「S」と一致するもの

Prettybwoy - ele-king

 東京を拠点に活動するガラージ/グライムのプロデューサー、プリティボーイ(Prettybwoy)が、5月17日にフランスの前衛的なベース・ミュージックのレーベル〈POLAAR〉から「Overflow EP」をリリースすることが発表された。強靭かつミニマルなキックの連打、卓越したメロディ・センス、ワイリーのデビルズ・ミックスを彷彿させる無重力感などなど、聴きどころ満載な力作に仕上がっている。大きな話題となった重要レーベル〈Big Dada〉のコンピレーション『Grime 2.0』への参加から早3年。プリティボーイは決して速度を落とすことなく、確実に前へ進み続けているようだ。

Prettybwoy – Overflow – POLAAR



 彼にだけ追い風が吹いているわけではない。この数年の間に現れたパキン(PAKIN)や溺死、ダフ(Duff)といったMCたちの活躍は頼もしい。またダブル・クラッパーズ(Double Clapperz)らに代表される新世代プロデューサーもめきめきと頭角を現し、彼らは日々シーンを活性化させている。「本場のヤツらと共演したらエラい」などと言うつもりは毛頭ないが、シーンのプレイヤーたちが〈バターズ〉のイライジャ&スキリアム(Elijah & Skilliam)や、若手最有力MCのストームジー(Stomzy)といったグライム・アーティストたちと共演するまで、日本のグライムは大きくなった。

 シーンが勢いづくこのタイミングでリリースされた作品の裏にある、プリティボーイの意図とは何だろう。また、現在のシーン全体を、彼はどのように見ているのだろうか。今回届いたインタヴューはそれをうかがい知れる興味深いものになっている。『ele-king』に登場するのは実に3年ぶり。ジャパニーズ・ガラージ/グライムのパイオニアに、いまいちど注目しよう。

文:高橋勇人

Prettybwoy(プリティボーイ)
UK GARAGE / GRIME DJ in Tokyo。DJキャリアのスタート時から、独特の視点からガラージ / グライムをプレイし続けるDJ/プロデューサー。 ガラージ、グライム、ダブステップ、ベースライン等、時代と共に細分化していった音楽全てをガラージと捉え、自身のDJセットでそれらを「1時間」に表現する孤高の存在。 国内シーンで定評のあるビッグ・パーティにも度々出演。 自身ではパーティ「GollyGosh」主宰 。 また、「レジェンド オブ UKG!/神」等と称されるDJ EZのラジオ番組KissFMで楽曲“Dam E”が紹介される。 2013年、英〈Ninja Tune〉の傘下レーベル〈Big Dada〉からリリースされたコンピレーション『Grime 2.0』に、グライム・オリジネイター等と共に、唯一の日本人として参加。収録曲“Kissin U”は英雑誌『WIRE』等にも評価され、インスト・グライム DJのスラック(Slackk)らによってRinseFM、NTS、SubFMなどラジオプレイされるなどして、独自のコネクションで活動中。

Artist: Prettybwoy
Title: Overflow EP
Label: POLAAR
Release Date: 2016.05.17
Truck List:
1. Overflow
2. Vivid Colour
3. Humid
4. Flutter


Interview with Prettybwoy

Interviewer:Negatine=■

EPのリリース、おめでとうございます。まずは今回のリリースまでの経緯、リリース元であるフランスのインディペンデント・レーベル、〈POLAAR〉について教えて下さい。

プリティボーイ(Prettybwoy以下、P):僕が「Golly Gosh」というパーティを久しぶりに開催したときに、期間限定でEPをバンドキャンプに発表したんですが、〈POLAAR〉がその曲をとても気に入ってくれて、SNSでメッセージをくれたんです。その時点で、2015年12月に出たコンピレーション『Territoires』の構想に僕の作品がぴったりだっていう話だったから、すぐ「いいよ、喜んで」って僕が返事したところから関係がはじまりました。EPのリリースも早い段階で決まっていましたね。ちょうど1年前のいまの時期でした。
 〈POLAAR〉はフランスのリヨンという都市に拠点を置くレーベルです。設立してから今年で2年目。「シネマティック・ベース・ミュージック」をコンセプトに掲げているとおり、メロディやムードと低音を大切にしていると思う。フロア(FLORE)という女性アーティストが中心になって活動をしています。実際、僕も連絡のほとんどは彼女としていますね。彼女は〈Botchit & Scarper〉などからもリリースしていて、ブレイクス寄りな作風だけど、好きなもの、聴いてきたものは似ているような気がします。レーベルのメンバーのひとりが最近日本に住みはじめました。それ以外はみんなフランスにいます。また、ゼド・バイアスやマムダンス、マーロ、スクラッチャDVA、アイコニカ、ホッジ、ピンチなども過去に出演したことのあるパーティを定期的に開催しています。

今回のEPの内容についてお尋ねします。とてもタイトで洗練されたラインナップですね。また、聴き手によっても色々な解釈が生まれそうな深みも持ち合わせていて、プリティボーイのスタイルが更に進化しているのが感じ取れます。このEPにはコンセプトみたいな物はありますか?

P:この4曲は作った時期もバラバラなので、明確なコンセプトというものはないんです。けど、いわゆるグライムっていうイメージから逸脱したグライム、みたいな作品群になっていると思います。グライム、ガラージDJっていう僕の経験と蓄積から、作りたい音楽を素直に作った結果がこのEPです。

自身が描いているそれぞれの曲のイメージなどあれば教えて下さい。

P:・“Overflow”
僕の製作のなかで、グライムっぽくないグライムが1周して、改めてグライムを作ろうって思って作った曲です。DJセットの中に欲しかったものを素直に作りました。

・“Vivid Colour”
僕、田島昭宇さんの絵が昔から好きで、そのなかでもとくに和服的なふわっとした衣服を着ている女性の絵が好きで、『お伽草子』という作品の弓矢を持った女性のイラストを見ながら、何となく作りました。因みにキャラクターで一番好きなのは『MADARA2(BASARA)』のバサラと芙蓉(フヨウ)で、その芙蓉のイラストから出来た曲もあります。僕なりのサイノ・グライム(注:東洋的な旋律をもったグライムのスタイル)です。

・“Humid”
グライムってどこまで拡大解釈していいのかな? そう考えるきっかけを作った曲で、このEPの中では最初に作りました。梅雨の時期に出来たのでタイトルもじめっとしてます。確か、メロディラインをMIDIキーボードで演奏して録音したのもこの曲が初めてだった気がします。いまはけっこうキーボードを弾いていますが。

・“Flutter”
この曲は、地下アイドルのCD-Rの曲をサンプリングしています。地下アイドルやそれに類する女の子に対して、僕がイメージする「儚さ」みたいなものが曲として具現化した気はします(笑)。

今回のEPの曲はマスタリングまで自身で行っているんですか?

P:いえ、自分で行ったのはミックスダウンまでで、マスタリングはレーベルの方でエンジニアに送っていると思います。誰に頼んでいるのかは定かではないんですが、出来上がりを聴いてとても満足しています。

使用機材などがあれば詳しく教えて下さい。

P:基本的にPC1台で全ての工程を行っています。ソフトはFL Studio、それにRolandのオーディオインターフェイスと、MIDI鍵盤がAlesis Q49とKORGのnanoKey2、モニターはヘッドフォンで行っていてRoland RH-300を使用しています。ソフトシンセはFL Studio純正のものしか最近は使用していません。

また作曲の過程など教えて下さい、コンセプトが先にあって組み立てて行くんですか? もしくはインスピレーションに任せて作曲して行くのでしょうか?

P:とくに決まった形はない……、かなぁ? 自分の経済状況だったり、日本や世界で起きているニュースに触発されたり、SNSを見ながら思ったことを音にしたり、お気に入りのまだそんなに売れてないタレントのインスタとかツイッター動画からサンプリングしてループを作ったり……。その時々の身の回りの空気とか自分の気分が要素として大きいと思います。もともと僕はガラージやグライムが音楽の基盤になっているので、今回はどう逸脱しようかとか、どんな要素をプラスしようかっていう思考で音楽を作っています。だから、iPhoneで音楽を聴きながら外を歩いている時とかに、そういうこと考えていますね。それ以外の時間は絶対何かしら他の作業をしているので。

曲作りの時、好みのルーティン等はありますか?

P:ボーカルもしくはサンプリング・ボイス、主旋律となるループ、キック、パーカッション……という順番が多いですね。ボーカルがないときは主旋律とサンプリング・ボイスの有無、たまにキックのパターンから決めることもあります。サンプリングは先ほど触れたSNS動画の事ですね。最近、かなりの頻度でコレは使っています。iPhoneのマイクで録音された音声、周囲の音、ノイズ、これら全てが面白く使えることもあります。一番面白いのは、それがアップロードされた時にそれを即サンプリングして曲に使うこと。「いま」っていう、妙なリアル感が生まれる気がします。また、何がUPされるのか予想できない面白さもありますね(笑)。

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このEPに先駆けて配信された“Hansei feat. Duff & Dekishi”も素晴らしい曲ですが、こちらはどういった経緯で完成した曲なのでしょうか?

P:ありがとうございます。もともとMCのDuff君と「何か作ろうよ」って話になって、仮のビートを送ったんです。そうしたら、それに仮録りを被せて送ってきてくれて、少ししたら溺死君も参加してくれることになって出来上がりました。トラックはディープにしたかったので、仮トラックより大分変えてしまったのですが、結果的にふたりの声とのハマリ具合も良かったと思います。

タイトルの「ハンセイ」にはどのような意味が込められていますか?

P: 意味はそのままで、特にひねりも何もないです。この曲のインスト・ヴァージョンを最初のレーベルのコンピレーションに入れるという話になった時に、「反省」を英語、フランス語に翻訳する話もしたんだけど、「『ハンセイ』の響きも字面もとても良いよ」って言ってくれたので、そのまま日本語で行くことにしました。

Prettybwoy - Hansei feat. Duff & Dekishi



これからグライムやガラージはどうなって行くと思いますか? またどうあるべきだと思いますか?

P:そのふたつを分けるべきではないと思います。その方が音が面白くなると思う。ガラージの時からそうだったんですが、「コレもガラージでいいの?」っていう新発見が一番楽しいんです。その面白さを自分も続けて行きたいし、アグレッシブな部分は残して行きたいと思っています。クールにまとまりすぎないのも大事なのかなと。

グライムやガラージで影響を受けたアーティストを教えて下さい。

P:多すぎて挙げきれないので、今回はJスウィート(J-Sweet)を選びます。ガラージとグライムの両面から見て良かったです。

またそれ以外のジャンルから影響を受けたアーティストなどがいましたら教えて下さい。

P:いま80年代の坂本龍一の作品群はだいぶ聴いていますね。

日本のグライム・シーンも少しずつですが盛り上がってきていますね。それについてどう思いますか? またこれからどうなっていって欲しいですか?

P:そうですね。先日もボイラールームにダブル・クラッパーズやグライムMC勢もスケプタ(Skepta)と一緒に出演していました。シーンの存在を着実に外へアピールできていると思います。僕が以前、〈Big Dada〉の『Grime2.0』に参加したときに比べたら、考えられないくらい前に進んでいると思いますし、良いコミュニティ関係が築けていると感じていますよ。今月5月21日に新宿ドゥースラーで行われる「That's Not Me! 2」がそれをよく表していると思います。楽曲的にもMC的にも、10数年前にグライムが誕生した時のような荒削りでアグレッシブなエネルギーで満ちている気がするんです。これをうまく取りまとめ、リリースやパーティを開催できるような集合体/レーベルのような存在があったらいいな。グライムだけじゃなく、ベース・ミュージックを総合的に扱えるようなものです。正直、いまの僕にはそんなに時間的余裕がないので、アーティスト以外にそういう人材がいたら良いですね。

日本国内にはグライムのレーベルは少ししかありませんし、活動もまだまだこれからだと思います。海外のインディペンデント・レーベルに見習うべき部分等がありましたら教えて下さい。

P:海外といっても、僕がやり取りしているのはごく限られたレーベルしかないんです。でもそのなかで共通しているのは、レーベルが扱うジャンルがグライムだけじゃないという点。ダブステップだったり、ジューク、テクノ寄りのものだったり様々です。もちろん、グライム一本で真っ向勝負もいいとは思うんですが、もっと幅広い層にアピールできるような作品群があっても良いんじゃないかと思います。
 それと、向こうのレーベル・オーナーは、ライターとかを他でやっていたりする人がけっこう多いですよね。だから、基本的なプレゼンの仕方は心得ている。または、そういった形を熟知しているからこそ、プロモーションをあえてしなかったりするレーベルもあるんです。でもこういう音楽をやっているだけでは、金稼げないと思うので、どうやってプラスに持っていくかは難しいのが現状なんです。日本で同じようにやるのはかなり大変です。同じようなプロモーション方法でやっていても、気づいて貰えないですからね。

■Prettybwoy Schedule

5/13 金 
OUTLOOK FESTIVAL 2016 JAPAN LAUNCH PARTY @ UNIT + UNICE + SALOON

5/17 火 
Overflow EP 発売

5/21 土 
THAT'S NOT ME! 2 Prettybwoy “Overflow EP” release party @ 新宿ドゥースラー
Special Guest : MC ShaoDow (from UK/DiY Gang)

6/3 金 
MIDNITE∵NOON - KAMIXLO JAPAN TOUR 東京 @ Circus Tokyo



吉田省念の繊細な歌の世界 - ele-king

 新作『黄金の館』の発売を目前に控えた吉田省念。ele-kingではインタヴューも公開する予定だが、お先にMV公開の情報が届いたので、ぜひご紹介したい。ともにささやかな空間でありながら対照的な2つの場所を舞台とする映像が、このシンガーソングライターの音楽を繊細に優しく伝えている。

京都発!
奇跡のシンガーソングライター『吉田省念』完全セルフプロデュースによる6年振りとなるニューアルバム「黄金の館」が5月18日に発売。
同アルバムより2本のMVが公開中!!

■コーラスに細野晴臣を迎えた「晴れ男」ミュー-ジック・ビデオ



■ライブでもお馴染みの楽曲 「水中のレコードショップ」ミュー-ジック・ビデオ



くるりの活動を経て、暖めてきた楽曲達が遂に完成。
正統なロック・ルーツサウンドからフォーク・ブルース・アヴァンギャルド迄、彼の歩んで来た道のりを凝縮し、京都から発散するほんわりとした甘酸っぱいサウンドにミックスし、ゆったりと濃密な時が進む。多岐にわたる楽器演奏を自ら紬ぎ、素晴らしい豪華ゲスト陣が寄り添う事でその魅力を存分に伝えるメロディアスで爽快なポップ・アルバム!
ゲスト参加ミュージシャンは、細野晴臣、柳原陽一郎(exたま)、伊藤大地、四家卯大、谷健人(Turntable Films)、植田良太、めめ、さいとうともこ(Cocopeliena)。
ドイツに渡り、NEU・クラウスティンガー(ex KRAFTWORK)と共に音楽活動を行っていた尾之内和之をエンジニアに、自宅・省念スタジオで収録した執念の快心作。

■ライ・クーダーや細野晴臣氏のように過去のさまざまな音楽のエッセンスを現代に蘇らせる名工が作った作品の佇まいがあるし、その飾り気のない純朴な歌いっぷりから、京都系フォークシンガーの佳曲集とも言っていいかもしれない。
【柳原陽一郎 ex.たま】

■言葉にならないです。果てしなく胸の奥の奥の真ん中の部分に触れる。揺れる。夢中で聴いている。 
【奇妙礼太郎】

■去年、舞台音楽の現場を長く共有した省念くんのソロアルバム『黄金の館』すばらしい作品でぼくもうれしい!なつっこいメロディに朴訥な歌声、かなりねじれたアレンジと底なしのギターアイデアが最高ですよ。こんな人と一緒に音楽を作れてたのが僕は誇らしいです。多くの人に聴いてもらいたい!!
【蔡忠浩 (bonobos)】

 


〈作品詳細〉
吉田省念 / 黄金の館
ヨシダ・ショウネン / オウゴンノヤカタ
発売日:5月18日
価格:¥2,500+税
品番:PCD-25199
Cover Art:HELLOAYACHAN

〈トラックリスト〉
1. 黄金の館 
2. 一千一夜 
3. 晴れ男 
4. 水中のレコードショップ 
5. 小さな恋の物語 
6. デカダンいつでっか
7. 夏がくる
8. LUNA 
9. 春の事 
10. 青い空 
11. 銀色の館 
12. 残響のシンフォニー 
13. Piano solo

[●作詞・作曲・演奏 吉田省念 ●録音 尾之内和之 ●MIX 吉田省念・尾之内和之]

<ツアー情報>
■5/14(土) 京都・拾得 「黄金の館」*バンドセット&アルバム先行発売有り
■5/17(火) 京都・磔磔 「月に吠えるワンマン」*ソロでの出演
■5/24(火) 下北沢・レテ「銀色の館 #3」*弾語りソロワンマン  
■5/26(木) 三軒茶屋・Moon Factory Coffee *弾語りoono yuukiとツーマン
■6/5(日) 名古屋・KDハポーン「レコハツワンマン」*京都メンバーでのバンドセット guest:柳原陽一郎
■6/14(火) 京都・拾得 「黄金の館」
■6/30(日) 下北沢・440 「レコハツワンマン」 *バンドセット Dr.伊藤大地、Ba.千葉広樹、guest:柳原陽一郎
■7/14(木)京都・拾得 「黄金の館」
■7/18(月) 京都・磔磔 *詳細未定
■7/24(日) 大阪・ムジカジャポニカ
■8/7(日) 京都・西院ミュージックフェスティバル

吉田省念:
京都出身のミュージシャン。
13歳、エレキギターに出会い自ら音楽に興味をもち現在に至る迄、様々な形態で活動を続ける。
18歳、カセットMTRに出会い自宅録音・一人バンドに没頭 これをきに楽器を演奏する事に興味をもつこの10年間は日本語でのソングライティングに力を入れ自らも唄い活動を続ける。
2008年「soungs」をリリース。吉田省念と三日月スープを結成、2009年「Relax」をリリース。
2011年~2013年くるりに在籍 日本のロックシーンにおける第一線の現場を学ぶ。在籍中はギターとチェロを担当し「坩堝の電圧」をリリース。
2014年から地元京都の拾得にてマンスリーライブ「黄金の館」を主催し、様々なゲストミュージシャンと共演。
四家卯大(cello)、植田良太(contrabass)とのセッションを収録したライブ盤「キヌキセヌ」リリース、RISING SUN ROCK FESTIVAL 2014 in EZOに出演。
2015年ソロアルバムのレコーディングと共に、主演:森山未來 原作:荒木飛呂彦 演出:長谷川寧 舞台「死刑執行中脱獄進行中」の音楽を担当。
既成概念にとらわれない音楽活動を展開中。
website:yoshidashonen.net



Anna Meredith - ele-king

 アンナ・メレディス。クラシックとインディ・ミュージックのハイブリッドとして、いまもっともエネルギッシュで個性的な作曲家と言えるだろう。しかしそれは、クラシカルな音楽をはじめとしたさまざまな音の素養を身に付け、また専門的に修めながらも、それらをすべて「忘れて」しまった人間による音楽だ。

 BBCスコティッシュ交響楽団のコンポーザー・イン・レジデンスとしても活躍するなど、彼女の素養の高さは「専門的」どころの話ではない。そしてクラシックばかりか、音の端々からはグランジ、ポニーテイルにダーティ・プロジェクターズらを思わせるエクスペリメンタリズム、アニマル・コレクティヴやシン・ファン・ブーに通じるドリーミーなサイケデリア、バトルスの構築性にタイヨンダイの現代音楽的な発想、デイデラスの引用する映画音楽やオールディーズを彷彿させる優雅なIDM、さらにはシンセ・ポップ様のものまでが片鱗を見せ、この作曲家の度量や音楽体験の豊かさを想像させる。

 でも、それらの要素も全部、いちど忘れられたものというふうに出てくるのが素晴らしい。きっと彼女はそういうふうに生きている人なのだ。あまたの音楽をめぐって、歴史を学び、構造を解析し、構築や表現の方法を知ったのだろうが、その音はけっして何かを覚えておいて応用するというようなものではない。それぞれの方法や要素は、アーカイヴされていつか引き出されるのを待っているのでも、憧れて真似したいと思われているのでもなく、ただただメレディスの中で溶け合っていて……何かの拍子に彼女の中に入ってきたまま記憶と感性の中に沈みこみ、まったく別のものとして書き出されてきているように感じられる。それは忘れるという体験の本質であるように思われる。失われるのではなくて変化するということ。おのおのの要素自体は、まるで異なるアルゴリズムを持ったものに変貌してしまって、○○を消化した音、とか、ジャンルをまたいだ音、とかいう言い方では少しもなぞることができない。

 彼女の作曲はそんな場所ではじまる。「作曲するときに何かを聴いたり参考にすることはない」とメレディスは言うが、おそらく「いま聴いたもの」は彼女にとって邪魔なものであり、忘れていたものこそが創作の素材でありモチヴェーションになるのだ。コピペを前提とする時代に(だからこそヴェイパーウェイヴが批評でありえる)、これほどコピー的でありながらコピーをはねつけるオリジナリティを持っているのは、ひとえに彼女が彼女自身をこそ信頼しているからであり、汲み出されてきた記憶が熟成と変色を経ているということによるだろう。

 これまでに2枚リリースしているEPは〈もしもし〉からで、そこもおもしろい。IDMや電子音楽の実験的かつ先端的なレーベルや、あるいはかつてのジュリア・ホルターのように〈リーヴィング〉や〈リヴェンジ〉といった境界的なアンダーグラウンド・レーベルからの発信ではなく、ホット・チップやフローレンス・アンド・ザ・マシーン、あるいはドラムスなどでおなじみのインディ・ポップの名門がバックアップしてきたというのは、メレディスの音楽が誰に聴かれるべきであるのかということを物語っている。複雑で高度で、しかしポップ。ピッチフォークが「イギリスのモダン・ミュージックにおける、もっとも革新的な精神のひとつ」と評しているが、もっとも革新的なものこそポップ・フィールドで鳴らされるべきで、その意味で〈もしもし〉が支え、フル・アルバムとしていま多くのメディアから高い評価を集める作品を送り出したことには大きな意義がある。

 “ノーチラス”や“ザ・ヴェイパーズ”のブラスと変拍子の高揚にきわまれれりというメレディスの有頂天が本作のコアかもしれない。いま彼女は音楽的な旅において「南中」状態にあるという。“テイクン”のガレージ―なサウンドに忘れられない歌メロ、“スクリムショウ”“R・タイプ”“Dowager”の本流のような上昇とクレッシェンド、“ラスト・ローズ”の讃美歌のような歌唱や“Blackfriars”の厳かなオルガンでさえも、抑制をしらない喜びや高まりに満ちている。メレディスはクラリネットとエレクトロニクスを担い、チェロやエレキギター、チューバ、ドラムなどの編成からなるバンドとともに制作しているようだ。

 彼女はまた、作曲家/ミュージシャンというだけでない顔を持つのも魅力である。もちろん、オーケストラとの仕事や、有名ブランド等への楽曲提供に映画の仕事、美術館の仕事など音楽だけでも多岐にわたる活躍だが、テレビやラジオにレギュラーを持っていたりと、タレント的な才能も併せ持ち、その活動はとても自由。今後さらに、いろんなところでメレディスの音を耳にすることになるのではないかと思うし、それが耳にできるかぎり、わたしたちは形式ではないもの……忘れたものからつくられた、見たことのない見たことのあるもの、その新鮮な感覚に、胸がすっとするような風通しを感じるだろう。

チエミのムード民謡 - ele-king

ミイは、にやにやしていいました。
「あんたのことで、おそろしいことをきいたわ。あんた、じぶんのご先祖を、戸だなから追いだしたんだってね。あんたたち、にているそうじゃないの。」
「えい、やかましい。」と、ムーミントロールはどなりました。
トーベ・ヤンソン『ムーミン谷の冬(1957)』山室静 訳


 美空ひばり・江利チエミ・雪村いづみの「三人娘」が主演した1956年制作の映画『ロマンス娘』の中で「女学生」江利チエミは痩せるために始めた柔道がめきめき上達して男を投げ飛ばしたり、3人で応募したデパートのバイト先で1人だけ風呂ガマ売り場に配属されたり、お呼ばれした豪邸でウィスキー飲んで泥酔した挙句に森繁久彌(詐欺師役)に猛アタックしたり、と露骨なまでのオチ要員でしたが、それぞれのボーイフレンドと自転車に乗りながら変わるばんこに持ち歌を披露するラストシーンでは“黒田節(~酒は呑め呑め)”を熱唱したりと、3人並べてみれば江利チエミがオチなのは無難な選択とはいえ、そもそも何故この3人がセットなのだろう、という根本的な疑問は何も解決しない。

 その『ロマンス娘』から2年後の1958年、当時21歳の江利チエミは「第十三回芸術祭参加」と併記された『チエミの民謡集』という10インチ盤アルバムを発表する。バックバンドは見砂直照と東京キューバン・ボーイズ。以降1964年【東京オリンピック開催年】までにかけて5枚の「民謡集」10インチ盤が出ることになるこの民謡シリーズではキューバン・ボーイズ以外にも原信夫とシャープス&フラッツなど、一流のジャズメンたちを従えたチエミが何をするのかと思えば「ジャズ民謡」で、しかも全力投球。何と言うか、あの娘ダッシュで100メートル先まで走ってった、と思ったらこれまた猛スピードで99メートル戻ってきて「これ!!!」と(ほとんど『ちはやふる』における広瀬すず)眼の前で報告されているような眩暈を憶える楽曲群と、そして頭がおかしいとしか思えないほどのパッションがある。

 いまの感覚からすると、しかしキング・レコードもよくこんなの出したな(この頃ならまあ出したか)、と思うのですが、ただ当時かなり売れたらしい、と言うのはオリジナルのアナログ盤がヤフオクなどで安く(数百円~)で出回っているからで、数量としては結構な枚数をプレスされたのではないかと思われる。ただしここに収録されている音源(とりわけモノラル録音だった1~3集)はほとんどデジタル化されていないので、時間とレコードプレーヤーのある方は是非入手してみてください。あるいは実家の物置に仕舞ってある段ボール箱を引っくり返したらひょっこり1枚くらい出てくるかもしれません。

 なかでも強烈なものを10曲、挙げておきます(アナログ音源のみのものも含む)。

 “おてもやん”……文句なしの1曲。後に再録されたヴァージョンはまんまジャズ・ボッサ。
 “ナット節”……「淡く哀しみを帯びた軽さ」という離れ業。
 “相馬盆唄”……スウィングしまくりながら「米が穫れた」と歌う一曲。
 “会津磐梯山”……吃驚しているうちに終わってしまう2分弱。
 “田原坂”……服部克久編曲によるストリングスが沁みます。
 “草津節”……まるでコントの出だしのように始まる傑作。
 “伊那節”……『ナット節』と同じく、歌詞の言葉遊びが秀逸です。
 “金毘羅船々”……マンボのこんぴらさん。
 “安来節”……このヴァージョンで泥鰌すくいを踊るのは困難なバラード。
 “チエミのドンパン節”……あまりの脳天気ぶりに腰が砕けます。

 江利チエミがここで演ったのはあくまで「ジャズ調の民謡」であって「民謡モチーフのジャズ」ではない、というのは頭に置いておく必要がある。そもそも和声も伴奏もへったくれもない(アカペラでも充分成立してしまう)日本民謡を再現するフォーマットの提案としてのジャズ、またはラテン、もしくはストリングスを使って仕上げたのが「チエミのムード民謡」シリーズなのであって、本人(達)もこれでジャズやラテン音楽界に何らかの変革を迫るつもりは無かっただろうし、この場合の音楽の「スタイル」は個々の楽曲の良さを最大限に引き出すためのツールでしかなく、そしてそれはどうにも正しい。

 リアルタイムでも果たしてこの言い得て妙な「ムード民謡」というジャンルが成立していたのかどうかも怪しいのですが(ザ・ピーナッツが1963年に同じくキング・レコードから『祇園小唄~ピーナッツのムード民謡』というアルバムを出しているものの、質量ともにチエミの音源のほうが圧倒する)結局、「ムード民謡」はほぼ江利チエミに始まって江利チエミに終わったジャンルなのだろうし、そして21世紀の日本でこれを聴いた人間が「何故いまこういう音を聴かせる人がいないのか……」などと嘆くには当たらない(もしいまの音楽家が当時の譜面に忠実にこれを「再現演奏」なり「新解釈」なりをしてみても恐らく陳腐なものになってしまうだろう)。その時でないと出せない音、というものは確実に存在する。

 たとえ何百曲の「民謡」を掘り起こして録音したところでそれは「我が日本国」の存在理由を何ひとつ証明したりはしないのですが、逆に言うとこれだけバラバラな、例えば“おてもやん(熊本県民謡)”とか、関東育ちの人間には何を言っているのかよく判んないけど超かっこいい曲やってる、といった部分が辛うじて繋ぎとめているのが明治維新後の日本であって、とうの昔に葬ったはずのご先祖様(とは言え遡れるのはせいぜい徳川時代くらいまででしょうが)は、何故か江利チエミ(1937-1982)が蘇らせ、そして遺してしまった音源の中で「ご先祖様ズ」がまあ、踊るか?などと言いながら現代に生きる自分たちの着ている服の裾を引いてくる。歌った人が居なくなった後にも歌唱は残る──そして現在、ほぼそういったものだけが「正しくクニを愛する」という、言ってみれば健全な精神を支えもするのだろう。

 あたしァあんたに ほれちょるばい
 ほれちょるばってん いわれんたい
“おてもやん(熊本県民謡)”

【追記】ちなみに『ロマンス娘』と同じ1956年にスタートした江利チエミ主演の映画『サザエさん』シリーズ(~1961年)はムード民謡シリーズの制作とほぼ重なる。庭を箒で掃きながらラテン・ポップス(“陽気なバイヨン”とかだったような)を歌う、というアニメ版からは想像もつかないくらいにアグレッシヴなチエミのサザエさんを見るにつけ(本家に比べればものすごい地味ではありますが)ああかつてジャパンにもカルメン・ミランダ(1909-1955)がいた時代があったのだ、と再確認する。

KEIHIN (Prowler) - ele-king

2016/5/10

ジョン・グラントも再び来日! - ele-king

 大型夏フェスのラインナップがあちらこちらで発表されているが、インディ・ロック・ファンならば〈ホステス・クラブ・オールナイター〉の充実ぶりにちょっと心を動かされるだろう。8月20日の夜は空いていますか? ──ダイナソーJr.、アニマル・コレクティヴ、ディアハンター、マシュー・ハーバート、テンプルズ、サヴェージズ、アウスゲイル、そしてジョン・グラント。往年のUSインディ・ファンから、現在形のロックを牽引する中堅から新人まで重要な顔ぶれ、そしてエクスペリメンタルなエレクトロニック・ミュージックに音響的なアプローチのSSWまで、高い音楽性と人気とを併せ持った実力派がずらりと並ぶ一夜だ。公開されたばかりのインタヴューでジョン・グラントの魅力にやられた人にも、絶対に期待を裏切らない彼のショウをお勧めしたい。

 8月20日(土)の深夜、Summer Sonic内Midnight Sonicにて開催されることが決定したHOSTESS CLUB ALL-NIGHTER(以下HCAN)。昨年のラインナップに引けをとらない全8組の出演アーティストが発表となりました!

 ヘッドライナーには現在新作をレコーディング中というダイナソーJrと最新作『ペインティング・ウィズ』が絶賛を持って全世界で迎え入れられたアニマル・コレクティヴという最強の2組が決定。その他にも昨年のリベンジを果たすべくHCANに帰還するディアハンター、いま世界で最も熱いライブバンドと言っても過言ではない女子4人組サヴェージズ、ここ日本でも高い人気を誇るサイケバンド、テンプルズ、HCANレジデントDJに就任し2年連続出演となるマシュー・ハーバート、アイスランドが生んだ新星SSWアウスゲイル、そして先日Hostess Club Presents Sunday Specialにて初来日を果たしたジョン・グラントと世界を見てもなかなか揃うことのないような豪華なアーティストが集結しています!

 さらに先述のダイナソーJrを始めどのバンドも新作を制作中、もしくは新作リリース後という絶好のタイミングということもあり素晴らしいパフォーマンスを見せてくれること間違いなし。まさに今見るべき旬なアーティストをお届けするというHostess Clubのコンセプトとぴったりのラインナップが出来上がりました。

 まだステージ別ラインナップ、そしてタイムテーブルも発表となっていないこのタイミングでもう何を見ようか迷ってしまいそう。今後の動向にも要注目です!

HOSTESS CLUB ALL-NIGHTERチケット発売情報詳細はこちら:
https://ynos.tv/hostessclub/schedule/201608hcan/ticket/

■HOSTESS CLUB ALL-NIGHTER

出演:
Dinosaur Jr. / Animal Collective / Deerhunter / Matthew Herbert / Temples / Savages / Asgeir / John Grant

日程:
2016/8/20(土)<サマーソニック2016 ミッドナイトソニック>

場所:
幕張メッセ

OPEN 22:00 / START 23:15

チケット:
●特別先行価格¥7,900(税込)
Hostess Entertainmentメルマガ会員・クリエイティブマン会員のみ対象 / 枚数限定 
申し込み受付期間:4/23(土)~4/30(土)

●通常価格¥8,500(税込)
枚数限定
5/28(土)より一般発売スタート!

詳細情報はこちら:https://ynos.tv/hostessclub/schedule/201608hcan/ticket/

<注意事項>
※サマソニ東京の各入場券をお持ちの方はご入場可能です。
※HOSTESS CLUB ALL-NIGHTER入場券のご利用有効期限は8月20日(土)午後22:00~8月21日(日)午前5:00までとなります。
※出演アーティスト変更による払戻しは致しません。
※オールナイト公演のため20歳未満入場不可。
※写真付IDチェック有
※各ステージの入場制限を行う場合がございます。

<Hostess Clubとは>
数々の素晴らしいアーティスト作品をリリースしてきた独立系音楽会社Hostess Entertainmentが、音楽出版やライブ制作、マーチャンダイズを手掛けるYnos(イーノス)とタッグを組み、2011年からスタートさせたライブ公演シリーズ「Hostess Club」。
2012年から開催したイベント「Weekender」シリーズでは、新人から大御所まで独自の視点でセレクトした刺激的なアーティストを多数フィーチャー。2015年夏、新たな試みとしてサマーソニック2015内でHOSTESS CLUB ALL-NIGHTERを開催。2016年春には少し大人なイベントHostess Club Presents Sunday Specialも成功を収めた。

interview with Mark Pritchard - ele-king


グローバル・コミュニケーションのアルバムが好きだったらあれと似たようなムードの曲が2曲くらいあるのはたしかだ。リロードの作品を彷彿させるというのもわかる。初期の頃の作品に思い入れがある人が、今作に共感できるというのもなんとなくわかる。でも、それは今作の一面でしかない。


Mark Pritchard
Uner The Sun

WARP/ビート

ElectronicaAmbientTechnoFolkExperimental

Amazon

 ぼくたちがコーンウォールを目指して車を走らせたのは、1993年の初夏だった。どこまでも続く英国の田舎の景色は、日常的に渋谷や新宿を行き来している人間からすれば、異世界だ。緩やかな丘陵地帯と羊たちの群れ、こじんまりとした村、古い家々……ぼくたちは、エイフェックス・ツインやブラック・ドッグやグローバル・コミュニケーションの背後にあるのはこの風景なのだと悟った。最新のテクノロジーを使ってクラブ・カルチャーにコミットしながら、彼らはときに、巧妙に都会を避けていた。彼らは、荒涼たる都会の音楽=デトロイト・テクノに影響を受けながら、田園描写も忘れないのだ。
 マーク・プリチャードは、1990年代初頭に登場したUKテクノ勢の主要メンバーのひとりだ。リロード/グローバル・コミュニケーションというプロジェクト名の作品によって、彼の名は知られた。その音楽は、アンビエントでありエレクトロニカだった。『アンビエント・ワークス』に匹敵する作品を1枚選べと問われたら、グローバル・コミュニケーションの『76:14』を挙げる人は多いだろう。なぜなら『76:14』こそ、『アンビエント・ワークス』のドリーミーな音響を最大限に拡張した作品だったと言えるからだ。

 90年代半ば以降のプリチャードは、『76:14』の甘い夢の世界をもういちど繰り返すことはなかった。むしろ逆だ。詳述をはぶくが、いくつもの名義を使い分けて、彼は都会的なクラブ・ダンス・ミュージックばかりを作り続けている。ジェダイ・ナイト名義でエレクトロ作品を出したときは、当時はけっこうな衝撃が走ったものだったが、そんな昔話などダブステップやフットワークにアプローチしている近年のプリチャードを聴いている人には、どうでもいいことだろう。

 彼のソロ・アルバム『Uner The Sun』をリロード/グローバル・コミュニケーション時代に近いというのは、厳密に言えば間違いだけれど、大局的にはそう喩えるのも悪くはない。現在はオーストラリアに住んでいるプリチャードだが、『Uner The Sun』からは英国の田園風景が見えてくる。あのときの、初夏のサマーセット州の美しい黄昏が蘇る。
 トム・ヨークにビビオ、70年代に活躍したベテランのフォーク歌手リンダ・パークスも参加。こういうなかに、ラッパーのビーンズとの共作を入れるところが「らしい」と言えば「らしい」のだが、それでもこのアルバムは英国的な叙情性に満ちている。まさに老成円熟したUKテクノを代表する1枚だろう。



あの辺の音のほとんどはメロトロンで出しているんだ。フルートの音は昔から好きで、フルートやクラリネットのほかに、生チェロやフレンチ・ホルンの音も使っている。そういうのの多くがメロトロンから出した音を重ねている。たしかに牧歌的な雰囲気があるよね。イギリスの田舎特有の雰囲気がね。

とにかくあなたはこのおよそ25年間、作り続けてきた、いろいろな名前を使って、いろいろなスタイルにアプローチしました。そういうなかにあって、今回初めて本名でアルバムを出すということはどのような意味があるのですか? 

マーク・プリチャード:理由はいくつかあったんだ。何年もの間、いろいろな名前を使ってきたのはたしかで、それは、余計な先入観なく純粋に音楽だけ聞いてもらいたいから、という理由があった。ただ、やり続けていくなかで、混乱を招くことになったというのもあったし、いまの時代、ひとつの名義でキャリアを築くだけでも大変だというのに、毎回違う名前で作品を出すというのは、音楽を出す上で取り上げられ難くなったし、売り込みもし難い。あと、これだけずっと音楽を作ってきたわけだから、ぼくが作ったものにしても、人と作ったものにしても、ぼくが違う名義でやってることを多くの人は知っている。だったら、いっそシンプルに自分の名前で出したらいいんじゃないかって思った。そしてアートワークやアルバム名を使って、その作品の世界観を伝えればいいってね。
 それと、違うスタイルの音楽をより頻繁に出せるようになればいいという期待もあった。というのも、例えばAfrica HiTechを例にあげると、あのプロジェクトに数年は専念しなければいけないわけで、その途中でアンビエント・ミュージックを出したいと思ったら、別の名前で出さなきゃいけなくなるし、ヒップホップな作品にしても別名義で出すわけで、別のプロジェクトを同時進行しようとすると、混乱を招く恐れがある。だったら、全部自分名義で出すことで、より幅の広いスタイルの作品を続けて出すことができるんじゃないかって思った。それが一番の理由。
 というのも、常にいろいろな音楽を並行して作っているわけで、3年あるいは6ヶ月決まったスタイルのものばかりを決めて作っているわけじゃない。(それぞれ別名義で出すことで)そういう様々な音楽の出し方が難しくなっていた。例えば、今回の作品もかなり前からずっと出したいと思っていた。だったら名前を統一することで、もったたくさんの音楽を世に出せるんじゃないかと思ったんだ。ぼくはクラブ・ミュージックはもちろん、いろいろなスタイルのものを作るけど、アンビエントな曲だったり、サントラだったり、ダンスホール・トラックを作ることだってあるかもしれないわけだ。うまくできればいいと思っている。

ある意味アートワークも象徴的に思いましたが、あれはあなたのアイデアですか?

MP:いや。ここ3作のEPに続き、今回のアートワークもJonathan Zawadaが手がけてくれたんだけど、そのEPのとき時に彼には言ったんだ。「ぼくの好みをわかっているよね。これまでの作品とは違ったものにしたい」とだけ伝え、「自分が好きなようにやってくれればいい」とね。結果として彼は凄くいいものを作ってくれた。
 で、今作を作ることになったとき、制作に取り掛かった2年ほど前から、彼にできた曲を送っていたから、彼も作品が形になっていく過程をわかっていた。そしてまた「音楽を聴いて、感じたままに作って欲しいとだけ言った。その結果できたのがあれだ。アルバム同様かなり長い期間を経て完成したものでもある。いくつかの画像を作ってくれて、手直しも加えたりして、最終的にはその中から4、5枚使うことになった。そこから彼が別の仕事をやっていて、その後さらに作業をしてくれて、あのジャケットができた。
 制作に入ってから1年くらい経った頃だった。あの砂を海の絵を見てすぐに「これだ!」と思った。他にもジャケットの候補はあった。大きな岩が宙に浮いているのもそうだった。でも、あの砂と海のを見た時に「すべてを結びつける」「ジャケットで決まりだ」と思った。彼はすべての曲にそれぞれ1枚の絵を用意してくれたんだけど、彼には感じたままにやってもらいたかった。ぼくが音楽を作るときと同じように。外からの影響を受けることなくね。このアルバムは、他の人の意見を聞くことなく、自分がやりたいように作りたいと思った。彼にも同じ自由を与えたかった。
 彼から聞いていたのは、デザイナーとして依頼を受けるとき、「なんでも好きにやってくれていいから」と言われるんだけど、実は前にやった作品と同じようなものを作って欲しいと思っている。2年前にやった作品を気に入ってから、ってね。でも、アーティストだったら常に新しいことをやりたいと思うだろう。だからぼくは「彼を信頼しているし、気も合う、作品との向き合い方も近いものを感じる」と思って、彼に完全な自由を与えた。そしたら、信じられないくらい素晴らしいものを作ってくれた。嬉しいよ。つい2、3日前に、完成したアナログ盤を手に持ったんだけど、出来栄えにはこれ以上ないくらい満足している。アートワークが素晴らしいおかげで、アルバム自体も作品として一体感が増したと思っている。彼は“Sad Alron”のヴィデオも手がけてくれたんだ。あとプレス用の写真も。ぼくの上半身を3Dスキャンして、いろんなデザインを施してくれた。それもだけど、彼が次に何をやってくれるのか、予想できないから、毎回見るのが楽しみでしょうがない。

繰り返しますが、とにかくあなたはこのおよそ25年間、作り続けています。ぼくは幸運にも、あなたの〈Evolution〉レーベルやリロード名義の最初のアルバム、そしてチャプターハウスのリミックス・アルバムやグローバル・コミュニケーションの『76:14』、あるいはジェダイ・ナイト名義のエレクトロをリアルタイムで聴いてきた世代です(だから現在、いい歳です)。そういう耳で聴くと、今回のアルバムはリロード名義の作品や『76:14』のモード、つまり、初期のあなたの作風がミックスされているようにも思いました。それは意識されましたか?

MP:作品を作る上で、過去を振り返るのは好きじゃないから、そういうつもりはなかった。もちろん、過去の作品のいくつかは聞き返すこともあるし、嫌いになったわけじゃない。常に前に進みたいと思っているだけ。今回は、「クラブ・ミュージックではない作品を作りたい」という意識が一番大きかった。当初のアイディアは、もっと前衛的で実験的なものだった。でも、制作にかけた2年間で、どの曲を収録するか、新たな曲を書き下ろしたり、昔に書いたものに手を加えたりして、作品のバランスが変わっていった。仕上がりには満足している。もっとダークで実験的で風変わりな作品になる代わりに、様々な感情のバランスのとれたものになったと思う。
 アルバムを聴けば、例えばグローバル・コミュニケーションのアルバムが好きだったらあれと似たようなムードの曲が2曲くらいあるのはたしかだ。でも、あれと同じことをやろうとしたわけじゃない。今回アルバムのサウンド面で目指したのは、明るすぎない、今風ではない、前面に押し出すようなサウンドではなく、人を引き込む奥行きのあるものを作りたかった。アルバムのよりダークな曲は、君の言うリロードの作品を彷彿させるというのもわかる。でも、使用している楽器が違う。まあ、自分で客観的に語るのはなかなか難しいんだけどね。
 とはいえ、初期の頃の作品に思い入れがある人が、今作に共感できるというのもなんとなくわかる。しかしそれは今作の一面でしかなく、アルバムとしてはもっと幅広い。ビビオが参加している曲は、ビーチ・ボーイズ風のヴォーカルを使ったサイケデリックでありながらエレクトロニック、といった、初期とは全く違う作風の曲もある。なかにはライブラリーっぽい雰囲気の曲もある。これまでぼくがやってきたすべての音楽を彷彿させるヒントがある一方で、新しいテイストも含まれている」

Africa HiTechではグライムやジューク、Jedi Knightsではエレクトロ、 N.Y. Connectionではハウス、Secret Ingredientsではガラージ、Chaos & Julia Setではドラムンベース、Troublemanではラテンやブロークンビーツなどなど、あなたは常に名義を変えてスタイルも変えてきました。しかし、今回のアルバムでは特定のスタイルを主題としなかった。逆にいえば、現在あなたを夢中にさせるような新しい動きがないののでしょうか? たとえばいまはクラブ・ミュージックが停滞している時期だと感じますか?

MP:現状に対する反動ということはない。この手の音楽は、これまでずっとクラブ・ミュージックを作る傍らでずっと作っていたからね。今作の1/3は、2009年~2010年頃に書いたアイディアが元になっている。というのも、1日、ないしは半日か数時間掛けて、曲の素描を手掛けて、それを寝かせておいて、また引っ張り出して、さらに手を加える、ということをいつもやっている。だから、2009年~2011年頃にアルバムの1/3ができた。まさにAfrica HiTechをやっていた頃だ。
 それよりも古くに書いたものだってある。“Ems”は2005年に書いたんじゃないかな。ビーンズとの曲なんかは12~3年前にやったものだ。作曲もレコーディングも。そこに、新しい曲も加えていった。前から絶対に入れたいと思っていた曲があって、入れてもいいかもと思っていた曲もあって、入れるのをやめた曲もあって、新しく加えた曲もあった。今回出すにあたって、2年間引きこもって、集中して、新しく曲を書きおろすと同時に、全ての音源をミックスした。長いあいだ寝かせてあった曲も、あらためてミックスすることで、アルバムを通してのサウンドというのができた。10年前にミックスしていたら、その曲だけ違うサウンドになっていただろう。そうやって2年掛けて仕上げた
 そのあいだも、クラブ・ミュージックは書いていた。現在のクラブ・ミュージックが個人的にすごく夢中になれるかと言ったら嘘かもしれない。それでも、いいものはある。いいクラブ・ミュージックも聴こえてくる。いまのクラブ・ミュージックに嫌気がさして今作を作ったわけじゃない。それだったらむしろクラブ・ミュージックを作る動機になるだろう。「面白いものがないから、自分で作っちゃえ」って。この数年も、いいものはあった。自分ではやらないけど、4つ打ちのものとかで面白いものを聴いたし、フットワークからも面白いものがまだ出ているし、ドラムンベースやグライム、それからダブステップにしても、オリジナルの人たちがダブステップの良さを失わずにいいものを作っている。いいものは現在でもあるよ。

プログレッシヴ・ロックと括られるものであなたが好きなバンドがいたら教えて下さい。

MP:コレクターというほどではないけど、プログレッシヴ・ロックは聴くよ。フォークやサイケが好きだけど、ロックも聴くし、いろんな音楽を聴く。プログレッシヴ・ロックに関しては、レコードを集めるほどハマったことはないけど、たまに特定のものを探すことはある。フォークやサイケデリック・ミュージックの方が夢中で聴いた。イギリスのバンドやヨーロッパもので聴いたものはあるけど、すぐに名前が思い浮かばないな。

『76:14』がそうであったように、あなたは曲そのもののインパクトを重視するあまり、曲名すら放棄することもありました。しかし、今回はすべておいて意味があるように思います。1曲目の曲名を“?”にしたのはなぜでしょうか?

MP:あのタイトルの由来を説明すると、ヨーロッパをツアーした際、ロンドンの友人の家に泊めてもらっていたんだ。彼のスタジオにね。ちょうど彼がHo Hum Recordsというレーベルを始めようとしていたんで、もし良かったら泊めて貰ったお礼に君のレーベルのために1曲作るよと申し出て、1日で曲を作った。彼にもエンジニアで手伝ってもらった。その日がツアーのオフ日で、体調を酷く崩していたんだ。大風邪をひいてしまってね。それでもやらなきゃと思って、咳止め薬を飲んで、作業をした。頭が朦朧とする中で気付いたら曲ができていて、何てタイトルをつけたらいいのかわからず、ただ「?/Mark Pritchard」と書いたんだ。それを数人の人に送って、Malaに送ったら、DJセットで掛けてくれて、ダブプレートも作ってくれた。そうやって時間が経って、「もうこのままタイトルにすればいい」と思ったんだよ。
 アートワークを手がけてくれたJonathanにも話をしたら、「?」自体、インパクトのある記号だから、「そのままがいいね」ということになった。曲名に関しては、真っ先に思いつくこともあれば、何かをきっかけに思いつくこともあるし、単なる言葉あそびのこともある。「変えた方がいいな」と思うこともあれば、「このままで行こう」と思うこともある。この曲に関しても、”?”のままでいいと思ったし、インパクトのある曲だから、ぴったりだと思ったんだよね。

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初めて日本に行ったのがたしか90年代半ば頃だったと思うんだけど、何に驚いたかというと、イギリス西部の何もないど田舎で育った者がいきなり渋谷みたいな場所に行くと、それまで自分が知っていた世界とは圧倒的に真逆の場所だった。人の多さやネオンや高い建物に囲まれた喧騒に圧倒されながらも、不思議とストレスを感じることはなかった。









Mark Pritchard

Uner The Sun


WARP/ビート

ElectronicaAmbientTechnoFolkExperimental



Amazon

歌があり、詩があります。このアルバムには音のコンセプトだけではないが意味や主題があると思うのですが、そのことについてお話しいただけますでしょうか?

MP:アルバムを通してコンセプトがあるわけではなく、言葉に関しては、フィーチャーしたアーティストにすべて一任した。ぼくの方からガイドラインを出すことはなく、曲を聴いて、彼らが感じたままにやって欲しかった。ビビオの場合、トラックを送ったら彼の方からいくつかヴァースやサビのアイディアを返してくれて、それに対して「最高だ。そのまま続けて」とぼくから返した。とくにハーモニーを聴いたときはすごく気に入って「もう思い切りなんでもやってくれ」と言ったよ。トム・ヨークにしても「感じたまま好きにやってくれていい」とだけ伝えた。リンダにしても、ビーンズにしても。だから、言葉に関しては彼らがすべて貢献してくれたんだよ。

“Beautiful People”から“You Wash My Soul ”、“Cycles Of 9”にいたる展開が素晴らしいと思ったんですが、安らぎのようなものがあるというか、全体的にゆっくりとした時間が流れていて、とくに中盤にはその心地よさを感じます。このような感じ方は、あなたが意図したところでしょうか?

MP:アルバムはさまざまな感情のあいだを行き来するものにしたかったのと、ヴォーカルが入った曲を全体に散りばめたかった。曲順を決めるのは非常に重要であり、非常に難しい工程だ。パートナーのローナや友だちにも何パターンか曲順を提案してもらったりした。当然自分でもやってみた。アルバムをどう始めたいかはわかっていたし、ヴォーカル・トラックを散りばめたかったのもわかっていた。人を飽きさせないようにと、前半にばかりヴォーカル曲を集めことはしたくなかった。むしろ、驚きや、様々な展開を持った作品にしたかった。
 1曲目の”?”はパワフルかつムーディーだ。で、おそらくアルバムで一番明るい曲がビビオの曲で、それ以外2曲目に持ってくるのは無理だった。1曲目のヘヴィーさからすくい上げられなきゃいけないと思ったから。そのあとにダーク目の曲があって、そこから美しく、穏やかな中盤になる。ぼくとしては、同じような感情、ムードを続けざまに並べるのは違うと思った。”Beautiful People”は美しい中にもの悲しさがあって、”Cycles Of 9”はややポジティヴで、”Where Do They Go, The Butterflies”もそう、そうやって変化を持たせたかった。そこからよりダークで不気味な感じへと後半展開していく。そして最後にまたそこから抜け出す、という。
 悲しいものばかり続けざまに並べると、印象も薄れてしまう。変化をつけることが必要だ。曲順には凄く時間をかけたよ。曲間の間もね。何度も変更したし。最後の曲(Under The Sun)なんて、冒頭4曲のどこかに入るとずっと思っていた。でも、あえて最後に持ってきたことで最高の締めくくりになった。パートナーからの助言は大きかった。彼女はラジオDJで、クラブDJでもある。自分だと近すぎて見えないものが、他の人に渡すことで見えてくる。人に渡すことで、自分だったら絶対に並べなかった曲同士を並べたりする。ローナなんかは余計な先入観もなく、曲を聴いて感じた印象をもとに判断するんだ。人に曲順のアドヴァイスをもらうことを、アルバムを作る人には是非勧めるよ。とくにラジオDJはいいよ。

“You Wash My Soul ”についてですが、ひょっとしてギター・サウンドを試みたのははじめて?

MP:え~っと…………、そうかもね(笑)。ギター・サウンドを断片的に使うことはこれまでも何度かあったと思う。でも、アコースティック・ギターの音に、他の楽器を重ねた構成は初めてだろう。若い頃にギターをやってて、いまもギターを持っているから、曲のなかで少し弾いたりしたことはこれまでもある。でも今回は友人にアコースティック・ギターを弾いてもらった。ぼくよりも上手いからね。ぼくよりいいギターを持ってて、録音するのにいいマイクも持ってたから。Skypeを介してセッションをしたんだ。画面の向こうで彼がいろいろなことを試してくれて、「なんとなくこんな感じで」っていうのが決まったら、彼の方で録音して、それを送ってくれて、そこにぼくが他の要素を加えて、それをリンダに送った。ここまでストレートなアコースティック・ギターの音源をトラックで使ったのは初めてだね。

アナログシンセサイザーを多用したということですが、全体的に温かい印象を受けますし、とくにいくつかの曲(“Sad Alron”や“Cycles Of 9”など)で見られるフルートのような音色は全体に牧歌的な雰囲気を与えていると思いますが、その牧歌性のようなものはどのくらい意識して作られたのでしょうか? 

MP:あの辺の音のほとんどはメロトロンで出しているんだ。いい感じのローファイで懐かしい感じの音の質感が気に入っていて、曲を書く段階から使っている。フルートの音は昔から好きで、フルートやクラリネットのほかに、生チェロやフレンチ・ホルンの音も“Cycles Of 9”では使っている。そういうのの多くがメロトロンから出した音を重ねている。この曲はたしかに牧歌的な雰囲気があるよね。イギリスの田舎特有の雰囲気がね。
 他にも、トラディショナルなフォーク(つまり民謡的ということでしょうか)のメロディを指摘された。サウンドに影響されてそういうメロディになったのだろう。”Sad Alron”も、シンセだけど、フルートっぽい音に仕上がっていて、メロディがフォークっぽい。なぜそうなったのかはわからないけど、ぼく自身、フォークもトラディショナル・フォーク・ミュージックも大好きだ。珍しいトラディショナルならではのコード(和音)も昔から好きなんだ。エイフェックス・ツインやプラッドやBalil、初期のThe Black Dogの音楽からも聴き取れる。彼らには、彼らの影響元があったんだと思うけど。無意識に出てくるものだと思う。

“Cycles Of 9”など魔法めいた曲名ですが、サマーセットというケルティックな土地柄との関わりはありますか?

MP:サマーセット以外にもデヴォンとコーンウォールに住んだことがあって、オーストラリアに来てもう11年になるけど、イギリスのあの地域が恋しいと思うことはたしかにある。オーストラリアにも似た場所はほんの少しあるけど、基本的にはまったく違う環境だから、あの辺のことを思い浮かべることもある。ニュージーランドにはデヴォンと雰囲気が似た場所があるんだ。ああいう場所で育ったということが関係しているのはあると思う。
 Jonathan のアートワークにも、何点かあの辺を思い出せせてくれたものがあった。例えばなかに浮いた岩のとかね。おそらくもっとSFっぽいイメージで、(イギリスの田園とは)全く関連性はないんだと思うけど、ああいう岩石を見ると、コーンウォールやデヴォンやサマーセットの辺りを思い出す。だから、あのアートワークを見たときは嬉しかったよ。「つながってる」と思ったね。

マザー・グースの子守唄は、人によるでしょうけど、イギリス人にとってどんな空想をかきたてられるものなのでしょうか?

MP:子供の頃によく聴いた思い出がある。アルバムで唯一使っているサンプルなんだけど、聴いたのは結構前なんだ。何度か使ってみたんだけど、形にすることができなかった。で、数年前にまた試みたら、あの曲ができた。あれを聴いてぼくがまず思い浮かぶのは、昔のディズニー作品なんだよね。ものすごく初期のディズニー作品の音楽が好きなんだ。どこか不穏な響きがあるのと、音の質感が好きなんだ。声もわざとピッチを上げているらしい。前に読んだんだけど、録音の時にテープの回転速度を落としたり、早めて、歌を録音してから、普通の速さに戻した。だから、不気味で異世界っぽさがあった。昔からそれが好きだった。
 あの曲でぼくがやろうとしたのもそれだ。ジュリー・アンドリュースの声にもそういう雰囲気がある。歌詞にしても、すごくインパクトがあるよね。そこに描かれている世界観も好きなんだ。しかも、オリジナルは18世紀に書かれたんだよ。あの歌の成り立ちを調べてみたんだ。18世紀中期に書かれて初版が世に出た。アルバムのタイトル曲でもあるんだけど、最初はタイトルにするのを躊躇したんだ。Under The Sun(太陽の下)というと、みんな「天気のいいオーストラリアに移住してさぞかし日光を浴びる生活を満喫している」という内容だと勘違いしてしまうんじゃないかと恐れたんだ。実際はこの2年間完全に夜行性の生活を送っていて、太陽なんて見てない。極たまに早朝家に帰る時に見るくらいだ。でも、あの引用があったお陰でアルバムがまとまったと思う。あの世界観が好きで、アルバムのタイトルにした。アルバムを聞いてくれれば、その意図もみんなわかってくれるだろうと思った。アートワークにしても、ジャケットの絵柄を最初に見た時に、すべてが腑に落ちた。Jonathan にしても、ぼくにしても、作品を作る時は、全てを作品の中で語るのではなく、受取手が想像力を膨らませられるよう、ヒントをいくつか仄めかしつつ、曖昧なままにしたかった。自由に解釈してもらいたい。

日本はあなたが思っているほど良い国ではないないのですが、あなたは日本のどんなところがそんな好きなんですか?

MP:初めて日本に行ったのがたしか90年代半ば頃だったと思うんだけど、何に驚いたかというと、イギリス西部の何もないど田舎で育った者がいきなり渋谷みたいな場所に行くと、それまで自分が知っていた世界とは圧倒的に真逆の場所だった。人の多さやネオンや高い建物に囲まれた喧騒に圧倒されながらも、不思議とストレスを感じることはなかった。慣れ親しんだ穏やかな田舎からいきなり、情報過多の喧騒に放り込まれたら、普通だったらストレスを感じでもおかしくないのに、日本ではそう感じたことがない。全てのものが正しく機能していて、落ち着いているという印象を受けた。
 そこから、何度か日本を訪れていくなかで、いろいろなことに気づくわけで、まず気づいたのが、人を敬う文化だ。忙しいなかにも、他人への思いやりや気配りを感じる。お辞儀の習慣もいいと思った。日本に行くのは大好きだよ。他では見たことがないものを見ることができる。音楽的な部分でも、日本の人からは音楽への強い愛を感じる。幅広い音楽に興味を持ち、一度好きになったものはとことん掘り下げる。そういうところも好きだね。フットワークの時だって、日本人のクルーまでが一緒に踊りたいと言ってくれたんだ。踊りを覚えたいってね。他の国ではあまり体験しないことさ。日本の音楽ファンの情熱が好きだ。もちろん世界中に音楽はファンはいるけど、日本のファンはとことん突き詰めて、勉強する。そういうところが好きだ。食べ物も好きだし。Taico Clubで行った時に、日本の田舎も少し見る機会があったんだけど、最高だった。1日しか滞在できなかったけど、本当は1週間くらいいたかった。
 日本の芸術にも興味がある。日本の伝統音楽についてもっと知りたいんだ。次に日本に行ったときは、歌舞伎や能の音楽にも興味があって、YouTubeで舞台見ているんだけど、日本に行ったら本物を見たいと思っている。そうやって日本に行くときは、ライヴ以外にも、4、5日オフをとってレコード屋に行ったり、ギャラリーに行ったり探索するのを楽しみにしている。もちろん、日本のオーディエンスの前で演奏するのも大好きだ。東京でのライヴはいい思い出のものばかりだ。一度、クラブ・ミュージック以外の曲のDJセットをやったことがあるんだけど、オーディエンスはみんな床に座って、目を閉じて最後まで聴き入ってくれた。立って人と話したりすることなく、音楽の世界に没頭してくれて、ぼくの意図を完璧に理解してくれた。そこまでしてくれる観客って多くはいないんだよね。
 最後に日本でプレイしたのはたしかエレクトラグライドだったと思うけど、スティーヴ(・ホワイト/Africa HiTechの相棒)もいて、その時もジャングルをかけたり、フットワークの曲を差し込んだりすると、いちいち観客が盛り上がってくれてね。そこまでコアな選曲とまでは言わないけど、ある程度の年齢でなければ知らない曲だったりもするわけで。スティーヴと曲をかけながら、珍しい曲をかけても、みんな反応してくれて、イギリスでかけても、そこまでの反応は得られないかもしれないっていう(笑)だから、いつも日本に行くのを楽しみにしているんだ。


John Grant
Pale Green Ghosts

Bella Union

Amazon


John Grant
Grey Tickles, Black Pressure

Bella Union / ホステス

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田亀源五郎
弟の夫(1)

双葉社

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Anne Ishiiほか
The Passion of Gengoroh Tagame

Bruno Gmuender

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 このふたりの出会いを想像したのは、最近のことではない。

 セクシュアル・マイノリティの愛と闘いの歴史を描いたジョン・グラント“グレイシャー”のヴィデオが発表されたのが2014年の頭のことだった。その映像に圧倒された僕はそのままの勢いで文章を書いたのだけれど、少しばかり考えて、LGBTというタームに念のため注釈を入れておいた。いま同じような主旨で何か書くのならば、注釈の必要はまったくないだろう。この2年で状況は大きく変わった。そしてまた、その間の年――2015年に、世界で、この国で起こったことをあらためてここに書く必要もないだろう。テレビをつければ、LGBTイシューについて当事者や著名人、コメンテーター、そして政治家が議論を交わすシーンも珍しくなくなった。世界は変わり続けている。時代は前に進んでいる、のだろう。

 だが、歌はどこにある? 物語はどこにあるのだろう?

 “グレイシャー”からしばらく経ったころ、田亀源五郎がはじめて一般誌にマンガの連載をするというニュースにゲイ・コミュニティはどよめいた。過激にエロティックで、強烈にクールなゲイ・アート作品やコミックを描きつづけ、日本のゲイ・カルチャー・シーンを支えてきたばかりか海外からも高く評価される「ゲイ・エロティック・アーティスト」が――つまり、ゲイたちが生きるための欲望を肯定しつづけてきた作家が、その外に向けてどのような作品を描くのだろうか、と。その作品、『弟の夫』は何よりも作品の力、親しみやすさによってあっという間に話題になり、2015年になる頃にはゲイ・コミュニティに限らない、広い世間に知られることとなった。

 僕はゲイ・サウナをバックに歌うジョン・グラントの髭面を見ながら、『弟の夫』に登場する「弟の夫」であるマイクの髭面のことを考えた。自身のセックスやドラッグの問題、愛と苦悩を赤裸々に綴るグラントの歌と、「平等な結婚」も含めた新しい時代の家族のあり方をこの国のなかで探る『弟の夫』は違う地点に立ってはいるが、だけどどうしても別のものとは思えなかった。グラントの歌が使われたアンドリュー・ヘイの映画『ウィークエンド』でその辺のゲイ青年たちの恋が描かれていたように、アイラ・サックス『人生は小説よりも奇なり』でなんてことのない老ゲイ・カップルの日々が描かれていたように、両者の表現には現代の都市に生きる個人としての同性愛者がいて、そこには彼らの愛や人生、その物語が瑞々しく立ち上がっているからだ。

 その日、田亀氏は抱える連載の締め切りを仕上げ、ジョン・グラントはセクシーなバリトン・ヴォイスを披露したステージを終えて、対面することとなった。話題はゲイ・カルチャーをテーマにしながらセックス表現、オーディエンスとの関係、カミングアウト、政治と表現の関係、家族の問題にまで及び……いや、実際にご覧いただくのがいいだろう。間違いなく現代のゲイ・カルチャーを代表するふたりの対話は、田亀氏が分厚い本を取り出すところからはじまった。


ゲイ・ヒストリーを描いたMV「グレイシャー」

田亀源五郎:まず自己紹介します。私は漫画家で、これはあなたにプレゼントです。気に入るかわからないのですが……(とワールド・リリースの作品集『The Passion of Gengoroh Tagame』を手渡す)。というのは、非常にハードコアなゲイ・ポルノ・コミックなんです。

ジョン・グラント(以下JG):これは素晴らしいですね。アリガトウゴザイマス。

田亀:どういたしまして。

(ジョンに)こちらは日本のとても有名なゲイ・コミック・アーティストの田亀源五郎さんです。

JG:ファンタスティック!

貴重な機会なので、今日はおふたりにゲイ・カルチャーの現在というテーマでお話をうかがいたいと思っています。
ではさっそく質問なのですが、まずは2014年に発表された“グレイシャー”(“氷河”)のヴィデオについて訊きたいと思います。あのヴィデオには僕自身ゲイだということもあり非常に感動したのですが、どのようにできた作品なのでしょうか?

John Grant - Glacier

JG:友人の(映像作家である)ジョナサン・カウエットから「作りたい」と連絡があって、母と子の関係を描いた『ターネーション』(註)という彼の作品が好きだったから、基本好きにやってもらおうと思って任せました。ヴィデオがどんな内容かは知らなかったんですが、すごいものが出来上がったんです。僕も大好きな作品ですね。

(註)『ターネーション』:ジョナサン・カウエットによる自身と母の姿を描いたドキュメンタリー映画。ゲイであるカウエットと精神を病んだ母との葛藤や複雑な愛の形が描かれ、サンダンス映画祭で高く評価された。

田亀:あのヴィデオはゲイ・ヒストリーを描いた内容になっていますが、そのアイデア自体はディレクターのほうから来たものなんですか?

JG:僕と彼の趣向はすごく似ているところがあったので、ヴィデオを許可したんです。ゲイ・カルチャーといっても本当にさまざまな側面がありますが、そのなかの何を重要視するのか、何を求めるのかが非常に近かったんでしょうね。そういったものの幅広さでも共通していました。いろいろな側面があるゲイ・カルチャーを代表するものをフィーチャーしなければならないって想いがあったので、よく耳にするようなステレオタイプなものばかりにはしたくありませんでした。だから彼のヴィジョンではあったのですが、僕も同じ考えでしたね。
(『The Passion of Gengoroh Tagame』の中身が気になり過ぎてビニールを破り始める)……開けてもいいですか?

田亀:どうぞ、どうぞ。

JG:サインしてください!

田亀:もちろん。私もジョンさんのCDにサインをいただけますか?

せっかくなので改めてご紹介すると、田亀源五郎さんは日本のゲイ・アート・シーンを30年以上支えてこられた方で。たとえばこれは海外のアンソロジー本なんですが(と海外リリースのゲイ・アート作品集『HAIR』を出す)、日本を代表するアーティストとして田亀さんの作品が載っています。

JG:ワオ! これもあなたの作品ですか? 素晴らしいですね。

『弟の夫』はもっぱらヘテロの若い男性が読む雑誌に掲載されているんです。そういう読者層に向けて、ゲイ・イシューをどうやって提供するかがテーマでした。 (田亀源五郎)

そして“グレイシャー”のヴィデオが出た同じ年に、はじめて(ゲイ雑誌ではない)一般誌で「ヘテロセクシュアル向けゲイ・コミック」をスタートされたんです。それがこの『弟の夫』という作品なのですが……(『弟の夫』を見せる)。

JG:クール!

だからおふたりとものファンである僕なんかは、「繋がった!」と思ってしまって。

田亀:いま話が出たので少し説明すると、『弟の夫』はもっぱらヘテロの若い男性が読む雑誌に掲載されているんです。そういう読者層に向けて、ゲイ・イシューをどうやって提供するかがテーマでした。日本はゲイがあまりアウトしていない状況なので、知人にリアルにゲイがいるっていうヘテロのひとってそうそういないと思うんですね。

JG:素晴らしいですね。

田亀:私の場合ははじめにオーディエンスの層がある程度見えていたので、その人たちに伝えるのにはこうするのがベストだろう、という方法論でかなり厳密にやったんです。

JG:それはとても重要なことだと思います。届け方っていうのはすごく大事で、だって彼らは「知らない」ですからね! 教えてあげないと(笑)。 

同情ではなく共感を求めている曲なんです。(ジョン・グラント)

私も若い頃は世界から孤立しているような気持ちでした。だから世界に触れるために、絵を描いたんです。(田亀)

ジョン・グラントさん

John Grant/ジョン・グラント
元ザ・サーズのヴォーカリスト。バンド解散後にソロ活動を開始し、2010年に〈ベラ・ユニオン〉よりリリースされた1作め『クイーン・オブ・デンマーク』は英MOJO誌の年間ベスト・アルバムに選出された。2013年の2作め『ペール・グリーン・ゴースツ』はラフ・トレード・ショップス2013年年間ベスト・アルバム1位獲得、2014年には英詞を手がけたアウスゲイルのデビュー・アルバム『イン・ザ・サイレンス』が世界なヒットを記録し、ブリット・アワードにおいて「最優秀インターナショナル男性ソロ・ アーティスト」にもノミネートされた。2016年、3作め『グレイ・ティックルズ、ブラック・プレッシャー』(全英5位)を発表。


“グレイシャー”に関しては、ジョンさんの曲のなかでも特殊だと思ったんですよ。他の曲はご自身の内省を深く探求したものが多いですが、“グレイシャー”に関しては人称が「you」になっていて、聴き手にメッセージを届けるものになっていますよね。これはどういう想いでできた曲なのでしょうか。

JG:いろいろな状況や見方があるからひとに伝えるということは難しいのですが、僕はよくコニャックやバカルディみたいな蒸留酒に喩えるんですね。いろいろと余計なものは取っ払ってしまって、本質は何なのかという、その作業を僕はやったのだと思います。これを本当に伝えたいと思ったのは、すごく怒っている曲だけれど愛もそこにあるからなんです。同情ではなく共感を求めている曲なんですね。それを歌うことによって励ましたいという想いが基本的にあって、それはいま苦しんでいる若いゲイの子たちだけじゃなくて、表には見せないけれど昔の傷を引きずっているであろう年配のゲイのひとたちにも向けられています。世の中はゲイにとって少しずつ安全になりつつありますが、まだまだ多くの葛藤があり、それが精神的なダメージを生んでいるのが現状ですから。
 それからゲイではないひとたちにも向けられています。苦しみを氷河に喩えるのが素敵に思えましてね。氷河は風景をバラバラにしてしまうほど、とても力強い存在です。苦しみも同様に人間の心を完膚なきまでにバラバラにすることがある。でも、この恐ろしい状況を越えなければ、人間同士をつなぎとめる理解や同情は生まれない。僕はそれを伝えたかった。いまだって僕たちの多くは孤立感を抱えているでしょう。だから手を差し伸べてつながりを作る、ということについても歌っています。

田亀:それは私もわかります。私も若い頃は世界から孤立しているような気持ちでした。だから世界に触れるために、絵を描いたんです。

JG:ええ。隠れ場所から出てきて、僕はここに存在しているわけですからね。そういう表現です。


美しさと醜さ──ゲイのイメージのステレオタイプを超える

ではもうひとつ、ヴィデオの話をさせてください。“ディサポインティング”はかなりストレートなラヴ・ソングだと思うのですが、ヴィデオではゲイ・サウナを舞台にしていますよね。あれは悪戯心のようなものも含まれていますか?

John Grant - Disappointing feat. Tracey Thorn (Official Music Video)

JG:見せ方としてはあのヴィデオには遊び心もありますが、いろいろと深い意味も込められているんです。セックスというのは人間のとって重要なイシューのひとつですよね。加えて他の点にもあのヴィデオでは触れています。あそこではステレオタイプの美しいゲイが描かれているけれど、僕にとってゲイ・サウナというのは大抵悪い経験をしたところなんです。そこでHIVになったわけでもないんだけど……なったのはショウの前の楽屋でのことだから(笑)。ただ、危険なセックスをゲイ・サウナで経験したのも事実です。あのヴィデオには遊び心があったとしても、伝えたいものはけっこう重いものがあるんですよ。
 これはすごくパーソナルな曲で、パーソナルなヴィデオなんです。実際にはいまは恋人を見つけたらこんなところ(サウナ)にいる必要はないんだけれど、そこに行き着くまではゲイ・サウナで自分を厳しくジャッジしていました。見た目がいいかとか、身体がいいかとか、あそこにいる彼ぐらいモノが大きいかとか。僕にとっては厄介な場所だったんです。いいセックスもしたけれどね。ただ、あのヴィデオはそういった困難さをはらんだイシューを描いたものなんですよ。

田亀:ただ、私自身“ディサポインティング”のヴィデオはゲイ・ニュース・サイトで初めて見たんですね。するとゲイ・サウナのヴィデオだったんでちょっと目が点になったんですけど(笑)。それを自分がSNSでシェアしたときに気づいたのですが、ゲイの友人たちはそうした批評的な部分ではなくて、単純にメジャーなアーティストがゲイ・サウナを舞台にヴィデオを撮ったというセンセーショナルな部分、それからジョンさんがいま言ったようなステレオタイプな美しいゲイたちに対して「カッコいい!」というふうに食いついている部分があると感じるんですね。そうした受け止められ方と、自分の意図とのギャップみたいなものに対して悩みはないですか?

批評的な部分ではなくて、単純にメジャーなアーティストがゲイ・サウナを舞台にヴィデオを撮ったというセンセーショナルな部分、それからジョンさんがいま言ったようなステレオタイプな美しいゲイたちに対して「カッコいい!」というふうに食いついている部分があると感じるんですね。(田亀)

JG:いえ、僕にとっては自分の言いたいことを自分の言いたいように表現できたことが大事なんです。その先でどう受け取られるかっていうことは僕の問題ではないんですよ。理解されたいという想いはもちろんありましたが、伝えるべきことは伝えたと思っているので。ただ、いまお話を聞いているとラヴ・ストーリーだということ、男性の美しさや男性を性的対象として見るってことは案外伝わってるんだなあ、と思いました。僕はゲイ・サウナでああいう経験をして、あの曲で表現しているような考えに至ったけれど、同じ意見を持ったひとを必要としているわけではありません。いろいろな考え方があるでしょうしね。ゲイ・カルチャーにはオープン・リレーションシップ(註)がしばしば採用されているから、誰を相手にしてもいいってひともいるし、そうではなくて一対一の関係を望むひともいる。僕は地球上に70億人いるうちのひとりとしてのちょっとしたアングルを示しただけなんですよ。だから、どう捉えられるかは自由だと思います。

田亀:なるほど、よくわかりました。

(註)オープン・リレーションシップ:パートナー間で、恋愛関係や性的関係において必ずしも一対一の関係を取らないことに合意している状態。

すると、いまおっしゃったようなギャップについての悩みを田亀先生は抱かれることがあるということですか?

田亀:私の場合は音楽ではなくてマンガなので、ストーリーがはっきりしているんですね。そういう意味ではメッセージ性を含ませようと思えば、いくらでも明確に含ませることができるんです。小説のほうが詩なんかに比べると抽象性は低いだろうから、そういうような問題だと思うのだけれども。だからそういう意味では、自分が狙ったものとまったく違う受け止められ方をしてしまった場合は、ちょっと自分の技量不足とか作品の力不足を疑ってしまうところが、音楽に比べるとあるかもしれないですね。

JG:ああ、僕も理解しました。

僕にとっては自分の言いたいことを自分の言いたいように表現できたことが大事なんです。地球上に70億人いるうちのひとりとしてのちょっとしたアングルを示しただけなんですよ。(グラント)

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セックスと“対等な関係”をめぐる幻想

あともうひとつ、僕が“ディサポインティング”のヴィデオを見て思ったのはゲイ・カルチャーがクリーンになっていることへの反発心があるんじゃないかということだったのですが、そのあたりはどうですか。

JG:うーん、何がいいとか悪いとかを僕が言える立場ではないとは思うんです。たしかにサウナではドラッグの使用や危険なセックスもあるし、誰もそのことを指摘しなかったりする。コンドームなしにセックスをしたりね。だけど僕もそのことを批判はできなくて、なぜなら僕自身危険なセックスをたくさんしていたから(笑)。ただあのヴィデオではそうしたネガティヴな側面もたしかに打ち出していますね。それは、そうした危険でダークな側面も無視できないと思うからです。作りたかったのは純粋なラヴ・ソングなんだけど、そのためにはその陰にある醜い部分や現実も見せなければいけないと思いました。僕自身そんな危険なところに足を踏み込んだために本当の愛を見つける前にHIVになってしまったということもあるから、ゲイ・サウナという場所のそうした現実も打ち出したんです。
 もしあのヴィデオにネガティヴなステートメントがあるとすれば、個人的にこういう経験をしたということと、元クリスタル・メス中毒者で、不特定多数の相手とセックスを重ねHIVになってしまった友人が僕にはいるということです。だからみんなはどうしますか、という問いかけなんですよ。どうしろこうしろ、ああするべきだ、とはいっさい言いません。
 ただ、いまの若いひとたちのなかにはHIVなんかかからない、かかったとしても薬飲んだらだいじょうぶだと言って、好き放題にしても生き長らえられると思っているひとたちがいるみたいだから、それは良いことだとは思えないので、間違ったことは指摘したほうがいいですよね。いろいろな理由でセックスというものを使い果たしてしまった自分は、ここで親密な愛を求める歌を歌っています。つまり、セックスを連想させるサウナという場所において、別な意味での親密な人間の姿を描き出しているわけです。そういうコントラストが大きな曲だな、と思います。

なるほど。

JG:それからもうひとつ、僕はとても信心深い家族に育っているので、セックスというもの自体が僕にとっては難しいものだったんです。セックスなんて話に出すのも汚いもので、身体の問題ももちろんそうでした。そんな環境で育っただけに、言いたくても言えなかったことというのがあのヴィデオのなかにはけっこう詰まっているんですよ。

僕はとても信心深い家族に育っているので、セックスというもの自体が僕にとっては難しいものだったんです。そんな環境で育っただけに、言いたくても言えなかったことというのがあのヴィデオのなかにはけっこう詰まっているんですよ。(グラント)

いまのジョンさんのお話はすごくよくわかります。僕なんかはやっぱり、近年ゲイ・カルチャーがクリーンになり過ぎているのではないかと思うときがあるんですね。だからこそ、セックスやゲイ・カルチャーのダークな部分にも踏み込むジョンさんの表現に惹かれるんです。いま話したようなことを踏まえて、田亀先生がお考えのところはありますか?

田亀:ええと、さっきジョンも言っていたけれども、表現は表現者の数だけあって、その種類が多ければ多いほどいいと私は思っているので、私個人としては現在の風潮がどうこうというのはとくに考えないんですね。ただ、最近マリッジ・イコーリティ(平等な結婚)が世界的にすごく広がったことによって、ゲイに対してヘテロ・ノーマティヴ(註)の考え方が進んでいるのではないですか、あなたはどう思いますか、というような質問を海外のメディアから受けることが多くなりましたね。あと実際にそういった流れのなかでクィアが滅んでいくみたいな危惧を述べているひとはたしかにいますね。
 私は、トレンド的にいまこれが盛り上がっていまこれが下火になって、というようなことは世の中にあるかもしれないけれど、それがそんなに大きな問題だとは思っていないです。

(註)ヘテロ・ノーマティヴ:異性愛と異性愛の規範を普遍的なものだとする考え方。

JG:たしかに! でもそれは、ヘテロの世界の幻想なんですよ(笑)。

(一同笑)

JG:ヘテロの世界だってそううまくいってないんじゃないでしょうかね。ヘテロのひとたちはゲイのひとたちを受け入れた振りをしながら、ゲイっていうのは一対一の関係を守ってうまくやってるんだなと思いたいんですよ。だからそういう(クリーンな)表現になるんでしょうね。ゲイ・サウナがあってそこでHIVに感染して、っていうようなことには蓋をしたいんじゃないかなと。同性愛は間違いだ、地獄行きだって考え方がずっとあったわけですから。それに、僕たちゲイも薬やアルコールやセックスの問題は口に出さなかった部分もありますからね。だから明らかにされなかった部分もあるんだと思います。それを逆手に取られて、「ほら、ゲイは間違いだ!」って言われたくなかったんでしょうね。

田亀:そういう感じはやっぱりありますね。実際私も『弟の夫』に関しては、大人だけでなくハイ・ティーンやロウ・ティーンの子にも読んでほしい本ではあるから、セックスの要素はいっさい排除しているわけです。その分、私は30年間5000ページぐらいグチョグチョのゲイ・ポルノを描いてるんだけど(笑)。そこでバランスを取ってる。だけどこれ(『弟の夫』)だけ取り上げて見られると、そういう綺麗ごとみたいな部分はあるのかもしれない。やっぱりこれは一対一のつがいの話であって、どうしてもモノガミーの世界に根差したところからは逃れられていないから。

JG:ヘテロの世界ではこういったゲイ・ポルノは必要ないですからね(笑)! ヘテロの世界にも彼ら向けの本があるわけですから(笑)。僕はこちら(『弟の夫』)は入り口として本当に優れていると思います。ゲイの世界だってヘテロの世界と同じようにひとによって関係性はさまざまなんだということ、人間関係としてのゲイの姿がここには描かれているのだと思いますから。
 それにもうひとつこの本が重要だと思うのは、ヘテロのひとたちはゲイたちがどんなセックスをするのかで話が止まってしまっていて、その先にある人間関係や普通の生活の部分まで考えが及ばないだろうからなんですね。だからそこを描いたという意味では先を行ってると言えますよね。


田亀源五郎さん

田亀源五郎/たがめ・げんごろう
1964年生まれ。「ゲイ・エロティック・アーティスト」として86年より長きにわたってゲイ・カルチャー・シーンを支えつづける漫画家。86年よりゲイ雑誌にマンガ、イラストレーション、小説等を発表。2014年からは「月刊アクション」にて『弟の夫』の連載を開始、同作は第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞した。コミックの単行本や画集の刊行のほかに『日本のゲイ・エロティック・アート vol.1 ゲイ雑誌創生期の作家たち』などの編著がある。代表作に『PRIDE』『君よ知るや南の獄』など。

ヘテロのひとがゲイというと必ずセックスに結びつけて考えてしまうことに対する指摘と、それは違うんだよということは『弟の夫』のなかで実際やっていて。(田亀)

まさにそういう作品なんですよ。

田亀:ヘテロのひとがゲイというと必ずセックスに結びつけて考えてしまうことに対する指摘と、それは違うんだよということはこのマンガのなかで実際やっていて。このお兄さん(『弟の夫』の主人公、弥一)の弟がゲイで、これ(「弟の夫」であるカナダ人のマイク)と結婚しているんですけれども。その弟はもう死んでいなくて、片割れだけが夫の国を訪ねて日本にやって来たという話です。兄の弥一は弟が男と結婚したということがなかなか受け入れられない。そんなある日、弟が男と結婚したときにイコールどっちが女役なんだろうということまで考えてしまっていたけれど、そう考えること自体おかしいんだと弥一は自覚するんです。だからヘテロの読者にもそこらへんを伝えたいなという仕組みにはなっていますね。

JG:それはとても重要なことですね。

それに、さっき田亀先生は綺麗ごとだとおっしゃってましたけど、マイクのシャワーシーンの胸毛の描写なんかは、ゲイ・カルチャーの出自に対するプライドが感じられるんですよね(『弟の夫』を開きながら)。

田亀:ははは。

JG:ええ。あなたの絵は本当に美しいですね。

田亀:ありがとうございます(笑)。


政治と表現の関係

ではもうひとつお訊きしたいのですが、おふたりの表現に何か共通点があるとすれば、それぞれ優れたストーリーテリングがあることだと思うんですよ。そして個人が描かれている。たとえばジョンさんの“ジーザス・ヘイト・ファゴッツ”(「イエスはカマ野郎を嫌ってる」)なんていうのは、アンチ・ゲイ・デモで掲げられるスローガンでもあるわけですよね。

JG:ええ、ええ。

そうした政治的なフレーズが、歌のなかではとてもパーソナルなストーリーとして語られている。そうした政治的なものとの距離の取り方、表現としてパーソナルであることについてどうお考えですか?

JG:政治的なトピックから完全に切り離すことはできないと僕は思っています。こうしてある程度パブリックな存在になってしまって人前でものを言っている以上は、活動家でこそないけれども、ある意味では活動家である部分も否めないんですよね。非常に難しいことだと思います。僕は政治的になりたいわけじゃないんですが、見方によってはもうすでに政治的なわけです。とくにいまの時代において、それは避けられません。何か言ったらそれがすべて広まってしまうわけですから、政治的なこととまったく無縁ですとは言えないと思います。ただそこで大切なのは、自分自身についての真実を語ることだと思うんです。僕の身の上話が面白いからではけっしてなく、いままで言えずにきたから言いたいということなんです。「出る杭は打たれる」って日本では言われるらしいですが、自分は目立たないように目立たないようにして生きてきたので、そのせいでいろいろなものの中毒になってしまったんですよ。そう考えると、本当の自分や自分の人生ときちんと向き合ってこなかったことへのツケが回ったんだと思うんです。少なくともこれが自分の真実だと思うことを、いい面も悪い面も含めてきちんと語っていくということこそが自分に嘘のない生き方であって、そうしているつもりなんです。

僕は政治的になりたいわけじゃないんですが、見方によってはもうすでに政治的なわけです。とくにいまの時代において、それは避けられません。そこで大切なのは、自分自身についての真実を語ることだと思うんです。(グラント)

なるほど……。田亀先生は政治と表現の関係についてどのようにお考えですか?

田亀:日本ではゲイがあまり見えていない状況で、そんななか私は18歳でカムアウトしてるんですね。そのときに感じたのは、私自身が政治的であることを望もうが望むまいが、ゲイをアウトすること自体が必然的に一種の政治性を持ってしまうということでした。

JG:その通りですね。

田亀:あとその時代に第一次ゲイ・ブームみたいな感じでゲイリブみたいなものが盛り上がったんですね。で、ゲイ・アクティビズムが盛り上がって、いろいろな運動をするひとが出てきて。私は情報として集めていたけれども、そのなかへ積極的に参加する気にはなれなかった。というのは、彼らとヴィジョンをあまり共有できそうになかったから。でも逆に自分のなかで続けていきたいことというのはあって、それは私の場合はゲイ向けのマンガを描き続けることだったんですね。だから私にとって重要なのは政治的な抽象論で何かを語ったりすることではなくて、ゲイがゲイのためにゲイを扱ったマンガをずっと描いて作品を残して、その姿を見せ続けること。それが私にとって最大のアクティヴィズムだなと捉えて、いままできていますね。それが最近ちょっと外側から注目されるようになってきて、もうちょっと戦略的になってはいるけど。基本的にはそういう感じです。

JG:それは本当に素敵ですね。

田亀:ありがとう(笑)。

政治的な抽象論で何かを語ったりすることではなくて、ゲイがゲイのためにゲイを扱ったマンガをずっと描いて作品を残して、その姿を見せ続けること。それが私にとって最大のアクティヴィズムだなと捉えて、いままできていますね。(田亀)

JG:すごく勇気のあることだと思います。

JG:同性愛についてはアメリカでは宗教的な問題がありますが、日本ではそうした要素はないのに、伝統的な価値観なのか、なにか階級的なものになっているような気もして。もしかしたら、そっちのほうが良くないようにも思えてきます。

田亀:ひとつ言えるのは、日本にはホモセクシュアルを罪と規定する宗教的な基盤というのはたしかにないんですよね。日本のゲイの子たちは、それに対する罪悪感というのはそんなに刷り込まれない。ただ、日本の社会が何をいちばん重要視するかというと、みんなといっしょだということ、波風を立てないということで。個性的であってはいけないっていうのが日本の価値観のベースなんですよ。そこがゲイ・イシューに関してはいちばん大きな障害になっていると思う。
 たとえばキリスト教みたいな、同性愛を罪として規定する宗教を刷り込まれてしまったひとが罪悪感に苦しむように、波風を立てないことこそが重要だと刷り込まれたひとは、自分が主張することで波風を立ててしまうことに対してものすごく罪悪感を覚える。これって日本のゲイの特徴なんですね。だから日本のゲイで親にカムアウトするときに悩むのは、そのせいで親がどれだけ悩むかとか、親が親戚からどう思われるかとか、第一にそういうことなんですよ。これはやっぱり日本社会の特徴的な面だとは思います。

日本の社会が何をいちばん重要視するかというと、みんなといっしょだということ、波風を立てないということで。そこがゲイ・イシューに関してはいちばん大きな障害になっていると思う。(田亀)

JG:周りのひとからどう見られるかという意味で、子どもがカミングアウトしたら日本人の両親は「不名誉」というふうに表現するのでしょうか。

田亀:いえ、同性愛が罪悪という規定はないから、「不名誉」みたいな言い方はあんまりないと思うんですね。名誉殺人があるとかそういう感じではないんですよ。ただ、うちの親なんかは私のことを「変な子」って言いますよね。で、この間おかしかったのは、私がこのマンガ(『弟の夫』)で日本の政府の賞(註)を獲ったんですが――

(註)2015年、同作が第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞

JG:おめでとうございます!

田亀:ありがとう(笑)。で、そのときにうちの両親はすごく喜んで。はじめて息子のマンガをまともに読めたっていうのもあるんですけど。で、うちの父いわく、私が「変な子」に育ったのは「お父さんのせいよ!」と、いつも母は言うんですって。「変な子」っていうのはゲイのことだと思うんだけど。ただ、こういういいことがあったときだけは母は父のせいにはしないで、それ以外のときは父のせいにするんだって言うんです(笑)。

JG:はははは! 「私が正しかった!」って言いそうなお母さんですね(笑)!

(一同笑)

田亀:だから、「不名誉」とまではいかなくても、クィアという感じには考えるひとは多いと思いますね。

***

 話題はまだまだあったが、残念ながらそこで時間が尽きてしまった。ジョンは僕が持ってきた、毛むくじゃらの男たちのヌード・アートがたくさん載っている『HAIR』の表紙の写真を「これも手に入れないとね!」と撮影する。髭と胸毛と、セックスと愛についてのアートだ。

 それから熱いハグを交わすふたりの姿を見て、ゲイであること、ゲイとして生きることを正面から見つめながら表現に取り組むアーティスト同士のリスペクトがそこに生まれていると感じずにはいられなかった。ジョン・グラントのツアーは続き、田亀源五郎の連載は続いていく。時代が前に進むのならば、そこには必ず終わらない物語があるからだと……そんなことを確信させられる出会いの光景が、そこにはあった。

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interview with ANOHNI - ele-king


ANOHNI
Hopelessness

Secretly Canadian / ホステス

ElectronicExperimentalPops

Tower HMV Amazon

 「わたしは魔女です」──彼女はそう繰り返してきた。男たちの暴力的な歴史に築かれた世界の異端者として。ラディカルな主張を隠すことはなかったし、どんなときもアウトサイダーの代表だという姿勢を崩すことはなかったから、この時代の曲がり角にポリティカル・レコードをリリースするということは筋が通った話である。だが、それでも……このあまりに華麗な変身に衝撃を受け、魅惑されずにはいられない。固く閉ざされていた扉がこじ開けられ、胸ぐらを掴まれ、彼女が戦闘する場所へと投げこまれる……そんな感じだ。耽美な管弦楽器の調べではなくエレクトロニックな重低音が烈しく鳴り響き、ノイズが飛び交い、そして彼女自身の声が怒りと憎悪に満ちている。華麗なハイ・アートはもうここにはない。ミューズとなるのは大野一雄ではなくナオミ・キャンベルであり、聖よりも俗を、慈悲よりも憤怒を手にしながら、巫女の装束を光沢のある夜の衣装に着替えてみせる。そしてはじめて、彼女の本当の名前を名乗る……アノーニだ。

 ハドソン・モホークとOPNことダニエル・ロパッティンという、現在のエレクトロニック・ミュージックの先鋭的なポジションに立つプロデューサーが起用されていることからも、彼女の並々ならぬ決意が窺えるだろう。まさにバトル・フィールドの先頭に立つような“4ディグリー”はハドモの“ウォーリアーズ”ないしはTNGHTを連想させるし、低音ヴォーカルが重々しく引き伸ばされ続ける“オバマ”や“ヴァイオレント・マン”はOPNの『ガーデン・オブ・デリート』と見事にシンクロしていると言えるだろう。ヒップホップとエレクトロニカとノイズと現代音楽とシンセ・ポップを調合しながら、それを遠慮なく撒き散らすような威勢のよさに満ちている。

 「私の上にドローン爆弾を落として」(“ドローン・ボム・ミー”)、「私は見たい この世界が煮える様を」(“4ディグリー”)、「死刑執行 それはアメリカン・ドリーム」(“エクセキューション”)、「オバマ あなたの顔から希望は消えてしまった」(“オバマ”)、「もし私があなたの弟を グアンタナモで拷問していたらごめんなさい」(“クライシス”)、「どこにも希望はない」(“ホープレスネス”)――魔女は呪詛を吐き続ける。戦争と環境破壊、虐殺、資本主義の暴力、そして「希望がないこと(ホープレスネス)」。ここでの音の高揚は地獄の業火に他ならず、彼女はその身を焼かれることを少しも恐れていない。彼女ははっきりとこの世界の異端者である……だが、「トランスジェンダーであることは自動的に魔女であることなのです」と発言していたことを反芻すれば、その禍々しい言葉はかくも暴力的な世界の鏡に他ならないことを思い知る。だからアノーニは、そんな世界こそがまったく新しい姿に生まれ変わることを迫るのである……彼女自身が、鮮やかな変身を体現しながら。

 ほとんど爆撃音のようなビートの応酬をかいくぐると、アルバムはもっともジェントルなピアノが聴ける“マロウ”へと辿りつく。だがそこでも彼女は、自分が暴力に加担する一部であることを忘れてはいない。深い歌声でなにかをなだめながら、自分自身も、そしてこれを聴く者も「ホープレスネス」の一部であるのだと告げている……それこそが、この狂おしいまでにパワフルな作品のエナジーになっているからである。

■ANOHNI / アノーニ
旧名アントニー・ヘガティ。2003年にルー・リードのバック・ヴォーカルに抜擢され、アルバムの録音にも参加、一躍注目を浴びる。アントニー・アンド・ザ・ジョンソンズ名義で2005年にリリースしたセカンド・アルバム『アイ・アム・ア・バード・ナウ』でマーキュリー・プライズを受賞、 MOJO誌の「アルバム・オブ・ザ・イヤー」にも選出された。09年にリリースしたサード・アルバム『クライング・ライト』では彼女が敬愛する日本の舞踏家、大野一雄の写真をアートワークに使用し話題となった。2011年には4thアルバム『スワンライツ』をリリース。ビョークをはじめ、ルーファス・ウェインライト、ブライアン・フェリーなどさまざまなアーティストとのコラボレーションも行っている。2015年に新曲“4 DEGREES”を公開、前作から約5年半ぶりとなる新作『ホープレスネス』を2016年5月にリリースする。

エレクトロニック・ミュージックは、素晴らしいエネルギー、喜びさえも人びとに与える。それを使って、真実を表現したかったんです。

少しさかのぼって訊かせてください。ライヴ盤『カット・ザ・ワールド』には非常にラディカルな内容のスピーチである“フューチャー・フェミニズム”(「神の女性化」を想像し、男性原理に支配された世界を糾弾する内容)が収録されていましたよね。あのライヴ盤自体、あのスピーチを世に出すという目的が大きかったのではないですか?

アノーニ:あのレコードでは、いままでに自分が聴いたことがないようなものを作りたかった。ポップ・ミュージシャンが10分(註:実際には7分半だが、じゅうぶんに長尺)のスピーチを含んだ作品をリリースするなんて、なかなかないでしょう? スピーチを挟むのは、自分のショウですでに探求していたことだったんだけど、それをCDに取り入れてみて、一体どうなるかを見てみたかった。気候や環境の緊張感とフェミニストの見解を繋ぎ合わせるという“フューチャー・フェミニズム”のアイデアは、2、3年前からずっと持っていたものだったから、それをライヴ・ショウやCDに取り入れてみたかったんです。

そして『ホープレスネス』は、ある部分で“フューチャー・フェミニズム”を引き継いでいると言えますか?

アノーニ:『ホープレスネス』はエレクトロニック・レコードで、私が持っていたアイデアは自分でも聴くのが楽しいポップ・レコードのような作品を作りたいということでした。これまでの私のシンフォニックな音楽作品とは違うものを、言ってしまえばダンス・ミュージックみたいなものを作りたかった。でも、音はダンス・ミュージックであっても、曲のなか、つまり歌詞はかなり政治的なものになっていて、まるでトロイの木馬のようになかに兵士が隠れているんです(笑)。それが新作のアイデア。コンテンポラリー・ライフとモダン・ワールドに関する内容で、とくにアメリカのポリシーにフォーカスが置かれている。アメリカのポリシーとはいえ、いまではそれが世界的な問題になっているけどね。

非常に政治的なテーマを持ったアルバムとなりましたし、その根本にあるものは「怒り」であると事前にアナウンスされていました。エレクトロニック・サウンドを選択したのは、そのようなテーマに適すると考えたからなのでしょうか?

アノーニ:もちろん。そうすることで、より真実を伝えたかったから。真実を伝えるという効果を、より強いものにしたかったんです。そこにエネルギーを使いたかった。ダンス・ミュージックにはエナジーがあるから、エレクトロニック・ミュージックを使ってそのエナジーを作り出したかったんです。エレクトロニック・ミュージックは、素晴らしいエネルギー、喜びさえも人びとに与える。それを使って、真実を表現したかった。その真実が苦いものであったとしても、喜びを通してそれを叫び、皆に伝えることもできると思ったんです。

ハドソン(・モホーク)と作業を初めてから、ポリティカル・エレクトロニック・レコードという方向に急進していったんです。

ハドソン・モホークとダニエル・ロパッティンを起用したのはどうしてでしょうか? 彼らのそれぞれどういったところを評価していますか?

アノーニ:ハドソンの音楽には、本当に惹き込まれます。彼の音楽はすごく喜びに満ちているんですよね。多くのミュージシャンが何かひとつの方向性に違ったものを混ぜ、そこからあちらこちらの方向に進んでいます。でもハドソンの場合は、さまざまなものが混ざりながらも、すべてはひとつの方向に進んでいるんです。彼の目的はひとつで、込められた感情は決して複雑ではなく、高揚感に統一されている。だからこそリスナーは、我を忘れるような喜びに心が躍るんです。それが複雑な歌詞をひとに届けるのに最適な方法だと思いました。ダークで重い緊張感がある歌詞を、魅力的で簡単に楽しめる音楽に乗せるのがベストだと思ったのです。歌詞の内容は高揚感のある音楽の真逆で、アメリカ政府やテロリズム、環境破壊、石油問題といったヘヴィーなもの。音楽と歌詞にはコントラストがあるんです。
 ダニエルは、さまざまなサウンドからエッセンスを抽出して、そのアイデアを組み立て、自分独特のサウンドを作り出してくれます。基となる要素とはまったく違うものを作り出すから、まるでマジシャンみたいなんです。私は、そこに知的さを感じますね。彼は音楽に対してすごくモダンな考え方を持っていて、サウンドの意味を考えます。その意味がどう変化しうるかを考え、それを自分で操作していく。もともとはダニエルと作業を始めたんだけど、さっき話したようなエレクトロニック・ミュージックのスタイルになっていったのは、ハドソンと作業をはじめ出してからでした。彼が書いた音楽に、私がメロディと歌詞を乗せて、そこからレコードの目的に合うよういろいろと手を加えていきました。ハドソンと作業を初めてから、ポリティカル・エレクトロニック・レコードという方向に急進していったんです。

トラックの制作について、ハドソン・モホークやダニエル・ロパッティンにどのようなリクエストをなさいましたか?

アノーニ:曲のほとんどが、ハドソンがまず曲を書いて送ってきてくれたんです。それに私がヴォーカルをのせて返して、それから、ダニエルといっしょに曲を整えていきました。バラバラに作業してメールし合うこともあれば、同じ部屋で作業することもありましたね。私自身も、レコードをミックスして聴き込むのにかなりの時間を費やしました。3年くらいかかりましたからね。待たなければいけないことも多かったし、考えなければいけない時間も多かった。曲の歌詞はかなり強烈だし、それが本当に自分の書きたいことか確信を得るのに時間がかかったんですよ。リリースする勇気がなかなか出なくて。それを長い時間考えなければならなかったんです。

なかなか勇気が出ないなか、リリースする覚悟ができたきっかけはあったのでしょうか?

アノーニ:人生はすごく短いでしょう? 本当に短いから、できるだけ強く関わりたいと思うようになったんです。どこまで自分が関与できるのか、それに関与することで、自分が何を感じるかを知りたかった。受け身ではいたいくないと思ったんです。世界は驚くべきスピードで変化しているし、私は生物多様性の未来を本当に心配しているし、それに自分が地球と深く繋がっていると心から感じる。だからこそ、地球を護りたいと思うようになったんです。

これまで私は自分のことについて歌ってきました。自分のなかの自分の世界、自分の人生についてね。でも今回は、かなり大きな、ショッキングとも言える一歩を踏み出したんです。

リリースしたことで何か実際に感じましたか?

アノーニ:いままで音楽的にやったことのないことだったから、やはり勇気が出たし、自信がつきました。いままでの私の音楽を聴いてきたひとたちはわかると思うけれど、これまで私は自分のことについて歌ってきました。自分のなかの自分の世界、自分の人生についてね。政治やランドスケープに触れたことは一度もなかった。でも今回は、かなり大きな、ショッキングとも言える一歩を踏み出したんです。歌詞の内容に驚く人も多いと思う。でも、このレコードで人びとの考えを変えたいとまでは私は思っていないんです。自分と似た考えと世界観を持つ人びとをサポートしたいだけで。何かに対して戦う勇気を彼らに与えるサウンドトラックを作りたかったんです。

また、アノーニ名義としてのはじめてのアルバムとなります。この新しい名前――本来の名前と言ったほうがいいと思いますが、ANOHNIとしてリリースすること自体があなたの世に対する意思表示だと言えるでしょうか?

アノーニ:そう。アノーニは私の本来の名前。プライベートで何年か使ってきた名前で、公の場で使うことはこれまでなかった。でもいま、もう少し「正直」である時期が来たんじゃないかと思って。自分のなかの真実を人びととシェアする時が来たんじゃないかと思ったんです。アノーニは私のスピリチュアル・ネームなんだけど、私はトランスジェンダーだから、自分のスピリチュアル・ネームを使うことによって、ひとがより自分の存在を理解することができるんじゃないかと思いました。人びとが私をもっとクリアに見ることができると思ったんですよ。もし私が男性の名前を使えば、それは欺きになってしまう。私はただ、正直でありたかったんです。

アノーニは私のスピリチュアル・ネームなんだけど、私はトランスジェンダーだから、自分のスピリチュアル・ネームを使うことによって、ひとがより自分の存在を理解することができるんじゃないかと思いました。

アノーニという名前を使うことで、何か変化はありましたか?

アノーニ:この名前を使うことで、よりいろいろなものをシェアできるようになります。たとえば私は普段怒りをあまりシェアしないし、音楽でそれを表現しようとすることはなかったんです。でも、このレコードでは確実に怒りが表現されている。それは私にとっては新しいことだし、同時にそれはすさまじいエネルギーを発するものでもあるんです。

ビートがアグレッシヴな箇所も多く、たしかに「怒り」を強く感じる瞬間も多いですが、しかし、わたしは聴いていると同時に非常に優雅さや優しさも感じます。この意見に対して、もしその理由を問われればどのように説明できますか? 

アノーニ:優雅さに通じるかはわからないけど、曲のなかではそれが反心理学によって表現されているものが多いから、それもあるのかも。曲のなかで「この恐ろしいことが起こってほしいと願っている」と歌っていても、もちろん本当に意味しているのはまったく違うこと。そう歌いながら、その出来事を批判しているんです。私が「アメリカの死刑実行制度について快く思っている」と歌っていればそれは、いまになっても死刑を実行しているこの国に住んでいることを残念に思う、というのが本音。このアルバムではそういった反心理学的な歌詞が多いから、その効果かもしれないですね。

この質問を作成した時点ではまだ歌詞を拝見できていないのですが、トランスジェンダーであることはこのアルバムのテーマのひとつと言えますか?

アノーニ:トランスジェンダーであることやトランスジェンダーの声だけに歌詞が置かれているわけではないですね。でも私自身がトランスジェンダーだから、歌詞はアメリカではアウトサイダーとされているトランスジェンダーとしての私の視点で常に書かれています。つまりトランスジェンダーに重点を置いているのではないけれど、トランスジェンダーから見た世界が表現されているのは事実。でも、それがトランスジェンダーすべての意見というわけではないんです。それはあくまでも私の世界観。私のゴールは、自分と同じような考えを持つ人をサポートすること。彼らに強い勇気を与え、背中を押したい。私にとって、女性の視点から何かを書くのは意識することではなくて自然なことなんです。

私のゴールは、自分と同じような考えを持つ人をサポートすること。彼らに強い勇気を与え、背中を押したい。私にとって、女性の視点から何かを書くのは意識することではなくて自然なことなんです。

この世の中で、トランスジェンダーの声や意見はまだまだ隠れていると思いますか?

アノーニ:トランスジェンダーに限らず、女性の意見、声というのはこの世界でまだまだ隠れていると思います。その女性の声のひとつが、トランスジェンダーの女性たちの声だと思うんです。それがもっと表に出て、人びとに受け入れられるようになるまで、この世界に希望はないと私は思います。女性の声というのが、世界を救うと私は思っているんです。私たち(女性たち)は、自分たちの力を取り戻さなければいけない。それを取り戻すために立ち上がるのは怖いかもしれないけど、それをやらなければこの世界に未来はないと思う。この世界には、女性からのガイダンスが必要なんです。女性の視点が必要。それがあってこそはじめて自然を守ることができるし、人間の尊厳を取り戻すことができる。
 男性政治家たちを見ればわかるけど、彼らは失敗ばかりしているでしょう? 彼らが操作してきたいまの世界を見てみると、この世を破滅させるのにじゅうぶんな武器が存在し、森、山、海がどんどん破壊されていますよね。伝統的に、家族やコミュニティを守ろうとするのが男性の役割で、彼らはそのために戦うための軍隊とチームを作る。いっぽう、女性の役割というのはすべてのチームの繋がりを考えること。女性は家庭のなかで子供のために平和を作ろうとします。すべての環境の繋がりを把握し、それを基に平和を作り出すのが女性なんです。男性は仕事をして自分の家族だけを守ろうとするけど、女性は家族を「作ろう」とする。いまの私たちに必要なのは、世界で家族を作ろうとする女性のスキル。そうしなければ、自分たちと自然の繋がりを見出すことができないんです。それどころか、私たちは自然を殺してしまいかねない。だからこそ女性のリーダーが必要だし、とくに年配の女性たちの知恵や見解が必要なんですよ。彼女たちの助けが必要だし、いっぽうで若い女性は強くあり、前に向かって進み、いまのシステムに対抗することに挑んでいく必要がある。男性が世界を破壊しようとしているわけではないのだけれど、単純に、彼らにできることと女性にできることが異なるんです。いまの世界に必要なのは、女性の力です。

女性で、実際いまそこまで考えているひとはどれくらいいるのでしょうね。

アノーニ:そうなんですよね。立ち向かうというのはすごく難しいと思う。でも、興味や関心をもっていなくても、気候や世界はどんどん変化し続けます。海も死にかけています。それなのに私たちは海からさらに多くのものを奪おうとしています。海が死んでしまっては、海のなかの生命体や魚はすべて消滅してしまう。そうなったら、いったい世界はどうなってしまうんでしょう。私はそういう未来が心配です。でも日本はすごく美しい国だと思うんですよ。自然とひととの繋がりが、他の国よりもきちんと考えられている国だと思います。日本には古い文化がまだ存在していて、さまざまな自然との美しい共存の仕方が受け継がれていると思います。

世界に希望がない(ホープレスネス)というのは事実ではないけれど、私たちが持っているフィーリング。でもそのフィーリングがあるということは、その対処法を見つけなければならないということなんです。

日本では昨年よりLGBTQの話題がちょっとブームのようになったこともあり、少しずつ一般的にも認知されるようになりました。ただ、わたしの見解としては、日本ではそこにカルチャーやアートがあまり追いついていないようにも思うんですね。あなたのマトモスとのコラボレーションなどを見ると、政治的な共闘がありつつも、やはり何よりも「アート」だと思うんです。LGBTQイシューに限った話ではないですが、「アート」が社会にできることがあるとすれば、どのようなことだとあなたは考えていますか?

アノーニ:私はすごく日本のアートに影響を受けているんだけど、とくに土方巽や大野一雄の舞踏にはすごくインスパイアされています。第二次世界対戦のあとにとくに浸透したアートで、すごく強烈なイメージを持っている。生きるための困難や美しさ、そして、何が美しいのかという考え方の変化が表現されているんですよね。原爆投下後の最悪な光景に目を向けなければならなかったから、あの強烈なイメージが生まれたんです。地獄のような光景。舞踏では、そういった苦しみが表現されました。そういうものを表現しようとする創造性には、ものすごいパワーが存在していると思う。それを理解し、ダンスや音楽で真実を伝えるというのは、すごく重要なコミュニケーション方法だと思います。

タイトル・トラックである“ホープレスネス”では自然と切り離されたことの悲しみが歌われていますよね。“ホープレスネス”とは非常に強い言葉ですが、これがアルバム・タイトルともなったのは、これこそがあなたの実感だということなのでしょうか?

アノーニ:日本ではどうなのかわからないけれど、アメリカやヨーロッパでは、地球の未来は明るくないと考えられているんです。世界に希望がない(ホープレスネス)というのは事実ではないけれど、私たちが持っているフィーリング。でもそのフィーリングがあるということは、その対処法を見つけなければならないということなんです。

COP21(国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)第21回締約国会議)に合わせた“4 ディグリーズ”のパフォーマンスがとても話題になりました。何かあなたにとって嬉しく思えたリアクションはありましたら、教えてください。

アノーニ:みんなが音楽の中に自分自身の精神をそれぞれに感じることができていると思えたのが嬉しかったわね。

ANOHNI - 4 DEGREES

マーガレット・サッチャーも、女性ひとりが男性のルールのなかでリーダーになっただけ。でも、政治自体が女性から指揮されるようになれば世界は変わると思います。

オノ・ヨーコさんとのコラボレーションは、このアルバムに間接的に影響を与えていますか? というのは、彼女が敢えて自分を「魔女」と呼ぶタフな態度に、あなたは共感するところがあると思ったからなんですが。

アノーニ:彼女からの影響はあると思う。彼女は勇敢だし、自分の政治活動にすごく自信を持っているから。そして、アーティストとしてそれを自分の作品に反映させている部分にも共感します。それに、私も自分を魔女と呼んでいます。それは、女性のパワー、そして女性と地球の繋がりを意味します。そして女性と地球のコネクションというのは、ほとんどの男性が恐れていることでもあります。その力の偉大さを知っているから、それが起こらないようにコントロールしたがるんです。そして、そのパワーを盗もうとさえします。男性は、もっと女性に対して謙虚さを学ぶべき。それが、いま私たちが求めているものなんです。

“アイ・ドント・ラヴ・ユー・エニィモア”から“オバマ”へと流れが続くのでドキッとするのですが、この曲順は意図的なものですか?

アノーニ:そう(笑)。アメリカではいま、オバマに対する期待は薄れています。男性に解決できることではないと、みんなが気づきはじめているんです。変化を起こしたければ、男女ともに取り組みに関わらなければいけないんです。

ということは、あなたはヒラリーを支持しているのでしょうか?

アノーニ:もうわからないんですよね。もちろんサポートするべきなんだけど、同時に信用もできない。彼女をサポートすることは必要なんだと思うけど、リーダーひとりが女性であるという事実だけではじゅうぶんではないと思う。政治の世界で、女性の割合そのものが増えなければ意味がないんです。マーガレット・サッチャーも、女性ひとりが男性のルールのなかでリーダーになっただけ。でも、政治自体が女性から指揮されるようになれば世界は変わると思います。30%を越さなければ、リーダーが女性であってもすべては男性主体のままだと思いますね。

怒りはその中に存在する一部で、とくに強くなるために、そして真実を主張するためには怒りは必要なんです。自分たちの感情は、表に出さないことが多いでしょう? とくに世界という大きい規模の物事に対しては、それを受け入れるだけで、何もしないことが多いと思う。

あなたはこのアルバムを通じて、現在の世界における「理想」を探究しているように思えます。あなたにとって、理想的な社会とはどういったものだと言えるでしょうか?

アノーニ:今回のアルバムの内容は、現在の世界の危機について。だから、あまり理想社会については触れていないんです。夢の世界にはあまりフォーカスを置いていない。私にとってのパラダイスとは自然界です。何億年もかけて作り上げられた自然が自分にとっては理想の社会ですね。彼女(自然)が私たちとわかちあっている素晴らしい世界。動物、緑、海……彼女(自然)の人生そのものがパラダイスなんですよ。私はその一部だし、その一部であることが夢のよう。同時に、それは愛の世界でもあります。

わたしはこのアルバムに限らず、あなたの表現の底には怒りと、そのことを隠さない強さがあると考えています。あなたにとって怒りや悲しみは原動力だと言えますか?

アノーニ:どうでしょうね。それはわからないけれど、すべての感情がお互いを支え合っていると思います。今回のレコードは、自分の真実、そして世界に対する私の考え方を表現した結果。怒りはその中に存在する一部で、とくに強くなるために、そして真実を主張するためには怒りは必要なんです。自分たちの感情は、表に出さないことが多いでしょう? とくに世界という大きい規模の物事に対しては、それを受け入れるだけで、何もしないことが多いと思う。コントロールの力が大きいから、自分たちが小さいと感じてしまうんですよね。でも、真実を語るというのは大切なこと。みんなの行動が未来に影響するのだから。その行動がパワフルかどうかは関係なくて、すべての行動が影響するんです。だからこそ私たちは立ち向かい、努力しなければならない。私たちを取り巻く世界は、私たちの世界なのですから。

今日はありがとうございました。

アノーニ:こちらこそ。より多くの日本の女性たちが、このインタヴューを読んでくれますように。

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