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#4:ステファン・ゴールドマンとの対話 - ele-king

 実験精神旺盛なレーベル〈Macro〉のオーナーであり、〈Panorama Bar〉でもレギュラー・パーティに出演するDJであり、ハウスと現代音楽を横断するプロデューサーでもある生粋のベルリナーであるステファン・ゴールドマン。日本でも人気は高いはずだが、不思議なことにこれまで日本のメディアに取材を受けたことはないという。しかも来年には3ヶ月日本に滞在する予定になっている。これはぜひ日本の音楽ファンにも彼のことを知って頂きたいと思い、インタヴューを行った。ちょっと意外なバックグラウンドのこと、レーベルのこと、父フリードリッヒ・ゴールドマンのこと、そしてベルリンのことを聞いた。

父がレコードをかけている姿はほとんど記憶にないです。それより楽譜を読んでいました。音を聴かなくても楽譜を読むことでその音楽が彼には聴こえていたんですよ。まるで新聞を読むように楽譜を読んでいた。変な感じでしょう? 僕にはできませんけどね、世のなかにはそういう人もいるんです(笑)


Stefan Goldmann
Macrospective
Macro/Octave-lab

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本邦初インタヴューということで、いろいろ伺いたいことはあるんですが、まずは最近のリリースの話からにしましょうか。レーベル〈Macro〉設立から5周年、そして25番目のリリースとしてミックスCD『Macrospective』が出たばかりですよね。

ゴールドマン:そうですね。

まったく同じトラックリスト(選曲)をあなたとフィン・ヨハンセンふたりのDJがそれぞれ違う順序でミックスするという、ちょっと変わったダブルCDですが、このアイディアはどのように生まれたんですが?

ゴールドマン:収録している曲自体はデジタルでしたら誰でも変えますし、フィンも僕もすでにミックスやポッドキャストはかなりの数やってきているので、普通のミックスではつまらないと思ったんです。商品としてそれほど魅力がない。そこで特別でユニークなものにするにはどうしたらいいか考えたんです。いままで誰もやっていないし、5周年を機に過去のリリースを振り返る意味でもいい企画だと思いました。聴く人がそう思ってくれるといいんですけど!

資料によるとフィンのミックスは一発ライヴ録りだそうですが、あなたのミックスはどのように録ったんですか?

ゴールドマン:僕のもレコードでライヴ録りですよ。ただフィンは本当にクラブでプレイするみたいに、その場で曲順も決めずに「一発録り」したのに対し、僕は8~9回録ってみた中で一番満足できたものを出しました。多少雑音を消したりといった後処理はしましたけど、ミックスはいじってません。だから若干のミスは残してあります。

あなたのDJとしてのキャリアは、実はあまり知らないんですが、いつ頃からやっているんですか?

ゴールドマン: 学生の頃にドラムンベースを回しはじめたのが最初ですね。98年くらいかな。友だちとベルリンでアンダーグラウンドなパーティをオーガナイズしてたんです。 その後2年ほどDJを止めていた時期がありました。あまりその頃の新しいドラムンベースの流れが好きじゃなくて。それで自分で制作をするようになったんですが、「ドラムンベースじゃなくてハウスが作りたい」と思ったんですよ。でもそれまでハウスをやっていなかったので、ハウスDJとして自分のスタイルを確立するまでには少し時間がかかりました。「プロ」としてDJをするようになったのは、最初のリリースが〈Classic〉からだったこともあり、ドイツではなくUKでよくやっていました。〈Perlon〉から曲を出してからですね、ドイツやそれ以外の国でもやるようになったのは。2004~2005年くらいかな。

実は先日Discogsであなたの過去のリリースを確認するまで、〈Classic〉からデビューしたということは知らなかったんですよ。ちょっと意外でした。〈Classic〉と言えばデリック・カーターのイメージが強かったので。

ゴールドマン:でも実はかなりオープンなレーベルなんですよ。イゾレーやアトランティック・フィージョンのようなものも出してましたし。

ドラムンベースに飽きてから制作をはじめたとおっしゃいましたが、それまでは音楽制作はしていなかったんですか?

ゴールドマン:バンドでベースギターを弾いていたことなどもありましたが、コンサートをやるというようなレヴェルではなくて、仲間とジャム・セッションをしていた程度ですね。

最初に世に出たのは〈Classic〉からの「Shnic Shnac EP」だったと。

ゴールドマン:実はその前に、〈Classic〉の姉妹レーベルである〈Music for Freaks〉から、Simitliという名義で2002年に1枚EPを出しているんですけど、本名で出したのはそれが最初です。

それはどういう経緯で?

ゴールドマン:自分の曲がいくつか出来上がったときに、どこに送ればいいかわからなかったので、まずは〈Poker Flat〉とか〈Playhouse〉に送ってみたんです。反応はあったんですが、リリースには至らなかった。そこで、当時〈WMF〉クラブのレジデントだったDJディクソンにデモを渡して聴かせたところ、とてもいいと言ってくれて。「外国のトップ・レーベルに送ってみたらいい」とアドバイスをもらい、「例えばどんなところがいいと思う?」と聞いたらいくつかのレーベルのリストをくれた。その内のひとつが〈Classic〉で、約1週間後に返事が来て「あなたと仕事がしたい」と言ってくれたんです。

ディクソンがきっかけだったとは面白いですね(笑)。

ゴールドマン:なんせ僕はハウスのことは詳しくなかったのでね。それまで〈Classic〉のことも知りませんでした。後で気づいたらいくつか〈Classic〉のレコードを持っていましたけど。

そして2007年に〈Macro〉を立ち上げたわけですね?

ゴールドマン:実は〈Classic〉からアルバムを出すはずだったんですが、その過程でレーベルが倒産してしまって。その後レーベルは再建されましたけど、アルバムはリリースしてもらえず終いだった。だから他に出してくれるレーベルを探しはじめて、〈Perlon〉とほとんど話をまとめたんですが、彼らはものすごい量のリリースを抱えていて、出るまでに1年以上かかりそうだということになって。それに、レーベルのA&Rに「このトラックはいいけど、そっちはダメ。これをA面にしてB面はあれにしよう......」と指図されるのにも疲れて、だったら収録曲から発売日まですべて自分でコントロールできる自分のレーベルをやろうと思ったんです。

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父、フリードリッヒ・ゴールドマンはクラシックの作曲家であり指揮者でもありました。現代的・アヴァンギャルドな作品を手がけていました。シュトックハウゼンなどの系譜の音楽ですね。ですから、僕自身もそういう音楽を聴いて育ちました。十代の反抗期に入るまでは(笑)

フィン(・ヨハンセン)は立ち上げ当初から共同オーナーだったんですか? それはどういう経緯で?

ゴールドマン:やはりレーベルをはじめるにあたり、ひとりでは不安だったので誰か頼れる人が欲しかった(笑)。まだ知り合って1~2年の頃でしたが、彼とはすぐに意気投合して。彼はドイツの音楽雑誌『De:Bug』や『Groove』、『Resident Advisor』のようなウェブサイトにも原稿を書いてきた経験があったので、プレス業務にぴったりでした。レーベルのコンセプトについても共通の理解があったし、同じ考え方を持っていたので協力し合うことにしたんです。

5年経って、これまでのレーベルの歩みを振り返ってみてどうですか?

ゴールドマン:やはりレーベルをはじめたときは、「こんな人と仕事したい」とか、「こんな作品を出したい」というアイディアを勝手にいろいろ持っていて、それが実現可能かどうか、相手が僕らと一緒に仕事をしてくれるかどうか全然分かりませんでしたが、実際その多くを実現できました。それに、まったくの新人であるエレクトロ・グッツィのようなアーティストを世に紹介できたことも、とても誇りに思っています。素晴らしいリミキサーたちにリミックスを手がけてもらうこともできました。5年間を振り返ってみても、いい「音楽ファミリー」を築けたと感じますね。〈Classic〉や〈Perlon〉や〈Innervisions〉では絶対に出さないような風変わりな自分の作品も出すことができましたし(笑)。まだしばらく続けていける、いい基盤が整ったように思います。

レーベルのA&Rとしては、どんな基準で出すアーティストや作品を選んでいるんですか?

ゴールドマン:陳腐な言い方に聞こえてしまうかもしれませんが、私たちが求めているのはユニークなサウンドを持っているアーティストです。「○○っぽい」とか、「××風」、あるいはすでに〈Macro〉で出しているアーティストのような作品はもう必要ありません。他のレーベルが出していないようなものを出してきたと思いますし、それがひとつの判断基準になっていますね。プロダクションの上手さにはそれほどこだわりません。まあまあのアイディアで精巧に作られたものよりも、技術的にはそれほど高度でなくても面白いアイディアが光るものがいい。

実際にはどうやってそういうものを見つけ出すんですか? 積極的に探しに行くのか、それとも勝手に集まって来るものですか?

ゴールドマン:いろいろですね。個人的な知り合いを介してということもありますが、エレクトロ・グッツィなどはまったく接点はないのに向こうからレーベルのことを知ってデモを送ってきてくれました。ピーター・クルーダーは、もともとレーベルのプロモを送っていた相手でした。リリースを気に入ってくれていて、ある日「こんな曲があるんだけど、良かったら出さない?」と曲をくれて。「ワオ、ほんとですか?」という感じでしたね。

なるほど。でもレーベルのカラーを保ちつつ、ユニークなものに寛容であることは難しくないですか?

ゴールドマン:レーベルのやり方というのは主にふたつの方法に分けられると思います。ひとつは、特定のサウンドを確立して、それを追求する方法。でもこの方法は短期的には有効ですが、長期的に続けるのは難しい。5年以上は無理だと思います。もうひとつの方法が、ひとつひとつのリリースを個別に扱う方法。〈Warp〉や〈Ninja Tune〉のようなレーベルはこれをやってきたから、聴く人を驚かせながら長く人気を保つことに成功しています。

いま例に出てきたレーベルは、同じアーティストと継続的に仕事をしてともに成長してきたレーベルでもありますよね。

ゴールドマン:そうです。まだ〈Macro〉は5年しか経っていませんが、そういうつもりでやっています。いま一緒に仕事をしているアーティストたちとはずっと一緒に成長していきたいですね。若いアーティストというのは、そのときにいくつかいいトラックが作れても、同じクオリティのものを作り続けることが出来るとは限りません。ですから、潜在力、成長の可能性を見出すことが重要だと思いますし、〈Macro〉ではそういうアーティストたちと仕事をしているつもりです。だから10年後、15年後も一緒にやっていけたらいいなと思っていますよ。

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B面とD面を組み合わせてループを構築することができるようにしたものを出しました。片方が4/4拍子で、もう片方が3/4拍子なので、同時にプレイすることで異なるリズムのループを作れるようになっています。何か人がやっていないことを考え出すのは、僕の趣味みたいなものです(笑)

レーベルの今後の展開として、新たな計画などはありますか?

ゴールドマン:今後の予定は、同じアーティストたちと一緒にやっていくということ以外はとてもオープンです。向こう6ヶ月ほどの予定は決まっていますが、それ以降は決めていません。年内はエレクトロ・グッツィの新しいアルバムが11月に出て、ピーター・クルーダーのシングルが12月に出ます。来年は、そろそろ自分の制作に集中したいと思っています。ですから、リリースの数は少し減るかもしれません。実は、4月から京都にしばらく滞在する予定なんです。僕はハードウェアを中心に曲作りをするので、それまでにはある程度完成しているようにしたいですね。日本に全部持って行くわけには行きませんから。

「アーティスト・イン・レジデンス」というプログラムで日本に行かれるということですが、そのことを少し教えて下さい。

ゴールドマン:はい。ドイツのゲーテ・インスティテュートが、京都に「ヴィラ鴨川」という施設を持っているんです。ドイツ文化を紹介する事業の一環として、ドイツのアーティストを3ヶ月滞在させ、日本のオーディエンスにドイツ文化を伝えたり、日本のアーティストとの交流を行います。実は遊び半分でそれに応募してみたところ、受け入れてもらえた(笑)。ちょっと驚きましたね!

でも少なくとも日本に行きたいという気持ちはあったわけですよね?

ゴールドマン:もちろんです。日本には1度だけ、5日間だけしか行ったことがありませんが、とても興味を持ちました。5日間だけでは東京のいち部を見れただけで、不十分だと感じたんです。ですから、3ヶ月という時間があればだいぶ日本のことを知ることができると思いました。これまでにもフォース・オブ・ネイチャーのリミックスをやったり、〈Mule Musiq〉のミックスCDを制作したりと日本のアーティストやレーベルとも交流があったので、長期滞在することでより密なコラボレーションの機会も生まれるのではないかと思います。

京都にはまだ行ったことがないんですね?

ゴールドマン:ないんです。いろんな人から話は聞いているんですけど。だからとても楽しみですね。

東京とはまた全然違うところなので驚かれるとおもいますよ!

ゴールドマン:そうですね。とても美しいところだと聞いています。

少し話を戻しますが、先ほど楽曲制作をはじめたのが90年代も終わりになってからのことだと聞いて少し驚きました。日本のリスナーでは知らない人も多いと思うんですが、あなたのお父さんは著名な作曲家でいらっしゃいますよね。少しお父さんのお話も聞かせて下さい。

ゴールドマン:実は、父は京都に行ったことがあって、同じゲーテ・インスティテュートで講義をしたこともあるんですよ! 父、フリードリッヒ・ゴールドマンはクラシックの作曲家であり指揮者でもありました。現代的・アヴァンギャルドな作品を手がけていました。有名なところで言うとシュトックハウゼンなどの系譜の音楽ですね。ですから、僕自身もそういう音楽を聴いて育ちました。十代の反抗期に入るまでは(笑)。反動でクラシックのピアニストやミュージシャンには絶対になりたくないと思いました(笑)。

でも、それまでにレッスンを受けさせられたりはしていなかったんですか?

ゴールドマン:父はあまり気にしていませんでしたね。でも母は僕に長いあいだピアノの練習をさせようとしました。いまでは、そのお陰でMIDIキーボードなどの電子楽器を操作でき、すべてマウスでプログラムしたりする必要がないので良かったと思っていますが、当時はまったくピアノに興味が持てなかった。即興演奏は好きだったんですが、既存の曲を弾く練習をするのが嫌いだったんです。親もそれを見て諦めた(笑)。でも、僕が電子音楽をはじめてからは応援してくれましたよ。関心も持ってくれたし。

お父さんは、電子音楽との関わりは全然なかったんですか?

ゴールドマン:なかったです。ただ、音大で彼の教え子だったポール・フリックという学生が、ブラント・ブラウアー・フリックというユニットをはじめて、彼と一緒に作曲をしたりもしていましたね。それに父の音楽仲間には実験的な電子音楽に触れていましたし、父の恩師であるカールハインツ・シュトックハウゼンは電子音楽のパイオニアのひとりですから。でも、自分自身では電子音楽を作曲したりプロデュースすることはありませんでした。

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ドイツのハウス・レーベルが外国で評価されるようになったのなんて、本当に最近のことですからね。僕の初期のリリースがドイツのレーベルではなく、UKのレーベルだったという事実もそれを物語っています。〈Classic〉からリリースした東ドイツ人は僕が初めてだったはずですよ(笑)

子供の頃、家ではどんな音楽が流れていたんですか?

ゴールドマン:家ではあまり音楽を聴いていませんでしたね。不思議に思うかもしれませんが、母が個人的に好きなものをときどきかけていたくらいで、父はあまり家で音楽を聴きませんでした。父がレコードをかけている姿はほとんど記憶にないです。それより楽譜を読んでいました。音を聴かなくても楽譜を読むことでその音楽が彼には聴こえていたんですよ。まるで新聞を読むように楽譜を読んでいた。変な感じでしょう? 僕にはできませんけどね、世のなかにはそういう人もいるんです(笑)。

へぇー! では家に音楽が溢れていたというわけじゃないんですね?

ゴールドマン:違いましたね。よくリハーサルを見に行ったり、母に連れられてコンサートを見たりはしましたけど、家に音楽はそれほどありませんでした。

音楽ファンにとっては、音楽家の親を持つことは憧れですけど(笑)、そういう音楽家系もあるんですねぇ。

ゴールドマン:親が酷い音楽を作っていたら、それはそれで悲劇じゃないですか(笑)?

でもあなたのお父さんはそうじゃなかったでしょう?

ゴールドマン:それでも、父の音楽を評価するまでには時間がかかりましたよ。父が周囲に評価されているということは何となく感じていましたけど、子供の自分にはその良さがわかりませんでした。20歳を過ぎてからじゃないですかね、父の音楽そのものに興味を持てるようになったのは。

そうなんですね。でも今年はお父さんの作品を〈Macro〉からもリリースされましたね。

ゴールドマン:はい。残念ながら本人は2009年に他界したんですが、もし生きていたら去年で70歳だったんです。そこで、『WIRE』誌との共同企画で『Late Works』というCDに商品化されていなかった彼の晩年の作品をまとめました。『WIRE』誌の購読者プレゼントとして無料で配布され、その後〈Macro〉からリリースして誰にでも買えるようにしたんです。そういうかたちで世に出せて良かったと思っています。普段なら彼の音楽に触れないような層の人たちにも聴いてもらえることが出来たと思うので。エレクトロニック・ミュージックのアーティストやDJなどからも、とても好意的なフィードバックをもらって嬉しかったですね。

お父さんから、音楽的な影響は受けていると思いますか?

ゴールドマン:僕のハーモニーへのアプローチは受けていると思います。とくにハウス・ミュージックではハーモニーを軽視しているものが多いように感じます。コードの組み合わせが耐えられないものとか、よくありますよ(笑)。もし父が聴いたら同じことを言っただろうと思います。それに豊かで厚みのある音作りというクラシック音楽の録音の技巧なども、自分の曲を制作する際に参考にすることがあります。背景音のディテールに注意を払ったりとか。

〈Macro〉は他の多くのダンス系レーベルと比べると、かなり実験的な音楽を紹介している印象がありますが、そこは意識していますか?

ゴールドマン:はい、そうですね。理由は、僕たち自身が飽きないようにしているからでしょう。レーベルによっては、レコードをDJのツールとして出しているところもありますが、僕たちはそれ以上のものと考えています。自分達のカタログの中に、それまでにない表現を加えたい。新しいことを色々試していることが、結果的に「実験的」になっているんでしょう。新しいものは実験してみないと分からないですからね。

逆に、クラブ/ダンス・フロアも意識していますか?

ゴールドマン:ええ。僕もフィンもDJですから。それが基本にあることは変わりません。そのなかで、いままでにない新たな要素やヒネリを加えるようなものを意識しています。ですから、クラブが基盤となっていることはとても重要ですが、そのクラブ体験をこれまでにないようなものにしたいんです。いくら実験的になろうとも、頭の片隅では必ずクラブを意識していますね。

また音楽的な実験だけでなく、今回のミックスCDのようにコンセプトやフォーマットも変わったことに挑戦していますよね?

ゴールドマン:そうですね。例えば『The Grand Hemiola』という作品では、2枚組の12インチのB面とD面を組み合わせてループを構築することができるようにしたものを出しました。片方が4/4拍子で、もう片方が3/4拍子なので、同時にプレイすることで異なるリズムのループを作れるようになっています。何か人がやっていないことを考え出すのは、僕の趣味みたいなものです(笑)。

カセット・テープでリリースした作品もありましたよね?

ゴールドマン:これも同じような考えのものです。〈The Tapeworm〉というレーベルから出した『Haven't I Seen You Before』というテープで、片面に5曲、裏面に同じ5曲が逆の順番に入っています。ですから、曲を再生中にリバース・ボタンを押すと、同じ曲が延々とループできる仕組みです。同じレーベルでフェネス(Fennesz)のリミックスのテープも制作しました。これは彼が出した、サンプル集のテープを元に、僕がサンプルのリミックスをしたというものです。といっても、彼のサンプルをそれに合った自分のサンプルとひとつずつ差し替えていくという作業をしたものなので、実際にはフェネスのサンプルはいっさい含まれていません。まさに実験的なおかしな作品ですが、ダンス・トラックを作るのとは全く違う体験で。そうやって、「今度は何をやってやろうか」と考えるのは楽しいですよ。

最後になってしまいましたが、一つ伺うのを忘れていたことがありました。あなたはベルリンで生まれ育ったんですか?

ゴールドマン:そうです。僕が子供の頃、両親はよくブルガリアのソフィアとベルリンを行き来していましたが、僕はずっと東ベルリンで生まれ育ってきて、ベルリンを長期間離れたことはないです。いまは西側に住んでいますけどね。

では幼少の頃は、この街がエレクトロニック・ミュージックの首都になる日が来るとは想像していなかったでしょうね?

ゴールドマン:してませんでしたね。その兆候を感じたのは、やはり90年代に入って〈Tresor〉が出来た頃からです。その頃から、デトロイトのアーティストがたくさん来るようになったり、ベルリンから彼らのレコードが出たりしていましたから。でもドイツのアーティストの曲を、外国の人たちに聴いてもらえるようになるとは、だいぶ後になるまで想像できませんでした。ドイツのハウス・レーベルが外国で評価されるようになったのなんて、本当に最近のことですからね。僕の初期のリリースがドイツのレーベルではなく、UKのレーベルだったという事実もそれを物語っています。〈Classic〉からリリースした東ドイツ人は僕が初めてだったはずですよ(笑)。いまでは多くのUKのアーティストがベルリンのレーベルにデモを送るようになっていますけど!多くのUKレーベルがそのままベルリンに引っ越してきてしまうケースも多いですしね。

そのような変化は好意的に見ていますか?

ゴールドマン:ええ、とてもいい変化だと思います。ただ、この状態がずっと続くわけではないこともわかっていますけど。ベルリンはかつて、とても不親切で排他的な街でした。90年代の後半くらいでも、例えばレコード屋に行っても本当に店員があり得ないくらい不親切で(笑)、疎外感を感じたものですが、いまでは全然変わりました。国際的でコスモポリタンな文化が流入してきたこと、さまざまな国や地域からやってきた人びとと触れ合うようになったことで、ベルリンはずっといい街になりましたよ。

外からやってきた人間としては、そう言ってもらえると嬉しいです(笑)。ありがとうございました。

(以上)

interview with Amanda Brown - ele-king

 その奇矯なエロティシズム、挑発的でビザールなヴィジュアル、ノイズ、ドローン、アンビエント、ダブ、ファンク、それから低俗なディスコまでもがミックスされる奇異な音楽性、混乱、混乱、また混乱、キッチュ、キッチュ、またキッチュ......あるいはヴァイナルとカセットで限定リリースされる大量の作品群(たとえば2005年の1年だけでも20枚以上の作品を限定リリースしている)。2004年にはじまったロサンジェルスの〈ノット・ノット・ファン〉は、現在リスナーにとってもっともミステリアスなレーベルのひとつである。
 アマンダ・ブラウンはレーベルの創始者のひとりだ。彼女は......強いて喩えるのなら、ポスト・ライオット・ガールを代表する存在、ないしはUS ローファイ・アンダーグラウンド・シーンにおけるリディア・ランチ(ないしはマドンナ)のごとき存在である。彼女は政治的にも性文化的にも、そして社会的にも、旧来のコンテクストに組まれることを拒むかのように自由気ままに活動している。
 アマンダ・ブラウンは、この5年は、レーベルの看板バンド、ポカホーンティットとしても何枚もの作品を発表し続けてきた。昨年はメンバーのひとり、ベサニー・カンテンティーノがバンドを脱退(ベスト・コーストとしての活動をはじめたため)、残されたアマンダ・ブラウンはL.A.ヴァンパイアーズと名義を変えてあらたな道を進んでいる。
 2011年は12インチのダンス・ミュージックに的を絞ったサブレーベルとして〈100%シルク〉をスタートさせ、すでに11枚ものシングルをカットしているが、これが日本でも人気がある。数が少ないというのもあるが、わりとすぐに売り切れる。だいたい、ヒップホップ系、ハウス系、そしてインディ・ロック系のDJが同時に注目するようなレーベルはそう多くはない。もっともそれ以上に興味深いのは、ゼロ年代のUSアンダーグラウンドにおけるノイズ/ドローンがミラーボールがまぶしいディスコの世界へと到達したという事実である。男性的な実験音楽の世界に揺さぶりをかけるように、アマンダ・ブラウンはユーロビートとポルノをそこに持ち込む(マリア・ミネルヴァにもそれがある)。
 『WIRE』誌の表紙を飾り、いよいよヨーロッパでその評価を高めている〈NNF〉レーベルにメールを送ったところ、返事はすぐに来た。「私はアマンダ! 質問を待っているわ」

女性はアンダーグラウンド・シーンでもっと評価されるべきなのよ。音楽のメインストリーム世界では女性をよく見る。稼ぎ手、ビジネス権力者、トレンドセッターといったところでね。しかしアンダーグラウンドの世界では、ショーにいる大多数は男性なのよ。

今回、メール・インタヴューを引き受けていただき、ありがとうございます。ヨーロッパ・ツアーはいかがでしたか?

アマンダ:いや、結局ヨーロッパにはいかなかったんだけど、オーストラリアにいたわよ。とくに興味もなかったし、オーストラリアに行くなんてまったく思っていなかったのに、そしてそのツアーで、私の人生最高の音楽経験をするなんて、おかしいわよね。私は新しいセットをプレイするのに、とても緊張していたわ。でも、都市のバイブやエネルギーが自分のパフォーマンスをインスパイアして、はっきりいってオーストラリアでいちばん良いショーをすることができたのよ。

あなたの〈100%シルク〉レーベルが日本のアンダーグラウンド・シーンで人気なのは知ってますか? ヒップホップ系、ハウス系、そしてインディ・ロック系のDJが買っているんですよ。

アマンダ:それは素晴らしいわ。欧米のミュージシャンにとってのゴールは日本で愛されることだよ思うのよ。日本人は何か、すばやくて、強烈で、アートへの情熱に満ち溢れているように思う。もし日本に行って、DJが〈シルク〉のレコードを回しているのを聴いたら、驚くでしょうね。

あなたのレーベル〈NNF〉のどれもが独特の音だし、いくつかのリリースは実験的です。まずはあなたの歴史から教えてもらえますか?

アマンダ:私はロサンジェルスに80年代初頭に生まれた。実を言うとね、音楽を演奏することには、そこまで興味がなかったのよ。ずっとライターになりたいと思っていた。その学位を取って、芸術のアウトレットとして続けていくものだと思っていたわ。音楽は別の方向から何となくやって来たのよ。ブリット・ブラウン(Robedoorとして数多くの実験作品を出している)と私はデートをしていて、彼はカシオとギターを持っていた。私たちはそれを面白おかしく使い、曲と歌詞を書いて遊んでいた。私たちは、この初期の空想を、大きな規模になったけど、まだプレイし続けているのだと思うわ。

どんな10代を送りましたか?

アマンダ:いわゆる変人よね。普通に学校に通っていたけれど、 同時にモヒカンで口にピアスをしていたという意味でね。

パンクに少し脱線した優等生ですか?

アマンダ:私はパンクではなかったのよ。R&Bやヒップホップが好きだったの。異常者でもなかった。私はただたんにクールでいたかったし、いまもそうなのよ。

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真面目な話、ドラッグの影響はないわ。ドラックは退屈で、興味を持ったことがないの。外の世界では私はかなりのストーナーだと思われているのかもしれないけど、それは私ではない。

あなたにとっての音楽とは何でしょう?

アマンダ:私は音楽を作るってことよりも、まずは音楽の大ファンなのよね。インスパイアされる、すばらしいアーティストと仕事をするのが好きなのよ。すばらしい音楽に圧倒されるのが好きだし、ダンスするのも好きよ。

音楽はどうやって学んだんですか?

アマンダ:いや、まったく学んでないわ。

ブリット・ブラウンとはどのように〈NNF〉レーベルをはじめたんですか?

アマンダ:ブリットはファッション雑誌の仕事の私の上司だったのよ。私は、彼と出会ったとたんすぐに好きになったの。彼が私を好きになるまでは時間がかかったけどね(笑)。そして私たちはレーベルをスタートしようと思い立った。それがフルタイムの感情になるなんて考えてもいなかったけど。「音楽を作っている友だちがいて、私たちには彼らをサポートするお金がある。じゃあ、レコードを作ろう(let's make a record!)」、こんな感じだったのよ。

〈NNF〉レーベルのポリシーについて教えてください。

アマンダ:ブリットと私が音楽とアーティストが作るモノを信じているということだけ。信頼と真実は私たちにとって大きいのよ。ファンが私たちがいままでリリースした作品についてどう思っているのか、すべて知っているわけではないけれど、私たちは音楽が好きで、アンダーグラウンドへの愛にふさわしい、という信頼を持たれるべきだと思っているわ。私たちは流行先導者ではないけれど、強い意見と特有なテイストを持っている。もし私たちが、あなたが「いけている」と思ったら、あなたも仲間よ。

レーベルはなぜヴァイナル、カセット、あるいはCDRでリリースするのですか?

アマンダ:CDRは触れたりプレイしたり聴いたりするには楽しいものではないわ。まず美学的に面白くないし、メディアとして記憶に残るものでもない。

CDを嫌っている理由は?

アマンダ:傷がつくし、ケースは壊れるし、たったひとつのシミでスキップするし、かなり迷惑よね。

ちなみに〈Not Not Fun〉というレーベル名はどこから来たんですか?

アマンダ:これは昔私がよく言っていた言葉で、まぬけ風に使ってたのよ。最悪と、そんなに楽しくないの中間ぐらいの意味よ。

あなたは長いあいだポカホーンティットとして活動してましたが、このバンドはどうやって生まれたんでしょう?

アマンダ:まずね、「ポカホーンティットというバンドをはじめた夢を見たのよね」と、私がベスアニー(現、ベストコースト)にかけた電話からはじまっている。いま聞いたらバカみたいだけど、本当の話よ。ベスアニーは素晴らしい声を持っているわ。私には、彼女の歌があり、言葉に表せないほど至福があって、ディストーションのギターがなり響く......というバンドのヴィジョンがあった。ラッキーなことに、彼女は私の空想を満足させることが好きだったのよ。

初期の音はノイズ/ドローンでしたよね。これは何の影響なんですか?

アマンダ:正直言うけど、直接影響を受けているものはない。あなたが聴いているのは、(ノイズ/ドローンというよりも)アマンダとベスアニーが純粋に即興している音なのよ。私も彼女もドローン音楽を聴いたことがない。私はファンクやダブ、ビョーク、シャーデー、ア・トライブ・コールド・クエストが好きで、彼女はビリー・ジョエル、スプリングスティーン、ブリンク182、ビーチ・ボーイズが好きだった。どこから私たちの音楽が来たのかわからないけど、私たちのあいだで何か生まれたんでしょうね。

すごくサイケデリックな音楽だと思うんですけど、何を目的として作られたんでしょう?

アマンダ:目的は、私たちの友情、女らしさ(femininity)、ユーモア、そして創造性を祝うために接合することだった。それはともに、私たちの時代のタイムカプセルだった。注目されはじめたとき、私たちは自分たちの幸運を信じることができなかったわ。

ドラッグ・カルチャーからの影響はありましたか?

アマンダ:いいえ、真面目な話、ドラッグの影響はないわ。ドラックは退屈だし、興味を持ったことがないの。外の世界では私はかなりのストーナーだと思われているのかもしれないけど、それは私ではない。

〈NNF〉の初期のウェアハウス・パーティについて教えてください。

アマンダ:ロサンジェルスでは大きなフォロワーはつかなかったけどね。ほとんどのパーティは75~100人規模で、それ以下のときもたくさんあるほど親密だったわ。自分たちが何かかっこ良くて特別という感覚だったし、そんなにたくさんの人に気づかれなかったということでもある。正直言って、私たちはいつでもこれで良かったのんだけどね。

2010年のポカホーンティット名義の最後のアルバム『Make It Real』はダビーで、ユニークなビートを持った作品でした。Pファンクのようなアートワークも面白かったし、そのファンキーな感じとか、それ以前のポカホーンティットとは別物というか......。

アマンダ:バンドが5人編成に変わるということはすべてのジャンルにおいて、かなりの変化なのよ。部屋に5人の人間がいるということは、ドローン音楽やアンビエント音楽にはエネルギーが高すぎるの。生のドラマーがいて、ファンキーなベース・プレイヤーがいて、それで突然、こんなグルーヴィーでサイケ・ワールド・ビート・アンセムを書いたのよ。リスナーに、よりアカデミックな音楽を......という初期のヴァージョンとは違って、私たちは人びとを動かしたかったし、自分たちも動きたかったの。私は自分の歌詞を信じると言うことにも気づいたし、何かモットー(従来の物語より深い自己表現)のようなモノに変えた。

あなたのなかにそのような進化があったんですか?

アマンダ:私たちは新しい方向に行こうと意図的に発展した。どんなリスナーにむけてもまったく違う経験ができるように、古い音を洗い流すという、重大な意図を持って、何か震える、新しいものを作り出そうとした。私たちに1日目から最後の日までファンがいることを知ってびっくりしたけどね。

何か特別な影響があったら教えてください。

アマンダ:私はいまでも音楽が好きで、音楽への愛がどんどん成長している。トリップ・ホップ、R&Bやヒップホップ、ダンス・ミュージック、そしてデジタル・アンダーグラウンド、ディー・ライト、ブラック・ボックス、ビギー、ポーティスヘッド、ミスター・フィンガーズ、ア・ガイ・コールド・ジェラルドが大好きなのよ!

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私たちは音楽が好きで、アンダーグラウンドへの愛にふさわしい、という信頼を持たれるべきだと思っているわ。私たちは流行先導者ではないけれど、強い意見と特有なテイストを持っている。

女性アーティストだけを集めて『My Estrogeneration』というコンピレーション・アルバムを作りましたね。これはどんな経緯で生まれたんでしょう?

アマンダ:女性はアンダーグラウンド・シーンでもっと評価されるべきなのよ。音楽のメインストリーム世界では女性をよく見る。稼ぎ手、ビジネス権力者、トレンドセッターといったところでね。しかしアンダーグラウンドの世界では、ショーにいる大多数は男性なのよ。オンライン・バイヤー、ブログ運営者、ミュージック・ジャーナリストも男だらけよね。もっとも私たちが女性というだけでゲットー扱いされる考えは好きではないけどね。フェミニストの最善の提案は、パイのスライスを欲しいことではなく、自分たちの別々のケーキが欲しいってこと。私たち女性がみんなひとつの場所で、創造的な力、重要な存在として知覚されるのはいいわよね。

サブレーベルの〈100% Silk〉をはじめた動機について話してください。

アマンダ:アンダーグラウンド・ダンス・ミュージックのアートを強調したかったからレーベルをはじめたのよ。ダンスのほとんどのチャンネルは健康的だと思う。ダンスというヴィジョンには、教養ある男性に美しいコンピュータや複雑な機材もある。ダンスのなかにソウルと優雅さ、ランダムと興奮、アウトサイダーの感覚を組み入れてやっている連中を知っていたので、私は彼らにハイライトを当てて、アーティストをサポートしたかった。コンセプトはダンスで、そう、本物のダンシングよ。

チルウェイヴやシンセ・ポップは好きですか?

アマンダ:チルウェイヴはよくわからない。シンセ・ポップは好きじゃない。私はあくまでディスコを崇拝しているの。大好きよ。〈シルク〉からでている音楽はたんに電子楽器で作った音楽ではない。あなたをダンスさせ、グルーヴさせなければならないの。

でもあなたの音楽には80年代のニューウェイヴからの影響がありますよね?

アマンダ:自分では80年代的だと思ってないんだけどね。ニューウェイヴでもないと思うけど、幾何学的なニューウェイヴのアートは好きよ。スペンサー・ロンゴは私を素晴らしいナーゲルの女性として描いてくれた。それが80年代の審美からの借りてきた物だとしても、スペンサーは古い物を新しい感覚で再生できる人だと思うわ。

クラブ・カルチャーに関するあなたの考えを教えてください

アマンダ:クラブ・ミュージックは文字通りにいってセンセーショナルよね。ほとんど知覚の音楽で、大袈裟で、人を楽しませ、ドラマティックで、遊び心があって、セクシーで、催眠効果がある。私は踊るのも、汗をかくのも、ダンスフロアで自分の体を失うのも好きなのよ。もし私が他人のなかの同じ反応を刺激する音楽をリリースすることができたら、私が望んでいたよりも良いモノができたと満足するでしょうね。

いろんなスタイルを楽しんでいるって感じですか?

アマンダ:そのときの感覚をね。その瞬間に何に惹かれているかによるわ。あるときはダブだったり、エクスペリメンタル・ポップだったり、ハウスだったり......。音楽を探しながら変化することが好きなのよ。ひとつのことを20年続けためにここにいるわけではないから。


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2010年末にL.A.ヴァンパイアーズ名義で出した『Unreal』はとてもパワフルな作品でしたけど、あのタイトルはどこから来たんですか?

アマンダ:あのアルバムをレコーディングしていたとき、私の人生すべてが非現実的に感じられた。ポカホーンティットは解散して、仲の良い友だちを失って、レーベルが私のフルタイムのジョブになって、私の最初の小説が売れたばかりで、かなり圧倒されていた。『Unreal』(非現実的)は、このセンセーションを表すいちばんの方法だった。

アメリカであなたの音楽は受け入れられているんでしょうか?

アマンダ:答えるのに難しい質問よね(笑)。何人かは嫌いで、何人かは好きで、ひとりかふたりぐらいは大好きであって欲しいけど。

あなたの音楽は、アメリカの主流文化とはどのような関わりがあると思いますか?

アマンダ:いいえ、私はアメリカ文化のメインストリームから外れているからね。人は私の音楽をただの騒音だと思っているし、ローファイのエクスペリメンタル・アーティストだと思っている。まあ、反論はしないけどね。

音楽を通じて言いたいことは何でしょう?

アマンダ:まずはあなた自身が楽しむってこと。

レディ・ガガについてどう思う?

アマンダ:深く考えたことはないけど、少なくともあの音楽が良いとは思えないわよね。でも彼女の体はすごいと思う。綺麗な形をしているし、ファッションも大好きで、その部分は尊敬している。ただ、彼女の音楽が彼女の個性やアウトサイダー感のように奇妙で壊れていれば良いのにと思う。そうすれば、彼女はメインストリームでもアンダーグラウンドでも重要人物になれるからね。

今後の予定は?

アマンダ:仕事,仕事,仕事,仕事。良い音楽を作る。ベストな音楽をリリースする。愛し続ける。自分が楽しむ。


message from AXIS - ele-king

 デトロイト・テクノにおける偉大なるミニマルの父、そして手のつけられないSF中毒者でもあるジェフ・ミルズから新しいプロジェクトに関する連絡を受けた。以下は、彼自身からのメッセージである。

文:ジェフ・ミルズ

 『Fantastic Voyage』(「ミクロの決死圏」)プロジェクトはパリのシテ・ラ・ミュージックというベニューからの依頼ではじめたものだ。そのベニューでいくつかの映画上映をスペシャルな形で行う企画があり、僕にも好きな映画の音楽を制作してほしいと言われ、すぐにこの映画を選んだ。1966年発表以来毎年のようにどこかで上映されていて、僕も長年お気に入りだったし、他のSF映画とは一線を画した内容でいちど観たらその感動はなかなか忘れない印象的なフィルムだ。
 『Fantastic Voyage』を新しいサウンドトラックとともに上映するにあたって、僕は観客を巻き込んで体験するような内容を考えた。映画のなかで、病気の科学者の体内に潜水艦が入っていくところで、観客も同様なフィーリングを感じるようなシナリオを考えた。観客が体感できるように、映画内で風が吹く場面では会場に設置した巨大扇風機を回し、床を振動させるべく第二のサウンドシステムを用意したり。スクリーンもふたつ用意し、体内に入る前は1枚目のスクリーン、2枚目のスクリーンのまわりにはデコレーションやライティングを施し体内の雰囲気をだし、その他にも観客が体内にいるような感じを体験できるよう工夫した。
 サウンドトラック制作には数か月を要し、実際に使用したよりもっと多くのサウンド、80~90曲を用意していた。制作初期の段階から、このサウンドトラック制作ではテクノロジーに頼るような音はつりあわないと考えていた。人間の体のなかに入っていくのはとてもオーガニックなことで、それがテクノロジーの進歩、コンピュータや機械より重要なことだと思った。音が複雑に絡み合い、多次元的な層を織りなすようなサウンドをつくりあげていく必要があると感じた。あえてシンクされていないシーケンスを組み合わせることで、血流や内臓の自然な感じを表現しようとした。映画のために制作したスケッチ(曲)をぜひリリースしたいと思って今回2枚組のCDにした。
 映画『Fantastic Voyage』のおもしろいところ、他の映画とは違うところは、信じられない体験が宇宙や海などではなく、人間の体内で起きるというところだ。だからどんな人でも興味を持つはずだし、身近なこととして感じられるはずだ。医学的な知識がなくても、わかりやすいように科学者たちの冒険とともに説明されており、若い人たちは一度は見るべき映画だし、すべての人が自分たちの体がスペシャルだということを再認識する機会を与えてくれると思う。




interview with Love Me Tender - ele-king

あんなに小さな声で歌ったのに
みんなにきこえちゃったみたい RCサクセション"君はLove Me Tenderを聴いたか?"


LOVE ME TENDER
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 東京にはボヘミアニズムがある。それはクラブ・カルチャーよりもさらに地下に降りていったところに広がっている。経済効率とはあまり縁のなさそうな、しかし心優しい音楽好きな不眠症の連中によるかなりゆるいコミュニティだ。ラヴ・ミー・テンダーというバンドはそういう場所で生まれている。

 メンバーはMaki 999(歌とドラム)、Arata(ギター)、Teppei(ベース)、Takagi Sota(鍵盤)、Ackky(サックス)の5人。Maki 999はHBという女性3人によるバンドで、昨年は『ブラック・ホール・イン・ラヴ』を発表している(マニ・ノイメイヤーの現代版)。長年DJとして活動しているAckkyも、昨年最初のソロ・アルバム『コンポジション』を発表している(コズミック・ディスコ)。高木壮太は、日本の早すぎたチルウェイヴ・バンドとも言えるシュガー・プラントの元メンバーとしても知られている。すでにキャリアのある人たちがラヴ・ミー・テンダーで試みているのは、清々しいまでのシティ・ポップスで、そして少々ユーモアの詰まった危険な言葉の歌なのだ。
 震災直後にリリースされ評判となった自主制作の『FRESH!』を経て、バンドが震災後に録音したミニ・アルバム『TWILIGHT』が最近〈Pヴァイン〉からリリースされた。それが夜の深い旅が好きでたまらない人にとってのポップスで、"STAR"や"TWILIGHT"のような新たに収録された曲では、空想的な童話的世界とヴェルヴェット・アンダーグラウンドの溝を埋めつつも、山下達郎にも接近するという離れ業にも取り組んでいる。バンドの代表曲である"シャーマン青春サイケ"が言うように、「あふれ出す光の海/終わらない夜明けの旅」へようこそ......という感じである。

 9月なかばの大雨の晩、ちょうど筆者が下北沢のお店で飲んでいる深夜の12時過ぎに、「明日の深夜か明後日なら取材できます」とレーベルの担当者からいきなり電話。翌日「明日の3時に渋谷で」と伝え、そして取材当日の3時20分になったとき、その場にいたのはAckky(ほぼ時間通り)、そしてTakagi Sota(10分遅れ)のふたりだけだった......。

自分たちのやっていることを言葉で表すとしたら何になるのかという話になって、「シャーマン・ロック」って。「サイケ」も絶対に入ってるし、じゃあ、「シャーマン・サイケ」、でも何かが足りない、「青春じゃん!」って。

まだ他のメンバーが来てませんが、はじめてましょうか。

Ackky:はははは、すいません。

そもそもラヴ・ミー・テンダーってどうしてはじまったんですか?

Sota:俺とアッキーは途中から入ったから結成の経緯はぜんぜん知らない。

それじゃあ、ダメですね(笑)。

Sota:だいたいドラッグ絡みじゃないですか。×××××が同じだったとか、そういうことでしょう。

(笑)オフレコはなしでやりますから。

Sota:でも何なんだろう。聞いた話では......。

Ackky:ミルクバーで3人でセッションしたら調子が良くて、それがのちのちカタチになっていったと聞いているよ。

その3人とは?

Ackky:マキ、テッペイ、アラタの3人です。

まさにいまこの場にいない3人ですね(笑)。

Sota:それがラヴ・ミー・テンダーになったという話は聞いている。

いつの話ですか?

Ackky:4年前とかじゃないのかな。

そんな前なんだ。

Sota:バンドの名付け親はミユキちゃんですよ。

ミユキちゃん?

Sota:MCチェルノブイリです。

ミユキちゃん?

Sota:そう、いまナカシマミユキというユニットをやってます。

ハハハハ。

Sota:危なすぎて人前には出せません。

ハハハハ。

Ackky:ミユキ・シーベルトっていう別名義もあるんですよ。

すごいね。

Ackky:ラッパー、ミユキ・シーベルト。

そのミユキちゃんが何故ラヴ・ミー・テンダーって名前を付けたんですか?

Sota:さあ、わからない。ドラッグっぽいセンスだと思いますよ。

どこもドラッグっぽくないじゃないですか(笑)!

Sota:意味がわからないじゃないですか。検索しづらいし......まあ、思いつきで付けたんだろうね。

Ackky:こないだギャラクティックというジャム・バンドと伊豆で会ったときに、バンド名を言ったら大爆笑してましたよ。

それは何処に笑いのツボがあるの(笑)?

Ackky:いや、俺にもわかんないすけど......。

Sota:プレスリーの話はいっかいも出たことないすけどね。

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俺たちは複雑な楽曲で微妙なものを......高価な楽器とちゃんとしたスタジオで伝えたいというブルジョア的な価値観が根底にあります。


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ふたりが参加したのはいつから?

Sota:俺はセッションによく参加してましたね。はじまった1年目ぐらいのとき、ギターとかキーボードで参加してましたよ。バンドはもう人前でジャム・セッションをやってましたね。

どんなスタイルの音楽だったんですか?

Sota:コード進行がありましたね。ジャム・バンドってコード展開がないでしょ。だいたいワンコードで演奏していく。それがラヴ・ミー・テンダーにはコード進行があるんですよ。というか、コード進行マニアなんですよ。

へー。そんなに難しいんだ。

Ackky:難しいと思いますよ。

Sota:俺たちは複雑な楽曲で微妙なものを......高価な楽器とちゃんとしたスタジオで伝えたいというブルジョア的な価値観が根底にあります。

ああ、そうした贅沢さは出ているよね。それは最初からあったコンセプトなんですか?

Sota:アラタのキャラクターなんじゃないかな。お坊ちゃんだし。

ラヴ・ミー・テンダーに関してよく言われるのが「シティ・ポップスとドラッグ・カルチャーとの出会い」とかさ、「シンナーを吸ったシュガーベイブ」とかさ、とにかく音楽的にはシティ・ポップスなんだよね。

Sota:いやー、それはコンセプトでもなんでもないですけどね。ただのコード進行マニアなんですよね。ティン・パン・アレーとか、細野晴臣さんとか、やっぱコード進行マニアでしょ。

Ackky:意識はしてないけど、全員やっぱそこは共通して好きですね。

アッキーはいつから入ったの?

Ackky:1年半前、いや2年くらい前かなー。マキちゃんからミクシィで「やんない?」って言われて。昔、サックスを吹いていたんですよ。その映像がYouTubeに上がっていて。

Sota:「アッキーがサックス吹けるらしい。こんどスタジオに呼んでみよう」って。

俺もアッキーがサックスを吹いているっていうのは驚いた(笑)。

Ackky:17年ぶりですよ(笑)。

アッキーは加入する前から、バンドの存在は知っていたんですか?

Ackky:もちろん。好きだったし。

どこが気に入ったの?

Ackky:楽曲も歌詞も。

ポップスを目指すところが良いとか?

Ackky:DJ的に聴いても耳障りがいいんですよ。

アッキーが知ったときにはもうオリジナルの楽曲はあったんでしょ?

Ackky:"シャーマン青春サイケ"もあったし、"TWILIGHT"もありましたね。"ヤブレターラブレター"もやってましたね。『FRESH!』に入っている曲はほとんどあった。

Sota:つねに、作ってはボツにして作ってはボツにして、ライヴで何回もやっても飽きない曲が残っていくんですよ。

Ackky:持ち曲が多いんです。

Sota:30曲くらいはある。

なのに何でミニ・アルバムが続いてんですか?

Sota:『FRESH!』の曲はそれぞれ録音した時期が違うんですよ。で、最近出た『TWILIGHT』は震災以降。

Ackky:1週間後だったね。

Sota:『FRESH!』のほうは2年ぐらい前のトラックが入っているからね。

とにかく、聴いていて感心するのは、洗練と言うことを目指していることなんですよね。はじまった頃は混沌としていたんだろうけど。

Sota:いまでも混沌としてますよ。

でもちゃんとポップスになっているじゃないですか。

Sota:それはね、人力テクノとか、人力トランスと言われるようなものへのアンチテーゼがありますね。

Ackky:いわゆるジャム系にありがちな感じが嫌いなんですよ。

なんで?

Sota:ダサいからですよ。

Ackky:ダサいよね。

好きそうじゃない(笑)。

Ackky:だいっ嫌い!

ハハハハ。

Ackky:好きなバンドもいますけどね。

なるほど。作曲は誰がやっているの?

Sota:誰かがアイデアを持ってきて、それをみんなで膨らませる。

Ackky:スタジオで1~2時間かけてカタチにしていく。

代表曲のひとつだと思うんですけど、"シャーマン青春サイケ"はいつできたんですか?

Ackky:これは初期の曲だよね。

Sota:俺、最初なんて歌っているのかわからなくて、「湘南新宿ライン」って聞こえてたんですよ。

Ackky:うちらがよくいるバーカウンターでできたんだよ。

Sota:そうなの?

Ackky:マキちゃんがそう言ってたよ。

Sota:そうなんだ。

Ackky:マキちゃんが来ればわかるよね。

しかしそのマキちゃんがなかなか来ないですね......(汗)。

Sota:お化粧してるから。

ハハハハ。ソウタくんは誘われて入って......。

Sota:いや、押し掛けて行ったんです。いちども誘われたことはない。いまでも正式メンバーって気がしない。

Ackky:俺は誘われたんだけどね(笑)。

ハハハハ。で、ソウタくんから見て、彼女の歌詞っていうのは......。

(ここでMAKI 999登場)

Sota:あ、来た。

Ackky:やっとで来たね。

Sota:結局ラヴ・ミー・テンダーって、マキちゃん親衛隊なんです。騎士なんですよ。つまり俺たちは使い捨てなんです。

いや、実はもう、かなり話が進んでて(笑)。

Maki:あ、もう。

Sota:可愛いし、女の子だし、命の価値が高いんですよ。

Ackky:ハハハハ、命の価値!

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結局ラヴ・ミー・テンダーって、マキちゃん親衛隊なんです。騎士なんですよ。つまり俺たちは使い捨てなんです。


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"シャーマン青春サイケ"がどうやって生まれたのか? っていう話で、そしたらバーカウンターのなかで作られたって。

Maki:みんながよく集まるバーで、私とアラタくんとテッペイの3人でやっていた頃に、ドラムセットを広げて、リハーサルをやっていたんですよ。

おー、あそこでリハやってたんだ。

Maki:そう。で、自分たちのやっていることを言葉で表すとしたら何になるのかという話になって、「シャーマン・ロック」って誰かが言って。で、「サイケ」も絶対に入ってるし、じゃあ、「シャーマン・サイケ」、でも何かが足りない、「青春じゃん!」って。

ハハハハ。

Maki:それで"シャーマン青春サイケ"。

なんで「シャーマン」? 霊と交信しているの?

Sota:それは「ジャーマン」のパロディ。

Maki:言葉遊び。だって「ジャーマン(ドイツ人)」じゃないし。

でもジャーマン・ロックっていう感じの音でもないでしょう。

Maki:感じないですよね。

HBには感じるけど。じゃあ、オリジネイターが来たので、もういっかい最初から質問するんですけど、「どうしてはじまったのか?」という質問に、ソウタくんは押し掛けていったと、で、アッキーは誘われていったと。

Maki:スカウトしたから。

とにかく、ふたりともどうやってラヴ・ミー・テンダーがはじまったのかよくわかってていないんです。

Maki:2007年7月7日に、セッションがあったんですよね。そこにアラタくんとテッペイと3人で集まって、ミルクバーっていうバーで。で、後日、「これ、バンドにしちゃわない?」っていう話になって。ぜんぶバーなんです。話が進んでいく場所がぜんぶバー。

渋谷のバー。

Maki:三茶にむちゃ狭いバーがあって。

Sota:日本一狭いバーです。狭すぎて、ナンシー関が入れないようなバー。世田谷通りの奥のほうにいる芸大生が集まっていたようなバーでね、みんなジャーマン・ロックとか好きでね。初めて行ったときにはマグマとかかかっていたな。

もとはジャーマン・ロック好きの集まりだったんだ。

Sota:あとはライフ・フォーサーだね。

Ackky:〈ライフ・フォース〉のお客さんが集まっていた。

アッキーがなんで〈ライフ・フォース〉のDJになったのかいつか訊きたいけどね。

Ackky:いやもう、「やれ」って言われて。

まあ、それはそれで長い話になるのでいまは止めておくとして。

Maki:バンドの名前もそのときに決まったのかな。

Ackky:ミユキちゃんね。

いや、だからミユキちゃんって誰ですか(笑)。DJチェルノブイリだっけ。

Maki:そう、チェルノブイリ。そう言われているんだけど、しかしなんでラヴ・ミー・テンダーになったのかは......わからない(笑)。覚えていない(笑)。

誰も覚えていない(笑)。

Maki:そのときのいちばん良い名前になった。

で、どこが気に入ったんですか?

Maki:響きと、そしてまあ、「優しく愛して」という意味も含めて。これで行こうと。「ラヴ」も入っているし。

いつからそれを名乗っているんですか?

Maki:だから2007年の7月。

え、じゃあ、さっき言った......。

Maki:バンドが始動して2日後ぐらいです。

最初はジャム・セッションだったんでしょ?

Maki:そう、ジャム・セッションして、代々木公園なんかでも広げてやったりとか。あとはバーでやっていた。最初は歌も入ってなくて、ホント、ただひとすら3人でセッションする感じで、それが飽きてきて、歌を歌おうって。マイクを3本立ててみたんですけど、最初は誰も歌わなかったんですけど。いちばん最初にできた曲が"マリフレ"なんですよね。歌と言うよりも、ああいう言葉のループですね。

その頃はシティ・ポップスじゃなかったんだ。

Maki:そんなではなかったですね。

何がどうしていまのようなシティ・ポップスになったんですかね。

Maki:なんでしょうね。歌モノを意識しはじめて、ソウタくんが入ってきたときに、なんかどんどんゴージャスになっていったんですよね。

Sota:ケレンミなく、青春賛歌を高らかに歌い上げようっていうところです。まさに『けいおん!』ですね。「バンドやろう」、「ここに楽器がある」って。「早くこれを使ってなんかやろう」って。

それがなんでアシュ・ラ・テンペルやスペースメン3にはならずにシュガーベイブになったんでしょうね。

Sota:血ですね。

Maki:都会派の生き様がでてしまったんですよね。

じゃあ、それはごく自然に自分たちのなかから出てきたと。

Sota:そうなんじゃないですか。メジャー7thの響きなんじゃないですか。

Ackky:ディジリドゥ持って、フレアパンツ履いてるバンドに誘われても絶対にやらないですからね。

HBとはかなり距離を感じますけどね。

Maki:HBとは違いますね。同じことやっても仕方ないし。

音楽的なリーダーみたいな人はいるんですか?

Sota:アラタがそうかな。モチーフ持ってくるのがいちばん多いですね。スタジオ自体がワークショップみたいで、こういうコード進行があるとか、こういうリズムがあるとか、研究しているんです。

ポップスを目指していることに関しては、やっぱ研究の成果?

Sota:目指してないです。自然にやっているだけで。

Maki:メンバーみんなポップスが好きなんですよ。

でもホント、自然にやったらアモン・デュールとかマグマとかになりそうなのにね。

Ackky:ハハハハ、たしかに。

Sota:セカンド・アルバムでは逆回転の音から入って、ずっとディレイのウェット音だけで構成されているようなものになっているかもしれないですね。

しつこいけど、そういうことをやってそうな感じなのに、なんでポップスなんでしょうね。

Sota:俺たちにはポップスができる。演奏できる。そういう自負があるんです。

Ackky:マキちゃんが歌ったのが大きいよね。

マキちゃんはそれ以前は歌っていたんですか?

Maki:歌っていないですね。ずっとドラムです。

歌詞もマキちゃんが書いてますよね。

Maki:だいたいそうです。アラタくんが書くこともありますけど。"DIET"なんかはアラタくんです。それを人に言ったら驚かれてしまって。「えー、あの曲、アラタくんの歌詞なの? 気持ち悪ぃー」って。

Ackky:女の子の気持ちになって書いたってね(笑)。

Maki:なので、もうこれからは、私が書いていることにしようと思っています。

普通に歌詞を読むと、ドラッグ・カルチャーからの影響を感じるんですが、実際はどうなんですか?

Sota:いやー、酷いものですよ。

ハハハハ。

Sota:ドラッグ・ソングばっかですよね。

Maki:ねぇ。

ハハハハ。"マリフレ"とか"花と盆"とか、自分の耳を疑うぐらいにびっくりした(笑)。

Sota:みんなその週にあったトピックを歌詞にしたり。珍事件とかね。どうしてもそうなるんですよね。

欧米にはポップスのなかにドラッグ・ソングがけっこうありますよね。ビートルズなんかもすごく多いでしょ。"アイム・オンリー・スリーピング"とか"シー・セッド・シー・セッド"とか"トゥモロー・ネヴァー・ノウズ"とか。

Sota:まあ、ラヴ・ミー・テンダーはドラッグ・ソングをやっていると受け取ってもらわなくてもいいんですけどね。いくらでも解釈はあるので。

Maki:いろんな意味がね。

ストーン・ローゼズの"ディス・イズ・ザ・ワン"とか、ハッピー・マンデーズの"ルーズ・フィット"とか、ああいうのって、ある意味すごくメタファーとして楽しんでいるっていうか、ドラッグやるやらないとか、その是非じゃなくて、ある種のユーモアとしてのドラッグ・ソングの面白さってありますよね。

Maki:それはある。歌詞の反応を見るのが面白いっていうは。

Sota:俺の見極め方は、この人は知ってるか知らないかだからね。

ハハハハ。日本のポップスではそういうのがほとんどないよね。RCサクセションの"うわの空"とか、"つ・き・あ・い・た・い"とか。

Sota:「LとSはDまでいった」(不思議)とか歌ってるしね。

そうそう。日本ではそれがホントに極端にない。ポップ・カルチャーの重要ないち部なのに、音楽リスナーのなかにさえ偏見が多いというか、すごく抑圧されているよね。最近のインディ・ヒップホップはけっこう表現しているけど、やっぱ日本の不自由さを象徴しているように思うよね。

Ackky:ただ、俺らは力コブシをこめて「リーガライズド・イット」という感じではないんだよね。

でも、歌のネタとしては面白さを感じているんでしょ。

Sota:日常がそうですからね。

はははは。

Maki:たしかにそうなんです。"円山町ラプソディ"もreloveというバーが円山町にオープンしたときの話を歌詞にしているんですね。とくに作り込んでいる感じでもないんですよね。

ドラッグのような危ういモチーフを持ってくるとき、どうしても日本では暗いアングラ臭がついてしまって、シメっぽくなるか、過剰な幻想を抱きがちだったと思うんですけど、ラヴ・ミー・テンダーはそれをもっとドライに、ユーモラスに表現してるし、音も洗練されている。そこがいままでにはないかなって思ったんですよね。

Sota:やっぱもう、そこは行くところまで行って彼岸に着いたらメジャー7thが鳴っていたということでしょう。

(笑)負の感情がないよね。

Sota:ないですね。『マゴット・ブレイン』的なものもぜんぜんないです。

『マゴット・ブレイン』は乾いているじゃないですか。

Sota:俺はもっと、(デトロイトではなく)カリフォルニアです。ドロドロしていないんです。

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まあ、ラヴ・ミー・テンダーはドラッグ・ソングをやっていると受け取ってもらわなくてもいいんですけどね。いくらでも解釈はあるので。


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はははは。そういう意味ではラヴ・ミー・テンダーのドラッグ・ソングはちゃんと相対化されているんですよね。ところで今回リリースされた『TWILIGHT』にも、自主でリリースした『FRESH!』にも"シャーマン青春サイケ"と"円山町ラプソディ"が入っているんですけど、まずその、「円山町」という地名に関しては、やっぱ思い入れがあるんですか?

Sota:マキちゃんが円山町で生まれたような人間なんです。

Ackky:住んでいるのも円山町だしね。

Maki:愛着がありますね。

Sota:バンドでライヴで田舎行って、車で走りながら、「アー、良いなぁ、この辺り、安いんだろうなー、住みたいね」とか言ってると、マキちゃんだけひとりでガタガタ震えているんです。「朝までやってるバーがない」って。

ハハハハ。それすごいね。

Maki:「絶対に住めない」「帰る!」ってね。

いいですねーそれ(笑)。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドを地でいってる感じが。

Sota:マキちゃんは都会の頽廃を地でいってるから。

Maki:好きなんです。

僕も好きです。しかし、アルバムが楽しみですね。ホント、期待されてるんですから......。

Sota:もう制作に入ってますよ。しかし、いまどき誰がレコードを買うんですか。

いや、ラヴ・ミー・テンダーとか普通に売ってますよ。ジェトセットとかで。ちゃんとキャプション付きで。シュガーベイブや相対性理論を持ち出して説明されてますよ(笑)。ちなみに今回リリースされた『TWILIGHT』にはテーマやコンセプトはあるんですか?

Sota:『TWILIGHT』って、パーティのタイトルなんです。

Maki:2年前に1回しかやってないんですけど、人生のベストにはいるようなパーティでしたね。そのときにテッペイが失恋するんですけど、それが曲のモチーフです。"円山町ラプソディ"も円山町のバーのパーティ名です。

都内の小さなバー・シーンから出てきたというか。

Maki:そう、バー・シーンです(笑)。

なんでバーが好きなんですか?

Sota:日光が嫌いなんですよ。

アッキーとか日光、好きでしょ!

Ackky:俺、好き。俺はアウトドアなんでね。

Sota:俺も好きなんだよな。

で、なんでバーなんですか?

Maki:別にお酒が好きなわけじゃないですしね。

音楽バー?

Sota:誰が店員かお客かわからないバー。

僕はこの取材で、ソウタくんが逮捕されるんじゃないかと心配なんですけどね(笑)。

一同:(笑)。

ソウタくんは、ツィッターのシーンでは有名人だという話をうかがっていますが。

Sota:いやもう、行き詰まりました。

Ackky:ハハハハ。

Sota:思ったようにいかないです。何にも伝わらない。

つねに議論を提供しているんでしょ?

Sota:言いたいことはなんでも言う主義なんで。

マキちゃんから見て、このバンドのメンバーはどんな集まりなんですか?

Maki:酒場で出会った人たちですよね。

シュガー・プラントを見ていたとか?

Maki:でもホント、友だちって感じですよ。自然に集まっていたという感じです。

僕、HBが好きなんですけど、あのバンドはもうはじまっていたんですか?

Maki:HBは、2004年にははじまってましたね。

それ以前は?

Maki:違うバンドをやってました。METRO999っていう、サンプラーとドラムのユニットだったり、その前は淺野忠信くんとLMっていう、LちゃんMちゃんっていう、双子の女の子がヴォーカルのバンドをやったり。

Ackky:ナチュラル・カラミティとかもやってるんでしょ?

Maki:レコーディングにちょっと参加した。

へー、すごい輝かしいキャリアじゃないですか。ソウタくんはシュガー・プラントみたいなバンドにいながら、日本のアンダーグラウンドなシーンをずっと見てきていると思うんですけど、ラヴ・ミー・テンダーはどういう風に位置づけられますか?

Sota:ヴェルヴェット・アンダーグラウンドを砂浜に連れ出したようなバンドじゃないですか。

たしかに(笑)。......しかし、結局、他のメンバーの人は来なかったですね。

Ackky:来るとしたらアラタくんなんですけどね。

アルバムの発売日は決まってますか?

Maki:春ぐらいにはってテッペイが言ってたよね。

けっこう先なんですね。

Sota:俺は昔から録音してからリリースまでがなんでこんなに時間がかかるのかわからない。モータウンなんか、月曜日に会議して、火曜日に録音して、水曜日にミックスして、金曜日には出荷していたわけでしょ。あのスピード感が欲しいですね。

ジャマイカもすごいよね。

Sota:店の奥で録音したものを店先で売るみたいなのがいいですね。

じゃあ、そろそろ撮影しましょうか?

Ackky:結局、アラタくん、来なかったね。

Maki:アラタくん、携帯持ってないんですよ。

いまどき携帯持ってないってすごいね。思想でもあるのかね。

Sota:アーミッシュと言いますかね。そういえば、最近、渋谷の街自体が移動していると思いませんか? どんどん神泉とか、そっちのほうに移動しているというか。

ああ、たしかにセンター街や宇田川町あたりに個人商店を出すのって、もう難しいもんね。この10年で、そうした渋谷の文化もどんどん辺境へと移ってるよね。

Sota:バーの数で言えば三茶がすごいですよ。最強ですね。いま、バー・シーンは三茶ですね。

Maki:三茶はいますごいね。

Sota:音楽関係とかアート関係とか、来ない。鬱病のシステム・エンジニアとか、気が狂ったAV監督とか、そういう人たちがぶいぶい言わせている町で、オラオラの感じもあって最高です。

Ackky:不良が多いんですよ。

Sota:バビってますよ。

なるほど。じゃあ、今日はどうもありがとうございました。

Sota:えー、もう終わりなんですか。

アッキーは昨年、ソロ・アルバム出しているけど、ソウタくんは出す予定はないんですか?

Sota:自分の死後、いくらでも出せるようにプリンス並みに録りダメしています。

まあ、とにかく、ラヴ・ミー・テンダーの今後が楽しみです。今日はどうもありがとうございました。

しくじるなよ、ルーディ - ele-king

 9月11日の「新宿・原発やめろデモ!!!!!」で逮捕・拘留されてしまったわけだが、こういうことを言うと応援してくれた方や心配してくれた方に怒られてしまうかもしれないが、なかなか面白く、ファンキーな体験だった。まあ、そもそも何も悪いことをしていないから気が楽だった。2泊3日だったから良かったというのもあるが、留置所のなかの人間模様はさすが新宿署という感じでヴァラエティに富んでいたし、警察の内部の様子も取材できてしまった。拘留延長がついていたら気持ちも違ったのだろうけど、2泊3日で出られたしね。松本哉には、「早過ぎる! これから盛り上がる予定だったのに。いまから自首して来て」と言われた。あんたね~。
 僕の容疑は東京都公安条例違反というものだった。多くの人が、「何、それ?」という感じだろう。要は、「デモ参加者を扇動して、デモの隊列を歩道まで広げ、公共の秩序を乱した」ということらしい。扇動なんてしてないし、はっきり言っていちゃもん逮捕です。

 僕は雑居房に入ったのだけれど、当然いろんな理由で捕まっている連中がいる。シャブ、業務上横領、私服の女性刑事をキャッチして捕まった若いホスト、ビルへの不法侵入、酔っぱらっての暴行などなど。彼らの名誉のために言っておくが、彼らは間違っても手の付けられない極悪人ではない。どこにでもいる気の良い男たちで、僕が反原発のデモで逮捕された話をすると、そのうちの何人かは反原発デモを支持してくれたし、なかには東北の被災地にボランティアに行っていた若者もいた。金髪のホストの彼は、4月10日に高円寺で行われた第1回目の「原発やめろデモ!!!!!」を目撃していたらしい。「『モテたい』とかいう関係ないプラカードもありましたよね。あのデモうざかったっすよ」「ははは。だいぶ派手にやったからな~。今度、参加してみてくださいよ」なんて会話もした。

 刑事からは1回取り調べを受けただけだったので暇だった。暇な時間は留置所の貸本(『海峡を渡るヴァイオリン』が面白かった)を読んだり、同房の住人と雑談していた。だいたいがこれからの身の振り方か、くだらない下ネタか、弁護士の情報交換か、警察や検事に対する文句だった。「オレの弁護士はやり手ですよ」という話になれば、「その弁護士の名刺をくれ」という話になる。弁護士もピンからキリまでいるから、この話題に関してはみんな目の色を変えて、真剣に語り合っていた。実際、僕は面会に来てくれた弁護士の方と少し言い合いになってしまったし、こればっかりは相性というものがある。同じように、留置所係の警察にも嫌なヤツもいれば、良いヤツもいる。とはいえ、捜査をする刑事や検事は基本的に嫌なヤツが多い。というか、彼らは人の人生を役所仕事的に扱う立場にいるから手に負えない。本当はちゃんと人間を見て、拘留するか、しないか、起訴するか、しないかを判断しなければいけないのだけど、制度がそのようにできていないという問題がある。ハンコをポ~ンと押して仕事をした気になっているから困ったものだ。複雑な話なので、これ以上書かないが、とにかく、同房の住人たちが文句を言っていたのは、「なんでこんなに長く拘留するんだよ!」ということだ。ほんとその通り!

 留置所での最大の楽しみと言えば、もちろん朝昼晩の食事だ。朝食のおかずがハンペンのときは愚痴をこぼし、ウィンナーやから揚げが入っていれば、みんなで大喜びしていた。昼は食パンで、夜は白身魚のフライが入っているような、コンビニの幕の内弁当をショボくしたような弁当だった。昼食の時間に、徳永英明の甘ったるい、ムーディーなバラードを流すのはマジで勘弁して欲しかった。もちろんたいした食事ではないけれど、新宿署はそれなりに良い方だと聞いた。取り調べのときにカツ丼なんて出ません! しかも、6時に起床して6時半に朝食を食って、昼は11時半、夕食が16時半なんていう修道院みたいな生活なので、だいたいみんな便秘になってしまう。運動の時間はあるけど、狭い部屋に集められて、煙草を吸って、髭を剃って、ツメを切るだけだから、運動でもなんでもない。映画に出てくるような運動場なんてもちろんない。

 3日という短い拘留期間のなかで、僕にいちばん印象を残してくれたのは、ある警察官だった。検事の取調べを受けるために東京地方検察庁に行く際、僕に手錠をかけ、縄を腰につないで同行した、デモでもプレイしたSKYFISH似の留置所係だった。現在、30代前半の彼はファッションが好きで28歳まで池袋の服屋で働いていたという。20代後半になって、好きだけでは続けていないと、次々に仲間が転職していく。彼は人の役に立ちたいと警察官を志す。この不況のご時世、公務員という安定した職につきたい気持ちはわからなくもない。妙に腰の低い彼は僕に「音楽や本はどんなのが好きですか?」「服は高円寺で買うんですか?」などとあれこれ訊いてきた。ネットか何かで僕が逮捕された理由や事情を知っているようだった。彼は自分の好きな音楽について熱く語り、「くるりが好きなんですよ!」と力を込めて言った。『snoozer』の読者だったのかもしれない。そこまではいいが、他愛もない世間話をひと通りしているあいだに気を許してしまったのか、彼は検事の取り調べを待っているときに僕の横であろうことか豪快に居眠りをかまして、手錠さえかけ忘れそうになって、同僚にこっぴどく叱られて落ち込んでしまったのだ。「逃亡しないと思って......」。そりゃしねぇーけどさ! すぐ出るし。良いヤツだったけど、あんなに間の抜けた警官に会ったのは初めてだった。

 と、そんな感じの近くて遠い3日間の愉快な小旅行だった。まあ、でも、もちろん捕まらないに越したことはない。次はもっと上手くやるつもりだ。しくじるなよ、ルーディ!!

追記:10月に発売される月刊『サイゾー』に掲載される森達也さんとの対談では、9月11日のデモにおける逮捕の経緯や警察の過剰警備の実態について話しています。

Alva Noto & Blixa Bargeld - ele-king

 およそ1週間前にマシュー・ハーバートの"ワン・ピッグ"ライヴを観ている。その同じ会場で、もっとも先鋭的なドイツの電子音楽家(アルヴァ・ノト=カールステン・ニコライ、坂本龍一との共演者としても知られる)と......ポスト・パンクの時代にチェインソーを金属に斬りつけるノイズを音源として、くず鉄を打楽器としたバンド、つまり、いわゆる既存の楽器のすべてを放棄したバンド、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンの中心人物にしてヴォーカリスト、ブリクサ・バーゲルトとのプロジェクト、ANBBのライヴである。破壊に憑かれ、ダダイズムに深く共振し、そして実験音楽に人生のすべてを捧げていると自ら語るアーティストの久しぶりの来日だ。オーディエンスの数は......意外なほど少なかったが、しかしそのライヴは耳と心にこってりと焼き付くものだった。

 フロント・アクトのNHKyxは、大阪とベルリンを往復する国際派の電子音楽家で、〈スカム〉〈ラスター・ノートン〉、あるいはセンセーショナル(元ジャングル・ブラザースのぶっ飛んだラッパー)との共作を〈ワードサウンド〉から......とにかくいろんなレーベルからたくさんの作品を出しているプロデューサーである。インダストリアルなビートを操作しながら、ノイズをかき鳴らし、IDMとハードコアなダンス・ミュージックの溝を埋めるような、インパクトのあるステージを披露した。続いて登場した伊藤篤宏のウルトラ・ファンクターは、蛍光灯のノイズを音源としながら、NHKyxの冷たいグルーヴをバトンタッチするかのように、彼の白い熱を展開した。昔、あるオーガニック系の人物から、家では絶対に蛍光灯は使わないと言われたことがある。ウルトラ・ファンクターはそうしたハイソなエコ人間へのアンチテーゼでもあろう。
 そうした強力なフロントアクトを経て、ステージに登場したふたりのベルリナーは、それまでの騒音とは真逆で、曲のなかには多くの静寂があった。ライヴは......ノイバウテンのリスナーにとってはお馴染みのバーゲルトのヴォーカリゼーション、あの水蒸気のような声(口笛のような音)ではじまった。

 黒いスーツでめかし込んで、もみあげを尖らせ、髪の毛をしっかりと整えてマイクの前に立っているバーゲルトは、ある意味古風な"ヨーロッパ主義"を強く感じさせるものだった。それはいまとなってはレトロ趣味のひとつとも言えるし、1920年代のベルリンのナイトクラブと2011年のIDMとの交流会という点では新鮮にも思える。
 ライティングは、すべてバウハウス的なデザインだ。直角で、そして色彩は2色に制限される。黒と赤、黒と緑、青と黒、そうした組み合わせで構成される。それは、かつてグラム・ロック/パンク・ロック/ポスト・パンクが、アメリカ的な経済繁栄への強烈な反撃として持ち上げたドイツ的な美学(非人間性や灰色の頽廃美、終末や衰退への陶酔、人工美、表現主義などなど)を表しているように思えた。
 "ワンス・アゲイン"~"ワン"~"ミミクリー"~"エレクトリシティ・イズ"......アルバム『ミミクリー』ではオウテカ(もしくはメルツバウ)を彷彿させるような情け無用の冷酷なエレクトロニック・ミュージックに思えたような曲も、ニコライの間(沈黙)を効果的に用いたIDM、そしてバーゲルトの呼吸まで聴こえそうなライヴではむしろエロティックに聴こえる。ジャック・ブレル(まあ、彼はドイツ人ではないが)のラップトップ・ヴァージョン――そんな言葉が脳裏をよぎる。「昆虫としてのあなた(You as an insect)/あなた自身を擬態する(Mimic yourself)」......バーゲルトは"ミミクリー"における最初の英詩をゆっくりと喋ってからはじめる。アルバムのスリーヴアートには、目を奪うような、女が昆虫のように町を這っている写真が使われているが、これは1967年の映画『欲望』にも出演しているドイツ人のスーパー・モデル、ヴェルシューカの写真である。
 アンコールの"フォール"(アルバムの1曲目)にいたってはさすがというほかない。周波数を手品師のように操作するニコライは、最初鼓膜の近くでさざ波を起こし、それをいつの間にか気が狂いそうなほどのノイズとして突き刺す(アルバムでは耳をつんざくノイズに思えたそれは、より展開のある楽曲となっていた)。そして静寂とピアノ、バーゲルトの歌......。最後の"ホール・イン・ザ・グラウンド"は、僕にはファーストの頃のスーサイド風、まあ、要するにロカビリー+ノイズに聴こえた(オリジナルではそうは感じなかった)。
 先週同じ会場で観たハーバートの、英国人らしい社会風刺のライヴ・パフォーマンスとはまったく別の興奮を覚えた。それは実験音楽に人生を捧げたと自負する人間による、現代における新古典主義とも喩えられるような、しばらくのあいだ家に帰りたくなるほど感動的で美しい時間帯だった。

なお、raster-notonジャパンツアーは今週も続きます!

【R-N EXPRESS】(東京公演)
■日時:2011年10月9日(日)23:00開場 /開演
■会場:渋谷WOMB
■出演:Alva Noto / Byetone / Vladislav Delay / Luomo / Aoki Takamasa /Anne-James Chaton / AGF / NIBO / Atsuhiro Ito
■raster-notonジャパンツアー特設HP:<https://www.raster-noton.net/japantour>

また、東京馬喰町にある現代美術ギャラリー、Motus Fort(モータス・フォート)では、11月5日までブリクサ・バーゲルトの展覧会をしています。
https://www.motusfort.com/exhibition.html

vol.13 : エレファント6がやって来た! - ele-king

 エレファント6なる集団に特別の感情を抱いている人は、30代もなかばの世代だろうか......。エレファント6とは、80年代後半、アップルズ・イン・ステレオのロバート・シュナイダー、ニュートラル・ミルク・ホテルのジェフ・マンガム、オリヴィア・トレマ・コントロールのウィル・カレン・ハートとビル・ドスという4人のルイジアナ州のラストンの学生時代の同級生が4トラックのカセットレコーダーでレコーディングしたことからはじまっている。
 彼らはテープを交換しあい、アルバムのアート・ワークやライナノーツを作り、レコーディングのコラボレーションとバンドを結成した。1991年にロバートはデンバーに、残りの3人はアセンスに引っ越し、そこからエレファント6という名前とロゴが発生し、彼らが関連する作品には、エレファント6のロゴがつくようになった。これは、エルフ・パワー、ビューラー、ジャービルズ、ミュージック・テープス、オブ・モントリオールなど、さまざまな仲間のバンドに広がった。ロバートはアップルズ・イン・ステレオとして、日本のトラットリア・レーベルからアルバムをリリースしている。
 エレファント6という名前は、90年代末にピークを迎えている。よく知られているように、「エレファント6ミニ・ツアー」として、2000年にはオブ・モントリオール、エルフ・パワー、カルヴィン・ドント・ジャンプが日本に初来日した。オリヴィア・トレマ・コントロールはカヒミ・カリィなど日本のアーティストとコラボレートしたり、ソニーからリリースされたヴェルヴェット・アンダー・グラウンドのカヴァー・アルバムにも参加している。

 ジェフ・マンガムは、ニュートラル・ミルク・ホテルとして、いまでは伝説のアルバムになっている『In The Aeroplane Over The Sea』を1998年に発表している。ちなみにこの作品は、アマゾンでは100枚のグレート・ロック・アルバム、『Q』マガジンで25年のあいだでのトップ30アルバム、『ヴィレッジ・ヴォイス』では1998年のベスト・アルバムに選ばれている。
 その後活動を停止していたが、2011年のATPのキュレーターとしてついにカムバックしたのである。伝説となっている彼を一目見ようと、チケットは早々にソールド・アウトとなった。インディロック・ショー・リスティング・サイトの「オー・マイ・ロックネス」では、今週(9/29現在)は一面にジェフの話題で満載である。

 ウィル・カレン・ハートとビル・ドスは、エレファント6の中心人物だ。オリヴィア・トレマー・コントロールのオリジナル・メンバーでもある。彼らは1999年に『Black Foliage』をリリースした後、サーキュラトリー・サウンド・システムと名義を変えて活動している。また、エレファント6の「ホリディ・サプライズ・ツアー」へとライヴ参加もあった。が、今回のオリヴィア・トレマー・コントロールとしては約10年ぶりのショーである。
 共演のミュージック・テープスは、ジュリアン・コスターのプロジェクトで、彼もエレファント6にはなくてはならない存在である。ニュートラル・ミルク・ホテルのメンバーで、ニューヨークではチョコレートUSAとしてビル・ドスと一緒にプレイしていた。
 ジュリアン・コスターのミュージック・テープスは、基本的には彼と7フィートの大きさの巨大メトロノームによるプロジェクトである。
 90年代後半、著者はアセンスに住んでいた。彼がちょうどこの巨大メトロノームを作っていた頃だった。そして、ミュージック・テープスとしてのプロジェクトを話していたとき、彼は「オービタル・ヒューマン・サーカス」という名前の巨大な遊園地ツアーをしたいと、目をキラキラさせながら語っていたのを覚えている。メトロノームの裏側には、さまざまな機材が入念に作り込まれていて、自動的に演奏する仕組みになっている。見た目もプレイもびっくりな楽器である。ここ何年か、ミュージック・テープスはララバイ・ツアーとして、人の家にララバイ(子守唄)を届けるというユニヴァーサルなツアーをしていたが、ミュージック・テープスとしてのショーはオリヴィア・トレマー・コントロール同様、かなりの久しぶりなのである。

 このオリヴィア・トレマー・コントロールとミュージック・テープスのショーが9月21日、マンハッタンの ル・ポワソン・ルージュであった。観客は意外にも若い人が多かった。隣にいた子に話しかけると、「オリヴィア・トレマー・コントロールは音楽を聴いたことがあって、ずっと見たいと思っていた」と、新しい世代は顔を赤らめながら言う。「今回、彼らが見れるなんてドキドキしている。もちろん、ジェフ・マンガムがキュレートするATPのチケットも買ったよ。本物のジェフが見れるなんて、夢みたいだ」

 筆者が会場に到着するとすでにミュージック・テープスがはじまっていて、ジュリアンはミュージック・ソウ(のこぎり)をプレイし、その隣ではオルゴールのような仕掛けのオルガンが自動プレイしていた。彼の父はルーマニアのジプシーで、今日はその父が会場に来ていると、ステージ上の彼は嬉しそうに話している。バンジョー、ミュージック・ソウなど曲のたびに楽器(彼の手作りである)を代え、やがて7フィートのメトロノームが登場し、トランペット、トロンボーン、キーボードなどのサポートメンバーが加わる。目で見て楽しい、耳で聴いて驚く、素晴らしいミュージック・テープスのショーだった。


ミュージック・テープス

 続いてオリヴィア・トレマー・コントロールが登場する。筆者が個人的に知っているドラマーのエリック・ハリスの代わりに、元オブ・モントリオール、エルフ・パワーのデリック、そして〈クラウド・レコーディング〉主宰のジョン・フェルナンデスがベース、ピーター・アーシックがキーボード、ウィル・カレン・ハートとビル・ドスがボーカル&ギター、ミュージック・テープスのジュリアン、ジャービルスのスコットもメンバーとして参加した。もうひとり、初めて見るメンバーがギターで参加していた。あとで聞くと、AJという男の子で、アップルズ・イン・ステレオから紹介されて、すでに何年か一緒にプレイしているらしい。
 ウィルの横には、タンバリンや摩訶不思議な打楽器やパペットと並び、マイク・スタンドの前にレコード・プレイヤーが置いてある。その上にはレコードではなく、緑色のリンゴが回っていた。昔と比べて年を取ったのは否めないが、演奏がはじまるとあの懐かしい、90年代後半の豊かな香りが放射される。新曲の"The Game You Play Is In Your Head, Parts 1, 2, & 3"や定番のの"Jumping Fences"、 さらにフリーフォームの"Green Typewriters"(No.1からNo.10まである)......、イントロがはじまると歓声が上がったり、歌詞の最初から最後までを一緒に歌う声が場内に響いたりと、1時間のショーはとても充実したものだった。古いファンは懐かしい曲にいちいち喜んだり、新しい観客にはまったく新しいバンドとして、さまざまな思いをうながしている。彼らは変わっていなく、やっていることも90年代とほとんど変わらない。新曲もあったがオリヴィア・トレマーらしい、胸がくらりと動かされるような美しさを持つ曲だった。
 アンコールを3曲ほど披露したあと、終わったステージ上からセット・リストを奪いあうファンの姿を横に、まだレコード・プレイヤーの上でくるくる回り続けるリンゴがあった。楽屋に行くと、ジェフ・マンガムがいて(デンジャー・マウスもいた)、今回のショーのことを嬉しそうに話してくれた。「来週ニュー・ジャージーでアコースティック・ライヴをするんだ」と、自分がキュレートするATPのことも話してくれた。昔アセンスで一緒に住んでいた頃と何も変わっていない。

 オリヴィア・トレマ・コントロールはこのあとATPに出演すると、10月中旬に地元アセンスのアセンス・ポップ・フェスに参加する。10年は何かの周期なのだろうか、彼らのリヴァイヴァルはもはや回顧展以上の意味を持っているようだ。デジタル化された2011年の音楽業界においてニュートラル・ミルク・ホテルのジェフがフェスティヴァルをキュレートすると、瞬く間にソールドアウトになる世のなかなのである。これは何を意味するのだろうか、なぜいまの世のなかが彼らに惹き付けられるのだろうか......、10年のあいだで忘れそうになっていたものをあらためて見直す良い機会になるかもしれない。


オリヴィア・トレマ・コントロール

 ジェフがキュレートするオール・トゥモローズ・パーティズ〈I'll Be Your Mirror〉は今週末9月30日に、ニュージャージのアシュバリー・パーク、10月3日はパラマウント・シアター、UKでは12月2日~4日に(w/フリート・フォクシーズ、ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョン、サーストン・ムーア、ザ・フォール、ボアダムス、パンダ・ベアなどが出演)開かれる。

今回のショーレポート
https://www.brooklynvegan.com/archives/2011/09/the_olivia_trem.html

エレファント6集団について
https://www.elephant6.com/about.html

バンドへのリンク
apples in stereo:
https://en.wikipedia.org/wiki/The_Apples_in_Stereo
neutral milk hotel:
https://en.wikipedia.org/wiki/Neutral_Milk_Hotel
olivia tremor control:
https://en.wikipedia.org/wiki/The_Olivia_Tremor_Control
https://www.oliviatremorcontrol.com/
the music tapes:
https://en.wikipedia.org/wiki/The_Music_Tapes

第五回:緑の家に聴かせる音楽〈一〉 - ele-king

 横浜方面に向かうのは今年二度目で、この前は葉山の神奈川県近代美術館でのモホイ=ナジ展に電車とバスを乗り継いでいった。私はそこで秋田昌美の文章で知ったナジの「アンタイ・レコード」の現物を見る腹づもりだった。秋田昌美はモホイ=ナジについてこう書いている。
「だが、ナギ(モホイ=ナジ、この本ではモホリ・ナギと表記している/筆者注)は聴覚芸術家ではなく視覚芸術家であった。彼がレコード盤上に刻まれた「溝」という「音が視覚化された」レコードの物質面に注視したのも、おそらく彼が音楽ではなかったからであろう。さらに、彼はレコードを「創造的音楽」のために変形を加え得る様々な方法を列挙するに当たり、レコードを写真にとること、そして、「いかにそれらのレコードが演奏可能な本物のように見えても、まずはこうしたことから始めるのが好ましい」と述べる。さらに、「機械的・金属的な音」あるいは「鉱物的な音」についての実験を試みるよう提案している」(秋田昌美『ノイズ・ウォー』青弓社)
 直後に秋田自身「ナギの作ったレコードが一体どのような「音」を出したのかは分からない」と断っているように、この作品は構想段階で終わったのか、今回の展示にそれを思わせるものはなかった。ところがその構想コンセプトが示唆するものは少なくなかった。とくにノイズや、ヒップホップをはじめとしたDJカルチャーで、ノン・ミュージシャンがどのようにレコード・メディアを誤用してきたか、秋田はその歴史のはじまりにモホイ=ナジを置こうとする。もちろんこれは、レコード/ヴァイナルの物質性に親和的な、ほとんど90年代的なものの考え方であり、音楽が物質性を捨て去りつつある2010年代においてノスタルジックに見えなくもないが、容れ物であるメディアのフレームそのものを音楽のいち要素として捉えれば、この問題は音楽を再生するたびにリピートする問題であるはずだが、高度化~複雑化~巨大化しつつ偏在することで不可視になったメディア環境下ではこの問題意識は低い階層へもぐらざるを得ない。音楽ジャンルであるノイズをのぞき、聴取におけるノイズはデジタルデータの保存形式のちがいと見なされるのがこの時代のややこしさである。「貧しさ」をあえて選びとるより、知らぬうちに「劣化」している複製芸術時代が、利便性といっしょに寝そべっている現状を、私は否定するつもりはないけど、ムシするわけにもいくまい、とたまにわれにかえることがある。
 秋田昌美はモホイ=ナジについて述べた中で、レコードの出現が音楽の時間概念を変質させたとも指摘している。複製品の枠組みが音楽を一定の時間/空間に従属させるだけでなく、ポータビリティが音楽の聴き方の選択肢を広げる、と同時に、ハードさえあればリスナーの自由意識でいつでもどこでも再生可能だが、逆にいえば、ある種の「ルーズさも作り出す」。 レコードというヴィークルに乗った音楽は未来へ運ばれる。溝に刻まれた過去は未来に再生される。そして再生される過去は--環境やレコード盤のコンディションに左右されるので--過去と完全に一致しないがゆえに、「このことは『ノイズ』にとって利用できることとなる」と秋田昌美は書いたが、これはアーカイヴさえ携行可能なネットワーク時代、すべての記録された音楽に張りつく薄皮みたいなものになった。もとから音楽は時間とか空間とかと無縁であるはずはない。しかし現在の時空間はネット空間とも混ざり合っているものだから、一筋縄ではいかないのもまたたしかである。
 いま思えば、2008年の第3回目の横浜トリエンナーレのテーマだった「タイムクレヴァス」について、「哲学や科学を射程にいれた、きわめてベーシックなテーマ」と、私はある雑誌に書いたとき、アートにとって時間はいまだ古典的な命題だった。古典的だから論じがいのあることでもあった。挑む山の頂が見えていた感じだったのかもしれない。私はトニー・コンラッドや小杉武久、ヘルマン・ニッチェやポール・マッカーシーの作品の間を歩き、田中泯や勅使河原三郎のパフォーマンスを見ながら、作品と身体に流れる時間を感じた。それはミニマル(ミニマル・アートではない)というよりも、ゼロ年代後期の音楽のキーワードであるドローンに似た持続性を思わせる、身体に訴える時間操作だった。

 あれから3年がすぎて、4回目のヨコハマトリエンナーレ2011がはじまったと聞いて、私は紙版『エレキング』第3号(そろそろ書店に並ぶので、みなさんよろしくお願いします)をホウホウの体で入稿した9月17日、横浜に向かった。冒頭にも書いたが今年二度目である。遅い午後まで最後の原稿を待っていたので、今日は展示を見てまわれない。もう一回、いやあと二回くらいで全部を見たいとも思うだが、この日の目的は会場のひとつ、ヨコハマ創造都市センター(YCC)内に設置したピーター・コフィンの《無題(グリーンハウス)》で行うジム・オルークの演奏を聴くことである。YCC屋内にあるこの作品は、切妻屋根の温室の全面を透明の皮膜が覆っていて、種々の観葉植物の鉢植えが温室の内側をとりまくようにしつらえてあり、いち部は屋根のてっぺんまで伸びている。温室の奥には小口径のドラムセットが一台あって、私が到着したときにはすでに、ジムが演奏するのだろうか、入り口をふさぐようにモジュラー・シンセが置いてあった。コフィンのこのインスタレーションは、植物はよい音楽を感知し、反応するという説をモチーフにした作品で、真偽不明な--そもそも「よい音楽」の定義がここでは明確でない上に植物にとっての「よい」か人間にとってのそれか判然としない--疑似科学の理論上の瑕疵を、議論と想像のための余白に転化したものだろう。迷信や神話や伝承といった、筋書きがありながらいくつもの解釈を許す体系を逆手にとったこの作品は私たちの内心への問いかけでもあるが、音楽はあくまでここでは"ミュージック・フォー・プランツ"、「植物のための音楽」となり、人間は植物のおすそわけにあずかることになる。コフィンのコンセプトに忠実になればなるほど、演奏する主体は人間相手のあたりまえの、いつも通りのやり方を検証することになり、ある種の宙吊り、真空状態が主体の内面にうまれるのを期待できる。音楽は変わるかもしれないし変わらないかもしれない。だがそれも人間の基準でしかないと、コフィンは言外にいっているかにみえる。
 今回の会期中「植物のための音楽」のライヴ・パフォーマンスは都合6回予定しており 、すでにEYE、OOIOO、大友良英が演奏を行った。4回目となるジム・オルークのライヴは定刻通りにはじまった。シンセサイザー・ドローンを基調にした演奏はギターやラップトップともちがうウォームな質感だった。さらにジムは鉢植えの葉裏につけたコンタクト・マイクで採取した音を変調したノイズを、ミラーを彷彿させるドローンに加えることで、「植物のための音楽」を「植物による音楽」に読み換え循環させ、バイオニック(Bionic)というより、バイオトープ(Biotope)ノイズとでもいいたくなる音場をつくりだした。私は温室のまわりを散歩するように音を聴いた。「植物のための」という前提があるため、会場に席はない。YCCの高い天井に反響したドローンが位置を変えると、鮮明になったりくぐもったりする。音と一体化した《無題(グリーンハウス)》 は音楽のエンジンを借りて、時間と空間の中で動き出したようだった。音楽は耳新しいものではなかった、というより古典的に端正だったがしかし、時間や空間よりずっとアート/音楽が従属している人間というものを対象にしない音楽は演奏者だけでなく聴く方もゆさぶった。(次回へつづく)

(ライヴ情報)
2011年10月1日(土)17時30分~
ミュージック・フォー・プランツ
出演:蓮沼執太
会場:ヨコハマ創造都市センター(YCC)
※ヨコハマトリエンナーレ2011の詳細、会場へのアクセスは以下よりご確認ください
https://www.yokohamatriennale.jp/


ピーター・コフィン
《無題(グリーンハウス)》2010-2011
Installation/performance view for Yokohama Triennale 2011
Courtesy the Artist
Photo by KATO Ken
Photo Courtesy of Organizing Committee of Yokohama Triennale

[Electronic, House, Dubstep] #9 - ele-king

 最近読んだUKのメディアの記事で、〈RAMP〉レーベル(UKの〈ストーンズ・スロウ〉フォロワーで、ゾンビーやSbtrktなど出している)を主宰するDJのトム・ケリッジはいまだ月に数百ポンド分の新譜のヴァイナルを買って、DJするときもほぼ100%ヴァイナルだと自慢している。デジタルかヴァイナルか......この議論をここで蒸し返すつもりはない。が、去る9月、DOMMUNEでTHA ZOROや大阪のDJ、TUTTLEのプレイを聴きながら、あらためてアナログ盤でプレイするDJの魅力を思い知った次第である。

1.Cloud Boat - Lions On The Beach R & S Records


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 ジェームス・ブレイクの成功は、ダブステップのネクストとしての歌モノをうながしている。ジェイミー・ウーンのアルバムは本サイトではスルーしたけれど、〈エグロ〉あたりはジャズ・ファンク/ソウル・ミュージック寄りにそれを展開している。そしてクラウド・ボートは、レディオヘッドのリミックス盤のように、ダブステップをバックに歌っているトム・ヨーク、ないしはボン・アイヴァーである。つまり、ダブステップのインディ・ロックとの相性の良さを証明する1枚でもある。裏面は、ブリアルのサイケデリック・ロック・ヴァージョンといったところ。

2.FunkinEven - Rolands Jam Eglo Records


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 ロンドンのファンキンイヴンは、〈エグロ〉レーベルが発掘した新世代のアシッド・ハウス野郎で、すでにこれが4枚目のシングル。前作「彼女はアシッド」に続いて、レトロスペクティヴなアシッド・ハウスを展開している。というか、アシッド・ハウスとは、いま本当にレアグルーヴになっている。より音がクリアになって、もちろんベース・ミュージックの流れを引いてはいるものの、ウワモノのアシッド音は紛れもなく1987年のシカゴである。

3.Floating Points - Faruxz / Marilyn Eglo Records


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 今年の6月にリリースされた12インチで、A面の"Faruxz"は、以下に挙げるアーティスト名のうち3人好きな人がいたら間違いなく聴いたほうが良い曲。カール・クレイグ、初期のエイフェックス・ツイン、フローレンス、グローバル・コミュニケーション、あるいは〈FXHE〉レーベルの美しいディープ・ハウス。

4.Lucky Paul - The Slow Ground EP Somethink Sounds


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 グライム/ダブステップの荒野をあとに洗練化へと向かうネオ・ソウルからまた新しい才能が登場した。これはロンドンの新しいレーベルから、ニュージーランド出身でベルリン在住のラッキー・ポールのデビューEP......EPとは言え7曲入り。
 B面ではギャング・カラーズ(ジャイル・ピーターソンのレーベルの秘密兵器)、エリフィノ(Eliphino)がリミックスをしている。ゴンザレスやモッキーらとセッションしているドラマーだという話だが、グライム(ヒップホップ)の冷たいビートにパーカッションを与えたA-1やA-3、ジェームス・ブレイクやマウント・キンビーを意識したA-2、そしてR&Bを試みたA-4など彼の折衷的な態度を見せている。

5.Δ Δ - Sportex / Ikonika Remix Pushing Red


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 テキサスのダブステップのレーベルから、謎のプロジェクトのリリースだが素晴らしい。音は現代風のヒップ・ハウスというか、実にエネルギッシュなラップ入りのダブステップとシカゴ・ハウスとの古くて新しい幸福な出会いとなっている。B面は女流ダブステッパー、アイコニカよるジューク。前半は絵に描いたようなジュークで、しかし後半は彼女のコズミックなグルーヴで飛ばしていく。  〈プッシング・レッド〉はアメリカのレーベルだが、音はUKの影響下にある。アメリカ人プロデューサー、ジャス・ワン(Jus Wan)によるUKガラージ作品などリリースしている。

6.Duff Disco - Grand Master Duff / Slow Duff Disco


 今年はダフステップ名義でアルバムを発表したジェレミー・ダフィーのダフ・ディスコ名義のアンオフィシャルな1枚。A面はグランドマスター・フラッシュ&ザ・フューリアス・ファイヴの"ザ・メッセージ"、B面はカイリー・ミノーグの"スロー"をネタにしている。彼らしい、気の抜けたゆるいディスコだが、B面はとくにその脱力感がひかっている。

7.Untold - Bones Remixes SSSSS


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 ポスト・ダブステップにおいて、多くのリスナーにアルバムが待たれているのはピアソン・サウンドとそしてこのアントールドだろうけれど、筆者がより得体の知れない才能を感じているのは後者である。ピアソン・サウンドはプラスティックマンをなぞることができるが、アントールドは、これだけ多くのプロデューサーがハウス回帰している現在でも他とは違うところを見せている。
 これは2008年の曲をジョーとロックウェルがリミックスしたもので、ジョーのリミックス・ヴァージョンがとにかく素晴らしい。キックドラムに頼らずに最小のパーカッションで構成されるこのトラックは、機械で作られるダンス・ミュージックにはまだ創造の余地があることを証明しているようだ。

8.Owiny Sigoma Band - Tafsiri Sound Brownswood Recordings


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 アフリカ・ミュージックは新たな展開は、クラブ・カルチャーとの交流である。ナイロビのオウニー・シゴマ・バンドのリミックス・シングルは、そのことを象徴する。A面はクァンティックによる2ヴァージョン、フリップ・サイドはジェシー・ハケット(ロンドンの〈オネスト・ジョンズ〉からのジャズ/ファンクの作品で知られる)、ヘロー・スキニー(何者かわからん)によるヴァージョン。スキニーによるボンゴやコンガの響きに的を絞ったややファンキーよりのミックス以外は、ハウス・ミュージックとして機能する。すべてが良く聴こえるのは原曲がいいからだ。

9.Mark Ernestus Meets BBC - Ngunyuta Dance Remix Honest Jon's Records


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 これもアフリカとクラブ・カルチャーとの交流のひとつ。現代の南アフリカ音楽のコンピレーション・アルバム『New Wave Dance Music From South Africa』の収録曲をベーシック・チャンネルのマーク・エルネストゥスがリミックスしたものだが、まったくお見事な出来。ドイツ的な美意識による直線的なミニマル・ダブの極意というか、『ゼロ・セット』が古く思えるほど。アフリカの熱さとドイツのメトロノーミックなビートの出会い。
 ちなみに、このシリーズには他にアンソニー・シェイカー、そしてリカルド・ヴラロヴォスの2枚がある。筆者は3枚試聴してこれだけを買った。

10. Bjork - The Crystalline Series (Omar Souleyman Versions) One Little Indian


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E王"クリスタライン"はリスナーを惹きつけて止まないビョークの得意なコブシ回しの入ったパワフルな曲で、彼女の音楽にハマったことのあるリスナーなら1回聴いてすっかり好きになってしまうタイプの曲である。オリジナルはシンセ・ポップ的なはじまりから後半はエイフェックス・ツイン流のドリルンベースへと展開する。ビョークらしいエレクトロニック・ミュージックのパワーを吸収した曲である。
 リミキサーでもっとも驚いたのが、アラン・ビショップが世界に広めたであろうシリアのカントリー・フォーク歌手のオマー・ソウレイマンで、リミックスというよりは、そのオリジナルに合わせて演奏して(サンプラーをブッ叩いて)、歌っている。この濃厚なエキゾチズムはかなり魅力で......というか爆笑ものだ。B面に収録された2曲ではほとんど自分のやりたいことをやって(演奏して、うわーおーなどと高らかに歌い)さっさと切り上げるという、実に清々しい態度でビョークに接しているように思える。だいたい、リミックスを依頼されたというのに、ソウレイマンは勝手に共作にまでしてしまったようなのだ。ちなみにこれはシリーズの3作目である。2作目がマシュー・ハーバート、4作目がポップス界の大物サーバン・ゲニー。
 しかし、A面45回転、B面33回転というのがいまのトレンドなんだとあらためて認識した。

11.The Stepkids - Legend In My Own Mind Stones Throw


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 これはもう完璧なレトロマニア。甘ったるいヴィンテージ・サイケデリック・ファンクのスタイル(テンプテーションズの"クラウド・ナイン"とか、あのあたりです)を展開する3人組のヴォーカル・グループ、ザ・ステップキッズのアルバムからの先行シングル。たたみかけるシンセサイザーの感じはいまどきのチルウェイヴにも通じる......というか、最近の〈ストーンズ・スロウ〉は、ジェイムス・パンツもそうだが、インディ・ロック・キッズ向けのものが目立っている。

12.Frankie Knuckles Feat. Jamie Principle - I'll Take You There Nocturnal Groove


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 ハーキュリーズ&ラヴ・アフェアにフレンドリー・ファイアーズ......フランキー・ナックルズとジェイミー・プリンプルといった巨匠がカムバックする準備は整っていた。シンセ・ポップのアンダーグラウンド・ダンス・ヴァージョンとしてのハウス・ミュージックである。
 そういえば最近はグラスゴーの〈ナンバーズ〉からファンタジー・クラブの"ミステリー・ガール"がリイシューされている。きっと近々、DJピエールも出てくるだろう。シカゴ・ハウスは確実にいま旬なのだ!

13.James Blake - Order / Pan Hemlock Recordings


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 デビュー・アルバムとも、そして「CMYK」ともまた別の、ジェームス・ブレイクのメロディらしいメロディなしの、ミニマル・トラックがふたつ。ラマダンマンを徹底的にストイックに、反物語的にした感じで、ちょうどこのEPを買うときにプラスティイックマンのボックス・セットがレジの隣にあった。
 まあ......このアシッディな感覚は〈ヘムロック〉らしいと言えばらしいし、"Pan"の荒廃したイメージは他にない説得力を秘めているかもしれない。ダンス・ミュージックとしての面白味においては、10年前のヘロイン・ハウスを彷彿させる。そういう意味では筆者にはアンビヴァレンツな作品で、いちど評価を上げるとしばらくは何をやっても支持されるというのは、ありがちなことではあるけれど、これよりも数ヶ月前に都内のお店に出回っていたデスチャとリル・ウェインをネタにしたトラックのほうが、いまはまだ魅力を感じる。

14.Four Tet - Locked / Pyramid Text


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 フォー・テットの主宰する〈テキスト〉レーベルは、わが国の12インチ市場でいまもっとも人気のひとつである。すぐに売り切れるのだ。それもよくわかるというか、"Locked"はミニマル・ハウスのフォーマットを使って、フォー・テットらしいメロウな展開をする。カール・クレイグがペーパークリップ・ピープル名義でダブステップ少々のビートを取り入れたと想像すれば良い。"Pyramid"は、いわばフォー・テット流のシカゴ・ディープ・ハウス解釈で、オーソドックスな4/4キックドラムのグルーヴィーなダンス・ミュージック。トラックの後半にはエレガントなメロディが重なってくる。

15.Juk Juk - Winter Turns Spring Text


 何者かわからないが、このスロー・テンポのミニマル・ハウスは機能性重視のトラックではない。〈テキスト〉レーベルらしい楽曲性の魅力に重点をおいた、陶酔的な響きを有している。メロディが重なる"Winter Turns Spring(冬から春へ)"の素晴らしい叙情性を聴いたら、作者が何者かわからなかろうが、思わずレジに走るだろう。フリップ・サイドの"Frozen"もそうだ。牧歌的なアンビエントではじまって、しばらくすると遅めのビートが脈打つそれは、空想的な悦びを刺激するだろう。
 もしお店に行ってフォー・テットのEPかこれかで迷うことがあれば、筆者は迷わずこちらをオススメする。

16.DjRum - Mountains EP (Part 1)+(Part 2) 2nd Drop


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 このレーベルは、ダブステップ系の人気レーベルのひとつなのだが、前回のLV以来、2枚同時(Part 1、Part 2)にリリースしている。しかも内容が素晴らしいから、タチが悪い。90年代のダビーなブリストル・サウンド、もしくはブリアルが好きなリスナーにはたまらない音楽で、そう、ダブの恍惚なのだ。フリップ・サイドはダンスフロア愛好者向け。
 ジャマイカ声のMCが入る"Part 2"も良いし、そこに女性ヴォーカルが重なる"Part 3"への展開も申し分ない。とくに後者のずぶずぶのダウンテンポは葉族には最高のBGMだろう。"Turiya"は女性ヴォーカルを活かしたソウルフルなダブステップで、目新しさはないが、筆者はとってはこれがもっともグッと来るタイプのアーバン・ソウルである。DJラムか......覚えておこう!

ele-king vol.3  - ele-king

〈巻頭特集〉シンセ・ポップふたたび
対談:湯山玲子×三浦康嗣(□□□)
〈インタビュー〉コールター・オブ・ザ・ディーパーズ ナラサキ
〈コラム〉不信連鎖の津波     他

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