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BACK IN THE BOX SAMPLER 02
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日本版のアマゾンでは、「ミュージック」というコーナーと「クラシック」が分かれている。US版のアマゾンではロックやジャズなど他のジャンルと同じように「Music」のいち部として並列されているが、UK版やカナダ版では「Classical」は「Music」と分けて別項目になっているし、ドイツ版でも「Klassik」があり、フランス版でも「Classique」がある。
これはUKの新聞『ガーディアン』において「Sports」と「Football」が別々に分けられているのと似ているが、「Football」はたしかに彼らにとって特別な国民的なスポーツなのだから、まあ、そうか......と思えるのだけれど、「Classical」はその意味から言って、「古典的」で、「代表的」で、「模倣的」で、しかも「名作」というニュアンスまで含んでいるのだから、そのなかにマイルス・デイヴィスも入っていてもおかしくないはずだが、もちろんない。
ちなみにピエール・ブーレーズやカールハインツ・シュトックハウゼンは「Classical」に入る。現代音楽とはクラシックの発展型だからだが、もちろんカンもクラフトワークも「Music」や「Musik」だ。国の予算を使いながら大学や研究所で電子音を鳴らしていたほうが、自力で実験していたその生徒よりもいまだ偉そうにしているというのも、2011年において腑に落ちない。
そもそもそれらをクラシックと呼んだのもヨーロッパが世界を支配していた時代の名残であって、アフリカ系アメリカ人がDJカルチャーにおいて歴史的に評価の高い作品のことをクラシックと呼び直したのも、「古典」とはすでに西洋音楽の価値観のみに決定されないことを暗に主張していたからだろう。
こうした価値の相対化をもっとも印象づけたのは、鼻が高くて有名なグラムフォンが130年以上の歴史を誇るベルリン・フィルハーモニー管弦楽団による演奏のラヴェルやムソルグスキーの曲をカール・クレイグ&モーリッツ・フォン・オズワルドにリミックスさせたことだろう。その後に、フランソワ・ケヴォーキアンによるリミックスまで出しているが、クラシックに関して無知にひとしい僕から見ても、正直もうちょい意地というか、プライドってものを見せて欲しかったところだ。それまで頑固だったじいさんがぽっくりいってしまったような寂しさを感じたのは僕だけではないだろう。
リチャード・D・ジェイムスが『ドラックス』においてクラシックのほうをちらりと横目で見たことは、ヨーロッパのIDMにとって大きかったのではないだろうか。スコアも書けないであろうアシッド・ハウスの子供がある程度の年齢を積み重ねていったとき、さすがにいつまでも黒人音楽からヒントをもらってばかりじゃマズいと思ったのかもしれない。こと電子音楽に関してはクラシックから生まれたものであるという歴史を思い出したのかもしれないし、まったく違うかもしれない。なにせその後、悪あがきのように『金のためにやったリミックス集』を出している。
いずれにしてもゼロ年代以降、オウテカのようにさもアカデミズムとは距離を置いているかのように、オールドスクールなエレクトロに執着する連中もいれば(むしろ彼らの性急な距離の取り方のほうが憧れの裏っ返しのように思えるときがある)、ミラ・カリックスがいつの間にかギャビン・ブライヤーズと共演したりとか、生存競争の激しいこの音楽業界において、20年もの年月を経たIDMもいつまでものほほんとしているわけにもいかず、ある意味ではいまこそ頭の運動をしなければリスナーの興味を惹きつけてはいられなくなっている。
そういう意味では、実は、いまだからIDMに注目するという手もある。作家性が問われているし、本当に彼らは我々の耳を楽しませてくれるのか、あるいは我々がこの10年楽しんできた音楽の正体は何だったのか、そろそろ見極めるときなのだろう。
ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで生まれ、主にUKで育ち、2002年にモントリオールに移住したアモン・トビンは彼の拠点であるロンドンの〈ニンジャ・チューン〉がヒップホップに触発されながらエレクトロニカとの境界線で発展していったように、ブレイクビーツをあの手この手でいじくりまわし、とても個性的な作品を発表してきている。古いジャズや映画音楽のブレイクを切り貼りした1997年のファースト・アルバム『ブリコラージ』はとくに人気作で、僕個人も〈ニンジャ・チューン〉のなかのベストな1枚に挙げたいほど好きなアルバムだが、この頃から彼の細かくエディットされたブレイクは鼓膜に心地よく、曲によっては笑いがこみ上げてくるほど痛快だった。それ以降、彼はわりと出す度に批評的には成功しているが、実際にそれがどこまで売れているのかは僕には予想もつかない。
というのも、玄人筋から評判の良かった前作にあたる2007年の『フォーリー・ルーム』の複雑さが、僕には頭では「面白い」と思えても『ブリコラージ』のように心までもが笑うようなことにはならなかった。ある意味で『ブリコラージ』はイージー・リスニング的で、お気楽なアルバムだったが、『フォーリー・ルーム』は作品というものを目指したアルバムだった。そしてある時期から彼は、ハッパを加えたイージーリスナーを相手にせずに、自分の作品というものに真っ向から取り組んでいるようだ。
さて、彼にとって7枚目のソロ・アルバムとなる本作『アイサム』は、カタログ的にも作品の質的にも、『フォーリー・ルーム』以降のアルバムだ。僕はこのアルバムから逃げようかと思ったが、結局は聴いて、いまこうしてその感想を言語化している。
『アイサム』は、古いレコードからのサンプルを止め、フィールド・レコーディングによる音を電子的に加工することで作られている。クラシックの文脈言えばミュージック・コンクレートの発展型だが、周知のようにこれはいまではテクニックとしては一般的で、特筆すべきことでもない。『アイサム』は、昆虫の死骸を使って造形物を作ることで知られるUKの若手のアーティスト、テッサ・ファーマーとの共作となっている。共作といっても、彼女のアート作品にトビンが音楽を付けたといったところだろうか。こう書いていくと、マシュー・ハーバートの『ボディリー・フィクションズ』を思い出す人もいるだろうが、『アイサム』には前者にはない異様とも言える迫力がある。トビンの音楽的手法がドラムンベースに負っているからというのもあるのかもしれない。しかしそれでも『アイサム』は小さな生物の死骸で構成された新しい生き物への並々ならぬ、強い思いが込められている。いわゆる力作というヤツだ。
ヘッドフォンで聴くとよくわかるのだが、音が軟体動物のように動き、そして潰されていくようだ。あやまって道端にいたカナブンを踏んでしまったときの「ぐしゃ」という音がビートを刻んでいるようでもある。クラブ系のお約束事である反復による陶酔感はいっさいない。絵の具を壁にぶちまける抽象画の画家のように、音を左右ぐいぐい引っ張ったり、潰したり、流し込んだりしている。メロディらしいメロディはない。音による「彫刻」を目指しているとのことだが(オウテカも同じようなことを言っていた)、立体音像のことを指しているのだろう、たしかに聴覚から3次元を感じる。奇妙な、異質な、さまざまな音が細切れに統合されていくさまは圧倒的で、気楽に聴ける代物ではないが聴き応えはある。"マス&スプリング"のような、音のバネがぼよよーんと収縮しているような曲、"ベッドタイム・ストーリーズ"のようによくコントロールされた曲が僕には面白い。
アートワークの美しさにもっとも多くが重なるのは"ナイト・スウィム"だろう。不規則に鳴る竪琴の音とぷちぷちいう豆粒のノイズが脳のなかに新鮮な空気を送り込んでくれるようだ。
"ウッドン・トイ"や"キティ・キャット"のような歌モノもやっているが、『アイサム』はポップスではないしクラシックでもない。ここにはドラムンベースの残滓もない。イージー・リスニングでもない。IDMが立ち向かっているところに立ち向かっている作品である。
実はいま、今月末発売予定の紙ele-kingの2号目を制作中で、例によって松村正人は眠れぬ夜を過ごしながら磯部涼に毎朝電話しているという事態がここ1週間続いている。そんなわけで、無事に完成することができるかいまだ予断を許さない状況とはいえ、いまここで特集のテーマをひとつ言うと「現実逃避」だ。
日本においては音楽における「現実逃避」がいまだネガティヴなものだと思われがちな理由のひとつはテオドール・アドルノによる有名な『音楽社会学序説』から逃れられないからではないだろうかと思う。こうした古い教養主義には学ぶことも多いが、「複雑な和声と多声の錯綜をも明確に把握」できるエキスパートとはかけ離れたリスナーである僕は、「娯楽」として音楽を享受するところからはじまったのであって、基本的には逃避(=快楽)は音楽体験における重要な醍醐味のひとつだと認識する立場にいる。
当たり前の話だが、「娯楽」としての音楽が必ずしもそれに興ずる人が属する社会を肯定するわけではないことは、モータウンが公民権運動のサウンドトラックになったことからもわかる。そして、こうした前口上は抜きにしても、とくに震災後、未曾有の歴史に突入した我々としては、ひとりの消費者としても生活を少しでも明るくさせてくれるような音楽、一瞬でもこの現実を忘れさせてくれる音楽という娯楽の身近さをより敏感に感じているのではないだろうか。アドルノ先生が皮肉っぽく「音楽は空虚な時間を装飾する」と言っても、装飾のやり方次第では「だから良い」としか言いようがなく、おそらく我々は非日常を楽しんでいた日常を愛していることを再認識しているのだ。
興味深いことに、そうしたドリーミーな音やそのエスケイピズムは、2008年の金融危機以降のアメリカを中心に産業が管理する音楽シーンとは別のところで、加速的に、ずいぶんと多様に、だーっと拡大している。そうした最近の傾向――チルウェイヴ、アンビエント、ドローン、ドリーム・ポップ、ローファイ・サイケデリック、IDM――などなどを紙ele-kingの2号では100枚のディスク・レヴューとして紹介している。オーストラリア出身の3人組、シーケイのセカンド・アルバム『+ドーム』も、その100枚に入れるべきアルバムである。チルウェイヴやアンビエント・ポップ、あるいビビオのようなはフォーキーなIDM、あるいは〈ブレインフィーダー〉周辺のドリーミーなダウンテンポと呼応している音楽だ。
さらにまた興味深いことに、こうした新しいローファイ音楽の広がり、世界各地からの感応の仕方は、クラブ・ミュージックにおけるそれとほとんど同じなのだ。つまり、ベッドルーム時代における音楽の広がり――「あいつが作ったあの音は良いな、じゃ、俺はもうちょっと柔らかくそれをやってみよう」とか「あいつのあの感じと昔のあの感じをミックスしてみよう」などといった、いわば受け手側の再生産という、かつてはクラブ・カルチャーを通じておこなわれていたものが、現在はそれにインターネット共同体まで絡ませながら進行している。それで......毎週のように、新しい音があっちこっちから聴こえてくるというわけだ。ある意味では、そういった音楽においては芸術的な優劣ではなく個人の好みが尊重される。たとえば「俺はIDMでも、ドリーミーで楽天的なほうが好きだな」という人には、LORN(ロサンジェルス)よりはLONE(バーミンガム)だろう。この手の音楽には、クラブ・ミュージックのように機能性というところがあるのだ。
シーケイの『+ドーム』は、バーミンガムのほうのローンの『エクスタシー&フレンズ』の陶酔感が僕がいま思いつく限りではもっとも近い。ビビオの『アンビヴァレンス・アヴェニュー』ほどフォークが強調されてはいないけれどフォーキーで、あの夢うつつな感覚とも繋がる。そして、こちらのほうがややサイケデリックで、ボーズ・オブ・カナダのメランコリーも少々入っている。真面目に作られた優しい音楽で、僕は自分の"好み"である。
ところで、最近は三田格さんのレヴューがアップされていないじゃないかと数人の方からご叱咤を受けた。三田格さんはいま話題騒然の『ドミューン・オフィシャル・ガイド・ブック』の編集でテンパって......いや、がんばっているのです。乞うご期待ですよ。
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MOODYMANN
PRIVATE COLLECTION 3
UNKNOWN / US / 2011/6/2
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OMAR S
Here's Your Trance Now Dance! (Shadow Ray Remix)
FXHE RECORDS / US
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本人は「ポスト・ドゥワップ」と言っているようだし、『ガーディアン』は「ピアノ・ポップ・ウェイヴ」と苦しい名状を与えていて、しかし音を聴くかぎりでは両者が「チルウェイヴ」という言葉を避けているのがありありとうかがわれる。実際のところは『パーソン・ピッチ』から大いに影響を受けたベッドルーム・ポップ。ドゥワップなど50年代のブラック・ミュージックやモータウンといったレトロな音楽スタイルを参照しているが、とろとろとしたリヴァーブをきかせるプロダクションといい、寄せては返すコーラス・ループといい、パンダ・ベア的な方法論と現実逃避的な企図を含んでいて、これをチルウェイヴと呼ばないわけにはいかない。
ケンタッキー育ちの青年ジェイムス・フライリーのプロジェクト、イディオット・グリーのデビュー・フル・アルバム。ジェイムスにはクラシック・ピアノの素養があり、ソロ・ピアノのカセット・テープもリリースしているようだが、彼のメロディ・センスとリズムへの独特の感度が、ピアノ演奏においていかなる効果を生んでいるのか非常に興味がある。メロディとリズム。このシンプルな要素を洗練させることで、彼の音楽は一種の中毒性を生み出しているとさえ思う。
一聴したところモーニング・ベンダースと近い部分を抉っているようにも思われるが、こちらのほうが機能性の高い音である。音として気持ちよく、身体的な効果が期待できる。足し算でも引き算でもない、もともとピースが限られた積み木を、組んだりこわしたりするような、ミニマルな音使い。神経にやさしく、しかしそれだけで頭の働きを麻痺させそうな力を持っている。たとえば"ドント・ゴー・アウト・トゥナイト"のスネアとコーラスが響きあう空白の多い音作り。ベースとキックは渾然一体としていて、スローだがパーカッシヴな心地よさを生み出している。
にぶく、ゆるく、西日のような色彩を感じさせるリヴァービーな音像は、つづく"オール・パックト・アップ"に引き継がれ、発展する。これこそは『パーソン・ピッチ』である。歌ものとしてはフリート・フォクシーズや、フォスターの歌曲などを思わせるアメリカン・フォークロアのスタイルだが、バック・トラックやコーラスのループ、奇妙な残響感、トロピカルでも土俗的でもエキゾチックでもありかつ世界のどこでもないという、あのパンダ・ベアの手つきをすみずみに感じる。
ほどよくまどろんでいると"トラブル・アット・ザ・ダンスホール"のダビーなサイケ・ナンバーがおもむろにはじまる。グロッケンやピアノはオルガンに取って代わられ、ヴォーカル・スタイルもややワイルド、コントラストのついたトラックである。この曲の挿入で作品に奥行きがつく。またサイケデリックなムードがこれを境に色濃くなってもいて、構成も巧みなようだ。しばらく後に出てくる"エフ・オー・イー"のジョナサン・リッチマンを彷彿させるドゥワップもとてもよくて、あのヴィンテージ感に比してリズム・トラックがまったくオートマチックな打ち込み音をはじき出しているのがたまらない。
"ウェルカム・バック"の、安っぽいリズム・パターンもとてもきいている。リズムの有り無し、抜き差し。あってなさそうに思われるリズム感覚が、じつは替えのきかないほど楽曲の中に大きな比重を占めていることを、このいくつかの楽曲が証している。
ラストはベースと4声のコーラスがシンプルに締める。牧歌的なラインと"イン・ザ・サディスト・ガーデン"というタイトルのミスマッチ、そしてアップライトのようなややちゃちな響きのピアノの後奏が奇妙な後味を残す。旧きよきアメリカ......を擬した、いや、鏡映しにした、存在しない世界。イディオット・グリーのレトロ・ポップは、懐古趣味というよりは、このようにリアルを描かないことによって別世界をひらく、そしてそこに浸って帰ってこれなくするためのまじないのようなものだ。
フリート・フォクシーズも、あるいはモーニング・ベンダースやザ・ドラムスなど、活気づくビーチ・ポップ・シーンが触れられない、音楽の闇のようなものに、彼は触れている。そしてそここそがジェイムスの逃避先。やわらかい光を持った、闇のビーチ・ポップ。5回聴けば骨抜きになってしまうはずだ。最後に多くのメディアに倣って、彼ジェイムスがモルモン教徒として育ったことを注記しておくが、筆者にはそれと音との関係についてとくに指摘できる知識はない。
マーク・プリチャード......といえばUKテクノのベテラン中のベテランで、デビューはマイケル・パラディナスよりも早く......とはいえ、彼の名が知られたのはエイフェックス・ツインが20歳で脚光を浴びた直後の、1991年あたりの、ロンドンの〈ファットキャット〉が推していたデトロイト・テクノ・フォロワーの一群――ブラック・ドッグ・プロダクションズ、B12、アズ・ワン、あるいはニューロ・ポリティークらが注目されてから数年後の話で、リロードとしてのデビュー・アルバムを発表した1993年のことだった(いまとなっては元グローバル・コミュニケーションと説明されているが、最初はみんなリロードとして覚えたのである)。
なぜリロードが注目されたかと言えば、相棒のトム・ミドルトンがコーンウォール時代にエイフェックス・ツインのオリジナル・メンバーだったという『NME』に記された宣伝文句によるもので、それほど当時のシーンにとって"エイフェックス・ツイン"と"コーンウォール"というキーワードには強いマジックがあった。
そして......彼らのレーベル〈イヴォリューション〉(途中から〈ユニヴァーサル・ランゲージ〉に改名)の12インチ・シングルは、三田格ほか1~2名に先に買われてしまうと再入荷はないので、結局はロンドンにまで行って探すほかなかった......というほどいち部のリスナーにとってはヨダレが出るようなレーベルだったのだ。〈イヴォリューション〉の黄色と黒の「E」のロゴのTシャツも人気だったし......。もちろんそれも『76:14』があまりにも素晴らしかったからである。
マーク・プリチャードはマイケル・パラディナスやルーク・ヴァイバート、あるいはエイフェックス・ツインのように、名義によって、そして時代によってスタイルをころころ変えてきているが、そうした一貫性の無さに関して言えばプリチャードはずばぬけて破壊的だと言えよう。見事なほど自分がない......というか、ある意味ではそれがDJカルチャーというものでもある。
プリチャードは、ここ数年はダブステップへの積極的なアプローチが目立っているし、ハーモニック313ではデトロイト・ヒップホップにも手を伸ばしている。彼は、何か参照するネタを見つけなければ作れないタイプの典型で、アフリカ・ハイテック名義による本作は、ここ数年ネタには尽きないUKのシーン(ダブステップ、グライム、ファンキー等々)、もしくはジュークやグリッチからヒントを拾いながら、アフロビートを参照して、パートナーであるスティーヴ・ホワイトとともに、新世代のベース・ミュージックとは別の、より大きなところに向かっている。
ちなみにスティーヴ・ホワイトは、およそ10年前に登場したスペイセックというプロジェクトによって、主にクラブ・ジャズ系のリスナーから多大な期待と評価を受けていたプロデューサーで、ジェイディラやワジードといったデトロイト・ヒップホップとの仕事も経験している。まあ、往年のリスナーにとってはふたりの組み合わせ自体が興味深かったと言えるだろう。それは、〈ワープ〉がこのプロジェクトと契約するには充分な理由だ。
そして『9300万マイル』において、ふたりの雑食性は美しい団結を見せている。それは、歴史好きの探検家が広範囲に渡って採集した音の博覧会のようなアルバムだと言える。デトロイト・テクノのリスナーはそれを見つけ、ベース・ミュージックのリスナーはそれを見つけ、下手したらサン・ラのリスナーもそれを見つけるかもしれない。
アルバムにおいてもっとも興奮するのは、プリチャードのこの20年の調査の結実がクラブ・ジャズの温かいソウルやアフリカと交錯する瞬間である。"アワー・ラヴ"におけるホアン・アトキンスのファンクと『アンビエント・ワークス』めいた叙情性、"スピリット"や"ライト・ザ・ウェイ"における催眠的なアフリカン・パーカッションと『アーティフィシャル・インテリジェンス』のアンビエンス......。"アウト・イン・ザ・ストリーツ"ではジュークの速いループに重ねたソウル・ヴォーカルによる斬新なグルーヴが身体を揺らし、"フットステップ"では回転数を速めたドレクシアのビートが頭を直撃するようだ。"サイクリック・サン"はアルバムを象徴するダイナミックな構造の曲で、70年代初頭のドン・チェリーが〈ハイパーダブ〉で録音したかのような美しい雑食性が展開されている。"ドント・ファイト・イット"は魅惑的なパーカッションと麗らかな歌による素晴らしいクローザー・トラックだが、日本盤にはもう1曲、70年代ファンクのフレイヴァーを持ったグルーヴィーなボーナス・トラック"ターン・イット・オン"が収録されている。
プロジェクト名はベタだが、『9300万マイル』は賞賛に値するアルバムである。この10年でアフリカ音楽がUKにおいてよりポピュラーになった背景には、交通網の発展によってその距離が縮まったという単純な事実があって、いま"アフリカ"を引用するのもベタと言えばベタだが、アフリカの大地のうえでドラムマシンに電流を流しながら、クラブ・ジャズのムードのなかでロンドンのグライムとデトロイトのファンクを打ち鳴らすことは、そう簡単なことではない。
![]() Various Artist 14 Tracks from Planet Mu Planet Mu |
昔からのファンに言わせれば、かつてマイケル・パラディナスの〈プラネット・ミュー〉は、エイフェックス・ツインの〈リフレックス〉の後を追って出てきたレーベルだった。が、ゼロ年代のなかばにその形勢は変わった。〈プラネット・ミュー〉はいまや、ダブステップ/グライム/ポスト・ダブステップにおける第一線のレーベルのみならず、シカゴのゲットー・ハウスの最新型、ジュークを発信するレーベルでもあり、まあ早い話、目が離せないレーベルのひとつである。
201O年の暮れにレーベルが発表したシカゴのジュークのコンピレーション・アルバム『バングス・アンド・ワークス』は日本でもずいぶん話題になったものだが、今年に入ってからも新しいコンピレーション・アルバム『14トラックス・フロム・プラネット・ミュー』、あるいはフォルティ・DLのセカンド・アルバム、そしてボックスカッターの新作と〈プラネット・ミュー〉は相変わらず好調なリリースを続けている。あまたあるインディ・レーベルのなかで、正直な話、僕自身もここまで長く〈プラネット・ミュー〉の音源を追うことになるとは思いもよらなかった......といったところである。
『ブラフ・リンボー』をアンディ・ウェザオールがむちゃくちゃ評価していた時代を知るわれらテクノ世代からIDM世代、そして若きダブステップ世代にいたるまで、いまや幅広く支持されているこのレーベルの主宰者、マイケル・パラディナスに話を訊いた。
レーベルのリリースを選ぶにあたって、エレクトロニカ/IDMのデモを聴くだけでなく、他のシーンを見ることは新鮮だったし、そのおかげで前に進めたと思う。それは自分がDJするときにレコードを選ぶ興奮や衝動といった感情に似ている。
■まずはこの10年のレーベルの変遷について。2003年くらいまでは、IDM、ブレイクコア、ノイズやエクスペリメンタルを出していた〈プラネット・ミュー〉が2005年くらいからですかねー、ヴァイルス・シンジケートやマーク・ワン、ヴェクスドあたりをきっかけにグライムやダブステップのリリースをはじめて、2006年にはピンチやボックスカッターの作品も出すようになります。個人的にはあなたがミュージック(μ- Ziq)の名義でデビューした1993年から追ってきたので、2006当時は、あなたがグライムやダブステップに力を入れたことに驚きを覚えたんですよね......。
パラディナス:こんにちは! 自分の感覚ではレーベルの変遷それよりももっと前の91年くらいからはじまっていて、建築を勉強していたキングストン大学の頃だと思う。そのころはデトロイト・テクノ、ベルギー系のテクノ、当時真新しかったUKのブレイクビーツ・ハードコア(エイフェックス・ツインの"ディジリドゥー"のようなトラックも含め)をミックスしたDJセットで、 例えばこのDJセットなんか当時僕がよくかけていたレコードになるね。
www.mixcloud.com/mikep/mike-paradinas-90-92-hardcore-mix/
僕が言おうとしているのは、音楽的なルーツはDJで、とにかくみんなを踊らせることだってことだよね。だから1998年に〈プラネット・ミュー〉をはじめたときは、自分がレーベルから出している音楽とDJしているときにかけている音楽にあまり繋がりはなくて、2000年夏ごろにヘルフィッシュ(Hellfish)やハードコアテクノの12"シリーズ"コンスタント・ミューテイション"(Constant Mutation)という、その当時かけまくっていたレコードのリリースでそういった不一致を修正しようと決めたんだ。レーベルのリリースを選ぶにあたって、エレクトロニカ/IDMのデモを聴くだけでなく、他のシーンを見ることは新鮮だったし、そのおかげで前に進めたと思う。それは自分がDJするときにレコードを選ぶ興奮や衝動といった感情に似ていて、2003年と2004年にリマーク(Remarc)を再発しようと決めたときにも同じような刺激があった。
UKガラージ、2ステップ、130BPMのブレイクビーツは1998年くらいからDJでかけていたから、グライムが出て来た頃はそんなに驚きではなかった。
何人かのアーティストはジャングルやドラムンベースのプロデューサーやMCであったころから追っかけてたんだけど、2003年か2004年くらいになると、よりロウでそぎ落としたホワイト・レーベルがうようよ出てきて、ウィリーキャット(Wiley Kat)のホワイト・レーベル、DJ マースタ(Marsta)、ジョン・イー・キャッシュ(Jon E Cash)とか、本当に面白い時期だった。でもDJするときは違った音楽をかけていたから、〈プラネット・ミュー〉からリリースするとは思わなかった(例えば、2001年のワープのネッシュ・パーティのときなんかは完全にUKガラージ/ブレイクビーツだったね)。2001年のDJセットをちょっと録音したのがこれ。
www.mixcloud.com/mikep/2001-mike-paradinas-dj-set-at-alive-festival/
2004年にマーク・ワン(Mark One)のリリースを決めて、それがレーベルで最初のグライムだった。とてもデストピアでインダストリアルなサウンドだと思う。ヴァイルス・シンジケート(Virus Syndicate)のあとに、もっとグライムを出したかったんだけど、多くのMCはメジャーと契約したがってたから上手くいかなくてね。金銭的に満足させられなかった。それでゴースト・レコード(Ghost Records)、ビークル・レコード(Vehicle Records)、オリス・ジェイ(Oris Jay)、ゼット・バイアス(Zed Bias)とか、その先のシーンであったダブステップに行き着いた。彼らはグライムのプロデューサーほどがっついてないからさ(笑)。いまだにグライムはダブステップより面白かったと思ってて、もっとアンダーグランドで荒っぽくて、妥協のない、それでいてポップでもある。いろんな企画のリリースがもっとあったんだけどダメだったね。
ベクスド(Vex'd)は2004年に契約した最初のダブステップだった。彼らがピンチを紹介してくれたんだよ。ベクスドはグライムに近かったね。よりインダストリアルで、"スマート・ボム(Smart Bomb)"(2006年)なんか正にそれだよね。
www.youtube.com/watch?v=kwkwxyZ_-4k
彼らはグライムが大好きでね。だから僕はベクスドが好きなんだけど。そこからしばらくダブステップ・レーベルになって、有名なプロデューサーだとハッチャ(Hatcha)やベンガ (Benga)みたいな人から連絡がきはじめたりしたよ。そのときのDjセットがこれ。
www.mixcloud.com/mikep/mike-paradinas-2005-breakstepdubstepgrime-mix/
僕はいつだってストリート・ミュージックは好きだし、ただエレクトロニカのアーティストとして知られているわけで、もちろんナードは大好きだよ。グライムはブレイクコアよりガラが悪いと思うかな? 自分が見て来た感じだとグライムはとてもフレンドリーなシーンだった。
■グライムとダブステップのどこがあなたにとって魅力だったのですか? それとも、あなたのなかでブレイクコアとグライムやダブステップとの共通性があったのでしょうか?
パラディナス:正直ブレイクコアと呼ばれるものに入れ込んだことはないね。なんかどれも同じに聴こえるし、そういった音楽をクラブで聴くこともなかったよ。つまらないと思ってた。それよりもラガ/ジャングルに影響された音楽やアーメン(Amen)がチョップしていた"ブレイクビーツ・サイエンス"が好きで、シットマットは最高のプロデューサーだと思う。DJでもよくかけていたし、みんなよく踊ってた。
ヘルフィッシュ(Hellfish)や DJ プロデューサー(DJ Producer)も同じで、最初のダンスフロア・レコードだったね。激しい昔のジャングルやドラムンベースなんかを速くて踊れる音楽に持っていくときなんかは彼らをDJセットに入れてた。ヘルフィッシュ(Hellfish)、プロデューサー(Producer)、テクノイスト(Teknoist)、ドロフィン(Dolphin)、シットマット(Shitmat)なんかはブレイクコアだと思ってなかったね。ジャンスキー・ノイズ(Jansky Noise)、スピードランチ(Speedranch)のアルバムもブレイクコアではない、まあそういう感じはあるけどね。
ベネチアン・スネアズ(Venetian Snares)は唯一自分がかけていたブレイクコアだったかな。彼は唯一無二のヴィジョンがある素晴らしいミュージシャンで、シーンのなかでもずば抜けていたよ。ブレイクコアのルーツであるDJ スカッド(DJ Scud)、パラキス・レコード(Paraxis Records)、アレック・エンパイア(Alec Empire)なんかは好きだよ。とても面白いし、別にブレイクコアを否定しているわけではないから。ただ個人的にはそういう見方ではなかった。グライムとブレイクコアではファン層もサブカルチャーも違うし、そんなに共通点はないじゃないかな。たぶんディジー・ラスカル(Dizzee Rascal)の"I Love You"のキックなんかはガバのキックに聴こえるけど、それは偶然だよね。
■いまでもあなたはベネチアン・スネアズやシーファックス(Ceephax)のようなテクノ系のアーティストの作品をリリースし続けていますが、あなた自身はすべてを大きくエレクトロニック・ミュージックとしてみているのでしょうね。ファルティ・DLなんかは90年代初頭のテクノを思い出すようなサウンドだし、最近のダブステップのシーンからはテクノやハウスに近いサウンドが目立つようになったし、あなたにとっては20年前にテクノに接したのと同じ耳でダブステップにも接しているって感じなんですか?
パラディナス:テクノって何だろう? 前はハウスでないものすべてだった。いまの僕の捉え方だと4つ打ちでミニマルなものになる。僕がグライムや後のダブステップ(2002年から2003年)聴きはじめたころだったら、そう言えると思う。80年代後期のシカゴ・ハウスやデトロイト・テクノと同じくらいの衝撃だった。僕にとってそれは感情の流れで、時間がたてば変わっていくし、ある音楽は自分のなかで古くなって、興味がなくなったり、感情の浮き沈みだよね。コンセプトやジャンルでどうこうってわけではないよ。新しいと言われるポスト・ダブステップなんかは、ハウスのプロダクションとメロディがちょっといままでと違うけど、ただダブスッテプの初期にあった重要な要素であった荒っぽいエナジーはなくなったよね。
■とはいえ、〈プラネット・ミュー〉は、やっぱある時期まではナードなブレイクコア・シーンの中心的なレーベルだったわけだし、ワイルドでガラの悪いグライムのシーンに足を突っ込んだりして、それまでのファンからの反発なんかはありませんでしたか?
パラディナス:さっきも少し話したけど、僕はいつだってストリート・ミュージックは好きだし、ただエレクトロニカのアーティストとして知られているわけで、もちろんナードは大好きだよ。グライムはブレイクコアよりガラが悪いと思うかな? 自分が見て来た感じだとグライムはとてもフレンドリーなシーンで、ちょっと乱暴ではあったけど、ハイプもあったと思う。古くからのファンや新しいファンからも良い反応、悪い反応はいつもある。僕ができることは自分の感情に忠実である、それだけだよ。
■たしかにテラー・デンジャ(Terror Danjah)のアルバムも面白かったんですが、あなた自身はグライムのシーンに足を運ぶことはあるんですか?
パラディナス:2004年と2005年くらいはよくグライムのパーティに行ってたいたよ。サイドワインダー・レイヴとか(Sidewinder Rave)。テラー・デンジャに関しては2003年から2006年の彼のレーベル、〈アフターショック(Aftershock)〉から出ていたレコードを集めていたから、すごいプロデューサーだよね。ただ、いまとなってはもうグライムのパーティは見当たらないな。警察が全部閉め出したからね。まだブターズ(Butterz)、ノーハッツ/ノーフーズ(No hats No Hoods)まわりであるみたいだけど。
[[SplitPage]]ダブステップは、その名前はまだあるけど、過去のものとはまったく変わったよね。クロイドン/ビッグ・アップルがアプローチした現行ダブステップのウォブリー・サウンドから進化を見て来たけど、2007年初頭にはもうその姿は変わっていた。
■いままでミュージックやキッド・スパチュラ(Kid Spatula)、ジェイク・スラゼンガー(Jake Slazenger)などの複数の名義で自分の作品を発表してきたあなたですが、途中からレーベル業に専念しているように思えたのですが、このあたりの裏事情を教えてください。
パラディナス:そのとおりだよ。自分の音楽を作るのにちょっと飽きたし、自分では十分やったと満足している......と言いながらすぐに新しいリリースがあるかもね!
■そういえばニール・ランドストラムのようなテクノのベテランまで、グライムの作品を出しましたよね。それだけ当時のダブステップには、テクノのプロデューサーを魅了するような勢いがあったっていうことなんでしょうね?
パラディナス:そうだね。グライムではなかった思う。シェフィールドのブリープから派生したテクノ系統のグライム/ダブステップとブレイクビート・ハードコアをミックスしたとても面白いミックスであったことに間違いないね。ニールはそういったサウンドにつねに影響を受けていたから、だからそんなに驚くような動きではなかった。多くのプロデューサーがダブステップの影響を受けていたのはたしかで、なにせジャングル以降もっとも大きなムーヴメントだったから。
■スターキー(Starkey)、ヴェクスド、ボックスカッター、フォルティ・DL......ダブステップのアルバムを積極的にリリースしていきますが、もちろんあなたが好きだから契約しているのでしょうけど、とくに気に入っているアルバム名を挙げてもらえますか?
パラディナス:そう、好きだからだね。スターキーのファースト・アルバム『エファメラル・エキシビッツ(Ephemeral Exhibits)』はとくにお気に入りで、やり過ぎてる感がなくより即効的で踊れると思う。ボックスカッターの新しいアルバム『ディゾルブ(Dissolve)』は彼のベストだね。まわりにどうこう思われるのを気にすることなく、彼の良いとろこが全面に出たんじゃないかな。
■いま現在のエレクトロニック・ミュージックのシーンに関して、あなたはどう見ていますか? ダブステップはもう面白くないという意見の人もいるし、シーンはネクストに入ったという人もいます。
パラディナス:ダブステップは、その名前はまだあるけど、過去のものとはまったく変わったよね。2004年と2005年にのFWDと〈DMZ〉にはじまって、クロイドン/ビッグ・アップルがアプローチした現行ダブステップのウォブリー・サウンドから進化を見て来たけど、2007年初頭にはもうその姿は変わっていた。小さな島であったシーンが世界へ繋がったときからかな。いまだに初期のDMZがやってたピュアなダブステップのヴァイブレーションやサウンドは覚えてるよ。いまでも多くのレコードにそういった初期の雰囲気は残っていて、クロメスター(Kromestar)、スリー(Sully)、ルーカ(Lurka)、スクリーム(Skream)のプロダクションなんかそうだね。スクリームは最高だよ。テクノ、ガラージ/ハウス、フライング・ロータスのヒップホップに〈ランプ(Ramp)〉、〈ヘムロック(Hemlock)〉、〈ヘッスル・オーディオ(Hessle Audio)〉のようなポスト・ダブステップのフィーリングもある。本当に最高だよ。
[[SplitPage]]ジュークはシカゴのゲットー・ハウスから派生していて、ゲットー・ハウスは都市のクラブであったような反復的なサンプリングを多用したゲイ・カルチャーによるハウスとは違って、90年代前半に発展したストリート・ハウスで、〈ダンス・マニア〉がメインのレーベルだった。
![]() Various Artist 14 Tracks from Planet Mu Planet Mu |
■最新のコンピレーション・アルバム『14 Tracks From Planet Mu』はどんなコンセプトで編集したのですか?
パラディナス:音楽的にはないかな。僕としてはその年にリリースされた作品を集めたコンピレーションを作ることでレーベルのいまの流れを伝えたかった。『Bangs and Works』のコンピレーションがあったからジュークは入れないようにした。
■ちなみにいまのところもっとも売れたのは誰のどのアルバムでしたか?
パラディナス:ベネチアン・スネアズ『ロズ・シラグ・アラット・ズレテット(Rossz Csillag Allat Szulletet)』とミュージック『ビリオアス・パス(Bilious Paths)』だね。
■これだけデジタルの時代になってもあなたは12インチ・シングルを出し続ける理由は何ですか?
パラディナス:まだ売れるからね! ヴァイナルが好きなんだ。本格的に売るのが難しくなったら止めるけどね。12"がお店にあると、それに気づいて家に帰ってダウンロードしようって人もいるから。お金を払ってダウンロードしてくれるかもしれないし。
■DJネイト(Nate)やDJロック(Roc)のようなシカゴのジュークをどうして知って、あの音楽のどんなところに惹かれたのですか?
パラディナス:Youtubeとダットピフ(Dat Piff)のミックス・テープ・サイトで知ったよ。フットワーク(Footwork)は音楽的にもリズム的にも本当に面白い。自分の好きなツボがたくさんあって、昔のシカゴ・ハウス、アシッド・ハウス、ブレイクビート・ハードコア、ジャングルを思いだすんだ。ジャングルはダブル・テンポのドラムとハーフ・テンポのベースだけど、フットワークはハーフ・テンポのドラムとダブル・テンポのベースになっていて、両方とも160BPMくらいかな。
■ジュークがどのように生まれ、発展したのか、ちょっと歴史的なことを教えてください。
パラディナス:ジュークはシカゴのゲットー・ハウスから派生していて、ゲットー・ハウスは都市のクラブであったような反復的なサンプリングを多用したゲイ・カルチャーによるハウスとは違って、90年代前半に発展したストリート・ハウスで、〈ダンス・マニア〉がメインのレーベルだったね。90年代後半にどんどん速くなっていって、ダンスとかパーティといった意味合からジュークで知られるようになったんだ。
80年代なかばからハウス・オー・マティクス(House-O-Matics)のようなダンス・クルーがいつもハウスのダンスを踊ってて、90年代前半にフットワークはダンスバトルに特化した音楽としてジュークとともに進化しはじめて、ダンスが速くなるにつれて音楽も速くなって、最終的にはフットワークはジュークのキックドラムがなくなって今日の160BPM以上のベース・ミュージックになった。フットワークを"発明"したプロデューサーは90年代後期から00年代初頭あたりのPRブー PR Boo)、DJクレント(Klent)、DJチップ (DJ Chip)、トラックスマン(Traxman)、DJ スピン (DJ Spinn)、そしてDJ ラッシュド(DJ Rashed)。色の付いたミックステープで売られていて、シカゴには12インチを出すホワイト・レーベルもちらほらあったよ(シカゴの外には絶対に出さなかったとか)。
■実際に現場に行かれたんですか?
パラディナス:ない(笑)。シカゴには行くつもりだったけど、そのときに各クルーのあいだでもめごとになりそうだから取りやめたんだ。『Bangs and Works』の発売するためにライヴァル・グループのプロデューサー連中とも上手く関係を保つためにもそうする必要があったし。そういった事情が穏やかになったら行こうかなと思ってる。実際にヨーロパ・ツアーに来ていた何人かは会ったし、もちろんフットワークに絡んでもらった人たちとも話をしてるよ。
■実際にいまロンドンではああしたゲットーなダンス・ミュージックは受けているのでしょうか?
パラディナス:ジュークとゲットー・ハウスはいつでもリアクションあるけど、フットワークはちょっと違うかな。もうちょっと時間かかるんじゃないかと思う。ロンドンで3、4回DJしたけどレスポンスは毎回良いよ。アジソン・グルーブはとても上手く取り入れてるけど、フットワークというよりはポスト・ダブステップの続きとして見られてる感じがあるな。
■〈プラネット・ミュー〉以外で、好きなレーベル、共感しているレーベルに何がありますか?
パラディナス:トライ・アングル(Tri Angle)、リフレックス、ハイパーダブ、ヘムロック、ビュターズ(Butterz)、エグロ (Eglo)あたりだね。
■あなた自身の新作はいまどんな状態でしょうか?
パラディナス:いまはヘテロティック(Heterotic)っていうバンドのメンバーとして曲を書いてる。
www.soundcloud.com/heterotic
僕、ララ・リックス-マーティン (Lara Rix-Martin)、シンガーのニック・タルボット(Nick Talbot)がメンバーでもうすぐか、来年にはリリースしたいと思ってる。
■最後にあなたのここ1~2年のトップ5を教えてください。
パラディナス:まずは『Bangs & Works vol. 1』、それからトロ・イ・モアの『Causers of this』、ティーンガール・ファンタジー『7am』、DJネイト『Da Trak Genious』、オリオール『Night
and Day』。
ボックスカッターをダブステップに括るのは無理がある。北アイルランドのアーマー州のラーガンに住むバリー・リンによる音楽は、〈プラネット・ミュー〉らしくエレクトロニック・ミュージックの多彩なスタイルによって構成されている。2006年のデビュー・アルバムのときから、彼の音楽はより幅の広いものだったが、強いて言えばそれはIDMとダブステップ/グライムのブレンドだった。ロンドンで生まれたウォブリー・サウンドを、その外側にいる人間が面白がって、IDMテクスチャーのなかに大胆に取り入れたのがバリー・リンで、それはロバート・フリップに傾倒したギタリストが安いPCを手に入れて、ヒップホップとスクエプッシャー、ハウスとテクノ、UKガラージとジャングル、そして2004年に〈リフレックス〉がリリースしたコンピレーション・アルバム『グライム』に強く影響を受けて生まれた音楽だった。
バリー・リンはデモテープをレーベルに送り、2005年に〈ホットフラッシュ・レコーディングス〉がEPをリリースして、翌年には〈プラネット・ミュー〉が『オネイリック』を出した。彼の音楽はダブステップ/グライムの見地から見たら変わり種だが、しかし変わり種だからこそレーベルとリスナーは面白がったのだ。人気作のひとつである、2007年のセカンド・アルバム『グリフィック』を取ってみてもそうだが、彼の重たいベースとダブの空間、細かくチョップされたブレイク、そしてIDMテクスチャーによる独創的な展開にはユーモアと軽妙さがあり、オリジナル・ダブステップのドープな感覚に対して「ごめん、わかるけど、きついわ」と口をねじ曲げていたリスナーにとっては「むしろこっち」と言わせる魅力がある。北アイルランドという外部からのアプローチによってダブステップ/グライムを批評的に捉えたことと、しかもそれが〈リフレックス〉~〈プラネット・ミュー〉というIDM文化の王道のなかで解釈されたことが、ボックスカッターという名の素晴らしい不純物を生んだのだろう。
だいたいこれ、『ディゾルヴ』は、早くも4枚目のアルバムだ。EPのリリース量がそのわりには少ないが、それはボックスカッターらしいというか、彼の音楽が必ずしもダンスフロアを向いていないことを意味している。20年前の言葉で言えばエレクトロニック・リスニング・ミュージックというヤツで、かなり早い時期にUKのどこかの雑誌が彼の音楽を「クラブよりも脳を飛び回る音だ」と評していたが、まあ、その部分は変わっていない。
とはいえ、『ディゾルヴ』はフォルティDLの『ユー・スタンド・アンサーティン』のように洗練されている。試聴機で1曲目の"パナマ"を聴いたら、『ユー・スタンド・アンサーティン』を好きな人なら我慢できなくなるだろう。それは熱帯雨林のなかで演奏される電子のジャズ・ファンクで、間違いなくアルバムのベスト・トラックである。そして、バレアリックな"ザブリスキー・ディスコ"をはさんで収録されている"オール・トゥ・ヘヴィ"と最後から2番目の"ユーフォニク"もゆったりとしたファンクという点で今作を象徴する曲だ。また、ブライアン・グリーンの歌をフィーチャーしたこれらねちっこい2曲や、ダブの空間が広がる"パッサービー"、甘いダウンテンポの"TVトラブルズ"などなど、多くの曲には彼のギター演奏が効果的に挿入され、色気を与えている。
ポスト・ダブステップ調の"ムーン・パピルス"においても彼のファンクは続いているが、筋が通っているようでその支離滅裂な展開は、ダブステップ世代におけるルーク・ヴァイバートのような印象を受けるかもしれない。そしてその印象はおそらく正しい。それはつまり、もしそういう時間を持てるなら、ビールを片手にこのCDを再生しっぱなにしておくのがいちばんであるということだ。
なお日本盤には、レーベル・ サンプラー・ミックスCDとボックスカッターの最新ライヴ・ミックスのダウンロードコードが付いている。
先日、TV・オン・ザ・レディオのベーシストのジェラルド・スミスが肺がんで亡くなった。あまりに若い彼の死に多くのファンやミュージシャンが悲しみの言葉を捧げ、バンドはいくつかの予定されていたライヴをキャンセルしたのだが、そのとき、僕は彼らもまたたしかに「バンド」であったのだということを思い知らされた。
そのハイブリッドなサウンドがアメリカにおけるレディオヘッドの最大にして最良の回答だと称賛されたTV・オン・ザ・レディオは、しかしレディオヘッドと違って旧来のバンドの物語のようなものが希薄で、よく組織された音楽集団という印象が強い。とくにその頭脳であるデヴィッド・シーテックは感覚よりも論理でさまざまなジャンルを跨ぎコントロールするタイプのプロデューサーで、アフロ・ファンク、ポスト・パンク、ドゥワップ、ハードコアなどなどを混ぜ合わせて調理するその手際が良すぎるあまり、そのサウンドには良くも悪くも隙や破綻が見えにくいのだ。その言葉も抽象的かつ含意的で、政治的なモチーフを匂わせつつもあからさまな主張にまでは至らせない。彼らは実験精神がひしめくブルックリンにおいても最高の知性派であり、カオティックなニューヨークのゼロ年代を代表する音となった。ただ、その複雑でありながら理知的なサウンドのマルチ・カルチュラルなあり方は、ある程度の文化的な寛容さを聴き手に要求し、その点で日本では海外ほど火がつかなかった。ブルックリン以外には、彼らが属するわかりやすいシーンもなかったこともあるだろう。
しかしそれでも、2008年の『ディア・サイエンス』はバンドに距離を置いていた人間を引きずりこむほどの魅力を持ったアルバムだった。それはさらにさまざまな音楽をぶつけ合いながらもさらに隙がなく完成されたハイブリッド・サウンドになっていたが、同時に情熱的なエモーションに満ちていた。それはメディアによってオバマの登場と都合よく重ねられ、希望に満ちたファンク・トラック"ゴールデン・エイジ"の「黄金時代がやってくる!」という宣言は、偶然だったとしても時代の高揚感と併走した。"DLZ"の怒りに満ちたビートとノイズの迫力、そして"ラヴァーズ・デイ"の輝かしいユーフォリア......それらは、彼らプロフェッショナルな音楽集団のラボから生まれた実験そのものが、可能性を象徴するものとして花開いた瞬間であった。
その後のシーテックによるソロであるマキシマム・バルーンが音楽的にはバンドほどの多様性を見せなかったことを思えば、やはり彼らの複雑な化学反応はバンドという器で生まれるものなのだ。『ナイン・タイプス・オブ・ライト』は結果的にジェラルド・スミスが参加した最後のアルバムとなり、そしてこれまででもっとも穏やかなエモーションに満ちている。"セカンド・ソング"、"キープ・ユア・ハート"、"ユー"と、普通ならアルバムの中盤以降で出てきそうなスロウでジェントルなナンバーが頭から続くことがその印象を生んでいるのだと思うが、そこでとくに目立つのはファンクとソウルの要素で、それは『ディア・サイエンス』のような激しさよりもブラック・ミュージックにおける甘さを持ち込んでいる。"ノー・フューチャー・ショック"はそのタイトルから例の金融恐慌が連想されているそうだが、そこでもホーンが華やかな彩りを添えて禍々しくはならない。"キラー・クレーン"、"ウィル・ドゥ"と続く優しげなメロディのミドルテンポのナンバーもまた、アルバムのムードを決定づけている。なかでは"レペティション"がもっともアップリフティングな演奏を聞かせるが、そこでも荒々しさよりも軽やかさがある。
『ディア・サイエンス』の重厚さ、あるいは初期の重々しさを思えば、本作は彼らのなかでもっともリラックスしたものとなっていて、これまでのプロフェッショナル然とした佇まいはむしろファイティング・ポーズだったのだと思う。ここではそのサウンドの高度さや複雑さよりも、その歌のエモーションの幅や軽やかさが堪能できるが、それは彼らがバンドとして成熟した証だろう。
だからこそひとりのメンバーが永遠に失われたことは相当な痛手であったろうし、その悲しみは深いに違いないが、バンドは前に進むことを決めたようだ。この夏のフェスティヴァルに彼らは出演する。TV・オン・ザ・レディオの実験精神はそのまま、目の前の暗闇を照らす光としてある。