Home > Reviews > Album Reviews > Masaki Toda- 室内SOUND
本作は、1980年生まれの画家、戸田真樹によるアンビエント・ミュージックである。戸田は降神や志人などのアートワークを手がけた人物としても知られているが、音楽家としての才能も素晴らしいものだ。
彼は、自分の部屋で流す理想のアンビエント・ループを求め、調整に調整を重ねて、本作の楽曲を作り上げた(だからこそ『室内アンビエント』なのだろう)。完成当初は、ごく一部に配布されたのみであったが、一度、その楽曲に触れたものは、その正式なリリースを望んだという。それほどに素晴らしい音楽であったのだ。その意味で、このCD化は、まさに僥倖といえよう。彼の絵画作品を収録した小さなブックレットも、紙質・印刷ともに素晴らしいものだ。
私は、このCDを入手してから気がつけばえんえんと流している。そう、誇張抜きで「ずっと聴けてしまう」作品なのだ。なぜだろうか。そのループのテンポ、レイヤー、音色が人本来のリズム感覚と絶妙にシンクロしているからだろうか。どのような状況でも、ごく自然に、体に入ってくるのだ。まるで絵画の色彩のような音。私は本作を聴きながら、戸田の絵画作品のように空間に溶け込んでいく色彩感覚を感じたものだ。
もちろん、本作は単純なループものではない。水の音、淡いピアノ、透明なギター、声、微かなノイズなど、さまざまな音が繰り返され、重ねられていく。その音の連鎖は心を鎮静化する。暮らしの中の空気を変える。しかし大袈裟に主張するわけでもなく、時間の中に溶け込んでいくのだ。
アルバムは傷だらけの、しかし親しみ深い古いレコードを再現するかのような淡いピアノの音色を反復する“始まり”から幕を開ける。つづく2曲め“なだらかな丘”では、ぐっと音像が広がり、厳しさと心地よさを兼ね備えた水の音にピアノの音色が折り重なり、桃源郷のようなアンビエンスが展開されていく。3曲め“ライト”では木琴のようなカラカラと乾いた音に、ときに深い響きを与えて反復させていく。
そして4曲め“理想夢”。この曲こそ、アルバムを象徴するトラックに思えた。微かな声、水の音、アコースティック・ギターの旋律の差異と反復。まさに白昼夢的な音響空間が耳と身体と空間に浸透していく。以降、“スペース”“前世1 Part2”と、深い音の領域へと潜るように音楽が紡がれ、最後の曲“ミッド・ピアノ”では、再び夢の中で聴いたようなピアノが鳴りはじめるだろう。そこに不意に介入するような声と電子音が、現実と夢の関係を反転する……。
こうして全曲を通して聴いてみると、音色やループの絶妙さもさることながら、アルバムとしての構成が非常に練られていることがわかってくる。1曲めからラストまで、ひとつの(複数の)時の流れが見事に織り上げられているからだ。それは「物語性」というよりは、記憶の表層をやさしく刺激し、より深い意識の領域の光を当てる……そんな「時間」の生成だ。
断言しよう。このアルバムはアンビエント・ミュージックの傑作である。だが急いで付け加えておくと、このアルバムに傑作という大袈裟な言葉は似つかわしくない。慎ましく、繊細で、しかし、大胆な試みが、そしらぬ顔で遂行されているアルバムなのだ。そう、永遠に聴けるアンビエントを目指すこと/実現すること。
私はここに10年代初頭からひさしく失われていた「ひとりのための音楽」という大切なアティチュードを感じた。ひとりからひとりへ届く音。ある部屋から生まれたアンビエントが、また誰かの部屋のアンビエンスを満たすこと。永遠に聴ける孤高のアンビエント。そんな「ひとりのための音楽」を求める音楽(アンビエント)愛好者にぜひとも届いてほしい。そう心から願うアルバムである。
デンシノオト