「UR」と一致するもの

The Bug - ele-king

 ケヴィン・マーティン──UKのエレクトロニック・ミュージック・シーンにおけるレフトフィールド、大いなるアウトサーダー。テクノ・アニマル(ゴストラッドにも多大な影響を与えている)、あるいはエクスペリメンタル・オーディオ・リサーチ(ソニック・ブームとケヴィン・シールズによる電子音楽/アンビエント/ドローン・プロジェクト)などでの活動をはじめ、最近では〈ハイパーダブ〉からのキング・ミダス・サウンドの作品がお馴染みだが、彼にとってもっとも知られたソロ・プロジェクトと言えば、ザ・バグだろう。

 エイフェックス・ツインの〈リフレックス〉から2003年に出した『Pressure』は、ダブ、レゲエ、ブレイクコアが渾然一体となった作品で、2004年に同レーベルからの12インチ、ウォーリアー・クイーンをフィーチャーした「Aktion Pak」は、いま聴いても最高の輝きをほこっている。また、UKグライムやダンスホールのMCたちをごっそりフィーチャーした、2008年のアルバム『London Zoo』は、その年のベスト・アルバムの1枚だった。
 ザ・バグの魅力を手短に言えば、パンク時代のドン・レッツやジョー・ストラマ-、そして90年代初頭のマッシヴ・アタックへと連綿と繋がっている、ジャマイカ音楽にインスパイアされたUKサウンドシステム文化の再解釈にあると言えるだろう。ダブがあり、ラップがあり、そしてメッセージはポリティカルだ。いまでは『London Zoo』は、やがて暗く荒れ狂うロンドンを予見した興味深い作品としても聴ける。

 さて、ケヴィン・マーティンのザ・バグ名義の新作『エンジェル&デビル(Angels & Devils)』が8月16日にリリースされる。
 客演には、デス・グリップスゴンジャスフィ、そして前々から話題になっていたグルーパー、そして、とんでもないアルバムを発表したばかりのインガ・コープランド、そして、例によって、ウォーリアー・クイーンやフロウダンなどといった路上で鍛えられた凄腕のMCたちがいる。
 アルバムには、言葉としても、サウンドとしても、さまざまな暗喩が仕掛けられているが、『エンジェル&デビル』が6年の歳月を経て発表するに相応しい力作であることは間違いない。 

 まずは、アルバムのリリースに先駆けて、デス・グリップスが初めて外部のアーティストとコラボレーションした“Fuck A Bitch”、そして〈ワープ・レコーズ〉の神秘主義者ゴンジャスフィが激しく陶酔する“Save Me”を聴いていただこう。


THE BUG
Angels & Devils

BEAT / NINJA TUNE

amazon >>> https://amzn.to/1s22puC
Tower Records >>> https://bit.ly/1peKGxW
HMV >>> https://bit.ly/1peKm2k


interview with Martyn - ele-king


Martyn
The Air Between Words

Ninja Tune/ビート

TechnoHouse

Amazon iTunes

 そもそも2009年にマーティンが脚光を浴びた理由は、ダブステップにインスパイアされたリリースにおいて、わりと直球にデトロイト・テクノからの影響が反映されていたからだった。当時としてはそれがシーンにとってはまだ珍しく、斬新だったわけだが、20年前のレコードが輝いているこの1~2年に関して言えば、時代が要請するひとつのスタイルにまでなっている。まあ、いっときのスタンダードである。
 オランダのアイントホーフェンという街には、90年代に〈Eevo Lute Muzique〉という素晴らしいレーベルがあった。オランダのテクノといえばガバとトランスといった時代に、このレーベルはデトロイトのエモーショナルな旋律とテクノ・ファンクを取り入れることで、大きくて、派手で、ドラッギーで、マッチョで、アグレッシヴなシーンとは別の、小さいがセクシーで親密な道を切り開いた。その同じ街で、90年代半ばのテクノとドラムンベースを聴いて育ったマーティンが、ダンス・ミュージックにおけるへヴィメタルとも形容されるEDMのアメリカで暮らしながら、デトロイティッシュ・サウンドを追求することは必然と言えば必然だ。
 2011年の前作『Ghost People』は〈ブレインフィーダー〉からのリリースだったが、今回の『The Air Between Words』は〈ニンジャ・チューン〉からとなった。方向性にとくに変化はない。彼がこれまでのやってきたことがさらに洗練されているだけである。強いて言うなら、今回はカール・クレイグ・スタイルというか、徹底的にメランコリックで、ジャズの響きを引用しながら、ときにはっとする美しさを打ち出している。フォー・テットが参加して、インガ・カープランドが歌っているのも本作のトピックで、この人選からもおわかりのようにテクノ色が強く、彼らが参加した2曲ともクオリティが高い。とくにフォー・テットとの共作は、ああ、このコード感、デトロイトやなー、である。

デトロイト・テクノが好きな理由は、そこにソウルを感じるからだ。ダンス・ミュージックでありながらメランコリックな感覚があるし、哀愁がある。一方、EDMは基本的にすべてがアグレッシヴなんだよ。

ものすごくお忙しいそうですが、毎週末DJがあるといった感じなのでしょうか?

マーティン:そうだね、毎週末DJはいまも忙しくやってるよ。

最近、TVドラマの『HOUSE OF CARDS』をずっと見てまして、あのドラマの舞台がワシントンじゃないですか。あなたは見てましたか?

マーティン:うん、僕も観てる。僕、あまりTV観ないんだけど、長いシリーズのドラマはたまにちょこちょこ観てて、例えば『True Blood』とかも。『HOUSE OF CARDS』は僕が住んでるワシントンが舞台だからなんだか身近に感じるし、それに少し政治的なエッセンスを感じるのも魅力のひとつかな。僕は政治についてアメリカで少し勉強したりしてたからちょっと興味があるのもあって楽しんでみているよ。

アメリカは大きな国ですし、ヨーロッパと比較してテクノやハウスが広く理解されているとは思えない印象を持っているのですが、実際のところあなたはどう感じていますか?

マーティン:アメリカとヨーロッパでは全然違うというのが僕の印象だね。例えばアメリカにはEDMと呼ばれているシーンがあるけど、EDMは、クラブ・ミュージックというよりは、もっとレイヴ風のものなんだよ。逆にクラブではハウスがメインなんだと思う。だから僕の場合はクラブでギグすることもとても多いんだけど、いまはアメリカでプレイ出来ることをとても楽しんでいるよ。

“Forgiveness Step”という言葉は、今回のアルバムのキーワードですが、何を意味しているのでしょう?

マーティン:“Forgiveness Step”のアイディアは、アルバムにも参加してくれてるコープランドと一緒に作業したものなんだけど、アルバムにもあるように、この曲は3パートに分かれている曲なんだよ。“Forgiveness Step 1”,“2”はアルバムで、“3”はEPに収録されているんだけど、基本的には同じアイディアの元に作った曲ではある。しかし、3曲ともがそれぞれ少し違う意味合いを持つ曲なんだ。
 だから、その言葉と言うよりも、アルバム自体を3段落に分けたかった、というのが大きい。そして、3段落ともつながっているということを明確にしたかった。それに「Forgiveness(許す)」ということを実際する場合には、3段階を踏まないと謝罪したことにならないだろう? そういう意味合いも含まれているんだ。

今回はあなたの重要なルーツであるデトロイト・テクノというコンセプトが、これまで以上に、さらに追求されていますよね?

マーティン:何にせよ、僕がオランダでクラブに行っていたときによくシカゴやデトロイト・テクノがかかってたからね。これも影響を受けたもののひとつかもしれないよね。僕にとっては自分のDNAのなかに組み込まれているような感じだから、もう自然に出てくるものなんだよ。だからとくに意識して追求したというより、自分の好きな音を追求したら自然にそうなったという感じなんだと思う。

デトロイト・テクノやディープ・ハウスと最近のEDMとはどこに違いがあると考えますか?

マーティン:デトロイト・テクノが好きな理由は、そこにソウルをとても感じるからだ。ダンス・ミュージックでありながら、メランコリックな感覚があるし、哀愁がある。一方、EDMは基本的にすべてがアグレッシヴなんだよ。だから、その違いは大きいと思う。もちろん、どんな音楽を聴こうと個人の自由だ。ただし、僕個人に関していえば、やはりエネルギーを魂を感じる音楽が好きだ。単純に楽しくて軽いノリの音楽よりもね。

[[SplitPage]]

今回のアルバム制作をする前、自分の音がなんだか流されているような気がして、自分らしい音が何なのか模索していたんだよ。

ところで、アメリカに移住してから、実際にデトロイトには行かれたのでしょうか? 誰か仲良くなったDJ/プロデューサーはいますか?

マーティン:デトロイトには3回行ったことがあって、1回はフェスだったね。で、2回は自分のショーをやるために行ったんだけど、とても興味深い場所だよね。あんまりデトロイトの人との付き合いはないんだけど、カイル・ホールは知ってるよ。いろいろな人に会うことで刺激を受けるのはいいことだと思うしね。

ヨーロッパのベース・ミュージックと、アメリカで流行っているベース・ミュージックとの違いに戸惑いことはありますか?

マーティン:正直言ってベース・ミュージックがなんなのかよくわからないんだよ。もともとはダブステップからはじまって、ハウス・ミュージックにベースが乗ってるっていうことだろ?

アメリカで流行っているトラップは?

マーティン:ごめん、これについては全くわからないや(笑)。

5年前と比較して、ダンス・カルチャーの良くなったところと悪くなったところについて話してもらえますか?

マーティン:たくさんの音楽があるっていうのはいいことだとは思う。ただ、時代が変わって音楽が聴き手に届く速度は速くなっている。曲が完成してからリスナーに届くまで2~3日で世界中に広まる。そこはいいことだと思うよ。
 でも、たしかに悪い面もある。例えばクラブで演奏しているとオーディエンスは音楽を聴きに来ているというよりも、写真を取ることに必死で、それをFacebookとかinstagramにアップロードして、自分のステータスを周りに伝えることに重きを置いている人が目に付くようになったのは事実だ。演奏を聴いてない人が多いと思う。まあ、プレイしている僕たちも、もっと人の気を惹かせられるようにしなくちゃならないんだろうなとは思うんだけど。

今回のアルバムのひとつの特徴として、古い機材を使って、バック・トゥ・ベーシックな音を追求していることが挙げられますよね?

マーティン:今回のアルバム制作をする前、自分の音がなんだか(時代に)流されているような気がして、自分らしい音が何なのか模索していたんだよ。そんなときに昔の機材を使ってみたら驚くほどしっくりくることがわかって、それをアルバムに反映しようと思ったんだよ。

新作は、ダンス・ミュージックではありますけど、強制的に踊らせるような音楽ではありません。むしろ、前作以上にじっくり家でも聴ける作品になったと思います。あなたは、音楽によって、ただダンスするのではなく、もっといろんなことを感じて欲しいと考えているのでしょう? 

マーティン:音楽を制作している過程ではどういうシチュエーションで聴いてもらえるかとかは、あまり考えずに作っているんだよね。もしそれを聴いて踊ろうがベッドで静かに聴こうが、僕にとってはどっちでもかまわないんだ。良いメロディの良い曲が仕上がればそれでいいわけだからさ。

ジャズのフィーリングは意識して取り込んだものですか?

マーティン:うん、ちょっと意識したかな。僕の家族はみんなジャズが好きなんだけど、家にはつねにジャズのレコードがあったし、自然に触れある環境下にはあったと思うよ。

僕は、とくにアルバムの後半、6曲目の“Two Leads and”以降が、面白く感じましたけれど、あなた自身はこの作品のどんなところが好きですか?

マーティン:前半部分も良いよ(笑)。人によって前半が面白いと言う人もいれば、君のように後半が面白いと思う人もいる。みんなが好きなように解釈してくれていいと思う。僕はもちろん全部を通して好きだけどね(笑)。

UR風のコード展開の、フォーテットとの2曲目“Glassbeadgames”は今回の目玉のひとつですが、彼とはどうして知り合ったんですか?

マーティン:フェスやライヴで何度かしか会ったことがなかったんだけど、会ったら必ず音楽の話をしていた。その話の流れで、いつか一緒にやりたいねって話になった。で、お互いにアイディアを出し合ってオンラインで素材を受け渡ししながら彼と作業したんだ。僕たちふたりとも移動が多いし、スタジオに入る日を調整してやるよりオンラインで作業した方が効率的だからね。

インガ・コープランドを起用していますが、僕は個人的に彼女のユニークなスタンスが大好きです。あなたは彼女の音楽のどんなところが好きですか?

マーティン:彼女が書く、メロディアスで美しいメロディが好きだな。そこがいいなって思う。

歌詞ではどんなことを歌っているのでしょう?

マーティン:歌詞は正直あんまりわからないんだ。僕にとっては、まずは彼女の声が重要であって、とくに歌詞の意味を考えたりしたことはない。彼女も歌詞について、とくに意味については多くを語らないしね。自分の内から出てくるものを反映しているんだと思う。

あなたが最近お気に入りの音楽について話して下さい。ジャンル問わずです。家で、ひとりになったときに聴きたい音楽とか。

マーティン:90年代初頭のテクノをよく聴いているよ。その頃の〈ワープ〉の作品が大好きなんだ。オウテカ、アクトレス、LFOなんかもよく聴いてるね。他にはジャパン、YMOも大好きなんだ。だから、80年代の音楽も良く聴くね。

ところで、ワールドカップが間近ですが、母国のことは気になりますよね? ロビン・ファン・ペリシーやロッベン、スナイデルらのこととか。

マーティン:もちろんサッカーは大好きだよ! そして自分の母国オランダ・チームを応援する。前回はファイナルで負けたから、今回こそ優勝すると思うよ!

HOLY (NO MORE DREAM) - ele-king

孤高のヘヴィメタルパーティ“NO MORE DREAM”@青山蜂、次回は6.15(日)に開催。我々の生き様を目撃して下さい。

NO MORE DREAM
~THE WORLD’S HEAVIEST HEAVY METAL PARTY~

@青山蜂

2014.6.15(SUN)
17時~
入場料 ¥1000

GUEST DJ
増田勇一

DJS
HOLY
クボタタケシ
JAM DIABRO
山名昇
BLACK BELT JONES DC FROM METALCLUB
Dx
BLOODY PAUL
Dr.Doctor Wcchei
ロベルト吉野(お休み)

METAL DIRECTION&ARTWORK
ヴィッソン

TEQUILA GIRL
yucco

ハジけたてポップコーン屋
POOPTHEHOPE

HM-T&PINS
Rhododendron

MY HEAVY METAL CLASSICS 10


1
Metallica - Master Of Puppets - Mercury
ファミリーです。生活の中心。

2
Slayer - Angel Of Death - Def Jam
KING OF 残虐王 IN 宇宙。

3
Megadeth - In My Darkest Hour - Capitol
かなり助けられてます。デイブこそ英雄。THIS IS MY LIFE。

4
Judas Priest - The Heroion~ErectlicEye - Columbia
ヘヴィメタル国家。そして聖典。

5
Motley Crue - Home Sweet Home - Motley
現在休業中のあの漢に捧げます。

6
Pantera - Cowboys From Hell - Atlantic
ダレルこそ、完全無欠メタルギタリスト。ザックが受け継いでます。

7
Ozzy Osbone - No More Tears - Epic
究極すぎるベースライン&咽ぶザック。我々のパーティのテーマ曲。

8
Aerosmith - Living On The Edge - Geffen
疲労困憊の果てに開ける曲。長い付き合いです。

9
Iron Maiden - Aces High - Capitol
最重要オープニングナンバー。決死の離陸です。

10
Accept - Metal Heart - Epic
ヘヴィメタル軍歌。合唱せねば制裁。

interview with the insect kids - ele-king


Insect Kids
Blue Ghost

P-Vine

Indie RockPsychedelic

Tower HMV iTunes

 昆虫キッズはストレンジなバンドだ――そういう意味ではオルタナティヴだと言ってもいい。いったいこのバンドの音には、そしてフロント・マンである高橋翔の言葉にはどのような参照軸が設定されていて、あるいはどこへと向かっているのか、そのような凡庸な分析やストーリーは真っ向から排していくのが昆虫キッズの音楽である、と彼/彼女らの音楽を聞くたびにそう思わされる。未来から鳴っているのか、過去から鳴っているのかわからない。昆虫キッズの音楽は自ら歌っているように「時間軸が/変だ 変だ 変だ」。

 オルタナティヴ・ヒップホップ・グループとされているヤング・ファーザーズは、“オルタナティヴ”とはなにかにアゲインストする表現であって、自分たちはそのような態度で音楽をやってはいないから“オルタナティヴ”・ヒップホップではない、と語った。そういう意味では昆虫キッズはオルタナティヴ・ロックではないのかもしれない。なぜなら彼/彼女らのコアは、(少なくともこのインタヴューで知りえたかぎりでは)大いなる空白だから。

 パンクに憧れ、ロックの夢を見るグレイト・ホロウ=昆虫キッズ。最新作『BLUE GHOST』をリリースし、そのリリース・パーティを控えるこのバンドのフロント・マン、高橋翔との対話を(考えのズレや行き違いも含めて)ぜひお楽しみください。

■昆虫キッズ
2007年、東京都にて結成。のもとなつよ(Bass/Vo)、佐久間裕太(Drums/Cho)、高橋翔(Vo/Gt)、冷牟田敬(Gt/Key/Vo)の4名で活動。数枚の自主制作盤リリースののち、2009年にファースト・アルバム『my final fantasy』にてデビューする。翌2010年にセカンド・アルバム『text』を発表。ツアーや各種イヴェントへの出演が増え、2011年には2枚のシングル「裸足の兵隊」「ASTRA」、2012年にはサード・アルバム『こおったゆめをとかすように』、アルバム未収録曲を集めた「みなしごep」と快調にリリースをつづけ、2014年5月、これまでの活動の転機ともなる4枚め『BLUE GHOST』が発売された。


デジタルだけでの録音はあまり好きじゃなくて、これまでやっていなかったんだよね。でも、やってみないとわからないなと思って。

以前、高橋さんにお会いしたとき「『こおったゆめをとかすように』ですべて出しきった」というようなことをおっしゃっていました。

高橋:えっ、そんなこと言ってた?

はい(笑)。最初の3作は3部作ようなものだとも。

高橋:そう。後づけだけど、3作できたときにバンドとしてひとつのものとしてできあがったから、区切るタイミングかなと思ったんだよね。このまま『こおったゆめをとかすように』から地続きで4枚めを作るというより、いったんラインを引いてなにかを意識的に変えなきゃなと思った。

変えた部分というのは具体的にどういうところですか?

高橋:今回は佐藤優介くん(カメラ=万年筆)に録音とミックスを任せて、客観的な意見を訊いたりしたこと。それと、これまでの作品はテープの音だったんだよね。ファースト(『My Final Fantasy』)はカセットテープとハードディスクで、セカンド(『text』)とサードはオープンリールで録った。デジタルだけでの録音はあまり好きじゃなくて、これまでやっていなかったんだよね。でも、やってみないとわからないなと思って。やってみて、どういうメリット/デメリットがあるのかを把握したかった。演奏する側の人間は変わらないけれど、ちょっと「引っ越し」したいなと。1駅くらいだけど、ちょっとちがう町に行ってその町の環境がどうなのか見てみたい――そういうことを試みてみたいと思った。

優介くんがレコーディングとミックスをやったことによってどういう音になったと高橋さんは思いますか?

高橋:優介くんはファーストからずっと聴いてくれてたんだよね。もともと面識はあったけどそれほど深く話す関係でもなく、その距離感がすごく良かった。彼はひとつのジャンルに特化せずにオールマイティに聴いているから、いっしょにやるならそういう人がいいなと思った。ミックスの段階で「好きにやってみて」と優介くんに投げて、どうなるのかが聴きたかったんだよね。俺がまったく手をつけず、他人がやったときにどういうふうになるのかなというのが気になったから。結局、その後いろいろと発注しちゃったんだけど(笑)。

ちょうど作業中の優介くんに会ったときに「高橋さんと佐久間(裕太)さんの意見が対立していて困っている」という話をしていました。

高橋:佐久間くんは佐久間くんの聴きかたがあるからさ、またちがうし。俺には俺の聴きかたがあるから。たぶん対立しているわけじゃないけど、板挟みでちがう意見を言われるから困ったんじゃないのかなあ。もちろん他のメンバーの意見は聞くけど、だいたい自分で決めているかな。これまでは8割がた完成ミックスを自分のなかで決め込んで、かつちょっと余白を残しておいて、意見を聞いて残りの2割を埋めていくというやりかただったんだけど。

単純に意味不明にもしたくないし、かといって濃厚なメッセージがあるようにもしたくない。どっちにも寄りたくないんだよね。

今回、前作までのヒリヒリとした感じよりも、全体的に少しリラックスしたような感じや軽快さが曲調に出ているように思いました。そこは意識的に雰囲気を変えようとしましたか?

高橋:それはあまり意識していないかな。曲を作るときはそのときの気分が元手になっているから、ヒリヒリしているときはそういうものができるのだろうし。一回そういうものを作ってしまえば、また同じようなものを作りたいとは思わないんだよね。それとはちょっとちがうものを作りたい。そういう反動はあると思う。

なるほど。リード・トラックの“Alain Delon”はなぜ「アラン・ドロン」なんですか?

高橋:サビのメロディーを作ったときに、それが「アラン・ドロン」っていうふうに聞こえただけ(笑)。

それほど意味はない?

高橋:ごめんね……申し訳ないけど……(笑)。空耳アワーのような感じで(笑)。でも、「アラン・ドロン」ってなにか意味があるような感じがするよね。

高橋さんの歌詞は韻をたくさん踏んでいたり、リズムを重視していることも多いと思います。歌詞はどのように書いていますか?

高橋:歌詞は曲を作るときに、同時進行で書く。歌のメロディができたら思いついたことをパッと羅列して、そうすると楽曲のキーワードになる言葉が出てきたりするんだよね。それをつなげて、自分で補足する。だから、そういう作りかたの時点でほとんど自己統制は破綻している。そうやって意味があるのかないのかわからないようなものを書くっていうのは意識しているかもしれない。単純に意味不明にもしたくないし、かといって濃厚なメッセージがあるようにもしたくない。どっちにも寄りたくないんだよね。その中間くらいが温度としていい。

[[SplitPage]]

9割は嘘を言っていて1割は本当のことが入っているような、俺はそういうのが好きなんだよね。どこかに真実が紛れ込んでいるのがおもしろいと思う。

冒頭の“GOOD LUCK”や初期の“恋人たち”のような情景描写的なものと、言葉のリズムに寄ったものと、高橋さんの歌詞にはモードがふたつあるように感じます。そこにはどのようなちがいがありますか?

高橋:曲のタイプによってわけているんじゃないのかな。曲自体のニュアンスでまた変わるんだろうね。そこまで自分で分析できていないよ(笑)。歌詞は曲と同時に書きたいから、おおまかなプロットのようなものを立てて、そこから寝かして、少しずつ手直ししていってできあがる。

けっこう時間をかけるんですね。

高橋:すぐできる曲もあるし、できないものはずっとできないんだよね。歌入れの当日の朝に書いたものもあるし。できないときはできないっていうのは自分でわかっているから、その場合は待つしかなくて、待っていればそのうちどうにかなる。

歌詞を書くときはどういうことを考えて、どのような言葉を落とし込もうとしていますか?

高橋:考えすぎると自分の地の感じが出るから、それはあまりしたくなくて。意識している部分と無意識の部分とが織り交ざっているんだけど、結局書くのは自分だから自分のなかの言葉しか出てこない。でも自分の癖みたいなものに頼らないようにはしている。自分の「節」みたいなものはあまり作りたくないなと思って。

ずっと歌詞の抽象的な話になって恐縮なのですが、個々の歌詞に場所や舞台は具体的にありますか?

高橋:ある。“Metropolis”だったら、タイトルどおり近未来っぽい、SFっぽい感じとかを出したかったし。でも、そういう一曲がきっかけで、ひとつの世界観に傾倒しちゃうんだよね。“冥王星”も“Metropolis”に近いものが出たし。トータルで見ると、今回のアルバムはSFの影響を受けているなあって思った。そのときにSFを読んでいたわけじゃないんだけど、星新一とかアシモフが好きなんだよね。

そこに言いたいことを組み込んだりはしますか?

高橋:入っているんじゃないかなあ。9割は嘘を言っていて1割は本当のことが入っているような、俺はそういうのが好きなんだよね。どこかに真実が紛れ込んでいるのがおもしろいと思う。ぜんぶフィクションで書いているつもりはないよ。やっぱりどこかに本当のことが入っているとは思う。それがどこかって言っちゃうのは野暮だけど、でもどこかにはあると思う。飲み屋で友だちと芸能ゴシップについて話したりするのが好きなんだけど、そういうものを嘘だとも本当だとも思っていないんだよ。でも、ひとつのネタがいろんな人を介して伝言ゲームのように膨張していくのがおもしろい。「真実よりもよくできた嘘のほうがおもしろい」って。それはまさにそのとおりだと思う。……でも歌詞なんてさ、無意識だよ。意識して書けない。なんの意識もないところではたらいている部分があるって、インタヴューをやっていると気づくんだよね。本当は「なんもねえよ! 俺がやりたいことに意味なんてあるわけないじゃん!」って言いたい。でも、それを言ったら終わりだからさ。

でも、アルバム4枚ぶんの言葉を高橋さんが書いているわけですから、そこにはどのようなものがはたらいているのかを知りたいんですよ。

高橋:みんな孤独を愛してくれと思うんだけどね(笑)。孤独はかわいいもの、愛でるべきものだよ。歌詞っていうのはもう、そこで言葉として放っているものだから、結局それを説明するっていうのは非常に難しいんだよね。

それ自体、野暮な話ではありますからね。

高橋:それでも追求したいっていうのはわかるよ。でも、そうなると心理学みたいになっちゃうから。


血眼で探し当てた宝箱を開けたら子どもの頃の古い写真が一枚だけ入っていたようなバンド。

ところで、ファーストをリリースしたとき、高橋さんはおいくつでしたか?

高橋:2009年だから、23歳か24歳かな。

その当時をいま振り返ると、どんな感じですか?

高橋:これは訊かれたときによく答えていることなんだけど、正直に言って昆虫キッズは「続けよう」っていうスタンスではやっていなかった。バンドをはじめた当初はCDが出ればそれがゴールだったんだけど、せっかくだからライヴをやって、地方へも行って――そんなふうにやっていたら新しい曲ができて、曲が溜まったから次のアルバムを作る。昆虫キッズはそういう行動の延長線上でずっとやってるんだよね。血眼で探し当てた宝箱を開けたら子どもの頃の古い写真が一枚だけ入っていたようなバンド。

では、昆虫キッズのコアは空白なんですか?

高橋:うん。そうだと思うよ。バンドをやっている上でのコンセプトや信念が「ほしい」と思うぐらいにないもん。

なるほど。高橋さんが昆虫キッズでやりたいこと、やろうとしていることってなんですか?

高橋:いまの4人のメンバーで足並み揃えてできることならなんでもいい。4つのピースがないとできないことだからさ。そういうバンドとしてのバランスっていうのはすごく意識している。バンドって、ずっと続けているとそのコミュニティに所属している感じがしてひとつの家族みたいなものになってくる。不思議な関係性だよね。

では、4人のメンバーがイコール昆虫キッズということなんですね。

高橋:うん。だれか1人が辞めたらダメだなって思ってる。代わりがいない。

[[SplitPage]]

いま、「ロック・バンド」ってどういうバンド? 自分たちはロック・バンドなのかなあっていう疑問がある。

高橋:ところで、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドは何枚めが好き?

僕は3枚めですね。

高橋:絶対3枚めでしょ! 俺もそう。でも俺はジョン・ケイルが好きなんだよなあ。(※)

なんでですか?

高橋:なんか中途半端だから(笑)。

アカデミックなほうへも、ロックのほうへも振りきれない感じがありますね。絶対に権威になれない感じが。

高橋:なれないね。そこにかわいげがある(笑)。

もしジョン・ケイルの音楽を一言で表わせって言われたら困るような音楽家ですよね。

高橋:そう。そういう人が好き。いまだにジョン・ケイルが何者なのかわからないよね。そんなにジョン・ケイルのことは知らないんだけど、なぜかシンパシーはある。

ジョン・ケイルを言語化できない感じは、昆虫キッズとも似ているかもしれませんね。

高橋:天野くんはこのアルバムはロックとパンクだったらどっちだと思う?

うーん……。

高橋:いま、「ロック・バンド」ってどういうバンド? 自分たちはロック・バンドなのかなあっていう疑問がある。つねに思うのは、(アルバムを指しながら)こういうものを聴いて10代の子が「こういうバンドをやりたいなあ」って思ってくれたら、それがひとつのゴールなんだよね。

それはロック的な夢ということですか?

高橋:ロックというよりバンドの、だね。

高橋さんがさっき訊かれた「ロック」と「パンク」という、その両者のちがいは高橋さんにとってはどういうものですか?

高橋:パンクは弱い人間から生まれた音楽だと思う。社会的にも経済的にも追い込まれて、あらゆる面で淘汰されてしまいそうな人というか。ロックはもっと計画的で、エンターテイメントというか、芸能文化のレール上にあるのかなあと思う。同じようなものとして考えていたけど、やっぱりちがうと思うんだよね。ラモーンズはパンクだなって思うのは、追い込まれたけどそこから脱出できる強さがあった人たちだから。世間がどうとか社会の情勢がどうとか関係なく、それでも前に出てこられる強さがある――俺の思うパンクっていうのはそういうこと。
それ(“変だ、変だ、変だ”)は自分自身にも言っているし、対外的にも言っている。「変じゃないこと」がなくなってきちゃったなあって。ノーマルにやることが逆に難しいような。  でも、いまはそういうものがあまりない。日本だと、より難しいと思う。嫌な言いかただけど、そういう時代じゃないというか。でもやっぱり、いつもそういう人たちが出てこないとダメじゃないかなあと思うんだよね。お笑いで言えば、たとえばダウンタウンみたいに泥のなかから這い出て栄光を掴んできたような人たち。いまはなにかを始めようという時点でそのフィールドがある程度整備されていて、なんでもやりやすい。みんな同じ整った環境でスタートできるから、そこにはそれほど差がない。そうなると、そこから突出することは難しい。そうなると、えげつないほどの力やとてつもない個を持ったやつがいても出てこられないと思うし、そいつの受けとめられかたもちがってくるんじゃないかなあ。
 たとえばどついたるねんが1970年代や80年代に出てきたとしたら、またちがっていたんだろうね。どついたるねんがじゃがたらと同じ時代にいたらどうだろう……。江戸アケミにぶっとばされるかな(笑)。いま、なんでもできちゃうっていうのは、また重荷なのかもしれないね。だから、音楽自体の持っている魅力というか、魔力みたいなものが霞んじゃう気がするんだけどね。

僕は昆虫キッズの音楽はどこかマージナルな場所から聴こえてくるように思います。そういう意味では「パンク」的です。

高橋:たぶん、自分はそういうものに憧れてはじまったけど、憧れは捨てなきゃ次にいけない。パンクの思想や方法とは別の角度からバンドをディレクションするのも自分の仕事だから。そこで訪れる変化のタイミングを受けとめて、アメーバのように細胞分裂を繰り返していて、得体の知れないものになると思う。

だから、そうやって4人でバンドをやっている?

高橋:そうだね……。そうだと思う。

“変だ、変だ、変だ”という曲のタイトルがまさに昆虫キッズだと僕は思うんですよね。

高橋:そうだね。それ(“変だ、変だ、変だ”)は自分自身にも言っているし、対外的にも言っている。「変じゃないこと」がなくなってきちゃったなあって。ノーマルにやることが逆に難しいような。普通にやることがいちばん大変かもしれないよね。


※誤解を招くおそれがありましたため「でも」を加えております(6/12訂正)

昆虫キッズ『BLUE GHOST』発売記念公演「Stay Ghost」

会場:東京・渋谷WWW
公演日:2014年6月11日(水)
開場 18:30 開演19:30
出演者:昆虫キッズ、高島連 with ハイハワ原田

チケット料金:前売¥2,800  当日¥3,300
(各税込、Drink代別途¥500 全スタンディング)

・プレイガイド予約
(1) チケットぴあ コード:230-962
(2) ローソンチケット コード:77728
(3) e+ https://eplus.jp/sys/main.jsp

・WWW店頭

・メール予約
the_insect_kids@yahoo.co.jpまで、お名前、ご来場人数(お1人様につき4名まで予約可能)、連絡先を明記の上メールをお送り下さい。
※公演前日6/10(火)まで受け付け致します。
※当日受付にて前売料金をお支払い頂きます。
※ご入場順はプレイガイド、WWW店頭チケットご購入者が優先となります。
※やむを得ずご来場できなくなった場合、お手数ではございますがその旨ご連絡をお願い致します。

チケット絶賛発売中

主催:P-VINE RECORDS
お問合せ:渋谷WWW 03-5458-7685

Your Favorite Music About Rain - ele-king

 梅雨入りどころか、先週は記録的な大雨。靴下まで濡れるし、傘は面倒だし、電車やバスに乗っても、街を歩いていても、良い気持ちになれません。
 しかし音楽は、これまで、数多くの雨にまつわる曲を生んできました。下手したら、晴天の曲よりも多いかもしれません。“雨に唄えば”、“セプテンバー・イン・ザ・レイン”、“悲しき街角”、スコット・ウォーカーの“イッツ・レイニー・トゥデイ”、ボブ・ディランの“激しい雨”、忌野清志郎の“激しい雨”、ザ・ビートルズの“レイン”、レッド・ツェッペリンの“ザ・レイン・ソング”……、エコー&ザ・ビバインーメンの“オーシャン・レイン”、プリンスの“パープル・レイン”、アデルの“セット・ファイヤー・トゥ・ザ・レイン”……ザ・サルソウル・オーケストラにもトム・モウルトンのミックスした“サン・アフター・ザ・レイン”があります。アンダーグラウンド・レジスタンスにもアシッド・レイン・シリーズの“ザ・レイン”というハード・テクノがあります。ブリアルの“アーチェンジェル”には、真夜中の雨の気配が横溢しています。宇宙を創造するサン・ラーには、“ザ・レイン・メーカー”があります。
 とにかく雨の音楽は、あまりにも多くあります。ニーナ・シモンの“アイ・シンク・イッツ・ゴナ・トウ・レイン・トゥデイ”、マディー・ウォーターズの『アフター・ザ・レイン』やザ・テンプテーションズの『ウィッシュ・イット・ウッド・レイン』、さもなければザ・レインコーツを聴きたくもなるでしょう。
 雨は、ザ・ビートルズの“ロング・アンド・ワイディング・ロード”に歌われているように、往々にして、敗北、試練、冷たさ、孤独、人生の悲しみなどの暗喩として使われます。自分に相応しすぎるので、ここはひとつ「雨ニモマケズ」で……、いや音楽ファンらしく、雨のまつわる音楽を聴きながら過ごしましょう。エヴリシング・バット・ザ・ガールが『雨のない砂漠のように』と言ったように、雨が降らなければ乾いてしまうのです。ムーディーマンの盟友、ノーマ・ジーン・ベルには“ラヴ・ミー・イン・ザ・レイン”という曲があります。
 それでは、ぜひ、読者のみなさまからの「私の好きな雨の音楽」もメールして下さい。

My Favorite Music About Rain

野田努

1. RCサクセション – 雨上がりの夜空に
2. Horace Andy - Ain't No Sunshine
3. The Beatles - Fixing A Hole
4. Mute Beat - After The Rain
5. Ashra - Sunrain
6. Velvet Underground - Who Loves The Sun
7. Carpenters - Rainy Days And Mondays
8. The Jimi Hendrix Experience - Still Raining Still Dreaming
9. Herbie Hancock Rain Dance
10. Faust ‎– It's A Rainy Day Sunshine Girl

伊達トモヨシ(Illuha, Opitope)

Steve Reich - It's Gonna Rain

ライヒの初期作品は理論的にはラップトップで簡単に再現出来るんだろうけど、その音楽の持つ力はきっと再現出来ない。ライヒの作品を聴くと初期から現在に至るまで、理論的な音楽では再現出来ないものが音楽の中にしっかりと存在しているといつも思う。「音楽とは何なのか?」という根源的な命題を提起するから、僕は今でもたまに思い出しては彼の音楽を聴く。
「雨の音楽」ということで真っ先に思い浮かんだのは、この歌の曲名というよりも「rain,rain,rain」という音の響きだった。ライヒは何故、数ある音の中から"It's gonna rain"を選んだのか。雨の音楽というテーマをもらうまで、そのことを考えて聴くことはなかったけど、少なくともライヒ自身はあえてこの言葉と音を選んだに違いない。おそらく雨の音のミニマリズムに端を発しているであろうこの曲は、雨という現象を表す単語が「レイン」という響きを含む単語でなかったら、この音楽は生まれなかったんじゃないかと思う。
 三部作になっているこの音楽において最初の「rain,rain,rain」というレゾナンス、つまり「ウィーンウィーンウィーン」という音楽的な反響の存在によって、音楽的な成功を納めていて、この曲の存在があってこその作品で、正直なところ後の2曲は技巧的ではあっても音楽として1曲目ほどの力はない。雨というミニマリズムと「レイン」という音楽的な単語の偶然の一致に対する驚きが、この音楽を作品にまで至らしめたように感じられてならない。音楽の言語起源説を想起させるこの作品は、論理や言語では表現しえない、音楽でなければならない理由が存在しているライヒならではの音楽だ。
 今日はたまたま雨だったので、雨音のなかでこの歴史的な音楽を聴いてみた。雨音という自然現象のなかに内包されたミニマリズムの美しさを抽出して作品化するという芸術のあるべき姿を僕はこの曲に見る。梅雨時の低気圧によって低下する免疫能がもたらす憂鬱も、雨音のミニマリズムへの歓喜で乗り越えられる。

ヨーグルト

Malcom Mcdowell - Singin' in the rain

 すぐ頭に浮かんだのは、マルコム・マクダウェルが映画『時計じかけのオレンジ』のなかでアドリブ全開で奇妙なダンスを繰り広げながら、マルコムの仲間達が縛り上げた無抵抗の老人を何度も蹴り飛ばす場面。
 「雨に唄えば」を朗らかに歌いながら、強盗と強姦を犯すマルコムマクダウェル。まったく褒められた行為ではなく、むしろ最悪な状況を映し出しているのに、映像の美しさと「雨に唄えば」のノー天気なメロディーと、マルコムのすっとぼけた歌声が凄惨な場面を中和しているような不思議な後味が残り、時計じかけのオレンジを見たあとは、雨が降ると脳裏をマルコムマクダウェルがよぎるようになったのは自分だけではないはず。
絶対にこんな奴に自宅に強盗に来て欲しくはないんだけど…… 


山田光(hikaru yamada and the librarians)

 パッと思いついたのがブリリアント・グリーンとThis Heatの曲しか無く、これではマズいということで、”rain”と打ち込んだ自分のiTunes検索窓から雨空を見上げて思い出した曲を挙げさせて頂きます。

Rhodri Davies Ko Ishikawa - Three Drops Of Rain / East Wind /Ocean
ヴァンデルヴァイザー楽派のアントワーヌ・ボイガーによる笙とハープのためのコンポジション。空白も多いが今聴くとちゃんと標題音楽に聴こえる。つまり梅雨にボーっと聴いても最高!

Gil Evans & Lee Konitz - Drizzling Rain
邦題が驟雨とつけられた菊地雅章の曲。リー・コニッツと晩年のギル・エヴァンスのデュオですがこれはほんとにオススメです。素朴で手探りなピアノは貴重。梅雨そのものに浸れそうな曲想。気分転換にはならない。

Cory Daye - Rainy Day Boy
雨の音と雷がちゃんとサンプリングされている都市音楽。外goしましょう!

小畑ミキ - 雨はいじわる
一人GSというジャンルが昔あったそうで、グループサウンズ風の楽曲を歌う60年代のアイドルの人。最近では自殺したと思われてたフレンチポップのアイドルがFacebookに現れてファンを驚かせた事件などありましたが、この人もシングル6枚出して引退後は消息不明、その後自身の犬猫写真をアップしているサイトにアイドル時代のことを書いて再発見されていました。(現在は削除)。

Dominique Barouh et David McNeil - Sur Un Barc, Sous La Pluie
ピエール・バルーの元妻の歌唱による可愛い曲。邦題が“ベンチで、雨の中”。可愛くて雨のなかで聴いても空気変わります。ドミニク・バルーさんが歌っている曲はこの世に4曲しかないのですが、そのうち1曲をまだ聴けていません。持ってる人いたら連絡ください。

木津毅

1. Tom Waits - Downtown Train
2. Bonnie “Prince” Billy - Raining in Darling
3. The National - England
4. R.E.M. - I’ll Take The Rain
5. Bruce Springsteen - Wreck on The Highway
6. Rihanna - Umbrella feat. JAY-Z
7. Bob Dylan - Buckets of Rain
8. Buddy Holly - Raining in My Heart
9. 尾崎紀世彦 - 雨のバラード
10. BJ Thomas - Raindrops Keep Fallin’ on My Head

 必ずしも雨は降っていなくてもいい。でも雨の歌では歌い手の心は濡れていてほしい……と思って選んだら、(リアーナも含めて)どこぞのおっさんのような並びになってしまいました。けれども雨の歌は、中年がむせび泣くようなウェットな感覚をかばってくれるのでこれでいいのです。おそらく。「ダウンタウン・トレインに乗れば 今夜、きみに会えるだろうか/すべての俺の夢が まるで雨のように ダウンタウン・トレインに降り注ぐ」……。

竹内正太郎

金延幸子 - 空はふきげん

ブレイディみかこ

1.The Beatles - Rain
2.The Pogues - A Rainy Night In Soho”
3.Eva Cassidy - Over The Rainbow

 天候に恵まれない国に住んでいると、いつの間にか自分も人と会った時にまず天気の話から入る。という悪癖を身に着けていることに気づきますが、いつも天気について文句を言っているUKの人間にジョン・レノンが喝を入れたのが “Rain”。「雨だろうが晴れようが心の持ちよう一つだ」という歌詞はブリット・グリットの真骨頂。サウンド的にも、ビートルズはオアシスがやってたCHAVアンセム路線をオアシスよりうまくやることができたバンドだったとわかります。
 “A Rainy Night In Soho”は、”Fairytale of New York”の雨の日版。これを聴くと、詩人としてのニック・ケイヴは秀才で、シェーン・マクゴワンは天才なんだと思います。
 エヴァ・キャシディが歌った“Over The Rainbow”は、ただもう声のトーンが好きで。雨の多い英国では虹を見る機会も多く、従って願いをかけるチャンスも多いですが、一度も叶ったことはありません。

与田太郎

The Kinks - Rainy Day In June(1966 Pye Records)
The Pogues - A Rainy Night In Soho(1986 Stiff Records)
The Men They Couldn’t Hang - Rain, Steam & Speed (1989 Silvertone)

 今年の梅雨はW杯に釘付けで過ごします。どうでもいいことですが、The Men They Couldn’t Hangのこのアルバムはローゼズの1stと同じ年に同じレーベルから出ました。

GONNO

Frankie Knuckles - Rain Falls
Jon Hopkins - Colour Eye
山下達郎 - スプリンクラー
Torn Hawk - Money Becomes Only Itself
Suzanne Kraft - VI
Jon Hassel - Rain
Central Line - Waling Into The Sunshine

ダエン(duenn label)

John Hassell_Brian Eno - Delta Rain Dream
Steve Reich - It's Gonna Rain
Ellen Allien - Sun The Rain(Tim Hecker Remix)
Bebu Silvetti - Spring Rain
The Beatles - Rain
西田佐知子-アカシアの雨がやむとき

 雨の中では霧雨が好きです。そんな雨好きアンビエントっ子な私がセレクトしてみました。よろしくどーぞ!

大久保潤

The Beatles - Rain
Burt Bach - Raindrops Keep Fallin' On My Head

 いずれも少年ナイフのカヴァーが好きです。

橋元優歩

1. Julianna Barwick & Ikue Mori - Rain and Shine at the Lotus Pond
(‎FRKWYS, Vol. 6) - Rvng Intl.
2. Baths - Rain Fall (Cerulean) - Anticon
3. Serengeti & Polyphonic - My Patriotism (Terradactyl) - Anticon
4. 多田武彦 - 雨
5. Pavement - Carrot Rope - Domino
6. Anna Ternheim - Summer Rain (alternate take feat. Nina Kinert, Ane Brun, First Aid Kit and Ellekari Larsson of The Tiny)

松村正人

Rain Tree Crow - Rain Tree Crow - Virgin / 1991
Stanley Cowell - Musa - Ancestral Streams - Strata East / 1974

 レインツリーは別名モンキーポッドといい、雨を予知し雨が来る前に葉をたたむのでこの名前になったらしいが、ほんとうは陽の光に反応し明るいと葉を開き暗くなると閉じる。アメリカネムノキともいい、大江健三郎の連作短編の題名にも同じことばがあるけれどもそちらは想像上の「雨の木」だろう。それより日立製作所の「この木なんの木」の木といったほうが通りがいいだろうか。
 レイン・トゥリー・クロウは1991年に結成した、デヴィッド・シルヴィアン、ジャンセン、バルビエリ、カーンからなる、つまりジャパンのリユニンであり、アルバム1枚で終わってしまったが、一昨日のような梅雨寒の日にこの冷たく湿った彼らの音楽はしっくりくる。小糠雨にふさがれた昨日のような日は雨の曲ではないけれどもスタンリー・カウエルの絹でできた驟雨のようなソロ・ピアノをいつまで聴いていたいが、私は梅雨のはっきりしない天気は好きではない。極寒か酷暑かどっちかにしてほしい。

三田格

1. フィッシュマンズ - Weather Report - Polydor(97)
2. Missy Elliott - The Rain(Supa Dupa Fly) - Elektra(97)
3 . Gazebo - I Like Chopin(小林麻美/雨音はショパンの調べ) - Baby Records(83)
4. Madness - The Sun And The Rain / Stiff Records(83)
5. Rihanna - Umbrella - Def Jam Recordings(07)
6. The Rolling Stones - She's A Rainbow - London Records(67)
7. Cornelia - Stormy Weather - Exceptional Blue(12)
8. Jon Hassell + Brian Eno - Delta Rain Dream - Editions EG(80)
9. Howard Devoto - Rainy Season - Virgin(83)
10. Ashra - Sunrain - Virgin(76)
11. ヤプーズ - 大天使のように - テイチクエンタテインメント(88)
12. Roxy Music - Rain Rain Rain - Polydor(80)
13. J.D. Emmanuel - Rain Forest Music - North Star Productions(81)
14. 大沢誉志幸 - そして僕は途方に暮れる - Epic/Sony(84)
15. Madonna - Rain - Maverick(93)
16. Normil Hawaiians - Yellow Rain - Illuminated Records(82)
17. 川本真琴 - 雨に唄えば - Antinos(01)
18. John Martyn - The Sky Is Crying(ElmoreJames) / Independiente(96)
19. 山下達郎 - クリスマス・イブ - ワーナーミュージック・ジャパン(83)
20. Felix Laband - Rain Can - African Dope Records(02)
次 RCサクセション - 雨の降る日 - ユニバーサルミュージック(13)
or Felt - Rain Of Crystal Spires - Creation Records(86)

 年間で300から400近くの映画を観るけれど、そのうち50本は邦画に当てている(週に1本ということですね)。洋画は10本観て5本が外れ だと感じ、邦画は10本観て9本が外れだと感じる。この時に覚える深い脱力感を乗り越えてなお前進できるネトウヨが果たしていまの日本にどれだけ いるだろうかと思いつつ、それでも僕が邦画を観ているのはもはや怖いもの見たさとしか思えず、なかば平衡感覚を失いながら「『女子ーズ』観た?」 などと木津くんにメールしてしまう(返信は「そんなコワいもの観ませんよー」という常識ライン)。そのようにして右翼も遠巻きにさせる邦画界では ありますが、ひとつだけ名作の法則があります。洋画だと食事のシーンがよく撮れている作品はたいてい名作だと言われるように(粉川哲夫しか言ってない?)、邦画は「雨」がよく撮れている作品は名作の可能性が高く、最近だと、あまり好きな監督ではなかったのに(つーか、『ユリイカ』を観て3日も偏頭痛で寝込んだというのに)青山真治監督『共食い』が非常によかった。ATGのような憂鬱を表現する「雨」ではなく、激動を伝える「雨」が よく撮れていて、その意味が最後にわかるところも驚きだった。……しかし、それにしても、ほかにサンド、デムダイク・ステア、レインコーツ、カン、 ユーリズミックス、クインシー・ジョーンズ、チャンス・ザ・ラッパー…と、レイン・ソングはあり過ぎでしょ〜。マニック・ストリート・プリー チャーズによる『雨にぬれても』のカヴァーは途中までペイル・ファウンテインズにしか聴こえないのはご愛嬌。

シノザキ サトシ(禁断の多数決)

The Cascades - 悲しき雨音
武満徹 - Rain Spell
Ashra - Sun Rain
Ellen Allien - Sun the Rain
Gene Kelly - 雨に唄えば
Madonna - Rain
谷山浩子 - 催眠レインコート
Jon Hassel and Brian Eno - Delta Rain Dream
B・J・Thomas - 雨にぬれても

高橋勇人

1. LIBRO - 雨降りの月曜
2. Don Cherry - Until The Rain Comes
3. Pharaoh Sanders - After the Rain
4. MarkOne - Rain Dance
5. Little Dragon - Stormy Weather
6. Jephe Guillaum and Joe Clausell - The Player Acoustic Mix-
7. Pinch - Angels in the Rain
8. Nick Cave & The Bad Seeds - Ain’t Gonna Rain Anymore
9. Leonard Cohen - Famous Blue Raincoat
10. Prince - Purple Rain

the lost club

the lost club - ”rain”

照沼健太

Beck - Mutations

しんしんと降る雨が、あきらめ、寂しさ、悲しみ、心地よさといったさまざまな色に染まりながら、やがて止んでいく。そんなアルバムだと自分では思っています(妄想)

白井 哲

荒井由実 - ベルベット・イースター

二木信

井上陽水 - 夕立

天野龍太郎

Burial - Dog Shelter
cero - 21世紀の日照りの都に雨が降る
Chance The Rapper - Acid Rain
Faust - It's A Rainy Day, Sunshine Girl
Randy Newman - I Think It's Going To Rain Today
Ray Charles - Come Rain Or Come Shine
Tom Waits - Rain Dogs
遠藤賢司 - 外は雨だよ
大瀧詠一 - 五月雨
テニスコーツ - 雨パラ

25年間生きてきて、雨というものの楽しみかたを僕はまだ持ちえていない。雨は大っ嫌いだ、不快だ。本もレコードも洗濯物もダメにしてしまうし。有史以前より雨という気象現象とつきあってきた人類が、雨への対策法としていまだ傘と雨合羽という原始的な道具を用いている、というのはなんて馬鹿げたことだろう! ……とりあえず僕は心底雨を憎んでいる(全身がすっぽり入るカプセルみたいなものがほしいなあ)。
昔のロックンロールやリズム・アンド・ブルースには雨についての歌って多いように思う。日本のフォークにも。ブリアルのトラックに聞かれるレコードのスクラッチ・ノイズはまるで雨の音みたいだ。ところで、ビートルズには「雨なんて気にしないよ」という“レイン”があるけれど、ローリング・ストーンズには雨についての歌ってなにかあったっけ……?

畠山地平

大滝詠一 - 雨のウェンズデイ

 1982年発売の大滝詠一のシングル『雨のウェンズデイ』。雨はウェンズデイ? 何故か腑に落ちるものがある。これが詩の持つ力なのかと納得していたのだけど、水曜日という名称からして、水という言葉が入っているではないか! まさか大滝詠一のオヤジギャクなのか。
 雨が降る海岸での男女の別れを歌った曲という事で、ここで描かれているシーンは有りがちなのだけど、どこか遠い昔に起きたことのようなそんな気がしてくる。大滝詠一の音楽はアメリカン・ポップスのものなのだけど、この歌詞の感性は万葉集の東人のような、そんな古来からの、そして貴族ではなく、土民たちの感性を感じてしまう。80年代に描かれる大滝詠一の愛はウクライナ問題、放射能、中国の海洋進出、集団的自衛権など世界や日本がシビアな状況になりつつあるいま、ある意味虚無感すら漂わせる距離を感じてしまうがゆえに、逆に心に響くのかもしれないと思った。

Nousless (GOODWEATHER CREW / NOUS FM) - ele-king

東海のダブステップDJ。ピュア、ディープ、レゲエ等のサウンドをヴァイナルでサポート。専門ラジオ「NOUS FM」を各週配信する。

■DJスケジュール

6/6: GOODWEAHTER#36 - P Money & Royal Japan Tour (at CLUB JB'S)
Acts: P Money / Royal-T / Part2style Sound / Skyfish / チャックモリス
MINT a.k.a. minchanbaby / HyperJuice / CE$ / SAV / Nousless / ind_fris

6/17: 平日GOODWEATHER (at CLUB JB'S)
Acts: DJ Ykk / Kim morrison / DJ noonkoon / DJ UJI / SAV / Nousless

近年のヴァイナルオンリー・ダブステップ10選


1
Killwatt - Killa Dinna / Killa Inna Jungle-Ruffcut

2
V.I.V.E.K - Mantra EP -SYSTEM MUSIC

3
J:Kenzo - Magneto (Feel It) (VIP) / Ricochet (VIP) -Tempa

4
DJ Madd -High Grade / Judgement Time (Remixes) -1DROP

5
Coki - Demonator / Indian Girl -AWD

6
Starkey - DPMO feat. Trim / Poison feat. Leah Smith -Slit Jockey Records

7
Mavado - Dem A Talk (TMSV Dubstep Refix) -Not On Label

8
Commodo - F_ck Mountain / Good Grief -Hotline

9
D-Operation Drop - Rockin Da Nation feat. Idren Natural / Addis Abeba-Lion Charge Records

10
Hi5 Ghost - Kung Fu Kick / (Kahn & Neek's Happy Slap Remix) -Bandulu

 ワールドカップ開催まであと1週間となった今、私の住むメキシコシティでも、人びとは浮き足だっているように見える。
 メキシコでサッカーは国民的スポーツだ。2012年のロンドン・オリンピックで、メキシコのサッカーチームは金メダルを獲得したが、まさにその瞬間、私は外科手術入院の日であり、国立病院のテレビの前で、患者も見舞客も医者も看護婦も警備員も飛び上がって大騒ぎしている姿を目の当たりにしたのだった。そんな状況で手術が成功したのは言うまでもない。執刀医の士気を高めてくれた、メキシコのサッカーチームに感謝せねばならない。
 もちろん、一般のオフィスでも、サッカーの重大な決勝戦の日には、社内に大型テレビが持ち込まれ、業務中の観戦タイムが設けられる。もしもサッカー中継を見ることができない会社があったら、ブラック企業にされかねない。

 サッカーを含む、多くのスポーツがビジネスの材料となり、ワールドカップやオリンピックのような祭典の影には、大きな利権が絡む。国際的スポーツの祭典で生まれるナショナリズムは、民衆の意識をうまくコントロールのために利用される。
 そういった理由から、私はサッカーを含むスポーツ全般をどうしても素直に受け入れられず、暇があればテレビのサッカー中継にチャンネルを合わせる夫を冷ややかに見てしまう。ワールドカップ中には、その冷戦は激化するだろう。いや、彼もサッカーの裏のビジネスや問題に気づいている。それでも、その熱狂を断ち切ることはできないのだ。

 さて、ワールドカップが開催されるブラジルで、現地の一般のひとびとは、どのように捉えているのだろう。そんなことを知る足がかりとなるのが、今年日本公開された映画『聖者の午後』(フランシスコ・ガルシア監督)だ。
 サンパウロを舞台にし、フリーターの男女カップルと、祖母の家に居候して客がほとんど来ないタトゥースタジオを経営する男という、うだつのあがらない三十路の3人を軸に展開する。この3人は友人なのだが、いつも飲んだくれて、ウジウジとした話ばかりする。テレビやラジオでは、ワールドカップやオリンピックの経済効果や発展を鼓舞するニュースばかりが流れる。しかし、自分たちには何も反映されていないような虚しさ。働き、学校を出たところで豊かな生活が待っているわけではないと、絶望的なことを言いながらも、そんなウジウジを言い合える仲間がいることや、いつもテレビを見たまま居眠りしているけど、ただそこに変わらずにいる祖母の存在で、微笑ましい気持ちになるのが、この映画の救いだ。なんだか、日本や世界のいたるところで共通していそうな虚無感でもある。


映画『聖者の午後』予告編(配給:Action,Inc.)

 いっぽうで、ブラジルの生々しい現実を伝える映画もある。
ここ数日、メキシコを含む、世界のネットメディアやSNSで話題になっている、デンマークのミケル・ケルドルフ監督のドキュメンタリー『The Price of the World Cup』だ。

 ストリートチルドレンの更正支援団体の代表や、その団体が作った元ストリートチルドレンたちによるサッカーチームのメンバー、現在も路上で暮らす子どもたち、ファベーラ(低所得者層居住区)の住人たち、ブラジル人権委員会、活動家たちへのインタヴューが収録され、丁寧に作られている。

 ブラジルでは、ワールドカップ関連の建設物のために20万人近くが立ち退きになったなか、ファベーラでも、最新鋭ロープウェイの路線建設のために、多くの家が立ち退きにあった。その住人のひとりは、「ロープウェイは地元の人びとが利用するためではなく、発展の象徴として、外国人たちに見せつけたいのよ」と語る。
 ブラジルのストリートチルドレンの数は24000人以上とされるが、映画では2013年だけでも道に暮らす210人の子どもたちが殺されている事実を露にする。
 ブラジル人権委員会代表は、その件に関し、「ワールドカップ開催場所付近のストリートチルドレンたちを、政府や警察、軍が、民間人を雇って殺害している」と語る。
 また、ワールドカップ開催にむけての費用をかける企業が多くなったため、資金援助を得られなくなったストリートチルドレンの更正支援施設が、閉鎖に追い込まれていると、支援団体の代表は語る。
 「そのなかには、児童売春をしていた子どもたちの更生施設も含まれている。施設が閉鎖されたら、子どもたちはまた路上に出て、売春をすることになるだろう」
 映画は、スタジアム1件の建設費用で、ブラジルの公立小学校がどれだけ建設できるかという疑問を投げかける。
 かつては路上で暮らし、更正施設を経てから、現在は仕事もし、アパートで暮らす青年は、「恋人と一緒に暮らしているんだ。路上にいる頃は、こんな生活が訪れるなんて思ってもみなかったよ」と言う。そして、彼は社会支援団体が作った元ストリートチルドレンたちによるサッカーチームの選手となり、サッカーを心から楽しんでいる。

 映画は、誰もがあたりまえに持つ権利を、あたりまえに持てない状況があることを捉え、ブラジルでの大規模なワールドカップ反対運動が起こることになった問題の根幹について触れているのだ。

 ワールドカップ開催目前にして、日を追うごとに激しさを増すブラジルの反対運動の様子を窺っていて、まっさきに頭に浮かんだこと。それは、1968年10月2日、メキシコシティオリンピックの開催反対のため、メキシコシティのトラテロルコ地区の広場に集まった、学生を中心とした400人近くが、メキシコ政府によって虐殺された事件だ。
 学生たちは、国がめちゃくちゃな状態なのに、オリンピック開催とはとんでもないと反対運動を起こしたが、政府は軍を使い、広場に集まった人びとをヘリコプターを使って射撃した。広場を埋め尽くした血は、一日のうちにきれいに洗い流され、虐殺事件は、なかったことにされた。それから10日後、メキシコシティオリンピックは、全世界から注目されるなか、華々しく開催された。
 後にこの事件は、メキシコの歴史上の汚点と呼ばれ、毎年10月2日にはこの日を決して忘れないために、メモリアル・デモが開催される。

 このトラテロルコの事件から46年経ったいまも、メキシコの問題は山盛りであり、人びとは毎週のようにデモを決行する。教育法や税法改革、石油の民営化に反対する市民たち、土地を剥奪された農民たちや、権利を訴える先住民たち、暴力に反対する女性たち、政治犯解放を訴える家族や恋人たち、仲間たち、殺されたジャーナリストたちの遺族たち.....まるでデモの週替わりメニュー状態である。
 デモは交通機関が麻痺するし、道が閉鎖されて、迷惑だと多くの人びとが口にする。でも、不満や怒りすら、外に向かって言えなくなったときこそが恐ろしいのだ。
 先にも述べたように、サッカーにあまり興味がない私だが、デモで大通りが閉鎖になったのを利用して、露天商の人びとがサッカーを始める瞬間が好きだ。
 都会の真ん中に突然空いたスペースで、空き箱をゴールに見立てて、人びとが生き生きとサッカーする姿は、いつまでも眺めていたい。
 きっとそこには、純粋にサッカーを楽しむひとたちがいるという安心感があるからだろう。

 最後に、ラテンアメリカを代表するメキシコのミクスチャーロック/スカのグループ、マルディータ・ベシンダーの曲「Pura diversión(純粋な娯楽)」のヴィデオを紹介したい。このヴィデオは、メキシコシティのゲットーのなかのサッカーコートで撮影された。

 テレビを眺めているのは退屈すぎるから
 俺はサッカーコートへ行くよ
 地元の仲間たちと遊ぶんだ
 俺のワールドカップをやるんだ
 ストリート・サッカーには金はない
 純粋な楽しみなんだ
 本当のサッカー
 自覚のサッカー
 ここには暴力はなく楽しみだけだ

M. Geddes Gengras - ele-king

 2013年暮れ、久々に再会したゲド・ゲングラスはいまだに興奮冷めやらぬ様子でアクロン・ファミリーとしての初来日の思い出を語りまくっていた。「モスバーガーはバーガーの形をしているけどバーガーじゃないよな!」「公衆便所キレイ過ぎ!」僕は彼が存分に日本を満喫してくれたことを確信し、安堵した。

 ゲドは変わらず多忙な男だ。いやむしろさらにクソ忙しくなっている。サン・アロー(Sun Araw)のプロデュースやサポートはもちろんもちろんのこと、同じくサン・アローのキャメロン・スタローンと主宰するダピー・ガン(Duppy Gun)、数多くのLAローカルのアーティストのプロデュース、最近はピュアX(Pure X)のサポートとしてもツアーを回り、その合間を縫ってはテクノ・プロジェクトであるパーソナブル(Personable)と本人名義での活動をフェスティヴァルでの演奏からアートギャラリーでのインスタレーションまで拡大させている。誰もが彼をリスペクトするのがおわかりになるであろうか?

 ゲドと出会って間もない頃、僕はおそらくこれまで彼の人生で頻発しているであろうやりとりをした。「ゲドってクールな名前だよな。だって……」「ウィザーズ・オブ・アースシー(邦題:ゲド戦記)だろ?」「……そう。あの本は子どものときに読んでトラウマになったよ」「ありゃドープ・シットだぜ」なんたらかんたら……。
 マシューデイヴィッド(Matthewdavid)が主宰する〈リーヴィング・レコーズ〉より今月末にLPがドロップされる『イシ(Ishi)』は、『ゲド戦記』の著者であるアーシュラ・K・ル=グウィンの母親、シオドラ・クローバーの著書『イシ 北米最後の野生インディアン』を下地に彼のモジュラー・シンセジスによって紡がれた壮大なアンビエント叙事詩だ。高校生のゲド少年がこの著書に出会い、衝撃を受け、後に自身のフレーム・ワークの中に落とし込んでいったというのはなんともロマンティックだ。いい意味で生半可でないニュー・エイジ思想をプンプンに感じさせる近年の〈リーヴィング〉からのリリースというのも納得だ。


pAradice (Life Force / Library Records / △) - ele-king

三軒茶屋のDJbarカルチャーで育って、現在Life ForceにてDJ、装飾担当、東高円寺Library Records水曜の人。
今年は定期的にmixもつくっているのでよろしくお願いします。
https://soundcloud.com/dj-paradice

DJ Schedule
6/7.8 ”天狗祭” @おおばキャンプ村
6/13 "MARK E 『Product Of Industry』Release Party @air
6/14 "Psychedelic Session" @天狗食堂
6/21 "Casaverde" @Grassroots
6/27 "Moringa" @横浜Galaxy

6/28 "LifeF Force" @Unice にmixerとして参加します!
  DJ:Asusu,Mana,Inna https://lifeforce.jp


カフェで聴く一枚、モーニングからミッドナイトまで(時間経過とともに)

interview with MC Kan - ele-king

一生かけても言葉でこの街改造/野望はでかいぞ ――漢
拡声器空間~MIC SPACE(FROM MS CRU)
“新宿アンダーグラウンド・エリア”(2002年)

 ここに掲載するMC漢のインタヴュー記事は、昨年9月25日にDOMMUNEで放送された番組「鎖GROUP presents MC漢SPECIAL!!」における「MC漢、激白インタヴュー!」を構成/編集したものである。

 漢はその日、自身のヒップホップ・フィロソフィー(ヒップホップ哲学)を生々しい体験談を交え、ユーモラスに語った。きわどいブラック・ジョークやギャグを巧みに駆使しながら。その卓越した話術に多くの視聴者が舌を巻き、彼のラッパーとしての神髄を見たにちがいない。


MC漢 & DJ琥珀
Murdaration

鎖GROUP

Tower HMV Amazon iTunes

 『ヒップ――アメリカにおけるかっこよさの系譜学』(篠儀直子+松井領明訳)の著者であるジョン・リーランド風に言えば、漢が2000年代に切り拓いた地平はひとまずこのように説明できるだろう。つまり、「漢は善悪の古臭い対立をなくし、救世主と悪漢というお決まりの枠から日本のラップを解放した。そのかわりに彼がラップのなかで描く人びとは自分自身と衝突することになった――性的、道徳的、および職業的に」と。そして、このインタヴューで漢が語ったヒップホップ哲学は、「では、その後、どう生きるのか?」という、一筋縄ではいかない、普遍的な問題提起をはらんでいる。

 漢は2012年の夏にヒップホップ・レーベル〈鎖グループ〉を立ち上げ、実質上のセカンド・アルバム『MURDARATION』を発表している。それから2年、ついに〈鎖グループ〉が本格始動する。6月4日には、前述した番組の続編がDOMMUNEで放送される。僕はいま、漢と〈鎖グループ〉の挑戦と彼らのヒップホップ・ドリームについてより多くの人びとと議論したいと考えているが、なによりもまずは、漢の痛快なトークを思う存分堪能してほしい。

いまは、また再びスタート地点に立っただけですね。

今日の主役のMC漢さんが到着しました。どうぞよろしくお願いします。

漢:よろしくお願いします。

DOMMUNEへの到着、番組開始のぎりぎりでしたね。

漢:どうも、みなさんにご迷惑をおかけして、たいへん吸いました。

(会場爆笑)

ハハハハハ。漢さんはこれまでもDOMMUNEに何度か出演されていますよね。

漢:これまでというか、近年、宇川さんとDOMMUNEにはすごいお世話になっていますね。(出演は)今回で確実に3回めですね。

ただ、こういう形でインターネットの生放送番組で単独インタヴューを受けるのははじめてですよね。かなり貴重な機会だと思います。

漢:なんだろうね? これまでこういう機会がなかったんですよね。はじめて宇川さんとここで会ったときから、良い意味でいろいろ近くなれるのかなっていう感触ですかね、それがありました。はじめて会ったときに、まだ俺の達していないレヴェルの人だなっていうのはわかりましたから。

漢さんが主宰を務めるヒップホップ・レーベル〈鎖グループ〉を立ち上げたのは去年でしたか? それとも一昨年でしたか?

漢:一昨年ですね。立ち上げたというか、登記したのは。だから、いまは、また再びスタート地点に立っただけですね。

これから本格始動していこうと。

漢:うん。〈鎖グループ〉を立ち上げるまでは、制作は〈ライブラ〉に任せていたけど、〈鎖グループ〉っていうのは、〈ライブラ〉のなかの〈鎖グループ〉ではなくて、完璧に独立した会社なんですね。

〈ライブラ〉を辞めて、〈鎖グループ〉を立ち上げて新たなスタートを切ったと。

漢:そうですね。ただ、進み方にはまだちょっと不満がありますね。その不満を解消して、確実にいい感じで広げていけるパワーが集まってきてはいますけどね、いま。元気玉みたいな感じなんでね。今日はその第一歩になるようなインタヴューにしたいなと。

そうですね。

漢:うん、最初は少し時系列的にいこうか。もともとMSCっていうのは、俺とGO、PRIMAL、O2、TABOO1ってヤツらとDJ陣がいたりしてはじまったわけですよ。SATELLITE(少佐、DOGMA、SAWから成るMSCの別動隊)と呼ばれるヤツらも当時からいて、それが原形だった。で、〈ライブラ〉っていうのは、俺やTABOO1が住んでいる、明治通りをはさんで反対側の神楽坂や牛込あたりの人たちで、二十歳以降に知り合ったっていうかね。お互い名前も知っていて、〈ライブラ〉の社長も俺のことは、まあ、噂で聞いていたんですね。カッコよく言うと、ストリート的な感じのビジネスで知り合って、そこから、いろいろつながって、MSCと〈ライブラ〉が合体したんですね。

それが、2003年ころですね。

漢:うん。いちばん最初にリリースしたEPの『帝都崩壊』(2001年)は〈Pヴァイン〉から出していましたからね。で、2003年のEP『宿(ジュク)ノ斜塔』から〈ライブラ〉の制作で、ファースト・アルバムの『MATADOR』もそう。だからいきなり鬼のようなスピードで加速して行った。MSCにはDJしかいなくて、トラックメーカーがいなかったから、I-DeAのスタジオでデモテープを録らせてもらって、そのときにはじめて「トラックを作るにはMPCが必要らしいぞ」って知ったぐらいだからね(笑)。作り方もよくわからない状態で作っていたんですよ。『MATADOR』のマスタリング作業には、メンバーのなかで俺だけ参加していたんだけど、マスタリングが終わったときに、当時MSCを担当してくれていた元〈Pヴァイン〉のA&Rの佐藤(将)さんに俺が言った一言は、「これ、ほんとに出しますか?」だったからね。

それはどうしてですか?

漢:自分たちがイメージしていたヒップホップではなかったから。

それはサウンドが?

漢:全部が! 自分でもよくわからなくなって、当時持っていた自信が揺らいだというかね。「あれ、大丈夫か?」みたいな感じになった。だけど、『MATADOR』はじょじょに効いてくるんですよ。「この音楽はヤベエくせぇな」と。最後は、「この音楽はオリジナルだ」って解釈したね。ただ、当時の自分の理想のイメージに近かったのは『宿(ジュク)ノ斜塔』で、あっちのほうが良いマインドで作れていると思う。


[[SplitPage]]

社会や政府のせいにするところから、だんだん近寄って問い詰めて行って、やっぱり原因はストリートにあるのかと考えるようになっていくわけですよ。

『MATADOR』から10年経って、あの作品をどう解釈、評価していますか?

漢:当時の俺らはいい年こいて、バカみたいにアメリカン・ヒップホップを自由に解釈して、日本人文化なりに変形させるところは変形させてやっていたんだよね。それと、我々のスタート地点には、仲間のせいとか身の回りのヤツのせいにはしたくないというのがあったんですよ。「まずは社会や政府のせいにしようぜ」って。それが『MATADOR』という形で表れた。社会や政府のせいにするところから、だんだん近寄って問い詰めて行って、やっぱり原因はストリートにあるのかと考えるようになっていくわけですよ。

それはかなり興味深い話ですね。

漢:だって、いろんな経験をしてさんざん食らったりした連中が、「つまんねぇな、こいつら」とか「つまんねぇな、ここ」とかっていう不満からはじめているのがヒップホップでもあるでしょ。俺らは、そういう感じでヒップホップをやっていたから、いきなり仲間のせいにはしたくないよね。だから、おのずと社会や政府のせいだって話になるよ。当時の俺とPRIMALは、そういう話ばっかりしていたよね。だから、俺らは逆ヴァージョンなんだよね。他の日本のヒップホップのみんなはだいたいストリートから国とか政府に行くんだろうけど、俺らはいきなり社会や国や政府のせいにして、そこから身の回りというか、ストリートというか、人というか、そんな感じじゃないですか。

2000年初頭にMSCが北新宿に構えていたアジトではテレビを見るのが禁止だったそうですね。そう考えると、MSCはパブリック・イメージからするとちょっと意外なのが、ストイックで、規律のある集団だったわけですよね。

漢:ある時期からはゲームも禁止だったね。ま、ゲーム禁止令は俺が出したんですけどね。それはさ、いい年こいてんのにヒップホップやってるんだから、危なくなるでしょ、ある程度。俺らはそこに関しては、バカみたいに本気でやっていたと思うね、ピュアに。だから、俺は、趣味じゃなくて、まあ趣味だとしてもいいけど、本気でやろうぜって考えていたね。言い方は悪いけど、MSCのリーダーが俺だとして、俺をピュアに信じているメンバーがいるときは、ちょっと無茶なレヴェルに達しても、俺が言葉で「大丈夫だからさ、行けるよ」みたいな感じの説明をして成功するんですよ。みんなが100%信じ切ってくれれば。でも、ひとりでも疑いを持ちはじめたり、本気を出さないヤツが出てくると、失敗し出す元になるんだよね。当時の俺らは100%ピュアな感じで、一丸となって固まっていましたよ、気持ち悪いぐらい。そういう時代ですよ。

ある種、カルト的な雰囲気がありましたよね。

漢:当時は、なんで俺らみたいな若者が生まれちゃったんだって話をよくしていたよ。俺らの親の世代の時代や戦争の時代とか、どんな金持ちがいたとしても、日本は貧しいのが基本だったわけじゃないですか。そういう時代を経験した世代が、やっぱり自分の子どもたちには自分みたいな貧しい思いをさせたくねぇっていう甘やかしが蔓延ったのかなとかさ。だから、いまの俺らみたいのがいるんだろ、みたいな裏づけを勝手に考えたりしていたよね。でも、その時点で俺らは誰かのせいにしちゃってたんだよね、すでに。


で、意外とちびちび指を切り出すんですよ。「切れる? そのやり方で」なんて言いながら、「うわっっつっ」って(笑)。まあ、そういう感じで研ぎ澄まされていたから、あんまり失敗したことないですよ。

世の中に自分たちがいる理由を考えていた、と。

漢:そうそう。俺らのなかでは、実際にあったことを題材にリリックを書いたり、パンチラインを出したり、歌うんだけど、つい出てしまった言葉は、後付けでもやっちまえばリアルだぞって。そういうルールがあったんですよ。

恐いですね、それ。

漢:そりゃ、恐いですよ。

言葉が背後から迫ってくる、みたいな。

漢:「だったら血判を押そうぜ」って、またPRIMALが言い出すんですよ。こっちは、「血判ってなんだろう?」って感じですよ。紙と刀で。あ、刀は違うけど、まあ持ってくるんですよ、本気で指を切るものを。危なくないですか?

危ないですね、ハハハ。恐いですね。

漢:で、意外とちびちび指を切り出すんですよ。「切れる? そのやり方で」なんて言いながら、「うわっっつっ」って(笑)。まあ、そういう感じで研ぎ澄まされていたから、あんまり失敗したことないですよ。

言葉を先に吐いて、その言葉をあとから実践して、自分を言葉に追いつかせていくっていうリアルのとらえ方は、逆転の発想ですよね。

漢:まあ、プロのMCになりたきゃ、リリックでも言っているんだけど、「まず根拠のない自信が必要」で、「プロの世界で生き残りたければ今度は言葉の裏付け取る必要」(“次どこかで”)があると。そういう感じですよね。俺がだいたいイケてるなって思っていたり、ある程度の線を超えていると思うラッパーの人たちや業界の人らは、ヒップホップやレゲエ関係なく、それぞれがその部分で勝負していたり、ルールを守っていたりしている人が多いかな。感覚で言うとね。

なるほど。

漢:これは俺の持論で、リリックでも言っているけど、やっぱり「縦でもない横でもない斜め社会」(“次どこかで”)が必要なんですよ。縦社会でも横社会でもない、“斜め社会”を作って自分らで物事を決めていくというね。ただ、日本社会は年功序列で、リスペクト文化じゃないですか。たとえば敬語という文化は、みんなが幸せに生きるためのルールでしょ。なにかやるときでもとりあえず敬語を使っておけば、無駄な争いはいちおう避けられると。あと、当たり前に法律がある。裏社会も表社会も体育会系も警察でも政府でもヤクザでも、そのルールはぜんぶいっしょですよ。小学校の学級会みたいのは、その練習というか、けっきょく形式は似ている。だから、会長や社長やリーダークラスのあいだでは、下のヤツらがわからない話ができていて、で、そういう人たちの下に組合やサークルみたいのがいくつもあって上手く回っていたのがこれまでの日本社会で、そういうルールで生きてきたのが、まあ俺が思う我々日本人なんですよ。ただ、いまの時代、日本もアメリカナイズされて、そういうルールもいろいろな崩れ方をしているわけでしょ。君みたいにアメリカナイズされて、こうね。

ハハハ。そういう既存のルールが崩れかけている時代にどう生きるか、と。

漢:そういうなかで、これまでのルールややり方を簡単に止められないというのも社会だし、こういう時代に考え方が変わったり、変えるのも人間だし、変えないで貫くのもカッコいいけど、まあ、だから答えはひとつじゃなくて、“のぼり方”はいろいろあんだから、試そうぜと。俺は〈ライブラ〉のなかで、そういう違う“のぼり方”をどんどん説明していたんだけど、それを信じてくんねぇのかと。それだったら、自分は命綱なしに、他のルートで先にのぼってやっからな、と。勝手にのぼって、手助けしてやんのもいいよって感覚で独立しているんですよね。

[[SplitPage]]

まあ、プロのMCになりたきゃ、リリックでも言っているんだけど、「まず根拠のない自信が必要」で、「プロの世界で生き残りたければ今度は言葉の裏付け取る必要」(“次どこかで”)があると。

MC漢の定義からすると、たとえば、DOMMUNEの場は“斜め社会”ですか?

漢:まあ、ここは意外と斜め社会系ですね。

意外と斜め社会系(笑)。

漢:あやふやでも許される、ある意味、心が広い系ですよ。

心が広い系!?(笑)

漢:ただ、やっぱり俺が日本のラッパーを好きなのは、そうだな、日本にはアメリカとは違うヒップホップのおもしろさがあるからなんですよ。アメリカ人からしたら、日本人のラッパーが「おいっす」(握手のジェスチャーをする)とか、こうやったりする(会釈のジェスチャーをする)だけでも、「おっ、なんだよ」みたいな目で見てきたりする。「あ、お辞儀した」みたいな驚きなのか、「かっけーじゃん」って感じなのかはわからないけど、まあ、そういう挨拶が日本人とアメリカ人の間で自然にできる世代もいるしね。それはそれでよくて、俺は「仲間入れろ、コノヤロー」って感じだね。

ほお。

漢:たとえば、こう、ZEEBRAというラッパーやDABOってラッパー、RYUZOってラッパー、いろんなラッパーがしゃべったりしているのを見ていても、日本人だったら、そこからいろんなものが読み取れるでしょ。そのしゃべり方や、どこに敬語でどこには敬語じゃないとか、そういうことから。その背景を分析できて、ちゃんと説明できるヤツがいたら、だいぶおもしろいよね。俺は彼らのことをもうとっくにリスペクトしていて、みんなどんどん仲良くなっていいんじゃないですか。

かつてはDABO氏とのビーフもありましたし、いろんなビーフを経て、いまそういう考え方に至ったということなのかなと。長い間〈ライブラ〉とともに活動してきて、一昨年に〈鎖グループ〉を立ち上げる経緯についても教えてもらえますか。

漢:ヒップホップのクルーでメシを食う、日本のなかで音楽でメシを食うっていうのは、だいぶ難しいんですよ。日本では、「おまえ、ヒップホップのラッパーでメシ食うだぁ? ふざけんな!」っていうのが普通の、一般的な感覚じゃないですか。けっきょく、武器になるのはソロなんですよ。やっぱりみんながソロを出せるようになっていかなきゃいけない。最初に話したとおり、MSCと〈ライブラ〉が合体したのは、隣町の先輩、要は日本ルールの先輩で、協力できると思える先輩がはじめてできたんですよ。俺もべつにそういう関係は嫌いじゃないですから。そういった仲ですし、契約書もなくて、最初は純粋な気持ちで楽しくスタートしたんですよ。べつに会社の役員とかになったわけではないんですけど、重役として会議にも参加して、自分の意見もけっこう通っていたんですね。

2005年からスタートするフリースタイル・バトルの大会の〈UMB〉の発案者も漢さんだったんですか。

漢:〈UMB〉はもともと、その前にあった〈お黙りラップ道場〉っていうイヴェントが原形なんですよ。当時〈ライブラ〉にいたA&RのMUSSOっていう中学の同級生のヤツが、イヴェントで自分の力を試すためにやってみるって話からはじまっている。「ラップ・バトルやろうぜ!」って。俺もラップ・バトルで優勝していたし、俺もアイディアを出して、気持ちとしても〈B-BOY PARK〉には出たくないってヤツらが集まるかなって考えていたね。

2002年の〈B-BOY PARK〉のMCバトルでMC漢が優勝したことが、日本のフリースタイル・カルチャーの大きな転換点ではありますよね。その流れで〈UMB〉が立ち上がるわけですよね。

漢:そうそう。そのあたりで、日本でもルールのあるバトルが本格的にはじまった。で、〈UMB〉のDVD作ったり、ソロ・アルバム『導 ~みちしるべ~』(2005年)やMSCの『新宿STREET LIFE』(2006年)が出たりして、俺ひとりだったら、最初の1、2年は、まあお金はもらっていましたね、それなりに。

そうですか。

漢:でも、俺らの仲間がどれだけのギャランティをもらっているのかという話はしていなかったんですよ。ただひとつ言えるのは、ストリート・ハスリングみたいな感じでやっていようが、ラップの金でやっていようが、組織やグループだったら、ある程度のところまでみんなが潤わないと、誰かが犠牲になることになる。そのあたりで、俺の理想と違うなあっていうところも出てきたわけですね。不安な部分もあるなと。余裕がないなら、まあまあ、俺が犠牲になってもいいよ、じゃあ、そこは、という気持ちもあったけど、身近な人間に抱きたくもない感情が増えてきたり、そういう人間社会現象が起きてきちゃうわけですよ。ドーナツ化現象の内側のドーナツ部分の壁みたいな感じの狭いところでループするようになっていきましてね。

ドーナツ化現象の内側のドーナツ部分の壁?

漢:ドーナツ化現象の内側のドーナツ部分の壁みたいなところですから、そこにいる人たちは外部の人間ではない。でも、その短い距離で人が離れていく。そうなっちゃうと、俺のなかではヒップホップじゃない。俺の一言にたとえ騙されてでも、それが100%だったら成功するルールじゃなくなってきた。主婦的行動の井戸端会議で極端な憶測も飛び交うようになってしまって、ブルい過ぎてしまうぞ、エヴリデイ、みたいな現象が起きてきたわけです。

どういうことですか?

漢:まあ、やっぱり人間が増えると、社会になりやすいですよ、日本ってね。身内でえげつねえ、みたいな現象が起きてくるようになるんですよ。「なんで、この短い距離でそのことを確認すんだよ」ってなってくる。そういうところから、僕がいまインターネット・サーフィンに乗せているインタヴューの旅がはじまっているんです。

[[SplitPage]]

組織やグループだったら、ある程度のところまでみんなが潤わないと、誰かが犠牲になることになる。そのあたりで、俺の理想と違うなあっていうところも出てきたわけですね。不安な部分もあるなと。

つまり、そういう背景があって、〈鎖グループ〉を立ち上げようと動きはじめると。

漢:そう。ヒップホップだけで食っていくためにはいろんなところを改善したり、ルールを作らないといけないなと考えるようになったんですよ。独立して、自分のやり方や力を試して、なるべく日本の音楽でアーティストにお金が入るシステムって作れないかと考えた。そのためには、プレイヤーがやるレーベルじゃなきゃ意味がねぇなって考えたわけです。だから、早く〈鎖グループ〉を立ち上げて、軌道に乗せたかったんですけど、俺が独立するとなると、今度は不安がる人たちが増えちゃったんですよ、なぜか。

うーん。

漢:俺は、友だちとか先輩と言うのであれば、自分から問いかけてこないかぎりは信じないスタイルなんですよ。でもそうなると、今度は、「ナメられている」と勘違いしちゃう人も出てくるんですよ。いい歳をして使う言葉じゃないと思うんですけどね、「ナメられている」というのは。

MSCの結束力も揺らいだ?

漢:結束力の前に、そこが崩れることはまずないんです。MSのヘッズのオリジナル・メンバーに関しては、俺が身内社会でなにを言われていようが、風評があろうが、「いや、あいつは最初からそうだから大丈夫でしょ」という感覚なんです。お互いたしかめることもしない。我々は小さいながらも、いろんな形のヤマを乗り越えてきたメンバーだから、そこは大丈夫なんですよ。だけど、それ以上の人間の人数が関わっているので、その影響もある。たとえば、警察だったり、黒い世界の人たちだったり、井戸端会議の勝手な憶測で、そういう名前が浮上して、ぜんぶが俺のせいになるのであれば、俺は離れた方がいいじゃないですか。そういう話になったんですよ、〈ライブラ〉で。だから、まあ俺にも氷河期っていうのがあるんですよ。

氷河期なんてあったんですか!?

漢:ありますよ、ビックリすることに。簡単に言ったら、〈鎖グループ〉を立ち上げて、まずCDを一枚出して、出せなかった曲も出した。で、そのときに俺が予想していた一年から一年半よりももっと早く、半年という期間で〈鎖グループ〉の当時のメンバーとかアーティストたちはいちど散った感じですよね。散ったとしても戻ってくるんだろうなっていうのはわかっていますけど、いまの〈鎖グループ〉は、MASTERとDJ 琥珀と自分の3人がメンバーなんです。俺の氷河期のころのちょっと聞いたことがないおもしろい話をひとつしようか。いまはカタカタ(キーボードをタイプするしぐさ)の時代でしょ。

それ、インターネットのことですか?

漢:はい。駐車場を〈鎖グループ〉の会社名義で借りようとしたら、審査に落ちましたよ。駐車場の審査に落ちるなんて話は、俺はいっさい聞いたことがありませんよ、知り合いの不動産屋に聞いても。銀行系もギリでしたね。

えぇぇ。

漢:はい、ギリでした。そういう氷河期のときに、なるべく俺に暖房をあててくれたのがMASTERだったり、DJ琥珀がすげぇ優しくケツを叩いてくれたり、このふたりがいたから、〈鎖グループ〉は氷河期を越えることができましたよ。その当時、D.Oの曲がグッサリ刺さっちゃって。

どの曲ですか?

漢:「みんな俺に大丈夫か? って訊くが/みんなは逆に大丈夫か?」(“I'm Back”のD.Oのラップの真似をしながら)ってリリックに、「うわーっ」ってなっちゃって。

(会場大爆笑)

アハハハハハッ。

漢:まさに俺に「大丈夫か?」って訊いてくる「おめぇが大丈夫か?」って話だったんですよ、当時は。それを俺に言わせんなよって。だから、俺もひとりずつメンバーを呼んで、「俺は〈鎖グループ〉をやるから」と宣言したんですよ。


いち早く、若いうちにがっつりメイクできるのが、ヒップホップのひとつのドリームじゃないですか。そっから失敗しようが、成功しようが、そういう夢があるのがヒップホップだから。

こういう言い方も陳腐かもしれませんが、一世一代の勝負だったと。

漢:お笑いの世界とかをバカにしているわけじゃないけど、日本ルールで「30になってから売れる」とか「男は30から」とか、そういうのはヒップホップじゃないと俺は思っている。いち早く、若いうちにがっつりメイクできるのが、ヒップホップのひとつのドリームじゃないですか。そっから失敗しようが、成功しようが、そういう夢があるのがヒップホップだから。音楽を作って出して、もらえるもんはもらう、それで、見る夢は見る。そうじゃないと、モチヴェーションがなくなっちゃうでしょ。だから、〈鎖グループ〉を立ち上げたんです。俺もこれまで吐いたツバは多少、三口、四口飲んだことはラップやっているからあるかもしれないけど、たとえば、夏だからって、吐いたツバをキンキンに冷やしたジョッキでガブ飲みするようなことはしませんよ。

アハハハハ。

漢:そんな吐き気がするようなことはしないし、したくない。ただ、さすがに氷河期のころは、そこまであからさまにガブ飲みするような現象が起きるのかもしれないってところまで行った。だけど、もう氷河期を越えることができました。

最後に、今後のMC漢と〈鎖グループ〉の野望について訊かせてください。

漢:お互いがちょっとでも理にかなっていたり、おもしろい曲ができたり、意外とこういう人らがつながって、こういう曲になるんだとか、いまの日本で物足んなかったヒップホップやスタイルを提示していきたいと思っているね。さっきも言ったけど、「縦でもない横でもない斜め社会」で、タテノリ、ヨコノリよりも、35歳でいまだにワルノリで、ブリブリになれればいいなって感じですよ。俺の場合はやっぱりヒップホップだから、正式契約書にサインして、その場で楽曲を発表する契約公開を次はやりたいと考えていますね。宇川さん次第ですけど、できればドミューンで第2回めの放送もやらせてもらいたいなと。〈鎖グループ〉で俺がやろうとしているヒップホップ・ドリームは実現できると思っているんで。そうしたら、もっと威張りクサリますよ。

■2014年6月4日(水)

19:00~21:00 「BLACK SWAN presents THE SHO a.k.a. 佐藤将~ある日本語ラップ狂の唄~」

出演:DARTHREIDER(BLACK SWAN)、TONY BOY、黒鳥 司会:二木信

21:00~24:00 「9SARI OFFICE presents 鎖グループ&BLACK SWAN公開記者会見&SPECIAL LIVE!!!」

出演:MC漢(鎖グループ)、DARTHREIDER(BLACK SWAN)、MASTER(鎖グループ)、鎖グループ&BLACK SWAN契約アーティスト8、9組 司会:二木信

DJ:琥珀(鎖グループ)、KOPERO(BROTHER'S MACHINEGUN FUNK) & MORE!!!

DOMMUNE前回放送で話題が爆裂したMC漢率いる鎖グループ。社内別LABEL 〈BLACK SWAN〉の代表にDARTHREIDERを向かえ、新体制でついに始動! 前半は、〈BLACK SWAN〉前代表、故佐藤将氏の功績を辿る、佐藤将追悼特集「THE SHO a.k.a. 佐藤将~ある日本語ラップ狂の唄~」。後半は、公開記者会見を放送しレーベル構想を一気に語りまくります。メディアを呼び込み、それぞれが報道する新しい情報発信の形を提示します。所属アーティストとの公開契約、アーティストライヴ、質疑応答など内容は盛りだくさん。さらに、MC漢による爆弾発言のコーナーも……? 何が起こるのか……。間違いなく想定外な2時間! 今年、もっとも見逃し厳禁なHIPHOP放送!

www.dommune.com

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495