「Not Waving」と一致するもの

RP Boo - ele-king

 しばらくスペイン映画しか観たくないと思っていたのに、やはりキム・ギドクの新作は......気になった。3年間、映画が撮れなくなったことを自画撮りしたセルフ・ドキュメント『アリラン』を観ていればなおさらである。同作によれば、彼自身はこれまでインディペンデントを貫いてきたにもかかわらず、彼の助監がいわゆる商業資本で映画を撮ったことにはかなりの抵抗を感じたようで、そのうちの1作であるチョン・ジェホン監督『プンサンケ』には(商業主義の最たるものといえるキム・ドンウォン監督『リターン・トゥ・ベース』とはまったく違って)北にも南にも属さない朝鮮人を描き出すという意欲が漲っていたにもかかわらず......である(といっても同作の脚本はキム・ギドク。ちなみに『リターン・トゥ・ベース』で直球のツンデレを演じるシン・セギョンはちょっとよかったなー。韓国のTV番組では「整形していない美女ランキング 第4位」だそうで)。

 そして、キム・ギドク監督『嘆きのピエタ』は驚いたことに、竹内正太郎を虜にしたヤン・イクチュン監督のデビュー作『息もできない』と同じ設定、同じテーマだったのである。血縁社会が崩壊し、近代的な組織に再編されていく社会を闇金の立ち位置から描き、疑問形で終わるのが『息もできない』だったとしたら、そこから後の展開を描いたのが『嘆きのピエタ』だったといえる。そして、そのことは疑問形で終わらせた『息もできない』の鮮やかさを相対的に浮かび上がらせることとなり、一方でギドクがまだリハビテイションの段階にいることを印象づけたところもなくはない。とはいえ、パッションはハンパないし、構成力も健在で、韓国映画を世界に知らしめた火付け役のギドクが本格的に復帰するまでにそれほど時間がかかるとも思えなかったので、ここでは社会構造の変化が急速に進んでいることをふたりの才能ある監督が瞬間的に切り取っていること、そこに最も留意しておきたい。同じ闇金を扱いながら、背景にどのようなテーマも盛り込めない山口雅俊監督『闇金ウシジマくん』を情けなく思うばかりである(闇金を舞台にした少女マンガ、ヤマシタトモコ『サタニック・スイート』は違う意味でチョー面白かったですけどね)。

 先駆者だからいつまでも先頭を走れるわけではない。そんなことは当たり前田のタクシム広場である(まさかイスタンブールで暴動とは......)。ジュークのオリジネイターとされるPR・ブーもDJロックやDJラシャドが先にアルバムを投下しまくるなか、このままいけばDJフルトノやヘタするとゴルジェにも抜かれるというタイミングで、ようやくデビュー・アルバムをかっ飛ばしてくれた。正直、後から出てきた人たちについていけなくなってるんだろうと邪推の嵐で再生ボタンをプッシュ。またしても『ゴジラ』のサンプリングからスタートし、『ゲゲゲの鬼太郎』みたいなイントロの"インヴィジブル・ブギー"に続く頃には早くも深みに引き込まれていた。ベースを16で刻み、ドラムをハーフで叩くというフォーマットはすでに崩壊していて、オフだらけの"レッド・ホット"や"ジ・オポーネント"など、ビートのパターンだけを聴くともはやドラムン・ベースにしか聴こえないトラックや、基本はスネアでドライヴさせながら、あちこちでオフを機能させるなど、官能のデパートメントみたいなセンスにはまったく逆らえない。"バトル・イン・ザ・ジャングル"で後半に向かってサイケデリックになっていく構成も楽しめるし、"187ホミサイド"ではブルースも感じさせる。ベスト・トラックは"スピーカーズ R4"か。ビートには凝っていなくても、ファンファーレを撒き散らした"ロボットバッティズム"もそれはそれでいいんじゃないかと。最近だとフレイミング・リップス『ザ・テラー』のように国内盤用のボーナス・トラックが全体の流れを台無しにしてしまうことも多いけれど、ここではそれも含めて全体の構成もちゃんと考えられている。

 ジュークを消化したサウンドはマシーンドラムやジャム・シティなど、ポツポツと目立つつつある。そうしたなかではスレイヴァ(本名)のデビュー・アルバムがシンセ・ポップとの融合を果たした最初の例にあたるのだろう。リズムはもちろんというか、形だけのものになっていて、そっちで何かを期待できるものはないとしても、シンセ・ポップの新局面としてはわりと気になる出来となっている。もともと、シンセ・ポップというのはシクスティーズのイミテイションだったり、R&Bの換骨奪胎だったり、紛い物であることがアイデンティティであったわけだから、ここでも正しくジュークのイミテイションがつくられているということはできるだろう。大げさなリフが楽しい"ハウ・ユー・ゲット・ザット"や"ホールド・オン"の切ないメロディなど、適度に転げ回りながらシンセサイザーが作り出すカラフルな景色はどこかセカンド・サマー・オブ・ラヴの初期を思わせる。同じようにシンコペーションが多用されたジュークのリズムに、レジデンツのようなセンスを持たせたものとしては名古屋の食品まつりもユニークなカセット・アルバムをブルックリンのノイズ系レーベルからリリースしている。仕上がりはオオルタイチを思わせる気の抜けたブレイクビーツのようでもあるし、やはりリズムの面白さを受け継いだり、発展させたものではないとしても、ジュークをどこに持っていってしまうのかという不安と期待を煽りまくるものとしてはユニークな存在感を放ち、次も聴いてみたいものにはなっている。もしかして中原昌也がジュークをやったらこんな感じだったりするのかも。
 
https://soundcloud.com/shokuhin-maturi

 「なんかさー、あのチアリーダーみたいなルックスの子、20代にして認知症なのかなって」
 スタッフ休憩室で新人の娘がVのことをそう評すと、ペンギン組責任者Dは紅茶を吹きそうになって笑った。
 30歳のDは、ペンギン組に配置されているわたしの上司でもあるわけだが、彼女は部下である23歳のVが大嫌いである。

 ブルネットの髪に顎の尖った理知的な顔立ちをしたD(実際に、キレキレで仕事もできる)と、ブロンドに水色の瞳をしたプリティ&おっとりしているV(実際に、よくいろんなことを忘れる)は、見た目からして正反対なのだが、生まれ育った環境も正反対だという。
 Dは3人の子供を育てあげた公営住宅のシングルマザーの娘だ。父親は無職のアル中だったそうで、1年の半分は家におらず、ちょっと帰って来ては、すぐ何処かに消えていたらしい(路上生活やシェルター生活を好んでする癖があったようだ)。こういう父親のいる家庭はアンダー・クラスに多いものだが、Dの家庭はあくまでも労働者階級だったらしい。
 忘年会で泥酔した帰り、彼女はタクシーの中で言った。
 「私の母親は、いつも働いていた。昼は工場で働き、夜は他人の子供を預かっていた。週末は映画館でポップコーンを売っていた。それでも家にはお金がなかったから、学校の制服なんか、お下がりのまたお下がりで、破れて穴が開いていた。アンダー・クラスの子のほうが、よっぽど裕福な家の子に見えた」

 そんなDは、何かにつけてVに辛くあたる。というか、いじめる。というのも、Vはミドルクラスのお嬢さんだからだ。
 通常、良家の子女は、限りなく最低保証賃金に近い報酬で働く保育士などの職には就かないものだが、英国版ハンナ・モンタナみたいな外見のVはディスレクシアであり、職場で読み書きするのに、わたしのような外国人の助けすら必要とする。彼女の兄たちはケンブリッジ大卒のエリートだそうで、裕福な両親や兄たちに守られて育ってきたのだろうVは、気持ちの優しい娘だ。ディズニーのプリンセスみたいなので子供たちに人気もある。ぼんやりしているので失敗は多いが、それにしたってご愛嬌と思える性格の良さがある。が、Dは許せないらしい。
 「ファッキン・ポッシュな糞バカ」と陰でVを呼び、彼女が失敗する度に、何もそこまで言わなくとも。と思うほど叱るので、Vはよく泣く。
 と書くと、Dはまったく嫌な女のようだが、実際には情に厚く、知的な姐御肌だ。しかし、Vのこととなると、人が変わる。
 英国は階級社会だといわれるが、その階級は法的なものでもなければ、制度的なものでもない。それは人びとの意識のなかにあり(ソウルのなかにあると言った人もいた)、人びとはその意識と共に育ち、育つ過程でその意識も大きく、逞しく、成長して行く。
 「人間の最大の不幸は、自分で生まれて来る地域や家庭を選べないことだ」
 が口癖の英国人を知っているが、保育園などというキュートな(筈の)職場での、若いお嬢さんたちの階級闘争一つを見ても、この国の人々にとり、階級というのがどれほど根深い概念なのかというがわかる。
 もはや、業といっても良い。Dにしたって、自分がやっていることがいじめであることがわからないようなアホな人間ではない。わかっている。わかっているのにやめられないのだ。ヘイトレッド(憎悪)というのは、業のことだ。一時的なセンチメントではない。

 だからこそ、音楽であれ、映画であれ、書物であれ、この国の文化芸術には、階級という業から解き離れているものは一つもないように思う。階級は、ヘイトレッドを生み、コミュニティを生み、闘争と愛を生む。人種、性的指向、宗教、障害などはヘイトレッドを生む人間同士の差異として万国共通のものだが、この国には、それらに加え、階級意識。という宿業のエレメントがある。
 このエレメントは、実は最もパワフルで根深いものかもしれない。しかも、「金持ちの足を引っ掛けて転ばせる貧乏人はクール」みたいな、ワーキング・クラス・ヒーロー賛美の伝統もあるので、貧者から富者への攻撃は許される。特に、保守党が政権を握り、貧乏人がいよいよ貧乏になってから、この風潮は強くなっている。ネオ・ワーキング・クラス意識の盛り上がり。とでも呼ぶべきだろうか。低賃金で働く若い労働者の層が、被害者意識をやたらと肥大させ、妙に頑なになっている。
 貧者が貧者であることを高らかに叫ぶことのできる社会は素晴らしい(わたしが育った時代の日本では、貧者は「いない」ことにされていたから)が、時折、どうしてそこまで階級に拘泥して生きるのか。と思う若い子に出会うのだ。
 思えば、わたしがペンギン組に配置された当初、Dが最初に確認してきたのは
 「あなたの氏育ちはわからないけど、私は本当に貧乏な家庭で育ったの」
 だった。
 「わたしの親も、相当な貧乏人ですよ」
 と答えたが、もしわたしがミドルクラス出身で、しかも外国人という場合、いったいわたしはDにどんだけのいびりを受けていたのだろう。

 「なんでそんなにVのこといじめるの」
 忘年会の帰り、タクシーをシェアしたDに、わたしは尋ねた。その日のDは、わたしが尻を押さなければタクシーにも乗れないぐらい泥酔していた。
 「いじめてないでしょ」
 「ありゃいじめだよ。虐待と言ってもいい」
 わたしが言うと、Dはのけぞって大笑いした。
 「ははははは。下層の人間には、上層の人間を虐待する資格がある」
 「ないよ、んなもん」
 「あるの。この国では」
 愉快そうに笑うDを見ていると、まあ、わたしも人のことは言えないか。と思う。わたしも、むかし、「わたしは金持ちは嫌いである。なぜなら、彼らは金持ちだからだ」と書き放ったことがあったからだ。
 まあ、要するにその程度の、バカなことなのだ。
 そしてそれだからこそ、呪いのように変わらないのだ。

              ************

 そんなDが、先日、保育園をやめた。
 海辺の豪邸に住む金持ちに、現在の2倍の報酬でお抱えナニーとして雇われたという。
 「こんなこと言うのはナイスじゃないとわかってるけど、でも、嬉しい」
Dがやめると知った時、Vはそう言ってロッカー室でそっと涙ぐんだ。
 ようやく、ペンギン組の階級闘争に幕がおりるのである。

 Dが園を去る日、ピザ屋で送別会が行われた。来ないかな。と思ったが、Vはやって来た。敢えて「行きません」という勇気はなかったのだろう。
 送別会の席上でさえ、Dは、労働者階級の人間特有のあけすけなブラック・ユーモアで、本人が目の前にいるのにVの失敗談をジョークにしてげらげら笑い続けた。
 酒が飲めないVは二次会には来ないと言い、先に帰ったが、帰る間際にバッグから花柄のプリティな箱を出してDに渡した。
 「また、最後までこんなポッシュなもん買って来て!」
 Dは笑う。地元では有名なフランス人ショコラティエのいる高級チョコレート店の箱である。
 「Good Luck.」「Take care of yourself」「You too」などと社交辞令を言い合い、ふたりはハグを交わし、Vは店を出て行った。終わり良ければ全て良し。か。なんやかんや言っても。と思いながら見ていると、Dが、箱と一緒に渡された小さな封筒を開けた。
 可愛らしい水玉のGood Luckカードが入っている。Dがカードを開くと、中にはこう書かれていた。
 「Thanks for nothing」

 Dの顔は、見る見る真っ赤になった。その晩、またもやわたしが尻を押さねばタクシーに乗れぬほど彼女が泥酔したのは言うまでもない。
 「あの女、やっぱりムカつくっ!」
帰りのタクシーの中でもDは荒れていた。
 「親が金持ってるってことはね。行きたきゃ上の学校にも行けるし、将来できる仕事だって無限にあるってことなんだ。それを彼女はあたら無駄にして、ぼんやり生きて」
 Dが、大学のファンデーション・コースの通信講座を受けたがっていたことを思い出した。
 「だけど、それは個人のチョイスだからね」
 「あんなに恵まれてるくせに」
 「それぞれが、自分で選ぶことだからね」
 「これだからミドルクラスの奴らは」
 彼女が脇を向いて静かになったので、寝たのかな。と思って顔を覗き込む。BBCラジオ2からオアシスの曲が流れていた。
 Dは虚空を睨みながら、小声でリアム・ギャラガーと一緒に歌っている。

 Because maybe
 You're gonna be the one that saVes me
 And after all
 You're my wonderwall

 彼女にとってのワンダーウォールとは、階級意識なのだろうか。とふと思った。
 それは、生きるバネとなり、慰安となり、回帰する場所にもなるものだから。
 それは、冷たく厳然としているのにどこか暖かい、不思議な壁である。
 人間が先へ進むことを阻む壁であり、人と人とをディヴァイドする腐った壁であることには、変わりないとしても。

Mark Ernestus presents JERI-JERI - ele-king

 ときにケオティックに、厳密に、それ自身が生き物のように動めき、しかし、あたかも機械のように展開するポリリズムの醍醐味、情け容赦ないリズムの反復、多彩なドラミング──アフロ、ラテン、ファンク、そしてダブとテクノ。
 録音が素晴らしい。この気持ちよさは、ヘッドフォンよりもスピーカーで聴いたほうが良い。ベーシック・チャンネル級の低周波が出ている。とはいえ、ここはベースをやや引き締めて、中音をクリアにしたほうが、この打楽器協奏曲の陶酔は伝わる。13人もの打楽器奏者によるアンサンブル、打ち鳴らされるビートが心地よい雨粒のようにスピーカーから空間に広がる。
 芸術的な録音──昔から耳の肥えたドイツ人は、こういう仕事を精密にやる。という印象がますます焼き付くだろう。いや、ドイツ人だからこれができるわけではないのだが......セネガルの民族音楽そのものは、いまさら珍しくはないにせよ、欧州のミニマル・ダブの音響がそれと出会ったときに奇跡的な音楽が生まれた、としか言いようがない。

 ベルリンのマーク・エルネストゥスと、そして、セネガルの音楽、ンバラ(Mbalax)との出会いは偶然だった。デンマークを旅行中、とあるガンビア人のDJがその大衆音楽をプレイしたのをエルネストゥスは耳にした。衝撃を受けたドイツ人は、パリのレコード店で売っているアフリカ音楽のレコードを漁った。それからエルネストゥスは、より多くを知るためにセネガルへと向かった。ンバラの打楽器奏者、Bakane Seckとは、思ったよりもすぐに出会えたと、レーベルの資料には記されている。
 ンバラの面白いところは、キューバ音楽の影響を思い切り受けている点にある。70年代に定義されたという西アフリカのダンス・ミュージック=ンバラは、セネガルにおいて根強く人気のあったというラテン音楽にインスパイアされている。当時のラジオ局やクラブはサルサばかりをかけていたのだ。
 かくして、スペイン語とコンガがサバール・ドラム(セネガルの打楽器)に変換されるのは時間の問題だった。それはパーティ・ミュージックであり、悪魔払いにもなった。植民地主義への抵抗ともなって、酒飲みのBGMにもなった。
 ンバラは、もともとはサバール・ドラムによるリズム・パターンの名称だった。レーベルの説明によれば、それが多彩な打楽器演奏によって、「セネガンビア」なる大衆音楽へと発展したという話だが、「セネガンビア」とは、同じ民族でありながらイギリス領とフランス領に分断されたセネガルとガンビアの連合名でもある。レーベルが言うには、「セネガンビア」の音楽的発展のプロセスに大きく関与していたのが、Aziz Seck、Thio Mbaye、Bada Seckといったジェリ・ジェリ家の人たちだった。エルネストゥスが出会ったBakane Seckは、高名なサバール・ドラム奏者であり、先生であり、広範囲における影響の源だった。
 そしてある日、首都ダカールのスタジオには、ジェリ・ジェリ家から紹介された現地のミュージシャンが集まった──Bakane、Bada Seck、Doudou Ndiaye Rose、Babacar Seck、Moussa Traore、Laye Lo、Assane Ndoye Cisse、Yatma Thiam、あるいは歌手のMbene Diatta Seckなどなど。13人の打楽器奏者もやって来た。そして、トーキング・ドラムは叩かれ、ベース・ギターが弾かれ、DX-7もミックスされた。(ミュージシャンは、その筋では有名な人たちだそうで、メンツの解説は専門家に委ねたい)

 『800% ダガ(Ndagga)』、そのダブ・ヴァージョン『ダガ・ヴァージョン』との2枚同時リリース。レーベル〈ダガ〉は、エルネストゥス自身が主宰する(そのくらい気合いが入っているのでしょう)。昨年から今年の春にかけて、12インチ・シングルがすでに4枚切られている。アフロであり、ファンクであり、ダブであり、テクノとしても楽しめる音楽である。「ウェイリング・ソウル(レゲエのコーラス・グループ)の歌メロのようじゃないか」とはレーベルの弁だが、たしかに言われてみれば、それもあながち的外れな喩えではない。『ダガ・ヴァージョン』には、はっきりとレゲエ色が出ている。
 このところの休日、布団から出たらまずかけるのがこの2枚。台所に立ちながら、サバール・ドラムのポリリズムを浴びている。

Charles Bradley - ele-king

 1948年生まれ、少年期をニュー・ヨーク/ブルックリンで過ごしたチャールズ・ブラッドリーは、14歳のとき(1962年)にアポロ劇場でジェイムズ・ブラウンを見て衝撃を受け、その歌真似をしはじめ、自分も歌手になることを心に決めた。しかし、その道に順調に敷石は並べられなかった。若くして野宿生活を余儀なくされ、職業訓練でコック職を得てからはヒッチハイクで全米を転々とする。その間の音楽活動も実を結ばず、1990年代半ばまでの約20年間は、カリフォルニアでアルバイトで食いつないでは、歌手として小さな仕事を取る暮らしを送っていたという。
 90年代の後半には、ブルックリンのクラブでジェイムズ・ブラウンの物まねパフォーマンスの仕事をするようになるが、およそ50歳になってもまだ"自分の歌"を聴いてもらえる機会をつかめなかったばかりか、それ以降もペニシリン・アレルギーで命を落としそうになったり、ガンショットによって弟を失ったり、芽の出ない下積み生活に深刻な不幸が追い討ちをかけるという、話に聞くに散々な日々を送りながらも、とにかく歌うことは止めなかった。
 そしてJBなりきり芸人と化していたチャールズ・ブラッドリーは、遂にそのブルックリンのクラブで、〈ダップトーン(Daptone)・レコーズ〉の主宰者、エンジニア兼レーベルの中心バンド:ダップ=キングス(Dap-Kings)のバンマス/ベイシストでもあるゲイブリエル・ロスの目に止まるのだ。

 ブルックリンに拠点を置き、ファンク、ソウル、アフロ・ビートを主な守備範囲とする〈ダップトーン・レコーズ〉は、今世紀創業の新興ながら、当初からディジタル録音を一切行わず、アナログ・レコードをリリースの基本メディアとしていることで知られているインディ・レコード会社/レーベルだ。音楽の種類とサウンドの質に硬派な職人気質のこだわりを示す同プロダクションは、チャールズ・ブラッドリーのよく言えばヴィンテージ・スタイルの、悪く言えば堅物の唱法/個性を丸ごと評価し、この歌手を、そこから大切に"育てはじめる"。
 そしてレーベル最初期の2002年から、ブラッドリーの7インチ・シングルが定期的にリリースされはじめ、その計8枚のドーナツ盤によってじっくりと仕上げられた長い長い下積みの努力が、ダップトーン内のダナム(Dunham)・レコーズからのファースト・アルバム『No Time For Dreaming』に結実したのは2011年、ブラッドリー62歳のことだった。

 歴史上のA級ソウル・シンガーたち(O.V. ライト、ジェイムズ・ブラウン、シル・ジョンソン、ジョニー・テイラー、ボビー・ウォマック......)の面影がちらつくブラッドリーの歌のなかには、むしろそれゆえに、彼のそうした偉人たちには及ばない部分が浮き彫りになる。率直に言えば、それは"華"と呼ばれる類のものだろう。だけど一方でこの男の"歌"とは、そこを補って余りある誠実さと熱量なのだということ、この質実剛健を絵に描いたようなたたずまいと生命力それ自体が歌い、メッセージと化しているような存在感なのだということもまた、聴けばすぐにわかる。歌唱力ばかりか、"華"にも運にも恵まれたスターたちの圧倒的な輝きのなかには望むべくもない、古いソウル名盤には刻まれていない種の"ソウル"が、62歳の"新人"シンガーにはあった。それでこの男に日の目はようやく、しかし当たるべくして当たり、人びとはこの素敵な、同時にほろ苦い美談を愛でては、"あきらめずにやっていれば、いつかはものになる"、という教訓をそこから汲み取った。そしてジャケットで寝っ転がっている当人が、「夢を見てる時間はないのさ。起きて仕事しねえとナ(gotta get on up an'do my thing)」と歌うのに感じ入った。

 そして、その初作で広く賞賛され、ここにきていよいよ仕事期の本番を迎えたブラッドリーが、"たった2年しか"インターバルを置かずにこの4月に放った2作目『Victim of Love』がとにかくみずみずしいのだ。苦み走り、枯れ味も立つ、還暦を越えて久しいシャウターが、このフレッシュでエネルギッシュな歌い飛ばし方一発ですべてを魅惑的に潤していくカッコよさは、実力派歌手の技巧的成熟とは全く質の違うものだ。長い潜伏期の果てに、"はらわた"からマグマのように噴出する歌だ。

 サウンドの面では、自己紹介盤にふさわしくファンキー~ディープ・スタイルを重視したファースト作よりも、少し曲調が多彩な広がりを見せた。歌メロには60~70年代ポップスの薫りもするし、サイケ・ロック/70'sモータウン・サイケ風のアレンジもある。総じてダークでスモーキーな前作から明るくカラフルな方向へ歩みを進めた印象を受けるのは、この間に彼が浴びたスポットライトの光量も反映している気がするし、今作のリード・チューン"Strictly Reserved for You"のPVの彩度も関係していると思う。

 それにしても、都会に疲れた男がベイビーを愛の逃避行に誘うそのPVの、絶妙に制御されたダサあか抜け具合が素晴らしい。苦労人の背中に染みついた陰影も、人としてのチャーミングさも殺がずに映し出しながら、現代的な色彩感やカットと、わざと古臭いPV風に演出したゆるい絵づらとを繋ぎ合わせている。このセンス、バランス感覚に、〈ダップトーン/ダナム・レコーズ〉と、ブラッドリーの専属バンド:メナハン・ストリート・バンド(Menahan Street Band)に特徴的な"ネオクラシック哲学"が見て取れる。

 ダップ=キングスや、人気アフロ=ビート・バンドのアンティバラス(Antibalas)にブドーズ・バンド(Budos Band)などから精鋭たちが集い、ブルックリンの通り名を冠したメナハン・ストリート・バンドの演奏は、一聴するとかなりオーソドックスな70's南部サウンドのようでいて、細部にはソウル・マニアの白人ならではの美感とイマジネイションがさりげなく補われている。言わば21世紀のスティーヴ・クロッパーやドナルド・ダック・ダンたちが、60~70年代サウンドの洗練の一段先で、今の耳が望む痒いところにさらに手を延ばしたような音作りだ。メナハン・ストリート・バンド名義で洒脱な(ジャケットからして!)インスト・アルバムを2作出していること、そしてその1枚目『Make the Road by Walking』(Dunham)のタイトル曲を、ジェイ=Zが2007年の"Roc Boys (And the Winner Is)"で効果的にサンプリングしていたことを記憶している人も多いだろう。

 さらにチャールズ・ブラッドリーの2枚目が今年4月にリリースされたのと同じタイミングでジェイ=Zが発表したニュー・シングル「Open Letter」(内政問題に発展した、ビヨンセとのキューバ渡航について言及した内容が話題を呼んだ)では、ブラッドリーの1枚目に入っていた"I Believe in Your Love"をサンプリングしている。ブルックリンの話題の新多目的スタジアム《バークレイズ・センター》の昨年のこけら落としに抜擢され、8公演を全ソールド・アウトにした地元愛に篤いブルックリン・ボーンの超スーパー・セレブが、地元インディ・レーベルの〈ダップトーン〉の作品をバックアップし、さらには62歳でデビューしたブラッドリーのセカンド作のリリースに、前作からのサンプリングで花を贈るなんていうのは、なかなかにいい話である。

 しかし、何にも増していい話だと思うのは、ブラッドリーがこの5月、遂に、彼が50年前にあのJBを見たアポロ・シアターに、齢60代半ばにしてデビューすることだ。夢は叶うものなのだ......。ブラッドリーの歌が、しみじみ、生きる歓びの歌に聴こえてくる。

interview with Baths - ele-king


Baths
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 天才の中二病は格が違う。前作の青(『セルリアン』)が天上を描き出したのとは対照的に、今作の黒が象徴するのは地獄のモチーフ、そして破壊、終末、死、無気力だ。天から地下への、まったく極端な直滑降。あの天衣無縫に暴れまわるビートは、どうやらそのエネルギーの矛先を地の底に向けて定めたようである。かつて"ラヴリー・ブラッドフロウ"が生命やその輪廻をおおらかに、そしてアニミズム的に描き出したのとはまるで異なる宗教観が、『オブシディアン』には強く表れている。ビートは直截的に鈍重に、きらきらとしたサンプリングは地響きのようなノイズに姿を変えた。それが、彼がこの間しばらく患っていたことに関係しているのは間違いないが、筆者にはもうひとつ別の病のかたちが見えてくる。若き魂に特有の病、破壊や死や傷や毒を求めてやまない、あのやっかいで輝かしい――「中二」の――病である。14才を10も過ぎているが、この制作期間にデフトーンズを聴いていたというのだから、やっぱりティーンだ。ミューズに愛され、デイデラスら偉大な先達から愛され、音も経歴もまったく怖いもの知らずなこの天使はいま、ありったけの力と思いを、そのべったりと暗い淵に注いでいるかに見える。

 名門〈アンチコン〉からセカンド・アルバムをリリースする「LAビート・シーンの鬼っ子」――フライング・ロータスやデイデラスにもつづく血統書付きの才能、ハドソン・モホークらに並べられる新世代の筆頭――バスは、その輝かしい肩書きをまるで引き受ける様子がない。今作はそうしたシーンを熱心にチェックしている人や、アブストラクトなヒップホップ、IDMなどのファン、クラブ・リスナーたちではなく、まさに「ブルーにこんがらがった」ベッドルームの青少年たちにふさわしい。死とか運命とか、替えのきかない「きみ」に執着するような、ロマンチックでドラマチックで激しいエモーションが、まるでそのエネルギーを削がれることなく切り出されている。もしあなたが『カゲロウデイズ』にイカれているなら、あなたにこそ聴いてほしい作品だ。『セルリアン』は歴史に残るが、今作は若いたくさんの人の胸にひっそりとインストールされるべきものである。バスはこの新作を「優れた一枚」ではなく、ある種の人間にとって「必要な一枚」に仕立て上げてみせた。
 国内盤にはしっかりとした対訳がついているから、彼がどれだけ今作で灰色や黒や破壊や無気力の病や、あるいはそれと同じだけピュアな恋を歌っているのか読んでみるのもおもしろい。だがテクニカルでありながら青く柔らかい感情のかたまりであるようなビート・コンプレックスは、ヴァイオレンスやネガティヴィティもまぶしいエネルギーに変えてしまう。

 人類の歴史はもはやチルアウトの方向にしか進まないのかと思っていたが、個々の小さな人生にはまだまだバスのような激しさと潤いが必要なようだ。PCのプレイヤーでかまわない、今宵、ベッドルームで逆回転のミサを執り行おう。『オブシディアン』とともに。

つねづね、LAビート・シーンというカテゴリから抜け出すように努めてきました。僕が達成しようとしているものではないからね。僕の目標はまさに『オブシディアン』が僕にしてくれたものだよ。

たとえば、ある種の良識や凡庸さに絡めとられていくことを大人になることだとするならば、あなたは今作でもまったく大人になりませんね。すごいと思います。前作『セルリアン』は、その「子ども/少年」のエネルギーが天上へ向かっていましたが、今作では地の底=死に向かっているように思います。死や破壊のモチーフが出てきたのは、あなたの経験した病気と関係がありますか?

バス:このアルバムの計画は『セルリアン』ができる以前からあったんだ。すごく暗い感じのトラックはいくつかすでに作っていたんだけど、たしかに病気になったことによって、アパシーであるということについての理解がより一層深まったよ。曲を書く気力も情熱も何もない状態で。こんな心理状態はいままでいち度も体験したことがなかったから、アルバムの核をなすテーマのひとつにもなった。本当に変(ビザール)な感覚だったよ。

ペストのイメージに行き着いたのは何がきっかけです? またあなたはそれを恐れますか? それとも魅了されるという感覚なのでしょうか?

バス:どちらもだよ! 悲しみや怒り、恐怖を通り越していた時代だった。人間の歴史においても最も暗くアパセティックな時代であったとも言われているよね。そんな衝撃的な題材を見過ごすわけにはいかなかったんだ。またこのテーマをいかにしてポップ・ミュージックに落としこむかという考えはすごく面白かった。

"インター"がキリエ、"アース・デス"がグローリア、"ノー・アイズ"がクレド、"マイアズマ・スカイ"がサンクトゥス、"ウォースニング"がアニュス・デイ。わたしには、『オブシディアン』が、ラストを1曲めとして冒頭へといっきに逆走する「反転の(暗黒の)ミサ曲」というふうに感じられました。宗教音楽については念頭にありましたか?

バス:わお! そんなこと考えもしなかったけど、本当に素晴らしい関連性だね! とても光栄だよ! ミサ音楽や中世の時代の音楽はたしかに聴いていたけど、そこからテーマ等を特に見出すというよりは、それらの音楽が持っている雰囲気から影響を受けたんだ。

死、終末、破壊、無気力、テーマは重く暗いですが、音にはそれがとてもロマンチックに出ているとも思います。それがとてもあなたらしいように思うのですが、ご自身にはそう感じられませんか?

バス:そういったプッシュ・アンド・プル、足し算と引き算、明と暗みたいなものこそが、僕が全体を通して『オブシディアン』で求めていたものだよ。音楽自体は(少し暗い要素のある)エレクトロ・ポップ・ミュージックにも聴こえるけど、歌詞は完全に暗くて、ときどきそれらが調和していない部分もあるかもしれない。けれど、その違和感や一致しない感覚こそが大事であって、それが他のアルバムにも共通して浸透していると言えると思うよ。

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中世というのは、悲しみや怒り、恐怖を通り越していた時代だった。人間の歴史においても最も暗くアパセティックな時代であったとも言われているよね。そんな衝撃的な題材を見過ごすわけにはいかなかったんだ。


Baths
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今作では複雑と呼ばれるあなたのビート・メイキングが、まっすぐに、リニアになっているように感じました。"オシュアリー"のハンマー・ビートも意外でしたし、"ノー・アイズ"の16ビートとか"フェードラ"や"インター"の8ビートなんかが生む切迫感は、『セルリアン』にはなかった感覚であるように思います。今作の激しいテーマがそうさせたのでしょうか?

バス:はい、と言ったら嘘になってしまうんだけど、そう考えるのも良いと思う。このアルバムには異なったタイプの緊張感がたくさんあるんだけど、たぶんそれらは偶然に生まれたものかもしれない、はは。とにかく一曲一曲、互いと違ったものでありながら、テーマ的には同じ、という感じにしたかったのはたしかなんだ。そんな目標があったから、流れで聴くとビートが互いを押し合って、緊張感や切迫感みたいなものが生まれたのかもしれない。

また、鉄槌のように重たい音やビートもありますね。"ウォースニング"もそうですし、"ノー・パスト・リヴズ""アース・デス"もそうです。インダストリアル的ですら、またブラックメタル的ですらあります。音楽的なインスピレーションとして何かヒントになったものがあるのでしょうか?

バス:あなたがいま言ったとおりだよ! インダストリアルな音、鉄、うるさくて、寒々と荒れ果てたような音楽に影響を受けたんだ。これらの音は、僕が開拓したかった新しい別のサウンドを見つけ出すのに大きな役割を果たしたと思う。友だちのジミ--が紹介してくれたエンプティセットというグループはその点においてとても大きなインスピレーションになったよ。

今回の作品で、「LAビート・シーンの鬼っ子」といった印象を大きくはみ出ることになったと思うのですが、あなた自身には実際のところ「LAビート・シーン」を牽引するという意識があるのでしょうか?

バス:つねづね、LAビート・シーンというカテゴリから抜け出すように努めてきました。僕が達成しようとしているものではないからね。僕の目標はまさに『オブシディアン』が僕にしてくれたものだよ(ビート・シーンからはみ出してくれたということ)。だからあなたがそう感じてくれたことはとても光栄だね。

雨のサンプリングが好きなのですか? 前作の"レイン・スメル"につづいて今作でも"マイアズマ・スカイ"に使われていますが、今回は「本降り」という感じで雨音が激しくなっていますね。

バス:はは、雨のサンプリングは前作から今作まで続いた小さな恋心とか片思いってところかもしれない。外の世界にあるものをなんでもサンプリングするのが好きなんだ。まったく音楽的じゃない音たちを、ポップ・ミュージックという文脈に入れることによって音楽的にするという感覚はスリリングで大好き。現に"インコンパーチブル"のほぼすべてのリズムは、石を投げたり、それが欠けたりする音からできているんだ。

「運命」という言葉も何度か出てきますが、あなたはあなたの生が運命に規定されていると感じることはありますか?

バス:自分の人生が運命づけられているとはまったく思わないけど、そう考えること自体とても宗教的な感覚だよね。ときに自分の人生やこのアルバムが宗教的な何かに畏怖の念を抱いているように感じると同時に、まったくそういうことと合致しないときもある。よく神を恐れたり、自らの罪を認識したりしているような信心深い人の視点から歌詞を書くこともあるよ。

いちばん時間をかけたのはどの曲でしょう? 録音についてとくにこだわった点があれば教えて下さい。

バス:"フェードラ"が長い間しっくりこなくて、構想を練るのにも時間がかかったんだ。とにかくなぜかすごく時間がかかった。 僕はアルバム全体をひとつのものとして捉えてもらいたいから、なにか特別こだわった点を挙げるのは避けようかな。

今作までのあいだに世界をまわってツアーをされたことで、何かご自身に変化はありましたか? また、何か音楽上で大きな出会いがあったりしましたか?

バス:多くのとても重要な出会いがあったし、個人的に憧れている人々とも会ったり、いっしょにショーをしたりする機会もあった。ツアーで会った人々の数は本当にクレイジーなくらい多かったよ。自分自身の変化について言えることは、世界中の人々はみんな同じ、ということに気づけたことかな。最高な人もいれば、嫌なやつ、美しい人、かっこいい人もいて、世界中どこにいても同じなのだなと思った。そしてそれは素晴らしいことであるとも思えるよ。

この制作の間、よく聴いていた音楽があれば教えてください。

バス:そうだなあ、アゼダ・ブース(Azeda Booth)とエンプティセット(Emptyset)のふたつは確実に大きな影響を与えてくれたよ。他にもたくさんいると思うけどね。デフトーンズ(Deftones)もたくさん聴いたと思う。

DJ BAKU - ele-king

 ヒップホップのクリシェを破壊し、ノイズをぶちかます若きターンブリストとしてシーンに忽然と現れ、躍動的で、ラジカルなカットアップによる2006年の『Spinheddz』、ダンスの熱狂が注がれた2008年の『Dharma Dance』のリリース......あるいはDIYシーンのコミュナルな感覚を意識したフェスティヴァル〈KAIKOO〉の主催など、DJバクは、ゼロ年代、もっとも果敢な試みをしているひとりだ。
 いま、シーンの革新者は、5年ぶり3枚目となるアルバムのリリースを控えている。ゲストには、N'夙川BOYSのリンダとマーヤ、mabanua、Shing02、Carolineなど。
アルバム・タイトルは『JapOneEra(ジャポネイラ)』。発売は6月26日予定。注目しよう!


https://djbaku.pop-group.net

L.Pierre - ele-king

 戸川純@新宿ロフトの追加公演で久しぶりに"隣りの印度人"を聴いて、ポリティカリー・コレクトネスもクソもない誤解だらけのエキゾチズムが急に懐かしくなってしまった。アダモステあたりが最後になるのか、映画『愛と誠』でけたたましくカヴァーされていた"狼少年ケン"や、ボクダン・レチンスキーがホームレスをやりながらサンプリングしたらしきフザケた中国語の類いが"隣りの印度人"を聴いている間にまとめて記憶の彼方から押し寄せてきた。日本だけでなく、アラン・シリトーもアフリカ人は道に迷ったらドラムを叩いて知らせてくるさとか随分なことを書いていたし、デヴィッド・ボウイーのジャッジ役に笑い転げた映画『ズーランダー』ではいい加減な日本のイメージをわざと再現するなど(それでいてナイキを告発するというメッセージ性もあったりするんだけど)、人種ジョークはむしろ世界平和につながるだろーと思ってしまったり(最近では映画『ディクテイター(独裁者)/身元不明でニューヨーク』でも相変わらずサシャ・バロン・コーエンに笑わせてもらいました!)。

 そこへエイダン・モファットによるラッキー・ピエール名義の4作目である。かつてアロハ・ハワイの名義で10インチ・シングルをリリースしていたモファットがジャケット・デザインからしてグレッグ・マクドナルド『アロハ・フロム・ハワイ』をそのままパクり、片端からインチキなハワイのイメージで固めたエキゾチック・サウンドのバッタもんである。ハワイ王家がどのようにして滅びたかを描いたマーク・フォービー監督『プリンセス・カイウラニ』を観たばっかりだったので、 悲しくドラマチックにはじまる導入もとくに違和感はなく、ラフマニノフ"嬰ハ短調"のループから運命を叩きつけるようなパーカション、さらにはメロドラマ風の安っぽい旋律と、森山大道を思わせるダークなハワイが延々と続く。それこそやる気の出ない毎日や、やる気を出したところでなんになるのだろうかという気持ちがどんどん増幅されていく。悲しきハワイ。ブルーハワイ。あるいは昼メロのハワイがインスタントな感情を波打たせ、生きることはほかの誰かがやってくれると思わせてくれる。透き通るような運命論に翻弄され、それがいつしか快感へと変わり、クロージングではついにこの世の虚空に溶けていく瞬間が訪れる。トロピカルなのに終始物悲しく、過剰な自己憐憫が肯定される感じはさすがアラブ・ストラップ(解散はしていない)である。レイディオヘッドに疎外感を覚えたこともノスタルジーに感じられ、チープなサウンドはそのまま人生には実体がないことを確認させてくれる。

 また、10年ぐらい前に(マーティン・デニーと並び称される)アーサー・ライマンのエキゾチック・サウンドをまとめてカヴァーしていたマイク・クーパーが久々にリリースした新作も40年来のテーマである南の島をコンセプトとしてぶり返し、異様な南国ムードへとリスナーを導いていく。先日他界したロル・コクスヒルらとともにレシデンツを結成していた70代のギタリストだけにフリー・ミュージックやブルース、ジャズ、カントリー、近年はポスト・ロックも気楽に行き来し、あらゆる手法がイメージのために総動員される。そこはまだ未開の地であり、一見、パラダイスのようでありながら、何が出てくるかわからない恐ろしさを併せ持つ。一歩一歩=一曲一曲が未知の空間をイメージさせ、虫の声とループされたドローンによる「毎日の夕暮れ時」はそれこそ不安と安寧の二重構造を象徴する。いくつかの曲で繰り返されるディレイをかけたトゥワンギー・ギターだけが、いわゆるリゾート気分を準えるものであり、おどろおどろしいパーカッションや鐘のように鈍く鳴らされるベースは未開の地へ足を運んだ後悔を先取りさせてくれる。「肺がつぶれた」という曲ではもう死ぬしかないという気分になるだけで、何もかも放り出してどこかへ行ってしまいたいという感覚は見事に挫かれてしまう。これは一緒にいたくない人たちと過ごさなければならない毎日に戻っていくためのトロピカル・ミュージックなのだろう。こ んなものを聴いてしまうと諦めもつくというものである。

EP-4、来るべき二夜 - ele-king

 もしや寝首でもかかれたのではあるまいかと思わせた、昨年の衝撃的な復活劇からはや一年、別働隊の活動もふくめ、その活動はひきもきらないEP-4(unit3については、いま出ている紙のエレキング9号をご参照ください)によるイベントをふたつ。

 5月18日土曜、恵比寿リキッドルームの「クラブ・レディオジェニク」は1980年、EP-4誕生の場となった京都のクラブ・モダーンを一日かぎりで復活させるコンセプトのクラブ・イベント。ゆえにスタートは24時きっかりだが、遠い記憶をいたずらに伝説のベールにつつむのではなく、ミラーボールの下にさらし、現在のオーディエンスに届けようとするのは、クラブ・カルチャー黎明期の実験主義者の面目躍如たるものだろう。メイン・フロアではフルバンドのEP-4をはじめ、佐藤薫みずから人選したという、ドライ&ヘビー、JAZZ DOMMUMISTERS(菊地成孔+大谷能生)、かつて佐藤薫がプロデュースしたニウバイルがライヴを行い、ムードマンと、宇川直宏が15年ぶりのDJプレイを披露する。だけでも気が抜けないのに、2階のタイムアウト・カフェには中原昌也、コンピューマ、Shhhhh、Killer-BongがDJで登場する、水も漏らさぬ布陣である。
 その3日後、EP-4の生誕祭にあたる5月21日の生地京都でのライヴでは、オリジナル・メンバーである佐藤薫、ユン・ツボタジ、鈴木創士に、山本精一、千住宗臣、須藤俊明、家口成樹、YOSHITAKE EXPE、つまりほぼPARAの面々が加わることでEP-4がどのような化学変化を起こすのか、新作にとりかかっているという彼らの今後を占うのにも恰好の夜となるにちがない。


写真:石田昌隆

公演情報

「クラブ・レディオジェニク」
2013年5月18日(土)
恵比寿リキッドルーム
開場・開演:24時

■1F MAIN FLOOR
Live:
EP-4
DRY&HEAVY
Jazz Dommunisters(菊地成孔×大谷能生)
ニウバイル

DJ:
MOODMAN
宇川直宏(from DOMMUNE DJ SYNDICATE=UKAWA+HONDA+IIJIMA)

■2F Timeout Cafe
DJ:
中原昌也
compuma
Shhhhh
Killer-Bong

「EP-4 / 5・21@京都」
2013年5月21日(火)
京都・KBSホール
会場:18時 開演:19時

Guest:
KLEPTOMANIAC+伊東篤宏、ALTZ.P
VJ: 赤松正行
DJ: YA△MA


No Joy - ele-king

 晴れた日に、自分の足元の影をじっと見つめる。そのまま瞬きをせずに空を見上げる。そうすると、いままで見ていた影が空に大きく投影される。ノー・ジョイの音像は、「影送り」なる遊びを思い出させる。地面の上の影と、それを網膜に焼きつけることで錯覚する空の影。どちらにも実体がない。「それを見ていた」というわたしの目の記憶だけが、彼らの存在にとってのよすがだ。

 〈メキシカン・サマー〉のシューゲイズ・ポップ・デュオ、LAとモントリオールで活躍するノー・ジョイのセカンド・アルバムは、ドゥーミーなスタイルがかえって浮力を得ていたようなデビュー作に比べると、ストレートに軽快さを増している。いや、音は重いのだけれど、疾走感が生まれている。しかしそのことによって、空を行くのではなく地上を走る作品になった。"プロディジー"などは截然と前作から切り分けられる作風だ。ファズやフィードバック・ノイズの濛濛たる幕のなかを爽快に駆けるリズム隊、風を受けてなびくように漂うウィスパー・ヴォイス。両作品の間にはちょうど空の影と地の影のような対称がある。そして今作は、前作『ゴースト・ブロンド』の発展形というよりも、むしろそれを影送りする前の原型であるような印象を受ける。ピュアな息づかいが感じられるだろう。まさにフィードバックすることでビビッドな輪郭を得た、見事なセカンド・アルバムだ。

 マイ・ブラッディ・ヴァレンタインでもライドでもスロウ・ダイヴでも、オリジナル世代の成果を再生産しつづける特殊なジャンルとして漠然と(しかし広く)認識され、また愛好されているシューゲイザー・シーンだが、本人たちの意識はともかく、ノー・ジョイもまたそこに連なるように聴かれているバンドのひとつだ。〈4AD〉やこの〈メキシカン・サマー〉、〈キャプチャード・トラックス〉などは、こうしたシーンにとってもまだまだ新鮮な音を提示しつづけ、ひとつの起爆剤として機能しているところがある。もちろん、彼らはもっと広いところに向かって音を放っているのだけれども。

 ノー・ジョイのデビュー作は2010年リリース。その頃がレーベルや彼ら自身の与えるインパクトとしてはいちばん旬な時期だったと思うが、今作においてはいわゆるグランジやオルタナ・サウンドの復刻としても磨かれた音が鳴っている。90年代再評価の気分は、いまならR&Bなどに顕著だが、ノー・ジョイの作品においてはとても地味なかたちで、しかしいまおいしく聴くために必要な包丁さばきが丁寧に施されている。ダイナソー・ジュニアやソニック・ユースがいま聴かれるためにはどこを取り出すべきか、"リザード・キッズ"などにはその手がかりを見る思いがする。
 それから、わずかにダンス・ビートが追加されている。こうしたところにも空ではなく地面を感じる。踊る音楽というわけではないが、浮遊することではなくて地面から思考することを選択するように感じられる『ウェイト・トゥ・プレジャー』は、その点でもグランジ的かもしれない。彼らに浮遊はなかったわけだから。そして、「浮遊感」に彩られたこの数年を畳むかのような試行が、その象徴のひとつであったような場所から登場していることも興味深い。

interview with Gold Panda - ele-king


Gold Panda
Half of Where You Live

よしもとアール・アンド・シー

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 子供の頃はインド人と言われ、仕事で海外に繰り返し行っていた頃は、ベトナム人だと間違えられ、僕はあまり日本人であった試しがない。いまだに日本からいちども出たことのない橋元や竹内のような人間からすれば、どうでもいい話だろうが......。
 とはいえ、僕も人のことをとやかく言えるほど国際感覚が豊かなわけではない。ゴールド・パンダからインドを見れなかったほど鈍っている。ロンドンもずいぶん長いこと行ってないので、あの町のマルチ文化なところを感覚的に忘れているのだ。"クイッター・ラーガ(いくじなしのラーガ)"なる曲で、ゴールド・パンダ名義でデビューしたダーウィン・シュレッカーのデビュー・アルバム『ラッキー・シャイナー』には、ありがちなエキゾ趣味にならないくらい謙虚に、ごく自然に、彼のインドが注がれている。
 こういう音楽を聴いていると、ワールド・ミュージックというカテゴリー自体が、この先無意味になるのではないのかと思えてくる。真っ昼間にレストランから出ただけで金をせびられるほど物騒だったデトロイトにコスプレ・ショップが開店しているような時代なのだ。リアルな話、白い橋元や黒い橋元がウッドワードアヴェニューを闊歩しているのである。

 ゴールド・パンダは、そういう意味では、先を行っていた。インドの血を引くエセックス育ちのこの青年は、少年時代に日本製のゲームで遊び、ヒップホップを聴いて、そして、大学在学中に日本語を学び、DJマユリ邸を訪ね、丸尾末広を蒐集していた。ダーウィンのエレクトロニック・ミュージックは、シュトックハウゼンが目指した世界音楽的な方向性を感覚的に具現化している......というのは誇張し過ぎだが、新作『ハーフ・オブ・ホェア・ユー・リヴ』が彼の忙しい演奏旅行(サンパウロ、香港、江ノ島、イギリスなどなど)の賜物であることは事実だ。そこでは、ゴールド・パンダの特徴──透明感のあるメロディと力強いビート、少々ユーモラスな音色──が、さらに輝いている。
 この人の音楽は、エレクトロニカの二歩手前、クラブの二歩手前で踏みとどまっているというか、気むずかしさや斜に構えたところがなく、気さくな感じが良い。テクノでもなくアンビエントでもない、しかし踊れるし、聴ける。踊れるといっても、アゲアゲではないし、気持ちが踊れるという感じだ。日本人に好まれるのもわかる。

 以下のインタヴューの日本語の質問に対して、彼は英訳を介さずに答えている。 

いまは多くの人がエレクトロニック・ミュージックを作っているんだけど、みんなエイブルトンっていうか、エイブルトンみたいに聞こえるものばっかりでしょ。僕は、ラップトップをいじっているよりも、昔の機材を使っているほうが、単純に気持ちが良いんだよ。

サッチャーが死んだね。(※取材は、サッチャーが死去した翌日の日本時間4月10日におこなわれている)

パンダ:ああ、イエー。飛行機のなかで知ったんだ。

スミスが再ヒットしたり、『オズの魔法使い』の「魔女が死んだ」って歌が歌われたり、すごいらしいね。

パンダ:彼女は、いろいろなものを破壊したからね。僕は、本気で暴動がまた起きるかもしれないと思っているよ。それはサッチャーが死んだっていうよりも、いまの政治に問題があるからね。

昨日、新聞からサッチャーに関するコメントを求められて、「彼女ほどミュージシャンから憎まれた首相はいない」というようなことを言ったんだけど。

パンダ:まさに。僕は彼女の政権時代を直接は知らないけど、子供の頃、彼女の政策に怒った人たちの暴動を見たことを憶えている。

人頭税のとき?

パンダ:イエーイエー。僕の親の世代は本当に彼女のことに怒っていたな。とくに炭鉱閉鎖のことは本当に大きな問題だったんだよ。彼女は、音楽家やアーティストにとっての敵だったね。

なるほど。では、2010年の秋に『ラッキー・シャイナー』をリリースしてから、およそ2年半ぶりのセカンド・アルバムになります。この間、自身のレーベル〈Notown〉からは精力的なリリースを続けていますね。そしてまた、今回のアルバムのコンセプトでもある、世界のいろいろな都市を巡ったようでもあります。この2年半を総括すると、あなたにとってどんな2年半だったのでしょう?

パンダ:この2年で、僕の生活のすべては変わった。

というと?

パンダ:『ラッキー・シャイナー』を出したことによって、生活のすべてが変わった。ハッピーになったと言うべきなんだろうけど......(笑)。この2年は、とくに1年間は、『ラッキー・シャイナー』のためのツアーにつぐツアー、エンドレスなツアーだったよ。良いことなんだけどね。だって、それで音楽だけでやっていけているわけだし、生活できるんだから。〈Notown〉からは自分以外のアーティストの作品を出したりだとか......僕はアナログ盤が好きだから、自分以外のアーティストの作品をヴァイナルで出せるのがとても嬉しい。

ロンドンからベルリンには、どうして引っ越したの?

パンダ:彼女がドイツに住んでいるから。ほとんどの人は音楽のためにベルリンに引っ越すんだろうけど、僕はそうじゃなくて、彼女との生活のためだ。

ベルリンのナイトライフを楽しんでいる感じじゃない?

パンダ:他の国のクラブではfacebookのために自分の写真を撮ったりしているんだけど、ドイツでは撮影禁止なんで、それがなくて良い(笑)。なかでもベルリンは、ナイトクラビングするには最高の街なんだろうね。自由だし、ドラッグもセックスもできるし、安全だし、ドリームクラビングだよね。ただし、僕はナイトクラビングしないんだ。僕は仕事でクラブに行くから、自分の時間があるときは家にいる。だけど、みなさんは行ったほうが良いでしょう(笑)。

あなたの方向性はいわゆるクラブ・トラックとしてのテクノでもないし、実験音楽でもない。柔軟なスタイルですが、明確なスタイルを持っていないとも言えるますよね。自分の方向性についてはどのように考えていますか?

パンダ:ファースト・アルバムのときはみんなが集まって、ダンスする感じだった。新作はもっとビートが駆り立てるような感覚を意識しているんだ。でもやっぱダンス・ミュージックではないよね(笑)。どうしてなのか正直なところわからないんだけど、僕には自然なことなんだ。家ではハウスやテクノも聴いているのに、どういうわけか、自分が作るとダンス・ミュージック(DJミュージック)にはならない。僕はがクラビングに行かないことが影響しているのかもしれないけど、別にクラビングが嫌いなわけじゃないんだ。テクノやハウスも好きだから、その影響は絶対に出ているとは思うんだけどね。

たとえば前作の"You"のような、声を派手にチョップしたり、細かいエディットを前面に出すような曲はなくなりましたね。

パンダ:同じことは繰り返したくないからね......と言いつつも、実は"You"みたいな曲を12曲作ろうとトライはした。もしそれがうまくいっていたら、家が買えたかもしれない。きっとヒットしただろう(笑)。

ハハハハ。

パンダ:でもやっぱ、それはやりたくないというのが正直なところだったんだ。だって、それ("You")はすでにやったことなんだ。いちどやったことを自分で繰り返すことは、自分のなかで意味がない。

"You"のような曲はライヴでやれば絶対に盛り上がるでしょう。

パンダ:そうだね。みんなクレイジーになるよ。アメリカはとくに酷かったな。

『ラッキー・シャイナー』を出した直後に取材したとき、あなたは〈ラスターノートン〉が好きだと言っていましたよね。

パンダ:そうだったね。

だから、アルヴァ・ノトのようなレフトフィールドな方向に行くのかなとも思ったんですよ。そこは考えなかった?

パンダ:実験的な方向性は考えたよ。ただ、自分がやるアヴァンギャルドよりも他の人がやったアヴァンギャルドのほうが好きなんだと思う。僕も実験的な曲を作っているんだけど、リリースするくらいにそれが良い曲かと言われたら、わからないな。まだ自分で確信できないんだ。将来的には、ぜひやってみたいことなんだけど。

自分の方向性で悩んだことはない?

パンダ:あるよ。ただ、今回のアルバムは、自然に生まれたもので、そして、方向性ということで言えば、結局、『ラッキー・シャイナー』以前に戻ったんだ。機材がラップトップの前に戻った。それによって自由さを取り戻したと思っているんだ。"You"や"マレッジ"のような曲があまりにも受けたんで、ああいう曲からのプレッシャーがあったんだけど、そこを乗り越えたときに、何でも作って良いんだと思えるようになった。

アルバムに1曲、"S950"という、とても美しい曲があるよね。この曲の題名はアカイのサンプラーから取られています。何故?

パンダ:それは、その機械ひとつだけでできた曲だから。なんか、もっと綺麗で雰囲気のある曲名にすることもできたんだけど、たとえば"江ノ島"のような曲名にすることもできたんだけど、あえてそれを止めた。"S950"という機材の名前を知らない人にとっては、謎めいた記号だし、それにこの機材はUKの初期のジャングルやヒップホップで使われてきた名機でもある。だから、すごくUKっぽい機材なんだ。とにかく、特定のイメージを与えるような曲名は避けたかったんだ。

何故、そういう古い機材を使ったの?

パンダ:制限があるほうが好きなんだ。『ラッキー・シャイナー』の頃から、他にも多くの人がエレクトロニック・ミュージックを作っているんだけど、みんなエイブルトンっていうか、エイブルトンみたいに聞こえるものばっかりでしょ。ラップトップかエイブルトンみたいな......、だから......

エイブルトンを使いたくなかった?

パンダ:そう。マックスMSPは使ったけどね。あとドラムのためにトリガーもね。でも、やっぱラップトップをいじっているよりも、昔の機材を使っているほうが、単純に気持ちが良いんだよ。楽しいしさ。パソコンの画面を見ながらアレンジするのって、僕は好きじゃないんだ。

なるほど。ちょっとさっきも話に出たけど、"ウィ・ワーク・ナイツ"という曲のように、ビートもあるし、ハウスやテクノからも影響もあると思うんだけど、ゴールド・パンダはクラブ・ミュージックに近いようでいて、どこかで距離を置いているのは何故でしょうか?

パンダ:そもそも自分の音楽をクラブ・ミュージックだとは思っていないよ。クラブ・シーンの人が僕を受け入れてくれるのであれば、すごく嬉しいけどね。だけど、......ジシンナイネ。

はははは。

パンダ:クラブニジシンガニイ。技術的に自分にはクラブ・ミュージックは無理だと思ってしまっているんだよね。とくにハウス・ミュージックはすごく機能的でしょ。ダンスのための決まりごともあるだろうし、DJのための作り方もあるだろうし。僕にはクラブの才能がないんじゃないのかな。

はははは。

パンダ:誰かとコラボしたらできるかもね。

その中途半端さがあなたの魅力かなと思うんだけど。

パンダ:それって良い意味?

もちろん。

パンダ:良かった。

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都市のポジティヴなところを描きたかったっていうのがある。都市って、良くないところ、悪いところもあるでしょう。だけど、その反対に良いところもあるから。僕は都市で育ったから、都市からいっぱい影響を受けているんだ。


Gold Panda
Half of Where You Live

よしもとアール・アンド・シー

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よくフォー・テットなんかと比較されるじゃない。それって自分ではどう?

パンダ:似ているところはあると思う。

彼も、ものすごくクラブではないけど、ハンパにクラブっぽいというか。

パンダ:音楽性はまったく別モノだと思っているよ。

彼のバックボーンには、もっとジャズがあるもんね。

パンダ:それに僕は、自分なりの道を見つけてきているような気がするので。たしかに僕は、以前はフォー・テットにものすごく興味があった。最近では、彼は神様みたいになってしまったけどね。まあそれはそれでクールなことだと思うけど。

ベルリンのレーベルで〈Pan〉って知ってる?

パンダ:イエー。

似てない?

パンダ:ミー? ああ、アイドンノー。

〈Pan〉もエクスペリメンタルだけど、ポップだし。

パンダ:オッケー。

で、ダンス・ミュージックだけどクラブじゃないじゃない。

パンダ:イエー、ライ。アイシー。言われてみるとわかる。自分じゃそういう風に、外から見ないからね。そして、たしかに僕は〈Pan〉のいくつかの作品は好きだよ。ザッツグッレーベル。

彼女のお母さんに自分の音楽をなんて紹介する?

パンダ:エレクトロニック・ミュージックをやっています。コンピュータで音楽を作ってます。

それはどんな種類ですか?

パンダ:アイセイ、ダンス、イエー。

ハハハハ。

パンダ:実際は違っているけど、年を取った人には説明しにくいので。だから、ダンスって言うことにしている。自分ではそうは思っていないんだけど。

今回のアルバムを象徴する曲を選ぶとしたら、何になりますかね? "ジャンク・シティII"や"アン・イングリッシュ・ハウス"でしょうか? 

パンダ:"ジャンク・シティII"だね。

その理由は?

パンダ:前のアルバムとはぜんぜん違う。新しいものって感じがする。他にも、"マイ・ファーザー・イン・ホンコン 1961"や"アン・イングリッシュ・ハウス"や"江の島"や"ザ・モースト・リヴァブル・シティ"も気に入っている。自分が作りたかった曲を作れたという意味で、満足している曲だよ。いまは、『ラッキー・シャイナー』を作り終えたときよりもハッピーだよ。自分が気に入っている分、ファンの人がどう思うかはちょっと心配だけど。

何故?

パンダ:自分でも気に入っているから、それがどこまで受け入れてもらえるか心配なんだよ。だけど、今回のアルバムは人にどう思われようが、かまわない。僕が好きだから。『ラッキー・シャイナー』の評判が良かったから、それとは違った音楽になってしまったし、ちょっとビビっているんだよね。

『ハーフ・オブ・ホェア・ユー・リヴ』には、とても魅力的なメロディがあるし、リズムだって良いし、大丈夫でしょう。

パンダ:ホント? 

ホント。

パンダ:おー、サンクス!

『ラッキー・シャイナー』の派手さはないかもしれないけど、『ハーフ・オブ・ホェア・ユー・リヴ』は繰り返し聴くことになるアルバムだよ。

パンダ:『ラッキー・シャイナー』との比較で言うと、新作のほうが、さらにアルバムっぽいと思う。ストーリー性もあるし、すべての曲に共通感覚がある。繋がりがあって、アルバムらしいアルバムだと思うね。

都市をコンセプトにしようと思ったのはどうしてですか?

パンダ:ずっとツアーだらけで、都市をめぐるってこと以外のことしかしていなかったんで。

ツアーだらけって、どのぐらいツアーしていたの?

パンダ:1年、毎週末ライヴだった。エレクトロニック・ミュージックがバンドと違うのは、クラブナイトでもライヴができてしまうことだよね。ステージがなくてもブッキングされてるから、毎週末ライヴだった。『ラッキー・シャイナー』以前は、やりたくない仕事をやりながら音楽をやっていたんだけど、『ラッキー・シャイナー』以後は、ホントにそれだけになってしまった......仕事として音楽をやっているからね、いまは。

毎週末ライヴやっていると発狂したくなる?

パンダ:イエー(笑)。だからこそ、新しい作品を作る必要があったんだ。

しかし、『ラッキー・シャイナー』1枚で世界を回ったっていうのもすごいよね。

パンダ:イエー。喜ぶべきことなんだろうね。

DJをやればいいじゃない?

パンダ:DJもやったほうが良いとも思う。他の人の音楽をかけることで成り立つわけだからね。でも......、やらないね、たぶん(笑)。ゴールド・パンダ名義でライヴをやればお金をもらえるけど、DJではいちからのスタートになってしまうから、お金ももらえないんじゃないかな......。ドイツだとDJするのに50ユーロ払わなければならないのって知ってる?

なにそれ?

パンダ:新しいロウ。

あー、それ聞いた。それはクラブが払うんじゃないの?

パンダ:だったんだけど、いまの新しい法律では、DJが払うんだ。しかもハードドライヴもチェックされて、そのなかに何曲入っているかまでチェックされて。

ひでーな。

パンダ:もしかしたら100万曲入っているかもしれないでしょ。そこまで調べるんだよ。現実離れしている。反対派の人も多いよ。

"江ノ島"という曲が入ったのは?

パンダ:最近、リョウ君(注:仲良しの日本人)と一緒に行ったんだよね。

リョウ君の実家には泊まった?

パンダ:昨日、一泊した(笑)。

リョウ君のお母さんに「ただいまー」って(笑)。

パンダ:タダイマー(笑)。

ハハハハ。

パンダ:江ノ島は前から好きだったけど、最近行ったときがホントに楽しかった。写真もいっぱい撮った。

ツアーで都市ばかりまわっていたから都市がコンセプトになったという話だけど、さらに突っ込むと、最終的にアルバムは都市の何を描いているの?

パンダ:都市のポジティヴなところを描きたかったっていうのがある。都市って、良くないところ、悪いところもあるでしょう。だけど、その反対に良いところもあるから。僕は都市で育ったから、都市からいっぱい影響を受けているんだ。

エセックス・ボーイだからね。

パンダ:そうそう(笑)。"アン・イングリッシュ・ハウス"っていう曲は、UKのことを歌っているんじゃないんだよね。これは、ベルリンにある僕の家のことなんだ。僕はドイツに住んでいるんだけど、家のなかはイギリスなんだ。つねに紅茶を飲んでいるしね。

"ジャンク・シティ"はどこの街?

パンダ:その曲だけが架空の都市だね。昔の、90年代の、僕が空想するトーキョーだよ。快楽的で、ちょっと頽廃した都市だ。ハハハハ。

そうだよね、90年代の渋谷なんか、マジックマシュルームがセンター街の入口で売られていたくらいフリーキーだったからね。

パンダ:あー、イエー。

クレイジーだったね(笑)。

パンダ:僕はその時代のトーキョーを見れなかったから、空想したんだ。

アートワークが面白いよね。結晶みたいなデザインでしょ。

パンダ:幾何学的だけど、実は都市のデザインなんだ。さらにヴァイナルはもっと凝ったアートワークだよ。コンクリートの灰色で、いろいろな都市の場面が見えるようになっているんだよ。

『ハーフ・オブ・ホェア・ユー・リヴ(あなたが生きている場所の半分)』というタイトルの意味は?

パンダ:長く温めていたタイトルなんだ。さっきも言ったように、都市の全体ではなく、都市の良いところに焦点を当てているアルバムだし。街の真実を見極めようってアルバムじゃないんだ。

何で?

パンダ:僕は、街の良いところしか見ずに、そして街を去って空港に行く、来る日も来る日も(笑)。

いちばん良い思いをした街は?

パンダ:イチバンイイオモイ......シアトル!

意外な。

パンダ:あと、ポートランド。

へー。

パンダ:レコード店が25軒くらいあるんだよ。

それは良いね。貧乏なミュージシャンばっか住んでいるんでしょ?

パンダ:イエー、イッツファニー。僕は、自分をものすごくイギリス人だと思っているから、アメリカなんか大嫌いで、行ったら絶対に嫌な思いをするんだろうなと思っていたんだ。で、実際に行ったら、大好きになった。サイコウデシタ(笑)。

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