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晩夏の住宅街を散歩していると、なにか生き物が死んでいるような匂いがしてくる気がする。車道であればすぐ片付けられたものを、歩道だったがために打ち捨てられたままの犬や猫の骸を、ランドセルを背負っていた頃はわりと平気で見つめたものだ。ひどいときは1週間もそのままのことがあったから、生き物はこうして腐るのかということを、幼い我々はさりげなく見て取った。独特のにおいがしたが、それもまあそういうものかという具合で柔軟に受容できた。いずれも夏のことで、そのためにいまでもこの時期におかしな錯覚を起こすのかもしれない。サウンドキャリアーズのセカンド・フルは、個人的にはそのような記憶と絡まりながら、夏が腐りかけていくようなこの季節の感性に、強く働きかける。
サウンドキャリアーズはノッティンガムの4人組、目も綾なサイケデリック・アルバム『ハーモニウム』でデビューしたのはまだ昨年のことだ。本作はセカンド・フルということになるが、じつに充実している。抑えめのファズとウィスパリングな男女コーラスがシルキーに(実際、英モダン・フォークのヒット・グループ、シルキーを思わせる典雅なサウンドでもある)紡ぐ60~70'Sサイケ・コンボ。鈍く脳に回ってくるオルガンは、まるで潜水したときのような外界との隔絶感、水から上がった後の重い倦怠を、おそい夏の記憶のように甦らせ、隙のないアンサンブルとコーラス・ワークは、やがておとずれる収穫期の豊穣までを予感させる。2000年代を覆ったサイケデリアとは別口だ。ジェファーソン・エアプレインやクイックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィスといった1965年前後のシスコ・サイケが、ペンタングルやテューダー・ロッジと融けあって鳴っている、そうした印象で、完全にレイド・バック型の佇まいである。
今作については、クラウトロックへの接近という点に言及されることが多いようだが、それは冒頭の"ラスト・ブロードキャスト"1曲が引きずるイメージだろう。たしかにこの曲はホーリー・ファックやファック・ボタンズとも交叉するモータリックなビートが特徴だ。オルガンもよく動き、ベースは信号音のように上下し、高揚感をあおる。アルバムの頭を華やかに飾る躍動的なナンバー。しかしその上で展開されるのが、マットにしたラブ、というかステレオラブ化したペンタングル、というか、上質な叙情をたたえた旋律とコーラスなのがおもしろい。後につづく曲はいずれも気怠い。"ステップ・アウトサイド"では、リヴァービーなフルートが全体に薄墨のような影をつける。ベースがグルーヴィーだ。対旋律をとるかのようにうごきまわって、これがなんとも情感豊か。鈍く、苦く、胃のあたりがきりきりする。テープ逆回転的な音の歪みも、こんなに洗練されてあしらわれているのを聴くことはめったにない。ピアノにも非常に存在感があって、"モーニング・ヘイズ"や"ブロークン・スリープ"ではベースともつれながら曲自体のアウトラインをくっきりと構成している。なんというか、悪いピアノである。だるく危うく、印象的だ。蝉が短く鳴き終えて木を離れる、そのあとに残ったわずかな空気の歪み。それがペダルで増幅されたようなヘイズ感がアルバム全体を覆い、ピアノやフルートはそのなかで硬質に響く。"ゼア・オンリー・ワンス"はソフト・サイケの名曲。疾駆するようなテンポと白熱したアンサンブルはアルバム中の白眉、ハーモニーは涼しく、オルガンは扇情的なリフをさらりと繰り返す。
本当に、どれも隙がなく、力みもなく、何度でも頭から聴いていられるのだが、この作品がロック史的にどのようにとらえればよいのかということになると、はたと思考が止まってしまう。2010年に入り、なかなか新しい音は聴こえてこないが、「良質な音楽」はあちらこちらから産まれてくる。時流に流されず、適度に整った「良質な音楽」は確実に見つけやすくなっている。マイスペースやユーチューブが、時間と情報量を無限に近づけ、我々は無限の原野に、メディアというステーションを拠り所としながら漂っている。ネットの空間には恐ろしい量の尖兵たちが存在して、日々、刻々、いろいろな音を拾い、紹介してくれる。しかし、新しいものとなると、見つける側の新しさとやる側の新しさがときの運のように重ならなければならない。おそらくまだときが熟さないのだろう。
サウンドキャリアーズは、その点で言えば、誰かの人生を狂わせたり、音楽の歴史を掻き回したりするものではないかもしれない。しかし非常に凛とした気品を持っている。こうしたものが耳に届きやすくなった状況自体は、劇的なものである。人生や歴史を変えずとも、個体として誇り高く輝きつづけるものがある。そうしたものを丁寧に味わうのも悪いことではない。8月の終わりの倦怠を鈍く照らし出したこのアルバムは、時を経てもまた同じように晩夏を危うく彩り、心を乱させるだろう。UKは〈メロディック〉からのリリース。ジャズ・レーベルを模倣したCDのデザインもよい。
橋元優歩