「ele-king」と一致するもの

からだとこころの環境 - ele-king

蜜と富だけを求め
自分の健康に気を配らないヤツは消え失せろ
ジュニア・バイルズ“フェイド・アウェイ”

 だいたい音楽というのは、健康など顧みないどころか身体に悪いことをさんざんやってきてはしかもその素晴らしい成果を残しているほどの文化なので、健康の問題となったとき、医者から酒は身体に悪いと言われても、どちらかと言えば、呑まずにやってられっかばーろーという立場を支持してきたと言えるだろう。若さ故の暴走だ。ハラが減ったら、コンビニでパンでも買って胃に流し込めばいいだろう。
 たしかに若いうちは暴走しても無理が利くのだが、当然、人間の保証期間と言われる40歳を過ぎたあたりから、現実的な支障が出てくる。しかも医療費というのがこれまた金銭的にもバカにならない。それどころか、村上春樹も言うように、身体な調子はその行為において、とくに内面が関わるときは影響が出てくる。現実の試練のなかで、心が折れそうになったとき、実際に折れてしまうと、これまた現実もますますたいへんなことになってしまうものだ。
 さらにまた、健康問題は社会問題でもある。たとえば、昔は花粉症などなかった。しかし、高度経済成長期の日本政府が、林業の効率化をはかるため、本来あった広葉樹を切り、産業的に効率のいい針葉樹を大量に植えたために起きるようになった現代のアレルギー病だ。当たり前だが、昔は花粉症はなかったし、ほとんどの欧米にもない。

 ある意味、健康の問題は、大きな問題でありながら、これまでいろいろな主題を扱っていた音楽においては、なかば避けられていたことのひとつだろう。

 伊達伯欣(だてともよし)は、いかがわしい魔術師ではなく、ふだんは西洋医学の臨床の現場で働いている医師だ。現代的な医療の現場から医学と音楽を考えるという、珍しい医師であることは間違いない。電気も通らない山小屋で暮らしていた人ではなく、若い頃はジェフ・ミルズで踊っていたほどの人で、現在も都内の大学病院に勤めている。
 そういう人が、アンビエント・ミュージシャンとして国際舞台でも活躍して、そして、医師としては、じょじょに漢方医学の効果に目覚めていったことは、とくに90年代からele-kingを読んでいるような、ある世代以上の方々には興味深いのではないだろうか。
 というか、ele-kingではすっかりお馴染みの伊達伯欣だ。イルハ(Review)、オピトープ、最近では、坂本龍一とテイラー・デュプリーとの共作……中途半端にはなっているが、連載中のコラムもある。

 信じられない話だが、彼の個人医院であるつよくさ医院の待合室では、アンビエント・ミュージックが流れている。
 それって不謹慎なことだろうか。
 病院の待合室は、つねに無音か、さもなければNHKのニュースが流れていればいいのだろうか……という慣習化された病院の日常に対して、人に平穏さをもたらす目的で作られたアンビエント・ミュージックをここで流さなくてどうするとでも言いたげに、実際に、それまでの人生でアンビエント・ミュージックとはまったく関わりのなかった中年女性がその作品名をメモしたりとか、明らかにリアクションがある。

 伊達は、このように自分が音楽で得たことを臨床の現場で活かしているわけだが、そもそも音楽文化に身を置く医師が書いた医療書というのは、世界的にも珍しいのではないだろうか。

 彼の『からだとこころの環境』は、健康というものの考え方を西洋医学と東洋医学との見地から検証しつつ、同時に社会問題とも照らし合わせながら、よりよい医療を考察し、実践するための本だ。西洋医学の対処療法の長所短所を解説する。「1日30品目」や「牛乳は身体に良い」などという常識の間違いを指摘しながら、よりより食事法の指南もある。ストレスや「怒り」の問題にもけっこうなページを割いている。
 「からだ」「こころ」「環境」についての章があり、そして、巻末には彼のお勧めのアンビエント・ミュージックの作品の解説もあるという、かなり画期的な本になった。
 40歳を過ぎた人、ないしは女性、自分の健康生活を反省したい人には、とくに読んで欲しい。

伊達伯欣
からだとこころの環境 ――漢方と西洋医学の選び方
特典がつくお店があります!

著者制作&選曲のアンビエント音源スペシャルコンパイルCD-Rを、一部レコード店・書店様にてお買い上げのお客様に頒布中!

お取り扱い店舗
◾︎タワーレコード
仙台パルコ店、京都店、吉祥寺店、名古屋近鉄パッセ店、福岡パルコ店、神戸店、梅田大阪マルビル店、金沢フォーラス店、札幌PIVOT店、新宿店7F、難波店、渋谷店2FBOOKS
上田店、梅田NU茶屋町店6F、静岡店、アミュプラザ博多店、横浜ビブレ店、池袋店

◾︎ディスクユニオン
通販サイト、お茶の水駅前店、神保町店、新宿本館、下北沢店、吉祥寺店、町田店、横浜関内店、津田沼店、千葉店、柏店、北浦和店、大宮店、池袋店、渋谷店、横浜西口店、中野店、立川店、BIBLIOPHILIC & bookunion新宿

◾︎代官山 蔦屋書店

◾︎STANDARD BOOKSTORE 心斎橋店

お取り扱いのお店につきましては、各社各店舗さまへご確認下さいませ。


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Young Fathers - ele-king

 素晴らしい最新作を出したばかりのスコットランド、エジンバラの3人組、ヤング・ファーザーズ。紙ele-king vol.16でも大フィーチャーされています。
 『ホワイトメン・アー・ブラックメン・トゥー』は、サウンド的にも、クラウトロックがモータウンをカヴァーしたような面白さがありつつも、やはりなんといっても(ジャム・シティの新作にも言えることだが)時代描写がみごとだ。なので、歌詞対訳のある日本盤がお勧めなのですが、カセットテープが欲しい方がいたら差し上げます。1本だけなので、2人以上いたら抽選です。

■ご応募方法
・件名を「ヤング・ファーザーズ カセットプレゼント応募」として、info@ele-king.net までご応募ください。(Eメールのみの受付となります)
・本文には「郵便番号/ご住所/お名前/最近よく聴いているアルバム1枚」をお書きください。(※商品を受け取れるご住所をご記載ください)
・商品の発送をもって抽選結果の発表にかえさせていただきます。
・締め切りは、4月27日まで。

※ご応募メールは抽選後破棄させていただき、個人情報につきましても本件以外の目的に使用させていただくことはございません。

interview with East India Youth - ele-king


East India Youth
Culture Of Volume

Indie PopElectronic

Tower HMV Amazon iTunes

 ファースト・アルバムのジャケットには、人肌の表現としてはいささか大胆な色づかいの、抽象的な自画像が用いられていた。『トータル・ストライフ・フォーエヴァー(Total Strife Forever)』と名づけられたその作品は、タイトルやアートワークにたがわず混沌とした印象のサウンドだったが、人気もメディアによる評価も高く、同年の英マーキュリー・プライズにノミネート。彼自身、その後はロンドンという舞台を同じくして活躍するファクトリー・フロアとのツアーを行ったり、ジーズ・ニュー・ピューリタンズのサポート・アクトを務めるなど、目ざましい──そして自身にとってもかけがえがないと述べる体験や活動を経てきた。
 イースト・インディア・ユースことウィリアム・ドイル。彼は特定ジャンルにおけるフロンティアの掘削者というよりも、英ポップ・シーンの表舞台でマイペースに自己探求をつづける、みずみずしいプロデューサーである。エレクトロニックな方法を用い、実際にテクノ、インダストリアル、エレクトロ・ポップ、あるいはジェイムス・ブレイクなどと比較されて語られるのを目にするが、大仰にそうしたジャンル名をかぶせるよりは、たとえば“エンド・リザルト”などがそうであるように、レディオヘッドが、キーンが、ザ・スポットライト・キッドが、つまりは英国ロックのある傍系の遺伝子が現在という空気と時間のフィルターをかぶって表出したものだと言うほうがしっくりくるだろう。しかしもちろん、さまざまに比較を受けているエレクトロニック/ダンス・ミュージック的な要素・傾向もまた、アンダーグラウンドの成果やトレンドの渦を反射するようにEIYの音楽を豊かにしている。

 そうした充実の中でかたちを成したこのセカンド・アルバムにはふたたび自画像があしらわれた。今回はより写真的なかたちで自身を映し出しているのが興味深い。それはこのインタヴューのなかでも述べられているように、「プロデューサー気質を発揮するよりも、自分がラップトップの前に出たかった」という気持ちをいくばくか象徴するものなのかもしれない。その意味で、多様性はそのままに、しかし格段に整理され、ポップ・パフォーマンスという方向性を得た音は、前作に比較してもすばらしく表現の威力を増している。

ちなみに、これまた以下に回想されているのだが、ファクトリー・フロアとのツアーの興奮や影響は冒頭の“ザ・ジャダリング(The Juddering)”に思いきり顕著で、微笑ましい。

■East India Youth / イースト・インディア・ユース
現在はロンドンを活動の拠点とする、ウィリアム・ドイルによるソロ・プロジェクト。デビュー作『トータル・ストライフ・フォーエヴァー』が高い評価を受け、FKAツイッグスやボンベイ・バイシクル・クラブとともに2014年度のマーキュリー・プライズにノミネートされた。第10回Hostess Club Weekenderで初来日、本作はその後初にして2枚めのフル・アルバムとなる。

昔のコンピュータにもかかわらず、そんなにレトロな感じがしなくて、どちらかというといまっぽいものになっているんじゃないかと思って

今作も自画像がジャケットのアートワークに用いられていますね。しかしいくらか抽象度が下がりました。これは前作と今作の音における表現の差でもあるでしょうか?

ドイル:たしかに今作は、音としても以前よりカラフルで、それがアートワークに反映されているかもしれないな……。これは80年代のアミーバ(Amoeba)というコンピュータを使ってつくったものなんです。もっとピクセルが粗くって、それによってローファイなアートになっているんだけれど、それをキャプチャー画像として使用していて。おもしろいのは、昔のコンピュータにもかかわらず、そんなにレトロな感じがしなくて、どちらかというといまっぽいものになっているんじゃないかと思って……そのへんが今回のアートワークとしておもしろいところかなと思いますね。

あなたがプロジェクトを始めた当時は2012年ということですね。今作までで機材環境にはどのような変化があったのでしょうか。可能でしたらどのようなものを用いていらっしゃるのかということもふくめて教えてください。

ドイル:メインの機材はラップトップなんだけど、すべてはそこからはじまっていて、ソフトウェアをたくさんつかっているけど、ハードウエアはそんなに使用してないんです。それはライヴでもいっしょで、最近、ベース・ギターはライヴでも楽曲制作のときでもよく使うようにしているんですけど、それ以外はツールも少なくて。どちらかというと個人的にはソフトウェアに興味があるんだけど、プロデューサーやエンジニアさんというのはやっぱりハードに関心のある人が多いんですよね。だからヴィンテージな機材を掘り出して使う人も多いと思います。
僕の場合はソフトの中からいろんな音を出すというのが好きで、そうやって遊んでいますよ。もともとは、前にいたバンドではアコギをメインとして弾いていたし、10歳のころからすでに自分のメインの楽器はギターだったんです。これからはもっとギターをこのプロジェクトにも投入していきたいなと思っていますよ。ただ、機材ということでいえば、このプロジェクトがはじまってからいまでもベーシックは変わっていないですね。3年に一度くらいは自分のセットアップを更新しているというか、コンピュータやソフトを見直して変えていて、それが環境の変化といえばいえるかもしれないです。

音楽をつくりはじめることになったきっかけは? 最初からいまのようなDAWソフトを用いたエレクトロニックなものだったのですか?

ドイル:10歳のときに父がエレキ・ギターを買ってくれたんです。それが音楽人生のはじまりでしょうか。当時、アコギを友人から借りて自分なりに独学で弾いていたのを親が見て、それでギターを買ってくれたんだと思います。いっしょにアンプなども買ってくれたので、自分でももっと練習するようになったし、見よう見まねで曲もつくりはじめました。10歳か11歳のときにバンドも組んだりして、13歳か14歳の頃にはコンピュータを使いはじめたかな……。というのも、生まれ育った町から引っ越したので、友だちもいないし、バンドも組めなかったから。仕方なく自分だけで音楽をつくる方法を探すしかなかったし、ちょうどベックとかモービーとかを好きになりはじめてもいたから、アコースティック要素はあるけどエレクトロニックなところもあるような音楽に心が向かったというところもあったかなあと。そのときキューベース(Cubase)を独学で学ぶようになっていまにいたりますね。10年経ったいまでも同じプログラムを使って音楽を書いています。とくに音楽的な家庭に育ったわけではないし、環境としても音楽的だったわけではないけど、いまでは本当に音楽が人生の一部という感じですね。

マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの『ラヴレス』を最初に聴いたときっていうのは、いまでも覚えているんだけど、その音の印象や衝撃がすごく自分の中に焼きつきましたね。

シーンとして、たとえばベースミュージックだったり、ダンス・ミュージックの流れを意識していますか?

ドイル:じつはぜんぜんシーンやジャンルを意識したりということはないんですよ。自分がどういうところにカテゴライズされているのかとか。ある楽曲はすごくダンス寄りだったり、ある曲はシンセ・ポップだったり、急にインストゥルメンタルなものが入ってきたり、クラシック寄りのものだったり。それから、シーンやジャンルっていうものにずっぷりとはまってしまいたくないなとも思います。そういうものが嫌いなわけではないし、テクノのイヴェントやレイヴなんかに遊びにいくのも大好きですけど、自分がどこにも該当しないというポジションがとても気に入っているので、これからもそんなかたちで活動していきたいとは思っていますね。

“マナー・オブ・ワーズ(Manner of words)”などにとくに顕著ですが、今作においてはリヴァーブや歪(ひず)みがサウンドのひとつの特徴になっているようにも思います。M83など、エレクトロニックな特徴をもったシューゲイザーなどを思い浮かべました。そういった音楽やギター・ノイズ、その増幅によってつくられる音楽に興味があるのですか?

ドイル:そうですね、意識しているというほどではないですが、たとえばマイ・ブラッディ・ヴァレンタインの『ラヴレス』を最初に聴いたときっていうのは、いまでも覚えているんだけど、その音の印象や衝撃がすごく自分の中に焼きつきましたね。それは根づいているからこそ知らないうちに表現の中に出てきているものだと思います。たしかにそう言われると、この“マナー・オブ・ワーズ”のどの部分を指しているのかということがすごくよくわかります。ただ、それは意識したものではなくて、自分の中の感覚としてすごくナチュラルに出てくるものなんだろうなと思いますね。おもしろいのは、『ラヴレス』とか、いま日常的に聴いているものじゃないのに、そうやって影響を及ぼしているってことですよね。最初の印象が強いばかりに、そんなふうになるのかな。

資料によると、あなたは今回、プロデューサーとしてよりもポップ・アーティストとして歌い、パフォーマンスを行ってみようというひとつの転換点を迎えたということですね。それはマーキュリー・プライズにノミネートされるというような出来事にもきっかけがありますか?

ドイル:そうですね、マーキュリー・プライズにノミネートされたというのもひとつのきっかけだったと思います。このイースト・インディア・ユースのパーソナリティをもっと表に出して、みんなに知ってもらいたいたかったんですよね。自分が前に出ようと思った。以前はラップトップの後ろにいて、地味な感じだったんです。でもライヴをやるごとにみんなが楽しめる要素を増やしてきているかなと思います。そういうことに対するリアクションを見ながら、もっと自分としてもエネルギッシュなパフォーマンスを楽しんでもらいたいと思っていたんですが、まさかこんなに人気の出るプロジェクトになるとは思ってもみなかったので、こうやってノミネートしてもらったり楽しんでもらったりすることで、そうやって好まれるようなかたちになっていきたいなという思いも自然にふくらみましたね。それが、こうやってプロデューサー気質を前に出すというよりも、パフォーマンスを楽しんでもらうというような、そしてそんな道をもっと突き進みたいというような気持ちになっています。

プロデューサー気質を前に出すというよりも、パフォーマンスを楽しんでもらうというような、そしてそんな道をもっと突き進みたいというような気持ちになっています。

詞はどのようにつくるのですか? ご自身が観念的なタイプだと思いますか?

ドイル:じつは、歌詞を書くっていうのが自分にとってもっとも難しいことなんです。苦手なので、いまでもなんで自分がこんなことをしているんだろうって不思議な気持ちになります。いつも苦しむところなんですよ。自分がおかれている環境や場所をモチーフにはしていて、それを最終的には抽象的なかたちで表現するので、歌詞によってはすごくアブストラクトになっていると思います。どちらかというと、空間を絵具で塗ってつくっていくような感覚で言葉をつくっていますね。……本当に自分ではいつも苦しむ、もっとも音楽制作のなかで難しいことだと感じています。

今作にはより大きなスケール感が備わっていて、映像表現との相性もよいのではないかと感じましたが、あなたの「ポップ」なあり方は、今後どのような展開をしていくものなのでしょう?

ドイル:自分の理想的なポップのかたちは、みんなが聴いて楽しめるもの、ですね。でもその背景にはアンダーグラウンドなものの要素が隠れているというのが目指すところでもあります。聴いてすぐに楽しめるものだけれど、何度聴いても発見があったり、耳に冒険を与えられるものだったり、そんなものが見え隠れする曲をつくりたいですね。すぐに惹かれるようなメロディやリズムがあって、ポップ感のあるものがいいけど、その後ろに複雑な要素が見え隠れするもの──でも、そうやってうまく成功している人たちもたくさんいますよね。1曲でそれをやるのは難しいけれど、アルバムを通してそれが感じられるようなものをつくりたいなと思います。自分の好きな要素、ポップに反した要素なんかも、ね。

ファクトリー・フロアとのツアーはいかがでしたか? 印象に残っていることと、もっともよかったと感じるショウの模様について教えてください。

ドイル:そうですね、僕にとってすごく多大な影響を与えてくれている存在です。自分のいまの道すじや、制作において重要な人々につないでくれたキーマンともいえるかも。彼らがツアーにきてくれないかと言ってくれたときは本当に二つ返事で、自分自身もこれはぜったいに行くべきだって心から思えたしうれしい出来事でしたね。彼らとツアーをしてあらためて思ったのは、毎回誰とツアーをやっても素晴らしいなと思うんだけど、そのうちそう思いながらも最初の数曲だけ聴いて場を離れるようなことが増えてきたんですね。でもファクトリー・フロアについては、最初から最後まで本当に目が離せなくて、毎晩ライヴを楽しんでましたね。セット・リストが同じだったりするのに、毎回ちがうワクワク感があって、とくにドラムのゲイヴがライヴで披露するダイナミックさというのはそれぞれの晩で異なっていたんですよね。それが「ゾーン」に入ると、もう言葉では表せないくらいすごいものになっていて……。いまでもその興奮はうまく言い表せないですね。アルバムも大好きですけど、ライヴがとにかく素晴らしい。多大な影響を与えてくれた人だし、よき友人たちです。

ジェイムス・ブレイク、よく較べられるんですよ(笑)。その理由は顔が似てるからだと思うんですよね。

ジェイムス・ブレイクなどはどうでしょう?

ドイル:よく較べられるんですよ(笑)。その理由は顔が似てるからだと思うんですよね。イギリス出身で、同じような髪型で、雰囲気がなんとなく共通しているからなのかなって……(苦笑)。自分としては音楽的にも、背景として持っているものもまったくちがっていると感じています。彼のメロディのうしろにあるものは、どちらかというとソウルとかブルースとかっていうものだけど、僕の音楽はそうではない。そして彼の音楽のほうがデリケートだと思いますよ。僕の場合は、もっとバンってみんなのまえに差し出すものだというか。スタンスも参照点もちがうので、音楽として較べられる理由はあまりよくはわからないですね。

UKにおいて、インディで活動することとメジャーで活動することの差はどんなところにありますか?

ドイル:自分がメジャーとインディのどこに属するかというようなことは、自分でもあまり考えたことはなかったんですけど、こうやって日本のインタヴューを受けさせてもらっているわけだから何かしら成功した部分はあるのかなとは思いますね。ただ、自分としては、外からの変な影響なく音楽をつくりつづけることが夢なので、その理想に近い部分ならインディでもメジャーでもいいなと思います。

出身もロンドンですか? ロンドンでの音楽体験について教えてください。

ドイル:生まれたのはボーマスという場所で、ロンドンに来たのは4年前です。ロンドンというのは音楽にまつわるカルチャーが本当にたくさんある場所で、エキサイティングで楽しいです。でも、最近は自分のライヴが忙しくなってしまって、音楽のイヴェントにはあまり行けてないんですけどね。引っ越した2年間くらいは本当にいろんなところに通いました。すごくメジャーなアーティストから、すごくマイナーなアーティストまで、たくさんのものを同じタイミングで見れる場所ですね。

昨年、今年と、あなたが観た映画や読んだ本などで印象深いものはどんなものでしょう?

ドイル:スカーレット・ヨハンソンが主演の『アンダー・ザ・スキン(邦題:アンダー・ザ・スキン 種の捕食)』という映画があるんですが、それが素晴らしかったですね。スカーレット・ヨハンソン自身もブリティッシュ・アクセントだったりするんですけども。久々にすごいものを観たと思いました。サントラもいいんですよ。それがとても印象に残ってますね。

 今週末、ファッション・ブランドC.Eとレーベル〈ヒンジ・フィンガー〉共同の主催のイベントで来日する、ウィル・バンクヘッドとピーター・オグレディことジョイ・オービソン。当日を待ちわびている皆さんのために、なんと今回が初来日のジョイ・オービソンがインタヴューに答えてくれました。
 ここで簡単に彼の経歴の説明を。音楽のバックグラウンドはジャングルのミックス・テープにあるというロンドン在住のジョイ・オービソンのデビューは2009年。そのトラック“Hyph Mngo”はいわゆるダブステップが「ポスト」へ移行した時代の象徴的な曲として記憶されており、ジャンルを越え本当に多くのDJたちがプレイしました。
 ですがその後ドラムンベースの鬼才ユニット、インストラメンタル(Instra:mental)の元メンバーであるボディカ(Boddika)とレーベル〈サンクロ(SunkLo)〉の立ち上げなどを経て、深淵なハウスやテクノの方面に舵を取りました。ツアーでヨーロッパを回るようになった彼は、デザイナーとしてのキャリアやレーベル〈ザ・トリロジー・テープス〉で知られるウィル・バンクヘッドとベルリンで出会い、よりロウなトーンを突き詰めたレーベル〈ヒンジ・フィンガー〉をふたりで始動させ現在にいたります。
 インタヴューには普段はあまり応じていないという彼ですが、最近買ったベスト・レコードから、一緒に来日するウィル・バンクヘッドについてまで、激多忙なスケジュールのなかシンプルにそして丁寧に答えてくれました。

いまどちらにいらっしゃいますか? ロンドンの自宅でしょうか?

ジョイ・オービソン(Joy Orbison、以下JO):うん。ロンドンのエレファント・アンド・キャッスルにある家の予備部屋兼スタジオの椅子に座っているよ。

あなたの来日が決定して、多くのファンが喜んでいます。が、ここにひとつ問題があります。ロンドンと東京って結構遠くて、片道10時間くらいかかるんですよね。どうやって時間を潰す予定ですか? やっぱり本を読んだり映画を見るんでしょうか? それともひょっとして機材を持ち込んで作曲ですか?

JO :ウィル・バンクヘッドと僕の彼女の間に座ることになったから、めちゃくちゃお酒を飲むことになりそうだ。少しは眠れるといいなぁ。いつもは飛行機のエンタメ・サービスを使ってチェスをするんだ。小さな子供に連敗しないように練習しないといけないからね(笑)。

今回はしかも初来日です。DJノブといった日本のDJたちもこの日は出演しますが、日本の音楽シーンや文化に関心はありますか?

JO :日本のシーンは全然知らないんだけど、いつも耳にする音楽と日本文化の関係性にはわくわくするよ。C.Eの素晴らしいスタッフたちの協力のおかげでDJノブと同じイベントへの出演が決まったことが単純に嬉しい。最高の初来日になるといいね!

最近買ったベストのレコードは何ですか?

JO :Automat & Max Loderbauerの“Verstärker”だね。

それでは最近注目しているプロデューサーは?

JO :Herronかな。

さて、あなたのキャリアを少々振り返ってみようと思います。2009年にあなたはスキューバの〈ホット・フラッシュ・レコーデイングス〉からのシングル “Hyph Mngo”でデビューを飾り、この曲はいわゆるポスト・ダブステップのアイコンのひとつとしてみなされています。ですが、あなたは〈ドルドラム〉から “BB / Ladywell”のリリース以降、テクノやハウスの方面へシフトし現在に至っています。この転機のきっかけとはなんだったのでしょうか?

JO :個人的にはその流れを変化だとは思っていなかったんだよ。でも当時の自分が周りからどうやって見られていたのかは理解できる。 “Hyph Mngo”はそれまでの僕の曲のなかでDJやオーディエンスに一番サポートされたものだったけど、同時に僕はたくさんの曲を作っていた。当時作った曲を見てみても、ハウスやテクノっぽいものもあれば、ドラムンベースみたいなものもある。そういう曲は世間が僕に抱いていたイメージとはかけ離れているだろうね。そんな感じでこれからも縛られないスタイルで曲を作っていこうと思うんだけど、その課程でシーンや時代性の呼吸が合っていたら最高だよ。

Joy Orbison – Hyph Mngo

あなたはボディカとの共作でも知られていますが、彼とのレーベル〈サンクロ〉からの最新リリースは2014年の2月にリリースされた“モア・メイム / イン・ヒア”なので、それから1年以上が経っています。最近はボディカと曲を作っていますか? 〈サンクロ〉は日本でもすぐにソールド・アウトになってしまうので、ファンは新作を期待していますよ。

JO :ボディカとは少なくとも週に2、3日はスタジオに入るように心がけていて、しばらくの間この作業を継続していたよ。おかげで本当にたくさんの曲が完成したね。実はもうすぐ新曲がリリースされるんだ……!

ウィル・バンクヘッドは何度かDJとして来日しており、去年もアンソニー・ネイプルズやレゼットと東京でプレイしました。彼は才能溢れるデザイナーであると同時に、違ったジャンルで活動するプロデューサーをつなぎ合わせる重要な役割も果たしていると思います。そして現在、あなたはバンクヘッドとともに〈ヒンジ・フィンガー〉を運営しているわけですが、アートワークやDJスタイルを含めて彼の「作品」をどのように評価しますか?

JO :彼の作品の大ファンだよ。ユニークなものの見方をしているから、いつも僕は驚きっぱなしさ。僕の音楽やレーベルのコンセプトを可視化してくれるひとは彼くらしかいないから、出会えてすごくラッキーだ。
 それに彼のDJも本当にヤバいんだよね。たぶん僕がいままでで出会ったなかで、飛び抜けて強烈なレコード・コレクションを彼は持っているんじゃないかな。あのレコードの壁を探索するのにかなりの時間を使ったよ。あそこでは必ず特別な曲が見つかるんだ(いまそのレコードは地下室にしまってあるんだけどね)。自分自身の知識をワクワクさせるような何かに変換させることに関して、彼の右に出る者はいないと思う。なんせブジュ・バントンからフランソワ・ベイルに繋いだりするんだからね!

ウィル・バンクヘッドの作品でお気に入りを挙げるとしたら何でしょうか?

JO : うーん、難しいね……。T++の「ワイアレス」かブラワンの「ヒズ・ヒー・シー&シー」ってことにしとこうかな。

様々なスタイルを経てあなたは現在に至るわけですが、2015年に私たちはどんなことを期待できるでしょうか?

JO :目標はたくさんリリースをすることだね。とにかく目の前のことに集中しなくちゃいけないな。

それでは最後に日本のオーディエンスにメッセージを!

JO :(日本語で)「トリッキーは、お茶を作ります」

 最後のひと言がどういう意味なのか質問してみたところ、英語では“Tricky, you make the tea”と打ったようです。 “Tricky’s Team”という似た名前のタイトルの曲をボディカとリリースしていますが、それから察するにインタヴューで触れている次なる新曲の名前なのでしょうか!? 週末に期待!

Joy Orbison & Boddika – Tricky’s Team


The Trilogy Tapes, Hinge Finger & C.E presents
Joy Orbison & Will Bankhead

2015/04/24(Fri)
@ Daikanyama UNIT & SALOON

[UNIT]
Joy Orbison(Hinge Finger)
Will Bankhead(The Trilogy Tapes / Hinge Finger)
DJ Nobu(Future Terror / Bitta)
[SALOON]
Edward Occulus
Toby Feltwell (C.E)
1-Drink
Koko Miyagi
Bacon
Open/Start 23:30
Early bird 2,000yen(Resident Advisor only) / Adv. 3,000yen / Door 3,500yen
Ticket Outlets: LAWSON / diskunion 渋谷 Club Music Shop / diskunion 新宿 Club Music Shop / diskunion 下北沢 Club Music Shop / diskunion 吉祥寺 / JET SET TOKYO / TECHNIQUE / DISC SHOP ZERO / Clubberia / Resident Advisor / UNIT / min-nano / have a good time
※20歳未満の方のご入場はお断り致します。年齢確認のため顔写真付きの公的身分証明書をご持参願います。(Over 20's Only. Photo I.D. Required.)
More Information : Daikanyama UNIT
03-5459-8630 www.unit-tokyo.com https://goo.gl/maps/0eMrY

2015/04/28(Tue)
@CLUB CIRCUS

Joy Orbison (Hinge Finger)
Will Bankhead (The Trilogy Tapes / Hinge Finger)
AIDA
Matsuo Akihide
qands
Open/Start 22:00
Door 2,500yen
※20歳未満の方のご入場はお断り致します。年齢確認のため顔写真付きの公的身分証明書をご持参願います。(Over 20's Only. Photo I.D. Required.)
More Information : CLUB CIRCUS
06-6241-3822 https://circus-osaka.com

当日は東京と大阪の両会場にてイベントの開催を記念したC.EのTシャツの販売が決定!
CETTT T #2 (イベントTシャツ)
Price: 4,000yen (Tax incl.)
問い合わせ先: Potlatch Limited www.cavempt.com

Joy Orbison
2009年にHot Flush から〈Hyph Mngo〉をリリースしデビューを飾ったのち、〈The Shrew Would Have Cushioned The Blow(Aus Music)〉や〈Ellipsis(Hinge Finger)〉、Boddikaとの共作による〈Swims(Swamp81)〉など精巧かつ念密に構築された楽曲を次々とリリースし続ける傍ら、Lana Del ReyやFour Tet、José Jamesといったアーティストのリミックスを手がけている。ハウスや2ステップ、ジャングル、テクノ、ダブステップ、これらの要素が融合し生まれた〈ガラージハウス〉とはJoy Orbisonの作り出した“音”だと言っても過言ではないだろう。レーベル〈Hinge Finger〉 をThe Trilogy TapesのWill Bankheadと共に立ち上げるなど異質かつ独自な動きを行う中、最近ではBBC RADIO 1の人気プログラムである〈Essential Mix〉に登場するなど、トラックメーカー/プロデューサーとしてはもちろんDJとしても高い人気を誇っている。
https://soundcloud.com/joy-orbison
https://www.residentadvisor.net/dj/joyorbison

■Will Bankhead
メイン・ヴィジュアル・ディレクターを〈Mo’Wax〉で務めたのち、〈PARK WALK〉や〈ANSWER〉といったアパレル・レーベルを経て、〈The Trilogy Tapes(TTT)〉を立ち上げた。現在、前述したTTTやJoy Orbisonとのレーベル〈Hinge Finger〉の運営に加え、〈Honest Jon's Records〉や〈Palace Skateboards〉などのデザインを手がけている。2014年10月には、渋谷ヒカリエで行われた〈C.E〉のプレゼンテーションのアフターパーティでDJを行うため、Anthony NaplesとRezzettと共に来日した。
https://www.thetrilogytapes.com

■DJ NOBU(FUTURE TERROR / Bitta)
FUTURE TERROR、Bitta主宰/DJ。NOBUの活動のスタンスをひとことで示すなら、"アンダーグラウンド"――その一貫性は今や誰もが認めるところである。とはいえそれは決して1つのDJスタイルへの固執を意味しない。非凡にして千変万化、ブッキングされるギグのカラーやコンセプトによって自在にアプローチを変え、 自身のアンダーグラウンドなリアリティをキープしつつも常に変化を続けるのがNOBUのDJの特長であり、その片鱗は、 [Dream Into Dream]〈tearbridge〉, [ON]〈Musicmine〉, [No Way Back] 〈Lastrum〉, [Creep Into The Shadows]〈Underground Gallery〉など、過去リリースしたミックス CDからもうかがい知る事が出来る。近年は抽象性の高いテクノ系の楽曲を中心に、オーセンティックなフロアー・トラック、複雑なテクスチャーを持つ最新アヴァ ン・エレクトロニック・ミュージック、はたまた年代不詳のテクノ/ハウス・トラックからオブスキュアな近代電子音楽など、さまざまな特性を持つクセの強い楽曲群を垣根無くプレイ。それらを、抜群の構成力で同一線上に結びつける。そのDJプレイによってフロアに投影される世界観は、これまで競演してきた海外アーティストも含め様々なDJやアーティストらから数多くの称賛や共感の意を寄せられている。最近ではテクノの聖地〈Berghain〉を中心に定期的にヨーロッパ・ツアーを行っているほか、台湾のクルーSMOKE MACHINEとも連携・共振し、そのネットワークをアジアにまで拡げ、シーンのネクストを模索し続けている。
https://futureterror.net
https://www.residentadvisor.net/dj/djnobu

■Edward Occulus
イラストレーター・グラフィックデザイナー。2011年にToby Feltwell、Yutaka.Hとストリートウエアブランド〈C.E〉を立ち上げた。www.cavempt.com

■Toby Feltwell
英国生まれ。96年よりMo'Wax RecordsにてA&Rを担当。
その後XL Recordingsでレーベル を立ち上げ、Dizzee Rascalをサイン。
03年よりNIGO®の相談役としてA Bathing Ape®やBillionaire Boys Club/Ice Creamなどに携わる。
05年には英国事務弁護士の資格を取得後、東京へ移住。
11年、Sk8ightTing、Yutaka.Hと共にストリートウエアブランドC.Eを立ち上げる。
https://www.cavempt.com/

■1-Drink
TECHNO、HOUSE、BASS、DISCOの境界を彷徨いながら現在にいたる。 DJユニット"JAYPEG"を経て現在は個人活動中。 ときどき街の片隅をにぎわせている。
https://soundcloud.com/1-drink


interview with trickfinger (John Frusciante) - ele-king


Trickfinger
Trickfinger

Acid Test / Pヴァイン

ElectronicRockHouse

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 ジョン・フルシアンテを知らずにこのインタヴューを読む方はおられるだろうか。90年代から2000年代の音楽シーンをいわゆるミクスチャー・スタイルと強烈なファンク・ロックによって風靡し、いまなおその支持の揺らぐことのないモンスター・バンド、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ。同バンドのギタリストとして活躍したジョン・フルシアンテは、RHCPには欠員を埋める形で中途加入し、彼らの音に叙情的でエモーショナルな「歌」の力を呼び込んだ──名ギタリストであるとともに名ソングライターとしての力量をも遺憾なく発揮してみせた。一時の脱退から復帰したタイミングで制作された中期の名盤『カリフォルニケイション』におけるフルシアンテの功績は広く評価されるところである。そして2度めの脱退後の彼は、その才と持ち前の求道的な音楽探求と鍛錬の姿勢をよりストイックに追求し、さまざまなアーティストたちに学びながらともにアルバム制作を行っていった。そのなかで近年顕著だったのが、エレクトロニックな表現とダンス・ミュージックへの接近、またはヒップホップとの邂逅だと言えるだろう。今回のインタヴューでは、驚くべきことにそうした音楽性の萌芽と発露がすでにRHCP時代から見られ、かつ、本作が脱退直後につくられていた作品だったということが明らかになっている。新機軸かと思いきやソロ以降のディスコグラフィを倒立させなければならなくなるようなアルバムなのだ。そうしたことに思いをいたしながら耳をかたむけると、きっと新たな驚きと愛着が生まれてくることだろう。
 しかしそれにしても、ジョン・フルシアンテという人は、音楽に対してはいつになっても変わらず生真面目で、迂遠にも思われる努力と勤勉さをもって向かい合うアーティストである。あれだけのリリカルなセンスを持ちながら、まるで頑迷ともいえる彼の信念と音楽哲学──ひいては人間観──はしかし、これまでもずっとリスナーと彼の間の信頼関係を結ぶ強い紐帯でありつづけてきた。そのあたりのゆがみなさはなかば狂気的にすらみえ、また彼の楽聖的な相貌を深めてもいる。
それではどうぞ、日本国内では弊誌一誌、独占インタヴューをお届けしよう。


■trickfinger / トリックフィンガー
レッド・ホット・チリ・ペッパーズのギタリストとして知られるジョン・フルシアンテによるソロ・プロジェクト。ソロでキャリアを突き詰めたいとして2009年に同バンドを脱退し、ジョシュ・クリングホッファーやマーズ・ヴォルタのオマー・ロドリゲス・ロペス、フガジのイアン・マッケイ、RZAなどさまざまなアーティストとともにいくつかの名義で精力的にアルバムをリリース。2015年4月、本名義では初となる同名アルバム『トリックフィンガー』を発表した。

シーケンサー、コンピュータのようなエレクトロニクスの楽器の場合、限界となるのは自分のマインドだけ。だから、エレクトロニクスを扱うことで、自分の思考プロセスも早くなったんだ。

トリックフィンガー(trickfinger)というプロジェクト名にはどのような意味や意図が込められているのでしょう?

ジョン・フルシアンテ(以下、J):俺の奥さんがつけた名前なんだ。俺があるとき、トリッキーなギター・フレーズを演奏しているのを見て、「あなたはトリックフィンガーね」って(笑)。トリックフィンガーっていう名前の響きがおもしろいと思ったから、使うことにしたんだ。

あなたは近年のソロ作品について語るインタヴューのなかで、繰り返し「人間の知能と機械の知能の競合」というアイディアを語っておられますね。AIが人を超える音楽をつくり得ることがあると考えますか? また、そのときその音楽はどのようなかたちにおいて人の音楽に秀でるのでしょう?

J: そうだね。人間の思考には限界があるんだ。ギター、ベース、キーボードのような楽器を演奏するときは、もちろん思考の訓練にはなるけど、指の限界、それから人間にはふたつの手しかないという限界もある。だからそれぞれの楽器のフィルターを通して音楽に取り組むことになるし、自分の肉体の限界というフィルターも出てくる。それに対して、シーケンサー、コンピュータのようなエレクトロニクスの楽器の場合、限界となるのは自分のマインドだけ。コンピュータは人間よりも素早く計算ができるし、人間より正確だし、人間が通常の楽器を演奏するよりも、コンピュータのほうが正確に指示の通りに動く。だから、エレクトロニクスを扱うことで、自分の思考プロセスも早くなったんだ。
 アシッド・ハウスを作りはじめたときは、180BPMから190BPMの曲を作りたかった。ジャングルも作りたくて。でも俺の思考プロセスがそこまで追いついてなかった。ブレイクビーツで曲を作りはじめる前に、まずステップ・プログラミングをマスターしたかったんだ。それでステップ・プログラミングを学んで2年くらいすると、160PMから190BPMの曲を作れるようになってたんだ。いままで作った曲の中でいちばん早かったのは、250BPMだったよ。それ以上になってくると、ナンセンスになっちゃうよね(笑)。260BPMになってくると、ビートの違いがわからなくなるんだ。早すぎて、四分音符の意味がなくなっちゃう。3、4年のうちに、俺の思考プロセスが、人間の可聴範囲内での速い曲に追いつくようになったんだ。ギターで考えるよりも、脳の回転を早くさせたいと思っていたけど、それが実現した。
 俺はティーンエイジャーの頃は、エディ・ヴァン・ヘイレン、イングヴェイ・マルムスティーン、スティーヴ・ヴァイのような速弾きのギター・プレイヤーに憧れてたんだ。当時は速弾きができるようになったことが大事だったんだ。ヴェネチアン・スネアズとかスクエアプッシャーを知るようになって、彼らの音楽ではドラムのプログラミングが人間のドラマーが叩けるスピードよりも遥かに速いんだ。それに、人間の速弾きよりもぜんぜんカッコイイ。ヴェネチアン・スネアズとかスクエアプッシャーのドラム・ビートは、人間のドラマーのビートよりもカッコイイんじゃないかな? そして、ミュージシャンなら、自分ができないことに挑戦することが大事なんだよ。俺がドラマーだったら、ヴェネチアン・スネアズとかスクエアプッシャーみたいなビートを叩けるように練習してるよ(笑)。いまの俺は、自分の肉体よりも、脳を使って音楽を作ってるんだ。

3、4年のうちに、俺の思考プロセスが、人間の可聴範囲内での速い曲に追いつくようになったんだ。ギターで考えるよりも、脳の回転を早くさせたいと思っていたけど、それが実現した。

数年来、あなたはコンピュータのプログラミングによって理論的に音を組み上げる実験や研究をつづけてこられたわけですが、そこでとくに(アシッド・)ハウスにフォーカスするのはなぜなのでしょう?

J: ひとつクリアにしたいんだけど、もしかしてこのアルバムは、最近作ったアルバムだと思ってる?

そうですね。

J: このアルバムは8年前に作ったんだ。

すごいですね。知らなかったです。

J:だから最初の質問で、徐々に速いビートを作れるように段階を踏んだ話を説明したんだ。このアルバムの曲は、俺がエレクトロニック・ミュージックを作りはじめたときにできたものだよ。レッド・ホット・チリ・ペッパーズ(以下RHCP)のツアーが終わって、バンド活動をやめて、自宅のリビング・ルームに機材をセッティングしてひたすら実験してたんだ。エレクトロニック・ミュージックを作りたかったんだけど、まずはアシッド・ハウスからはじめようと思った。アシッド・ハウスから出発して、エイフェックス・ツイン、ルーク・ヴァイバート、ヴェネチアン・スネアズのようなアーティストの流れが誕生したからなんだ。だから、その原点に戻りたかったんだ。ブルースのギタリストになりたかったら、まずはロバート・ジョンソンやアルバート・キングの音楽を勉強するだろ? ルーツをまず勉強しないといけないんだ。アシッド・ハウスから、UKアシッドとかIDMが派生したんだよ。

 エレクトロニック・ミュージックを作りはじめたときは、とてもエキサイティングだった。それまでは、ひとりで音楽を作るというのは、オーヴァーダビングでやるものだと思ってた。ギターをレコーディングしてから、キーボード、ヴォーカル、リード・ギターなどを一つ一つ重ねていくものだと思ってたんだよ。それまでは、そういう方法でホーム・レコーディングをしていた。RHCPをやめる1年前から、エレクトロニクスの機材のマニュアルを読んだり、使い方を習いはじめてね。ホテルとか飛行機の中で、そういう機材を使って練習してたよ。いろいろなアーティストのことについて読んだり、ネットで調べていくうちに、ほとんどのアシッド・ハウスのアーティストは、808を1台と、303を1台と、101を1台繋げて、同期させて音楽を作ってることを知ったんだ。一人のアーティストが機材を操作して演奏してたんだ。当時のアーティストはそれをダイレクトにカセットにレコーディングして、次の日のクラブ・イヴェントでプレイしたわけだ。最初の頃は、そうやって一人の人が音楽を作れることを知らなかったんだ。一人のプロデューサーが、機材をプログラミングして、ツマミをいじったり、パターンをその場で変えて、それをそのままライヴ録音をしてたってことをね。

このアルバムの曲は、俺がエレクトロニック・ミュージックを作りはじめたときにできたものだよ。レッド・ホット・チリ・ペッパーズ(以下RHCP)のツアーが終わって、バンド活動をやめて──。

俺のアシッド・ハウス・アルバムの楽曲はすべて、CDバーナーにダイレクトにレコーディングしたんだ。それぞれの楽曲では、俺が5台から15台の機材を同期させて演奏してるんだ。それをMackieのミキサーでミックスしながら、CDバーナーにレコーディングしてるわけだよ。だから、オーヴァーダビングはまったくしてないんだ。このアルバムは、RHCPを脱退してから、4ヶ月以内に作ったものなんだ。じつは、『ジ・エンピリアン(The Empyrean)』も同時進行で制作していたんだけど、どっちかというと、アシッド・ハウスのトラックを作ることのほうを優先してたんだ。『ジ・エンピリアン』の制作は、2、3週間の間に1日くらいの作業。それ以外は毎日アシッド・ハウスを作っていた。そして『ジ・エンピリアン』はリリースする意図で制作を進めてたけど、アシッド・ハウスのトラックは、リリースする予定はまったくなかったんだ。それでも、あのときはアシッド・ハウスを作ることがプライオリティだったんだよ。それに、学ぶことが多かったから、作ることがすごく楽しかったんだ。オーヴァーダビングで曲作りをするんじゃなくて、いくつかの機材をプログラミングして、一人でジャム演奏をしているような感覚だったから、エキサイティングだった。他のミュージシャンと演奏するときと同じように興奮したけど、誰も自分の演奏を邪魔する人がいないんだ。他のメンバーと口論になることもないし、説明する必要もないし、指示する必要もないし、指示されることもないんだ。エレクトロニクスで曲を作る場合は、前もってアイデアがなくても曲を作ることができるんだよ。過去に4トラックでレコーディングしたことはあったけど、アシッド・ハウスのトラックを作ったときは、初めて自分でエンジニアリングをしたんだ。オーヴァーダビングをするのではなく、同時にすべての音を一人でレコーディングすることも初めてだった。

『ジ・エンピリアン』と同時期にアシッド・ハウスを作っていたというのは驚きです。

J: 2007年9月にRHCPのツアーが終わった頃には、半分くらい完成してたんだ。そのあとの4ヶ月間は、ほとんどアシッド・ハウスのトラック作りに集中してた。『ジ・エンピリアン』は、2、3週おきに1日くらいしか作業してなかった。いつか完成することはわかっていたけど、べつにどうでもよかったんだ。

俺はトラックにギターを入れるようになったんだけど、オリヴァーはそういうトラックは選ばなかった。

なぜ何枚もソロ・アルバムをリリースしたあとのこのタイミングで、そのアシッド・ハウスのトラック集をリリースしたいと思ったのでしょう?

J: いや、トリックフィンガーのトラック集をリリースするのは、俺のアイデアじゃなかったんだ。じつはリリースされなかったアシッド・ハウスのトラックがまだたくさんあるんだけど、たまたまレーベルを運営してる人が選ばなかっただけなんだよ。アシッド・ハウスのトラックを作った1年後に、友達のアーロン・ファンク(ヴェネチアン・スネアズ)がマスタリングしてくれたんだ。アルバムには8、9曲収録されてるけど、じつは22曲くらい作ったんだ。それをCDに焼いて、20人くらいの友だちにクリスマス・プレゼントとして配ったんだ。あげた人たちはみんな友だちだから、それをネットに上げたりはしない。それで、友だちのマーシーが、アシッド・ハウス・レーベルを運営してるオリヴァーに聴かせたんだ。そしたらオリヴァーがリリースすることに興味をもった。マーシーが、彼のレーベルのレコードを何枚か聴かせてくれて、俺はそれをかっこいいと思った。だから、オリヴァーにOKを出して、彼がどの曲をリリースするかを選んだんだ。俺が焼いたCDには、8、9ヶ月分の曲が入ってたんだけど、たまたまオリヴァーは最初の4ヶ月以内に作った曲だけを選んだんだ。途中から、俺はトラックにギターを入れるようになったんだけど、オリヴァーはそういうトラックは選ばなかった。この作品をリリースするつもりはもともと俺にはなかったから、リリースのアイデアも俺が思いついたわけじゃない。どちらかというと、リリースしないつもりでトラックを作ってたんだけどね。だいぶ前のことだし、俺の歴史の一部だから、みんなに聴かせられるのはうれしいことだけど。

この時期のトラックの後に、あなたのソロ作品でのエレクトロニック・ミュージックとギターやヴォーカルの組み合わせが生まれてきたわけですね?

J:そうなんだ。あの頃のトラックは、まだ俺がビギナーだったし、あまり高い基準を設定してなかったんだ。当時から、メロディのないアブストラクトなエレクトロニック・ミュージックとか、ブラック・サバス的なグルーヴの入ったジャングルを作りたかったけど、まだその技術が俺にはなかったんだ。あの頃がエレクトロニック・ミュージシャンとしての俺の出発点だったんだけど、808ステイトとか、〈Phuture〉からリリースされたものとか、アルマンドとか、80年代のシカゴ・ハウスの連中を模倣しようとしてたんだ。俺が作りたかったタイプの音楽は、まだやり方がわからなかった。でも80年代初期のアシッド・ハウスを真似ることなら、当時の俺にはまだできたんだ。だから、それをやっていた。

エレクトロニック・ミュージックは俺にとって聖域だったし、そのとき俺が演奏していた音楽よりも、レベルが高い音楽だと思っていた。

RHCPに入っていた頃から、シカゴ・ハウスやアシッド・ハウスを聴いてたんですか? もしそうだったら、ぜんぜん予想もしなかったことですね。

J:そうなんだ。当時はインタヴューを受けたときも、あまりそういうことについて話さなかったんだ。エレクトロニック・ミュージックは俺にとって聖域だったし、そのとき俺が演奏していた音楽よりも、レベルが高い音楽だと思っていた。俺が聴いていたエレクトロニック・ミュージックは、クラブで踊るために作られたものか、エイフェックス・ツインやオウテカのように自分をミュージシャンとして高めるために作られている音楽だったんだ。RHCPみたいなポピュラーなバンドだと、レコードを売ることがどうしても第一の目的になってしまう。でも、そういう音楽よりも、エレクトロニック・ミュージックのほうが次元が高いところにあると思った。俺は自分が尊敬するエレクトロニック・プロデューサーの生徒だと思っていたから、あえて彼らの名前を出す立場ではないと思っていたんだ。だから、当時はインタヴューであまり話してなかったけど、1999年にRHCPに戻ったときから、じつはいろいろなテクノ、ハウス、IDMを聴きまくってたんだよ。

誤解を恐れずにいえば、一連のさまざまな取り組みは、ジョン・フルシアンテというギタリストが、ギターという楽器と、ギターによって生み出される音楽とを対象化する作業であるように思われます。あえてギターから遠ざかろうとするように見えるのですが、ちがいますか?
そうだとすればなぜそのようなことを目指すのでしょう?

J: 当時はギターを完全に放棄しようとしてたわけじゃないんだ。あとから徐々にギターを取り入れるようになったんだ。でも、ギターをアシッド・ハウスに入れるんだったら、まずアシッド・ハウスをマスターしないといけないと思ったんだ。いつか、自分が好きな音楽的要素を何でも組み合わせられるようになりたいと思ってたけど、まずは自分が慣れ親しんでない音楽をマスターしたかった。アシッド・ハウス、テクノ、ジャングルを作るには、それなりに時間をかけないといけないし、それができるようになってから、いろいろな要素を融合させようと考えてたんだ。 ギター・プレイヤーというのは、ネックの仕組みとか、指の限界があるから、いろいろな罠に陥りやすい。しかし202、303、101を使うと、ギターのような制限はない。でも当時の俺は、ギターの制限に慣れ親しんでいたから、それを問題だと思ってなかったんだ。アシッド・ハウスを作ることで、自分の音楽的ボキャブラリーと思考プロセスを広げることができたんだ。しばらくすると、マシンを扱うことが、ギターと同じくらいに楽になったんだ。ギターを演奏するのと同じようにマシンを扱えるようになったし、マシンから学んだことを、ギターに応用できるようにもなった。ギタリストの自分と、プログラミングする自分が繋がったんだ。マシンをしばらく使うことで、ギターに由来する典型的なメロディとか音楽的理論に陥らない自分を作り上げることができたんだよ。

ギタリストの自分と、プログラミングする自分が繋がったんだ。ある日突然、アシッド・ハウスを取り入れたロック・スターではないんだよ(笑)。

少しあとから、アシッド・ハウスにギターを組み合わせるようになって、いい曲もできたけど、もともとの目的は一人で音楽を作れるようになることだった。そして、自分が好きな音楽的要素をすべて融合できるようになることだったんだ。でも、アシッド・ハウスの作り方がわからないのに、突然アシッド・ハウスを作って、そこにギターを乗せるような人にはなりたくなかった。『PBX』とか『エンクロージャー』には、アシッドっぽいセクションが曲に入ってるけど、80年代のアシッド・ハウスとはまったくちがうんだ。伝統的なアシッド・ハウスを長年作ってる人が思いつかないようなパートだった。アーロン・ファンクやクリス・マクドナルド、それにザ・ダウトフル・ゲスト名義でリリースしているリビーとコラボレーションでトラックを作ったことがあるよ。スピード・ディーラー・マムズでは、長年いっしょにアシッド・ハウスを作ったこともある。だから、『PBX』や『エンクロージャー』でアシッドの要素を取り入れるというのは、アシッドを長年作った経験のある視点からやってるんだ。ある日突然、アシッド・ハウスを取り入れたロック・スターではないんだよ(笑)。

今作ジャケットのアートワークとして用いられているたくさんの数字は何を意味していますか?

J: 俺は歌詞、アイデアをノートに書き留めるんだけど、全部とってあるんだ。そして曲作りするときに、数値をノートに書き留めないといけないときもある。この時期に使っていたノートには、数字を書き留めたページが何枚かあった。──ロック・バンドと演奏するときは、小節の数を数えながら演奏する必要がないんだな。つまり曲のセクションが終わって、次のパートがどこからはじまるかだいたいわかるんだよ。でもエレクトロニック機材をプログラミングするときは、1小節めから16小節め、17小節めから32小節めの間に何をプログラミングするかを意識しないといけない。いまは意識しなくてもわかることだけど、当時はまだ経験がなかったから、そういった数字を全部書き留めてたんだ。マシンの音が変化するようにプログラミングしないといけなかったんだ。どこからどこまで、どの音を入れたり、何小節めから展開を入れるかとか、そういう数字を書き留めてたんだ。

本作制作の過程や録音時の模様について教えてください。もっともこだわった点、また、もっとも優先したことがらについてもおうかがいしたいです。

J:当時は、それぞれの曲はちがう記事の組み合わせで作ってたんだ。ゼロからの状態で作りはじめて、まずは一つの機材をプログラミングしはじめる。それを別の機材と同期させて、次の機材をプログラミングする。さらに3つめの機材をつなげたり、どんどん音を足していく。一つの機材をプログラミングしてから、もう一つの機材をプログラミングして、2つの機材だけでやりとりができるんだ。既成概念がなくても、機材をいじってる間に、曲ができあがる。テニスとかボクシングの試合みたいに、機材とやりとりしてるような感覚だね。一人でジェム・セッションをしてるような感覚。
 そして徐々にどういう曲にしたいかが見えてきて、そこから機材をソング・モードに変えて作業したりしたんだ。手動でリズム・パターンを変えることもあるし、音を加工させたりもした。エンジニアリングの問題が出てくると、それを自分で解決しないといけなかったし、いつも学ぶことが多かった。ディレイとリヴァーブも何台か持ってるし、Mackieのミキサーも使ったんだ。Rolandのドラム・マシンをいくつかと、Monomachine、Yamaha R8みたいなものも使った。だから、トリックフィンガーの曲ではどれも、いままでやったことがないことに挑戦したかったんだ。しばらくはDIN Syncで機材を同期させてたけど、のちにDin to MIDIコンバーターを入手してから、MonomachineとかYamaha R8とかAkai MPC 3000などのデジタル機材を導入するようになった。DIN SYNCを使っていた頃は、909, 808, 707, 101, 303, 202のみを使ってたけど、途中から80年代半ばの機材も取り入れるようになった。今回のアルバムは、303, 606, 808の使用度が高いね。

オーヴァーダビングがないから、ライヴ・レコーディングみたいなものだった。もちろん、満足いくまで何回かテイクをとったから、厳密にワンテイクとは言えないけどね。

では、今回はコンピュータはいっさい使ってない?

J:そう、いっさい使ってないよ。レコーディングもCDバーナーにしたんだ。

では、ワンテイクでライヴをレコーディングしてるような感じですね。

J: そう、オーヴァーダビングがないから、ライヴ・レコーディングみたいなものだった。もちろん、満足いくまで何回かテイクをとったから、厳密にワンテイクとは言えないけどね。ただ、一人でライヴ・バンドをやってたような感じだったんだ(笑)。

当時からすでにモジュラーシンセも使ってたんですか?

J:そうだね。すべての曲で使ったわけじゃないけど、いくつかの曲では使ってたよ。

イクイップメントやスタジオの環境、アイディアの生まれる環境についてはだいたいそんなところでしょうか。

J:機材はだいたい全部教えたと思うよ。EMT 250、ARP 2500、Doepfer Modular Synthesizer, Roland MC4、Roland 202, 303_, 606, 707, 727, 808, 909も使った。Yamaha R8, Monomachineも使ったね。Machinedrumはたしか使ってなかったと思う。それ以外はあまり使わなかったから、けっこうベーシックなセットアップだった。

マシンからインスパイアされることもあるんですか?

J: マシンを使っていると、事前にアイデアがなくても曲が作れるから楽しいんだ。インプロヴィゼーションで楽器を演奏するのと同じ感覚だよ。トリックフィンガーの曲も、最初はハウスのキックを打ち込むところからスタートして、そこから発展させていった。目の前にある音に対して反応していくうちに、トラックを構築できるんだ。機材をいじっていくうちにアイデアが湧きあがってくる。ポップ・ソングの作曲家の場合は、頭の中にアイデアを思いついてから、それを楽器で演奏するんだけど、そのプロセスとはちがうね。まったくノープランでスタートして、機材をいじっている間にアイデアが見えてくるんだ。メロディが思い浮かんだら、それを202にプログラミングするんだ。でも、202やMonomachineを使って、頭の中のアイデアを形にしていくうちに、想像していたものと、まったくちがう音になることもあるんだ。そういうアイデアがいちばん刺激的だと思う。マシンとの相互作用によって、自分の想像を超えたアイデアが生まれるんだよ。マシンを使ってアシッド・ハウスを作る醍醐味は、最初からアイデアがなくても、曲が作れることなんだ。聴こえてきた音に反応して曲を作っていくんだ。当時は、レコードよりも、とにかくドラム・マシンで作ったシンプルなハウス・ビートが聴きたかった。ドラム・ビートが鳴っていると、それに触発されて別のマシンをいじって、音を重ねていきたくなる。それがとにかく楽しかったね。

いまはコンピュータとトラッキング・ソフトウェアを使っているんですよね?

J:そう。同じ機材を使っているけど、いまは使い方が変わったんだ。いまのほうがドラム・コレクションが増えたんだけど、コンピュータを使って演奏してる。コンピュータを使わずに、606を使ってモジュラーシンセをトリガーさせることもある。ほとんどのドラム・マシンは、コンピュータからトリガーできるから、いままでとはちがう方法でコントロールできるんだ。リズムをずらしたり、ポリリズムを作り出したり、ブレイクビーツっぽいリズムも作り出せるんだ。最初はステップ・プログラミングを学んだけど、そこからマイクロ・リズムを研究するようになったんだ。リズムをずらすことで、もっとキャラクターのあるリズムの作り方を学んだ。コンピュータを使うことで、ドラム・マシンの表現力が広がったんだ。ヴィンテージのRolandのドラム・マシンには、マイクロ・コンピュータが入ってるんだよ。コンピュータを使うことで、ドラム・マシンの脳に入り込んでコントロールできるんだ。機材だけを使っていると、ボタンを使ってプログラミングするしかない。でもコンピュータを使うことで、909に入り込んで、もっと表現力のあるプログラミングができる。909を使って、生のドラマーのようなリズムが作れるんだ。Renoizeのソフトを使って、909の中のコンピュータをコントロールしてるんだ。それがいちばん大きい違いだね。
 トリックフィンガーのそれぞれの曲で、ちがう機材の組み合わせを使ってるんだ。いまは、セットアップは固定されてるし、理想のかたちになったんだ。それもひとつのちがいだね。当時は202を2台持ってたけど、いまは6台持ってるんだ(笑)。当時は303をほとんどの曲で使ってたけど、いまはあまり使わないんだ。

純粋に自分の中にあるエネルギーを表現している音楽が好きなんだ。だからパンクやジャングル、50年代のロックンロール、40年代のカントリーが好きなんだろうな。

他の未発表音源はいつかリリースしますか?

J:このアルバムもそもそもリリースしようと思ってなかったわけだしね。だから、1年後にオリヴァーがまた他の未発表音源をリリースしたいと言ったら、承諾はすると思うよ。でも、自分からリリースしようとは思わない。

最近は何を作ってるんですか?

J:いまは自分のために音楽を作ってるだけなんだ。2013年の12月から、リリースを意識せずに音作りがしたくなったから、しばらくはそのモードで制作してる。ブラック・ナイツの新作が今年リリースされるけど、それは2013年に作ったものなんだ。だいぶ前に完成させたから、もっと早くリリースしたかったけど、5月にリリースされる予定だよ。

最近はどんな音楽を聴いてますか?

J:いつも変化してるよ。最近は音楽を作るときは、サンプリングから作りはじめるんだ。いまはこの作り方がいちばん楽しいし、自由だし、表現力があるんだ。ギタリストとして、俺はいろいろなレコードにインスパイアされたから、RHCPにも楽曲を提供できたんだ。それがなければ、できなかったよ。音楽の歴史を勉強することがインスピレーションになってるんだ。だから、サンプリングをすることで、俺は音楽の歴史を取り入れて、そこからまったく新しい音楽を生み出せるんだ。だから、ギタリストとしてやってたこととアプローチは同じなんだ。サンプリングで心地よく曲を作れるようになるまでしばらく時間がかかったけど、それができるようになってから、自分のソロ作品やヒップホップ作品で多用するようになった。サンプルに対して反応して、そこから曲を作っていくんだ。いまは、とくにアルバムのプランをもたずに曲を作っている。
 それから最近は90年代のジャングルをよく聴いてるよ。あと、80年代のニューヨークで流行ったフリースタイルも大好きなんだ。70年代後半と80年代初期のパンクもよく聴いてるね。ジャームス、ブラック・フラッグ、ザ・ワイパーズ、ミスフィッツみたいなハードコア・パンクのバンドだよ。レコード店に行って、カントリー、フォーク、プログレ、50年代のジャズ、キャット・スティーヴンス、コメディとか、いろいろなレコードを買い漁ったりする。最近ハマってるのは、ジョー・ジャクソンなんだ。幅広くいろいろな音楽を聴いてるよ。ノイズも聴くしね。
 最近、友だちのオーレン・アンバーチがLAにきてライヴをやったのを見たけど、すごくよかった。最近俺が作った曲がノイズの曲だったんだけど、リズムやメロディの要素が入ってないんだ。そういうアプローチも楽しい。ピタ、エクハルト・エーラーズ、ファーマーズ・マニュアルなんかも最近は聴いてるよ。40年代から60年代の音楽を聴くこともあるし、自由でピュアなアプローチで作られてるものが好きなんだ。巧みなものを作ってやろうという意図のある音楽じゃなくて、純粋に自分の中にあるエネルギーを表現している音楽が好きなんだ。だからパンクやジャングル、50年代のロックンロール、40年代のカントリーが好きなんだろうな。有名人になろうとかじゃなくて、純粋に自己表現をしている音楽。だから、ピュアな音楽を聴くことが多い。ミュージシャンがみんな同じ部屋で演奏しているレコーディングが好きだよ。オーヴァーダビングを多用することで、ミュージシャンの技術は落ちたと思うんだ。モダンなバンドは、オーヴァーダビングを多用したり、巧みなエンジニアリングを使って、実際よりも歌が上手いように聴こえさせることができるんだ。そういうバンドよりも、40年代のカントリー・バンドを聴くほうが楽しいね(笑)。

一冊をつかみに - ele-king

大好評発売中! 染谷将太さんが本を手にする表紙が目印、別冊ele-king第2弾は“音楽ファンのためのブックガイド”。「やってみたらほとんどが戦前のものになってしまった……」という編集長テヘペロ号だが、われわれ編集部員もこの本のなかに無数に開いた入口から、ぜひ一冊をつかみにいきたい。素敵な導き手と友人たちにいざなわれて。

4月、読書をはじめましょう。
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表紙には映画『寄生獣』などで注目の染谷将太さんが登場!

別冊ele-king 読書夜話──音楽ファンのためのブックガイド
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■インタヴュー
保坂和志、染谷将太、友川カズキ、寺尾隆吉、佐々木敦、増村和彦(森は生きている)、高城晶平(cero)、山崎春美、湯浅学

■ブックガイド
小説
小島信夫の6冊あまり 松村正人/21世紀の国内文学10 矢野利裕/21世紀の海外文学 石井千湖/終わりから70年目の戦争の4冊 松村正人/1990年代の6冊 矢野利裕

政治、思想、批評と教育
いまだ表現の自由は可能か!? 対談:五野井郁夫×水越真紀/古典と歴史 その読み方 石川忠司/転向論を読み直す 矢野利裕/「学校では教えてくれない」が意味すること 若尾裕/実践により「社会」を読むための5冊

詩と詩人たち
21世紀の短歌研究 永井祐/詩写真 Making Time 辺口芳典

サブ/カルチャー
オラリティー(声)とリテラシー(文字)の相克 三田格/意味もなく内側のスリルだけを頂くための20冊 山崎晴美/失われた音楽書を求めて 大谷能生/シーナ『YOU MAY DREAM』を再読する モブ・ノリオ/映画を観る筋肉 いま発見すべき映画本 樋口泰人


interview with Squarepushaer(Tom Jenkinson) - ele-king

 90年代、エイフェックス・ツインが発見した才能としてまず挙がるのは、マイケル・パラディナスとトム・ジェンキンソンのふたりだが、こと後者に関して格別なインパクトがあったことは、1996年のスクエアプッシャーのデビュー・アルバムの裏ジャケに掲載されたノートを読めばわかる。リチャード・D・ジェイムスは、トム・ジェンキンソンとの最初の出会いについて次のように記している。「次に僕が感じたのは、僕の両耳の骨を同時に打ち、そして10本の大麻煙草をまき散らしながら空気を圧縮し、光速において隣の部屋から伝わるモノフォニック音波のごときファジーなヴァイブだった」
 なんのことだかさっぱりだが、とにかく衝撃だったのだ。


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 トム・ジェンキンソンの、スクエアプッシャー名義としては14枚目のアルバム(編集盤を入れると15枚、カオスAD名義を加えると16枚目の)『ダモジェン・フューリーズ』が4月21日にリリースされる。全曲が、彼自身が開発したソフトウェアによって録音されたアルバムである。
 それがどんな作品になっているのかは、以下のインタヴューをお読みになって、想像していただきたい。ひとつの質問に対して彼の言葉がどれほどまき散らされ、両耳の骨をヒットするのか……発話量だけの問題ではない。速度感が重要だ。それは彼の新作の『ダモジェン・フューリーズ』へと展開される。
 すべての曲は1発録音、すべての曲は彼のオリジナルのソフトウェアによって生まれている。
 これまでトム・ジェンキンソンは、ドリルン・ベース、エレクトロニック・ジャズ、アシッド・ハウスへのオマージュ、架空のロック・バンド……フリーキーに、エキセントリックに、作品毎にいろいろなアプローチを見せている。すべて違ったコンセプトで、これだけたくさんの作品をリリースしていること自体が非凡なことだろう。そのなかにおいても、『ダモジェン・フューリーズ』は異彩を放っている。ある意味悪夢のIDM、強力な幻覚剤としてのブレイクコア……。

僕はこれまでに山ほどレコードを作ってきたわけで──。だからある意味、「どうしてもレコードを作りたい!」って風にまで、必死な気分にはならないんだよな。わざわざレコードを作るに値するとしたら、それは自分自身でも「これはオリジナルなものだな」と納得できる、そういうものを出す時だけだろうって感じているんだ。

この10年、今回のアルバムで使用したソフトウェア・システムを洗練させててきたといいますが、どのようなソフトウェア・システムなんですか?

TJ:オーケイ。まず、複数の異なる要素が集まって成り立っているんだよね。だから、大まかに言えば合成に関わる領域があり、サンプル・プレイバックに関わる領域、そしてソニック・プロセッシングを司る領域がある、と。だから……システムの大きなところはその3つの要素から成り立つと考えてもらっていいし、かつ、その3つの領域はそれぞれまたさらに小さないくつものパーツに伸びてもいる。だから、たとえば合成(シンセーシス)の領域には……まあ、僕は『インストゥルメンツ』と呼んでいるんだけど、基本的には、合成のプロセスを通じて得られるある種のサウンド面での可能性へと僕をアクセスさせてくれる、そういうソフトウェア群があそこには存在している、と。でまあ、そのうちのいくつかは僕からすればかなり独創的と思えるものだけど、またその一方で、伝統的な合成メソッドに即したソフトウェアもあってね。
 というわけで……シンセサイザーを知っている多くの人にとってはごくおなじみでよく使うような、そういった特徴機能も備わっているんだよ。たとえばフィルターだったり、オシレーター・バンクス、エンヴェロップといったものだね。
 とは言っても、僕からすればこのシステムが他とは違う、そう思える大きな点のひとつというのは、システムの制御面においてどれだけ自分に自由が利くかっていうことでね。だからたとえばの話、自分がとある作品に取り組んでいたとして、そこで合成プロセスの可能性の持つ一角だけに、小さな特定のエリアだけに縛られずに済むっていう。僕が何らかのコンポジションをやる時に求めるのは、その楽曲が展開していくのに伴い、自分に可能な限りの柔軟性を持たせるってことだから。でまあ、最初に君に言われたようにたしかに非常に複雑な話であって──。

通訳:(笑)。

TJ:──(笑)。っていうか、インタヴューの一環としてではなく、むしろ一冊の本の主要テーマとして語られてもおかしくないようなネタなんだよ。だからほんと、この場で君に話せるのは、ちょっとしたスナップ写真程度のシステムの概要ってことに過ぎないんだけども。

(中略:紙ele-king vol.16を参照ください)

すべてが一発で録音されたものというのが、興味深く感じられますが。

TJ:まあ……だから、このシステムに関する発想の一部は、これを……ライヴ・パフォーマンスで使えるものにしたいっていう。そう、重要なポイントというのは、このシステムを使うことで僕がコンサートにおいてエレクトロニック・ミュージックを生で演奏できるような、そういうシステムを組むことだったわけだ。というのも、これまで長いこと僕がライヴの場で体験してきたよくある状況ってのは、ソフトウェアに機材の数々、でっかいミキシング卓、それにギター他の楽器群といった諸要素が混ざり合ったものだったし──しかも僕は実質それらを自分ですべて操り、演奏するわけだから、ステージにそれらを持ち込むのが基本的に不可能になってきたっていう。

通訳:ははは!

TJ:いやまあ、やろうと思えば決して「不可能」な話ではないよね? ただ、それをやるのはコスト面で無理というか、それだけの数の機材/楽器をツアーの状況で連日運搬して、しかもちゃんといい音をライヴで出そうとしたら、お金が続かない、無理だよっていう。

通訳:たしかに。

TJ:だから、そこでよく生じるケースというのは……僕個人としては避けたいことなんだけど、やっぱりライヴ・ショウのそこここで妥協せざるを得なかったってことで。だけど、このソフトウェア・システムの重要な点……他にもいくつもあるけど、そのポイントのうちのひとつというのは、僕に可能にしてくれる──僕がスタジオでやっていることをライヴの場にも持ち来らせることができる、そうやってスタジオで使っているのとまったく同じシステムでライヴをやれる、そういうシステムを生み出すっていうことで。
 だから、自分が妥協する必要もないし、何も変えなくたっていい、『ライヴだから』ということでプロセスを単純化する必要もない。スタジオでやるのとまったく同じことをライヴに持って来れる、という。
 でまあ……それらの面を容易にしてくれるのが、システムをコンピュータの内部に構築することだっていう。もちろんとても、とても複雑なシロモノではあるけれど、結局はコンピュータというひとつの「箱」に収まっているわけだよね。だから、オーケイ、自分はこの他にもいくつか機材や楽器をステージに持ち込むけど、でもその中心になる、コアとなるのはコンピュータの内部で走っているシステムなんだ、という。

通訳:スタジオであなたが実際耳にしている、そのサウンドを希釈することなく、可能な限り近い形でライヴの観客にも届けたい、と。

TJ:そうそう、その通り! だから、何も変えなくていい、妥協しなくてもいい。スタジオで僕のやっていることがそのままダイレクトにステージに移し替えられる、と。で、僕はそれってとてもエキサイティングなことだと思うんだよ。それをやりたいと思ってはきたけど、自分のキャリアの初期からずっと、なかなか難しくて実現できなかったことでね。
 というのも、さっきも話したけど、自分のやっていることをライヴで再現するのには大量の機材・楽器の集合体が必要になってくるわけで……いや、だから、そうやって演るのだって全然オッケーなんだよ。それはそれで素晴らしいことだ! と思うし、そういう山ほどの機材を使ってプレイするのは、スタジオにおいては僕としてもいつだって問題なし、まったく気にならなかった。
 ただ、それをライヴのステージに持って行く際には、常にもうひとつの考え方が入り込んでくるっていうのかな、だから、このセッティングが果たして生のステージで機能するだろうか? と。要するに、あれだけの数の機材や楽器類をライヴのたびにあちこち移動させるってのは、単純な話、ほんと、金がかかり過ぎて無理だよっていう。
 そう、というわけで──うん、このシステムは、たとえばいったんボタンを押したら作業がスタートして、一切のサポートなしにある作品を最初から最後まで奏でることができる、そういうものである必然があった。編集もなし、バックアップの音源だの録音済み音源に頼ることもない。助けはゼロ。そうやって何もかもをライヴで、リアル・タイムでプレイするのが可能な、そういうものにしなくちゃいけなかった。そうやって、ライヴの場面で機能するものを求めていたわけだよね。だからこそ、この作品を作る際に僕がスタジオでやったのもそれと同じことだったっていう。要するに、各パートをひとつひとつ分けてレコーディングしていく、各楽器を別個のトラックに録音していった上でまとめる、みたいなやり方ではなかったし、だから最終的なエディット作業だったりポスト・プロダクションもなしの、シンプルなライヴ・テイクだったという。だからこのアルバムは、ほんと、基本的には……僕がライヴ・ギグでやるようなことをそのままスタジオで録音したもの、そういうのに近いんだよ。

通訳:なるほど。

TJ:だから……ああ、ほんと、だからなんだよ、この作品が生まれることになったきっかけというのは。っていうのも、僕は……僕がこの作品を始めた時──これはマジな話だけど、そもそもアルバムを作ろうなんて考えてもいなかったんだよ。最初にあったのはライヴをやるってアイデアだったしね、ってのも、そっちの方がもっとエキサイティングな考えだと自分には思えたし。というわけで、僕は「よし、このソフトウェアを使ってギグをやれるじゃないか」って考え始めたわけど、それを他の連中に聴かせてみたところ、「お前、これはレコーディングすべきだよ」って言われてね。録音しろ、レコーディングに記録しろ、と。

通訳:(笑)。

TJ:いや、っていうか……僕はこれまでに山ほどレコードを作ってきたわけで──。

通訳:ですよね。

TJ:──だからある意味、「どうしてもレコードを作りたい!」って風にまで、必死な気分にはならないんだよな。わかるでしょ? だから、僕は「なんとしてもレコードを作らなければ」みたいに思わないし……わざわざレコードを作るに値するとしたら、それは自分自身でも「これはオリジナルなものだな」と納得できる、そういうものを出す時だけだろうって感じているんだ。そうじゃなければ、別に自分はレコードを出さなくたっていいんだし。


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僕が音楽を作りはじめた頃、金なんてなかったんだよ。洗練された、ちゃんとした音楽作りのツールなんかにアクセスする手段は、当時の僕にはまったくなかったわけ。だけど、僕の中にはいくらでもアイデアがあったし……そういうわけで僕は、手当たり次第に何でも、自分に入手できる/使えるものをすべて駆使して音楽を作りはじめたってわけ。


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荒々しく、ある意味ハードな音楽だと感じました。何か構築されたものを破壊したいという衝動が、あなたにはあるのでしょうか? それともこのハードでスピーディーな展開は、あなたのパッションの表れですか?

TJ:そうだなぁ……まあ、その手の質問って、答えるのに苦労させられるものっていうかな。ってのも、ちょっと考えてもごらんよ、君自身が日常において何かやる時、それらの行為の理由が君にはいちいちはっきりわかっているかい?

通訳:──いいえ(笑)。

TJ:そういうこと、わかるよね? 僕は人間ってのはすべて、そういう側面を共有するものだと思うし……だから誰かが何かをやるのはなぜなのかというのも、おそらく何らかのちゃんとした理由もあるとはいえ、それと共に衝動や無意識下の心の動きみたいなもの、当人でもコントロールの利かないそうした要素とがごた混ぜになったところから来るんじゃないか? と。
 で、これはほんとに正直なところなんだけど、僕としては──このレコードも、そういう風に様々に物事が混じり合った一例になるだろう、そう思う。そうは言っても、これが自分の聴きたいサウンドなのはたしかだし、これがいまの自分の精神状態にフィットする、あるいはこのサウンドはいまの世界で起きている様々な状況にマッチしたものだ、そこは認めるよ。僕としてはこの作品の音はフィットすると思う……うん、現在の世界状況に見合った、あるいはそれに対するリアクションになっている、僕にはそう感じられるサウンドだ、と。
 だからまあ、それがこのレコードで僕がやろうとしたことの理性的な部分になるんだろうけど、その一方で、それだけがこの作品を構成する唯一の要素だ、そう言い切るのは誇張になるだろう、と。だから、たとえば僕があるひとつのアイデアから作品をはじめたとして……そうだな、非常にクリアなアイデアと共に、「こういう作品にしたい」とはっきとわかかった上で作りはじめたところで、それでもその楽曲が完成する頃までには、何らかの異なる要素が混じってくるものなんだよ。
 というわけで、僕は「この作品のありとあらゆるパートは、自分の狙った通りに作られたものだ」なんて風に、嘘をつく気はないっていう。別の何かが音楽に訪れるものだし、それによって自分自身ちょっと驚かされもするわけだけど……でも僕が思うに、コンポーザーとしてはそうした「サプライズ」も役立てるようにするべきだろう、と。そうしたサプライズに出くわした際に生まれる、一種の不思議なエネルギーみたいなものを利用するように努力すべきだろう、そう思う。だから、うん、それが答えになっていればいいけども。

通訳:お話を聞いていると、あなたはガチガチに考え込んで作るというよりも、音楽の流れに任せる、自然発生的な面を大事にしているようですね?

TJ:いやまあ、だから、ひとつだけではなく色んなアプローチを混ぜながらやっているってこと。要するにそのアプローチには様々な幅がある、色んなスペクトラムにわたるものであって、たとえばある音楽ピースについては自分にはっきりしたアイデアがある、その楽曲をどんなものにしたいかが前もってちゃんとわかっている、実際の作業をはじめる前の段階からそれが見えているってこともあるっていう。その一方で、別の楽曲についてはもう、自分でも何をやっているか皆目分からないままにただあれこれプレイしてる、なんてケースもあって(苦笑)。
 だから、そんな風に曲作りのアプローチには幅があるってことだし、でも僕が思うに、おそらくこの新作アルバムは比較的前者に近いもの、プランがあった上で作っていったというのに近いんじゃないかな。要するにもっとこう、理性的な決定に基づいて作っていった作品、という。
 とは言ったって、それでも……やっぱり難しいんだよな。だから自分としても今回は、偶然に生まれた要素や思いもよらない奇妙な出来事、往々にして音楽にスペシャルな側面や個性を与えることがある、そういったものを敢えて遠ざけようとしたっていう。うん、そうねえ、自然発生的な作り方かぁ。
 だけど、たとえばふっと「あ、音楽を作りたい!」って欲望に駆られたとしても、その場ですぐに、思った通りの音楽を作れるってわけじゃないからね。だから、思いつきそのものにのぼせてエキサイトさせられはしたって、実際に音楽を作るアイデアそのものは、やっぱりまとまりがあり、かつ明解なものだっていう。

あなたにとって、音楽は何を描き出すのでしょうか? 先ほどもちょっと話に出ましたが、今回の作品は世界情勢や社会他の状況に対するあなたのリアクションという面があり、影響されているようですね。新作の荒々しくハードな表現やサウンドも今の時代あるいは我々の生きる世界にマッチしていると思いますし、ここでのあなたは現在あなたのいる環境と、それに対して生まれる感情とを音楽で表現しているのかな、と。

TJ:うん、それはその通りだね。いいね。言い得て妙、それ以上うまくまとめるのは僕にも無理だ!

通訳:はははははっ!

TJ:(笑)いやいや、ほんとの話。だからまあ、僕が言いたいのは……うんうん、そうだよ、もちろんここには現在の世界に対する反応がこめられているし、そうだね、今の世の中には僕が怒りを覚えさせられるようなことが山ほどある。だから、作品を通じてその怒りが伝わってくるだろう、そう思う。
 そうは言いつつも……ただ、思うんだよね、音楽というものに対して作り手があらゆる責任を引き受けようとする、それは間違いなんじゃないか? と。ってのも、音楽には何かしら想定外のものが忍び寄ってくるものだし──だから好きなだけ綿密にプランを立てて、理性的に、また論理的にやろうとすることはいくらでもできるけど、実際は常に妙な出来事、予期すらしていなかった何かが音楽に忍び込んでくるわけで……だからなんだよ、音楽のそうした性質も含めて、作り手が音楽におけるすべての責任を負おうとするのはある意味難しいことだろう、と思うのは。
 たとえば僕は、自分が理性のもとに下した音楽的な決定に関しては「自分のもの」だと言えるけど、音楽の中で偶発的に生まれた何かや現象についてまで、自分でやったことだ/自分の責任の範疇だ、なんて言えっこないからね。もちろん、何もそれを「ロジックを越えた超常現象」として捉えるつもりはないけども、そうやってこう、偶然から何かが起きるっていう。うん、面白いものだよね? だから、レコード・スリーヴには「作曲:トム・ジェンキンスン」と記載されているわけだけど、でも──曲の中に含まれる様々な偶然の要素、それはいったい誰が書いたものなんだろう? と。僕が書いたものじゃないのは確かだよ(苦笑)。そうは言ったって、クレジットでは僕のものってことになるし……妙な話だよね(笑)?

僕は、自分が理性のもとに下した音楽的な決定に関しては「自分のもの」だと言えるけど、音楽の中で偶発的に生まれた何かや現象についてまで、自分でやったことだ/自分の責任の範疇だ、なんて言えっこないからね。


機械が作った……ことが今回のアルバムでは重要だと思いますが、今回のような特殊なアイデアは、ここまで来るのに、なかなか骨の折れることだったと思います。ソフトウェア・システムの洗練のために、あなたはどのような努力を積みかさねてきたのでしょうか?

TJ:まあ……自分が何かを学んだりやったことのない何かに取り組む時ってのは、大体同じやり方なんだよね。いや、だから、もしも純粋に面白いから、楽しみのためだけに何かしらプログラムを組める、それだけの時間の余裕があるとしたら、それはいいだろうなぁとは思うんだよ。そうやって、ただ色んな可能性を探ってみる、様々なコンビネーションから何が生まれるのか、音響あるいは計算式の組み合わせからどんなものが出来るか、そうしたことを純粋に探っていくっていう。
 ところが、僕が何かしらプログラムを組む時ってのは大抵──自分の中にある音楽的なアイデアを実現させるためにトライしていく、そういうものなんだよ。だから、楽しみのためだけにやるってことは今まで一度としてなかったし、常に音楽的なアイデアが自分の作業のペースであったり、プログラム作業に求められる要素を規定している、みたいな。だからその結果として、僕は……んー、どうなんだろう? だから自分なりにいろいろと努力はするけど、それは何も学術的な枠組みに従ったもの、とある研究課題にまつわる広範で様々な知識を得ようってことではなくて、とにかく自分にとって有益なもの、自分の求める音響面での試みの数々を可能にしてくれる何か、そこに関して有効なものだけピックアップしながら学んできたっていう。
 たとえば、今ここで何か考えつくとして……そうだね、何らかのサウンドを僕が想像してみるとしよう。何かしら音のキャラクターを頭に浮かべてみて……で、そのサウンドを通じて、そのサウンドを生み出すことのできるようなシステムを頭の中で推定していこうとする、と。だから、サウンドが想像の中に浮かんだとして、オーケイ、では一体どうやってそれを具体化すればいいだろう? と。一発ボタンを押しただけで毎回その音を出せるような、そうしたシステムを作るのに自分はどうすればいいのか? と考えるわけだ。だから、もしかしたらそれって学校で教わるような、正規のアカデミックな学習にも含まれる演習法なのかもしれないけども。
 それでもまあ、僕がそういうシチュエーションにおいて何をやるかと言えば、とにかくプログラミングの環境に身を置いて、サウンドを使っていろいろとプレイしはじめてみる、それらのサウンドを取り込む方法をいろいろと試しながら、それが自分のイマジネーションの中に存在するサウンドにおおよそ近いものになっていくまでとにかくやってみる、という。だから努力はするし学びもするわけだけど、僕はかなりこう、そこには常にゴールが設定されていて、そこに向けて取り組んでいく、そういうやり方で学んでいるんだよ。だから、僕は常に「どうやったらこのサウンドをモノにできるだろう?」、「どうすればこれらのシークエンスを組織的に編成する手法にたどり着けるだろう?」という風に取り組んでいるわけ。どうやったら目標地点にたどり着けるだろう、どうやったらあそこに行き着くだろう、そう考えながらやっているっていう。従って……君に「これこれ、この音はどんな風に生まれるんですか?」って質問されたとしたら、僕には答えられることもあるし、答えられない場合もあるっていう。

通訳:(笑)。

TJ:っていうのも、僕の注ぐ努力、あるいは理解・知識というのはある特定のエリアに集中した偏ったものなわけで、それ以外の領域は僕にしてみたら存在すらしない、と。だから、僕は別に何でもこなせるオールラウンドなプログラマーじゃないんだし……っていうか、それはプログラムに限らず他にも当てはまる話だよね。
 たとえばある特化した分野においては、たぶん自分は世界でもベスト級のことをやっているんじゃないかと思えても、一方でそれ以外の分野については自分にはさっぱり分からん、なんてこともあるわけでさ。ハッハッハッハッハッ! だからまあ、妙な話ってことだけど、うん、だから通常はどうかと言えば、僕は音楽的な発想に引っ張られて色んなことに取り組んでいく、と。それはギターにしても同じ話で、「このギター・プレイについては、たぶん世界中を見渡しても、自分の他にこれ以上のことをやれる人間はあんまりいないだろう」って思えても、それ以外のプレイの仕方なんかについてはもう、それを試したことすらないし、自分には全然わかりません/どうやったらいいかも分かりません、っていう。だから……(苦笑)うん、僕はプロフェッショナルな専門家になることを目指しているわけではないんだし、そうだね、自分にとってはそれはある意味どうでもいいことなんだ。
 っていうのも、教科書なんかに従ってやるきちんとした訓練だとか学習ってのは、均整のとれたプログラマーを育成するって方向にもっと力点が置かれているし……それを楽器演奏の練習に置き換えてみれば、どんなスタイルやシチュエーションにも対応できる、色んな心得のあるギター・プレイヤーみたいなものを作り出すのをより重視するってことになる。だけど、僕はそういう人間じゃないんだ。僕はただ、自分にとって重要だと思えるアイデア群、そこに向かっていくだけのことだし、そのアイデアに関わりのないような、あるいは何の結果ももたらさないようなことだったら、それを学びたいなんて毛頭思わない。まあ、それにしたって単純に、違う時期ならまた話は別ってことなんだろうけどね。余裕があったらやってみたいとは思うけど、でも、自分には目標以外の何かに費やす時間がないっていう。だからまあ、そういうわけで今の自分がいる、と。
 だけど……教本やマニュアルを読みふけるのって、時に邪魔になることもあるわけじゃない? だから、むしろ本を放り出すってのもたまにはアリだし……そう、ほとんどもう、楽器を演奏する際にインプロをやるのに近いけど、プログラミングについても即興はできるってこと。そうやって、試しに色んなものを放り込んでスピーディーにひとつにまとめてみる、と。
 というのも、僕のプログラミングっていうのは……これまで自分の仕事を例にとって、「これがプログラミングの仕方です」って風に提示したことは一度もないんだよな。ってのも、本当に悲惨でしっちゃかめっちゃかだから。ただ、そうではあっても自分の作品に関しては有効なプログラムなんだよ。要するに、それらのプログラミングは僕がやりたいと思ったことをその通りにやってくれるし、結局、自分にとって重要なポイントもそこだけっていう。だから、もっともエレガントで、プロフェッショナルな出来で、かつ商業的にも成り立つような、そういうシステムを作るのが目的ではないってこと。とにかく僕がやりたいと思ったことを僕にやらせてくれる、そうしたシステムを作り出すのに尽きるんだ。


今の若い子たちが作っている音楽を聴くと、どれも同じ、均一化したソフトウェアで作られている。みんな同じソフトウェア、同じサウンドを使っているわけで……その状況に、正直僕は憂鬱にさせられるね。僕がエレクトロニック・ミュージックをやりはじめた、エレクトロニック・ミュージックに惹かれたそもそもの理由の一部には、なんというか、あの「冒険のスピリット」ってのがあって。

あなたがソフトウェアの開発に可能性を見いだした背景について教えて下さい。それがエレクトロニック・ミュージックが前進する道だと考え方らですか? あるいは、ソフトウェアや機材が均一化しつつある時代において、あなたなりの挑戦であると受け止めるべきなのでしょうか?

TJ:それは……まあ、これもまた、今まで話してきたのと同じように「どちから一方、ひとつだけ」って風には答えられない話なんだけど……だから根底にあること、っていうかそれについて僕が考えることのひとつに……僕が強く異議を唱えることのひとつに、「音楽作りのマーケット化」ってことがあってね。
 それはどういう意味かというと、今の時代、音楽を作る人びとは『この最新の商品を買わなくちゃ』って風に駆り立てられているわけだよね? それはもちろん、ソフトウェア製造会社、あるいは楽器メーカーによるマーケティング・キャンペーンが拍車をかけているんだけど……特に若いミュージシャンの場合がそうなんだけど、彼らはどういうわけか、新しい音楽を作り出す、今風で……そうだね、そこにファッショナブルなって要素も加わるんだろうけど、そういったトレンディで新しい音楽を作るためには、この最新の楽器、あるいはこの最新のソフトウェアをゲットしなくちゃダメなんだ、そんな風に感じるように仕向けられている。
 で、それらの最新商品を持っていないと、それはその人間にとって不利にさえなる、と。で、僕からしてみれば、どの会社もある種のミュージシャンをそうした商品の広告に起用しているのって、とどの詰まりは「もしもあなたがこのミュージシャンみたいになりたければ、我が社の商品を買うに限ります」って言ってるようなものじゃないか、と。「彼みたいなサウンドを作りたいなら、我が社の製品を買う必要があります」、「これこれこういう音をやりたいなら、その手段は当社製品を購入することです」……って具合だね。で、僕自身が出て来た状況がどういうものだったかと言えば、僕が音楽を作りはじめた頃、金なんてなかったんだよ。洗練された、ちゃんとした音楽作りのツールなんかにアクセスする手段は、当時の僕にはまったくなかったわけ。だけど、僕の中にはいくらでもアイデアがあったし……そういうわけで僕は、手当たり次第に何でも、自分に入手できる/使えるものをすべて駆使して音楽を作りはじめたっていう。だから……だからなんだよな、さっき言ったような現状のからくりに対して、僕がある種の不快感を覚えるのは。
 っていうのも、今の状況って、人びとが自分自身の想像力を使うことを助けてはくれないからね。そうではなく、人びとがサイフを引っ張り出してお金を吐き出すのを奨励するシステムっていう。いやほんと、思うんだよ、ああいった金儲けの仕方、消費の奨励っていうのは……だから、それはある会社が資金を求めているからだし、その根拠はビジネスを続ける、彼らが企業として存続していくためっていう。彼らが大金を求めるのは、人びとが音楽を作るのを助けるためではなくて、自分たちのビジネスを維持するため、と。だからある意味、そのシステムを信じる、それに乗っかってソフトウェアだのを買うのって、自分自身のためではなく他の誰かさんの要求に応じ、それに奉仕することでもある、という。
 だからまあ、これはあくまで僕の個人的な反応だけども、僕としては……そのからくりから何としてでも自分は逃れなければいけない、それは自分の義務だ、とすら感じるんだよね。で、そこから逃れる方法として僕にあるのは……いやまあ、もちろん僕だって、自分がそこから完全に逃れるのは不可能だという、その点は承知しているんだよ。というのも、僕だってこの、商品化された音楽に基づくシーンで活動しているわけだし、うん、僕はレコードを売って生活してる。それは事実だ。
 で、それはもちろん、買う側の人びとの求めるものに左右されもするわけだけど…………でもまあとにかく、そこにはもうひとつ、異なるアングルも存在していてね。これはここ10年くらいの話だと思うけど、ある種の古い楽器がほとんどもう、高額なアンティーク商品みたいになりつつあるっていう。フェティシズムの対象でも、あるいは非常に欲望値の高いオブジェでも、それをどう呼ぼうが構わないんだけど、それらのマーケットが伸びてきている。特に今で言えば、これはヴィンテージなギターやドラムといった古い楽器に限らず、昔のシンセサイザーも含むんだけど、ある種の古いシンセがものすごい額で取引されているんだよ。で、それもまたさっき話したメンタリティの顕われというのかな、「オーケイ、気の利いたソフトウェアを使って音楽を作るのもいいだろう。でも、もしも君が本物のサウンド、れっきとしたサウンドを求めているのなら──正真正銘のリアルなサウンドを手に入れたいのであれば、5千ポンド、1万、1万5千ポンドくらい支払わなければいけない」っていうね。その、アンティークな楽器にそれだけの金額を費やすっていう。
 で、僕から見ればそれってのは、さっきと似た話になるけれども、アンティーク商やコレクターたちのマーケットを潤している、彼らにミュージシャンたちが奉仕しているって風に映る。だけど実際の話、ヴィンテージ楽器を使わなくたって他の物を使って同じことはやれるんだし、別にどのシンセを使おうが可能なんだよ! 
 だから、元々の音楽的なアイデアさえ強力だったら大丈夫、問題になるのはアイデアがストロングか否か、そこだけだっていう。だから、この件についての僕のステートメントはそこになるね。
 というのも、僕は今のミュージシャンたちの多くは、マーケット主導なクソみたいなたわ言の数々によって間違った方向に引っ張られているなと感じるし、実際そのせいでミュージシャンたちは自ら、自主的に考えることをやめてしまったように思える。だけど大切なポイントっていうのは、君自身の持つイマジネーションや思いついたアイデア、君の中から自然に沸き上ってくる何かであり、そうした根本的な事柄こそが音楽においては重要なんだ、と。
 で、それらの頭に浮かんだアイデアをどうやって具体化させていくか? そこに関しては、まず自分でメソッドを選択すること。うん、メソッドをひとつ選ばなくちゃいけないね。ってのも、今言ったように、アイデアそのものが強力であれば、ある意味、いくつもメソッドを検討しなくたって構わないんだよ。レコードを聴く際に人びとが重視するのもそこだし、その音楽の背後にあるアイデアがどれだけストロングか? だからね。
 で……うん、それにまあ、質問の中で君が正しく指摘していたように、今の若い子たちが作っている音楽を聴くと、どれも同じ、均一化したソフトウェアで作られているっていう。みんな同じソフトウェア、同じサウンドを使っているわけで……その状況に、正直僕は憂鬱にさせられるね。
 っていうのも、僕がエレクトロニック・ミュージックをやりはじめた、エレクトロニック・ミュージックに惹かれたそもそもの理由の一部には、なんというか、あの「冒険のスピリット」ってのがあって。努力を重ねるスピリット、そして様々なことを探究していく精神というのかな、だからこう、ある種の奇妙な……メカニカルなロボットの世界とでもいうのか、未知の世界へと果敢に伸びていく小道とでもいうか、そういった感覚が僕にとってのエレクトロニック・ミュージックの魅力だったんだよ。だから……うん、それは僕には魅惑的に思えた。
 ところがそれが、いつしかこう……クリシェの並ぶ陳列室みたいなものになってしまってね、うん、僕はそれってとても悲しい現状だなと思うよ。だから、そう、このシステムを開発することにした、その動機にはいろいろとあるわけだし、いくつものファクターが絡んでいるけども、今言ったようなことも、そのうちのひとつだってこと。


■来日情報!

5/15 (FRI) 恵比寿 The Garden Hall

5/16 (SAT) 京都 The Star Festival



Jim O’Rourke Simple Songs
Drag City / Pヴァイン

Tower HMV Amazon

 サイト・トップをジャックしたあの「ヘンな」告知動画、いかがでしたか。なかなか全貌が明らかにならないジム・オルーク(Jim O'Rourke)13年振りとなるヴォーカル・アルバム『シンプル・ソングズ(Simple Songs)』、本日はジャケ写が公開になった模様。5月15日には日本先行発売となる。また新たなアー写も公開されている。長らくおなじみだったカヒミ・カリィ氏による写真も素敵だったが、廃棄物のようになっているジム・オルークもロマンチックだ。

 また、アルバムと同日発売を予定している『別冊ele-king ジム・オルーク完全読本 ~All About Jim O'Rourke~』の初刷版には、なんと!? 今年、赤塚不二夫・生誕80周年イヤーとしてさまざまな企画を展開するフジオプロとのコラボが実現!! (こっちが本題なのだ!?)

 ジム・オルークが赤塚キャラ化された特別描き下ろしのイラスト・ポストカードが綴じ込みで付いてくるぞ。

 今回はそのシルエット画像のみ特別に公開。以前より赤塚不二夫作品に親しんできたジム・オルークだが、これはファンならずとも大注目のイラストになるだろう。
 初版分のみですので、ぜひぜひご予約ください。


フジオプロ×ジム・オルーク シルエットなのだ!?

新たに公開されたアーティスト写真

■別冊ele-king  ジム・オルーク完全読本 ~All About Jim O'Rourke~

編集:松村正人
判型:菊判 / 160頁 *予定
ISBN:978-4-907276-32-4
価格:本体1,700円+税 *予価
発売:2015年5月15日

本人監修の“世界でもっとも完全に近い”ディスコグラフィも収録! 全キャリアとともに90年代~2000年代の時代精神までもを振り返る

1999年にリリースした『Eureka(ユリイカ)』は先鋭化と細分化きわまった90年代音楽の粋を集めた作品であっただけでなく、その実験とポップの相克のなかにつづく2000~2010年代のヒントを散りばめた、まさに世紀を劃す大傑作だった。
このアルバムでジム・オルークはシーンの中央に躍り出た。多面的なソロワーク、秀逸なプロデュースワークに他バンドへの参加、映画音楽にゆるがない実験性を披露した電子音楽の傑作群、さらに2006年来日して以降の石橋英子や前野健太とのコラボレーション――以降の活躍はだれもが知るとおりだ。
そして2014年5月、ジム・オルークは個人名義の「歌ものアルバム」を発表する。そこには『ユリイカ』以後の年月に磨かれた何かが凝縮しているにちがいない。
それについて訊きたいことは山ほどある、というより、このアルバムを聴き尽くすこと、ジム・オルークを多面的に知ることは音楽の現在地を知ることにほからない、のみならず、おしきせの90年代回顧を覆す問題意識さえあきらかになるはずだ。

■ジム・オルーク、新作『シンプル・ソングス』を語り尽くす~超ロング・インタビュー
気鋭の批評家たちによる新作大合評
■石橋英子、山本達久はじめ、バンドメンバーおよび関係者が語るジム・オルーク
■どこまで行けるか! ジム・オルーク「完全」ディスコグラフィ
■ジム・オルークを多面的に考察する論考集
■ジム・オルークを語った過去記事の再録も

一冊まるごと、ジム・オルークづくし!


interview with QN - ele-king


QN
New Country

SUMMIT

Hip Hop

Tower HMV Amazon iTunes

 以下に掲載するのは、紙版『ele-king Vol.7』(2012年10月20日発行)のQN(現・菊地一谷)のロング・インタヴューの後編、あるいは番外編である。雑誌のほうでは、自身がリーダーを務めていたヒップホップ・ポッセ、シミラボからの脱退の真相やノリキヨとのビーフ、これまでの彼自身の歴史といったディープな話を赤裸々に語ってくれている。

 そういうこともあって、ここに掲載するインタヴュー記事は音楽的な話題に絞ることができた。新しい作品を作るたび、変化と成長を楽しむようにフレッシュなサウンドに挑戦しつづける、ラッパー/プロデューサー、QN/菊地一谷。当時21歳だった若き音楽家が語った言葉は、過去・現在の彼の音楽をより深く聴くための手助けになるのではないだろうか。

 デート・コース・ロイヤル・ペンタゴン・ガーデン(以下、DCPRG)が2012年に発表した『セカンド・リポート・フロム・アイアン・マウンテン・USA』へのゲスト参加や彼らとのライヴ、同年6月に発表したサード・アルバム『New Country』やラウ・デフとのニュー・プロジェクト〈ミュータンテイナーズ〉の興味深いコンセプトについて語ってくれている。最新インタヴューとあわせて楽しんでほしい。

■菊地一谷 / きくちかずや
またの名をQN。2012年までヒップホップ・クルーSIMI LABに在籍。数多くのストリート・ネームを持ち、楽曲も多数手掛けてきた異才にして、理解され難い行動や言動でも記憶されるプロデューサー/ラッパー。前作『DQN忠臣蔵~どっきゅんペチンス海物語~』リリース後、菊地成孔プロデュースによる女優・菊地凛子の「Rinbjö」名義でのデビュー・アルバム『戒厳令』へも参加。2015年、音楽活動を再スタートさせることを宣言し、客演にSEEDA、菊地成孔、NORIKIYO、MARIA、RAU DEF、GIVVN(from LowPass)、田我流、菊丸、高島、北島などを迎えてのアルバム『CONCRETE CLEAN 千秋楽』をリリースした。

きっかけはトロ・イ・モワでしたね。あそこから、アニマル・コレクティヴとかムーとかヤー・ヤー・ヤーズを聴くようになって。あと、ジ・エックス・エックスとか。


DCPRGの『セカンド・リポート・フロム・アイアン・マウンテン・USA』のなかの2曲に、シミラボはゲスト参加してますね。“UNCOMMON UNREMIX”、あれはラップを録り直してますよね?

QN:あれは録り直してますね。

DCPRGは、70年代初期のエレクトリック・マイルスに強く影響を受けているバンドですよね。QNくんやシミラボのラッパーの柔軟なリズム感がDCPRGのポリリズミックなリズムとハマってて、すごいカッコイイですよね。実際やってみて興奮しました?

QN:すげぇ興奮したっすね。〈ageha〉のライヴ(2012年4月12日に行われたDCPRGのアルバムの発売記念ライヴ)も良かったですね。 “UNCOMMON UNREMIX” と“マイクロフォン・タイソン”はもちろんやったんですけど、最後にアンコールで、“Mirror Balls”の生演奏に“The Blues”のラップを乗っけたのがとにかく記憶に残ってますね。あれは、テンション上がったっすね。

それは菊地さんのアイデアだったんですか?

QN:そうっすね。

菊地さんから録音やライヴのときに、「こうやってほしい」みたいなディレクションはありました?

QN:いや、とくに何も指示されてないっす。すげぇ自由にやらせてくれたっすね。「もう好きにやって」みたいな。

オファーのときに、シミラボへの熱いメッセージはなかったんですか?

QN:それはもちろんあったっすね。でも、ちょっと覚えてないっす(笑)。とにかく、シミラボをすごい気に入っていて、応援してるっていうのは言ってくれてましたね。で、オレらもなんとなくイヤな気がしなかったんです(笑)。直感ですね。

菊地さんのことは知ってました?

QN:いや、ぜんぜん知らなくて。

はははは。そうなんだ。シミラボの他のメンバーも?

QN:知らなかったですね。

じゃあ、DCPRGの音楽を聴いて、やろうと決めた感じですか?

QN:そうですね。音を聴いて、これだったらおもしろいものができるなって。ただ、個人的にはもうちょっとできたかなとは思いますね。

なるほど。ところで、『New Country』はこれまでの作品に比べて、ベースとビートが強調されて、よりグルーヴィになった印象を受けました。すごくいいアルバムだなって感じましたし、はっきりと音楽的飛躍がありますよね。

QN:そうですね。まぁ、シリアスなアルバムだとは思いますけど。なんて言うか、ヘイトしているわけじゃないんですけど、ヒップホップがすごい好きだったぶん、それ以外の音楽にもっと触れたくて、去年はずっとロック系の音楽を聴いてました。最近のロックは普通にMPCが使われていたりするから、それは自然な流れでしたね。チルウェイヴとかオルタナティヴ・ロックとかを聴くようになったんです。きっかけはトロ・イ・モワでしたね。あそこから、アニマル・コレクティヴとかムーとかヤー・ヤー・ヤーズを聴くようになって。あと、ベタですけど、ジ・エックス・エックスとか。ヒップホップだと、キッド・カディですね。すごいいいですよね。こういうやり方もあるのかって、影響受けましたね。キッド・カディはヒップホップだけど、なにかちょっと他の音楽も入ってる感覚があって。

キッド・カディはオルタナティヴ・ロックとかサイケデリックの要素もありますもんね。あと、歌詞が内省的ですよね。

QN:そうっすね。かなり内省的ですね。そうやっていろんな音楽を聴いていたのもあって、ネタ掘りが変わってきたんです。有名どころですけど、マイク・オールドフィールドの『チューブラー・ベルズ』にもハマって。『エクソシスト』の主題歌の原曲を弾いてるイカれてる人ですよね。あと、カンとかキャプテン・ビーフハートとか。オカモトズのレイジと彼の友だちの副島ショーゴっていうまじ熱いDJといろいろ情報交換してたんですよね。そのDJはオレの1コ下でとにかくヒップホップが詳しくて、オレはその頃ロックに興味持ってたんで。


結果的に、トーキング・ヘッズにたどりついて。

それは、前作『Deadman Walking 1.9.9.0』を制作しているぐらいの時期ですか?

QN:そうすね。で、結果的に、トーキング・ヘッズにたどりついて。

トーキング・ヘッズ! どのアルバムですか?

QN:アルバムはひととおり持ってるんですけど、衝撃だったのは、『ストップ・メイキング・センス』っていうDVDでした。あれを観て、「わおー!」って思って。とくに好きな曲は“ジス・マスト・ビー・ザ・プレイス (ナイーヴ・メロディ)”ですね。わかります?

いや、その曲、わからないです。

QN:あとはトム・トム・クラブとかにやられましたね。『New Country』を作るきっかけは、わりとトーキング・ヘッズにありますね。

それは興味深い話ですね。トーキング・ヘッズのどこに魅力を感じました? ファンクとロックを融合した音とか、いち早くアフリカ音楽にアプローチしているところか、いろんな側面がありますよね。

QN:そうっすね。いろいろありますけど、これはもうヒップホップだなって思ったんです。だから『New Country』は、オレの勝手なイメージですけど、質感的には、トーキング・ヘッズを意識したんです。そういうのもあって、バンド編成みたいなニュアンスでトラックを作ろうって考えたんです。

Talking Heads “This must be the place (Live: Stop Making Sense)”


『Deadman Walking 1.9.9.0』にもコーラスの女性ヴォーカルや、ヴァイオリン奏者、ギタリストが参加していますよね。シンセを弾いてるサドラーズ・ウェルズっていうのは、たぶんQNくん本人じゃないですか?

QN:あれはオレですね。サンプリングで作っている以上は、要はある意味で、他人の音楽をパクッてるのに近いじゃないですか。これまでは、まあ、盗むっていう発想だったんです。『New Country』は、ギター、ドラム、シンセ、ベースがいて、ラッパーのオレが前に出ているっていう大体5人組ぐらいのバンド編成のつもりで作ったんすよ。そこに、フィーチャリングでたまにホーンが入ってきたりするっていう。でも、基本的にはギター、ドラム、シンセ、ベースをイメージしてサンプラーをいじってましたね。あとちょっと、オレのひねくれが出ちゃって、昔のドラム・マシーンみたいな荒れてる音にしたりもしてますね。


ヒップホップから離れようと思ったら、逆にヒップホップでありたいと思ったというか。

トーキング・ヘッズをはじめ、いろんな音楽に耳を傾けたのが大きかったんですね。ジ・XXを聴いてるってことは、UKのベース・ミュージックも聴いてました?

QN:それは大きかったっすね。去年はもうUKに行こうかなぐらいでしたよ。

そこまでだったんだ。UKのベース・ミュージックのどこに魅力を感じました?

QN:「踊れるなー」ってとこがデカかったっすね。

でも、『New Country』はそこまで思いっきりダンサンブルでもないよね。

QN:まぁ、そうっすよね。1、2、3曲めまでは踊れる感じだとは思いますけど。ヒップホップから離れようと思ったら、逆にヒップホップでありたいと思ったというか。いざ離れてみたら、やっぱヒップホップだなっていう感じになって。『New Country』はバンド編成のイメージといっても、すげぇヒップホップに向き合いましたね。向き合ったって言うと堅苦しいんですけど、思い出して作ったっていう感じですかね。1年間、ロックばっか聴いてきたぶん、なんかちょっと振り返るじゃないですけど。

『New Country』は全曲、QNくんがプロデュースしてトラックを作っていますよね。これははじめてのことで、ひとつの変化ですよね。理由はあったんですか?

QN:そうっすね。シンプルに考えて、必要だと思ってる人だけを呼びましたね。いろんなラッパーに参加してもらってますけど、ビートは全部自分で作りたかったんです。コンセプトが自分の中に強くあったのと、自分の等身大のアルバムを作りたかったので。

QNくんはほんとにハイペースで作品を発表しつづけてますけど、『New Country』はいつから作りはじめたんですか?

QN:『Deadman Walking 1.9.9.0』のリリースが去年の12月だから、『New Country』のビートは12月から4月ぐらいまでに作りましたね。マスタリングの日までレコーディングしてて、超やばかったっす(笑)。『Deadman Walking 1.9.9.0』を作ったあと、思った以上にイメージがわいてきて、リリースする予定はなかったんですけど、1月の段階で7曲ぐらいできちゃったんです。なんかすげぇミニマルっていうか、音数が少ないものができてきて。

音数が少ない、ミニマルというので思い出したんですけど、『New Country』のいくつかの曲を聴いて連想したのは、バスタ・ライムスの“プット・ユア・ハンズ・ホウェア・マイ・アイズ・キャン・シー”だったんですよね。

QN:あー、なんとなくわかります。

Busta Rhymes “Put Your Hands Where My Eyes Can See”

あと、古くて新しい音の質感とかちょっとひねくれたサンプリングのセンスとか、RZAのソロ作の『バース・オブ・ア・プリンス』とかRZAの変名のボビー・デジタルに近いものがあるなぁと。

QN:もしかしたら、それは近いっぽいっすね。わりと。そうかもしれないっすね。『ボビー・デジタル・イン・ステレオ』はたまたま聴いてたっすね。フランス語かなんかのスキットがすげぇ好きで。

『New Country』にはこれまでの作品に比べて、ファンクを強く感じたんですよね。個人的に僕はいままでのQNくんのアルバムでいちばん好きです。本人的にはどうですか?

QN:ほんとっすか。うれしいっすね。ただ、ファンクももちろん好きっすけど、でも意外とファンクっていう気持ちはなかったかな。うれしいことなんですけど。


オレは大人にはならないんで。それはもう考えないようにしてる。

ところで、QNくんはこれまで大人なることを拒絶するような態度をラップで表現してきたと思うんですけど、いまはどうですか? “Better”でも「まだ自分はクソガキだ」ってラップしてますけど。

QN:ああ、『Deadman Walking 1.9.9.0』までは、もう大人になんのか、なっちゃうのか、みたいな感じだったんですけど、『New Country』ではもう開き直ってますよね。“DaRaDaRa”でも「誰がオレをこんなにした? 誰がオレをこんなにアホにした?」とか言い出しちゃってますし(笑)。けっこう開き直ってるんすよ。

QNくんにとって大人になるっていうのはどういうことですか?(笑)

QN:いやー、難しいっすねー(笑)。オレは大人にはならないんで。それはもう考えないようにしてる。

大人になるというのは、QNくんにとってネガティヴな意味合いがあります?

QN:いや、ぜんぜんネガティヴだとは思ってないっすけど。

でも、大人に対する反発心みたいのを強く感じますけどね。

QN:それは、自分にウソをつきたくないっていうのがいちばん近い感覚かもしんないっすね。もちろん尊敬できる大人もたくさんいるんですけど。いままでは、普通や常識をいちおう見て知っておかないと自分がいい方向に行かないんじゃないかって思ってたんですよ。でも、シミラボを辞めるタイミングあたりで、「それは違うよな」って思ったんです。ありのままの自分を認めていかないと、どうすることもできないなって。だから、オレはいまヒップホップもすげぇわかりやすいものが好きですね。自分が好きな90年代のヒップホップがあらためてフィードバックしてきてる感じがありますね。


これまでの自分は何かを演じていないと自分を維持できないタイプの人間だったのかなーって思うんです。でも、このアルバムあたりから、普通に自分のいろんなものを認めてやれるようになった気がしますね。

それと、『New Country』のクライマックスの、“Better”“船出~New Country~”“Flava”の3曲がとくにそうかもしれないけれど、リリックも明瞭に聴き取れて、言葉を伝えようという意識を感じました。

QN:自分の言葉でラップするというのを意識して、それができたのかなとは思います。やっと自分の言葉に消化して表現することができはじめてきたかなって。まだまだ煮詰められるとは思いますけど。『New Country』は、ほんとにすっげー勢いで作ったんですよ。朝から夜まで1日で3曲とか作って。ほんと余計なことを考えなかったっていうことっすね。

勢いもあるんでしょうけど、コンセプチュアルなアルバムでもありますよね。

QN:ほんとそうだと思うんす。でも、ぶっちゃけ後付けですけどね。というか、後付けもなにも、2、3ヶ月の間に自分に起きた現象が全部の曲に自然とはまったんです。それはじつは自分でもけっこうびっくりしてるっていうか。それだけ歌詞がたぶんスマートに出てきたってことだと思いますね。

アルバムのタイトルを直訳すると、“新しい国”ですよね。この言葉が意味するところはなんですか? QNくんのなかにイメージとかあったりします?

QN:そうっすね。どうなんだろ? タイトルどおり、自分の理想郷の話っすね。「ほんとはこうだったらいいのに」みたいな話でもありますね。ただ、『New Country』は、自分で言うのもなんですけど、ほんとにヒップホップのアルバムだと思ってて。ラップもフッド・ミュージックに近づいたっていうか。ラップのフロウの取り方も雑って言えばすごい雑で、細かいって言えば細かいっていう。そういう感じとか、ちゃんとオリジナルのヒップホップに近づいたのかなっていう気はしてますね。いちばん自分らしいアルバムになったんじゃないかなって。これは超イルな発言なんですけど、これまでの自分は何かを演じていないと自分を維持できないタイプの人間だったのかなーって思うんです。でも、このアルバムあたりから、普通に自分のいろんなものを認めてやれるようになった気がしますね。大げさなこともたぶん言ってないし、自分の中にあるもので表現できたかなって。

なるほど。

QN:あと、『New Country』を制作してるあいだ、人との関係とかいろいろシャットアウトしてたっていうか。それぐらいの気持ちになっちゃって。他の音楽とかぜんぜん聴かなくなって。そうじゃないと自分がもたないぐらいの現象が起きてて。とにかくアルバムを作ることしか考えられなかったですね。しかも、自分が作ったものに納得できなかったりもして。まあ、生々しい感じでした。


もう変えてますね(笑)。ヘルメスって名前に。でも、もう変えないっすね。次の名前で終わりっす。それを末永く使おうかと。

ところで、QNって名前を変えるって話を聞いたんですけど、ほんと?

QN:いや、もう変えてますね(笑)。ヘルメスって名前に。でも、もう変えないっすね。次の名前で終わりっす。それを末永く使おうかと。でも、なんかいま、女の子に訊くと、たいがい「QNの方がいいよ」って言われるんですよ。「ヘルメスっていうのヘルペスみたい」って。

はははは。じゃあ、変えないほうがいいよ。名前を変えると、せっかくQNで有名になったのにもったいないよ。

QN:そうですよね。だから次で最後かなって。名前を変えたら、ツイッターのフォロワー200人ぐらい減っちゃって(笑)。

このタイミングで普通はQNって名前は捨てないですよね。

QN:そうっすよね。でも、オレが新しい動きをして、それについて来れなかった人だけがたぶんフォロー外してるんだろうから、それはそれでいいかなって。完全強気っす。

強気だなぁ。

QN:はい。あと、オレら界隈でいま、ミュータントっていう言葉が流行ってるんですよ。シミラボも最初は街に黒いシミができて、その黒い液体が人の形になって、音楽を作りはじめるっていうストーリーがあったんです。要はSFなんすよね。ミュータントって突然変異体って意味ですけど、もともとは差別用語だったと思うんです。奇形児とかをミュータントって呼んだりして。べつにオレはハードな環境で育ったわけじゃないけれど、社会不適合者っていう意味ではミュータントなんじゃないかなって。でも、社会不適合者とかミュータントは特別な能力を持ってる人たちなんじゃないのかなって。

なるほどー。

QN:で、ミュータントとエンターテイナーを掛け合わせて〈ミュータンテイナーズ〉ってレーベルを立ち上げたんです。俺とラウ・デフがまとめたグループ名でもあるんです。いまはその新しいプロジェクトでアルバムを制作中っていう感じですね。


出版不況があたりまえのこととなり、ベストセラーとそうではない本の二極化が進むなか、それでも書店には本を特集した、本のための本が多く見受けられるのは、消えつつあるものへのノスタルジーなのでしょうか?

この本はそうは思いません。本という「メディア」がつねに再考されるのは読者の動機をこえる「体験」を「読む」ことがもたらすことにあります。
本書ではまずもってそのような本を探し求めます。一見してカタログ風ですが、この本は利便性だけを追究するものではありません。

2015年を映しながら、しかしことさら現在にこだわらないことによって過去より現在を腑分けする「読む」こころみを、ぜひ本書を開いて探してください。

〈目次〉
第1章
■小説■
音楽と本の関係 高城昌平(cero)インタビュー 聞き手:磯部涼
タルホ座流星群ふたたび 増村和彦(森は生きている)インタヴュー 聞き手:野田努
世界の外に立たない思考 保坂和志 インタヴュー
小島信夫の6冊あまり 松村正人
メタフィクションの功罪とパラフィクションの現在 佐々木敦インタヴュー
アンケート 私の3冊 湯川潮音
21世紀の国内文学10 矢野利裕
小説のマジカルタッチ ラテンアメリカ文学の世界 寺尾隆吉インタヴュー
21世紀の海外文学 石井千湖
終わりから70年目の戦争の4冊 松村正人
1990年代の6冊 矢野利裕

第2章
■政治、思想、批評と教育■
いまだ表現の自由は可能か!? 対談:五野井郁夫×水越真紀 松村正人
アンケート 私の3冊 寺尾紗穂
古典と歴史 その読み方 石川忠司
強制と自発のアレンジメント 転向論を読み直す 矢野利裕
「学校では教えてくれない」が意味すること 若尾裕
実践により「社会」を読むための5冊

第3章
■詩と詩人たち■
21世紀の短歌研究 世界の底の13歌集13首 永井祐
渇きを癒す書物 満員電車を見送る方法 友川カズキインタヴュー
詩写真 Making Time 辺口芳典

第4章
■サブ/カルチャー■
貫読のススメ 画竜点睛を欠くことの心得 湯浅学インタヴュー
結末は最後まではわからない 染谷将太インタヴュー
オラリティー(声)とリテラシー(文字)の相克 三田格
読書というポップ 山崎晴美を作った本 山崎晴美インタヴュー
意味もなく内側のスリルだけを頂くための20冊 山崎晴美
矛盾体が生み出す言葉 失われた音楽書を求めて 大谷能生
ロックの“夢見る力”は無限大 シーナ『YOU MAY DREAM』を再読する モブ・ノリオ
映画を観る筋肉 いま発見すべき映画本 樋口泰人

写真:菊池良助 小原泰広

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