こ、こ、これは......マユリちゃん、あるいはken=go→や佐藤大、あるいは石野卓球にもぜひ見てもらいたいですね。フレンドリー・ファイアーズ(デビュー・アルバムであのジェイミー・プリンシプルの声が思い切りセクシャルな"ユア・ラヴ"をカヴァーした、UKの若手のバンドですよ)のセカンド・アルバム『パラ』からのファースト・シングル「Live Those Days Tonight(あの日々の夜を生きよう)」のPV、rave on!

こ、こ、これは......マユリちゃん、あるいはken=go→や佐藤大、あるいは石野卓球にもぜひ見てもらいたいですね。フレンドリー・ファイアーズ(デビュー・アルバムであのジェイミー・プリンシプルの声が思い切りセクシャルな"ユア・ラヴ"をカヴァーした、UKの若手のバンドですよ)のセカンド・アルバム『パラ』からのファースト・シングル「Live Those Days Tonight(あの日々の夜を生きよう)」のPV、rave on!

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MAYER HAWTHORNE
NO STRINGS
STONES THROW / US / 2011/5/12
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WILD RUMPUS
CLOUDHOPPING / TIKKETY-BOO
BITCHES BREW / UK / 2011/5/12
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HOLGER CZUKAY
HIT HIT FLOP FLOP / HEY BABA REEBOP
CLAREMONT 56 / UK / 2011/5/12
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BANDA ACHILIFUNK & OJO
I BELIEVE IN MIRACLES
LOVE MONK / SPA / 2011/5/8
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90年代の日本では、ミュート・ビートのレゲエ叙情主義とはまた別の水脈において、ベース・ミュージックの実験が繰り広げられていた。東京では代々木にあった〈チョコレート・シティ〉というヴェニューがその最初の震源地のひとつとなったが(そこはヒップホップ/レゲエのクラブとして知られ、あるいは日本で最初のジャングルのイヴェントが開かれていた場所でもある)、その周辺にいたドライ&ヘビーはオーディオ・アクティヴらとともに渋谷系がフランス映画のサントラ・レコードを掘っていた時代に70年代のジャマイカのサウンドシステムの痕跡をひとつひとつ吟味していた。
こと秋本武士と七尾茂大によるドライ&ヘビーは、ベース奏者とドラマーがそのバンドの中心となるレゲエのスタイルをそっくりそのまま踏襲し、アストン・バレット、グレン・ブラウン、ボリス・ガーディナー、ロビー・シェイクスピア、リロイ・シブルス等々(以上、ベーシスト)、カールトン・バレット、スライ・ダンバー、スタイル・スコット、あるいは映画『ロッカーズ』の主役となったホースマウス・ワレス等々(以上、ドラマー)の領域を目標とした。レゲエは、親しみやすいメロディ・パート(歌、あるいはホースセクション)とアフリカから来ているリズムのパートのふたつの構造からなっている。そして、レゲエほどリズムのパートが脚光を浴びた音楽はない。レゲエ・ファンはシンガーの名前と同等に、ときにはそれ以上の重要性をもってベーシストやドラマーの名前を覚えるのだ。
ドライ&ヘビーが重要な働きを見せたのは1990年代後半からゼロ年代にかけてで、彼らは当時、ザ・ブルー・ハーブやシンゴ02といったラップの新しい勢力と共振しながら、それまでの日本のラスタカラーのレゲエとは別の、異種格闘を好む新しいベース・ミュージック・シーンのエースとして君臨した。ダブとヒップホップが交錯する都会のアンダーグラウンドをホームとしながら、あるいはリクル・マイという魅力的なシンガーがいたとはいえ、ドライ&ヘビーはそれが自分たちの誠実さの表れであるかのように、二拍/四拍のアクセントに特徴を持つワンドロップと呼ばれるリズムとひたすらシンコペーションするベースラインというジャマイカの基本文法に忠実なだけだった......が、しかしそれが当時、急速に増えていった葉族やらダンサーやらの心身にダイレクトに訴える音となったのだ。要するに、UKのレイヴ・カルチャーがアシッド・ハウスでやったことを彼らはレゲエでやったとも言える。
さて、これは喉元をぎゅっと絞められた『ブラックボード・ジャングル・ダブ』が地底の奥深くから噴射しているような、そう、9年ぶりの、秋本武士と七尾茂のふたりによるドライ&ヘビーの新曲だ。片面10分以上、両面で20分ちょっと。それも〈ブラック・スモーカー〉からのリリースで、キラー・ボングは例によってミステリアスな彼の言葉の断片を食いちぎっては地面に吐き付けているようだ。一時期オーディオ・アクティヴでギターを弾いていたカサイも参加して、ダーティーなソウルのこの怪しげな饗宴にやんわりと色気を与えている。
B面の"One Shot One Kill"はそのダブ・ヴァージョンとなっているが、それは装飾性を剥いだ、より骨組みだけを際だたせたミックスになっている。ローファイでこもり気味の低音はスピーカーのコーンを限界まで震わせ、デジタル時代に顕著となったチージーな高域はすべてカットされている。中域に重点をおいた音のバランスは、この10年カセットテープでリリースされるドローンのサウンド・オペレーションと重なるものがあるが、実際の話、ふたりのセッションは瞑想的で、スピリチュアルにも感じる。お決まりのディレイやリヴァーブもない。まあ、彼ららしいストイシズムの境地が展開されている。
こういうレコードを買うのは、いまでも苦労する。すぐに売り切れしまうからだ。本当に音を必要としている人たちが、あっという間に群がってそれをひきちぎってはそれぞれの地下室へと消えていくのだ。
アルビ二・コンプレックス。ロックの世界にはそれがあると思っている。〈タッチ・アンド・ゴー〉をはじめとして、グランジ以降のアメリカン・アンダーグラウンド・ミュージック・シーンに絶大な影響をおよぼし、いまなおリスペクトを受けつづける名エンジニア、スティーヴ ・アルビ二。ニルヴァーナやピクシーズの録音で知られるのはもちろんだが、オーストラリアのジャンク・バンド、マイ・ディスコからジョアンナ・ニューサムまで、若いアーティストからの信頼もあつく、現在も数多くの仕事をこなしている。自身もギタリストとしてビッグ・ブラック、レイプマン、シェラックを率いた。いずれも カルトな人気とともに、80年代後期から90年代、まさにグランジ黎明期の逸盤として記憶され、聴き継がれている。それまでのギター・ヒーロー像の真裏をゆくような、まるで「職人」や「裏方」「楽器屋」にさえ見えてきてしまう立ち姿。あの機能性を重視する佇まいは、音楽シーンへのシニシズムと音そのものに対する執着を感じさせてクールだったし 、音自体もじつに殺伐として、MTVの時代を冷ややかに、超然と見下ろすものであっただろう。殺伐。硬質。荒涼。といった表現がよく当てられるギター・サウンドは、ちょうど骨と皮のように余分なものをそぎ落としたストイックな響きに満ちていて、いま聴いても新鮮だ。このストイシズムに対しては、ほとんど信仰といってもよいほどの支持がある。とくに男性に多い、というと偏見だろうか。私はそれをアルビニ・コンプレックスと呼んでいる。
サイキック・パラマウントが指向するのも、そうしたストイシズムではないかと思う。ライトニング・ボルトやゴッドスピード・ユー!ブラック・エンペラー、またモグワイ、ドン・キャバレロなどと比較されるニューヨークのアヴァン・ノイズ・ロック・トリオ、サイキック・パラマウント。挙げられているバンド名からすれば、ポスト・ロックらしいポスト・ロックである。高度な演奏技術と構築性の高い楽曲。しかし、今作『II』の枯山水のように色味のない(というか、色彩が抽象化されてモノクロになったとでもいうような)、硬く殺伐としたギターを聴いていると、アルコンをおおいに刺激する音だと思わずにいられない。彼らがアルビニ信者であるかどうかは知らないが。
ミニマルな展開だが、"RW"の緊張感はすさまじい。不穏な響きを持ったギターに乾いたドラミング、機械のようなベースが延々と同じフレーズをくり返し、いつしか異様な興奮状態を呼び寄せる曲である。音の張りつめたテンションのみで出来上がっていて、廃工場の無人の風景を思わせる。"DDB"なども同様だ。だがバーストしたベースが最終的に曲中にひとつの中心というか、カタルシスを準備してしまっているところが違いといえば違いである。後半の爆音サイケデリック・ジャムなど、ファンキーなビートも手伝って高揚感が半端ではない。ハードなダンス・ナンバーだとさえ言えそうだ。"N6"も16分音符の連なりに緊迫感を孕むが、やはり最終的には轟音ギターに身体的な解放の契機が潜んでいる。この点には、エクスプロージョンズ・イン・ザ・スカイやア・プレイス・オブ・べリー・ストレンジャーズなどシューゲイズとして解釈されるバンドとの共通点が聴き取れなくもない。昨今のトレンドを意識するものではもちろんないだろうが、リスナー側からすれば、彼らを聴きはじめるひとつのきっかけにはなるだろう。冒頭の"イントロ"が、じつはもっともこうした傾向が顕著である。手数の多いドラムが、フィードバック・ノイズの嵐の中を駆け巡り、その壁のような音圧に身体全体をさらすようにして聴く。ストイックに絞られた音の合間に、こうした部分が時折浮かび上がるのも『II』の魅力である。
前作から間があいているが、2002年の結成からライヴ・アルバムと再発盤を除けば3作目となる。次代を占う作品とは言いにくいが、時代性とは関係ない部分で非常に優れた作品だと思う。
昨年、カヴァー・アルバム『ファイヴ・フィンガー・ディスカウント』によって歌のさらなる奥深い領域に踏み込んだPhew、そして音楽のあり方を問い続ける偉大なるピアニストの高橋悠治という、ふたりの"一匹狼"系の音楽家が共演することになった。5月28日、見逃さないように!
contrarede presents
Phew x 高橋悠治
Opening Act : Sachiko M
5/28(sat) Shibuya WWW
https://www.contrarede.com/special/phew.html
■演奏予定曲目
Klage an das Volk(高橋悠治)
パレスチナの子どもの神さまへの手紙(高橋悠治)
おやすみなさい(高橋悠治)
The End(The Doors)
平和に生きる権利(V・ハラ)
不屈の民(S・オルテガ)
グノシエンヌ(E・サティ)
Je te veux(E・サティ)
こどもの国家(H・アイスラー)
働く母親のための4つの子守唄(H・アイスラー)
墓碑銘(K・ヴァイル)
他

朝起きて火を付けて、そして寝るまで煙を吸い続けるレゲエの妄想狂にとって70年代のリー・ペリーはハイル・セラシエであり王でありライオンであり、そして道化た予言者であり風変わりな哲学者だ。彼の黙示録的で気まぐれで、そしてディアスポリックなヴィジョンは、「具体的な矛盾の素晴らしい解決」として汎アフリカ主義と抵抗を結びつけた。西欧文明の抑圧のなかで磨かれた、ときに"故障したリズム"と形容される彼の感性が、ずば抜けてぶっ飛んだ『スーパー・エイプ』やおぞましくも瞑想的な『ハート・オブ・コンゴス』へと結実していることは周知の通りである。
なかば原理主義的とも言える聖書の引用とマーカス・ガーヴィへの言及は、正気であることを嘲笑うかのように何度も何度も繰り返されているばかりか、ペリーは自らを「王」と呼び、「神」と呼び、あるいは「地球」、あるいは「認められし者」と呼ぶ。こうして彼の音楽は実に奇っ怪で、おおらかな啓蒙主義へと発展する。かくして......この30年ものあいだ、ルーツ・レゲエは奇妙な神話として世界のいたる場所で拡大した。
『ライズ・アゲイン』は、信者たちが文句なく賞賛する彼の70年代のいわばルーツ・レゲエのスタイルを意識して録音されている。ベースにビル・ラズウェル、ドラムはスライ・ダンバー、そしてキーボードにはP・ファンカーのバーニー・ウォーレル。卓越した演奏力を持つ彼ら"70年代組"のリディムは、実際のペリーの70年代の乱雑さとは比べようがないほど、ストイックに引き締まっている。それはこの作品の品質を保証するには充分である。
他にルーツ・ファンにはお馴染みのドクター・イスラエル、もっとも興味深いのはTV・オン・ザ・レイディオのヴォーカリスト、トゥンデ・アデビンペの参加だが、彼がこのアルバムに影響を及ぼしている感じでもない。このアルバムはただ、74歳のダブの創始者への愛情で溢れている。ペリーは、アルバムの冒頭からさっそく啓蒙をはじめる。「盗人なんかになるんじゃないよ/そして肉を食べるんじゃない/野菜を食べないとな」、そしてこう続ける。「俺は地球の主/俺はリー・スクラッチ・ペリー/74歳には見えないだろう」
これだけ尊大な態度を繰り返しても、こうした彼の無邪気さはファンにとってはむしろ彼への愛情を掻き立てるのだ。"ライズ・アゲイン"や"アフリカン・レヴォリューション"で歌われるお馴染みの言葉(ハイル・セラシエにマーカス・ガーヴィ、エチオピア等々)は失笑を買いかねないが、それでも"アフリカン・レヴォリューション"のような彼の汎アフリカ主義がステージで演奏されれば拍手で迎えられるだろう。アルバムを通してペリーは霊媒師となって、死者を蘇らせようと奮闘し、そしてアフリカに呼びかけている。
もっとも僕が感心したのは、いくつかの曲ではわりとしっかりペリーがメロディを歌っていることである。これはビル・ラズウェルのプロデュース力によるものだろう。ペリーの声の魅力もうまく録音され、『ライズ・アゲイン』(再び立ち上がる)というタイトルに相応しい力作となっている。
クローザー・トラックは日本食を賞賛した曲だが、ペリーはこれまでも"食"をテーマにした曲を作っている。そう、"ロースト・フィッシュ、コーリー・ウィード&コーン・ブレッド"は、老境に達した芸術家にとって日本食となったのだ。
オド・フューチャー・ウルフ・ギャング・キル・ゼム・オール(OFWGKTA)は、『ニューヨーク・タイムス』によれば「ヒップホップ文化論争を再燃させるための発火点」だそうで、若干20歳のタイラー・ザ・クリエイターの闇雲な怒りや絶望は、非道徳的な、女性蔑視ないしは同性愛嫌悪の文脈や暴力のファンタジーを誘発しかねないような、『ガーディアン』が言うには「胃にずしりと来るような」、ある意味すれすれの表現として大人たち、とくに良識派と言われる白人インテリ層の歯ぎしりを誘っている。『ガーディアン』のその記事内に記された情報によれば"ヨンカーズ"においてラップされるメンバーのシドとは実際にゲイだという話もあって、だとすれば彼らの表現は2ライヴ・クルーのような単純な構造ではないし、それでもタブーを弄んで大人たちからの憎悪を我が身に招き入れるようなその態度ゆえにオド・フューチャーは"新しいセックス・ピストルズ"と形容されているわけだが(いずれ磯部涼あたりがしっかり書いてくれるでしょう!)、アリ・アップが生きていたら間違いなく彼らを肯定しただろう。彼女はおうおうにしてインテリから批判の対象とされたもの――ラップのうぬぼれた自意識過剰さやジャマイカの保守的な文化(それは僕も同じように批判的にアプローチしたものでもある)――を擁護して、そして彼女に共感するフェミニズムに対しては冷ややかに対応した。それが良いか悪いかという話ではない。僕が見る限り、彼女はとにかくそういう人だった。
先日、本サイトの「Sound Patrol」で7インチを紹介したように、これはニューヨークのスカ/ロックステディ・バンド、ザ・スラッカーズのメンバー、ビクター・ルジェイロとアリ・アップによる未発表コラボレーション作品集である。全5曲なのでアルバムというにはおよばないが、彼女の声が聴けるだけでも充分に嬉しいリリースだ。もちろんこれはあくまでファン心理であって、この作品を誰かに推薦しようとは思わない。もしアリ・アップがいまも生きていてこの作品を出したら、「何を中途ハンパな作品を出して......」などと文句のひとつでも書いていたかもしれない。それだけ彼女のキャリアを見たらたいしたことのない出来だが、いまは亡き彼女の未発表音源だと知っている身で聴いていると「何て素晴らしいのだろう......」などと思ってしまうのである。誰かにこうした事態をオカルトだと非難されたとしてもうまく言い返せないだろう。
が、しかし、実を言えば、そうした気持ちになれることを僕は嬉しくもある。国も言語も宗教も主食も何もかもが違う場所に生まれながら、音楽はその伝えたい思いにのみによって人を繋げることがある。よく人から「何をそんなに海外の音楽に思い入れるのだ」と言われるが、僕にしてみればたかが日本人同士というだけで通じ合えるとも思っていないし、海外だから好きだという、そんな単純な理由で音楽を選んでいるわけでもない。このことについて考えると、アリ・アップという人間はアリ・アップ以外にいないという当たり前の現実認識へと結ばれる。そしてセンチなことを言うようだが、30年以上もずっと好きでいられる音楽と出会ったことにあらためて喜びを感じる。15歳のときにアリ・アップを好きになった以上に、彼女について詳しくなったいまのほうがさらに好きになっている。彼女の話を聞くなかで、ほんのわずかだろうが、以前よりも心が広くなったような気になっているからである。
というわけでザ・スラッカーズのファンの方には本当に申し訳ないが、このCDを買った理由はアリ・アップが歌っているからである。"ベイビー・マザー"に対する"ベイビー・ファダ"は、小さな子供を持ったお父さんに向けて歌っているのだろう。"親"と呼ばれる人たちに向けて「未来のためにしっかりせい」と言っている。日本では子供を産んだ女性ミュージシャンが「子供サイコー!」と興奮したり、スピリチュアルやオーガニックに行くことは多々あっても、あるいはアメリカにはパティ・スミスのような社会派はいても、猥雑さに身をおきながら"親"と呼ばれる人たちに向けてパンクなメッセージを吐ける人はそういない。アリ・アップはそれがなんであれ権威や権力といったものを嫌悪し、ゼロ年代に殺人音楽と罵られたダンスホール・レゲエというスタイルをジョン・レノンのような大きな愛の歌に変換した。これ以上、何か付け足すことはあるのだろうか。
![]() アナログフィッシュ 失う用意はある?それともほうっておく勇気はあるのかい felicity |
〈フェリシティ〉といえば、カジヒデキからSFPまでというか、昨年は七尾旅人にやけのはらにTHE BITEなどなど、今年に入ってからも石橋英子のソロ・アルバムと、あまりにも幅広いリリースをしているレーベルだが、もとをたどれば渋谷系のど真ん中に行き着く。それがいまプロテスト・ソングを歌うロック・バンドとして巷で話題のアナログフィッシュと契約を交わし、新作をリリースするというのも時代と言うべきなのだろうか......。プロデュースは、かつてフリッパーズ・ギターを手掛けている(まさに渋谷系の先達とも言える)サロン・ミュージックの吉田仁だ。
『失う用意はある?それともほうっておく勇気はあるのかい』という、その挑発的なタイトルは、菅直人の浜岡原発停止の要請に対して、夏場の電力が足りないなどという議論のすり替えを持ち出しながら、この期におよんでも原発肯定論に持っていこうとする魂胆がいたるところで散見できる現在において、若者たちからの「現在の我々を支配している一見豊かに見える生活水準を失ってもいいじゃないか」という主張として機能する。豊かと言われる生活の背後にあんなおっかない装置があったことを知った以上、失う用意はある? というわけだ。この曲は震災が起こる数か月前に書かれたものだが、奇遇にも、それは現在の言葉となった。
ちょうど反原発のデモのあった4月30日の渋谷で、このバンドで歌詞を書いて歌っている下岡晃に会って、話を訊いた。
日本の社会に違和感を感じているからだと思います。子供の頃からずっとあったものだったし、ただ、それが俺だからそう感じているのか、本当に世のなかがおかしいのか、その辺はぐじゃぐじゃでよくわからなかったけど、でも、何でこういうことになっているんだろう? っていう考えはずっと自分にあった。暮らしていて、気持ちにそぐわないことが多いなというか......。
■そもそもどうしてはじまったんですか?
下岡:地元の同級生だったベースの(佐々木)健太郎と、暇なときに「暇だー」と言ってはじめたのがアナログフィッシュです。
■最初からいまのような社会を主題とした言葉を歌っていたんですか?
下岡:時代によって変わっています、本質は変わっていないと思いますね。
■なにがきっかけで生まれたバンドだったんですか?
下岡:中学のときにユニコーンを聴いたのが最初で、僕の中学は本当に小さな村にある中学で、ユニコーンですら聴いている人がいないような。ユニコーンですらマイノリティでオルタナティヴだったんです。唯一、いっしょに聴いてくれたのがベースの健太郎だったんですね。その後僕、高校はオーストラリアに行くんですけど......。
■え、なんでまた?
下岡:うちの親がオーストラリアの人を家に泊めてあげたり、好きだったみたいで、それでなんか......姉がすごく勉強ができて、英語も喋れて、「行く」って言い出してたんで、俺も便乗して......はい(笑)。
■へー、ちょっと変わった家族ですね。
下岡:ミーハーですね。
■なんでも人口6千人の村で育ったとか。
下岡:そうそう。
■そこからいきなりオーストラリアですか。
下岡:2年メルボルン、2年シドニーでしたね。
■高校出てからもしばらくいたの?
下岡:いや、高校卒業と同時に戻ってきて、姉ちゃんは勉強できるから大学行かせるけど、お前は勉強できないから実家継げって。だから継ぐつもりでいっかい田舎に帰って、で、嫌になってバンドをはじめた。
■ハハハハ。洋楽はメルボルンで聴いていたの?
下岡:いや、それがぜんぜん。インターナショナル・スクールに通っていたんですけど、アジアの金持ちの子とか、都会から来た子がほとんどで、人口6千人の村から来た僕に対して、「ここは何て田舎だ」とか言って(笑)。洋楽はシドニーに行ってからですね。オアシスとかウィーザーとかプロディジーとか......片っ端から聴いてましたね。
■長野に戻ってバンドをはじめたのが?
下岡:97年か98年ですかね。
■アナログフィッシュという名前はどこから来たんですか?
下岡:なにせ村なんでライヴハウスなんかもなく、主にベースのヤツの家で活動をするんですけど。
■どういう活動を(笑)。
下岡:宅録活動ですね。田舎なんでまわりに家もなくドラムも叩けるんです。で、あるときベースの健太郎が『ロッキングオン・ジャパン』を持ってきて、ある広告ページを開いて「ここにデモテープ募集って書いてあるぞ」って言うんですね。それで、「おまえ電話してみてくれ」と。それで電話したら「バンドは名は?」と訊かれて、「アナログフィッシュです」と。ホントにそれはとっさに出てきた名前ですね。当時は漠然と頭にあった名前だったんでしょうけどね。
■アナログフィッシュというとね、意味のない言葉というか。
下岡:そうですね。英語としてもおかしいし。
■ナンセンスな言葉ですよね。そんなナンセンスな名前のバンドがどうして社会に向かったのかっていうね。
下岡:なんでだろう(笑)。
[[SplitPage]]日本の洋楽の聴かれ方って、第二次大戦後の民主主義の入り方と同じで、歌詞の部分が拘らなさすぎているなって思うんですよ。洋楽を聴いて、愛の歌もあるけど、同じように政治の歌もあるじゃないですか。それはダサいものかもしれないけど、でも、あるものなんですよね。
![]() アナログフィッシュ 失う用意はある?それともほうっておく勇気はあるのかい felicity |
■最初からは社会をテーマにしていたんですか?
下岡:そんなに面と向かってはいなかったけど、基本的にはずっと自分は変わってないと思います。初期の頃は......もっとモヤモヤしたものをやりたかったんだと思います。最終的にはちょっとかわしてみたりとか、ゆらゆら帝国のフォロワーの人たちがやっているようなことをやってみたかったんだと思います。
■じゃあ、敢えてナンセンスなものも取り入れたり?
下岡:「変だね」と言われるようなものを歌ったり。
■実は僕、ユニコーンって聴いたことないんだけどさ、ユニコーンって社会派の歌詞を歌っていたわけじゃないでしょ?
下岡:じゃないですよね。
■誰かの影響ってわけじゃないんだ?
下岡:ホント、どこから来たんでしょうね。
■だってさ、『ロッキングオン・ジャパン』とか読んでてもさ......って読んだことないんだけどさ、たぶん、社会のことを歌うロック・バンドって日本にあまりいないでしょ?
下岡:いない......と、俺も感じます。
■頭脳警察とかさ。ソウルフラワーとかさ、いないことはないと思うけど、圧倒的に少ないですよね。とくに若いロック・バンドでは。
下岡:いないですよね。なんでいないのかなぁ。
■まあ、そういういないなかで、なんでアナログフィッシュの言葉は生まれたんでしょう?
下岡:言葉遊びだったり......歌詞を書くときには他の要素もあるんですけど、僕が書くのはどうしても世界との確執、違和感のようなものになってしまうんですね。そういうのが多かったんです。それがどんどん直接的になってきたんです。ソニーでやってきたときに、「こういう歌詞はダメだよ」って言われたことがあって、「いやだって、ボブ・ディランとか普通に歌っているじゃないですか」と言うと、「ボブ・ディランはボブ・ディランだから」って言われて。
■そんなことを歌ったら売れなくなるよってことだよ(笑)。
下岡:そういうことだったのかなぁ。
■〈フェリシティ〉レーベルのボスである櫻木(景)さんは、今回の取材のときに「昔の作品は聴かなくていいです」って僕に言ったんだよ。「今回がデビュー作ですから」って(笑)。
下岡:ハハハハ。
■しかしいまボブ・ディランの名前が出たけど、やっぱ洋楽からの影響は受けているんですね。
下岡:僕はオザケン好きなんですけど、オザケンにも同じものがあると思っているんですよね。あと、ボブ・ディランも好きだし、ケイクも好きだし、REMとか......。
■たしかにアメリカの音楽には、社会について歌うという伝統があるよね。
下岡:僕自身もアメリカの音楽を聴いて育ったから、そういうことに違和感がないというか、それが普通というか、そう思ってきたから。逆になんで(日本のバンドは)歌わないのかな? とはずっと疑問だった。
■やっぱアメリカの音楽が好きだった?
下岡:イギリス、アメリカって分けて聴いてたわけじゃないけど、アメリカの音楽のほうが好きですね。
■REMのようなアメリカの音楽になぜ惹かれていったの?
下岡:それは俺が、日本の社会に違和感を感じているからだと思います。子供の頃からずっとあったものだったし、ただ、それが俺だからそう感じているのか、本当に世のなかがおかしいのか、その辺はぐじゃぐじゃでよくわからなかったけど、でも、何でこういうことになっているんだろう? っていう考えはずっと自分にあった。暮らしていて、気持ちにそぐわないことが多いなというか......。
■たとえば?
下岡:なんで大人はつまらなそうに働いているんだろう? とか。なんで働かなきゃいけないんだろう? とか。そういうのって子供っぽいけど、ずっと思ってましたね。
■うん、ホントにそうだよね。
下岡:で、そうした議論をしても結局、誰もが納得できる説明ができないけど、音楽というのはそのメッセージを共有することで何か解消できることがあるじゃないですか。結論はでなくても、何か気持ちを前に進ませるというか。
■なるほどね。そういうカタルシス以上に、伝えたいことがある音楽だと思うけどね。いまのところリアクションはどうなんですか?
下岡:うーん......まだ、そんなに返ってきているものはないんですけど、ライヴでやっていると熱くなり方は違ってきていますよ。そこは感じていますね。
■じゃ、それなりの手応えがあるんだね。
下岡:そうだね。
[[SplitPage]]なるべくわかる言葉でプロテスト・ソングを歌いたいというのもあった。難しい言葉でそういうことを表現するのもイヤだったし......やっぱ、洋楽聴いてるリスナーはダサさ/ダサくないで聴いている人が多いじゃないですか。だから、そこはもう、ダサいと言われてもいいんです。
![]() アナログフィッシュ 失う用意はある?それともほうっておく勇気はあるのかい felicity |
■ちなみに〈フェリシティ〉レーベルのボスの櫻木さんは、90年代は〈トラットリア〉というレーベルで働いていて、アナログフィッシュとは真逆の音楽をばんばん出していたんですよ。
下岡:ハハハハ、知ってます。
■僕もどちらかといえば、普段は、現実逃避するための音楽ばっか聴いているんです(笑)。下岡くんはそういうの嫌いでしょ?
下岡:いや、そんなことはないですよ。俺はいま、TV・オン・ザ・レディオとパッション・ピットが好きなんですけど、TV・オン・ザ・レディオには(社会が)ありますけど、パッション・ピットにはない。あれは気持ちよさですね。
■TV・オン・ザ・レディオは僕も大好きだけど、あれはたしかに歌詞も面白いけど、何よりも音が圧倒的に格好いいじゃない。
下岡:うん、格好いい。あのギターの人......。
■デヴィッド・シーテック?
下岡:デヴィッド・シーテック、あの人の作る音はすごいと思う。とくにうちのドラマー(斉藤州一郎)は、ヴァンパイア・ウィークエンドやMGMTやダーティ・プロジェクターズみたいなのが大好きで、だから音の良さで聴くってこともありますよ。
■MGMTなんて現実逃避でしかないもんね(笑)。
下岡:そうですね。だから、両方あるんですよ。メッセージに関しては本当に俺の気持ちなんですね。
■なるほど。逆に日本では少数派だから歌詞に注目が集まってしまうんだろうね。しかし、何故、日本ではプロテスト・ソングは少数なんだと思う?
下岡:......うーん、なんか......売れないから。
■ハハハハ。何故売れないんでしょう?
下岡:関心がない......でも、俺、関心がないとは思わないんだな。昔はそう思っていたけど。ただ、日本の洋楽の聴かれ方って、第二次大戦後の民主主義の入り方と同じで、歌詞の部分が拘らなさすぎているなって思うんですよ。
■ロックのスタイルは輸入されたけど、文化の根底にある言葉の力みたいなものもしっかり輸入されてるわけではないからね。
下岡:洋楽を聴いて、愛の歌もあるけど、同じように政治の歌もあるじゃないですか。それはダサいものかもしれないけど、でも、あるものなんですよね。なのに、洋楽に影響を受けた人が作る音楽に言葉が入ると、おしなべて、総じて、意味のない言葉になっているっていうのがあって、それは何でだろう? って。感覚だけで作られた言葉っていうか、そういうのは俺は好きになれない。
■なるほど。
下岡:なんでそんな理解なのか。洋楽っぽいって言われる日本のバンドほど歌詞が熱くないんですよ。まったく意味がない。
■あまりにも社会がない?
下岡:何でなんだろう? って思う。何でそこを抜かすかわからない。
■その件に関して僕も昔すごく考えたことがあったけどね。
下岡:結論は?
■極論すれば、日本では音楽は娯楽の範疇なんだと思いますよ。良くも悪くも。
下岡:そうですね。
■アメリカなんかは真逆だよね。音楽は社会のいち部として機能し過ぎちゃってるから、選挙の度にミュージシャンが出てくるもんね。民主党だろうと共和党だろうと、ミュージシャンや映画の役者が出てくるじゃない(笑)。
下岡:ああ(笑)、俺、あれもイヤなんだけど。
■僕も、あれはどうかと思うときがある。あそこまでいくと八百長プロレスじゃないけど、利用し利用されるって感じがね。
下岡:そうそう。
■ただ日本ではそれが無さ過ぎるのも事実で、大物では坂本龍一さんぐらいですよね。何でそうかというと、やっぱ日本における音楽は社会や政治的な文脈とは別のところで発展したってことが大きいんじゃないのかな。ブルース・スプリングスティーンはあまり求められていないっていうかね。だから、そういう意味ではアナログフィッシュはすごい挑戦をしていると思うんだけどね。
下岡:はい、理解されるといいんですが(笑)。
[[SplitPage]]そうしたネガティヴな可能性のもとって、金なんですよね。金じゃねーって、そういうところで作り直したらいいんじゃないかと思うんですね。夢みたいなことだけど、でも金じゃねーという気持ちが人びとに行き渡れば解決できることって多いと思うんです。
![]() アナログフィッシュ 失う用意はある?それともほうっておく勇気はあるのかい felicity |
■「失う用意はある? それともほうっておく勇気はあるのかい?」という言葉はどっから来たんですか?
下岡:この歌詞を書いたのは1年前ですけどね。世のなかが進もうとしている方向があるじゃないですか、でも、それはもう、無理だって。いまの生活水準を保ちながら、何かやろうとしているけど、絶対にそれはもううまくいかないと思っていて。
■それは具体的なことで言えば環境問題とか格差社会とか?
下岡:そういうこと全部ひっくるめて。自分たちの生活水準を落とすことをなんで考えられないのかというのが最初の気持ちとしてあるんですね。
■そこまで具体性がある言葉なんですね。ロックのリスナーの無関心さを挑発したいってことじゃないんだね。
下岡:そういうわけじゃない。
■たとえば"戦争がおきた"みたいな曲は、ライヴでやってどう?
下岡:これはね、シーンとしますね。
■ハハハハ。
下岡:でも、この曲がすごく好きだっていう人もいるんです。そういうのはすごく嬉しい。ただ、ライヴでやってて、オーディエンスがカタルシスを感じるような曲ではないんでしょうね。
■そこはでも、これからも挑戦していくってことでしょ?
下岡:はい。
■前のレコード会社の人からはそういうのはダメだって言われていたことをやっているわけだからね......次のアルバムがまさに勝負だね。
下岡:勝負だし、曲がどんどん出てくるし。
■くどいようだけど、アナログフィッシュは日本ではマイノリティだからね。
下岡:でも、強く言いたくなったんだな。そういうことをやるのは自分の役目じゃないと思っていたけど、自分がやらないと誰もやらないんじゃないかという気になったし、鼻をきかせながら生きてきて、なるべくしてなったというか。でも、こういう音楽を待っていた人がいることが良かった。あと、なるべくわかる言葉でプロテスト・ソングを歌いたいというのもあった。難しい言葉でそういうことを表現するのもイヤだったし......やっぱ、洋楽聴いてるリスナーはダサさ/ダサくないで聴いている人が多いじゃないですか。だから、そこはもう、ダサいと言われてもいいんです(笑)。
■いま作っているアルバムにテーマはあるんですか?
下岡:まさに「失う用意はある?」ってことですね。
■G8と言われているような、先進国社会の豊かさが過剰になっているってことか(笑)。
下岡:ハハハハ、そうですね。でも、単純に人生は金じゃないよってことなんですね。
■僕とか櫻木さんの世代は典型的なノンポリ世代でね、まったく偉そうなこと言えないんだけど、逆に下岡くんの世代は偉いなぁと思うよ。僕から見てて、多くの人たちが社会への関心を高めているよね。
下岡:そうですかね。
■僕なんかの世代よりもぜんぜん意識は高いと思うよ。下岡くん世代は、小泉純一郎のときに思春期?
下岡:20歳とかそのぐらいですね。
■じゃあ、いっしゅんだけあった小泉バブルを経験しているのかな? いっしゅんだけ就職率が上がったときがあったよね。
下岡:小泉は本当に嫌いですね。実家が小売り業やってて、あの人はそういう人たちに対して「痛みに耐えろ」と言った人だったし。ホントに、めちゃくちゃしんどかった。
■そういう意味ではアナログフィッシュの歌には歌うべき理由があるってことなんですね。まあ、ただでさえもいまの日本にはさまざまなネガティヴな可能性がころがっているし。
下岡:そうですね。ただ、そうしたネガティヴな可能性のもとって、金なんですよね。金じゃねーって、そういうところで作り直したらいいんじゃないかと思うんですね。夢みたいなことだけど、でも金じゃねーという気持ちが人びとに行き渡れば解決できることって多いと思うんです。
■金に支配されているなっていう感覚、ある?
下岡:ていうか、年々強まっていませんか?
何日か前のレヴューに野田努の書いたとおり、サーストン・ムーアの3枚目のソロ『デモリッシュド・ソウツ』はアコースティック・ギターを基調にした、ソニック・ユースの背景にあって彼らの音楽の厚みを保証する多様性を個人名義のバイパスを使い放出した2007年のセカンド・ソロ『トゥリーズ・アウトサイド・ジ・アカデミー』をさらに穏やかに、そのアンプラグド・ヴァージョンとでもいった風情にスライドさせたもの、ととりあえずいえるだろうが、枯れたアコギを前面にした音作りとウラハラにそこにはさまざまの音楽の旨味が響き合っている。
プロデュースはベック。資料にも書いてあったサーストン版『シー・チェンジ』というのは本作アコースティックなアレンジのせいである。そのアルバムの前はソウル~ファンクをベック流に解釈した『ミッドナイト・ヴァルチャー』だったから『シー・チェンジ』に驚いたのだった。ところがサーストンの場合、『トゥリー~』と『デモリッシュド・ソウツ』の変化はたいして大きくない。『トゥリー~』にもストリングスもアコギも登場する。その12年前のソニック・ユースのアザーサイドとしてのファースト・ソロ『サイキック・ハーツ』と2作目の間の方がずっと飛躍してる。ストレートにパンキッシュな、そしてメジャー最後のアルバムだった『ラザー・リップト』をソニック・ユースが出した翌年のことである。反動がないわけはない。サーストンはもともと、レコード蒐集家のへヴィ・リスナーであり、反動のなかで音楽を作ってきたともいえる。ソニック・ユースでできないことを別バンドでやり他者と即興した。音楽を職業としながら音楽愛好家でいるには音楽のなかで精神のバランスを保たなければならない。それは私もあなたたちも同じではないか、と鼓舞される気持ちなるからこそ、私は彼の音楽を聴きつづけてきた。そのくせ彼の音楽は本質的にデビュー時から驚くほど変わっていない。バンドは変速チューニングしたエレクトリック・ギターを増幅した音響でソングライティングに腐心した。グレン・ブランカの薫陶を受けたからそうなったのではない。ソニック・ユースのノイズは数学的な倍数比が基底にあるブランカの音響よりアナーキーで、ケージやカーデュー、小杉武久、オノヨーコにちかい(彼らは『Goodbye 20 Century』でこれら作家の曲をカヴァーしているし、『サイキック・ハーツ』のテーマはパティ)。そしてポスト・パンクのスタイルで制御と非制御を行き来するにはアンプリファイしたギターが欠かせない。当然ながらソニック・ユースはその要件で16枚のアルバムを作ってきた。
サーストンがアコースティックにもちかえたのはソロだからという理由はもちろんあるだろうが、それ以上にこれまでエレクトリック・ギターが担った音響を生楽器のアンサンブルでどう再現あるいは再構築するか、そういったテーマもあったにちがいない。サーストンのギターと歌、各種打楽器、ダブルベースにヴァイオリンとハープの、オーケストレーションというほど大きくない編成をバックに歌う歌は内省というほど主情的ではなく、静謐な祈りに似ている。私は以前、サーストンの新しいソロのタイトルは『ベネディクション』だとネットで見た気がする。幻だったらもうしわけないが、 1曲目が"ベネディクション(感謝の祈り)"だからまちがいなかろう。結局タイトルは"デモリッシュド・ソウツ(覆された考え)"になった。これはイアン・マッケイの弟のアレックが在籍したDCハードコア・バンド、ザ・フェイスの"It's Time"からの引用だが、誰が覆したかと問われればベックがそうしたのである。それを裏づけるように本作ではソニック・ユース的なけばだった不協和音はほとんど聴くことができない。もちろん通常の和声よりテンションは高いが、『デモリッシュド・ソウツ』のコード感はもっと甘美だ。ノーウェイヴ的なアウト・オブ・キー(それはつまり、オーセンティシティに対するカウンターでもある)より、ドラムとベースの重力、そこから逃れようとするヴァイオリンとハープ、その間をつなぐコードを織り上げる多重録音の生ギターが奥行きを作り、浮遊感にあふれている。その変化はけっしてラディカルにみえない。ノイズと轟音とエフェクトのファクターが消え、音楽的な成熟を思わせるのも一因だが、だからといって『デモリッシュド・ソウツ』を成熟の一言で片づけるわけにいかない。というか、エレクトリックをアコースティックに置き換えるだけで成熟するなら、90年代に流行ったMTVのアンプラグドがあれほど簡単に陳腐化することもなかったろうし、アコースティックの手法への表層的な理解にとどまることもなかっただろう。グランジ~オルタナの表裏だったニルヴァーナとソニック・ユースが90年代において、一方はカート・コベインの死後、はじめてだしたアルバムがアコースティックのライヴ盤であり、他方はそのブームに与しなかったのは、私は牽強付会を承知でいうが、象徴的に思える。サーストンが当時からゆうに15年経ってからアコースティック基調のソロを出したのはポスト・アニマル・コレクティヴの時勢で、アコースティック・ギターによるサイケデリック、ロウファイやアシッド・フォークの発展系としてのアコースティック・ミュージックが可能になったという暗黙裡の了解があったからだと思う。むしろ私はサーストンの音楽のつかまえ方に、14年ぶりの新作『マイ・ファーザー・ウィル・ガイド・ミー・アップ・ア・ロープ・トゥ・ザ・スカイ』を出し、来日公演を震災で中止したスワンズ、マイケル・ジラの〈ヤング・ゴッズ〉(つまり、デヴェンドラ・バンハートを筆頭にした一連の流れ)を踏まえた(宗教性を彷彿させるテーマ設定もふくめた)音楽的視座を連想した。