
『映画:フィッシュマンズ』がいよいよ上映される。映画ではバンドの歴史が語られ、ところどころその内面への入口が用意され、そして佐藤伸治についてみんなが喋っている。3時間ちかくもある長編だが、その長さは感じない。編集が作り出すリズム感が音楽と噛み合っているのである種の心地よさがあるし、レアな映像も多かったように思う。また、物語の合間合間にはなにか重要なひと言が挟み込まれていたりする。要するに、画面から目が離せないのだ。
フィッシュマンズは、佐藤伸治がいたときからそうだが、自分たちの作品を自己解説するバンドではなかった。したがって作品解釈には自由があるものの、いまだ謎めいてもいる。レゲエやロックステディだけをやっていたバンドではないし、なによりも世田谷三部作と呼ばれる問題の3枚を作ってしまったバンドだ。いったいあれは……あれは……佐藤伸治があれで言いたかったことは何だったのだろうか。だから膨大な取材によって作られたこの映画は、解釈に関してのヒントにもなるわけだが、まあしかし、まさかフィッシュマンズの映画が観れることになろうとは思いもよらなかったわけで、そのこと自体考えてみればすごいことです。しかも、現時点ですでに28都道府県36館での上映が決まっている。これはもう、快挙としか言いようがない。作ったほうも上映するほうも。
それにしても、何故いまこの映画が生まれたのだろう。『映画:フィッシュマンズ』は何を意図して、どんな思いをもって作られたのだろう。映画をプロデュースした坂井利帆氏、監督を務めた手嶋悠貴氏が話してくれた。取材をしたのは3月30日。まだ春先で、上映館も都内ぐらいしか決まっていなかった。フィッシュマンズを求める声や熱気が全国からふつふつと湧きはじめる、まだ数ヶ月も前のことである。
ぼくが知りたいことは、もしかするとフィッシュマンズを聴く多くの人たち、これからフィッシュマンズに出会うたくさんの人たちが知りたいことじゃないかなと。リアルタイムで体感できなかった世代としては、どうやってあの途轍もない音楽が生まれたのかを知りたいという欲求があったんだと思います。
■どのようにこのプロジェクトがはじまったのか、ことのはじまりから教えてください。
手嶋:2018年の夏頃に坂井さんと、一緒のプロジェクトをやっていたんです。そのときに「フィッシュマンズってご存じですか?」って訊かれて、「知ってますけど、どうしたんですか?」って答えたら、フィッシュマンズで映画をつくりたいんですけど……ってボソッと言われて。「ぜひやりましょう!」と伝えたんです。それがはじまりですね。
■坂井さんが言いだしっぺだったんですか?
手嶋:そうですね。最初は冗談かなって思ったけど(笑)
■おふたりはそれ以前からお仕事をされていたんですね。
坂井:はい。もう10年くらいです。私は主に日本で撮影した映像を国内や海外メディア向けに発信する映像制作をしていまして、以前勤めていた会社のプロジェクトで何度もご一緒していたので、監督のお人柄と映像制作の腕は存じあげてましたね。
2018年の春くらいにフィッシュマンズの映画を作りたいと、本作の企画を思いつきました。口に出すと実現に近づいて夢って叶うんだよっていう話があるように、「私フィッシュマンズの映画を作りたいんだよね」って周りに言いはじめたのがこの頃です。そしたらたくさんのクリエイターの方が、みんなやりたいっておっしゃってくださるなかで、手嶋さんが「ぜひやりましょう」って言ってくださった。フィッシュマンズは私にとって宝物なので、宝物をさらけ出してお預けできる人柄と映像制作の力があるとても信頼できる方でしたし、実際に、映画を実現するための具体的なご提案をいろいろとしていただきました。クラウドファンディングも手嶋さんのご提案でした。そこからは毎日のようにお電話したり、いろいろ相談しています、いまだに(笑)。
■3時間という長さを感じさせない出来というか。ぼくは2回観たんですけど、わりとあっという間の感覚で、それは監督さんの編集力のなせる業なんだろうなと思いました。
手嶋:ありがとうございます。僕ひとりの力ではないですけど(笑)。
■坂井さんに訊くんですけど、なんで2018年にフィッシュマンズの映画を作ろうと思ったんですか?
坂井:(笑)。そうですよね。91年からフィッシュマンズのファンだったんです。デビュー当時から大好きだったんですよ。もちろん聴かない時期もありましたが、いろいろなときを経て客観的にフィッシュマンズを見たときに、佐藤さんが亡くなられてからも変化し続けている様子やライジング・サンで何万人の観客の前でクロージング・アクトを務めていたりとか、夢のような世界が2018年には広がっていて。
■佐藤さんが亡くなって、最初のライヴをSHIBUYA-AXでやったときに公園通り沿いに若い子たちが「チケット譲って下さい」というプラカードを持っている光景を見て、フィッシュマンズってこんなに人気あったんだって(笑)。
坂井:そうなんですよ。クアトロがいっぱいにならないような時代を見ていたので、どんな社会現象が起きているんだろうっていう興味がまずありましたね。しかも、主にソングライティングをされていた佐藤さんが亡くなられて、フロントマンを失くして人気が出るってどういうこと? っていうところからフィッシュマンズのストーリーを感じたんです。
タイミングとしては、自分のキャリアの過渡期とも重なっていて、映画会社に勤めた経験も経たことで映画という作品コンテンツを表現の場としてすごくビュアで魅力的に感じました。ずっと残っていくものなので。このような経緯で自主映画を作ってみたいと思ったときに、対象となるものは自分の揺るぎない情熱を傾けられるものじゃないといけないと人から言われて。それを自分にとってはなんだろう? と考えたときに、自分にはフィッシュマンズしかなかったんです。
■2018年っていう時間は坂井さんのなかでのタイミングだったんですね。
坂井:はい。それを思って、茂木さんにご相談をしたときにちょうど2019年の闘魂2019のライヴを計画されていたんです。茂木さんも佐藤さんが亡くなられて20年の節目のライヴを撮影し、残しておきたいというお気持ちがあって。思いが重なったのが2018年の春だった。それから、茂木さんに手嶋さんを紹介したのが夏ですね。そして、どうすればいまの時代に自主映画を実現できるかを考え「クラウドファンディング」を通じてファンの方たちにお力添えをいただくことにしたのです。
■手嶋さんはその話を受けてお返事されたということなんですけど、フィッシュマンズのことは?
手嶋:もちろん知ってました。けど、深くは知らなかったですね。ただ、不思議なバンドという印象を持っていました。フィッシュマンズの音楽は良く聴いていたけど、深く掘り下げるというところまではしていなかったですね。何か触れてはいけないような感覚がずっと無意識に働いていたので。
■映画の話を引き受けようと思った理由は?
手嶋:直感です。でも坂井さんから映画の話を受けた後、2週間ぐらいその話題がなくて(笑)。坂井さんに「フィッシュマンズの件どうなりましたか?」って訊いたら、「本当にやってくれるんですか?」って言われて(笑)「本気ですよ」って言った記憶があります(笑)。僕のなかでは、何が起こるかわからないけど絶対やるべきだと。直感で確信していましたので。
■そこからフィッシュマンズについてリサーチをはじめるわけですよね。どうでしたか? 手嶋さんのなかでフィッシュマンズというバンドは。もちろんそれは映画で表現していると言ったらそれまでなんですけど。
手嶋:2018年の7月に話をもらって、撮影がはじまるのは2019年の2月なんですけど、2018年の12月くらいまでは、ひたすらフィッシュマンズについて調べていました。自分で一冊の本を作っちゃうくらい。世に出てる書籍や残っている映像を片っぱしに集めて。もちろん、楽曲も毎日聴いて。でも、調べれば調べるほど、フィッシュマンズのことがわからなくなったんですね。しかも佐藤さん、取材とかで本当のこと言わないじゃないですか。いつも嘘をつくというか(笑)。譲さんに聞いて後で知ったんですけど、取材とかで本当のことを話そうとすると佐藤さんから止められたって(笑)、本当のこと言っても面白くないからと(笑)。
フィッシュマンズの楽曲を聴くとそこに流れている空気や風景が何となく「わかる!」という感覚は、彼らの音楽を聴いたことのある人だと理解してくれると思うのですが、フィッシュマンズを映画で表現する立場としては、それだと何も掴みどころがなくて不安になるというか。本当は掴む必要もないんでしょうけど……、ただ、僕はどうしても知りたかった。あの途轍もない音楽と佐藤伸治の歌詞の世界はどうやって生まれたのかを。だから2018年の12月時点では、映画のタイトルを『フィッシュマンズのすべて』と勝手に付けました。
ぼくが知りたいことは、もしかするとフィッシュマンズを聴く多くの人たち、これからフィッシュマンズに出会うたくさんの人たちが知りたいことじゃないかなと。リアルタイムで体感できなかった世代としては、どうやってあの途轍もない音楽が生まれたのかを知りたいという欲求があったんだと思います。
だから、知れば知るほどわからなくなったフィッシュマンズを探しにいくような撮影でしたね。なのでインタヴューは時系列通りにおこないました。例えば茂木さんに明学での出会いからデビューまでの話を訊いたら、そこで出た言葉たちを次は譲さんに訊く。そして譲さんから出た言葉を茂木さんの言葉と合わせて、ハカセさん、小嶋さんにも訊く。もちろん、同じ質問も訊いていきます。そうすることで、各個人が持っている当時のさまざまな風景が見えてくるんです。そのようなやり方で繰り返し繰り返しおこなって、どんどん現在に向かっていくという感じ。インタヴューは1対1なのですが、編集するとあたかも彼らが会話しているような。そのような狙いで撮影をおこなっていました。気づくと撮影期間は1年もかかってしまいましたけど(笑)。
■その取材時間が相当かかったんですね。1〜2回ではなくて、その都度その都度。
手嶋:茂木さんをはじめ他のメンバーの皆さん、出演者の方々も相当大変だったと思います(笑)。下手すると朝の10時くらいから夜の22時まで、ずっと、質問攻めにされるわけですから。
坂井:思い出の地とかに閉じ込められてね。
■しかもその膨大な撮影から実際に使われるカットってものすごい限られているわけで……大変だったんでしょうね、編集も。
手嶋:ぼくひとりの力だとできなかったですね。
坂井:いまは3時間に収まってますが、その前までは5〜6時間あったんですよ。
手嶋:まずは撮影したインタヴューをすべて文字に起こしてもらったんです。それを構成の和田くんに時系列で並べて欲しいってお願いをしました。和田くんはすでに僕がやりたいことを理解してくれていましたので、かなり助かりました。そして和田くんが纏めてきた言葉たちを編集の大川さんがタイムラインに並べてくれました。それが7〜8時間ぐらいだった記憶があります(笑)。和田くんと大川さんが作業しているあいだ僕は膨大な過去映像をひたすら観て、入れるべき映像を探していました。
坂井:ここで佐藤さんがこういうMC喋ってるとかね。
手嶋:大まかに編集の下準備ができたところで、僕と大川さんで編集作業に入りました。たしか2020年の5月頃だったと思います。初めは7〜8時間あったものを5時間にして、3時間にして、また4時間に戻ってっていうのをひたすら、ふたりでやり続けましたね。ある程度、形になったと思ったら和田くんに確認してもらい、構成の話やアイデアを出し合っていく。そこからまた大川さんと作業して。それをひたすらずっと繰り返して、ようやくできたと思った後に、どうしても僕が入れたい言葉たちがあって、粘りに粘り最終的に編集が終わったのが今年の1月後半でした。
■けっこうぎりぎりだったんですね。
手嶋:けっこうぎりぎりでした。ぎりぎりまでやってましたね。
坂井:ありえないぐらいの仕事量でしたよね。頼んだ私が申し訳なくなるぐらいの仕事量で。とにかく、本当に真摯に作品に向かい合ってくださいました。
手嶋:ぼく、2回も倒れているので。
■え?
手嶋:ひたすらフィッシュマンズと向かいあってたら、編集しながら頭がおかしくなってきたりして。どんなに向き合っても正しい答えなんてないじゃないですか。でも、クラウドファンディングでファンの方から頂いたチャンスでもありますし、茂木さんとも「これが最初で最後。嘘偽りなく、フィッシュマンズのすべてを話す」という約束をしていましたので、みなさんに対しても自分に対しても絶対に後悔させる形にはしたくないというか。
そのなかで、プロデューサーの坂井さんから尺は2時間くらいで収めないと上映回数の問題も出てくるので、せめて2時間半尺でお願いしますと。これは当然のご意見なんですけど、2時間半にまとまるわけがないっていうのがぼくの思いで。勝手にいろいろ追い込まれていましたね。当時は(笑)。
坂井:そこは本当に難しい課題でした。とても大きな課題でしたね。
■2時間でまとめられなかった理由はなんでしょう?
手嶋:撮影で茂木さん含めてみなさんからいただいた本当の言葉たちを2時間で収められる自信がぼくにはなかった。誤魔化して、ちょっとおもしろい感じにまとめた2時間の映画にしちゃうと絶対にフィッシュマンズを裏切ってしまう。勝手にぼくが責任を感じているだけかもしれないんですけど、誤魔化してはいけないという思いが強かったんだと思います。それで、2本立てにしてはどうだろうかとかいろいろ考えたりもしたんですけど(笑)、それもなんか違うかなと。で、坂井さんに「ごめん。もう2時間無理! なんとか3時間でいけないかな?」って相談をして。
■なるほど。そぎ落として、編集して、そのぎりぎりが3時間になったと。
坂井:ぎりぎりまで200分(3時間20分)でしたもん。もう、頼むよって(笑)。ようやく3時間に収まったのは、昨年の12月くらいです。映画の興行を考えると3時間以上というのは非常に難しいということもあるのですが、それよりも元々、フィッシュマンズの映画を作るという話を茂木さんとしたときに、いまは海外でもフィッシュマンズが注目されているので、映像というコンテンツにして英語に翻訳をすることで、新しい人たちにフィッシュマンズを届けることができるのではないかと話していたのです。映画という映像作品にすることで、広げられることが絶対あると思っていたし。元々そういう思いを持ってはじめたプロジェクトだったので、尺が3時間以上になるという話をもらったときにはすごく悩みました。自分が海外の全然知らないバンドの3時間ドキュメンタリーを観るというのは、すごくハードルが上がってしまうので。
でも、手嶋さんも編集の大川さんも、真摯に映像素材と向き合って3時間の尺がないと伝えきれないとおっしゃっていたので。お二人がそこまで仰いているものを、決まった枠(尺)に当てはめようとすると、よい結果にならないことは明確でした。誠実に向きあっているからこそナレーションを入れて省略すようなことはいっさいしないというのは最初から監督がこだわっていましたし。だから、もう私は黙るしかないと(笑)。最後は納得しました。それでも3時間は切って欲しいうところは最後にお願いしましたけど。
■ナレーションを使わなかったのでなんでなんですか?
手嶋:ぼくが単純に嫌いだから。作為的なものに感じてしまう。仕事ではよく使いますけど、ナレーションを使うとまとめるのがすごく早い。ただそうするとすごく作為的になって、コントロールしちゃう。コントロールしちゃうと、今回フィッシュマンズをはじめた最初のコンセプトから逸脱してしまうというか。主役は彼らなので。もちろん佐藤伸治という絶対的な存在がいるんですけど、そこに第三者の声を入れると完全にフィクションになってしまうのでそれは絶対にやりたくないなって頑なに決めてた。
坂井:ナレーション抜きで90分に収める、そしてすべてを語り尽くすっていのは物理的に無理ですよねって。
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調べれば調べるほど、フィッシュマンズのことがわからなくなったんですね。しかも佐藤さん、取材とかで本当のこと言わないじゃないですか。いつも嘘をつくというか(笑)。譲さんに聞いて後で知ったんですけど、取材とかで本当のことを話そうとすると佐藤さんから止められたって(笑)。
■フィッシュマンズの描き方って時代背景もあるし、いろんな描き方があると思うんですけど、今回はバンドのインサイドストーリーに徹していますよね。それはまずは監督ご自身がバンドのことを知りたいと思ったというのがモチベーションだったということですが。
手嶋:そうですね。あとは10年後20年後にフィッシュマンズを知った人たちがフィッシュマンズのメンバーたちはどういう人たちだったんだろうか、あの途轍もない音楽はどうやって生まれたのだろうか、ってことをピュアな気持ちで掴めるヒントになればと。残すべき音楽ですし、ぼくら世代よりもまだ先の世代の方々にも聴いて欲しい音楽ですので。
■例えばフィッシュマンズは90年代のバンドだし、90年代の東京の風景を出すという手もあったと思うんです。いろんな事件もあったし、そういうことをやらなかったのはなにか理由があってですか?
手嶋:最初から頭になかったですね。ぼく自身も90年代を生きてた人間ですけど。今回はフィッシュマンズという人たち、彼らの音楽を描くことだけに集中したかったんです。インタヴューを重ねながら気づいたのですが、みなさん佐藤さんのことを探していて。こちらから敢えて質問しなくても佐藤さんの話をしてくださるんですよね。僕も佐藤伸治をずっと探し続けてました。でも、それは言葉に出して大きく言えない空気というか、ムードというか。だから佐藤さんをみんなで見つける映画でもありつつ、同時に彼らがどのように音楽を作ってきたかっていうことを描けば、90年代の風景も自ずと見えてくるんじゃないかなと思いました。フィッシュマンズの音楽のようにこちらもストイックにやらないと。茂木さんにも「遠慮しないで、やりたいようにやっていいんだよ、フィッシュマンズはそんなに綺麗なバンドじゃないんだから、手嶋くんが思うようにやってくれたら」って背中を押されたのも心強かったですね。
■なるほど。佐藤伸治がどんな人間だったのかが浮かび上がるような作品になっているのかなと思います。彼のニヒリスティックなところも垣間見れるとぼくは思ったし、よしもとよしとも君は青春映画として観ることもできるみたいなことを言ってましたけどね。
坂井:嬉しいですね!
手嶋:そういう見方もあるんですね。
■バンドのひとつの青春。それはひとつの見方としてまっとうな見方ですよね。大学生のサークルのなかで生まれたバンドが世のなかに揉まれていってっていう成長物語じゃないですけど、そういう要素がありますよね。
坂井:それはすごく嬉しいです。観る人たちがいろいろと感じて欲しいですからね。こういうものっていうことをこちら側から発する作品であるべきではないと思っているので。
■ぼく個人としては、『空中キャンプ』以前の映像を観れたのがすごく嬉しかったですね。観たことなかったから。
坂井:“MY LIFE”とかすごくないですか?
■ところどころにああいう貴重な映像がありますね。ただもっとも驚いたのは、欣ちゃんが高校生じゃないかくらいに見た目が若かったっていうことですけどね(笑)。
坂井:本当に(笑)。
■それに佐藤伸治のノートが出てくる場面も良かった。とくに、「わかりづらいことをわかりやすくする」という言葉がさりげなく出てくる。手嶋監督さんの意図としてはどういう風に物語を見せようと思われたんですか?
手嶋:“ゆらめき IN THE AIR”を最後に使うことだけは決めていました。あとは、フィッシュマンズが結成から現在に至るまでどのように歩んできたのかという軸と、佐藤伸治はどういう人間だったのかという軸を融合させるかだけ考えていました。佐藤さんも言っていましたけど、「10年後20年後も聴ける音楽を俺はやっているつもりだ」って。実際に10年後20年後も聞ける音楽の力。それに目を背ける事なく映像で紡いでいけば、必然とフィッシュマンズの映画になるんじゃないかと。だから、作為的に何かやってやろうというよりは、とことんフィッシュマンズと向きあっていくことだけをやってきたという印象です。
■もしぼくが作るとしたら『空中キャンプ』を特別視したろうから。『空中キャンプ』の曲をもっとかけて欲しいと思ってしまうくらいだから(笑)。
坂井:“BABY BLUE”とかはちょびっとだからね。あれじゃ物足りないわけですよね(笑)。
■そう! あれはもっと聴きたかった(笑)。
坂井:“BABY BLUE”は名曲ですからね……。
■あれはファンが一番好きな曲のひとつだから!
坂井:(笑)。スタッフみんながそれぞれに思い入れのある曲を持っているので、「“ずっと前”は入らないんですか?」とか、編集途中でスタッフに訊かれることもありました。それぞれみんなが思い入れがあるから。それを受け止める監督は大変だったと思います。
■ファンの思い入れの強いバンドだから、それは大変ですよ。だけどぼくは“Long Season”のところで奥多摩にロケに行ったところは感動しまたよ。あのシーンはクライマックスとしてあまりにもよくできすぎてるというか。
坂井:雨降ってね(笑)。
■しかも、橋が壊れてて雨降ってて。
手嶋:あれは本当に皆さんにご迷惑をおかけしたというか。
坂井:譲さんと奥多摩に行くっていう日の前日に台風あったんです。地元の役場の方に、濁流がすごいので撮影なんかできませんと言われてしまって。それで撮影を1ヶ月伸ばしたんです。満を持して望んだ再撮影で、さらにまた雨ですっていう。でもやるしかない。譲さんも嫌がってました。「ぼくここ苦手なんだよね」と言いながら。撮影前にも、一回中止になっているし、濁流を心配するくらいなら「もう、代々木でいいじゃない?」とか、ご提案をいただいたりしたのですが。監督が奥多摩にこだわったんです。監督の狙いです。
■すごい(笑)。
手嶋:あれは自然とそういう流れになっただけですよ(笑)。単純に譲さんに重要なことを訊きたかったから、雨であろうが、あの場所に行って話をしてもらいたかった。まあ雨と寒さで無理させてしまう形になってしまいましたけど(笑)。でも、あの撮影が終わったあとに譲さんから「ここまでやってくれたから、ここまで喋れたし、1日〜2日で終わるようなものでもなく、しつこく何度も付き合ってくれたから、安心したよ、本当に感謝しかないよ」と言っていただけたのは、忘れられないですね。
■あのシーンはグッときましたね。また、奥多摩のシーンの映像の色味がすごく綺麗でした。『Long Season』のジャケットそっくりというか。
手嶋:あの場所を見つけるのがすごく大変でした。(マネージャーだった)植田(亜希子)さんも憶えてなくて。植田さんに「ここです!」と言われて、グーグルマップで見たら違ったんです。だから自分で探して、撮影日の朝早くに撮影部を連れて、豪雨のなか、ぼくが見つけていた場所をロケハンしたんです。それでやっとあの場所(※ジャケットに写っている場所)を見つけて撮影出来た。後から分かったんですけど、『LONG SEASON』の撮影で奥多摩に2回行ってるんですよフィッシュマンズ。1回目はジャケットの撮影で、もう1回はヴィデオ撮影で。もう昔のことなのでみなさん記憶が曖昧になるのは仕方ないですよね。
坂井:でも、ジャケットにも写っている同じあの岩がいまもあったのはすごいですよね。
■では最後に、もういちどあらためて訊きます。佐藤さんが亡くなってからさらにバンドの名前が大きくなった。これは映画を作らなければと思ったと。これは、もっと言うと、どういうことでしょうか? まだ知らない人たちに向けて、作らないといけないと思ったということ?
坂井:実際の佐藤さんのステージを観たことがない世代の人たちに知って欲しいという気持ちもありましたし、サブスクが浸透した現代で、海外に音が届いてる状況を客観的に見て、フィッシュマンズをより多くの方に発掘してもらうきっかけに、映画がなると思いました。
■フィッシュマンズをまだ知らない人たちにも、こういうバンドだったんだよと教えてあげたいと?
坂井:映画を作る上で恐怖というか心配はありました。最初の頃に茂木さんと植田さんに映画のご相談をしたときに、もしかしたら、いままで作り上げてきたものを壊してしまうかもしれないけど良いですか? と確認をしました。いままでおふたりが作りあげて、人気が出てきたものを壊してしまう可能性があるかもしれないけどいいですか? と訊いたんです。そこで言われたのが、「いいんだよ。フィッシュマンズは元々売れないバンドだったんだから、壊すものなんて何もないよ、そこには」と。これですごく気持ちが軽くなった。そこから、「よしっ作ろう!」って覚悟を決めたんです。
■なるほど。
坂井:フロントマンを失くしてもバンドを続けるのはよっぽどのことじゃないとやらないじゃないですか。それを茂木さんが実際にやられていて、さらにそれによってファンがすごく増えている。もちろんフェスが増えている等の背景もあるんですけど。それにしてもこの現象はいったい何なんだろう? きっとそこには何らかの理由があるだろうと。
■不思議ですよね。ぼくもこの前の闘魂に行って思ったんですけど、客層が若いんですよ。
坂井:そう!
■リアルタイム世代がもっといるのかと思ったら、若い子ばかりなんですよ。特殊ですよね。
坂井:わたしの記憶のなかのフィッシュマンズは知る人ぞ知るバンドというイメージのまま。ところが、先日この映画の試写会を開催した際に会場前に貼られたポスターを見て、20代くらいの、いまどきのおしゃれな女の子3人組が「あれぇ〜フィッシュマンズやってんだ〜」って話している現場を目撃しちゃったんです。とても驚いてしまって。
■それはすごい(笑)。
坂井:すばらしいことだと思ったんですけど、そこにあらためて不思議なものを感じました。もちろん茂木さんの思いとか、植田さんやメンバーの方の頑張りは絶対的にあるんですけが、それだけじゃない何かがあるんです。フィッシュマンズの音楽には。そしてきっといまの世のなかにも必要とされているものなんです。なので、この音楽の背景にあるストーリーを伝えたいし、映画を通じて伝えられることがあるじゃないかなぁと映画の可能性を楽しみにしています。映画をきっかけにさらに音楽に興味を持っていただけたら嬉しいですし。もちろん海外の人にも届けたいし。とにかくこのまま色褪せていくべき音楽ではない。
■けっきょく映画のタイトルを『映画:フィッシュマンズ』にしたのは変化球はいらないなっていうことですか?
手嶋:ぼくのわがままでそうさせてもらって。このタイトル以外、絶対にないという感じというか。茂木さんにもタイトルは「フィッシュマンズ」でいかせてもらいますってお伝えして、「わかった!」って(笑)。この映画は「フィッシュマンズ」です。
(3月30日、渋谷にて)

【あらすじ】
90年代の東京に、ただ純粋に音楽を追い求めた青年たちがいた。彼らの名前は、フィッシュマンズ。プライベートスタジオで制作された世田谷三部作、ライブ盤『98.12.28 男達の別れ』をはじめ、その作品は今も国内外で高く評価されている。
だが、その道のりは平坦ではなかった。セールスの不調。レコード会社移籍。相次ぐメンバー脱退。1999年、ボーカリスト佐藤伸治の突然の死……。
ひとり残された茂木欣一は、バンドを解散せずに佐藤の楽曲を鳴らし続ける道を選ぶ。その想いに仲間たちが共鳴し、活動再開。そして2019 年、佐藤が世を去ってから20年目の春、フィッシュマンズはある特別な覚悟を持ってステージへと向かう――。過去の映像と現在のライブ映像、佐藤が遺した言葉とメンバー・関係者の証言をつなぎ、デビュー30周年を迎えたフィッシュマンズの軌跡をたどる。
佐藤伸治 茂木欣一 小嶋謙介 柏原譲 HAKASE-SUN
HONZI 関口“dARTs”道生 木暮晋也 小宮山聖 ZAK
原田郁子(クラムボン) UA ハナレグミYO-KING(真心ブラザーズ) こだま和文
監督:手嶋悠貴 企画・製作:坂井利帆
配給:ACTV JAPAN/イハフィルムズ
2021/日本/カラー/16:9/5.1ch/172分
©2021 THE FISHMANS MOVIE
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7月9日(金)より全国公開
以下、現在上映が決まっている都道府県/劇場です。
| 都道府県 | 劇場名 | 公開日 |
|---|---|---|
| 東京 | 新宿バルト9 | 7月9日(金)公開 |
| 東京 | 渋谷シネクイント | 7月9日(金)公開 |
| 東京 | アップリンク吉祥寺 | 7月9日(金)公開 |
| 東京 | 池袋シネマ・ロサ | 7月9日(金)公開 |
| 東京 | T・ジョイPRINCE品川 | 7月9日(金)公開 |
| 神奈川 | 横浜ブルク13 | 7月9日(金)公開 |
| 千葉 | T・ジョイ蘇我 | 7月9日(金)公開 |
| 大阪 | 梅田ブルク7 | 7月9日(金)公開 |
| 京都 | T・ジョイ京都 | 7月9日(金)公開 |
| 京都 | アップリンク京都 | 7月9日(金)公開 |
| 福岡 | T・ジョイ博多 | 7月9日(金)公開 |
| 石川 | シネモンド | 7月10日(土)公開 |
| 愛知 | センチュリーシネマ | 7月16日(金)公開 |
| 宮城 | チネ・ラヴィータ | 7月16日(金)公開 |
| 鹿児島 | 鹿児島ミッテ10 | 7月16日(金)公開 |
| 大分 | 別府ブルーバード劇場 | 7月16日(金)公開 |
| 群馬 | シネマテークたかさき | 7月17日(土)公開 |
| 長野 | 上田映劇 | 7月17日(土)公開 |
| 富山 | ほとり座 | 7月17日(土)公開 |
| 広島 | サロンシネマ | 7月23日(金)公開 |
| 北海道 | サツゲキ | 7月23日(金)公開 |
| 福島 | フォーラム福島 | 7月23日(金)公開 |
| 山形 | フォーラム山形 | 7月23日(金)公開 |
| 沖縄 | 桜坂劇場 | 7月24日(土)公開 |
| 愛媛 | シネマルナティック | 7月24日(土)公開 |
| 大分 | 日田シネマテーク・リベルテ | 7月26日(月)公開 |
| 栃木 | 小山シネマロブレ | 7月30日(金)公開 |
| 熊本 | Denkikan | 7月30日(金)公開 |
| 佐賀 | シアターシエマ | 8月6日(金)公開 |
| 静岡 | 静岡シネ・ギャラリー | 8月14日(土)のみ上映 |
| 新潟 | シネ・ウインド | 8月14日(土)公開 |
| 栃木 | 宇都宮ヒカリ座 | 8月20日(金)公開 |
| 長崎 | 長崎セントラル劇場 | 8月27日(金)公開 |
| 東京 | 立川シネマシティ | 近日公開 |
| 岩手 | 盛岡ルミエール | 近日公開 |
| 宮崎 | 宮崎キネマ館 | 近日公開 |
【配給に関するお問い合わせ】
イハフィルムズ contact@ihafilms.com
【宣伝に関するお問い合わせ】
とこしえ info@tokoshie.co.jp














