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近年、フィールド・レコーディング作品は、エクスペリメンタルな音響作品の系列において大きな潮流となっている。昨年、〈タッチ〉からリリースされたクリス・ワトソンのハードコアなフィールド・レコーディング・アルバムがこれまで以上に話題になり、さらに本年には日本のレーベル〈Sad〉から、フランシスコ・ロペスのアルバム『アンタイトルド #290』がリリースされるなど、フィーレコは、マニアックな層だけではなく、エレクトロニカを聴いている若いリスナーにまで届きはじめているように思われる。
さて、今回ご紹介するのはイヴァン・エティエンヌという音響作家の『FEU』というアルバムある。日本ではまだ無名の作家だが、その作品は興味深い出来ばえであった。
イヴァン・エティエンヌは、フィル・ニブロックとも競演経験のあるフランス人音響作家。また、サウンド・インスタレーションや映像制作も行っているアーティストでもある。イヴァン・エティエンヌはコラボレーションを多く実践しており、以下の作品はマリエ・ベリーとの共作。映像をマリエ・ベリーが担当している。万華鏡のような映像と実写映像が接続され、そこに淡い電子音が重なる。夢の中の光、とでもいうような趣の映像作品だ。
DREAM OUTTAKES from Blazing Sight on Vimeo.
そしてこちらは、ソロで映像と音響を制作した映像作品。空と雲と光の微細な変化を捉えたイメージに、アトモスフェリックな電子音が重なる。どこかマイケル・スノウの作品を思わせもするミニマルな作風である。ここでも光がモチーフになっている。
Magenta Horizon Line from Yvan Etienne on Vimeo.
そのほか、イヴァン・エティエンヌのインスタレーションや映像作品などはこのサイトにまとめられているので、ご興味がある方はこちらを見ていただきたい(http://wyy.free.fr/travaux.html)。
さて、本題『FEU』に戻ろう。この作品はイヴァン・エティエンヌのファースト・アルバムで、フランス・ベルギーの実験音楽レーベル〈アポジオペーシス〉からリリースされたものだ。ジャケットは黒を基調した紙ジャケット仕様。ダブルジャケットになっており、中面は鮮烈な赤。CD盤も赤色に染められている。黒と赤という見事なコントラストのアートワークである。
基本的にはフィールド・レコーディング+アナログ・シンセ・ノイズによるサウンドだが、そのダイナミックなサウンドのレイヤー感覚、音の強弱や接続によるコンポジションがじつに素晴らしい。音響的にも秀逸だ。接近したマイクで録音したような轟音フィールド・レコーディング・サウンドに、アナログ・シンセの生々しい電子音がバキバキビキビキと交錯し、耳の快楽度数をグングンと上げていくのである。さらにはハーディ・カーディの音まで交わり、時空間を越境するようなノイズが生成される。ちなみにイヴァン・エティエンヌはハーディ・カーディ奏者でもある。
1曲め“アン・ニュイ”は、静かに幕を開ける。やがて、マイクの傍らで吹きすさぶ暴風や蠢く水のような音が聴こえ、そこに電子ノイズが大胆にレイヤーされる。このトラックは4分ほどで終わる短い曲だが、アルバム全編の雰囲気をよく伝えているトラックだ。
つづく2曲め“デ・ラ・チャージ”は、固く乾いた物質がカラカラと混じり合うような音響からはじまる。そこにアナログ・シンセの音が微かに聴こえてくるかと思いきや、今度は低音のドローンがブーンと唸りを上げる。そこにピュンピュンと飛び跳ねるような電子音も加わり、サウンドは次第にカオティックになる(この曲にかぎらないがアナログ・シンセの音がじつにフェティッシュ。電子音マニアには堪らない)。楽曲は、静寂な中盤を挟み、後半10分でサウンドは再度ノイジーになり、やがて雨のような音がフェードインし、来るべき静寂を予感させて不意に終わる……。20分もある長尺の曲だが、ときに轟音、ときに静寂と、リスナーの聴覚を見事に引っ張っていく。見事な構成力である。
ラスト3曲め“ラ・リュエール”は、高音電子ノイズからはじまる。次第にヘリコプターのような音響が加わり、炭酸水のような音に変化。加工されたフィールド・レコーディング音に、モールス信号のような電子音が重なり、ついにハーディガーディが鳴りはじめ、サウンドは無国籍な雰囲気へと変貌する。じつに独創的なノイズ・アンサンブルである。アナログ・シンセ、ノイズ、ハーディガーディ、環境音、そのどれもがバランス良く全体を構成しており、本アルバムのベスト・トラック。これも15分と長めの曲。また、この曲はサウンド・クラウドでも試聴できる。
https://soundcloud.com/#aposiopese-music/yvan-etienne-la-lueur-apo-10
アルバム全編にわたって自然現象をリ・エディットした轟音フィールド・レコーディング+ハードな電子音なトラックだが、どの曲も緻密に構成されており、単なる環境音やノイズではない。長尺のノイズ・トラックでも飽きることはなく最後まで聴ける。またアルバム全体も曲名にも示されているように「夜(闇)から光へ」といったテーマ性・ストーリー性も込められているようにも感じられた。録音はスウェーデンのEMS電子音楽スタジオで行われたというから、現代音楽的(電子音楽的)なコンテクストも、そのサウンドには加味されており、それも重要なポイントであろう。
なぜならば近年、フィールド・レコーディング作品に加え、生々しいアナログシンセサイザーの電子音を、コラージュ/インプロ的に構成する音楽作品が、実験的電子音楽の新潮流となっているのだ。たとえば、トーマス・アンカーシュミット(彼もまたフィル・ニブロックと競演経験がある)や町田良夫などの新作は、その代表格といえよう。彼らは70年代のモジュラー・シンセなどヴィンテージ・シンセを使用しており、その点でも本作と共通している。そう、本作は、アナログな電子音のコラージュ/コンクレートとフィールド・レコ―ディングされた環境音の録音/エディットという現在最先端の実験音楽の潮流の二つを体現しているのである。
ノイズと環境音。その横溢と編集。コンクレート/サウンド。イヴァン・エティエンヌは、これらの電子ノイズの技法を、すでに知りつくしており、非常に才能ある音響作家ではないかと思う。今後、どのような作品を生み出すのか。引き続き、その活動・録音作品などをフォローしていきたい。
『FEU』のCDは300部限定盤だが、バンド・キャンプでデータ配信もされており、全曲試聴可能。ご興味をもたれた方は聴いていただきたい。
http://label-aposiopese.bandcamp.com/album/feu
デンシノオト