを見ながら)やっぱり権力に対するプロテストみたいです。「悪いがオレたちはお前らの賛歌は歌わない/誓約にもノラない/クズの中から現れる/落ち着きのない人々の支配者たちよ/オレらを試しても無駄だぜ」みたいな感じですかね。
二木:だいぶ詩的ですね。
吉田:さっきの話で言うと、これが警察権力みたいなこととも言えるし。このアルバム(『Run The Jewels 3』)の中心に据えられているのは、資本主義批判で、権力者批判であり、そこはエル・Pもキラー・マイクも足並みが揃っているところだと思うんですが。キラー・マイク目線では警察権力に対する視線もありつつ、やはり格差の問題ですね。1%の人間がすべてを支配している世界で、その支配者たちを“Kill Your Masters”と繰り返し言っていて、それもバトル・ライムのマナーで「Kill」と強い表現で。またコー・フロウの話になっちゃいますけど、コー・フロウのときに“Bladerunners”って曲があったじゃないですか。あれはマイク・ラッドの曲にフィーチャリングされるという形でしたが、当時はSF的な想像力でディストピアを描いていた。今回のアルバム(『Run The Jewels 3』)は、ザック・デ・ラ・ロッチャのヴァースで最後締められる“Kill Your Masters”って、別の世界の話じゃなくてこの現実の世界の話なんだけど、彼がかつてSF的想像力で書いていたディストピアといまの現実が重なっちゃったというところにアイロニーがあるなと思って。
二木:なるほど。ディストピアといまの現実が重なっちゃったアイロニーという話で言うと、DJシャドウがRTJをフィーチャーした“Nobody Speak”のPVを思い出しますね。ダーティな言葉が散りばめられたキラー・マイクとエル・Pのライムを、どこかの議会かサミットに集まった、ビシッと背広を着た各国の代表者か政治家に扮した出演者に口パクさせて、円卓を挟んで罵り合わせて最後は大乱闘になるという作りになっている。しかもその中のひとりがアメリカの国旗を振り回しながら大暴れするという(笑)。このPVを一緒に観ていたNYの友人が隣でゲラゲラ笑いながら、「でも、これっていまのトランプ以後の世界っぽいよね」って言うんですよ。キラー・マイクとエル・Pの下ネタやキワドイ言葉を織り交ぜた政治批判、社会風刺のライムは、コメディアンからの影響もあるんだと思いますね。彼らは、インタヴューでレニー・ブルースやリチャード・プライヤー、ジョージ・カーリン、ビル・ヒックスといったコメディアンの名前も挙げてます。だから、彼らのライムってブラック・ジョークなんですよね。そういういわゆるメタ視点があるところが、同じようにNワードやFワードを連発するトラップやギャングスタ・ラップとの違いでもあると思いますね。吉田さんが言うように、ディストピアではないですけど、戯画化して描いていた世界がそのまま現実と重なってきているというのはありますよね。
吉田:そうですよね。シャドウとやったのもタイミングが絶妙で。
二木:うん、この曲はかっこいいですよねー。DJシャドウやってくれた!って感じです。
“Kill Your Masters”って、別の世界の話じゃなくてこの現実の世界の話なんだけど、彼がかつてSF的想像力で書いていたディストピアといまの現実が重なっちゃったというところにアイロニーがあるなと思って。(吉田)
彼らのライムってブラック・ジョークなんですよね。そういういわゆるメタ視点があるところが、同じようにNワードやFワードを連発するトラップやギャングスタ・ラップとの違いでもあると思いますね。 (二木)
吉田:そういう意味だと、シャドウもいままでのやり方に安住しない男じゃないですか。だからちょっとエル・P的な進化をし続けるんだけど、昔の様式美として何度も同じものを求めるファンからすると「変わってっちゃうから今回のどうなの?」と言う人たちもいると思うんですが、そこはやはり自分の革新的な音楽への探究心にすごく誠実でいるというか。昔のエル・Pのビートに対してのラップのしかたってひたすら詰め込むスタイルで、オフ・ビートというか、ビートに対してスクエアじゃなかったと思うんですよね。最初の“Eight Steps To Perfection”はオーソドックスなビートにジャストのラップなんだけど、“Vital Nerve”なんかになると急激にビートの隙間を埋めたり外れたり複雑なライムで、いわゆるエル・Pらしいものになっている。で、今回はビート自体はもうグリッドに対して変則的な打ち方、ヨレるとかズレるってことはなくて、打ち方は変則的だけれど完全にクオンタイズされた世界じゃないですか。そんなビートの上に乗るライムもグリッドにすごく合っているじゃないですか。それってある意味では後退にも見えるし、90年代にもシンプルなライム回帰みたいなものってあったと思うんですよね。例えばブラック・ソートとか、後はOCなんかも僕の中ではそうだったんですけど、最初に出てきたときはけっこう複雑なライムをしていて、韻を踏む場所もけっこう凝っていたり、でもそれがシンプルにただケツで踏むだけのスタイルに近付いたりと。それがオールドスクール回帰みたいな良さもあった一方で、物足りなさもあったと思うんですよね。RTJではエル・Pもある意味ではそれに近いような原点回帰でケツで踏んでいて、あれだけビートから外れて言葉を詰め込みながら中間韻で複雑に踏んでいたのに、それをある種捨てているようにも見える。でも言葉の密度は相変わらず高くて、ぜんぜん物足りなくないじゃないですか(笑)。
二木:ぜんぜん物足りなくないですね。『Run The Jewels 3』の“Everybody Stay Calm”のエル・Pとキラー・マイクのラップの掛け合い、それとこの曲のスペーシーな上ネタは、ボブ・ジェームスの“Nautilus”をサンプリングしたラン・DMCの“Beats To The Rhyme”を彷彿させますよね。ビートの打ち方は変則的で、ここでもオールドスクールを継承しながら、また新たな試みをしようとしていると思いました。
吉田:なるほどね。あとはやっぱりそうは言ってもトラップ的な流れのスタイルも無視できなくて、トラップのBPMが70だとして、今回はもうちょっと速いのが多いですけど、ハイハットの32分音符が意識される作りになっていて。トラップのラッパーたちはその32分音符が意識されるビートに16分音符や3連符を多用して速度でなくてフレージング重視で乗せるけれど、昔のそれこそフリースタイル・フェローシップ周辺の奴らなんかだと普通にスキルフルに倍速で乗せるじゃないですか。例えばボンサグとかの世界になるんですよね。
二木:倍速で乗せるか、あるいはBPMを半分に落としてビートの合間を縫うような発想でラップをするかってことですよね。
吉田:そうそう。それでラン・ザ・ジュエルズも今回は倍速とか3連の磁場がすごく効いていて。その中で先ほど「物足りなくない」と言ったのは、リリックの内容の話は一切抜きにしてただ音楽として聴いたときに、倍速とか3連のフレージングでケツで踏むっていうオーソドックスなスタイルにも関わらず音楽的に素晴らしいという。それは彼らの絶対的なスキルに支えられていて、それがまたさっきのヒップホップの話になると思うんですよね。やっぱりヒップホップのスキル至上主義、バトル・ライム/ボースティング至上主義というのがあって、これだけ作品を出している中で、エル・Pって今回もつねにそこがマックスなんですよね(笑)。
二木:まったく衰えていない。というか、年齢を重ねてレイドバックするどころか、 バトル・ライムにしろ、スピットにしろ150キロの剛速球を投げ続けている感じですよ。
吉田:そうそう(笑)。だからそこの徹底した美学というか、本当にヒップホップの人なんだなという。年も食って人間としては丸くなっている感じがあるし、ライヴでもにこやかなんだけど、ラップしはじめたら絶対誰にも負けないという感じ(笑)。キラー・マイクとエル・Pのふたりの馴れ初めも、キラー・マイクがエル・Pに1曲やってもらったときにめちゃくちゃ惚れて「アルバムもやってくれるってことなんだよね?」って毎日電話して口説いて、エル・Pが「しょうがねえな」って言って(笑)。
二木:やってやるかと。
吉田:それでマジックが生まれたみたいなことを言っていますけど、さっきの対照的なことは色々とあるにせよ、例えば〈ローカス〉繋がりで言うと(笑)、昔タリブ・クウェリが「絶対クルーはちゃんと選べ。ワックな奴とやるとお前もワックになるぞ」と言っていましたけど、そういう意味でベスト・パートナーですよね。だってラン・ザ・ジュエルズももう3枚も続いているし、けっこうああいうふうに見えてふたりの仲には「やったらやり返す」みたいな関係性も絶対あると思うんですよね。「あいつやばいヴァース出してきたな、オレも絶対負けられない」みたいな(笑)。そういうことが裏には絶対あると思うんですよ。
二木:それはありますね。さっき例に出した“Everybody Stay Calm”の掛け合いもまさにそうですしね。だからエル・Pもキラー・マイクもお互いすごくいいパートナーを見つけたってことですよね。エル・Pはキラー・マイクに対して、自分が言えないことを言ってくれているという頼もしさも感じていそうですし。これがザック・デ・ラ・ロッチャとエル・Pで成立するかと言われたら絶対に成立しないですよね。
吉田:そうそう(笑)。ビッグ・ジャスとの関係もかなり面白かったんですけどね。ビッグ・ジャスはビッグ・ジャスで相当ぶっ飛んでいたというか、ソロやオルコ(・エロヒーム)とのユニットでもかなりアヴァンギャルドなアルバムを出していました。内容も社会批判系からスピリチュアル系、陰謀論系まで。
二木:ラップ・ミュージックで社会批判を生真面目にやりすぎると陰謀論になってしまうというパターンもあったりしますからね。90年代のモブ・ディープやアウトキャストにもそういう側面が多少ありました。
吉田:そう。そういう意味だとキラー・マイクはアウトキャスト文脈で出てきているけど、あんなちゃんとしている人っていう(笑)。めちゃくちゃ真っ当なことを言うという。
二木:キラー・マイクはお父さんが元警察官だったんですよね。
吉田:そうなんですよね。警察権力についてはRTJの前作の“Early”って曲でもすでに歌っているから、そこはすごく問題意識としてあったんでしょうね。しかしコンシャスな曲にしても今作と前作でもまた取り上げ方が違いますね。同様に彼のソロとRTJでも違う。
二木:なるほど。南部のアトランタのキラー・マイクとNYブルックリンのエル・Pが一緒に共作している面白さもありますよね。
吉田:いまだとサウス、特にトラップの世界を考えたときに、ニューヨークとはいちばん相容れないというか、いちばん遠い存在だとすると、それが90年代だと西と東が同じような距離の状態だったわけじゃないですか。だから、キラー・マイクとエル・Pの出会いをボム・スクワッドとアイス・キューブの出会いに重ね合わせるのは本当にその通りだと思いますね。そしてふたりは、人種、出身地、スタイルの違いを越えて、ラップ・ナードであるという共通点によって奇跡的にベスト・パートナーになったと。もちろんニューヨークと南部でもラッパーとしてコラボするみたいなことはあるわけですが。
二木:そうですね。キラー・マイクとエル・Pみたいにここまでがっつりタッグを組んで立て続けにアルバムを3作も出すことはなかなかない。RTJは間違いなく素晴らしいので、あとは聴いてたしかめてください!ってことですね(笑)。







