Home > Reviews > Album Reviews > Adrian Younge & Ali Shaheed Muhammad- Jazz Is Dead 001
ジョン・ライドンがセックス・ピストルズを脱退するときに言い放って以来、いろいろなロック・ミュージシャンが口にしてきた「ロックは死んだ」というフレーズ。ミュージシャンによってそれぞれの思いがあるのだろうが、ジョン・ライドンの場合は停滞した既存のロックへの批判と訣別であり、パブリック・イメージ・リミテッドによっていままでとは違うオルタナティヴで新しい道を切り開いていった。そして、このたび新しいレーベルの〈ジャズ・イズ・デッド〉が誕生した。マルチ・ミュージシャンでプロデューサーのエイドリアン・ヤングが興したレーベルで、『ジャズ・イズ・デッド』というニュー・プロジェクトを始めるために作ったようだ。イヴェントなどの企画もやっていて、いまのところカッサ・オーヴァーオールやシャバカ・ハッチングスらのライヴが予定されている。エイドリアン・ヤングは〈リニア・ラブズ〉という自主レーベルを運営していて、〈ジャズ・イズ・デッド〉はその傍系にあたるのだろう。
エイドリアン・ヤングは1960~70年代のソウル、ファンク、ジャズなどをモチーフに、ヴィンテージな楽器を用いてサントラ的な展開をしつつも、現在のヒップホップやR&Bの要素を融合した音作りを一貫してやってきた。ソウルズ・オブ・ミスチーフ、デルフォニックス、ゴーストフェイス・キラー、ビラル、RZA、バスタ・ライムズ、スヌープ・ドッグ、ケンドリック・ラマー、ステレオラブのレティシア・サディエールなど幅広い面々と作品制作、コラボ、共演をしているが、近年はア・トライブ・コールド・クエストのDJ/プロデューサーのアリ・シャヒード・ムハマドと組んで、『ザ・ミッドナイト・アワー』というプロジェクトをやっている。これはサンプリングを用いずに全て生演奏でおこなうというもので、ビラル、レティシア・サディエール、シーロー、ラファエル・サディーク、マーシャ・アンブロージアス、クエストラヴ、ジェイムズ・ポイザー、キーヨン・ハロルドらが参加し、サウンド的にはダークなサイケデリック・ソウルと形容すべきものだった。『ジャズ・イズ・デッド』も再びアリ・シャヒード・ムハマドとのコラボで、方向性としては『ザ・ミッドナイト・アワー』の延長線上にある。ただし、今回は大きなミッションを課していて、それはジャズ界の偉大なミュージシャン、レジェンドたちと共演をおこなうということである。それらレジェンドたちが作ってきたジャズの歴史、伝統といったものを否定するような『ジャズ・イズ・デッド』という言葉に対し、ある意味それを真逆でいくようなプロジェクトであるかもしれないが、エイドリアン・ヤングとしては彼のヒーローだったり、影響を受けてきたヴェテラン・ミュージシャンたちと対峙することによって、自分にとって初めて新しい視界が広がるということなのかもしれない。
アルバムはよくこれだけの大物共演者が集まったな、というようなキャスティングがおこなわれている。ヒップホップ世代からも絶大な人気を集めるロイ・エアーズを筆頭に、アート・ブレイキー、マイルス・デイヴィス、マッコイ・タイナーなどジャズ・ジャイアンツたちと共演してきたゲイリー・バーツ、1970年代の〈ブラック・ジャズ〉で当時の夫人のジーン・カーンと共にスピリチュアル・ジャズを展開したダグ・カーン、ギル・スコット・ヘロンと長年に渡るパートナーだったブライアン・ジャクソン、ブラジルが生んだスーパー・トリオのアジムス、そのアジムスが最初はバック・バンドを務めていたマルコス・ヴァーリに、彼らとも縁が深いジョアン・ドナートといった顔ぶれだ。そのほかバック演奏のミュージシャン名はクレジットされていないが、恐らくはエイドリアンが率いるバンドのヴェニス・ドーンのメンバーが中心となって演奏しているのか、またはエイドリアンとアリ・シャヒードが全て多重録音でやっているのだろう。使用する楽器の傾向や音色などは『ザ・ミッドナイト・アワー』やエイドリアンのこれまでの作品と同様で、オーガニックで温もりや奥行きのあるサウンドを展開している。
“ヘイ・ラヴァー” にはロイ・エアーズがフィーチャーされるが、ヴィブラフォン・プレーヤーではなくシンガーとして起用している。ロイの作品でいくと “エヴリバディ・ラヴズ・ザ・サンシャイン” や “サーチング” タイプのメロウ・グルーヴだが、より深く沈み込むようなグルーヴを持っている。ゲイリー・バーツのサックスをフィーチャーした “ディスタント・モード” は、変則的なドラム・ビートが印象的な1曲で、カッサ・オーヴァーオールやバッドバッドノットグッドなど新しいモードを持つジャズに近い。ギル・スコット・ヘロンとの双頭バンドでは鍵盤奏者として鳴らしたブライアン・ジャクソンだが、彼をフィーチャーした “ナンシー・ウィルソン” (恐らく2018年に他界したジャズ・シンガーのナンシー・ウィルソンに捧げた曲なのだろう)では、もうひとつの顔であるフルート奏者という側面を見せている。サントラ系の音作りを得意とするエイドリアン・ヤングだが、彼のそうした優美さが反映された曲となっている。ジョアン・ドナートをフィーチャーした “コネクサォン” は、アルバムの中でもっともタイトでアグレッシヴなビートを持つジャズ・ファンク。ジョアン・ドナートが1970年に発表した『ア・バッド・ドナート』に繋がるような1曲で、当時の彼がやっていた実験的かつファンキーなキーボード・プレイが再現されている。一変してリリカルなムードの “ダウン・ディープ” には、ダグ・カーンのオルガンをフィーチャー。彼は昨年も『フリー・フォー・オール』というニュー・アルバムを出していたのだが、ゴスペル・タッチのオルガンを前面に出した演奏をやっていて、ここでもそうした姿を見ることができる。アジムスをフィーチャーした “アポカリプティコ” は、アナログ・シンセが不穏な唸りを上げる、まさに1970年代中盤のアジムス・サウンドを再現したようなブラジリアン・ファンク。当時のアジムスもサントラをよく手掛けていたのだが、改めてエイドリアン・ヤングと彼らの間にある共通項を見せてくれるようだ。マルコス・ヴァーリが歌う “ナオ・サイア・ダ・プラサ” も、ちょうどアジムスが演奏していた頃の『プレヴィサオ・ド・テンポ』を彷彿とさせる仕上がりとなっている。ラストの “ジャズ・イズ・デッド” はザ・ミッドナイト・アワーをフィーチャーとなっていて、『ザ・ミッドナイト・アワー』のダーク・サイケデリック・ソウルを発展させたものとなっている。それぞれの曲にゲスト・ミュージシャンへのリスペクトの念が感じられるわけだが、今回の『ジャズ・イズ・デッド』は「001」と番号が振られており、今後もシリーズ化していく目論見があるのだろう。今回の人選を見る限り、次は誰と一緒にやるのか、そんな興味も抱かせる。
小川充