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Idiot Glee

Idiot Glee

Paddywhack

Moshi Moshi

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橋元優歩   Jun 08,2011 UP

 本人は「ポスト・ドゥワップ」と言っているようだし、『ガーディアン』は「ピアノ・ポップ・ウェイヴ」と苦しい名状を与えていて、しかし音を聴くかぎりでは両者が「チルウェイヴ」という言葉を避けているのがありありとうかがわれる。実際のところは『パーソン・ピッチ』から大いに影響を受けたベッドルーム・ポップ。ドゥワップなど50年代のブラック・ミュージックやモータウンといったレトロな音楽スタイルを参照しているが、とろとろとしたリヴァーブをきかせるプロダクションといい、寄せては返すコーラス・ループといい、パンダ・ベア的な方法論と現実逃避的な企図を含んでいて、これをチルウェイヴと呼ばないわけにはいかない。

 ケンタッキー育ちの青年ジェイムス・フライリーのプロジェクト、イディオット・グリーのデビュー・フル・アルバム。ジェイムスにはクラシック・ピアノの素養があり、ソロ・ピアノのカセット・テープもリリースしているようだが、彼のメロディ・センスとリズムへの独特の感度が、ピアノ演奏においていかなる効果を生んでいるのか非常に興味がある。メロディとリズム。このシンプルな要素を洗練させることで、彼の音楽は一種の中毒性を生み出しているとさえ思う。
 一聴したところモーニング・ベンダースと近い部分を抉っているようにも思われるが、こちらのほうが機能性の高い音である。音として気持ちよく、身体的な効果が期待できる。足し算でも引き算でもない、もともとピースが限られた積み木を、組んだりこわしたりするような、ミニマルな音使い。神経にやさしく、しかしそれだけで頭の働きを麻痺させそうな力を持っている。たとえば"ドント・ゴー・アウト・トゥナイト"のスネアとコーラスが響きあう空白の多い音作り。ベースとキックは渾然一体としていて、スローだがパーカッシヴな心地よさを生み出している。
 にぶく、ゆるく、西日のような色彩を感じさせるリヴァービーな音像は、つづく"オール・パックト・アップ"に引き継がれ、発展する。これこそは『パーソン・ピッチ』である。歌ものとしてはフリート・フォクシーズや、フォスターの歌曲などを思わせるアメリカン・フォークロアのスタイルだが、バック・トラックやコーラスのループ、奇妙な残響感、トロピカルでも土俗的でもエキゾチックでもありかつ世界のどこでもないという、あのパンダ・ベアの手つきをすみずみに感じる。
 ほどよくまどろんでいると"トラブル・アット・ザ・ダンスホール"のダビーなサイケ・ナンバーがおもむろにはじまる。グロッケンやピアノはオルガンに取って代わられ、ヴォーカル・スタイルもややワイルド、コントラストのついたトラックである。この曲の挿入で作品に奥行きがつく。またサイケデリックなムードがこれを境に色濃くなってもいて、構成も巧みなようだ。しばらく後に出てくる"エフ・オー・イー"のジョナサン・リッチマンを彷彿させるドゥワップもとてもよくて、あのヴィンテージ感に比してリズム・トラックがまったくオートマチックな打ち込み音をはじき出しているのがたまらない。
 "ウェルカム・バック"の、安っぽいリズム・パターンもとてもきいている。リズムの有り無し、抜き差し。あってなさそうに思われるリズム感覚が、じつは替えのきかないほど楽曲の中に大きな比重を占めていることを、このいくつかの楽曲が証している。
 ラストはベースと4声のコーラスがシンプルに締める。牧歌的なラインと"イン・ザ・サディスト・ガーデン"というタイトルのミスマッチ、そしてアップライトのようなややちゃちな響きのピアノの後奏が奇妙な後味を残す。旧きよきアメリカ......を擬した、いや、鏡映しにした、存在しない世界。イディオット・グリーのレトロ・ポップは、懐古趣味というよりは、このようにリアルを描かないことによって別世界をひらく、そしてそこに浸って帰ってこれなくするためのまじないのようなものだ。

 フリート・フォクシーズも、あるいはモーニング・ベンダースやザ・ドラムスなど、活気づくビーチ・ポップ・シーンが触れられない、音楽の闇のようなものに、彼は触れている。そしてそここそがジェイムスの逃避先。やわらかい光を持った、闇のビーチ・ポップ。5回聴けば骨抜きになってしまうはずだ。最後に多くのメディアに倣って、彼ジェイムスがモルモン教徒として育ったことを注記しておくが、筆者にはそれと音との関係についてとくに指摘できる知識はない。

橋元優歩