Home > Reviews > Album Reviews > Ali Shaheed Muhammad & Adrian Younge- The Midnight Hour
おそらくウィルソン・ピケットの楽曲を由来とするのであろう『ザ・ミッドナイト・アワー』というアルバム。真夜中のソウルという言葉が実にふさわしいこのアルバムは、ア・トライブ・コールド・クエストのDJ/プロデューサーのアリ・シャヒード・ムハマドと、マルチ・ミュージシャンでプロデューサーのエイドリアン・ヤングのプロジェクトによるものだ。アリとエイドリアンの共演は、エイドリアンのプロデュースするソウルズ・オブ・ミスチーフのアルバム『ゼア・イズ・オンリー・ナウ』(2014年)にアリがフィーチャーされたことがきっかけで、その後TVドラマのサントラとなる『ルーク・ケイジ』(2016年)も共同制作している。その頃より『ザ・ミッドナイト・アワー』の制作は開始され、当初は2016年末頃にはリリース予定だったが、ここにようやく発表された。
DJで熱心なレコード・ディガーであり、また法律の博士号も持つエイドリアンは、奥方と一緒にロサンゼルスでレコード・ショップ兼ジュエリー・ショップを経営し、また〈リニア・ラブズ〉というレーベルも運営している。もともとDJ/トラックメイカーだが、ヒップホップなどの元ネタから古いレコードをコレクトするようになり、そこからさらに楽器演奏を独学で学んでいった。1968年から1973年までを音楽の黄金時代ととらえ、その時期のソウル、ファンク、ジャズ、リズム・アンド・ブルース、ロックなどが好みという。当時のアナログな楽器や録音機材が生み出す温もりや奥行きのあるサウンドに魅入られ、自身で作品を作るときもそうした機材を導入するという凝りようだ。こうしたエイドリアンのこだわりにシンパシーを感じるアーティストは多く、これまでにアリやソウルズ・オブ・ミスチーフはじめ、デルフォニックス、ゴーストフェイス・キラー、ビラル、RZA、バスタ・ライムズ、スヌープ・ドッグ、ケンドリック・ラマーなどと作品制作、コラボ、共演している。ハモンド・オルガン、ミニ・モーグ、フェンダー・ローズなど鍵盤類から、サックス、ベース、ギターまで操る彼は、ヴェニス・ドーンというバンドも率いて『サムシング・アバウト・エイプリル』(2011年)、その第2集(2016年)もリリースしている。ヒップホップ方面との交流が深いエイドリアンだが、この第2集にはステレオラブのレティシア・サディエールをフィーチャーし、幅広い交友関係も見せている。そのレティシアと共演した“メモリーズ・オブ・ウォー”では、サントラのようにジャジーでシネマティックな曲作りも見せていたが、エイドリアンにとってサントラというのも重要なキーワードのひとつである。前述の『ルーク・ケイジ』ほか、デビュー作の『ブラック・ダイナマイト』(2009年)もブラックスプロイテーション映画のサントラだった。また、『サムシング・アバウト・エイプリル』も架空のサントラという設定で、ゴーストフェイス・キラーなどとのコラボ作にもそうした雰囲気が持ち込まれている。アイザック・ヘイズからモリコーネのサントラに影響を受け、ムーディーな音作りを好むというところも、彼のレコード・マニアたるゆえんだろう。
『ザ・ミッドナイト・アワー』のプロジェクトに関して、エイドリアンはサンプリングなどをせず、全て楽器演奏だけで作ってみようと提案したそうだ。アリはソウルズ・オブ・ミスチーフの『ゼア・イズ・オンリー・ナウ』のリミックス・アルバムを手掛け、そのときは全ての楽曲を生演奏のみで作り変えた。アリにとって初めての楽器演奏によるアルバムとなったが、それが自信となって『ザ・ミッドナイト・アワー』の制作へと繋がっていったのである。ATCQが実際にサンプリング・ネタにしてもおかしくないようなアルバム、というのが念頭にあったそうだ。全部で20曲収録というたいへんヴォリュームのあるアルバムで、演奏はエイドリアンとアリのほか、ヴェニス・ドーンのメンバーらが参加している。従ってエイドリアン・ヤング、及びヴェニス・ドーンのアルバムの延長線上に位置する作品と言えるだろう。ゲスト・アーティストもエイドリアンやアリに関連する人が多く、ビラルやレティシア・サディエールに始まり、シーロー、ラファエル・サディーク、マーシャ・アンブロージアス、クエストラヴ、ジェイムズ・ポイザー、キーヨン・ハロルドらが参加。“ソー・アメイジング”にはルーサー・ヴァンドロスがフィーチャーされているが、彼が生前の1986年に残した歌を、アリとエイドリアンの新たな演奏に乗せる形となっている。“クエスチョンズ”は未完成段階のトラックをケンドリック・ラマーが聴いて気に入り、自身のヴァースを乗せて『アンタイトルド・アンマスタード』(2016年)に収録していた。そこでは“アンタイトルド・06”となっていたが、シーローの歌を入れて完成したヴァージョンとなる。
ビラルの歌う“ドゥ・イット・トゥゲザー”は、ロータリー・コネクションの系譜に位置するような作品で、エイドリアンが自身の音楽を呼ぶダーク・サイケデリック・ソウルという言葉がピッタリだ。エイドリアンはビラルの『イン・アナザー・ライフ』(2015年)のプロデュースを行なったが、ゴスペル的なエモーショナルさを持ちつつも、オルタナティヴなテイストもあるビラルの歌の特性を生かした曲となっている。レティシア・サディエールが歌い、キーヨン・ハロルドがトランペット、クエストラヴがドラムを演奏する“ダンス・アス・モーメント・デランス”は、基本的にはビート感の強いジャズ・ファンクだが、レティシアのスキャットによって優美さや浮遊感が生まれており、相反する要素をひとつにまとめた好例と言えるだろう。新進女性シンガーのエリン・アレン・ケインが歌う“ラヴ・イズ・フリー”は、『ザ・ミッドナイト・アワー』全体のカラーに通じるヴィンテージ感を醸し出すR&B。ストリングスを用いたゴージャスなサウンドは、往年の〈モータウン〉や〈スタックス〉などの音作りを彷彿とさせる。“ダンス・アス・モーメント・デランス”も“ラヴ・イズ・フリー”も、一聴瞭然なのはドラムの音の太さで、これはやはりアナログ・テープで録音しないと生み出せないものだろう。『ザ・ミッドナイト・アワー』は、そうした音に対する贅沢なこだわり、飽くなき追求が見られるアルバムだ。
小川充