良かった良かった。今週末、4月2日(土)、3日(日)のソナー・サウンド・トーキョー、無事開催されます。詳しい出演者はここ→https://www.sonarsound.jp/en/を見てください。フライング・ロータスやバトルズといった人気者から、ハドソン・モホークやドリアン・コンセプトといった次世代のビートメイカー、ダブステップからはコード9、あるいは砂原良徳やDJクラッシュといったベテランに池田亮司や高木正勝といったレフトフィールドなアーティストなどなど、豪華な顔ぶれが並んでいます。なお、土曜日はオールナイト、日曜日は昼過ぎからのスタートなので、間違えないように。また、関西方面の方は、4月1日のZETTAI-MUがありますからね。
来日DJやバンドのキャンセルが相次ぐなか、こうして音楽フェスティヴァルが開催されることが嬉しいです!
「K Á R Y Y Nã€ã¨ä¸€è‡´ã™ã‚‹ã‚‚ã®
A面はレーベルの首領でありエレクトロからトランスまで実験精神に溢れたトラックを頻発するPeter Van Hoesenと前回のレヴューでも紹介したモダン・アシッド、ミニマル・トランスを次々と生み出すイタリアのDonato Dozzyによる最新狂作。昨年〈CURLE〉からふたりの作でリリースされたダブステップのグルーヴに一歩も引けを取らない、幼女の柔肌のように繊細かつ柔軟なテック・ハウス"Tails"から一転、今回の"Elektra"ではレーベルのカラーに合わせ、モノトーンで金属的な質感のミニマル・テクノを基調としている。トリッピーな飛び音のシンセ、シャープで図太いシンセのリフも良い。ヴァイナルで聴くとJames Ruskinのようなオールド・スクールなミニマルよりも音圧は薄く少々味気なく感じるが、隙間があって軽さを持たせたグルーヴは心地よいダンスを見事に誘発する。
B面は各国の主要レーベルと契りまくる沖縄在住の大魔神Ioriと先日まで東京で活動していた友だち思いのイギリス人、Dave Twomeyの変名であるTr_nchによる奇跡の狂作。電気の武者"Elektra"とほぼ同様のカラーで構成された深海魚"Barreleye"はシカゴ・アシッドの質感を残したスネアのプログラミングがいい意味でのテクノのエグさを引き出している!! 奥行きのある空間で、過剰に歪められ凶暴に響くベースシンセがねっとりと絡みつく。そうまさにそれは深い海の底、あるいは熟女の執念のような深い闇を見事に写し出している。スタイルの違いを考慮しても、強度や深さ、アイデアにおいて"Barreleye"の深度が劣っていることはない。そう、このトラックこそがもっとも深いテクノである。
先日リリースされた田中フミヤのシングルも〈PERLON〉の作品に劣らないクオリティだったし、あまり言われてないことだが、現在の日本のテクノは素晴らしい。Ioriはアンビエントもたくさん作り貯めしていると言っていたし、これからもっとも期待ができるアーティストだといって間違いない。
2009年に観たアクロン/ファミリーのライヴは、僕が観たなかでその年最高のものだったと断言できる。ガタイのいいヒゲ面の兄ちゃん3人が楽器をやかましく打ち鳴らし、オーディエンスをステージの上に上げて踊らせ、かと思えば分厚いコーラスを披露しうっとりさせた。東京ではステージ上で花火が舞ったと言うし、僕が観た大阪のライヴはドラムのダナが誕生日ということもあって終始ハッピーなヴァイブに満ち満ちていた。
それは一言で言えば祭だった。身体を踊らせる打楽器を鳴らしまくり、心を躍らせるために美しいコーラスをオーディエンスと一緒に奏でる。たった一度しかないその夜をそこに集った全員で分かち合おうという姿勢に感動したし、何よりも陽気でパワフルで爆発的なエネルギーに圧倒された。そして、前作『セッテム・ワイルド、セッテム・フリー』は、そのライヴを観ることで完成するアルバムなのだとそのときに思った。彼らの「野性的になれ、自由になれ」というメッセージはその祭を体験すれば容易に理解できるが、逆に言えばそのエネルギーが音源にまで封じ込められているかと問われれば、そこには至っていないというのが正直なところだった。
その点、アルバムとしては4作目となる『S/T?:ザ・コズミック・バース・アンド・ジャーニー・オブ・シンジュ・TNT』は、彼らのライヴの熱がかなり近いところまで感じられるパワフルな1枚だ。力強く太鼓が叩きつけられ、猛々しいエレクトリック・ギターが轟き、高揚感に満ちたコーラスが響く"シリー・ベアーズ"は完璧なオープニングで、彼らの良さが全て詰まっている。童話のような歌詞も面白い。1匹の間抜けな熊がもう1匹の熊に「そのハチミツをどこで手に入れたの? そのハチミツは甘いの?」と尋ねるところから物語ははじまる。「間抜けな熊」というのが自分たちの風貌に対する冗談なのかはわからないが、「ハチミツ」は間違いなく大いなる喜びのことだろう。「あのね、あそこで見つけたんだよ、太古の昔からある巨大な花のそばで」「どうやったらそこへ行けるの?」「谷を下り、山を越えて、深い川を渡り、また山を登って」......とにかく、熊たちはハチミツを求めてそのリズムと踊りだす。「僕と一緒に行かないか 一緒について来ておくれよ/笑って踊りながら その古い森を見つけよう/そこに笑いと踊りとハチミツさえあれば」――ここでブレイク。「I'll be there!!」――祭のはじまりだ。
陽気で賑やかなことだけがアクロン/ファミリーの魅力ではない。前作で目立っていたアフロ・ファンク、ハードコア、ノイズの要素は後退し、初期のアシッド・フォークよりもリッチなコーラス・ワークで聞かせる"アイランド"や"キャスト・ア・ネット"、"キャノピー"などスピリチュアルで美しいフォーク・ソングもこのアルバムの目玉になっている。雑多な音楽性はより整頓され、全体として緩急のつけ方も見事だ。とにかくすべての曲に言えるのは、サイケデリックで、大らかで、前向きなエネルギーに満ちているということ。「そんなものさ」というタイトルの"ソー・イット・ゴーズ"はホームレスに小銭をあげることについての歌だ。ヒッピー・カルチャーの良き部分をいまなお信じ、そのコミューナルな感覚を忘れることはない。アルバムを通して自然や光のイメージが繰り返され、ラストの"クリエイター"で「僕らは創造主の通り道をだどっている」という境地に辿り着く。60年代の無邪気な模倣というひともいるかもしれないが、それをここまで伸び伸びとできるのはそこに価値があると信じているからだろう。彼らの大らかさと前向きさは、教条めいた押しつけがましさを必要とせずに、共感でこそ緩やかな連帯感を生み出すことの現実的なやり方であるように思える。
『セッテム・ワイルド、セッテム・フリー』のアートワークは実に大雑把な、サイケデリックな星条旗を掲げたものだった。バンドは「そこに政治的な意図はない」と語っていたが、それは恐らく本当だ。その旗が象徴していたのは国家に対する批判や抵抗ではなく、彼らのその雑多な音楽性と大らかさからもわかるように、別のアメリカを提示することだったのだろう。閉塞的で排他的ではない、さまざまな文化や人種が混在しぶつかり合って、そして共存するアメリカを。そこでこそ、彼らは「太陽は輝くだろう、そして僕は隠れない」と歌っていた。
この新作は、少なからず日本にインスパイアされたものだという。北海道の雌阿寒岳の麓の山小屋で曲作りをしたというエピソードを僕はジョークとばかり思っていたが、本人たちは本当だと言い張っている。その真偽はともかく、彼らが考える日本は山と言えば富士山だし、そもそもタイトルの「シンジュ爆弾」というのもよく意味がわからないし、実に大雑把でいい加減なものだ。"フジ"と題された曲では笛がスピリチュアルなムードを醸しているが、日本にそんなものを見出す日本人がいまどれほどいるだろうか。だが、それはきっとアクロン/ファミリーの誤解も含んだ解釈による「別の日本」なのだ。ボアダムスを思わせるトライバルなドラムが炸裂する"セイ・ホワット・ユー・ウォント・トゥ"の「言え、言え、言え、言え、言いたいことを何でも!」という力強いメッセージは、無闇なパワーが不足している日本に向けられているように聞こえる。
とはいえ、いま、震災で受けた不安と悲しみに覆われた僕たちにとっては、アクロン/ファミリーの呑気さ、大らかさ、楽天性......は、とても遠くのもののように思える。それでも、連日の報道で落ち着かない気分のままでいる僕も"アナザー・スカイ"の躍動するリズムを聴けば少しばかり元気が出るし、美しい"フジ・ツー"には陶酔する。そんな音楽好きがほかにもいると思いたい。そしてアクロン/ファミリーが謳う楽天性に、日本に住む人びとが共感できる日がいつか訪れれば......と、僕はせいぜい願うことしかできない。
彼らの音楽は、何も強要しない。無理にひとつにならなくたっていいし、それぞれがそれぞれのタイミングで勝手に踊り出せばいい、というようなその寛容な態度が何だかいま、僕にはとてもありがたく思える。能天気でいることの逞しさを、このアルバムは思い出させてくれる。時間はかかるだろうけれど、アクロン/ファミリーの前向きなエネルギーが日本にも湧き上がってくることを僕は願っている。そして、あの陽気で賑やかな祭が、この日本で再び開かれることを。
今月3.26satに、communication!@青山蜂が3周年を迎えます。そのメモリアルデーの記念すべきゲストは、STEREOCiTI、DJ SHIBATA、REMI、NEEMURA、瀬尾リンタロウ。東京のディープハウスシーンを牽引する百戦錬磨の猛者が一気に揃い踏みです!!圧倒的なヴォリュームと満足感をお届けします!!!
とても悲しい出来事が起こってしまいましたが、僕らは信じて来たものを大切にし、目の前のことに全力を注ぎます。人や音楽のつながりを実感できる夜になればと思っていますので、少しでも気持ちの向く方は是非遊びに来てください。
↓↓パーティー詳細はこちらです。
https://www.clubberia.com/
その他の関連リンクはこちらをご参照ください!(Mixなどあげてます。)
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Current Favorite Chart 2011 march
1 |
Ike - Supernatural - Philpot |
|---|---|
![]() 2 |
Hardway Bros - The Flesh (Mugwump Remix) - Astro Lab Recordings |
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Rick Wade - Creeper (Sascha Dives DC Soulwax Dub) - minimood |
![]() 4 |
Mike Dehnert - Timber Framing - Deeply Rooted House |
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Fenin - None Of Theme(Robags Wruhme Remikks) - Shitkatapult |
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Shed - With Bag A Baggage - Monkeytown Record |
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Pangaea - Inna Daze - Hessle Audio |
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Wunderblock - Become Free ep - FormResonance |
![]() 9 |
Tim Xavier - Little Helper 08 - Little Helpers |
![]() 10 |
agaric - Who Made Up The Rules - Ovum Recordings |
スティーブン・ウィルキンソンによるビビオは、それまでも3枚のアルバムを発表していたが、2009年に〈ワープ〉が発見したことで、いまやエイフェックス・ツイン、そしてボーズ・オブ・カナダにつぐIDMの綺羅星の仲間入りを果たした。そのアルバム『アンヴィバレンス・アヴェニュー』を特徴づけているのは、ボーズ・オブ・カナダのファンタジーにフォークがブレンドされたいわば"フォーキー"なIDMサウンドだ。とくに人気の高かった"ハイケスク(ホエン・シー・ラフス)"と"ラヴァーズ・カーヴィングス"はその代表的な曲で、さらにもうひとつ彼の音楽を特徴づける牧歌性は"クライ!ベイビー!"に象徴される。そういう観点で言えば、ビビオはエイフェックス・ツインとアニマル・コレクティヴ(そしてまたトクマル・シューゴ)を近づける存在である。
また、ジェイディラやフライング・ロータスといったビートの実験者たちからの影響は"ファイアー・アント"に表れている。あるいは、その音声処理はポスト・ダブステップとも連動している。こうして『アンヴィバレンス・アヴェニュー』は、ボーズ・オブ・カナダからマウント・キンビーの溝を埋める作品ともなった。2010年にブレイクしたノッティンガムのローンによる『エクスタシー&フレンズ』は、明らかにビビオ(そしてもちろんボーズ・オブ・カナダ)の影響下で展開したエレクトロニック・ミュージックである。......まあ、とにかく、彼の新作『マインド・ボケー』は、要するに彼の評価が決定的なものとなってからリリースされる最初のアルバムとなる。
『マインド・ボケー』の評価は、リスナーがビビオに何を求めているのかにもよるだろう。1曲目の"プレテンティアス"は、ビビオの(おそらくはもっとも大きな)魅力であろう牧歌性とは異なる暗いシンセ・ポップをグリッチ・ホップを通してやったような曲である。そしてこの暗さは、もともと彼がクラウデッドのリリースなどで知られていたロサンジェルスの〈マッシュ〉からデビューしているというその出自を引っ張り出すと同時に、『アンヴィバレンス・アヴェニュー』に続いた編集盤『ジ・アップル・アンド・ザ・トゥース』でも見せたロックへのアプローチをも匂わせている。続く"アニシング・ニュー"も不吉なはじまりで、そのビートには彼のジェイディラやマッドリブへのシンパシーが顔をのぞかせている......が、しかし曲はIDMというよりは前作以上にポップへの情熱に導かれている。このように『マインド・ボケー』は、彼のトレードマークである"フォーキー"な牧歌性に背くようにはじまる。面白いのが、いくつかの収録曲のチルウェイヴとの近似性である。ビートを際だたせて、メロウな感覚が流れる"ライト・シープ"などはトロ・イ・モアのデビュー・アルバムを彷彿させる。だいたい、(おそらくある種のギャグとして)"アーティスツ・ヴェイリー"のようなディスコまでやっている!
こうした自分に貼られたレッテルやファンの期待への裏切りは、アンビエントを求められたエイフェックス・ツインが『アイ・ケア・ビコーズ・ユー・ドゥ』をやったように、アーティストにとっては真価を問われる挑戦となる。ビビオは、かつてのエイフェックス・ツインのような無謀な冒険を選んではいないが(まあ、当たり前か)、確実に彼の音楽を拡張している。チョップド・ビートからはじまる3曲目の"ウェイク・アップ!"では、おそらく彼の音楽を好む多くのリスナーが求めているであろうピースな感覚がメロディアスに、心地よく、やわらかく展開している。タイトル曲の"マインド・ボケー"などは椅子から滑り落ちるほどポップだ。もっともこの楽天性は、震災からわずか1週間の東京の部屋ではまだどうにもしっくり来ないが、ユーモラスなIDMポップとしては出色の出来だ。こうした彼の新しい一歩は魅力的だが......"K・イズ・フォー・ケルソン"や"モア・イクスキューズ"が流れると、ああ、やっぱこの人は素直に『アンヴィバレンス・アヴェニュー』路線でもう1枚作るべきだったのではないかと思ってしまう。
『マインド・ボケー』の最後の曲"セイント・クリストファー"ではマニュエル・ゲッチングめいた極楽のミニマリズムが展開される。この美しい曲をもっと素直に受け入れられる精神状態に早くなりたい。テレビを点けると最近はもう怒りがこみ上げてくる。日本も大変だが、ヨーロッパでは仏・米・英そのほか多国籍軍がリビアをミサイル攻撃か......。
彼女は音楽家の父と写真家の母のあいだ、南スウェーデンで生まれた。一家はモロッコに住み、ポルトガルの山頂で暮らし、そして多くの時間をインドで費やした。現在24歳のリッキ・リーは、いわばヒッピー的な環境で幼少期を送っている。「自由がありあまっていたわ」と彼女は『オブザーヴァー』の取材に答えている。「それはまったくもって有害だったわ。飽き飽きしたし、だから私には故郷という感覚がないのよ。そう、私にはルーツがないの。世話をされたという感覚がないのよ。私は人を信用しない」
「そして私は生存者なのよ」......こう続ける彼女の言葉がその記事の写真のキャプションとなった。リッキ・リーのバイオはどこかミシェル・ウエルベックの『素粒子』のようでもあるが、彼女は村上春樹を愛読しているらしい。ミケランジェロ・アントニオーニの『赤い砂漠』にも強く影響されたらしい。モニカ・ヴィッティは美しい。そして、彼女は初期のナズと2パックとビギーとMFドゥームに親しんでいる。
2008年に発表されたリッキ・リーのデビュー・アルバム『ユース・ノヴェルズ』も、僕は『ビッチフォーク』で紹介するかどうか迷った挙げ句に最終的にリストから落としてしまった1枚である。アルバムが出た当時『リミックス』のレヴューでも書いたように、彼女はいわゆる"コケティッシュ"な女だと受け止めていた。そう、じれったい態度で男をたぶらかす女だろ、あれはと。すると彼女はこの新しいアルバムでこう挑発している。「私はあなたの売春婦よ」と。「それは男が、とくにジャーナリストが女性アーティストについて書いた記事に対する私のコメントよ」と彼女は『オブザーヴァー』に話している。そうした彼女の性の文化に挑む態度はたしかにデビュー当時のマドンナのようである。そして、その他方では、彼女はBBCでこうも話している。「誤解されているけど、それは村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』にインスピアされた言葉なの。セックスについては何も言っていないわ。それなの過度に性的なこの社会ではあらゆる性的な言葉はセックスを意味してしまう」
そう、彼女は確信犯としての"コケティッシュ"だったというわけだ。
ビヨーン・イットリングがプロデュースした『ユース・ノヴェルズ』はいわゆるメランコリックなポップだった。ファッショナブルだが悲しいその調べは欧米で大きな成功を収めた。セカンド・アルバムにあたる『ワウンドディッド・ライムス(傷ついた韻)』は、同じくビヨーン・イットリンによるプロデュースだが、録音はストックホルムではなくロサンジェルス。そしてメランコリックだがロマンティックな彼女のポップは、ビヨーンのレトロ趣味(というかフィル・スペクター趣味)とともにより際だっている。大胆になっている。『ユース・ノヴェルズ』は大人しいアルバムだったが、『ワウンドディッド・ライムス』には動きがある。ダンスもある。キャッチーな"サッドネス・イズ・ア・ブレッシング(悲しみは天の恵み)"、バラードの"アイ・ノウ・プレイシズ"や切ない"アンリクワイティッド・ラヴ"、そして魅惑のメロドラマ"ラヴ・アウト・オブ・ラスト"やダンサブルな"リッチ・キッズ・ブルース"や"ユース・ノーズ・ノー・ペイン"......スタイルはすべてシックスティーズだが、「私は、愛がすべてを征服するという純粋な考えを信じているその時代が好きです」と彼女は話している。
僕は彼女がまた新しいアルバムを作ったら買うだろう。もちろん金があればだが、しかし迷わずに。
原子炉から煙など冗談じゃねー。俺たちが望むのはダンスフロアの爆発......4月1日金曜日、ZETTAI-MUが〈名村造船所跡地〉 で開かれます。しかも今年は〈ソナー・フェスティヴァル〉と手を組んでの開催です。出演者は、待望の新作の発表を控えているバトルズをはじめ、フライング・ロータス、コード9、モードセレクターといった豪華な海外勢、そして国内からは再結成されるドライ&ヘヴィーを筆頭に、toe、O.N.O 、Michita、KIHIRA NAOKI......そして主宰者であり、先日のDOMMUNEで魂のこもったプレイをみせてくれたKURANAKA 1945......などなど。
ソールドアウト必至の前売券は枚数限定、発売日や販売場所などお見逃しなく!!
ZETTAI-MU springup2011
2011.4.1
(Fri) OPEN :
20:00
TICKETS :
¥5,500(1名) ¥20,000(4名グループ券)
★先行チケット発売中!!
オフィシャルサイト
チケットぴあ(P:CODE 132 541)
ローソンチケット(L:CODE 54835)
イープラス(e+)
CCO 名村造船所跡地
(STUDIO PARTITA&BLACK CHAMBER&RED FLAME ARENA&ETC)
〒559-0011大阪市住之江区北加賀屋4-1-55
TEL 06-4702-7085
https://www.namura.cc/
https://www.zettai-mu.net/s11/access.html
★ ZETTAI-MU 2011春 "Sprinup" 特設サイト
→ https://www.zettai-mu.net/s11
★ ソナーとは? → https://www.zettai-mu.net/s11/ws.html
★ Sonar Sound Tokyo → https://www.sonarsound.jp/en/
★ Sonar 2011 → https://2011.sonar.es/en/programa.php
★「 CINRA.NET 」 - 注目ニュース 週間ニュースランキング"1位"! https://.cinra.net/
★ clubberia - https://www.clubberia.com/events/...
★ iflyer - https://iflyer.tv/namura/event/...
★ FACE BOOK - https://www.facebook.com/
★ springup2011 YOUTUBE Trailer - https://www.youtube.com/
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2011年のヨーロッパは何度目かのシカゴ・ハウス・リヴァイヴァルのようで、今年に入ってデリック・カーターは6年ぶりのミックスCD(『ファブリック56』)を発表、同時期にオリジナル・シカゴ・ハウスの拠点〈トラックス〉レーベルの音源のリエディットものの編集盤『トラックス・リ-エディティッド』もリリースされている。さらにオランダの〈ラッシュ・アワー〉からは5月には『シカゴ・ダンス・トラックス』なる編集盤のリリースも予定されているという。ここに紹介するヴァーゴ・フォーの『リシュアレクション』も〈ラッシュ・アワー〉からこの3月にリリースされたばかりだ。ちなみにポップ・フィールドにおいて、こうしたシカゴ・ハウス・リヴァイヴァルと連動したのがハーキューリーズ&ザ・ラヴ・アフェアだったようで、なるほど! これで今年の正月のデリック・メイのDJにおいてロバート・オウェンスの"ブリング・ダウン・ザ・ウォールズ"がなぜ最初のクライマックスにスピンされたのかという理由がわかった。
それでなくても、最近のアントールドやラマダンマン、ないしはアジソン・グルーヴといったポスト・ダブステップ系の連中はシカゴのアシッド・ハウスに(意識的か無意識的なのかは知らないが、とにかく......)接近しているし、もっとも憎たらしいジョイ・オービソンの音楽からロン・トレントを見出すことだって難しくはない。ジュークがどこまで絡んでいるのかまではわからないけれど、たしかにシカゴはいま来ている感じがする。
ハーキュリーズのアンディ・バトラーが言うようにシカゴ・ハウスは特殊な歴史を有している。その歴史は、貧民街のゲイ・クラブの腕利きのDJとヨーロッパのニューウェイヴに影響を受けた10代の子供たちによって作られた。ドラムセットを買う金を持たない子供たちはドラムマシンに電流を通し、ラジオからは流れない音楽をスピンするDJ連中は子供たちが作ったトラックをクラブでかけた。1980年代のなかばには、シーンからは次から次へと作品が生まれるようになった。煙草の吸い殻とリサイクルしたヴァイナルによる最悪のプレスでリリースされたそれらオリジナル・シカゴ・ハウスは、まずはイギリスで売れるようになった。が、しかし、シカゴの若いプロデューサーに金が入ることはなかった......やがて〈トラックス〉レーベルのラリー・シャーマンは、その輝かしいシカゴ・ハウスの歴史の立役者のひとりでありながら、多くの訴訟にあっている。
こうした醜悪な一面を持っているがゆえに、1990年代なかばにデリック・カーターやカジミエといった第二世代が登場するまでは、シカゴはハウスの故郷でありながら(デトロイトやニューヨークと違って)ほとんどの主要人物たちがいなくなっていた。バトラーはシカゴ・ハウスの特徴を「殺気立つモノ」と見ているが、たしかにそれはセクシャルな"ブリング・ダウン・ザ・ウォールズ"からゲットーな〈ダンス・マニア〉にいたるまでのシカゴ・ハウスに共通する感覚だ。あの抜き差しならない感覚が、シカゴ・ハウスのベースラインに表れているではないか......。ディスコからハードな感性は生まれることはなかったが、シカゴ・ハウスからはURやジェフ・ミルズが生まれ、UKの連中にいたってはシカゴ・ハウスにパンクを嗅ぎ取っている。
ヴァーゴ・フォーは、オリジナル・シカゴ・ハウスにおける伝説のプロジェクトだ。メンバーはエリック・ルイスとマーウィン・サンダーソンで、ふたりが最初にハウスを作ったのはルイスが12歳、サンダーソンが14歳のときだった。シーケンサーはなく、4トラックのレコーダーを使ってのライヴ録音だった。彼らの活動期間は1989年から1993年までの4年間で、すでに数多くのスターを輩出していたオリジナル・シカゴ・ハウスのシーンにおいては、〈トラックス〉から1枚のシングルとUKの〈ラディカル〉から1枚のアルバムを出しただけの地味な存在だった。が、その評価はこの10年でずいぶんと高まっている。〈トラックス〉から発表した「ドゥ・ユー・ノー・フー・ユー・アー?」は隠れ名盤として広く知られるようになり、昨年は〈ラッシュ・アワー〉が1989年の幻のアルバム『ヴァーゴ』を再発している。
『リシュアレクション』は彼らの未発表作品集である。繰り返すようだが、ヴァーゴ・フォーは22年目にしてようやく彼らの未発表曲を求められるようになったのだ。彼らの音楽の多くは初期カール・クレイグやデリック・メイ、もしくはロン・トレントやシェ・ダミエのようにラリー・ハードの影響を受けたセクシャルでロマンティックなディープ・ハウスである。かつて僕の友人はロン・トレンドの音楽を「非行少年を更生させるだけの美しさを持った音楽だ」と評していたが、ヴァーゴ・フォーの音楽も争いよりはセックスを強調する音楽であることは間違いない。CDには15曲が収録、12インチ・ヴァイナル5枚組のボックス・セットにはなんと30曲が収録される。コレクターにとっては迷うことのない選択肢だろうが......。いずれにして、この素晴らしい音楽は22年の歳月を要していまようやく評価されている。こんな宝石のような音楽がまだ埋もれていたのかと驚く次第である。
















