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Various

Plunderphonics

Various

Tempat Angker: Horror Movie OSTs & Sound FX From Indonesia (1971–2015)

Sucata Tapes

Bandcamp

野田努 Feb 12,2025 UP

 それにしてもなんてひまじ……いやいや、なんて研究熱心な方だろうか、ロンドン大学で文化研究を続けるルイジ・モンテアンニ(Luigi Monteanni)氏は、なんと、700タイトル以上を数える過去のインドネシアのホラー映画のうち43作品から、そのサウンドトラック、効果音、絶叫やセリフを編集し、ひとつの音楽アルバム作品にした。それがこの『お化け屋敷(Tempat Angker)』なのである。インドネシアがホラー映画大国であることをぼくは知らなかったけれど、インドネシアと同じくイスラム文化圏にあるイランでもホラー映画は人気ジャンルのようだ。
 ホラーに関する心理的なメカニズム、つまりひとは何故ホラーに惹かれるのか、についてはすでに多くの研究がある。ひとつにはアリストテレスの「悲劇」にそって、簡単にいえばカタルシス(浄化作用)があるからだという論がある。現実逃避のいち形態で、血なまぐさいシーンを観ながら「生きていることを実感し、生きていることに興奮する」からだと説いているひともいるが、まあ、ひと言でホラーと言ってもひたすら拷問と流血の『ソウ』と社会性を汲んだ『ゲットアウト』とでは受け手の心理はだいぶ違うわけで、インドネシアのホラー映画の多くは民間伝承や迷信など土着文化に根付いているそうだ。ことにイスラム文化圏におけるディストピア的で怪物のような存在には、その家父長制や極端な格差社会に対する怒りを反映したものも少なくないそうで、それはそれで興味深い話ではあるのだが、ここに紹介するのはそれら映画のサウンドをコラージュした音響作品、これ以上突っ込むのは止めておきましょう。

 モンテアンニ氏は、1970年代から2015年までに作られた映画のうちの43作から抜粋したサンプルを使用してこの『お化け屋敷』を制作した。こうしたサウンド・コラージュをサンプリング・ベースの音楽が普及した近年では、ジョン・オズワルドのエッセイにならって「プランダーフォニックス」と言い換えている。
 初期のプランダーフォニックスとしてはザ・レジデンツが有名だが、『お化け屋敷』の冒頭の叫び声を聞いていると、90年代半ば頃の暴力温泉芸者を思い出すかもしれない。が、この作品の面白さは、インドネシア・ホラー映画ならではの音響——竹楽器、邪悪な音程、ガムランなど——が耳に新鮮なこと、また、「インドネシア・ホラーの女王」として有名だという故・女優スザンナの叫び声がヴィンテージなシンセ音や効果音と絶妙にミックスされている点もここに記しておく。
 じつはモンテアンニ氏の文化研究の対象のひとつにインドネシアがある。氏はかの地の民族音楽の研究者であり紹介者でもあり、氏はあきらかに、尊敬を込めてインドネシア文化の断片をコラージュしている。また、モンテアンニ氏はアカデミシャンではあるが、バンド活動ソロ活動ふくめ、かなり積極的に音楽に関わっている。いろんなことに手を出しているこ氏は、だからまったくひまじんではないのである……って、誰がそんなこと言った!


 ノイズ/グラインドコアの研究家でもある氏の考察でぼくがもっとも関心があるのは、「デジタル・アンダーグラウンド」をめぐっての論説だ。90年代初頭のまだユーモアを失う前トゥパック・シャクールが在籍していたことで知られるオークランドのラップ・グループのことではない。これはネット社会における文化をめぐる議論のひとつで、このことについて話すと長くなるのだが、要するに、アンダーグラウンドはもうない、という説がある。サイモン・レイノルズが、「インターネットの普及によって本当の意味でのアンダーグラウンドという概念は消えてしまった。いまでは誰もが簡単にあらゆる情報を見つけられる」と書いたことに端を発し、「いや、そんなことはない」「いや、facebookに載った時点で終わりでしょ」「いや、ロンドンのOTOでやっていることはアンダーグラウンドだろ」などと議論は活発だ。そこにモンテアンニ氏も参戦し、モデムから広がるアンダーグラウンド考を著し、氏は「アンダーグラウンド文化の精神を維持しながらも、新たな方法で進化を続けている」状況を紹介している。あらためて言えば、アンダーグラウンドとは、既存の商業的な大衆文化とは別のところで広がる領域を意味している。
 『お化け屋敷』を出したロンドンのレーベル〈Sucata Tapes〉は、カセットテープのフィジカル・リリースとBandcampでの配信を基盤にしたDIYレーベルで、その親レーベルの〈Discrepant〉は、スガイ・ケンからPeople Like Us、グローバル系からフィールド、エクスペリメンタルからプランダーフォニックスほかコンスタントに尖った作品を出し続けている。こうした場があるおかげで、東京にいるぼくがインドネシアのホラー映画の世界にアクセスできたのだった。たとえ肉切り包丁を振り回すサイコに追いかけられていたとしても、そこは現実のホラーから逃避した安全な世界なのだ。自分の部屋に友人を招いたときには、ぜひこっそりとBGMにお使いください。

野田努