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lots of hands

Indie Rock

lots of hands

into a pretty room

Fire Talk

Bandcamp

Casanova.S Feb 14,2025 UP

 レーベルのカラーというのはやはりどこかフットボールのクラブに似たところがあるのかもしれない。移籍があり獲得がありリリースした作品によって歴史とイメージか形作られていく。そんなことをスラッカーなUSオルタナ・ロックを響かせるパックスの1stアルバム『Take the Cake』をレヴューに書いたが、あれから4年弱が経ってもアメリカのレーベル〈Fire Talk〉は自身の価値を証明し続けている。去年、24年の〈Fire Talk〉はフィラデルフィアのマスロック・バンド・パームのメンバーがはじめた破壊的なエレクトロニクス・サウンドに柔らかさのある有機音を重ねたようなカシー・クルトと契約し、〈Stereogum〉のベスト・ニュー・アーティストのリストにも名を連ねたシューゲーズバンド・シャワー・カーテンのアルバムをリリースした。さらにその前年にはロンドンのスローコア・バンド・デスクラッシュの2ndアルバムやマンチェスターのエクスペリメンタルなバンド・マンディ・インディアナをリリースしている。大きな場所で響くような音楽ではないが、誰かの心に確かなトゲを刺すオルタナティヴな音楽を送り出す。メインストリームではなくかといってアンダーグラウンドでもないその中間にある空白地帯、〈Fire Talk〉は少しだけ違ったものを求める人たちの心の隙間を埋めるようなレーベルだ。

 そんな〈Fire Talk〉が 一番新しく契約したのがこのリーズを拠点に活動する 二人組ロッツ・オブ・ハンズだ。最初に〈Fire Talk〉と契約しアルバムをリリースするというニュースを聞いたときには意外に感じだがアルバムを聞いた後ではぴったりではないかと思えてくる。16歳の頃にニューカッスルの学校で知り合ったというビリー・ウッドハウスとエリオット・ドライデンからなるデュオは21歳になったいま、失われていく幼い頃の記憶の断片を集め、現実世界に繋ぎ止めたかのようなアルバムを作り上げた。「君の髪をとかそう/悪夢の中で/僕らは田舎の空気を吸っている」“barnyard” でそう唄われるように、大都市ではない場所の、どこのシーンにも属さないベッドルームの空白地帯にある音楽が心の隙間に入り込む。コラージュを駆使し、オーガニックなフォーク・サウンドと電子的な処理をほどこしたサウンドとを組み合わせたそれはアレックス・Gを思わせる柔らかで優しい音楽として目の前に現れる。牧歌的というにはモダンなサウンド過ぎて、アンダーグラウンドの尖った音楽というには優しすぎる、だからきっとカテゴライズされずに手のひらからこぼれ落ちていってしまう。しかしそれこそがインディ・ミュージックを求める人の心を惹きつけるのだ。

 このアルバムを通して表現されるのは思い出のフィルターに包まれた悲しみや喪失感、そしてそれらを経験し成長していくという感覚だ。エリオット・スミスの香りが漂う “game of zeroes” や “rosie” のような曲でドローンやエフェクトを組み合わせて彼らはそこに隔たる時間と距離とを演出する。シンプルな美しさを持ったアコースティック・ギターと柔らかなヴォーカル・メロディの上に縫い合わせるようにコンピューターで処理された音を重ね空間をゆがめる。まっすぐに染み込むフォークという基本の形から距離を作り出すことで現実感を失わせ、曲の流れを少しだけ異質なものにしていく。それはあたかも時間や空間の概念を無視して結びつく頭の中の記憶や夢の世界の出来事のようで、扉を開けた先の思い出とダイレクトに繋がっているかのような感覚を与えてくれる(現実世界のルールに縛られないそれは当たり前に起こる不思議な出来事だ)。
 あるいは喪失感を表現した “the rain” のサウンド・コラージュのように、処理のできない感情の雨粒が頭の中に染み込んでくるような効果を狙った曲もある。「雨は止まない」「死はただ冷たいだけだから/君は壁に寄りかかって/その音を聞く」霧のように体に触れる不明瞭なヴォーカルと共にちいさな痛みでゆがめられた空間は普遍性を持ち、聞き手の頭の中の思い出と結びついていく。

 時間に対して距離を置くようなロッツ・オブ・ハンズの小さな実験はこのアルバムの中で結実している。それが今までのリモートの形で作ったアルバムでなく、はじめてふたりで同じ空間を共有して作られたもので起こるというのも面白いが、いずれにしても大きな場所ではなくベッドル−ムで作られた小さな音楽が、遠く離れた他の誰かのベッドルームの中に響いていくのだ。曖昧な感覚を曖昧なまま捉えようとする、ロッツ・オブ・ハンズがここで作り上げようとしてのはそんな音楽だ。死や、時間、記憶や感情といったはっきりしないが確かなものの感覚がここにはある。それが大げさではなく、成長する過程において起こった個人的なものとしてさりげなく提示されているのがまた素晴らしい。

Casanova.S

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