Home > Reviews > Album Reviews > King Midas Sound- Without You
リミックス・アルバムとはDJカルチャーからきているので、意味や歌詞よりも、まずはダンスフロアで音を楽しめれば良いという価値観に基づいている。どっかの欧米のメディアのレディオヘッドのリミックス盤のレヴューで、「この世界にはより深くハードに聴く1枚のアルバムというものがあるのだ」とリミックス盤を批判していたが、そうした作家に対する神話性ないしは絶対的なものを相対化するのがリミックスという作業なのだから批判になっていない。レディオヘッドのオリジナルが猥雑なダンスフロアで流れることに価値があり、もし議論するなら、たとえば"ロータス・フラワー"のリミックスはSBTRKTとジャッケス・グリーンのどっちが良いかという点だ。
ザ・バグの名義で知られるケヴィン・マーティンとロジャー・ロビンソ(トリニダード・トバコ出身のディアスポラ詩人)のふたりによるキング・ミダス・サウンドは、ロンドンの〈ハイパーダブ〉からの2009年の素晴らしいデビュー・アルバムによってリスナーの度肝を抜いた。ザ・バグのロンドン流のサウンドシステム文化を特徴づけるハイブリッディを踏襲した『ロンドン・ズー』(ダブ、レゲエ、グライム、ダブステップ、ヒップホップ、IDMなどの混合)からの流れを、大胆な抽象的なダブ・サウンドとして展開したのがそのアルバム『ウェイティング・フォー・ユー......』は、いま思えばブローステップ(この1年、ばかみたいに盛り上がっているレイヴ系ダブステップ)へのアンチテーゼという意志があったんだなと思える。ケミカルでノリノリのブローステップに対してこちらはストーンしっぱなし、チルアウトである。
『ウィズアウト・ユー』は『ウェイティング・フォー・ユー......』のリミックス・アルバムだが、これに関しては同じ穴のムジナが集まっているので、レディオヘッドやビョークのリミックス盤と違って、くだんのようなまわりくどい説明はいらない。
クエド(〈プラネット・ミュー〉から脅威のデビュー・アルバムを発表)、ベテランのD-ブリッジ、説明不要のフライング・ロータス、来年のアルバムが楽しみなクーリー・G、もっとも尊敬を集めているダブステッパーのマーラ、個人的にはまったく良いとは思えないが人気のあるベーチャン・フォロワーのディープ・コード......、それから〈ハイパーダブ〉を仕切る大学教授のコード9による終末的エレクトロニカ、レーベル・コンピレーションにも参加していた日本人女性、キキ・ヒトミの奇妙なダンスホールもある。まあ、このあたりはいわば同志による変換作業だ。いまどきのベース・ミュージックとして括られる。
『ウィズアウト・ユー』が面白いのは「同じ穴のムジナ」の「穴」を拡張していることにある。〈ハイパーダブ〉とはどこに接点があるのかわからないようなブルックリンのインディ・ポップ・バンドのギャング・ギャング・ダンスもリミックスしている。〈スリル・ジョッキー〉からアンビエント・アルバムを出しているロバート・ロウ、そして、そう、チルウェイヴ・シーンからはフォード&ロパーティンのジョエル・フォード(OPNのほうではない。歌っているだけだが、この参加は驚きだ)がその自慢の喉を震わせれば、2011年は〈メキシカン・サマー〉からのシングルがヒットしたナイト・ジュウェル(これもかなりの驚き)、そして〈ハイパーダブ〉が我慢できずについにライセンスを交わした奇才ハイプ・ウィリアムス(黒人男性+白人女性のコンビ)が参加している。どうですか、これは......ケヴィン・マーティンの若い頃の経歴、ゴッドやテクノ・アニマル、あるいはEAR (ソニック・ブーム)への参加を思えば理にかなっているのかもしれないが、それでも冒険的なメンツだ。ギャング・ギャング・ダンス、ジョエル・フォード、ナイト・ジュウェルの3組は、意外性、そして今日のエレクトロニック・ミュージックにおける微妙な細分化をネットワークするという点において、つまりロンドン流のサウンドシステム文化を特徴づけるハイブリッディな展開という点においてまったく素晴らしい。結果として、それら3組による官能的かつ退廃的なリミックスが印象的だ。
レディオヘッドの『TKOL RMX 1 2 3 4 5 6 7』が作家の君主制度(そしてそれをあがめるリスナー)に対する反論でもあるなら、キング・ミダス・サウンドの『ウィズアウト・ユー』は拡大の戦略である。最大の驚きを最後に言おう、ご存じの方も多いだろうが、グリーン・ガートサイド――ポスト・パンクにおける高名なフランス左翼思想かぶれにして、最高の転向者かつ成功者のひとり、そして落ちぶれ者――が歌っていることだ(UKの音楽シーンにおいて、デリダとラカンは、こうしてギルロイと結ばれたってことか)。
野田 努