ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Bruce Springsteen ——ブルース・スプリングスティーンの未発表アルバムがボックスセットとしてリリース
  2. Seefeel - Quique (Redux) | シーフィール
  3. Twine - New Old Horse | トゥワイン
  4. 別冊ele-king VINYL GOES AROUND presents RECORD――レコード復権の時代に
  5. Jefre Cantu-Ledesma - Gift Songs | ジェフリー・キャントゥ=レデスマ
  6. interview with Nate Chinen 21世紀のジャズから広がる鮮やかな物語の数々 | 『変わりゆくものを奏でる』著者ネイト・チネン、インタヴュー(前編)
  7. Black Country, New Road - Forever Howlong | ブラック・カントリー、ニュー・ロード
  8. Jane Remover ──ハイパーポップの外側を目指して邁進する彼女の最新作『Revengeseekerz』をチェックしよう | ジェーン・リムーヴァー
  9. Shintaro Sakamoto ——すでにご存じかと思いますが、大根仁監督による坂本慎太郎のライヴ映像がNetflixにて配信されます
  10. Conrad Pack - Commandments | コンラッド・パック
  11. interview with Yukio Edano つまり……下からの政治とはいったい何なのか  | 枝野幸男、インタヴュー
  12. Cosey Fanni Tutti ——世界はコージーを待っている
  13. interview with Sonoko Inoue ブルーグラスであれば何でも好き  | 井上園子、デビュー・アルバムを語る
  14. Soundwalk Collective & Patti Smith ──「MODE 2025」はパティ・スミスとサウンドウォーク・コレクティヴのコラボレーション
  15. DREAMING IN THE NIGHTMARE 第2回 ずっと夜でいたいのに――Boiler Roomをめぐるあれこれ
  16. Columns Special Conversation 伊藤ガビン×タナカカツキ
  17. interview with Black Country, New Road ブラック・カントリー・ニュー・ロード、3枚目の挑戦
  18. Colloboh ——ナイジェリア生まれのモジュラー・シンセサイザーの魔術師がこのGW中に初来日
  19. Whatever the Weather - Whatever the Weather II | ホワットエヴァー・ザ・ウェザー
  20. Eyed Jay - Strangeland | イアン・ジックリング

Home >  Reviews >  Album Reviews > King Midas Sound- Waiting for You

King Midas Sound

King Midas Sound

Waiting for You

Hyperdub/Ultra Vibe

Amazon

野田 努 Nov 15,2009 UP
E王

 これは、ダブ好きには避けては通れない1枚。いつまでもルーツにしがみついているダブ好きではなく、時代とともに更新されていくダブを積極的に受け入れていくことができる、耳と心が広く開かれたリスナーにとってのマストな1枚である......とはいってもデッドビートなんかに比べればそれなりにルーツに敬意を払っているのだが......。
 キング・ミダス・サウンド(英語読みすれば、キング・マイダス・サウンド)はケヴィン・マーティン(ザ・バグ)と、作家であり詩人のロジャー・ロビンソンによるプロジェクトだ。作家といってもロジャー・ロビンソンのことなぞ僕は知らなかったけれど、調べてみるとなかなか興味深い男で、彼はロンドン在住のトリニダード系イギリス人で、詩人であり、作家であり、音楽家であり、パフォーマーで、イギリスのブックアワードにて「影響を与えた黒いイギリス人作家の50人」のひとりに選出されている。2001年に『Adventures in 3D』、2004年に『Suitcase』といった本を発表している。いわばディアスポラである。彼はシンガーとして、詩人として、アッティカ・ブルースのアルバムに参加したり、あるいはビーンズ(アンチ・ポップ・コンソーシアム)をゲストに迎えて自費でレコードを制作したりとか、地道に音楽活動を続けている。2001年にはテクノ・アニマルのシングルにも参加しているし、〈リフレックス〉から出たザ・バグのセカンド・アルバムにも参加している。2007年の『Box Of Dub』でキング・ミダス・サウンドを名乗る以前から、マーティンとはすでに顔見知りなのだ。
 そしてマーティンは、昨年のザ・バグの『ロンドン・ズー』によってこの20年の苦労が報われたというか、ようやく初めて大々的に評価された人で、だから彼のこのダブ・プロジェクトであるKMSを出すにはいまが最高に良い時期でもある。幸先の良いことに、KMSは昨年の最初のシングル「Cool Out」によってすでに好き者たちのあいだで評判となっていた。今年の夏前は〈ハイパーダブ〉からの2枚目のシングル「Dub Heavy ― Hearts & Ghosts」を発表して、ファンの期待をさらに煽っている。何よりもその重量級ベースラインの震動によって(挑戦してるんだろう、どこまで出せるか)。
 ヒット・シングルのタイトル曲"Cool Out"ではじまる待望のアルバムは、その立派なプロジェクト名とは裏腹に、亡霊のような音楽だ。風が吹き、霧雨が立ちこめるとき、真っ暗闇を歩いているような気分にさせてくれる。すべての輪郭がぼやけ、重低音が響いている。眼鏡を外して夜の散歩をしているような感覚だ。タイトル曲の"Waiting For You"はベストトラックのひとつで、いわば電子ノイズのシャワーが降り注ぐマッシヴ・アタックである。〈ハイパーダブ〉のコンピの1曲目に選ばれた"M eltdown"や"I Man"もキラーだ。アンドリュー・ウェザオールのゴシック趣味が暗い雨の日のカリブ海の路上で再現されたかのようである。"Goodbye Girl"ではトリッキーのパラノイヤが憑依したかのように、不気味なスペース・ダブを展開する。"Outer Space"は強烈なアフロビートが響くダンサブルな曲だが、最後から2番目のこの曲が流れる頃には、リスナーはすっかり動けなくなっているかもしれない。
 もしこのアルバムでひとつ大きな不満があるとしたら、ロビンソンの言葉が僕の英語力では理解できないということである。わかったらものっとハマれるんだろう。

野田 努