「Nothing」と一致するもの

Lafawndah - ele-king

 いつも少し遅い。だがそれゆえいつも質が高く、ポイントは外さない。それが〈Warp〉というレーベルの性格である。
 昨年リリースされたフューチャー・ブラウンのアルバムからも聴き取ることができたように、近年のベース・ミュージックは、従来ならワールド・ミュージックという言葉で呼称されたであろう領域から様々な要素を貪欲に摂取し、どんどんその境界線を書き換えていっている。あるいは南アフリカのシャンガーン・エレクトロやリスボンのゲットー・サウンドがそうであるように、いまやワールド・ミュージックそれ自体がベース・ミュージックという文脈の中で生き直しを図っているのかもしれない。
 ともあれ、そのようにベース・ミュージックとワールド・ミュージックとが混淆していく様を数年遅れで少しずつパッケージしてきた〈Warp〉が、ここにまたひとり新たな才能を送り出した。

 ラファウンダことヤスミン・デュボワはパリで生まれ育ち、現在はニューヨークを拠点に活動しているシンガー/プロデューサーである。かつてソルボンヌで美術史を研究していたという彼女は、ニューヨークやメキシコでギャラリーのキュレイターを務めた後、ラファウンダという名義で音楽活動を開始する。2014年には〈ナイト・スラッグス〉のボスであるエルヴィス1990やケレラと一緒にレコーディングをおこなったり、ティーンガール・ファンタジーのEPに客演したりしながら、デビューEP “Lafawndah” を発表。日本で開催された Red Bull Music Academy Tokyo 2014 にも参加している。そして2015年の秋、ケレラに続く形で〈Warp〉と契約を交わし、年明け後セカンドEPとなる本作をリリースした。
 グアドループで録音された前作ではズークが参照されつつも、ラテン・ミュージックのステレオタイプを解体していくような独自のダンス・ミュージックが展開されていたが、本作でもそのようなリズムの探求は続けられている。

 エルヴィス1990との共作である “Town Crier” は、軍隊的でもあり土着的でもあるドラムが前面に押し出されており、インダストリアルからの影響を聴き取ることができる。このトラックは、昨年大統領選への出馬が取り沙汰された法学者ローレンス・レッシグに対しラファウンダ自らがおこなった、「市民的不服従」をめぐるインタヴューとセットで公開されたもので、彼女のポリティカルな側面が打ち出されたマニフェストとして聴くことも可能だろう。

 続く “Ally” では、彼女の標榜する「儀式的クラブ・ミュージック」の側面が強調されている。アーロン・デヴィッド・ロス(ゲイトキーパー)とニック・ワイス(ティーンガール・ファンタジー)との共作であるこのトラックでは、軽やかに転がるパーカッションの上を狂ったようなパンパイプが吹き荒れ、どことなく M.I.A. を思わせるラファウンダのヴォーカルが、それらに追い立てられるように疾走していく。

 そして白眉は何と言ってもタイトル・トラックの “Tan” だろう。
 タイトルの "tan" という語は、デューク・エリントンのミュージカル『ジャンプ・フォー・ジョイ』でアフリカン・アメリカンを指すために用いられた "suntanned" (「日焼けした」)という語から採られている。ニーナ・シモンから影響を受けたというラファウンダだが、このタイトルが仄めかしているのは、エジプト人とイラン人との間に生まれた彼女が、西欧社会で暮らしながらブラック・ミュージックを受容することによって獲得した、独特のゆがみやねじれだろう。まさにそのゆがみやねじれこそがこのトラックの低音を作り上げている。
 変則的なドラムがヴォーカル・サンプルにまとわりつかれながらトラック全体の時間を支配し、狂騒の後に訪れる静寂を際立たせる。まるで単調なリズムに身を任せて享楽に耽ることに対し異議を申し立てているかのような、それでいてダンスへの意志は絶対に放棄しない、そういう稀有な作りになっている。これはいわば慣習への抵抗であり、おそらくは彼女の「市民的不服従」の思想とも照応しているのだろう。

 ところで、この特異な音楽にはまだ名前がない。ベース・ミュージックにしろワールド・ミュージックにしろ、それらはあくまで抽象的な総称である。現在ラファウンダはアルバムを制作中とのことだが、彼女が今後も本作のような刺戟的なリズムの探求を継続し、両者の境界を攪乱し尽くした後になってから、ようやく新しい言葉が生み出されるのだろう。
 いつも少し遅い。〈Warp〉がではない。言葉がだ。

珍盤亭娯楽師匠 - ele-king

カンフー映画・サントラ7inch record

DJ SHIBATA (探心音 / THE OATH) - ele-king

2016.03.Chart

DYGL - ele-king

 格好いい男の子たちはいつ見てもいいもの。Ykiki Beatのメンバー3人を擁す噂のインディ・ロック・バンド、DYGL(デイグロー)のデビューEP『Don’t Know Where It Is』(6曲入り)が5月4日にリリースされる。ワイキキをガレージに変換しながらキュアーをやったような、ワイキキ同様にニューウェイヴ時代のインディ・バンドの良いところを手際よくコラージュしたような感じで、じつにお洒落で格好いい。まずはyutubeを見よ。
 

 ほら、格好いいでしょう。いまどき男子だけのバンドはアナクロだなんて言わせませんよ。だから格好いい男の子たち、英語が苦手なぼくたちのために早く日本語で歌ってくれ、声優に負けるな! 


DYGL
Don’t Know Where It Is)

2016.5.4 ON SALE
(CD、ヴァイナル、カセット)
*カセットのみ4月6日の発売
【収録曲目】
1. Let It Sway
2. Don't Know Where It Is
3. I'm Waiting For You
4. Let's Get Into Your Car
5. Slizzard
6. Thousand Miles

■オフィシャルWEB:https://dayglotheband.com/

※また、デイグローの曲は、SaToA、Cairo、Burgh、Yuksen Buyers House、Batman Winksなど、新世代のインディ・バンドを集めたコンピレーション・アルバム『Rhyming Slang Tour Van』(Pヴァイン)の1曲目にも収録されています。

こちらは3月29日に発売されています。

Re+ - ele-king

最近よく聴く曲

きのこ漫画名作選 - ele-king

この商品は3月30日刊行同名書籍の訂正版です


「すべての"きのこ中毒者"へ」

カバー前面に金箔を施した、
初版限定3000部の超豪華特殊装幀本!

白土三平、つげ義春、松本零士、白川まり奈ほか、漫画家が描く「きのこモチーフ」作品を多数収録!
きのこマニアときのこファンに捧げる、ありそうで無かった「きのこ漫画」アンソロジー! !

食材としてはもちろん、雑貨、切手、写真、文学、音楽、映画、アート、アプリなど、コレクションアイテムとしても絶大な人気を誇るきのこ。
本書は、『きのこ文学大全』や『マジカル・マッシュルーム・ツアー』など、きのこ関係の著書が多い飯沢耕太郎が、数万冊ある蔵書のなかから、きのこ漫画のみを厳選。
ありそうで無かった「きのこ漫画アンソロジー」が誕生した。

装幀は『きのこ文学名作選』、『胞子文学名作選』を手がけた吉岡秀典(セプテンバーカウボーイ)。
植物ではなく動物でもない、滋養を持ち毒を持つきのこの、謎、毒、神秘性をブックデザインで体現する。
きのこを愛するすべての人たち必携の一冊! !

■収録作品(収録順)
つげ義春「初茸がり」(『ねじ式 異色傑作選1』)
長崎訓子「夢野久作 きのこ会議」(『Ebony and Irony 短編漫画集』)
青井秋「爪先に光路図 前篇」(『爪先に光路図』)
秋山亜由子「山の幸」(『虫けら様』)
坂田靖子「キノコのベターライフ」(『ピーターとピスターチ』)
松本零士「妄想の夜行列車」(『男おいどん 第1集』)
新國みなみ「オニフスベ」(『きのこくーちか1』)
友沢ミミヨ「きのこ旅行」(『きのこ旅行』)
林田球「キノコの山は食べ盛り」(『ドロヘドロ』3巻)
吾妻ひでお「きのこの部屋」(『吾妻ひでお作品集成 夜の帳の中で』)
花輪和一「茸の精」(『朱雀門』)
みを・まこと「キノコ?キノコ」(『キノコ?キノコ』)
萩尾望都「ぼくの地下室へおいで」(『ブラッドベリSF傑作選 ウは宇宙船のウ』)
大庭賢哉「6:45」(『郵便配達と夜の国」)
村山慶「きのこ人間の結婚♯1」(『きのこ人間の結婚』)
白土三平「第二話 冬虫夏草の巻」(『??????』)
白川まり奈「侵略円盤キノコンガ」(『侵略円盤キノコンガ』)
ますむらひろし「冬虫夏草」(『オーロラ放送局(下)』)

■編者プロフィール
飯沢耕太郎(いいざわ・こうたろう)
1954年、宮城県生まれ。写真評論家。きのこ文学研究家。1977年、日本大学芸術学部写真学科卒業。1984年、筑波大学大学院芸術学研究科博士課程修了。主な著書に『写真美術館へようこそ』(講談社現代新/1996)、『デジグラフィ』(中央公論新社/2004)、『きのこ文学大全』(平凡社新書/2008)、『写真的思考』(河出ブックス/2009)、『マジカル・マッシュルーム・ツアー』(東京キララ社/2009)『深読み! 日本写真の超名作100』(パイインターナショナル/2012)、『きのこ文学ワンダーランド』(DU BOOKS/2013)、主な共著に『きのこの国のアリス』(ステュディオ・パラボリカ/2015)などがある。

デイヴィッド・シルヴィアン - ele-king

ジャパン解散後、なかば人目を避けるように暮らしながら、純粋なまでに自らの芸術活動を貫く──
デヴィッド・シルヴィアンの評伝の大作、いよいよ翻訳刊行!

いまだに根強いファンを持つデヴィッド・シルヴィアン。
探求心と美学を失うことなく、いまだにコンスタントな活動を続けているこの芸術家は、いったい何を考えなが ら、どこで、どんな風に作品を作ってきたのか?
膨大な資料、発言、証言をもとに、彼のソロ活動を音楽の観点から、そして歌詞の観点から詳細に綴る、デヴィッド・シルヴィアンの評伝がいよいよ刊行される。

「デヴィッド・シルヴィアンはなんだか謎そのものに思える。
ジャパン後の人生で最高の音楽を作っていながら、彼はほとんど隠遁者のようになってしまった」
「私としては、シルヴィアンが歌を書いたときどこに暮らしていたか、結婚していたかどうか、どのレコード会社に所属していたか、
どんな精神的・哲学的思想が彼の作品にみなぎっていたか……といったことが違いを生むと考えている」
「音楽が作られた状況を表わすのだ。作品を聞けば自ずとわかるはずだと言う人もいるかもしれないし、実際そうなのではあるが、
新しい次元を開いてくれるささやかな状況説明は、まったくの別物なのだ」
(本書、序文より)


目次

PART 1:ふさわしい語彙を求めて
今やひとりぼっちの僕/より良い世界が目の前に/広がる可能性/過ぎ去りし日々/ふたたび戦いに敗れ

PART 2:救済への道
波に足を取られて/愛の家へと/歓喜に倒れ込んで/恩寵は僕の知人/弾丸は放たれた

PART 3:灰色の空
真実の始まり/ネクタイを直せ/世界がすべて/仕返ししてやったんだ/時代の終わりの歌/影たちは息を潜め/さすらいに飽きて/あたりに家はない

 バンクシーの作品を見ていると、グラフィティ・アートというのは、何を書くか、ではなく、どこに書くか、がアイディアの9割なんだなとよくよくわかる。ロンドンのテイトやNYのメトロポリタンなどの美術館、ディズニーランドや動物園、パレスチナの分離壁から観光名所まで。アイロニックで、しばしば反芸術的なほど思い切った叙情的、感傷的でわかりやすい物語を臆面もなく盛り込むバンクシーの作品は、それが描かれ、置かれる場所によって即座に無敵の攻撃力を備えてしまう。

 2013年10月に選ばれた「場所」はニューヨーク・シティ。毎日、市内のどこかに作品を展示するという告知に、ファンやマスコミは大騒ぎ──この映画の主役はこの展示そのものだ。文化的なアートの街は、再開発で金持ちしか暮らせなくなっている。猥雑と多様性と変化と寛容の空間だった「都市」は、広告が貼りめぐらされ監視カメラに見守られる、清潔で安全で流動性のない不寛容な空間に成り果てている(これは世界中ほとんど同じことだ)。

 そもそもグラフィティ・アートは存在を許されていないものだった。生まれた瞬間から消される運命にあって、多くの敵に囲まれている。その運命に逆らって束の間の表現として現れては消える花火みたいなもので、いいとか悪いというものではなく、都市とはそういうものだった。ところがバンクシーのグラフィティ「作品」は行政の特別扱いで保存され観光名所になったり、あるいは壁ごと売買されたりする。他のグラフィティ同様いつ消されるかわからない非合法な存在ながら、オークションで高値をつけて流通もするという矛盾がまた別の敵視を呼んだりもする。「都市や屋外や公共の場所こそ、アートが存在するべき場所なんだ。アートは市民とともにあるべきだ」と言うバンクシーがこの作品で描いたのは、1970年代くらいまで「都市」と呼ばれていたあの空間そのものだ。いや、違う。資本主義の商品でしかなくなり、消滅しかかっている都市の(懐かしい)空気をも相対化して、21世紀の新たな都市空間を作り出している。“展示”をお祭りのように楽しもうとする市民やファン、どこかに金儲けのチャンスがないかとうかがう画商や“庶民”たち、“落書き”を一刻も早く消そうとする者や保存しようとする者も、アンチ・バンクシーの手で重ね書きされた作品の“修復”をする者もいる。汚れていく壁、正体不明、群がる群衆──それぞれがそれぞれのやり方でこの予測できない事件を体験し、楽しもうとする。狂奔するメディア、さらに思いがけない裏をかくバンクシー。
 “展示”によって現れるすべての現象が、いまではすっかり鳴りを潜めている「都市的なもの」を活性化する。この映画もまたそのひとつだ。2013年10月にニューヨークで起きたことを追いかけるこの映画は、バンクシーの展示へのリアクションへのリアクションでもある。

 すべては、追いきれないほどのスピードで疾走する。案の定であり予想外であり、既知であり未知であるそれらエピソードのひとつひとつが追いきれないほどの意味と無意味のシャワーになって頭の中を揺さぶる。どんなメディアも、どんな野次馬も、どんな反骨のグラフィティ作家も、あるいはどんな資本主義的野心すら、バンクシー独特の手法と行動力が凌駕する。再開発ラッシュで更地だらけになってきた東京の、オリンピック後の生き方にまで想像が伸びてゆくだろう、きっと。

Leftfield Groove 2 - ele-king

 ダンス・ミュージックで使われるレフトフィールドという言葉はとてもざっくりとしている。ハウス、テクノ、ヒップホップ、ドラム&ベース、ダブステップなど、何か特定のジャンルを指しているわけではないけれど、そのいずれにもレフトフィールドと呼べる領域は存在していて、レコード店でのポップなどにこの言葉が添えられる作品には、おしなべて共通した雰囲気が漂っている。
それを「自由で実験的」と言ってしまえばそれまでだが、最も重要なのは作品のどこかにダンスフロアとの接点が必ず残されている点だ。なぜなら「レフト」が存在するためには「センター」という前提が必要で、ダンス・ミュージックの「センター」に位置するダンスフロアという起点があるからこそ、レフトフィールドとしての意義が明確になるからだ。
 起点から遠く離れるほど異質になっていくが、それでもやはりフロアで機能し得るこの手のトラックはDJにとって非常にプレイのしがいがあるもので、上手くセットに組み込めば驚くほど新鮮で不思議な体験をもたらしてくれる。踊る側にとってもドラミングにおけるシンコペーションのように、そこにはズレによる心地よさがある。今回ここに選んだのは、前回とは違うかたちで素敵なレフトフィールドぶりを響かせている5作品だ。


Dynamo Dreesen, SVN & A Made Up Sound - Untitled - SUED

 ダブステップ・シーンから火が点いた2562ことア・メイド・アップ・サウンドは近年、そのイメージから離れていくように、尖った実験性を持ってダンスフロアに面白い提案を投げかけている。レフトフィールド・サウンド筆頭レーベル〈スード〉から発表したこのコラボレーションもそのひとつ。

Don't DJ - Gammellan - Berceuse Heroique

 ドント・ディージェイという名前からもレフトフィールドぶりが伝わって来る彼は、デビューから一貫してポリリズムによるミニマルな陶酔性を探求している。中でも特にこの”ガムラン”は出色の仕上がり。

PST & SVN - Recordings 1 - 4 - Recording

 何度も制作を共にしているポーン・ソード・タバコ(PST)とSVNのふたり。簡素な4つ打ちリズムの中に潜むロウなテクスチャーとじんわりと滲み出てくるトロピカルなムードによる反復の快楽がたまらない。

Frank Wiedemann - Moorthon EP - Innervisions

 00年代を代表するアンセム“レイ”を生んだアムの一員、フランク・ヴィーデマンの初ソロ作品に収録されているトラック。電子音による特異なセッション空間とグルーヴを実現している。

The Durian Brothers / Harmonious Thelonious / Don't DJ - Diskanted - Emotional Response

 ドント・ディージェイ、そして彼が参加するプロジェクトであるザ・ドリアン・ブラザーズ、ひび割れたトロピカルサウンドが特徴的なハーモニウス・セロニウスの楽曲をコンパイル。その共通項にあるのはやはりポリリズム。

Babyfather - ele-king

 ヒップホップの歴史を紐解けば、ハイプ・ウィリアムスという名前に出会う。ハイプは、ミュージック・ヴィデオにおいてラッパーをローアングルで撮った映像作家で、つまり、ラッパーを必要以上にでっかく見せた作家だ。USヒップホップ史には「ハイプ以前/ハイプ以降」という言葉さえある。UKのディーン・ブラントと名乗る男性とインガ・コープランドと名乗る女性が自分たちのプロジェクト名になぜ彼の名前を選んだのかは、いまところ秘密のままである。名前を盗用するにしても、なぜそれが「ハイプ・ウィリアムス」だったのか……、真っ当に想像していけば、ヒップホップ的映像の型=クリシェを作ったことへのおちょくり、パロディ、たんなるジョーク、シニカルなユーモアだったとなる。クリシェを弄ぶこと、おちょくることは、ディーンとインガのハイプ・ウィリアムスの作品に共通した態度だった。だが、そこにはリスペクトもあるように感じさせてしまうところが、彼らのややこしさでもある。
 それはドープでサグなイメージをバラ撒きながら、じつは頭で聴く音楽ということだ。他界した天才フットボーラー/戦術家のヨハン・クライフは、サッカーを足ではなく頭でやった人だった。ハイプ・ウィリアムスにとっての音楽も頭で作るものだった。彼らの音楽は基本インストだが言葉は欠かせないし、言葉は両義的に思えた。そもそも彼らは自身の名前からバイオからすべてをでっち上げて登場したのだから。

 ハイプ・ウィリアムス解散(?)後、しばらくディーン・ブラントなる名義で活動を続けていた彼だが、昨年からベイビーファーザー名義を使いはじめている。ほかにも@jesuschrist3000ADHD名義とか……ややこしい。覚えられたくない、というわけではない、覚えられたいけれど通常の覚え方では覚えられたくないということなのだろう。
 で、baby fatherとは未婚の父を意味する言葉で、スコットランドのヤング・ファーザーズを意識してなのか、あるいは本当に彼が未婚の父なのかはわからない。とにかく彼は2015年にディーン・ブラント名義で『Babyfather』なるアルバムを〈ハイパーダブ〉から配信のみでリリースすると、配信のみでベイビーファーザー名義の『UK2UK』、2016年の1月にはARCAが参加した曲「Meditation」を〈ハイパーダブ〉からフィジカル・リリース、さらに『Platinum Tears』を無料DLでリリースしている。そしてここに〈ハイパーダブ〉からフィジカル・リリースのアルバムのお出ましである。

 「これが私に英国人であることの誇りを与えます(this makes me proud to be British)」という言葉からはじまり、言葉はアルバムのなかで何回も繰り返される。移民の子として生まれ、クラブで働き、苦労しながら俳優になったイドリス・エルバの言葉で、彼にとって(そしてディーン・ブラントにとっても)〝英国人としての誇り〟〝英国人としてのアイデンティティ〟を覚えるのはクラブ・カルチャーであり、音楽というわけだ。ディーン・ブラントにしては、まっすぐなメッセージである。

 実際、新作の『BBF』は途中なんどか引き裂かれながらもUKブラック・ダンス・ミュージックのタフさにおいて楽観的な結末へと展開する。ディーン・ブラント名義の、2012年の〈ヒップス・イン・タンクス〉からの作品2014年の〈ラフ・トレード〉からの作品では、バラードを歌ったり、フォークをやったり、ゲンズブールをへろへろにしたような歌を歌ったりと、わけのわからない方向に走った彼だが、『BBF』の特徴は、彼が明らかにクラブ・カルチャーに寄っていることだ。
 ヒップホップ・ビート、レゲエのダンスホール、ブレイクビート、グライム、ゲットー・ミュージック……いかにもUKらしい、初期マッシヴ・アタックのような、UKの雑食的クラブ・カルチャーから聴こえる多彩なビートの数々、そしてベースとメランコリーがある。Micachuが歌う曲は、マッシヴ・アタックにトレーシー・ソーンが参加した“プロテクション”を彷彿させなくもない。ARCAが参加した“Meditation”もリズムはダブ/レゲエだ。ジャマイカ色はところどころに出ていて、アルバムで躍動するリズムからは、移民が作ったUKのストリート・ミュージックへのシンパシーを感じる。アートワークで描かれている、再開発されたロンドンの嫌みったらしいほど高級で美しい光景に消されているロンドンを描いているのだろう。

 日本でOPNがこれだけ評価されて、(まあ、OPNにクラブというコンセプトはないので比べるのも間違っているのだけれど、同じ時期に注目されたエレクトロニック・ミュージックとして、しかも欧米ではOPNと同じように高評価だというのに)なぜ日本ではハイプ・ウィリアムスが……ディーン・ブラントが……という思いがぼくにはずっとある。あまりにもUK的な捻くれ方が日本では受けない原因なのだろうか。ライヴにおけるストロボもボディーソニックな音響も、頭を使わせる仕掛けも、ぼくに言わせればハイプ・ウィリアムスのほうが上だった
 まあ、取材を受けるわけではないし、過去の数少ない取材でも嘘ばかりだったし、ディーン・ブラントはわかりづらいアーティストのひとりではあるが、この新作は思いのほかダイレクトに響く。何かの間違いで怪しげなラジオ局の電波をキャッチしてしまった、しかもそのラジオ番組では現代の、最高にハイブリッドなUKダンス・ミュージックがかかっていたと、そんな感じのアルバムで、英国人でなくても楽しめる。ひとりでも多くの人に聴いて欲しい。

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