日本での扱われ方はどこまでいっても「高級泡沫候補」風味のドナルド・トランプが、気がつけばキューバ系の候補やその他いろいろなものを蹴散らしながら爆進している様子はそれでも日本に伝わっていて、まあそれはアメリカのことなので自分はキューバの事を考えてみよう、私が知っているキューバの何かと言えば映画『ゾンビ革命』と、『The Last Match』というゲイ映画くらいなもんでキューバ音楽はなあ、と焦ってああそうだロベルト・フォンセカがいた、彼のことを知ったのは2013年にアルバム『Yo』が出た辺りで、何故だかスノッブなLGBT情報サイトから流れてきた半裸のジャケットに引っかかったわけですが、「……ピアノ弾くのにそんなに筋肉が要るか?」と思いつつ過去の作品を漁ってみたところこれが存外に良くて、「キューバ音楽」と言えばこの人しかいない(浅すぎますね)。
この人の出す音が「ジャズ」と大雑把に括られるなかでも何か、異様にはみ出している感じを憶えたのはヴォーカルの扱い方で、例えば2009年のアルバム『Akokan』に収められた“Siete Potencias (Bu Kantu)”での、ただひたすら歌声とユニゾンすることしか考えていないようなピアノを聴くにつけ、この人は気を抜くと溢れ出してしまいそうになる「自分の歌」を(鍵盤楽器という、どこまでもロジカルな楽器を武器にすることにより)辛うじて堰き止めているのかも知れない、と思うようになった。以来、彼の音楽はほぼ肉声と同じものとして自分に届いている。
昨年、不意打ちのようにドロップされたアルバム『AT HOME』はマリの(生まれはコートジボワール)の歌手ファトゥマタ・ディアワラとのライブ音源だった。彼女がヴォーカルで参加した『Yo 』に収録のキラー・チューン、“Bibisa”を演っていないのはちょっと残念な気がするのだけれど、どっちがどっちの持ち歌だか判らなくなるくらい渾然となった音に付いて行くだけでこの50分は過ぎていく。なかでもフォンセカのピアノ伴奏のみで演奏されるふたりの共作曲 ”Real Family” は長い、ひと続きの溜息のように美しい。そしてラストの “Neboufo” では演奏者と会場が共にふつふつと沸き立ってくるかのような、静かな昂揚感が伝わってくる。
もし「移民の脅威」発言ばかりがクローズアップされるトランプが大統領になってしまったら、対キューバ政策はどうなるんだろ(どうもならないような気もしますが)というのを日本人がいくら考えても仕様のないことなので、つい先日(日本はスルーして)香港で公演をしたらしいこの2人がこの先どんな音を創るのか、ということと、ロベルト・フォンセカの公式ページでさり気なくアナウンスされていた「2016年後半に新しいアルバムを予定」という情報に、自分は一縷の希望を託している。



デトロイトやシカゴ周辺のビートダウンを彷彿とさせるラストホームを、マイロの別名義であるDJネイチャーがリミックス。マイロというとマッシブアタックの前身ワイルドバンチのメンバーとして語られることが多いが、約20年ぶりに再始動したDJネイチャーの原体験になっているのは、1989年にニューヨークへ引っ越したときに味わった黎明期のハウスミュージックだ。タイプサンはブリストルの主要ハウスパーティーであるフォーリング・アップのメンバー。
同じくフォーリング・アップのメンバーであるジェイ・L のデビュー作。自身のDJセットで多用するガラージ、そして、普段から聞き親しんでいるソウルやファンクの要素をミックスしたUK産ディープハウスの傑作ルッキング・アップ・パート1を収録。〈brstl〉は、ブリストルのレコード店アイドルハンズのクリス・ファレルとシャンティ・セレステ、そして、〈イマース・レコーズ〉のキッドカットがブリストル産ハウスを紹介するために始動したレーベルだ(現在はファレルとセレステのふたりで運営されている)。
再びタイプサン。数年前にロンドンからブリストルに拠点を移したセムテックが手掛けるレーベル〈ドント・ビー・アフレイド〉の2016年第一弾リリースでは、バンドマンでもあるタイプサンらしいセッション感溢れるアレンジが映える。別作品だが、彼がドラムを担当した珠玉のナンバー、ザ・ピーエルも必聴。
シンプルなビートに自身の歌声を乗せた陶酔感と浮遊感が漂うトラック。ミックスしやすいように考慮されたスネアの挿入タイミングや展開には、DJとしてパーティをこよなく愛する彼女らしさが表れている。レコード店でもある〈アイドルハンズ〉はこうしたハウスだけでなく、ひとつのスタイルに限定しないディープで面白い音楽を提案し続けている。
ブリストルでもっともDIYなレーベル〈ホットライン〉は決してハウスレーベルではないが、オクトーバーとのコラボレーションで知られるボライのこのトラックにはジャッキンなシカゴ・ハウスに通ずる音楽観があり、フィルインとして挿入されるブレイクビーツはかつてのフリー・レイヴを彷彿とさせる。


