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Yamaan

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野田 努   Jan 25,2011 UP
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 家のベランダにある飼育ケースには、昨年の秋に子供が多摩川で採ってきた虫がまだいる。年末31日まで最後の一匹となったコオロギはか細い声だったがかろうじて鳴き、ツチイナゴは生きていた。元旦に帰省して、1週間経って戻ってきたら、まだ二匹とも生きていた。その後、厳しい寒波に見舞われて......というか寿命の問題だったと思うが、コオロギは死に、そしてツチイナゴはまだ生きている。ツチイナゴは越冬できる唯一のバッタなのだ。

 僕のこの3年の毎日は、子供を自転車の後ろに乗せて、幼稚園に送るところからはじまる。毎朝僕は少し遠回りして、蘆花公園のなかの木々のあいだの路を走る。お母さんたちはみんな速い。びゅんびゅん飛ばして、僕を追い抜いていく。彼女たちは遠回りなどしないから公園のなかを通らない。しかし僕は雨が激しいとき以外は、必ず公園を通る。季節を感じるためだ......などと書くと偉そうだが、積雪のある地方では冬にこんな悠長なことはできないだろうから、ある意味ちょっとした贅沢だとも言える。これを毎朝8時半のチルアウトと呼んでいる。
 僕は季節を感じることを、自分の精神の健康のバロメイターとしているフシがある。朝、蘆花公園の木々から季節を感じることができないときは、自分の精神が何かに囚われているときだ(それか寝不足か二日酔いのとき)。些細なことだけれど、僕は季節を感じることに重きを置いている。夏の終わりから秋にかけてヒグラシが鳴きはじめ、そして声が聞こえなくなる日について注意を払っている。それは自分の人生において無駄な時間を確保したいという欲求でもあり、つまりひとつの快楽でもある。それはおかしなことなのだろうか? この3年間、僕のように遠回りをするお母さんはひとりとしていなかったけれど、どこか他の場所に......少数派だろうが、いることはいると思っている。そういう人はヤマーンのデビュー・アルバムを繰り返し聴くことになるに違いない。

 ナノルナモナイ、CHIYORI、JUSWANNAなどの作品にトラックを提供してきたビートメイカー、ヤマーンの『12シーズナル・ミュージック』は美しいダウンテンポ集である。日本の12ヶ月の情景を12曲で表す......というのがコンセプトで、最初に聴いたときは、これはDJクラッシュ・ミーツ・松尾芭蕉だなと思った。「五月雨をあつめて早し最上川」――雨がたくさん降って流れが速くなる川を見ることでぐっと来るなんて、考えてみれば不思議な感覚だけれど、しかしどういうわけかわれわれはそんな季節の象徴的場面に宇宙を感じるようなのだ。
 『12シーズナル・ミュージック』は、音楽的に言えば、〈ブレインフィーダー〉と共振している。ティーブスの夢想的なフィーリングにも似ているが、こだま和文のずば抜けた哀愁の感覚とも交わっている。マウント・キンビーやローンのようなメロウな叙情派のエレクトロニック・ミュージックとも繋がっている。要するに、まったく心地よいアルバムである。その心地よさは、蘆花公園の入口あたりで向きを変え、環八をスピーディに進むお母さんたちからどんどん逸れていくときのそれとも似ている。
 ビートは、グリッチやダブステップやウォンキーを聴き慣れた耳には素直過ぎるかもしれないが、彼の気の利いたメロディとアイデアがすべてを補っている。12曲それぞれに面白味があるのだ。ダビーなベースラインが印象的な曲もあれば、ジャズ/フュージョン、あるいはアンビエント・テクノのテクスチャーを取り入れている曲もある。アコースティック・ギターの音色が素晴らしい曲もある。1曲、ナノルナモナイのラップがフィーチャーされた曲もある。派手さはないが丁寧に作り込まれているし、それぞれの楽曲に力がある。アルバムのブックレットには、曲ごとに付けられた12枚の絵画(画家、Nobnuaki Yamanakaによる)が載っている。
 この音楽をヘッドフォンを通して耳から注入すれば、なおいっそう季節を感じることができそうだが、まずは、瑞々しい才能を持ったビートメイカーが登場したことに拍手しよう。嬉しいことに、近い将来、ゴールド・パンダのリミックスが聴けるらしい。

野田 努