「Nothing」と一致するもの

はじめての老い - ele-king

還暦を過ぎて見えてきた景色は驚愕の連続。
今日も元気に老いていこう。新感覚・老いをめぐるエッセイ集!

文章の大天才が動き出した! 老いをこんなふうに語ることができるなんて。 ――タナカカツキ

還暦を過ぎて見えてきた景色は発見の連続だった。老眼や集中力の減少といった予測できていた事象から、ブランコが怖くなる・手がカサカサになる・自分の中に内包しているマチズモに気づく・頻尿の話など、思いもよらなかったこと。そして「死」に対する感覚の変化にいたるまで。ゲーム・エンタメ界からアート界まで人気の編集者・伊藤ガビン(61歳)が、自身の体と心に直面する「老い」によるあらゆる変化をつぶさに発見し綴った渾身作!! 人生100年時代、未知なる「老い」への予習として、性差を問わず、同年代からこれから老い道に踏み入れようとしている現役世代におくる、令和版「老い」の入門書。これを読めば老いへの予習は完璧だ!

目次

はじめに

【老いに入りかけた時に感じていること】
老いの初心者として 初めての老眼/見えてきた! 私がキレる老人になるまでの道/こんにちは老害です-老害の側から考える老害-/らくらくホンを買う日を想像する/人間ドックの見え方が変わった話/ただ老いている

【アップデートできる できない?】
服装がずっと同じ問題/等速じいさん/太るのか痩せるのか/四季にように髪の毛を

【じじいのしぐさ、これだったのか】
シーシー問題/ブランコが怖いということ/おじいさんのような動き

【意外と早くきた(逆にまだきてない)】
身長が縮んだ話/ついに眉毛が伸び始めた!/握力の低下にショックを受けた話/未入荷の老い/シモジモの話/見つめたくない滑舌

【センパイから学ぶ】
センパイの話/手が信じられないほどカサカサになるという話/老猫との対話/メモを片手に綾小路きみまろ公演

【老いと時間】
「返納」について考える/老化が開く知覚との扉/[朗報]時間が経つのは年々それほど早くならないのではないか、という話/記憶のサブスク/死んでも驚かれないサイド/「逃げ切る」という考え方

おわりに

[著者プロフィール]
伊藤ガビン
編集者/京都精華大学メディア表現学部教授
1963年神奈川県生まれ。学生時代に(株)アスキーの発行するパソコン誌LOGiNにライター/編集者として参加する。1993年にボストーク社を仲間たちと起業。編集的手法を使い、書籍、雑誌のほか、映像、webサイト、広告キャンペーンのディレクション、展覧会のプロデュース、ゲーム制作などを行う。またデザインチームNNNNYをいすたえこなどと組織し、デザインや映像ディレクションなどを行う。主な仕事に「あたらしいたましい」MV(□□□)のディレクション、Redbull Music Academy 2014のPRキャンペーンのクリエイティブディレクションなどがある。また個人としては、2019年あいちトリエンナーレや、2021年東京ビエンナーレなどにインスタレーション作品を発表するなど、現代美術家としても活動。編著書に、『魔窟ちゃん訪問』(アスペクト)、『パラッパラッパー公式ガイドブック』(ソニー・マガジンズ)など。現在は京都に在住し、京都精華大学の「メディア表現学部」で新しい表現について、研究・指導している。近年のテーマに自身の「老い」があり、国立長寿医療研究センター『あたまとからだを元気にするMCIハンドブック』の編集ディレクション、日本科学未来館の常設展示「老いパーク」に関わるなど活動範囲を広げている。

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lots of hands - ele-king

 レーベルのカラーというのはやはりどこかフットボールのクラブに似たところがあるのかもしれない。移籍があり獲得がありリリースした作品によって歴史とイメージか形作られていく。そんなことをスラッカーなUSオルタナ・ロックを響かせるパックスの1stアルバム『Take the Cake』をレヴューに書いたが、あれから4年弱が経ってもアメリカのレーベル〈Fire Talk〉は自身の価値を証明し続けている。去年、24年の〈Fire Talk〉はフィラデルフィアのマスロック・バンド・パームのメンバーがはじめた破壊的なエレクトロニクス・サウンドに柔らかさのある有機音を重ねたようなカシー・クルトと契約し、〈Stereogum〉のベスト・ニュー・アーティストのリストにも名を連ねたシューゲーズバンド・シャワー・カーテンのアルバムをリリースした。さらにその前年にはロンドンのスローコア・バンド・デスクラッシュの2ndアルバムやマンチェスターのエクスペリメンタルなバンド・マンディ・インディアナをリリースしている。大きな場所で響くような音楽ではないが、誰かの心に確かなトゲを刺すオルタナティヴな音楽を送り出す。メインストリームではなくかといってアンダーグラウンドでもないその中間にある空白地帯、〈Fire Talk〉は少しだけ違ったものを求める人たちの心の隙間を埋めるようなレーベルだ。

 そんな〈Fire Talk〉が 一番新しく契約したのがこのリーズを拠点に活動する 二人組ロッツ・オブ・ハンズだ。最初に〈Fire Talk〉と契約しアルバムをリリースするというニュースを聞いたときには意外に感じだがアルバムを聞いた後ではぴったりではないかと思えてくる。16歳の頃にニューカッスルの学校で知り合ったというビリー・ウッドハウスとエリオット・ドライデンからなるデュオは21歳になったいま、失われていく幼い頃の記憶の断片を集め、現実世界に繋ぎ止めたかのようなアルバムを作り上げた。「君の髪をとかそう/悪夢の中で/僕らは田舎の空気を吸っている」“barnyard” でそう唄われるように、大都市ではない場所の、どこのシーンにも属さないベッドルームの空白地帯にある音楽が心の隙間に入り込む。コラージュを駆使し、オーガニックなフォーク・サウンドと電子的な処理をほどこしたサウンドとを組み合わせたそれはアレックス・Gを思わせる柔らかで優しい音楽として目の前に現れる。牧歌的というにはモダンなサウンド過ぎて、アンダーグラウンドの尖った音楽というには優しすぎる、だからきっとカテゴライズされずに手のひらからこぼれ落ちていってしまう。しかしそれこそがインディ・ミュージックを求める人の心を惹きつけるのだ。

 このアルバムを通して表現されるのは思い出のフィルターに包まれた悲しみや喪失感、そしてそれらを経験し成長していくという感覚だ。エリオット・スミスの香りが漂う “game of zeroes” や “rosie” のような曲でドローンやエフェクトを組み合わせて彼らはそこに隔たる時間と距離とを演出する。シンプルな美しさを持ったアコースティック・ギターと柔らかなヴォーカル・メロディの上に縫い合わせるようにコンピューターで処理された音を重ね空間をゆがめる。まっすぐに染み込むフォークという基本の形から距離を作り出すことで現実感を失わせ、曲の流れを少しだけ異質なものにしていく。それはあたかも時間や空間の概念を無視して結びつく頭の中の記憶や夢の世界の出来事のようで、扉を開けた先の思い出とダイレクトに繋がっているかのような感覚を与えてくれる(現実世界のルールに縛られないそれは当たり前に起こる不思議な出来事だ)。
 あるいは喪失感を表現した “the rain” のサウンド・コラージュのように、処理のできない感情の雨粒が頭の中に染み込んでくるような効果を狙った曲もある。「雨は止まない」「死はただ冷たいだけだから/君は壁に寄りかかって/その音を聞く」霧のように体に触れる不明瞭なヴォーカルと共にちいさな痛みでゆがめられた空間は普遍性を持ち、聞き手の頭の中の思い出と結びついていく。

 時間に対して距離を置くようなロッツ・オブ・ハンズの小さな実験はこのアルバムの中で結実している。それが今までのリモートの形で作ったアルバムでなく、はじめてふたりで同じ空間を共有して作られたもので起こるというのも面白いが、いずれにしても大きな場所ではなくベッドル−ムで作られた小さな音楽が、遠く離れた他の誰かのベッドルームの中に響いていくのだ。曖昧な感覚を曖昧なまま捉えようとする、ロッツ・オブ・ハンズがここで作り上げようとしてのはそんな音楽だ。死や、時間、記憶や感情といったはっきりしないが確かなものの感覚がここにはある。それが大げさではなく、成長する過程において起こった個人的なものとしてさりげなく提示されているのがまた素晴らしい。

Spiral Deluxe - ele-king

 ジェフ・ミルズが率いるスパイラル・デラックスが再始動、7年ぶりとなるセカンド・アルバム『THE LOVE PRETENDER』を発表する。スパイラル・デラックスは、2015年に東京と神戸で開催されたアートフェス「TodaysArt JP」のために発足された、即興演奏の自由な表現と創造性を原動力とするエレクトロニック・ジャズ・カルテット。ジェフに加え、ジェラルド・ミッチェル(Underground Resistance / Los Hermanos)、大野由美子(Buffalo Daughter / Cornelius)、日野 “Jino” 賢二の三者が加わったスーパー・ユニットだ。

 2018年と2019年のジェフ・ミルズ来日時にキーボードのジェラルド・ミッチェルをデトロイトから招聘し、東京のスタジオで2度に渡りレコーディングが実施されていたようで、それが今回のアルバムとなったとのこと(まるでテレパシーのように準備をほとんど要さず、自然で有機的な流れで演奏されたようだ)。

 また、東京でのレコーディング後に、いまは亡きフランスのジャズ・ギタリスト、シルヴァン・リュックがパリにて録音参加しており、ほかにも日本のジャズ・ミュージシャン・TOKU、NY在住のマサ清水も参加しているとのこと。

Artist: SPIRAL DELUXE
Title: THE LOVE PRETENDER
Label: Axis
Format: LP
Release Date: 2025.03

Tracklist
A1. Spiral Deluxe - Society's Man
A2. Spiral Deluxe - The Soloist
B. Spiral Deluxe - Paris Roulette (Long Mix)
C1. Spiral Deluxe - Shapeshifters
C2. Spiral Deluxe - Uptown
D. Spiral Deluxe - The Drive

Recording data:
Recorded on Nov 25/26 2019 at Studio Dede, Tokyo
Sound Engineer: Shunroku Hitani
St-Robo Studio on Nov 5, 2018
Sound Engineer: Zak
Studio Ferber Mix-down on Feb 3 -7. 2019
Sound Engineer: Guilluame Dujardin
Post Enhancement: Steve Kovacs

つくって食べる日々の話 - ele-king

これ絶対、おいしい本!
食の文芸、最前線の一冊がついに発売

人気小説家や食エッセイの第一人者、ノンフィクションライターなど様々な分野で活躍する16名の表現者による「料理と生活」をテーマにした書き下ろしエッセイ集。

(執筆)
平松洋子/円城塔/スズキナオ/春日武彦/大平一枝/白央篤司/牧野伊三夫/阿古真理/絶対に終電を逃さない女/辻本力/オカヤイヅミ/島崎森哉/宮崎智之/松永良平/ツレヅレハナコ/滝口悠生

目次

はじめに

そこそこおいしい 円城塔
いつもの自分を取り戻すためのつまみ スズキナオ
料理の習得と通過儀礼(老人版) 春日武彦
揺れる台所 大平一枝
喉が鳴り、お腹が空き、心洗われる 白央篤司
画家と台所 牧野伊三夫
それでも料理を好きになれない 絶対に終電を逃さない女
私と料理とこの社会 阿古真理
なんでこんなに楽しいのかよ 辻本力
自炊になるまで オカヤイヅミ
板挟みとしての料理、板挟みとしての事務 島崎森哉
「料理は大事」と人は言う 宮崎智之
つくって食べるレコードの話 松永良平
じぶん弁当 ツレヅレハナコ
湯剥きの手間 滝口悠生
乾きかけのトゲ 平松洋子

執筆者一覧

DJ Python - ele-king

 過去には〈Sustain-Release〉の東京編のサテライト開催を手掛け、2023年には野外レイヴを開催するなど、ニューヨーク/東京発、異なる地のダンス・ミュージックの架け橋を担うパーティー・シリーズ〈PACIFIC MODE〉。2025年からはライヴにフォーカスした新シリーズを開始し、初回となる2月25日(火)にはデンマーク出身、ロンドン拠点のヴィオラ奏者アストリッド・ゾンネと石橋英子を迎えるという。

 そして3月11日(火)に渋谷・WWWで開催されるシリーズ第2弾には、ディープ・ハウスのダイナミクスとラテンのリズムを折衷するかのような多くの顔を持つDJパイソンが、ライヴ・セットで登場。待望の新作リリースを引っ提げ、約2年ぶりの来日となる。迎えるは〈BOILER ROOM TOKYO〉と〈ishinoko〉を股にかけ、ハイパーポップからミニマル、アンビエントまでを枠組みを超越して自在に紡ぐ2000年生まれの音楽家・E.O.U。ほか、追加アクトも予定されているようだ。チケットはLivePocketにて販売中。

 なお、DJパイソンは3月15日(土)に渋谷・ENTERにて開催される同シリーズのクラブ・ナイトにも出演。共演には〈悪魔の沼〉よりDr.Nishimuraが同ヴェニューに初登場するほか、食品まつり a.k.a foodman、suimin、YELLOWUHURU(FLATTOP)、Chanaz(PAL.Sounds)、DJ Healthyといった日本各地の実力者たちを迎える。3月14日(金)には大阪・BAR INCにも出演するようだ。いずれも見逃せない。

PACIFIC MODE
LIVE:DJ Python / E.O.U / and more…

日程:2025年3月11日(火)
会場:渋谷WWW
時間:OPEN 18:00 / START 19:00
料金:U23:¥2,500 / ADV:¥4,000 / DOOR:¥4,500
チケット:https://t.livepocket.jp/e/pacificmode

※U23チケット:23歳以下の方が対象のチケットになります。当日受付にて年齢の確認出来る写真付きのIDをご提示下さい。ご提示がない場合は通常前売り価格との差額を頂戴いたします。
more infomation:https://www-shibuya.jp/schedule/018753.php

マヒトゥ・ザ・ピーポー - ele-king

 GEZANのフロントマン、マヒトゥ・ザ・ピーポーがソロ・ライヴを行う企画『遠雷 vol.7』を4月2日(水)に渋谷・WWWにて開催する。フライヤーはGEZANメンバーのイーグル・タカがイラストを、石原ロスカルがデザインをそれぞれ手掛けた。同シリーズは全13回を予定しているとのこと。

 第7回目のゲストには、先日およそ6年ぶりとなるアルバム『Chippi Tuyoppi (revision)』を発売したテニスコーツを迎える。さやと植野隆司による結成四半世紀を過ぎたユニットであり、ポップ・センスと実験精神をつねに絶やさず国内外のさまざまなアーティストとコラボレーションしてきた。GEZANやマヒトゥ・ザ・ピーポーとは、ツアーや共作CD『ライブ in ザバン』などを通して長年親交も深い。

 そんな両者が「うた」を紡ぐ、春の一夜。じっくりと耳を澄ませて聴き入りたい日になることだろう。チケットの先行受付もe+にてスタート。

公演タイトル:遠雷 vol.7
出演:マヒトゥ・ザ・ピーポー/テニスコーツ
日時:2025年4月2日(水曜日)開場/開演 18:30/19:30
会場:渋谷WWW
前売券:4,000円(税込・ドリンク代別)
チケットオフィシャル先着先行:https://eplus.jp/enrai/
受付期間:2025年2月12日(水)19:00~2月26日(水)23:59

Soundwalk Collective & Patti Smith - ele-king

 実験音楽やエレクトロニック・ミュージックを軸にこれまでさまざまなイヴェントを開催してきたMODE。昨年のスティル・ハウス・プランツとgoatのライヴもたいへん刺激的な一夜だったので、2025年はいったいどんな公演が控えているのか、気になっていた方も少なくないでしょう。そんなMODEの新たな一手が明らかになっている。驚くなかれ、パティ・スミスが来日します。
 これまでゴダールやナン・ゴールディンといった巨匠たちとコラボレイトを重ねてきた音響芸術集団サウンドウォーク・コレクティヴとの共演で、両者はすでに10年以上にわたり共同制作をつづけてきている。今回はその最新プロジェクト「コレスポンデンス」のお披露目ということで、展覧会とライヴの2形式。前者は東京都現代美術館にて4月26日からスタート、後者は京都(4月29日@ロームシアター京都)と東京(5月3日@新国立劇場)で2公演が催されます。これは即完の予感がひしひし。いますぐ下記詳細を確認しておきたい。

[3月28日追記]
 上記のサウンドウォーク・コレクティヴ×パティ・スミスの東京公演、好評につき完売となっていましたが、追加公演が決定しています。東京公演の前日、5月2日(金)におなじく新国立劇場 オペラパレスにて開催。最速先行販売(先着)はイープラスから。

Ethel Cain - ele-king

 エセル・ケイン『Perverts』。2025年1月のリリース以来、ほとんどこのアルバムばかり聴いていた。取り憑かれていたと言っても過言ではない。そう、このアルバムの音響には、人を「取り憑かせる」力がある。闇世のノイズが「世界」を切り裂き、呪う。そんなサウンドだった。私は「現実」を拒むように、そしてこの「現実」を予言するかのようなノイズの闇に埋もれるように、耳を澄ませていた。世界が帝国主義化していくなかで、それに対するアゲインストとして、ゴシックや魔女の概念が復活する──、そんなこの時代を象徴するアルバムに思えた。

 エセル・ケインは1998年生まれ、フロリダ出身のシンガーソングライター/音楽家である。前作『Preacher’s Daughter』は2022年にリリースされたアルバムであり、南部ゴシックに焦点を当てた歌詞とともに、ダークなフォークやドゥームゲイズの系譜に属する作品だった。リリース当時、ネット上の音楽マニアたちから称賛を受けていたことを覚えている。しかし、約3年を経てリリースされた『Perverts』では、楽曲もサウンドも大きな変化を遂げていた。前作以上に実験的な音響を探究・追求した作品に仕上がっていたのだ。よりダークに。より幽玄に。より深く。より静寂に。より不穏に。より強い怒りと共に。まるで冥界から響く音、ノイズ、声のような音響作品とでも言うべきか。『Perverts』は、2024年という「最悪の始まりの年」を終え、やがて訪れるであろう、この世界の不穏「すべて」を予言するかのごときアルバムである。

 私はここしばらく、本作を聴きながら、C・リンドホルムの『カリスマ』(ちくま学芸文庫・森下伸也訳)を読んでいた。「集団の狂気、あるいは集団形成の核に存在する特異な人格的威力=カリスマ」を詳細に分析するこの書物(原書は1990年刊)は、20世紀の「問題」を浮き彫りにしつつも、21世紀の世界の不穏そのものが、実はこの「カリスマ」という問題にすべて帰結するのではないかと思わせるものがあった。現・米国大統領の野蛮極まる振る舞いに支持が集まるのも、まさに「集団の狂気、あるいは集団形成の核に存在する特異な人格的威力」の表れといえるかもしれない。集団。狂気。熱狂。強烈な力で排除と選別が行われてしまう場。ことに闇と真夜中の世界に生きる芸術家は、この集団的熱狂においてことさらに排除されやすい存在だ。少なくとも、米国においてマイノリティの立場が、明朗な排他主義のもとで危機的状況にあることを想像するのは、決して難しくない。

 エセル・ケインの音楽は、そんな「明朗な排除」に対して否を突きつける。何によって? そう、霞んだノイズと消えそうな声によって。闇世の音楽によって。怒りは静謐な静寂の中でナイフのように研ぎ澄まされ、深く世界の底に沈殿していく。ケインが世界を覆う「力」に強い怒りを抱いていることは、そのSNS上の、いささか問題含みの発言からも読み取れる。自身の実存が無理解によって否定されることへの強烈な怒り。しかし、重要なのは、音楽家としてのエセル・ケインがその怒りを、冥界の向こう側へと融解させることで、まるで真夜中の世界の底に沈む塵や霧のように、静謐な怒りへと変換している点にある。「わたしの、この実存」を否定する連中には、あの世の向こうから刃を光らせてやる。そんな意志が、この音楽にはみなぎっている。だからこそ、すべてが「幽霊」のように変化していく。怒りそのものではなく、怒りの記憶によって、この世を漂う幽霊のように。

 アルバムは全9曲、計1時間29分に及ぶ。音楽的にはドローンと声を中心としたアルバムといえる。実験的なドローン+声のようなトラックと、声とピアノによるボーカル曲が収録されている。個人的にはドローン曲の方にとても惹かれた。1曲目“Perverts”は本作特有のコンポジションを聴けば分かるが、そのドローンは意識を没入させるような持続音ではなく、むしろ聴き手の感覚を突き放すようなコンポジションがなされていた。私見ではどこかミカ・ヴァイニオのソロ作品で聴かれるような切断と持続の音響作品に思える。持続される音が突如切断され別の持続に接続され、そしてやがて消える。それは陶酔と熱狂による世界に向けて「幽霊」からの一撃のような静謐な持続音なのだ。先に「取り憑く力」がこのアルバムにはあると書いたが、一方で冷徹に聴き手の感覚を断ち切るようなコンポジションがなされている。急激な切断と接続。あれは聴き手の意識を覚醒させるというより、別の闇から別の微睡へとシーンへと強制的に変化させるために思えた。陶酔の拒否。それが本作のエクスペリメンタルサイド、ドローンサイドの楽曲の特徴だ。2曲目 “Punish” はピアノを主体とするSSW的なボーカル曲である。ミニマルなコード展開に幽玄なケインのボーカル。あえて言えばどこかグローパーを思わせる楽曲である。シルキーにして、悲しく、しかし美しい。まるでこの世の悲哀そのものたろうとするようなケインの声に揺さぶられる。

 3曲目 “Housofpsychoticwomn”にも惹かれた。まるで深海を彷徨うような音響だ。反復するミニマムなノイズ。微かな声。霞んだ音響が13分も続く。いわば意識の底で遡行するような感覚とでもいうべきか。4曲目“Vacillator”は再びボーカル曲だ。ゆったりとした刻まれるリズムの上、よりメロディが明快となった曲をケインが歌う。この曲にだけ不思議な穏やかさがあるように感じられた。次第に折り重なっていくような声の響きが感動的である。5曲目 “Onanist” はミニマルなピアノに透明な霧のような声とドローンがレイヤーされていくトラックだ。“Vacillator”を受け継ぎつつ、どこか微かな光を感じさせてくれる曲といえよう。

 6曲目 “Pulldrone” は一転して漆黒の音響世界を展開する。囁くような、しかし感情を剥奪されたかのような声から無機質な質感のドローンへと変化する15分に及ぶ曲である。7曲目 “Etienne” では前曲を受け継ぐような持続音から始まり、やがてギターやピアノが静かに加わる曲だ。絶望から微かに光を感じさせるような楽曲だ。8曲目 “Thatorchia” は再び声とノイズによるダークなドローン音楽へと舞い戻る。耳の奥に “Etienne” のピアノの響きが残っているからだろうか。漆黒の中に微かに明るさや光を感じさせるトーンに変わっている。最終曲にして9曲目 “Amber Waves” はボーカル曲だが11分におよぶ長尺のトラック。ミニマルな楽曲構成の中、シルキーなケインの声が空間に溶けていくかのように展開する。暗く、悲しく、しかし穏やか。

 このアルバムは幻想的であり悪夢的な音響だが、夢の世界に逃避するという作風ではない。そうではなく悪しき「カリスマ」たちによって画一化と多様性の抑圧が進行する世界において、そこから排除されたものたちの「霊」が、いつか反撃の一撃を加えようと闇の向こうで息を殺して世界を見つめているような「殺気/気配」をとても強く感じるアルバムなのである。そう、本作は決してファンタジーではない。どこか戦争直前の時代特有の不穏な空気感覚と、身を切るような切実なリアリティが本作には満ちているのだ、だからこそ2025年の「今」聴くべき音楽といえよう。

Cock c'Nell - ele-king

 ここにまた日本のポスト・パンクの名盤がリイシューされました。元めんたんぴんの池田洋一郎とヴォーカリスト野方攝(せつ)が中心となった金沢出身のNew Waveバンド、コクシネルが1981年のEP「ライブ」以来、1986年に〈バルコニー・レコード〉からリリースしたファースト・アルバムがリリースされます。野方攝のヴォーカリゼーションや楽曲の面白さもさることながら、詩人で実験音楽家としていまも活動する工藤冬里も独自のピアノ演奏には引き込まれます。故ヤギヤスオによるオリジナル盤のデザインを再現し、銀を乗せた豪華でクールなジャケット仕様。名盤です。
 

Cock c'Nell
Boys Tree

P-ヴァイン
2月19日発売

Various - ele-king

 それにしてもなんてひまじ……いやいや、なんて研究熱心な方だろうか、ロンドン大学で文化研究を続けるルイジ・モンテアンニ(Luigi Monteanni)氏は、なんと、700タイトル以上を数える過去のインドネシアのホラー映画のうち43作品から、そのサウンドトラック、効果音、絶叫やセリフを編集し、ひとつの音楽アルバム作品にした。それがこの『お化け屋敷(Tempat Angker)』なのである。インドネシアがホラー映画大国であることをぼくは知らなかったけれど、インドネシアと同じくイスラム文化圏にあるイランでもホラー映画は人気ジャンルのようだ。
 ホラーに関する心理的なメカニズム、つまりひとは何故ホラーに惹かれるのか、についてはすでに多くの研究がある。ひとつにはアリストテレスの「悲劇」にそって、簡単にいえばカタルシス(浄化作用)があるからだという論がある。現実逃避のいち形態で、血なまぐさいシーンを観ながら「生きていることを実感し、生きていることに興奮する」からだと説いているひともいるが、まあ、ひと言でホラーと言ってもひたすら拷問と流血の『ソウ』と社会性を汲んだ『ゲットアウト』とでは受け手の心理はだいぶ違うわけで、インドネシアのホラー映画の多くは民間伝承や迷信など土着文化に根付いているそうだ。ことにイスラム文化圏におけるディストピア的で怪物のような存在には、その家父長制や極端な格差社会に対する怒りを反映したものも少なくないそうで、それはそれで興味深い話ではあるのだが、ここに紹介するのはそれら映画のサウンドをコラージュした音響作品、これ以上突っ込むのは止めておきましょう。

 モンテアンニ氏は、1970年代から2015年までに作られた映画のうちの43作から抜粋したサンプルを使用してこの『お化け屋敷』を制作した。こうしたサウンド・コラージュをサンプリング・ベースの音楽が普及した近年では、ジョン・オズワルドのエッセイにならって「プランダーフォニックス」と言い換えている。
 初期のプランダーフォニックスとしてはザ・レジデンツが有名だが、『お化け屋敷』の冒頭の叫び声を聞いていると、90年代半ば頃の暴力温泉芸者を思い出すかもしれない。が、この作品の面白さは、インドネシア・ホラー映画ならではの音響——竹楽器、邪悪な音程、ガムランなど——が耳に新鮮なこと、また、「インドネシア・ホラーの女王」として有名だという故・女優スザンナの叫び声がヴィンテージなシンセ音や効果音と絶妙にミックスされている点もここに記しておく。
 じつはモンテアンニ氏の文化研究の対象のひとつにインドネシアがある。氏はかの地の民族音楽の研究者であり紹介者でもあり、氏はあきらかに、尊敬を込めてインドネシア文化の断片をコラージュしている。また、モンテアンニ氏はアカデミシャンではあるが、バンド活動ソロ活動ふくめ、かなり積極的に音楽に関わっている。いろんなことに手を出しているこ氏は、だからまったくひまじんではないのである……って、誰がそんなこと言った!


 ノイズ/グラインドコアの研究家でもある氏の考察でぼくがもっとも関心があるのは、「デジタル・アンダーグラウンド」をめぐっての論説だ。90年代初頭のまだユーモアを失う前トゥパック・シャクールが在籍していたことで知られるオークランドのラップ・グループのことではない。これはネット社会における文化をめぐる議論のひとつで、このことについて話すと長くなるのだが、要するに、アンダーグラウンドはもうない、という説がある。サイモン・レイノルズが、「インターネットの普及によって本当の意味でのアンダーグラウンドという概念は消えてしまった。いまでは誰もが簡単にあらゆる情報を見つけられる」と書いたことに端を発し、「いや、そんなことはない」「いや、facebookに載った時点で終わりでしょ」「いや、ロンドンのOTOでやっていることはアンダーグラウンドだろ」などと議論は活発だ。そこにモンテアンニ氏も参戦し、モデムから広がるアンダーグラウンド考を著し、氏は「アンダーグラウンド文化の精神を維持しながらも、新たな方法で進化を続けている」状況を紹介している。あらためて言えば、アンダーグラウンドとは、既存の商業的な大衆文化とは別のところで広がる領域を意味している。
 『お化け屋敷』を出したロンドンのレーベル〈Sucata Tapes〉は、カセットテープのフィジカル・リリースとBandcampでの配信を基盤にしたDIYレーベルで、その親レーベルの〈Discrepant〉は、スガイ・ケンからPeople Like Us、グローバル系からフィールド、エクスペリメンタルからプランダーフォニックスほかコンスタントに尖った作品を出し続けている。こうした場があるおかげで、東京にいるぼくがインドネシアのホラー映画の世界にアクセスできたのだった。たとえ肉切り包丁を振り回すサイコに追いかけられていたとしても、そこは現実のホラーから逃避した安全な世界なのだ。自分の部屋に友人を招いたときには、ぜひこっそりとBGMにお使いください。

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