「IO」と一致するもの

 アイスランドのインディ・シーンが熱い? 2013年に、毎年11月にレイキャビックで開かれる音楽フェスティヴァル「アイスランド・エアウエイヴス」に行って以来、すっかりアイスランドの音楽にハマっているNY在住の沢井陽子。Randam Accese N.Y.番外編として、アイスランド・シリーズ行きます。ビョークの新作も発表されたし、アイスランド人気、日本にも押し寄せそうです。
 まずは、ジャスト・アナザー・スネイク・カルトというバンドのメンバー、ソーリのインタヴュー。アイスランド生まれで、アメリカ育ちの彼は、両国のインディ・シーンを知っています。

interview with Þórir(ジャスト・アナザー・スネイク・カルト)


取材に答えてくれた、
ジャスト・アナザー・スネイク・カルトの
Þórir(ソーリ)

まず自己紹介をお願いします。

Þórir(ソーリ):僕はジャスト・アナザー・スネイク・カルトというバンドのÞórir(ソーリ)です。エクセントリックなローファイ・サイケポップをプレイしています。https://snakecult.tiredmachine.com

どのくらいアイスランド(レイキャビック)に住んでいますか? 現地の生活について教えてください。

P:僕はレイキャビックで生まれ、子供から青年期にかけてアメリカで暮らしました。レイキャビックには5年前に戻ってきました。冬は長く気候は恐ろしいけど、家の中は暖かいので、創造的なことに集中したいなら最高の場所です。週末の夜は、知っている人全員が、同じバーでいるのを見かけます(笑)。とても居心地が良く好きだけど、アメリカが懐かしく感じるときもあります。アイスランドは、ニッチェなシーンを支持できないくらい人口が少ないけど、自分のことだけに集中出来るメリットがあります。アイスランドは不毛で、木や野生動物が懐かしく霜が多すぎます。夏のあいだ少し暖かくなったとしても、日中のある時点で温度がいきなり下がるから、セーター無しでは家から出られないです。

私は、2013年〜14年の「アイスランド・エアウエイヴス」時にレイキャヴィックに滞在し、ユニークなインディ音楽シーンと文化に魅せられました。アイスランドは、一度経済崩壊した国にも関わらず、少なくとも、同じように、経済的、将来の不安にさらされながら、活動している他の国のインディバンドたちに比べて、とても元気で活発なエネルギーがあります。それはなぜでしょうか。

P:銀行が崩壊する前、アイスランド人の生活にはバブルが繁栄していました。銀行と国民の大多数がお金を借り、無責任に投資し、その富がどこから来たのか誰も疑わなかったのです。崩壊時も、アイスランド人はそんなに貧困になりませんでした。自己破産して、自分の家や車を売った人もいましたが、食べ物に困ることはなかったし、むしろ物事は普通に戻りました。人びとは働いて借金を返さなくてはならなかったですが、仕事はあったし、社会保障もありました。
 銀行経済に失敗すると、アイスランド政府は、観光事業に力を入れはじめました。アイスランド通貨の価格が下がったので、観光客は行きやすくなりました。アイスランド自身は、魚とヴィデオゲーム以外、ほとんど生産能力がないので、外貨の流入は、アイスランド人の消費者運動に必要でした。政府はアイスランドと文化を外国に強く促進し、観光地をアピールしました。結果として、アイスランドのミュージシャンにもたくさんのサポートがあり、外国に進出することを助けてくれました。
 が、同時に政府は、近くしか見えていないことも多く、音楽会場を閉め、それをホテルや観光客のための物に建て替えました。観光客の季節には、本当のアイスランド人を、ダウンタウンで見かけることはありません。全員観光客なのです。家は、高い値段で観光客に貸されるため、夏の間だけでも、手頃な価格で住む所を見つけるのが難しくなりました。
 サンフランシスコやニューヨークで起こっていたような、同じ文化の死が、レイキャビックにも起こっているのはおかしいですね。いま、レイキャヴィックの音楽シーンは、黄昏時かも知れません。アイスランドの難しいところは、他にアーティストが行く場所が無いことです。アイスランドのアートや文化を海外に促進し、支持してくれても、住むのが難しくなって来ています。いずれは、バランスが取れるのかも知れませんが。
 音楽やアートを作るときは、やりたくてやるので、ほとんどの人は、そこにお金は絡みません。アイスランドにはミュージシャンをサポートする十分な人口はありません。退屈な大衆音楽を作っている一部の大物ミュージシャンをのぞいて、コンサートやレコードの売り上げで生活出来る人はいないのです。大多数のアーティストが、いつも金銭面で奮闘していますが、これは銀行が崩壊した前も後も、変わらないと思います。

レイキャヴィックに、マクドナルドやスターバックスがないのはなぜでしょうか?

P:経済的な理由からだと思います。他のフランチャイズは、アイスランドで経営するため、より利益を生む企業家でした。他にも、KFC、サブウェイなど多くの多国籍なチェーン店があり、ビジネスモデルを真似た地元のチェーンもあります。マクドナルドがクローズしたのは、フランチャイズのオーナーにとって、自分のハンバーガー屋でビジネスをする方が利益があったからだと思います。

アイスランドの人びとは、反グローバリゼーションを意識しているのでしょうか?

P:アイスランドは、極端な消費者優先主義者国です(ほとんどの欧米の国がそうだと思いますが、それ以上に)。グローバリゼーションを考える人もいますが、ほとんどは考えていないか、少なくとも真剣ではないです。アイスランド人は、環境や社会的に責任を追うたくさんの製品を作りますが、実際は違います。例えば、観光地のお店で売られているアイスランディック・セーターは、ほとんどが中国製で、「ファーマーズ・マーケット」なる意図的な欺き商標名で売られています。
 アメリカに住んでいたときは、アイスランド人の消費者意識に気づいていませんでした。対して、グラスルーツ音楽やアートに関わるアメリカの若者は、何かあると急速に進化します。こんなことはアイスランドではほとんど起こりません。
 アイスランドはEU加盟国ではないですが、ヨーロッパの経済地域にあります。党派の両端から見て、中道派はEUに加盟したいが、リベラル派と保守派は加盟したくないのです。中道派がEUに加盟したいのは、アイスランド政府が堕落していて、乱用を防止することで、利益を得た人びとから力を奪うからだと思います。排他的な漁業権のように、保守派はアイスランドのお金の利益を守りたいし、左翼は反グローバリゼーションの理由で反対していると僕は思います。

ビョークのニュー・アルバムが発売されましたが、ビョークはアイスランドでも特別人気があるのでしょうか? レイキャヴィックで、素晴らしいバンドをたくさん見た後では、ビョークも、アイスランドではごく普通なのでは、と思いました。

P:ビョークは伝説です。彼女は成功したポップスターであると同時に、真のアーティストで、いつもびっくりさせるような創造的な音楽を作っています。アイスランドでビョークに影響を受けていないミュージシャンを見つけるのは難しいと思います。

https://snakecult.tiredmachine.com



「Iceland Airwaves NOV 5-9 2014」レポート

 2013年に初めて行って、あまりの良さに2014年も自動的にアイスランド行きをブックしてしまった。
 ひとから何がそんなに良いのかと訊かれるが、とにかく人が温かく、街の小さいお店、大きな会場など、さまざまな場所で音楽を楽しめるところも良いし、何よりも、来てみるまで、何が起こるかわからないところにこのフェスの魅力がある。今回も、行き当たりばったりでバンドを見たが、アクシデントもありながら新しいお気に入りのミュージシャンにたくさん出会えた。

 今回は金曜日から現地入り、3日で総勢25のバンドを見た。Olena, Fufanu, Vorhees, Sin Fang, La luz, Godchilla, Unknown mortal orchestra, Ham, Anna soley, Mosi musik, Prins polo, Vok, Young Karin, Kaelan Mikla, Munstur, Spray Paint, Leaves, Odonis Odonis, Low Roar, Grisalappalisa, Perfect Pussy, Vintage Caravan, MC bjor, Just another snake cult, AmabadamA
 他にもチラッと見たバンドや、通りかかったバンドも少なくない。歩くとそこかしこで音楽が鳴っているので、音に吸い込まれるように入って行き、良ければステイ、ダメなら次。人気のあるバンドは大勢の人が入っているが、次のバンドまでの暇つぶしと言うこともある。エアウェイヴスのアプリケーションをダウンロードすると、いま何がやっていて場所がどこかなど全て把握できる。このアプリケーションが大活躍!
 以下、好きだったバンドをいくつかピックアップしてみました。

Vok
@ landsbankinn

まずはvok 。去年から噂は聞いていて、今回やっとライヴが観れた。
男2人、女1人、サックスとギター、エレクトロ、DJなど。ディストーションかかった、深い女の子のヴォーカルが良い。ビョークが生まれた町というのが納得出来る。
https://www.facebook.com/Vokband

Grisalappalisa グリサラパリサ
@gaukrinm

知り合いのレコード・レーベルの所属アーティストだったことで、たまたまキャッチしたが、すぐにエアウエイヴスのお気に入りになった。男6人組。ヴォーカル2人、サックス、ギター、ベース、ドラム、半端ないハイエナジー。キラキラのシャツを脱ぎ捨て半裸になるヴォーカル。聞けばそれがスタイルらしい。アグレッシブなフリーホイール・クラウトロック。
https://grisalappalisa.com

Just another snake cult
ジャスト・アナザー・スネイク・カルト
@ kaffbarinn

ランダムに出会ったローカル・バンド。様々なエレクトロ機材を使いつつも、ベースはローファイ・アコースティック。チェロや爪琴などの弦楽器を加えフリーキーなのにドリーミー。ライヴはドキッとさせられる面多し。
https://snakecult.tiredmachine.com

Low roar ロウローア
@gamla bio

アメリカ出身のライアンがアイスランドの引っ越して、ひとりぼっちの寂しさからこのバンドを作った。切なくて美しいレーザービームが似合うバンド。ライヴはストリング隊が美しく弦を奏で、オーケストラのようなスペクタクル。いまではビルボードまでが彼らをカヴァーするまでに。
https://www.lowroarmusic.com

Vorhees ヴォーチス
@bio paradis

NY出身のdenaのプロジェクトで、エレクトニックとギターをミックスした、サウンドコラージュ。Rachel coleyというNYのデザイナーが彼女のスタイルを担当し、ヘアリーなトップがよく似合っていた。mumのサウンドを担当していたゆかりで、9回ほど来日経験あり。只今日本語勉強中。
https://vorheesmusic.tumblr.com

Unknown mortal orchestra
アンノウン・モータル・オーケストラ
@bio paradis
会場に入るのも一苦労な人の多さ。外から覗いていたが、勇気を出して人混みの中へジャンプ。ライヴは3人編成。サイケデリックなシャープ・ソウルは、ヒップホップからインディロックファンまでを網羅し、一緒に歌っているファンもいた。イギリスのバンドだと思っていたら(なぜ?)、ルーベンは、ニュージーランドからポートランドに移住したらしい。
https://unknownmortalorchestra.com

Godchilla ゴチラ
@12 tonar

男3人組のコズミック/ドーム/ノイズ/サーフバンド。音は宇宙の様にヘビーで、来ている客は男が多かったが、ルックスが良いので、ファンが増えそう。
https://www.facebook.com/Godchillah

Ham ハム
@ KEX hostel

びっくり! アイスランドの伝説のヘビーロック・バンド。マスタード色のベスト、シャツ、パンツにシルバーのヘアーがヴォーカリスト。バンド全体がカッコよすぎて、エアウエイヴスってエレクトロが主流じゃなかった? と疑ってしまった。このショーがHAMのたった一回のエアウエイヴス・ショー。KEXPが盛り上がるのもわかった。
https://blog.kexp.org/2014/11/07/kexp-at-iceland-airwaves-day-3-ham/?fb_ref=Default&fb_source=message

ラジオ・ショーが終わっても10分ほどアンコールが鳴り止まず。アイスランドのレッド・ゼペリンは言い過ぎか?
https://facebook.com/svikharmurdaudi

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 レイキャヴィックの歩ける町の作りがこのフェスを可能にしているひとつだが、人びとの音楽に対する半端ない熱意、昼のショーは子供も参加できるしファミリーフレンドリー、10代のバンドもチラホラ、英語が通じる、人々の大酒呑み&パーティ好きで誰彼も受け入れる、と理由は様々だが、1日目で興奮がピークに達してしまうのだ。
 エアウエイヴスが終わると、人々はレイキャヴィックから抜け出し、南部やゴールデンサークル、ブルーラグーンなどの観光地、町をふらっと歩くだけで、自然の美しさに感謝し、時間がなければ近所の温水プールなど、アイスランドのアトラクションは後を絶たない。世界中からこのフェスティバルに来る人が後を絶たないのはよくわかる。何が起こるかは自分次第だが、素晴らしい音楽と感動に出会えるのは間違いない。来年は一緒にいかがですか? 

https://icelandairwaves.is

 最近、小学一年生の長女のピンク離れが著しいのです。ハーモニカ、手袋、トレーナー、何を買うにも水色を所望する。保育園時代はあんなにもピンクまみれだったのに。彼女の女友だちの持ち物も、そういえば水色ばかりです。女児のランドセルの色も昔は赤一色でしたが、近頃は水色のランドセルもよく見かけます。

「自転車を買い換えるとしたら、ピンクと水色どっちがいい?」
「ぜったい水色!」
「ピンクと白なら?」
「白!」
「ピンクと茶色なら?」
「……ピンク。つーか茶色はありえないっしょ」

 小1女子にとって、もはやピンクとは茶色よりマシ程度の扱いです。日本色彩研究所が2009年に小中学生を対象に実施した好きな色アンケートによれば、小2女子のじつに4割以上が「最も好む色」として「水色」を挙げているのに対し、ピンクは14%のみで7位どまり。さらに、小2女子の19%が「最も嫌いな色」としてピンクを挙げているのです。
〈研究1部報〉 「金銀・ダイナミック」と「水色・クリア」を好む現代の子どもたち- 日本色彩研究所

 同記事では「小学校低学年の女子はピンクを「かわいい」「子どもっぽい」「女の子っぽい」色と感じており、それよりも「きれい」で「すっきり」「さわやか」なイメージの水色を好ましいと感じているからでしょう」とその理由を推測しています。Yahoo!知恵袋でも同じような質問がいくつかなされていたので回答を総合してみると、「ピンクは子どもの色、水色はお姉さんの色」というのが低学年女子の共通認識であるようです。長女にも訊いてみたところ、「ピンクは子どもっぽい。水色は元気な女の子って感じ」と答えていました。小学校に上がると子どもは友だち同士の関係を重視するようになり、休日も親とのお出かけより友だちと児童館で遊ぶことを優先したりします。急激なピンク離れは、お母さんに庇護される子どもの世界(ピンク)を卒業し、友だちと対等に渡りあえる賢くてはきはきした元気な女の子になろう、という独立心の現れなのかもしれません。そういえば、私が小学校低学年の頃にお気に入りだったサンリオキャラクター「タキシード・サム」も、薄い青が基調でした。


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『80'Sガールズ大百科』 ペンギンのキャラクターがタキシード・サム

 80年代のサンリオにはピンクのキャラがほとんどいなかった、という話は第1回でしましたが、これも当時のサンリオがお小遣いをもらいはじめた小学生女子をターゲットにしていたからでしょう。

 もっとも、同調査によれば小5・6女子は水色に次いでピンクを「最も好きな色」として挙げています(27%)。女子小学生に人気のファッション誌『ニコ☆プチ』を覗いてみると、モデルたちはピンクを全面に出すことは避けつつも、ヘア・アクセサリーや靴などに差し色としてピンクを採用しているようです。


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 高学年になって配色のセンスがある程度育ってくると、一度は避けたピンクのイケてる使い方や、自分に似合う色相を模索するカワイイ道がはじまるのでしょう。さらに専門学校進学希望の高校生を対象とした同種のアンケートでは、ピンクが女子の好きな色で1位、嫌いな色で2位にランクインしています(『高校生白書』2007年8月調査)。この傾向は大人になっても続き、「日本女性は大人になってもピンクが好き」というイメージの根拠になっています。とはいえ中学生以降、女子の好きな色はばらけるため、1位といってもせいぜいその割合は2割前後。また、嫌いな色の上位に必ず上がる色でもあります。さらに興味深いことに、40代以上の女性では年代が上がるとともにピンクへの嗜好が薄れていくのですが、それにともない嫌いな色の上位からもピンクが消えるのです(色についてのアンケート・ランキング - @nifty何でも調査団)。ピンクはどうして、こんなにややこしい色になってしまったのでしょうか。

 平成7年から8年にかけて、世界20か国の学生5,500名を対象に色のイメージを訊き、その国民性の違いを調査した大規模な研究があります(『図解世界の色彩感情事典──世界初の色彩認知の調査と分析』千々岩英彰)。この調査によると、危険はほとんどの国で「赤」、孤独は「黒」または「暗い灰色」といったふうに、多くの色イメージが国境を越えて共有されていることがわかりました。女性をイメージする色は日本を含めた多くの国で「赤」「ピンク」などの暖色系が選択されています。試しに世界各国の言語で「母の日」と入力しGoogle画像検索をしてみると、多くの言語でもピンク、赤、薄紫といった色がおもに選ばれています(例外はタイの水色など)。とくにピンクは多くの人に母親、生殖、赤ちゃん、幼さをイメージさせるようです。ドイツ生まれのシュタイナー教育でも、子宮の中をイメージさせるとして幼児の生活空間をピンク色で覆うことが推奨されています。また、ピンクは国際的に乳がん早期発見キャンペーンのイメージ・カラーでもあります。

 一方で、「献身」をイメージする色は国によってまちまちです。中国やロシアは国家を象徴する赤、欧米ではキリスト教のシンボル・カラーである青、そして日本のみがピンクでした。調査をまとめた千々岩英彰教授は、日本人にとって献身といえば母親だからなのではないかと推察しています。また、「家庭」をイメージする色は日本ではピンクという答えが少なくなく、東アジア各国も上位を暖色系が占めたのですが、欧米では寒色系も多くランクインしています。家庭を守るのは母親の務めと見なされがちな東アジアに比べ、欧米では父親の関わりも大きいということなのでしょう。

 この調査にはありませんが、日本における「ピンク」はエロの代名詞でもあります。「ピンクサロン」「ピンク映画」「ピンクチラシ」、かつては「桃色遊戯」「桃色映画」なんて言葉もありました。ランダムハウス英和大辞典には、英語の「pink」には日本の「ピンク」に含まれているようなわいせつな意味はなく、わいせつを意味する色は「blue」であると記されています(例:ブルーフィルム)。なお、中国ではわいせつといえば黄色、スペインでは緑、イタリアでは赤だそうです。ピンクが女性を象徴する色だとしても、母親や幼さを想起させる色は直接的なエロとは結びつきづらいのでしょうか。

 母性、幼さに加えて献身にエロ。日本におけるピンクは意味がてんこ盛りです。この意味の重さは、日本の女性が負っている期待の重さであると考えても、さほど外れてはいないでしょう。一言でまとめると「客体であれ」という期待です。これはおそらく、「母と子の世界」「男社会」が分断された高度成長期以降に量産された、父性不在の母子密着育児の産物ではないかと考えています。世にあふれるピンクとは、主体である自分を居心地よくするためだけに存在する客体としての女性性の象徴です。しかしそのピンクは、大半の日本人女性にとって小学生のときに「幼稚でダサイ」と卒業した「ダサピンク」なのです。さらには、独身時代には性的対象として最適化された振る舞いをしないと嘲笑され、母になってからはベビーカーやスマホを使うだけで「母親のくせに楽をしやがって! 母性が足りない!」とバッシングされる女性にとって、自分たちを追い詰める抑圧の象徴でもあります(そう考えると、その手の期待が薄まる中年期以降の女性ではピンクへの愛憎も薄れるのは当然ですね)。

https://www.jnfl.co.jp/topics/file/20150113-1.pdf
これぞダサピンク現象の究極形態、と一部で話題になった
日本原燃の「女性のための放射線講座」チラシ。放射線で女子力アップ! 

 こう書くと「そんなややこしいことを考えているのは一部の特殊なフェミ女だけだろ? 大半のまともな女は、俺たちが期待する〈女性〉役割もダサピンクも楽しんでいるはず」と思われるかもしれません。そこで、いまどきの若い女の子の一人称「ウチ」に注目してみましょう。関西人でもない若い女子が一人称で「ウチ」(書き文字では「ゥチ」)を名乗る。この現象が知られるようになってからずいぶんたちます。上限は二十歳前後のお嬢さんから下限は幼稚園児まで。2004年の読売新聞の調査によれば、アニメ『おジャ魔女どれみ』(1999年~2003年)の登場人物の一人称を当時の幼稚園児が真似したことから全国に広まったとのこと。ご多聞にもれず、長女のクラスでも女子の一人称は「ウチ」ばかりだといいます。不思議に思った私はこんなふうに訊いたことがあります。

「どうして〈私〉って言わないの?」
「〈私〉は恥ずかしい! ウチに似合わない」
「どうして〈私〉が恥ずかしいの?」
「〈私〉は……〈女性〉って感じがする」
「〈ウチ〉は〈女性〉じゃないの?」
「〈ウチ〉は〈元気な女の子〉って感じ。ほら、ウチ元気いっぱいでしょ? (ガッツポーズ)」

 「私」に違和感を感じて、変わった一人称を使う現象はいまにはじまったことでもなく、80年代の文化系女性の間で一人称「ぼく」が流行したことがありました。ただし「ウチ」を名乗る少女たちは、文化系でも「フェミ女」でもありません。それぞれに独立した人格を持った複数の女の子が戦う女児向けアニメ『セーラームーン』のテレビ放映がはじまったのが1992年。同じく複数の女の子が戦う『プリキュア』シリーズは現在も続いています。女の子にもそれぞれ人格があり、主体になりうることは、幼少期よりこれらのアニメになじんでいた若い女性にとってもはや自明のことです。モテや大人の価値規範に従順なピンクの女(しずかちゃん)としてちやほやされるか、モテではなく自分の夢に向かっていきる非ピンクの女(ジャイ子)としてモンスター扱いされるしかなかった旧世代の少女のような屈託は、そこにはありません。いわば彼女たちは、主体になりうるピンク(イケピンク)を知ってしまっているのです。ですから女児アニメを卒業するやいなや世間にあふれる客体としての女性イメージ(ダサピンク)にぶつかって違和感を感じつつも、「元気な女の子」という主体としてのセルフ・イメージを「ウチ」に込めて守ろうとします。そうした試行錯誤ののちに、主体としての女性性を象徴する自分なりのイケピンクにたどりつくのではないでしょうか。


年始にTwitterで盛り上がった「わたしのイケピンク」ハッシュタグ。客体としての女性性は1種類だが主体としての女性性は人の数だけあるから「わたしの」なんですね。

イケピンクを使いこなすニッキー・ミナージュ。ふるえるほどに主体的……!

 次回以降は、海の向こうのイケピンクについても考察してみたいと思います!

Letha Rodman Melchior - ele-king

 昨年秋に癌によって55歳の生涯を閉じた音楽家、リーザ・ロッドマン・メルシオ。晩年はとくにノイズ、アンビエント、ドローンと、アブストラクトなサウンド・アートを追求し、際立った作品を遺した。ベスト盤でも発掘音源のコンピレーションでもなく、前作『ハンドブック・フォー・モルタル(Handbook For Mortals)』(2013)に次ぐオリジナル作としてリリースされた本作『シマリング・ゴースト』は、その名のとおりきらきらと──グルーパーやジュリア・ホルターや、メデリン・マーキーにエラ・オーリンズなど、アンダーグラウンドの突端の強く瑞々しい才能たちとまるで違わぬ輝きを放っていて、驚きと悼みの念に打たれてしまう。
 
 過剰なコンプによって結界のように展開されるメルシオの音響世界には、なるほど人ならぬ影ばかりが息づく。先述のエラやグルーパーばかりではなくハウ・トゥ・ドレス・ウェルの初期のプロダクションにも近い。「ウィッチ」と呼ぶかどうかはともかく、“Metius Fabricius”や“Taurus Mountains”のように、一方に電子音楽の黎明期を彷彿させる曲がある一方で、昨今トレンドの諸ワードを当てはめたくなるその現役感は、彼女の年齢を考えずとも畏敬すべきものだ。闘病生活は2011年からつづいたというが、ソロ名義でのリリースはその少し前からはじまり(2008年にハンドメイドのカセット作品などをリリースしている)、ちょうど2000年代末からいまにいたるアンビエントやドローンのモードが浮かびかがっている。そもそもが柔軟な人なのか、計算があるのか天然なのかと判じることはできないが、とても自然にいまという時間を受け入れておられたのだろう。この作品に刻まれているのは、年輪や円熟ではなく、またその否定でもなく、まして回顧や悔恨などでもありえず、時間が生きて動いたり止まったりする、その所作、その音だ。そんなふうに感じられる。

 メルシオ自身はピアノに管にギター、テルミンなどなんでもこなすマルチ・インストゥルメンタリストだが、ハープについては、ハープ奏者のメアリー・ラティモア(Mary Lattimore)を招いている。ハープはピアノとともに、彼女の音のテクスチャーを場面場面で色づける変数として大きな役割を負うもので、これらが出てくると、とくに彼女の肉声を錯覚する。旋律やハーモニーを成すものとしても、それは彼女のなかの線的な感情──メッセージに近いものとして感覚される。死期を自覚する中で作品を生む、遺作になることがわかっていて作品を編むというのはどんな心持ちだろうか。そんなことは音に接する上では不要な情報で、むやみに劇的な解釈によって作品をゆがめるなという向きもあるだろうけれど、筆者が最終的に本作を購入したのは、ひとえにその想像のなかに愉しみと悦びとを得ようと思ったからだ。フィジカルで手に入れたい作品とそうでもないものとの差は、私にとって装丁や作品の格の問題というよりも、その他人に寄せる曖昧な空想をすこしでも確信し悦びにするための補助となる、遺物のようなものかどうかということかもしれない。趣味のいいことだとはいわない。けれど『シマリング・ゴースト』には、たしかに彼女のゴーストとしての感触と、彼女の未来としてのフィジカルを感じられた。

ookubofactory初作品に多数のコメント! - ele-king

 ookubofactoryの初作品にたくさんのコメントが寄せられている。こんなに祝福を受けるookubofactoryとはどんなバンドなのかというと、トクマルシューゴが参加していることでも知られるGellersや、前野健太とdavid bowie たちでベーシストを務める大久保日向が率い、ハヤシ(Gt./nhhmbase)、岡崎英太(Ba./ex:YOMOYA)、ヤノアリト(Dr./H Mountains)といった名うてのミュージシャンたちが集う「オルタナティヴ・ホームメイド・ロック・バンド」。力ある演奏者たちが生み出すホームメイドな空気感が、おのおのが短編のようにいきづくこのささやかなアルバムとなった──リリース日である2月18日に先んじて本作が販売されるというイヴェントにも足を運びたい。

■ookubofactory  『ホームワーク』  (P-VINE)

 トクマルシューゴも参加するガレージロックバンドGellers、そして、前野健太とdavid bowie たちでベーシストを務める大久保日向率いるバンドがookubofactory。泣きのメロディと意外性の詩満載の大久保の曲に、ハヤシ(Gt.、nhhmbase)、岡崎英太(Ba.、ex:YOMOYA)、ヤノアリト(Dr.、H Mountains)、といった界隈の実力者が集まり、良質なUS インディーロックからの影響を感じさせる作品『ホームワーク』は生まれた。
宅録感、箱庭感のある全10 曲からなる短編集のようなアルバム。アーティスト写真は大森靖子の写真集も上梓した金子山が手掛ける。

■アルバム・ダイジェストはこちら!
https://soundcloud.com/ok_kojo/uuczregqjiwn

■推薦コメント

ookuboFactoryとして大久保日向が初ソロアルバムをリリース。
本当にかなり良くて、その理由が幼馴染みだからか知らないけど感動。
何年一緒にいても彼のことは何もわからない。――トクマルシューゴ(twitterより)

「とめられないぜ オレ ずっと アメリカ」と聴こえる歌詞が一瞬ロック、と思いきや気だるい。アルバム通してこの気だるさがまどろんでいてペシッと叩きたくなる。――前野健太

インディー大航海時代をゆく大久保船。見習いでいいんでおれも乗せてください!――菅原慎一(シャムキャッツ)

大久保くんの創るサウンドは鋭利で重くてかっこいいなといつも思うんだけど、彼が特異なのはそこに哀愁や恥じらいを感じさせてくれるところ。歌詞もよくよく聴くとフォークみたいでなんだか泣けてくるし。面白いね。大久保くんに、愛しさに似た感情が沸きました(恥)。――あだち麗三郎

大久保日向のうたはドライで底知れぬ不気味さを持っている。叙情的で轟音且つ緻密なバンド・サウンドと相俟って、この先まだ誰も行けていないところまで行ける気がします。それとまた大久保家で餃子パーティやろうぜ。――吉田悠樹(NRQ)

本気になったお父さんの背中は逞しく、優しく、丸い背中をパンと叩く。
裸のオオクボくんはちと気持ち悪いけど、とても心に響きました。――シャンソンシゲル(ゲラーズ)


今じゃすっかり姿を消した、くだらない駄洒落と下ネタと思い出話でげらげら笑う朝焼けの景色なんだけど、ついつい同居しがちな切なさが一切漂っていない。
日本人離れした天然の楽観主義。余裕のダンディズム。
馬鹿どもが大好きなめんどくさいの対極にあるロックンロールです。最高です。――田代幸久(ゲラーズ)

小さな沢山の 日向くん が蠢いて 大きなお城を 築いてる。――三輪二郎

謎の多い男、大久保くん。の、謎のCD。これで謎が解けるかと思いきや、さらに謎が深まるばかり。大久保くん……。謎だ……。――pop 鈴木

何もない荒野でやけっぱちになりながらキラキラした何かを生成するような、やるせなく愛おしい黄昏ポップ作品集『ホームワーク』。疾走感溢れるライヴ感はそのままに、Lo-Fi で温かみのある本作、是非期待してお待ちください。

■ookubofactory HP

https://ookubofactory.tumblr.com/

■LIVE INFORMATION

ookubofactory Presents 『factory 5』
〜ookubofactory 1st album「ホームワーク」先行販売〜

2015/2/10(火) @ 下北沢three
open 19:00 / start 19:30
ADV:¥1,500(+1D)/DOOR:¥2,000(+1D)
w/ GOUPIL AND C / 石井ナルト(Qomolangma Tomato)

ookubofactory Presents 『factory 6』
〜ookubofactory 1st album「ホームワーク」発売イベント〜

2015/5/15(金) @ Shibuya O-nest
open 19:00 / start 19:30
ADV:¥2,300(+1D) / DOOR¥2,800(+1D)
w/ elephant and more...

【RELEASE INFORMATION】

ookubofactory / ホームワーク
品番:PCD-93875
定価:¥2,300+税
Release: 2015.2.18
Tower HMV Amazon

収録曲
1. 春風
2. アメリカ
3. エリックさん
4. みんな正しい
5. アルバトロス
6. ニワトリ
7. 待合室
8. 終わりからの始まり
9. やらなくちゃ
10.夏合宿


 みなさんボンソワール。
 今日のお題はシャルリ・エブド事件。この件について話そうとしても自分の中でどうにも整理がついていないので混乱してしまうのだが、私が理解したことを私なりに書いてみようと思う。
 まずはシャルリ・エブドという週刊紙について。個人的には事件まで聞いたこともなかったが、40年以上続くその風刺のスタイルは決して大衆にウケるものではなかったという。なにしろシャルリ・エブドの前身、風刺雑誌ハラキリ(ええ、腹切です)のスローガンが“journal bête et méchant=バカで意地悪な雑誌”である。彼らはその攻撃的とも言える挑発の姿勢を最初からはっきりと打ち出していた。その遠慮なさ、そして下品さは多くの人が眉をひそめるものだったが、宗教、政治などすべての体制に等しく楯突き茶化すことによって疑問を呈する、というのがその姿勢だった。日本人の私には、そして今となっては彼らの茶化す姿勢が風刺なのか中傷なのかをフェアに論じるのは困難だが、編集長をはじめ今回殺害されたシャルリ・エブドの編集者やイラストレーターたちは皆人道主義者だったという。そして彼らの葬儀はまるでコミュニスト集会の様相を呈していた。

 フランスインテリ層の傲慢なのかもしれないが、彼らの認識は「彼らのやり方に必ずしも賛成するものではないが、彼らの思想は絶対的に人種差別的ではなかった」というものであることは確か。公称発行部数も45,000部と決して多くなかったこの風刺週刊紙は、小さいながらも多くのフランス人にとって報道の自由のシンボルだったわけだ。
 私は個人的にアメリカによる「世界の警察」的な絶対的道徳感に馴染めなく、そのこともフランスへの愛着に繋がってきたのだが、社会党員の友人による「世界人権宣言はフランス憲法を参考にしていて、以来、フランスは人道国家だと自分たちでは自覚してる。そして人道的な問題は、異文化、異宗教、自分たちとは異なったものだからといって放置はできない」とシャルリ・ エブドの風刺を通しての問題提起を正当化する姿を見て、フランス人もそのような絶対的道徳感を持っているのだと気付かされた。なにせ世界征服を本気で夢見たナポレオンの国である。少なくとも人道問題には一過言あると世界に向かって主張したいのも理解できる。
 また、今回の事件でフランス人に大きなショックを与えたひとつの要素は言論の自由がおびやかされるかもしれない、という恐怖だったようだ。18世紀反権力の哲学者ヴォルテールが言ったとされる「私はあなたの書いたものは嫌いだが、私の命を与えてもあなたが書き続けられるようにしたい」との名言があるように、フランスでは報道、言論の自由は聖域であり、それがいかなる形を取ろうとも尊重されるべきだとされている。先述の蒸し返しになるが、どこまでが言論の自由であり、どこからが中傷なのか、フランス人には明確な判断基準があり、シャルリ・エブドはそのOKライン内だったわけだ。今回の360万人の追悼集会はそのような言論の自由が脅かされることへのNonという意思表示がひとつの目的だった。
 また、今回のシャルリ・エブドへの襲撃、惨殺は明らかにテロリスト側(それがどの程度国際組織的意図があったかはまだわかっていない)が、下品ながらフランスの言論の自由と人道主義の小さな(大きな組織ではなかったということも重要)シンボルを叩き潰すという挑発であり宣戦布告であったことは明らかだ。そして先の追悼集会はその挑発に対するNonでもあったわけだ。
 ちなみに〈エド・バンガー〉や〈マーブル〉、〈サウンド・ペリグリノ〉といったパリのエレクトロ・レーベルのアーティストたちもデモに参加したそうだ。私の周りだけでもこの集会に参加しなかった人はひとりもいない。


テキ・ラテックス(元TTC)

 最後に信頼できる友人でありアーティスト、テキ・ラテックス(元TTC,現サウンド・ペリグリノ)の言葉を紹介して終わりたい。彼はアメリカ・ツアー中で事件も追悼集会もパリで体験はしていない。そして今フランスでシャルリ・エブドに関して逡巡した思いを語るのは大変勇気がいることだということを付け加えておこう。
 「最初に言っておきたいのは、この事件への思いは僕自身100%自信を持って白黒つけられていないということ。でも今思っているのはこんな感じ……。もちろん当然テロには反対だし、少しの正当性もあの事件にはない。でも僕にはこれが単純な宗教の問題だけでも、言論の自由に対する脅威だけでもないように思える。そしてこの事件で反宗教的な立場を取ることにどうしても疑問を感じてしまうんだ。僕は無神論者だけど、他の人の信仰心は尊重する。もちろんたとえばサウスパークのように揶揄することはOKだと思うけど、僕は繰り返し同じ人種(*注釈この場合アラブ系)や宗教が風刺され批判されることは、差別的な風潮に一役買っていないとは言えないと思うんだよ。シャルリ・エブドに起きたことは本当にひどいけれど、それに対する回答がさらなる風刺であり、”私はシャルリ”であり、イスラム教を非難することであるっていうのはやはりひどいことだし、そこにさらなる反動が生まれるんじゃないのかな。どうかな、違うかな……」

*フランス人の謎の行動を解明する連載、山田蓉子の「ハテナ・フランセ」は紙エレキングで絶賛連載中。

interview with Back To Chill - ele-king


Various
GOTH-TRAD Presents Back To Chill "MUGEN"

Back To Chill/Pヴァイン

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 バック・トゥ・チル(BTC)が誕生して8年、そう、8年……、ようやくここにそのレーベルが誕生した。いままでバック・トゥ・チルにレーベルがなかったことが不自然なほど、ゴス・トラッド、100マド、エナの3人は、国内外のレーベルから作品を出しているわけだが、晴れてここにクルーのプラットホームが生まれ、彼らの音が結集したことは、日本のシーンにとってたいへん喜ばしいことである。
 昨年リリースされたコンピレーション『MUGEN』がその第一弾となる。ここには、ダブステップ以降の、ケオティックで、ある種何でもアリ的な今日のシーンにおける、彼らなりの姿勢がよく表れているし、それぞれ違ったバックボーンを持つクルーのそれぞれの個性もまったくもって、よく出ている。彼ららしく、先走ろうとしているところも、収録された興味深い楽曲に結実している。今後のクラブ・カルチャーを占う意味でも、興味深いアルバムだ。
 以下、レーベルのコンセプトやヴィジョンについて、ゴス・トラッド、100マド、ENAの3人が話してくれた。

「なぜ、いまレーベルをはじめたのか」


Goth-Trad

ネットでいくらあげても、いまは誰もがやっていて、たくさんあり過ぎるから、人に聴いてもらうには何かしらのキッカケはやっぱり必要だと思うんです。レーベルをはじめたいなとはみんなで言っていました。2012年にアルバムを出したら新しいことをやりたいと思うようになったんです

パーティとして〈バック・トゥ・チル〉が2006年に開始してから8年目にして、コンピレーション『ムゲン』の発売と同時にレーベルがはじまりました。なぜいまになってレーベルをはじめることになったのでしょうか?

ゴス・トラッド(Goth-Trad、以下GT):レーベルをはじめる時間がなかったというのはありました。

考える時間は必要だったんですか?

GT:やっぱりある程度の曲が揃わないと出したくないと思っていました。競争率というか、ダブステップという言葉とレーベルが過渡期だったというか。レーベルの量もハンパなかったし。2006〜11年くらいは〈バック・トゥ・チル〉のアーティストもダブステップを中心にプレイしていました。だから、その時期にダブステップというイメージを付けてレーベルをはじめるのは果たして良いのかと思っていたし。

うん。

GT:いずれはレベル・ファミリアだったりとか、もうちょっと幅広いことをやりたいなというのもあったので。あとは自分のアルバム『ニュー・エポック(“NEW EPOCH”, 〈DEEP MEDi Musik〉, 2012)』をリリースして、ツアーもひと段落したというのもあるし。

具体的に理想とするレーベル像はあったんですか?

GT:何年も一緒にやってきたアーティストや、日本で良いものを作っているひとを中心に出したいなとは最初から念頭に置いていて、それにプラス・アルファで自分が繋がってきたアーティストにリミックスなどで参加してほしいとは思っていましたね。

〈バック・トゥ・チル〉には8年の歴史があるけど、コンピレーションを出すのが今回が初めてって、ちょっと意外ですよね。もっと早くやってても良かったんじゃないかと思ったりもして。

GT:単純に自分はUKの〈ディープ・メディ〉にどっぷり所属してやっていたというのもあったと思うし。みんなダブステップが共通項にありつつも、ちょっとずつ変わっていっている面もあって、エナくんや100マドくんや自分自身もそうだし。最初の〈バック・トゥ・チル〉からのその変化の過程をレーベルとして打ち出していきたかったんです。そのタイミング的にいまかなと。コンピレーションの曲にしても納得のいくものが1年前とかだったら揃わなかったと思うし。勢いに乗ってやっちゃえばいいというノリではできないとも感じていて。

いつかはやりたいという気持ちはあったんだ?

GT:もちろんありました。基本的に焦ってやりたくないなというのがあって。

『ニュー・エポック』もなかなか出なかったもんね。ゴス・トラッドは〈バック・トゥ・チル〉をはじめる前くらいからそうやって言っていた記憶がある。「ダブプレートを作って12インチを交換するのが良いんだ」みたいな。そういう意味では本当に時間はかかったという気がする。

GT:それと、みんなダブステップを聴いてダブステップをはじめたってアーティストでもないから、この幅広さっていうのもこのレーベルに残したいなと。ダブステップというイメージは強いと思うけれども、それだけじゃない部分もレーベルにコンセプトとして入れていきたかったんです。

以前、100マドさんに「レーベルはじめないんですか?」と尋ねたら、「〈バック・トゥ・チル〉はゆるいから良いんだよ」と言っていたのが印象に残っています。

GT:ハハハハ。

他のメンバーともレーベルについては話し合っていたんですか?

GT:レーベルをはじめたいなとはみんなで言っていました。自分自身、この6年くらいは年間に4、5ヶ月はツアーでヨーロッパ、アメリカ、アジアとかを周って、帰ってきてまたちょっとホッとして、また次のツアーやリリースのために曲を作っての繰り返しで。さらに毎月自分のパーティをやりつつブッキングを考えて。ある意味「回している」感があって、そのなかでなんとかアルバムを作ってリリースしたんです。だから、落ち着いて音楽を幅広い目で見られない時期だったんですね。例えばその流れのなかでレーベルを開始することになったら、たぶんすごく狭い視野で「よし、ダブステップのレーベルで!」ってなっていたかもしれないけど、2012年にアルバムを出したらダブステップもあるけど新しいことをやりたいと思うようになったんです。

『MUGEN』のリリースを考えはじめたのはいつなんですか?

GT:3、4年前から良い曲をメンバーが作っていたら「その曲は〈バック・トゥ・チル〉で出したいな」とは言っていたんですよ。実際にパッケージにしようとなったのは2014 年の春くらいからですね。

今回、レーベルをここ日本ではじめたことによって、ダブトロさんのように特定のレーベルに所属していなかったアーティストに居場所を作ることができたように思います。そう考えると、エナさんには〈セブン・レコーディングス(7even Recordings)〉や〈サムライ・ホロ(Samurai Horo)〉という海外レーベルにすでにホームがあったわけですよね?

エナ(ENA、以下E):海外にはあったけど、やっぱり日本にはなかったから。それと日本にはいろんなプロデューサーやDJがいるけど、心底納得できるのはひと桁くらいしかいなくてゴスさんはそのなかひとりだから、そういうひとがホームを作ることは日本にとって大事だと思うし、クオリティのコントロールに関しても、ゴスさんの性格も知っているから変なものを出すこともないだろうから。 そういう面がブランドや信頼に繋がっていけば良いなと思っていました。

ダブトロ(Dubtro)さんやカーマ(Karma)はレーベルがはじまるまで曲を出さないようにしているって話も聞きました。

GT:インディペンデントのレーベルって曲をシヴにしたがるんですよ。とくにダブステップのシーンを何年か見てきて、「こいつ、あっちからもこっちからも出して……」って揉めてリリースがなくなったこともあって。俺はそこまで縛りたくもないし、音楽のジャンルも縛りたくなくて、ただ質の良いものを出していきたいと思っています。例えば、アーティストが自分の好きなレーベルから出せることの良さや嬉しさもわかる。それに名前があるアーティストを出したいわけじゃなくて、地方で良い曲を作っている子とかを巻き込みたいなというのもあって。やっぱり地方の子ってなかなかそういう機会がないから。

ネットを活用するひとはあんまりいないの?

GT:ネットでいくらあげても、いまは誰もがやっていて、たくさんあり過ぎるから、人に聴いてもらうには何かしらのキッカケはやっぱり必要だと思うんです。この間も岡山のDay Zeroって子が〈バック・トゥ・チル〉に来ていて、デモをもらったんですけどなかなか良かったんですよ。ちょうどツアーもそのとき組んでいて、「今度岡山にきたら僕がやります」って言ってもらったりとか。あと、〈バック・トゥ・チル〉って曲の作り方とかもみんなでディープに話すんですよ。どのソフトが良いとか、どのプラグインでこのベースを作ったとか。アドバイスして曲がよくなったら次のパーティに出てもらったり。こじんまりとしているけど、そういうサイクルを現場でやってきたんですよね。やっぱりその積み重ねでみんな良くなってきている。例えば〈グルーズ〉のドッペルゲンガーだったりとか、そのまわりのクルーだったりとか。

ドッペルゲンガーとも繋がっているんだ。

GT:ドッペルゲンガーは〈バック・トゥ・チル〉にしょっちゅう来てたし、音楽の話もみんなとしているから。

プラグインの話までするって、なんかすごい具体的な話になるんだね。

GT:ヨーロッパでも、みんなでそこまで話すんですよ。ネット上にそういう情報はいくらでもあるけど、英語でわかりにくい部分もあって調べる気にならないひとが多くて。日本語でそこまで説明しているサイトもないんです。
 もともと2006年に〈バック・トゥ・チル〉をはじめたきっかけもそこに関係しています。俺がマーラたちに出会って、自分はそれまでライヴしかやりたくないタイプでDJはひとの借り物をかけてるっていうイメージだったのが、UKのダブステップ・プロデューサーたちが1枚1万円くらいかけてダブプレートを100枚くらいプレイしている姿勢を見て、これはライヴに匹敵するものだなって思ったんです。DJ=プロデューサーという公式がいままで日本にはなかったから、ここでもやらなきゃなと思って、トラックを作っていた100マドくんに声をかけたんです。〈バック・トゥ・チル〉は曲を作っているアーティスト同士ではじめたものだから、曲の作り方について話すこともこのプロジェクトの重要な部分なんです。

ひと世代前のテクノのアーティストだと、機材やプロダクションに関しては手の内を見せたがらない人も多かったけど、いまの話を聞いているとかなりオープンになってきているんだなと。

E:やっぱり、いまは作るひとの数が多いですからね。

GT:本当にベーシックな情報はインターネットで誰でも調べられるから。

そうか、もう隠しても意味がないと。

GT:それに良いものを作るアーティストにはもっと良くなってほしと俺は思うし、そういうひとにパーティに出てほしいし、俺もその曲をかけられるわけですからね(笑)。そういうとこまで考えると良くなったほうが確実に良いんですよね。それから先はそれぞれのセンスとかの問題なので。

クレジット問題でも、ひと昔前だったら例えばゴス・トラッドが〈ディープ・メディ〉から出していたら、ゴス・トラッドの名義は他のレーベルでは使えなかったじゃない? みんなレーベルによってわざわざ名義を変えていたからさ。そういう面も現在はオープンになってきているんだね?

GT:いまはひとつの大きいレーベルが力を持っているんじゃなくて、小さいインディペンデントなレーベルがたくさんあるなかで、たくさんリリースをすれば良いわけじゃないけれど、「あっちにも、こっちにも顔がある」ほうがアーティストにはメリットがあると思う。レーベル側も他で出してくれることによってまた違う層にも広がると考えるし。

ジェイムス・ブレイクがメジャーと契約したときに、他のレーベルからもリリースができるっていう条件だったらしいからね。また〈1-800ダイナソー〉からのリリースも決定したし。

GT:そのアンダーグラウンドさっていうのはアーティストをかっこよく見せる要素のひとつだと思うんですよね。

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「『ムゲン』のコンセプトについて」


100mad

レコードをひたすら集めるか、自分でレコードを作るかの違いですよね。そこで「コイツ、ハードコアだな」って思ったり。ダブステップをディグりはじめたのって100マドくんのほうがたぶん早いんですよ。


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コンピレーションの中身についても訊いていきたいんですけど、いま話したように自分が本当に良いと思える曲を選んだのでしょうか? 具体的な選曲基準があれば教えてください。

GT:日本でトップ・クラスの曲を作っているアーティストが〈バック・トゥ・チル〉でプレイしていると俺は自負していて、そのなかから選んだと思っていて。

最終的な選曲のゴー・サインはゴスさんが出したんですよね?

GT:この曲は出したいっていうのは4年くらい前から言っていたよね?

E:ハハハハ、そうそう。

じゃあ古い曲とかも入ってるんだ?

GT:ふつうにありますよ(笑)。たぶん、100マドくんの “ヘヴィー・ウェイト・ステッパーズ”が一番古いんじゃないかな?

100マド(100mado以下、100):これ2006年とかの曲なんですよ。

●▲おー!

100:逆に“グライミー(Grimmy)”は一番新しいです。

“グライミー”では100マドさんが85BPMをやっていて意外でしたね。

GT:そこもさっき触れたように、ダブステップを一歩出たところをやろうよって3人で話して、俺とエナくんと100マドくんの曲は85BPMになっているんです。だからその3人の曲は比較的新しい。

聴いてみて、2006年の曲があるとは思わなかったな。

GT:例えば、1曲目のイントロっぽいダブトロの曲とかも去年できた曲で。ほかにも候補はあったんだけど、コンピレーションっていう感覚で集めたくはなくて。

一貫してストーリー性を持たせたかったということですね。

「コンピレーションという感覚で集めたくなかった」ってどういうこと?

GT:良い曲をひとりのアーティストから2曲集めてコンパイルしたというようにはしたくなかったんです。ダブトロの1曲目とカーマの最後の曲は、他にも良い曲はあるけどイントロとアウトロはこの曲でというふうに決めたんですよ。

E:ダンス・ミュージックのコンピレーションはシングルの寄せ集めというか、ツール的なトラック集というか。アルバムを作品として考えていないパターンがけっこう多いんじゃないかな。

どうして『MUGEN』というタイトルにしたんですか? 

GT:ハハハハ。それは軽い感じなんですけど、「8周年でTシャツ作んなきゃな〜」って夏前に考えていたら、「8って無限(∞)に見えんな。しかもムゲンってタイトルなかなか良いな」って思い浮かんで。英語でインフィニティってするよりもアルファベットで「MUGEN」のほうが良いなって思ってコレにしたんですよ(笑)。

E:そうなんだ、そこだったんだ(笑)。

GT:この3人ってバックグラウンドがちがっていて、いろんな音楽を通ってきているから、どっちの方向に進むのかわからない面もあって。例えば、パーティの最後にバック・トゥ・バックをやることになって、全然違うテクノをやろうってなっても対応できたりするんです。いろんなことができる面白みもあって、可能性も無限というか。

「ムゲン」はいろんな意味付けができる言葉でもあります。ジャケットのアートワークも夢幻の境地のようなテイストです。

GT:そのアートワークを手がけたのはパリのアーティストなんです。2014年の頭にツアーでパリの〈グラザート〉っていうハコでやったときに、イベントのプロモーターの彼女が俺のライヴ・セットを良かったって言ってきて。話を聞くと彼女はタトゥーの絵を描いているらしくて、絵も見せてくれたんです。それがすごく面白くて今後のために連絡先を交換したんですよ。それで今回のコンピのために描いてほしいとお願いしたら、「いまある絵はお店のストックだからあげられないけど、新規で書ける!」ということでやってくれたんですよね。彼女の絵には和の雰囲気がすごくあるのも興味深くて。

たしかに。

三田さんはこの作品を聴いてみてどうでした?

何回か聴いているうちに、「おっ、これなんだろう?」って必ず思うのが5曲目の100マドさんの“グライミー”なんですよ。正直、1、2曲目にはジャーマン・トランスの雰囲気があるなって思って。

GT:へー(笑)。

だから3曲目から聴きはじめるとかいろいろしてみたり。でも「ダブステップからはみ出したい」と言われてみると納得するところあって。いまってUKのシーンでも90年代のブレークビーツ・テクノをやり直したりとか、ダブステップがいろんなところを見ているでしょ。雰囲気はいろいろあるけど、でもイギリスのものだってわかるし。100マドさんに教えてもらって買ってみたポクズ&パチェコの『ザ・バングオーヴァー(Pocz&Pacheko,“The Bangover”,〈Pararrayors〉, 2009 ) 』とかは、ベースとかは軽いんだけど、ヴェネズエラって言われれば「そうか」と。フェリックスKのドイツっぽさもわかる。そういう意味で、『ムゲン』を聴いたときはひと言で言えば「日本っぽい」と思った。だから日本特有のジャーマン・トランス解釈じゃないんだけど、ダブトロさんの後半に入っている曲では、今度はレイヴっぽい音使いをしていたりするじゃないですか?  あの感じが他にはないと思うから特徴としてはそうかな。自分的には5曲目から入って6、7曲目といく流れがすごく好き。

GT:俺は、UKのやつらがやっているのばっかりを聴いていると飽き飽きとしてくるんですよ。

そうなんだ!

GT:日本って世界で各地から離れているから、アメリカもドイツのシーンも見るし。それと日本ってパーティにしてもヒップホップやって次の日はドラムンベースやってエレクトロをやるやつはたくさんあるけど、海外ってテクノはテクノ、ドラムンベースはドラムンベースってなっていて、雑多なイベントは存在しないじゃないですか? それは日本のすごく良いところだと思うんですよ。自然とみんないろいろ聴いて育ってきているし。それもあって今回のコンピレーションはこういう選曲になったんだと思いますね。

俺はゴス・トラッドがダンス・ミュージックにいった時点でびっくりしたからね。「えっ、ノイズじゃないの!?」みたいな。

GT:そうですよね(笑)。でも、2012年にアルバム『ニュー・エポック』を出してから自分のやってきたことを振り返って、いま、また昔のノイズのサンプルを引っ張りだしてきてそれで曲を作ったりしてるんですよね。

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「ノイズ/アヴァンギャルドとBTC」


ENA

俺はトラップはヒップホップだと思うから、ベース・ミュージックだとは言いたくないんですよね。ベースありきなのかもしれないけど、トラップはベースありきじゃなくていいというか。俺が思うかっこいいベース・ミュージックっていうのは、ベースがあってグルーヴがあって踊れるものというか。そこが重要だと思っているんですよね。

100マドさんとエナさんはダブステップにくる前は何をしていたんですか?

100:僕は京都でノイズ・グループのバスラッチなどでインプロをやっていましたね。京都って当時そういうカルチャーが根付いてたんですよ。

えっ、そうなの?

100:〈メゴ(Mego)〉とかの音響ブームのときに、大阪とかよりも京都の方が盛り上がってたんです。パララックス・レコードというお店があって、いわゆるアヴァンギャルド系はもちろん、ダブのレコードでもそういう観点で面白いものを聴いてみたりとか。初期の2ステップもジャングルも面白かったらなんでも聴い ていましたね。そういうところでバイトしていて、音楽の聴き方に20歳くらいのときにすごく影響を受けたんですよ。

じゃあ京都出身なの?

100:生まれは金沢で、大学で京都に出てきて5年くらいいました。自分の音楽遍歴をあえて言うなら、アヴァンギャルドとジャングルを並行してずーっと聴いていた感じです。東京に出てきたのは10年くらい前で、ちょうどそのときは自分のなかでダンス・ミュージック熱が下がっちゃっていて。当時代々木にあった伊東(篤弘)さんがやっていた〈オフサイト〉ってギャラリーとかに行っていて、当時流行っていた微音系を聴いていました。ホント鳴るか鳴らないのかわからない音を(笑)。

じゃあ現代音楽のほうにもいっていたんだ。

100:三田さんが『スタジオ・ヴォイス』に書いた「ひと通りシュトック・ハウゼンとかフルクサス系とか聴いたけど、入れこみ過ぎて離れていった」とかそういう記事も読んでましたよ。

全然憶えてない(笑)。

100:ダンス・ミュージックとアヴァンギャルド系ってけっこう聴き方は近い気がします。

GT:あったね。俺がガンガンにノイズやってたのってそのときだもん。ヒップホップのパーティとかでね。〈ノイズのはらわた〉ってイベントとか『電子雑音』って雑誌とかがあったときだよね。

100:そんな中2002年くらいって日本にオールミックス・ブームみたいなのがあって、シロー・ザ・グッドマンとかが出てきて。あとはヒカルさんとか、ケイヒンくんもそうだし、タカラダミチノブとか。あのへんはいかに違うジャンルのレコードを混ぜるかってチャレンジしてい 。ブレイクコアの次に演歌がきて、演歌の次にサーフロックがきて次にテクノいきますみたいな(笑)。そんなときにデジタル・ミスティックズとかスクリームのミックスをネットで聴いたら、全曲がBPM140で、しかも自分と友だちの曲しかかけてなかったんです。すっごく狭い感じがしたんですよ (笑)。日本では、ディグる&混ぜるセンス競争みたいなものがあって、それに対してむこうで起きていることは正反対というか、点でしかないっていう(笑)。

そうだよね。

100:それが逆にすごくショックで。最初のときは、「このひとたち音楽を知らないのかな?」って思いました。

スクリームが来日したときにまったく同じことを聞いたら、テクノを聴いたことないって言ってたな。本当に知らなかったみたいだね。

100:ピンチとかはテクノなど幅広く聴いていて、マーラはレゲエに詳しいけど、シローくんみたいなごった煮感は誰も持っていなかった。けど逆にそこが面白かったんですよ。

めちゃくちゃ詳しいか全く知らないかのどっちかだよね。

GT:さっき俺が言った、レコードをひたすら集めるか、自分でレコードを作るかの違いですよね。そこで「コイツ、ハードコアだな」って思ったり。ダブステップをディグりはじめたのって100マドくんのほうがたぶん早いんですよ。100マドくんはブラックダウン(Blackdown)とかを日本に呼んでいたもんね。

ブラックダウンが日本に来たときに100マドさんとゴスさんが初めて絡んだんですよね?

GT:ちょうどそのときにパーティをはじめようと思っていて、日本で同じことをやっているやつはいないのかとネットを探しているときに100マドくんを見つけたんですよ。それで俺が連絡して、「今度DJするから会おうよ」って。

彼のレーベル〈キーサウンド・レコーディングス(Keysound Recordings)〉がはじまったのが2005年なのでかなり早くから注目していたんですね。

100:その来日が2006年です。そのときブラックダウンはダブステップに詳しい音楽ジャーナリストみたいな感じだったんだけど、ブログに「日本に旅行に行くから、ジャパニーズ、誰かブッキングしてくれって」って書いていたんですよ。それで「僕がやる!」って返事をして。

GT:当時100マドくんとは「このレアなやつ知ってる?」「知ってる!」って話をしたりね(笑)

レアなやつをちょっと挙げてみてくださいよ。

100:よくノイズの話をするときは、ザ・ニュー・ブロッケイダーズですね。

GT:ニュー・ブロッケイダーズやばいよね。

なるほど。その話は掘り下げなくていいです(笑)。

GT:ハハハハ。「〈ワードサウンド(WordSound)〉のサブレーベルの〈ブラック・フッズ(Black Hoodz)〉の10インチのやつ知ってる?」とかね(笑)。

なるほどね。ではエナさんは?

E:俺はアブストラクト・ヒップホップですね。ヒップホップからアブストへいきました。でも90年代にはジャングルとドラムンベースがあったので、そこからUKのほうを聴きはじめて。俺はどっちかっていうとドラムンベースなんですよ。

じゃあ唯一ずっとダンス・ミュージックなんですね?

E:もちろんIDMとか音響みたいなものは好きでしたけどね。

そこは作品からも感じる。

E:だからダブステップへの入り方が違うかもしれないですね。2005、6年とかにペンデュラムとか〈サブ・フォーカス〉とか商業的なドラムンベースが 出てきて飽き飽きしていたときに、UKアンダーグラウンド直球のデジタル・ミスティックズやスクリームを聴いて興味を持った感じです。

ドラムンベースからダブステップへ乗り換えた意識が確実にあるわけだ。

E:ずっと並行してやっているんですけどね。ダブステップと同時に、2008、9年にロキシー(Loxy)とか〈オートノミック(Autonomic)〉とか面白いドラムンベースも出てきたので完全に乗り換えたつもりは全然ないんですよ。

また最近ダブステップとドラムンベースが近づいた印象がありますけどね。ダブ・フィジックス(DubPhizix)とかサム・ビンガ(Sam Bingaを聴いていると近寄ってきたかなって。

E:どうなんですかね。でもあれはFootwork的なアプローチだと思うし、だからダブステップのひととリンクしている感じはないんじゃないかな。

GT:ドラムンベースのあとにできたダブステップがあって、ドラムンベースのひとも別名儀でダブステップを作るし。

エイミットはややこしくて、ドラムンベースでトロニック名義を使ったりしてるしね。

GT:ですよね。でもそのへんってUKのベース・ミュージックの根本的なところになっちゃったし、アーテイスト間の繋がりも強いからそのふたつを分けている感はないというか。

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「ベースであってベースでない」

「EDMほど俺はバカ騒ぎしないぜ! でもダブステップは男塾すぎる。俺はもうちょっとハウスなんだよね」みたいなひとがベース・ミュージックって言っているのかなって。


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さっきゴス・トラッドが「UKのものばっかり聴いていると飽き飽きとしてくる」って言っていたけど、ゴス・トラッドが出てきたのはUKじゃないですか?

GT:はい。

それはUKのシーンに対するアンビヴァレンスな気持ちがあるからなんですか? それとも本当にいまのUKはダメということ?

GT:いや、そういうわけじゃないです。例えば、UKダブステップがあって、「次はブローステップだ!」っていうとこのアンサーみたいな感じでダンジョ ン・スタイルと言われるダブステップがバーンと出てきて。 またみんな似たようなダンジョンの曲を作っちゃって。 そういう状況が、俺からしたらどっちも同じみたいな。さっき言ったのはUKだからってわけでもなくて、ひとつのものに一瞬火がつくとみんな作っちゃうっていうね。そうなっちゃうとつまんないなと思うというか。

それだけ出せるのがすごい気がしちゃうけどね。

GT:そうなんですけどね。そういう意味で、「ドラムンベースがつまんなくなった」ってエナくんが言っていたけど、自分もジャングルからドラムンベースを聴いていて、初期は面白かったけどだんだん型にはまっていって、なんかつまんなくなったなと思っていたのもあるし。アブストラクト・ヒップホップもはじめは歌モノが出てきたりとか、インダストリアルっぽいものが出てきたりとか面白かったけど、だんだんみんなコピーするのが上手になってきちゃう。最終的にはアブストラクトなSEが鳴っていて、そこにロー・ビッドなビートが入ってくれば良いみたいな雰囲気になったじゃないですか? それで「あー、面白くないな」って思ったんですよね。

同じことをいま、ダブステップに感じているってことなの?

GT:そう感じている部分もあるんだけど、やっぱり信用できるアーティストは面白いものを作るんですよね! 去年のクロアチアでの〈アウトルック・フェスティヴァル〉で〈ディープ・メディ〉のステージとかでやっても、カーンとかコモドとかはすっげえ変な曲を作っていて、「良いアーティストは面白い曲作んなー!」って思うんですよ。

そうだよね。去年〈ディープ・メディ〉から出たKマンの“エレクトロ・マグネティック・デストロイヤー”とか買おうか本当に迷ったもん。

GT:そうですよね。だからシーンそのものがっていうよりも、アーティストによる話だと思うんですけど。

最初の質問の「なぜいま〈レーベル〉なのか?」という質問に関連するけど、シーンを俯瞰してみるとやっぱりダブステップも紆余曲折があって、そのなかで〈バック・トゥ・チル〉が目指した良い音楽がここにあるとは思う。だけど、そういう意味ではみんながいろいろやっているじゃない? 例えばピンチは〈コールド・レコーディングス〉をはじめてテクノをやってみたりとか、さっき言った90年代回帰してバック・トゥ・ベーシック的になってみたりとかね。そういうシーンのなかで、何を思ってレーベルをはじめたんですか?

GT:俺が思う本物のベース・ミュージックをやりたいんですよね。

その「本物」って?

GT:ベース・ミュージックとかEDMとか言葉が出てきてごちゃーとしちゃって、いまってそれをさらにシュレッダーにかけた状態じゃないですか。で、俺はテンポ感覚とかって関係なくなっちゃっていると思っていて。パーティとしてはジャンルを付けたいのかもしれないけれど、〈バック・トゥ・チル〉に関しては関係なくやりたいと思っているんですよね。本当に良いベース・ミュージックというか。
 例えば、俺はトラップはヒップホップだと思うから、ベース・ミュージックだとは言いたくないんですよね。ベースありきなのかもしれないけど、トラップはベースありきじゃなくていいというか。俺が思うかっこいいベース・ミュージックっていうのは、ベースがあってグルーヴがあって踊れるものというか。そこが重要だと思っているんですよね。

あんまり跳ねるの好きじゃないでしょ? トラップもそうだし。

GT:うーん。トラップって雰囲気の低音なんですよ。ベース・ミュージックというよりは低音が鳴っているだけというか。

100:ベースラインがないんだよね。

GT:そうそう! 俺はやっぱりレベル・ファミリアで秋本(武士)くんのダブのベースを聴いてきて、ダブを通過したひとの奥深さがやっぱり自分にフィードバックされているんです。UKの子たちのすげえ曲って、レゲエとかを通過しているというか。日本のプロデューサーが持ってくる曲を聴いて感じるのは、やっぱりそこのセンスがちょっと足りていないように聴こえるんです。雰囲気の低音は鳴っているし、上もちゃんとプログラムされてメロディもちゃんと乗っているんだけど底がないというか。そこってすごく重要だけど、一番わかりづらいんです。

日本で行われている〈アウトルック・フェスティヴァル〉で〈バック・トゥ・チル〉のクルーを見ていると、他の日本のアーティストのなかで、レゲエっぽさが全面に出ていないという意味で、浮いている印象があります。でも、そのレゲエっぽさがあまり感じられないから、僕は〈バック・トゥ・チル〉が好きだと感じる部分もあるんですよ。

GT:俺が秋本くんとレベル・ファミリアをやっていて考えていたのは、わかりやすいレゲエっぽいベースのところを一番聴いてほしいわけじゃないんですよ。例えば、いわゆるレゲエのベースラインのところじゃなくて、一番ドープなところはワンコードで「ドゥー、ドゥー、ドゥー、ドゥー」って潜って行くところだったり。実はそこが一番ヤバいダブのベースっていう認識ですね。テクノでいう盛り上がってからキックとベースだけに戻ってくるところが一番かっこよくて、「うぉー! きたー!」ってなるじゃないですか?

おー、なるほど。

GT:レイヴとかでも、「わー」ってなって、上モノが一切なくてキックとベースだけになったスッカスッカなところが一番グッとくるんですよ。

俺はS-Xの“ウー・リディム(“Woooo Riddim”,〈Butterz〉,2010)”みたいにリズム・トラックだけで成立する曲がすごく好きなんですよ。そういうところか聴くと、〈バック・トゥ・チル〉は上が多いと思う。雰囲気を作る曲というか。

100:ジャーマン・トランスだ(笑)。

だからもっとリズムだけで勝負できる曲があってもいいと思う。

GT:たしかに今回のコンピレーションはそうかもしれないですね。ただ、アルバムとして考えたときに、やっぱそういうアップ・ダウンが欲しかったんですよ。

全体的にイントロっぽい曲が多いなと思ったんですよ。1曲目のもつイントロとしての感じもわかるけど、8曲目でもどこから入ってもはじめられそうな気がするので、いまいったようなリズムだけで攻められる曲があったら嬉しいなという感じはあります。

GT:なるほど。でも自分はそういう意味でドラムとベースの良さが出ている曲をやりたいんですよ。

そこは日本人が一番理解していないところだと思うんだよね。

GT:やっぱり日本人って上モノのキラキラさとか、前に出ているドラムとかに反応しやすいんですよ。だから音数が多くなったりするから、余分なパーカッションを減らして、その隙間のグルーヴをベースで動かしたりしたほうがいいんじゃないと思うことが多いので。

Jポップを聴いていても本当にリズムが関係ないと思うしね。そこを聴いているひとがいないというか。俺は日本からあるリズムのジャンルが出たら絶対にすごいと思う。なんだかんだ言ってもいままではお手本があってやってきたでしょ? ダブステップやジュークもそうだけど、日本発のリズムってないじゃないですか? これはやってほしいよね。

E:この前話していたんですけど、ゴスさんも最近やっている85とか170のドラムンベースのテンポで、ダブステップとかけ離れた感じの曲をヨーロッパでDJとして現場でやっているひとがけっこう少ないんですよね。

GT:BPM85の遅い4つ打ちってある意味、ヒップホップのテンポなんだけど、ドラムンベースのグルーヴにもノれるし、隙間もあるからダブステップ的な良さもあるというか。だけどテンポ的には全然違うというか。それでミニマル・テクノみたいなアプローチもできつつっていうのがこの3人で流行っていて(笑)。

E:そういう曲を海外でかけているひとが少なくて、ゴスさんと「ヨーロッパで実際にかけてみてどう?」っていう話をしていたんですよ。反応はよくも悪くもイベント次第なんですけどね。ゴスさんと俺がヨーロッパで出るパーティって全然違うフィールドでのブッキングだからそこでの反応も違うけど、去年の10月のヨーロッパ・ツアーでは「どうやって踊るかわからないけど楽しかった!」っていう良い意見があったんですよ。

おっ! 日本発いくか?

GT:そういうことをパーティを毎月やっているわけだから、試しながらできるわけですよ。

なるほど。そのリズムが〈バック・トゥ・チル〉のテーマだということはベース・ミュージックのひとつの解釈として面白い話だと思います。

GT:それが日本発になるのかわからないけど、やらないとどうしようもないというか。そういう意味で現場があるのはありがたいです。それを作ってキープしていかなきゃいけないし、それを裏で話していくことはやっぱり大事だなと思います。若い子たちも「ゴスさん、最近変なテンポやってますよね? 僕も最近作ってみてて」っていうひとがけっこういるんですよね。狭いながらそういうコミュニティも作っていきたいから。

その小さいコミュニティがもっと大きくなってほしいとは思いますか?

GT:もちろんそうですね。まずは、実際に作品をリリースしなきゃいけないと思うから、今新しいアルバムも作っているんですよ。「こういうBPMで、こういう曲をやってみんなで楽しんでいます」って文章にして書きたくもないとうか(笑)。

そりゃそうでしょ(笑)。

E:でもいまみたいな感じになったときに、最初にこれをやろうって相談があったわけじゃなくて、基本的にみんな勝手にやってるだけなんですよね。この3人も音楽的に共通する部分があるようでないのかもしれないから、自由にやっていて面白いと思っている部分がリンクしただけというか。

GT:100マドくんとかはBPM100の曲をずっと作っていて、それを「85まで落としてみたら?」って薦めてできた曲が“グライミー”なんですよ。

100:そうそう。これはもともとBPMが100だったんですよ。

さっき秋本くんの話も出たけど、ジャマイカの音楽ってたとえ実験的でも大衆音楽じゃないですか? キング・タビーを誰が良いかって言ったというと、まずはそこで踊っているファンであって。

GT:それはすごくあると思うけど、それをわかり易くするために自分のやりたくないことやるかってなると別なんですよ。さっき言った遅いビートにイケイケのドラムンベースをミックスしたらわかってくれるんじゃないかとか(笑)、そこまではやりたくないんですよ。でも、何かしらのきっかけみたいなものは自分でセットを作っていますけどね。チルな部分とアガる部分をイメージしながらやっています。でも、日本の場合だと作品を出してからなのかなと。

〈バック・トゥ・チル〉は、高橋くんの世代にもちゃんと伝わっているの?

ひとつ言えることは、僕は〈バック・トゥ・チル〉は先鋭的なことをやっていて好きだけど、日本のベース・シーンと言われるもののなかで、他に良いと思えるものがあまりないというか。それはベース・ミュージックという言葉の使われ方にも表れていると思います。〈バック・トゥ・チル〉で使われているような意味とは別に、「ベースが鳴っていればOK」みたいな解釈でその言葉を捉えているひとも多いですからね。深い解釈も安易な解釈もあるから、僕は文章を書くときは「ベース・ミュージック」って鍵括弧付きで使うんですよ。

『ベース・ミュージック・ディスクガイド』というカタログ本も、ダブステップもマイアミ・ベースも同じ「ベース」という解釈だったよね。そういう認識なの?って思ったけど。

100:ベース・ミュージックって言葉が出てきたとき、ゴスは最初っから批判的だったよね。「ベースがない音楽ってなくない?」みたいな。

GT:いま適当に思い付いた名前だけど、〈ベース・アディクト〉みたいなパーティってたくさんあるじゃないですか(笑)? そういうパーティって4つ打ちのエレクトロとかもベース・ミュージックに入っちゃうんですよね。

100:いままでだって低音がない音楽がなかったわけじゃないもんね。

GT:そうそう。だから、「これをベース・ミュージックっていうと全部じゃん」ってね。

現在のタームでいえば、「ベース・ミュージック」って言葉はイギリスから広まったんだよね。ダブステップっていう言葉を使いたくなくなったときに、その言葉が出てきた感じがしたな。俺はダブステップよりもグライムが好きだったんですよ。そういうときに「ないまぜ」というか、ベースって言えば済むかなってなった気もしますね。

GT:それはあるかもしれないですけど、ひと括りになりすぎている感じもあって。

100:言葉として便利すぎるというか。ダブステップからディープで暗いところを切り離したいひとたちが言葉を広めた印象が当時はありました。ブローステップだったりトラップも同じ感じで、ダブステップのアンダーグラウンド感が自分たちには違うなってアーティストが使いたがっているんだろうなと思いますね。

逆にダブステップがEDMみたいなものになっちゃったから、アンダーグラウンドのひとたちが前向きにベース・ミュージックって言葉を使っているのかと思っていたな。

100:もちろんそういう前向きな意味がある一方、「EDMほど俺はバカ騒ぎしないぜ! でもダブステップは男塾すぎる。俺はもうちょっとハウスなんだよね」みたいなひとがベース・ミュージックって言っているのかなって。でも、そういう〈ナイト・スラッグス(Night Slugs)〉とか〈スワンプ81(Swamp81)〉みたいな格好いいレーベル以外のひとも、ベース・ミュージックって言葉をトレンディに使いやすくなっていて意味がわからい状況になっているんじゃないですかね。

GT:いまとなってはベース・ミュージックもなくなってきたんじゃない? UKの俺も周りのやつとかはサウンドシステム・ミュージックって呼んでますね。

100:それはベース・ミュージックと線引きしようとしてるんじゃないの(笑)?

GT:なるほどね。でも、実際に〈バック・トゥ・チル〉はサウンドシステムを入れてやっているからね。

まぁでも、秋本くんとゴス・トラッドが揃うと男塾っぽくなるよね(笑)。

GT:ハハハハ!

このコンピレーションにも女性はいないんでしょ? わりとドラムンベースでは踊るのが好きな女のひとが多いじゃない? そのなかから作るひとが出てこないんですかね。

GT:あんまりいないですね。

100:いてもやめちゃうケースが多いかな。

E:まぁでも作る側のひとはどのジャンルもそうじゃないですか?

海外は女性で作るひとが増えてきたよね。

日本でも何人かいますよね。

GT:最近はソフトウェアからアナログに戻っている感じがあるじゃないですか? パソコンでプラグインを使ってやる作業が苦手な女のひとって多い気がするんですよ。でもドラムマシンで打ち込んでいくのはできると思う。エレクトロ・パンクのピーチズはローランドのMC-505一台で作ったって言ってましたね。

E:キョーカさんはわりとアナログ派ですよね? 年明けのライヴもものすごく良くて。いままでのメランコリックな部分がなくなって、〈ラスターノートン(Raster-Noton)〉で一番暴力的な感じになったというか。

彼女はリズムが弱いかなと思っていたから、ドローンをやればいいと思ってた。

E:そっちじゃなくてまさに暴力的な感じにいきそうな気がしましたけどね。年明けのハッピーな雰囲気をぶち壊してましたよ。

ダイヤモンド・ヴァージョンの影響なんじゃない?

GT:いまはインダストリアルの音がすごくきている感じがあるから、ダブステップでもそっちっぽいやつがあるんですよ。いまのコモドもバキバキな音ですよね。ディープなダブステップなんだけど、鳴っている音はインダスっぽいっていうか。この前マーラがかけていたダブもフランス人って言っていたけど、昔の〈ワードサウンド〉みたいにダークなんだけど鳴っているキックとスネアがインダストリアルみたいで、さらに音がスカスカというか。

エンプティセットみたいなではなく?

GT:ああいうパキパキな感じの音じゃなくて、音に丸みはあるんだけど歪んでいるみたいな。

タックヘッド(『テクノ・ディフィニティヴ』P95)とか?

GT:雰囲気的にはそういう感じはしますね。マーク・スチュアートのようにハードコアなんだけれども、アナログ的な丸みがあるというか。

ダブが現代的にちゃんとアップデートされている感じなんだ?

GT:うん、そうれはありますね。

去年〈トライ・アングル〉からリリースされたSdライカ(Sd Laika)の『ザッツ・ハラキリ』は、ゴスさんがノイズをいまも続けていたらこうなっていたかもな、と思わせるような作品でした。いろんな音がサンプリングされたノイズ音にBPM140のビートが入ってきたりするんですよ。

GT:エイフェックス・ツインがこの何年かで面白いと感じたのはSdライカって言ってたね。

そうなんですよ。ガンツもそのアルバムを評価していました。Sdライカとゴスさんの曲を比較してみると、Sdライカにはビートが少しリズムとぶれたり、音がチープな感じになっていたりと「軽さ」みたいなものがあるんですよ。これはゴスさんの曲などではあまり見られないと思うんですが、こういう表現にも興味はありますか?

GT:うーん、「軽さ」ね……(笑)。

俺が最初にジャーマン・トランスっぽいと思ったのは、2013年に〈ディープ・メディ〉からでたゴス・トラッドの“ボーン・トゥ・ノウ(Born To Knoow)”ですよ。あの盛り上がるところにジャーマンっぽさを感じたんですよ。「軽さ」ではないかもしれないけどね。

「軽さ」のイメージでいうと、アントールドが〈ヘッスル・オーディオ〉から“アナコンダ”を出した感じに似ていますかね。

E:シリアスさが薄いというか、そこの微妙なバランスだよね。

ちなみになんで“ボーン・トゥ・ノウ”だったんですか? 気になるタイトルですよね。「何かを知るために生まれてきた」って何なんだろうって思って(笑)。

GT:もう雰囲気ですよ。まず最初に、他にはないタイトルをつけようと思っているから、「ボーン・トゥ・ノウ ダブステップ」で検索して出てきたらナシなんですよね(笑)。

あと、さっきのパチェコ(※ヴェネズエラ出身、スペイン在住のアーティスト)のコンピレーション・ミックスにエナさんと100マドさんが入っている理由も気になりました。

GT:このきっかけは100マドくんとパチェコが出したスプリット・アルバムを2009年に出して繋がっていくんだよね。

E:俺はその作品でリミックスとマスタリングをやってるんですよ。それで自分の曲がミックスで使われたのはパチェコとやりとりしていた縁ですね。

100:それで僕らの曲が入った感じです。もういまはこのパチェコもポクズもスペインにいて。

E:ヴェネズエラは治安が悪すぎてって言ってましたね。

チャンガトゥキ(※アルカも影響を受けているヴェネズエラのゲットー音楽)やクドゥロ(※アンゴラのダンス音楽)のコンピを買ってもこのひとたちは入っているから。ワールド系とダンス・ミュージックが混ざったところには必ずいるっていう(笑)。

100:もういまは名前も変えちゃって、昔のクリアーみたいなエレクトロをやっているんですよ。あそこまではビート感はないですけどね。

でも彼らの曲ってベースが薄いんだよね。

100:そうなんですよ。いまはより一層ベースがない感じです(笑)。

E:そのコンピに入っているカードプッシャー(Cardopusher)はいまは〈スワンプ〉っぽいエレクトロみたいな感じなんですよ。

GT:けっこうみんなどっかに行っちゃった感があるよね。なんか俺はさっき言ったような曲を去年はずっと作ってたけど、もう一度いわゆるダブステップというものを見直して年末くらいに1曲作っていました。それを送ったら反応が良くて、こんど〈ディープ・メディ〉からまた12インチを出すことになったんですよ。自分のなかで6〜7年はどっぷりで、時間もなかったからとりあえずBPM140のダブステップを作って、リリースに備えて、ツアーに出てという繰り返しで他を見る感覚もなかったんです。おととしくらいからまたいろいろ聴き出して面白くて別のテンポのものを作りはじめたというのがあって、また一周してダブステップが作りたくなったというか。ベースはそこにあるから、そこを進化させたかったというのもあるし。ダブトロとかはそれ一本で作っているし、海外の〈アウトルック〉とかに行くとやっぱり面白いものは生まれているって感じるんですよ。そこで曲を送って繋がったりっていうのをこれからも続けなきゃなと思いますね。

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「ハードかつゆるくやりましょう」

これからも本当に面白いものが出てくると思います。自分的にはすげぇ多くのことに興味があるんですが、生の音楽の音自体にすごく興味があって。この前、ドライ&ヘヴィーのミックス・ダウンをやって、やっぱこれが自分のダブだなっていうのをすごく感じたし。ロック・バンドのミックス・ダウンもやったりしたし、いまはノイズ・コアのバンドのリミックスをやっていたり、そっちも面白いなって思っているんですよね。


Various
GOTH-TRAD Presents Back To Chill "MUGEN"

Back To Chill/Pヴァイン

Amazon iTunes

ちなみにレーベルとしての今後の予定はありますか?

GT:ダブトロや100マドくんは最近リリースがないから、できたらEPみたいなものを出していきたいなというのもあるし、自分のアルバムを〈バック・トゥ・チル〉から出したりとか。レンチのドラマーのムロチンさんとやっているバーサーカーや、あと今年はレベル・ファミリアでも曲をつくっていこうと思っています。
 みんな個人でたくさん動いているけれど、さっき言っていたみたいに、ここに居場所を作るっていうのは良い目標になるというか。ダブステップのダブプレートを作ってそれをかけることは面白いけれど、じゃあその行き着く先は何なのかっていうのがなきゃいけないというか。もちろん現場があることも大事なんだけど、その先にリリースという目標がパッケージを作っていく方がアーティストにとっても良いことだし。そういうものを「場」として作れたらなと思うんですよね。

じゃあ、12インチのリリースも考えているの?

GT:そうですね。いまアナログはむずかしいけど、少ない数でやりたいですね。

昔からそれは言っていたもんね。アナログは売れてるっていうニュースが入ってきたり、その逆の情報が入ってきたりどっちにいくんだろうとは思うけど。

GT:UKの大手流通会社のSTホールディングスもなくなりましたもんね(※ele-king Vol.15 P92参照)。〈ディープ・メディ〉もそことやっていたから一時期は浮いちゃって、結局はクドス(KUDOS)っていうところが動いてくれて落ち着いたんですが。

E:STのひとが、いまアンアースド(Unearthed Sounds LTD)を立ち上げてそこの引き継ぎをやってはいますけどね。

イギリスもアメリカも5年連続でアナログ盤の売り上げは増えているらしいからね。だから配信とアナログが伸びているから、分が悪いのはCDなのかなって気はするけど。

E:まぁ、レコードの売り上げが伸びているって言っても、売れているのはクラシック・ロックの再発とかですから。

100:ダンス・ミュージックは300枚とかのプレス量だもんね。

E:そうそう。メジャーがたくさん出すから、プレス工場が忙しくなって小さいレーベルの発売が遅れそうになったりでみんな文句を言っているのが現状なんですよ。

ビートポートの発表によると、同サイトのなかでダブステップは全ジャンルのなかで一番売り上げが少ないというのが発表されましたけど、それは単純にリリース量が少ないからですよね?

E:それはビートポートではテクノはEDMやエレクトロとかも指しているしね。だからそういうのに比べたら少なくて当然なのかなと。

そういう状況を反映して何が起こるのかと言うと、リリース量が少ないからみんな買うものが似てくるじゃないですか? 自分で曲を作れるひとは、オリジナル曲で自分のDJセットに幅を作ることができるけど、そうじゃないひとのセットが似通ってつまらなくなる傾向があると思います。〈バック・トゥ・チル〉のように曲が作れるひとが多いパーティでも、イプマン(Ipman)の“パーシステント・ドレッド(Persistent Dread)”がリリースされたときに、ちがうひとが2回かけていたこともありました。

GT:ハハハハ。それはある意味初期に戻っちゃっているよね。最初はリリース量が少なすぎて、みんな同じ曲を3、4回かけるっていう(笑)。

そういう状況のなかで別ジャンルの曲とダブステップを混ぜられる、もしくはひとつのジャンルの曲をしっかりと紹介できるスターDJ的な存在がいないことが日本のベース・シーンの弱さなのかなと思います。UKにはベンUFOのようなアーティストもいるわけですが、ゴスさんはそういう存在にはなりたいとは思わなかったんですか?

E:要するにジャイルス・ピーターソンみたいな存在ですよね。

GT:そういう存在がUKにはいるよね。ダブステップならばヤングスタやハッチャがそうだし……。さっきも言ったように、俺はずっと自分の曲でライブをやってきて、DJを本格的にはじめたときもまずは自分の曲を中心にかけたかったから、100枚のリリースを聴くよりもまずは曲を作ろうと思ってきたかな。

〈バック・トゥ・チル〉で曲を作らないDJをひとり育てたらどうですかね?

GT:DJをやっていて自分では曲を作らないけど周りに曲を作っているっていう子とかには、友だちの曲を使いながらDJをする宣伝役的な立ち位置になったらいいんじゃない、とかアドヴァイスしますけどね。そこで「曲を作らなきゃダメだよ!」とまではDJには役割があるから俺も言いたくはないですから。実際UKには、曲はあまり作らないDJ職人みたいな存在がいて、彼らの元にはどんどん新譜やダブプレートが送られて来るんです。ラジオや現場でいち早くプレーしてくれるから、すごく良いプロモーションにもなる。そういうDJは、UKのアンダーグラウンドシーンでは重要な存在になってますね。

〈バック・トゥ・チル〉は変わっているんだよね。日本ではテクノもハウスも、作るひとが少なくてDJが多いから、逆に言えばシーンをプロモートしていくことには長けていたのかも。〈バック・トゥ・チル〉はみんな曲を作るからさ。それはゴス・トラッドの意向なの?

GT:パーティをプロモートするためにオーガナイズをしているんじゃなくて、新しいことをやっているひとを集めることが目標というか。そういうのって常に作っているひとじゃないと持ってこれないじゃないですか? 「買う」っていう手段はあるけど、もっともっとエクスクルーシヴなものになるには、作っている側が集まってそれをプレイする空間を作りたいんだけど、その考えって一般のひとからするといきすぎちゃっているのかなって(笑)。

E:でも〈メタルヘッズ〉の〈ブルー・ノート〉での〈サンデー・セッション〉の例もあるし、あれも90年代にみんなプロデューサーがその日のためにダブプレートを切ってやってましたからね。

GT:そうだね。そこが基本的にはコンセプトだけど、たださっき言ったみたいに幅の広いDJがひとりいてもいいかなとは考えます。だからはじめの3年とかハードコアにそのへんにこだわってたよね?

100:うん。こだわってた。

GT:だけどこの3年くらいは本当に良いDJだったら入れたいって考えてるかな。

100:会場を〈サルーン〉から〈エイジア〉に移した2008年くらいからダブ(プレート)とかじゃなよねって言うようになったよね。

GT:そういうのを言っていたら100マドくんとかに「出たいひとはたくさんいるんだけど、そういうところが厳しすぎる」って言われて。

E:〈エイジア〉に移ってから、ケイヒンくんとかリラくんとか出てたもんね。

GT:そうだよね。曲は作っていなかったけど通ずるものはあったからね。

パーティの歴史を見ていると、〈サルーン〉時代は鎮座ドープネスや志人などのヒップホップMCが出ていていまよりも幅があったと思うんですが、それは方向性が定まっていなかったからですか?

GT:あのときは単純に俺やSKEはルミのアルバムをプロデュースしたりとか、スカイフィッシュもダブステップを作っていた数少ないプロデューサーのひとりだったから。

最初は試行錯誤をしていて、次第に男塾的な厳しさが出てきてしまったわけでしょ?

GT:はじめのほうが逆に厳しかったんですよ。でもそのときはダブステップに興味を持っているひともあまりいなかったから、近いアーティストに出てもらっていたんです。ルミや鎮座ドープネスは近かったしMCものせられて良い意味でブッキングしやすかったというか。

100:結果的にごちゃ混ぜ感が出たのが初期だよね。

GT:〈エイジア〉に移った2008年くらいからは、ダブステップを意識して入ってきた良いDJもいたし、曲を作るひとも増えてきたんだけど、2010年くらいにはみんな飽きてやめちゃうんですよね。「ファンキーのほうがモテる」とかさ(笑)。だからブッキングできるひとも減っていったんです。

飽きるのが早いよね。

E:音楽のスタート地点がダブステップという世代も出てきて、そこで寿命が短かったというのはあるよね。

GT:そこで踏ん張ってやるやつとやらないやつが出てきて、ダブトロとか踏ん張ったよね。あいつは〈バック・トゥ・チル〉に出たくて大阪から上京してきた んですよ。俺とマーラが最初に大阪にツアーで来たときに初めて観たらしくて、そこからダブステップも作りだして。初めてデモを貰ったときも、「まだクオリティは低いけど、なんか光る部分はあるよね」みたいな。このふたりは「うーん」って言ってたけど(笑)。

100:めちゃくちゃゴスっぽい曲があったのを覚えてる(笑)。

GT:でもみんなアドバイスしていったら、だんだんと良くなってイギリスで12 インチをリリースしたりとか。それの積み重ねでいまがあるから、1年や2年でできるものじゃないですからね。

そうこうしていたらモーニング娘。や氷室京介もダブステップやってるもんね。

GT:飛行機に乗っているときに邦画が観たいなぁと思ってたらやっていたんですよ。

同じやつだな。エンディングでしょう?

GT:そうそう!

ダブステップだと思って聴いてたら歌が入ってきたから(笑)。しかも歌い方が演歌だからさ(笑)。

GT:まさに同じですよ(笑)! なんて映画だったかな……(※三池崇史監督『藁の楯』主題歌:氷室京介“ノース・オブ・エデン”)。

100:野田さんと三田さんはテクノのシーンをずっと見ていたわけじゃないですか? ダブステップとかだと、ダブステップから入ったひとが、ブローステッ プへいってファンキーとかも気になりつつ、ムーンバートンへいってトラップへいって、ジュークへたどり着きいまはヴォーグかなっていうパターンがあったりするんですよ (笑)。鞍替えしまくって、「最新のキーワードを持っているのは俺だぜ!」みたいな所有感競争というか。テクノとかハウスってそうやってス タイルを変えてきたひとって黎明期にいたんですか?

いたけど残ってないよね。いまコアなシーンに残っているひとはやっぱりみんな同じコンセプトを続けているんじゃないのかな。

ケン・イシイなんかはイビサDJになっちゃったけど。随分最初とちがう、みたいな。

ころころ変えて、商業的に成功している人はいるよね。

どんなジャンルを見ていても思うのが、だいたいどんなジャンルでも15年目で迷うひとが多いよね。ボブ・ディランとかもそうだけど、10年は勢いで揺るがないでやるんだけど、15年目に流行のものを追っかけて失敗するひとが多いなって。だけど、20年続けたひとは頑張って元に戻った感じがある。

GT:俺はちょうど15年ですね。

じゃあいままさにだね(笑)。

どんなひとでも15 年から20年が正念場かなぁと。ボブ・ディランの例とか見ていると、ジョン・レノンは1980年に殺されていなかったとしても、乗り切れなかったんじゃないかなって気もするし。『ニュー・エポック』を出す前に印象だったのが、ゴスさんはダブステップに本当にハマっていたじゃない? そのときはポスト・ダブステップが出てきて、ダブステップが迷っているときに出したくないから、ダブステップが最初のダブステップに戻れたときに出すって言ってたよね。それで本当にその通りになったから納得したんだよ。さっきもすごくダブステップっていう言葉にオブセッションを感じるくらいだから、そのこだわりはずっとあるんだろうなって感じるね。

GT:そうですね。これからも本当に面白いものが出てくると思います。さっきのSDライカみたいなアプローチもあるしね。自分的にはすげぇ多くのことに興味があるんですが、生の音楽の音自体にすごく興味があって。この前、ドライ&ヘヴィーのミックス・ダウンをやって、やっぱこれが自分のダブだなっていうのをすごく感じたし。打ち込みを散々やってきたけど、音の厚みとか生のベースの音圧ってやっぱりちげえなとか、去年の後半とかは感じなおしたりしました。ロック・バンドのミックス・ダウンもやったりしたし、いまはノイズ・コアのバンドのリミックスをやっていたり、コラボレーションの話もいろいろあったりとか。そっちも面白いなって思っているんですよね。

僕もノイズはいまも聴いているけど、昔よりも呼吸が短くなってきていると思うのね。ジャーってなっているときにそれに合わせて呼吸をしていられなかったんですよ。でも最近は切れ方が早くなったんだよね。アンビエントをやっている伊達伯欣とかの話を聞いていると、ダンス・カルチャーを通ってからアンビエントをやっているから、どこかで踊りのセンスがあるんだよね。踊らないひとがアンビエントをやると身体性が全然ちがうからキツイっていう(笑)。

GT:ノイズとかインプロの世界って、一時期は本当にクローズドマインドだったじゃないですか? 「お前ダンス・ミュージックを通過してんの?」みたいな。自分はそれを通過してノイズをやっていて、当時そういうのを感じてたけど、逆にいまは、そういう雰囲気は無くなったよね。

ギリシアから出てきたジャー・モフは、ビートがないのに踊りを感じさせるから俺はすごいと思った。しかもギリシアは経済的に破綻したのにアルバムのタイトルが『経済的に裕福』っていうタイトルで(笑)。

GT:最近友だちから教えてもらった、ファルマコンっていうデス・ヴォイスの女の子が「ドーン、グワー」ってやっているやつがありますよね。

彼女はたしかニューヨークだよね。それをもうちょっとポップにしたガゼル・ツインってひとがいて、俺は『MUGEN』を聴いたときにそれをちょっと思い出したんだよ。彼女はレディオヘッドの『キッドA』を更新したって言われてて。子供っぽくて、インダストリアルな雰囲気のあるポーティスヘッドみたいな感じのひとで、『キッドA』も子供が飛びついた感じがするじゃない? なんかその感じをコンピを聴いていると思い出すんだよね。

GT:そういう風潮がいまアメリカであるような気がするんですよ。打ち込みとエクスペリメンタルな感じがごちゃっとした感じ。さっきの〈トライ・アングル〉とか、いままでのダンスミュージックを通過して取り込んだものをリリースしているというか。

今度日本に来るD/P/Iとかそのへん直球だよね。

E:今度来日の時に一緒にやるんですけど、D/P/Iはカットアップっぽいですよね。

彼は生バンドもやっているから、その方向で縛っているみたい。いろんなプロジェクトをいっぱいやっていてよくわからないけど。インタヴューしたら過去の音楽も詳しくて、ピエール・アンリに影響されていたり。

ジャングルが好きなんだよね。

いまのようなアーティストを〈バック・トゥ・チル〉から出したいと言ったらOKを出しますか?

GT:ジャンルであまり縛りたくはないから、正直に言えばかっこよければ出したい。あと、いまはカセットで出したりとかいろんな方法があるでしょ? そういうフォーマットを使うのもありかなと思ったり、エクスペリメンタルなライヴをカセットにして50本限定で出したりとか。そういうのもレーベルで自由にできるのを考えているから、そのくらいニュートラルに考えているんですよ。

じゃあそろそろ時間なので、三田さんにまとめてもらいましょう。

50を過ぎるとクラブがキツいのでパーティに実際に足を運べていないんですが、ユーチューブで動画を見るととても自分が混ざれる場所ではないなと思います(笑)。この8年間でグラフにするとお客さんにどういう推移がありましたか?

GT:去年の1月は〈デイ・トリッパー〉から出しているイードン(Eadonmm)に出てもらったんですけど、早い時間でお客さんもいたんだけどちゃんとみんな聴いていた感じもあるし、そのあとのDJでもしっかり盛り上がっていましたよ。この前もエナくんがエクスペリメンタルなノンビートなライヴ・セットをやっても、お客さんがしっかり聴いていて。平日だからすごくひとが入っているわけじゃないけれど、けっこう来ているお客さんはそこをわかっていてくれているのかな。聴いているひとは聴いてくれているし、盛り上がりたい子は前の方に来てくれるから。

E:俺は個人的に去年はテクノ系のパーティにもけっこう出ているんですよ。〈ルーラル〉や年末には〈フューチャー・テラー〉にも出たし。実際にやってみると、ジャンルの壁はそれほどないなと思いますね。〈フューチャー・テラー〉もルーシー(Lucy)の裏でやっていたんですけど、俺のときもいっぱいだったし。もちろんそのときもテクノじゃなくてBPM170をかけてたけれど、みんな踊ってましたよ。

GT:〈バック・トゥ・チル〉に来ているひとは耳の幅や聴き方は広いかもしれないね。

次の8年くらいで対抗馬的なパーティやレーベルが出てきたら良いですね。

この3人が決裂して別々のパーティやるとかね(笑)。

GT:なんで〈バック・トゥ・チル〉を8年やっているかといえば、やっぱり日本でやりたいからなんだよね。日本で全てを完結させるのが良いのかもしれないしね。それで作品を向こうに投げるというか。ツアーをやるっていうのはやっぱり体力仕事だし。海外に行けるからやるっていうのは、日本がダメって言っているような気がしてなんか嫌なんですよ。海外だから良いっていうのもなんかアレだし。日本でもすごい耳を持っていて、すごく良いもの作って、すごく良いプレイをするひとっているわけじゃないですか? その絶対数が少ないだけで。

何か最後に言い残したことはありますか?

GT:うーん、じゃあ100マドくんで(笑)。100マドくんは本当に初期からいるから。

100:えっ、俺で締めんの(笑)? 絶対におかしいでしょ(笑)?

E:まぁ、今日はいろいろハードコアに言っておいて、100さんの「ゆるくやろうよ」っていうのがコンセプトでもあるわけだから(笑)。


 先週バーンズ・アンド・ノーブルズ(本屋)に行ったら、今晩7時からミランダ・ジュライのリーディングがあると知った。映画監督、女優、音楽家、小説家、アーティスト、などマルチに活躍する彼女。最近では、ポートランドつながりか、スリーター・キニーの新しいアルバム(!)の「ノー・シティズ・トゥ・ラブ」のパロディ・ヴィデオにも出演していた。
 彼女の最新映画『The Future』を観たときは、ヘンテコだが、愛らしい作品を創る彼女が気になった。ウィリアムスバーグには「miranda」というイタリアン・レストランもある。彼女は、映画監督の前に、The Needというバンドと音楽をリリースし、〈キル・ロック・スターズ〉、〈Kレコーズ〉など、オリンピア、シアトル、ポートランドのバンドとも繋がりが深く、2000年にはthe Needも含む、周辺のバンドのコンピレーションを〈コンタクト・レコーズ〉からリリースしている。15年経っても、収録されているアーティストたちの活動には驚かされるし、これからも期待している。
 7時にバーンズ・アンド・ノーブルズに着いたときには、すでにに立ち見席も一杯。前回、ジョン・ウォーターズの「カー・シック」のリーディングに来たときもそうだったが、一番前(立ち見)に行くのはそれほど困難ではない。
 オーディエンスは、若い人から年配まで。後ろの方は、見るのを諦め、床に座り目を閉じてリーディングを楽しんでいる人もいた。ミランダは、パラグラフを飛ばし飛ばしで、途中で咳き込んだり、重要なシーンの前で「次のパートはお家で読んでね」など笑いも取りつつ、30分ぐらい朗読した。その後、オーディエンスとの質疑応答があった。彼女は、物語に順じ、子供に対しての質問や、小説を書いた理由など、ひとつひとつ丁寧に答えていた。朗読が終わっても帰らず、サイン会を眺めるファンがたくさん。こういう会に参加できることに喜びを感じる。

 別の日に、元ウィリアムスバーグ、現ローワー・イースト・サイドのギャラリー、カプリシャス88にアイスランドのアーティスト、ショップ・リフターのショーを見に行った。個人的にいま一番興味のあるアイスランドと繋がったので、タイミングもぴったり。
 ローワー・イースト・サイドとチャイナ・タウンがミックスする、このエリアは、ウィリアムスバーグで大人気のフライドチキン・レストラン、パイ・アンド・サイの2号店が出来たり、アイスランドがテーマのレストラン「スカール」があったり(バーテンダーはフランス人だったが)、何気に洗練され面白い文化を形成している。いまとなっては、ウィリアムスバーグより家賃も安いのだろう。チャイナ・タウンのごった煮な雰囲気のなか、このビルだけはソーホーのようなおしゃれな雰囲気。来ている人は、アーティスト、モデル、クリエイターなど。ファー、木、ビニールバッグ、旗、ヘア・エクステンションなどを使ったインスタレーションが展示され、個人的には、ヴィヴィッド・カラーのヘア・エクステンションを沢山使った作品が好きだった。色使いが、昔のマイティ・ロボット(現シークレット・プロジェクト・ロボット)やペーパーラッド()などを思い起こさせ、間近で見ると、そのテクスチャーが浮き出て、とても美しい。
 というか、これだけ作るの大変だっただろうな。ニューヨーカーがいつも黒ばかり着ているなかで、鮮やかなブルーの洋服を着た彼女は、チャーミングで、たくさんのゲストに囲まれていた。

 著者は最近、アイスランドの文化、音楽にハマっていて、アイスランドに引っ越したい衝動にもかられるが、NYにいると向こうからやって来てくれることが多々ある。以前、ポートランド、アセンス、オースティンなど小さな大学街のアーティストが好きで、引っ越したいと思ったが、NYにいると、彼らにも会えてしまった。マジカルな都市だ。

 ローワー・イースト・サイドから、ウィリアムスバーグ・ブリッジを渡り、近所に戻ると、知り合いが今日ユニオンプールでライヴをやるとのこと。ウィリアムバーグは終わった、と言ったが、今日も夜な夜なショーは開催されている。去る者は去る、残るものは残る。起きていることに、すぐにアクセス出来る環境にいれるのは、なんとも有難い。

https://mirandajuly.com

https://www.capricious88.com
https://shoplifter.us

Union-pool.com

Yoko Sawai
1/16/2015

interview with Yo Irie & Yosio Ootani - ele-king

 魅惑の声をもつシンガー・入江陽の新作アルバム『仕事』が早くも話題だ。大谷能生をプロデューサーとして迎え、OMSB(SIMI LAB)、池田智子(Shiggy Jr.)、別所和洋(Yasei Collective)などといった豪華ゲスト陣が参加した本作では、その音楽性が確実に進化/深化している。ヴォーカルをはじめ、リズムやアレンジなどサウンドはとても豊かだ。

 とはいえ見落としてならないのは、『仕事』という作品の、堂々たるポップスとしてのたたずまいである。ソウル、ジャズ、R&B、ヒップホップ、ダブステップなど、あらゆる音楽性を飲み込んでなお、ポピュラーソングとして強い。『仕事』の最大の魅力は、そこに尽きる。そして、それを支えるのは、入江陽という類まれなるヴォーカリストの力に他ならない。

 本インタヴューでは、入江陽と大谷能生に話を訊いている。新作アルバム『仕事』についてたずねつつも、いつしか話題は、日本におけるポップスのありかたにまで広がった。妙な細分化のしかたをしているニッポンの音楽シーンのなかで、ポップスはいかにあるべきか。本作が標榜する「ニッポンの洋楽」は、なにより正統的な歌謡曲ということなのかもしれない。本インタヴューは、音楽論にしてクリティカルな文化論、文化論にしてクリティカルな音楽論である。

■入江陽 / Irie Yo
 1987年生まれ。東京都新宿区大久保出身。シンガーソングライター、映画音楽家。学生時代はジャズ研究会でピアノを、管弦楽団でオーボエを演奏する一方、学外ではパンクバンドやフリージャズなどの演奏にも参加、混沌とした作曲/演奏活動を展開する。のちに試行錯誤の末、シンガーシングライターとしてのキャリアをスタートさせ、2013年10月にアルバム『水』を、2015年1月には、音楽家/批評家の大谷能生氏プロデュースで2枚めのアルバムとなる『仕事』をリリースした。映画音楽家としては、『マリアの乳房』(瀬々敬久監督)、『青二才』『モーニングセット、牛乳、ハル』(サトウトシキ監督)、『Sweet Sickness』(西村晋也監督)他の音楽を制作している。

前回のアルバムはアレンジがすごく説明的だったと思います。でも今回は、大谷さんがアレンジにも関わっているので、すべてをやらなくてもいいという気持ちがありました。(入江陽)


入江陽 - 仕事
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『仕事』が店頭に並びはじめていますが、今作の手応えはどうですか。

入江陽:前作からすると、かなりサウンドが変わっていると思いますが、いい進化だったと思いますね。前回のアルバムはアレンジがすごく説明的だったと思います。「こういうリズムの上にこういうメロディなので、こういうコード進行を聴いてほしい」みたいな。でも今回は、大谷さんがアレンジにも関わっているので、すべてをやらなくてもいいという気持ちがありました。

ある部分は大谷さんなどに任せてしまって自分は歌うだけだ、と振り切った感じがあったのですね。

入江:かなりありましたね。

『仕事』は大谷能生さんプロデュースということですが、入江さんは大谷さんに対してどのようなイメージがありましたか。

入江:大学時代に『貧しい音楽』(月曜社)を読んだのが初めてです。大谷さんにはいろんな側面があると思うのですが、演劇の音楽をされているという面が気になっていました。

なるほど。大谷さんは入江さんに対するイメージはなにかありましたか。

大谷能生:ロック・バンドの人ではない、とか? 自分がロック・バンドって未経験で、まわりにもそういう知り合いが少ないので、正直「バンド」がいまだによくわからないんですよね。18~19歳くらいでバンドを組んで、一蓮托生で活動して、アルバムが出せて、小さなバンに乗って週末にツアーに行って、毎週スタジオに入るとか、そういうことをやったことがない。日本の多く――僕の見た感じだと大雑把に言って8割くらい――のインディーズは「バンド」が基本スタイルですよね。で、前作の『水』を聴いたときに、入江くんはいわゆるシンガーとかソロでできる人だと思って、インディではめずらしいんで、そういうタイプの人だったらぼくもいっしょにできそうということで、今回のような組みかたになりました。

『水』を聴いても、入江さんのヴォーカルとコーラスの魅力はすごいですよね。僕自身は、『仕事』はどちらかといえば、R&Bという印象が強いです。現在、インディ・シーンみたいなものがなんとなくあるとして、そこではシティ・ポップのブームなんかも言われますよね。もしかしたら、『仕事』もそのような聴かれかたをする可能性があるかもしれませんし、ライヴハウスなどでバンドと対バンすることもあるかと思います。入江さんご自身は、ジャンルとかシーンとかについて考えるところはありますか。

入江:大谷さんのバンド話にも通じるのですが、最初は人気のあるバンドを聴いて「これいいな」とか「こういう人を呼ぼう」とか思っていたのですが、詳しくなっていくにつれて、自分は“バンド編成でのアレンジやバンドの文化がすごく似合うタイプ”ではないのかも、という疑問も感じていました。もちろん好きなバンドもたくさんあるのですが、良い悪いではなくて、そこにはストライクしていないんじゃないかと強く思いましたね。ただ、『水』を作っているときはそんなに自覚していませんでした。〈試聴室〉さんに声をかけてもらえたことが本当にうれしかったので。

大谷:いまの話は「インディ・シーン」というか「インディ・ロック・シーン」だよね。それで、そのインディーズのロック・バンドのなかに入って、みなさんと仲良くなれるかと言われれば、俺は仲良くなれないんじゃないかなあーと思う。あっちも俺のほうは嫌いだし、用事なんかないと思うし。

入江:いや、そんなことはないですよ。

大谷:そんなことないだろう(笑)。下北のライヴハウスとかで5バンドくらいブッキングされていて、あいだに「大谷能生」って混じっていたら迷惑だと思うよ(笑)。それで20分ずつくらい演奏して、「ありがとうございます」って帰っていくわけでしょう。

入江:たぶん、そうことに違和感を抱えている人も多いと思いますよ。むしろ、そこにどハマりしているバンドやアーティストがいるということはそういう文化が根づいているんだと思います。

大谷:そっちの人はそっちの人で楽しくやっている感じがするね。もう、純文学雑誌みたいな、『早稲田文学』とか? みたいなものに似てるというか、よく知らないけど(笑)。みんながそうならばなんの問題もない。パイがもっと大きくなるといいとは思うけど。

トラック・メイキングの仕事は楽しい。でも、曲のフレームがすでにあって、あとはよく聴かせる、ということだけなので、やることはシンプルですよね。(大谷能生)

今回、大谷さんのプロデュースはどのようなかたちでおこなわれたのでしょうか。曲によってもちがうとは思いますが、たとえばトラックなどはどんな感じで関わったんですか。

大谷:どんな感じだと思いますか?

曲によってちがう印象がありますが、いちばん大谷さんっぽいと思ったトラックは“仕事”ですね。ミックスと音の配置が大谷さんっぽいと思いました。ただ、生楽器のサンプルもあったので、スタジオ・ミュージシャンもいたのかなとか想像しましたね。

大谷:あれは、もともと山田光くんの曲で、彼がやっているライブラリアンズってユニットのアルバムに入っていて、その時点でもう曲がよくできていたので、あまりいじっていないですよ。ちょっとリズムを強くして、ダブステップというか、ちょい前のUKクラブ側に寄せました。だから、リミックスに近いですね。

入江:ちなみに山田くんの原曲はMVがYouTubeに上がっているのですが、それは全部『水』からサンプリングした音でできているんですよ。

大谷:だから“仕事”は、僕のクセはちゃんとつけましたが、山田くんの曲。ビートだけね、自分の感じです。

たしかに、どちらかというとビート感が大谷さんっぽかったです。

大谷:まあ、私のサウンドになってはいますね。

あと、“フリスビー”とかも意外と大谷さん色が強いのかなと思いました。

入江:あれはリフとリズムとメロディだけありましたね。早い曲がなかったので、作ろうと思ってデモを大谷さんにお送りしたんですよね。

大谷:もう少しBPMを上げてもよかったかもね。ちょっとずつ上げたんだけどね。基本として弾き語り+リズムぐらいの曲があって、あとは全部こちらがやりました。トラック・メイキングの仕事は楽しい。でも、曲のフレームがすでにあって、あとはよく聴かせる、ということだけなので、やることはシンプルですよね。もともと曲があるから、無理に捻り出した感じはゼロです。“やけど”とか、デモがよくできていたんで、パラ・データもあったからそのまま素材を使わせてもらったり。

最初に、アルバム全体のイメージなどはあったんですか。

大谷:ないです。だけど、ポップスのアルバムにはしたかった、最低2万枚ぐらい売れるような(笑)。でもそれは、大きなことを言っているわけではなくて、「しっかりしたポップスが欲しいし、そういうものを作ってます」ということなんです。さっきの話ともつながりますが、インディ・ロックだと2万枚ではなくて2千枚ですよね。そこからだと、どうしたってお茶の間までは行かない。「お茶の間」ってもう存在しないと思うんですけど(笑)、基本、わたし、テレビとかラジオで聴ける歌謡曲が好きなんですよね。

その話は個人的にはとてもおもしろいです。芸能が好きか、バンドが好きか、ということですね。

大谷:というより、バンドは芸能のサブ・ジャンルだという感じだね。もちろん、ロックでも好きなものはありますが、入江くんはそういうタイプではないなーと思ってて。でも、ロックをいまやったらおもしろいかもね。考え直した。誰かバリバリの若いロッカーとか捕まえようかな(笑)。なんか、こわれものみたいな人の面倒みたりして(笑)。

なるほど。そういう意味では、大谷さんのキャリアのなかにバンドはなかったんですね。

大谷:ロック・バンドはゼロですね。

オルタナに見られる感じはありそうですけどね。

大谷:オルタナね。みなさんが思っていることとぜんぜんちがうと思いますけどね。日本のポピュラー・ソングは大好きで、その流れのなかで仕事をしようと思っているんです。だから、筒美京平か内田裕也かと言えば、筒美京平ですね。内田裕也はすごく好きで憧れるけど、自分では無理だなという感じ。あんなのマネできないからやめたほうがいいよ。内田裕也のコピーしている人がいたら、すごいかっこ悪いじゃないですか。

入江:「内田裕也じゃなさ」が際立ちますよね。

大谷:そうだよね。「こいつは内田裕也じゃないんだな」ということばかりが目立って、むしろおもしろいかもね。なんにせよ、ポップスの仕事がしたいなあということをつねに思っていて、それはこれからもたぶん変わらないです。そのときに、シンガーとして伸びしろがある入江くんをこっちに引っぱり込もうと思ってはじめたわけです。

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凝っているように聴こえるとしたら、反省しきりですね。自我が出過ぎているということだから。「凝っている」とか「ひねたアレンジ」とか言われると、「しまった!」と思いますね。(大谷)


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僕も『仕事』に対しては、すごくポップな印象を受けました。というか、「このヴォーカルならかなりリズムが凝っていてもポップスになるだろうな」という印象です。『仕事』も、トラック自体はわりと凝っていると思うんですが。

大谷:凝ってる?

途中でリズムが変わるとか、そのレベルですが。あとは、途中でリヴァーブのバランスが変わるとか、4小節だけちがうリズム・パターンが入るとか。でも、こういうリズムの凝りかたって、じつはあまりなされていない印象がするんです。しかも、それなりに尖っているとされているバンドこそ、かなりリズムのパターンが単純だったりする。

大谷:そういうの、全部打ち込みにすればいいのにね。あ、バンドだからダメか。叩いたってことにして、全部切り貼りでやるとか。

入江:メタリカとかグリーン・デイとかって、音のいかつさを出すためにアルバムは打ち込みらしいですね。そういう文化も並行してあるけど、やはり生っぽさが魅力なんでしょうね。

大谷:だから、バンドなんだよ。その人に叩かせなきゃバンドじゃないの(笑)。魂的な部分で。

海外のロック・バンドはわからないのですが、海外のブラック・ミュージックに関して言えば、けっこう複雑なことをしてもポップスとして成立しますよね。入江さんは好きなアーティストにディ・アンジェロの名前を出されていましたが、それこそディ・アンジェロのような人だったら、どれだけ複雑なことをしてもディ・アンジェロの歌になっちゃうわけですよね。そういう歌い手の強みってあると思うんです。一方で、大谷さんがいるから言うわけではないのですが、今年のジャニーズのアルバムはのきなみリズムが複雑化しました。だから、ヴォーカルなりキャラクターなりがしっかりとしていれば、音楽的に複雑でおもしろいポップスはできると思うんです。その意味で『仕事』というアルバムは、ポピュラリティがありつつ、でも細かく聴き込むと、トラックなりヴォーカルの乗りかたなりがとてもおもしろいアルバムだと思います。その点、大谷さんはどうですか。

大谷:まず、ヴォーカルありきで。歌がよく聴こえるようにアレンジしました。でも、俺はトラックが「凝っている」って言われるとよくわからないんだよね。このくらい普通じゃないか、って思う。だから、凝ってないよ。わりとシンプル。まあ、たくさん聴いたなかで、あのアルバムのアレンジが凝っていると言うんだったら、それは、ずっとサイゼリヤに行っている人がロイヤルホストに行って美味く感じる、実際は大したちがいはないけど、みたいなことでしょう(笑)。だから、味が複雑だと言われたら「そりゃそんなもんでしょう」と答えるしかない。もちろん手をかけているのは事実ですけど、それは素材を活かすためです。だからむしろ、凝っているように聴こえるとしたら、反省しきりですね。自我が出過ぎているということだから。「凝っている」とか「ひねたアレンジ」とか言われると、「しまった!」と思いますね。

たとえば、ヴォーカルなしでインストのブレイクビーツとして聴いたら、シンプルなほうですよね。でも、ヴォーカルが乗ったうえで聴くと、複雑だという印象になっちゃうかもしれません。

大谷:そういうふうになるとは思うんです。でも、歌がよく聴こえる状態で「曲を聴くとひねってある」とか言われてうれしいかと問われたらぜんぜんうれしくない。でも、“鎌倉”とかやっぱりリズムが変だから、言われても仕方ないのかなとも思う。ただ、本人としてはこれがいちばんいいと思って作っているので、その意味でシンプルだと思っているんです。

それはよくわかります。僕自身も、入江陽というアーティストのアルバムは、ヴォーカルを売りにしたポップスとしてあってほしいと思っています。だから、「ひねたアレンジ」という言いかたで、いわゆるインディーズに押しこめたくはないですよね。

大谷:70年代後半から現在にいたるまで、日本の歌謡チャートに入っているものは、たぶんワタシ、普通にほぼ聴いているんですよ。誰がなにをアレンジしてなにをしたかということも、あとになってから研究しているんで、だいたいわかってるつもり。筒美京平がどれだけどのように同時代のブラック・ミュージックを取り入れているか、とか、それが75年の時点で日本でどう響いたか……みたいなことに関しては3時間でも4時間でも話せる。超楽しい(笑)。で、90年代まではずっとあった同世代のブラック・ミュージックと緊張との関係が、2000年代に入ってスポッと、日本のメジャーなサウンドから消えるんですよ。あたらしいグルーヴをどう取り入れて、どのように日本のウタものにするか、という工夫とアレンジが聞こえなくなった。しかも、その前の世代である、ジャズ・サウンドとの格闘みたいなものも減ってくるわけです。
たとえば、サザンオールスターズがメジャーになってから、どんどん消えていくラインがある。78年~81年あたりの、歌謡曲とブラック・ミュージックのアレンジが結ばれていた時期というものが、僕にとって印象深いんです。松田聖子が誰のアレンジでなにを歌うとか。しかも、それが商業と結びついていて、けっこう厳しいアレンジがたくさん入っている。僕はいまだに、ああいう状態が戻ってきてくれればいいなと思っている派で、それはバンドじゃ無理なのかなあ、と。サザンとかアルフィーとかは、そういう歌謡曲のなかにいるからわたし的にはOKなわけ。職業作家みたいな人が消えちゃったんですよ。いや、いまでもいるんだけど、その人たちが孤軍奮闘という状態になっている。

職業作家のメンツが更新されていないですよね。

大谷:そう。でも、いまだとアイドルやボカロのほうで、新しい人がどんどん出てきているかもしれない。期待してます。私はどちらかというと職業作家組だと思っているので、入江くんを使ってそういうことをしたかった、というのがこのアルバムのモチヴェーションですね。2014年に男性のソウル・シンガーとして、インディーズでデビューする。そのプロデューサーとして、トラックメイキングをする。韓国には普通にいそうだけど。だからK-POPと同じように、これらの楽曲はなんとかしてポップ・チャートに送りこみたいんですけど、いかんせん、そういう状態には動きにくい状態になっていると思う。「インディ」でという肩書きがついてしまうということは、少し違和感があるうえに、売り手もラクしてるんじゃないか。「小さい箱に入れてるんじゃねえぞ!」という気持ちありますね。まあ、仕方ないんだけどね。音だけ聴いてもらえれば、歌謡曲のラインにつながっているとはわかると思うんだけど。

入江:職業作家について個人的に思うのは、お茶の間のみんなは知らないけど海外にあるおもしろい音楽を伝えていた、ということです。ちょっと斬新かもしれないサウンドを取り入れて紹介するということがあったと思うんです。でも、いまの作家の人がコンペに出すときは、どうやったら使われるかを重視している感じがします。どうしたらバズるか、みたいな。

大谷:自分の好きなことは自分でやろうとか、分けて考えているのもかもしれないけど、それがあまりおもしろくないんだよね。

歌心みたいなものはそんなに強く意識していたことはないです。
響きとかリズムの話なら盛り上がれます。(入江)

Jポップ/歌謡曲という話が出ましたが、リスナーとしての入江さんは、日本のポップスでどういう人が好きだったんですか?

入江:あまり僕は嫌いなジャンルはなくて、思いつくままに名前を出しはじめると、話がなんでもアリになっちゃいそうです。aikoさんとか好きですよ。ミスチルも普通に聴いていたし。でも、どこがすごいと思って聴くか、ということについては、チャンネルが変わっていった気はします。aikoさんとかは、歌が強くて好きでしたね。

もともと、歌モノが好きだったんですか。

入江:もともとは現代音楽がやりたかったんです。たとえば、ラヴェルとかストラヴィンスキーを聴くと、こんなにリズムが複雑なのにどうしてこんなに聴きやすいんだろうとか思うんです。現在は歌モノではなく映画音楽でも、かなり普通の曲が流れている感じがします。もっと、豊かな響きとかいろんなリズムを若い頃から聴いていないと、耳が貧しくなっちゃうんじゃないかとか思っていました(笑)。以前は、そういうことを考えながらインストの曲を作っていました。だから、歌心みたいなものはそんなに強く意識していたことはないです。ただ、オーボエとか他の楽器をするよりも、歌をうたっているほうが音楽のパーツとして生き生きとしているような気がして、歌うようになったんです。
 そういう感じなので、あまり歌手としてどうとか、歌詞をどうしようとか、そういう気持ちはないですね。好きになる歌手の人は楽器として声がいい人なので、そっちのほうが気になっていましたね。歌詞の世界も好きなんですが、トータルのバランスを見ている気がします。aikoさんとか沢田研二とか。ブッチャーズに対してもロック文化に心酔できるわけではなくて、サウンドや響きが好きという感じです。だから、響きとかリズムの話なら盛り上がれます。

大谷:そうだよね。だから、「Jポップでなにが好きですか」という質問自体に違和感があるよ。「今年流行った歌謡曲でなにが好きですか」とかならわかるんだけど。「どのアーティストが好きですか」とか言うけど、ポップスというのは作家じゃないわけ。流行ってそのへんに流れているものでしょう。好き嫌いではなく、あるものというか、覚えているものというか。「ピンクレディーが好きです」という感じが、すでにポップじゃなくて、2000年以降だという感じがする。「Jポップの誰が好きですか」って言われると、「あいつらをアーティスト扱いですか(笑)」と思うわけ。アートはアートで好きだし必要。だけど、チャートに上がっているものは毎日毎日主食のように聴くものであって、メジャー・チャートのサウンドは作家で聴いているわけではない。

誰が流しているのかも誰が歌っているのかもわからないけど流れている、そして、それを好きになる、という状態に対する渇望がわたしにはものすごくある。(大谷)

 Jポップという話になって、なんか、いつのまにかそういう感じがなくなったなあと。「音楽」というのは作家性が強くて、きちんと作ってあって、それを聴いて一生暮らすことができて……というものとして、全部の音楽が「アーティスト」が作るものになった。それはそれでいいですよ。でも、誰が流しているのかも誰が歌っているのかもわからないけど流れている、そして、それを好きになる、という状態に対する渇望がわたしにはものすごくある。現在はそういうことがないから。それがないことに対して、ものすごいイライラするわけ。他の人がイラつかないのが不思議なくらいですよ。「誰々の何々です」とかいう言いかたがあるじゃないですか。そういうのめんどくさい。辛うじて癒してくれるのがジャニーズだけだからね。

入江:ちゃんと作った良いものがヒットすれば、それが売れ線だという方向に文化が変わってきますよね。

その話はすごくおもしろいですね。メジャー・チャートについて作家の話でしか会話できないような現状があって、その状況が気持ち悪いということですね。

大谷:そうそう。「勝新の映画がいいね」っていうのは、単に映画館に行って観ているだけでしょ。やっているから行く、というのが健康なわけですよ。

入江:僕の場合、好きな音楽は全部後追いだったので、そのさびしさはあるかもしれないですね。たしかに自然に入ってくるほうが健全かもしれません。

大谷:子どもの頃に適当に映画見て、頭に残っていて、「あれよかったなあ。なんだったっけ」と思い出したら『E・T』だった、とか。わかりにくいか(笑)。まあ、そういう無意識的なものに対する欲求があるんだよね。だから『仕事』も、そういうほうに向かって作っていました。

そのメッセージは感じましたよ。

大谷:でもそこで、「凝っている」とか「ひねっている」とか言われると、やっぱりダメだったかと思っちゃうんだよ(笑)。もっとスカッと聴けたほうがよかったかなあ、とか。

間違いなく「ポップス」という印象はありましたが、うーむ。

大谷:でも、作家性で音楽を語ることが普通になっていることに対する苛立ちが強いんですよ。

なるほど。僕も芸能文化やノベルティ文化が好きなのですが、そんな自分からしても、『仕事』に対して大谷さんのアーティスト性みたいなものを感じてしまうところがありました。

大谷:そうかあ。それは、こっちの修業が足りないという感じです。

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このアルバムは間違いなくヴォーカルの質感で、入江くんのヴォーカルだけでアルバム一枚作れる。そのくらい強い歌ではあります。(大谷)


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でも、それは音楽性だけでなく、もっと全体的な話も含めてだと思います。「大谷能生プロデュース」って大きく名前が出るわけだし。ただいちばん強く思ったのは、最初から言っているとおり、「大谷能生プロデュース」以前にヴォーカルの響きです。それは間違いない。だから、大谷さんがエゴを出してもこのヴォーカルならポップスに昇華できる、という印象ですね。

大谷:コアな部分は、このアルバムは間違いなくヴォーカルの質感で、入江くんのヴォーカルだけでアルバム一枚作れる。そのくらい強い歌ではあります。だから、サザンオールスターズと小林武史じゃないけど、そういう緊張関係はあったと思います。でも、できれば本当は、「入江だから」とか「大谷だから」というのを抜きにして聴かれる状態がベストで。でも、それはいま、どこに置けばいいんだろう。そういうところに置かれさえすれば、いずれ聴かれるだろうという音楽を作っているつもりなんですが。少なくともどの曲も、イントロを聴いて歌まで行ったら、とりあえず最後まで聴けるんじゃないかと。それを、買った人ではなくて、自然に流れているのを聴く人が出てくる状態があれば、俺の言っていることは誇大妄想ではないと思うんだけど。大谷の名前とか関係なしに、入江陽という人の曲として「買ってないけど、これ、なんか聴いたことある」と誰かが言っている状態。それが普通のシングルの状態ですよね。むかしは普通にそうだった。いまは逆になってるんだなあ、とか。

入江:自分の体験としては、CMソングとかがわかりやすいですよね。誰だかわからないけど聴いたことがあるということが、たくさんありました。

大谷:CMの話が来たらすぐやるよ。来たら「全部OK」って言っといて。

このアルバムが変に尖った音楽としてのみ聴かれるのは心配ですね。

入江:だから、「ちょっと尖った音楽もわかる自分が好き」というふうに聴かれたら、嫌かもしれません(笑)。

大谷:でもそこが、現在音楽を買う層になっているんでしょ。パチンコとかで流れているといいよね。「仕事~♪」って(笑)。そういうところでかかっても負けないような、メジャーな音で作ったつもり。

入江:言葉もそういうのを狙っているつもりはあるんですけどね。歌詞も純アーティスティックに内省的なものではなく、ちょっとふざけたりしているんです。

「ちょっと尖った音楽もわかる自分が好き」というふうに聴かれたら、嫌かもしれません(笑)。(入江)

大谷:筒美京平が誰も知らなかったような洋楽のひねったところを持ってきて、沖田浩之とかに歌わせているわけじゃないですか。それの現代版を狙ってはいます。30年前だったらね、こんなこと言わなくても、まずプロダクションの仕事で名前が出ないままアレンジとかプロデュースとかやって、そこでいろいろ無名なままで実験して、で、それから自分の名前で作品を作れるようになるわけですが、その逆コースをやってるわけですよ。遅く来た人の宿命かもしれない。だからアイドルのプロデュース仕事が来たら、全力でやってみたい。そのときに「ひねった」とか言われないで、そのまま受け入れられて、で、ヒットするのがいちばんいいなあと。ここ10年は洋楽の輸入がうまくいってないんですよね。ティンバランドもないし、アリーヤもないし。アメリカの2000年代チャートのトップを取ったところが歌謡曲では全部抜けちゃっていて、EXILEもいまいちだしなあ。

入江:でも、ティンバランドとかアリーヤとか、そういう音楽を好きだと言っている人もけっこういますよね。多くはないのかな。

大谷:ポップスで、好きとか嫌いとかではなくて、そういうサウンドが鳴っていてくれればいいわけですよ。KinkiKidsとかが普通にやっていてくれれば、「これはティンバランドで……」とかわざわざ言わなくても、まったく問題ない。(宣伝資料にある)「日本のヨーガク」というのは、そういう意味で言っています。でもちょっと少なすぎるし、バンド・サウンドが固まり過ぎていて、そういう状態になっていない。したがって『仕事』が特別に聴こえる、というのなら仕方がないということなのかな。

入江:でも、『水』にリズムと音色の要素を注入すると『仕事』になるので、意外とアヴァンギャルドには聴こえないと思います。

大谷:アヴァンギャルドとは言われないでしょう。「ひねった」とは言われていると思うけど(笑)。

『水』はメロディラインに耳が行きました。『仕事』はもう少し、トータルのバランスが気持ちいいですね。

入江:それはうれしいですね。際立たせかたとか余計な成分が入っていたのが、もっと研ぎ澄まされていたらいいなと思っています。

大谷さんが「ヴォーカルありき」ということをおっしゃいましたが、ヴォーカルを活かすときの方法論としては、どのような点が挙げられますか。サウンドの隙間を空けるとか?

大谷:隙間は空けましたが、それよりも、いちばん大切なのは適切なBPMとリズムを考えることですね。

『仕事』は全体的にBPMが遅めだと思いますが、BPMが遅いポップスも現在少なくなっているという印象をもっていました。その意味で、BPMが遅い曲を聴きたかったので、その点もよかったです。

大谷:チャートに遅い曲が少ないから、相対的にかなり遅く聴こえるのか。まあ、BPM100以下の曲が多いんじゃないかな。

歌モノでBPM100以下は、かなり遅く聴こえます。

大谷:歌モノでバラードじゃなくて100以下のグルーヴは、現在ほとんどないですよね。

入江:遅いと粗が目立つし、あとは飽きるリスクを避けているのかもしれません。それから思ったのは、大谷さんが入ってイントロの要素が強くなった気がします。

大谷:イントロは大事だよね。

入江:僕はイントロが作れないんですよ。歌が入るまでの導入をどう作ればいいのかわからなかったので、そこがインストールされた気がしています。“鎌倉”とか“たぶん山梨”とか、イントロがいいですよね。

大谷:そうだねえ。「凝っている」と言われても仕方ないですねえ。

僕が「凝っている」って言っちゃったのが、かなりNGだったみたいですが(笑)。

Kポップはかっこいいよ。売れているのがいちばんかっこいい、という状態がいちばん好きです。(大谷)

大谷:いや、ダメだったのかなって(笑)。べつにダメじゃないんだけどさ。それくらいやらないと気が済まないところもあるかもしれない。ほっといてもあれくらいの曲がチャートで流れるくらいであって欲しいですね。俺、朝起きると、スペシャとかMTVとか毎日観るんですよ。それから『News Bird』でニュースみて、韓国チャンネルに回す(笑)。それで、Kポップからなにから、ずっと観ているんです。

入江:Kポップもいろいろなものがありますが、曲はかっこいいですよね。

大谷:Kポップはかっこいいよ。売れているのがいちばんかっこいい、という状態がいちばん好きです。アヴァンギャルドというか、売れなくても好きな音楽はあるし、自分でもいろんなユニットをやっています。でも、音楽の楽しみはそれだけではない。いちばんたいへんなのは、歌を歌って大ヒットすることなので、せっかく歌をうたうのなら大ヒットしてほしいです。

それで言うと、大谷さんのキャリアのなかで『仕事』という作品はどのような意識で関わりましたか。

大谷:意識はあまり変わってないけど、これまではやったことがないことだったので楽しかったです。これでダメだったら、あとは考えようという感じ。これでダメだったら、という言いかたは入江くんに失礼ですね(笑)。

入江:いやいや(笑)。『仕事』という作品だけでいろんな意図が伝わるかどうかはわかりませんが、そういう人が他にいたりとか別の作品を作ったりとかすることが大事だと思います。

大谷:なにかしらの叩き台にはなると思うよね。

入江:他の音楽とはっきりとちがうというのは伝わると思うんですよね。試聴した瞬間に「なにこれ?」という感じはあると思うので、そこは大成功だと思います。

大谷:それがうまく届くといいですね。まあ、井上陽水の『氷の世界』を目指したんですよ。そういうラインにつながっていけるといいな、と思っています。

単純に日本のポップスにもっとブラック・ミュージックの成分が欲しいですよね。本当にジャニーズしかなくなってしまう。

大谷:そうだね。いちばん黒いのがジャニーズというのは、ジャニーさん的にはどうなんだろうか(笑)。

大谷さんは、現在のアメリカのメインストリームについてはどのような印象を持っていますか。

大谷:2014年はよかったですね。ファレルが頑張ったというのが大きいですが。大きな出来事はなかったけど、オーヴァーグラウンドとアンダーグラウンドが、ものすごく密接になってきていることがはっきりしてきました。だから、アメリカのチャートって一体なんだろうって、考え直さざるをえないような1年でした。
 バンドものはバンドもので売れていましたが、ようするに、どのようにセールスしているのかがますますわからない感じになってきている。U2がiTunesに入れてそのあとに反省した、とかいろんなことがあったわけじゃないですか。そういうのも含め、本当にアメリカは音楽が大衆に求められているのかもしれない、と思った1年です。だから、まだアメリカの音楽はタフだなと思いました。カントリーとかも入ってくるし。アメリカのチャートのシステムがどういうふうになっているかまでは考えていないですけどね。

そこは、また別の水準ですもんね。

大谷:でも、2014年はKポップのほうが興味深かったですね。

それはなぜですか。

大谷:2回も3回も、社会的に大きな事故があったじゃないですか、韓国で。4月いっぱい、なんと一ヶ月も業界自体が自粛していて、ぜんぜん新譜が出なかったっていう。そのとき、毎日歌謡番組の再放送だったんですよ。セウォル号事件から2か月間。それで、そのあとも事件があって芸能界の根幹に関わる状態だったのに、ぜんぜん平気な感じなんですよ。これはどういうことかと思ったら、山のようにバンドとグループがいるのね。歌番組とか素人のど自慢とかもあるんですが、すごいいろんな人が観ていて、本当に2014年の話かと疑いましたね。そんなことをセウォル号事件のニュースを観ながら、しみじみ考えていました(笑)。

音楽がしっかりと娯楽で、ポピュラーソングとして生きているということですよね。

大谷:そうそう。ディズニーランドとか関西のUSJとかは、まだちゃんと人気なわけじゃないですか。そういうものとの闘いですよね。

そのようなポピュラー音楽待望論があるなかで、大谷さんが具体的にそういうものにコミットしたのは初めてですよね。

大谷:初めてですね。依頼もなかったし、今回だって、依頼があってやっているわけではないからね。

聴き手の先入観より先に脳みそに入ってしまうような音楽を目指しましたね。それが驚きでも不快感でもいいのですが。(入江)

入江くんに必要なのは、立って歌って踊ることだよね。急務だよ!(大谷)

入江さんもポピュラーソングであることを意識されていると思うのですが、『仕事』を作っているときに聴き手などは想定していましたか。

入江:音楽に詳しかったり、たくさん音楽を聴いたことがある人が作家的に丁寧なものを人に届けるとき、それを音楽オタクに目配せしながら届けるようなコミュニケーションは避けたいですね。詳しい人にも聴いてほしいし、そういう人とは話も合うんでしょうけど、そういうコミュニケーションに関係なく聴けるものを目指したつもりです。ディ・アンジェロが好きでも、いかにもディ・アンジェロが作りそうな曲とかではなく、なるべくいろんな引き出しを開けて、いろいろあればどれか刺さるのではないかと思っていました。

せまいコミュニティに投げるようなことは、基本的にしたくなかったということですよね。『仕事』を聴いたとき、その意志は本当にびんびん伝わってきました。

入江:それはうれしいです。

大谷:でも俺は今年3月に、大島輝之&大谷能生『秋刀魚にツナ~リアルタイム作曲録音計画』というのを出したけど、あれはべつにチャートにのぼらなくてもなんの問題もない(笑)。売れなければ売れないほどいいかもしれない。〈HEADZ〉さんにはホントに申し訳ないが(笑)。だから、作り手としての立場がまったくちがう。マームとジプシーもちがう。ひとつひとつちがうのはたしかなんです。
たとえば『リアルタイム作曲』は、普通にタワレコで売り場は終わりでいい。マームとジプシーも演劇の現場で売れているようで、それはそれでなんの問題もないんです。でも今回に関しては、セールスは別として、聴き手がなんとなくモヤモヤしたり、売り手がイライラしたり不満足だったり、みんなが「これをなんとか売りたいな」と思ってくれればありがたいです。我々のことが好きな人間だけで消費して終わりましょう、ということになったら、それは作り手の力不足だと思います。これをなんとかエアプレイにかけるためにはどうしたらいいか、というふうになればいいと思いますね。

入江:聴き手の先入観より先に脳みそに入ってしまうような音楽を目指しましたね。それが驚きでも不快感でもいいのですが。

大谷:だから、もう一回聴きたい感じということだよね。ピンクレディーなんて、みんな聴いていたわけだからね。“UFO”なんて、何回聞いても、まだ毎日聴きたくて聴きたくて仕方なかったんだから。

ポピュラー音楽史的に言うと、ここはやはり、振付とか踊りとかが大事じゃないですか。

大谷:そうなんですよ。入江くんに必要なのは、立って歌って踊ることだよね。急務だよ! キーボード弾いている場合じゃない! 3週間くらい合宿して身に付けようか。出てきた瞬間に「おお!」ってなるといいよね。この楽曲に対しては、そういう引き受けかたをしたい。バンっと出てきて客を圧倒して帰ることができれば、また変わってくるかもしれないですね。

入江:もともと歌をはじめたきっかけがそういうところではなかったので、引き受けて行くことの恐怖とかはあるのですが(笑)、たしかにそうしていかないとわかりにくいだろうなとは思います。

大谷:できる! やりなさい!

今回は、予想以上に僕の求めていた方向性だったことがわかってとてもよかったです。

大谷:あとは、「本当は俺のプロデュースじゃなかった!」とかね(笑)。「本当は新垣さんが作っていた!」とか(笑)。新垣さんとは知り合いだから、「作らなくていいので名前だけ貸してくれませんか」ってメールしようかな(笑)。

入江:本当は作っていない、という仕事の依頼はヤバいですね(笑)。

■MV公開中! まったく異なるふたつのコラボレーション

入江陽 - やけど feat. OMSB (SIMI LAB)


入江陽 - 鎌倉 duet with 池田智子(Shiggy Jr.)

Mika Ninagawa - ele-king

 FKAツィッグス『LP1』は鮮やかなスパニッシュ・カラーのデザインである。FKAツィッグスにはスペインの血が流れ、ジェシー・カンダが移住したヴェネズエラがスペイン文化圏だと思うと、とくに不思議はないのかもしれない。しかし、あの色合いがなかなか頭から離れない。強烈である。この10年余、スペイン映画が面白くてよく見ていたせいもあるのかな。
 そんな折り、偶然、蜷川実花展のフライヤーが目に入った。カラフルというより真っ赤な写真が印象的な写真家である。なにかとスペインにこだわるイギリスのリン・ラムジー監督も『少年は残酷な弓を射る』で大胆に赤を使い倒し、とても印象的な作品に仕上げていた。それと同じように「赤」といえば「蜷川実花」という図式が僕の中には出来上がっていた。
 ところが、そのフライヤーには、こう書いてあった。「光に対するものと同じくらい、彼女の目は影にも向いています」。要約すると、4回連続で行われる展示は蜷川実花の光と影を共に見せるものだという。「黒の中には色が溢れ、色の中に黒は潜む」。なるほどー。色を見続けると黒が見え、黒の中にも色が見えてくるのか。どういう境地なんだろうか。そういえば赤塚りえ子がファンだといってたから、ちょっと誘って行ってみようかな。(三田格)


「蜷川実花:Self-image」 /原美術館 / 2015年1月24日(土)~5月10日(日)
開館時間 11:00~1700 水曜のみ~20:00 / 東京都品川区北品川 4-7-25 / 03-3445-0651 / 入館料 一般1100円

蜷川実花展 "noir"/ TOMIO KOYAMA GALLERY / 2015年2月4日(水)~2月23日(月)
営業時間 会期中無休 / 東京都渋谷区渋谷 渋谷ヒカリエ8F / 03-6434-1493

蜷川実花展 / CAPSULE / 2015年2月21日(土)~4月12日(日)
開廊時間 土曜・日曜 12:00~19:00 / 東京都世田谷区池尻 2-7-12-B1 / 03-6413-8055

蜷川実花展 / SUNDAY /2015年2月21日(土)~4月12日(日)
営業時間 水曜定休 11:30 23:00 / 東京都世田谷区池尻 2-7-12-B1 / 03-6413-8055

Film Patrol - ele-king

 アカデミー賞のノミネートが発表されると「あーもうバレンタインの季節だー」と妙な焦燥感に駆られるのですが、映画好きにとっても忙しい季節の到来ではないでしょうか。「海外の映画が入ってこないー」というのは定番のボヤキですが、最近は意外にけっこう入ってきているかな、という気もします。まさかズビャギンツェフの過去作が観られると思ってなかったし、ゴダールの3Dもあるし、ヌリ・ビルゲ・ジェイランもようやく入ってくるはずだし、むしろそのスピード感について行くのに必死です……が、今年もたくさん、映画館で映画を観ましょう。

 というわけで、現在公開中、あるいは間もなく公開の注目作をいくつかご紹介。


ジミー、野を駆ける伝説
監督 / ケン・ローチ
出演 / バリー・ウォード、シモーヌ・カービー、ジム・ノートン 他
配給 / ロングライド
2014年 / イギリス=アイルランド=フランス
新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町 ほかにて公開中。
©Sixteen Jimmy Limited, Why Not Productions, Wild Bunch, Element Pictures, France 2 Cinema,Channel Four Television Corporation, the British Film Institute and Bord Scannan na hEireann/the Irish Film Board 2014llllllll

 ブレイディみかこさんの『ザ・レフト UK左翼セレブ列伝』のケン・ローチの項を読んだ方には、あるいはケン・ローチのフィルモグラフィを追っている方には、この映画について説明することはあまりない。80を目前としたイギリスの至宝が、相も変わらず、持たざる者たち、貧しき者たち、労働者たち、庶民たち……の尊厳について見つめるばかりである。舞台は内戦後の1930年代のアイルランドで(つまり『麦の穂を揺らす風』(2006)の後)、故郷の片田舎に庶民たちが集うホールを作った実在の活動家ジミー・グラルトンの半生を取り上げている。とはいえ、原題を『JIMMY’S HALL』(ジミーの集会所)としていることからもわかるが、この映画の中心はグラルトン以上に「ホール」である。そこでは金のない村人たちが芸術やスポーツを学び、詩を朗読し、政治について議論し、そして週末にはダンスをしに集まる。もっとも重要なのは、これはそのホールを「再建する」話だということだ。明らかにローチ監督は、現代のイギリスに……世界に向けてこの史実ものを撮っている。貧しき者たちへの教育がますます失われてゆく時代にあって、その場所をいまいちど「手作りで」生み出そうというのである。たとえ焼き払われようとも。
 ケン・ローチの映画では、何よりも「彼ら」の顔がどのように見えるかということに最大の注意が払われている。たとえば『エリックを探して』(2009)でのエリック・カントナを含めるおっさんたち、『明日へのチケット』(2005)でのセルティック・サポーターの少年たち、そして『ケス』(1969)でむっつり黙っていた少年が自分の鷹について語りはじめるときの、胸の奥から何か熱いものが生まれてくるときの表情。本作での美しいシーンはなんといっても老若男女がホールでダンスに興じるところで、彼らの生きた顔たちを見ていると、いつまでもこの時間が続けばいい……と思わずにはいられない。『ルート・アイリッシュ』(2010)の厳しさにはいくぶん慄き、『天使の分け前』(2012)での切実な優しさにはため息をついたが、本作にはそのどちらもがあり、そして、別れのシーンはローチ監督からのメッセージが含まれているようでなんとも切ない。エルマンノ・オルミやアキ・カウリスマキ、そしてローチといったヨーロッパの大御所監督たちの近作を観ていると、そこにあるのは失われていくふるき良き理想主義のように見えてしまうことがある。けれども彼ら自身は僕の勝手な寂寥感をよそに、そんなこと知ってるぞ、だからどうした、という頑固じじいの佇まいでその信念を曲げることはない。

予告編

ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して
監督 / アルノー・デプレシャン
出演 / ベニチオ・デル・トロ、マチュー・アマルリック、ジーナ・マッキー 他
配給 / コピアポア・フィルム
2013年 フランス
シアターイメージフォーラム ほかにて公開中。

 精神分析の映像化でありつつ、同時に対話と友愛の物語。ハンガリー生まれのユダヤ人にして「民族精神医学の確立者」であるジョルジュ・ドゥブルーの著作を基にしているが、彼が実際に行った、第二次大戦後すぐのモンタナ州で精神を病んだアメリカン・インディアン(ネイティヴ・アメリカンという呼称のない時代だ)の対話療法について描く。デプレシャン作品における、これまでのようなずけずけとした言葉の応酬は抑えられ、かわりに、じつに丁寧にじっくりと「他者」へと分け入っていく過程が描かれている。そしてまた、アメリカという20世紀の大国のなかで、ふたりの異邦人/マイノリティが出会い、別れるというある「縁」についての映画でもある。
 この、アメリカを舞台としたフランス映画のふたりの辛抱強い対話を思い返しながら、いまフランスで起きていることを思う。そこには何か、「他者」あるいは「異邦人」を理解しようとする態度が決定的に足りていないように感じられる……。自らの内面の混乱に苦しむインディアンに扮するベニチオ・デル・トロはいまなお、アメリカのなかで自らをマイノリティだと感じるという。だから本作でわたしたち観客が見つめるのは彼の苦難そのものであり、そして、この映画では本質的な意味での癒しを探求しようとする。

予告編

ビッグ・アイズ
監督 / ティム・バートン
出演 / エイミー・アダムス、クリストフ・ヴァルツ 他
配給 / ギャガ
2014年 アメリカ
TOHOシネマズ渋谷 ほかにて、1月23日(金)より公開。
©Big Eyes SPV, LLC. All Rights Reserved.

 ポップ・アート時代のアメリカで絵画〈ビッグ・アイズ〉シリーズを世に放ち人気を博したウォルター・キーンの作品は、じつはすべて妻マーガレットが描いたものだった……という、ティム・バートン監督久しぶりの実話もの。で、搾取される妻=DVものとも言えるし、著作権マーク©への大いなる皮肉もこめられているだろうけれど、バートン作品として見るとこれは『ビッグ・フィッシュ』(2003)と似た構造なのではないかと思う。つまり、あるホラ話がアメリカの歴史を作った、というのである。バートンはいつでも、そうした作り話が現実を動かしうる力について描こうとしてきた。しかしながら、ホラ話が現実と折り合いをつける『ビッグ・フィッシュ』と比べると、現実がホラ話を打ち負かしてしまう本作の顛末を、バートン作品としてどういう変化と見なせばいいのだろう。60年代のアメリカを突き動かした「嘘」を、告発したいのか懐かしみたいのかの判断が非常に難しく、バートンのあの時代への複雑な感情を見る思いがする。
 話はやや逸れるけれど、今年のアカデミー賞で最多ノミネートとなったアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(https://www.foxmovies-jp.com/birdman/)がティム・バートンの『バットマン』(1989)のメタ映画となっているのも、何とも興味深い話である……『バードマン』はヒーローものを演じたかつてのスター(虚構のヒーロー)が、ブロードウェイのアート作品での成功(実際的な俳優としての評価)を得ようとする話、らしい。どちらが偉いのではなく、どちらも混乱しながら共存するのがアメリカということなのだろうか。

予告編

6才のボクが、大人になるまで。
監督 / リチャード・リンクレーター
出演 / エラー・コルトレーン、パトリシア・アークエット、イーサン・ホーク 他
配給 / 東宝東和
2014年 アメリカ
TOHOシネマズシャンテ ほかにて、公開中。
©2014 boyhood inc./ifc productions i, L.L.c. aLL rights reserved.

 こちらもアカデミー賞ノミネート。『ビフォア~』三部作は言うに及ばず、リチャード・リンクレーターは時間がつねに不可逆であることを逆手にとって、その「瞬間」をロウな感触のあるものとして立ち上げることに長けている。『ビフォア~』3部作ではそれぞれ「ある一日」を描くことでそれ以前と以降がシームレスに、しかしはっきりと異なる世界になり得るということを示していたが、この映画では、ある家族の物語を12年にわたって同じキャストで撮りつづけている。それは大変な労力と時間を要するということ以上に、もっと単純な映画の問題として、絶対に「撮り直せない」。そのことは少年時代(原題は『Boyhood』)が二度と戻らないことをあっさりと、しかし強く宣言する。ここで映されているのは、ほとんどが誰の身にも起こるような些細な出来事の積み重ねに過ぎないが、しかしそれこそが映画的な呼吸になっていく。

 主役に抜擢されたエラー・コルトレーン少年がどこか不格好な思春期を経て、しかし本当に精悍な青年へと成長しているのには無条件に胸を打たれるものがある。この映画は21世紀のアメリカにおいて、落ちぶれていく中年ではなく真っ直ぐに育っていく少年を描くということには大変な手間がかかるということの証明でもあるが、だからこそ一際瑞々しい輝きを湛えているのだろう。

予告編
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