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ロブスター

ロブスター

The Lobster

監督:ヨルゴス・ランティモス
出演: コリン・ファレル、レイチェル・ワイズ、ジョン・C・ライリー、ベン・ウィショ
製作年:2015年
製作国:ギリシャ、 アイルランド、フランス他。
配給:ファインフィルムズ FINE FILMS,INC.
2016年3月5日(土)新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷他にて全国順次公開.
公式HP:http://www.finefilms.co.jp/lobster/

©2015 Element Pictures, Scarlet Films, Faliro House Productions SA, Hautet Court, Lemming Film,
The British Film Institute, Channel Four Television Corporation.

文:水越真紀   Mar 03,2016 UP
E王

 独身生活が45日以上続くと(自分がなりたい)動物に変えられる世界。妻に捨てられた主人公デヴィッドは、以前彼の兄だった犬とともにパートナー探しをするために滞在するホテルに連行される。ここで45日間以内に相手を見つけなければならないのだ。

 この簡素なホテルで行われる奇妙な(おそらく行政上の)手続きは、『未来世紀ブラジル』にあったような威圧感も、あるいは『マッド・マックス』ワールドを支配していたハードな暴力性もない。新入社員研修のような単調な日程に則って進められる“独身者動物化計画”は官僚的というよりも、柔らかく礼儀正しくホスピタリティを備えたコンサルティング・ビジネスのようだ。手取り足取り、さまざまな方法で「パートナーのいる生活の楽しさ」をアピールする。説得する。パートナーがいればこんなに楽しく、いなければ死刑、と連日吹き込まれ続けても人間、その気にならないものはならない。ありがちな失敗や要領の悪さ、突飛だけれど一応実用的で、だけどその場しのぎな生活上、あるいはコミュニケーション上の工夫などが、そことこことがとても近い場所であることを感じさせる。
 そういえば、ランティモス監督の前作『籠の中の乙女』は、両親が子どもたちのために作り出す揺りかご世界がまさに柔らかく温かいディストピアだった。そこの価値観に従ってさえいれば、残酷なルールの存在を意識することもない。でもそこにとどまるにしても出て行くにしても希望が見えない絶望的な世界だ。ランティモス監督が作るこの世界はファンタジーだけれど、おもいのほか馴染み深い空気が流れているのは、前作にしても今作にしても、大きなシステムではなく身近な人との関係性がその世界の構造の肝になっているからだ。現実と地続きのそこで起きる奇妙な出来事だからこそ、現実離れした会話や行動にも思わず笑ってしまったりもするのだろう。しかも、より抽象的な現実社会の出来事や遠いどこかの町にも重ねられるような普遍性と、たくさんのイメージや言葉を刺激する。
 たとえばこのきわめて寓話的な作品のモチーフのひとつである先進福祉国家の人口問題というものは、全地球的にはたいした問題ではなかったりする。地球の人口「問題」は「爆発」こそが問題なのだから。先進国で現実に誕生している子どもたちが生き延びる手だてを整える方が、人類としてはずっと効率がいいし、人道的でもある。『ロブスター』の独身者問題は、人口「問題」のほかに社会的適応「問題」が「問題」なのだろう。というか、日本社会をはじめとする人口「問題」を抱える先進国社会でも、このふたつは意識的にか無意識にか、混同されて来ている。

 このような世界の見(え)方というものは人口問題に限らず、21世紀の常道になっている。グローバリズム経済が国内の格差を広げる、雇用を減らすと「問題」視されるとき、グローバリズム経済は違う場所の雇用を増やし、ふたつの場所の貧困層同士の格差を「解消」するのだ(上位1パーセント層でも同じ、中間層でもだいたい同じ)。目の前の解雇や減給が、地球の反対側の雇用と昇給につながっているのだという、(グローバル経済の利点を訴えるひとつ覚えの)理屈に、善良で穏やかなリベラル~左派は言葉を失う。今の世界はそんな感じ。つまるところ、そんな世界では、20世紀的なヒューマニズムが救える心がとても少なくなっている。このところ、ランティモス作品だけでなく、ラース・フォン・トリアーやミヒャエル・ハネケのように観る者に刺を残す、まるでアンチ・ヒューマニズムみたいな作品を見かける機会が増えているような気がしている。

 20世紀に、人間中心主義としてのヒューマニズムと人道主義、いわゆる世俗的ヒューマニズムが大きく重なって受け止められていたのは、先進国の無神論+リベラル(+左派)な「良き市民」的な価値観ゆえだった。ハリウッド映画はそのエンターテイメント版である「ユーモアとペーソス溢れるハートウォーミング」な表現を洗練させて来た。
 もちろん、それに対抗する表現も作品もずっと世界各地で作られ続けて来たわけだが、敢えて挑戦的に、(大ざっぱな括りでの)ヒューマニズムに刺を刺し、観る者を感動でなく、動揺させる作品が存在感を増しているように感じているのだ。
 「アンチ・ヒューマニズム」のようなそれは、アンチそのものかもしれないし、陳腐になった表現を更新するものかもしれない。ただ、インターネットも含めたグローバリズム経済世界が必要とするであろうヒューマニズムの表現が試みられているんじゃないかとも思える。見える範囲が変われば、その定義も変わるかもしれない。例えば去年見た中でもっとも面白かった映画のひとつ『コングレス未来学会議』なんかは、人間を取り巻く状況は変化しても人間自体はあまり変わらないという話だった。だからこそ、登場人物の心の動きに共感したり泣けてしまうのだ。一方、この『ロブスター』は奇想天外な設定ながらも、より変化して見えるのは状況よりも人間の捉え方で、そういうところがアンチ・(20世紀的)ヒューマニズムみたいに思えたのだった。

 いや、まずは解釈なしにこの奇妙な世界にただ身を置いてみるだけでこの映画は楽しめるだろう。不可解な謎が、後からゆっくりと形や言葉を連れてくるような作品だ。


文:水越真紀