「96 Back」と一致するもの

Amanda Whiting - ele-king

 ここ数年来、ハープが重要な役割を果たすジャズ作品が増えていると感じる。アメリカでは自身の作品やさまざまなアーティストへの客演で知られるブランディ・ヤンガーの活躍が目につく。イギリスに目を向けると、ギリシャ出身でロンドンを拠点に活動するハープ奏者のマリー・クリスティーナ・ハーパーを擁するハーパー・トリオが近年の注目アーティストだ。そして、マンチェスターのマシュー・ハルソールはハープ奏者を大きくフィーチャーする作品を作ってきており、そのなかからレイチェル・グラッドウィン、マディ・ハーバート、アリス・ロバーツといった演奏家が登場してきた。アマンダ・ホワイティングもマシューのグループで演奏してきたひとりで、マシューとも関係の深いチップ・ウィッカムの作品でもたびたび共演している。

 ウェールズ出身のアマンダは6歳のときにハープに触れ、最初はクラシックを学び、その後ジャズや作曲技法も学んできた。2007年より自主制作でソロ・アルバムを作ってきて、そして2020年にクラブ・ジャズ系レーベルの〈ジャズマン〉から『Little Sunflower』をリリースする。フレディ・ハバードの名作をカヴァーしたこのアルバムによって彼女は注目を集め、マシュー・ハルソール、チップ・ウィッカム、グレッグ・フォートなどと共演するほか、ミスター・スクラフジャザノヴァ、ヒーリオセントリックス、レベッカ・ヴァスマン、DJヨーダなどクラブ系アーティストにもフィーチャーされるようになる。彼女のハープ演奏の特徴として、非常にメロディアスでソウルフルな要素が強いことが挙げられる。その点はブランディ・ヤンガーとも共通するもので、1950年代から1980年代に活躍した女性ハープ奏者の草分けであるドロシー・アシュビーの影響を色濃く受けている。ドロシーの作品では〈カデット〉時代の『Afro-Harping』(1968年)、『Dorothy's Harp』(1969年)、『The Rubáiyát Of Dorothy Ashby』(1970年)の3作品が特に有名で、これらはアーマッド・ジャマル、ラムゼイ・ルイス、マリーナ・ショウなどを手掛け、自らもソウルフル・ストリングスという楽団を率いたリチャード・エヴァンスがプロデュースしている。当時のリチャード・エヴァンスがプロデュースしたジャズ作品はソウル、ファンク、ロック、ラテン、ボサノヴァなどを融合したミクスチャーなもので、ドロシー・アシュビーの3作に関してもアフロ・キューバンやエキゾティック・サウンドから、ソフト・サイケの要素も世取り入れた前衛的で独特の世界観を持ち、後年にレア・グルーヴ的な再評価を経て、現代のアーティストに多大な影響を与えている。クラブ・ジャズやクラブ系アーティストの共演が多いのも、そうしたドロシー・アシュビーの影響が見られるだろう。

 〈ジャズマン〉からは『After Dark』(2021年)、『Lost In Abstraction』(2022年)と続けてアルバムをリリースし、その後は〈ファースト・ワード〉に移籍して『Beyond The Midnight Sun』(2023年)をリリースする。〈ファースト・ワード〉はクラブ・サウンド系のレーベルで、クラブ・ジャズやファンク、ソウル、ヒップホップなどのリリースもあるが、『Beyond The Midnight Sun』はDJ/プロデューサーのドン・レイジャー(ダークホース・ファミリー)との共作だった。そして、2024年にリリースした『The Liminality Of Her』は、『After Dark』と『Lost In Abstraction』にも参加したチップ・ウィッカムのほか、女流DJ/シンガー/プロデューサーのピーチが参加する。2024年はほかにクリスマス・アルバムをリリースしたが、年が明けて2025年に『Can You See Me Now?』というEPをリリースし、それと『The Liminality Of Her』をまとめたのが日本編集版の本アルバムとなる。『Can You See Me Now?』はスクリムシャー名義で2000年代後半から活動するDJ/プロデューサーのアダム・スクリムシャーがキーボードやトラックメイクで関わり、クアンティックとのコラボで知られるアリス・ラッセルもゲスト・ヴォーカル参加する。

 『Can You See Me Now?』は基本的にはハープ、ベース、ドラムスという編成で、スクリムシャーのピアノやキーボード、シンセ、パーカッションなどが出過ぎることなくサポートする。ホーン類が一切入らないので非常にシンプルであり、その分ハープの奏でるメロディが際立つ印象だ。オープニング曲の “Contented” は幽玄のようなコーラスが薄く被さる美しい作品で、1960~1970年代のムード音楽やライブラリーなどの分野で活躍したハープ奏者のデヴィッド・スネルやジョニー・トイペンらの流れを汲む。アリス・ラッセルが歌う “What Is It We Need?” も荘厳で、ハープ演奏はクラシックや教会音楽などでの技法を用いている。“Intent” はクラブ・ジャズ的なビートの強い作品で、スクリムシャーらしい作品と言える。DJ/プロデューサーとも多くの仕事をしてきたアマンダの個性が生かされた楽曲だ。“It Could Be” も同様のビート感覚を持つ楽曲で、ここでも中性的なコーラスとハープが絶妙のコンビネーションを見せる。

 『The Liminality Of Her』は “Waiting To Go” でチップ・ウィッカムがフルートを吹く場面があるものの、あとはハープ、ベース、ドラムス、パーカッションのみというこれまたシンプルな編成。ピーチをフィーチャーした “Intertwined” と “Rite Of Passage” は美しいメロディと繊細なムードに包まれ、モーダル・ジャズとソウル・ミュージックが最良の地点で結びつく。“Liminal” はアフロ・キューバンとジャズ・ファンクが融合したようなリズムで、ドロシー・アシュビーの〈カデット〉時代を彷彿とさせる。“Nomad” は琴のような音色を奏でるハープが印象的で、「遊牧民」というタイトルどおりのエキゾティシズムに溢れている。“No Turning Back” はクラブ・ジャズ的な作品で、アフロ・キューバン調の転がるパーカッションに乗った軽快な演奏を披露する。そして、コルトレーンの演奏で有名な “My Favorite Things” を取り上げているが、この曲はさまざまなアーティストが取り上げてきたモーダル・ジャズの定番のような曲で、ハープでは日本の林忠男が1977年のアルバム『見果てぬ夢』で取り上げていた。このアルバムは超レア・アルバムとして和ジャズ再評価のなかで発掘されたアルバムだが、ふとそれを思い起こさせる演奏だ。

SUGAI KEN - ele-king

 この正月にはWWW Xで「寝正月」パフォーマンスを披露し一部オーディエンスを驚嘆させたというスガイ・ケン。現在はヤン・イェリニクとのコラボレーション作業を継続している彼だが(https://www.instagram.com/p/DSU-Sz1E0qq/)、この3月前半、ヨーロッパをめぐるツアーが決定している。今回めぐるのはチューリッヒ、プラハ、イスタンブール、ローマ、アントワープの5都市。この経験が将来の作品にどのようにフィードバックされるのか。今後の動向に注目です。

https://www.instagram.com/sugaiken_/p/DUyUK_tE8Mk/

7/3/26 MigrArt (Zurich, CH) https://www.migrart.ch/
9/3/26 Punctum (Prague, CZ) https://punctum.cz/
11/3/26 BiNA (Istanbul, TR) ※Organisation by Bant Mag. https://www.instagram.com/bina.moda/ ( https://eng.bantmag.com/ )
12/3/26 Trenta Formiche (Rome, IT) https://www.30formiche.it/
14/3/26 Kraak Festival (Antwerp, BE) https://www.hetbos.be/programma/evenement/2026-03-14-kraak-festival

1月のジャズ - ele-king

 スイスのギタリストのルイ・マトゥテ。1993年にジュネーヴで生まれたが、祖父は中米のホンジュラス出身というラテン・ルーツのミュージシャンである。10代にフラメンコ・ギターを学び、クラパレード大学進学後はジャズの道に進んで同大の音楽賞を受賞し、リオネール・ルエケやウォルフガング・ムースピールといったギタリストにも学んでいる。自身のルーツもあってスパニッシュ、ラテン、ブラジル音楽などにも通じており、自身のグループを率いて数枚のアルバムをリリースしているが、2022年の『Our Folklore』に見られようにジャズとブラジル音楽を繋ぐような作品が多い。また、リオネール・ルエケの影響からだろうが、アメリカのネオ・ソウル的なフィーリングを持つ新世代ジャズにも通じている。2024年にはハープ奏者のブランディ・ヤンガーをゲストに迎えた『Small Variations of the Previous Day』を発表。ブラジルのボサノヴァやサンバ、レユニオン島のマロヤ、カーボベルデのモルナなど、中南米や大西洋、インド洋の国々に伝わる伝統音楽を幅広く取り入れた作品となっていた。

Louis Matute
Dolce Vita

Naïve

 そんなルイ・マトゥテの新作『Dolce Vita』は、ゲストにブラジルを代表するシンガー・ソングライターでのジョイス・モレーノを迎え、ブラジルの新世代シンガー・ソングライターのドラ・モレンバウム、前作に続いてフランス新世代のシンガー・ソングライターのギャビ・アルトマンも参加。ギャビもブラジルに音楽留学するなどブラジル音楽の造詣が深いミュージシャンだ。演奏はエミール・ロンドニアンなどの作品にも参加するレオン・ファル(サックス)、ネイサン・ヴァンデンブルケ(ドラムス)、ヴァージル・ロスレット(ベース)、アンドリュー・オーディガー(ピアノ、キーボード)、ザカリー・クシク(トランペット)など、これまでのルイのバンド・メンバーが固められている。フェデリコ・フェリーニ監督の映画『甘い生活』を由来とする『Dolce Vita』は、その甘美な世界とは裏腹に、軍事独裁政権だったホンジュラスから亡命してスイスに渡ったマトゥテ家族の苦難の歴史と、アメリカやヨーロッパに支配され、搾取されてきた歴史を持つホンジュラスをはじめとした中南米諸国を表現したものとなっている。アルバム制作にあたってルイはスペイン、キューバ、コスタリカ、ホンジュラス、ブラジルと旅を続け、ブラジルではジョイスとドラ・モレンバウムと共演してアルバムを完成させた。

 アルバムはジャズ、ラテン音楽、ブラジル音楽などのほか、ロックやサイケ、ファンクなどの要素も融合したミクスチャーなものとなっている。その代表が表題曲の “Dolce Vita” で、アフロビートとラテン・ロックが融合したような1970年代風の楽曲。“Santa Marta” や “Le jour où je n'aurai d'autre désir que de partir” も、ラテン・ファンクとサイケがミックスしたクルアンビンを彷彿とさせる作品。ドラ・モレンバウムが歌う “Não me convém” は、どっしりとしたブラジリアン・ファンクのグルーヴとフェアリーなドラの歌声が好対照で、エイドリアン・ヤングとレティシア・サディエール(ステレオラブ)の共演を想起させる。“Tegucigalpa 72” はホンジュラスの首都テグシガルパで1972年に起った軍事クーデターを題材とした作品で、ホンジュラスの伝統的な舞踏音楽であるプンタにロックを混ぜたアグレッシヴなナンバーとなっている。


DJ Harrison
ELECTROSOUL

Stones Throw

 ジャズ・ファンク・バンドのブッチャー・ブラウンでの活動と並行し、ソロ活動やほかのグループ、プロジェクトなども精力的に行うDJハリソンことデヴォン・ハリソン。マルチ・プレイヤーでありプロデューサー/トラックメイカーの顔を持つ彼だが、ブッチャー・ブラウンとしては2025年にアルバム『Letters From The Atlantic』をリリースし、ソロ活動では2024年の『Tales From The Old Dominion』以来となるニュー・アルバムの『ELECTROSOUL』をリリースした。彼らしいジャズ、ヒップホップ、ファンク、ソウル、R&Bなどがミックスした作品で、ミゲル・アットウッド・ファーガソン、キーファー、ナイジェル・ホール、ヤスミン・レイシー、ヤヤ・ベイ、アンジェリカ・ガルシア、ピンク・シーフなど多彩なゲストと共演している。

 アルバム・タイトルにソウルが付いているだけあり、今回のアルバムはソウル寄りの内容と言えるだろう。ヤスミン・レイシーが歌う “It’s All Love” はエリカ・バドゥを想起させるネオ・ソウルで、ナイジェル・ホールが歌う “Can’t Go Back” はダニー・ハサウェイのようなソウルの伝統を今に引き継ぐ楽曲だ。グレベスが歌う “End of Time” はメロウなソウル・フィーリングにハリソンのピアノが絶妙にマッチし、“Y’all Good?” ではピンク・シーフのラップと幻想的なエレピが交錯する。一方 “OG Players” は、スライ~プリンス~ディアンジェロという系譜に繋がるような荒々しいロック・フィーリングを持つファンク・ナンバー。“Curtis Joint” も1960~1970年代のザラついた質感をわざと残し、DJならではのループ感覚で進行していく。そして、アルバム・タイトルの『ELECTROSOUL』を最も感じさせるのがキーファーと共演した “Beginning Again”。1970年代後半から1980年代にハービー・ハンコックなどがやっていたジャズとソウルの融合を現代に引き継ぐような作品で、複雑なビートによるジャズ・ファンク調の曲調とコズミックなキーボードの調和がハリソンとキーファー両者のコラボならではと言える。


Jimi Tenor Band
Selenites, Selenites!

Bureau B

 2000年代後半以降のジミ・テナーは、ジャズ、即興音楽、ソウル、ファンク、サイケ、プログレ、クラウト・ロック、エクスペリメンタル・ミュージックなど多方面に触手を伸ばす一方、活動初期のようなテクノやハウスなどエレクトリック・ミュージックを作ることもある。そうしたなか、アフロ・バンドのカブ・カブやトニー・アレンとの共演などに見られるようにアフリカ音楽への傾倒がずっと続いているようだ。彼の新たなグループとなるジミ・テナー・バンドはパンデミックの頃にフィンランドのヘルシンキで結成され、パンデミック明けにフェスやクラブでのライヴで研鑽を積んできた。バンド・メンバーは明らかではないが、作曲者にはUMOジャズ・オーケストラのトロンボーン奏者のヘイッキ・トゥフカネン、サン・ドッグ名義でも活動するドラマーのエティ・ニエミネン、カブ・カブのドラマーのエコウ・アラビ・サヴェージ、ジャズ、ポップス、ヒップホップなどを縦断するギタリスト/マルチ・ミュージシャンのローリー・カイロらがクレジットされるので、おそらく彼らがメンバーと目される。ローリー・カリオの2025年のアルバム『Turtles, Cats and Other Creatures』にはジミ・テナー、エコウ・アラビ・サヴェージ、ヘイッキ・トゥフカネンも参加していたので、ジミ・テナー・バンドもそれらアルバムと地続きで進行するプロジェクトなのだろう。

 アルバム『Selenites, Selenites!』はジャズ、ファンク、ソウルなどの折衷的な作品だが、随所にアフロの要素が散りばめられているところが特徴だ。“Universal Harmony” はカーティス・メイフィールドのようなソウルを軸とするが、アフロビートを咀嚼したドラミングやジミの土着的なフルート、ダイナミックなホーン・アンサンブルが加わることにより、非常にスケールの大きな作品となっている。“Some Kind of Good Thing” はビッグ・バンドの仕事もいろいろやってきたジミならではのジャズ・ファンクで、エキセントリックなアナログ・シンセと骨太のリズムに支えられる。“Shine All Night”にはガーナ北部のフラフラ族のゴスペル・クイーンとして注目を集めるフローレンス・アドーニが参加。彼女の昨年のデビュー・アルバム『A.O.E.I.U. (An Ordinary Exercise In Unity)』にはジミとエコウ・アラビ・サヴェージも参加していたので、そこから今回の共演へと繋がっている。アフロ・ファンクを軸とした楽曲ながら、パンキッシュで極めて実験色の濃い作品になっているのがジミらしい。“Furry Dice” はエコウ・アラビ・サヴェージの作曲で、ガーナのハイライフとアフロビートがミックスしたようなナンバー。


Criolo, Amaro Freitas, Dino D'Santiago
Criolo, Amaro e Dino

Criolo Produções

 ブラジルの新世代ピアニストとして注目されるアマーロ・フレイタスのことは、2024年のアルバム『Y'Y』で紹介したが、今回の新作はラッパーのクリオロ、カーボベルデ系のポルトガル人シンガーのディノ・デ・サンティアゴとの共作となる。『Y'Y』はシャバカ・ハッチングス、ブランディ・ヤンガー、ジェフ・パーカーらが参加し、アマゾンの自然やそこに住む先住民をモチーフとした土着色の強いアフロ・サンバ、アフロ・ジャズという作品だったが、この『Criolo, Amaro e Dino』はまったく趣が異なる。1980年代末から活動し、ラテン・グラミー賞にノミネートされるなど世界的なブラジル人ラッパーとして認知されるクリオロ、ヨーロッパ各地で活躍し、カーボベルデ・ミュージック・アワードやMTVヨーロッパ・ミュージック・アワードなどを受賞するディノ・デ・サンティアゴが前面に出たコンテンポラリーな作品であるが、アマーロのピアノももちろん存在感を放っている。

 ヒップホップやR&Bに接近したジャズという点では、ロバート・グラスパー・エクスペリメント(RGE)のブラジル/カーボベルデ(またはポルトガル語)版という見方もできる。特に “E Se Livros Fossem Líquidos_ (Poeta Fora da Lei Pt II)” でのメロウなメロディを奏でるピアノとズレたビートを刻むドラミングのやりとりなどはRGEのそれを彷彿とさせるが、ブラジル人ならではの独特のフレーズがやはりアマーロといったところ。“Ela é Foda” はネオ・ソウルとジャズが結びついたような作品だが、メロディ・ラインがブルニエール&カルチエールやアルトゥール・ヴェロカイなどブラジルの先人たちをどこか彷彿とさせるところがある。

Daniel Lopatin - ele-king

 最新作『Tranquilizer』が評判のワンオートリックス・ポイント・ネヴァーことダニエル・ロパティン。彼が映画『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』(日本公開は3月13日)のサウンドトラックを手がけていることはすでに報じられているが、めでたくもその日本盤がリリースされることとなった。発売は2月27日。映画音楽作家としても着々と地位を固めているロパティン、その最新の成果に注目だ。

MARTY SUPREME
ORIGINAL SOUNDTRACK
BY DANIEL LOPATIN

★ クリティクス・チョイス・アワードでノミネート
★ 英国アカデミー賞でロングリスト入り
★ アカデミー賞でショートリスト入り

注目映画『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』の
サウンドトラック・アルバムが国内盤CDとLPでリリース決定!
購入者特典として先着でオリジナル・ピンポン玉をプレゼント

BEST NEW MUSIC - Pitchfork
緻密かつ雄弁。まるで“第二の脚本”のように機能する - IndieWire
ジョン・ヒューズ作品的な高揚感、宇宙的神秘主義、
そしてジョン・カーペンター的な不穏さが同居するサウンド - Empire
すべてに鮮烈でスリリングなオーラを与えている - Slash Film
ダニエル・ロパティンの予測不能な脈動のスコア。ボリュームは11まで引き上げられている - Variety

本作を語るうえで重要な話題のひとつになるのは、
ダニエル・ロパティンによるきらめくオーケストラルなスコアを中心とした
大胆な音楽の使い方だ
- The Hollywood Reporter

作曲家ダニエル・ロパティンは、マーティの鼓動と、卓球ボールが跳ね返るリズムの両方を、
推進力に満ちたスコアの中で見事に表現している
- AP News

アカデミー賞前哨戦と言われるゴールデングローブ賞にて、主演のティモシー・シャラメがミュージカル・コメディ部門の主演男優賞を受賞し、日本での公開も3月13日に決定している話題映画『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ (原題:Marty Supreme)』。
現在までに映画賞の213部門にノミネート、うち25部門を受賞し、賞レースのトップランナーに躍り出ている本作のオリジナル・スコアを手がけたのは、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー (以下OPN) ことダニエル・ロパティン。昨年OPN名義で最新アルバム『Tranquilizer』をリリースし、4月には待望の来日ツアーも決定している。

本作『Marty Supreme (Original Soundtrack)』は、Pitchforkにてサウンドトラック作品としては異例となる「BEST NEW MUSIC」に選出され、アカデミー賞でもショートリスト入りするなど、音楽単体としても極めて高い評価を獲得。現在デジタル配信中の本作が、2月27日に国内盤CDおよび2枚組LPでリリースされることが決定した。

ロパティンが手がけた23曲のスコアは、ネオクラシカルなオーケストレーション、広がりのあるシンセサウンド、80年代ハードウェアの有機的な質感を融合し、献身的でありながら陶酔感に満ちた未来的な音世界を描く。ララージの神秘的な演奏、ワイズ・ブラッド の幽玄なボーカルもフィーチャーされ、作品にスピリチュアルな煌めきと揺れ動く感情を一層引き立てている。

本作は現在好評デジタル配信中。
2月27日には、国内盤CDおよび2枚組LP(ブラック&クリア・ヴァイナル)でも発売される。アートワークには映画のビジュアルが採用され、国内盤CDには解説書と両面ポスターを封入。LPはゲートフォールド仕様となり、同じく両面ポスターが付属する。またアルバム購入者は先着で映画にも登場する『マーティ・シュプリーム』オリジナル・ピンポン玉がもらえる。

先着特典:
『マーティ・シュプリーム』
オリジナル・ピンポン玉

封入特典:
両面ポスター

本作は、2025年の年間ベストにも数多く挙げられている、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー名義の最新作『Tranquilizer』に続くリリースでもある。同作で示された感情表現の透明度と音響テクスチャーの革新性を、映画音楽というフォーマットにおいてさらに拡張。オーケストラのドラマとデジタルの幻影がせめぎ合い、常に変化し続けるロパティンならではの緊張感が全編にわたって描き出されている。

この音楽は、リズムや浮遊感、そして“動き”への強い執着から形になっていった。マーティの変幻自在でスピード感に満ちた、躍動的な性質--まるで卓球のボールそのもののような存在--を表現するために、何百種類ものマレットやベルの音を集めたんだ。このスコアは、伝統と革新のあいだに存在するものにしたかった。ネオクラシカルな要素は、ルールや制約、プレッシャーといった現実の中で彼が生きる現実世界を支え、電子的なテクスチャーは、彼が思い描く未来へと傾いていく。その二つの力が、やがて互いにせめぎ合い始める。
- Daniel Lopatin

ジョシュ・サフディが監督を務め、ティモシー・シャラメが主演。共演には、アカデミー賞受賞俳優グウィネス・パルトローをはじめ、オデッサ・アジオン、ケビン・オレアリー、タイラー・ザ・クリエイターことタイラー・オコンマ、アベル・フェラーラ、フラン・ドレシャーらが名を連ねる。
ロパティンによる音楽は、本作の“神経系”として機能し、ネオンに彩られたマキシマリズムと、結晶のように静謐な瞬間を行き来しながら、サフディが描く野心、崩壊、そして創作への執着を鮮烈に浮かび上がらせている。

label : BEAT RECORDS / A24 Music
artist : Daniel Lopatin
title : Marty Supreme (Original Soundtrack)
release:2026.2.27
商品ページ: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15596
配信: https://a24music.lnk.to/MartySupremeOriginalSoundtrack
TRACKLISTING:
01. The Call
02. Marty’s Dream
03. Endo’s Game
04. The Apple
05. Pure Joy
06. Holocaust Honey
07. The Humbling
08. Motherstone
09. The Scape
10. Tub Falls
11. Fucking Mensch
12. Rockwell Ink
13. Hoff’s
14. Seward Park
15. The Necklace
16. Vampire’s Castle
17. Back to Hoff’s
18. Shootout
19. I Love You, Tokyo
20. The Real Game
21. Endo’s Game (Reprise)
22. Force Of Life
23. End Credits (I Still Love You, Tokyo)

CD

LP

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ニューアルバム『Tranquilizer』をひっさげ
奇才フリーカ・テットとの最新ライブセットで来日決定!

Oneohtrix Point Never
WITH FREEKA TET

大阪 2026.04.01 (Wed) Gorilla Hall
東京 2026.04.02 (Thu) Zepp DiverCity

open 18:00 / start 19:00
前売:8,800円(税込 / 別途ドリンク代)※未就学児童入場不可
info:http://www.beatink.com/
E-mail:info@beatink.com
公演詳細:https://linktr.ee/opnjapan2026

label : BEAT RECORDS / Warp Records
artist : Oneohtrix Point Never
title : Tranquilizer
release:2025.11.21
商品ページ: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15439
配信: https://warp.net/opn-tranquilizer
TRACKLISTING:
01. For Residue
02. Bumpy
03. Lifeworld
04. Measuring Ruins
05. Modern Lust
06. Fear of Symmetry
07. Vestigel
08. Cherry Blue
09. Bell Scanner
10. D.I.S.
11. Tranquilizer
12. Storm Show
13. Petro
14. Rodl Glide
15. Waterfalls
16. For Residue (Extended) *Bonus Track

CD+Tシャツセット

LP+Tシャツ

CD

LP

限定LP

Vol.3:≋師走≋ 今年の振り返り - ele-king

 Hello Hello! hey hey! heykazmaです。
 2025年も終わりに近づいてきました。
 私にとって、今年は大きな変化の一年でしたᯓ✦∘˙
 仙台から進学を理由に東京へ引っ越し、さまざまな人との出会いがあり、パーティのオーガナイズ、連載のスタート、1st EPの制作など、初めての経験を多く重ねましたン

 都外でDJをする機会もありがたいことに多く、北海道、宮城、千葉、埼玉、神奈川、長野など、さまざまな場所でDJをすることができました。
 その土地の空気や雰囲気を感じながらDJができたことは、かけがえのない経験だったなと思いまくりでふ。

 一方で、オーガナイザーの想いや、パーティの在り方について深く考える一年でもありました₊˚⊹⋆

 今年はパーティを3回企画し、下北沢SPREAD、幡ヶ谷Forestlimit、日本橋BnA_WALLで開催しました (イェイイェイ!
 パーティというものは、音楽をただ消費するための行事ではなく、出演者やお客さん同士のつながりや出会いも含めて、大切にしていきたいものだと改めて感じています。
 音楽が道具として消費されているようにしか見えない場面や、コンセプトの意図がまったく感じられず、何を目的としておこなわれているのかわからないパーティに出会うこともあり、そこに強い「違和感」を覚えることもありましたわ…

 そんななかで、今年とても印象に残り、心から感心したパーティが、9月に成田空港の滑走路内にある木の根ペンションで開催されたRAVEパーティ『WAIFU Airport Rave Special』でした.


 主催のパーティ・コレクティヴ〈WAIFU〉は万人にとっての安全なスペースの構築をめざすクィア・パーティ。
 この木の根ペンションでのRAVEはアーティストのウェンデリン・ファン・オルデンボルフさんによる新作映像作品『Lyrical Vengeance』の撮影にも参加していましタ。

 人権に関する問題(例えば選択的夫婦別姓など)の基準がコロコロ変わる社会。
 権力者が「NO」と言えば、それがまかり通ってしまう構造。
 自分たちの生活への不満が、マイノリティへの攻撃や差別、はたまた仮想敵へと向かってしまう傾向の強いいまの世の中を見ていて、本来向き合うべきは腐敗した政治や社会構造であるはずなのに、プロテストの方向が間違っていると感じることがここ最近増えたんですよね~。まじでいい加減にって感じ普通に.
 いま、私たちの基本的人権がかろうじて守られているのは、時代時代で人々が差別や不平等などと闘い、努力を重ねて勝ち取ってきてくれたおかげなんだと思う。
 それは、ジェンダー・アイデンティティやジェノサイドの問題ともつながっているはず。
 努力と闘いの歴史があるなかで、いまなお差別主義や排外主義の声がここまで強まっていることに、強い疑問を感じまくりでございまする。
 三里塚闘争についても、私はそれに近いものを感じたんですよねぇ~。

 会場となった「木の根ペンション」は、成田空港建設に反対する「三里塚闘争」の拠点のひとつであり、国家権力と資本主義、農村や自然との共生が衝突してきた歴史を象徴するような場所。農村地域、都市部、生産者、消費者を結ぶ交流の場として1989年に畑の農道脇に建てられ、2000年代に入り地域が丸ごと空港に買収されるなかで、政府公団からの撤去要請を拒否する形で、現在の場所に移築され現在に至っています。
 「ペンション」と呼ばれていますが、現在は宿泊施設としての業務は休止しており、住民が住み継ぎながら、建物と土地の維持管理をしています。塀を隔てた空港は、1.5mのアスファルトで埋め尽くされ、数百トンもの飛行機が飛び交い、まさしく資本主義と石油文明の象徴です。そのなかに、土があり、木があり、鳥が飛び、人が住む場所「木の根ペンション」があるというのは、資本主義にどっぷりと浸かって生きていながらも、一方では、土からは離れては生きていけないという、人類の抱える混沌と矛盾を象徴した場所ともいえ、いまもなお、第三滑走路建設のために土地が奪われようとしている住民がおられます。
 この場所で、成田闘争当時のような過激な言葉や暴力ではなく、多様な生き方や考え方を認め合う平和的なイベントとして社会と対峙し、「木の根ペンション」を未来永劫受け継いでいくため、今回は敬意と平和維持の思いを込めて、ペンションの住人とともにイベントをおこなう。

 この概要を見たとき、私はとても衝撃的だった。
 ロケーションが「ただ空港に囲まれている very funny …な場所」なだけではなく、その場所でやる意味、その場所でやる大切さをはっきりと認識しました。
 国から「正しくない存在」と思われている people たちが集まり、好き勝手に Dancing しまくりあげ、誰もが安全であることが守られている. この図まじで胸熱すぎるんだってわけ。
 マジでWAIFU主催のみんな超~~~絶 respect & LOVE しかないわ.˚₊‧꒰ა♡໒꒱ ‧₊˚.
 それ以降、私はパーティ・コレクティヴをやる意味について、主催者としてより深く考えるようになりました~
 いくらロケーションがおもしろいフェスやパーティでも、どういった意図でおこなわれているのかがまったくわからないままだと、ただ立ち尽くしてしまう。̆̈
 セーファー・スペースを提供しているコレクティヴの大切さを、私自身もパーティをオーガナイズする身として、きちんと環境として整えていきたいと強く思いまくり!!!

https://www.instagram.com/stories/highlights/18004934543667226/
(WAIFUパーティの様子が気になった人は私のストーリーのハイライトをチェックしてね♪)

 こうした経験を通して、私は改めて「なぜパーティをやるのか!!!!!!」「何を大切にしたいのか!!!!!!」を考えるようになりました.
 ただ音楽を鳴らす場所yeahyeah♪ではなく、そこに集まる人たちが安心して存在できること、その場にいる理由や文脈がきちんと感じられるyeahyeah♪ってこと。
 パーティが、その一夜限りで終わる消費物ではなく、記憶や感情として残っていくこと。
 そのすべてを含めて、場をつくりたいと思っていまする
 そうした考えの延長線上にあるのが、私が主催するパーティ yuu.ten ⊹꒷꒦ 。゚﹒✧
 yuu.ten は「音に溶ける」をコンセプトに、音楽、表現、人、空間が分断されることなく混ざり合う場を目指してきました゚﹒✧
 出演者と来場者、ジャンルや肩書きの境界が溶け、ただその場にいるという感覚をshareできること。
 そのためのセーファー・スペースでありたいと考えています✧˖°. ♪
 次回の yuu.ten は、2026年1月16日(金)、下北沢SPREADにて開催決定ィ♪
 私の友人の少女写真家・飯田エリカが作品を発表するZINEシリーズの新刊『MiX vol.3 HOLY Dystopian Party』の発売を記念したライヴ・イベントとしておこなうよ⟡₊˚⊹♡
 私自身が、これまで感じてきた違和感や問い、そして大切にしたいと強く思った価値観を、ひとつのパーティとして形にする試みって感じなんで、ガチで100,000人ご来場お待ちしております!!!!!!!!!!

2026年1月16日(金)
OPEN 18:30 / START 19:00 / CLOSE 23:00
MiX & yuu.ten presents「HOLY Dystopian Party」
at SPREAD
[Ticket]
VIP ¥7,500
ADV ¥3,300
U-25 ¥2,500
DOOR ¥4,300
(ALL +1D)
https://livepocket.jp/e/holy-dystopian-party

[LIVE]
あっこゴリラ
諭吉佳作/men
Shöka
[DJ]
heykazma
Yuki Kawamura
Bothis
※VIPチケットには「MiX vol.3」(出演者サイン入り)が付属。

 ZINEシリーズ「MiX」は、作品を通してさまざまな女性像を写して、美しさとは何かをともに考え、理想の女性像を追い求めるのではなく、彼女自身が撮りたい、一緒に表現したいと感じた人と向き合い、愛や夢、美しさ、悲しみ、心といった多様な感情を写し混ぜていくシリーズ。
 vol.3のテーマは「ディストピア(終末世界)でわたしたちは踊る」
 戦争も自然破壊もこのまま突き進めば世界は簡単に壊れるかもしれない___
 そんなディストピアの空気を感じる今、人間すら人種やセクシャリティで差別される。
 世界が終わりに進む世界で
 権威者が恐れた異端(クィア)な存在が歌い踊るパーティをしているかもしれない
 そんな景色が浮かんだ
 HOLY__聖なる/すごい・感嘆
 世界が終わろうが歌い・踊る異端者を美しく写す

 そうそう、HOLY Dystopian Partyをイメージして、プレイリストを作ってみたのです!
 「Party」と書いているとダンス・ミュージックがメインだと思われがちですが、私は必ずしもそうである必要はないと思っている。
 「踊る」を、身体的な動きだけでなく、心のなかにある概念として捉え、淡々とヴァイブスがいい感じの楽曲たちを並べましたよ~
 「身体を揺らす」ことだけが踊りではなく、心のなかの “なにか” が動いた瞬間、それはもう踊りだから。(コレ結構マジでだから)
 なので、アコースティックや弦楽器の楽曲も入れています。
 50,000回ぐらいはリピートしてね~ん✌️


 次回の連載は、2月2日にリリースする1st EP「15」についてのセルフライナーノーツをお届けします!!!
 書くの頑張りますんで!!!絶対にみてくれ!!!!

 ちゅーことで、1/16も下北沢SPREADにて、ご来場お待ちしています!!!!

 以上、heykazmaでした!!!
 これをみている物体のみんな、良いお年を~~‧₊˚⋅♡⋅˚₊‧

9月30日 レツゴー正司(レツゴー三匹) - ele-king

※安田謙一(略歴担当)による序文はこちらから

レツゴー正司(レツゴー三匹)

1940年8月10日生まれ。漫才師。兄はルーキー新一。キューピー人形のように愛くるしいボケのレツゴーじゅん、ソウル歌手の如き風貌を持ちとぼけた顔で美声をきかせるレツゴー長作とのトリオ、レツゴー三匹を結成。身体を張った舞台で人気を博す。じゅんでーす、長作でーす。三波春夫でございます。

1917.8.4-2006.9.30
●レツゴーじゅん1945.7.2―2014.5.8
●レツゴー長作1943.9.29―2018.2.1

佐藤忠志(予備校教師)

1951年5月4日生まれ。予備校講師。代々木ゼミナール講師として高級スーツに高級時計を身にまとい教壇にあがる。入試に特化した英語授業と派手なファッションとのギャップとともに、「金ピカ先生」の異名で人気者に。「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」などタレント活動、教育評論もこなす。

1951.5.4-2019.9.24

淡谷のり子(歌手)

1907年8月12日生まれ。歌手。東洋音楽学校の声楽科でクラシックを学び、ソプラノ歌手に。流行歌歌手に転向、シャンソン、タンゴなど洋楽の日本語カヴァーなどを歌う中で、服部良一作曲の「別れのブルース」が大ヒット。ブルースの女王と称される。晩年も「ものまね王座決定戦」の審査員で人気者に。

1907.8.12-1999.9.22

林家三平(落語家)

1925年11月30日生まれ。落語家。父は7代目柳家小三治(後の7代目林家正蔵)。テレビ「新人落語会」の司会を機にお茶の間の人気者に。「よし子さん」、「どうもすいません」などのギャグを大流行させる。死の間際、医者からの「あなたは誰ですか」という問いに「加山雄三です」と答えた。

1925.11.30-1980.9.20

今東光(作家)

1898年3月26日生まれ。作家。「悪名」、「こつまなんきん」、「河内カルメン」など河内地方が舞台の小説(映画)で人気を博す。週刊プレイボーイ連載の人生相談「極道辻説法」では無頼漢の魅力を発揮。僧侶として谷崎潤一郎、川端康成に戒名を、瀬戸内「寂聴」に法名を与える。参議院議員も務めた。

1898.3.26-1977.9.19

2パック(ラッパー)

1971年6月16日生まれ。ラッパー。ブロンクス出身。ブラックパンサー党員の両親を持つ。元デジタル・アンダーグラウンド。ソロで「カリフォルニア・ラヴ」、アルバム『オール・アイズ・オン・ミー』などヒット作を放つ。ヒップホップ界の東海岸と西海岸の抗争に巻き込まれ、96年、凶弾に倒れる。

1971.6.16-1996.9.13

毛沢東(政治家)

1893年12月26日生まれ。政治家。中国共産党の指導者として、第二次大戦後、中国国民党との内戦に勝利、49年に中華人民共和国を成立、国家主席に。近代中国の英雄としての評価と共に、強制的な粛清や大量の犠牲者を出した大躍進政策など失策も多く、権力を行使した文化大革命も強い非難も受けた。

1893.12.26-1976.9.9

黒澤明(映画監督)

1910年3月23日生まれ。映画監督。「姿三四郎」でデビュー。「羅生門」でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を受賞。世界のクロサワに。「野良犬」、「生きる」、「七人の侍」、「用心棒」、「天国と地獄」など多くの名作を残す。見切れていた家を「あの家消して」と指示するなど、完璧主義者の伝説も数多い。

1910.3.23-1998.9.6

Cecil Taylor/Tony Oxley - ele-king

 予感。沈黙の縁にぶら下がりながら、同じ旅路を託したその相手がいつ応答するのかを思いめぐらす。セックスよりも自発的に。私はセシル・テイラー(1929年生 – 2018年没)をいちどしか見たことがないが、彼の最大のパートナーが沈黙と予感であることを知っている。セシルは、1956年以来、フリー・ジャズ、あるいはファイア・ミュージック、あるいはファー・アウト・ミュージック——呼び名が何であれ——の背後にある比類なき自然の力であり、ピアノを携えて、またバンド・リーダーとして、セシル・テイラー・ユニット名義や数多くのソロ演奏によってアブストラクト・ジャズの急進的な運動を先導した。セシルの人となりは豪快で知られている。彼のピアノ演奏もまたそうで、旋律と不協和のまったく独自の言語を作り上げた。その強度において彼に比肩しうるのは、サン・ラーの音楽だけである。

 このアーカイヴ音源でのトニー・オクスレイ(1938年生 – 2023年没)は、セシルと息を合わせる共演者、あるいは乗客である。なぜなら、1988年に録音されたこのデュオ作品『Flashing Spirits』においては、未知の領域を切り拓いていくべく舵を取っているのはセシルだからだ。『Flashing Spirits』は今年の7月にひっそりとリリースされたため、一見すると大きな出来事には見えないかもしれない。しかしジャズの連続体のなかで捉えれば、その意義は間違いなく重大であった。1988年は、トニー・オクスレイとセシルの長きにわたる友情と音楽的パートナーシップのはじまりを示す年なのだ。
 このふたりは、すでにそれぞれの国においては高く評価される革新者だった。セシルが1960年代初頭にアヴァンギャルドのピアニストへと変貌した一方で、イギリスではトニーがデレク・ベイリーや、多くの仲間たちとともに「Company」録音やその他の作品に参加し、〈インカス・レコード〉からリリースされた(たとえば1975年に発表された彼自身の名を冠した素晴らしいアルバムのような)数々の作品によって進化を遂げていた。テイラーと同じく、トニーも数多くの輝かしい録音を生み出している。したがって、両者がステージを共有することが、活動開始から20年以上も経ってからであったという事実は、きわめて注目すべきことなのだ。

 1988年の夏、セシルはベルリン市の要請を受けて、ドイツ・ベルリンで1か月にわたる連続コンサートに参加した。そしてトニーと組まされたことで、花火が打ち上げられた。7月17日、彼らは初めて演奏し、その最初の魔法は『Leaf Palm Hand』として解き放たれた。『Flashing Spirits』はそれからわずか2か月後のことである。その事実だけで、彼らの相乗作用がいかなるものであったかを示すに十分であろう。なぜなら「ときおり共演する」という音楽上のパターンは、しばしば物事を新鮮に保とうとする前衛的音楽家たちの選択肢だからだ。
 ゼロから出発し、ゆっくりと構築していく——形が現れはじめるとともに予感の障壁を取り払っていく。その「ことが動き出す」までには、およそ2分半を要する。しかしこの文脈において「動き出す」という言葉は理解しにくい。というのも、そこには激しい綱引きがあり、一定したダウンビートが存在しないからである。

 この録音は単なるドキュメントにすぎない。そしてこれは、はじまりがわかっていて終わりに酔いしれるクラシック音楽でもヘヴィメタル音楽でもない。これは運動体としての、本当に生きた音楽なのだ。そして聴き手は、セシル・テイラーの両手が鍵盤を駆け抜け、明確な旋律がいくつもの音域でピンポンのように反響するのを見ながら、椅子の端に腰掛けて右へ左へと視線を走らせる子どもにならねばならない。セシルは座っているが、完全に座っているわけではない。なぜなら、どんな新しいアイディアも彼を飛び上がらせるかもしれないからだ。彼はトニーに盗み見るような視線を送るが、トニーの方がむしろセシルに注意を払っているだろう。というのも、彼は「このマザーファッカーはクレイジーだ」とわかっていて、セシルがいつ気を変えるかわからないからである。

 あなたがこの音楽にピンこないのないのなら、私は無理に好きになれとは言わない。だが、もしこれがあなたにとって日常の糧であるならば、クール・ジャズのレコードとこれとの違いを、心の奥底ではすでにわかっているはずだ。ひとつは、煙草を吸い、特別な香りのワインを手に恋人とともにくつろぎ、あるいは笑い合いながら楽しむためのもの。だが『Flashing Spirits』のような録音は、まったく別の物語だ。それは、普通の人間が入り込むことのできない場所への入門である。まさにそのために、私は『Flashing Spirits』のようなジャズをひとつのコード(暗号)だと感じる。最初は判読不能だが、集中(そしておそらく多少の献身)をもってはじめて理解することができる。プログラミング言語や宗教的なイニシエーション(入門儀礼)と同じように。入門を果たした者たちは、この録音を持っていることの幸運を知るだろう。そしてなんてことだ、この音の素晴らしさ! ドラムとピアノは驚くほど明瞭で、まるで自分が彼らの目の前に座っているかのように感じられる。私はセシルのレコードを山ほど聴いてきたが、これは間違いなく自分のトップ10に入る作品だ。

 少しのあいだ、私の脳は問いかけていた——なぜだ? なぜこれは良いのか? なぜ私は惹きつけられているのか? いったいなぜ? そして私は再び聴きはじめた。深いリスニングを。特製のノイズキャンセリング・ヘッドフォンをつけ、街を歩きながらフレーズを拾い上げると、セシルの後継者たちを気取る新しいピアニストと、セシル自身との違いを聴き分けることができた。セシルは旋律に囲まれて育ったのだ。ゴスペル、ブルース、クラシック、その他いろいろ。旋律の中心から、セシルはカコフォニー(不協和音の奔流)を抱きしめ、そしてそれを抱きしめたとき、彼は自身に刻み込まれた旋律を一緒に連れていった。これはノイズではない。彼は若き日のすべての旋律をリミックスして、新たなチョコレートケーキへと仕立て上げ、旋律を刻んでは歪めているのだ。だから、あの狂騒と混沌を通しても、私は旋律の断片を次々と、かたまりごとに聴き取ることができる。私の母には決して聴き取れないだろうが、それでまったく構わない。

 これは録音されたのは1988年、英国での〈Outside in Festival〉、そのときセシルは58歳か59歳だった。その事実をもういちどよく考えてほしい。私は、39歳で膝や背中の痛みを口にする人びとを知っている。トニーは少し若く、およそ50歳だった。だが私は、30歳で階段を上るのにも苦労する若者を知っている。このアルバムは、その鮮烈さや旋律的な気迫や激烈さ、あるいは「ジャズ的時代精神」の体現として——ファイア・ミュージックの誕生から20年を経た後で演奏されたにもかかわらず——十分に鼓舞的であるはずだ。仮にあなたを鼓舞しないとしても、より深いリスニングと、そして何より「身体を動かすこと」の大切さを思い出させてくれるだろう。


Anticipation. Hanging on the edge of silence wondering when the person you have entrusted to go on the same journey with you will respond. More spontaneous than sex. I have only seen Cecil Taylor (b. 1929 - d.2018) once but I know that his greatest partner is silence and anticipation. Cecil, the preeminent force of nature behind free jazz or fire music or far out music or whatever you may choose to call it since 1956, spearheaded the radical movement with the piano and as band leader in abstract jazz with numerous releases under his Cecil Taylor Unit and solo performances. Cecil`s personality is known to be brash and so is his dominance on the piano making a totally unique language of melody and dissonance that is only rivaled by Sun Ra`s in its intensity.
For this particular recording, Tony Oxley (b. 1938 - d. 2023) is his focused co-partner or passenger since it is Cecil who is navigating very extraterrestrial terrain here in this 1998 duo recording titled “Flashing Spirits” (Burning Ambulance Music) released this past July. “Flashing Spirits” with its quiet release, doesn’t seem monumental but in the jazz continuum, it was. 1988 marked the beginning of Tony Oxley and Cecil’s long friendship and partnership in music. This despite each of them being highly respected innovators in their respective countries. While Cecil transformed into THE avant gardist pianist in the early 1960`s, over in the UK, Tony was evolving with the likes of Derek Bailey and many others who participated in the Company recordings and other releases put out on Incus Records (like his brilliant self named record put out in 1975) in the late 60`s onward. Like Taylor, Tony created numerous brilliant recordings so it is quite remarkable that neither shared the stage til 20 plus years after they began.

It was the summer of 1988 that Cecil took part in a month long series of concerts in Berlin, Germany at the request of the city and in being matched with Tony, fireworks were set off. On July 17th, they first performed and that initial magic was released as “Leaf Palm Hand.” “Flashing Spirits” was only 2 months later. That alone should illustrate their synergy as the pattern in music of “occasionally collaborating” is often the chosen course for left field musicians aiming to keep things fresh.
Starting from zero and slowly constructing, taking away the barriers of anticipation as the forms begin to appear, it takes nearly 2 and a half minutes before things are “going.” But “going” is a difficult word to understand in this context because there is a vicious tug of war and no consistent downbeat.
This recording is just a document and this is not classical music or heavy metal music where you know the beginning and revel in the end. This is kinetic really live music and you have be the kid sitting on the edge of his seat looking back and forth at Cecil Taylor as his hands wiz past keys and clear melodies ring ping ponging on numerous registers. Cecil is sitting but not exactly, because any new idea might make him jump. He will sneak glances at Tony but Tony is more likely to be paying attention to Cecil cause he knows “this motherfucker is crazy” and may change his mind at any minute.
If you don`t like this music then I can`t convince you. But if this is your bread and butter, then you should already know at heart the difference between a cool jazz record and this. One is for smoking and getting chill or giggly with a significant other over wine with a special scent. Recordings like “Flashing Spirits,” are a totally different story. They are initiations into places the average person cannot enter. It is because of this that I feel jazz like “Flashing Spirits” is a code. Illegible at first, it takes concentration (and maybe a little dedication) to be able to comprehend. Similar to any coding language or religious initiation. Those initiated will know they are lucky to have this recording and damn, the sound for this is gorgeous. The drums and piano are pretty freaking clear and it feels like I am sitting right in front of them. I have listened to a bunch of Cecil records but this is definitely going in my top 10.
My brain for a minute was even was asking why? Why is this good? Why am I engaged? Freaking why? And then I started re- listening. Deep listening. Walking down the street with my special noice-cancelling headphones on picking up on the phrases and I could hear the difference between new pianists that try to sit on the mantle of Cecil and Cecil himself. See Cecil grew up surrounded by melody. Gospel, blues, classical and what not. From the center of melody Cecil embraced cacophony and when he did, he took his engrained melodies with him. This isn`t noise. He is remixing all the melodies of his youth into a new chocolate cake with melodies chopped and screwed. So through the frenzy and the chaos, I still hear chunks and chunks of melodies. I am sure my mother wouldn`t but that`s just fine.
When this was recorded in 1988 at the Outside In Festival in the UK, Cecil was 58 or 59. Please read that sentence again cause I know people who are 39, talking about pains in their knees and backs. Tony was a little younger at 50 approximately. Still I know kids who have difficultly walking up stairs at 30. If this record isn`t inspiring for its vibrancy or melodic swagger or intenseness or jazz zeitgeist nature despite being performed 20 years past the birth of fire music, then it should be an inspiration to practice more deep listening and most importantly, to exercise!

interview with Kassa Overall - ele-king

 ジャズとヒップホップの出逢い──こう言ってしまえば簡単だが、これまでの両者の融合や邂逅や衝突とはまったく次元が異るような作品だ。グラミー賞にノミネートされ、ドリス・デューク・アーティスト賞も受賞しているカッサ・オーヴァーオールのニュー・アルバム『CREAM』のことである。これまでもジャズにヒップホップの要素を落としこんできた彼だが、新作では、1枚まるごとヒップホップ・アーティストのカヴァー集となっている。レコーディングはすべて一発録りで、ビギーことノトーリアス・B.I.G.、ウータン・クラン、ドクター・ドレー、ア・トライブ・コールド・クエスト、アウトキャストらの曲がジャズに生まれ変わっているのだ。
 彼の発言を読むとよく分かるのが、遡れば、ジャズとヒップホップは共通の祖先を持っているということ。そして、それらをこじゃれたジャジー・ヒップホップでも、Nujabeseを筆頭とするような系譜とも違う仕方で共存させることができるのだ、ということである。本作は、ジャズをサンプリングしたヒップホップでもないし、ヒップホップのループ感を持ち込んだジャズというわけでもない。ラッパーをフィーチャーしているわけでもないし、耳馴染みが良いスムース・ジャズとも決定的に違う。
 カッサは、例えばビギーのリズムはビバップを代表するマックス・ローチのドラム・ソロから生まれ、そのドラム・ソロ自体は西アフリカのドラム・オーケストラにおけるジャンベ奏者のリズムを源としている、と言う。つまり西アフリカからラッパーに至る一貫した流れがあるのだ、と主張する。なるほど、マックス・ローチがハイチのリズム・マスター=チローロに師事したのは有名な話だ。逝去したラッパーのECDはアフロ・キューバンやラテンのリズムをトラックに使用していたが、チャーリー・パーカーと並ぶビバップの立役者であるディジー・ガレスピーは早くからアフロ・キューバン・ジャズに取り組んでいた。理論的にはカッサのいうことはもっともである。
 だが、理屈でねじ伏せられるからと言って、それが実践にまで及ぶとは限らない。だからこそ、その理屈・理論を実際に作品を通してカッサは証明したかったのではないだろうか。そして、見事に結果を出してみせた。『CREAM』はコラージュやエディットを大胆に施していた前作から一転、編集もオーヴァーダブも一切なしのアルバムに仕上がっている。ジャズ黄金期の空気とヒップホップが染みついた身体から繰り出される未踏のサウンドは、両者の未来を明るく照らし出すだろう。

たんに「ヒップホップとジャズが融合した」アルバムにはしたくなかった。「ヒップホップとジャズの融合」って若干ダサい感じになることがあるからね……中級ホテルのエレベーターで流れている、有名曲のインスト・カヴァー的な(笑)。

アルバム、素晴らしかったです。いま、あなたと同じことをやっているミュージシャンやアルバムは思いつきません。誰かいると思いますか? いたら教えて下さい。

カッサ・オーヴァーオール(Kassa Overall、以下KO):ありがとう! じつは、この新作のライナーノーツを執筆したダン・チャーナスとも同じ話をしたんだよね。ダンはJ・ディラの伝記『Dilla Time: The Life and Afterlife of J Dilla, the Hip-Hop Producer Who Reinvented Rhythm』の著者。「きみが今回やったようなことをすでに実現していたアルバムって他にある?」って聞かれて、正直なところ思い浮かばなかった。たとえば、ジャズをサンプリングしたヒップホップ作品だとか、ヒップホップのようなジャズ作品はある。ヒップホップのブーンバップが聴こえたり、同じコード進行の繰り返しがあったり、ラッパーをフィーチャーしていたり。でも、(『CREAM』のようなアルバムは)他に思い浮かばないなぁ……。俺としては、このアルバムをたんに「ヒップホップとジャズが融合した」アルバムにはしたくなかった。「ヒップホップとジャズの融合」って若干ダサい感じになることがあるからね……中級ホテルのエレベーターで流れている、有名曲のインスト・カヴァー的な(笑)。

アルバムのコンセプトやテーマ、タイトルの由来について教えてください。

KO:仲間たちと一緒に考え、俺たちの活動の本質が伝わるようなタイトルを100個くらい書き出したよ。新作では90年代にも60年代にも戻れるし、一周して未来にも行けるような、「音楽のタイム・トラベル」的なアルバムを目指した。だから、その時空を超えて旅するような概念を表したアルバム・タイトル案をたくさん考えたけど、これが難しくてね。そして、あるとき「CREAM(クリーム)って、抽象的でいいかも?」と思いついた。ウータン・クランの90年代的な要素(=収録曲 “C.R.E.A.M”)も掛けているけど、「cream」っていう言葉自体が、俺たちの目指す60年代の〈ブルーノート〉レコード的なサウンドの質感を表している気がして。それに、「クリーム」って固体ではなく、流動的だよね。その、クリーミーな感じが音楽的にピッタリだと思ったんだ。言葉では説明しづらいけど、たとえ理由がわからなくても聞き心地の良いタイトルのひとつだね。
 このアルバムを制作したきっかけは、グラミー賞公式ホームページのGrammy.com用にグラミー賞にノミネートされた曲から1曲選び、自分たちらしくカヴァーする動画製作を依頼されたことだった。(ディガブル・プラネッツの)“Cool Like Dat” でもよかったけど、最終的には(スヌープ・ドッグ&ファレルの)“Drop It Like It’s Hot” で制作したんだ。これがきっかけで、新しいコードを見つけたり、リズムをチョップアップ(切り刻んだり)して、新たな音楽的要素を足していく試みがマジで楽しくてね(笑)。その後ツアーに出ることになり、試しにステージで演奏したところ、会場が狂ったように沸いた(笑)。オーディエンスに大好評だったからさらに何曲か追加して、ライヴで3~4曲カヴァーするようになると、どこで買えるかよく訊かれるようになった。「(商品として)そもそも存在しないから、買えないよ」と答えていたけどね(笑)。観客から何度も聞かれるってことは、ある種の「チート・コード[編注:PCゲームなどにおける、制作者が意図していない裏技]」みたいなものだよね。新作をオーディエンスが気に入ってくれるかは未知数だけど、レコーディング前に実際にステージ上で演奏できれば、観客側の反応はわかるから。

あなたは『Go Get Ice Cream and Listen to Jazz』の頃から、ジャズのパフォーマンスとヒップホップのプロダクションが合体したアルバムを作っていました。本作はこの路線を突き詰め、アップグレードした結果と言えるのでしょうか? それとも、もっと根本的な変化/進化があったと思いますか?

KO:今回は、これまでとは正反対のアプローチを取った。つまり、ヒップホップ楽曲を起点にアレンジを加え、編集もオーヴァーダブも一切ナシのジャズ・アルバムを制作したんだ。スタジオにミュージシャン全員が集まり、一発録りする手法でね。素材としてヒップホップの曲を使用したけど、ルディ・ヴァン・ゲルダーやマイルス・デイヴィス、アーマッド・ジャマル、ユセフ・ラティーフらを研究し、そのエネルギーに呼応する作品を目指したんだ。

ヒップホップが存在しない世界を俺は知らない。それが社会に深く根付いた時代のはじまりを、俺は生まれたときから体感し、完全に自分の音楽だと感じてきた。

ジャズとヒップホップを組み合わせるのは、ジャンルの折衷であると同時に、ジェネレーションを超える掛け算でもありますよね。ジャズとの出逢い、ヒップホップとの出逢い、それぞれの音楽から初めに受けたインパクトがどのようなもので、いまの自分にどのような影響を与えたのか教えてください。

KO:実家のリヴィング・ルームでレコード・プレーヤーから流れていた音楽に遡るね。俺がかろうじて自分でレコードをかけられるようになったばかりの幼少の頃、(マイルス・デイヴィスの)『Kind of Blue』を聴いたことをいまでも覚えている。ヒップホップより前に、最初に聴いたのは両親のレコード・コレクション……例えば、ボブ・ディランやジミ・ヘンドリックス、それからボブ・マーリーなどのレゲエものだった。幼い頃からボブ・マーリーの歌詞は歌えたね。それから、うちの母が東洋思想に傾倒していたから、タブラ作品や瞑想(メディテーション)用の音楽も聴いていた。
 ヒップホップものとの出会いは、DJジャジー・ジェフ&ザ・フレッシュ・プリンスの『Rock the House』(87年)。ウィル・スミスは、テレビ番組(=『The Fresh Prince of Bel Air』)に出演する前、そして俳優として大ブレイクを果たすまで(の80年代後半頃)は、ヒップホップ界で確固たる地位を築き、ある種の尊敬を集めていた。いまではあの知名度ゆえに嘲笑の的になりがちだけど、俳優として大ブレイクする前は大好きなラッパーのひとりだった。とくに幼少の頃は、他のヒップホップものより聴きやすかったし。他には、パブリック・エネミーの “Fight the Power” やDJクイックを聴いていた。4歳上のうちの兄貴が大ファンだったDJクイックのアルバムを88年頃に父にせがんだのを覚えているよ。俺は82年10月生まれだから、当時は5、6歳だった。DJクイックの作品を聴いていい年齢じゃないよな(苦笑)。アルバムのオープニング・ナンバーのタイトルが “Sweet Black Pxxxx” で[編注:同曲収録のアルバムは『Quik Is the Name』で、1991年のリリース]、テープには(未成年者には相応しくない作品を保護者に伝える)「Parental Advisory」のロゴが入っていたしね(笑)。兄貴に渡す前にうちの親父がテープを通して聴き、俺たちを呼んでこう言ったんだ。「このアルバム、聴いたよ。正直、お前たちに渡すべきじゃないし、子どもが聴くような内容じゃないね。でも、父さんは芸術と自由な表現を信じている。このテープは渡すけど、これはあくまで “芸術作品” ってことを理解してくれ。DJクイックが表現しているのは彼の現実で、オマエたちも真似しろってことじゃない。これはあくまで芸術としての作品。誰でも自分を表現する権利はあるんだ」
 ジャズとヒップホップから受けた影響に関しては、本が一冊書けるくらいだね。まず、ヒップホップについて話そう。俺が誕生した82年の時点でヒップホップは世界を席巻していた。つまり、ヒップホップが存在しない世界を俺は知らない。それが社会に深く根付いた時代のはじまりを、俺は生まれたときから体感し、完全に自分の音楽だと感じてきた。俺がヒップホップを「自分のもの」としているワケじゃないけど、自分はヒップホップを体現しているように感じていた。ヒップホップを嫌ったり、笑い草(ジョーク)にしている奴は、俺のことを笑い草(ジョーク)として扱っているのと同じ。それほど俺にとってヒップホップは重要な存在。ヒップホップを聴いて育った俺は、ヒップホップにある種の正義感のようなものを感じていた。なぜなら、その題材の多くを見ると、疑問の余地のある見解や意見、決断や行動といった複雑な内容が数多く含まれてたから。俺にとって、ヒップホップとは、「順応したり、沈黙することを求めてくるこの世界で必死に生き延びようとする人間の姿を表現している」とつねに感じてきた。ヒップホップの「破壊的」な要素には、ある種の正義感があった。そこには神聖な要素が宿っているように思えたんだ。
 そして今日、それこそが「クリエイティヴィティ(創造性)の美」だと俺は理解している。クリエイティヴィティを単純に「絶対的にポジティヴなクリエイティヴィティ(創造性)のみがいいもので、ネガティヴな作品はすべて悪い」とふたつに分けてしまったら、結局そこで辿り着くのは題材がひとつ(=神様)に絞られるゴスペル音楽のようなものしか残らない。ひとつの題材以外は「間違い」になると、それはマインド・コントロールの領域に陥るようなもので、非常に危険かもしれない。だから、俺はクリエイティヴィティこそが強力だと理解していると同時に、それが当然とは思わないようにしている。というのも、俺の口から発せられる言葉や自分が表現する作品やエネルギーには力があることを知っているから。俺としては、自分自身と他者を正しい方向へ導くためにクリエイティヴィティを使うことに努めている。
 だから、ジャズとヒップホップは俺にとっては同じものなんだ。このふたつは生まれた時代が違うだけで、根底にある精神は同じ。今年の初めの一ヶ月間、俺は皆に「スピリット(精気、精神)が戻ってくる!」って言い続けた。この「スピリット(精気、精神)」っていうのは……ジョン・コルトレーンや2パック、ニーナ・シモン、アリス・コルトレーンといったアーティスト勢を鼓舞したエネルギーのこと。いまこそ、あのエネルギーが戻ってきて、新たな何かを生み出すときがやってきた! と感じているんだ。

1曲のなかに込められた情報量がとても多く、非常に多彩だと感じましたが、これは意図的でしょうか? ジャズもカリプソもクレツマーもボサノヴァの要素もある。こんなアルバム、聴いたことがない!

KO:ありがとう。意図的な部分はいくつかあるね。たとえば、最初のレコーディング・セッションで演奏したア・トライブ・コールド・クエストの “Check the Rhime” でヒップホップのビートを刻んだけど、あの曲以外では、ヒップホップのビートではあえて演奏しないように心がけた。このアルバムにヒップホップのビートが見当たらないのは、原曲がそもそもヒップホップものだから、根本的に(ヒップホップ以外の)別の領域へ辿り着くことを目指したんだ。ヒップホップのビートなんてグルーヴを乗せていけば自動的にカッコよくなるから、簡単すぎるだろ(笑)? 俺としては「もう少しアブストラクトな感じ(=抽象的)にして、リスナーには注意深く聴いて欲しい」と思って。グルーヴに関しては、ただ自分がこれまで受けてきた音楽的インスピレーションから生まれただけ。ひとりの音楽ファンとしての感覚から「ああ、あれを思い出すな!」だとか「これにこれを足したらすごくカッコよくなるかも!」っていうふうにインスピレーションが湧いてくる。そういったアイディアが浮かんだら、いろいろ試してみたんだ。

以前は一度できた曲をライヴで披露してみて、機能しなかったらそこをまた改善したりすることをやっていましたよね。つまり、曲を作る過程でパフォーマンスしていたと思いますが、その方法は今回もやっているのですか? いずれにせよ、その理由も教えてください。

KO:うん。今回もやった。この手法は大好きだけど、楽曲によって違う形で生まれるから全曲ライヴで披露したわけじゃないよ。ライヴ・パフォーマンスから生まれた曲もあれば、スタジオでできあがった曲もある。曲次第だね。今回、ライヴで披露していた楽曲の3、4曲がスタジオに入った途端に驚くほどスムーズかつ簡単にできあがったから、そこからさらに6曲も書いた。スタジオ・レコーディングは2回に分けておこなった。
 だから、ライヴでの観客も音楽制作の過程の一部だね。自分の頭のなかで楽曲案があっても、それを他の誰かと共有したとき、初めてその楽曲案を体験できる気がする。たとえば、それが文章表現の場合でも、自分の考えを世の中に……あるいはたったひとりの相手に発信したときでも、自分の口から出た言葉を聞いた相手の顔を見たとき、相手の反応やエネルギーが伝わってくるよね。観客の前で演奏することは後々役に立つことがあるから、自分の考えに固執しすぎちゃいけない。しっかり(観客の反応にも)注意を払わなきゃいけないよね。

ビギーのリズムはマックス・ローチのドラム・ソロから生まれ、そのドラム・ソロ自体は西アフリカのドラム・オーケストラにおけるジャンベ奏者のリズムを源としている。つまり西アフリカからラッパーに至る一貫した流れがあるんだ。

資料にもあるので、繰り返しになって申し訳ないのですが、ジャズとヒップホップの共通点と相違点を、両方のジャンルにも疎い人に分かりやすく説明するとどうなるでしょうか?

KO:重要なのは、ビートの取り方に関してより「流動的な」タイミングを受け入れることだろうね。もし厳密に固定され……例えば4つ打ちの「ドン・ドン・ドン・ドン」といったリズムが好きなら、難しいかもしれない。あからさまじゃないかもしれないけど、注意深く何度も聴き続けると、リズムの一貫性が聞こえはじめると思う。それは、高層ビルを見る感じではなく、風に揺れる木を見るような感覚だよ。
 「ジャズ」に関して言えば、聴き続けると、次々と新たな発見があり、一生聴き続けられるレコードもある。人生が深まるにつれ、そのアルバムを体験する能力も成長するからね。こういったアルバムは普遍的で時代を超越しているから、赤ん坊からティーンネイジャー、大人、そして老人までのあらゆる層にも訴える何かがある。時代を超えた不滅の栄養素が1枚の作品にたくさん詰まっている。もし複雑に感じても、聴き続ければやがて何かが聞こえはじめるんだ。

共通点についてはいかがでしょうか?

KO:ニック・ペイトン(=トランペット奏者のニコラス・ペイトン)はジャズとヒップホップの共通点について「アフリカン・リズムのDNA」と説明していたね。とくにヒップホップとジャズを注意深く聴くと、それがわかると思う。いまのヒップホップには様々な種類があるけど、たとえばブーンバップについて話すなら……たとえばDJプレミア、ドクター・ドレ、ピート・ロックといったプロデューサーたちが手がけたヒップホップの場合、同じ「リズム言語」が使われている。ちなみに、ラキムはジョン・コルトレーンからフレージングを学んだと語っているね。それから、偉大なサックス奏者のドナルド・ハリソンは、ビギーがマックス・ローチのドラミングに触発されたらしいと話していた。ビギーのリズムはマックス・ローチのドラム・ソロから生まれ、そのドラム・ソロ自体は西アフリカのドラム・オーケストラにおけるジャンベ奏者のリズムを源としている。つまり西アフリカからラッパーに至る一貫した流れがあるんだ。彼らは同じ役割を果たす同一の「リズム言語」を扱っていて、この一貫した流れは極めて明確。ただ、「ジャズ」と呼ばれる黒人音楽には、和声や特定のリズム要素においてやや複雑さが加わる場合が多い。でも、ヒップホップにも複雑さは存在し、ジャズにも簡潔さは存在するから、楽曲によりけりで一律には言えないんだよね。

ヒップホップとジャズの相違点は?

KO:すべてに当てはまる普遍的な答えはないけど、ヒップホップにおいて重要な要素のひとつは、ラッパーがうまくビートに乗れる一貫したリズム・ポケットがあること。一方、ジャズでは、非常に安定したリズムを保ちつつも、抽象的な領域に入り込み、曲のハーモニック・リズムそのものを体感する余地がある。ドラムはより旋律的な役割を担うラッパーに近い存在で、ベーシストは安定したリズムを保つ役割を担う。 ジャズを演奏する際、俺は「一貫したリズム」は好まない。というのも、俺が求めているのはフラクタル、つまり変容するタイミング(ビートの取り方)だから。現代のジャズ・ミュージシャンの多くはその概念すら理解していなかったりする。一貫していないリズムで演奏しはじめると、彼らは居心地悪そうだったりするね。

ジャンルとは暫定的なものであり絶対的なものではない、という信念のようなものが、過去のあなたの発言からはうかがえます。ジャンルが具材だとすると、それが原型をとどめないほどに溶解したスープのようなものを作りたかったのでしょうか?

KO:「溶解したスープ」というのは、スムージーのように「融合された」ものを連想するよね? 『Go Get Ice Cream and Listen to Jazz』、『Animals』、『I Think I'm Good』などの過去作品で俺が「融合」ではなく「コラージュ」という比喩を多用したのは理由がある。「コラージュ」はひとつひとつの存在したパーツを組み合わせることで新たな絵を生み出すから、俺の「コラージュ」はミネストローネ・スープのように具材の個性がそのまま残っているんだ。ひと口食べれば人参や豆、鶏肉、麺だとわかるように(笑)。でも、この新作のアプローチは少し異なる。コラージュというよりは、むしろ溶解したスープに近い。このジャズ・アルバムを制作するためにヒップホップ曲から借用した構成要素が、もはや原型をとどめていないからね。

とりあげた曲に何か基準はありますか? これらの曲に共通点があるとしたらなんでしょう?

KO:厳密な基準はないけど、自分の想い出やノスタルジアを呼び起こし、感情的なインスピレーションを与えてくれる楽曲を選んだ。だから、大半は子どもの頃に聴いていた曲や、初めて聴いたときや自分に与えた影響を覚えている曲ばかりだね。

“Someday My Prince Will Come” や “Take Five” といったジャズのスタンダード・ナンバーを素材としてとりあげた理由を教えてください。

KO:ヒップホップ曲を聴き、その曲にむしろ「絶対に合わないだろう」って質感を想像してジャズ・スタンダード曲を探したんだ。たとえばジュヴィナイルの “Back That Azz Up” はパーティ系クラブ・アンセムだから、「原曲とはまったく違う世界観の美しい曲に変えたらどうだろう」って考えた。そこで思いついたのが “Someday My Prince Will Come” のイントロだった。最初は笑える冗談みたいな感じで曲を作りはじめた。美しい愛のメロディが流れて聴いている人が、「ん……? これ、もしかしたら “Back That Azz Up”!?」って気づく瞬間が笑えると思ってさ(笑)!

カッサ・オーヴァーオール来日情報

2025 10.8 wed., 10.9 thu., 10.10 fri.
BLU NOTE TOKYO
[1st] Open5:00pm Start6:00pm [2nd] Open7:45pm Start8:30pm

メンバー:
カッサ・オーヴァーオール(ヴォーカル、ドラムス、エレクトロニクス)
ベンジ・アロンセ(コンガ、エレクトロニクス)
エミリオ・モデスト(サックス)
マット・ウォン(キーボード)
ジェレマイア・カラブ・エドワーズ(ベース)

https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/kassa-overall/

Chip Wickham - ele-king

 チップ・ウィッカムはスペインとイギリスを股にかけて活動するサックス/フルート奏者で、2024年に『Cloud 10 – The Complete Sessions』がリリースされた際にインタヴューをおこなった。ブライトンでの生い立ちから、マンチェスターの音楽学校に進学してジャズを本格的に学んだ時代、クラブ・カルチャーと出会ってそうしたシーンのアーティストたちと共演していた時代、〈ゴンドワナ〉のマシュー・ハルソールとの出会い、スペインへ移住してからソロ・アルバムをリリースするようになったことなどいろいろな話をしてもらったのだが、それから1年ぶりとなる新作『The Eternal Now』がリリースされた。『Cloud 10 – The Complete Sessions』は『Cloud 10』(2022年)とEP「Love & Life」(2023年)をカップリングした編集版だったので、正確にはフル・アルバムとしては3年ぶりの新作となる。

 今回はマシュー・ハルソールとの共同プロデュースで、1990年代から一緒に仕事をするベーシストのサイモン・“スニーキー”・ホートンや、トランペット奏者のエオイン・グレースを除き、メンバーは一新されている。新メンバーで目につくのは、シネマティック・オーケストラやファンク・バンドのハギス・ホーンズなどで演奏してきたドラマーのルーク・フラワーズ、アシッド・ジャズの時代に人気者となり、その後はラテン・ジャズやアフロ・キューバンのコンガ&パーカッション奏者としてUKにおける第一人者的存在のスノウボーイだ。それぞれチップ・ウィッカム同様に長いキャリアを持ち、ジャズとクラブ・ミュージック両面で活躍してきた人材である。特にラテン・ジャズへの造詣が深いチップにとって、スノウボーイの参加は百人力を得た感じだろう。ほかではヴァイオリン、チェロというこれまで見られなかった楽器をフィーチャーしている点は、これらストリングスの扱いに長けたマシュー・ハルソールからの助言によるのではないかと想像する。その結果、これまで以上に深みや奥行きが増したサウンドとなっている。シンガーでは『Cloud 10』に参加していたアマンダ・ウィッティングのソロ・アルバムでフィーチャーされていたピーチや、恐らくチップの娘と思われるリサ・ウィッカムが参加する。

 透明感に溢れたソプラノ・サックスと、それを包み込むエレピやストリングスが堪らなく優美な “Drifting” は、1970年代末から80年代初頭に活動したロサンゼルスの伝説的スピリチュアル・ジャズ・ユニット、アンビアンス(ダウド・アブバカル・バレワ)を彷彿とさせる。“Nara Black” は日本古来の「奈良墨」にインスパイアされた曲で、ピーチのヴォーカルをフィーチャー。クラブ・ジャズ的な雰囲気を持つ曲で、ルーク・フラワーズのドラムもジャズ・ファンクやブロークンビーツ的なエッセンスを感じさせる。チップのフルートは神秘的にはじまりつつ、次第にエモーションを湛えていき、どちらかと言えばフルート演奏のほうに長けた彼らしい楽曲である。“The Eternal Now” はオーボエのような木管楽器を思わせる音色のアルト・サックスを用い、チップのディープな側面が表われた幽玄のような作品。フルート奏者としてのチップは、ユゼフ・ラティーフ、サヒブ・シハブ、ハロルド・マクネアなどの影響が感じられるが、ここでの演奏は1960年代末から1970年代にかけ、ワシントンDCで活動したロイド・マクニールを連想させる。エリック・ドルフィーの流れを汲む彼も、スピリチュアル・ジャズにおける伝説的なプレーヤーである。

 “No Turning Back” はサントラ的なムードを持つ作品で、シネマティック・オーケストラに関わったルーク・フラワーズの色が出ている。“The Road Less Travelled” も映画音楽のように優美なストリングスに包まれ、中間の陰影に満ちたフェンダー・ローズのソロも印象的。メロウネスに満ちた広がりのある空間構築は、クラブ・ジャズやクラブ・ミュージックに接してきたチップならではと言える。“Falling Deep” はリサ・ウィッカムのワードレス・ヴォイスをフィーチャーし、極めてフェアリーな世界へと導く。この曲でもストリングスが大きなアクセントとなる。スノウボーイによるラテン的なリズムに支えられた “Outside” も、とてもメロディアスで美しい。この曲を含めてサントラ的な音作りのなされた “No Turning Back”、 “The Road Less Travelled”、 “Falling Deep”は、これまでになかったチップの新たな魅力を導き出している。

8月28日 岸部四郎 - ele-king

 こんなに人が亡くなるものだとは思ってもいなかった。
 テレビや映画でよく観ていた俳優。贔屓にしていたスポーツ選手。若い頃に感化されたアーティスト。毎年のように、毎月のように、ひどいときは一週間のうちに何人もの訃報を目にするようになった。
 身近な、顔なじみとお別れすることも増えてきた。
 長生きすることは、すなわち、自分が知っている人で形成されている世界においてマイノリティになっていくことなのだ。
 かつて『死者のカタログ』(ニューミュージックマガジン社)という本があった。「ミュージシャンの死とその時代」の副題どおり、50年代、60年代、70年代にこの世を去った(主に)ロック・ミュージシャンたちの死について、カタログ風に構成されたユニークな本だった。1979年の刊行時には、まさか、その翌年にジョン・レノンが、2年後にボブ・マーリーが死ぬなんて誰も想像できなかった。この本が「成立」した時代、ロック文化において、死はまだ特殊だった。死者は圧倒的に少数派だったのだ。

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 私は追悼が下手だ。
 おくる言葉を心と頭でひねり出しても、その最後に「心からお悔やみ申し上げます」と口にするときの妙にしらじらしい感覚にいつまでも慣れることがない。「天国で●●さんとセッションしてください」なんて恥ずかしくて言えない。私の辞書には、はなからR.I.P.なんて文字はなかった。
 そもそも、亡くなった人へのメッセージのはずが、それを読む生きている人たちの目を意識しなきゃいけないなんて、ナンセンスな話ではないか。そう考えると、「追悼ベタ」で上等じゃん、という気にもなる。
 もっと自由に追悼したい。訃報に際して、SNSで「いいね」ボタンを押すよりも、もっと冴えた、人それぞれの追悼があってもいいのではないだろうか。

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 テリー・ジョンスンは亡くなった人を描く。一目見て、テリーさんが描いたとわかる絵で死者をひたすら描く。どの絵も笑っちゃうほど生き生きしている。そういえば、先に書いた『死者のカタログ』の表紙画もテリーさんが描いていた。
 亡くなった人にとって命日は新しい誕生日である、という。信心と縁のない私もこれは悪くない考えかただと思う。テリーさんの画に「自分だったらこう書くだろうな」という新聞の死亡記事欄のような短い文章を寄せた。今月から3ヶ月に渡って、ここエレキングwebで、その一部をご覧いただくことにした。
 まずは、「8月」に旅立たれた方々から、ご覧いただきます。

 テリーさんに描かれる人生に最大の敬意を。人は死んで星(スター)になる、とは、こういうことだったのかと腑に落ちました。

 最後に、テリーさんが提言する「似な顔」の定義を。

「似顔絵としては失敗だけど、絵としては結構面白いというところがポイントでしょうか。つまりあなたがその人をどう見ているかを素直に描けばいいんです。(中略)
その人の印象を線そのものに託せばいいんです」
『決定版 ヘタうま大全集』 (ブルース・インターアクションズ刊)


岸部四郎(タレント)

1949年6月7日生まれ。ミュージシャン。脱退した加橋かつみに代わり、ザ・タイガースの一員に。兄・一徳とはサリー&シローを結成する。とぼけた味の関西弁で俳優、タレントとして活躍。晩年は借金王として名をはせる。タイガース武道館での再結成公演、車椅子で「イエスタディ」を歌う。切なかった。

1949.6.7-2020.8.28

梨元勝(芸能リポーター)

1944年12月1日生まれ。芸能リポーター。雑誌「ヤングレデイ」の記者からフリーに。ワイドショーで芸能リポーターという職業を確立する。映画「コミック雑誌なんていらない」で梨元をモデルとしたリポーター役の内田裕也は、決め文句「恐縮でーす」を連発。クレジット無しで本人も登場する。

1944.12.1-2010.8.21

アラン・ドロン(俳優)

1935年11月8日生まれ。俳優。「太陽がいっぱい」のリプリー役でブレイク。「冒険者たち」、「さらば友よ」、「地下室のメロディー」「ショック療法」など多数の主演作で、世紀の二枚目の称号を得る。ダリダとのデュエット曲「あまい囁き」もヒット。ダーバン、セ・レレガーンス・ドゥ・ロム・モデルヌ。

1935.11.8-2024.8.18

坂本九(歌手)

1941年12月10日生まれ。歌手。ダニー飯田とパラダイス・キング脱退後、「悲しき六十才」でソロ・デビュー。永六輔と中村八大による「上を向いて歩こう」は「SUKIYAKI」の題で3週間連続全米1位に。世界で千三百万枚売れた。ボブ・ディランも86年の来日時にインストでカヴァー。

1941.12.10-1985.8.12

アイザック・ヘイズ(歌手)

1942年8月20日生まれ。ミュージシャン。デヴィッド・ポーターとのコンビで「ホールド・オン」などを作曲。音楽を手掛けた映画「黒いジャガー」のサントラ盤は全米1位。「ワッツタックス」では笑っちゃうほど劇的に登場する。スキンヘッドの黒いモーゼは地獄よりも深い場所から囁きかける。

1942.8.20-2008.8.10

沢たまき(歌手)

1937年1月2日生まれ。歌手。ジャズ・シンガーとしてデビュー。歌謡曲「ベッドで煙草を吸わないで」が大ヒット。ハスキー・ヴォイスで人気を博す。女優としてドラマ「プレイガール」に主演。バラエティ「独占!おとなの時間」の司会など活動の幅を広げる。61歳で参議院議員選挙(比例区)に当選。

1937.1.2-2003.8.9

鳳啓介(漫才師)[+京唄子(漫才師)]

鳳啓介(漫才師)

1923年3月16日生まれ。漫才師。京唄子とのコンビで唄子・啓介を結成。映画、ドラマや、作家も兼任した「唄啓劇団」などで活躍。「エー!、鳳啓助でございます」と必ず名前入りで物真似される。

1923.3.16-1994.8.8

京唄子(漫才師)

1927年7月12日生まれ。漫才師。鳳啓介と唄子・啓介を結成。相方を吸い込む大きな口がトレードマーク。「唄子・啓助のおもろい夫婦」の司会は16年間続いた。多数のドラマにも出演した。

1927.7.12-2017.4.6

前田武彦(マルチタレント)

1929年4月3日生まれ。放送作家。開局間もないNHKのラジオ、テレビで番組の構成作家に。裏方では飽き足らず、タレント活動をメインに、「夜のヒットスタジオ」の司会、5歳年下の大橋巨泉とのコンビによる『巨泉×前武ゲバゲバ90分!』など、毒を含んだ軽妙な喋りで親しまれる。愛称はマエタケ。

1929.4.3-2011.8.5

渥美清(俳優)

1928年3月10日生まれ。俳優。浅草のストリップ小屋でコメディアンとして活躍。バラエティ番組「夢で逢いましょう」で人気者に。69年にはじまった映画「男はつらいよ」シリーズで48作に渡って車寅次郎を演じた。…と思いきや、没後にも49作目「男はつらいよ お帰り 寅さん」が制作された。

1928.3.10−1996.8.4

阿久悠(作詞家)

1937年2月7日生まれ。作詞家。尾崎紀世彦「また逢う日まで」、都はるみ「北の宿から」、沢田研二「勝手にしやがれ」、ピンク・レディー「UFO」、八代亜紀「雨の慕情」と5曲のレコード大賞受賞曲を手掛けた、昭和を代表するヒットメイカー。歌詞は直筆で、自身でレタリングした曲名をつけて入稿。

1937.2.7−2007.8.1

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