たとえば、ジュリアン・コープの『ジャップロック サンプラー』でフラワー・トラヴェリン・バンドなどに較べ、村八分の旗色が悪いのは、英国と日本の間に横たわる歴史、地理、言葉の条件から来る齟齬のめもくらむばかりの溝をどのようにのこりこえるのかという以前に、音楽のオリジナリティをどこに聴きとるかという耳の志向に左右される。いわく、旧弊な日本社会におけるアウトサイダーたちによるストーンズ・タイプのロックンロール・バンドだったがそれ以上ではなかった――これはジュリアンがそう書いているのではなく、あの本で彼のいいたがっていることを私なりに解釈したものだが、私は彼にいってやりたい。ねえジュリアン、オリジナリティって新しい形式をつくることのなの? 一方で、小説を書かないことで知られるアルゼンチンの作家、エルネスト・サバトは『作家とその亡霊たち』のなかの「作家と旅行」と題した短文で「よしきにつけ悪しきにつけ、真の作家は自分が育ち、苦しんだ現実、つまり故郷について書く」と書く。この短い文章をサバトは「一見矛盾するようだが、もし作家が旅するとすれば、それは自分の拠所となる場所と事象を掘り下げるためなのである」と結んでいる。これを山口冨士夫に置き換えると、彼は彼自身の出自と対峙し、血の轍に乗って旅し、その道は「自分が育ち、苦しんだ現実、つまり故郷」に続いていたのかもしれない、と思うのはあまりに物語めいているが、山口冨士夫の訃報の一報に接したときの諦念と、続報で知った事実に、この国のロックンロールが失ったものの大きさを思ったとき、それを埋め合わせるにはなんらかの構図が必要だったのだろう。サバトの言葉はエキゾチシズムを退けるものではない。そしてジュリアン・コープの指標もそこにある。そこから何を聴き、読むかという作品への寄り添い方のちがいでしかない。おしむらくは、村八分に決定的なスタジオ録音があれば、評価もまたちがったかもしれないが、彼らはそれを潔しとしなかった。というより、あまりに音楽の速さにスタジオに篭もってはいられなかった。結果村八分は70年秋から73年5月までの2年あまりの活動期間で〈エレック〉に『ライブ』をのこしただけだったが、ブルースを消化した山口冨士夫のギターと、路傍の宝石の原石のようなチャー坊の言葉のせめぎあいはたやすく形式に定着できるものではなかった。
「一ついいフレーズが浮かんできたら、それについて一日中思いを巡らし、ギターで鳴らし、それでもまだ程遠いわけじゃん。で、だんだん近寄っていくわけなんだよね。自分の体とそのスピリットが。そこで初めて体全体でギターを弾けるようになる。その曲の一部になれる気がするんだよな......。」(山口冨士夫『村八分』K&Bパブリッシャーズ)と山口冨士夫はいう。ここには音楽をむしゃむしゃと咀嚼しりゅうりゅうと血肉化した者だけで語れる身体言語がある。あの瞬発力と強靱なリズム、リリシズムとユーモア。74年の『ひまつぶし』、ティアドロップス、どんとや清志郎たちといっしょのとき、山口冨士夫はゆるぎない全身ギタリストぶりをわれわれに教えてくれた。いや、教えるなどという押しつけがましさはなく、ただそこにいるだけで成り立っていたから「全身」であった。それはたとえ水谷孝の空間を満たすフィードバックの渦に対しても空間をつくり、一歩も引くことはなくじりじりと漆黒の空間を焼いていた、裸のラリーズの山口冨士夫在籍時(1980~81年)のライヴ音源にも明らかである。この地球にはライヴでしか表せない音楽があり、出音すべが生きているロック・ギタリストがいるのだということを山口冨士夫ほど体現していた者はいまい。だからその肉体が失われたことへの悲嘆は深く重い。のこされた数多の楽曲のグルーヴをもってしても、この喪失感はしばらく癒えそうにない。(松村正人)
音楽ファンとは、ある日突然ひとつの曲を好きになると、その曲ばかりを1ヶ月、下手したら数ヶ月聴き続けるものである。アルバムではない。アルバムのなかの1曲が、そのときの自分には最高の音楽となるのだ。
僕は山口冨士夫の『ひまつぶし』に入っている"おさらば"を繰り返し聴いていた時期がある。人生の根底が揺らぐような、ヘヴィな時期に聴いていた。別れを主題にした曲は星の数ほどあれど、"おさらば"の、日本的なウェット感を寄せ付けない乾き方は、明日からどうやって生きていこうかと考えている日々にぴったりだった。感傷を抱えたまま腹をくくらせる。家で数回聴いて、外に出て、歩きながら口ずさんだものだ。誰にも会いたくないし、誰とも話したくない。やっとおさらばできる。人生とは定住を許さない旅だ。
山口冨士夫は生まれからして、戦後日本のロックンロールそのものである。僕は、"おさらば"のような寂しさを表現できるブルースマンを他に知らない。死を美化するつもりは毛頭ないが、福生で米国籍の男に突き飛ばされたという話は、しかしそれでも、どうしようもなく思い巡らせるものがある。当たり前のことを言えば、いまだ真っ当な評価のされていない偉人がひとりいなくなった。合掌。(野田努)