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野田 努   Jun 06,2011 UP

 ボックスカッターをダブステップに括るのは無理がある。北アイルランドのアーマー州のラーガンに住むバリー・リンによる音楽は、〈プラネット・ミュー〉らしくエレクトロニック・ミュージックの多彩なスタイルによって構成されている。2006年のデビュー・アルバムのときから、彼の音楽はより幅の広いものだったが、強いて言えばそれはIDMとダブステップ/グライムのブレンドだった。ロンドンで生まれたウォブリー・サウンドを、その外側にいる人間が面白がって、IDMテクスチャーのなかに大胆に取り入れたのがバリー・リンで、それはロバート・フリップに傾倒したギタリストが安いPCを手に入れて、ヒップホップとスクエプッシャー、ハウスとテクノ、UKガラージとジャングル、そして2004年に〈リフレックス〉がリリースしたコンピレーション・アルバム『グライム』に強く影響を受けて生まれた音楽だった。
 バリー・リンはデモテープをレーベルに送り、2005年に〈ホットフラッシュ・レコーディングス〉がEPをリリースして、翌年には〈プラネット・ミュー〉が『オネイリック』を出した。彼の音楽はダブステップ/グライムの見地から見たら変わり種だが、しかし変わり種だからこそレーベルとリスナーは面白がったのだ。人気作のひとつである、2007年のセカンド・アルバム『グリフィック』を取ってみてもそうだが、彼の重たいベースとダブの空間、細かくチョップされたブレイク、そしてIDMテクスチャーによる独創的な展開にはユーモアと軽妙さがあり、オリジナル・ダブステップのドープな感覚に対して「ごめん、わかるけど、きついわ」と口をねじ曲げていたリスナーにとっては「むしろこっち」と言わせる魅力がある。北アイルランドという外部からのアプローチによってダブステップ/グライムを批評的に捉えたことと、しかもそれが〈リフレックス〉~〈プラネット・ミュー〉というIDM文化の王道のなかで解釈されたことが、ボックスカッターという名の素晴らしい不純物を生んだのだろう。

 だいたいこれ、『ディゾルヴ』は、早くも4枚目のアルバムだ。EPのリリース量がそのわりには少ないが、それはボックスカッターらしいというか、彼の音楽が必ずしもダンスフロアを向いていないことを意味している。20年前の言葉で言えばエレクトロニック・リスニング・ミュージックというヤツで、かなり早い時期にUKのどこかの雑誌が彼の音楽を「クラブよりも脳を飛び回る音だ」と評していたが、まあ、その部分は変わっていない。
 とはいえ、『ディゾルヴ』はフォルティDLの『ユー・スタンド・アンサーティン』のように洗練されている。試聴機で1曲目の"パナマ"を聴いたら、『ユー・スタンド・アンサーティン』を好きな人なら我慢できなくなるだろう。それは熱帯雨林のなかで演奏される電子のジャズ・ファンクで、間違いなくアルバムのベスト・トラックである。そして、バレアリックな"ザブリスキー・ディスコ"をはさんで収録されている"オール・トゥ・ヘヴィ"と最後から2番目の"ユーフォニク"もゆったりとしたファンクという点で今作を象徴する曲だ。また、ブライアン・グリーンの歌をフィーチャーしたこれらねちっこい2曲や、ダブの空間が広がる"パッサービー"、甘いダウンテンポの"TVトラブルズ"などなど、多くの曲には彼のギター演奏が効果的に挿入され、色気を与えている。
 ポスト・ダブステップ調の"ムーン・パピルス"においても彼のファンクは続いているが、筋が通っているようでその支離滅裂な展開は、ダブステップ世代におけるルーク・ヴァイバートのような印象を受けるかもしれない。そしてその印象はおそらく正しい。それはつまり、もしそういう時間を持てるなら、ビールを片手にこのCDを再生しっぱなにしておくのがいちばんであるということだ。
 なお日本盤には、レーベル・ サンプラー・ミックスCDとボックスカッターの最新ライヴ・ミックスのダウンロードコードが付いている。

野田 努