「PAN」と一致するもの

interview with AOKI takamasa - ele-king


AOKI takamasa
RV8

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 村上春樹がなぜ海外であんな評価されているのかと、英国在住のある人に尋ねたところ、エキゾチック・ジャパンではないところが良いのではないかという答えをもらった。欧米の理屈のなかで解釈できると。なるほど。
 これ、読み替えれば、世のなかにはエキゾティズムをかさにして輸入されるものは多くあれど、ハルキはそれを売りにしていない、ということにもなる。三島由紀夫も、相撲も舞踏も、オタク文も、良い悪いは別にして、エキゾティズムないしは物珍しさとして受け入れられているフシは隠せない。とくにパリとか、博覧会気質の伝統なのだろうか......。アメリカとか......。
 エキゾティズムは使いようだ。本サイトで公開されているアシッド・マザーズ・テンプルのインタヴューを読めば、こうした眼差しを逆手にとるように、敢えて確信犯的に利用しているところが見える。YMOにもそれがあった。ケンイシイやDJクラッシュもそれを利用している。ボー・ニンゲンの写真を見ると、ジャックスのような髪型が欧米では「JAP ROCK」のイメージとして機能していることがわかる。

 しかし、今日、欧州でもっぱら評判の日本人電子音楽家のひとり、タカマサ・アオキ(青木孝允)の音楽にそれはない。彼が何人だろうと、髪型がどうであろうと彼の人気とは関係ない。大阪出身のこの音楽家の作品の評判は、純粋な音としてヨーロッパ大陸で広がっている。
 彼は、新世代への影響力もある。赤丸急上昇の大阪のレーベル〈Day Tripper〉を主宰する25歳のセイホーがテクノを作るきっかけは、ヨーロッパへ渡航する前のタカマサ・アオキだった。

 2001年1月、東京の〈Progressive Form〉からデビュー・アルバム『Silicom』をリリースした彼は、その後、同レーベルからの諸作、そして〈Cirque〉やロンドンの〈FatCat〉、〈Op.disc〉や〈Commmons〉、ベルリンの〈Raster-Noton〉等々、さまざまなレーベルからコンスタントに作品を発表し続けている。どの作品もファンから好まれているが、とくに2005年に〈FatCat〉からリリースしたツジコノリコとの『28』(これはちとエキゾだが茶目っ気がある)、そして、〈Op.disc〉からの『Parabolica』(2006年)、〈Raster-Noton〉からの「Rn-Rhythm-Variations」(2009年)といった作品は彼の評判を決定的なものにしている。また、初期の頃は、オヴァルやSNDあたりのグリッチ/エレクトロニカ直系の音だが、〈Op.disc〉と出会って以降は、より強くダンス・ミュージックを意識するようになったと言う。

 今作『RV8』は、この7~8年のあいだに発表した12インチ・シングルの「Mirabeau EP」や「Rn-Rhythm-Variations」、今年に入って〈Svakt〉からリリースされた「Constant Flow」、これらミニマル・テクノの新しいヴァリエーションとしてある。エレクトロニカの実験精神を残しつつも、作品はファンキーに鳴っている。押しつけがましくはないが、確実にダンスのグルーヴを持っている。バランスが良いのだ。
 彼のファンクは上品で、アンビエントめいたところもあるので家聴きにも適している。ルーマニアのアンダーグラウンド・パーティの起爆剤としても使われ、アート・ギャラリーのBGMとしても機能している。サカナクションの音楽にもフィットするし、ヨーロッパを自由に往来する感覚はNHK'Koyxeиにも通じている。新作のマスタリングは砂原良徳、いま、タカマサ・アオキの音楽には、10年前よりもさらに多くの耳が集まってきている。

テクノは、ぜんぶの音楽の最終地点だという気がするんですよ。全ジャンルの......ダンス・ミュージックは当たり前だけど、クラシックも、ブレイクビーツも、レゲエも、ダブも......ぜんぶみんな......

青木君は、なんでそんなにテクノという言葉にこだわっているの?

青木:テクノは、ぜんぶの音楽の最終地点だという気がするんですよ。全ジャンルの......ダンス・ミュージックは当たり前だけど、クラシックも、ブレイクビーツも、レゲエも、ダブも......ぜんぶみんな......

ロックも?

青木:あ、ロックも......あるかもしれないですね、(小節の)頭にしかタイミングがないような、パンパンパンって(笑)。ギターのディストーションの質感とかね、あれもテクノだし、サカナクションのようなバンドもそうだし、ぜんぶの音楽の行き着く先がテクノだという気がしますね。

それは斬新な意見ですね(笑)。テクノとは、普遍的な音楽であり、雑食性の高い音楽であると。

青木:ハイブリッドの極みですね。そして、シンプリシティの極みというか......すべてシンプルにして、すべて飲み込んで、すべてどうでもいい、踊るーっということに意識を集中させるのがテクノだと思うし。そういう意味で、コンピュータも生音もふくめて、ぜんぶを統括するのがテクノだと思いますね。

すごいね。

青木:個人的にそう思っています。音も好きやし、字面も好きやし。

字面(笑)。

青木:アルファベットで書いてもカタカナで書いても。

自分の音楽のハイブリッド度合いは高いと思う?

青木:わからないです。自分はそれはただ意識して作っているだけなんで、それが他を比較してどうかはわからないです。自分ではそういうものなんだと思い込んで作っています。

青木君は、最初からテクノだったの?

青木:中学生のときから打ち込みの音楽が好きになって、高校生のときに機材持っている友だちに教えてもらって作った。ジャンルとかはぜんぜん知らなくて、ただ、自分が好きなリズムを打ち込んで作れるってところに興味があったんですよね。リズムに興味があったんで。それがテクノだろうがレゲエだろうがヒップホップだろうが、良いリズムであればなんでも良かった。

メロディよりもリズムだったと。

青木:リズムっすね。

なぜヒップホップにはいかなかったの?

青木:ヒップホップは作ってたんですけど......、ちょっと言葉汚い感じが自分には合いませんでした(笑)。

ハハハハ。

青木:でも、ヒップホップのトラックは好きですよ。だって、最初に作ったのはヒップホップでしたからね。自分で叩いた音か、レコードのドラムブレイクをサンプリングして作ってましたからね。ヒップホップのスタイルなんですよ。ブレイクビーツというのかヒップホップというのか、僕、そういうジャンル分けはわかんないんで。

リズムの面白さを追求するなら、それこそブレイクビーツ、ジャングルとかドラムンベースとか、他にもあるじゃないですか。そうじゃなくていまのアオキ君のスタイル、ミニマルな方向性に行ったのはどうしてなんですか?

青木:作為的なものよりも、問答無用に感動するほうに意識がいったかもしれない。「こうだから良い」とか、「この人だから良い」とか、ただ「良い」っていう。何も知らずに初めてそこに来た人が「良い」と思えるようなもの、「なんか知らんけど良い」っていうか。そういう思考を挟まない良さがリズムにはある気がしました。

ピート・ロックが作るビートだって、本能的に「良い」と感じてると思うよ。

青木:わからないです。ピート・ロック知らないです。

DJクラッシュでもプレミアでも、本能的に「良い」ということだと思うんだけど。

青木:僕、聴いてないんで、わからないです。

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F1とか、レースのエンジン音にすごく興味があって。あれって、アンプとかスピーカー関係なく、モノが燃焼によって鳴っているじゃないですか。スピーカーとか関係なく音が鳴るってところにすごい興味があって。ぜんぶのパーツがその回転させるためだけにあって、良い素材を集めてあの音が鳴るっていうところに美しさを感じて。


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青木君が本能的に「良い」と思った作品って何?

青木:ファンクのレコード、ドラムのブレイクとか、リズム、「誰か知らんけどココ良い」とか。

はぁ。

青木:そういう感じ。

いちばん最初に興味を持ったのは、エンジン音なんですか?

青木:F1とか、レースのエンジン音にすごく興味があって。あれって、アンプとかスピーカー関係なく、モノが燃焼によって鳴っているじゃないですか。スピーカーとか関係なく音が鳴るってところにすごい興味があって。ぜんぶのパーツがその回転させるためだけにあって、良い素材を集めてあの音が鳴るっていうところに美しさを感じて。

はぁ。

青木:クラブが、ダンスという機能のためにすべての機材があるように。とにかくあの鳴る感じがすごいと好きで、しかも美しい音で。野蛮で美しいところに。あんだけ金かけて、ただ速く走るためだけに金をかけているあのアホさ。

ハハハハ。

青木:それとダンス・ミュージックに近いモノを感じたんですよね。

エレクトロニック・ミュージックに行ったのは何故?

青木:自分に演奏技術がなかったのと、自分が欲しい音を作るとき、サンプラーとシーケンサーが便利だった。

最初はどんな風にはじめたの?

青木:高校生のときに同級生がたくさん機材を持っていて、そこでサンプラーの使い方とか教えてもらった。高校卒業した頃はバンドでやったりしていたんですけど、大学に入って、バイトして、やっとコンピュータを買えるようになって。98年ぐらいからですかね。

目標としていたアーティストっていますか?

青木:衝撃を受けたのは、エイフェックス・ツインとか、オウテカとか、SNDとか、......あとは......マイク・インクって人。あとは、名前は知らないですけど、ヒップホップのトラック、黒人のグルーヴの感じられるものは好きでしたね。失礼だけど、名前を覚えていないんで。

ブラック・ミュージックのことは本当に好きなんですね。

青木:子供の頃に影響を受けたのものはずっと残るのかなって。父親が聴かせてくれたスティーヴィー・ワンダーとか、マイケル・ジャクソンとか、そういうのはとにかく好きですよ。

そういう黒い感じを前面に出すような方向にはいなかったんですね。

青木:物真似はしたくなかったんですよ。日本人のフィルターを通してその影響を出したほうが良いだろうと思って。

僕は、青木君の音楽は、最初イギリス人から教えられたんだよ。昔から知っている某インディ・レーベルの人から、「タカマサ・アオキ知ってるか?」「すげー、良いよ」って何度も言われて。で、意識して聴くようにしたんですけど、結局、彼らが青木君の音楽のどこを「すごい」と思っているかと言うと、リズムだったりするんだよね。本当に、ビートなんだよね。

青木:そうなんですよ。それが問答無用に良いっていうことで、赤ちゃんが踊ってしまうのもリズムなんですよ。

サッカーはイギリス生まれなのに、イギリス以外の人たちがどんどんうまくなってしまったように、ダンスのリズムも、アフリカ起源だけど、いまでは人種を問わず、いろんな国にうまい人が出てきていると思うんですよね。

青木:僕もそう思います。DNA的に見てもみんなアフリカに行き着くし、根本的にはいっしょだと思うんですよね。そもそも、宇宙の摂理自体がひとつのリズムを持っていると思うから、宇宙のなかで生まれた人間には同じリズムが宿っていると思っているんです。それにいちばん正直なのがアフリカの音楽なんだと思います。

なるほど。先日、青木君は、スイスの〈Svakt〉というレーベルから12インチを出しましたよね。たまにレーベルをやっている人とメールのやりとりするんだけど、彼いわく「とにかく自分はタカマサ・アオキのファンで、リリースできて嬉しい」と。で、「君は何でそこまでタカマサ・アオキが好きなんだ?」と訊いたら、「ホントに彼の音が好きだ(i really like the sound he has)」と。「とてもピュアで、生で、アントリーティッドなところがね」と言ってきたね。

青木:向こうの人らは、そこで鳴っている音が良いか悪いかで判断してくれる人が多いんで、ヨーロッパはやりやすかったですね。

今日はぜひ、ルーマニア・ツアーの話をうかがいたかったんですが。

青木:あー、それ流れちゃったんですよね。ポーランドも。昔、ライヴでは行きましたけど。

ヨーロッパは何年いたんですか?

青木:7年。住んだのは、2004年から2011年です。最初の4年はパリで、あとの3年はベルリンに住んでましたね。

日本にいたらやってられないっていうか、ヨーロッパに可能性を感じて行ったんですか?

青木:ライヴのオファーが多かったんでね。2001年からライヴで、2~3ヶ月行くようになって、ギャラも良いですからね。日本は、年功序列もあるし......。

日本じゃ食っていけないと。

青木:ライヴでは食っていけなかったですね。僕らはCDでは食っていけない時代のミュージシャンなんで、ライヴやって、ライヴやって、それでお金を稼ぐしかなかったんですよ。駆け出しの頃は、ギャラがもらえるのって東京ぐらいだったんですね。でも、東京で何回もライヴをやることもできないし、ライヴ・セットを何回も変えるわけにもいかないじゃないですか。で、やりたくない仕事をやりながら、ちょこちょこ東京と大阪でライヴをやるんだったら、ヨーロッパに行ってライヴをやったほうが収入が良いと思って。

向こうにいってしまうと、ブッキングも増えるものなんですか?

青木:僕の場合は増えましたね。バルセロナのソナーに出たら、その影響で、ぶわーっと1年ぐらいブッキングが決まりましたね。で、次にいったら、別のオーガナイザーが来ていて、「おまえ、うちのフェスティヴァルに来いよ」みたいなね。「あ、行く行く」って、次決まるとか。それでぽんぽんぽんぽん、2年~3年やってましたね。
 能の勉強をするのにドイツ行っても意味ないように、ダンス・ミュージックが栄えたところはヨーロッパだと思うんで、その文化が栄えた場所の空気吸って、メシ食って、人と接して、社会感じて、それで初めて本質が見えると思って。自分が音楽を続けるなら、ヨーロッパに行ったほうが良いだろうと。

へー、すごいなー。

青木:いや、ずっと綱渡りですよ(笑)。ぜんぜんすごくないです。

いやいや、その行動力とか、素晴らしいですよ。しかし、せっかく渡欧して、成功したのに、帰国したのは何故なんでしょうか?

青木:いろんな理由があるんですけど、じいちゃんが死にかけてました。帰ってきて、1年だけでもいっしょに過ごすことができたんで良かったです。他に犬も死にそうやったんで。

日本が恋しくなったというのはなかった?

青木:ずっと恋しかったです。日本食もそうだし、母国語で喋れるのも良いし。ビザがいらないというのも最高やし。ヨーロッパも日本も自由であるけど不自由でもあるし、そのバランスをどう取るかっていう。まあ、7年もおったし、最初は3~4年で転々としたかったんですよね。だから、パリで4年、ベルリン3年、いま大阪2年目だから、次はどこに行こうかなと思っていますね。

生まれも育ちも大阪?

青木:そうですね。

関西って、面白い人がどんどん出てくるよね。NHKyxとか、セイホー君とか、マッドエッグとか。

青木:情報が関係ないんだと思いますよ。

大いなる勘違いの街だと思うんだよね。デトロイトやマンチェスターだって、大いなる勘違いの街だから。独創的なモノが生まれる。

青木:ハハハハ。そうかもしれないですね。あと、何かあっても「へー、そうなんかー」みたいな、情報をそのまま受け入れないっていうか、そういうところがあるんだと思います。

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ライヴでは食っていけなかったですね。僕らはCDでは食っていけない時代のミュージシャンなんで、ライヴやって、ライヴやって、それでお金を稼ぐしかなかったんですよ。駆け出しの頃は、ギャラがもらえるのって東京ぐらいだったんですね。


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青木君が作品を作るうえでのインスピレーションはどこにあるの?

青木:F1。

たとえば初期と後期......、え、F1!!!!

青木:F1。

そこまでFIが好きなんだ(笑)。

青木:F1と宇宙の摂理ですね。F1の音が入っているCDもあります。

へー。

青木:文明のあり方と宇宙の生成。

ハハハハ! 最高、それサン・ラーだね(笑)。

青木:サン・ラー(笑)。でもそれは、ほんまに、人間として当たり前のことやと思うんですよ。文明に毒されて思考が限定されると、どうしても文明がすべてになっちゃうと思うんですけど、でもそこから解放されると、宇宙がすべての源だとわかると思うんです。
 僕がF1に興味があるのは、宇宙摂理に反した文明があって、その文明の究極の形がF1だと思うんですよ。石油、技術、戦争、広告、地球の文明のいろいろなものが集中しているのが、戦争とF1だと思うんです。ふたつのうち戦争は、人殺しで、ださいし、かっこ悪いけど、F1は誰がいちばん速いんやということを何十億もかけてやるアホさと、凶暴なエンジンを持ちながら、そのできあがったマシンの美しさと、そういった多面性が現代文明を象徴している気がする。

文明としていま猛威をふるっているのはコンピュータだと思うんだけど。

青木:F1もコンピュータ無しではあり得ないですよ。

あー、そうか。

青木:制御にしても、管理にしても。F1は軍事と同じで、地球上のすべての技術が集約されているんですよ。公開されている技術ですね。

つまり、ツール・ド・フランス(by クラフトワーク)なんて言ってる場合じゃないと。

青木:いや、別にそれはそれで良いんですけど。僕も自転車大好きなんですけど。人力も良いけど、作ったものを乗りこなすっていうのに興味があるんです。

そうした青木君の写真機に対する偏愛と繋がっているの?

青木:いや、写真は、地球に初めて来たっていう気持ちで、「アホやな地球文明。まだモノ燃やしているわ」とか。

ハハハハ。

青木:まだ競い合って、争って、どんぐりの背比べしているっていう。まだ自然を破壊してコンクリートの建物たてているっていう、その面白さ。それを記録する気持ちで。

そんなシニカルな......それは機械が好きだからっていうことではないんだ?

青木:機械も好きですけど、「地球オモロイ」みたいな感じですね。「地球、変なとこー」みたいな(笑)。

初期の頃からそうだったんですか?

青木:疑問に思うことが多かったですね。「なんでそんなことせなあかんの」とか。

「地球オモロイ」は、いろんな思いが詰まっているんでしょうけど、やっぱ国境を何度も超えながら思ったことでもあるんですかね?

青木:それもあります。そして、国境を何度も超えたことで、わかったこと、自分なりに理解できたこと、腑に落ちたことが多くて。自分の疑問に対する答えでもあったし。

F1は実際に観に行ったの?

青木:いや、日本では行ったけど、ヨーロッパでは行ったことがないです。ヨーロッパって、ほんま階級社会だから。サッカーはいちばん下のスポーツで、F1やクリケットや乗馬はほんまトップの階級のモノですね。

そんな糞忌々しい文化を(笑)。

青木:いや、糞忌々しくないです(笑)。その人たちはただ生まれながらにそうなっているだけなんで。生まれてから金持ちなんでね。

なるほど。青木君は、もうひとつ、ダンス・ミュージックということを強調するけど、世のなかにたくさんのダンス・ミュージックがありますよね。EDMっていうんですか?

青木:いや、知らないです。

なんか、ダンス・ミュージックが大流行なのね。たとえば、DJでも、アニメの歌とかアイドルの曲とかアッパーなハウスをまぜるような人がけっこういて、それで踊っている人もいるのね。そういう音楽もダンス・ミュージックなわけですよ。自分がやっている音楽とそういう音楽もダンスという観点で見たら等価だと思いますか?

青木:ダンス・ミュージックには、魂が入っているモノと装飾だけのモノがあると思うんですよ。それは音楽全般に言えることですけど、そこに魂が入っていれば、同じだと思います。

その魂というのは、別の言葉で言うとどういうことなんだろう?

青木:純粋な思いじゃないですかね。「○○っぽいのを作ろう」じゃない音楽。

ヨーロッパなんかとくにダンス・ミュージックが根付いているからいろいろなモノがあるじゃないですか。そういうなかで好きなモノを嫌いなモノもあったわけでしょう?

青木:自分は作っているばっかで、あんま聴いてないので、うまく答えられないですね。ただ、ライヴで呼ばれて、その場で他の人の音楽も聴いて思うのは、あまりにも自己主張が強いダンス・ミュージックはちょっとしんどかったですね。

自己主張が強いモノね、なるほど。

青木:そうじゃない人のほうが踊りやすかったですし、心地よかったですね。

ダンスを強制するようなものは好きじゃない?

青木:そうですね。うぉぉぉぉーみたいな、そういうのが好きな時期もあったんですけど。歳のせいかもしれませんが。

アンビエントというコンセプトは意識している?

青木:自分が聴いてきた音楽のハイブリッドがテクノなんで、当然、アンビエントもそのなかに入っています。しかも、いまのステレオの技術では、わりと簡単に立体音像が作れるんですよね。たとえミニマルであっても、そのなかにアンビエントを挟み込むことができるんです。そういう意味では意識していると言えますね。
 僕もジャンルに詳しいわけじゃないんで、アンビエントが何なのかよくわかってないんですよね。それでも、打点のない、ビートがないけど、リズム感のあるような音楽は好きはですね。

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自分が聴いてきた音楽のハイブリッドがテクノなんで、当然、アンビエントもそのなかに入っています。しかも、いまのステレオの技術では、わりと簡単に立体音像が作れるんですよね。たとえミニマルであっても、そのなかにアンビエントを挟み込むことができるんです。そういう意味では意識していると言えますね。


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最近、日本の作品で、お金を出して買ったCDは何ですか? 

青木:キリンジ。

どういう人?

青木:ふたり組の。めちゃくちゃ良いですよ。

詳しいなー(笑)。

青木:それは京都在住のDJのkohei君が教えてくれたんですけどね。すごい音楽に詳しい先輩で、魂籠もった音楽をよく知ってはるんです。

レコード店はよく行く?

青木:行ってないですね。お金がなくて。機材買うお金とレコード買うお金は両立できないです。ほんまにDJで使いたい曲があるときは行きますけど、それ以外では行かない。

青木君は機材に対してはどう考えているの? 90年代末はちょうどソフトウェアを使いはじめた時期だったけど、最近はまたモジュラー・シンセが流行ったり、いろいろ考えがあるじゃないですか。

青木:レーサーと同じで、自分のフィーリングに合ったマシンが欲しいですね。ベースの鳴り、キックの密度、ハイハットのシャープさ、シンセの広がり、温かさ、そういうのが自分の感覚に合うかどうかで判断していますね。それがぜんぶ組み合わさったときに自分なりのドライヴができる。まあ、そんなに機材を買えるほどのお金もないんでね、昔のヤツをずっと使ってますけど。

ライヴの本数はいまも多い?

青木:ずっと多いです(笑)。

コンピュータを持ったブルースマンみたいだね。機械を持って世界のいろいろなナイトクラブを回って、演奏して、金を得るみたいな。

青木:不思議な仕事ですよ。みんなが踊っているのを見ながらやっているというのは。純粋に楽しいです(笑)。

日本では〈ラスター・ノートン〉を支持している層とフロアで踊っている層との溝があるように思うんだけど、ヨーロッパでは実験性とダンス・ミュージックがしっかり重なっているんでしょうか?

青木:正直、自分のことで精一杯だったんで、ヨーロッパのシーンのことまでわからなかったんですけど、やっぱ、金払って実験みたい人って、そんなにいないと思うんですよ。自分やったら、実験のためだけには行かないです。ダンスがあるから、そこに金払っても行きたいと思うんで、そこは重要かなと思いますね。僕は、自分の音楽が人の心を高揚させて、日々のストレスを忘れさせて、良い気持ちになってくれたら最高なんです。それだけですね。すべてに対してアウトサイダーかもしれないですね。シーン関係ないし、ジャンル関係ないし......。

今回のアルバムの収録曲には曲名が"rhythm variation 01"とか"rhythm variation 02"とか、順番に数字になっているじゃない?

青木:意味を持たせたくないからです。ダンス・ミュージックに意味はないからです。思考が働かないほうが、無心に踊っているほうが自分をより解放できるし。

曲名がある作品もあるじゃないですか。

青木:仕方なく......ですね。

はははは。

青木:字面とかね。もちろん、言葉があったほうが曲に入りやすいかなと思って付けたものもありますけど、今回に関しては、踊るためだけなんで。

この先、やってみたいことは何でしょうか?

青木:F1のエンジンを使って。

ハハハハ。

青木:音源としてF1のエンジンを使いたいですね。

シュトックハウゼンのヘリコプターみたいだね(笑)。でも、鈴鹿サーキットって、日本でいちばん爆音を出せる場所かもね。

青木:いつか、野外フェスでライヴをやって、トレイラーで、「AOKI LIVE powered by HONDA F1」とかやりたいですね。

ハハハハ。

青木:子供の頃、レーサーになりたかったんです。いまでもレーサーになれるなら、音楽とかぜんぶ止めてなります!

わかりました。今日はどうもありがとうございました。

Latin Quarter (Pan Pacific Playa) - ele-king

https://soundcloud.com/latinquarter_ppp
https://www.panpacificplaya.jp/blog/

DJの予定
5/25 福岡 Megaherz https://www.megahertz.jp/pickup.html
6/14 藤沢 Freeculture
6/22 渋谷 Koara https://www.koara-tokyo.com/

最近DJの際に持っていきがちなモノ


1
Robert Staruss - Slow Dancing - BBE

2
Robert Strauss - Party In My Body -BBE

3
Nick Nikolov - Come Down - Liebe Detail

4
CLASSIXX - Holding On (Losoul Remix) - Innovative Leisure

5
Randomer - This Train - Hemlock

6
Dajae - Day By Day (Cajmere Extended Mix) - Cajual

7
Syclops - Sarah's E With Extra P - Running Back

8
Physical Sound Sport - Nigeria Game - JAZZY SPORT

9
Whitney Houston - Million Doller Bill(Frankie Knucles Directions Club Cut) - Unknown

10
xxxx - Kahlua and Milk 1989EDIT - unreleased

interview with The National (Matt Berninger) - ele-king

 スティーヴン・スピルバーグの『リンカーン』は伝記映画ではなく、黒人奴隷を合衆国全土から解放するための憲法修正案を下院で通すためにリンカーン(ダニエル・デイ=ルイス)が行った政治工作の描写にほとんどの時間を費やしている。保守的な議員には見返りを与える代わりに票を求め、逆にあまりに急進的な議員(トミー・リー・ジョーンズ)には「みんなビビるから、まあ、ちょっと妥協してくれや」と言うのである。何としてでも、修正案を通す......その執念に駆られた男の物語。つまり、100年後実現しているかもしれない理想のために、「いま」見失ってはならないものについての映画であり、ここにはふたつの時間が出現しているように思える。つまり、過去から見た未来としての現在と、未来から見た過去としての現在だ。前者については、ここから黒人の大統領が誕生するに至るまで、を思わせるし、後者については、未来のアメリカのために医療保険改革に奮闘(し、票集めを)したオバマ政権が重なって見えてくる。いま見失ってはならないもの......スピルバーグはそれだけ切実に現在のアメリカを見ているということだろうし、また、「見失った」日本に住むわたしたちには重いものである。

ひるませるような屈辱の白い空の下で
"ヒューミリエーション(屈辱)"


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 ザ・ナショナルはいつも、「いま」を生きる名もなき人びとの物語を歌っている。だが、その現在は自覚的でも気高くもない。「彼ら」がいるのはいつもそんな場所である。屈辱、後悔、悲哀、諦念、混乱、卑屈さ......そういったものに囚われて、身動きが取れない人間たちの歌を、ヴォーカルで歌詞を担当するマット・バーニンガーが韻を踏みながら滑らかなバリトン・ヴォイスで歌う。
 バンド・メンバーは仕事をしながら音楽活動をする時代を経て、サウンドの緻密さとスケールを増すことで世界に評価され、そしてその言葉においてアメリカで絶大な支持を得るに至った。前作『ハイ・ヴァイオレット』のレヴューにおいて、『ピッチフォーク』は「もしザ・ナショナルがたんに良いだけでなく重要なのだとすれば、それはロック・バンドがあまりうまく描かない瞬間というものを描いているからである」とし、『タイニー・ミックス・テープス』はそこに描かれた沈痛さを「時代精神」と呼んでいる。その歌のなかには、アメリカの内部で埋もれそうになっている生が息づいていたのである。

 先の選挙戦におけるオバマの支援ライヴ、同性婚支持のアーティストが集まったコンサートへの参加などを経て発表される『トラブル・ウィル・ファインド・ミー』においてもまた、作品のなかには政治的なメッセージがあるわけではない。厄介ごと(トラブル)に見つからないように怯える人間たちの取るに足らない日々が、しかし詩的な言葉で表現されている。双子のアーロン兄弟のサウンドはより思慮深さを増し、英国ニューウェーヴやポスト・パンク、レナード・コーエンのフォーク、ポスト・クラシカル......といった要素が丁寧に織り込まれ、静かな高揚や陶酔を湛える。知性と理性をもって。
 ザ・ナショナルがたんに良いというだけでなく重要なのだとすれば......それは、彼らの描く物語がヘヴィなときでさえ、そこには音楽的なスリルと色気が宿っているからである。自らの死を甘美に夢想する "ヒューミリエーション"は、クラウト・ロック調の反復でじわじわとその熱を上昇させる、が、沸点に達することなく終わっていく。それはまるで、地面に足をつけて生きる人びとをそっと鼓舞するかのようだ。

 ザ・ナショナルが日本にもいれば......と僕は思わない。マットが以下で話しているように、彼らは何もアメリカに生きる人びとに向けてのみ歌っているわけではない。この歌はとくに進歩的でも立派でもない、「いま」を見失いそうなあらゆる人びとのそばで鳴らされている。ポスト・パンク風の"ドント・スワロー・ザ・キャップ"では「俺は疲れている/俺は凍えている/俺は愚かだ」と漏らしながら、しかしこう繰り返されるのである......「俺はひとりじゃないし/これからもそうはならない」。

自分たちがやっているロック・バンドに興味を持って、ロック・ソングに注目して聴いてくれる人がいるのが、どんなにラッキーなことか、どんなに恵まれているか......。

今日はお時間いただいてありがとうございます。家にいるんですか?

マット:ああ、ブルックリンにいるよ。

新しいアルバム『トラブル・ウィル・ファインド・ミー』を聴きました。素晴らしいアルバムだと思います。

マット:それはよかった。ありがとう。

そのアルバムの話に入る前に、ここに至る数年の間に起きたバンドに関係あるかもないかもしれないいくつかの出来事について振り返ってコメントしていただきたいのですが......。

マット:ふむ。

ひとつはR.E.M.。あなた達にとっても音楽的にお手本のような存在だったバンドだと思いますが、彼らがあの時点で解散を決めたことについて何か思うところはありましたか。

マット:まず、彼らが僕らにとって道しるべとなる灯りのような存在だったのは、その通り。とくに、マイケル・スタイプは僕らのバンドの友だちであり、一時期は擁護者でもあった。彼からは本当に良いアドバイスをいくつももらったし、そんなアドバイスのひとつに、けっして当たり前だと思うな、というのがあったんだ。自分たちがやっているロック・バンドに興味を持って、ロック・ソングに注目して聴いてくれる人がいるのが、どんなにラッキーなことか、どんなに恵まれているか......と。それがひとつ。
 あと、彼はすごく洞察力のある人だ。友だちや兄弟のような存在だといっても、やっぱりバスのなかでいっしょに暮らすように旅をして回るのは大変なことで、ときとしてバンド内の状況が悪くなる場合もあるわけだよ。彼も彼のバンド・メンバーも、そんな暗い時期を何度も経験して、くぐり抜けてきた。そんな彼が僕に言っていたのは、「忘れちゃいけないのは、バンド以前に友だちだということだ。バンドより先に友だちだったことを忘れちゃいけない」ということで、僕らはまさに友だちであり兄弟であるところからはじまっているバンドだから、彼に言われて、バンドそのもの以上に個人的な繋がりを重んじるということを改めて大切に考えるようになった。あれは良いアドバイスだったよ。
 彼らの決断は、要はバンドとしてレコードを作るのをやめる、ということだと僕は理解しているけれど、そうだな......どうなんだろう。まあ、僕としてはそれを尊重するよ。個人的には彼らにもっとレコードを作ってもらいたいと思うし、あそこで立ち止まらないでほしかったけど、彼らの選択は尊重したいと思う。状況は変わるもので、それはそれとして人生の違う段階へ進まざるを得ないときだってあるさ。そうすることに決めた彼らの選択は、とてもエレガントで美しいものだったんじゃないかな。これでもし将来、彼らがまたレコードを作ることになったとしても、それを侮辱するひとはいないだろうし。とにかく、彼はものすごく品のあるひとだ。ものすごく良いひとで、頭の良いひとでもある。彼のすることなら、何であれ僕は全面的に認めるし尊重する立場だ。

ありがとうございます。もうひとつは、「俺たちは自分たちで支え合う(We take care of our own)」と歌ったブルース・スプリングスティーンについてなのですが。あのメッセージに共感するところはありましたか。

マット:そうだなあ......わからないや、というか、あまりよく把握していないんだ。ブルース・スプリングスティーンとの関わりはいままでに無かったわけじゃないけれど、この件については、はっきりしたことは言えない。「We take care of our own」という彼のメッセージに関しては、僕らにそのままあてはまるものだとは思わないし、確信も持てない。その点においては、あまり繋がりは感じないな」

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僕らが熱心に政治的な活動をしたり社会的な意識を強く持っているのは個人として、つまり僕ら5人がそれぞれにやっていることであって、僕はこのバンドがそうだとは思っていないんだ。

少し変わった質問からはじまってしまいましたが――。

マット:いや、いいんだけど。

こういった質問をしたのは、ザ・ナショナルもいま、かつての彼らのような、オルタナティヴなロック・ミュージック・シーンをリベラルな側から代表する存在になっているのではないかと考えたからです。

マット:ああ。

いまの答えからすると、必ずしもそれは自覚的ではない?


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マット:いや、言ってることはわかるんだ。ただ、「we take care of own」という、あのメッセージに関しては、曲自体が何を言おうとしてい るのか僕がちゃんと把握できているかどうかわからないんで、こういう返事になってしまう、ということで。まあ、僕らもオバマを支持したりなんかしてきたから、そういうレッテルを貼られている部分はあると思う。とくに、海外から見ると僕らはものすごく政治的に熱心に動いている、政治的な意識の高いバンドであるかのような印象を受けるかもしれない。実際そうだしね。ただ、僕らが熱心に政治的な活動をしたり社会的な意識を強く持っているのは個人として、つまり僕ら5人がそれぞれにやっていることであって、僕はこのバンドがそうだとは思っていないんだ。マイケル・スタイプだってそうだったんじゃないかな。
 オバマの件......対立候補ではなくバラク・オバマの支援に回ったのは、ああいうケースにおいては自分の立場を決める必要があるからにすぎない。僕はいまだにアメリカは本来あるべき状況から20年遅れていると思っている。社会問題の進展具合からすると、ね。甚だしく遅れている。オバマになってからも、まだ全然本来あるべきところに到達していない。アメリカはつねに後ろ向きな勢力との闘いがあって......まあ、どの国にも似たような状況はあるんだろうけど、アメリカには極めて後ろ向きで保守的な動きがあって、とくにここ10~15年はそれが非常に危険な様相を呈している。ジョージ・W・ブッシュの時代はもちろんだったけれど、もっと最近になっても、悪い連中が力をつけて危険になっている......ということは僕もはっきり言えるし、そういった問題はロック・バンドなんかよりずっと重要なんだよ。だけど、僕らの音楽がリベラルであるとか、進歩的であるとかいうふうには思わない。むしろ僕らの音楽は、単純にロマンスと恐怖心についてのものがほとんどから。

よくわかります。日本もまさにいま、そういう状況がありますし。

マット:うん。

乗り越えていけたらいいのに
だけど僕は悪魔と共に身を潜めてる
"デーモンズ"

そしておっしゃるように、ザ・ナショナルの曲に描かれているのはアメリカの普通のひとたちの日常であり感情ですよね。ただそれが、アメリカの真ん中あたりの、とくにリベラルでもなさそうな人びとのことを描いているようも思えます。あなた方がニューヨークという大都市を拠点にするリベラルなバンドなのになぜだろう、と思うこともあるんです。たとえば、前作の"ブラッドバズ・オハイオ"や、"レモンワールド"の「ニューヨークで生きて死ぬなんて、俺には何の意味もない」というフレーズに、そんな印象を受けるのですが。

マット:うーん、たぶん僕の視点というのは、こう説明した方がわかってもらえるかな。要は、どこに属しているのか自分でもわかっていないひとの視点だと思うんだよね。ニューヨーカーでも、アメリカ人でも、あるいは男でもない。もちろん、そういう事実に影響されていないとは言わないけれども、アメリカのニューヨークに住む白人男性であるという事実は、わずかな......ごくごく小さな、小さな要素でしかない。僕らの曲が言わんとしていることへの影響は、ごくごく微々たるものだと思う。だから、例えば世界の......どこでもいいや、どんな人種でもいい、どこかの女性が聴いても恐らく共感してもらえると思うんだよね。その、僕が考えていることに対して、それも、かなり近い形で。

なるほど。

マット:とにかく僕はそう思うんだ。僕の興味をひくこと、わくわくさせることは、アメリカ人だから、でも、男だから、でも、アメリカの白人男性だから、でもない、と。僕にとって重要なこと、僕が考えたり書いたりしていることは、たぶん......これは僕の推測だけど、たぶん同じことを考えて、同じように感じているひとが大勢いるはずなんだ。そういう、大きなことなんだよね。大きな......普遍的なこと。

いまの僕は善良 しっかりしてる
背が前より高く見えるとデイヴィは言う
だけどそのことが理解できないんだ
どんどん小さくなってる気がずっとしてるから
"アイ・ニード・マイ・ガール"

たしかに。そうやってあなた方の曲は日本のリスナーにも響いているわけですが、しかし、そこには不器用で苦しんでいるひとが多く登場しますよね。

マット:ああ。恐怖心、不安、あとは......喪失感、悲しみ......そして愛。そういうのは誰でも理解できる感情だから。ムラカミ(村上春樹)なんかは、僕からするとまったく違うところから出てきたひとだけど、彼の書いていることを僕は理解できる......と思う。それも、彼が書いているのがそういう大きな、当たり前の......いや、当たり前ではないにしろ、人間の心の、人間関係の素晴らしさを......素晴らしさと、あと悲しみもちゃんと描いているからだと思う。

たしかに、個人的なことを書いているようで、それが普遍的なテーマになる、というのはありますよね。あなたの場合も、あくまで個人的なことを書いているんだけれども、それが結果的にアメリカのポートレートになっていく。

マット:うん、僕自身は「これが僕の感じていること、考えていることですよ」と言っているだけなんだ。自分なりに推測すると、僕が自分に対して正直にそういったことを書いているから、他のひとにも伝わるんじゃないか、と。こんなことにこだわっているのは自分だけなんじゃないか、という恐怖心は、じつはつねにある。

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ニューヨーカーでも、アメリカ人でも、あるいは男でもない。もちろん、そういう事実に影響されていないとは言わないけれども、アメリカのニューヨークに住む白人男性であるという事実は、わずかな......ごくごく小さな、小さな要素でしかない。

なるほど。では音的な話を。新しいアルバムには、あなたたちが影響を受けてきたであろうさまざまな要素――パンク、70年代のシンガーソングライター、イギリスのニューウェーヴ、90年代のオルタナティヴ・ロック、クラシック音楽など――が見事に融合しているように思えますが、制作にあたってバンド内で合意していた音的なテーマはあったんですか。


The National
Trouble Will Find Me

4AD / Hostess

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マット:いや、僕らはあらかじめレコードについて話し合うということはしない。それどころか、完成するまで方向性の確認なんかしないに等しい。......うん、昔はもっと話し合っていたけれども、最近はむしろ、曲が勝手に発展していくに任せて、僕らはその後を追いかけていく、という感じ。今回、ある程度自分たちが自信を持っているという自覚はあったように思うよ。いままでのレコードだったら入れていなかったかもしれないような、聴いた感じがセンチメンタルすぎる曲とか、古風すぎるからもっとクールに、モダンにしたい、とかいう曲が出来ても今回は気にせずに、とにかくどんどん書いて、僕らが恋に落ちた要素を素直にレコードにしていったんだ。
それを後から改めて聴いたいまだからわかるのは、ああ、ここには僕らの大好きなものや影響が集約されているな、ということ。ニュー・オーダーからロイ・オービソンにまで及ぶ僕らのレコード・コレクションの、あっちもこっちも入っているな、とね。でも、いずれにせよ意識的ではなかったし、戦略会議のようなものは僕らにはあり得ない。いろいろなもののミックス――漠然としたミックス――が僕らで、いまとなってはそれ自体が意味を持つようになっている。だからもう、話し合いは必要ないんだ。

つまり、これぞザ・ナショナルのサウンドだ、という作品だ、と。

マット:思うに、たぶんこのレコードは......うん、最もピュアかもしれないね。良い曲を書くということ以外には何も考えていなかった、という意味で、良し悪しは別として僕らの本質をいままでの作品以上に体現しているんじゃないかな。

はい。では、これが最後の質問になりますが。はじめの方でお話したようなことを踏まえて、あなた方はアメリカのバンドだということに意識的ですか。

マット:ふむ......意識はしてないよ。だけど、きっと音楽には僕らの気づかない形で滲み出てはいるんだろうな。アメリカ的なバンドでありたいと思っているわけではないし、アメリカのバンドであることを重要視しているわけでもないし、アメリカに対しては僕なりにたくさん愛情を感じている一方、それと同じくらいの怒りとフラストレーションも感じているし、だからといってアメリカのバンドであるということを意識するかというと......いや、してないな......うん、僕は自分たちがアメリカ的なバンドだとは思わないよ。音楽的な影響でいったら、英国のバンドや、どこの国か知らないけれどもクラシックのコンポーザーとか、作家ではムラカミだったりするわけで、そういうものから受けた影響は、恐らくアメリカ的なものから受けた影響に勝るとも劣らない。アメリカ人がやっているバンドである以上、DNAの一部であり成長過程の一端であるアメリカ的なものは否定できないし、僕らの音楽の一部にも間違いなくなっている。それはこれからもなっていくんだろうけれども、僕らはそのことにことさら意識的ではないし、それだけのバンドだとは思っていない、ということだ。

interview with Baths - ele-king


Baths
Obsidian

Anticon / Tugboat

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 天才の中二病は格が違う。前作の青(『セルリアン』)が天上を描き出したのとは対照的に、今作の黒が象徴するのは地獄のモチーフ、そして破壊、終末、死、無気力だ。天から地下への、まったく極端な直滑降。あの天衣無縫に暴れまわるビートは、どうやらそのエネルギーの矛先を地の底に向けて定めたようである。かつて"ラヴリー・ブラッドフロウ"が生命やその輪廻をおおらかに、そしてアニミズム的に描き出したのとはまるで異なる宗教観が、『オブシディアン』には強く表れている。ビートは直截的に鈍重に、きらきらとしたサンプリングは地響きのようなノイズに姿を変えた。それが、彼がこの間しばらく患っていたことに関係しているのは間違いないが、筆者にはもうひとつ別の病のかたちが見えてくる。若き魂に特有の病、破壊や死や傷や毒を求めてやまない、あのやっかいで輝かしい――「中二」の――病である。14才を10も過ぎているが、この制作期間にデフトーンズを聴いていたというのだから、やっぱりティーンだ。ミューズに愛され、デイデラスら偉大な先達から愛され、音も経歴もまったく怖いもの知らずなこの天使はいま、ありったけの力と思いを、そのべったりと暗い淵に注いでいるかに見える。

 名門〈アンチコン〉からセカンド・アルバムをリリースする「LAビート・シーンの鬼っ子」――フライング・ロータスやデイデラスにもつづく血統書付きの才能、ハドソン・モホークらに並べられる新世代の筆頭――バスは、その輝かしい肩書きをまるで引き受ける様子がない。今作はそうしたシーンを熱心にチェックしている人や、アブストラクトなヒップホップ、IDMなどのファン、クラブ・リスナーたちではなく、まさに「ブルーにこんがらがった」ベッドルームの青少年たちにふさわしい。死とか運命とか、替えのきかない「きみ」に執着するような、ロマンチックでドラマチックで激しいエモーションが、まるでそのエネルギーを削がれることなく切り出されている。もしあなたが『カゲロウデイズ』にイカれているなら、あなたにこそ聴いてほしい作品だ。『セルリアン』は歴史に残るが、今作は若いたくさんの人の胸にひっそりとインストールされるべきものである。バスはこの新作を「優れた一枚」ではなく、ある種の人間にとって「必要な一枚」に仕立て上げてみせた。
 国内盤にはしっかりとした対訳がついているから、彼がどれだけ今作で灰色や黒や破壊や無気力の病や、あるいはそれと同じだけピュアな恋を歌っているのか読んでみるのもおもしろい。だがテクニカルでありながら青く柔らかい感情のかたまりであるようなビート・コンプレックスは、ヴァイオレンスやネガティヴィティもまぶしいエネルギーに変えてしまう。

 人類の歴史はもはやチルアウトの方向にしか進まないのかと思っていたが、個々の小さな人生にはまだまだバスのような激しさと潤いが必要なようだ。PCのプレイヤーでかまわない、今宵、ベッドルームで逆回転のミサを執り行おう。『オブシディアン』とともに。

つねづね、LAビート・シーンというカテゴリから抜け出すように努めてきました。僕が達成しようとしているものではないからね。僕の目標はまさに『オブシディアン』が僕にしてくれたものだよ。

たとえば、ある種の良識や凡庸さに絡めとられていくことを大人になることだとするならば、あなたは今作でもまったく大人になりませんね。すごいと思います。前作『セルリアン』は、その「子ども/少年」のエネルギーが天上へ向かっていましたが、今作では地の底=死に向かっているように思います。死や破壊のモチーフが出てきたのは、あなたの経験した病気と関係がありますか?

バス:このアルバムの計画は『セルリアン』ができる以前からあったんだ。すごく暗い感じのトラックはいくつかすでに作っていたんだけど、たしかに病気になったことによって、アパシーであるということについての理解がより一層深まったよ。曲を書く気力も情熱も何もない状態で。こんな心理状態はいままでいち度も体験したことがなかったから、アルバムの核をなすテーマのひとつにもなった。本当に変(ビザール)な感覚だったよ。

ペストのイメージに行き着いたのは何がきっかけです? またあなたはそれを恐れますか? それとも魅了されるという感覚なのでしょうか?

バス:どちらもだよ! 悲しみや怒り、恐怖を通り越していた時代だった。人間の歴史においても最も暗くアパセティックな時代であったとも言われているよね。そんな衝撃的な題材を見過ごすわけにはいかなかったんだ。またこのテーマをいかにしてポップ・ミュージックに落としこむかという考えはすごく面白かった。

"インター"がキリエ、"アース・デス"がグローリア、"ノー・アイズ"がクレド、"マイアズマ・スカイ"がサンクトゥス、"ウォースニング"がアニュス・デイ。わたしには、『オブシディアン』が、ラストを1曲めとして冒頭へといっきに逆走する「反転の(暗黒の)ミサ曲」というふうに感じられました。宗教音楽については念頭にありましたか?

バス:わお! そんなこと考えもしなかったけど、本当に素晴らしい関連性だね! とても光栄だよ! ミサ音楽や中世の時代の音楽はたしかに聴いていたけど、そこからテーマ等を特に見出すというよりは、それらの音楽が持っている雰囲気から影響を受けたんだ。

死、終末、破壊、無気力、テーマは重く暗いですが、音にはそれがとてもロマンチックに出ているとも思います。それがとてもあなたらしいように思うのですが、ご自身にはそう感じられませんか?

バス:そういったプッシュ・アンド・プル、足し算と引き算、明と暗みたいなものこそが、僕が全体を通して『オブシディアン』で求めていたものだよ。音楽自体は(少し暗い要素のある)エレクトロ・ポップ・ミュージックにも聴こえるけど、歌詞は完全に暗くて、ときどきそれらが調和していない部分もあるかもしれない。けれど、その違和感や一致しない感覚こそが大事であって、それが他のアルバムにも共通して浸透していると言えると思うよ。

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中世というのは、悲しみや怒り、恐怖を通り越していた時代だった。人間の歴史においても最も暗くアパセティックな時代であったとも言われているよね。そんな衝撃的な題材を見過ごすわけにはいかなかったんだ。


Baths
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Anticon / Tugboat

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今作では複雑と呼ばれるあなたのビート・メイキングが、まっすぐに、リニアになっているように感じました。"オシュアリー"のハンマー・ビートも意外でしたし、"ノー・アイズ"の16ビートとか"フェードラ"や"インター"の8ビートなんかが生む切迫感は、『セルリアン』にはなかった感覚であるように思います。今作の激しいテーマがそうさせたのでしょうか?

バス:はい、と言ったら嘘になってしまうんだけど、そう考えるのも良いと思う。このアルバムには異なったタイプの緊張感がたくさんあるんだけど、たぶんそれらは偶然に生まれたものかもしれない、はは。とにかく一曲一曲、互いと違ったものでありながら、テーマ的には同じ、という感じにしたかったのはたしかなんだ。そんな目標があったから、流れで聴くとビートが互いを押し合って、緊張感や切迫感みたいなものが生まれたのかもしれない。

また、鉄槌のように重たい音やビートもありますね。"ウォースニング"もそうですし、"ノー・パスト・リヴズ""アース・デス"もそうです。インダストリアル的ですら、またブラックメタル的ですらあります。音楽的なインスピレーションとして何かヒントになったものがあるのでしょうか?

バス:あなたがいま言ったとおりだよ! インダストリアルな音、鉄、うるさくて、寒々と荒れ果てたような音楽に影響を受けたんだ。これらの音は、僕が開拓したかった新しい別のサウンドを見つけ出すのに大きな役割を果たしたと思う。友だちのジミ--が紹介してくれたエンプティセットというグループはその点においてとても大きなインスピレーションになったよ。

今回の作品で、「LAビート・シーンの鬼っ子」といった印象を大きくはみ出ることになったと思うのですが、あなた自身には実際のところ「LAビート・シーン」を牽引するという意識があるのでしょうか?

バス:つねづね、LAビート・シーンというカテゴリから抜け出すように努めてきました。僕が達成しようとしているものではないからね。僕の目標はまさに『オブシディアン』が僕にしてくれたものだよ(ビート・シーンからはみ出してくれたということ)。だからあなたがそう感じてくれたことはとても光栄だね。

雨のサンプリングが好きなのですか? 前作の"レイン・スメル"につづいて今作でも"マイアズマ・スカイ"に使われていますが、今回は「本降り」という感じで雨音が激しくなっていますね。

バス:はは、雨のサンプリングは前作から今作まで続いた小さな恋心とか片思いってところかもしれない。外の世界にあるものをなんでもサンプリングするのが好きなんだ。まったく音楽的じゃない音たちを、ポップ・ミュージックという文脈に入れることによって音楽的にするという感覚はスリリングで大好き。現に"インコンパーチブル"のほぼすべてのリズムは、石を投げたり、それが欠けたりする音からできているんだ。

「運命」という言葉も何度か出てきますが、あなたはあなたの生が運命に規定されていると感じることはありますか?

バス:自分の人生が運命づけられているとはまったく思わないけど、そう考えること自体とても宗教的な感覚だよね。ときに自分の人生やこのアルバムが宗教的な何かに畏怖の念を抱いているように感じると同時に、まったくそういうことと合致しないときもある。よく神を恐れたり、自らの罪を認識したりしているような信心深い人の視点から歌詞を書くこともあるよ。

いちばん時間をかけたのはどの曲でしょう? 録音についてとくにこだわった点があれば教えて下さい。

バス:"フェードラ"が長い間しっくりこなくて、構想を練るのにも時間がかかったんだ。とにかくなぜかすごく時間がかかった。 僕はアルバム全体をひとつのものとして捉えてもらいたいから、なにか特別こだわった点を挙げるのは避けようかな。

今作までのあいだに世界をまわってツアーをされたことで、何かご自身に変化はありましたか? また、何か音楽上で大きな出会いがあったりしましたか?

バス:多くのとても重要な出会いがあったし、個人的に憧れている人々とも会ったり、いっしょにショーをしたりする機会もあった。ツアーで会った人々の数は本当にクレイジーなくらい多かったよ。自分自身の変化について言えることは、世界中の人々はみんな同じ、ということに気づけたことかな。最高な人もいれば、嫌なやつ、美しい人、かっこいい人もいて、世界中どこにいても同じなのだなと思った。そしてそれは素晴らしいことであるとも思えるよ。

この制作の間、よく聴いていた音楽があれば教えてください。

バス:そうだなあ、アゼダ・ブース(Azeda Booth)とエンプティセット(Emptyset)のふたつは確実に大きな影響を与えてくれたよ。他にもたくさんいると思うけどね。デフトーンズ(Deftones)もたくさん聴いたと思う。

interview with Gold Panda - ele-king


Gold Panda
Half of Where You Live

よしもとアール・アンド・シー

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 子供の頃はインド人と言われ、仕事で海外に繰り返し行っていた頃は、ベトナム人だと間違えられ、僕はあまり日本人であった試しがない。いまだに日本からいちども出たことのない橋元や竹内のような人間からすれば、どうでもいい話だろうが......。
 とはいえ、僕も人のことをとやかく言えるほど国際感覚が豊かなわけではない。ゴールド・パンダからインドを見れなかったほど鈍っている。ロンドンもずいぶん長いこと行ってないので、あの町のマルチ文化なところを感覚的に忘れているのだ。"クイッター・ラーガ(いくじなしのラーガ)"なる曲で、ゴールド・パンダ名義でデビューしたダーウィン・シュレッカーのデビュー・アルバム『ラッキー・シャイナー』には、ありがちなエキゾ趣味にならないくらい謙虚に、ごく自然に、彼のインドが注がれている。
 こういう音楽を聴いていると、ワールド・ミュージックというカテゴリー自体が、この先無意味になるのではないのかと思えてくる。真っ昼間にレストランから出ただけで金をせびられるほど物騒だったデトロイトにコスプレ・ショップが開店しているような時代なのだ。リアルな話、白い橋元や黒い橋元がウッドワードアヴェニューを闊歩しているのである。

 ゴールド・パンダは、そういう意味では、先を行っていた。インドの血を引くエセックス育ちのこの青年は、少年時代に日本製のゲームで遊び、ヒップホップを聴いて、そして、大学在学中に日本語を学び、DJマユリ邸を訪ね、丸尾末広を蒐集していた。ダーウィンのエレクトロニック・ミュージックは、シュトックハウゼンが目指した世界音楽的な方向性を感覚的に具現化している......というのは誇張し過ぎだが、新作『ハーフ・オブ・ホェア・ユー・リヴ』が彼の忙しい演奏旅行(サンパウロ、香港、江ノ島、イギリスなどなど)の賜物であることは事実だ。そこでは、ゴールド・パンダの特徴──透明感のあるメロディと力強いビート、少々ユーモラスな音色──が、さらに輝いている。
 この人の音楽は、エレクトロニカの二歩手前、クラブの二歩手前で踏みとどまっているというか、気むずかしさや斜に構えたところがなく、気さくな感じが良い。テクノでもなくアンビエントでもない、しかし踊れるし、聴ける。踊れるといっても、アゲアゲではないし、気持ちが踊れるという感じだ。日本人に好まれるのもわかる。

 以下のインタヴューの日本語の質問に対して、彼は英訳を介さずに答えている。 

いまは多くの人がエレクトロニック・ミュージックを作っているんだけど、みんなエイブルトンっていうか、エイブルトンみたいに聞こえるものばっかりでしょ。僕は、ラップトップをいじっているよりも、昔の機材を使っているほうが、単純に気持ちが良いんだよ。

サッチャーが死んだね。(※取材は、サッチャーが死去した翌日の日本時間4月10日におこなわれている)

パンダ:ああ、イエー。飛行機のなかで知ったんだ。

スミスが再ヒットしたり、『オズの魔法使い』の「魔女が死んだ」って歌が歌われたり、すごいらしいね。

パンダ:彼女は、いろいろなものを破壊したからね。僕は、本気で暴動がまた起きるかもしれないと思っているよ。それはサッチャーが死んだっていうよりも、いまの政治に問題があるからね。

昨日、新聞からサッチャーに関するコメントを求められて、「彼女ほどミュージシャンから憎まれた首相はいない」というようなことを言ったんだけど。

パンダ:まさに。僕は彼女の政権時代を直接は知らないけど、子供の頃、彼女の政策に怒った人たちの暴動を見たことを憶えている。

人頭税のとき?

パンダ:イエーイエー。僕の親の世代は本当に彼女のことに怒っていたな。とくに炭鉱閉鎖のことは本当に大きな問題だったんだよ。彼女は、音楽家やアーティストにとっての敵だったね。

なるほど。では、2010年の秋に『ラッキー・シャイナー』をリリースしてから、およそ2年半ぶりのセカンド・アルバムになります。この間、自身のレーベル〈Notown〉からは精力的なリリースを続けていますね。そしてまた、今回のアルバムのコンセプトでもある、世界のいろいろな都市を巡ったようでもあります。この2年半を総括すると、あなたにとってどんな2年半だったのでしょう?

パンダ:この2年で、僕の生活のすべては変わった。

というと?

パンダ:『ラッキー・シャイナー』を出したことによって、生活のすべてが変わった。ハッピーになったと言うべきなんだろうけど......(笑)。この2年は、とくに1年間は、『ラッキー・シャイナー』のためのツアーにつぐツアー、エンドレスなツアーだったよ。良いことなんだけどね。だって、それで音楽だけでやっていけているわけだし、生活できるんだから。〈Notown〉からは自分以外のアーティストの作品を出したりだとか......僕はアナログ盤が好きだから、自分以外のアーティストの作品をヴァイナルで出せるのがとても嬉しい。

ロンドンからベルリンには、どうして引っ越したの?

パンダ:彼女がドイツに住んでいるから。ほとんどの人は音楽のためにベルリンに引っ越すんだろうけど、僕はそうじゃなくて、彼女との生活のためだ。

ベルリンのナイトライフを楽しんでいる感じじゃない?

パンダ:他の国のクラブではfacebookのために自分の写真を撮ったりしているんだけど、ドイツでは撮影禁止なんで、それがなくて良い(笑)。なかでもベルリンは、ナイトクラビングするには最高の街なんだろうね。自由だし、ドラッグもセックスもできるし、安全だし、ドリームクラビングだよね。ただし、僕はナイトクラビングしないんだ。僕は仕事でクラブに行くから、自分の時間があるときは家にいる。だけど、みなさんは行ったほうが良いでしょう(笑)。

あなたの方向性はいわゆるクラブ・トラックとしてのテクノでもないし、実験音楽でもない。柔軟なスタイルですが、明確なスタイルを持っていないとも言えるますよね。自分の方向性についてはどのように考えていますか?

パンダ:ファースト・アルバムのときはみんなが集まって、ダンスする感じだった。新作はもっとビートが駆り立てるような感覚を意識しているんだ。でもやっぱダンス・ミュージックではないよね(笑)。どうしてなのか正直なところわからないんだけど、僕には自然なことなんだ。家ではハウスやテクノも聴いているのに、どういうわけか、自分が作るとダンス・ミュージック(DJミュージック)にはならない。僕はがクラビングに行かないことが影響しているのかもしれないけど、別にクラビングが嫌いなわけじゃないんだ。テクノやハウスも好きだから、その影響は絶対に出ているとは思うんだけどね。

たとえば前作の"You"のような、声を派手にチョップしたり、細かいエディットを前面に出すような曲はなくなりましたね。

パンダ:同じことは繰り返したくないからね......と言いつつも、実は"You"みたいな曲を12曲作ろうとトライはした。もしそれがうまくいっていたら、家が買えたかもしれない。きっとヒットしただろう(笑)。

ハハハハ。

パンダ:でもやっぱ、それはやりたくないというのが正直なところだったんだ。だって、それ("You")はすでにやったことなんだ。いちどやったことを自分で繰り返すことは、自分のなかで意味がない。

"You"のような曲はライヴでやれば絶対に盛り上がるでしょう。

パンダ:そうだね。みんなクレイジーになるよ。アメリカはとくに酷かったな。

『ラッキー・シャイナー』を出した直後に取材したとき、あなたは〈ラスターノートン〉が好きだと言っていましたよね。

パンダ:そうだったね。

だから、アルヴァ・ノトのようなレフトフィールドな方向に行くのかなとも思ったんですよ。そこは考えなかった?

パンダ:実験的な方向性は考えたよ。ただ、自分がやるアヴァンギャルドよりも他の人がやったアヴァンギャルドのほうが好きなんだと思う。僕も実験的な曲を作っているんだけど、リリースするくらいにそれが良い曲かと言われたら、わからないな。まだ自分で確信できないんだ。将来的には、ぜひやってみたいことなんだけど。

自分の方向性で悩んだことはない?

パンダ:あるよ。ただ、今回のアルバムは、自然に生まれたもので、そして、方向性ということで言えば、結局、『ラッキー・シャイナー』以前に戻ったんだ。機材がラップトップの前に戻った。それによって自由さを取り戻したと思っているんだ。"You"や"マレッジ"のような曲があまりにも受けたんで、ああいう曲からのプレッシャーがあったんだけど、そこを乗り越えたときに、何でも作って良いんだと思えるようになった。

アルバムに1曲、"S950"という、とても美しい曲があるよね。この曲の題名はアカイのサンプラーから取られています。何故?

パンダ:それは、その機械ひとつだけでできた曲だから。なんか、もっと綺麗で雰囲気のある曲名にすることもできたんだけど、たとえば"江ノ島"のような曲名にすることもできたんだけど、あえてそれを止めた。"S950"という機材の名前を知らない人にとっては、謎めいた記号だし、それにこの機材はUKの初期のジャングルやヒップホップで使われてきた名機でもある。だから、すごくUKっぽい機材なんだ。とにかく、特定のイメージを与えるような曲名は避けたかったんだ。

何故、そういう古い機材を使ったの?

パンダ:制限があるほうが好きなんだ。『ラッキー・シャイナー』の頃から、他にも多くの人がエレクトロニック・ミュージックを作っているんだけど、みんなエイブルトンっていうか、エイブルトンみたいに聞こえるものばっかりでしょ。ラップトップかエイブルトンみたいな......、だから......

エイブルトンを使いたくなかった?

パンダ:そう。マックスMSPは使ったけどね。あとドラムのためにトリガーもね。でも、やっぱラップトップをいじっているよりも、昔の機材を使っているほうが、単純に気持ちが良いんだよ。楽しいしさ。パソコンの画面を見ながらアレンジするのって、僕は好きじゃないんだ。

なるほど。ちょっとさっきも話に出たけど、"ウィ・ワーク・ナイツ"という曲のように、ビートもあるし、ハウスやテクノからも影響もあると思うんだけど、ゴールド・パンダはクラブ・ミュージックに近いようでいて、どこかで距離を置いているのは何故でしょうか?

パンダ:そもそも自分の音楽をクラブ・ミュージックだとは思っていないよ。クラブ・シーンの人が僕を受け入れてくれるのであれば、すごく嬉しいけどね。だけど、......ジシンナイネ。

はははは。

パンダ:クラブニジシンガニイ。技術的に自分にはクラブ・ミュージックは無理だと思ってしまっているんだよね。とくにハウス・ミュージックはすごく機能的でしょ。ダンスのための決まりごともあるだろうし、DJのための作り方もあるだろうし。僕にはクラブの才能がないんじゃないのかな。

はははは。

パンダ:誰かとコラボしたらできるかもね。

その中途半端さがあなたの魅力かなと思うんだけど。

パンダ:それって良い意味?

もちろん。

パンダ:良かった。

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都市のポジティヴなところを描きたかったっていうのがある。都市って、良くないところ、悪いところもあるでしょう。だけど、その反対に良いところもあるから。僕は都市で育ったから、都市からいっぱい影響を受けているんだ。


Gold Panda
Half of Where You Live

よしもとアール・アンド・シー

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よくフォー・テットなんかと比較されるじゃない。それって自分ではどう?

パンダ:似ているところはあると思う。

彼も、ものすごくクラブではないけど、ハンパにクラブっぽいというか。

パンダ:音楽性はまったく別モノだと思っているよ。

彼のバックボーンには、もっとジャズがあるもんね。

パンダ:それに僕は、自分なりの道を見つけてきているような気がするので。たしかに僕は、以前はフォー・テットにものすごく興味があった。最近では、彼は神様みたいになってしまったけどね。まあそれはそれでクールなことだと思うけど。

ベルリンのレーベルで〈Pan〉って知ってる?

パンダ:イエー。

似てない?

パンダ:ミー? ああ、アイドンノー。

〈Pan〉もエクスペリメンタルだけど、ポップだし。

パンダ:オッケー。

で、ダンス・ミュージックだけどクラブじゃないじゃない。

パンダ:イエー、ライ。アイシー。言われてみるとわかる。自分じゃそういう風に、外から見ないからね。そして、たしかに僕は〈Pan〉のいくつかの作品は好きだよ。ザッツグッレーベル。

彼女のお母さんに自分の音楽をなんて紹介する?

パンダ:エレクトロニック・ミュージックをやっています。コンピュータで音楽を作ってます。

それはどんな種類ですか?

パンダ:アイセイ、ダンス、イエー。

ハハハハ。

パンダ:実際は違っているけど、年を取った人には説明しにくいので。だから、ダンスって言うことにしている。自分ではそうは思っていないんだけど。

今回のアルバムを象徴する曲を選ぶとしたら、何になりますかね? "ジャンク・シティII"や"アン・イングリッシュ・ハウス"でしょうか? 

パンダ:"ジャンク・シティII"だね。

その理由は?

パンダ:前のアルバムとはぜんぜん違う。新しいものって感じがする。他にも、"マイ・ファーザー・イン・ホンコン 1961"や"アン・イングリッシュ・ハウス"や"江の島"や"ザ・モースト・リヴァブル・シティ"も気に入っている。自分が作りたかった曲を作れたという意味で、満足している曲だよ。いまは、『ラッキー・シャイナー』を作り終えたときよりもハッピーだよ。自分が気に入っている分、ファンの人がどう思うかはちょっと心配だけど。

何故?

パンダ:自分でも気に入っているから、それがどこまで受け入れてもらえるか心配なんだよ。だけど、今回のアルバムは人にどう思われようが、かまわない。僕が好きだから。『ラッキー・シャイナー』の評判が良かったから、それとは違った音楽になってしまったし、ちょっとビビっているんだよね。

『ハーフ・オブ・ホェア・ユー・リヴ』には、とても魅力的なメロディがあるし、リズムだって良いし、大丈夫でしょう。

パンダ:ホント? 

ホント。

パンダ:おー、サンクス!

『ラッキー・シャイナー』の派手さはないかもしれないけど、『ハーフ・オブ・ホェア・ユー・リヴ』は繰り返し聴くことになるアルバムだよ。

パンダ:『ラッキー・シャイナー』との比較で言うと、新作のほうが、さらにアルバムっぽいと思う。ストーリー性もあるし、すべての曲に共通感覚がある。繋がりがあって、アルバムらしいアルバムだと思うね。

都市をコンセプトにしようと思ったのはどうしてですか?

パンダ:ずっとツアーだらけで、都市をめぐるってこと以外のことしかしていなかったんで。

ツアーだらけって、どのぐらいツアーしていたの?

パンダ:1年、毎週末ライヴだった。エレクトロニック・ミュージックがバンドと違うのは、クラブナイトでもライヴができてしまうことだよね。ステージがなくてもブッキングされてるから、毎週末ライヴだった。『ラッキー・シャイナー』以前は、やりたくない仕事をやりながら音楽をやっていたんだけど、『ラッキー・シャイナー』以後は、ホントにそれだけになってしまった......仕事として音楽をやっているからね、いまは。

毎週末ライヴやっていると発狂したくなる?

パンダ:イエー(笑)。だからこそ、新しい作品を作る必要があったんだ。

しかし、『ラッキー・シャイナー』1枚で世界を回ったっていうのもすごいよね。

パンダ:イエー。喜ぶべきことなんだろうね。

DJをやればいいじゃない?

パンダ:DJもやったほうが良いとも思う。他の人の音楽をかけることで成り立つわけだからね。でも......、やらないね、たぶん(笑)。ゴールド・パンダ名義でライヴをやればお金をもらえるけど、DJではいちからのスタートになってしまうから、お金ももらえないんじゃないかな......。ドイツだとDJするのに50ユーロ払わなければならないのって知ってる?

なにそれ?

パンダ:新しいロウ。

あー、それ聞いた。それはクラブが払うんじゃないの?

パンダ:だったんだけど、いまの新しい法律では、DJが払うんだ。しかもハードドライヴもチェックされて、そのなかに何曲入っているかまでチェックされて。

ひでーな。

パンダ:もしかしたら100万曲入っているかもしれないでしょ。そこまで調べるんだよ。現実離れしている。反対派の人も多いよ。

"江ノ島"という曲が入ったのは?

パンダ:最近、リョウ君(注:仲良しの日本人)と一緒に行ったんだよね。

リョウ君の実家には泊まった?

パンダ:昨日、一泊した(笑)。

リョウ君のお母さんに「ただいまー」って(笑)。

パンダ:タダイマー(笑)。

ハハハハ。

パンダ:江ノ島は前から好きだったけど、最近行ったときがホントに楽しかった。写真もいっぱい撮った。

ツアーで都市ばかりまわっていたから都市がコンセプトになったという話だけど、さらに突っ込むと、最終的にアルバムは都市の何を描いているの?

パンダ:都市のポジティヴなところを描きたかったっていうのがある。都市って、良くないところ、悪いところもあるでしょう。だけど、その反対に良いところもあるから。僕は都市で育ったから、都市からいっぱい影響を受けているんだ。

エセックス・ボーイだからね。

パンダ:そうそう(笑)。"アン・イングリッシュ・ハウス"っていう曲は、UKのことを歌っているんじゃないんだよね。これは、ベルリンにある僕の家のことなんだ。僕はドイツに住んでいるんだけど、家のなかはイギリスなんだ。つねに紅茶を飲んでいるしね。

"ジャンク・シティ"はどこの街?

パンダ:その曲だけが架空の都市だね。昔の、90年代の、僕が空想するトーキョーだよ。快楽的で、ちょっと頽廃した都市だ。ハハハハ。

そうだよね、90年代の渋谷なんか、マジックマシュルームがセンター街の入口で売られていたくらいフリーキーだったからね。

パンダ:あー、イエー。

クレイジーだったね(笑)。

パンダ:僕はその時代のトーキョーを見れなかったから、空想したんだ。

アートワークが面白いよね。結晶みたいなデザインでしょ。

パンダ:幾何学的だけど、実は都市のデザインなんだ。さらにヴァイナルはもっと凝ったアートワークだよ。コンクリートの灰色で、いろいろな都市の場面が見えるようになっているんだよ。

『ハーフ・オブ・ホェア・ユー・リヴ(あなたが生きている場所の半分)』というタイトルの意味は?

パンダ:長く温めていたタイトルなんだ。さっきも言ったように、都市の全体ではなく、都市の良いところに焦点を当てているアルバムだし。街の真実を見極めようってアルバムじゃないんだ。

何で?

パンダ:僕は、街の良いところしか見ずに、そして街を去って空港に行く、来る日も来る日も(笑)。

いちばん良い思いをした街は?

パンダ:イチバンイイオモイ......シアトル!

意外な。

パンダ:あと、ポートランド。

へー。

パンダ:レコード店が25軒くらいあるんだよ。

それは良いね。貧乏なミュージシャンばっか住んでいるんでしょ?

パンダ:イエー、イッツファニー。僕は、自分をものすごくイギリス人だと思っているから、アメリカなんか大嫌いで、行ったら絶対に嫌な思いをするんだろうなと思っていたんだ。で、実際に行ったら、大好きになった。サイコウデシタ(笑)。

Sonarsound Tokyo - ele-king

もうかれこれ1ヶ月以上経ってしまいましたが...... 文:木津 毅

 ニュースでは嵐が来ると繰り返していたし、東京へ向かうバスは雨風で揺れまくっていたのでヤな予感しかしなかったが、それでも新木場に向かったら、同様にそれでも新木場に集まったひとたちがいて少しばかり安心する。今年は悪天候に見舞われた<ソナーサウンド・トーキョー>だがどうにか開催され、「アドヴァンスト・ミュージック」の祭典は水浸しの会場で始まった。さすがにひとは少なかったかもしれない、が、アクトレスが登場するフロアの期待をたしかに感じた僕は、すっかり景気のいい気分になり、1杯目のアルコールを口にする。


Actress

 ソナーについての放談で斎藤辰也が言っていた、「そのフェスだからいく、と思わせるような何か」が悪天候によって奇しくもテーマになっていたように思う。それでも新木場に集まったひとたちは何を持って帰っただろうか? ただ踊って発散したひともいただろうし、もちろんそれとてじゅうぶんに価値のあることだ。ただ、僕があの2日間を思い出したときにじわりと湧き上がるのは、「これから何かが始まるのかも」という予感のようなものだ。
 僕の記憶のなかのこれまでのライヴよりもBPMが落ち着いていたLFOの安定したプレイ、"LFO"が投下された瞬間のフロアの興奮も良かった。カール・ハイドが"ダーティ・エピック"をやったときのアンニュイさも感慨深かった。エイドリアン・シャーウッドのダブはさすがの貫禄で、そのずっしりとした低音に震えた。が、ニコラス・ジャーの思ったよりもヘヴィで迫力のあるバンド・セット(その分、これからの音源であの浮遊感がどうなるのかがちょっと不安でもある)や、ダークスターが何とか後半で辿り着いていたメランコックな高揚感(前半は演奏が噛み合ってなくて危うかった)や、プールサイドのトーフビーツに集まったキッズたちのちょっと遠慮がちなダンスと笑顔......をより鮮明に思い出す。サブマーズは"あげぽよ"どころかスムースでクールなダウンテンポ、ヒップホップだったし、アディソン・グルーヴのベースラインは思っていた以上に折衷的で面白かった。彼らははっきり言って、まだまだ途上中だという印象を残したが、しかしながら、それらが一堂に会することによって、そんな風に世界中に散らばった「アドヴァンスト・ミュージック」の可能性をたしかにフィジカルに感じられたのだ。たくさんのアクトのなかで僕が出会わなかった予感たちと、出会ったひとも当然いただろうと思うとなんとも落ち着かない。


Karl Hyde

 ちなみに僕のベスト・アクトは、迷うことなくアクトレスだ。ひどく抽象的なサウンドの隙間で意表をついて大胆に挿入される仕掛けや、断片的なループが出現しかけたかと思うと違うループが気がつくと背後で蠢いている、そんな風にクリシェを軽やかにかわす展開はスリルそのものだった。後半は思っていた以上にダンサブルなテクノへとなだれ込みそれもたまらなかったが、前半の繊細な音の配置と位相こそ、アクトレスがその日披露した「予感」だったように僕には思えた。

 ソナーは今年も、現在と、そこから続いていく未来を感じるためのグルーヴが胎動するイヴェントだった。結局丸々2日間大いに楽しんでしまった僕は気がつくと何度も酒を飲んでいたようで、膝に疲労と財布に侘しさを残したが、後悔も反省もとくにしていない。

文:木津 毅

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ずぶ濡れダンス 文:斎藤辰也

 初日の夜は大雨が会場に降り注がれたので、プールのあるテラス・ステージでは踊りながら天然シャワーで汗を流すことができた。屋内のバー・スペースからテラスをはさんで対岸の小屋でプレイするサファイア・スローズを観たとき、ロッカーにしまわないでおいたマウンテン・パーカーに鼓舞され、僕は天然シャワーのなかに文字どおり踊り出た。音量は控えめだったものの湿ったハウスのリズムがたしかに胸に響き、やわらかいシンセサイザーと深いリヴァーブにつつまれたサファイアの声が夜空を満たしてゆく。円柱型のストーブの火が消えてしまうたびに、暖まるつもりもないけども見知らぬひとと協力して火をつけた。プールは妖しく緑色にライトアップされており、泉をかこむ妖精のような気分のなか数人のオーディエンスとともに雨のなかを漂いながら踊った。
 僕はもっとみんなにテラスに出て踊ってほしかった。たしかに、終わったあとはずぶ濡れすぎて人にぶつからないように歩かなければならなかったが、踊っていれば服は乾くのだ。事実、そのあとも友人たちに遭遇しLFOやシャーウッド&ピンチで踊り明かしたので、ずぶ濡れだったズボンもさっぱり乾いた。

 ひとつ言わせてほしい。好き勝手に踊るのは、とても快いことだ。かつてゾンビーは言った――「1992年に、きみはどこにいた?」。当時まだ幼稚園にもいなかった僕にはいまになってレイヴがとても羨ましい。アンディ・ストットのライヴもその気持ちを強くさせるものだった。音楽の鳴るところで好き勝手に踊ること。それは音楽から「作品」としての額縁を外す(あるいは、額縁をつけない)楽しみ方でもあり、そこにいる他者おのおのの存在の発露を認めながらそのなかのひとりでいる自分をも同時に認める遊びであるように僕には感じられる。最近はそんなことを強く感じながら音楽の鳴る場所で踊っている。鳴っていなくても鳴らして踊っている。

 2日目の真昼。昨夜は大雨に見舞われていたテラス・ステージで、頭上には嵐と雨後のしらじらしい青空が拡がり、足元には飛びこみ禁止のプールが堂々と日光を浴びている。すっきりしないエセ・リゾート気分をトーフビーツ情報デスクVIRTUALのオープニング・ナンバーで解放させ(空には航空機が飛んでいた!)、以降もスクリューとトラップのビートで客の脚をふらつかせた。田中宗一郎にバトン・タッチする頃にはテラスも笑顔で溢れかえっていた。
 テント風の会場が似合うエキゾチックなングズングズ(Nguzunguzu)は、ラウンジ程度の音量の低さを考慮してか前半は4つ打ちの堅実なプレイに徹していたが、後半になると、ミステリアスなメロディに彩られた自作曲をはじめR&Bやサウス・スタイルのヒップホップでようやく弾けてくれた。しかし別の機会に体感した彼らのDJプレイは、レゲトンをプッシュしまくり、観衆をダンスへと積極的に鼓舞する爆発力があったし、それこそが彼らの本領といえるものだろう。ぜひこんどは音響の豊かなヴェニューでプレイしてほしい。

 そして、なにより僕が待ち望んだ時間がやってきた。夕焼けもどこかに潜み、あたりも暗くなった18時すぎ、ダークスター(Darkstar)がメイン・ステージに登壇し夜の帳を降ろした。ロンドンでの出会いから待つことちょうど2年。まさかほんとうに日本でしかもこんな大舞台で観れるとは思っていなかったので、おおきな拍手で迎えられる彼ら3人の姿に、胸と目頭があからさまに熱くなってしまう。ショーの間はずっと3人の黒い影だけが青い逆光のなか浮かぶ美しい演出が施され、ただ3人がそこにいること/そして音楽が演奏されていること――そのシンプルな情景が暗闇のなかにはっきりと立ち現れていた。
 新譜同様にきめ細かくたゆたうシンセ・ドローンでショーははじまったが、歪んだベース音やノイズが重ねられ、これがライヴであることが宣言された。すこしの静寂をおいて、調子の外れたギターがフェイドインし、"アルモニカ"のビートがフロアに響きわたる。つづいて、ジェイムス・バッタリーのすこしおどけた甘いヴォーカルがは歌いだす。ため息がでるほど美しい瞬間だった。
 前作『ノース』からは歌の目立つ3曲"ゴールド""デッドネス""ノース"が演奏されたものの、そのほかはすべて新譜『ニュース・フローム・ノーウェア』からの選曲で、しかし"タイムアウェイ"と"ア・デイズ・ペイ・フォー・ア・デイズ・ワーク"というプロモーションされた2曲は演奏されず、逆に"ヤング・ハーツ""ホールド・ミー・ダウン""ユー・ドント・ニード・ア・ウェザーマン"などアルバム後半のエレクトロニカ/インストゥルメンタルのテイストの深い、意外な展開を見せた。

 といっても、思い返せば意外だったというだけで、じっさいショーは滑らかに運ばれたし、途中ジェームス・バッタリーが「メイク・サム・ノ~イズ」と囁いておどけてみせたが、曲と曲のあいだの静寂さえ彼らの演奏だ。『ノース』と『ニュース・フローム・ノーウェア』はいま並べてみてもそのサウンドの違いに驚かされるが、ライヴではどちらの楽曲も違和感もなく自然につながれていて、それは静寂となによりジェイムス・バッタリーがもたらした成果であろう。歌うことは演じることだとバッタリーは本誌に語ってくれたが、彼の歌声は抒情的な脚色もなければエゴも感じさせない。白くてまっさらな役者である。バッタリーをダークスターというキャンパスの真ん中に据える(メンバーとして迎えた)ことで、ジェイムス・ヤングとエイデンは好きなように色(サウンド)を塗り変えて楽しむことができているというわけだ。そのことがよくわかる繊細だが力強いライヴだった。たのしそうに歌うバッタリーは愛らしくもあり魅力的で、歌唱力も以前よりレベル・アップしていた。なんの嫌みもない彼の存在は、バンドや会場の緊張をほどよくほぐしてくれる。ルックスも格好いい。
 音響が不十分だったこともあってかアンサンブルがちぐはぐになりかける場面も少なくなかったが、バンドの佇まいは2年前よりも堂々としたし、3人が各々で携えたサンプラーやキーボードやエフェクターの数も増え、ライヴをつよく意識した姿勢が印象的で、そのふくよかなサウンドの裏にバンドとしての意欲が燃えているのが感じられる熱い演奏だった。これまでライヴでの試行錯誤をつづけていたことをユーチューブなどで追いかけていたが、彼らはたしかに逞しく成長しているし、これからそのサウンドを塗りかえ続け、僕たちを驚かせる便りをくれるに違いない。〈フジロック〉に行かれるひとにはぜひダークスターを観てほしい。


Darkstar

 そして、〈ビートインク〉のスタッフさんのご厚意で、開演前の彼らにサウンドについて補足の質問をできました。以前のインタヴューではどこかぶっきらぼうな印象もあったかもしれませんが、対面した彼らの気さくさが伝わればこれ幸いです。エイデンはわざわざビールを運んできてくれました。通訳は岩崎香さんです。

ジェイムス・ヤング:ここに座りなよ。

ジェイムス・バッタリー:そうだよ、座ってリラックスしなよ。

ありがとうございます。(ビールを開けて)では、チアーズ。

全員:チアーズ。

J.バタッリー:日本語でなんていうの?

KANPAI(乾杯)と言います。

J.バタッリーんー! もういちど、乾杯!

ふふふ(笑)。『ele-king』にはすでに編集長によるインタヴューが載っているので、今回は補足的な質問をさせてください。ダークスターははじめ、ヤングとエイデンのふたりのユニットで、すこし風変りだったとはいえどダブステップのトラックを制作していましたね。もしダブステップを通っていなかったら、どんな音楽でデビューしていましたか?

J.ヤング:ダブステップという言葉は嫌いで、認めてはいないんだけど......、そうだね、はじめは、きっとヒップホップかな?

エイデン:グライムを作ってたよ。

J.ヤング:そうだね、MCたちのためにグライムのトラックを作っていたと思う。

その面影もないくらいにスタイルを刷新した新作『ニュース・フローム・ノーウェア』では、ハープシコードやチェロのようなトラディショナルな楽器が使われていますが、初めからそういう構想があったのですか?

エイデン:ハープシコードじゃなくて、アーモニウム(Armonium)なんだよ。

あ、ハーモニウムだったんですか(聞き間違える)。

J.バタッリー:ちがうちがう、アーモニウムだよ。ペダル・オルガン(ハーモニウム)じゃなくて。

J.ヤング:そうそう、アーモニウムっていうのは、プルルルルルルルルっていうやつ(手で筒が回るジェスチャーをしながら、唇を高速で震わせる)。

え(笑)?

エイデン:そうそうそう。

なるほど......、え、なんなんですか(笑)?

J.ヤング:(自分で堪えきれず失笑)ふふふふ......!

(一同、10秒爆笑)

J.バタッリー:本当は「テン、テンテン、テンテンテン」って弾く楽器だよ(笑)。

エイデン:そうそう。ペダル・オルガンもプルルルルルルルルっていうんだよ(笑)!

はい、よくわかりました(笑)。"アルモニカ"という曲名も楽器からなんですね。

※筆者註:英語/日本語圏での一般的な呼称はアルモニカ(Armonica)。

エイデン:真面目に答えると、たくさんの楽器がリチャード・フォンビーのスタジオにあったから、あるものすべてで遊んだんだ。クールなシンセサイザーに、オルガンとか、サーズ(saz)っていうトルコの楽器も使ったね。

もしそういった楽器がなかったら、どんなサウンドを作っていたのでしょうか?

J.ヤング:とてもシンセティックなものになっていたと思う。

J.バタッリー:リチャード・フォンビーと組むことにした理由のひとつには、彼が楽器をたくさん持ってるからというのもあるんだ。僕たちはすこしだけピアノやギターを持ってはいるけども。あと、レコーディングした邸宅にあったたくさんの家具も使ったよ。グラスの音もあれば、ドラムサウンドとして椅子をバンバン叩いたりもしてね。

ビーチ・ボーイズは『スマイル』で野菜をかじる音をパーカッションとして用いましたし、ビートルズの『サージェント・ペパーズ』ではトイレット・ペーパーの芯の音も入っているらしいんですけど、そういうことを思い出すエピソードですね。そこで質問です。好きなビートルズのアルバムはなんですか?

J.バタッリー:『サージェント・ペパーズ』(即答)。それか『ホワイト・アルバム』。それと...『ア・ハード・デイズ・ナイト』が......(ずっと呟いている)。

エイデン:『リヴォルヴァー』も好きだな。

J.ヤング:"エリナー・リグビー"って『リヴォルヴァー』だっけ? たぶん『リヴォルヴァー』がいちばん好きだな。それか『アビー・ロード』。

なるほど。『ニュース~』では古いテープ・エコーの機材も使われているとのことですが、クラシカルな楽器の使用もふくめ、まさしく1967年頃のロック・バンドの実験的なレコーディングと似た感触がサウンドにあらわれています。やはりというか、初期よりも後期のビートルズのほうがお好きなんですね。

J.ヤング:お父さんは熱心なファンなんだけど、僕はそこまでファンじゃないんだ。でも、もちろんビートルズはことはとても評価しているよ。ずば抜けて実験的だから。

J.バタッリー:僕はファンだよ(服につけた『サージェントペパーズ』の色褪せた缶バッジを見せてくれる)。ビートルズのなによりも好きなところは、新しくて他とは違うものになるよう努めていたことだよ。だからこそ、彼らのようなサウンドを作る必要はないんだ。それが彼らの哲学でもあるわけだしね。

エイデン:『マジカル・ミステリー・ツアー』の映像はとても面白いよね。

みなさんは、おなじく熱心なビートルズ・ファンでジョージ・ハリスン推しであるゾンビーと仲が良いですよね。そこで質問です。「Where Were U in '92」?

J.ヤング:うん......、あ、僕がどこにいたかってことかな? ハイスクールがはじまったばかりだったよ。

J.バタッリー:フットボールをしたり、自転車をこいだり、軍隊みたいな秘密基地のようなものを樹のあいだに作ったりして遊んでいたよ。

レイヴには参加してなかったんですね。

エイデン:僕はレイヴしてたよ! 9才で、レイヴしてたんだ。

(一同爆笑)

えー、それは本当ですか!?

エイデン:ジョークだよ。煙草を吸ったり酒を飲んでたね。いや、これもジョーク(笑)。煙草を吸いだしたのは12才のときだね。

J.ヤング:12才......!

不良ですね。不良すぎる......(笑)。

(一同笑)

エイデン:だからもう禁煙したよ。煙草は吸わない(煙草を吸いながら)。

J.バタッリー:僕はいつでも吸ってるよ。毎日だ。よくないよね(笑)。いつの日かやめようと思うよ。癌で死んだときにやめるかな。

どうか死なないでくださいね。新作のタイトルは「どこでもないところからの便り」という意味ですが、じっさいみなさんは定住する家をきめていないと聞きました。それはなにか理由や目的があってのことなのでしょうか?

J.ヤング:そう、スーツ・ケースのなかに住んでるんだ。理由はすこしだけあって、基本的にツアーの事情とお金の事情だ。たとえばいまはこうして日本にいるけども、月末にはロンドンへ戻らなくてはいけかったりするから。

ということは、ロンドンが一応のホームではあるのですか?

J.ヤング:いや、僕にとってはそうでもないよ。

J.バタッリー:ロンドンは2番めのホームだな。僕にとってのホームは、ヨークシャー地方にあるリーズだよ。とはいえ、多くの友だちがいるし、ロンドンもホームのようなものだね。10年も住んだし。

エイデン:人生のほとんどをロンドンですごしたけどね。

J.バタッリー:いまはこうして日本にいる。東京で生活できるなんてナイスなことだよ。

それはなによりです。今回はわざわざ日本にきてくれてありがとうございました。

文:斎藤辰也

interview with Little Boots - ele-king


Little Boots
Nocturns

Hostess / On Repeat

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 観られる商売というのは、偏見との闘いでもある。このリトル・ブーツに向けられる偏見たるや、彼女の名を知る人の9割くらいに心当たりがあるのではないだろうか。筆者ももちろん例外ではなく、彼女について調べる前は「ニュー・ディスコ・シーンのお人形ディーヴァ」というくらいの、失敬な先入観を抱いていたのだから人のことは言えない。リトル・ブーツことヴィクトリア・ヒスケスは、そもそもはUKのダンス・ポップ・ユニット、デッド・ディスコでの活動からキャリアをスタートさせた。そののちホット・チップのジョー・ゴッダード・プロデュースによるシングル『スタック・オン・リピート』のクラブ・ヒットによって脚光を浴びるようになり、2009年のデビュー作『ハンズ』はゴールドディスクを獲得、世界レベルのヒット作となる。エレクトロ・ポップのスターとして、シーンの名だたるプロデューサーたちと仕事をする彼女は、しかし、その美しい容姿を前面に押し出すように売り出されたこともあり、一見アーティスティックなヴィジョンなどほとんど持ち合わせてはいないようにも錯覚された。デビュー・アルバムのジャケット・デザインなどを思い浮かべれば、それも無理からぬことと納得してもらえるのではないだろうか。「トーキョーはどう?」「スシ食った?」「ネイルかわいいじゃーん」というインタヴューに終わったらどうしよう......彼女について調べる前はそんなふうに思っていたことも事実だ。しかし、もちろん、まったくそんなことはなかった!

 質問中にも出てくるが、彼女には自分の演奏動画をビデオ・ブログのようにウェブにアップしていた時期がある。自室でのシンプルな弾き語りがメインだが、これらの映像を観れば、リトル・ブーツというアーティストが才能ある表現者であり歌い手であるということがよくわかるだろう。彼女がお人形などではなくて、クリエイティヴなモチヴェーションに溢れた人だということが伝わる。テノリオンを使いこなしたり、シンセばかりでなく新しいガジェット類に並々ならぬ関心を寄せているのも興味深い。それに加えて、頭の回転のはやい人だ。問いかけには非常に早口でよどみなく応対し、かつ明瞭な回答をくれた。勉強熱心で、さまざまな事柄について自身の意見をはっきりと持ってもいる。何より自分にとって音楽がどのようなものであり、これから何をしていきたいのか、どうするべきかということが、しっかりと見えている。今作はメジャーでの活動の反省から、自分自身が制作上の決定権を持てるようにレーベルまで興した。驚くべきバイタリティと信念だ。リトル・ブーツは、必ずやあなたの想像するリトル・ブーツの上を行く。まずはどうぞ、彼女の言葉をきいてみてほしい。

わたしにとっては、ダンス・ミュージックも歴史を理解しながら聴く対象だから、けっして子どもじみた態度ばかりで向かい合っているわけじゃない。100パーセント、オリジナルと同じものを作ることはできないけど、いい意味で昔をリサイクルしていまのかたちに出力することがすごく重要だと思う。

2009年、まさにニュー・ディスコやコズミック・ディスコがユース・カルチャーを席巻しているさなかに、象徴的に現れてきたアーティストのひとりがあなただったと思います。ご自身ではこのムーヴメントをどのように見ておられましたか?

ヴィクトリア:たしかにあのときは新しいカルチャーだったと思うんだけど、エレクトロとかと少し違って、ブレイクスルーしなかったジャンルって気がするかな。いまでもちゃんと走っていて、いいアーティストたちがたくさん生まれてるの。たとえばマジシャンとかトッド・テリエとか。こうやって持続してるのを見てると、ブレイクスルーしなかったのはいいことだったんじゃないかなって感じる。

なるほど。たとえばイタロ・ディスコとかバレアリックみたいなものも、きちんと再解釈されたからこそ長く生きれる力が生まれた、という面はあったかもしれないですよね。そうしたオリジナルの時代の音はどう思いますか?

ヴィクトリア:そういう古い音楽は自分にとっても大事だし、大好きなものなの。チージーな曲もあるけど、単純にとてもいいポップ・ソングが多いと思う。日本はどうかわからないけど、イギリスではディスコとかハウスにクロス・オーヴァーしているシーンがいまでもすごく盛んで、だから、こういうジャンルはなぜだか終わらないなって感じるわ。そんななかで今年はダフト・パンクも新作とともに戻ってくるし、ディスコ・フレンドリーな1年になるんじゃないかな。今朝も『ヴァイス』を読んでたら「この夏はディスコの夏か?」って見出しが出てて、すごくいま感じてることに共鳴してたから、やっぱり今年はディスコとかダンス・ミュージックが盛り上がると思う。

楽しみです。わたしの上司くらいの世代だと、それこそセカンド・サマー・オブ・ラヴなんかをリアルに経験していたりするわけですが、我々はそれを知らないでこの波に乗っているわけですよね。

ヴィクトリア:当時はきっと、ぜんぜん解釈が違ったんじゃないかな。その頃のシーンってゲイの人たちとか黒人とか、政治的なマイノリティの問題も多く含まれたものだったんだと思う。きっと、もっとずっと革新的なものだった。だからこそ自分は歴史についても学んでいるし、当時の状況を押さえながらディスコを吸収してるの。わたしにとっては、そういう頃の音って歴史を理解しながら聴く対象だから、けっして子どもじみた態度ばかりで向かい合っているわけじゃない。でもその世代の人たちは、いまのシーンにはちょっと違う感情を抱いているかもしれないわね。100パーセント、オリジナルと同じものを作ることはできないから、いい意味で昔をリサイクルしていまのかたちに出力することがすごく重要だと思う。

すごくポジティヴなご意見だと思います。歴史性もきちんと踏まえつつ、一方でいまのアーティストが雑食的であることもいいところだと思うんですが、プリンス・トーマスとかリンドストロームも、フュージョンが入ってたりとかしますよね。あなた自身には雑食的な部分を感じますか?

ヴィクトリア:ファースト・アルバムはエイティーズっぽいものにもろに影響を受けた作品だったと思うんだけど、2作めはひとつの時代を表現するアルバムではなくて、もっと大きくいろんなものを取り込みたいなって考えていたから、昔のディスコからハウス・ミュージック、モダンなダンス・ミュージックはほんとにいろいろ、トリップ・ホップまで入れたつもり。クラシックな音楽の上質なテイスティングができるアルバムにしたいと思ったの。いいアーティストってすごくいろんな音を聴いていることが多い。リンドストロームだってすごく聴いてると思う。自分もそうやっていろんな味を出せるようになりたいな。
 じつはリンドストロームとは共作をしたの。いつか何かのかたちで外に出そうと思ってるわ。

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メディアからの注目が高まってくると、レコード会社からの意向でなぜかレディ・ガガのプロデューサーと組むような流れになってしまって、いつのまにかわたし自身によるクリエイティヴ・コントロールを失うことになっていて......。だから、いまは最初に自分が立ってた場所、自分がやりたかったことに戻っているという気がするわ。


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今作は〈DFA〉のティム・ゴールズワーシーやハーキュリーズ・アンド・ラブ・アフェアのアンディ・バトラーが参加してるということなんですが、彼らっていうのはどちらかというとインディ的なマインド・立ち位置で活躍している存在だと思います。なので、彼らを起用したことには、あなたがやりたいことをより自由にやれるようにという意図や、攻めのアルバムにしたいという気持ちがあったからではないかと感じるのですが、いかがでしょう?

ヴィクトリア:ほんとにそのとおりで、自分のやりたいことをもっと追求したかったし、すごく自由さを求めていたの。だから彼らとやることにした。最初に自分が音楽をやりはじめたときは、ホット・チップのジョー(・ゴッダード)と作ってたんだけど、メディアからの注目が高まってくると、レコード会社からの意向でなぜかレディ・ガガのプロデューサーと組むような流れになってしまって、いつのまにかわたし自身によるクリエイティヴ・コントロールを失うことになっていて......。だから、いまは最初に自分が立ってた場所、自分がやりたかったことに戻っているという気がするわ。

そもそもは、自宅での演奏を、ビデオ・ブログのように動画でアップするところからキャリアがはじまってますよね。いまのあなたもすごく輝いていると思いますが、わたしはその頃の動画もとても素敵だと思います。すごくD.I.Y.な......シンプルなシンセの弾き語りとか、ホット・チップのカヴァーなんかもテノリオンだけを使う、とてもミニマルなスタイルでしたよね。だけど、あなたがとっても表現力豊かなアーティストでありシンガーなんだなということが伝わるんですよ。あの頃というのは、やっぱりあなたにとってもひとつの原点として認識されているのでしょうか?

ヴィクトリア:そう、ほんとに自分のルーツだと思ってる。自分でも大切な場所。だけどいまそこに戻れるかというと、戻れるわけではないわ。失ってしまったものもいろいろとあるから。まさにそのD.I.Yな精神を取り戻すために自分でレーベルを作ったり、いまみたいな活動をしているんだけど、前回のレコード会社に入ったときにはほんとにコマーシャルなキャラクターにさせられてしまって。それに、当時、名もない女の子がパジャマでああいう動画をアップしてたのはおもしろかったかもしれないけど、もう名の知れてしまった自分がまたあれをやっても楽しんでもらえないと思うしね。だから戻れない場所ではあるけど、大事な場所、そんなとこかな。

よくわかる気がします。音楽産業にとってはCDやレコードの販売枚数も大切だと思うんですが、音楽それ自体にとっては、こういうインターネットを舞台にした投稿動画文化が照らし出していく新しいリアリティだったり、うねりだったりというものがとても大きな影響をもたらしていると思います。こうした動きについてお考えがありますか?

ヴィクトリア:いまはイギリスの音楽業界も、自分がデビューしたときと比較しても全然違う世界になっているかな。でも、だからこそ自由度が生まれてきていて、新しいかたちで何かを表現したり届けたりしなければいけないという精神が強くなってきている気もする。自分自身もそんななかで自由にクリエイティヴィティを発揮できるようになったし、どうやったらみんなにおもしろいものが届けられるのかって考えるようになったわ。いろんなかたちで表現できるようになったし、そうした行為に対してもいろんな数字が関係してくるとは思うけど、そういうことを抜きにして人々におもしろいものを届ける、それがすごく重要なことじゃないかなと思ってる。

うーん、なるほど。先ほど、自分がいかにコマーシャルにキャラづけされてしまったかというお話をされてましたが、まさにこれまで流通してきたあなたのヴィジュアル・イメージなどからは、あなたがとてもしっかりと自分のやるべきことについて自覚した、自立したアーティストなのだということが伝わりにくい気がしますね。だから今日はお話がきけてほんとによかったです。

ヴィクトリア:ドウモアリガトウ。そうなの、わたしのイメージということに関してもまったく異論はないわ。

ふふふ。じゃあもうちょっと時間があるのでアルバムの話に戻りたいんですが、たとえば"ビート・ビート"とかはすごくファンキーなソウル・ナンバーで、先ほどおっしゃっていたようにいろんな音楽性が取り込まれている。音楽的な幅も広がっているし、アダルトな、まさにタイトル通りに「夜の」感じがあるんですけれども、音のコンセプトの傍らには、ファッション的なコンセプトもあったりしたんですか?

ヴィクトリア:ファッションと音楽はわたしのなかでは重要な結びつきをしていることは確かね。ただ、どんな場合でも音楽が先。音楽があって、ジャケットのアートワークや、ステージで着るものなんかが決まっていくの。この曲の自分のなかのヴィジュアル・イメージとしては、LAで――昔のね――女の子がローラー・スケートをしている感じだった。

なるほど。イクイップメントについてはどうでしょう? 動画だとお部屋にJUNOとか置かれてるのが映ってますし、先ほどのテノリオンやコルグのモノトロンなど、シンセ好きで新しいインターフェイスにもとても興味を持たれている様子がうかがわれますね。最近気になっているものとか、今回とくにこだわって使用したものなどがあったら教えてください。

ヴィクトリア:日本でいま開発中の「ポコポコ」っていう機材があって、首都大学東京の生徒さんが作ってるんだけど、それがとってもおもしろいの。1年前ぐらいから彼らとやりとりしているんだけど、それをライヴで使えるようにいろいろ試してるところ。昨日も彼らと会っていて。ボタンがいくつかあって、そのボタンが3Dで浮き出てくるんだけど......(携帯で撮った映像を見せてくれる※)、それぞれが光ってね、このボタンで音のプログラミングができるの。見てて楽しい機材ね! ただ、開発段階だからライヴには使えない。ライヴに持っていける日が楽しみだな。日本は機材面ででもつながりが深くて、日本のほうでもわたしがこういうアーティストだということを知っていてくれるから、ほんとに話や雰囲気が合うの。ポコポコを通して、また新しい音を皆さんに届けたいと思っています。

※パッドのついたサンプラーの、パッド部分が3Dで飛び出すようなイメージでした。ごく3秒ほどの記憶ですが......。

では最後に、そんな日本について。ダンス・ミュージックにはとても人気がありますが、日本人は比較的踊らないとか、クラブに行ってもDJばっかり見ているとか言われたりもします。何を隠そうわたし自身がその筆頭かもしれないのですが、クラブで踊るためのアドヴァイスをいただけませんか?

ヴィクトリア:あはは! そうね、クラブに行く前にすっごくきついお酒を飲むこと(笑)。まあそれはジョークだけど、クラブ・カルチャーについて言うと、クラブに行く時間っていうのは、仕事もしていない自分の時間、楽しむべき時間だと思う。その場所と音楽に身をゆだねること。もちろん、そのためにはいい音楽といいDJである必要があるんだけど! 今回のわたしのアルバムは、クラブでかけるだけじゃなくて、パーソナルな時間帯に浸ってもらうこともできる作品になっていると思うからそんなふうにも楽しんでくださいね。

interview with Still Corners (Greg Hughes) - ele-king


Still Corners
Strange Pleasures

Sub Pop / Traffic

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 跳ねない。それがスティル・コーナーズのひとつの特徴だ。リズム、旋律、パフォーマンス、そして心も。急激な動きを嫌うように、テッサのウィスパー・ヴォイスはリヴァービーに烟るグレッグの音の底へとゆっくり沈んでいく。この感覚をどこかで知っているなと思う。気怠く、物憂く、蘭の匂いが立ち込めている――

 スティル・コーナーズの音楽は、ステレオラブやブロードキャストなどによく比較されているが、そこにサウンド・キャリアーズやコットン・ジョーンズ、ビーチ・ハウスなどを補助線として引くと、彼らのなかのコズミックな感覚やクラウトロック志向のわきに、スモール・タウン・ミュージック的な、フォーキーで温もりあるUSインディ・ポップの系譜、そしてそれらをつなぐように新旧のシューゲイズ・バンドの姿などが浮かび上がってくる。さらに当人らが影響源だとあかすジョルジオ・モロダーを加えれば、ばっちりとスティル・コーナーズの肖像が立ち上がるだろう。成熟と耽美と、わずかな瑞々しさからなるドリーミー・ディスコ・ポップ。〈メキシカン・サマー〉も〈4AD〉も、エメラルズも〈イタリアンズ・ドゥ・イット・ベター〉も存在する後期2000年代の座標軸の上で、彼らの音はにぶく輝いている。現実を離って遠くへ行くための、しかし人肌の記憶は捨てきれないというような、「誰ぞ彼」=たそがれ時の青い時間が立ち上がってくる。

 2011年、ロンドンで活動するこの4人組は『クリーチャーズ・オブ・アン・アワー』というフル・アルバムでデビューした。そのころのビビッドな存在感は、時とトレンドの推移とともに少しくすんだようにも思える。だが、セカンド・アルバムとなる今作『ストレンジ・プレジャーズ』では、グッと作家性を上げてきた。詞の上質なヤンデレ感もより強度を増し、サウンドはリッチに、クリアに。もともと持っていた世界観をよく磨いている。文脈や時代性に依らず純粋に作品を眺めるならば、間違いなく本作のほうがいい。傍目には地味な変化かもしれないが、艶の出た各楽曲をわれわれは長く愛でていくことができるだろう。

"ベルリン・ラヴァーズ"なんか5分くらいで作って、テッサと僕なんかその曲を作り終わったら部屋中でダンスしはじめちゃったりしたんだからね!(グレッグ・ヒューズ)

『ファイヤーファイルズ』(シングル)のアート・ワークはまさに60'sのサイケデリック・バンドの諸作品を彷彿とさせるものでしたが、音の方はというとレトロなシンセ・ポップやインダストリアル的ですらあるビートが参照されていて、前作と今作の特徴や差異をくっきりとあぶり出すように思いました。実際のところ、このシングルはどんな作品だと認識していますか?

グレッグ:数年前にスコット・キャンベルに会ったんだけど、僕らは彼の作品に一発で惚れ込んじゃって、それから僕らのカヴァーをやってもらいはじめたんだ。彼にこの曲を送って「ここから感じるものを表現して!」って言ったんだよ。思うに、この歌のカラフルなヴァイブスをうまく捉えてるよね。
"ファイヤーファイルズ"はこのアルバムの他の曲と同様に前作『クリーチャーズ・オヴ・アワー』以降に書いた曲なんだけど、以前のものよりポップで視野が広がった感じで、でもみんなで話しあったりして狙って作ったものじゃないんだよ。そんな感じにはしたくなかったし、自然に生まれてきたまんまだね。

とてもリズム・コンシャスなアルバムだと感じました。しかし、ダンス・アルバムにしたという意識はありました?

グレッグ:そうだね、僕らは踊るのが好きだし、僕がいきなりいろんなビート素材をたくさん作って、そこから曲を作ったりするんだ。"ベルリン・ラヴァーズ"なんか5分くらいで作って、テッサと僕なんかその曲を作り終わったら部屋中でダンスしはじめちゃったりしたんだからね!

ゲート・リヴァーブのようなエフェクトをめいっぱい効かせたりと、80'sっぽいサウンドを参照するのはなぜなのでしょう?

グレッグ:好きなリヴァーブを使ってるってだけだと思うよ。べつにそれが特別なサウンドだと思わないし、好きで選んでるからそれについての理由なんて考えたりもしないし。実際にアルバムで使ってるリヴァーブは、すべてサウンド的に厚みのあるプレート・リバーブだね。僕的にはほんとに全部、リヴァーブだらけにしちゃいたいくらいだから、今回それにかなり近い感じにできたね。

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僕らのサウンドは「ドリーミー」というよりは「ムーディー」と言った方が正確かもしれない。「ドリーミー」って僕的にいうとソフトでやんわりとした感じ、ほかにもチルアウト的な意味合いが強いし。(グレッグ・ヒューズ)


Still Corners
Strange Pleasures

Sub Pop / Traffic

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今作も男女の恋愛関係が繊細な感覚でシネマティックに描かれています。ですが前作が手に入らない愛を求めるような作品だったとすれば、今作は愛を失うことをおそれる作品という対称があるように思われました。あなたがたの場合、詞作は音に大きく影響を及ぼしたりするのですか?

グレッグ:素晴らしい質問だね! 前作は手の届かない愛について、今作は愛を失いたくない思い、どちらの解釈も正しいよ。メロディと歌詞は相互に絡み合ってお互いを映し出し、聴く人々を惹きつける輝きを放ちながら、雰囲気やヴァイブスをいっしょになって作り出していくものだと思ってる。

"ビギニング・トゥ・ブルー"という曲がありますが、あなたがたの音はまさに「ブルー」ではなく「ビギニング・トゥ・ブルー」だと思います。ご自身たちではどう感じますか?

グレッグ:僕にとってこの歌は、現在の関係性が以前のものとはまったく違うことを悟ってしまう瞬間みたいなものを歌ったもので、それってかなり哀しい感じだよね。だから僕は今回「ブルー」を「ブルーになる」という意味で使ったんだ。たぶんこれはマイルス・デイヴィスの『カインド・オブ・ブルー』からとったんだと思う。マイルスが自分のレコードにどんなタイトルをつけるか悩んでたときにバンド・メンバーのひとりが「ブルーっぽい(kind of blue)感じのサウンドだよね」と言ったって話を読んで、メランコリックな雰囲気がそのアルバムには漂ってるし、その表現は間違いないって思ったよ。

今作のコンセプトやモチーフは自然に生まれてきたものなのですか? 今作までのあいだにとくにハマっていた音楽や作品などがあれば教えてください。

グレッグ:「コンセプトを持ってない」ってことがこのアルバムのコンセプトかな。その方がアルバムが楽しくなるし。僕がまず曲を上げてテッサがそれに手を入れたり歌を被せたりしながら、メンバーで新しいアイデアがないかを出し合うんだ。よさげなアイデアを誰かが出したらそれをもうちょっと詰めてく、みたいな。もしかしたら今回はいつもよりちょっとだけ荘厳な感じを目指したのかもしれないね。

リヴァービーな音作りはあなたがたの音楽性の重要な部分を占めていますが、それはドリーミーと呼ばれるゆえんでもあると思います。どのくらい「ドリーミー」ということを意識されていますか?

グレッグ:僕らのサウンドは「ドリーミー」というよりは「ムーディー」と言った方が正確かもしれない。「ドリーミー」って僕的にいうとソフトでやんわりとした感じ、ほかにもチルアウト的な意味合いが強いし。僕らの曲みんながそんな感じだとは思ってないけど。もちろん、僕が曲を書いたからってその曲のことをいちばん知ってるってわけじゃないしね。

ステレオラブやブロードキャスト、またビーチ・ハウスらと比較されるのはどのように感じますか?

グレッグ:それはすごいね、どのバンドもすごく好きだよ。それに加えてカン、ジョルジオ・モロダー、それにモリコーネなんかもそのなかにいれてもらえたら、ね。

テッサには何かロール・モデルとなるような歌い手がいますか?

テッサ:ジョニ・ミッチェル、エリザベス・フレイザーそれにケイト・ブッシュはもうずっと好きだわ。

マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの新作はどう思いましたか?

テッサ:すごく好きだよ。前作につづいて素晴らしいよね!

interview with Vampire Weekend - ele-king


Vampire Weekend
Modern Vampires of the City

XL / ホステス

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 1曲ごとにわあっと歓声があがる。「アレだ!」という高揚がある。今年2月、〈ホステス・クラブ・ウィークエンダー〉でのショウを眺めていて、『ヴァンパイア・ウィークエンド(吸血鬼大集合!)』はよく聴かれた作品なのだなあと、しみじみと感じた。「ヨウガクの共通体験」なんていうものがますます希薄になる昨今、彼らのようなちょっとややこしい音楽が多くのリスナーにしっくりと受け止められている様子には、やっぱり胸が熱くなる。

 ヴァンパイア・ウィークエンドは本当に素晴らしい。ちゃんとマジでドキドキ、ワクワクがある。ヒリヒリもある。アルバム一枚のなかに、走り、歌い、高揚し、泣き、切なくなって、飛び跳ね、愛し、虚無的になって、笑って、というようなことがひと揃い収まっている。この種のことは嘘っぽかったり安っぽかったりするとすぐに見破られてしまうから、エズラという人はよっぽど並み外れて広いエモーションの幅を持っているに違いない。並み外れて感じ、そして並み外れてそれをうまく音楽に変える。彼らのアフロ・ビートは輸入物ではない。いまそこで、彼らがありありと感じている生きた感情そのものだ。

 くだらないティーンの日常などはのぞきたくないという人も安心してほしい。ポロを着て、ちょっといい大学に通う、ソフトにやんちゃな若者たち......ミドル・クラスの余裕と、その日常への軽やかな批評を漂わせながら、アフロ・ポップに新鮮な血液を送り込んだ彼らは、同じ理由のために揶揄もされたとはいえ、それを跳ね返しておつりが戻るほどクレバーなインディ・ロック・バンドである。デヴィッド・バーンの系譜に数えることもできるだろうが、アフリカン・ミュージック原理主義に陥ることなく、あくまで彼らのリアリティを発火させているところが素晴らしいのだ。だからヴァンパイア・ウィークエンドは、2008年のデビュー作からこのサード・アルバムまでのあいだに、「地元のヒーロー」からワールド・クラスのポップ・アーティストへとステージを上げた。彼らのドキドキ、ワクワク、ヒリヒリには、とくに私小説的な湿り気もドラマも説教もないけれども、はっきりと同じ時代の空気を吸っている人間の心の躍動が感じられる。そして、世代を超えてさまざまな人々にリーチできる音楽的な強度がある。

 2008年。彼らは明るく、天使のように自由で、歴史性に足を絡めとられなどしないように見えた。そして彼らのうしろには、そうした空気を自然に吸うことのできる世代がジャンルを問わず登場してきている気配を感じた。表現ということに対して、何か無限のメタ認識と自己弁明を強いられるような90年代後半~2000年代初頭の息苦しさから突如解放され、あけすけに武装解除をはじめた才能たちを、筆者はとてもまばゆい思いで見つめていたのを覚えている。音は違えど、たとえばチルウェイヴのアルカイックな微笑みがぽつぽつと見えはじめてきたのもこの時期だ。だからこのバンドには万感の思いがあったのだが、ごく短い時間でのインタヴューで、なかなかうまく奥へと踏み込めなかったのは少々心残りだった。

 けれど、ややストレートなロック・アルバムになった印象のこの3枚め『モダン・ヴァンパイアズ・オブ・ザ・シティ』にも、やっぱり説得されてしまう。エズラが声を裏返すとき、途方もない力でわれわれのなかにメロディを押し込んでくるとき、ロスタムのシンセがまさに彼らでしかありえないフィーリングを鳴らすとき、筆者は2008年という初心に返る。ノスタルジーではない。何度でもやり直して前に進むための新しい原点、「モダン・ヴァンパイアズ」たちの「モダン」なマナーである。

僕らは、トライバルなサウンドというものは意識して避けていた。ただ、抽象的なリズムを採り入れるということは好きだったよ。(エズラ)

新しいアルバムは、(このインタヴュー収録時点の2月では)まだ4曲しか聴けていないのですが、ひとつの変化としてリズムを挙げることができるのではないかと思います。アフロ・ポップのエッセンスは残りながらも、かなりストレートな8ビートが聴けますね。こうしたストレートめなロックのアイディアはどのようなところから生まれてきたのでしょう?

ロスタム:よりストレートなリズムを打ち出すというのは目標ではあったかな。でもそれと同時にユニークなものも作りたかった。シンプルだけどいろんな要素を取り込んでおもしろくしていきたかったんだ。"ドント・ライ"って曲に関してはほんとにロックっぽいものを考えていたんだよね。でもキック・ドラムで16ノーツ、これを繰り返すことでロックだけどアン・ロックなものにできたと思うよ。ちょっとヒップホップ調の、ドラム・マシンで出すような音を目指してみたんだ。今回のアルバム全体が目指したのは、オーガニックな音、だけれどもユニークなもの、ってところかな。

そもそもダーティ・プロジェクターズとかアニマル・コレクティヴとか、ギャング・ギャング・ダンスとか、あなたがたのファースト・アルバムが出た2008年当時はニューヨークの多くのバンドが、ファッションやリズムにおいてもトライバリズムというものを志向していました。そうしたムードをどのように見ていましたか?

エズラ:僕らは、トライバルなサウンドというものは意識して避けていた。ただ、抽象的なリズムを採り入れるということは好きだったよ。なぜ、こうしたバンドたちが同時に同じような音を出しはじめたのかということはわからないけれど、いま自分たちにとって新鮮に感じられるものは、当時の彼らが感じていたものとは違うだろうね。

ヴァンパイア・ウィークエンドのアフロ・ポップって、たとえばカリンバをフィーチャーするとか、現地でフィールド・レコーディングをしたりとか、民俗衣装を着けたりってことをしなかったところが素晴らしくもあると思うんですね。ラルフ・ローレンを着て、世界の中心たるニューヨークで、軽やかにアフロのリズムをはじき出した......そこにわれわれはしびれたわけです。こういうスタイルの選択は何か意識的なものがあったのではないかと思うのですが、どうですか?

エズラ:うん。プランはつねに立ててるんだ。けれどそれが意識的である場合もあれば無意識である場合もある。ミュージシャンとして、アーティストとして、自分が惹かれるものに対して素直にそれを取り入れていくべきだと思っているよ。ステージの上でいろんな格好をするっていうのは、それに惹かれているってことだから、そういう人たちはそれでいいんじゃないかな。

なるほど、ファッションって点で気になるものもあるんですか?

ロスタム:ジュンヤワタナベが好きだよ。僕らが作る曲と、彼の服には何か共通したものを感じるな。アフリカン・ビートだったり60年代ポップスだったり、クラシックだったり、僕らは既存の音楽に共感して取り入れているんだ。ジュンヤワタナベの服も、そうした過去のもの、伝統的なものに共感して作られているという感じがするな。

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キック・ドラムで16ノーツ、これを繰り返すことでロックだけどアン・ロックなものにできたと思うよ。今回のアルバム全体が目指したのは、オーガニックな音、だけれどもユニークなもの、ってところかな。(ロスタム)


Vampire Weekend
Modern Vampires of the City

XL / ホステス

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かつてデビュー作がリリースされた頃の『ガーディアン』なんかを読みますと、みなさんのことは「ローカル・ヒーロー」というふうに呼んでいるんですけど、一昨日のライヴ(ホステス・クラブ・ウィークエンダー)を拝見して思ったのは、大きいバンドになったんだなということなんです。ヒット・ナンバーを中心にステージ構成をしていくような、メジャーなバンドになったんだなと。この数年で、自分たちが引き受けるべき役割への意識に変化はありましたか?

エズラ:最初はかなり高いゴールを設定していたんだ。キャッチーでありながらも深さがあって、より複雑な構成で、というような曲をね。いま自分たちの音楽が世界やシーンのなかのどのあたりに当てはまるのかということを答えるのは難しいけど、自分たちが作った曲が人々に届いて、人々とたしかにつながっているということは感じているよ。自分たちの存在をあらためて確認できている、という感じかな。

ヴァンパイア・ウィークエンドのサウンド・イメージにおいて、ロスタムさんのキーボードの音色が生んでいるユーフォリックなムードはとっても大きな役割を果たしていると思います。たとえば"Aパンク"とか、"オックスフォード・コマ"とか。あの音はもともとあなたのなかにあったものなのですか? それともバンドをやる上で試行錯誤して生まれてきたものなんでしょうか?

ロスタム:大学でクラシックを学んでいたんだけれど、自分の奏でるハーモニーが曲全体に与えるパワーっていうものに魅力を感じていて。弾き語りでもなんでも、そうしたパワーにはつねに意識を置いているよ。

ここのところ80年代風のシンセ・ポップなんかがすごく流行しましたけど、そういう一種通俗的な、ギラギラとした音ではなくて、もっとあたたかくてクリーンで、どことなく新しい感じがする音だと思うんですね。もうちょっと音作りについて教えてもらえませんか?

ロスタム:空間をあけることを意識してるよ。スペース。最小限のもので曲を作るということを意識しているんだ。ただ、そのぶんどの楽器をどのように演奏するかということが重要になってくる。同じメロディ、同じ部分をいろんなパターンで作ってみて、みんなに聴いてもらうんだ。実験することが好きだし、自分がやっていなかったことに挑戦するのも好きだから、"Aパンク"だって、ああいう音はあの時点ではじめてだったんだよ。スペースの話に戻ると、キーボードが抜けてギターが入ってくるときに低音にスペースが生まれるんだ。そこにベースとドラムが入る。そんなふうに作っているんだよね。メロディがどうやってできるかというと、まずは即興、それを聴き直してどんどん形を整えていく、その繰り返しだよ。そのときも考えながらバランスをとっているんだ。

何か別のインタヴューを読んでいて、エズラさんが次の作品は「darker & more organic」になるというようなことを話されていたと思うんですが、「darker」ってどのようなことを指しているんでしょう?

エズラ:今回のアルバムは全体的に同じだけの緊張感を保つようにしたんだ。メジャー・キーの曲が多いにもかかわらず、なんとなく霧が漂うように暗い感じ。それはハーモニーでもメロディでも歌詞でもいっしょなんだけど、僕がダークだと思っているのはそういう緊張感のことだよ。オーガニックということに関しては、部屋のなかでドラムを鳴らすことだね。ウッディな感じ。すべての曲、すべての楽器に、ウッディさを持たせたかった。呼吸をしているような感じというのかな。

なるほど。"フィンガー・バック"なんかは、あなたがたのルーツにファンクもあるんだなってことがストレートに出ている曲かと思いますが、こういうようなアイディアや傾向には、プロデューサーのアリエルさんが関係してたりもするのでしょうか?

ロスタム:メロディや歌詞をエズラが考えて、それに対して僕がドラムを加えていったんだ。50'sロック、ファンク、アフリカン、そのあたりは意識したけど、アリエルとの作業をはじめたときにはリズムはできあがっていたんだ。そこからどのようなドラムのサウンドを曲に反映させていくか。その時点でアリエルの意見は反映させたんだけどね。リズムは僕らのなかにあったものだよ。

本日スタート、東京公演は10日! - ele-king

 ついに全貌を現したぞ、マーク・マグワイヤ2.0!! エメラルズ脱退後初となる新譜リリース&来日という嬉しい情報は、いったいこの敷島の大和の電脳空間をくまなく駆け巡っているのであろうか? 「マーク・マグワイヤ・ジャパン・ツアー2013」は本日5/8(水)、名古屋からスタート。東京公演は10日(金)となる。
 「前回観たしねー」「GWでおこづかい使っちゃったしねー」と躊躇している方にお教えしたいのは、来月発売の新譜の内容だ。東洋趣味のニューエイジ・スタイルからはじまる冒頭1曲だけで、彼におとずれているポジティヴな変化を感じ取ることができるだろう。これまでのソロとはあきらかに違う。よりクリアに、よりドリーミーに、リズム志向に、手も引き出しも広がった印象だ。ピアノまで鳴っている。そして時折、「ああ、マグワイアだ! 久しぶり!」とも言いたいようなマグワイア節が顔をのぞかせる。ストイシズムを遠く置き去りにしたギター・アンビエンスの桃源郷。この感じをライヴでやってくれるだろうか? そうだとすればこれまでの来日を観てきた方にも絶対に損はない。

さて、5.10(金)のUNIT公演は読者の皆様から3名様をご招待! 本記事掲載後にele-kingアカウントよりツイートされる該当記事をRTしてくださった方を対象として、抽選させていただきます!

■チケット・プレゼント応募方法
ele-kingのtwitterアカウントをフォロー後、当該ツイート(【マーク・マグワイヤ来日情報】ではじまります)をRTしてください。
締切は5/9。
当選者の方には5/9(木)24:00までにアカウントへDMを差し上げますのでご注意ください。当日はゲストとしてお入りいただくかたちとなります。

■作品情報
発売日:2013年6月13日
品番:YAIP-6027
アーティスト:Mark McGuire (マーク・マグワイヤ)
タイトル:Along The Way(アロング・ザ・ウェイ)
定価:¥2,300 (税込)
バーコード:4532813530277
フォーマット:国内盤CD
レーベル:Yacca / Inpartmaint Inc.
ジャンル: Electronic / Indie-Rock
商品情報:https://www.inpartmaint.com/#/post-4428
*日本先行発売

次世代エレクトロニック・ミュージック・シーンをリードする若きアメリカ人ギターヒーロー、Mark McGuire(マーク・マグワイヤ)のニューアルバムが日本先行リリース決定! 個人の精神的発展をベースにした「旅」の物語を繰り広げる壮大なスピリチャル・ドリーム・ポップ!!

USアンダーグランドのアナログ・シンセ・リヴァイヴァルの代表各バンド・エメラルズのギタリストとしての活動と平行し、カセットテープ等も含む数多くのソロ作品を発表してきたアメリカ人ミュージシャン、マーク・マグワイヤ。2012年末にエメラルズを脱退し(その直後、スティーブ・ハウシルトもバンドを脱退し、エメラルズは解散。)、現在はソロとして活動を続けている彼が、各方面から高い評価を受け、ソロとしての人気を確立した前作「Get Lost」(2011年 / Editions Mego)から2年ぶりとなる新作「Along The Way」を完成させた。

本アルバムの制作は、エメラルズのラストアルバムとなった「Just Feel Anything」制作後の、2012年8月から2013年2月の間に行われた。このアルバムは、複数のコンポジションから成る4つパートによって構成され、個人の精神的・心理的な発展をベースにした壮大な「旅」の物語として展開されていく。この旅の物語にはマーク本人の成長の過程で起こった様々な経験からの心理描写が反映されている。

本アルバムでは、これまでのソロ作品で主に用いられてきたギターとエレクトロニクスに加え、ピアノ、シンセ、ドラムマシーン、パーカッション、サントゥール、マンドリン等の数多くの楽器が導入されており、さらにマーク本人の歌声やトーキングボックスを使用したボーカルもより前面に押し出された内容となっている。アシュラ~マニュアル・ゲッチング等のクラウトロックとミニマリズムを融合させたギター・アンビエントと前途の様々な楽器やボーカルによる多彩なサウンドアプローチには、これまで以上にソング・オリエンテッドな要素が含まれており、アンビエントやテン年代クラウトロックと称されたサウンドから大きなスケールアップを遂げている。煌めくギターワーク、情熱的なリードギター、センチメンタルにやさしく響くボーカルや生楽器、ニューエイジ感溢れるドリーミーでコズミックなエレクトロニクスのアレンジメントが渾然一体となった、非常にエモーショナルで豊かな音楽性を包含するエレクトロニック・ポップ・サウンドは、マグワイヤの新たなチャプターの始まりを象徴する重要な1枚となるだろう。


■公演情報
Mark McGuire Japan Tour 2013
special guest: Ken Seeno (ex. Ponytail)

5.8(水)名古屋 TOKUZO
5.9(木)大阪 CONPASS
5.10(金)東京 UNIT
5.11(土)新潟 正福寺
5.16(木)広島 ヲルガン座 (*Ken Seenoは出演致しません)
5.17(金)香川 ノイズ喫茶iL (*Ken Seenoは出演致しません)
5.18 (土) 京都 THE STAR FESTIVAL 2013 (*Ken Seenoは出演致しません)

詳細 ⇒ https://www.inpartmaint.com/markmcgure2013/

 

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