ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. フォーク・ミュージック──ボブ・ディラン、七つの歌でたどるバイオグラフィー
  2. Pulp - More | パルプ
  3. Cosey Fanni Tutti - 2t2 | コージー・ファニ・トゥッティ
  4. Derrick May ——デリック・メイが急遽来日
  5. Theo Parrish ──セオ・パリッシュ、9月に東京公演が決定
  6. サンキュー またおれでいられることに──スライ・ストーン自叙伝
  7. Adrian Sherwood ──エイドリアン・シャーウッド13年ぶりのアルバムがリリース、11月にはDUB SESSIONSの開催も決定、マッド・プロフェッサーとデニス・ボーヴェルが来日
  8. Little Simz - Lotus | リトル・シムズ
  9. MOODYMANN JAPAN TOUR 2025 ——ムーディーマン、久しぶりの来日ツアー、大阪公演はまだチケットあり
  10. 〈BEAUTIFUL MACHINE RESURGENCE 2025〉 ——ノイズとレイヴ・カルチャーとの融合、韓国からHeejin Jangも参加の注目イベント
  11. Terri Lyne Carrington And Christie Dashiell - We Insist 2025! | テリ・リン・キャリントン
  12. interview with Rafael Toral いま、美しさを取り戻すとき | ラファエル・トラル、来日直前インタヴュー
  13. Swans - Birthing | スワンズ
  14. interview with caroline いま、これほどロマンティックに聞こえる音楽はほかにない | キャロライン、インタヴュー
  15. Columns 高橋幸宏 音楽の歴史
  16. Columns 高橋康浩著『忌野清志郎さん』発刊に寄せて
  17. DREAMING IN THE NIGHTMARE 第3回 数字の世界、魔術の実践
  18. GoGo Penguin - Necessary Fictions | ゴーゴー・ペンギン
  19. 忌野清志郎さん
  20. Columns 6月のジャズ Jazz in June 2025

Home >  Reviews >  Album Reviews > Lykke Li- Wounded Rhymes

Lykke Li

Lykke Li

Wounded Rhymes

LL

Amazon iTunes

野田 努   Mar 23,2011 UP
E王

 彼女は音楽家の父と写真家の母のあいだ、南スウェーデンで生まれた。一家はモロッコに住み、ポルトガルの山頂で暮らし、そして多くの時間をインドで費やした。現在24歳のリッキ・リーは、いわばヒッピー的な環境で幼少期を送っている。「自由がありあまっていたわ」と彼女は『オブザーヴァー』の取材に答えている。「それはまったくもって有害だったわ。飽き飽きしたし、だから私には故郷という感覚がないのよ。そう、私にはルーツがないの。世話をされたという感覚がないのよ。私は人を信用しない」
 「そして私は生存者なのよ」......こう続ける彼女の言葉がその記事の写真のキャプションとなった。リッキ・リーのバイオはどこかミシェル・ウエルベックの『素粒子』のようでもあるが、彼女は村上春樹を愛読しているらしい。ミケランジェロ・アントニオーニの『赤い砂漠』にも強く影響されたらしい。モニカ・ヴィッティは美しい。そして、彼女は初期のナズと2パックとビギーとMFドゥームに親しんでいる。

 2008年に発表されたリッキ・リーのデビュー・アルバム『ユース・ノヴェルズ』も、僕は『ビッチフォーク』で紹介するかどうか迷った挙げ句に最終的にリストから落としてしまった1枚である。アルバムが出た当時『リミックス』のレヴューでも書いたように、彼女はいわゆる"コケティッシュ"な女だと受け止めていた。そう、じれったい態度で男をたぶらかす女だろ、あれはと。すると彼女はこの新しいアルバムでこう挑発している。「私はあなたの売春婦よ」と。「それは男が、とくにジャーナリストが女性アーティストについて書いた記事に対する私のコメントよ」と彼女は『オブザーヴァー』に話している。そうした彼女の性の文化に挑む態度はたしかにデビュー当時のマドンナのようである。そして、その他方では、彼女はBBCでこうも話している。「誤解されているけど、それは村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』にインスピアされた言葉なの。セックスについては何も言っていないわ。それなの過度に性的なこの社会ではあらゆる性的な言葉はセックスを意味してしまう」
 そう、彼女は確信犯としての"コケティッシュ"だったというわけだ。

 ビヨーン・イットリングがプロデュースした『ユース・ノヴェルズ』はいわゆるメランコリックなポップだった。ファッショナブルだが悲しいその調べは欧米で大きな成功を収めた。セカンド・アルバムにあたる『ワウンドディッド・ライムス(傷ついた韻)』は、同じくビヨーン・イットリンによるプロデュースだが、録音はストックホルムではなくロサンジェルス。そしてメランコリックだがロマンティックな彼女のポップは、ビヨーンのレトロ趣味(というかフィル・スペクター趣味)とともにより際だっている。大胆になっている。『ユース・ノヴェルズ』は大人しいアルバムだったが、『ワウンドディッド・ライムス』には動きがある。ダンスもある。キャッチーな"サッドネス・イズ・ア・ブレッシング(悲しみは天の恵み)"、バラードの"アイ・ノウ・プレイシズ"や切ない"アンリクワイティッド・ラヴ"、そして魅惑のメロドラマ"ラヴ・アウト・オブ・ラスト"やダンサブルな"リッチ・キッズ・ブルース"や"ユース・ノーズ・ノー・ペイン"......スタイルはすべてシックスティーズだが、「私は、愛がすべてを征服するという純粋な考えを信じているその時代が好きです」と彼女は話している。
 僕は彼女がまた新しいアルバムを作ったら買うだろう。もちろん金があればだが、しかし迷わずに。

野田 努