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interview with Arca

interview with Arca

夏休み特別企画:アルカ、ロング・ロング・インタヴュー(2)

取材:坂本麻里子    質問作成:木津毅+野田努 photo by Daniel Shea   Aug 07,2017 UP

まず、最初に訪れるのは悲しみ。で、続いて怒りが湧いてくる、と。一生を悲しみのなかに留まって過ごすひともいれば、怒りのなかで一生を過ごすひともいる。また、そのどちらも乗り越えていけるひとだっているんだよ。そういうひとはたぶん彼らの身の上に起きた体験と和解することができて、だからこそ、そうした感情に潜っていくことができたんだろうね。けれども、やっぱりそのふたつの感情の両方を経験する必要があるんだよ。


Arca - Arca
XL Recordings/ビート

ExperimentalElectronic

Amazon Tower HMV

音楽的なところで言えば、たとえばFKAツィッグスやビョーク、最近ではフランク・オーシャンなどシンガーとの仕事に触発された部分はありますか?  それとも、そういうこととはいっさい関係なく、今回の歌は生まれたのでしょうか?

アルカ:んー、そうだな……。そんなに「強く触発された」とまではいかなかったんじゃないかと思うけど、いまあげられた名前の中で影響されたひとがいたとしたら、それはビョークだろうね。というのも、彼女といっしょに音楽作りに取り組む行為っていうのは……もちろん、僕自身も「学ぼう」という姿勢で参加しているわけだけど、ほんと、じつに多くを学んだんだ。だから、彼女との仕事からは……ある意味まったく妥協しない、でも、同時に治癒でもある、そういった相手に対して自分をさらけ出すことについて、たくさん教わった。それでもそれと同時に、僕たちはお互いどちらも「自分はとてもパワフルな存在だ」、と感じてもいて……それこそ自然界の力だ、自分は抗いがたいパワーのようなものだ、と。

(笑)ええ。

アルカ:たぶん、そのレベルで共感できた、ということなんだろうね。だから、僕は彼女のことをそれだけ敬愛しているわけだし、だからこそ、彼女に「あなたは『自分の音楽を歌ってみよう』と考えたことはあるの?」と訊かれたときに、それをとても真剣に受け止めるところが自分のなかにあった、という。彼女のレコードを作っていたときに、一度とても無邪気な調子で彼女にそう尋ねられたんだ。で……訊かれたその場では、僕はなんというか、はっきり返事をしなかったんだ。ところが、そこから1年半くらい、あるいは2年後くらいにスタジオに入っていたとき、そこで僕のなかにある何かが僕の口を開け、口に歌わせたいって感じた、そんな状況が起きてね。でも、そこで僕は彼女の言ったことを思い出したんだ。きっとあのときの記憶が、僕に歌ってみるに足る強さをもたらしてくれたんじゃないかな。

なるほど。このアルバムでのあなたの歌唱はとても美しいのですが、どうなんでしょう、あなた自身はこれまで、ご自分の声や歌唱になじめない、と感じたりしていましたか?

アルカ:いや、自分の声に対してぎこちなさはまったく感じないよ。というのも、多くの場合僕は歌詞を書き、そしてメロディをつけて歌う、というのはやらないからね。アルバムのなかでそれをやったのは2曲だけ。それ以外の楽曲ではリリックは即興だったんだ。

ああ、そうなんですか!

アルカ:だから録音ボタンを押して、最初に出てきたものをそのまま録って残した。修正は加えない。レコーディングされたものに、いっさい手を加えるつもりはなかった。そのやり方というのは僕にとってのポエティックな声明というか、「これが僕の内側から流れてきたものだ」と言おうとしているんだよね。だから、それに何らかの手を加えようとする、あるいは修正したり磨き上げようとしたり、もっとプロフェッショナルな仕上がりにしようと試みることは、そこにあるイノセンス、もろさ、そして純粋さを奪うことになってしまうだろう、と。いま出た3つの単語はすべて、僕に何度も繰り返し戻ってきた言葉なんだよね。で、もしも自分の声に自信がなかったら、僕はきっとどのヴォーカルもチューニングし直しただろうし、改めてレコーディングし直したりしていたと思う。でも、そうではなくて、僕が感じたのは……エモーションのほうが完璧さよりも大事だ、ということで。というか、僕にとっての「完璧さ」の定義というのは、真実においてパーフェクトであることであって、デザイン面における完璧さではなかった、という。ポピュラー・カルチャーの多くにおいて、ある種のクリエイターたちにとってはいかに美学が重要か、というのは見て取れると思うんだよね。

はい。

アルカ:テクスチャー、あるいはデザインといったもののほうが、多くの人びとにとってはストーリーや真実、あるいはフィーリングよりもはるかに大事だという風に映ることは多いわけ。で、このやり方というのは、フィーリングを優先させるための僕なりのやり方なんだ。だから、自分の声を……というか、このアルバムに収録した歌の多くで、レコーディングしながら僕はじつは泣き出してしまったんだよ。僕はたまに喘息を起こすし、だから……まあ、いまこうして話しているからきみも気づくかもしれないけれど、レコードのなかで何度か、僕が喘息を起こして呼吸困難に陥っているのは聴いてとれるはず。だからレコードのなかで僕は泣いてしまうし、喘息が始まってつらいし……って調子で、ほんともう、どうしようもない状態だったりするんだ。

(笑)

アルカ:(笑)ほんと、もしもレコーディング中の自分の様子をカメラを通じて観れたとしたら、自分でも笑ってしまうだろうね。それくらいじつにエクストリームだったし、ものすごく大げさ、みたいな。そうは言いつつ……あれらのレコーディング音源を聴き返すと、自分のなかには「参ったな」と渋い表情を浮かべたくなる側面もあるんだよ。たとえば、調子が外れたまま歌っている場面とか、僕の唾液がやたらとうるさく響いている箇所とかね。ただ、それ以上に深いのは、このレコーディングは僕にとって意味があるんだという、その理解であって。だから、僕はその……そこにある真実をリスペクトしたかったんだ。かつ、その点がレコードを聴いてくれる人にも伝わればいいな、そう思った。もしかしたら、聴き手もどうしてそう感じるのか分からずに、聴いていて少々居心地が悪くなるくらいかもしれない。ただ、彼らもこの作品のエモーションは感じ取れると思うんだ。そこだったね、僕がこのレコードで敢えて負ってみようと思ったリスクというのは。

レコーディングのピュアさ、ということですね。なるほど……。

アルカ:それに、たとえば歌い直したとしたら……自分はきっと、音程も正確に歌えるだろうと思うんだよ。ただ、レコードに収めたテイクにあった透明度や透けて見えるような感覚は、果たしてそこに備わるだろうか? と。誰かが歌っているとして、その人間の皮膚を透かして内面が見える、みたいなアイデアが僕は好きでね。要するに、その人間の中身がすっかり見える──臓器やそのひとの心臓がドクドク鼓動している様が見て取れる、みたいな……それは、ぱっと作ったデモだとか、あるいは作り上げたそのまま、テクノロジーによってきれいに「清掃」されていない、そうした音源にあるクオリティじゃないか、と思うね。

均質に整えられていない、純粋で生々しいままの状態、という。

アルカ:そう。だから、それ以外に他に何もくっついていない、ただ「それそのもの」という。

歌という意味では、ミックステープ『Entrañas』(『内臓』)でも“Sin Rumbo”が『アルカ』にも収録されています。そのことから“Sin Rumbo”はあなたのヴォーカル・トラックとして重要な位置づけのものだと思うのですが、『Entrañas』と『アルカ』でそれぞれの役割にどのような違いがあるのでしょうか?

アルカ:んー……正直、その点は考えたことがなかったな。でも、きっとそうなんだろうね。重要性があるんだと思う。ただ、僕にとっての“Sin Rumbo”という曲は、なんというか……そうだな、一種の「ロゴ」みたいなもの、あるいは「刻印」でもいいんだけど、あの曲は僕の信じる何かを表しているんだよ。それは何かと言えば……あの曲のリリックというのは、大まかに言えば「進む道を持たない」、あるいは「行き先を持たない」って意味なんだけれど──

「目的を持たずに流浪する」みたいな意味合いですよね。

アルカ:そう。で、おそらく……それは、僕にとって大事な何かを表現しているんだろうし、このアルバムに収録するだけの重要性がある、と自分には思えた、ということなんだろうね。というのも、自分の人生のなかで「迷ってしまった」と感じたいろんな場面において、僕は選択を迫られてきた。そのひとつは、「そのままじっとしていろ、動くな」という、いわばショックで麻痺してしまったような状態になること。あるいは、自分がどこに向かっているか分からないとしても、とにかく歩き続けること、という。で……これもまた、たぶんさっき話に出た「希望」、「光に目を向ける」ということになるんだろうけれど……だから、歩き続ける根拠は別にない、そんな風に感じられるシチュエーションにきみがいるとして、なのに、それでもやっぱりきみは歩いてしまう、と。

ええ。

アルカ:もしかしたら、歩くことで何かを見つけられるかもしれない、それだけで歩いただけの甲斐があったと思える何かに出会うかもしれないからね。だから、僕にとってのあの歌は、ある種そういう意味合いを持っているんだ。人生において「完全に方向を見失ってしまった」と感じる瞬間……あるいは、非常につらい損失、愛を失ったとか、誰かを亡くした、そうした損失を味わった瞬間だとか……だから、これはもしかしたら、よりプライヴェートな話なんだろうな。あまりに私的過ぎて、自分以外の他の誰も含められないのかもしれない。ただ、とにかくそうやって自分の内面が空っぽだと感じている、という。そうだな、あの歌は、だからある意味……喪失について、なんだ。で、その喪失に対して、とても穏やかな、メランコリックな希望によって反応している、という。損失にすっかり降伏してしまうのではなくて、ね。

はい。

アルカ:それって、もっとも穏やかな反抗の形、というか。

迷ってしまった/失ったとしても、あなたは歩き続けるわけですしね。

アルカ:うん、だけど、どうして歩いているのか自分でも分からないんだよ!  なぜ歩みを止めないのか、自分でも分かっちゃいないんだ。

それは、一種の生存本能でもあるんじゃないでしょうか?

アルカ:ああ、そうだね。それもある程度は含まれているんだろうね。ただ、と同時に……もしもそれまでの人生のなかで、ほんの一瞬でもいい、真の美に出会ったり、あるいは本物の愛を一瞬でも体験したことさえあれば……それがあるだけで、その人間が「またいつか、その瞬間が起きるかもしれない」と信じるにはじゅうぶんなんだよね。

ああ、なるほど。

アルカ:だから、そうした経験がいままでに一度もなかったら「いつかきっと、それは起きる」と自分自身に言い聞かせ、歩き続けるのは、とても難しいだろうと思う。

たしかに。

アルカ:でも、たった一度でもいい、そうした経験があれば……それはもしかしたら、4歳のころにふと目にした、窓から日が差し込んできて、空気中に舞う埃が反射して光る光景なのかもしれない。とにかく、一瞬でもいい、何かしら強烈な美を味わったことがあれば、そこできっと……「自分にはまた、美しいものを見出せるんだ」って思えるようになるんじゃないか、と。

はい、わかります。

アルカ:で、さっききみの言った「生存本能」というのは、ときに「歩くな」と命じてくることもあるわけじゃない?

(笑)ああ、たしかに。

アルカ:というのも、生存本能っていうのは僕たちの幸福度と関わっているわけだし……だから、生存本能というのは、いつだって「もっと、もっと欲しい」と求めるってことであって。

ああ、はい。

アルカ:言い換えれば、すでに自分が持っているものだけでは決して満足しない、という。たとえば、「冬がやって来る。冬を生き残るために、必要以上の食物を集めて蓄えなくてはならない!」みたいな。

(苦笑)なるほど。

アルカ:それって、つねに「これから何が起きるか」にかまけていて、未来に向けてもっと、もっとと求めるってことだよね。自分の手元にすでにある物事をありがたがる、のではなくて。だから、生存本能というシロモノは、決して僕たちの助けになるばかりじゃない、ということ(苦笑)。

そうだと思います。でも、さっきあなたの言っていた「本物の愛や強烈な美を一度でも経験したら、その存在をそのあとも信じることができる」というのは、なんというか、そのひとが一生かけて追い求める蝶みたいなものなんでしょうね。

アルカ:うん、同意だね。

はかなくて捕まえるのは大変だけれど、「いつの日にか、捕まえることができる」っていう希望を与えてくれ、動き続ける原動力になる、というか。

アルカ:そうだね。というか、あるいは……もしかしたら、そうやって追い求めてみたところで、しばらく経って気づくのかもしれないよね、「自分が捕まえようとしているのは、蝶そのものではないんだ」と。そうではなくて、その旅路や過程を美しいものだと見なそうとしている、という。

ああ、はいはい。わかります。

アルカ:そっちのほうが、もしかしたら「蝶を捕まえる」ことより深いのかもしれないよね? だから、人生の最初の段階では、そのひとは蝶を捕まえるべく動き回るのが自分の目的だ、そう思っているのかもしれない。ところが本当のところは、ゆっくりと速度を落とすことなんだよ。だから、実際に蝶を見つけるよりも、動きの中に自らが存在し続けること、そちらのほうがもっと深い意味での美のフォルムなんだ。もしもそうやって自分の考え方を変えることができたなら……美を見つけようとする旅、それそのものが美しいものなんだと発想を転換できさえすれば、決して失意を感じることもないだろう、と。まあ、これってちょっと仏教めいた考え方なんだけど、そこには何かしらとても真実に近いものが含まれている、僕はそう思うね。

“Coraje”や“Miel”などのアンビエント色の強いビートレスのトラックが増えたのは、やはり今回のテーマとの関連性があると思わざるをえないのですが、すさまじくメランコリックな響きを有してますよね?

アルカ:そうだな、あの2曲について言えば……付け加えてみた他のいっさい何もかもが、自分には「不要だ」と思えた、みたいな。だから……ある種のメッセージでもあったんだよ。「何かを足してしまったら、歌の持つ輝きを損ねることになるだろう」と。それもあったし、自分にとっては、「自分の声とひとつの楽器だけ」というのに、どこかしらとても価値があるような気がしていて。
 他の歌、たとえば“Reverie”なんかでは、ものすごい数の楽器を使っているわけだよね。ドラムにベースに、じつに様々なサウンドが入っている。で、僕は考えたんだ──僕自身の内面の全景を描こうとするのなら、“Reverie”のような曲も、たしかに自分のある一面にとってはとてもリアルだ、と。ところがいっぽうで、それと同じくらい僕にとってリアルなのは、たったひとりで歩いているときの自分の面だろう、と。僕はよく近所の墓地をひとりで散歩するんだ。で、歩きながら、僕はただ歌っている、という。で……だから、付き添うものは何もなし、その必要がないんだよ。曲そのものがストーリーになっているし、それだけでじゅうぶん、と。

なるほど。

アルカ:でも、自分ではアンビエントと考えたことはなかったね。ただ、少しばかりミニマリズムについては考えたんじゃないかな。といっても、僕にとってのミニマリズムのフォルム、であって……それはだから、非常に古い形式のミニマリズムということ。ひとつの声にひとつの楽器というのは、とても古い音楽の形式なわけじゃない?

ええ。

アルカ:たとえば……歌声に三味線だけ、とか、声と打楽器だけ、みたいな。そういったものには、どこかしらとても古代を思わせるものがあるよね。だから、きっと……うーん、いまミニマリズムについて言った発言は撤回させてもらおうかな。そうではなく、表現のシンプルさなんだと思う。必要なものだけで気を散らすものはいっさい混じらない、そういうシンプルさだね。

取材:坂本麻里子(2017年8月07日)

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Profile

坂本麻里子/Mariko Sakamoto
音楽ライター。『ROCKIN'ON』誌での執筆他。ロンドン在住。

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