「Low」と一致するもの

『ブリングリング』 - ele-king

大金持ちの子どもたち やりたい放題
大金持ちの子どもたち 偽物の友だちしかいない
本物の愛 求めているのは本物の愛
フランク・オーシャン“スーパー・リッチ・キッズ”

 そう、『ブリングリング』はそんな話だ。その歌が使われていても不思議ではない。甘やかされて育ち、ぼんやりとした孤独と退屈があり、生活に困っているわけではなくて、そしてセレブリティの家に侵入して服や宝石を強盗する、そんな子どもたちがいたとして彼/彼女らだけに罪はないのだろうし、この時代になんとなく漂う行き止まり感を表象した映画だと言えるだろう。もう子どもたちは夢を見ていないし、強奪するにせよひと山当てるにせよカネを得ることは目的ですらなくなっている。映画のメインの舞台となるパリス・ヒルトンだかリンジー・ローハンだかのブランドものの服や靴が並ぶクローゼットは資本主義が召喚した虚無そのものだが、「キッズ」の居場所はそこにしかない(あるいは、そこにあるのだと思いたがっている)。そしてそこは、インターネットで検索すれば見つけることができるのだ。サウンドトラックの選曲のオシャレさには定評のあるソフィア・コッポラだが、本作ではなかなか先鋭的なセレクトになっているとはじめは思った。しかしながら、彼女はかつてエイフェックス・ツインの楽曲を使用していたが、それと同じことがテン年代の『ブリングリング』におけるOPNのダニエル・ロパティンとして反復されていると見なせばそう驚くことでもない。
 同じこと……。『スプリング・ブレイカーズ』における頭の弱い女子大生たちの春休みを美しいと思った僕が、『ブリングリング』におけるセレブリティ・カルチャーへの逃避をただ眺めてしまうのは、ソフィア・コッポラがどうも同じことを繰り返しているように見えるからだ。『ヴァージン・スーサイズ』(99)、『ロスト・イン・トランスレーション』(03)、『マリー・アントワネット』(06)……そこには、自分の居場所が何となく見つからないガールばかりがいなかったか。本作は、自分のからっぽの人生に呆然とする俳優をふんわりと描いた前作『SOMEWHERE』(10)を逆サイドから描いていると言え、そして気がつけばそれはシームレスに繋がっている。パソコンの画面のなかの華やかなセレブリティたちの世界と、そこに行けば何かが変わるかもしれないと憧れた子どもたちの世界、そのふたつにそのじつ大した違いはない(そのことは『ブリングリング』のラストで明らかになる)。その虚しさを繰り返すことがもしフランシス・フォード・コッポラという偉大すぎる父の娘として生まれたソフィアの宿命であるならば……彼女をかばいたいくもあるがしかし、それを何度も見るのは侘しいものだ。

 変わらないと言えば、ソフィア・コッポラの元夫であるスパイク・ジョーンズ『her/世界でひとつの彼女』もそうだった。siriのように話せば優しく答えてくれる人工知能との恋。と言われても、ここには生身の感情のやり取りや生々しい手ざわりはどこにもなく、それは『マルコヴィッチの穴』(99)でジョン・マルコヴィッチの脳内に入ってはじめて「世界」を感じることができたことととてもよく似ている。淡い映像で包まれた映画には切ない気分が終始漂っているが、触れれば血が噴き出すような傷は見つからない。
いや、『her』には人工知能のガールフレンドに対比させるように、現実世界の「ボクの思い通りにいかない女たち」もきちんと登場する。だが、それ以上にOSサマンサの柔らかい肯定感――ぬるま湯感と言おうか――がそれらをたやすく上から色づけして隠してしまう。パステル・カラーで。生身の官能がないセックス・シーンが強烈な皮肉だったらいいのだが、たぶんにここでは一種の「夢」として描かれている。それは避妊も性病予防も体液の交換もなく、面倒で気持ち悪いベトベトやネチネチのない、とてもクリーンで、後腐れのない性愛である。だが、そこにエクスタシーは本当に存在するのだろうか。

 気になるのは、『ブリングリング』も『her』もインターネット・その後が強く意識されていることだ。どちらの主人公たちも自分が許される場所を求めていて、そして無限に広がる情報の海のどこかにそれがあるのかもしれないとぼんやりと信じているようだ。回答を見つけるためではなく、見つけないために検索をかけ続けるかのようだ。すなわち、「居場所はない」のだという現実を。

 『ヴァージン・スーサイズ』や『マルコヴィッチの穴』の頃のトレンディな装いを引きずったまま、ソフィア・コッポラとスパイク・ジョーンズはここまで来てしまったのではないか……「この世界」を受け止めないままに。ということを考えたとき、強引であるのは承知した上で、同じく90年代から映像派として鳴らしたデヴィッド・フィンチャーを僕は補助線としたい。
 たとえば『セブン』(95)、たとえば『ファイト・クラブ』(99)はそれぞれ時代をえぐった傑作とされているが、僕はあくまで彼の最高傑作は『ゾディアック』(07)だと言い張ろう。それまで映画のなかにゲーム的世界を入れ子構造的に用意していた彼が、そこではじめて現実世界に向けてそのような遊戯を「諦めた」と言えるからだ。(それまでフィンチャーが題材にしてきたような)猟奇的事件は解決せず、謎に近づけば近づくほど関わった人間たちは自らの人生を狂わせ、ただひたすら無為に時間ばかりが過ぎていく……。確実にそこでフィンチャーは何かを掴んだ。そして、インターネットばりの更新速度でシェイクスピアをやったような……つまり古典的な物語がたしかに息づいていた『ソーシャル・ネットワーク』(10)では、結局ソーシャル・ネットワーク・サーヴィス上には「誰もいない」ことをあっさりと認めてしまっていた。しかしだからこそ、映画の終わりではロウなコミュニケーションの可能性が示唆されるのである。彼の新作『GONE GIRL(原題、14)』が、妻の失踪を機に人間性を疑われる男を描いていると聞けば、不可解で理不尽な現実を彼がいまでははっきりと見据えていることがわかる。

 切実な表現がいつも素晴らしいと言いたいわけではない。だが、フランク・オーシャンはその歌の正直さにおいて、「スーパー・リッチ・キッズ」を皮肉りながらも、たしかに本物の愛を求めていたのだとわかる。が、『ブリングリング』の子どもたちは……どうなのだろう。本当にこの歌がこの映画のサウンドトラックになるのだろうか? だが、僕はその答えを検索しようとは思わない。


『ブリングリング』予告編


『her/世界でひとつの彼女』予告編

Yvan Etienne - ele-king

 近年、フィールド・レコーディング作品は、エクスペリメンタルな音響作品の系列において大きな潮流となっている。昨年、〈タッチ〉からリリースされたクリス・ワトソンのハードコアなフィールド・レコーディング・アルバムがこれまで以上に話題になり、さらに本年には日本のレーベル〈Sad〉から、フランシスコ・ロペスのアルバム『アンタイトルド #290』がリリースされるなど、フィーレコは、マニアックな層だけではなく、エレクトロニカを聴いている若いリスナーにまで届きはじめているように思われる。
 さて、今回ご紹介するのはイヴァン・エティエンヌという音響作家の『FEU』というアルバムある。日本ではまだ無名の作家だが、その作品は興味深い出来ばえであった。

 イヴァン・エティエンヌは、フィル・ニブロックとも競演経験のあるフランス人音響作家。また、サウンド・インスタレーションや映像制作も行っているアーティストでもある。イヴァン・エティエンヌはコラボレーションを多く実践しており、以下の作品はマリエ・ベリーとの共作。映像をマリエ・ベリーが担当している。万華鏡のような映像と実写映像が接続され、そこに淡い電子音が重なる。夢の中の光、とでもいうような趣の映像作品だ。

DREAM OUTTAKES from Blazing Sight on Vimeo.

 そしてこちらは、ソロで映像と音響を制作した映像作品。空と雲と光の微細な変化を捉えたイメージに、アトモスフェリックな電子音が重なる。どこかマイケル・スノウの作品を思わせもするミニマルな作風である。ここでも光がモチーフになっている。

Magenta Horizon Line from Yvan Etienne on Vimeo.

 そのほか、イヴァン・エティエンヌのインスタレーションや映像作品などはこのサイトにまとめられているので、ご興味がある方はこちらを見ていただきたい(https://wyy.free.fr/travaux.html)。

 さて、本題『FEU』に戻ろう。この作品はイヴァン・エティエンヌのファースト・アルバムで、フランス・ベルギーの実験音楽レーベル〈アポジオペーシス〉からリリースされたものだ。ジャケットは黒を基調した紙ジャケット仕様。ダブルジャケットになっており、中面は鮮烈な赤。CD盤も赤色に染められている。黒と赤という見事なコントラストのアートワークである。

 基本的にはフィールド・レコーディング+アナログ・シンセ・ノイズによるサウンドだが、そのダイナミックなサウンドのレイヤー感覚、音の強弱や接続によるコンポジションがじつに素晴らしい。音響的にも秀逸だ。接近したマイクで録音したような轟音フィールド・レコーディング・サウンドに、アナログ・シンセの生々しい電子音がバキバキビキビキと交錯し、耳の快楽度数をグングンと上げていくのである。さらにはハーディ・カーディの音まで交わり、時空間を越境するようなノイズが生成される。ちなみにイヴァン・エティエンヌはハーディ・カーディ奏者でもある。

 1曲め“アン・ニュイ”は、静かに幕を開ける。やがて、マイクの傍らで吹きすさぶ暴風や蠢く水のような音が聴こえ、そこに電子ノイズが大胆にレイヤーされる。このトラックは4分ほどで終わる短い曲だが、アルバム全編の雰囲気をよく伝えているトラックだ。
 つづく2曲め“デ・ラ・チャージ”は、固く乾いた物質がカラカラと混じり合うような音響からはじまる。そこにアナログ・シンセの音が微かに聴こえてくるかと思いきや、今度は低音のドローンがブーンと唸りを上げる。そこにピュンピュンと飛び跳ねるような電子音も加わり、サウンドは次第にカオティックになる(この曲にかぎらないがアナログ・シンセの音がじつにフェティッシュ。電子音マニアには堪らない)。楽曲は、静寂な中盤を挟み、後半10分でサウンドは再度ノイジーになり、やがて雨のような音がフェードインし、来るべき静寂を予感させて不意に終わる……。20分もある長尺の曲だが、ときに轟音、ときに静寂と、リスナーの聴覚を見事に引っ張っていく。見事な構成力である。
 ラスト3曲め“ラ・リュエール”は、高音電子ノイズからはじまる。次第にヘリコプターのような音響が加わり、炭酸水のような音に変化。加工されたフィールド・レコーディング音に、モールス信号のような電子音が重なり、ついにハーディガーディが鳴りはじめ、サウンドは無国籍な雰囲気へと変貌する。じつに独創的なノイズ・アンサンブルである。アナログ・シンセ、ノイズ、ハーディガーディ、環境音、そのどれもがバランス良く全体を構成しており、本アルバムのベスト・トラック。これも15分と長めの曲。また、この曲はサウンド・クラウドでも試聴できる。
https://soundcloud.com/#aposiopese-music/yvan-etienne-la-lueur-apo-10

 アルバム全編にわたって自然現象をリ・エディットした轟音フィールド・レコーディング+ハードな電子音なトラックだが、どの曲も緻密に構成されており、単なる環境音やノイズではない。長尺のノイズ・トラックでも飽きることはなく最後まで聴ける。またアルバム全体も曲名にも示されているように「夜(闇)から光へ」といったテーマ性・ストーリー性も込められているようにも感じられた。録音はスウェーデンのEMS電子音楽スタジオで行われたというから、現代音楽的(電子音楽的)なコンテクストも、そのサウンドには加味されており、それも重要なポイントであろう。

 なぜならば近年、フィールド・レコーディング作品に加え、生々しいアナログシンセサイザーの電子音を、コラージュ/インプロ的に構成する音楽作品が、実験的電子音楽の新潮流となっているのだ。たとえば、トーマス・アンカーシュミット(彼もまたフィル・ニブロックと競演経験がある)や町田良夫などの新作は、その代表格といえよう。彼らは70年代のモジュラー・シンセなどヴィンテージ・シンセを使用しており、その点でも本作と共通している。そう、本作は、アナログな電子音のコラージュ/コンクレートとフィールド・レコ―ディングされた環境音の録音/エディットという現在最先端の実験音楽の潮流の二つを体現しているのである。

 ノイズと環境音。その横溢と編集。コンクレート/サウンド。イヴァン・エティエンヌは、これらの電子ノイズの技法を、すでに知りつくしており、非常に才能ある音響作家ではないかと思う。今後、どのような作品を生み出すのか。引き続き、その活動・録音作品などをフォローしていきたい。

 『FEU』のCDは300部限定盤だが、バンド・キャンプでデータ配信もされており、全曲試聴可能。ご興味をもたれた方は聴いていただきたい。
https://label-aposiopese.bandcamp.com/album/feu

jjj & febb - ele-king

 みんな知っていると思うけど、新風を巻き起こす、テン年代のヒップホップ・シーンの最大のインパクト=Fla$hBackS。とにかく、格好いいよね! 最近では、中島哲也監督による話題の映画、『渇き。」への楽曲提供など、活動の場も広がりつつある。
 そのメンバーのjjjとfebb、それぞれのソロ・アルバム発売を記念してのWリリース・パーティが今週末日曜の渋谷で開かれる。

 febbと言えば早い時期から噂が噂を呼んでいた、今年1月リリースのファースト・アルバム『THE SEASON』が記憶に新しい。アルバムを一聴したD.L氏が「ここ10年で最高の邦楽ヒップホップ・アルバムである」と発言するなど、識者からの賛辞の声も後を絶たないけれど、新世代の勢いを感じる1枚であることは間違いないので、まだ聴いてない人はぜひチェックを。
 で、jjj。彼も12インチ・シングルが春にリリースされたことで、アルバムへの期待感は日増しに強まっている。今週末には、いち早くアルバム曲も聴けるかもしれない!

 豪華な出演者もヘッズにはたまらない。B.DやONE-LAW、ERA、ISSUGI、KNZZといった東京ストリートの一角・池袋bedホームボーイたち、名古屋からはアルバム『VIVID』が評判のCAMPANELLA、YUKSTA-ILLによるTOKYO ILL METHOD SET、MARINやPRIMALの名前もある。
 DJ49、DJ HIGHSCHOOLによるエクスクルーシヴ・セットは必聴だし、DJ BUSHMINDはより幅の広い選曲で、普段ヒップホップの現場に行かないオーディエンスさえも虜にするだろう。
 そして、この日のメンツには、FILLMOREやKZA、PUNPEEの名前もクレジットされていて、ここまでくると“真夏の白昼夢"とでも言いたくなる。フードコーナーやスペシャル・マーチャンダイズの販売も予定されている。昼過ぎ15時スタートっていうのも良いね。年齢制限なしのオープンなパーティの気概を感じる。

 さらに、8/21(木)には、DOMMUNEにて「Road to "LEGIT SUMMER"」と題した前哨戦プログラムの放送も決定。こちらは〈WDsounds〉よりLIL MERCY、そしてシンガーのMARINをMCに迎え、当日出演者による生ライヴやスペシャル音源のOAも予定されている。是非チェックして、日曜日の当日に備えていただきたい。

イベントトレイラー映像


『jjj & febb solo album W release party LEGIT SUMMER』

日程:2014.8.24 (sun)
会場:SOUND MUSEUM VISION
Open / Start 15:00
Advance:2,800yen+1d
Door:3,500yen+1d

release live : jjj / febb

LIVE : B.D. / CAMPANELLA / DJ HIGHSCHOOL (Exclusive SET) / DJ ONE-LAW
(Chronic SET) / ERA / ISSUGI / KNZZ / MARIN / MEDULLA / PRIMAL /
YUKSTA-ILL(TOKYO ILL METHOD SET)

DJ : BUSHMIND / DJ49 / DJ BEERT / FILLMORE / GRINGOOSE / KZA /
MASS-HOLE /MS-DOS / PUNPEE / RYUJIN

FOOD : BEARS FOOD / GINZA SUKIBAR

■前売りチケット好評発売中
プレイガイド:
チケットぴあ:Pコード:235-703
ローソンチケット:Lコード:72791
e+(イープラス)

取扱店舗:
Disk Union
TRASMUNDO
Jazzy Sport
FEEVER BUG
SKARFACE

主催:AWDR/LR2 / SPACE SHOWER NETWORKS INC.
協力:WDsounds / P-VINE, Inc.
協賛 : TANNUS / NIXON / Us Versus Them
問い合わせ先:Global Hearts (03-6415-6231)

https://www.vision-tokyo.com


■DOMMUNEでも特番あり!

『2014/08/21 (木)JAPANESE HIPHOP STYLE WARS / Presented by P-VINE』
19:00~21:00 「Road to "LEGIT SUMMER"/ BROADJ♯1392」
TALK & LIVE:febb、CAMPANELLA、ERA、DJ HIGH SCHOOL and more... 司会:MARIN、Lil MERCY

DOMMUNE>>>https://www.dommune.com/reserve/2014/0821/

ENA - ele-king

 2012年のとある木曜日の深夜、初めて行ったバック・トゥ・チルでのこと。ダブトロ、100mado、そして中心人物ゴス・トラッドによる硬派なダブステップに続いたENAのステージは、まさに異色そのものだった。音が溶け出しているかのような抽象的なリズムと、緩やかに跳ね上げるベースライン。期待していた「いわゆる」ダブステップは流れなかったものの、素晴らしいミュージシャンを発見した喜びで僕は包まれていた。
 2006年にログ・エージェント名義で参加した〈FenomENA〉から出された日本のドラムンベース・コンピレーション『Tokyo Rockers: The Best of Japanese Drum & Bass Vol.1』がENAの公式なデビューになる。翌年には自身のレーベル〈イアイ・レコーディングス〉を立ち上げ、7インチ・シングル「アダウチ/ カントリー・ダブ」をリリースした。現在のENAのスタイルとは違ったものだが、和太鼓の音色や空間使いに見いだされる自由さと奇抜さは今日まで受け継がれている。
 フェイスブックやサウンドクラウドによってパソコン一台で世界と繋がれる時代だが、ENAは早い段階から海外のシーンとも交流を持っていた。ロンドン、ベルリン、さらにはイスタンブールまでその交遊域は広がり、それは2011年にフランスの〈セヴン・レコーディング〉からのリリース「サイン/インスティンクティヴ」へと結実する。“サイン”で虚ろに響くヴォイス・サンプリングや切り刻まれた低音は多くのコアなリスナーを引きつけた。その後も〈セヴン〉からのリリースを続け、2013年にはそれまでの総括でもあるかのような傑作『バイラテラル』を世に送り出した。今年の3月には新天地の〈サムライ・ホロ〉から「バクテリウム EP」を発表。現在は10月に同レーベルから出されるアルバムに向けて準備を進めている。
 ユニークであり続けることはアーティストのある種の宿命だが、ENAは自身の活動でそれを体現してきた。ベース・ミュージック界隈で頭角を表し、やバック・トゥ・チルのレジデントDJとしても認知されるが、果たしてそれが彼のすべてなのだろうか? 彼が何を考え、これからどこへ向かうのか。ENAは存分に語ってくれた。
(高橋勇人)

90年代に音楽を聴いているとドラムンベースもやっぱり逃げられないものでしたね。アンダーグラウンドにもヒット・チャートにもあったし。

野田:DJは何年くらいやっているんですか?

ENA(以下、E):何年くらいかな。まぁ、でも俺は10代からDJをやっているわけじゃないんですよ。今年34歳なんですけど、10年くらいじゃないですかね?

野田:ちなみにジャングルやドラムンベースから入ったと聞いていますが、本当のところはどうですか?

E:もともとの始まりは70年代とかのロックで、DJカルチャーはヒップホップで入りましたね。世代的に90年代ってどんな音楽を聴いていてもヒップホップって避けられないじゃないですか? ビギーとかD.I.T.C.とかモロでしたね。

野田:なるほど。90年代中期のギャング・スターが全盛期のときですね。

E:特にD.I.T.C.が好きだったんですよ。音がすごくダークだったし。あの頃はウェスト・サイドもちゃんとブラック・ミュージックに根ざしたパーティ・ミュージックでしたからね。そのあとチャラくなってからのはちゃんと聴いてないんですけどね。
 それでヒップホップに入ったきっかけは、はっきりとはしてないんですけど、コーンとかレイジとか。さらに言えばアンスラックスとかパブリック・エネミーとかのミクスチャーだと思います。

野田:“ブリング・ザ・ノイズ”とかリアル・タイムですか?

E:10代で一気に掘ったせいもあって、何がリアル・タイムなのかわからないんですよね。あの時代はなんでもかっこ良かったですよね。

野田:MTVですごかったですよね。

E:もう録画しまくってましたね(笑)。

野田:その頃はもう音楽活動はされてたんですよね?

E:そのころはバンドでジャミロクワイみたいなアシッド・ジャズをやってましたね。それが高校から20歳くらいまでかな。そのもとには自分のジミ・ヘンドリックス好きがあって、ブートとかも集めまくってたくさん持ってるんですよ。

野田:それはENAさん世代にしては変わっていますね。

E:完全に頭おかしかったっすよ。友だちいなかったっすもん(笑)。

野田:そりゃ話が合わないでしょ(笑)。

E:その代わり、友だちの親父とすごく話が合ったんですよね。

一同:(笑)

E:ジミヘンからって色々派生するじゃないですか? アシッド・ジャズにもファンクにも、マイルス・デイヴィスにも繋がったし。中学のときはもうマイルスを聴いていましたね。ジミヘンはプリンスとも繋がるから、それで80年代のとかもたくさん知りましたね。結果的に10代のうちで全方向に進んだ感じがします(笑)。

野田:そこからDJミュージックへはどうやっていくんですか?

E:ヒップホップからDJクラッシュにいくんですよ。歌ものだけではなくてインストものも結構好きだったんですよね。それでヒップホップっていうと、クラッシュ、シャドウ、カムの3人とかヴァディムとかってなるじゃないですか?
 クラッシュさんの周りを聴いていると、マイルスのビル・ラズウェルが監修しているやつとかでドック・スコットがリミックスしていたりして、ドラムンベースにも広がっていくんですよ。
 90年代に音楽を聴いているとドラムンベースもやっぱり逃げられないものでしたね。アンダーグラウンドにもヒット・チャートにもあったし。

高橋:否応なくドラムンベースが流れるなかでそれを率直に好きになれましたか?

E:やっぱりインパクトが強かったですからね。エイフェックスやスクエア・プッシャーは当時ドラムンベースとは呼ばれていなかった。だけど、何もない所にそれがやってくるとかっこよかった。それが結局ドラムンベースの入り口になってますね。で、例のごとくDBSがある。リキッド・ルームでDBSに行ってドラムンベースを聴けば、そりゃ好きになるでしょ(笑)。

野田:一番最初に行ったDBSって覚えてます?

E:いやー、覚えてないですね。10代の終わりか20歳くらいだったと思うけど。

野田:その頃にはターンテーブルは揃えてましたか?

E:俺はバンドをやっていたせいもあってスクラッチがやりたかったんですよね。だから1台だけ持っていました。

野田:ヒップホップの人は最初1台だけ買って練習しますもんね。

E:そうですね(笑)。金がないのもあったんですけど、それで練習してました。その辺のタイミングを覚えてないのは、やっぱりその頃に一気に聴きすぎたからですね。

野田:ちなみに生まれは東京ですか?

E:そうですね、某多摩地区です。レゲエの街ですね。レコード屋さんも多かったです。
 うちはクラシック一家だったんですけど、親の世代は60年代のロックを通っているので、そのレコード・コレクションを聴いていたのもデカいと思います。コレクションにはビートルズもクリームもドアーズもありましたね。

野田:それを子供の頃に聴いていたんですね。

E:聴いていましたね。YMOとかもあったんですけど、俺はあんまり入れ込みませんでした。

野田:親がそういうのが好きだったりすると反発しませんでしたか?

E:いや、なかったですね。やっぱりドアーズとか普通にかっこよかったですからね。例えば、俺が10代のときは小室とかが全盛だったと思うんですけど、あれが好きになれなくて。それで、ドアーズとかを聴いたらこっちの方がいいじゃんってなりますよね。そう思う中学生もどうかと思うんですけどね(笑)。

高橋:一方で小室はジャングルやドラムンベースを取り込んでいったりもしてましたよね。

E:あれでドラムンベースは殺されたっていう人もいるけど、まぁ、何とも言えないですね。

野田:そういった意味でも世代的にはドラムンベース直撃なんですね。

E:そうですね。でも結局マーラとかピンチも同じじゃないですか。〈メタル・ヘッズ〉直撃世代で。〈コールド・レコーディングス〉も〈メタル・ヘッズ〉を130BPMでやっているニュアンスがあるし。
 だから、アブストラクト・ヒップホップからジャングルにいくって王道と言えば王道なんですよ。なぜかテクノにはいかなかったんですけどね。

野田:最近の作風はテクノっぽいと思いますよ。最新作の「バクテリウム EP」なんか、テクノが好きな人は絶対に好きな音だもん。

E:テクノにはまったのはここ3、4年なんですよ。それまではヒップホップの人にありがちなキックを4つ打つとつまらないっていう感じでしたね。ドラムンベースは違ったからはまったっていうのはありますね。テクノのイーヴン・キックは強いなって思いますけど、それ以外のリズムのほうが好きですね。

野田:アブストラクトな感じからは、ベーシック・チャンネルとか好きだと思ってました。

E:たぶんディープなドラムンベースを作りはじめて、「テクノっていろいろあるんだ」って気付いた部分はあります。もちろんベーシック・チャンネルは知ってましたけど、良さをあらためて再認識した感じですね。
 最近は自分の曲がテクノの層に受け入れられてるっていう実感も少しあります。この前、ルーラルに出ていたアブデュール・ラシムに「俺は一度もドラムンベースにはまったことがないけど、お前の音楽は好きだ」って言われて嬉しかったです。自分はドラムンベース以外のところで支持されるのかもしれない(笑)。
 自分みたいな音楽って隙間じゃないですか? フェリックス・Kみたいな人もいるけど、数は少ないし。まだまだ可能性はあると思います。

野田:最初がアブストラクト・ヒップホップのDJっていうところがゴス・トラッドと近いですね。

E:そうですね。ゴス・トラッドは俺のひとつ上だから聴いている音楽は多少違えど、被っている部分は多いですね。

野田:彼はテクノ・アニマルの方へいきましたよね。

E:俺はそっちじゃなかったんですよ。俺が10代の終わりから 20代のころ一緒にやってたのが、この前〈サミット〉から出たBLYYの連中なんですよ。あいつらもアブストラクトが好きで、D.I.T.C.みたいに音響系をサンプリグしたトラックを作ってましたね。

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シャドウとかもレア・グルーヴのほうへいったし、カムはよくわからなくなったし。その中でクラッシュさんだけ我が道を行く感じだったじゃないですか? だから一番好きでしたね。

野田:人前でDJをやるようになったのはいつ頃からなんですか?

E:さっき忘れたとか言ってたけど、ちょうどその頃だから20歳くらいですかね。池袋のマダム・カラスとかに出てました。あのホント怪しいとこで(笑)。BLYYのパーティとかで DJ してましたね。

野田:ENAさんは本質的にダンス・ミュージックのDJというイメージがあるんですが、ダンス・ミュージックにのめり込んでいったきっかけは?

E:うーん、まずバンドってひとりじゃできないじゃないですか? 人が必要だから、それが嫌になってひとりで完結するものをやりたかったんです。その頃はラップトップでライヴをするっていうのいが一般的ではなくて、DJがそれに取って代わる表現方法だった。最初から自分のトラックをかけたりしてました。

野田:曲を作るのとDJをはじめたのが同時期ですか?

E:俺の場合は曲を作りはじめた方が先ですね。

野田:ちなみに最初はやっぱりサンプラーから?

E:そうですね。DJクラッシュが使ってたからアカイのS1000とかですね(笑)。まだ持ってますよ。いろいろ高かったな。メモリが8メガで10万しましたからね。いまはパソコンだけで作ってます。

高橋:それで最初のリリースが2006年になるわけですね。ドラムンベースの作品でした。

E:そうですね。〈FenomENA〉から出た、SoiのDxさんが母体のコンピレーション『Tokyo Rockers: The Best of Japanese Drum & Bass Vol.1』に参加しました。それにはマコトさんも入ってたし、レーベルからはブンさんとかも出してましたね。
 そのころカーズとかと出会ってログ・エージェント名義で出したりしてたかな。

野田:そのころ目標にしていたDJとかはいますか?

E:それはやっぱりクラッシュさんですよ。結局あのあとに続いた人ってだれもいなかったじゃないですか? シャドウとかもレアグルーヴのほうへいったし、カムはよくわからなくなったし。そのなかでクラッシュさんだけ我が道を行く感じだったじゃないですか? だから一番好きでしたね。

野田:ちなみクラッシュさんの作品で一番好きなのは?

E:うーん、やっぱりセカンド(『ストリクトリー・ターンテーブライズド』94年)ですかね。

野田:当時のクラッシュさんですごいと思ったのが、“ケムリ”みたいな遅い曲をセットのクライマックスに持ってくるところですよね。

E:リキッドみたいなキャパのあるハコでもあれでピークが作れるのがすごいですよね。

野田:テクノやハウスのDJにはパーティをサポートするっていう意識が多かれ少なかれあると思いますが、クラッシュさんはそうじゃなくてDJを自分の表現だと捉えていました。

E:だから正式にはDJじゃないかもしれないけど、あのスタイルでレコードを使って表現するっていうことからのインパクが強かったんですよ。

野田:ENAさんの目指すべき方向はいまでもそこにありますか?

E:いまもパーティの一部でDJをしているかって言われるとそうでもないですね。たぶん、いま認知のされ方が好き勝手やる人って思われている節があると思う。

曲を作る人なら誰しもそうだと思うけど、人と違うものを作ろうっていうのが基本のスタンスだと思うから、いわゆるダブステップを作ることはしなかったんですよ。

野田:自分のDJスタイルはダブステップによってできあがったと思いますか?

E:そう思います。ダブステップのダブプレート・カルチャーだったりとか、そこで一気にのめり込んだ感じです。ただ、ダブステップがピークの2008、9年とかも俺は普通にドラムンベースをやっていました。ドラムンベースをやめた時期ってないんですよ。だから、自分のスタイルができつつあったときにダブステップが出てきた印象です。
 去年の『バイラテラル』とか140BPMのダブステップ的なことをしてるけど、その頃もドラムンベースを継続的にリリースしていますね。〈サムライ・ホロ〉から出たEPもドラムンベースのアプローチで作ってます。

野田:自分のスタイルが確立しはじめたのはいつですか?

E:たぶん、〈7even Recordings〉から出しはじめたときからですかね。でもその前にロキシーとかと仲良くなりはじめてから徐々に変わりはじめました。「これって多分、だれもやってないよな」って思うようになったのは2010年くらいです。コンスタントにDJをするようになったのもそのくらいです。

野田:ENAさんは海外にも積極的に出向く数少ないミュージシャンですが、初の海外はいつですか?

E:2008年とかですね。当時はただ行こうっていう感じでした。DMZのアニヴァーサリーとかでハコの前の公演を2周くらいまわって人が並ぶとか、そういう情報だけがネットで入ってくる状態だったからそれを見なきゃダメでしょって思ったんですよ。子供の頃に旅行とかはしましたけど、音楽目的で行ったのは2008年ですね。とにかく現場はすごかったです。コイツらアホだって思いました(笑)。

野田:(笑)。どのへんがですか?

E:やっぱり人のパワーですよね。ディープなものをかけてもベースが入った瞬間のフロアは、はっきり言って狂ってた。それでゴス・トラッドがそこでやっていたりするわけだし。サージェント・ポークスがMCしないで酒ばっかり作ってるとか(笑)。その頃はもうネットで海外と交流もあったから行きやすかったですね。

野田:最初に気に入ったダブステップのプロデューサーは誰ですか?

E:誰ですかね……。エレメンタルとかはずっと好きでした。もちろんスクリームやデジタル・ミスティックズといった定番とされるアーティストも聴いていました。

野田:作っている曲にも表れているように、そういったアーティストの曲にはあまり入れ込んでいない印象でした。

E:曲を作る人なら誰しもそうだと思うけど、人と違うものを作ろうっていうのが基本のスタンスだと思うから、いわゆるダブステップを作ることはしなかったんですよ。ゴス・トラッドも自分が作ったものがダブステップになったわけだし、自分の音楽をやっているという感じですよね。〈サムライ・ホロ〉みたいなディープなドラムンベースも、もちろんオートノミックみたいなものもあったけど俺は前から勝手に作っていて、それがいまシーンから出てきているだけなんですよ。ブームに乗って曲を作ったことはないですね。

野田:ドラムンベースでは誰が好きなの?

E:俺はロキシーがずっと好きですね。DJとしても、プロデューサーとしても。

野田:UKガラージはどうでした?

E:俺はあんまりなんですよね。

野田:ギャングスタ・ラップが好きだったらワイリーみたなのもOKなのかと。

E:もちろん聴くには聴くんですけど、そんなにはまってないんですよね。インストになってからのほうが好きです。アブストラクトが好きだったから、やっぱり音響っぽさを求めてたんですよ。だからピンチやムーヴィング・ニンジャとか初期の〈テクトニック〉が好きです。UKガラージになってくると、音響っぽさがなくなってくるじゃないですか? 

野田:中学時代に聴いていたジミヘンやドアーズから、歌ものとかでなくて音で表現する方向へいってるのはどうしてですか?

E:うーん、全ては話せるわけではないけど、俺は仕事でJポップとかTVCMを作っていたりするんですよ。大物と言われるような人のアレンジとかも担当してます。だからENAとしての活動では歌ものをやりたくないんですよね。
 そういうのもあってギターだったり楽器の音は使い尽くされているって思いはじめて、これは自分が追求する音ではないかなって思ったのもありました。いまのプロダクションの基本スタンスとして、現存する楽器っぽい音を使わないようにしてるんですよ。わかりやすい音を使うのにちょっと抵抗がありますね。

野田:そういうパーソナルなことを抜きにして、能動的にアブストラクトなものが好きだというのもあると思うんですが、アンダーグラウンド・ミュージックはどこがいいんだと思いますか?

E: 音が単純に好きっていうのもありますが、アーティストがコントロールできる部分が多いことにも共感しますね。自分でレーベルをやっているやつもいるし、リリースまでの流れがダイレクトで早いじゃないですか? 

野田:ちなみにDBSに行って踊っていたほうですか?

E:あー、全然踊ってましたよ。汗かいてました(笑)。

一同:(笑)

高橋:想像できないな(笑)。ENAさんといったらいつもフロアの後方で腕を組んで音を聴いているイメージです。

E:もう10年くらい酒は飲んでないんですけど、その前は結構な飲んべえでしたからね。いまは酒もタバコもやらないです。

野田:それは音楽がその代わりになってるってことですか?

E:基本的に音楽がいいときって何もいらないですよね。また個人的な話ですけど、俺はフリーランスなんで急ぎの仕事に対応できるかって重要なんですよ。これをストイックと取るか、急ぎの仕事は割りがいいと取るかはお任せしますけれども(笑)。

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もちろん、表現するっていう意味で自分の音楽もパーソナルだとは思うけれど、ダンス・ミュージックの範疇で実験的なことをやってもグルーヴが存在している限り受け入られやすいっていうのがあります。

野田:すごいですね(笑)。なぜダンス・ミュージックっていう点は?

E:ノイズのような実験的なものも好きなんですけど、そういう音楽はパーソナル過ぎる面があるじゃないですか? もちろん、表現するっていう意味で自分の音楽もパーソナルだとは思うけれど、ダンス・ミュージックの範疇で実験的なことをやってもグルーヴが存在している限り受け入られやすいっていうのがあります。だから、音響的よりもグルーヴを優先して作ってます。グルーヴがあってDJで使えるっていうのが前提ですね。
 あと、俺はライヴはやらないんですよ。音響っぽいやつを作っていると「なんでライヴやんないの?」って聞かれるんですけど、ライヴってダンス・ミュージックから離れやすいんですよね。DJをやっているとBPMも限定されるし、選択肢が少なくなるじゃないですか? だからあくまでダンス・ミュージックのためにDJ用の曲を作っているっていうのもあります。
 まあ、とはいえ踊りやすいとは思わないですけどね(笑)。

野田:踊りやすいとは思います。〈7even〉から出したときはレーベルのディレクションはありましたか?

E:何もないです。自由にやってくれって言われました。

イスタンブールにはフラット・ライナーズの紹介で呼ばれて行ったんですよ。2年くらい前かな? DJしてたらモニター・スピーカーが落ちてきて、荷物を置く台がぶっ壊れたりして面白かったです(笑)。

野田:2010年にダブステップが日本でも脚光を集めました。そのときにゴス・トラッドと共にシーンの先頭をきっていたこともあるじゃないですか? そうなるとシーンのことも気にせずにはいられなかったと察しますが。

E:そこまで気にしていたわけではないですけどね。もちろん、シーンができて根付くのが一番いいんだろうけど、難しいだろうなとも思ってました。あと、2010年の段階で東京もそこまで悪くはないと思ってました。

野田:UKのダブステップのピークが2008年だとしたら、それを境にジェイムズ・ブレイクとかが出てきてアンダーグラウンドだったものが知れ渡って、シーンの中心にいた人たちが抜けていくってことがありました。ここ数年のシーンの移り変わりはどう思いますか?

E:こういうときはいずれ来るだろうなって予想してたのもあります。ドラムンベースが十数年でやったことをダブステップは5、6年でやってしまっただけじゃないですか? 小室とジェイムズ・ブレイクは違うけど、歌ものになってメジャーになって終わるっていうのはドラムンベースも経験しましたからね。
 だから、割と冷静に移り変わりをみてました。ジェイムズ・ブレイクは普通にかっこいいと思って聴いていたし(笑)。

野田:次号の紙ele-kingは、「コールド」という言葉で現在のシーンを括って特集を組む予定で、アクトレス、ミリー&アンドレア、テセラ……それからアコードやENAさんみたいな音楽が入ると思います。ジャングルとテクノが混ざっていて、なんか、盛り上がるようで盛り上がらないというのがよいとされている感じがあります。EDMへの反動からきているのかなと思う部分も。

E:ディープなドラムンベースのプロデューサーにはペンデュラムみたいなものにうんざりしているやつも多いですよ。反動はやっぱりあると思います。

高橋:ENAさんはやっぱりディープな流れと同調していますよね。フェリックス・Kの〈ヒドゥン・ハワイ〉からリリースされた943っていうアーティストは別名儀のプロジェクトなんですよね?

E:そうですね。フェリックス・Kとのコラボレーションで2曲参加してます。

高橋:定期的に海外とコラボしていてすごいと思います。ベルリンやイスタンブールにも行ってますもんね。

E:イスタンブールにはフラット・ライナーズの紹介で呼ばれて行ったんですよ。2年くらい前かな? DJしてたらモニター・スピーカーが落ちてきて、荷物を置く台がぶっ壊れたりして面白かったです(笑)。ちっちゃなハコでしたけどみんな踊ってましたね。たまたまフラット・ライナーズやガンツがいるだけでベース・ミュージックのシーンとかはないみたいですけどね。レゲエのシーンはあって、友だちがザイオン・トレインを呼んで野外で千人くらい来たって言ってました。それがダブステップとリンクはしていないみたいです。

野田:トルコは政治的にはEUに加盟させてもらえないけど、〈ディープ・メディ〉がガンツをフック・アップすると大ヒットして、アンダーグラウンドは外へ外へと開けているなと思いました。日本の、サウンド的にウチにウチに向かうポップスとは逆ですよね。中東やアフリカ、南米とか、民主化されていない外側へとアプローチしている。ガンツなんか、エイフェックス・ツインもDJでかけているし。

E:やっぱりガンツはインパクトありましたからね。去年くらいから三連系のダブステップがたくさん出てきたけど、それを最初にやったのはガンツなわけだし。前から曲をもらってたけど、リズムに対して光るものがありましたね。

野田:ダブステップに限らず、オマール・スレイマンが脚光を浴びたりとかアラブ圏内のビートが人気な流れがアンダーグラウンドにはあるじゃないですか? 彼らのなかにはリズムに対するそういう文化があると思いますか?

E:パーカッション的なところではあると思います。トルコの民族音楽のリミックスもあったりしますからね。

野田:TPPみたいなものとは逆の、いわばアンダーグラウンドにおけるグローバリゼーションの流れには可能性を感じますか?

E:それがやっぱりアンダーグラウンドの面白いところじゃないですか? 新しい国のアーティストをリリースする事によって、その国でブッキングされるかもって邪な考えもあるかもしれないけど、〈ディープ・メディ〉がガンツをフック・アップしたのは、単純に音が良かったからだし。音が良ければ国を越えて繋がって作品が出せるのは利点ですよね。これが大きな会社だとそうも言っていられないわけじゃないですか。

野田:どのくらいの頻度で海外へはDJで行っていますか?

E:毎年行っていますね。多分2009年からやってます。今年は9月末からツアーの予定です。〈サムライ・ホロ〉から10月に出るアルバムが出るんですが、そのリリース・パーティを兼ねたイベントにも出ます。ロンドン、パリ、ベルリン、マンチェスターやブリストルにも行きますね。今年は場所が多いです。

高橋:マンチェスターの知り合いが、ENAさんが出るイベントには人がたくさん来るって言ってましたよ。

E:ケース・バイ・ケースですけどね。ベルリンではDJがやりやすいです。セットでピークを作らなくていいんですよ。ゆっくり盛り上げて、波で引っぱれる。これがイギリスになると、ドーンって一発やらないといけないんですよ(笑)。ゴス・トラッドはUKのほうが合ってるって言ってましたけど。

サンプリングもしません。自分のコピーもしません。それは自分のキャリアを殺すことになっちゃうんですよ。

高橋:ENAさんは現在もヴァイナルをリリースしているわけですが、ヴァイナルについてどう思いますか?

E:賛否両論色々あるけれど、ヴァイナルを出さないとキャリアになっていかない感じがありますね。デジタルだけだとサラッと終わっちゃうというか。
 いまはCDJをメインで使っているけど、家ではヴァイナルでも聴くし、もちろん物自体も好きっていうのもあります。現場でレコードを使わないのは、デジタル向けにハコがセッティングされていることが多いので、ハウリングの問題もデカいです。レコードでハウリングを起こす低域も現場では出したいんですよ。だから音を優先してデジタルでやっているのが現状です。
 レコードでDJするほうがかっこ好いのは間違いないですけどね(笑)。

野田:DJやトラックメイカーとしての信念みたいなものはありますか?

E:そんなにすごい信念があるわけではないんですけど、好きな音楽をやるってことですかね。ものすごくお金になるわけじゃないのに、どうして好きじゃない音楽をやるのかっていう裏返しみたいなものですけど。
 プロダクション面に関しては、聴いたことあるような曲は作らない。気をつけている程度のことですけどね。さっきも言った仕事の反動かもしれないです。
 数年前にあったJハウスの流れもそうですけど、コピーする能力ってJポップの職業作家ってすごいんですよ。みんな職人なんですよね。そうやってコピーされる音楽は消費されるわけです。それで、そういう職人たちがアンダーグラウンドの曲をお金をかけて作ると、アンダーの人たちが食われちゃうんですよ。新興のインディ・レーベルがふたを開けてみたら、メジャーの会社がお金をかけてやってたりなんてこともありました。そういうのを踏まえて、コピーされ難い音楽かなと思っています。
 あと、自分のシグネイチャー・サウンドができると、その音を使い回す人も多いんですよ。型ができた結果、それはコピーされる音楽になってしまうわけです。ダブステップのハーフ・ステップとかもそうだった。だから、俺は毎回全てのサウンドをゼロから作ってます。サンプリングもしません。自分のコピーもしません。それは自分のキャリアを殺すことになっちゃうんですよ。
 そういうことをする反面、わかりづらくなっているのかもしれないけど、そこはリスナーが頑張ってくれって感じです(笑)。

高橋:容易にマネされない音楽だからこそ、ENAさんの音楽は多くの人に聴いてもらいたいっていうのはあります。ジャンルを越えてリスナーに届く音楽を作っているとも思いますし。

E:さっきも言ったけど、ルーラルにこの前出演させてもらったことは本当に嬉しかったです。あのメンツの中で周りはテクノやハウスの人たちで、ベース系のミュージシャンは俺だけでしたからね。それでアブデュール・ラシムみたいな土壌が違うアーティストが気に入ってくれたりしたわけで。自分のことを評価してくれる層がどんどん広がっていけばいいなと思ってます。

高橋:将来の構想はあったりしますか? 

E:ひたすら精度を高めるだけですかね。それ以外は邪な考えを持たないようにしてます(笑)。あんまり良い結果にはならないと思うから。
 強いて言えば、自分を刺激してくれるようなプロデューサーがたくさん出てきてくれたら嬉しいですね。日本にはいいDJはたくさんいるけれど、プロデューサーはあんまりいないんですよ。マコトさんやゴス・トラッドはさすがなんですけれど、なかなか次に繋がらないのが現状です。テクノ界隈ではすごいと思える人が多いんですけどね。
 あとはとくにないです。海外に比べて東京の音楽シーンそのものが悪いとは思わないんですよ。海外だとイベントにもよるけど、オーディエンスの要求が強かったりする。だけど日本のアンダーグラウンドの人たちは俺の音楽を理解しようとしてくれるんです。日本はいいところですよ(笑)。

ENA
BIRATERAL

7even Recordings/Pヴァイン

Tower HMV Amazon


ENA-All Time Favorite Chart

01.Jimi hendrix - Red House (live at Winterlnad) - Polygram

02.King Crimson - Red - Island

03.Allan Holdsworth - Home - Enigma

04.BB King - How Blue can youget?(Live in Cook County Jail) - MCA

05.Black Sabbath - Children of the grave - Vertigo

06.Company Flow - The Fire In Which You Burn - Rawkus

07.DJ Krush- Escapee - Sony

09.Showbiz & AG - Next Level (DJ Premier remix) - PayDay

10.DJ Vadim - Headz Still Ain't Ready - Ninja Tune

11.Savath + Savalas - Paths In Soft Focus - Hefty Records

DJまほうつかい - ele-king

 みんな大好き西島大介、音楽をやるときはDJまほうつかい、が、「All those moments will be lost in time EP」以来の1年ぶりとなるEP「Ghosts in the Forest EP」をリリースする。8月13日発売だから、お盆中のリリース。
 ここに貼り付けたYoutubeに「おや」と思った方は、聴いてみましょう。サックス奏者の吉田隆一、弱冠19歳の椎名もた、Moe and ghostsのラッパー、MOEも参加。

DJまほうつかい「Ghosts in the Forest」(short version)
アニメーション:西島大介×子犬


DJまほうつかい 「All those moments will be lost in time」featuring 吉田隆一(blacksheep)& MOE(Moe and ghosts)from“Sound and Vision”(Live at SuperDeluxe)
監督:西島大介×たけうちんぐ
撮影:竹内道宏


西島大介(にしじま・だいすけ):
 
1974年東京都生まれ、広島県在住。2004年に描き下ろし長編コミック『凹村戦争』でデビュー。同作は平成16年度第8回文化庁メディア芸術祭審査員推薦作品となり、またこの年の星雲賞アート部門を受賞。代表作に『世界の終わりの魔法使い』、『ディエンビエンフー』などがある。2012年に刊行した『すべてがちょっとずつ優しい世界』で第三回広島本大賞を受賞、第17回文化庁メディア芸術祭推薦作に選出。装幀画を多く手掛け、「DJ まほうつかい」名義で音楽活動も行うなど、活動は多岐に渡る。
 
最新刊は宝島社より8月27日刊行される初の画集・作品集『くらやみ村のこどもたち』。8月31日からワタリウム美術館オンサンデーズにて「くらやみ村のこどもたち」展を、広島READAN DEATにて「くらやみ村のこどもたち展mini」を同時開催。

DJまほうつかい:

DJまほうつかいはターンテーブルを持っていないDJです。まほうのちからで音楽を作ります。MIX CD『世界の終わりmix』(2005)や自作のサントラ盤『ディエンビエンフー・サウンドトラック』(2007)、ヘヴィ・メタルをエレクトロニカの文法で再構築した『Metaltronica』(2011)など、その音楽性は常に変化。相対性理論presents「実践III」や、フリー・ジャズの聖地、新宿PIT INNなどで演奏を行い、アイドル・プロデュース、サウンド・インスタレーション、CM音楽までを手掛ける異端の音楽家。最新のプロジェクトはシンプルなピアノ曲の譜面による作曲と生演奏。2013年HEADZよりピアノ曲集『All those moments will be lost in time EP』をリリース。2015年にはピアノ曲だけを集めた初めてのフル・アルバム『Last Summer』をリリース予定。


HP:https://simasima.jp/
Twitter:https://twitter.com/DBP65
Soundcloud:https://soundcloud.com/djmahoutsukai

 世界中で静かな盛り上がりを見せているコールドウェイヴ/ミニマルシンセ・シーン。とくにカナダにはさまざまなレーベルが存在し、イヴェントも多彩、独自の発展を築いている。とりわけ〈Visage Musique(ヴィサージュ・ムジーク)〉がリリースするシンセ・ウェイヴ・ポップ・デュオ、Violence(ヴァイオレンス)は、音楽ブログ「Weird Canada」や「Silent Shout」などで特集が組まれたり、NYの老舗イヴェント〈Weird Party〉の後継である〈Nothing Change〉への出演などによって注目を集める存在だ。

 そんなViolenceが初めて日本にやって来る。おもに楽曲を担当するエリックと、どこか懐かしいメロディを耽美でキュートなウィスパー・ボーカルでなぞるジュリー。ふたりの来日を記念して、話をきいた。

文:寺尾拓也
翻訳:高橋美佳

Violenceはどうやって結成されましたか。

エリック:2010年頃、カナダのモントリオールからイギリスのオックスフォードに移った。ジュリーはオックスフォード大学でポスドクの職を得ることができたんだ。
 海外でたくさんの自由な時間と少しのシンセサイザーがあったということは、音楽を制作するという意味で、結果的にはとてもクリエイティヴで生産的な時間を与えてくれたんだ。そんな頃、家族や友だちに会いにカナダに帰った際に、僕らの初めてのコンサートをロフト・パーティで行った。
 自分たちの美学は当然として、そういった音楽や芸術、パフォーマンスやダンスのイヴェントが僕らの音楽を形づくった。Violenceは、そういったやりとりやフレンドシップの中で成長してきたし、いまだコンスタントにこのときの友だちやアーティストからフィードバックをもらったり交流することで成り立っているんだ。
 たぶん共通の知り合いからかな、どういった経緯か詳しくは知らないんだけど、〈Visage Musique〉の人たちが僕らの作品を聴いて、いっしょにやらないかと言ってきたんだ。

「Silent Shout」で“EP of the Year”に選ばれたり、「Weird Canada」で特集されたり、とても順調に思えます。

エリック:音楽のことをキャリアという視点で考えることはまずないんだけど、専門のブログにいいことを書かれるのは気持ちがいいね。このプロジェクトをはじめてから、とても興味深い人たちに出会えたし、素晴らしいアーティスト集団とステージを共有したり、見知らぬ人とアートや音楽について興味深い議論をすることになったんだよね。

どういった音楽に影響を受けましたか。また、最近気になっているバンドやミュージシャンはいますか。

エリック:作曲するときは無意識に影響を受けるのが好きなんだ。でなければ、単に自分を訓練する文体練習(※1)になってしまう。
 僕はグルックやバッハ、ロッシーニといった、クラシックやバロック音楽が本当に好きなんだ。現代の音楽だと、最近は90年代初期のテクノやハウスをたくさん聴いているよ。

※1 フランスの小説家、レーモン・クノーによる一つの物語を99通りの文体で書いた作品

最近よく聴いている5曲はなんですか。

ジュリー:わたしはつねに5曲以上好きな曲があるの。でも最近ではAutomelodi(オートメロディ)(※2)のLPをよく聴いているわ。

※2同じくカナダのダーク・シンセポップ・バンド。〈Wired Records〉などからのリリースがある

どんな音楽を聴いて育ちましたか。最初に影響を受けた曲は何ですか。

エリック:最初の音楽の記憶は、おじいちゃんが弾いてくれた自作のフォークかな。そのあと5歳の誕生日にレコード・プレーヤーをプレゼントにもらったんだ。ちょうどその頃、ディスコが終焉を迎えて恥ずかしくなった僕のおばさんたちが、その当時流行ってたディスコのレコードを100枚近くくれたんだ!
 僕とイタロ・ディスコの親和性は、絶対そこから来ていると思うんだよね。あとは、フランスのコメディやイタリアの映画、日本のアニメの音楽を楽しんでいた覚えがあるな。

ジュリー:わたしがまだ小さかったとき、叔父がピアノを勉強していて、バッハやモーツァルトみたいな有名なクラシックの曲を、ジャズにアレンジして弾いてくれたのにとても感動したし、何よりうれしかったのを覚えているわ。
 自分でかけた最初のレコードは、Angèle Arsenault(アンジェレ・アルセノ)の『Libre(リブレ)』。

機材は何を使っていますか。作曲はどのように行いますか。

エリック:80年代と90年代初期の、アナログ・シンセとデジタル・シンセを合わせて使っているよ。最近は僕たちがいままでに持っていたシンセサイザーの中で、プログラムの可能性という意味ではもっとも複雑なRoland MKS 80を買ったよ。
 僕らはゼロから自分たちの音を作るのが好きなんだ。普通どうやって曲を作りはじめるかっていうと、シンセサイザーのパッチを組むとその音が自分たちの気分を決めてくれるんだ。それを作り込んでからレイヤーと歌詞を足していく。僕らは普段、タッグを組んでいっしょに作曲している。

〈Visage Musique〉やレーベルメイトについて教えてください。カナダには〈Visage Musique〉や〈Electoric Voice〉、〈Pretty Pletty〉などのシンセ系のレーベルがいくつかありますが、最近のカナダの音楽業界についてどう思いますか。

ジュリー:創造を広めるための道具が増えて、生産を縮小できるという事実は好きよ。わたし個人としては〈Visage Musique〉のように、人をベースとした環境の中でともに創り上げて行くっていうやり方がうまくいくの。彼らは長年にわたって成長してきたし、世界中にいるわたしたちのアートを理解してくれているだろう人にどんどん近づいているのよ。これってこれまでの音楽業界と比べて、すごくいまっぽいことよね。

他の国にもアンダーグラウンドなシンセ・シーンがありますが、他の国のバンドに興味はありますか。影響を受けていますか。

エリック:もちろん興味があるし、海外の音楽シーンにも触れようとしているよ。僕はその出所よりも音により注意がいくから、どんな言語で歌われた歌を聴くのも楽しいんだ。

どういったファッションが好きですか。カナダのお勧めの店を教えてください。

ジュリー:たまに意外なとこですごく素敵なモノを見つけたりするけど、アクセサリーだけは「Missy Industry」っていう友だちがやってるお店で買うわ。あとはAmélie Lavoie っていうとてもおもしろいパターンを描く友人がいるんだけど、その子の作るシャツが本当に最高なの。

東京に来たらどこに行きたいですか。またなぜ東京に来ようと思ったのですか。

ジュリー:地元のアーティストがインスピレーションを受けている場所や、若い人たちが、自分を出せたり、実験できたり、生きてるなあって感じられるような……というのもわたしは専門的に都市にいるハシブトガラスを観察することにも興味があって、どうやって鳥が都市に適応するか、特別に賢い鳥が人間と同じように自然環境無しにどうやって餌を食べることができるのかというようなことをとても興味深く見ているの。(※3)

※3 ジュリーはオタワ大学の助教授で認知学の研究をしている

エリック:東京の代表的な建築物とか、インディ・レコード・ショップ、あとは中古の楽器屋でシンセが見たいかな。

東京でライヴをするのは楽しみですか。

ジュリー:待ちきれないわ! ライヴをはじめたときから、いつか東京でやりたいって思ってたの。モントリオールやロンドン、ニューヨークみたいな都市が好きだから、東京には一度も行ったことがないけれど、きっと東京も一瞬で好きになっちゃうわ。

いっしょに出演するJesse RuinsとNaliza Mooはどう思いますか。

エリック:つい最近彼らを見つけたんだけど、僕らの聴いたものは好きだよ。彼らといっしょにライヴするのが楽しみだ!

質問に答えてくれてありがとうございました。最後に日本のファンに一言お願いします。

エリックとジュリー:わたしたちといっしょに踊りに来て!


Violence来日公演

■The Invention of Solitude - Chapter 4
8月24日 日曜日 18:00 at 渋谷HOME
Charge: ADV. 1,500 / DOOR 2,000 (+1D)
LIVE: Violence (from Canada), Jesse Ruins, Naliza Moo
DJ: Yanagiszawa, Tack Terror, Naohiro

来日公演に先立ち DOMMUNEでのライヴ配信も決定
■The Invention of Solitude - Chapter 3.141592
8月20日 水曜日 21:00 at DOMMUNE
Live: Violence (from Canada), Jesse Ruins, Naliza Moo
DJ: Naohiro Nishikawa

 来日公演を記念して、海外のインディ・シーンともリンクする東京のアーティストによるViolenceのリミックステープのリリースが決定。リミキサーは初来日公演でもプレイするJesse Ruins、Naliza Mooに加えリミックスワークは初めてとなるギーク系轟音ギターバンドSlowmarico。都会の孤独に翻弄された一人シンセバンドLSTNGTの計4組。そこにViolenceの未発表曲、その名も『Violence』を加えた計5曲。タイトルはViolenceのエリックの入力によるGoogle翻訳を駆使したViolenceの日本語訳「すさまじさ」のローマ字表記で『Susamajisa』。東京の新レーベルSolitude Solutionよりリリース。

『Susamajisa - Violence Remixes』
A-1 Dernier Cri - Slowmarico Remix
A-2 Halo - Jesse Ruins Remix
A-3 Violence - Violence feat. William Crop
B-1 The Curse of Dimensionality - Naliza Moo Remix
B-2 Disappearances - LSTNGT Remix
Solitude Solition - KDK-1
価格: 1,000円(限定77本)
8月20日発売予定
soundcloud: https://soundcloud.com/solitudesolutions

Violence プロフィール
 カナダで活動するシンセ・ウェイヴ・ポップ・男女デュオ。男エリックによるミニマルでダークウェイヴでありつつも時折ディスコに接近するシンセサウンドに乗るどこか懐かしささえ覚える美メロを唄う女ジュリーの冷淡でありながら耽美でキュートなウィスパー・ヴォーカルが魅力。地元カナダのVISAGE MUSIQUEよりEP『VIOLENCE EP』と LP『ERLEBNIS』とをリリース済み。
bandcamp: https://violence.bandcamp.com/
soundcloud: https://soundcloud.com/violence-2/


Steve Gunn & Mike Cooper - ele-king

 夏が終わっちまう前に、ロマンティックな音楽を聴こう。厭世的で、嫌味なほど格好いい音楽を聴いてやろう。40歳以上も年が離れたアメリカ人とイギリス人のギター弾きが、ポルトガルの空港で出会い、リスボンで10日間のセッションを試みた。その結果生まれたのが本作である。
 〈Rvng Intl.〉は、この手の年の差コラボを得意とする。サン・アロウとコンゴス、アープとアンソニー・ムーア、ジュリアナ・バーウィックとイクエ・モリ……。「FRKWYS 」シリーズは、音楽的には近しい、親子ほどの年が離れた先達と若手、ときには民族も違った人を組ませる。

 スティーヴ・ガンは、マーク・マッガイアとほとんど同じ時期に脚光を浴びたギタリストだが、マッガイアとは別の方向性をもっている。ガンはブルースであり、カントリーだ。エフェクターは使わない。フィンガーズ・ピッキングで弾く。マニュエル・ゲッチングではなく、ジョン・フェイヒィの側にいる。
 ガンの2008年の出世作、〈Digitalis〉からのアルバムは、ジョン・マーティンのカヴァー曲で終わる。そう、ベン・ワットがもっとも影響を受けたブリティッシュ・フォーク・シンガーのひとりで、昔は「英国のボブ・ディラン」などと呼ばれた男だ。1973年の名作『ソリッド・エアー』の収録曲を演奏したガンのその作品のタイトルは『浮浪者(Sundowner)』。この言葉が、彼の音楽をよく言い表してはいるが、音楽が貧乏くさいわけではない。
 いっぽうのマイク・クーパーは、ジョン・マーティンと同様に60年代から活動している英国のミュージシャンだ。向こうの記事を読むと、ローリング・ストーンズへの誘いを断った男とも書かれている。最初はブルースとジャズを演奏していたが、やがてインプロヴィぜーションに傾倒した。ブルースを基本としながら、実験を好み、フリー・ジャズとサイケデリックに遊んでいる。昨年は、オーストリアのアンビエント/ドローンの作家、ローレンス・イングリッシュが主宰する〈Room40〉からアルバムを発表している。

 『Cantos De Lisboa』は、とても切ない気持ちにさせられると同時に、至福をももたらしてくれる。ブルースの音色は滑らかに流れながら、美しく破壊される。青い空の下で、ギター・アンサンブル以上の何かが立ち上がる。

interview with The Bug - ele-king

 移民政策というのは、日本にとっていよいよ他人事ではなくなった関心事のひとつで、以下のケヴィン・マーティンのインタヴューからは、そしてザ・バグの音楽からは、ロンドンの、いろいろ混じり合って、さんざん衝突し合ってきた挙げ句のリアリズムが激しく立ち上がってくる。ロンドンにおいては間違いなく移民文化が音楽の活力剤となっている。美しい話かもしれないが、甘さだけのものではない。その甘くはない方に性懲りもなく、律儀に肩入れしてきたのが、ザ・バグである。

 ザ・バグは、ケヴィン・マーティンのソロ・プロジェクトである。もともと彼は、1990年代初頭、ゴッド、アイス、テクノ・アニマルという、3つのプロジェクトによって頭角を表している。パートナーは、元ナパーム・デス(ハードコア/スラッシュ・パンク)のジャスティン・ブロドリック。ハードコアとダブが彼らの魂の拠り所だった。ふたりはインダストリアル・ヒップホップやダーク・アンビエント、テクノやジャングルどなど、様々なスタイルを食い散らかしては取り入れたが、結局、どこのシーンにも属すことなく「孤立主義」を押し通した。彼の言葉を借りれば「どこにも属さない変人」、早い話、浮いていたのである(それでも、ゴストラッドのような、ケヴィン・マーティンの支持者はいた)。

 しかし、ザ・バグをはじめてからのケヴィン・マーティンは、より時代に馴染んでいるように見える。ダンスホールを取り入れた2003年の『プレッシャー』、UKグライムとロール・ディープをフィーチャーした2008年の『ロンドン・ズー』は、いま聴き返しても素晴らしいアルバムで、2枚とも移民文化のエネルギーを吸収しながら、あらゆる角度から小刻みなジャブのように攻めてくる。アグレッシヴで、ヘヴィー級だが、踊りのステップもある。ハードコアだが、ダンスホールでもある。90年代は「浮いていた」彼のパンク精神は、UKグライムのふてぶてしさと相性が良かったし、情け容赦ない低音を有するキング・ミダス・サウンドも、最初の1枚からリスナーに支持された。


THE BUG
Angels & Devils [帯解説・ボーナストラック2曲収録 / 国内盤]

NINJA TUNE/ビート

DubGrimeLeftfieldSynth-popAbstract

Amazon iTunes

 この度リリースされる『エンジェル&デビル』は、20年以上にもおよぶケヴィン・マーティンのキャリアにおいて、いちばんの注目作となっている。
 アルバムは、そのタイトルが言う通り、「天使サイド」と「悪魔サイド」に分けられている(わりとこの人は、良くも悪くも言葉遣いが直球なのである)。「天使サイド」では、彼にとっての新しい試みと言えるであろう、妖艶な領域に足を踏み入れている。陶酔的なそのサイドでは、リズ・ハリスインガ・コープランドという、筆者もイチオシのふたりの女性シンガー、そしてフライング・ロータス一派のゴンジャスフィが歌っている。こうした配役は、90年代のマッシヴ・アタックを彷彿させるし、実際のところなかば退廃的なムードも似てなくはない。が、いっぽうの「悪魔サイド」は、USのデス・グリップスほか、ウォーリアー・クイーンやフローダンなどUKグライムのラッパーが威勢良く飛び出しては汚い言葉をわめき散らすという有様だ。「悪魔サイド」は、『ロンドン・ズー』以上にハードで、「怒り」がほとばしっている。その怒りを、ケヴィン・マーティンのビートは100%援護する。いちど溢れ出した水は、元には戻れない。いったいどうなっていくのだろう。ケヴィン・マーティンは、録音中、長年住み慣れたロンドンをあとにして、というか、たとえ愛するジャマイカ文化が身近にあっても、いや、さすがにもう、ここには住めんわーと決意して、ベルリンに移住した。


いまのイギリス政府はとにかく右翼で、人種差別者たちの集まりだから。だから彼らは他の国の人間を受け入れない。ロンドンを出ることはすでに考えていた。どうやっても、ここにこれ以上長くは住めないんじゃないかと思いはじめていたのさ。最後の年は、かなりの貧民地区に住んでいたからね。


通訳:こんにちは。今日はベルリンからですよね? 

ケヴィン・マーティン(KM):そう。ロンドンからベルリンに引っ越したんだ。もう1年以上になるね。

グルーパーのリズ・ハリスがザ・バグに参加するという情報は、たぶん1~2年前に聞いていて、ものすごく期待していたのですが、完成まで、けっこう時間がかかりましたね。実際、今作の準備はいつからはじまっていたのですか?

KM:このレコードを作ることには、ものすごく真剣だった。でも、だからこそベストな雰囲気やイメージをしばらく探していた。自分にとって、このレコードは個人的な旅のようなものというか……正しい言葉が見つからないけど。リズのヴォーカルはたしかに2年前に録った。でも、そこからまたあらためて曲を書き直して、それで時間がかかった。
 リズに関しては、まず彼女と一緒の作品をイメージして、そこから8~9曲くらい作って彼女に送った。彼女にそのなかから彼女自身に合うもの、もっとも彼女が繋がりを感じるものを選んでもらった。で、リズがその上にヴォーカルを乗せて送ってくれたんだけど、そこからまたオリジナル・トラックを書き直した。コラボレーションのプロセスも、音源を送って、そこにヴォーカルを乗せて、それをミックスするという普通のプロセスとは違っていたし、時間がかかってしまった。クリエイティヴなプロセスだったから。パーフェクトなレコードを作るのはどうせ不可能なんだけ……どんなレコードでも常に、あれが出来たら良かったなとか、これをすればよかったっていうのが出てきてしまうから。

通訳:準備自体はいつからはじまっていたのでしょう? 実際は、構想期間を入れると、どのくらいの時間を要したのでしょうか? ザ・バグとしては6年ぶりですよね?

KM:『ロンドン・ズー』が出来てからすぐだね。俺は仕事中毒だから(笑)。このレコードが出来上がるまでに、いくつかやり方を変えたりもしたし、自分に問い掛けたりもした。確かに長い時間だよな(笑)。そのあいだにキング・ミダス・サウンドのアルバムがあったりもしたしね。

録音はロンドンとベルリン?

KM:そう。最初はロンドンでレコーディングして、それからベルリンでミックスした。いくつかのトラックはベルリンで再レコーディングもした。“パンディ”はベルリンで書き直したし、“ファック・ユー”はゴッドフレッシュのショーの後書き直した。なんか、あのショーを見た後に自分のルーツを思い出してね。だからあのトラックをもっとヴァイオレントにしたくなった。あともう1曲あるんだけど……いま思い出せないな。とにかくその3曲はベルリンで書いてレコーディングした。

ベルリンに移住したのは1年と少し前とおっしゃっていましたね。あなたがベルリンを移住先に選んだ理由を教えてください。

KM:理由はいくつかある。まず、俺のパートナーは日本人で、彼女がイギリスに住むための新しいビザをもらえなかった。いまのイギリス政府はとにかく右翼で、人種差別者たちの集まりだから。だから彼らは他の国の人間を受け入れない。3ヶ月ずつ観光ビザで滞在させて、彼らにお金を落とさせるだけ。だから彼女もビザがとれなかった。
 同時に、『ロンドン・ズー』のときからロンドンを出ることはすでに考えていた。当時から、ロンドンに対しては大きなクエスチョン・マークがあった。どうやっても、ここにこれ以上長くは住めないんじゃないかと思いはじめていたのさ。最後の年は、かなりの貧民地区に住んでいたからね。ポプラーっていうエリアさ。
 ロンドンはいろいろな文化の坩堝と言われているけど、みんな貧困に悩んでて、滅入ってて、すごく悲しい街でもある。だから、もう住まなくてもいいんじゃないかと思った。もはや、それは住んでいるというより、無理して生き抜いてるという感じだったから。メインストリームの音楽ももう俺には関係ないしな。俺にとって、音楽というのは金がゴールなんかではない。音楽はセラピーだ。いつだって、俺はセラピーとしての音楽作りを求めてるからね。

あなたは80年代、まだ10代の頃にレゲエやデプス・チャージに共感する怒れる若者でした。ロンドンにやって来たばかりの頃は、フロ無しの部屋に住んでいたと、2008年に取材したときにあなたは語ってくれましたが、あなたが送ったボヘミアンな生活は、地価が急激に高騰した現代のロンドンではもう難しいのではないかと思います。あなた自身もベルリンに越されたそうだし、ドロップアウトという生き方が選べなくなっているように思いませんか?

KM:ロンドンにやって来たばかりの頃だけではなくて、まさに『ロンドン・ズー』を作ってるときもそうだったよ(笑)。スタジオに7年くらい住んでたんだけど、そこにはキッチンもシャワーもなかった。めちゃくちゃ汚かったな(笑)。法律やルールに従えば、ロンドンには住めるかもしれない。あとは、幸せを感じることが出来ないクソみたいな仕事をするか。その仕事ばばかりをやれば住めるかもな。俺はどちらも御免だ(笑)。だから街を出た。

通訳:ひとつ前の質問に戻りますが、ロンドンを出た理由はわかりました。ではなぜベルリンを選んだのでしょう?

KM:ベルリンにはもともと繋がりがあったんだ。ベルリンでは何回も何回もプレイしてきた。知り合いの音楽関係の人間でベルリンを拠点にしている人もたくさんいる。それに、ベルリンの雰囲気がずっと大好きだった。ヨーロッパの大都市のなかで、いまだにソウルを持っている数少ない街のひとつだと思う。ベルリンはオルタナティヴ・カルチャーを基盤としているし、政府もマシなほうだよ。いまはベルリンにとってすごく面白い時代だと思うよ。ヨーロッパの大都市のなかでも唯一物価の安い都市だしね。
 だからいま、ミュージシャンや画家、アーティストたちがたくさん集まってきている。アメリカからももちろんだけど、フランス、イタリア、スペインとか、とくにヨーロッパから。いま、急激に変化してきていると思う。もしかしたら、10年後にはロンドンみたいになってるかもしれないけどね。
 最初に越してきたとき、〈ワープ〉からレコードを出してるアンチポップ・コンソーティウムのプリーストが友だちなんで、彼のショーを見に行ったんだけど、そのとき彼が言ったんだ。「ベルリンは良かった頃のブルックリンを思い出させる」って。とはいえ、いまやベルリンにもたくさん人が来すぎてはいる。それでも、まだロンドンやニューヨークよりはマシだ。これからどうなるかはわからないけどね。

通訳:ベルリンとロンドンを比べてみてどうですか?

KM:ロンドンには23年住んでいた。ベルリンはそのあと、初めて住むロンドン以外の場所だった。だから、引っ越すまではやはりナーヴァスだった。引っ越してからもそれは続くだろうと思っていた。ロンドンは俺に音楽を教えてくれた場所だし、俺の音楽的な基盤はロンドンだから。人付き合いだってここで育んできたわけだし。ロンドンはスペシャルな場所ではある。
 でも、いまベルリンに住んでみてロンドンを違う角度から見てみると、おかしなことに全く恋しくないんだ。恋しくなるに違いないと思ったのに。恋しいと思う唯一のものは建築だね。ベルリンの建築はつまらないから。そこはロンドンのほうが面白い。あとは、ロンドンは社会や文化的な坩堝だけど、ベルリンはヨーロッパの坩堝。だから、ジャマイカやインドのコミュニティが恋しいっていうのはある。俺のロンドンでの生活のほとんどは貧しい地域で過ごしてきたからね。近所は常にパングラディッシュ人やインド人、パキスタン人、ジャマイカ人、トルコ人だった。ベルリンにもトルコのコミュニティはあるけど。これがベルリンを特別な場所にしてると思う。ベルリンというか、ドイツ全体を。いまロンドンに戻ると全てのバカ高さに気づかされるし、街の緊張感を感じる。戻る度に、よくあんなに長く住めたなと言い続けてるんだ。

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ロンドンは社会や文化的な坩堝だけど、ベルリンはヨーロッパの坩堝。だから、ジャマイカやインドのコミュニティが恋しいっていうのはある。俺のロンドンでの生活のほとんどは貧しい地域で過ごしてきたからね。近所は常にパングラディッシュ人やインド人、パキスタン人、ジャマイカ人、トルコ人だった。


たしかに『ロンドン・ズー』は、サッチャー以上にサッチャー的と言われるデヴィッド・キャメロン首相がもたらしたUK、たとえばロンドン・オリンピック後の、荒廃したロンドンを先んじて描いたと評されています。そうした政治的なことで言えば、この6年でさらに悪化しているように思いますが、あなた自身は、今日の情況をどのように分析していますか。とても大きな質問ですが、『エンジェル&デビル』の背景を知る上でも重要だと思います。

KM:いまのロンドンは悪くなっている一方だ。金を重視してるからな。ほとんどのヨーロッパの都市がそうだと思う。経済の問題のいち部はヤッピー(変に金を持ってるエリート・サラリーマンたち)からも来ている。街も質の悪いアパートをそこらじゅうに建てて、高い家賃を投げつけてくる。その繰り返しだ。10年前まではいろいろな人種のミックスだったのに、いつの間にか、いまのマンハッタンみたいになってしまっている。スターバックスだらけで、同じ服を来て同じ行動をする奴らしかいない。
 俺はコントラストが好きなんだ。だからロンドンを出たんだよ。ほとんどの大都市が金に引きつけられている。マンハッタンなんて、個人的にはとくに気持ちの悪い場所だね(笑)。
 『ロンドン・ズー』を“投獄”と言えるなら、今回の新作は“現実逃避”だ。そういうロンドンの情況からのね。新作はロンドンにもリンクしてるし、同時にロンドンからの逃避も入っている。説明が難しいけど……その両面が入っているというか……このレコードを作りはじめたとき、『ロンドン・ズー』のサウンドを続けるか、それとも完全に変えてしまうか迷っていた。ダブステップという枠にとらわれてしまっている気もしたし、そう思われたことに対して決してハッピーじゃなかった。
 だが、何年か経って、この作品の他のスタイルやマテリアルに取り組み出したときに…そのマテリアルはラップだったんだけど、基本的に俺のお気に入りのアーティストはみんな職人で、みんな自分のサウンドをよりベターにしていっている人たちだということに気づいた。アーティストは、自分の特徴としてみんなに知られたレアなサウンドを残すことが多い。俺にとっては、それが突破口になった。『ロンドン・ズー』は『ロンドン・ズー』で自分が進んでいるひとつのチャプターだと思えば良い。そこから何かをスタートさせて、また他のチャプターに行けばいいと思った。だから、『ロンドン・ズー』から遠すぎもせず、かつ『ロンドン・ズー』から次へ進むような作品を作ることにした。

ちなみに、ベルリンにもアフリカ系の人たちがやっているサウンドシステムがありますが、行ったことはありますか?

KM:ひとつ大きなクラブがある。最近場所を移動したけど、〈Yaam〉というクラブ。ベルリンのなかでもトップのレゲエ・クラブで、アフリカン・ミュージックのヴェニューだ。面白い場所で、フェイクのビーチがある。その偽物のビーチの上にジャマイカのビーチハウスを建てて、ドリンクやつまみを売ってる。ベルリンっぽくなくてすごくいい感じだ。最近移転のために閉まってしまったけど。まわりにアパートが建ち初めて、家賃も高くなったから。20年くらいその場所にあったんじゃないかな。新しいロケーションを見つけたみたいで良かったよ。〈Yaam〉はすごく大切な場所だから。

インターネットは好きですか? どんな風に利用していますか?

KM:ハハハハ。他のみんなと同じように、中毒でもあるし、大切なツールでもある。ときに、スクリーンの前でこんなに時間を無駄にしてしまったのかってイヤにもなるけどね。でも、同時に信じられないくらいに便利でもある。昔はアンチ・インターネットだったんだけど、ロジャー・ロビンソンとキキ・ヒトミからインターネットを使わないことに対してごちゃごちゃ言われてさ(笑)。プロパガンダには必要だって。だからいまでは俺もFacebookをパーソナル・マガジンとして使ってもいる。
 最近お袋と話してたんだけど、俺が本当に小さい子どものとき、世界の全ての本がある図書館に入り込めたらいいのにっていう夢の話を母親にしてたらしい。それがいま、インターネットで実現されているようなものだからね。そういう意味ではインターネットは奇跡とも言える。もうすっかり当たり前になってしまっているけど。でも、同時に危険でもある。インターネットの前ではゾンビになりかねないから。何もせずに情報だけを受け取るだけになってしまう可能性もある。だからバランスが必要なんだよ。すべてのことと同じ。いい面もあれば悪い面もある。

あなたはロンドンのUKのサウンドシステム文化からの影響を受けていますが、それがUKから離れることで、あなたの制作においてどのような化学変化が起きたのでしょう?

KM:先週もいくつかインタヴューを受けたんだけど、みんなこの質問をしてくる。まあ、この質問が来るのは当然だとは思うけどね。でも、さっきも言ったように、ここに住んでまだ1年ちょっとしか経っていない。この街が自分にどれくらい影響をおよぼしてるかに気づくにはまだ早すぎる。レコードをミックスしてるあいだ、3ヶ月は車いすの生活をしてて、彼女がずっと俺を世話してスタジオまで毎日押していってくれた。そういう生活からは精神的に影響されたかもしれないけど……
 あと、ベルリンは景観的にも、ロンドンよりもオープンだ。俺のスタジオは川岸にあるから、地平線が見えるんだよ。そういうものからも影響はされてるだろうね。でも、他の影響や化学反応に気づくには、いまはまだ早すぎる。いまはまだ馴染んでるところ。そこから自分のサウンドがどう形作られていくかはまだわからないね。

通訳:ベルリンの音楽から何か感じるものはありますか?

KM:ベルリンにおいて大切なのは、ここが音楽都市だということ。多くの若者がそれを求めてここにやってくる。ヨーロッパ内だとフライトも安いし、たくさんの若者が24時間パーティをしに来るんだよ。ボロボロになりに。そういうヴァイブとエナジーがある場所が大好きだ。ベルリンには確実にそれがある。それが自分にアイディアをくれているとは思う。
 俺がここに自分のサウンドシステムを移したのは、音楽に欠けていている何かを埋めるものがあったから。いま俺が取りかかっている次のアルバムのひとつは、7インチ・レーベルの〈アシッド・ラガ〉がベースになってるものなんだけど、〈アシッド・ラガ〉とライヴ・サウンドのマテリアルを俺のサウンドシステムで、ベルリンのクラブの汚い地下でプレイしたものが基盤になってる。
 だから、ベルリンにすでにインスパイアされてるのは間違いない。アイディアをくれているし、素晴らしい人たちに囲まれている。本当に、ベルリンに越してきたのはすごくポジティヴな動きだったと思う。来る前はナーヴァスだったけどね。

キング・ミダス・サウンドでは、ダブ(ないしはダブ・ポエトリー)を追求するプロジェクトでしたが、そこには、あなたの重要なコンセプトである多文化主義的アプローチも反映されていたと思います。ザ・バグのサウンドにおいて、そうしたエスノ的なアプローチ、多文化主義的アプローチはどのように活かされているのでしょうか?

KM:答えになってるかわからないけど……キング・ミダス・サウンドに多文化主義的アプローチが反映されているというのは、メンバーのひとりがトリニダード・ドバゴ出身で、もうひとりが日本人、そして俺のルーツがスコットランドとアイルランドだからっているのがあると思う。それはキング・ミダス・サウンドの大きな部分だ。
 それに加えて大切なのがダブだよ。キング・ミダス・サウンドでもバグでも、ダブは大きな要素だ。ジャマイカの音楽は自分にとって大きなインスピレーションだから。それを考えるとここ何年かは悲劇だった。自分が影響を受けてきたようなジャマイカ音楽がまったくなかったから。でもある意味、その状況は、自分自身の未来的なジャマイカン・ミュージックを作ろうと俺に決心させてくれた。自分が聴きたい音楽が見つからないから、自分が作らないといけないと思った。俺にとって、レゲエ、ダンスホール、ラガをはじめとするダブと呼ばれるすべての美とは、先進的で、驚きを与えてくれる部分だ。冒険的で脱構築的なところが魅力だった。しかし、それが最近はつまらなくなってしまった。先が読めるし、アメリカンすぎる。だから、自分が聴きたい音楽がなければ自分で作るしかないという姿勢で、自分なりのそういった音楽を作ろうとしている。先進的だったり驚きを与えるための新しい音楽の言語を作り出そうとしてるとでも言うかな。答えになっていないかもしれないけど……。

今回、ビートについてはどのように考えましたか? 『プレッシャー』のときはダブ、ダンスホール、ブレイクコア、『ロンドン・ズー』のときはグライムを参照したと思いますが、『エンジェル&デビル』はダンスホール、アンダーグラウンド・ヒップホップ、ノイズなど、さまざまなものが吸収されています。何かを参照したというよりも、あなたがいままで影響を受けてきたものが自然に吐き出されたカタチと言えるのでしょうか?

KM:サウンドに関しては、いままでに増してオープンになっている。このレコードを作る上でしたいくつかの重要な決断があった。そのうちのひとつは、ダンスホールとグライムをメインの影響にしないということだった。いや、グライムは違うな。ダンスホールとラガだ。アシッド・ラガのレコードを他で作ると決めていたから、そこは分けたかった。
 個人的に、ここ何年かでふたつの違う方法で音楽と繋がるようになってきたんだけど、それがどんどん明らかになってきている。ひとつは、クラブに行って、超クレイジーな音やヴォーカルで自分にショックを与える聴き方。精神的にドカンと来るような。で、もうひとつは、ダイナミックではなく、ゆっくりと身体に入ってくる音楽を聴くという音楽との繋がり方だ。旅行中や家にいるときはそういう音楽を聴く。ただ朦朧としたいからね。
 今回、俺はそのふたつの要素を新作のコアにしたかった。だからふたつのサイドに分けた。クラブ・ミュージックのサイドに関して言えば、昔よく聴いていたエレクトロニック・ミュージックをこの4~5年、ふたたび聴くようになった。最近のクラブ・ミュージックにがっかりしていたからね。最近のクラブ・ミュージックは、使い捨て感があって、鋭さが何もない。まるで工場で次から次に作られているみたいだ。俺が人生全体を通して好きな音楽は、超緊張感があって、革新的で新鮮なものだ。いまのクラブ・ミュージックにはそれがなくなっている。それが俺の目をエクスペリメンタルなアンダーグラウンドに向けさせているね。
 だから新作の半分は、自分が最近そういったクラブ・ミュージックに出会えていないことに対する救済策みたいなものだね。もう半分は、自分自身が朦朧としたいときに聴くような、パーソナルな部分だ。こうやってインタヴューをされると分析できるけど、作っているときは半々。行き詰まったりすれば考えたり分析するし、少し時間を与えてから、それに対する自分のリアクションを見たりする。だからサウンドの半分は自然に出て来たものだし、半分は意識して作ったものだね。

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右翼すぎる連中っていうのは、俺の最大の敵なんだ。それこそ怒りだよ(笑)。問題にはサイクルがあって、何かあればそういう連中はいつだって外国人や他の人を責める。反多文化主義で、了見が狭い。ああいうコンサバな奴らには、伝統にしがみつかず、未来に前進しろって言いたいね。


リズとコープランドという、それぞれ背景の異なった個性的な女性シンガーを起用した理由を教えてください。とくにリズは、USのドローン・フォークの人で、音楽的にみて、ザ・バグとはなかなか接点がないと思っていたので、ちょっと驚きました。

KM:俺が今回やりたかったことのひとつは、ザ・バグに対する決められた印象に対して異議を唱えること。世のなか、アニメのキャラクターみたいに、ひとつのイメージを作りたがる。だから、いつも俺はミスター・アングリーっていうイメージをもたれてるんだ(笑)。
 でも今回は、さっき言ったような、朦朧とするような部分も含め、イメージをぶち壊すような要素を入れたかった。自分には怒り以外の要素もあるし、アグレッシヴな音楽だけじゃなく、幅広い音楽を聴いて影響を受けていることを示したかった。それにはリズのようなサイケデリックな声がパーフェクトだと思った。
 最初彼女に依頼をしようと決めたとき、断られるだろうとも思ったし、ザ・バグのことを知りもしないかと思った。でも実際に依頼してみると快くオーケーしてくれて、しかも車のなかで彼女の母親に『ロンドン・ズー』を聴かせていたっていう話をしてくれてね。曲の内容は人殺しだったりするのに(笑)。それでますます思ったよ。彼女のようなシンガーだからといって、彼女が自分の曲のような音楽だけを聴いているわけじゃない。みんな、いろいろなテイストや側面を持っているんだってね。人が持っているイメージは関係ないのさ。

いま、ちょうど、怒りの質問をしようとしていたところでした(笑)。あなたは、いま、とくに何に対して何で怒っているのでしょうか?

KM:ははは(笑)。日本にはいいセラピストがたくさんいるだろうから紹介してくれよ(笑)。俺は常に怒っているわけじゃない。俺は怒ってばかりいるんじゃなくて、情熱的なんだ。音楽と人生に対してパッションがある。もちろんこの世のなかには腹が立つことがたくさんある。例えばイスラエルやガザでいま起こっていることもそうだ。ああいうのは心底腹が立つ。イギリスの政府に対してもそうだし、日本の政府もそうだ。俺を怒らせることは世のなかでたくさん起こってる。そういう怒りは、俺の音楽の燃料なんだ。それはそれでいいことだと思ってる。ただ、それは俺の一部であって、俺のすべてではないってことだよ。

通訳:今回のアルバムでも怒りはもちろん燃料に?

KM:怒りは増してると思う。さっきも言ったように、『ロンドン・ズー』ととまったく違うものじゃなく、そこからニュー・アルバムを構築していこうと決めて、そこからエンジェルとデビルのふたつの方向が生まれた。『ロンドン・ズー』からより広がっていくためにも。
 だから、一方では『ロンドン・ズー』よりもより美しく、そしてもう一方ではより醜くダーティーなサウンドを作りたかった。だからデビルの面では、より張りつめたサウンドを作り上げたかった。エンジェルの面では、より魅惑的で美しいサウンドを作りたかったしね。中途半端はつまらない。人生も、音楽も、アートも、政治もそうだ。エクストリームっていうのは、生きてるってことなんだ。真んなかにいて、なかなか動かず中身がないのはまるでマンハッタンだ(笑)。魂がないのさ。だから俺にとってこのアルバムは人生そのものだ。俺がどう生きたいか、どう人生をとらえたいか、自分が何に関心があるのか。それがこのアルバムだし、ふたつのサイドがある理由だよ。『ロンドン・ズー』のときはネガティヴなサイクルのなかにとらえられてたけど、今回はベルリンへの移住っていうポジティヴな面もあるしね。

あなたは日本の安部晋三の評判を知っていますか? 

KM:もちろん。パートナーも日本人だし、サウンドガイも日本人だし、いろんな人から話は聞いているからね。日本の政治には興味がある。日本の政治がいま軍事的になっているのはとてもショッキングだよ。最近東京の中心で自分に火をつけたジャーナリストもいたよな? いま、それくらい日本の政府は極端になってるんだと思う。大きな問題を抱えていると思うよ。前からそうなんだろうけど、とくにフクシマの後は。

通訳:EUの選挙結果も驚きでしたね。

KM:俺も驚いたよ。右翼すぎる連中っていうのは、俺の最大の敵なんだ。それこそ怒りだよ(笑)。問題にはサイクルがあって、何かあればそういう連中はいつだって外国人や他の人を責める。反多文化主義で、了見が狭い。ああいうコンサバな奴らには、伝統にしがみつかず、未来に前進しろって言いたいね。

アルバムは、「エンジェル」サイドからはじまっています。リズのほか、インガ・コープランド、ミス・レッド、ゴンジャスフィらが参加しています。「天使」と言いつつも、ユートピックな曲があるようにも思えないし、“パンディ”のように、どうにも不吉さが漂う曲があります。この「エンジェル」サイドの意図するところについてのあなたの説明を聞かせて下さい。

KM:言いたいことはわかるよ。エンジェル・サイドはハニー&シュガーではない(笑)。俺にとっては、現実逃避と希望かな。でも、俺はそれが可能だとは思っていない。大切なのは、このレコードで俺がデビルのなかのエンジェル、エンジェルのなかのデビルを表現していること。白黒にしようとしたわけではない。これは良い悪い、これは天使悪魔とハッキリわけられるものはないんだよ。必ず混ざっているものだと思う。

“ヴォイド”、フォール”、“マイ・ロスト”、“セイヴ・ミー”、非情に象徴的な曲名が並んでいますが、曲の歌詞、シンガーたちが書いたのですか? それともあなたがアルバムのコンセプトを指示したのでしょうか? 

KM:コンセプトを話し合ったりはしたけど、歌詞のほとんどはシンガーたちが書いてる。『ロンドン・ズー』ほど指示はしていない。

「デビル」サイドは、フロウダン、マンガ、デス・グリップス、ウォーリアー・クリーンらが登場しますが、こちらはよりアグレッシヴさが強調されていますが、あなたのイメージには何があったのでしょう?

KM:たしかによりアグレッシヴになってる。さっきも言ったように、今回はより緊張感のあるサウンドが欲しかったからね。それは大切な要素だった。イメージは、さっき言った通りさ。

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グライムは、俺にとってとても重要だ。グライムはロンドンの声だから。ロンドンのパンク・ヴォイス。決まりきったロンドンのものごとに対して、くたばれ! と言っている。俺が育った、そして生活していたロンドンの貧民街の声だ。俺の経験の声なんだ。


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アンガーというものは、悪魔サイドにおいては重要な要素だと思いますが、これはストリートからの怒りの表明と言えるのでしょうか? というのが次の質問でしたが、これはもう解答されてますね。

KM:だね。ストリートからだけじゃなく、いままで話してきたいろいろなこと。前に言ったように、怒りは大切な要素。何かを気にしてるからこそ怒りが生まれるんだ。怒りイコール・ネガティヴな感情ってわけじゃない。変化をもとめるからこそ生まれるものなんだ。子供の頃、パンク・ミュージックを通してそれを知った。ポスト・パンクが俺の(ミュージシャンになりたいと思うようになった)きっかけだった。当時や、当時を知る多くのアーティストは、怒りに駆り立てられていたから。

“ファック・ユー”や“ファック・ア・ビッチ”、“ダーティ”など、かなり直球な曲名が並んでいますが、どうしてこうなったのでしょう?

KM:歌詞から取っただけだよ。つまりヴォーカリストたちから来たってことだな。デビル・サイドをすごく反社会的にしたかったからこうなったんだ(笑)。こういうタイトルは、レコードの内容を現すのにまさにもってこいだったし。

“Fat Mac”は、マクドナルドのことでしょうか?

KM:大きな銃という意味。MAC-11のことさ。大きなマシンガンなんだ。でも、フロウダンが他の曲でマクドナルドのことを歌ってはいるけど。あ、待てよ。あれはたしかバーガーキングだったな(笑)。

リリックに関して、あなたの意見、考えが反映されているものはありますか?

KM:全てだね(笑)。驚く人もいるだろうけど。人によっては、俺がヴォーカリストをランダムにプロデュースしたコンピみたいな作品なんだと思ってる人もいるだろうから。でも適当にヴォーカリストを選んでいるわけではまったくなく、自分が繋がりを持てるアーティストを自ら選んでいる。歌詞のテーマはすべて俺の考えと繋がっている。だから、コラボの数々はある意味すごく組織的なんだよ。ランダムとは真逆のレコードなんだ。

2008年にあなたに取材したとき、グライムから影響を受けていると言われるのはかまわないけど、ダブステップと呼ばれるのは心外だと言っていたのが印象的でした。今作にもUKのMCが参加していますが、あなたがグライムを支持する理由は何なのでしょうか?

KM:そこまで強く言ったかな? ダブステップの世界に知り合いもたくさんいるし、尊敬もしている。コード9、マーラ、ローファー、ブリアル、シャックルトン……、そういうアーティストは素晴らしいと思う。彼らはみんなダブステップから来ている。ただ俺は、自分がやってることがダブステップだと思えなかっただけなんだ。ダブステップ・アーティストと呼ばれることに少し距離を感じていた。自分ではそうは思えなかったから。
 グライムは、俺にとってとても重要だ。グライムはロンドンの声だから。ロンドンのパンク・ヴォイス。決まりきったロンドンのものごとに対して、くたばれ! と言っている。俺が育った、そして生活していたロンドンの貧民街の声だ。俺の経験の声なんだ。だからある意味、グライムはストリートの言語なんだよ。俺にとっての最高のグライムは、ディジー・ラスカルみたいに考えさせられるグライムだね。ディープで、プロダクションがいままで自分が聴いたことのないプロダクションだから。歌詞もロンドンで、まるで俺の念写を表現してるみたいな感じがする。

デス・グリップスの起用も、あなたのリクエストだったのでしょうか?

KM:そうだよ。大ファンだからね。彼らが初めてロンドンでプレイしたショーを見たとき、自分がテクノ・アニマルにいた頃の音楽を思い出した。彼らはもう解散してしまったけど、いまだに大好きだ。彼らはどこにも属さない“変人”たちだ。彼らはまわりを気にしない。だから彼らを大好きな人たちもいれば、大嫌いな人たちもいる。中間がない。好きか嫌いか。それが俺のなかでグっとくる。多くのアーティストがリアクションを気にしているから。

現在ユース・カルチャーというものは、80年代以上にマーケティングの対象にされています。そして昔以上に、現代は、メインストリームの音楽と非メインストリームが分かれているように感じるのですが。

KM:100%そうだと思う。中間というものがなくなってると思う。ここ5年で、俺はずっと超アンダーグラウンドな音楽を聴きまくっているんだ。さっきも少し話したけど。中間で面白いものっていうのがないんだよな。超ビッグなポップ・ミュージックがアンダーグラウンドか。そのふたつになってる。だからその意見は正しいと思うよ。

最近見た映画、面白かったのは何でしょう?

KM:たくさんあるからな……どうしよう……新作と繋がるものを選んで答えようかな。ちょと待ってくれよ……狂気や熱狂に関して言えば、ギャスパー・ノエの『エンター・ザ・ボイド』。この映画のサウンドデザイン、ヴィジュアル・デザインは本当に素晴らしいし、普通とはかけ離れたストーリーラインがいい。映画全体を通してセックスとヴァイオレンスが極端に表現されてて、本当にクレイジーな作品だ。いままで見たことのないような映画だから、映画史のなかでも重要な作品のひとつだと思う。デス・グリップスと似てて、見た人の好き嫌いがわかれる。めちゃくちゃ好きか、めちゃくちゃ嫌いかのどちらかだ。俺のレコードの一部に共通する部分がある、そういった狂気で熱狂的な部分が。
 同時に俺は、すごくゆったりとした映画にも惹かれるんだ。『エンター・ザ・ボイド』とは真逆の作風の映画に。そういう映画では、ウォン・カーウァイの大ファンだ。彼の映画は何度も見ている。すごく美しいから。ベトナムの映画監督のトラン・アン・ユンの作品も面白い。美しくて、ヴァイオレントで面白い。

通訳:ありがとうございました。

KM:こちらこそ。来日を楽しみしているよ!



■ザ・バグ、来日情報!

新作をひっさげてザ・バグが来日! MCとしてフローダン(UKグライムの最高のMCのひとり)も一緒だ!
そして、今日のテクノを語る上で欠かせないアーティスト、今年の初め、『ゲットーヴィル』を発表したアクトレスも来日!

2014年9月19日(金)代官山UNIT
OPEN/START 23:00
前売 3,800YEN 当日 4,500YEN

LINEUP:
THE BUG FEAT. FLOWDAN
ACTRESS
AND MORE...
INFO: BEATINK 03-5768-1277[ info@beatink.com ]

TICKET INFORMATION
東京公演:前売3,800YEN
BEATINK先行販売:7/11(金)18:00~
ご購入はコチラ:https://shop.beatink.com
● 先行特典「THE BUG缶バッジ」付き!

2014年9月20日(土)CLUB MAGO
※詳細後日発表

2014年9月22日(月・祝前日)CIRCUS
※詳細後日発表

※各公演共20歳未満入場不可。要写真付き身分証持参。


interview with Traxman - ele-king


Traxman
Da Mind Of Traxman Vol.2

Planet Mu/Melting Bot

FootworkJukeGhetto

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 本当に暑い。夏の真っ直中だ。少しでも身体が動けば汗が噴き出る。え? フットワークだと? 
 人生に「たら」「れば」はないが、自分がいま20歳ぐらいだったら「シカゴのフットワーク以外に何を聴けばいい!?」ぐらいのことを言っていただろう。そして、DJラシャドが逝去したとき、本気でシーンの行く末を案じたに違いない。DJラシャドは、衝動的とも言えるこの音楽に多様な作品性を与えた重要なひとりだった。
 DJラシャドの他界の前には、シカゴ・ハウスのパイオニア、フランキー・ナックルズの悲報もあった。シカゴはふたりの大物を失った。
 で、しばらくするとトラックスマンの『Da Mind Of Traxman Vol.2』がリリースされた。
 以下のインタヴューで本人が言っているように、前作『Vol.1』と同じ時期に作られたものだそうだが、マイク・パラディナスの選曲だった『Vol.1』に対して、今作『Vol.2』は自身が手がけている。ヨーロッパからの眼差しをもってパッケージしたのが前作で、シカゴ好みが全面に出ているのが今作だと言えよう。どうりで……
 豪快な作品である。笑えるほどの大胆なサンプリング使いとユニークで力強いビートは、この音楽の勢いが衰えていないことの証左でもある。圧倒的なまでにファンキーだ。
 しかも……この猛暑のなか、トラックスマンは来日する。くれぐれも充分に水分を取ってから、ギグに向かおうじゃないか。

“ゲットー”は心理状態や人格だ。住んでいる場所や経済状況ではない。ゲットー・エリアに住んでいた奴がゲットーな街を出て行っても、そいつはゲットーなままだ。ネガティヴな意味で使われがちだけど、俺はポジティヴな意味で使う。ハングリーさとかそういうメンタリティを表しているからな。


海法:〈Juke Fest〉はどうでしたか? 今回は〈Booty Tune〉のD.J.AprilとD.J.Fulltono、あとダンサーのWeezy (SHINKARON) もいました。日本人がシカゴの現地のシーンへ訪問することをどう受け止めていますか?

トラックスマン:〈Juke Fest〉は最高だったよ。日本でジューク/フットワーク・シーンを広めてるDJやダンサーがジュークのメッカ、シカゴに来てくれた事は物凄く意義があったと感じている。シーンの現状を見せることが出来たし、彼らをシーンのパイオニアであるJammin' GeraldやDJ Deeon、X-Rayとか若手のSpinnやK.Locke、ダンサー集団のThe Eraに紹介することも出来たし、双方にとって素晴らしい機会になった。〈Dance Mania〉の本社にも連れて行ったよ。

DJラシャドの死についてまずはコメントをください。彼を失ったことはジューク/フットワークのシーンにおいて、どのような意味を持っているのだと思いますか?

トラックスマン:ラシャドの死についてコメントするのは本当に難しいな……。シカゴにはラシャドをDJとしてだけでなく、個人的に親しくしていた人もたくさんいたから彼の死はとても衝撃的だった。実際に会って話をして、彼を『DJ Rashad』ではなくひとりの人間として接すると、本当に素晴らしい人間だということがすぐにわかるし、そういう人たちにとってのショックは計り知れない。彼を失ったことは非常に残念だけど、彼がこの世を去った後もシカゴのプロデューサーやダンサーはかならずこのシーンをさらに世界中に広めようと心に誓っている。

少し前にフランキー・ナックルズが亡くなり、DJラシャドまで亡くなるというのは、シカゴ・ハウスの歴史を知るあなたにとって重い出来事だったと思います。

トラックスマン:そのふたりが亡くなったのは1か月も離れていないんだ。ラシャドとは17〜8年の付き合いだったので、本当の親友を失ったと感じているよ。フランキーの死に関しては、シカゴ全体がショックを受けたニュースだった。ハウス・シーンを最初期から見ている古い世代がもっともショックを受けていると思う。もちろんそれはシカゴに限ったことではなくて、世界中のハウス・ミュージック好きにショックを与えた出来事さ。いい出来事も、悪い出来事も、受け入れなくてはならない。

いまはジューク/フットワークのシーンは日本にも広がっているときだったので、彼の死はとても残念でした。とくにDJラシャドは音楽的な才能に恵まれた人だったし、あなたとはもう古い付き合いだったと思います。ぜひ、彼と出会った頃の話を聞かせてください。

トラックスマン:日本にジューク/フットワーク・シーンがここまで広まったのは本当に素晴らしいことだ。今度の来日も出来る事なら1ヶ月くらい滞在したいよ。
 ラシャドに出会ったのは、1997年か98年のことだな、あるパーティでRP Booに紹介されて初めて会った。その後しばらく会わない時期があったけれど、仲が悪かったわけでは決してなくて、DJでお互いの曲をプレイしていたりもした。2004年に再開して、そこからは完全に意気投合して、シカゴのウェストサイドで「K-Town 2 Da 100'z」というミックステープを俺とラシャド、スピンの3人でリリースしたりもした。その頃ラシャドとスピンはDJ Clentの〈Beat Down〉クルーに所属していたんだけど、それを抜けて俺を含めた3人で〈Ghettoteknitianz〉クルーを始動させた。そこから新しい時代が幕を開けたと言っても過言ではない。もちろん当時は俺らのやってる音楽がここまで大きなものになるなんて誰も予想すらしていなかったけどね。

あなたは子供の頃からディスコ、初期ハウス、ガラージ・ハウスを知っているし、そしてロン・ハーディのDJも知っています。そして、シカゴ・ハウスがミニマルでクレイジーな方向、ビート主体で、テンポも速いゲットー・ハウスへと展開していった過程も知っていますよね。先ほども言いましたが、シカゴの歴史を知っているひとりですが、まずはあなたにハウスを定義してもらいましょう。ハウスとは……何でしょう?

トラックスマン:ロン・ハーディをもの凄くリスペクトしているし、フランキー・ナックルズも尊敬してる。だが、彼らがシカゴのクラブでプレイしていた1983〜85年くらいの時期は、まだ俺は10歳くらいの子供で、クラブに行くことすら出来なかった。音楽の情報源はもっぱらラジオだった。ロンやフランキーのプレイを見ることが出来るようになったのはもう少し歳をとってからだ。
 これは本当に世に知られてないことだけど、俺らの世代のDJはみんなWBMXというラジオ局を聴いて、ハウス・ミュージックの洗礼を受けたのさ。俺は当時WBMXでDJをしていたKenny Jammin Jason、Scott Smokin Silz、そしてFarley Jackmaster Funkのプレイを聞いてハウスを学んだんだ。彼らのことは本当に死ぬほど愛しているし感謝しているよ。彼らラジオDJの存在がなければ、いまのシカゴにここまで多くのDJやプロデューサーがいる状況は生まれていなかっただろう。
 俺より上のロンやフランキーの時代にクラブに行ってた世代は、クラブで流れる曲に注目しただけで、DJのスキルやミックスのテクニックに注目はしていなかった。だがラジオDJは違った。例えば1曲かけるだけでも最初にインストゥルメンタルをかけて、じょじょにヴォーカル入りのヴァージョンにミックスして、そのあとダブミックスのブレイク部分をかけるなどして、ミキシングで展開を作った。俺らはそのスタイルにとても影響を受けている。
 ハウス・ミュージックの歴史に関しては、ラジオDJが後の世代にいかに大きな影響を与えたかなどの重要な情報は、シカゴの街から外に出ることは無かった。ハウス・ミュージックは70年代後半に生まれたと言う人もいるけど、現在も受け継がれているハウス・ミュージックのスタイルが誕生した本当のスタートは、1985年だ。その年にChip Eがリリースしたレコードに"House"(85年発表の「Itz House」)、そして"Jack"(同じく85年の「Time to Jack」)という言葉が初めて使われた。ちなみにChip Eは、十数年前に日本に引っ越して、いまも住んでいるよ。シカゴに戻りたくなくなったのかもね(笑)。
 俺にとってハウスは、キックとスネア、サンプルで構成されたとてもシンプルなもの。それのスタート、そして現在のハウスのスタイルの元となったものの誕生が1985年、とても重要な年だ。俺はハウス・ミュージックについての正しい知識と知識を広めるのが宿命だと思っている。そのためにCorky Strongという名義でも活動している。昔のことを知らないで、良い方向で未来に向かって行くことは難しいからね。
 シカゴは昔から、それこそアル・カポネの時代からとても閉鎖的で、隔離されていて、それでいて自分たちのテリトリーを重要視する街なんだ。ゲットー・ハウスもジュークもフットワークもシカゴではまったくリスペクトされていないのが実際のところで、地元で力のある多くのベテランDJやラジオ、テレビはまったくピックアップしない。インターネット上で盛り上がってるだけだ。これは本当に根深く大きな問題だ。自分たちの街で、自分たちに当てられるべきスポットライトが当たった試しがない。インターネットは比較的最近の媒体で、いまだに多くの人びとはラジオやテレビで新しい音楽と出会っている。なのにそれらのメディアが取り上げてくれないと広がりようがない。俺たちの作った音楽がいつの間にか海を渡って、日本やその他の国で愛されていることを知ったのもつい最近のことだ。いつも海外での評価の方が地元の評価より高いのさ、例えばジミ・ヘンドリクスがアメリカを出てヨーロッパで評価されるまでは、アメリカでまったくと言っていいほど評価されていなかった。それと似た感じだな。このあいだ日本のフットワーカーのWeezyがシカゴに来たとき、ゲットーのレストランでフットワークを披露したんだけど、地元の人間は本当に驚いた。フットワークのダンス・カルチャーが世界に広がってるなんて想像もしていないかったからね。


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俺より上のロンやフランキーの時代にクラブに行ってた世代は、クラブで流れる曲に注目しただけで、DJのスキルやミックスのテクニックに注目はしていなかった。だがラジオDJは違った。例えば1曲かけるだけでも最初にインストゥルメンタルをかけて、じょじょにヴォーカル入りのヴァージョンにミックスして、そのあとダブミックスのブレイク部分をかけるなどして、ミキシングで展開を作った。


あなたがハウスにハマった理由について教えて下さい。

トラックスマン:いい質問だな。最初にChip Eの「Itz House」を聞いたときは全然好きになれなかったんだ。いまは大好きだけどね。同時期にChip Eが発表した「Time to Jack」がハウスにハマった大きなきっかけのひとつだな。電子的なシーケンス・パターンに完全にやられたよ。
 その前年にJesse Saundersが「On and On」を発表して、リズムマシンを使ってファンクを表現するスタイルを確立した。初期のハウスはTR-808リズムマシンのサウンドが多く使われていたんだけど、808のドラム・サウンドに本当に虜になった。その後1987年にハウス・ミュージックのサウンドに変化が見えはじめた。TB-303を用いたアシッド・ハウスが登場して、そのサウンドにも夢中にさせられたね。当時ちょうどティーンネイジャーだった俺は、ロン・ハーディらがDJしていた〈ファクトリー〉に遊びに行きだした。いまでも仲がいいHouseboyって友人とよく一緒に遊びに行っていたよ。〈ファクトリー〉はシカゴのウエストサイドにあったティーンのクラブで、Jammin Geraldとかがプレイしていた。
 あるとき〈ファクトリー〉で遊んだ帰り、夜中の2時くらいにHouseboyが「サウスサイドのクラブに行ってみよう」と誘ってきて行ってみたんだ。そこではロン・ハーディがDJしていて、初めてドラッグ・クイーンとかゲイのパーティ・ピープルを見て衝撃受けた。ロン・ハーディーは選曲のセンスはパワフルで人を引き付ける物があった。だけどDJとしてのテクニックはいまひとつだと感じたのを覚えてる。そのサウスサイドのクラブで流れていたのは、メロディやハーモニーが重視されたキレイ目な楽曲が多かった。いっぽうウエストサイドではビート重視でリズムマシンが多用された電子的な、さっき出たChip Eの楽曲のようなスタイルが好まれた。同じハウス・ミュージックでも、サウスがハウス・クラウド(客)、ウエストがビート・クラウドという風に言われていて、同じ市内でもビート系とハウス系ではまったく違うシーンだったよ。俺はもちろんビート・クラウドさ。

どうしてあなたは、ゲットー・ハウスの流れの方に進んだのでしょうか? たとえばディープ・ハウスではなく、ゲットー・ハウスの側に惹かれた理由を教えて下さい。

トラックスマン:最大の要因はまわりの人間だな。俺がいまでも住んでいるウエストサイドの人間、みんなビート系ハウスの流れを組んだゲットー・ハウスが好きだった。もちろん自分でも好きだったけど、パーティに遊びにくる人たちも、まわりのDJもみんなゲットー・ハウス好きだった。まわりの人たちを喜ばせるためにもゲットー・ハウスに進んだのは自然な流れだったね。80年台後半から90年代初頭にはハウス・ミュージックはシカゴでは落ち着いてしまって、ヒップホップの時代に突入した。そのかわりハウスは、世界中に波及して、当時シカゴを盛り上げていた尊敬していた先輩DJはイギリスやヨーロッパの国々に行ってしまった。
 ヒップホップが勢いを増すなか、シカゴに残ったプロデューサー、Armando、Steve Poindexter、Robert Armani、Slugo、Deeon、そして俺なんかは、ラジオでもすっかりプレイされなくなってしまったハウス・ミュージックを作り続けていた。つまり、ハウスはストリートに戻ったってことさ。その頃は400〜500ドルくらいの少額な契約金でレコード契約を地元レーベルと結んでいた、何より作品を発表し続けたかったからね。その頃から考えるといまの現状は考えられないね。

Traxmanを名乗ったのも、〈TRAX〉ものが好きだったからですよね?

トラックスマン:良くわったね。その通りだよ。〈TRAX〉レーベルから出ていた楽曲は的を得ていたというか、何か俺に語りかけているような魅力があったんだ。DJをやりだした頃はDJ Corky Blastっていう名前で、そのあと90年頃からDJ Jazzyっていう名前だったな、Jazzy Jeffが好きだったからね。93年頃にTRAXMANと名乗りだしたんだ。93年ごろにPaul Johnsonと知り合った。彼は銃で背中を撃たれた直後で車いす生活を余儀なくされたばかりだった。同時期にTraxmenメンバーのEric Martinと親しくなり同じくTraxmenのメンバーとして活動していたGant-manを紹介された、当時まだ13〜4歳の子供だったよ。仲間が増えてきた矢先に、俺たちの活動の場だったウェストサイドの〈ファクトリー〉が火事で焼失してしまい、〈ファクトリー〉の歴史は急に終わってしまった。その直後からJammin Gerald、DJ FUNK、Paul Johnsonなどがレコードをリリースしはじめて、その流れに乗って俺もリリースをはじめた。
 同時期にサウスサイドのDJ/プロデューサーの噂が耳に入るようになってきた。DJ Deeon、Slugo、Miltonとかだ、サウンドを聞いたら彼らは最高にイケてたよ。ちょうどこの時期が85年以降のハウスのオリジネーターとゲットー・ハウス世代の世代交代の時期だったな。その頃はギャング抗争がもの凄く激しくて、ストリートはとても危険だった。俺たちは音楽に救われていた、音楽にハマっていなかったらギャング抗争に巻き込まれて、殺されていてもおかしくなかったからな。実際に殺されてしまった友人もたくさんいる。音楽が俺を救ってくれたから、いまシカゴでくだらない争いに巻き込まれている若いヤツらだって、音楽に救われることが出来るんだということを伝えていきたいと本気で思っている。

DJとして活動するのは何年からですか?

トラックスマン:1981年だね。

DJ以外の仕事はしたことがありますか?

トラックスマン:それもいい質問だ。むかし、1989年から1年ちょっとのあいだ地元のトイザラスで働いて、それ以外の仕事は全部音楽に携わる仕事さ。レコード屋で働いたり、〈Dance Mania〉のディストリビューションの手伝いをしたりしてた。

あなたが〈Dance Mania〉からデビュー・シングルを発表するのは、1996年ですが、自分でトラックを作るようになったきっかけは何だったのでしょうか?

トラックスマン:俺の原点ともいえる初期のハウス・ミュージックに大きく影響されている。アシッド・ハウスも好きだったけど、ビートやシーケンスが強調されたスタイルがやはり好きで、作曲に関してはそれにもっとも影響を受けているな。〈ファクトリー〉でJammin Geraldがプレイしていたり、ラジオで流れていたSleazy Dの“Lost Control"を聴いて、俺もトラックを作ってみようと決めた。Adonisの“No Way Back"っていう曲もかなり影響を受けたな。
 当時は近所にリズムマシンを持っている人が本当に少なくて、87年か88年ごろにSlick Rick Da Masterと知り合い、彼がチャック(=DJ FUNK)を紹介してくれた。リズムマシンを持っていたのは、そのふたりだった。Fast Eddieも割と近所に居たけど、彼はヒップ・ハウスが流行ってきて忙しくなってきた頃だから全然会えなかった。当時はレコードはたくさん持っていたけど、リズムマシンは持っていなかったんだ。DJ Raindeerっていう仲間がいたんだけど、そいつは逮捕されしまって今度はそいつの弟とよく遊ぶようになって、ある日「俺、実はリズムマシンもターンテーブルも持ってるよ」と言ってきたんだ。その頃、DJ FUNKも近所に越してきていて、俺のターンテーブルとFUNKのカシオRZ-1を交換した。ついに機材が揃ったから曲作りが出来るようになった。そこからは夢中になって、トラック制作に取り組んだね。DeeonとかGantmanとかサウスサイドの連中ともどんどん仲良くなって、ゲットー・ハウスシーンが広がっていった。

「Westside Boogie Traxs - Vol I」を出してから、「vol.2」はいつ出たんですか?

トラックスマン:Vol.2はフランスの〈Booty Call〉から2012年に発表したよ。1と3は〈Dance Mania〉だね。

90年代末から2000年代の最初の10年前、あなたはとくに目立った作品のリリースはしていませんが、それは何故でしょうか?

トラックスマン:コンスタントに曲は作っていたんだけど、〈Dance Mania〉も止まってしまい、発表の場が無くなった。デトロイトのDJ Godfatherがそのあいだの時期にシカゴのアーティストの作品をリリースしていたが、俺は彼とはあまり繋がっていなかったからな。それからじょじょにフランスの〈Moveltraxx〉みたいなレーベルから声がかかるようになって、自分の作品を発表する場が出来てきた。

ゲットー・ハウスがどんどん発展して、音楽的に独創的になり、ジュークが世界的に認知されるまでのあいだ、シカゴのシーンはどんな感じだったのでしょうか?

トラックスマン:シーンはあったんだけど、前後の時期ほど盛り上がってはいなかったね。なんとなく続いていた感じかな。

ちなみにシカゴでは、いつぐらいからヴァイナルではなくファイルへと変わっていったのでしょう?

トラックスマン:それは他の連中がPCでDJをはじめて時期と一緒くらいだよ。2000年代半ば頃から、ちらほら増えだしたな。俺は筋金入りのヴァイナル・フリークでターンテーブリストだけど、昔からテクノロジーも好きだから、いまはPCも使っているよ。PCDJを否定する連中もいるけど、彼らはテクノロジーをどこか恐れている部分がある気がする。


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初期のハウス・ミュージックに大きく影響されている。アシッド・ハウスも好きだったけど、ビートやシーケンスが強調されたスタイルがやはり好だ。Sleazy Dの“Lost Control"を聴いて、俺もトラックを作ってみようと決めた。Adonisの“No Way Back"にもかなり影響を受けたな。


Traxman
Da Mind Of Traxman Vol.2

Planet Mu/Melting Bot

FootworkJukeGhetto

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2012年の『Da Mind Of Traxman』以来のセカンド・アルバム、『Da Mind Of Traxman vol.2』は、相変わらず勢いのある作品で、ビートがさらにユニークになっているし、カットアップもより大胆になっているように感じました。

トラックスマン:実は『Vol.2』も『Vol.1』も収録楽曲はほぼ同時期に作られている。もちろん新しい曲も収録されているけどね。いちばんの違いは、前作は〈Planet Mu〉が楽曲をチョイスした楽曲しているが、今作のほとんどは俺が選曲したってことだ。もちろん前作も気に入っているけど、今作の方が実験的な曲を収録出来たし、気にっているよ。

ジャングルからの影響はありますか? 15曲目の“Your Just Movin”など聴くとそう思うのですが。

トラックスマン:言われてみればそう聞こえるかもな。良いところをついてくるな。とくにジャングルを意識して作ったわけではないよ。さっきも言ったように、今作は本当に実験的なアルバムだから、かなり珍しいサンプルとか、変わったネタ使いをしているというだけ。

ジューク/フットワークはダンスのための音楽なわけですが、あなたはアルバムというものをどのように考えていますか?

トラックスマン:アルバムは俺の子供みたいなものだ、1曲1曲に俺の好きなアイディアを詰め込んであるし、自分の子供たちを世に送り出すような感覚だね。

よりテンポを落として、ハウスやテクノとミックスしやすいようにしようとは考えませんか?

トラックスマン:それは別名義のCorky Storngでやっているよ。トラックスマンはジューク/フットワークの名義だ。それにDJをやるときは160BPMからはじめることはまずない。いきなり160から入ったら、あまりに窮屈だからね。最初は比較的ゆっくり、128BPMくらいからはじめて、じょじょに上げていくのが俺の基本スタイルかな。

クイーン、クラフトワークなど、大ネタを使っていますが、サンプリングのネタはどのようにして探しているのですか?

トラックスマン:サンプルは俺の家にある音源と親友のX-Rayのレコード・コレクションから選んでいる。X-Rayは本当に凄いコレクターで、彼のコレクションはまさに“Mind of Traxman"だよ。使うサンプルを探してるときはいろいろなレコードを聴いて、気に入るサンプルを見つけるまでひたすらアイディアを巡らせている。気に入った部分を見つけたら部分的に保存しておいて貯金するようにためておくんだ。

あなたにとって「getto」とは、どんな意味が込められていますか? 人はそれをネガティヴな意味で使いますが、あなたはこの言葉をなかば前向きに使っているように感じます。

トラックスマン:gettoは心理状態や人格だ。住んでいる場所とか経済状況ではない。ゲットー・エリアに住んでる奴がいるとして、そいつがゲットーな街から引っ越して出て行っても、そいつはゲットーなままだ。ネガティヴな意味で使われがちだけど、俺はポジティヴな意味で使う。ハングリーさとかそういうメンタリティを表している。ちなみに俺はG.E.T.O. DJzっていうDJクルーに入っているんだけどそれは"Greatest Enterprise Taking Over"(制圧する最高の企業)の略だ。

ゲットー・ハウスは、このままワイルドなスタイルを貫くのでしょうか? それとも音楽的に成熟する方向を目指すのでしょうか? あなたは未来についてどう考えていますか?

トラックスマン:俺たちシカゴの人間、そして世界中のゲットー・ハウス、ジューク/フットワークのプロューサーがいる限り、音楽のスタイルは変わらない。進化は続けるけれど本質が変わることはないよ。

海法:まもなく日本でのツアーが始まりますがその意気込みをきかせて下さい。

トラックスマン:日本にまた行けるのを本当に楽しみにしている! 嬉しくて、フットワークが踊れたらこの場で踊ってしまいたいくらいだ! 前回よりも絶対に最高の内容になるのは保障する! 是非見に来てくれ!



Da Mind Of Traxman Vol.2 Release Tour 2014 In Japan




数多くの逸話を残した衝撃の初来日から2年。80年代シカゴ・ハウス、90年代ゲットー・ハウス、そして00年代ジューク、シカゴ・ゲットーの歴史と共に30年以上のキャリアを誇るシカゴ・マスター、 Cornelius Ferguson (コーネリアス・ファーグソン)こと Traxman (トラックスマン) aka Corky Strong (コーキー ・ストロング)が最新アルバム『Da Mind Of Traxman Vol.2』を携えて待望の帰還!

ツアー会場先行 & 限定特価でTraxmanのハウス名義Corky Strongでの日本限定来日記念盤CDのリリースやオリジナルのTシャツの物販も要チェック!

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SOMETHINN 6 - DA MIND OF TRAXMAN VOL.2 RELEASE TOUR -
■8.8 (FRI) @ Circus Osaka
OPEN / START 22:00 - ADV ¥2,500 / Door ¥3,000 *別途1ドリンク代500円

Guest:
Traxman (Planet Mu / Lit City / Dance Mania / GETO DJ'Z / TEKLIFE / TEK DJ'Z)

DJs:
Kihira Naoki (Social Infection)
D.J.Fulltono (Booty Tune / SLIDE)
Metome
Keita Kawakami (Kool Switch Works)
DjKaoru Nakano
Hiroki Yamamura aka HRΔNY (Future Nova)

More Info: https://circus-osaka.com/events/traxman-release-tour/

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TRAXMAN JAPAN TOUR 2014
■8.9 (SAT) @ Unit & Saloon Tokyo
OPEN / START 23:00 - ADV ¥3,000 *150人限定 / Door ¥3,500

DJs:
Traxman (Planet Mu / Lit City / Dance Mania / GETO DJ'Z / TEKLIFE / TEK DJ'Z)

DJ Quietstorm
D.J.Fulltono (Booty Tune)
D.J.April (Booty Tune)

Live Acts:
CRZKNY
Technoman

Saloon:
JUKE 夏の甲子園 <日本全JUKE連> 開催!

DJs:
D.J.Kuroki Kouichi (Booty Tune, Tokyo)
Kent Alexander (PPP/Paislery Parks, Kanagawa)
naaaaaoooo (KOKLIFE, Fukuoka)

Live Acts:
Boogie Mann(Shinkaron, Tokyo)
Rap Brains (Tokyo)
隼人6号 (Booty Tune, Shizuoka)
Skip Club Orchestra (Dubriminal Bounce, Hiroshima)
Subsjorgren (Booty Tune, God Land)

More Info:
https://www.unit-tokyo.com/schedule/2014/08/09/140809_traxman.php

ICHI-LOW (Caribbean Dandy) - ele-king

9/11 原宿UCでA-1 LOUNGEに出ます。

来日間近のMORGAN HERITAGE 関連のフェイバリット


1
Perfect Lave Song - MORGAN HERITAGE

2
Jah Seed - MORGAN HERITAGE

3
Call to Me - MORGAN HERITAGE

4
DOWN BY THE RIVER - MORGAN HERITAGE

5
SWEET WATA - PETER MORGAN

6
Let it Fly - IRIE LOVE ft. PETER MORGAN

7
She's Still Loving Me - MORGAN HERITAGE

8
WASH THE TEARS - GRAMPS MORGAN

9
Rescue Me - Duane Stephenson and Gramps Morgan

10
One In A Million - GRAMPS MORGAN


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