ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. B. Cool-Aid - Leather BLVD | ピンク・シーフ (review)
  2. interview with Kassa Overall ジャズ×ラップの万華鏡 | カッサ・オーヴァーオール、インタヴュー (interviews)
  3. Jean Grae - (Church of the Infinite You's Minister Jean Grae Presents) You F**king Got This Sh!t: Affirmations For The Modern Persons | ジーン・グレイ (review)
  4. Lucy Railton & YPY - @表参道 WALL&WALL (review)
  5. Wolf Eyes ——「現代USノイズの王様」、結成25周年のウルフ・アイズが〈Warp〉傘下の〈Disciples〉からアルバムをリリース (news)
  6. YoshimiOizumikiYoshiduO - To The Forest To Live A Truer Life | YoshimiO, 和泉希洋志 (review)
  7. Ben Vida, Yarn/Wire & Nina Dante - The Beat My Head Hit (review)
  8. Bob Marley & The Wailers ──ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズのTシャツが期間限定受注販売 (news)
  9. Columns グレッグ・テイト『フライボーイ2』日本版に寄せて、それからグレッグを師とした、東京在住のKinnara : Desi Laとの対話へ (columns)
  10. Cornelius ──2023年、私たちはあらためてコーネリアスと出会い直す。6年ぶりのニュー・アルバムとともに (news)
  11. Columns 坂本龍一の『BTTB』をいま聴いて、思うこと (columns)
  12. aus - Everis | アウス、ヤスヒコ・フクゾノ (review)
  13. WWWβ ──これは尖っている! 渋谷WWWの最深部に新たな「場」が誕生 (news)
  14. Kelela ──話題の新作を送り出したオルタナティヴR&Bシンガー、ケレラの来日公演が決定 (news)
  15. FEBB ──幻の3rdアルバムがリリース (news)
  16. Quelle Chris - Deathfame (review)
  17. interview with Overmono UKダンス・カルチャーの申し子たち | オーヴァーモノ、インタヴュー (interviews)
  18. R.I.P. Mark Stewart 追悼:マーク・スチュワート (news)
  19. Pink Siifu & Fly Anakin - FlySiifu's | ピンク・シーフ、フライ・アナキン (review)
  20. JPEGMAFIA x Danny Brown - SCARING THE HOES | Jペグマフィアとダニー・ブラウン (review)

Home >  Reviews >  合評 > Panda Bear- Tomboy

Panda Bear

Animal Collective

合評

Panda Bear- Tomboy

Domino/ホステス

May 10,2011 UP 文:木津 毅、橋元優歩、野田 努 E王
123

彼はしかし、ずっと子どもでいることを謳歌しているわけではない文:木津 毅


Panda Bear
Tomboy

Domino/ホステス E王

Amazon iTunes

 「僕を頼っていいんだよ」......アルバムの冒頭を飾る"ユー・キャン・カウント・オン・ミー"のシングルのジャケットは、幼い子どもを肩車した父親のイラストで、それは本作のインナースリーブに転載されている。「僕は立ち向かうつもりさ/少なくとも頑張ってみるから」――父親となったパンダ・ベアの頼もしい宣言のようだが、それは「ダッド・ロック」にはならない。例の深いリヴァーヴで、甘く優しく心地良く歌われる。レディオヘッドのように、父親になったことがさらに世界を憂えたり嘆いたりするモチーフにもならない。思い出すのはアニマル・コレクティヴの"マイ・ガールズ"で、そこでは、僕は世俗的なものなんて興味がないんだ、僕が欲しいのは僕の女の子たちのための4つの壁と煉瓦の板が欲しいだけ、というようなことが歌われていた。僕の女の子たちというのが自分の家族のことだとすれば、とてもアニマル・コレクティヴらしい......というかパンダ・ベアらしい言い方だと思う。徹底して個人的であること、それが彼の表現では一貫している。

 『パーソン・ピッチ』は多くのフォロワーを生み出しチルウェイヴの呼び水になったのは周知のことで、昨年パンダ・ベアがシングルを続けてリリースしたのは、シングルが中心で語られるチルウェイヴに対するリアクションかもしれないと思っていた。だからはじめ僕はこのアルバムをチルウェイヴとの距離を測りつつ聴こうと思ったのだが、それはあまり上手くいかなかった。こうして彼の曲が並んだものを聴くと、単純に格が違いがはっきりするというか、チルウェイヴでは「何となく」で済まされがちなソングライティングの部分での力の入り方が違う。僕は「チルウェイヴはパンダ・ベアの新作が決着をつけるだろうから」というようなことを書いてしまったが、当の本人は自分が影響を与えたシーンのことに目配せするよりも、自身の音楽を前進させることに集中している。サンプリングの海に浮かぶようだった『パーソン・ピッチ』とは違って、構造がシンプルに整頓されていて、つまり歌としての体裁が整えられている印象だ。
 アルバムの前半、シングルとそのB面曲で固めた5曲は本当に見事なもので、ジャンクなサイケデリック・サウンドを鳴らしていたアニマル・コレクティヴがなぜこの10年でここまで浮上したのかが証明されている。複雑なリズム・パターンを持つ"スロウ・モーション"でも、高音の電子音が煌く"サーファーズ・ヒム"でも、はっきりとした展開があるメロディが堂々と中心に据えられている。それは"ラスト・ナイト・アット・ザ・ジェティ"でのまばゆい高揚でピークに達し、アルバムは文字通りのタイトルの"ドローン"を真ん中で挟んでより抽象的なサウンドへと突入していく。"シェヘラザード"の翳りに意識を奪われ、クロージングの"ベンフィカ"に気持ち良くまどろむ。実験性とポップの融合、ではなく音の冒険そのものをフックとして聞かせるその妙技は、音と遊び続けてきたパンダ・ベアだからこそ得られたものだろう。

 アルバムを通して、親となることとその責任、自立すること、親しい友人とのすれ違い、イノセンスを失うこと......つまり大人になることについてのモチーフが散見される。それは、「パンダさんクマさん」と自分のことを呼び、『パーソン・ピッチ』のアートワークにあったように想像上のユートピアを作り上げていた彼にとっての、社会のなかで生きることに目覚めていくドキュメントのようだ。ピーターパンだと言われ続けたパンダ・ベアも、ずっと子どもでいることを謳歌しているわけではないのだ。"アフターバーナー"での「僕はひどく疲れてしまった/踏み出すことに/苦痛に耐えることに」という呟きのあとに続く、「僕は金では買わない/地位を金では買わない/こう思うんだ/どこかにもっと本当のやり方があるはずだと」という決意がナイーヴすぎたとしても、それは彼なりに真摯に現実に向き合った結果である。
 だが、その音楽はやはりとてもドリーミーで甘くて......逃避的に響く。なぜだろう、と考えたときに、それは彼の表現があくまで個人としての視点から発されているからではないかと思った。パンダ・ベアが見ているものは自分の周りのものばかりで、その領域を大きくはみ出すことはない。そしてその場所を守り抜く。アニマル・コレクティヴがゼロ年代を通して体現したあり方は、社会に対する反抗でももちろん隷属でもなく、別のクリエイティヴな場所を作り上げてそこで戯れることだった。それは素晴らしいことだと思う。だけど、僕にとってはそこが同時に物足りなさでもある。現実との摩擦音がノイズとして耳に入ってくる瞬間がもっとあれば、ユートピアに入れない人間にとってもそれはスリリングなものに響くのではないだろうか。
 『トムボーイ』には、本当に見事な夢の世界がある。それはしかも現実に向かいつつ鳴らされているのだから、そのコントラストこそがこの煌きをもたらしているとも言えるだろう。パンダ・ベアが個人の領域を大きくはみ出して、より現実に目覚めたらその美は消えてしまうのだろうか? だとすれば、僕には「それが聴きたい」とは言えないけれど、この心地良いまどろみが永遠に続くわけでもない、とも思う。ここでは終わっていく何かの、その最後の輝きが反射しているのかもしれない。

文:木津 毅

»Next 橋元優歩

Panda Bear / Person PitchPaw Tracks

AmazoniTunes