UKのインディ・ロック界は、すっかりハウスに染まっている。ジェイムス・ブレイクの今回のライヴの後半が、完璧にハウスだったそうで、観に行った人たちは気持ち良く踊って帰ってきたというから、僕がリキッドルームで観たときの彼らとはもう方向性が違っているのだ。エアヘッドが取材で言っていたように、彼らは本気でハウスに向かっている。ザ・XXのライヴもハウスに染まっていると聞くし、UKでバカ売れしているディスクロージャーのアルバムがハウスである。EDMと一緒にされたくないという思いからだろう、ダフト・パンクがディスコ・クラシックを再現したアルバムは日本でも売れているが、インディ・ロックのハウス現象の顕在化にも、ダンス・ミュージックってものには品性が必要なのだと言っているようだ。最近、90年代のディープ・ハウスものの再発もやたら多いし......。
ところで、ダフト・パンクにアルバムで喋らされたジョルジオ・モロダーの、メトロノーミックで、くらくらする16シーケンスが、ポストパンクに影響を与えたという話は有名だ。そして現代では、冷酷なインダストリアル・サウンドにモロダーを落とし込んでいるのがロンドンの3人組、ファクトリー・フロアというわけである。ハウスでもディスコでもない。これはディスコ・パンクである。
かねてから「こいつら格好いい」と評判だったファクトリー・フロアだが、レーベルも〈DFA〉にがっつり移籍して、満を持してのアルバムが9月11日にリリースされる。これが前評判に偽りなく、本気で格好いい。とりあえず、今年の春にリリースされた先行シングル「Fall Back」のPVをご覧あれ。アルバムの内容はまさにこんな感じ。
「Sã€ã¨ä¸€è‡´ã™ã‚‹ã‚‚ã®
Cuushe - Airy Me
Video directed by 久野遥子 この夏4年ぶりのアルバムのリリースを控えている京都出身のクーシー、ゆらめく電子音と美しい歌が織りなす最高のメランコリーを作っている、注目すべき女性アーティストだ。グルーパーとジュリアン・ホルターの溝を埋めるとでも形容したらいいのか......、昨年発表したEP『Girl you know that I am here but the dream』(ミニCD3枚組という変則リリース)ではジュリア・ホルターやティーン・デイズらがリミキサーとして参加、デムダイク・ステアのマイルスがマスタリングしているが、これも瞬く間に完売。新作は間違いなく、より幅広く聴かれるであろう。
そんな彼女が2009年のデビュー・アルバム『Red Rocket Telepathy』収録の"Airy Me"のヴィデオを発表した。映像は、久野遥子が約2年の歳月をかけて手描きで完成させたという渾身の作品で(このために3000画を描いたという)、まあ、どうぞご覧下さい。まったく素晴らしいです。
goat - NEW GAMES (live)
7月17日にアルバム『NEW GAMES』を〈UNKNOWNMIX〉から発表したばかりの、関西のバンド、ゴート。佐々木敦が「このクールに発狂するグルーヴを聴け!」と興奮しているが、たしかにおしゃっる通り、作品はとんでもなく良い。通のあいだでは東の空間現代、西のゴートと呼ばれているらしいが、これも一種のポストパンク的なるもののひとつなのだろう。
あるいは、コニー・プランクを彷彿させるかのようなアフリカへのアプローチとでも言ったらいいのか、ジャズとテクノの往復のなかで展開されるポリリズムは圧倒的で、このグルーヴはシャックルトン、もしくはマーク・エルネストゥスのジェリ・ジェリ(あるいはZ's、あるいはリップ・リグ&パニックの再評価など)にも通底している。recommend!!
Pet Shop Boys - Vocal
最後にこれは......20年前は若かった方と現在若い方へ、です。
それにしてもスミス・ウェスタンズはいつまで夢を見つづけるつもりなのだろう?
ガールズは2枚のアルバムを僕らに残して解散してしまったし、ザ・ドラムスの鳴らした夏も過ぎ去ったように見える。海辺で昔の音楽と戯れていたザ・モーニング・ベンダースもポップ・エトセトラになって海からは遠く離れた場所に行ってしまった。もうあの青春はゆっくりと終わったと思っていた。
でもスミス・ウェスタンズはまだ青春を鳴らしつづけていた。いまも変わらぬ純度でもって。
おそらく彼らは大人になろうとはしていないないし、まったく現実なんてみるつもりもない。彼らの音楽からは「いま」が見えない。新しく公開された"アイドル"のヴィデオを見ればわかる。あたかもそれが地つづきのリアルであるかのように飄々としている。
しかし改めて言うまでもなく彼らの音楽は本当に輝いている。これだけいろんなものに溢れた世界だからこそ、それははっきりと浮き彫りになる。本当に好きなものだけを純粋に追っている。ちっともふざけてないし、真剣である。ザ・モーニング・ベンダースのようなフットワークの軽さも感じない。正真正銘のルーザーだ。
初めて"ウィークエンド"のミュージック・ヴィデオを観たときには、それがすぐに特別なものだとわかった。あまりにも完璧な曲だった。
今作でもその輝きはまったく色褪せることなく、10曲40分で異常なまでのポップスへのこだわりを全編にわたって響かせて終わる。そこには現実の入り込むわずかな隙間さえない。しかし突き抜けすぎたスミス・ウェスタンズの音楽は、その反対側にやるせない現実があることを逆に僕らに告げるようでもある。
"3AM・スピリチュアル"は新たな名曲だ。中盤では甘ったるい泣きのギター・ソロが炸裂する。彼らがいつの時代に対する憧憬を鳴らしているのかが窺い知れるようだ。4曲めの"XXIII"は、鍵盤の音ではじまりメランコリックに曲が展開されて、再び鍵盤の音で終わるインスト・ナンバー。曲名はローマ数字で「23」。これが彼らの年齢を示しているのだとすれば、そこにあった溢れんばかりの若さだけを手に「オール・ダイ・ヤング」と歌っていた前作との違いは大きい。
クロージング・トラックの"ヴァーシティ"で切なさは頂点に達する。
僕らがスミス・ウェスタンズと夢を見ていられるのもそう長くはないかもしれない。そんなことを思ってしまった。いつかは終わりが来る。
ちなみに今作のアナログ盤には同じ内容のCDが付いている、もしあなたがレコードを買ったなら、CDを誰か特別な人や友だちにあげてみてほしい。他の誰かとこの音楽から得る輝きを共有できれば、それは素敵なことだ。もちろん部屋でひとりきりで聴くことはもっともっと素敵なことであるけれども。
すべての大人になりたくない人たちのための音楽。『ソフト・ウィル』はそんなあなたのものだ。せめて、レコードの両面を聴き終わるまでは夢を見つづけさせて。それは僕の、そしてあなたの切なる願いでもある。
ジェイク・バグの音楽が鳴り止んで、照明が落ちる。4人のメンバーがステージに登場する。下津光史はアコースティック・ギターを抱えている。ボブ・ディラン調のコード進行による1曲目は、数ヶ月前にも聴いた。思い出す。そのときも、この忌々しい曲によって僕は吸い込まれたのである。
「ケープタウンの孤児だったら」「誰が父親かも知れず」、そして、生まれてきたことを否定される僕は銃を持つというその歌を、聴いている誰もが、南アフリカの子供について歌っているなどとは思わないだろう。連続射殺魔としての、それは自分たちのことだと思って聴いているのだ。僕はビールをぐいと飲み込んだ。意識は勝手に音楽に集中している。音楽に身を委ねよう。踊ってばかりの国の再活動ライヴの初陣、いまこの国の、最高のロック・バンドの演奏ははじまったばかりなのだ。
きのこ帝国のときほどではないが、ほぼ満員だった。前列のほうに突進するかどうか考えているうちに曲はどんどん進行する。初期の楽曲(ラヴソング調のものが多い)が休み無しで演奏されていく。昔から追いかけていそうなファンがのっている。絞り染めの地に反核マークのプリントされた、レトロなTシャツを着ている下津光史は、いつもなら「ビール飲みてー」とか言い出す時間帯になっても、黙々と演奏している。ドラムのケンちゃんが申し訳程度にひとことふたこと、あとは曲、曲、曲。
僕をもっとも燃え上がらせたのは、新曲"東京"と"踊ってはいけない"のメドレーからだ。初めて聴いた"東京"には、いま僕がこのバンドを好きな理由がはっきりと表れていた。つまり、「くそだ」ということをひたすら繰り返していること。くそだ、くそだ、くそだ。こういうわめき散らしている若者を見ると、良識ある大人は、「世のなかそんなにくそばかりじゃないよ」と説きたくなるのだろう。実際、CD屋には、「世のなかそんなにくそばかりじゃないよ」という音楽ばかりが並んでいる。だから、「くそだ」は必然なのである。隣で見ていた三田格が何を思って「泉谷しげるだ」と言ったのかはさっぱりわからんが、ある種の「吠え」のようなものを感じ取ったのかもしれない。
"踊ってはいけない"は、曲と言葉で、しっかりとオーディエンスを踊らせた。"サイケデリック・ベイビー"も良い曲だった。ちょうどそのとき、幻覚ではなく、「"世界が見たい"は、現代の『カメラトーク』である」と2年前に僕に講釈をたれたDJのヨーグルトが前列で踊っているのがわかった。本来ならこういう曲はDJカルチャーの側からもっと出て来てもいいのではないかと思うのだが......ベテランDJがこの曲で踊っている光景も悪くない。ピースである。
圧巻はアンコールの"セシウム"だった。「犬が死んだその日から~」という出だしが最高だ。これは、現代日本が生んだ最高のパンク・ブルース、言わば墓掘り人の12小節である。ラップをやっている人たちは社会問題を主題にすることが多い。ロックをやっている人たちにもいる。311以降は、ポリティカルにならざるえない状況が続いている。"セシウム"を名曲にしているのは、この曲に込められたニヒリズム、ひとつの意見ですべてを塞がれてしまう状況に風穴をあけるような舐めた態度、そして、それらをひっくり返すようなユーモアがあることだ。忌々しいまでに最悪だが、笑える。くそだが、価値観が変わるかもしれない。(この"セシウム"に関しては紙エレキングの最新号で水越真紀が秀逸な論考を書いているので、ぜひ読んで欲しい)
会場の照明がついて、ふたたびジェイク・バグが流れる。サムシング・イズ・チェンジイン、チェンジイン、チェンジイン......何かが変わっていく、たしかに変わっていく。本当はこのレヴューを、僕は「E王」にしたいところだが、ここをデフォルトにこのバンドを見守っていきたい。
最初から最後まで、各ステージ、楽しめました。エレキングまわり(菊地祐樹、天野龍太郎、小原泰広、松村正人)でとくに評判が良かったのは、まずはボア・ドラムと大友良英&あまちゃんスペシャルビッグバンド。そして、hanali、ペニー・リンボー、灰野敬二、GOTH TRAD、にせんねんもんだいあたり。すべてを見れるわけではないので、人によっていろいろでしょう。読者のみなさまにとっては何が最高でしたか。
とにかく、宇川直宏さま、関係者のみなさま、ありがとうございました&お疲れ様でした。最高にぶっ飛んだひと晩でしたね。
よく磨かれた鏡の上をスッと滑る光のような、あるいはプリズムを通じてパッと散らばっていく光の粒のようなシンセサイザー......そのよく澄んだ音色、豊かな立体感。イントロダクション"Welcome to Brand New Age"からして、音の鳴りがすごい。60年代、〈モータウン〉のサウンド・エンジニアたちはスタジオの床が擦り減るくらい、つまりグルーヴを身体で確認するために立ちっぱなしで作業していたというが、この(((さらうんど)))のチームはと言えば、煌めく音の、その光の反射率でも測ったのではないだろうか。それくらい、音の鳴りがまずもって素晴らしい。
「空気の振動を聴くという行為そのもののなかに、既に報酬が含まれている」――ここのところ、そんなことをまたくよくよと考えているが、それ以外の具体的な感想や、それ以上の分析めいたものは、おそらく副次的なものに過ぎない。品質管理が驚くほど徹底された本作に、そんなプリミティブな領域が確保されているとすれば、それはエンジニアである得能直也(ここ1年ではVIDEOTAPEMUSICの佳作『7泊8日』や、ceroの大躍進作『My Lost City』、また最近ではフル・アルバムを控える注目株、森は生きているのシングル「日々の泡沫」のマスタリングなどを手掛ける)によるところが大きいのだろう。
だが、そんな透明な体験を助けもし、また邪魔をもするのがこのポップスという音楽だ。そこには言葉がどこまでも付きまとい、時には歌い手のエゴを前面化させる。だからそもそも、僕が昨年、一十三十一の『City Dive』や、この(((さらうんど)))にどうしようもなく惹かれたのは、ポップスの純然たる機能性というものがそこで批評的に復元されているように思えたからだし、だから一十三十一がこの夏、前作で得た自信をスムースにフィードバックし、新作『Surfbank Social Club』においてもやはり、シティ・ガールとサマー・ビッチのあいだで優雅に微笑んでいるのを、悪いとは思わない。それは、終わらない夏の国の甘いファンタジーだ。
だとすれば (((さらうんど)))は、この『New Age』で、もうちょっと込み入ったジレンマを抱えながら帰ってきたように思える。たしかに、より丹念に気密化されたシンセ主体のウワモノ、ディスコ~ハウスのエッセンスをポップスのフォーマットに落とし込む、跳ねるようなリズム・セクション、あるいはサックス(後関好宏)やギター(Kashif)によるテクニカルなソロ・パートは、どれを取ってもバンドの状態の良さ、充実感がビシビシと伝わってくるし、鴨田潤(a.k.a イルリメ)の優しい歌声は、ポップ・シンガーとしてすっかり板についた感がある。
が、彼らは機能性の復権/その保守、というレヴェルではどうにも我慢がならなかったようだ。彼らはより大胆に、機能性から普遍性への飛躍を目指しているように思う。そう、鴨田はいま、20年前にこの国で打ち鳴らされた小沢健二の音楽を、「理想を歌うポップス」と呼び、より確信的にポップスを標榜している。前作において、佐野元春のカヴァー"ジュジュ"に比べればいくらか遠慮がちに思えたヴォーカルのメロディも、本作では多様なゲストから助力を得ることによってさらにポップに磨かれている。
リード曲であるシングル"空中分解するアイラビュー"はもちろん、メンバーであるCrystal作曲によるハウシーな"Imagination.oO"、そして彼と砂原良徳が共作した、続く"きみは New Age"は、アルバム序盤のダメ押しとなる。また、スカートの澤部渡による"Neon Tetra"は生音とエレクトロニクスの配合が絶妙なアレンジに、ceroの荒内佑による"Swan Song's Story"は極上のアーバン・ポップに仕上げられ、鴨田による新しいアンセム"Hocus Pocus"が最後に待っているのだから、まったく甲乙付け難い(そして相変わらず、完璧な曲順!!)。
「POP」なき時代に、それでもポップスを目指して――。この『New Age』は、そういう大きな野心を持って43分をドライヴする。とても情熱的に。一義的には、その目標はほとんど達成されていると言えるだろう。
もちろん、そこに懐疑的な眼差しを向ける人もいるかもしれない(小沢健二の最近の話題と言えば、例えば倖田來未による"ラヴリー"のカヴァーなんかだったし、若年層のシティ・ボーイにはずいぶん分の悪い方向性だろう、あるいは)。小言が許されるなら、僕はその視線を鴨田自身が先回りして歌詞を綴ったような"Neon Tetra"の言葉が少し気になった。彼の知性がそうさせるのだろうが、『LIFE』期の確信的な小沢健二に限って言えば、おそらくはそのメタ・ヴァージョンは原理的に存在し得なかったはずである。
であればこそ、鴨田は言葉としてのポップス論を、少なくとも楽曲内に持ち込むべきではなかったのではないだろうか。ほんの少しの隙を見せた本当に数少ない場面で、彼はその誘惑に負けているようにも思う(アルバムに寄せられた公式声明「New Ageのプロローグ」においても驚くほど饒舌だ)。大原大次郎の鮮烈なまでにスタイリッシュなジャケット・デザインに比べて、言葉にはまだ脂肪分が多い気もする。
だが......ポップスの良し悪しを知る最良の方法は、口に出して、一緒に歌ってみることだ。歌詞カードを読んでいるだけでは分からないものが、そこで見つかることもある。だから、言葉の表面を眺めて、そこから浮かぶ何かをここでつらつらと書き連ねるには、まだ時期があまりにも早いだろう。ひとつだけ言うなら、離別のシーンや感情が多い気がして、表層をすくうだけでは分からない何かが、自分で書いた言葉を使うなら「ポップスの報酬」が、その奥にこそ隠されているような気もしたのだが......。
ともかく、僕は『New Age』をとても気に入っている。ほとんどが前作の成果を踏襲した順当なフォロー・アップだが、鴨田がひと時だけイルリメに戻るような"Soul Music"の、サイケデリックなプロダクションもいい。と言うか、だいたい、これ以上のセカンド・アルバムをどうやって想像できようか。この夏は、このキラキラの音楽で部屋の空気を振るわせていようと思う。床に立って、グルーヴをたしかめ、できれば一緒に声を出しながら。ひこうき雲を消えてから探すのでは、遅すぎる。
ジェイムス・ブレイクの「CMYK」がサンプリングで作られた曲の、久しぶりのメガヒットだったことを忘れちゃいないか? つまり、テイ・トウワのreviewでも少し書いたことだが、やっていることは、ダブル・ディー&スタンスキー、M/A/A/R/S、初期のボブ・ザ・ベース、ザ・KLF、初期のコールドカット、初期のマッシヴ・アタック、初期のDJシャドウ......なんかと同じなのだ。何も変わっちゃいない。ベース・ミュージック(UKガラージ/ジャングル)には、ダンス・ミュージックにおけるパンキッシュなエートスがある。「盗め」である。昔はサンプラーとレコードを使って「盗め」だったのが、いまではPC一台で、「盗め」......だ。そこだけが更新されている。
餌食になっているのは主にR&Bだが、R&B人気は安定しているし、相乗効果にもなっているんじゃないかな。結局、金のない貧乏学生にR&Bシンガーを雇う金などないのだから、どっかから「盗め」。盗んで、そして、創作しよう。ゆえに〈ナイト・スラッグス〉はもっとも重要なレーベルとなって、そこに共振する格好でアメリカのLAから〈フェイド・トゥ・マインド〉もやって来た。斎藤もキクリンも「Fade to Mind」のキャップを被っている。あのデザインはたしかにそそられる。

東京ではじまった新しいパーティ「PROM NITE」は、思いきりその流れを汲んでいる。オーガナイザーもまだ20代なかばのAvery AlanとSem Kaiというアメリカ人/日本人のコンビ。彼らのフレッシュな〈ミキシング〉は、Bok BokからRihannaやテキサスのラップ、HintからJam CityやKW Griffまで、迫力満点に展開される。これこそレイヴの精神と言わんばかりの、ある種清々しささえ漂うこの音楽に1-DRINKやTOBY FELTWELLのようなベテランが関わっているのも良い。フライヤー書いているのはスケシンだし。
今回来日するのは、〈フェイド・トゥ・マインド〉からデビューするR&Bシンガー、KELELA。実はいま、Araabmuzik、Blood Orange、Jam City、Kingdom、Nguzunguzu、Girl Unitなどをプロデューサーに迎えての最初のミックステープの発表を控えている。incとも全米ツアーを経験しているほどの期待の歌手だ。(R&Bサンプル全盛の今日では、本物のシンガーの需要がおそろしく高いことは、ジェシー・ウェア人気を見ればわかるでしょう)
〈フェイド・トゥ・マインド〉からはもうひとり、Total Freedomも来日する。 KingdomやNguzunguzuなどとならんで、レーベルの顔である。8月2日金曜日、代官山ユニットで会おう!
Live performances by
KELELA
TOTAL FREEDOM
DJ by
TOBY FELTWELL (C.E)
1-DRINK
IRIKI (RADD LOUNGE)
RIE (GRIEN MONSTER)
WRACK (CHEMICAL MONSTERS)
AVERY ALAN + SEM KAI (PROM)
2013/08/02/(FRI)
OPEN: 22:00
DOOR: 3000YEN
ACCESS: 代官山ユニット <https://www.unit-tokyo.com/>
Presented by American Apparel <https://www.americanapparel.co.jp/>
More info at <https://www.tokyoprom.com/...>
【THE DODOS】

For Fans of...デス・キャブ・フォー・キューティー、ピンバック、ヴァンパイア・ウィークエンド、モデスト・マウス、スケルトンズ、アニマル・コレクティヴ、プロミス・リング、エリオット・スミス、アメリカン・フットボール etc etc

ライヴとの連動シリーズ、「Beckon You !!」 スタート!!!!
作品を購入→ライヴに行ったら会場でキャッシュ・バックしちゃいます!!
注目の新世代アーティストを中心に作品とライヴを連動させちゃうのが
この「Beckon You !!(来て来て〜おいでおいで〜の意)」シリーズ。
ザ・ドードーズ 『キャリアー』貼付のステッカーを公演当日にお持ち下さい。
その場で500円をキャッシュバック致します。
もちろん前売り券でも当日券でもオッケーです!
THE DODOS Japan Tour 2013
(チケット発売7/20(土)〜)
10/22(火) 渋谷O-nest (03-3462-4420)
THE DODOS / allon beausoleil
adv ¥3,800 door ¥4,300 (without drink)
open 18:30 start 19:00
チケットぴあ(Pコード:207-760)
ローソンチケット(Lコード:78311)
e+
【allon beausoleil】

10/23(水) 心斎橋CONPASS (06-6243-1666)
THE DODOS / NOKIES!
adv ¥3,800 door ¥4,300 (without drink)
open 18:30 start 19:00
チケットぴあ(Pコード:207-760)
ローソンチケット(Lコード:56069)
e+
【NOKIES!】

10/25(金) 渋谷O-nest (03-3462-4420)
THE DODOS / ROTH BART BARON
adv ¥3,800 door¥4,300 (without drink)
open 18:30 start 19:00
チケットぴあ(Pコード:207-760)
ローソンチケット(Lコード:78311)
e+
【ROTH BART BARON】

*各公演のチケット予約は希望公演前日までevent@ele-king.netでも受け付けております。お名前・電話番号・希望枚数をメールにてお知らせください。当日、会場受付にて予約(前売り)料金でのご精算/ご入場とさせていただきます。
主催・制作:ele-king / P-VINE RECORDS
協力:シブヤテレビジョン スペースシャワーネットワーク
TOTAL INFO:ele-king / P-VINE RECORDS 03-5766-1335
event@ele-king.net
www.ele-king.net
PCD-20278
定価2,100yen
Release:2013.9.4
解説:佐藤一道(Monchicon!)
Amazon
1. Transformer
2. Substance
3. Confidence
4. Stranger
5. Relief
6. Holidays
7. Family
8. The Current
9. Destroyer
10. Death
11. The Ocean
12. Reaction -Bonus Track-
ポストパンクが何を歌っていたか、当時の音楽新聞から解説した名著『ポストパンク・ジェネレーション1978-1984』を読んで、アーティストがちゃんとイタリアのアウトノミアや「千のプラトー」のドゥルーズやガタリ、後に『帝国』を執筆するネグリなんかと同じように物事を考えていてびっくりしました。
パンクが状況主義的に考え、行動していたというのを裏付けるような、その後の事実に感動しました。
日本でも、浅田彰先生の『逃走論─スキゾ・キッズの冒険』をハウスマヌカンまで読んでいたから「千のプラトー」なんて言葉はなんとなく聞いていたのですが、『逃走』というイメージが強過ぎて、逃げればいいんじゃないのと若者は安直に考えていたというか、学生運動後のしらけ世代以降を肯定していった感じで、ヨーロッパの新しい運動は日本では何となく空気のように漂っていただけのような気がします。
でも、ほとんどの人がよくわかっていなかった。パティ・スミスでさえわかっていなかった。彼女の引退の理由のひとつとして、79年だったか正確な日付は忘れたのですが、彼女のイタリアのコンサートが、イタリアのアウトノミアから派生した過激な労働闘争の場になってしまい、暴動寸前となり、死ぬほどの恐怖を感じたからというのがあるんですが、煙幕が立ち込める『地獄の黙示録』のワン・シーンのような光景を見て彼女は「スゲェ」とは思わず、もうこんなのこりごりだと思ったのです。
でも、海外の若者たちはちゃんとそのメッセージを受け止めていて、それがオキュパイ運動とかにつながるわけで、日本も何もわかっていないかというとそういうわけではなく、首相官邸前には20万人もの人が集まったし、レイシストたちへのアンティファはたった半年で、レイシストのデモを中止に追い込むことまで出来た。
世界同時革命はありうるということなんです。成功するか、どうかは知らないですけど。
で、『スケアート・トゥ・ゲット・ハッピー』です。『ポストパンク・ジェネレーション1978-1984』の"その後"を音で編集したアルバムです。いろんなレーベルをこ超えてこんなことがよくできたなと思います。
そして、『ポストパンク・ジェネレーション1978-1984』以降のしらけ世代、暗黒時代、アルバム・タイトルにあるように、この世代は笑うことを拒否し、雨が降れば傘もささずに、フード付きの服(アノラック)のフードで雨をしのぎながら下を向いて歩いた世代なのです。そんな音楽が面白いのか......、面白かったのです。『ポストパンク・ジェネレーション1978-1984』世代よりもちゃんと音楽をしようくらいの違いで、ほかは何ひとつ違いはなかったのです。
聴いていて楽しかったです。『ポストパンク・ジェネレーション1978-1984』と同じくらいいまの音楽に利用できるアイデアが一杯ありました。いや『ポストパンク・ジェネレーション1978-1984』よりメランコリックなメロディ、音はいまの音楽に共鳴しているように感じました。
若者はいつの時代も変わらないということでしょうか、とにかく、当時を知っている人も当時を知らない人にも聴いて欲しい、ガレージ・パンクの『ナゲッツ』がパンクに多大な影響を与えたように、『スケアート・トゥ・ゲット・ハッピー』もそういうオムニバスです。
次は暗いことに疲れたマッドチェスター世代からブリットポップ、グランジという世代のオムニバスが作られるんでしょうけど、楽しみ。僕が作りたいかな。
〈u-25新世代特集〉
〈インタヴュー〉福田哲丸(快速東京)、下津光史(踊ってばかりの国)
ジェイク・バグ、THE OTOGIBANASHI'S 他
※電子書籍版へのアクセスキーがついています

