サマー・オブ・ラヴから50年だという。映画で言うとアメリカン・ニューシネマ、たとえば『俺たちに明日はない』から50年だ。アメリカ文化に夢中になったことのある人間なら誰しも、あの鮮烈な時代に対して憧れを持っているものだと僕は20代のある時期まで思っていたのだが、どうやらそうでもないらしいことを最近では理解している。半世紀前に西海岸で起こったことに思い入れるのは、この21世紀において……とくに、いわゆるミレニアル世代では変わり者のようなのだ。カルチャーの側から「世界を変えられる」とした大げさな想像が、世知辛い現代に有効でないことはじゅうぶん理解できる。そうして60年代のアメリカのロック音楽は紙ジャケとなり、日本において多くは中高年のノスタルジーとして消費されている。「若者は60年代のクラシック・ロックを聴かない」という話もある。が、それはべつに悪いことではないのだろう。世代が交代すれば、価値観は変わっていくものだ。
だが……、それでも、あの頃の壮大な「夢」にいまのわたしたちが感じられる何かはないのだろうか? そんな風に考えたきっかけはいくつかあるが、極めつけは昨年出たザ・ナショナル監修のザ・グレイトフル・デッドのコンピレーションだ。アメリカのインディ・ロック勢は、いまこそ懸命に50年前を振り返っている。そこには何か切実な理由があるように思えてならないのである。
![]() 50年目の『スマイル』――ぼくはビーチ・ボーイズが大好き 萩原 健太 |
アメリカ音楽を追い続けてきた音楽評論家である萩原健太氏にとっての1967年とは、「ビーチ・ボーイズの『SMiLE』が出なかった年」なのだという。サマー・オブ・ラヴ全盛の西海岸にいながら、その渦中にはいられなかったビーチ・ボーイズ。彼らが出すはずだったアルバムをこの2017年から検証するのが『50年目の『スマイル』――ぼくはビーチ・ボーイズが大好き』だ。同書は僕のような変わり者のアメリカ音楽好きの心を見透かすように、現在のアメリカの風景を50年前のそれと重ね合わせつつ幕を開ける。そうして、あまりにも巨大な謎であった『SMiLE』というアルバムの特異性が、著者である氏のライヴ体験を紐解きながらひとつずつ語られていく。79年の江ノ島から2016年のニューヨークへ。読んでいると、その大きなアルバムのヒントをひとつ得て歓喜し、かと思えばまた煙に巻かれて悩んだビーチ・ボーイズ・ファンの道のりを追体験するようだ。
萩原氏はビーチ・ボーイズを「永遠のカリフォルニア・ティーンエイジ・ドリーム」なのだと本書で形容する。現代のアメリカの優れたインディ・ロックを聴いていると、その図抜けたポップさと音楽的実験への好奇心は形を変えつつ確実に受け継がれていることがわかる。だが、なぜビーチ・ボーイズだけが特別なのか?
ここでは『SMiLE』 の空白をリアルタイムで体験できなかった世代のひとりとして、萩原氏に素朴な疑問をぶつけてみることにした。「なぜ、いまビーチ・ボーイズを聴くのか」。ビーチ・ボーイズのことを話すのが楽しくて仕方ないという様子の氏と言葉を交わしながら僕は、リスナーの想像力を掻き立てるバンドとしてのビーチ・ボーイズの魅力を垣間見たように感じた。副題が『ぼくはプレスリーが大好き』の引用となっていることからもわかるように、『50年目の『スマイル』──ぼくはビーチ・ボーイズが大好き』には何よりもアメリカ文化への著者のときめきが詰まっている。(木津)
Pitchforkって21世紀のインディ・キッズにいろいろな意味で影響を与えたメディアだと思うんですけど、60年代のベスト200曲とベスト・アルバム200枚を載せていたんですね。それを見ていると『Pet Sounds』が2位なんですね。1位はヴェルヴェッツなんですけど。(木津)
そうかあ。それはうれしいかも。ビーチ・ボーイズが上に来るのは少し前のトレンドだって気がしていたから。(萩原)
それでベスト・ソングの1位が“God Only Knows”なんですよね。ようするにビーチ・ボーイズは21世紀になってもアメリカのインディ・ロックにおいてはすごく意味をもっているんですね。(萩原)
木津毅:僕は1984年生まれなんですけど、10代の後半からアメリカの音楽がすごく好きになって。
萩原健太:というともう世紀が変わろうとしている頃ですね。
木津:そのあたりからアメリカの音楽を聴きはじめて、僕は00年代のインディ・ロックがすごく好きで、ele-kingにもアメリカのロックのことについて書いたりしているんですけど、日本にアメリカのロックのことを伝えるのがけっこう難しくて。21世紀にビーチ・ボーイズを聴くということをどういうふうに考えたらいいか、というのはとても難しい問題だと思っています。そもそも野田さんが僕を駆り出したのは、いまの日本の若い音楽ファンからビーチ・ボーイズを聴いている感じがしないと言うからなんですね(笑)。60年代のクラシック・ロックみたいなものをあまり聴かないと。
萩原:言ってみればビーチ・ボーイズどころの騒ぎじゃないよね。
木津:洋楽リスナー自体が減っているというのもあるんですけど、それ以上にパンクの頃までだったらギリギリ遡れるけど、それ以前になると遡るのが難しいということがあると思うんですね。今回の対談に向けていろいろと見ていて、Pitchforkって21世紀のインディ・キッズにいろいろな意味で影響を与えたメディアだと思うんですけど、60年代のベスト200曲とベスト・アルバム200枚を載せていたんですね。それを見ていると『Pet Sounds』が2位なんですね。1位はヴェルヴェッツなんですけど。
萩原:そうかあ。それはうれしいかも。ビーチ・ボーイズが上に来るのは少し前のトレンドだって気がしていたから。
木津:それでベスト・ソングの1位が“God Only Knows”なんですよね。ようするにビーチ・ボーイズは21世紀になってもアメリカのインディ・ロックにおいてはすごく意味をもっているんですね。
萩原:確かに、若いミュージシャンの話をいろいろと聞いてみると、そういう人も多いみたいね。
木津:つまりはビートルズの『Sgt. Pepper's ~ 』なんかよりも『Pet Sounds』のほうが全然スゲエぜ、という気持ちがアメリカ人にはあるときっと思うんですよね。
萩原:でも、どうなんだろう。一瞬そんなトレンドがあったことはたしかなんだけど。そのままなってくれればよかったなあ、と。90年代に『Pet Sounds Sessions』ってボックスセットが出たことがあって。その頃をひとつのピークに、『SMiLE』という幻のアルバムの在り方とか、当時のロック・シーンとしてはとても珍しかったレコーディング方法とか、ブライアン・ウィルソンという人間のひじょうにナイーヴな心象とか、そのあたりをイギリスとか日本とか、アメリカ以外の国のリスナーや、アメリカに暮らしていてもアメリカ的ではない人たちがかなり持ち上げた時期があったんですよ。しかも、その『Pet Sounds』のボックスが一回発売延期になった。ビーチ・ボーイズのメンバーのマイク・ラヴとアル・ジャーディンからのクレームがあったとかなかったとかで、一回出ないことになったあと、1年くらい遅れてようやく発売されたんだけど。この、“発売中止”ってキーワードが、67年に出るはずだったのにお蔵入りしてしまった『SMiLE』を想起させて、90年代のビーチ・ボーイズ熱を盛り上げちゃった(笑)。その頃はまだまだ研究が進んでいなかったことも含めて、研究しがいのある音だったんだよね。ビートルズみたいにもうすでに研究されつくされているものとは違って、掘りがいがあった。それが96年から97年にかけてのことで。その頃はネットが盛り上がり始めた時代だったでしょ? なので、いろいろなファンがネットで研究成果の発表みたいなことを競うようにやり始めて、ちょっと盛り上がった時期だった。夢のような時期があったんだよね~(笑)。
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ビーチ・ボーイズの場合、あまり時代性みたいなものと繋がっていないんだよね。例えばニール・ヤングとか、あのときにもプロテストしていたし、いまもまだプロテストしているでしょ。でも、ビーチ・ボーイズはそういうのとは違って。当時もちょっと浮世離れしていたんですよね。ああいう時代のただ中にあって音楽を作っていたにもかかわらず、どこかそういう時代の空気感とは違うメッセージを放っていたのが『Pet Sounds』なんだよね。もし『SMiLE』があの時代に完成していたとしても同じようになっていたと思う。(萩原)
![]() 50年目の『スマイル』――ぼくはビーチ・ボーイズが大好き 萩原 健太 |
木津:僕の感覚からすると、インディ・ロックが一番先鋭的だったと言われている00年代後半のアニマル・コレクティヴやフリート・フォクシーズみたいなものがビーチ・ボーイズを引用しているのがなるほどなと思ったんです。あのコーラス・ワークはコミュニティ精神を喚起するもので、それが当時の保守的なアメリカに対抗するために必要だったのではないかと。僕が一番ビーチ・ボーイズを感じるのはグリズリー・ベアなんですけど。その60年代に起こったことというのをアメリカのインディ・ロック・ミュージシャンというのはものすごく振り返るじゃないですか。そこでなにが起こったのかということをすごく研究する。その感覚や重要性を日本に伝えるのがとても難しいんですけどね。
ただ、そこを理解するためにもいまビーチ・ボーイズの曲を聴くというのはなにか意味があるんじゃないかなと思っていて。『50年目の「スマイル」』を読ませていただいたんですけど、サマー・オブ・ラヴというのがひとつの起点になっているじゃないですか。僕もアメリカ文化が好きな人間なので67、8、9年に起こったことをいろんな映画で観てすごく憧れがあるんですけど、その憧憬というのが僕ら世代にはなくなっているからきっとビーチ・ボーイズが聴かれなくなっているんだろうなと分析をしているんですね。本の入り口でサマー・オブ・ラヴについて書かれていたんですが、萩原さんはサマー・オブ・ラヴというのをいまどういうふうに振り返ってらっしゃいますか?
萩原:いまふり返ると、あのムーヴメントは結果的に失敗に終わったものなわけじゃないですか。成果は上げられなかった。ある種の挫折を呼びこんだだけで。でも、あの時代、多くの若者がロックとかそういうカウンターカルチャーを旗印に革命が起こせるんじゃないかと信じていたわけでしょ? そういう“時代の熱”っていうのはあの時代にしかないものなんだよね。そのあとになると、「ああ、あれは失敗したよね」という思いがみんなの心のどこかに必ずあるから。音楽をやる人でも、他のジャンルのなにかを作る人でも「そういうことを信じていた時代があったのかもしれないけど、それは失敗しちゃったんでしょ。じゃ、砂漠に井戸を掘ってもしょうがないじゃん」っていう感じで。でも、当時は違った。あの時代だけは、ここからなにか生まれるはずだって心底信じてずっとその場で井戸を掘り続けていた。そういう圧倒的な熱気を内包した音楽が生まれていた時代だった。
それはそれで素晴らしいことだと思うんですよ。だって、もういまの人にはできないんだから。なにかをやみくもに信じているパワーというのは、67年から69年くらいまでの、あの数年間のロック音楽にしかない。これは反発を食らうこと覚悟で言うけど、僕はロックというのはあの時代に活動していたアーティストたちの音楽だけなんじゃないかって思ったりするのね。67~9年に音楽をしていた人の音楽だけをロックと呼べばいい、と。だから世代的にはもう死んじゃった人とか、死んじゃいそうな人ばかりなんだけど(笑)、それでもやっぱりジミヘンはロックだし、エリック・クラプトンだってロックだし、ポール・マッカートニーだってそうだし。そういう時代だったんじゃないかなあ。
ジャズもそんな感じあるでしょ。あの時代にジョン・コルトレーンとかがやっていたことを、結局その後の時代のミュージシャンがだれひとり超えられない。もちろん、今のミュージシャンなら、技術的にあのくらいのことはできちゃうと思う。みんな上手になってるし。ロックの人たちにしてもテクニカルな面ではそのくらいできるだろうし、再構築もできる。『Pet Sounds』だって、たぶん『SMiLE』ですら、いまの時代にその音像を再現することは昔と違ってわりと簡単にできるはず。ただ、信じている熱量の違いがあるんだよね。熱量の違いが音に表れちゃう。まあ、ブライアン・ウィルソンが2004年に『SMiLE』を再構築したのも、いまの時代ならではってことになるのかもしれないけれど、この場合はやっているのが本人だし、当時の思いと直結しているというか、あの時代にコネクトしている感覚があっただろうから、ちょっと例外だとして。そういう特例を除けば、いまは変に全員シニカルになっちゃってるから。
まあ、あの時代だけ変に浮き足立っていたんだろうね。で、その浮き足立ってしまったがゆえに失敗したってことをいまでは誰もが思い知ってる。でも、逆に言えばそれがいまとなってはもうできないことで。だからこそ、妙に魅力的に見えてしまうというか。そんな気がする時代ですよね。
木津:僕がアメリカ文化に憧れるのってやっぱり日本にないものが強烈にあるからだと思うんですよね。ただ、だからこそ日本にどうやってビーチ・ボーイズを伝えるかってすごく難しいことだと思うんですけど、ひとつ取っ掛かりを考えると、本の入り口にトランプ政権について書かれていましたよね。そのトランプ政権というものを考えたときに、さきほど仰っていた68、9年に起こったことはいまの時代に有効だと思いますか?
萩原:うーん、そうだな。またあの時代の時点に立ち返って「やっぱりおかしいことはおかしいんじゃねえの?」って言ったとして、どうなんだろうとは思うけど。それに、ビーチ・ボーイズの場合、あまり時代性みたいなものと繋がっていないんだよね。例えばニール・ヤングとか、あのときにもプロテストしていたし、いまもまだプロテストしているでしょ。すごいじゃないですか。でも、ビーチ・ボーイズはそういうのとは違って。当時もちょっと浮世離れしていたんですよね。ああいう時代のただ中にあって音楽を作っていたにもかかわらず、どこかそういう時代の空気感とは違うメッセージを放っていたのが『Pet Sounds』なんだよね。もし『SMiLE』があの時代に完成していたとしても同じようになっていたと思う。
そういう意味ではトランプ政権がどうであれ、そことビーチ・ボーイズはやっぱり関係ない気がするんですけどね。グループだということもあって、ちょっとそこらへんは微妙で。メンバーのなかにはマイク・ラヴというバリバリの共和党員もいて、そういうこともあってか、ブライアンはあんまり政治的な表明をしてないし。でも、それも含めて『Pet Sounds』や『SMiLE』のあり様かなという気はするんで。逆に言うとオバマのときだと目立たなかったんだけど、こういう時代になると、むしろそののほほんとした感じがいちだんと目立つのかな(笑)。それは70年代に入ってすぐに出た『Sunflower』というアルバムを聴いたときにも感じたんだよね。これは本にも書いたけどエドウィン・スターが「黒い戦争」を歌っていたり、CSN&Yが「オハイオ」を歌っていたりする時代の空気感のなかで、ビーチ・ボーイズは「あなたの人生に音楽を」みたいなことを歌っていたわけで。その「なに、ほのぼのしたこと歌ってるんだよ」という感じが情けなくもあり、でも、実はそうであるからこそ表現できるなにかがあったりして。うまく伝えにくいんだけど。
木津:まあ両方あるのが魅力ってことですよね。
萩原:一周巡ってこの時期にそういうことを歌う、逆に言うとアナーキーな感じというのを楽しめるかどうかみたいな。ちょっと上級ネタになっちゃうんだけどね。そこはなかなか人を説得できないところなんだよね(笑)。
木津:僕もビーチ・ボーイズに関しては基本的なことしかわかっていなかったので、すごく丁寧に解説していただいて勉強になりました。で、すごくなるほどと思ったのが、『SMiLE』のことを「67年にアメリカ建国を振り返ったアルバム」というふうに書かれていて。そうすることによって当時の浮足立ったアメリカになにか大切なものを追い出させようとした切実かつ美しい問いかけだと表現されていて、すごく腑に落ちたし、感動したんですよね。
萩原:そう思ってもらえてよかった。
木津:アメリカのミュージシャンってすごく自分のルーツを振り返るじゃないですか。どこから来たのかとか……。
萩原:意識的な人は振り返るんですけどね。そうじゃない人はわりとブレブレになっちゃっていると思うから。
木津:そういう意味で言うとヴァン・ダイク(・パークス)とブライアンに関しては当時からそこに意識的だったのでしょうか。
萩原:とくにヴァン・ダイクはね。そこらへんは彼がリードしたことだろうなと思うんだけど。ただそれを触発したのはブライアンだと思うのね。彼はなにか言葉で言うんじゃないんだけど、音でそれを弾いたときにヴァン・ダイクが「これはアメリカの建国に遡っていいんじゃないか」と感じたと思うし。たとえば「ネイティヴ・アメリカンの侵略の歴史みたいなことなんだな」とか、ヴァン・ダイクはブライアンが無意識に弾いたメロディーのなかから感じたんだと思う。あのふたりならではのものなんだろうなという気はします。
木津:それはブライアンにしてもヴァン・ダイクにしても、彼らの個によるものなのか、もっと時代的なものなのか、あるいはアメリカ文化というものが負っているなにかなんでしょうか?
萩原:うーん、難しいところですね。でも僕はやっぱり特異な存在としてふたりがいたんだと思うんですよ。どちらも決して単独でいたらそんなにポピュラーな存在になれる人じゃない気はするんですけどね。でも、ブライアンにはたまたま仲間がいた。マイク・ラヴとかそういう連中がいて、西海岸の若者像みたいなものを体現する仲間がいて、そのなかでちょっと変わった才能を発揮していた存在がブライアンだったんじゃないかなと。ヴァン・ダイクのほうは絶対にひとりでは無理じゃない? 現在までずっと無理なんだから(笑)。そういう人たちだったんじゃないかなあ。だからアメリカ文化を代表しているとは言えない。ただアメリカのなかにああいう人たちはかならずいる。で、そういう人がやっていることがじつはおもしろい。我々はそういうものに常に触発されながらアメリカの音楽を聴き続けてきたところもあって。ボン・ジョヴィがいて、でも同じ頃にハイ・ラマズみたいなものも出てきたりして。その両方あることがアメリカ音楽の魅力だったりするでしょ? ビーチ・ボーイズというのはひとつのグループのなかにそこらへんを両方抱えこんでいたのではないかな、というのが僕の感じ方なんですね。本ではそのふたつの要素をマイクとブライアンに代表させちゃっているけど。アメリカの音楽趣味というのは常にその両方が存在するんだけど、ひとつのバンドのなかにその両方があるというのはなかなかないことじゃないかなと思っていますけどね。
木津:僕はこのお話が出たときに強烈に思い出したのが、2002年にウィルコが出した『Yankee Hotel Foxtrot』ってアルバムで。僕はあのアルバムがすごく好きであれ以降重要な流れを生み出したなと思っているんですけど、あれはカントリーや戦前のフォークを引っ張りだしながら音をモダンなものにしてアメリカの失意みたいなものが描かれているんですよね。彼らは自分たちがどこから来たのかということをすごく意識してやっていると思うんですけど、僕はそこにすごくアメリカ文化的なものを感じるんですね。
萩原:でもウィルコって、ウィルコ全体でブライアンっぽいじゃないですか。
木津:たしかに。
萩原:もともとはアンクル・テュペロというバンドがあって、そこからウィルコとサン・ヴォルトというふたつのバンドに分かれていったわけだけど。どっちもブライアンっぽいんだよね! でも、普通はそうだと思う。『Yankee Hotel Foxtrot』でウィルコは音響派みたいなところへ接近してみせたわけだけれど、正反対の要素を取り入れたと言うよりは、ジェフ・トゥイーディのシンガー・ソングライター的な素養をもっと際立たせるものとしてそっちに寄っていった感じはする。これは僕の個人的な見解で、読み取り方はいろいろだと思うんだけど。それに対して、ビーチ・ボーイズの場合はあり得ないけど馬鹿ポップなものとすごく悲しいものが一緒にいるみたいな奇跡というか。突き抜けちゃう「どポップ」な部分とものすごくダウナーな文化みたいなものが非常に美しく融和している。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドでも「どポップ」な部分がちょっと足りない。いい曲も多いしポップな曲も多いんだけど、それだけで成立しないというかさ。そういう意味ではエルヴィス・プレスリーもすごいかな。あの人はひとりのなかに万人受けするなにかカリスマ的なポップな部分と、ものすごいダメで『ツイン・ピークス』的なアメリカの病巣みたいなものを両方抱えこんでいる人なんだよね。普通は『ツイン・ピークス』的なものを出しちゃう人ってそっちだけになっちゃいがちじゃない。
木津:仰っていることは非常によくわかります。
萩原:だからビーチ・ボーイズは非常に特異なバンドで、『Pet Sounds』はまだポップな面があるんだけど、そうはいってもずいぶんとブライアン寄りに出来上がってきちゃったものなので、レコード会社がすごく不安に思ったというのはそこの部分だと思うのね。あれはあれでそこに特化した非常に美しい世界を作り上げていて、いま聴けばどこにも文句をつけようがないんだけど。ただ“California Girls”で歌われている「全米中の女の子がカリフォルニアの女の子になればいいのに」という歌詞と、『SMiLE』に収められるはずだった“Cabinessence”の「何度も何度もカラスの鳴き声がトウモロコシ畑をむき出しにする」って歌詞を比較しちゃうと「あれ?」ってことになるのはわからなくはないなと。いまから思えばその表現はありなんだけど。それは、たぶんいまだからなんだよね。あの頃だったら、ウィルコだってデビューできていないよね。ビーチ・ボーイズは、なんとなく昔ながらのショウビズの美学のなかで活動しながら、あんな地点にまで至っちゃったっていうのがおもしろいと感じますけどね。
木津:いまの話ってすごく60年代っぽい話だなと思うんですよね。『Pet Sounds』みたいなものって時代と交錯するダイナミズムみたいなものがあると思うんですけど、それ以前のビーチ・ボーイズというのもいまでもしっかり評価されているということですよね。
萩原:そう。大好きなの。初期のビーチ・ボーイズがあるからこその『Pet Sounds』だし『SMiLE』だし、やっぱり初期がいいんですよ。ただその初期の陽気な魅力のなかに「ブライアンってなんでこんな暗いの?」というのが浮かび上がってくる曲があったり、明るいサウンドに乗せてはいるんだけれども、イノセンスなものを失ってしまうことに対するものすごく悲痛な気持ちみたいなものが隠されていたりして、それがそのまま『Pet Sounds』から『SMiLE』に繋がってくる。その感じが長く付き合っていると見えてきてね。楽しいですね。なんかそれがいいんですよ。「14、15、16、17」って年齢をコーラスしながら進行する「When I Glow Up (To Be A Man)」(自分が大人になっていく)という曲があって、それなんかもただの数え歌っちゃ数え歌なんだけど、歳を重ねていってしまうことへのある種の不安みたいなものが漂っている。同じような曲がその前の時代にもいくつもあって。そういう曲たちがあったうえでの『Pet Sounds』。B面の一番最後に「君の長い髪はどこに行ってしまったの?」って歌うブライアンが出てくるわけじゃないですか。それで「キャロライン、ノー」と。「ノー」って言われたときにさ、もうバーッと来るじゃないですか! 目の幅で涙でちゃうぜ、みたいな(笑)。その感じというのがひとりのアーティストの線のなかにちゃんとある。本人たちはあんまり意識していないと思うんだけど、それでもデビューしてからたった5年くらいのあいだにそこまで来ちゃっているビーチ・ボーイズの表現の深まりというか。それでその次にあるはずだった『SMiLE』って考えると、ね。なーんか楽しいじゃないですか(笑)。
木津:やっぱり僕らの世代だと「『Pet Sounds』のビーチ・ボーイズ」であり「『SMiLE』を完成できなかったブライアン・ウィルソン」というイメージが強いから、天才の狂気なり闇みたいなものというイメージが刷りこまれているんですよね。だからそれ以前のほうがあんまり脚光が当たらないというか。
萩原:でも、昔は逆だったんだよ。みんな、とりあえずビーチ・ボーイズのこと知ってることは知ってて。でも、知っているのはせいぜい“Surfin' USA”くらいで。「ビーチ・ボーイズ大好きなんですよ」と言うと「ああ、“Surfin' USA”のね」って言われるわけですよ。それに対して山下達郎さんとか僕がいつも答えていたのは、「いや、ビーチ・ボーイズは“Surfin' USA”だけじゃない。『Pet Sounds』というすごいアルバムがあるんだ」と。そうずっと言い続けてきて。それで90年代になって、ようやくビーチ・ボーイズといえば『Pet Sounds』って時代になったんだよね。でも、今度は誰もが『Pet Sounds』のことばっかりになっちゃったもんだから、90年代以降、僕らは今度「いや、ビーチ・ボーイズは『Pet Sounds』だけじゃないんだ、“Surfin' USA”もすごいんだ」って言わなきゃいけなくなったりして(笑)。そんな逆転劇があった。ややこしいんですよね。
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実はバランスがとれたポップ・ミュージックとしてのビーチ・ボーイズというと、やっぱり66年の『Pet Sounds』の前までというか。スタジオ・アルバムで言うと64年の『All Summer Long』が一番の完成形として美しくまとまっている気がする。山下達郎さんもビーチ・ボーイズを聴きたいという人がいたらまず最初に『All Summer Long』をすすめるそうだし。あのアルバムこそがある意味でビーチ・ボーイズの到達点だと。そのあと『Pet Sounds』にいたるまでに何枚かあるんだけど、そこらへんにはだいぶ『Pet Sounds』的なニュアンスが芽生えてくるんだよね。それはそれで兆しとしてはとてもおもしろいんだけど、ある意味バランスが崩れていく過程だったというか。(萩原)
![]() 50年目の『スマイル』――ぼくはビーチ・ボーイズが大好き 萩原 健太 |
木津:2015年に日本で公開された映画『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』、字幕を監修されたということですが、どういうふうにご覧になられました? あれも言わば、天才ブライアン・ウィルソンの闇に焦点を当てるものですよね。
萩原:実は『Pet Sounds』こそブライアンだ、と思っているのは、思いのほか日本とイギリスだけだったりするんだよね。アメリカの人っていまだに「ブライアン・ウィルソンって誰?」と言うから。ニューヨークでブライアンのサイン会があったとき、順番待ちの列に並んでいたんだけど。『That Lucky Old Sun』が出たとき。その列を見て、通りすがりのおばちゃんが「これはなんの列?」って聞くから「ブライアン・ウィルソンのサイン会だ」と言ったんだけど、全然ピンと来てなくて。仕方なく「ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソン」とビーチ・ボーイズの名前を出してはじめて「ああ」って。一般にはそれくらいの認知度なんだよね。テレビ中継とか見ていても、例えばボストンみたいな、すこし知的レベルが高いのかなって地域にマイク・ラヴが率いる現在のビーチ・ボーイズが行くと、地元のおばちゃんたちが「ギャーッ!!」って喜んでいるわけ。
木津:それはアメリカっぽい話ですね(笑)。
萩原:この本にも書いたけど、カーネギー・ホールでブライアンが『SMiLE』の全曲演奏ライヴをやって。これなんか、ある意味東海岸の知的な音楽ファンが楽しむライヴなわけですよ。カーネギーだし。しかもそのアルバムは〈Nonesuch Records〉から出ているわけだし。もちろん『SMiLE』のパートでも圧倒的なアプローズがあったんだけど、実は一番盛り上がったのはアンコールで“Fun, Fun, Fun”や“Surfin' U.S.A.”をやったときなんだよね(笑)。やっぱりアメリカはいまひとつわかってないのかも。だから、あの映画の意味はそこにあるんですよ。以前、ドン・ウォズが監督した『ダメな僕(Brian Wilson: I Just Wasn't Made for These Times)』って映画もブライアン・ウィルソンの苦悩みたいなものを描いたもので、日本やイギリスのファンはそれを観てなにをいまさらそんな話をやってんだって思ったんだけど、アメリカの人はそんな話なにひとつ知らなかったって言うわけ。そのときと同じ。『ラヴ&マーシー』のときもそんな話知らなかったって。ブライアンはそんなに悩んでいたんだって。その程度なの。アメリカではブライアンはいまだにかわいそうなんだよ(笑)。でも、マイク・ラヴが率いているもう一方のビーチ・ボーイズは別にそれはそれでOKな人たちだったりするので、そこがまた複雑なんだよね。だからあのへんの映画の存在価値というのはアメリカでこそ大きい。もちろんポール・ダノによる若き日のブライアンの演じかたは本当に素晴らしかったから、そこについては日本でも意味があったはず。やっぱりみんな忘れかけていたところもあるしね。
木津:日本ではどのあたりまで『Surfin' U.S.A』のイメージってあったんでしょうか?
萩原:80年代まではまだそんな感じだったよね。でも、実はバランスがとれたポップ・ミュージックとしてのビーチ・ボーイズというと、やっぱり66年の『Pet Sounds』の前までというか。スタジオ・アルバムで言うと64年の『All Summer Long』が一番の完成形として美しくまとまっている気がする。山下達郎さんもビーチ・ボーイズを聴きたいという人がいたらまず最初に『All Summer Long』をすすめるそうだし。あのアルバムこそがある意味でビーチ・ボーイズの到達点だと。そのあと『Pet Sounds』にいたるまでに何枚かあるんだけど、そこらへんにはだいぶ『Pet Sounds』的なニュアンスが芽生えてくるんだよね。それはそれで兆しとしてはとてもおもしろいんだけど、ある意味バランスが崩れていく過程だったというか。
木津:なるほど。それはすごくいいお話ですね。僕らの世代だと絶対に『Pet Sounds』から入りがちですもんね。
萩原:『Pet Sounds』って、ブライアン以外のビーチ・ボーイズのメンバーはヴォーカルとコーラスしかやっていない。演奏しているのはレッキング・クルーだしね。そういう外部ミュージシャンも含めてその全体をビーチ・ボーイズと呼ぶのであれば『Pet Sounds』をビーチ・ボーイズのアルバムと言ってもいいんだけど。もちろんその前のアルバムでもハル・ブレインがドラムを叩いていたり、グレン・キャンベルがギターを率いていたり、外部ミュージシャンがビーチ・ボーイズのメンバーの代役をつとめていたりするけど、そのへんはあくまでもロックンロール・バンドとしてのサウンドを追求していた頃だから。ある意味バンドとしてのビーチ・ボーイズの形だった。でも、より大きなオーケストレーションのもとでブライアン・ウィルソンが一気に持てる才能を花開かせた最初の1枚というのは、やっぱり『Pet Sounds』だったりして。ほんとにややこしいですよね。
木津:前期と後期の違いというのはすごく60年代的というか、ビートルズとかもそうなんですけど、ビートルズの60年代前半後半でまったく別物というのはいまの時代には生まれにくいものだなとは思います。
萩原:でもそうすると後半のほうがわかりやすいんだよね。ビートルズも後半のほうがある方向に振れているし、ビーチ・ボーイズも振れているってことだよね。最初の頃は両極の幅広い魅力がもうちょっと一緒くたに存在していたんじゃないかな。どっちがいい悪いじゃないですけどね。ビートルズからなにかを得たという人でも、初期みたいなことをずっと追求している人もいれば、『Revolver』みたいなことをずっと追求している人もいるし。
木津:僕は例えばグリズリー・ベアとかにもビーチ・ボーイズを感じるんですけど、でもたしかに60年代前半のビーチ・ボーイズはないといえばないかなという感じはしますね。
萩原:いまの時代に60年代前半のビーチ・ボーイズっぽいことをやる意味があるのか、ということをもしかしたら若いミュージシャンは自分に問いかけて、やっぱりこれじゃあなあと思っているのかもしれない。残念だけどね。それにしてもさ、表現によって別のペルソナを用意する人は多いけど、ビーチ・ボーイズはねえ。だってビーチ・ボーイズだよ。ビーチのボーイズ。ビーチ・ボーイズって名前で、なにやったってダメじゃん(笑)。
『Pet Sounds』をブライアンがソロ名義で出そうとしていたみたい話もあるんだけど、それは結局うまくいかなかった。“Caroline, No”のシングルだけはブライアン名義で出たんだけど、それだってやっぱりビーチ・ボーイズなんだよね。当時、まだできてもいなかった『SMiLE』のラジオ・コマーシャルが作られていて、「The Beach Boys. 『SMiLE』」と言うと“Good Vibrations”が鳴るっていうやつなんだけど、これも冷静になってみるとビーチ・ボーイズじゃ説得力ないというか(笑)。そこは別の名前を用意できるなら、したかったと思うよね。
木津:ブライアンは当時それをビーチ・ボーイズじゃないと思っていたということなんですかね?
萩原:本当はソロ名義にしたかったんじゃないかとか、そのほうが幸せだったんじゃないかとか、僕はいまでもあれこれ思うんだけど。でも例えば『SMiLE』の制作を中止したことに対してブライアンが言った「あの音楽はわれわれにとって不適切だと思った」という言葉の“われわれ”は決してブライアンとヴァン・ダイクのことではなくて、ビーチ・ボーイズのことなんだよね。だから彼はあくまでもビーチ・ボーイズとして音楽を作らなくちゃって思っていたんじゃないかな。
木津:『Pet Sounds』もビーチ・ボーイズという名前で出したから歴史に残っているところがあって、それはふり返るとそう思いますね。
萩原:『ラブ&マーシー』を観ると、そのなかのひとつのシーンでブライアンがマイクに怒られているじゃない? 「メンバーの誰も演奏してねえじゃねえか」って。ああいうことだよね。僕も子どもの頃、例えばビートルズの“Yesterday”を聴いたとき、「あれ? ドラム入ってないけど、リンゴはなにしているんだろう。チェロでも弾いているのかな」って思ったもんね。バンドの音楽はバンドのメンバーだけで演奏しているものだと思っていたからね。そういう意味で60年代ってまだバンドっていうものの考えかたが狭かった時代でもある。いま思うとそんなもん誰が演奏してもいいじゃないかって当たり前に思えるけど、当時は状況がだいぶ違ったと思う。ビーチ・ボーイズ名義で出すレコードなのに、ブライアンが全部違うミュージシャンを招集して大編成で演奏させて、ステージでできねえじゃねえかって音を作っちゃったわけだけれど、そんなこと当時はあっちゃならないことだったんじゃないかな。ほかのメンバーがツアーに出て“Good Vibrations”を初めてライヴで演奏するってとき、ブライアンはツアーなんか大嫌いだったのにわざわざ飛行機に乗って公演を観にいっているんだよね。心配で。スタジオで作り上げた理想の音をライヴで出せてなかったら、むしろそれはやらないでほしいくらいの気持ちがあったわけでしょ。そういうのってもうバンドじゃないよね。
木津:それはもう共同体としてのバンドっていうものにすごくこだわりがあったということなんですかね。
萩原:メンバーが兄弟と従兄弟だからねえ。やっぱり家族なんだよ。家族でやっていることだから解散もできない。赤の他人どうしだったら全然別の道があったんだろうけど。まだまだ親父の横暴も残っていただろうし。ヒッピー・ムーヴメントが起こって、従来あった既成の家みたいなコンセプトを打ち破って新しいコミューンを作ろうとしている時代のなかにあっても、やっぱりウィルソン家は親に対してあれだけ排除しようとしていても家は家で繋がっていた。そういう環境のもとで活動していたんだよね。そこの足かせもかなりあったなかでいろんな葛藤がブライアンにはあったのかな。
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ビーチ・ボーイズは、なんとなく昔ながらのショウビズの美学のなかで活動しながら、あんな地点にまで至っちゃったっていうのがおもしろいと感じますけどね。
(萩原)
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木津:さっき僕らの世代だったら『Pet Sounds』が中心になってという聴きかたが多いという話をしたんですけど、萩原さんの世代でいまもビーチ・ボーイズを聴くかただとまだ『Surfin' U.S.A.』のイメージなのか、それとも『SMiLE』に思い入れをもって聴かれているかたが多いのか、どうなんでしょう?
萩原:ずっと聴いている人なら『Pet Sounds』、『SMiLE』、『Sunflower』あたりのビーチ・ボーイズはかなり上にいると思うんだよね。ずっと聴いている人はね。でも昔聴いていましたくらいの人はあいかわらず『Surfin' U.S.A.』なんじゃないかなあ。まあそれでいいのかなとも思うし。ただずっと聴いている人が案外すくないよね。
木津:そうですね。僕がすごく印象的だったのが、ライヴに行かれたときに近くにいた人が「懐メロじゃねえか」と言ったことに心のなかで反論したというところで、これは懐メロをギリギリのところで回避する永遠のティーン・エイジ・ドリームなんだ、と書かれていてなるほどと思ったのですが、その反論の部分を存分に聞かせていただきたいなと思います。これはひとつ個人的な話なんですけど、母親とサイモン&ガーファンクルのライヴに行ったときに、よかったんですけど僕は懐メロだなと思っちゃったんですね。音楽もいいし、テーマもいいと思ったんですけど。
萩原:79年にビーチ・ボーイズが「JAPAN JAM」のために来日したときの話ね。僕は懐メロとは違うと思ったんだよね。でもそう言われてもしょうがないなと思ったステージでもあったの。当時のビーチ・ボーイズにはそこが限界だったと思う。でもその後、2012年に結成50周年で来日したときは違った。ブライアンのバンドを基本にして、そこにビーチ・ボーイズのほかのメンバーが入って行なわれたステージで。これは確実に懐メロじゃなかった。やってる音楽は同じなんだけどね。結局、どうやるかにもよるんだよね。
あと、リスナー側が若いとだいたい古い音楽は懐メロに聴こえるよね(笑)。僕もたぶんサイモン&ガーファンクルの同じ来日公演を観にいっていると思うんだけど、僕は懐メロとは受け止めなかった。エヴァー・グリーンなもの、時代を超えたものだと思った。こっちが歳を取らないとわからないこともたくさんあるしね。ほら、“Old Friends”という曲が『Bookends』にあるでしょ。年老いた旧友ふたりがベンチに座っていて、それがブックエンドのように見えるという歌詞ですよね。彼らが若いときに歌った表現もそれはそれでよかったんだけど、まったく同じことを本当に歳をとっちゃったふたりがあそこで歌ったときに、その曲がようやく時代に対してリアルに意味のある表現になったと感じたの。こっちも一緒に歳をとったからというのもあるんだけど、その歳月の果てにあの曲がようやく意味をもったという瞬間だった気がする。それは懐メロとは言えない。古い曲ではあるけれども、いまも生きているすごい曲だなと思いました。
それはブライアンやビーチ・ボーイズに関してもそうで、ブライアンがいまの自分のバンドを手に入れてからということにすごく意味がある気がする。彼ら、ブライアンの今のバンドのメンバーがブライアンの昔の音楽をいまに意味のあるものに作り変えていく。まったく同じアーカイヴを聴かせているだけなんだけど、ちゃんといまの表現としてできるやつらが集まった。それを知り抜いている人たちがバンドをやっている。これがけっこう重要な気がしていて、今回『SMiLE』を作れたのもあのバンドがいたからだと思う。たしかに、本当に古い音楽を古いまんまいまやってもダメじゃん、みたいなことは多い。ビルボード・ライヴに行くとそんなライヴばっかりだったりもするんだけど。だけどたまにあるんだよね。古いとか新しいとか関係なくいまの表現にできているライヴが。ウマいかヘタかにもよるよね。ブライアンのバンドはめちゃくちゃウマいんだよ(笑)。でもただウマいだけだとダメで、やっぱり昔の楽曲をよく知ってリスペクトしているやつらがやると今の音になるんだよね。
木津:仰っていることはわかります。曲が時間の流れとともに、リスナーの関係性も含めて変化するということはありますもんね。
萩原:いい曲っていつの時代でも演じる人によって生きるんだなという気持ちになるのね。そういうふうに聴ける自分がリスナーとしての歳月を積み重ねているというのもあるんですよ。だから僕はジョー・トーマスが諸事情で来られなかったあの99年の日本公演を誇りに思っているわけ。ジョー・トーマスがいたらこんなことにならなかったと思う。いないから、それまではステージ後方でコーラス要員みたいな感じだったワンダーミンツのダリアン・サハナジャが前に出てきて、ブライアンのとなりでやるようになった。それがブライアンにも火をつけたと思うんだよね。そうならずに相変わらずジョー・トーマスが仕切っていたら『SMiLE』はできなかったと思う。だからあの本にも書いたけど、ブライアンがソロで日本に初めて来た初日の大阪公演で大きく変わった気がするんだよね。
木津:そういうお話を聞くと、30年以上の時を経たからこその『SMiLE』の価値というのがあるんでしょうね。
萩原:そこはファンの贔屓目みたいなところもかなりあると思う。僕がビーチ・ボーイズについて言うことは信じないほうがいいってよく言うんだけど(笑)。ほら、僕はもうビーチ・ボーイズに関しては頭おかしいから。なんだけどそういう前提で言わせてもらうと、37年あってよかった。こっちがついて行けるというか、ようやくわかったという感謝の気持ちがありますね。
木津:本を読んでいて、やっぱりファンがそういうふうに30年以上の年月のなかで想像を働かしていくことも含めての作品だったのかなと思ったんですよね。
萩原:そう。いまはそういうのがなかなかないじゃない。あの頃はテープだったから残っているんだけど、いまはハードディスクなので基本的には全部上書きしていっちゃうし、直しちゃうんだよね。ああいうかたちで素材が残ることってこれからはないような気がするんだよね。
木津:唯一カニエ・ウェストが去年出した『The Life of Pablo』みたいに途中でどんどん出していくみたいなことはあるにはありますけど。でも『SMiLE』みたいな例はたしかに本当にないもので、それってファンと双方向のなにかがあったのかなと感じますね。
萩原:たまたまその未発表音源流出のシーンというのが大きな役割を果たしているので、そこの盛り上がりというのはたしかにあったと思う。誰が流出させたのかは知らないけど。ただそういうふうな思いというのはずっと聴いてきた僕みたいなマニアしか持っていないものなのかな。それは本を書いてみてよくわかりました。
木津:僕が今日一番お聞きしたかったのはいまなぜビーチ・ボーイズを聴くかってポイントについてで。00年代後半にビーチ・ボーイズに影響を受けたバンドがいっぱい出てきたというのをお話しましたけど、もうひとつは去年ザ・ナショナルがグレイトフル・デッドのトリビュート・アルバムを出したじゃないですか。あれはすごくわかるんですよ。いま60年代後半に起こったことを再考するというのがすごく重要な意味を持っているんだろうなという。とくにザ・ナショナルみたいにリベラルなバンドが西海岸で起こったことをいまの時代でもう一度やるというのはとても重要だと思うんですけど、そういう意味で言うといまビーチ・ボーイズを振り返ることや、アメリカ建国を振り返って描こうとした『SMiLE』というアルバムをあらためて考えるということはどういうポイントで再評価できるのでしょうか?
萩原:同じだと思う。あのときは出なかったのでそのときに実際どういう意味をもったのかはわからないままなんだけど、あのときだろうが、いまだろうが、要するに「アメリカ建国のときに自分たちがなにをしたか見つめ直してみろ」ってことなんだよね。(“英雄と悪漢 Heroes and Villains”の)「Just see what you've done.」という言葉はトランプにそのまんまぶつけられる言葉でしょ? お前はネイティヴ・アメリカンを駆逐しておいてなにさまのつもりだよって。オバマがせっかく止めていたのに、ネイティヴ・アメリカンの聖地を破壊する石油パイプライン建設を強権的に承認したりして、なにさまだっていうことだから。
木津:なるほど。最後にひとつだけお聞きしたいんですけど、僕たちがいま『SMiLE』を聴くとなるとネットのストリーミング一発で聴けるわけじゃないですか。本を読ませていただいて一番いいなと思ったのは37年間かけて『SMiLE』がすこしずつわかってくるという過程で、ブライアン本人は辛かっただろうし、ファンにとっても辛いことだったのかもしれないですけど、僕にとってはすごく羨ましい体験だと思ったんですね。そういう意味ですぐ『SMiLE』を聴けてしまうような僕ら世代にいまどういう部分を聴いてほしいですか?
萩原:これは本当は本に書かなきゃいけなかったのかもしれなくて、いまさらここでだけ話したら怒られちゃうのかもしれないけど、やっぱりできあがったのはブライアン・ウィルソンの『SMiLE』なわけでしょ。それが2004年の『SMiLE』で。ビーチ・ボーイズ版も2011年に出たんだけど、これも結局はブライアン版にのっとって再構築された仮の姿というか。で、そのビーチ・ボーイズ版が収められた『The Smile Sessions』という5枚組が出ているんだけど、やっぱりこれ全部で『SMiLE』なんだよ。もし『SMiLE』に興味をもってどんなものなんだろうなと思ったら、完成形としての『SMiLE』は1枚ついているけど、その素材が他のCD4枚にわたってバーっと入っているので、これを全部浴びてみてもらいたい。こんな録り散らかしたクリエイティヴィティの発露のしかたみたいなものはいまの時代にできるのかな、というのをいまの世代に聴いてもらえると嬉しいですね。そんなことできないし、そんな馬鹿なことしないって発想してくれてもいいから。ただなんでそんな素材を用意しなければいけなかったのかということも含めて、浴びてみてもらえると嬉しい。値段は高いけどきっと買う価値はあると思う。
木津:そんなものがほかにあるかと言ったらないですもんね。
萩原:3、4時間あれば全部聴けるんだから試してみてもらえると嬉しいかなあ。1枚に組み上がったちゃんとした流れのあるものを『SMiLE』だと思わないで、ほかの素材まで全部含めて『SMiLE』なので、そのへんを追体験してもらえると嬉しい。それを30年間にわたってちょっとずつ聴いてきた人たちがいたんだから(笑)。
木津:はい(笑)。僕もそんな内容の本になっていると思います。
萩原:曲解説みたいにしてバーっと書いてあるところもあるんだけど、そこもさらにおもしろく読んでもらえるんじゃないかなと思っていますね。

Artist: MIKUMARI × OWL BEATS (ミクマリ × オウル・ビーツ)














